(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023155128
(43)【公開日】2023-10-20
(54)【発明の名称】抗菌用粉末、抗菌用粉末の製造方法、抗菌性塗料、抗菌性樹脂組成物、抗菌性部材及び抗菌性樹脂成形品
(51)【国際特許分類】
A01N 59/16 20060101AFI20231013BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20231013BHJP
A01N 25/12 20060101ALI20231013BHJP
C09D 5/14 20060101ALI20231013BHJP
C09D 201/00 20060101ALI20231013BHJP
C09D 7/62 20180101ALI20231013BHJP
【FI】
A01N59/16 Z
A01P3/00
A01N25/12
C09D5/14
C09D201/00
C09D7/62
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022181889
(22)【出願日】2022-11-14
(31)【優先権主張番号】P 2022063887
(32)【優先日】2022-04-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100159499
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 義典
(74)【代理人】
【識別番号】100120329
【弁理士】
【氏名又は名称】天野 一規
(74)【代理人】
【識別番号】100159581
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 勝誠
(74)【代理人】
【識別番号】100106264
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 耕治
(72)【発明者】
【氏名】牧野 裕輝
(72)【発明者】
【氏名】今西 功一
(72)【発明者】
【氏名】村田 陽子
(72)【発明者】
【氏名】堀田 太洋
【テーマコード(参考)】
4H011
4J038
【Fターム(参考)】
4H011AA02
4H011BB18
4H011DA02
4J038CG001
4J038DB001
4J038DG001
4J038DL031
4J038HA066
4J038KA15
4J038NA05
(57)【要約】 (修正有)
【課題】抗菌作用に優れる抗菌用粉末を提供する。
【解決手段】抗菌用粉末は、ニッケル又はニッケル合金を主成分とし、リン及び硫黄の少なくとも一方と、水素とを含み、上記リン及び上記硫黄の合計含有量が0.15質量%以上15.70質量%以下であり、上記水素の含有量が0.060質量%以上1.000質量%以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケル又はニッケル合金を主成分とし、
リン及び硫黄の少なくとも一方と、水素とを含み、
上記リン及び上記硫黄の合計含有量が0.15質量%以上15.70質量%以下であり、
上記水素の含有量が0.060質量%以上1.000質量%以下である抗菌用粉末。
【請求項2】
上記リン及び上記硫黄の少なくとも一方が、上記ニッケル又は上記ニッケル合金から部分的に遊離可能である請求項1に記載の抗菌用粉末。
【請求項3】
上記リンを含んでおり、上記リンの含有量が0.07質量%以上5.00質量%以下である請求項1又は請求項2に記載の抗菌用粉末。
【請求項4】
ニッケル又はニッケル合金を主成分とする粉末にリン及び硫黄の少なくとも一方を導入する第一導入工程と、
上記粉末に水素を導入する第二導入工程とを備え、
上記第一導入工程及び上記第二導入工程によって、上記リン及び上記硫黄の合計含有量を0.15質量%以上15.70質量%以下に、かつ上記水素の含有量を0.060質量%以上1.000質量%以下に制御する抗菌用粉末の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は請求項2に記載の抗菌用粉末を含有する抗菌性塗料。
【請求項6】
請求項1又は請求項2に記載の抗菌用粉末を含有する抗菌性樹脂組成物。
