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特開2023-155013繊維の製造方法、ガット、弦、アクチュエータ、及び繊維
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  • 特開-繊維の製造方法、ガット、弦、アクチュエータ、及び繊維 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023155013
(43)【公開日】2023-10-20
(54)【発明の名称】繊維の製造方法、ガット、弦、アクチュエータ、及び繊維
(51)【国際特許分類】
   D02G 3/26 20060101AFI20231013BHJP
   A63B 51/02 20150101ALI20231013BHJP
   D02G 3/44 20060101ALI20231013BHJP
   G10D 3/10 20060101ALI20231013BHJP
   G10D 3/22 20200101ALI20231013BHJP
   G10C 9/00 20190101ALN20231013BHJP
【FI】
D02G3/26
A63B51/02
D02G3/44
G10D3/10
G10D3/22
G10C9/00 100
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022064712
(22)【出願日】2022-04-08
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「大学発新産業創出プログラム社会還元加速プログラム(SCORE)大学推進型 拠点都市環境整備型」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】入澤 寿平
(72)【発明者】
【氏名】舟橋 駿輝
(72)【発明者】
【氏名】田中 將智
【テーマコード(参考)】
4L036
5D002
【Fターム(参考)】
4L036MA05
4L036MA06
4L036MA34
4L036PA09
4L036PA18
4L036PA21
4L036UA07
5D002CC32
5D002DD07
(57)【要約】
【課題】優れた特性を有する繊維を提供する。
【解決手段】繊維の製造方法は、加工前の繊維の長さ方向に張力を加えた状態で加工前の繊維を捻り、その状態で固定化することにより、加工後の繊維を得るステップを備える。張力の大きさは、未加工の繊維を対象として実施された単繊維引張試験の結果を基準として、加工後の繊維の応力-歪み曲線のうち低歪み側の少なくとも一部における応力と歪みとの比が基準より小さく、加工後の繊維の破断強度が基準より高くなるような大きさである。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
加工前の繊維の長さ方向に張力を加えた状態で前記加工前の繊維を捻り、その状態で固定化することにより、加工後の繊維を得るステップを備え、
前記張力の大きさは、未加工の繊維を対象として実施された単繊維引張試験の結果を基準として、前記加工後の繊維の応力-歪み曲線のうち低歪み側の少なくとも一部における応力と歪みとの比が前記基準より小さく、前記加工後の繊維の破断強度が前記基準より高くなるような大きさである
繊維の製造方法。
【請求項2】
前記張力の大きさは、前記加工後の繊維の応力-歪み曲線の原点における接線の傾きが前記基準より小さくなるような大きさである
請求項1に記載の繊維の製造方法。
【請求項3】
前記繊維はポリアミド6であり、前記張力の大きさは19.8MPa~30MPaである
請求項1に記載の繊維の製造方法。
【請求項4】
前記繊維はポリエチレンテレフタレートであり、前記張力の大きさは10MPa~28.5MPaである
請求項1に記載の繊維の製造方法。
【請求項5】
加工前の繊維の長さ方向に張力を加えた状態で前記加工前の繊維を捻り、その状態で固定化することにより、加工後の繊維を得るステップを備え、
