(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023155056
(43)【公開日】2023-10-20
(54)【発明の名称】CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌の治療薬セット
(51)【国際特許分類】
A61K 45/06 20060101AFI20231013BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20231013BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20231013BHJP
A61K 31/502 20060101ALI20231013BHJP
A61K 31/5377 20060101ALI20231013BHJP
A61K 31/4965 20060101ALI20231013BHJP
A61K 31/497 20060101ALI20231013BHJP
C12N 15/10 20060101ALI20231013BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20231013BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20231013BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20231013BHJP
【FI】
A61K45/06
A61P35/00
A61P43/00 121
A61P43/00 111
A61K31/502
A61K31/5377
A61K31/4965
A61K31/497
C12N15/10 Z ZNA
C12Q1/02
C12Q1/6851 Z
C12Q1/686 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022064803
(22)【出願日】2022-04-08
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【弁理士】
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】赤松 秀輔
(72)【発明者】
【氏名】上山 裕樹
(72)【発明者】
【氏名】砂田 拓郎
【テーマコード(参考)】
4B063
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QA19
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ42
4B063QQ53
4B063QR06
4B063QR08
4B063QR32
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4B063QS25
4B063QS34
4B063QX02
4C084AA20
4C084ZB261
4C084ZC202
4C084ZC751
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4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB26
4C086ZC75
(57)【要約】
【課題】本開示の一つの目的は、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌の治療に関する技術を提供することである。
【解決手段】PARP阻害剤と、ATR阻害剤とを含む、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌の治療に使用される治療薬セット。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
PARP阻害剤と、
ATR阻害剤とを含む、
CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌の治療に使用される治療薬セット。
【請求項2】
検査によってCDK12遺伝子異常を有することが確認されている前立腺癌患者の治療に使用される、請求項1に記載の治療薬セット。
【請求項3】
前記PARP阻害剤が、オラパリブ及びその薬学的に許容される塩である、請求項1又は2に記載の治療薬セット。
【請求項4】
前記ATR阻害剤が、BAY1895344、VE821、VE822、及びそれらの薬学的に許容される塩よりなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1又は2に記載の治療薬セット。
【請求項5】
PARP阻害剤を含む医薬組成物A1と、
ATR阻害剤を含む医薬組成物A2とを含む、
請求項1又は2に記載の治療薬セット。
【請求項6】
PARP阻害剤及びATR阻害剤を含む医薬組成物Bを含む、請求項1又は2に記載の治療薬セット。
【請求項7】
ATR阻害剤を含み、
PARP阻害剤が処方されているCDK12遺伝子異常を有する前立腺癌患者に投与される、前立腺癌治療用の医薬組成物。
【請求項8】
PARP阻害剤を含み、
ATR阻害剤が処方されているCDK12遺伝子異常を有する前立腺癌患者に投与される、前立腺癌治療用の医薬組成物。
【請求項9】
前立腺癌患者から採取された前立腺癌細胞におけるCDK12遺伝子異常の有無を検出する工程を含む、
PARP阻害剤とATR阻害剤の併用投与によって治療有効性が認められる前立腺癌患者を特定する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、CDK12(Cyclin-dependent kinase 12)遺伝子異常を有する前立腺癌の治療薬セットに関する。また、本開示は、ATR阻害剤及びPARP阻害剤の併用投与によって治療有効性が認められる前立腺癌患者を特定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
CDK12(Cyclin-dependent kinase 12)遺伝子の体細胞異常は転移性前立腺癌の約10%で認められる(非特許文献1)。CDK12遺伝子異常がある前立腺癌は悪性度が高く、標準治療に対して早期耐性を示すため非常に予後不良である(非特許文献2)。近年のがんパネル検査の普及に伴い、CDK12遺伝子異常と診断された前立腺癌患者は増加する一方、依然として有効な治療法は確立できていない。
【0003】
CDK12は、DNAの相同組み換え修復に関連する遺伝子群の転写を制御すると報告されている(非特許文献3)。PARP(poly(ADP-ribose) polymerases)は1本鎖DNA切断の修復に関与しているため、オラパリブ、ルカパリブ等のPARP阻害剤がCDK12遺伝子異常を有する前立腺癌に対する治療薬として期待されたが、実際の治験において、PARP阻害剤は、BRCA1/2遺伝子異常がある前立腺癌対する治療効果が認められているものの、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌では効果が乏しいことが判明している(非特許文献4及び5)。
【0004】
CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌では、focal tandem duplicationという特有の遺伝子異常を生じやすく、その結果として生じた融合遺伝子が癌特異抗原になりうることから、最近では免疫チェックポイント阻害薬が期待されている。しかしながら、実際の治験では、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌症例の内、免疫チェックポイント阻害薬の有効性が認められたのは1/3程度に止まっている(非特許文献6)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Colin C. Pritchard et al., N. Engl. J. Med. 2016; 375:443-453
【非特許文献2】Melissa A. Reimers et al., Eur. Urol., 2020; 77:333-341
【非特許文献3】Brazek D. et al, Genes Dev. 2011; 25:2158-2172
【非特許文献4】Joaquin Mateo et al., Lancet Oncol., 2020; 21:162-174
【非特許文献5】Wassim abida et al., Clin. Caner Res., 2020; 26:2487-2496
【非特許文献6】Emmanuel S. Antonarakis et al., JCO Precis. Oncol., 2020; No.4:370-381
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示は、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌の治療に関する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、以下の(1)~(3)の知見を得た。
(1) CDK12をノックアウトした前立腺癌細胞では、ATM(ataxia telangiectasia mutated)の発現量が低下しており、CDK12の下流でATMが動いている。
(2) CDK12をノックアウトした前立腺癌細胞では、G1期からS期への移行は速くなるが、2本鎖DNA切断があるままM期に移行し、M期のチェックポイントでアポトーシスが誘導される。
