(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023155083
(43)【公開日】2023-10-20
(54)【発明の名称】潤滑油組成物
(51)【国際特許分類】
C10M 107/02 20060101AFI20231013BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20231013BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20231013BHJP
【FI】
C10M107/02
C10N40:02
C10N30:00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022064833
(22)【出願日】2022-04-08
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000158312
【氏名又は名称】岩谷産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 元博
(72)【発明者】
【氏名】武知 哲史
(72)【発明者】
【氏名】永山 諒太郎
【テーマコード(参考)】
4H104
【Fターム(参考)】
4H104BA04A
4H104BA07A
4H104CA04A
4H104EA02A
4H104LA20
4H104PA01
(57)【要約】
【課題】水素脆性による早期剥離を効果的に抑制できる潤滑油組成物を提供する。
【解決手段】潤滑油5は、風力発電装置における増速機の潤滑に用いられる潤滑油組成物であって、基油として炭化水素系合成油を含み、炭化水素系合成油の分子中の水素原子の少なくとも一部が重水素原子に置換されており、炭化水素系合成油の重水素化率が10%以上であり、基油の40℃における動粘度が10~400mm
2/sであり、基油は、炭化水素系合成油を該基油の全量に対して50質量%以上含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械部品の潤滑に用いられる潤滑油組成物であって、
基油として炭化水素系合成油を含み、前記炭化水素系合成油の分子中の水素原子の少なくとも一部が重水素原子に置換されていることを特徴とする潤滑油組成物。
【請求項2】
前記炭化水素系合成油が、分子中の水素原子の少なくとも一部が重水素原子に置換されているポリ-α-オレフィン油であることを特徴とする請求項1記載の潤滑油組成物。
【請求項3】
前記炭化水素系合成油の重水素化率が10%以上であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の潤滑油組成物。
【請求項4】
前記基油の40℃における動粘度が10~400mm2/sであることを特徴とする請求項1または請求項2記載の潤滑油組成物。
【請求項5】
前記基油は、前記炭化水素系合成油を該基油の全量に対して50質量%以上含むことを特徴とする請求項1または請求項2記載の潤滑油組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械部品の潤滑に用いられる潤滑油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、自動車における電装部品や補機、産業機械におけるモータ、電気自動車やハイブリッド自動車の駆動用モータなどは、年々小型化や高性能、高出力が求められており、使用条件が厳しくなってきている。これらの機械部品では、潤滑のため潤滑剤が用いられている。例えば、回転部に備えられる転がり軸受では、潤滑剤としてグリースや潤滑油が用いられている。ところが、高温下での高速回転など、使用条件が過酷になることで、転がり軸受の転走面(軸受鋼)に白色組織変化を伴った特異的な剥離が早期に生じるおそれがある。また、建設機械用の減速機用や風力発電装置の増速機用の転がり軸受など、油潤滑で使用される転がり軸受においてもこれらの特異的な剥離が早期に生じるおそれがある。
【0003】
上記の特異的な剥離は、通常の金属疲労により生じる転走面内部からの剥離とは異なり、転走面表面の比較的浅いところから生じる破壊現象で、水素が原因の水素脆性と考えられている。例えば基油が分解して水素が発生し、それが転がり軸受の鋼中に侵入することで、水素脆性を起因とする早期剥離が起きると考えられる。水素は鋼の疲労強度を著しく低下させるため、接触要素間が油膜で分断される弾性流体潤滑と考えられる条件でも、交番せん断応力が最大になる転がり表層内部辺りに亀裂が発生、伝播して早期剥離に至る。