前記張力の大きさは、未加工の繊維を対象として実施された単繊維引張試験の結果を基準として、前記加工後の繊維の応力-歪み曲線のうち低歪み側の少なくとも一部における応力と歪みとの比が前記基準より大きく、前記加工後の繊維の破断強度が前記基準より高くなるような大きさである
繊維の製造方法。
【請求項6】
前記低歪み側は、歪みが40%以下の範囲である
請求項1から5のいずれかに記載の繊維の製造方法。
【請求項7】
前記固定化するステップは、前記加工前の繊維を構成する物質の融点よりも低い温度で加熱するステップを含む
請求項1から5のいずれかに記載の繊維の製造方法。
【請求項8】
前記固定化するステップは、前記加工前の繊維を構成する物質のガラス転移温度よりも高い温度で加熱するステップを含む
請求項1から5のいずれかに記載の繊維の製造方法。
【請求項9】
ラケットに用いられるガットであって、
請求項1から5のいずれかに記載の製造方法により製造された繊維を含む
ガット。
【請求項10】
弦楽器に用いられる弦であって、
請求項1から5のいずれかに記載の製造方法により製造された繊維を含む
弦。
【請求項11】
請求項1から5のいずれかに記載の製造方法により製造された繊維と、
前記繊維の長さ方向に引張応力を加える応力印加部と、
前記繊維を加熱及び冷却して、前記繊維を伸縮駆動する加熱冷却部と、
を備えるアクチュエータ。
【請求項12】
繊維が捻られた状態で固定された構造を有し、
捻られていない同種の繊維を対象として実施された単繊維引張試験の結果を基準として、応力-歪み曲線のうち少なくとも低歪み側の一部における応力と歪みとの比が前記基準より小さく、破断強度が前記基準より高い
繊維。
【請求項13】
繊維が捻られた状態で固定された構造を有し、
捻られていない同種の繊維を対象として実施された単繊維引張試験の結果を基準として、応力-歪み曲線のうち少なくとも低歪み側の一部における応力と歪みとの比が前記基準より大きく、破断強度が前記基準より高い
繊維。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、繊維の製造方法、ガット、弦、アクチュエータ、及び繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
テニス、ソフトテニス、バドミントン、スカッシュなどのラケットのガット(ストリングス)として、動物の腸から作られた天然素材のカットグットや、ポリエステルやナイロンなどの化学繊維などが使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2019/049845号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者らは、特許文献1に開示された繊維を更に改良して、ガット、弦、アクチュエータなどとして利用可能な優れた特性を有する繊維を開発した。
【0005】
本開示は、このような課題に鑑みてなされ、その目的は、優れた特性を有する繊維を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本開示のある態様の繊維の製造方法は、加工前の繊維の長さ方向に張力を加えた状態で加工前の繊維を捻り、その状態で固定化することにより、加工後の繊維を得るステップを備え、張力の大きさは、加工後の繊維の応力-歪み曲線のうち低歪み側の少なくとも一部における応力と歪みとの比が基準より小さく、加工後の繊維の破断強度が基準より高くなるような大きさである。
【0007】
本開示の別の態様は、繊維の製造方法である。この製造方法は、加工前の繊維の長さ方向に張力を加えた状態で加工前の繊維を捻り、その状態で固定化することにより、加工後の繊維を得るステップを備え、張力の大きさは、加工後の繊維の応力-歪み曲線のうち低歪み側の少なくとも一部における応力と歪みとの比が基準より大きく、加工後の繊維の破断強度が基準より高くなるような大きさであるである。
【0008】
本開示の更に別の態様は、ガットである。このガットは、ラケットに用いられるガットであって、上記の製造方法により製造された繊維を含む。