(3) CDK12をノックアウトした前立腺癌細胞では、2本鎖DNA切断が生じた際に、pCHEK2(phosphorylated form of checkpoint kinase 2)の発現量が維持されるが、pCHEK1(phosphorylated form of checkpoint kinase 1)の発現量が低下しており、ATMの発現量低下が低下している状況では、ATR(ataxia telangiectasia and Rad3-related)経路からのクロストークによりCHK2が活性化され、2本鎖DNA切断が修復されている可能性がある。
【0008】
前記知見に基づいて、本発明者は、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌に対しては、ATR経路依存性となった2本鎖DNA修復能をATR阻害剤で阻害し、且つ1本鎖DNA修復能をPARP阻害剤で阻害することにより、合成致死が成立し、PARP不応答性を克服できるのではないかという着想に至った。そして、実際に、CDK12遺伝子異常を有するヒト前立腺癌患者由来のゼノグラフトモデルにおいて、PARP阻害剤とATR阻害剤の併用投与による腫瘍体積の低下を確認し、PARP阻害剤とATR阻害剤の併用投与が、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌の治療に有効であることを見出した。本開示は、これらの知見に基づいて、更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0009】
本開示の一実施形態では、以下の態様の治療薬セットが提供される。
項1-1. PARP阻害剤と、
ATR阻害剤とを含む、
CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌の治療に使用される治療薬セット。
項1-2. 検査によってCDK12遺伝子異常を有することが確認されている前立腺癌患者の治療に使用される、項1-1に記載の治療薬セット。
項1-3. 前記PARP阻害剤が、オラパリブ及びその薬学的に許容される塩である、項1-1又は1-2に記載の治療薬セット。
項1-4. 前記ATR阻害剤が、BAY1895344、VE821、VE822、及びそれらの薬学的に許容される塩よりなる群から選択される少なくとも1種である、項1-1~1-3のいずれかに記載の治療薬セット。
項1-5. PARP阻害剤を含む医薬組成物A1と、
ATR阻害剤を含む医薬組成物A2とを含む、
項1-1~1-4のいずれかに記載の治療薬セット。
項1-6. PARP阻害剤及びATR阻害剤を含む医薬組成物Bを含む、項1-1~1-4のいずれかに記載の治療薬セット。
【0010】
本開示の他の一実施形態では、以下の態様の前立腺癌治療用の医薬組成物が提供される。
項2-1. ATR阻害剤を含み、
PARP阻害剤が処方されているCDK12遺伝子異常を有する前立腺癌患者に投与される、前立腺癌治療用の医薬組成物。
項2-2. 検査によってCDK12遺伝子異常を有することが確認されている前立腺癌患者の治療に使用される、項2-1に記載の前立腺癌治療用の医薬組成物。
項2-3. 前記ATR阻害剤が、BAY1895344、VE821、VE822、及びそれらの薬学的に許容される塩よりなる群から選択される少なくとも1種である、項2-1又は2-2に記載の前立腺癌治療用の医薬組成物。
項2-4. 前記PARP阻害剤が、オラパリブ及びその薬学的に許容される塩である、項2-1~2-3のいずれかに記載の前立腺癌治療用の医薬組成物。
【0011】
本開示の更に他の一実施形態では、以下の態様の前立腺癌治療用の医薬組成物が提供される。
項3-1. PARP阻害剤を含み、
ATR阻害剤が処方されているCDK12遺伝子異常を有する前立腺癌患者に投与される、前立腺癌治療用の医薬組成物。
項3-2. 検査によってCDK12遺伝子異常を有することが確認されている前立腺癌患者の治療に使用される、項3-1に記載の前立腺癌治療用の医薬組成物。
項3-3. 前記PARP阻害剤が、オラパリブ及びその薬学的に許容される塩である、項3-1又は3-2に記載の前立腺癌治療用の医薬組成物。
項3-4. 前記ATR阻害剤が、BAY1895344、VE821、VE822、及びそれらの薬学的に許容される塩よりなる群から選択される少なくとも1種である、項3-1~3-4のいずれかに記載の前立腺癌治療用の医薬組成物。
【0012】
本開示の更に他の一実施形態では、以下の態様の方法が提供される。
項4-1. 前立腺癌患者から採取された前立腺癌細胞におけるCDK12遺伝子異常の有無を検出する工程を含む、
PARP阻害剤とATR阻害剤の併用投与によって治療有効性が認められる前立腺癌患者を特定する方法。
項4-2.前記検査ががん遺伝子パネル検査により行われる、項4-1に記載の方法。
【0013】
本開示の更に他の一実施形態では、以下の態様の治療方法が提供される。
項5-1. CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌の治療方法であって、
CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌患者に、PARP阻害剤及びATR阻害剤を投与する、治療方法。
項5-2. 前記前立腺癌患者が、検査によってCDK12遺伝子異常を有することが確認されている、項5-1に記載の治療方法。
項5-3. 前記PARP阻害剤が、オラパリブ及びその薬学的に許容される塩である、項5-1又は5-2に記載の治療方法。
項5-4. 前記ATR阻害剤が、BAY1895344、VE821、VE822、及びそれらの薬学的に許容される塩よりなる群から選択される少なくとも1種である、項5-1~5-3のいずれかに記載の治療方法。
【発明の効果】
【0014】
本開示の一実施形態によれば、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌に対して、優れた治療効果を奏する治療薬セットが提供される。また、本開示の他の一実施形態によれば、
前立腺癌患者の中から、ATR阻害剤及びPARP阻害剤の併用投与によって治療有効性が認められる前立腺癌患者を特定する方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】(a)は、Cas9搭載px458プラスミドを用いてCDK12をノックアウトさせたCDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)とLNCaP細胞(Parent)について、ウエスタンブロッティングにてタンパクレベルでのCDK12の発現を観察した結果である。(b)は、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)とLNCaP細胞について、in vitroでの増殖アッセイを行った結果である。(C)は、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-2)とLNCaP細胞(Parent)について、in vivoでの増殖能(マウス皮下での増殖能)を評価した結果である。
【
図2】(a)は、レンチウイルスを用いてCDK12をノックアウトさせたCDK12ノックアウト前立腺癌細胞(Lenti-KO #1-3)とコントロール細胞(Lenti-CTR #1-3)について、ウエスタンブロッティングにてタンパクレベルでのCDK12の発現を観察した結果である。(b)は、Lenti-KO #1とLenti-CTR #1について、in vitroでの増殖アッセイを行った結果である。
【
図3】(a)は、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)について、ATMの発現量をエクソン(Ex) 2、3、15、及び21で評価した結果である。(b)は、CDK12KO #1-3及びその親株(LNCaP;Parent)について、ウエスタンブロッティングにてタンパクレベルでのATMの発現を観察した結果である。(c)は、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(Lenti-KO #1-3)及びコントロール細胞(Lenti-CTR #1-3)について、ウエスタンブロッティングにてタンパクレベルでのATMの発現を観察した結果である。(d)は、前立腺癌細胞LNCaP、PC3、及びCDK12遺伝子異常を有する患者の前立腺癌組織から作製したゼノグラフトモデル(KUCaP18及びKUCaP21)について、ウエスタンブロッティングにてタンパクレベルでのATMの発現を観察した結果である。
【
図4】CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)及びその親株(LNCaP;Parent)に対して、CPT11、オラパリブ、又はVP16を添加して6日間培養した後に細胞生存率を測定した結果である。
【
図5】(a)は、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-2)及びその親株(LNCaP;Parent)にCPT11を添加し、S期とG2期の細胞のγH2AX数を経時的に測定した結果である。(b)は、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)及びその親株(LNCaP;Parent)にVP16を添加し、G0/1期の細胞のγH2AX数を経時的に測定した結果である。
【