【請求項7】
請求項5に記載の抗菌性塗料を表面の少なくとも一部に有する抗菌性部材。
【請求項8】
請求項6に記載の抗菌性樹脂組成物を有する抗菌性樹脂成形品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗菌用粉末、抗菌用粉末の製造方法、抗菌性塗料、抗菌性樹脂組成物、抗菌性部材及び抗菌性樹脂成形品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、衛生上の観点から、抗菌性を有する金属粉末を樹脂や塗料に混ぜて様々な用途の材料に塗布することが検討されている。例えば特許文献1には、抗菌・防カビ剤として銀、銅等を含む抗菌・防カビ性塗装鋼板が記載されている。特許文献2には、二酸化チタン主体の粒子を含有する皮膜が形成されている金属材料が記載されている、また、特許文献3には、水素、リン及び硫黄を含有するニッケル系粉末が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8-156175号公報
【特許文献2】特開平9-195061号公報
【特許文献3】特開2003-64401号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、銀、銅等の電気化学的に貴な金属はイオン化し難く、抗菌作用を発揮するまでに長時間を要する。また、二酸化チタンは抗菌効果を発揮するために日光や紫外線を必要とするため、用途が限定される。
【0005】
一方で、上述のように、特許文献3のニッケル系粉末は、水素、リン及び硫黄を含んでいる。本発明者らが鋭意検討したところ、引用文献3に記載されているニッケル系粉末については、各成分の含有量等について、さらなる改善の余地があることが分かった。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、抗菌作用に優れる抗菌用粉末を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様に係る抗菌用粉末は、ニッケル又はニッケル合金を主成分とし、リン及び硫黄の少なくとも一方と、水素とを含み、上記リン及び上記硫黄の合計含有量が0.15質量%以上15.70質量%以下であり、上記水素の含有量が0.060質量%以上1.000質量%以下である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様に係る抗菌用粉末は、抗菌作用に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る抗菌用粉末の製造方法を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
【0011】
(1)本発明の一態様に係る抗菌用粉末は、ニッケル又はニッケル合金を主成分とし、リン及び硫黄の少なくとも一方と、水素とを含み、上記リン及び上記硫黄の合計含有量が0.15質量%以上15.70質量%以下であり、上記水素の含有量が0.060質量%以上1.000質量%以下である。
【0012】
上述の特許文献3では、黄色ブドウ球菌及び大腸菌の濃度を調整した液をニッケル系粉末に滴下し、その上にポリエチレンフィルムを被せて密着させることで、抗菌性を評価している。しかしながら、この評価方法では、抗菌作用について高精度に評価するためには、粉末と菌を含む液との比率を十分に制御することを要する。これに対し、本発明者らは、抗菌作用を奏するうえで望ましい各成分の含有量を突き止め、本発明を完成させた。
【0013】
当該抗菌用粉末は、ニッケル又はニッケル合金を主成分としているので、抗菌作用を奏するニッケルイオンが容易にかつ短時間で溶出する。当該抗菌性粉末に含まれる水素は、粉末表面を活性状態に保つことで、ニッケルイオンが安定的に溶出するように作用する。また、水素は、抗菌作用を奏する水素化物を形成するため、抗菌作用を向上することができる。さらに、リン及び硫黄は、粉末による水素の保持を容易にしつつ、ニッケルイオンの溶出を促進する。したがって、当該抗菌用粉末は、水素と、リン及び硫黄の少なくとも一方とが相乗的に作用することで、優れた抗菌作用を安定的に奏し得る。なお、当該抗菌用粉末における水素、リン及び硫黄の含有量はシェーク法を用いた抗菌性評価を基に設定されている。この抗菌性評価では、粉末と菌を含む液との比率を揃えた高精度の評価結果を得られる。このため、当該抗菌用粉末は抗菌作用を十分に奏し得る。