【0004】
従来、このような早期に発生する白色組織変化を伴った特異な剥離現象を防ぐ方法が種々検討されている。例えば、グリース組成物に不動態化酸化剤を配合する方法(特許文献1参照)や、グリース組成物にビスマスジチオカーバメートを配合する方法が提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平3-210394号公報
【特許文献2】特開2005-42102号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、自動車における電装部品や補機、産業機械におけるモータなどでは、近年の小型化に合わせて、軸受の更なる小型化が進められている。そのため、軸受を構成する部材に負荷される接触面圧が高くなる傾向にある。また、これら機器の回転の高速化も進められており、高速運転-急減速運転-急加速運転-急停止が頻繁に行なわれる傾向にある。転動体と軌道輪との間における面圧の上昇や急加減速によるすべりの増大は、該部分における油膜切れ(潤滑不良)を起こしやすくする。さらに、省エネルギー化のため、低粘度油が利用される傾向にあり、油膜切れ(潤滑不良)を起こしやすい。このような過酷化された環境下では、従来の特許文献1や特許文献2のような、不動態化酸化剤やビスマスジチオカーバメートを配合する方法では、上記剥離現象を防ぐ対策として不十分になってきている。
【0007】
また、建設機械については、従来よりも寒冷または灼熱下での建設作業に用いられるものが今後増加する傾向にある。また、風力発電装置については、今後のニーズの更なる増加に伴う設置場所の自由度の減少や、エネルギーの転換トレンド、および風況解析の進展の観点により、従来では積極的に設置検討がなされていなかった洋上や山岳地帯(高地)などへ設置するケースが増加するものと考えられる。これらの事情より、従来では考えにくかった過酷な使用環境でも、上記剥離現象を防止することが望まれる。特に、装置へのアクセスも困難となることが予想されるため、上記剥離現象を長期にわたり防止し、メンテナンス頻度を減少させなければならないニーズも高まるものと考える。
【0008】
また近年では、化石燃料に代わるエネルギー源として、水素が注目されている。水素は、エネルギー源として利用した際に水しか生成せず、二酸化炭素(CO2)を放出しないことからクリーンエネルギーとして期待されている。今後、社会全体において水素利用が進展していくことが予想され、それに伴って、水素利用機器(例えば、水素ステーション向けのボール弁や圧縮機など)が普及していくと考えられる。このような水素利用機器に用いられる機械部品は、水素に曝される環境で使用される場合があり、そうした場合、外から供給される水素の存在によって、上述した水素脆性を起因とする早期剥離が助長されるおそれがある。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、水素脆性による早期剥離を効果的に抑制できる潤滑油組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の潤滑油組成物は、機械部品の潤滑に用いられる潤滑油組成物であって、基油として炭化水素系合成油を含み、上記炭化水素系合成油の分子中の水素原子の少なくとも一部が重水素原子に置換されていることを特徴とする。
【0011】
上記炭化水素系合成油が、分子中の水素原子の少なくとも一部が重水素原子に置換されているポリ-α-オレフィン油(以下、PAO油という)であることを特徴とする。
【0012】
上記炭化水素系合成油の重水素化率が10%以上であることを特徴とする。
【0013】
上記基油の40℃における動粘度が10~400mm2/sであることを特徴とする。
【0014】
上記基油は、上記炭化水素系合成油を該基油の全量に対して50質量%以上含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の潤滑油組成物は、機械部品の潤滑に用いられる潤滑油組成物であって、基油として炭化水素系合成油を含み、炭化水素系合成油の分子中の水素原子の少なくとも一部が重水素原子に置換されている。このように、炭化水素系合成油の分子中の炭素-水素(C-H)結合の一部が、より結合力の大きな炭素-重水素(C-D)結合に置換されることで、化学反応が起こりづらくなり、結果として水素(H2、D2、およびH-Dを含む)の発生量を減少させることができる。その結果、鋼中に侵入する水素(H2、D2、およびH-Dを含む)の量が減少し、水素脆性による早期剥離を効果的に抑制できる。