【0009】
本開示の更に別の態様は、弦である。この弦は、弦楽器に用いられる弦であって、上記の製造方法により製造された繊維を含む。
【0010】
本開示の更に別の態様は、アクチュエータである。このアクチュエータは、上記の製造方法により製造された繊維と、繊維の長さ方向に引張応力を加える応力印加部と、繊維を加熱及び冷却して、繊維を伸縮駆動する加熱冷却部と、を備える。
【0011】
本開示の更に別の態様は、繊維である。この繊維は、繊維が捻られた状態で固定された構造を有し、捻られていない同種の繊維を対象として実施された単繊維引張試験の結果を基準として、応力-歪み曲線のうち低歪み側の少なくとも一部における応力と歪みとの比が基準より小さく、破断強度が基準より高い。
【0012】
本開示の更に別の態様は、繊維である。この繊維は、繊維が捻られた状態で固定された構造を有し、捻られていない同種の繊維を対象として実施された単繊維引張試験の結果を基準として、応力-歪み曲線のうち低歪み側の少なくとも一部における応力と歪みとの比が基準より大きく、破断強度が基準より高い。
【発明の効果】
【0013】
本開示によれば、優れた特性を有する繊維を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施の形態に係るアクチュエータの構成を示す図である。
図2図2(A)及び図2(B)は、実施形態のアクチュエータの動作を説明するための図である。
図3図3(A)、図3(B)、及び図3(C)は、実施例1の繊維の応力-歪み曲線を示す図である。
図4図4(A)、図4(B)、及び図4(C)は、実施例2の繊維の応力-歪み曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本開示の実施の形態に係る繊維の製造方法は、加工前の繊維の長さ方向に張力を加えた状態で加工前の繊維を捻り、その状態で固定化することにより、加工後の繊維を得るステップを備える。張力の大きさは、加工後の繊維の応力-歪み曲線のうち低歪み側の少なくとも一部における応力と歪みとの比(セカント弾性係数)が基準より小さく、加工後の繊維の破断強度が基準より高くなるような大きさである。本明細書において、繊維に張力を加えながら捻った状態で固定化する加工を「捻り加工」と言い、捻り加工を実施する前の繊維を「加工前の繊維」と言い、捻り加工を実施した後の繊維を「加工後の繊維」と言う。繊維の引張弾性や破断強度の基準を得るために実施される単繊維引張試験は、本開示の繊維を製造するための加工前の繊維自体を対象として実施されてもよいし、本開示の繊維を製造するための加工前の繊維と同種の別の未加工の繊維を対象として実施されてもよい。本開示においては、繊維の引張弾性を表す指標として、応力-歪み曲線上の点における応力と歪みとの比(セカント弾性係数)を用いる。繊維の引張弾性を表す指標として、応力-歪み曲線上の点における接線の傾き(接線係数)を用いてもよいし、応力-歪み曲線の原点における接線の傾き(弾性率)を用いてもよい。
【0016】
加工前の繊維は、例えば、ポリアミド6(PA6)、ポリアミド11、ポリアミド12、ポリアミド66、ポリアミド610、ポリアミド6T、ポリアミド6I、ポリアミド9T、ポリアミドM5Tなどのポリアミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリスチレン、ポリ酢酸ビニル、ポリウレタン、ポリテトラフルオロエチレン、アクリロニトリルブタジエンスチレン、アクリル樹脂、ポリアセタール、ポリカーボネート、ポリフェニレンエーテル、変性ポリフェニレンエーテル、ポリエステル、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート、環状ポリオレフィン、ポリフェニレンスルファイド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリイミド、ポリアミドイミドなどの熱可塑性樹脂を含んでもよい。
【0017】