【0014】
(2)上記(1)に記載の抗菌用粉末において、上記リン及び上記硫黄の少なくとも一方が、上記ニッケル又は上記ニッケル合金から部分的に遊離可能であってもよい。つまり、当該抗菌用粉末は、上記リン及び上記硫黄が粉末表面に固定されていることを要しない。このため、当該抗菌用粉末はリン及び硫黄を粉末表面に固定するための熱処理等を要することなく、比較的容易に製造することができる。
【0015】
(3)上記(1)又は(2)に記載の抗菌用粉末は、上記リンを含んでおり、上記リンの含有量が0.07質量%以上5.00質量%以下であることが好ましい。このように上記リンを含み、かつ上記リンの含有量が上記範囲内であることで、抗菌作用を向上することができる。
【0016】
(4)本発明の他の一態様に係る抗菌用粉末の製造方法は、ニッケル又はニッケル合金を主成分とする粉末にリン及び硫黄の少なくとも一方を導入する第一導入工程と、上記粉末に水素を導入する第二導入工程とを備え、上記第一導入工程及び上記第二導入工程によって、上記リン及び上記硫黄の合計含有量を0.15質量%以上15.70質量%以下に、かつ上記水素の含有量を0.060質量%以上1.000質量%以下に制御する。
【0017】
当該抗菌用粉末の製造方法によれば、抗菌作用に優れる抗菌用粉末を製造できる。
【0018】
(5)本発明の他の一態様に係る抗菌性塗料は、上記(1)から(3)のいずれかに記載の抗菌用粉末を含有する。
【0019】
当該抗菌性塗料は、当該抗菌用粉末を含有するため、抗菌作用に優れる。
【0020】
(6)本発明の他の一態様に係る抗菌性樹脂組成物は、上記(1)から(3)のいずれかに記載の抗菌用粉末を含有する。
【0021】
当該抗菌性樹脂組成物は、当該抗菌用粉末を含有するため、抗菌作用に優れる。
【0022】
(7)本発明の他の一態様に係る抗菌性部材は、上記(5)に記載の抗菌性塗料を表面の少なくとも一部に有する。
【0023】
当該抗菌性部材は、当該抗菌性塗料を表面に有するため、抗菌作用に優れる。
【0024】
(8)本発明の他の一態様に係る抗菌性樹脂成形品は、上記(6)に記載の抗菌性樹脂組成物を有する。
【0025】
当該抗菌性樹脂成形品は、当該抗菌性樹脂組成物を有するため、抗菌作用に優れる。
【0026】
なお、本発明において、「主成分」とは、質量換算で最も含有量の大きい成分をいい、例えば含有量が50質量%以上の成分を意味する。
【0027】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、適宜図面を参照しつつ、本発明の実施の形態を詳説する。なお、本明細書に記載されている数値については、記載された上限値と下限値とを任意に組み合わせることが可能である。本明細書では、組み合わせ可能な上限値から下限値までの数値範囲が好適な範囲として全て記載されているものとする。
【0028】
<抗菌用粉末>
本発明の一実施形態に係る抗菌用粉末は、ニッケル又はニッケル合金を主成分とする。本実施形態において、当該抗菌用粉末はニッケル又はニッケル合金を主成分とする金属粉末(以下、ニッケル系金属粉末ともいう)とその他の化合物とを含む。このニッケル系金属粉末には、金属元素以外の元素が部分的に固溶していてもよい。当該抗菌用粉末は、リン及び硫黄の少なくとも一方と、水素とを含む。リン、硫黄及び水素は、上記その他の化合物として存在するか、又は上記ニッケル系金属粉末に固溶している。当該抗菌用粉末において、リン元素及び硫黄元素の合計含有量は0.15質量%以上15.70質量%以下である。一方、水素元素の含有量は0.060質量%以上1.000質量%以下である。
【0029】
(ニッケル又はニッケル合金)
当該抗菌用粉末は、上述の通りニッケル系金属粉末を含むため、その粉末表面に少量存在する吸着水にニッケルイオンが溶出する。そして、ニッケルイオンが吸着水内で増殖し得る菌やかびに接触して死滅させることで抗菌作用を奏するものと考えられる。所望の抗菌作用を得る観点から、当該抗菌用粉末全質量におけるニッケル元素の含有量の下限としては、70質量%が好ましく、80質量%がより好ましく、90質量%がさらに好ましい。一方、ニッケル元素の含有量の上限は特に限定されないが、例えば99質量%であってもよい。