【0016】
また、炭化水素系合成油の重水素化率が10%以上であるので、水素(H2、D2、およびH-Dを含む)の発生量をより減少させることができ、水素脆性による早期剥離をより効果的に抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の潤滑油組成物を用いた増速機の断面図である。
【
図2】各基油の水素発生量の比率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の潤滑油組成物は、基油として炭化水素系合成油を含み、必要に応じて各種添加剤が配合される。上記炭化水素系合成油は、その分子中の水素原子の少なくとも一部が重水素原子に置換されている。ここで、水素原子を重水素原子に置換することを重水素化という。
【0019】
炭化水素系合成油は、他の油(例えばエーテル油や鉱油)に比べて、重水素化させやすく、製造面で利点がある。例えばエーテル油では重水素化させる際に一部または全部が分解しやすいのに対して、炭化水素系合成油は油の構造が変化せず、また、触媒を被毒しない。例えば、鉱油は硫黄成分が含まれるため、触媒を被毒するおそれがある。炭化水素系合成油を用いることで、不純物の抑制にも繋がることから、早期剥離抑制の面でも好ましいと考えられる。
【0020】
本発明において、重水素化に供される炭化水素系合成油は、特に限定されず、例えば、PAO油、ポリブテン油、α-オレフィンとオレフィンとの共重合体などの脂肪族系合成油や、アルキルベンゼン油、アルキルナフタレン油などの芳香族系合成油を用いることができる。これらの炭化水素系合成油は、単独で用いられてもよく、2種以上が併用されてもよい。
【0021】
重水素化に供される炭化水素系合成油としては、PAO油が好ましい。PAO油は、α-オレフィンまたは異性化されたα-オレフィンのオリゴマーまたはポリマーの混合物である。α-オレフィンの具体例としては、1-オクテン、1-ノネン、1-デセン、1-ドデセン、1-トリデセン、1-テトラデセン、1-ペンタデセン、1-ヘキサデセン、1-ヘプタデセン、1-オクタデセン、1-ノナデセン、1-エイコセン、1-ドコセン、1-テトラドコセンなどが挙げられ、通常はこれらの混合物が使用される。
【0022】
重水素化された炭化水素系合成油は、例えば、炭化水素系合成油を原料に用い、触媒存在下で加熱するなどしてH-D交換反応を行うことで得られる。触媒としては、カーボン(C)担体上に貴金属を担持させたPd/Cなどを用いることができる。H-D交換反応における重水素源としては、重水素(D2)、重水(D2O)などを用いることができる。
【0023】
重水素化された炭化水素系合成油の重水素化率は、例えば2%以上であり、好ましくは5%以上であり、より好ましくは10%以上であり、20%以上であってもよい。上記重水素化率は、例えば80%以下であり、50%以下であってもよい。重水素化率は、H-D交換反応の反応条件(加熱温度や反応時間)などを変更することで、適宜設定できる。
【0024】
本発明において、重水素化率は、炭化水素系合成油の炭素原子に結合している水素原子の総数に対する、これらの水素原子のうちで重水素原子に置換されている水素原子の数の割合(%)をいう。重水素化率は、NMR測定によって算出できる。具体的には、重水素化されていない炭化水素系合成油と重水素化された炭化水素系合成油についてNMR測定を行い、化学シフト、カップリングと結合定数、ピーク面積などより重水素化率を算出できる。
【0025】
本発明に用いる重水素化された炭化水素系合成油は、摺動試験における摩耗量あたりの水素量(H2、D2、およびH-Dの合計量)を、重水素化されていない炭化水素系合成油の場合に比べて5%以上減少させることが好ましい。その減少率は10%以上がより好ましく、20%以上がさらに好ましい。
【0026】
ここで、「摩耗量あたりの水素量」は、摺動試験で発生した水素量を、該摺動試験で生じたボールの摩耗痕から求められる摩耗量で、割った値である。ボールの摩耗量としては、例えば、光学顕微鏡で測定できる摩耗痕直径を用いることができる。ボールの摩耗痕直径は、ボールに生じた円状の傷の摺動方向の直径と摺動方向に垂直な方向の直径を測定した平均摩耗痕直径(単位:μm)である。また、試験中に発生した水素(H2、D2、およびH-D)は、四重極質量分析器を用いて測定できる。この場合、増加したイオン電流値と摺動時間(秒)の積分値を水素量(単位:A・s)とする。
【0027】
上記摺動試験の試験条件は、Fe製のボールおよびFe製のディスクを用い、試験油存在下、面圧2.0GPa、周速0.01m/s、摺動時間3分の条件で実施される。