加工前の繊維を固定化するステップは、加工前の繊維を構成する物質の少なくとも一部を結晶化するステップを含んでもよい。加工前の繊維を固定化するステップは、加工前の繊維を構成する物質の融点よりも低い温度で加熱するステップを含んでもよい。加工前の繊維を固定化するステップは、加工前の繊維を構成する物質のガラス転移温度よりも高い温度で加熱するステップを含んでもよい。加熱温度や加熱時間は、加工前の繊維の材質、径、長さ、製造された繊維に要求される引張弾性や破断強度などの特性、繊維の製造時間、製造速度などに応じて調整されてもよい。
【0018】
加工前の繊維に加える張力は、未加工の繊維を対象として実施された単繊維引張試験の結果を基準として、加工後の繊維の応力-歪み曲線のうち低歪み側の少なくとも一部における応力と歪みとの比が基準より小さく、加工後の繊維の破断強度が基準より高くなるような大きさであってもよい。張力の大きさは、加工後の繊維の応力-歪み曲線の原点における接線の傾き(弾性率)が基準より小さくなるような大きさであってもよい。この繊維を例えばラケットのガットに用いると、ガットを切れにくくすることができるとともに、打撃時の衝撃を抑えることができる。
【0019】
加工前の繊維に加える張力は、未加工の繊維を対象として実施された単繊維引張試験の結果を基準として、加工後の繊維の応力-歪み曲線のうち低歪み側の少なくとも一部における応力と歪みとの比が基準より大きく、加工後の繊維の破断強度が基準より高くなるような大きさであってもよい。この繊維を例えばアクチュエータに用いると、アクチュエータを高出力化することができる。
【0020】
応力-歪み曲線の低歪み側とは、歪みが50%以下、45%以下、40%以下、35%以下、30%以下、25%以下、20%以下、15%以下、10%以下、5%以下の範囲であってもよい。応力-歪み曲線の低歪み側とは、繊維が破断するときの歪みの50%以下、45%以下、40%以下、35%以下、30%以下、25%以下、20%以下、15%以下、10%以下、5%以下の範囲であってもよい。応力-歪み曲線の低歪み側の全範囲において応力と歪みとの比が基準より小さくてもよいし、一部の範囲において応力と歪みとの比が基準より小さくてもよい。
【0021】
後述する実施例において示されるように、捻り加工における張力に応じて、加工後の繊維の応力-ひずみ曲線が異なりうる。加工後の繊維に要求される引張弾性や破断強度などの特性を加工後の繊維に付与するための張力の大きさを、予め実験などによって定めておいてもよい。これにより、引張弾性や破断強度などの特性に優れた繊維を製造することができる。
【0022】
本開示の繊維の製造方法は、加工後の繊維の表面をコーティングするステップを更に備えてもよい。コーティング剤は、加工後の繊維に好適な特性を付与するための任意の物質を含んでもよい。
【0023】
本開示の繊維は、繊維が捻られた状態で固定された構造を有し、捻られていない同種の繊維を対象として実施された単繊維引張試験の結果を基準として、応力-歪み曲線のうち低歪み側の少なくとも一部における応力と歪みとの比が基準より小さく、破断強度が基準より高い。
【0024】
本開示の繊維は、繊維が捻られた状態で固定された構造を有し、捻られていない同種の繊維を対象として実施された単繊維引張試験の結果を基準として、応力-歪み曲線のうち低歪み側の少なくとも一部における応力と歪みとの比が基準より大きく、破断強度が基準より高い。
【0025】
本開示のガットは、テニス、ソフトテニス、バドミントン、スカッシュなどのラケットに用いられるガットであり、上記の製造方法により製造された繊維を含む。ガットは、捻られていない同種の繊維を対象として実施された単繊維引張試験の結果を基準として、応力-歪み曲線のうち低歪み側の少なくとも一部における応力と歪みとの比が基準より小さく、破断強度が基準より高い繊維を含んでもよい。ガットは、応力-歪み曲線の原点における接線の傾きが基準より小さく、破断強度が基準より高い繊維を含んでもよい。これにより、低応力で高強度なガットを提供することができる。
【0026】