図6】(a)は、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)及びその親株(LNCaP)をG1期とS期の境界に同調させた後に、細胞周期の分布を経時的に分析した結果である。(b)は、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)及びその親株(LNCaP;Parent)をCPT11で処理した後にBrdUパルス処理を行って、S期に移行していく細胞の割合を分析した結果である。(c)は、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)及びその親株(LNCaP;Parent)をCPT11で処理し、1000細胞当たりのM期の細胞数を経時的に分析した結果である。(d)は、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-2)及びその親株(LNCaP;Parent)をCPT11で処理した後に分裂中期細胞の染色体を分析し、染色体異常の数を比較した結果である。
【
図7】CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-2)、その親株(LNCaP;Parent)、ATRノックダウン前立腺癌細胞(shATR)、コントロール前立腺癌細胞(shNTC)、及びATMノックアウト前立腺癌細胞(ATMKO)にCPT11を添加して、添加後0.25、12、及び24時間の時点で、ウエスタンブロッティングにて、ATMシグナル伝達経路及びATRシグナル伝達経路にかかわるタンパク質を測定した結果である。
【
図8】
図7の結果から示唆されるATM及びATRのシグナル伝達経路を示す図である。
【
図9】(a)は、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)及びその親株(LNCaP;Parent)にVE821を添加して6日間培養した後に細胞生存率を測定した結果である。(b)は、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)及びその親株(LNCaP;Parent)にCPT11及びVE821のいずれか一方又は双方を添加して6日間培養し、ウエスタンブロッティングにてATMシグナル伝達経路にかかわるタンパク質の発現量を測定した結果である。
【
図10】(a)は、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌2例から作製したゼノグラフト(KUCaP18、KUCaP21)、CDK12遺伝子異常を有していない去勢抵抗性前立腺癌1例から作製したゼノグラフト(KUCaP12)、及びLNCaP細胞について、ウエスタンブロッティングにて、ATM、ATR、AR-N、及びPSAのタンパクレベルでの発現量を測定した結果である。(b)は、KUCaP18、KUCaP21、及びKUCaP12から作製したオルガノイドに、VE821及びオラパリブのいずれか一方又は双方を添加して6日間培養し、オルガノイドのATPを定量することによって細胞生存アッセイを行った結果である。
【
図11】(a)は、ゼノグラフトモデル(KUCaP18)に、VE822及びオラパリブのいずれか一方又は双方を投与し、腫瘍体積及び腫瘍中のγH2AX発現量を測定した結果である。(b)は、ゼノグラフトモデル(KUCaP21)に、VE822及びオラパリブのいずれか一方又は双方を投与し、腫瘍体積及び腫瘍中のγH2AX発現量を測定した結果である。(c)は、ゼノグラフトモデル(KUCaP12)に、VE822及びオラパリブのいずれか一方又は双方を投与し、腫瘍体積及び腫瘍中のγH2AX発現量を測定した結果である。
【
図12】(a)は、ゼノグラフトモデル(KUCaP18)に、Bay1895344及びオラパリブを併用投与し、腫瘍体積を測定した結果である。(b)は、ゼノグラフトモデル(KUCaP21)に、Bay1895344及びオラパリブを併用投与し、腫瘍体積及び腫瘍中のγH2AX発現量を測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1. 治療薬セット
本開示の治療薬セットは、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌の治療に使用される治療薬セットであって、PARP阻害剤と、ATR阻害剤とを含むことを特徴とする。以下、本開示の治療薬セットについて詳述する。
【0017】
[PARP阻害剤]
本開示において、「PARP阻害剤」とは、PARPを阻害することにより、1本鎖DNAの修復を妨げる機能を有する薬剤である。
【0018】
PARPには、複数のサブタイプが存在しているが、本開示の一実施態様では、PARP-1及び/又はPARP-2を阻害するPARP阻害剤が好適に使用される。PARP阻害剤の種類については、薬学的に許容されるものであることを限度として、特に限定されないが、例えば、オラパリブ(Olaparib)、ルカパリブ(Rucaparib)、ベリパリブ(Veliparib)、タラゾパリブ(Talazoparib)、パミパリブ(Pamiparib)、ニラパリブ(Niraparib)、フルゾパリブ(Fluzoparib)、及びこれらの薬学的に許容される塩等が挙げられる。PARP阻害剤は、1種のものを単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。これらのPARP阻害剤の中でも、好ましくはオラパリブ及びその薬学的に許容される塩が挙げられる。
【0019】
[ATR阻害剤]
本開示において、「ATR阻害剤」とは、ATRを阻害することにより、2本鎖DNAの修復を妨げる機能を有する薬剤である。
【0020】
ATR阻害剤の種類については、薬学的に許容されるものであることを限度として、特に限定されないが、例えば、BAY1895344(IUPAC: (R)-3-methyl-4-(4-(1-methyl-1H-pyrazol-5-yl)-8-(1H-pyrazol-5-yl)-1,7-naphthyridin-2-yl)morpholine hydrogen chloride)、VE821(IUPAC: 3-Amino-6-(4-(methylsulfonyl)phenyl)-N-phenylpyrazine-2-carboxamide)、VE822(IUPAC: 5-(4-(isopropylsulfonyl)phenyl)-3-(3-(4-((methylamino)methyl)phenyl)isoxazol-5-yl)pyrazin-2-amine)、AZ20(IUPAC: (R)-4-(2-(1H-indol-4-yl)-6-(1-(methylsulfonyl)cyclopropyl)pyrimidin-4-yl)-3-methylmorpholine)、Wortmannin(IUPAC: (1S,6bR,9aS,11R,11bR)-1-(Methoxymethyl)-9a,11b-dimethyl-3,6,9-trioxo-1,6,6b,7,8,9,9a,10,11,11b-decahydro-3H-furo[4,3,2-de]indeno[4,5-h]isochromen-11-yl acetate)、ETP46464(IUPAC: 2-methyl-2-[4-[2-oxo-9-(quinolin-3-yl)-4H-[1,3]oxazino[5,4-c]quinolin-1-yl]phenyl]propanenitrile)、AZD6738(IUPAC: 4-[4-[1-[[S(R)]-S-methylsulfonimidoyl]cyclopropyl]-6-[(3R)-3-methyl-4-morpholinyl]-2-pyrimidinyl]-1H-pyrrolo[2,3-b]pyridine)、Schisandrin B(IUPAC: (6R,7S)-1,2,3,13-Tetramethoxy-6,7-dimethyl-5,6,7,8-tetrahydrobenzo[3',4']cycloocta[1',2':4,5]benzo[1,2-d][1,3]dioxole)、NU6027(IUPAC: 4-[[4-Amino-6-(cyclohexylmethoxy)-5-nitroso-2-pyrimidinyl]amino]benzamide)、Torin2(IUPAC: 9-(6-aminopyridin-3-yl)-1-[3-(trifluoromethyl)phenyl]benzo[h][1,6]naphthyridin-2-one)、LY294002(IUPAC: 2-morpholin-4-yl-8-phenylchromen-4-one)、及びこれらの薬学的に許容される塩等が挙げられる。ATR阻害剤は、1種のものを単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。これらのATR阻害剤の中でも、好ましくBAY1895344、VE821、VE822、及びそれらの薬学的に許容される塩が挙げられる。
【0021】
[製剤化]
本開示の治療薬セットにおいて、PARP阻害剤及びATR阻害剤は、別々の製剤として製剤化されていてもよく、また1つの製剤として製剤化されていてもよい。即ち、本開示の治療薬セットは、PARP阻害剤を含む医薬組成物(以下、「医薬組成物A1」と表記することもある)と、ATR阻害剤を含む医薬組成物(以下、「医薬組成物A2」と表記することもある)と別々に含む2剤タイプであってもよく、PARP阻害剤及びATR阻害剤の双方を含む医薬組成物(以下、「医薬組成物B」と表記することもある)かららなる1剤タイプであってもよい。本開示の治療薬セットの好適な一実施形態として、前記2剤タイプが挙げられる。
【0022】
前記医薬組成物A1、A2及びBは、PARP阻害剤及び/又はATR阻害剤と共に、薬学的に許容される担体や添加剤等を配合して、所望の剤型に調製すればよい。薬学的に許容される担体又は添加剤としては、例えば、滅菌水、生理食塩水、安定剤、賦形剤、崩壊剤、滑沢剤、増粘剤、ゲル剤、酸化防止剤、緩衝剤、防腐剤、乳化剤、キレート剤、結合剤等が挙げられる。
【0023】