【0030】
上記ニッケル系金属粉末はニッケル以外の金属を含んでいてもよい。また、上記ニッケル系金属粉末は上述の通りニッケル合金を主成分とした粉末であってもよい。上記ニッケル系金属粉末に含まれるニッケル以外の金属元素としては、例えば、Fe、Co、Zn等が挙げられる。上記ニッケル系金属粉末におけるニッケル以外の金属元素の含有量は、当該抗菌用粉末全質量におけるニッケル元素の含有量が上述の好ましい範囲内にあるように、任意に設定することができる。一方、上記ニッケル系金属粉末は、金属元素として実質的にニッケルのみを含んでいてもよい。なお、「金属元素として実質的にニッケルのみを含む」とは、ニッケル以外の金属元素が不可避的に極めて少量含まれることを除き、金属元素としてニッケルのみを含むことを意味する。
【0031】
(水素)
当該抗菌用粉末は、上述の通り、水素を含む。水素は、還元作用を有するため、上記ニッケル系金属粉末の表面の酸化や変質を抑制する。これにより、上記ニッケル系金属粉末の活性状態が維持され、ニッケルイオンが安定的に溶出する。また、水素は、菌やかびを構成するたんぱく質を変質させる水素化物を形成するため、抗菌作用をさらに向上することができる。
【0032】
当該抗菌用粉末全質量における水素元素の含有量の下限としては、上述の通り0.060質量%であり、0.070質量%が好ましく、0.075質量%がより好ましい。一方、水素元素の含有量の上限としては、上述の通り1.000質量%であり、0.800質量%が好ましく、0.600質量%がより好ましく、0.500質量%がさらに好ましく、0.400質量%がよりさらに好ましい。水素元素の含有量が上記下限に満たないと、上記ニッケル系金属粉末の酸化や変質を十分に抑制できず、ニッケルイオンによる抗菌作用が低下するおそれがある。逆に、水素元素の含有量が上記上限を超えると、上記ニッケル系金属粉末に水素が保持され難くなるおそれがある。
【0033】
当該抗菌用粉末に水素を導入する方法としては、例えば水素を含む化合物を含有する水溶液によって上記ニッケル系金属粉末を浸漬すること等が挙げられる。
【0034】
(リン及び硫黄)
当該抗菌用粉末は、上述の通り、リン及び硫黄の少なくとも一方を含む。リン及び硫黄は、粉末による水素の保持を容易にする。すなわち、リン及び硫黄の少なくとも一方を含むことで、当該抗菌用粉末中に所望の含有量で水素を保持しやすい。また、リン又は硫黄は、上記ニッケル系金属粉末の結晶粒界に侵入することでニッケルイオンの溶出を促進し得る。
【0035】
当該抗菌用粉末全質量におけるリン元素及び硫黄元素の合計含有量の下限としては、上述の通り0.15質量%であり、0.20質量%が好ましく、0.25質量%がより好ましい。一方、リン元素及び硫黄元素の合計含有量の上限としては、上述の通り15.70質量%であり、12.00質量%が好ましく、10.00質量%がより好ましい。リン元素及び硫黄元素の合計含有量が上記下限に満たないと、ニッケルイオンの溶出を十分に促進できないおそれがある。逆に、リン元素及び硫黄元素の合計含有量が上記上限を超えると、上記ニッケル系金属粉末の耐食性が向上することによりニッケルイオンの溶出が阻害されるおそれがある。
【0036】
当該抗菌用粉末は、リンを含むことが好ましい。リンを含むことによって、上述の作用に加え、リンが還元性イオンとして溶出し得るため、抗菌作用をさらに向上することができる。当該抗菌用粉末全質量におけるリン元素の含有量の下限としては、0.07質量%が好ましく、0.10質量%がより好ましく、0.15質量%がさらに好ましい。リン元素の含有量が上記下限に満たないと、抗菌作用が十分に向上しないおそれがある。リン元素の含有量の上限としては、ニッケルイオンの溶出量を十分に維持する観点から、5.00質量%が好ましく、4.00質量%がより好ましく、3.00質量%がさらに好ましい。
【0037】
当該抗菌用粉末のリン及び硫黄は、それぞれリン含有化合物及び硫黄含有化合物として存在し得る。リン含有化合物及び硫黄含有化合物の種類は、上記ニッケル系金属粉末にリン及び硫黄の少なくとも一方を導入する方法によって定まる。リン及び硫黄の少なくとも一方を導入する方法としては、例えばリン酸水溶液、リン酸塩水溶液又は硫酸塩水溶液によって上記ニッケル系金属粉末を浸漬すること等が挙げられる。
【0038】