【0028】
本発明の潤滑油組成物に用いる基油は、重水素化された炭化水素系合成油と、それ以外の油との混合油であってもよい。なお、それ以外の油は、重水素化されていないことが好ましい。つまりこの場合、重水素化された油としては炭化水素系合成油のみが用いられる。重水素化された炭化水素系合成油と混合されるそれ以外の油としては、潤滑油の分野で通常用いられるものであれば、特に制限なく用いることができる。例えば、パラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油などの鉱油、エステル油、エーテル油、シリコーン油、フッ素油、炭化水素系合成油(非重水素化)などが挙げられる。これらの油は、単独で用いられてもよく、2種以上が併用されてもよい。
【0029】
上記基油は、重水素化された炭化水素系合成油を基油の全量に対して50質量%以上含むことが好ましく、70質量%以上含むことがより好ましい。なお、基油は、重水素化された炭化水素系合成油のみ(100質量%)で構成されてもよい。
【0030】
上記基油の動粘度(混合油の場合は、混合油の動粘度)としては、40℃において10~400mm2/sが好ましい。より好ましくは20~150mm2/sであり、さらに好ましくは20~100mm2/sであり、20~50mm2/sであってもよい。
【0031】
本発明の潤滑油組成物には、本発明の目的を損なわない範囲でさらに他の添加剤を配合してもよい。例えば、有機亜鉛化合物、有機モリブデン化合物などの極圧剤、アミン系、フェノール系、イオウ系化合物などの酸化防止剤、スルホン酸塩や多価アルコールエステルなどの防錆剤、エステル、アルコールなどの油性剤などが挙げられる。特に、酸化防止剤としては、フェノチアジン、ジラウリルチオジプロピオネートなどのイオウ系酸化防止剤を用いることができる。
【0032】
本発明に用いる基油は、潤滑油組成物の全量に対して80質量%以上含まれることが好ましく、90質量%以上含まれることがより好ましい。
【0033】
本発明の潤滑油組成物では、炭化水素系合成油の分子中の水素(H)原子の少なくとも一部が重水素(D)原子に置換されている。炭化水素系合成油の分子中の水素(H)原子を重水素(D)原子に置換することによって、炭化水素系合成油の水素(H)原子数が相対的に減少し、結合力がより大きな炭素-重水素(C-D)結合が増加する。そのため、実施例に示すように、重水素化された炭化水素系合成油は、重水素化されていない炭化水素系合成油に比べて、水素(H2、D2、およびH-Dを含む)の発生量が減少し、それに伴って、鋼中に侵入する水素(H2、D2、およびH-Dを含む)の量も減少すると考えられる。なお、炭素-重水素(C-D)結合は、炭素-水素(C-H)結合よりも切れにくく、重水素は水素よりも発生量が少なくなる。加えて、重水素(D)原子は、水素(H)原子よりも原子半径が大きいため、鋼中により侵入しづらい。このような理由から、鋼材における水素脆性剥離が抑制されると考えられる。
【0034】
本発明の潤滑油組成物は、機械部品の潤滑に用いられるものである。機械部品としては、転動部品や転動装置などが挙げられ、より具体的には、ガスタービン(ジェット給油)、油圧ポンプ(油圧作動油浸漬)、印刷機(循環給油)、撚線機(ジェット給油または循環給油)、製紙機械(循環給油)、産業機械用減速機(循環給油)、ロボット減速機(油浴潤滑)、航空機エンジン(ジェット給油)、建設機械各部(油浴潤滑)、鉄鋼圧延機ロールネック(オイルミスト潤滑)、圧延機用減速機(循環給油)、工作機(エアオイル潤滑)、鉄道車輌車軸(はねかけ給油)、鉄道車輌駆動装置(油浴潤滑)、鉱山機械竪型ミルタイヤローラ(循環給油または油浴潤滑)、ミル用減速機(循環給油または油浴潤滑)、風力発電装置増速機(循環給油または油浴潤滑)、自動車変速機(はねかけ給油)などが挙げられる。上記の括弧内は、油潤滑方式であり、細分化すれば油浴潤滑、ジェット給油、循環給油、オイルミスト潤滑、エアオイル潤滑、はねかけ給油、油圧作動油浸漬などがあるが、大別すると油浴潤滑か循環給油である。
【0035】
本発明の潤滑油組成物を機械部品の潤滑に用いた例について、
図1を参照して説明する。