本開示の弦は、バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス、ギター、ハープ、琴、琵琶、三味線、三線、胡弓などの弦楽器や、ピアノ、チェンバロなどの打弦楽器などに用いられる弦であり、上記の製造方法により製造された繊維を含む。弦は、捻られていない同種の繊維を対象として実施された単繊維引張試験の結果を基準として、応力-歪み曲線のうち低歪み側の少なくとも一部における応力と歪みとの比が基準より小さく、破断強度が基準より高い繊維を含んでもよい。弦は、応力-歪み曲線の原点における接線の傾きが基準より小さく、破断強度が基準より高い繊維を含んでもよい。これにより、低応力で高強度な弦を提供することができる。
【0027】
本開示のアクチュエータは、上記の製造方法により製造された繊維と、繊維の長さ方向に引張応力を加える応力印加部と、繊維を加熱及び冷却して、繊維を伸縮駆動する加熱冷却部と、を備える。
【0028】
図1は、実施の形態に係るアクチュエータ10の構成を示す。アクチュエータ10は、高分子繊維12と、高分子繊維12の長さ方向に引張応力を加える応力印加部14と、高分子繊維12を加熱及び冷却して、高分子繊維12を伸縮駆動する加熱冷却部16と、を備える。図1のアクチュエータ10は、高分子繊維12の一端を固定する固定部18を含む基部20をさらに備える。
【0029】
図1のアクチュエータ10では、高分子繊維12の形状は単繊維状であり、アクチュエータ中の高分子繊維12の数は1本である。アクチュエータ10は、平行に配置した2本以上の高分子繊維12を備えてもよい。また、高分子繊維12の形状を変更してもよい。
【0030】
図1において、高分子繊維12の一端は、固定部18によって基部20に固定されている。高分子繊維12の他端は、応力印加部14に接続されている。応力印加部14は、高分子繊維12の伸縮駆動後に、高分子繊維12がその伸縮駆動前の長さに戻るか又は近づく引張応力を印加するように設定されている。応力印加部14に設定する引張応力の大きさは、高分子繊維12を構成する高分子の種類と、高分子繊維12の長さ方向の分子の配向度に応じて変動する。この引張応力の大きさは、当業者であれば、高分子繊維ごとに決定することができる。また、この引張応力はアクチュエータそのものの出力を表す。高分子繊維12の分子の配向度を高くすると、高分子繊維12に加える引張応力、すなわちアクチュエータの出力を増大させることができる。また、分子の配向緩和を抑制する効果も期待できるため、伸縮量や強度、寿命等の性能低下を防ぐことができる。
【0031】
高分子繊維12の長さ方向の分子の配向度は、高分子繊維12の製造時に延伸処理を行うことによって、変えることができる。合成繊維および半合成繊維の延伸処理は、繊維の原料からの紡糸時に行うことができ、又は紡糸後の繊維を延伸することによって行うことができる。紡糸時の延伸処理として、例えば、高速紡糸を行って延伸処理と紡糸を同時に行うことが挙げられる。天然繊維は、その改修後にストレッチを行うことによって、その分子を配向させることができる。
【0032】
図1では、加熱冷却部16は、高分子繊維12全体を加熱又は冷却することができるように基部20上に配置されている。加熱冷却部16による加熱及び冷却によって、高分子繊維12が伸縮駆動される。ここで、「冷却」は、加熱によって上昇した温度を加熱前の温度まで冷却器等を使用して下げること、又は加熱に使用した加熱器の動作を止めることによって、高分子繊維12から熱を放熱させることを意味する。したがって、加熱冷却部16は、加熱器のみを有してもよい。また、加熱冷却部16は、加熱器と冷却器の両方を有してもよい。
【0033】
次に、アクチュエータ10の動作について説明する。加熱冷却部16によって、高分子繊維12が加熱されると、高分子繊維12は、その種類に応じて、その長さ方向に収縮または伸張する。以下、例として、高分子繊維12が加熱によって収縮し、冷却によって伸張する場合のアクチュエータ10の動作について説明する。
【0034】
図2(A)は、加熱前のアクチュエータ10を示す。図2(A)中、Lは加熱前の高分子繊維12の長さを示す。図2(B)は、加熱した後のアクチュエータ10を示す。図2(B)中、加熱された高分子繊維12は収縮し、その長さLは、加熱前の長さLより短くなる。冷却後、高分子繊維12は伸張し、その長さは図2(A)に示すLの長さに戻るか、又はLの長さに近づく。