前記医薬組成物A1、A2及びBの剤型については、投与方法等に応じて適宜設定すればよいが、例えば、カプセル剤、錠剤、丸剤、サシェ剤、液剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、フィルムコーティング剤、ペレット剤、トローチ剤、舌下剤、チュアブル剤、バッカル剤、ペースト剤、シロップ剤、懸濁剤、エリキシル剤、エマルション剤等の経口投与製剤;注射剤、点滴剤、坐剤等の非経口投与製剤が挙げられる。
【0024】
前記医薬組成物A1、A2及びBにおけるPARP阻害剤及び/又はATR阻害剤の含有量については、投与量、剤型等に応じて適宜設定すればよい。
【0025】
[対象患者、用法、用量等]
本開示の治療薬セットは、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌の治療のために使用される。
【0026】
本開示において、「CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌」とは、CDK12遺伝子がフレームシフト変異、インフレーム変異、スプライス部位変異等によって、CDK12タンパク質が正常に機能できなくなっている前立腺癌である。前立腺癌におけるCDK12遺伝子異常の有無は、前立腺癌組織から採取した癌細胞をゲノム検査することにより判定することができる。また、前立腺癌組織から採取した癌細胞に対してがん遺伝子パネル検査を行うことによっても、CDK12遺伝子異常の有無を簡便に判定することもできる。がん遺伝子パネル検査は、OncoGuideTM NCCオンコパネル、FoundationOneR CDxがんゲノムプロファイル、FoundationOneR Liquid CDxがんゲノムプロファイル等を使用して行うことができる。
【0027】
本開示の治療薬セットの治療対象となる前立腺癌患者の好適な一例は、検査によってCDK12遺伝子異常を有することが確認されている前立腺癌患者である。
【0028】
本開示の治療薬セットの一実施形態では、治療対象となる前立腺癌は、去勢抵抗性前立腺癌(castration-resistant prostate cancer: CPC)である。
【0029】
本開示の治療薬セットにおいて、PARP阻害剤とATR阻害剤をそれぞれ異なるタイミングで投与してもよく、またPARP阻害剤とATR阻害剤を同時に投与してもよい。
【0030】
PARP阻害剤とATR阻害剤をそれぞれ異なるタイミングで投与する場合、前記医薬組成物A1(PARP阻害剤を含有)と前記医薬組成物A2(ATR阻害剤を含有)を使用すればよい。PARP阻害剤とATR阻害剤をそれぞれ異なるタイミングで投与する場合、使用するPARP阻害剤及びATR阻害剤の種類に応じて適宜設定すればよいが、例えば、一方の阻害剤の投与から0分間~14日間経過後、好ましくは0時間~7日間経過後に、他方の阻害剤を投与すればよい。
【0031】
PARP阻害剤とATR阻害剤を同時に投与する場合、本開示の治療薬セットとして、前記医薬組成物B(PARP阻害剤とATR阻害剤の双方を含有)を使用してもよく、また前記医薬組成物A1(PARP阻害剤を含有)と前記医薬組成物A2(ATR阻害剤を含有)を使用してこれらを同時に投与してもよい。
【0032】
本開示の治療薬セットにおいて、PARP阻害剤とATR阻害剤の投与方法としては、特に制限されないが、例えば、経口投与、直腸投与、静脈内的投与、筋肉内投与、皮下投与、腹腔内的、膀胱内投与、経肺投与、経鼻投与等が挙げられる。これらの中でも、好ましくは経口投与が挙げられる。
【0033】
本開示の治療薬セットにおいて、PARP阻害剤の投与量及び投与間隔については、使用するPARP阻害剤の種類、患者の年齢や体重、症状の程度等に応じて適宜設定すればよい。例えば、PARP阻害剤の投与量としては、1回当たり、0.1~1200mg、好ましくは0.1~700mgが挙げられる。また、PARP阻害剤の投与間隔としては、1~2日に1~4回、好ましくは1日に1又は2回が挙げられる。
【0034】
より具体的には、PARP阻害剤がオラパリブ又はその薬学的に許容される塩である場合、1回当たり100~800mg、好ましくは300~600mgの投与量で、1日1又は2回、好ましくは1日2回の間隔で経口投与すればよい。
【0035】
また、PARP阻害剤がニラパリブ又はその薬学的に許容される塩である場合、1回当たり100~600mg、好ましくは250~350mgの投与量で、1日1又は2回、好ましくは1日1回の間隔で経口投与すればよい。
【0036】
また、PARP阻害剤がルカパリブ又はその薬学的に許容される塩である場合、1回当たり200~1200mg、好ましくは500~700mgの投与量で、1日1又は2回、好ましくは1日2回の間隔で経口投与すればよい。
【0037】
また、PARP阻害剤がタラゾパリブ又はその薬学的に許容される塩である場合、1回当たり0.1~5mg、好ましくは0.5~2mgの投与量で、1日1又は2回、好ましくは1日1回の間隔で経口投与すればよい。
【0038】
また、本開示の治療薬セットにおいて、ATR阻害剤の投与量及び投与間隔については、使用するATR阻害剤の種類、患者の年齢や体重、症状の程度等に応じて適宜設定すればよい。例えば、ATR阻害剤の投与量としては、1回当たり、1~600mg、好ましくは2.5~420mgが挙げられる。また、ATR阻害剤の投与間隔としては、1日に1又は2回で、1週間の内、3~7日間投与、0~4日間休薬が挙げられる。
【0039】
より具体的には、ATR阻害剤がBAY1895344又はその薬学的に許容される塩である場合、1回当たり10~100mg、好ましくは20~40mgの投与量で、1日に1又は2回で1週間の内3~7日間投与且つ0~4日間休薬、好ましくは1日1回で1週間の内3~7日間投与且つ0~4日間休薬の間隔で経口投与すればよい。
【0040】
また、ATR阻害剤がAZD6738又はその薬学的に許容される塩である場合、1回当たり1~10mg、好ましくは2.5~5mgの投与量で、1日に1又は2回で1週間の内3~7日間投与且つ0~4日間休薬、好ましくは1日2回で1週間の内3~7日間投与且つ0~4日間休薬の間隔で経口投与すればよい。
【0041】
また、ATR阻害剤がVE822又はその薬学的に許容される塩である場合、1回当たり50~600mg、好ましくは150~420mgの投与量で、1日に1又は2回で1週間の内2~7日間投与且つ0~5日間休薬、好ましくは1日1回で1週間の内2~7日間投与且つ0~5日間休薬の間隔で経口投与すればよい。
【0042】
2. ATR阻害剤を含む医薬組成物
本開示の他の一実施形態では、ATR阻害剤を含み、PARP阻害剤が処方されているCDK12遺伝子異常を有する前立腺癌患者に投与される前立腺癌治療用の医薬組成物(以下、「医薬組成物1」と表記することもある)が提供される。
【0043】
本開示の医薬組成物1は、PARP阻害剤が処方されているCDK12遺伝子異常を有する前立腺癌患者において、治療効果を向上させる目的で使用される。本開示の医薬組成物1で使用されるPARP阻害剤の種類、適用対象となる前立腺癌、用量、用法等については、前記「1. 治療薬セット」の欄に記載の通りである。また、当該医薬組成物1の剤型については、前記「1. 治療薬セット」の欄に記載の医薬組成物1Bの場合と同様である。
【0044】
3. PARP阻害剤を含む医薬組成物
本開示の更に他の一実施形態では、PARP阻害剤を含み、ATR阻害剤が処方されているCDK12遺伝子異常を有する前立腺癌患者に投与される前立腺癌治療用の医薬組成物(以下、「医薬組成物2」と表記することもある)が提供される。
【0045】
本開示の医薬組成物2は、ATR阻害剤が処方されているCDK12遺伝子異常を有する前立腺癌患者において、治療効果を向上させる目的で使用される。本開示の医薬組成物2で使用されるPARP阻害剤の種類、適用対象となる前立腺癌、用量、用法等については、前記「1. 治療薬セット」の欄に記載の通りである。また、当該医薬組成物2の剤型については、前記「1. 治療薬セット」の欄に記載の医薬組成物1Aの場合と同様である。
【0046】
4. PARP阻害剤とATR阻害剤の併用投与によって治療有効性が認められる前立腺癌患者を特定する方法
本開示の別の一実施形態では、前立腺癌患者から採取された前立腺癌細胞におけるCDK12遺伝子異常の有無を検出する工程を含む、PARP阻害剤とATR阻害剤の併用投与によって治療有効性が認められる前立腺癌患者を特定する方法を提供する。
【0047】
本開示の方法において、前立腺癌患者から採取された前立腺癌細胞におけるCDK12遺伝子異常の有無を検出する方法については、前記「1. 治療薬セット」の欄に記載の通りである。
【0048】
本開示の方法において、CDK12遺伝子異常が検出された前立腺癌患者は、PARP阻害剤とATR阻害剤の併用投与によって治療有効性が認められる可能性が高いと判断され、本開示の前記治療薬セットを使用して治療を行うことが望ましい。
【実施例0049】
以下に実施例を示してより具体的に説明するが、本開示はこれらの実施例に限定して解釈されるものではない。
【0050】
1.実験材料及び方法
1-1. 細胞株
ヒト前立腺癌細胞株LNCaP及びPC3は、American Type Culture Collection (Manassas, VA)から購入した。LNCaP及びPC3は、RPMI 1640中に10%牛胎児血清(FBS)、12.5mM HEPES、ペニシリン、及びストレプトマイシンを添加した培地で、37℃、5%CO2を含む加湿空気中で培養された。AILNCaP(LNCaPのアンドロゲン非依存性サブライン)は、フェノールレッド非含有RPMI1640中に10%のチャコールストリップFBS(CSFBS)、12.5mM HEPES、ペニシリン、及びストレプトマイシンを添加した培地で約3カ月培養して樹立した。血清飢餓(Serum starvation)には、フェノールレッド非含有RPMI1640にペニシリン、ストレプトマイシンを添加した無血清培地を使用した。
【0051】
1-2. ウエスタンブロッティング