図1の機械部品は、風力発電装置における増速機である。増速機本体1は、入力軸2と出力軸3との間に、一次増速機となる遊星歯車機構6と、二次増速機7とを設けたものである。遊星歯車機構6は、入力軸2と一体のキャリア8に遊星歯車9を設置し、遊星歯車9を、内歯のリングギヤ10と太陽歯車11に噛み合わせ、太陽歯車11と一体の軸を中間出力軸12とするものである。二次増速機7は、中間出力軸12の回転を出力軸3に複数の歯車13~16を介して伝達する歯車列からなる。遊星歯車9や、この遊星歯車9を支持する軸受鋼からなる転がり軸受17、リングギヤ10、二次増速機7の歯車13となる各転動部品が、ハウジング4内の潤滑油貯留槽4aの潤滑油5内に浸漬される。この潤滑油5が、本発明の潤滑油組成物である。潤滑油貯留槽4aは、ポンプおよび配管からなる循環給油手段(図示せず)によって循環させられる。なお、循環給油手段は必ずしも設けなくてもよく、油浴潤滑形式としてもよい。
【0036】
この風力発電装置における増速機は、屋外に設置され、湿度の変動や風雨にさらされることから、多くの水分が潤滑油組成物中に混入する可能性がある。しかし、本発明の潤滑油組成物によれば、水素の発生量を低減させることができ、その結果、上記転動部品の寿命延長により、風力発電装置のメンテナンス頻度を延長できる。
【0037】
また、本発明の潤滑油組成物は、転がり軸受の潤滑に用いることもできる。この転がり軸受は、外周面に内輪転走面を有する内輪と、内周面に外輪転走面を有する外輪と、内輪転走面と外輪転走面との間に複数個の玉と、玉を保持する保持器とを備え、油潤滑で使用される。なお、シール部材(シールド板)は適宜採用できる。
【0038】
転がり軸受において、内輪、外輪、転動体などの軸受部材を構成する鉄系金属材料は、軸受材料として一般的に用いられる任意の材料であり、例えば、高炭素クロム軸受鋼(SUJ1、SUJ2、SUJ3、SUJ4、SUJ5など;JIS G 4805)、浸炭鋼(SCr420、SCM420など;JIS G 4053)、ステンレス鋼(SUS440Cなど;JIS G 4303)、高速度鋼(M50など)、冷間圧延鋼などが挙げられる。
【0039】
転がり軸受の軸受形式としては、例えば、深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受、スラスト玉軸受(単式平面座など)、スラスト円筒ころ軸受、スラスト円すいころ軸受、スラスト針状ころ軸受、スラスト自動調心ころ軸受などを採用できる。
【0040】
転がり軸受としては、水素脆性による早期剥離が発生しやすい環境下で使用される軸受に好適である。例えば、以下に示す用途の軸受に使用される。
【0041】
転がり軸受は、例えば、車両(燃料電池車(FCV)、電気自動車(EV)など)のトランスアスクル用、車両のトランスミッション(無段変速機など)用、車両のモータ用(駆動装置用、変速機用)の軸受として使用される。これらの用途の軸受には、変速に伴う回転数の急激な変化や、高回転、高負荷などに耐え得る性能が求められる。また、これらの機器では、動力損失を低減するため、粘度の低い潤滑油が使用されている。このような過酷な使用環境では、すべりによって軌道輪や転動体の摩耗が促進されやすい。そして、その摩耗によって鋼新生面が形成されると、水や潤滑剤成分が分解され水素が発生し、鋼中へ侵入することから、水素脆化による早期剥離が発生しやすい。また、燃料電池車などでは、水素設備からの漏洩水素が、転がり軸受の水素脆化を助長する可能性も考えられる。
【0042】
また、転がり軸受は、燃料電池車などの高圧水素減圧弁用、燃料電池車などの水素循環ポンプ用の軸受として使用される。これらの使用環境では、すべりによって軌道輪や転動体の摩耗が促進されやすく、その結果、上述のように、水素脆化による早期剥離が発生しやすい。また、燃料電池車などでは、水素設備からの漏洩水素が、転がり軸受の水素脆化を助長する可能性も考えられる。
【0043】
また、転がり軸受は、車両の電装部品用、車両の補機(オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、ファンカップリング装置、中間プーリ、電動ファンモータ、圧縮機など)用の軸受として使用される。近年、車両の小型化、軽量化および静粛性向上のため、その電装部品や補機の小型化、軽量化、エンジンルーム内の密閉化が促進されている。エンジンルーム内の電装部品や補機は、小型化に伴なう出力低下を防ぐため、高速回転化が進められており、さらに、急激な変速や高温条件なども加わってきている。このような過酷な使用環境では、すべりによって軌道輪や転動体の摩耗が促進されやすく、その結果、上述のように、水素脆化による早期剥離が発生しやすい。
【0044】
また、転がり軸受は、ハブベアリングとして使用される。ハブベアリングは、雨天や、悪路、海岸での走行などによって軸受空間内に水が侵入しやすい。また、急激な変速や衝撃などが、すべりによる軌道輪や転動体の摩耗を助長し、その摩耗によって鋼新生面が形成されると、水や潤滑剤成分が分解され水素が発生し、鋼中へ侵入することから、水素脆化による早期剥離が発生しやすい。