【0035】
応力印加部14によって所定の引張応力を高分子繊維12に印加することによって、高分子繊維12は、加熱及び冷却により、安定した伸縮を繰り返す。ここで、「安定した伸縮の繰り返し」とは、高分子繊維12が加熱によって収縮し続いて冷却によって伸張した後、或いはその逆に高分子繊維12が加熱によって伸張し続いて冷却によって収縮した後、その長さが加熱および冷却前の長さに戻るかまたは近づくのを、加熱及び冷却の一サイクルごとに繰り返すことを意味する。
【0036】
加熱温度は、高分子繊維12の種類に応じて適宜設定することができる。より具体的には、加熱温度の範囲は、高分子繊維12を構成する高分子のガラス転移温度を超え、かつその融点を超えない温度である。例えば、ナイロン6繊維の場合、加熱温度の範囲は、150~200℃であるのが好ましい。また、ポリプロピレン繊維の場合、加熱温度の範囲は、100~150℃であるのが好ましい。ポリエステル繊維の場合、加熱温度の範囲は、150~220℃であるのが好ましい。
【0037】
高分子繊維12の長さ方向に所定の引張応力を与えるように応力印加部14を設定した後、高分子繊維12を伸縮駆動させる前に、前処理として高分子繊維12の加熱及び冷却を1回行ってもよい。このような加熱及び冷却の前処理を行うことによって、駆動後に高分子繊維12の長さがその駆動前の長さに戻るか、又はより近づくようにすることができる。
【0038】
[実施例]
ポリアミド6(PA6)を原料として使用した繊維(実施例1)と、ポリエチレンテレフタレート(PET)を原料として使用した繊維(実施例2)を作製した。
【0039】
(1)加工前の繊維の紡糸
PA6(ユニチカ株式会社製M1040)と、PET(ユニチカ株式会社製SA1206)を使用して、繊維を紡糸した。PA6のガラス転移温度は48.5℃、融点は223℃である。PETのガラス転移温度は約70℃、融点は約260℃である。各樹脂の融点より約20℃高い温度(PA6は240℃、PETは270℃)でノズル径1.2mmから吐出した樹脂を水浴で急冷した。その後、99度の温浴槽内で、PA6は4倍に、PETは4.5倍に延伸して加工前の繊維を得た。加工前の繊維の直径は0.3mmであった。
【0040】
(2)捻り
PA6、PETの加工前の繊維を、200mmの長さになるように切り出した。両端をクリップに結び付け、下端を回転しないように固定しながら、下端に重りを吊って所定の張力を加えた状態で、上端側から500回転/m、150回転/mのねじりを加えた。
【0041】
(3)固定化
(2)で捻った繊維を、そのままの状態で、空気中の恒温槽で熱処理して固定化した。PA6は180℃で10分間、PETは190℃で10分間加熱した。熱処理後、重りを吊ったまま、加工後の繊維が回転しないように取り出し、加工後の繊維が常温に戻ってから重りを外して実施例の撚糸繊維を得た。
【0042】
(4)引張試験
ShimazuオートグラフAGX-Sにおいて500Nのロードセルを使用して、加工前(未加工)の繊維及び加工後の繊維を対象として単繊維引張試験を実施した。キャップスタン式はさみ治具で繊維を固定した。チャック間は50mmになるように調整し、引張速度は30mm/minで測定した。得られた応力-歪み曲線を用いて、加工前の繊維及び加工後の繊維の特性を比較した。なお、張力を算出するための繊維径として、測定対象の繊維の3点の直径の平均を使用した。
【0043】
図3は、実施例1の繊維の応力-歪み曲線を示す。図4は、実施例2の繊維の応力-歪み曲線を示す。
【0044】