Protease Inhibitor Cocktail(EDTA free)(Nacalai Tesque)を添加したRIPAバッファ(Sigma)を用いて細胞を溶解し、DCTMタンパク質アッセイ(Bio-Rad Laboratories)によってタンパク濃度を測定した。等量のタンパク質をロードしてSDS-PAGEで分離し、PVDF膜(Merck Millipore)に転写した。目的タンパクと特異的な一次抗体に結合させ、そこに結合した二次抗体を、Pierce ECL Plus(Thermo scientific)を用いてHPR(horseradish peroxidase)標識することで化学発光させ、ルミネセンス画像をImageQuant LAS 4000 min, (Fuji Film, Tokyo, Japan)で分析した。発現量の比較を行う場合は、Image Jにてバンド濃度を定量化し、βアクチンの発現量で補正した数値で相対的に比較した。
【0052】
1-3. アンドロゲン非依存性獲得までの時間
本実験を始める前に、細胞はアンドロゲン除去培地で3週間培養した。その後、各群をTriplicateした。数日に一度、培地を交換し、培養密度が90%を超えないように10~14日以内に継代を行った。細胞数は、自動セルカウンターで測定した。
【0053】
1-4. in vitroでの細胞増殖アッセイ
96ウェルプレートに1.5×103個/wellの密度で100μlずつ細胞を播種し、24時間毎に3wellずつ細胞数を測定した。細胞数の測定にはCell Counting Kit-8(CCK-8)(Dojindo laboratories)を使用した。具体的には、CCK-8を各ウェルに10μlずつ添加し、2時間インキュベートした後、生成されたホルマザンを可変波長プレートリーダーで450 nmの吸光度を測定した。
【0054】
1-5. 細胞生存率を指標とした薬剤感受性の試験
96ウェルプレートに1.5×103個/wellの密度で細胞を播種し、24時間後に薬剤(CPT11、オラパリブ、VP1、又はVE821)を添加した。薬剤添加から6日後にCell Counting Kit-8を用いてにて前記と同様の方法で吸光度を測定した。得られた吸光度から非線形回帰分析を行い、シグモイド曲線を作成した。
【0055】
1-6. γH2AXを指標としたCPT11感受性の試験
96ウェルプレートに1.5×103個/wellの密度で細胞を播種し、24時間後に25nMとなるようにCPT11を添加した。CPT11添加から30分後に新鮮な培地に交換し、培地交換直後、培地交換から3、8及び24時間後に、S期とG2期の細胞のγH2AX数を測定した。
【0056】
1-7. γH2AXを指標としたVP16感受性の試験
96ウェルプレートに1.5×103個/wellの密度で細胞を播種し、血清飢餓(Serum starvation)の条件下で72時間培養した。次いで、10μMとなるようにVP16を添加した。VP16添加から30分後に新鮮な培地に交換し、培地交換直後、培地交換から3、8及び24時間後に、G0/1期の細胞のγH2AX数を測定した。
【0057】
1-8. 定量的 RT-PCR
RNAはQIAGEN RN easy Plus Kitを使用して単離し、ReverTra Ace qPCR RT Kit(TOYOBO)を使用して各メーカーの指示に従い、相補的DNAに逆転写させた。定量的PCRは、表1に示すプライマーを用い、PowerUp SYBER Greenを使用し7300 Realtime PCR systemにて測定を行った。
【0058】
【0059】
1-9. pX458を用いたCDK12ノックアウト前立腺癌細胞株(CDK12KO #1-3)の作製
CDK12の開始コドンATGを含む約100塩基を挟むように2つのgRNA(5'-CTTCTTCAGGTCAGGGGAAA(配列番号35)及び5'-CCCGATGACGGCTGCAAAGT(配列番号36))を設計した。PrecisionX Multiplex gRNA Cloning Kit (System Biosciences)を用いてScaffold Block(H1)とハイブリダイゼイションさせ、pX458ベクター(Cat# 48138, Addgene, US) のBbsI部位に挿入した。pX458ベクターはU6及びH1プロモーターの制御下でgRNA、チキン-βアクチンプロモーターの下でCas9を発現するように設計されている。Lipofectamine 3000 Transfection Reagent (Thermo Fisher) を用いてLNCaP細胞にpX458-gRNAsをトランスフェクションした。その後、細胞を完全培地で72時間インキュベートし、1細胞/200μlとなるように希釈し、96ウェルプレートに100μlずつ播種した。約1ヶ月後、1細胞から増殖した全細胞をCDK12の開始コドン部位でPCRによるスクリーニングを行った。最後に、CDK12遺伝子破壊事象をウエスタンブロッティングで確認し、3株のCDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)を得た。
【0060】
1-10. pX459を用いたATMノックアウト前立腺癌細胞株の作製
ATMのエクソン39と41のATP binding sightをターゲットとしたgRNA(5'-ATATGAACACGAAGCAATGT(配列番号37)及び5'-GAAAAAAGTAAAGAAGAAAC(配列番号38))をpX459のBbsIサイト(Cat# 48139, Addgene)に挿入した。pX459はU6プロモーター制御下にgRNAを、チキンβ-アクチンプロモーターの制御下にCas9を発現するように設計されている。pX459-gRNAをFugene HD(Cat#E2311, Promega)を用いてLNCaP細胞にトランスフェクションした。トランスフェクション後、ピューロマイシン含有培地で72時間細胞をインキュベートした。その後、単コロニーをピックアップして、更に細胞を約3週間インキュベートして、クローンを単離した。遺伝子破壊イベントはウエスタンブロッティングによって確認した。
【0061】
1-11. レンチウイルスを用いたCDK12ノックアウト前立腺癌細胞(Lenti-KO)の作製
CDK12の開始コドン部位及びエクソン5のATP binding sightを標的としたgRNA配列(5'- GCCCCCATGTCTCTGAAT(配列番号39)及び5'- GTGTTTTGGCAGGAGAACTAG(配列番号40))をlentiCRISPRv2 (plasmid#52961)のBsmB1部位にLigation high(TOYOBO)を用いてにクローニングした。作成されたレンチウイルスベクターは、ウイルスパッケージングプラスミド(pMD2.G、pMDLg/pRRE、pRSV-Rev)と同時にLentiX-293T細胞(Cat# 632180, TAKARA, Japan)にトランスフェクションされ、レンチウイルスはトランスフェクション後48時間で回収した。LNCaP細胞を48時間ウイルスに感染させ、感染48時間後から感染細胞を濃縮するためにピューロマイシンを添加し、約1週間後にバルクで回収した。CDK12遺伝子破壊事象は、ウエスタンブロッティングにより確認した。
【0062】
1-12. ATRノックダウン前立腺癌細胞株の作製
ATR shRNA(h2)Lentiviral particles (sc-44284-V, Santa Cruz)及びコントロールとしてControl shRNA Lentiviral particles (sc-108080, Santa Cruz)をそれぞれMOI8となるようにLNCaP細胞にトランスフェクションした。48時間後よりピューロマイシンでセレクションを開始し、約1週間後に細胞を回収した。
【0063】
1-13. 細胞周期分析
細胞周期解析のために、最終濃度で4mMのヒドロキシ尿素(Fujifilm)を用いて細胞周期をG1/S境界で同調させた。S期の細胞を区別するため、BD Pharmingen BrdU Flow Kit(BD)を使用し、細胞回収の60分前に最終濃度10μMのBrdUを細胞培養液に添加しインキュベートした。ペレット化した細胞は、メーカーの指示通りに、固定と細胞膜浸透化を行った。さらに細胞膜再浸透化及び再固定後、60分間DNase処理した。S期で取り込まれたBrdUを標識する抗BrdU抗体、DNAを標識する7-AAD(7-Amino-actinomycin D)をそれぞれ処理し、FACS AriaTM IIにて解析を行った。pulse chase分析の場合は、細胞を25nMのCPT11で30分処理し、洗浄後にBrdUを20分添加し洗浄した。
【0064】
1-14. 細胞の免疫染色
24ウェルプレートのカバーガラス上で細胞を培養し、接着確認後に投薬実験を施行した。細胞を-20℃メタノールで20分間固定し、0.5 % TritonX-100 in PBS (0.05% PBST) で氷上透過処理を行った。ブロッキング溶液(5%、BSA)中でインキュベートした後、細胞を以下の一次抗体とともに1時間、室温でインキュベートした:γH2AX(JBW301、マウスモノクローナル抗体、Millipore)、CyclinA(ウサギポリクローナル抗体、ab87359)。洗浄後、細胞をrabbit(Alexa Fluor 546)及びmouse(Alexa Fluor 488)の両二次抗体(Molecular probe, US)と共にインキュベートした。最後にDAPIで核を染色した。γH2AXとCyclin Aのシグナルは BZ-X710(KEYENCE, Japan)を用いて検出した。G0/G1期の場合はCyclinAで染まる細胞を除外して100細胞あたりのγH2AXの数をカウントした。S期細胞の場合はCyclinAで染まらない細胞を除外して100細胞あたりのγH2AXの数をカウントし、薬剤で処理していないコントロールのS期のγH2AXカウント数を引いて計算した。