【0045】
また、転がり軸受は、工作機械用(主軸用など)、風力発電装置用(増速機用など)、鉄道車両用(車軸用、駆動装置用、主電動機用など)、建設機械用(アスクル用など)、抄紙機用、変速機用の軸受として使用される。これらの使用環境に伴う、急激な変速や、高速回転、ハウジングや軌道輪の歪みなどが、すべりによる軌道輪や転動体の摩耗を促進させやすく、その結果、上述のように、水素脆化による早期剥離が発生しやすい。特に、屋外など水が混入しやすい環境で早期剥離が発生しやすい。
【0046】
また、転がり軸受は、水素利用機器用の軸受として使用される。特に、外から供給される水素に曝される環境で使用される軸受として有用である。今後、水素利用の進展により、水素雰囲気下(水素が混入した混合雰囲気も含む)で軸受が使用されるケースが増大すると考えられる。その場合、基油の分解に伴い発生する水素(内的な要因の水素)に加えて、外から供給される水素(外的な要因の水素)も水素脆性による早期剥離に影響すると考えられる。本発明の潤滑油組成物によって油潤滑される転がり軸受は、従来に比べて、水素脆性の早期剥離がより懸念される場合であっても、上述した潤滑油組成物を用いることで、早期剥離を効果的に抑制できる。
【0047】
水素利用機器としては、例えば水素ステーション向けのボール弁や圧縮機が挙げられる。圧縮機の方式は、特に限定されず、往復式(レシプロ)、回転式(スクリュ)、遠心式、軸流式のいずれであってもよい。また、水素利用機器には、上述した燃料電池車向けの高圧水素減圧弁や水素循環ポンプなども含まれる。
【実施例0048】
本発明を実施例および比較例により具体的に説明するが、これらの例によって何ら限定されるものではない。
【0049】
下記の摺動試験に用いる試験油(潤滑油組成物)として、表1に示す重水素化(H-D交換)率の異なる基油を用いた。基油B~Dは、基油A(PAO油)を重水素化したものである。実施例1~3および比較例1の潤滑油組成物は、各基油のみで構成されている。
【0050】
【0051】
実施例1~3および比較例1の潤滑油組成物を用いて摺動試験を行い、水素発生量を評価した。真空槽内で基油を塗布したFe製ディスク上にFe製ボールを押し当てながら摺動させた。試験条件は、面圧2.0GPa、周速0.01m/s、摺動時間3分で行った。試験中に発生した水素を四重極質量分析器で測定して、増加したイオン電流値と摺動時間の積分値を水素量とした。水素としては、質量分析計で検出した「m/z=2」をH2分子、「m/z=3」をH-D分子、「m/z=4」をD2分子として評価した。また、試験後、ボールの摩耗痕直径を光学顕微鏡で測定して摩耗量とした。得られた各水素量を、摩耗量で割った値、すなわち摩耗量あたりの水素量(単位:A・s/μm)を算出した。各基油に対して同じ摺動試験を2回実施し、その平均値を求めた。
【0052】
「m/z=2」、「m/z=3」、「m/z=4」、および「m/z=2,3,4」(合計)における、基油Aの摩耗量あたりの水素量を基準として、基油B、C、Dの摩耗量あたりの水素量の各比率を算出した。結果を
図2に示す。
【0053】
図2(a)に示すように、水素(H
2)発生量は、基油Aと基油Bで同程度であったが、基油Cと基油Dでは、重水素化率が増加するにつれて減少した。
図2(b)および
図2(c)に示すように、水素(H-D)発生量および水素(D
2)発生量は、重水素化率が増加するにつれて増加した。なお、水素(H-D)発生量は、水素(H
2)発生量に比べて1桁程度少なく、さらに水素(D
2)発生量は、水素(H
2)発生量に比べて2桁程度少ない結果となった。
図2(d)に示すように、全ての水素(H
2、H-D、およびD
2の合計)発生量は、基油Aと基油Bで同程度であったが、基油Cと基油Dでは、重水素化率が増加するにつれて減少した。
本発明の潤滑油組成物は、転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な早期剥離を効果的に抑制できるので、機械部品(転動部品や転動装置など)の寿命に優れる。例えば、油圧ショベル、ダンプトラックなどの大型建設機械に用いられる転動部品、風力発電装置用主軸や減速機に用いられる転がり軸受、産業用ロボットの減速機や油圧機器に用いられる転がり軸受などの潤滑に好適に利用できる。特に、風力発電装置の主軸や減速機の転がり軸受に適用することで、該装置へのアクセスが困難となる場合でもメンテナンス頻度を減少させることができる。