図3(A)は、(i)加工前のPA6の繊維、(ii)19.8MPaの張力を加えながら150回捻って固定化した加工後のPA6の繊維、(iii)19.8MPaの張力を加えながら500回捻って固定化した加工後のPA6の繊維の応力-歪み曲線を示す。図3(B)は、(i)加工前のPA6の繊維、(ii)30MPaの張力を加えながら150回捻って固定化した加工後のPA6の繊維、(iii)30MPaの張力を加えながら500回捻って固定化した加工後のPA6の繊維の応力-歪み曲線を示す。図3(C)は、(i)加工前のPA6の繊維、(ii)39.8MPaの張力を加えながら150回捻って固定化した加工後のPA6の繊維、(iii)39.8MPaの張力を加えながら500回捻って固定化した加工後のPA6の繊維、(iv)39.8MPaの張力を加えながら捻らずに固定化した比較実施例のPA6の繊維の応力-歪み曲線を示す。張力を19.8MPaとして製造した加工後の繊維は、150回捻った場合も、500回捻った場合も、応力-歪み曲線の全範囲にわたって加工前の繊維より応力と歪みとの比が小さくなった。張力を39.8MPaとして製造した加工後の繊維は、応力-歪み曲線の低歪み側(0%~約30%)における応力と歪みとの比は加工前の繊維とほぼ同じであるが、応力-歪み曲線の約30%~約50%における応力と歪みとの比は加工前の繊維より高くなり、強度が高くなった。張力を30MPaとして製造した加工後の繊維は、応力-歪み曲線の低歪み側(150回捻った場合は約30%以下、500回捻った場合は約40%以下)において加工前の繊維より応力と歪みとの比が小さくなるとともに、強度が高くなった。応力-歪み曲線の原点における接線の傾きもやや小さくなった。
【0045】
図4(A)は、(i)加工前のPETの繊維、(ii)10MPaの張力を加えながら150回捻って固定化した加工後のPETの繊維、(iii)10MPaの張力を加えながら500回捻って固定化した加工後のPETの繊維の応力-歪み曲線を示す。図4(B)は、(i)加工前のPETの繊維、(ii)28.5MPaの張力を加えながら150回捻って固定化した加工後のPETの繊維、(iii)28.5MPaの張力を加えながら500回捻って固定化した加工後のPETの繊維の応力-歪み曲線を示す。図4(C)は、(i)加工前のPETの繊維、(ii)57MPaの張力を加えながら150回捻って固定化した加工後のPETの繊維、(iii)57MPaの張力を加えながら500回捻って固定化した加工後のPETの繊維、(iv)57MPaの張力を加えながら捻らずに固定化した比較実施例のPETの繊維の応力-歪み曲線を示す。張力を10MPaとして製造した加工後の繊維は、150回捻った場合は応力-歪み曲線の低歪み側(約40%以下)において、500回捻った場合は応力-歪み曲線の全範囲にわたって、加工前の繊維より応力と歪みとの比が小さくなった。張力を57MPaとして製造した加工後の繊維は、応力-歪み曲線の低歪み側(約10%以下)における応力と歪みとの比は加工前の繊維よりやや大きくなり、約10%以上における応力と歪みとの比は加工前の繊維より大きくなり、強度が高くなった。張力を28.5MPaとして製造した繊維は、低歪み領域(150回捻った場合は約15%以下、500回捻った場合は約10%以下)において加工前の繊維より応力と歪みとの比が小さくなるとともに、強度が高くなった。応力-歪み曲線の原点における接線の傾きも小さくなった。
【0046】
上記の結果から分かるように、引張弾性が低く、かつ、破断強度が高い繊維を得るためには、捻り加工の際に繊維に印加する張力を、PA6では19.8MPa~30MPa程度、PETでは10MPa~28.5MPa程度とすればよい。また、引張弾性が高く、かつ、破断強度が高い繊維を得るためには、捻り加工の際に繊維に印加する張力を、PA6では約39.8MPaよりも大きく、PETでは約57MPaよりも大きくすればよい。好適な張力の値は繊維ごとに異なりうるが、一般に、引張弾性が低く、破断強度が高い繊維を得るための張力よりも、引張弾性が高く、破断強度が高い繊維を得るための張力の方が大きい。上記の実施例のように、張力を変えながら応力-歪み曲線を事前に測定することにより、繊維の種類や要求される特性に応じて好適な張力の値を得ることができる。
【0047】
以上、本開示を、実施例をもとに説明した。この実施例は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【符号の説明】
【0048】
10 アクチュエータ、 12 高分子繊維、 14 応力印加部、 16 加熱冷却部。
図1
図2
図3
図4