【0065】
1-15. 有糸分裂期の細胞数の解析(Mitotic Index)
細胞を完全培地で30時間培養した後、50nMのCPT11を30分間添加し、洗浄後3、6又は10時間インキュベートした。細胞をM期に停止させるため、収穫の3.5時間前にコルセミド(0.1 g/ml、ThermoFisher)を添加した。細胞は塩化カリウム(75 mM)に15分間懸濁し、カルノア液(メタノールと酢酸の3:1混合液)で洗浄後、スライドに滴下し、ギムザ液(5%)で10分間染色した。1000細胞あたりのM期の細胞数をカウントした。
【0066】
1-16. 有糸分裂期の染色体異常の解析(Chromosomal aberration study)
細胞を完全培地で30時間培養した後、50nMのCPT11を30分間添加し、洗浄後10時間インキュベートした。細胞をM期に停止させるため、収穫の3.5時間前にコルセミド(0.1 g/ml、ThermoFisher)を添加した。細胞は塩化カリウム(75 mM)に15分間懸濁し、カルノア液(メタノールと酢酸の3:1混合液)で洗浄後、スライドに滴下し、ギムザ液(5%)で10分間染色した。染色体異常(CA)は,ISCNシステムに従って,gap,break,exchange(triradial, quadriradial,ring, dicentric,その他を含むfusion)を「異常あり」と判定した。
【0067】
1-17. 動物実験
実験動物を用いた実験は、京都大学動物実験指針および文部科学省学術研究機関における動物実験等の適正実施のための基本指針の方針に従って実施した。実験計画書は京都大学大学院医学研究科動物実験委員会の承認を得た(医教18238、医教18240、医教19238、医教19240、医教20518、医教20519、医教21225、医教21226)。
【0068】
1-18. 細胞株由来異種移植(CDX)試験
BALB/cAJcl-nu/nuマウスは、日本クレア株式会社から購入した。8.0 x 106 cellsのLNCaP又はCDK12KOを100μLのRPMI培地とMatrigelR(Corning Glendale, AZ)(1:1)に入れて、麻酔下でBALB/cAJcl-nu/nuヌード雄マウス(4-6週齢)の右脇に皮下投与した。腫瘍の成長は、ノギスによる測定で週に1又は2回モニターした。腫瘍体積は、次式に従って算出した:V = L × W2 × 0.5 (mm3)、ここで、Vは腫瘍体積、Lは長径、Wは長径と直交する短径である。
【0069】
1-19. 前立腺癌患者腫瘍検体由来ゼノグラフト(PDX)樹立
CDK12遺伝子異常を有していない去勢抵抗性前立腺癌(CRPC)の骨転移組織からゼノグラフト(KUCaP12)を樹立した。CDK12遺伝子異常を有する局所再発腫瘍(CRPC)からゼノグラフト(KUCaP18)を樹立した。CDK12遺伝子異常を有するリンパ転移組織(CRPC)からゼノグラフト(KUCaP21)を樹立した。これらのゼノグラフトは、腫瘍径が2cmを超える前に麻酔下に2mm3の腫瘍片をC.B-17/IcrCrj SCIDマウス(日本チャールスリバー)
の皮下組織に移植して継代維持した。腫瘍の大きさは1週間に1回測定した。
【0070】
1-20. オルガノイドの作製
前立腺癌オルガノイド樹立の際には既報((1)Jarno Drost et al., Nature protocol 11, 347-358, 2016、及び(2) Michael L Beshiri et al., Clin Can Res 24(17), 4332-4345, 2018)を参考にし、一部修正を加えて以下の方法で実施を行った。
【0071】
先ず、マウスから移植した前立腺癌腫瘍検体を採取した後、生理食塩水内に4℃で保管し、24時間以内に処理を行った。腫瘍検体を2~4mmの小片に切断し、色調の良好な組織を選択した。30分毎にピペッティングを行いながら、コラゲナーゼを用いて、37℃で1~2時間振盪した。その後遠心分離し、上清を除去した。洗浄後、濾過器を通して粗大な腫瘍片を除去した。セルカウンターを用いて細胞数の計測を行い、細胞数を調整した。ドーム状に形成したゲルを作成するために、細胞液とマトリゲルを1:4の比率で混濁し、24又は48ウェルプレートにプレーティングした。オルガノイドの培地は、前記(1)及び(2)の文献を参考にして作成し、プレートに応じて量を調整した上で培地を添加した。2~3日毎に細胞増殖の程度に応じて培養液を交換し、2~4週間で継代を行った。継代は細胞増殖に応じて機械的継代法または酵素分解法の2つで行った。機械的継代法は、pipettingにて機械的に細胞を分離する方法である。酵素分解法はTryPLEを用いて、37度で10分間振盪を行い、細胞を分離する方法である。いずれかの方法で分離した細胞を洗浄した後に、セルカウンターを用いて細胞数をカウントし、細胞の種類に応じて細胞数を調整した。
【0072】
1-21. オルガノイドの薬剤感受性の試験
薬物処理時のKUCaP12及びKUCaP18の生存率を評価するために、オルガノイドを作製してATPルミネセンスアッセイを実施した。具体的には、マウスから移植した前立腺癌腫瘍を採取し、P0オルガノイドを作成し2週間培養した。P1に継代する時に、表2に示す6群に分けて所定の薬剤を添加した(day0)。day3にCellTiter-GloR 3D Cell Viability Assay (Promega, Madison, WI, USA)を添加し、5分振盪後室温で30分インキュベートしてARVO X5装置(PerkinElmer, Waltham, MA, USA)を用いて発光を測定した。
【0073】
【0074】
1-22. ゼノグラフトモデルへの投薬実験(1)
皮下に移植したKUCaP18、KUCaP21及びKUCaP12の腫瘍サイズが150~400mm3となっ
た時点で平均腫瘍サイズが同等となるようにマウスをランダムに4群(ATRi群、Olaparib群、Combo群、及びVehicle群)に分け、5週間投薬し、腫瘍体積を経時的に測定した。また、5週間投薬後に腫瘍を取り出して、腫瘍細胞のγH2AX量をウエスタンブロッティングによって測定し、β-Actin量で補正後の相対的発現量を比較した。
【0075】
ATRi群では、VE822を水に溶解した10%D-αトコフェロールポリエチレングリコール1000コハク酸(Vehicle a)に溶解し、1回当たりのVE822の投与量が60mg/kgとなるように1日1回、週3回(隔日)でマウスに強制経口投与した。VE822は1週間分を調剤し4℃の冷蔵庫で保管した。
【0076】
Olaparib群では、オラパリブを20%DMSO/10% 2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン(Vehicle b)に溶解し、1回当たりのオラパリブの投与量が100mg/kgとなるように週5回強制経口投与した。オラパリブはDMSOに溶解して-20℃で保存し、投与日に2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン/PBSと混合した。
【0077】
Combo群では、VE822とオラパリブを併用投与した。具体的には、Combo群では、ATRi群と同条件でVE822を経口投与すると共に、Olaparib群と同条件でオラパリブを経口投与した。なお、VE822とオラパリブの経口投与は2時間の間隔を空けて実施した。
【0078】
Vehicle群では、ATRi群と同条件でVehicle aを経口投与すると共に、Olaparib群と同条件でVehicle bを経口投与した。
【0079】
1-23. ゼノグラフトモデルへの投薬実験(2)
皮下に移植したKUCaP18及びKUCaP21の腫瘍サイズが150~350mm3となった時点で平
均腫瘍サイズが同等となるようにマウスをランダムに2群(Combo群及びVehicle群)に分け、5週間投薬し、腫瘍体積を経時的に測定した。また、5週間投薬後に腫瘍を取り出して、腫瘍細胞のγH2AX量をウエスタンブロッティングによって測定し、β-Actin量で補正後の相対的発現量を比較した。
【0080】
Combo群では、Bay1895344とオラパリブを併用投与した。Bay1895344は、PEG400/無水エタノール/水に6/1/3(Vehicle c)で溶解し、1回当たりのBay1895344の投与量が20mg/kgとなるように1日2回、週に3日間連日強制経口投与し、4日間休薬した。オラパリブは、20%DMSO/10% 2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン(Vehicle b)に溶解し、1回当たりのオラパリブの投与量が100mg/kgとなるように週5回強制経口投与した。なお、Bay1895344とオラパリブの双方を同日に投与する際には、オラパリブの経口投与は、Bay1895344の1回目の投与から2時間の間隔を空け、Bay1895344の2回目の投与は1回目の投与から6時間の間隔を空けて実施した。Bay1895344は1週間分を調剤し4℃の冷蔵庫で保管した。オラパリブはDMSOに溶解して-20℃で保存し、投与日に2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン/PBSと混合した。
【0081】
Vehicle群では、Bay1895344と同条件でVehicle cを経口投与すると共に、オラパリブと同条件でVehicle bを経口投与した。
【0082】
1-24. 統計解析
全ての実験は三重で行われ、データは特に断りのない限り平均±S.E.M.で示される。数値データの比較にはStudent's t-testを、繰り返し数値データの比較にはANOVAを使用した。3群以上のノンパラメトリック比較には、Turkey検定又はDunnett検定を使用した。
【0083】
2. 結果
2-1. CDK12ノックアウト前立腺癌細胞株は増殖能が低下する
ヒト前立腺癌細胞株LNCaPに対して、Cas9搭載px458プラスミドを用いてCDK12をノックアウトさせ、モノクローナルなCDK12ノックアウト前立腺癌細胞を3株(CDK12KO #1-3)樹立した。CDK12KO #1-3について、ウエスタンブロッティングにてタンパクレベルでのCDK12の発現を観察したところ、いずれの株でも、CDK12のバンドは完全に消失しており(
図1の(a))、CDK12が正しくノックアウトされていることが確認された。また、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)とLNCaP(parent)について、in vitroでの増殖アッセイを行ったところ、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞では親株に比べて増殖能が低下していた(
図1の(b))。更に、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-2)とLNCaP(parent)について、CDX試験によりin vivoでの増殖能を評価したところ、in vitroの場合と同様に、CDK12ノックアウトによって増殖能が低下していた(
図1の(c))。
【0084】
ヒト前立腺癌細胞株LNCaPに対して、レンチウイルスを用いてCDK12をノックアウトさせ、ピューロマイシンにてセレクションし、バルクのCDK12ノックアウト前立腺癌細胞(Lenti-KO #1-3)を作製した。得られたCDK12ノックアウト前立腺癌細胞(Lenti-KO #1-3)について、ウエスタンブロッティングにてタンパクレベルでのCDK12の発現を観察したところ、コントロールのレンチウイルスをトランスフェクトしたLNCaP(Lenti-CTR #1-3)に比べて、CDK12のバンドが薄くなっていた(
図2の(a))。得られたCDK12ノックアウト前立腺癌細胞(バルク)の大半はピューロマイシン耐性遺伝子を持つCDK12ノックアウト細胞であるが、僅かにノックアウトされていなお細胞を含んでいるために、ウエスタンブロッティングにてCDK12の薄いバンドが認められたと考えられる。また、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(Lenti-KO #1)とコントロール細胞(Lenti-CTR #1)について、in vitroでの増殖アッセイを行ったところ、Cas9搭載px458プラスミドを用いてCDK12をノックアウトさせた場合と同様に、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞ではコントロール細胞に比べて増殖能が低下していた(
図2の(b))。
【0085】
CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌は、臨床では非常にアグレッシブである一方、前立腺癌細胞株でCDK12遺伝子異常を再現すると、致死であったり、増殖が低下したりすることが報告されているが、本結果も、既報の内容と同じ結果であった。本結果及び既報の内容から、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌細胞株は、臨床を完全に反映できていない細胞モデルである可能性があるといえる。
【0086】
2-2. CDK12ノックアウト前立腺癌細胞はATM発現が低下する
CDK12を欠損すると、ATR、BLM、BRCA1、FANCD2、FANCI等のDNA修復関連遺伝子の発現量が低下することが報告されている。そこで、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)を用いて、DNA修復関連遺伝子の発現量を定量的RT-PCRにて測定した。
【0087】
ATMの発現量をエクソン2、3、15、及び21で評価した(
図3の(a))。ATMの発現量は、GAPDHにて補正後、LNCaP細胞(親株)での発現量を1として正規化した。CDK12KO #1では、エクソンをまたぐにつれてATMの発現量が低下しており、Intronic polyadenylation(IPA)現象が認められた。また、CDK12KO #1及び#2では、エクソン2の時点で既にATMの発現量が低く、IPA現象は認めなかったが、いずれも親株に比べてATMの発現量が低下していた。一方、その他のDNA修復関連遺伝子であるATR、BLM、BRCA1、FANCD2、及びFANCIについては、CDK12KO #1-3におけるは発現量の低下は認められなかった(データの掲載は省略)。
【0088】
また、Cas9搭載px458プラスミドを用いてCDK12をノックアウトさせたCDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)、その親株(LNCaP)、レンチウイルスを用いてCDK12をノックアウトさせたCDK12ノックアウト前立腺癌細胞(Lenti-KO #1-3)、そのコントロール細胞(Lenti-CTR #1-3)、CDK12遺伝子異常を有する患者の前立腺癌組織から作製したゼノグラフトモデル(KUCaP18,21)、及び前立腺癌細胞PC3について、ウエスタンブロッティングにてタンパクレベルでのATMの発現を観察した。CDK12KO #1-3では、親株(LNCaP;Parent)に比べてATMの発現量が低下していた(
図3の(b))。また、Lenti-CTR #1-3でも、コントロール細胞に比べてATMの発現量が低下していた(
図3の(c))。更にKUCaP18及び21でも、LNCaP及びPC3に比べて、ATMの発現量が低下していた(
図3の(d))。これらの結果から、前立腺癌においてはCDK12遺伝子異常がATM発現の低下を引き起こしていることが強く示唆された。
【0089】
2-3. CDK12ノックアウト前立腺癌細胞は相同組換え修復能が低下している
CDK12ノックアウト前立腺癌細胞について、CPT11(カンプトテシン)、オラパリブ、及びVP16(エトポシド)の感受性を調べた。CPT11、オラパリブ、及びVP16は、DNA2本鎖損傷を生じさせる薬剤であり、CPT11及びオラパリブによって生じるDNA2本鎖損傷は主に相同組換え修復(homologous recombination; HR)によって修復され、VP16によって生じるDNA2本鎖損傷は主に非相同末端結合修復(nonhomologous end-joining; NHEJ)によって修復されることが知られている。
【0090】
CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)及びその親株(LNCaP)に対して、CPT11、オラパリブ、又はVP16を添加して6日間培養した後に細胞生存率を測定した。その結果、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞の感受性は、CPT11及びオラパリブでは上昇するのに対し、VP16では殆ど変化は認められなかった(
図4)。即ち、本結果から、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞は、NHEJによるDNA修復能は維持されているが、HRによる修復能が低下していた。
【0091】
また、DNA2本鎖切断が生じた際にγH2AXが生成されることが知られており、またHRはG0/1期では機能しないことが知られている。そこで、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞のHRによる修復能を調べるために、CDK12KO #1-2及びその親株(LNCaP;Parent)にCPT11を添加し、S期とG2期の細胞のγH2AX数を経時的に測定した。その結果、親株では、CPT11添加から8時間後以降はγH2AX数が低下したが、CDK12KO #1-2では、CPT11添加から8時間後以降でもγH2AX数は低下しなかった(
図5の(a))。即ち、本結果からも、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞は、HRによる修復能が低下していることが確認された。
【0092】
また、G0/1期では、HRは機能せず、NHEJが機能していることが知られている。そこで、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞のNHEJによる修復能を調べるために、CDK12KO #1-3及びその親株(LNCaP;Parent)にVP16を添加し、G0/1期の細胞のγH2AX数を経時的に測定した。その結果、CDK12KO #1-3では、VP16添加から3~8時間後にγH2AX数が上昇したが、24時間後には親株と同程度にまでH2AX数は低下していた(
図5の(b))。即ち、本結果からも、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞においてNHEJの異常は検出されなかった。
【0093】
以上の結果から、CDK12遺伝子異常を伴う前立腺癌細胞では、NHEJによるDNA修復能は維持されているが、HRによる修復能が低下していることが示唆された。
【0094】
2-4. CDK12ノックアウト前立腺癌細胞は、G1期からS期への移行が早くなるが、DNA2本鎖損傷があるままM期に移行し、M期でアレストする
CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)及びその親株(LNCaP)に対して、ヒドロキシ尿素で処理してG1期とS期の境界に細胞周期を同調させ、細胞周期の分布を経時的に分析した。その結果、CDK12KO #1-3は、親株に比べてS期への進行が早いが、G2/M期に留まるとどまる細胞が多く、G2/M期でアレストしている可能性が示唆された(
図6の(a))。
【0095】
CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)及びその親株(LNCaP;Parent)に対して、CPT11で処理して2本鎖DNA損傷を引き起こした後に、BrdUパルス処理を行って、S期に移行していく細胞の割合を分析した。その結果、CPT11で2本鎖DNA損傷を受けたCDK12KO #1-3は、親株に比べてG1期からS期への移行が早かった(
図6の(b))。また、
図5の(a)において、CPT11で処理したCDK12KO #1-2は、親株に比べてγH2AX数が多いことが示されているが、本結果は、
図5の(a)に示す事象は、2本鎖DNA損傷があってもS期に移行する細胞の数が多いことに起因していることを示唆している。
【0096】
CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)及びその親株(LNCaP)に対して、CPT11処理により2本鎖DNA損傷を引き起こした後に、1000細胞当たりのM期の細胞数を経時的に測定した。その結果、CPT11処理終了から3時間後ではCDK12KO #1-3と親株の間で差は認められなかったが、CPT11処理終了から6時間後及び10時間後では、CDK12KO #1-3は親株に比べてM期の細胞数が多くなっていた(
図6の(c))。即ち、本結果から、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞では、2本鎖DNA損傷があっても細胞周期が止まらずにM期に移行している可能性が示唆された。
【0097】
CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)及びその親株(LNCaP)に対して、CPT11処理により2本鎖DNA損傷を引き起こした後に、CPT11処理終了から10時間後の分裂中期細胞の染色体を分析し、40個の分裂中期細胞当たりの染色体異常の数を求めた。その結果、CDK12ノックアウト群(CDK12KO #1-3)では、染色体異常の細胞が多く、DNA損傷が修復されないまま細胞周期が進行していた(
図6の(d))。
【0098】
以上の結果から、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞は、G1期からS期への移行が早くなるが、DNA2本鎖損傷があるままM期に移行し、M期でアレストすることが分かった。
【0099】
2-5. CDK12ノックアウト前立腺癌細胞では、ATMの下流のpCHK2だけでなく、ATRの下流のpCHK1の発現量も低下している
CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-2)、その親株(LNCaP; Parent)、ATRに対するshRNAをLNCaP細胞にトラスフェクトしたATRノックダウン前立腺癌細胞(shATR)、コントロールshRNAをLNCaP細胞にトラスフェクトしたコントロール前立腺癌細胞(shNTC)、及びCas9搭載px459プラスミドをLNCaP細胞に導入してATMをノックアウトさせたATMノックアウト前立腺癌細胞(ATMKO)にCPT11を添加して、添加後0.25、12、及び24時間の時点で、ウエスタンブロッティングにてATMシグナル伝達経路及びATRシグナル伝達経路にかかわるタンパク質の発現量を測定した。結果を
図7に示す。CDK12KO #1-2では、ATMの発現量低下に伴って、その下流分子であるpCHK2(phospho-CHK2)及びp53の発現量の低下が認められた。また、CDK12KO #1-2では、ATRによるリン酸化で生じるpCHK1(s345)の発現量も低下しており、その下流のpCDC25C(phospho-CDC25C)の発現量も低下していた。即ち、CDK12KO #1-2では、G2期で細胞周期停止が起こらずpCDC2(phospho-CDC2)の脱リン酸化によってM期に移行している可能性が示唆された。また、CDK12KO #1-2では、CPT11添加後24時間ではM期の移行に必要なサイクリンB1の発現量が低下しており、M期でのアレストが示唆された。また、shATR及びATMKOでも、CDK12KO #1-2と非常に類似した結果になっており、CDK12ノックアウトによる表現型の一部は、ATMの発現量低下に起因して生じていると考えられる。
【0100】
以上の結果から、前立腺癌細胞において、CDK12遺伝子異常があり、ATMの発現量が低下している状況では、2本鎖DNA切断に伴い、CHK1の上流にあるATRからのクロストークでCHK2が活性化され2本鎖DNAが修復されていることが示唆された。
図8に、前記結果から示唆されるATM及びATRによるシグナル伝達経路を示す。
【0101】
2-6. CDK12ノックアウト前立腺癌細胞は、ATR阻害剤に対する感受性が上昇している
CDK12ノックアウト前立腺癌細胞のDNA修復におけるATRシグナル経路の依存性を確認するために、ATR阻害剤に対する感受性を確認した。具体的には、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)及びその親株(LNCaP)に、VE821(ATR阻害剤)を添加して6日間培養し、細胞の生存率を測定した。その結果、CDK12KO #1-3は、親株に比べてVE821に対する感受性が上昇していた(
図9の(a))。
【0102】
また、CDK12ノックアウト前立腺癌細胞(CDK12KO #1-3)及びその親株(LNCaP; Parent)に、33nMのCPT11及び10μMのVE821のいずれか一方又は双方を添加して6日間培養し、ウエスタンブロッティングにてATMシグナル伝達経路にかかわるタンパク質の発現量を測定した。結果を
図9の(b)に示す。VE821を単独で添加した場合、CDK12KO #1-3は親株に比べてpCHK2の発現量が低下していた。また、VE821とCPT11を併用して添加した場合、CDK12KO #1-3ではCleaved Caspase3量が高まっており、アポトーシスが誘導されていた。以上の結果から、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌細胞に対しては、DNA損傷時にATRシグナル経路を阻害することが有効であることが示唆された。
【0103】
2-7. CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌検体から作製したオルガノイドは、ATR阻害剤とPARP阻害剤の併用投与によって細胞生存性が顕著に低下する
CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌2例から作製したゼノグラフト(KUCaP18、KUCaP21)、CDK12遺伝子異常を有していない去勢抵抗性前立腺癌1例から作製したゼノグラフト(KUCaP12)、及びLNCaP細胞について、ウエスタンブロッティングにて、ATM、ATR、AR-N(ARのN末端領域)、及びPSAのタンパクレベルでの発現量を測定した。その結果、KUCaP18及びKUCaP21では、ATMの発現量が低下していることが確認された(
図10の(a))。
【0104】
また、KUCaP18及びKUCaP12から作製したオルガノイドに、VE821(ATR阻害剤)及びオラパリブ(PARP阻害剤)のいずれか一方又は双方を添加して3日培養した後に、オルガノイドのATPを定量することによって細胞生存アッセイを行った。その結果、CDK12遺伝子異常を有していないKUCaP12由来のオルガノイドでは、いずれの薬剤の場合でも細胞生存性に差が認められなかったのに対し、CDK12遺伝子異常を有するKUCaP18及びKUCaP21由来のオルガノイドでは、VE821の添加によって細胞生存性が低下し、更にVE821とオラパリブを併用した場合には細胞生存性が顕著に低下した(
図10の(b))。以上の結果から、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌には、ATR阻害剤とPARP阻害剤の併用投与が有効であることが明らかになった。
【0105】
2-8. ATR阻害剤とPARP阻害剤の併用投与は、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌細胞で作製したゼノグラフトを縮小させる
前立腺癌組織から作製したゼノグラフトモデル(KUCaP18、KUCaP21、及びKUCaP12)モデルに、VE822(ATR阻害剤)及びオラパリブ(PARP阻害剤)のいずれか一方又は双方を投与して腫瘍体積及び腫瘍中のγH2AX発現量を測定した。その結果、CDK12遺伝子異常を有していないKUCaP12では、薬剤の単独投与及び併用投与で差異は認められなかったが(
図11の(c))、CDK12遺伝子異常を有しているKUCaP18及びKUCaP21では、VE822及びオラパリブを併用した場合に腫瘍体積が有意に低下しており、腫瘍中のγH2AX発現量は有意に高かった(
図11の(a)及び(b))。
【0106】
また、CDK12遺伝子異常を有している前立腺癌細胞由来のゼノグラフトモデル(KUCaP18及びKUCaP21)に、Bay1895344(ATR阻害剤)とオラパリブを併用投与した場合にも、VE822とオラパリブの併用投与の場合と同様に、腫瘍体積が有意に低下し、腫瘍中のγH2AX発現量は有意に高くなっていた(
図12の(a)及び(b))。
【0107】
これらの結果から、CDK12遺伝子異常を有している前立腺癌細胞は、ATR阻害剤とPARP阻害剤の併用投与によって合成致死が成立することが確認された。従って、前立腺癌の治療では、CDK12遺伝子異常の有無を検査した上で、CDK12遺伝子異常を有する前立腺癌に対してはATR阻害剤とPARP阻害剤を併用投与することが有効である。