当該抗菌用粉末に含まれるリン含有化合物としては、ニッケルを含むリン酸塩が好ましく、ニッケルを含むリン酸塩としてはリン酸ニッケルが好ましい。ニッケルを含むリン酸塩は、上記ニッケル系金属粉末をリン酸水溶液に浸漬することによって得られる。リン酸水溶液を用いることで、リン及び水素を同時に導入することができるため、当該抗菌用粉末の製造の効率化を図ることができる。
【0039】
当該抗菌用粉末のリン及び硫黄は、上記ニッケル系金属粉末に固溶した固溶体としても存在し得る。すなわち、当該抗菌用粉末のリン及び硫黄の形態としては、上記ニッケル系金属粉末に固溶した固溶体も好ましい。この固溶体は、例えば水アトマイズ法によって容易に生成できるため、当該抗菌用粉末の製造の効率化を図ることができる。
【0040】
当該抗菌用粉末におけるリン及び硫黄の少なくとも一方は、上記ニッケル系金属粉末から部分的に遊離可能であってもよい。また、リン及び硫黄の少なくとも一方は、部分的に上記ニッケル系金属粉末の粉末内部に存在していてもよい。つまり、当該抗菌用粉末は、リン含有化合物及び硫黄含有化合物が粉末表面に固定されていることを要しない。この理由を以下に説明する。リン含有化合物及び硫黄含有化合物が粉末表面に固定されていると、当該抗菌用粉末中に水素をさらに保持されやすく、またニッケルイオンの溶出がさらに促進されやすくなるものと考えられる。一方、本発明者らは、リン及び硫黄の含有量を適切に制御することによって、リン含有化合物及び硫黄含有化合物が粉末表面に必ずしも固定されていない状態であっても、当該抗菌用粉末が十分な抗菌作用を奏し得ることを知得した。また、リン含有化合物及び硫黄含有化合物を粉末表面に固定するために熱処理等の追加処理を行うことは、製造効率の点で必ずしも好ましくはない。したがって、抗菌作用と製造効率とを両立する観点から、リン含有化合物及び硫黄含有化合物は粉末表面に固定されていることを要しない。
【0041】
当該抗菌用粉末の平均粒径の下限としては、0.1μmが好ましく、0.2μmがより好ましい。一方、上記平均粒径の上限としては、20μmが好ましく、15μmがより好ましい。上記平均粒径が上記下限に満たないと、当該抗菌用粉末の製造コストが高くなるおそれがある。逆に、上記平均粒径が上記上限を超えると、当該抗菌粉末の比表面積を十分に大きくし難くなることで、抗菌作用を十分に奏し難くなるおそれがある。なお、「平均粒径」とは、一般的な粒度分布計によって粒子の粒度分布を測定し、その測定結果に基づいて算出される小粒径側からの体積積算値50%の粒度(D50)を意味する。
【0042】
(利点)
当該抗菌用粉末は、ニッケル又はニッケル合金を主成分としているので、抗菌作用を奏するニッケルイオンが容易にかつ短時間で溶出する。当該抗菌性鉄粉に含まれる水素は、粉末表面を活性状態に保つことで、ニッケルイオンが安定的に溶出するように作用する。また、水素は、抗菌作用を奏する水素化物を形成するため、抗菌作用を向上することができる。さらに、リン及び硫黄は、粉末による水素の保持を容易にしつつ、ニッケルイオンの溶出を促進する。したがって、当該抗菌用粉末は、水素と、リン及び硫黄の少なくとも一方とが相乗的に作用することで、優れた抗菌作用を安定的に奏し得る。
【0043】
<抗菌用粉末の製造方法>
図1の抗菌用粉末の製造方法では、上述の当該抗菌用粉末を製造する。当該抗菌用粉末の製造方法は、ニッケル又はニッケル合金を主成分とする粉末、すなわちニッケル系金属粉末にリン及び硫黄の少なくとも一方を導入する第一導入工程S1と、このニッケル系金属粉末に水素を導入する第二導入工程S2とを備える。第一導入工程S1及び第二導入工程S2は同時に実施してもよい。つまり、リン及び硫黄の少なくとも一方と水素とを同時に導入してもよい。また、当該抗菌用粉末の製造方法は、第一導入工程S1及び第二導入工程S2によって、リン元素及び硫黄元素の合計含有量を0.15質量%以上15.70質量%以下に、かつ水素元素の含有量を0.060質量%以上1.000質量%以下に制御する。
【0044】
(第一導入工程)
第一導入工程S1では、上述の通り、上記ニッケル系金属粉末にリン及び硫黄の少なくとも一方を導入する。上記ニッケル系金属粉末としては、市販のニッケル含有粉末を使用してもよい。
【0045】
上記ニッケル系金属粉末にリンを導入する方法としては、例えば、塩化パラジウム、エチレンジアミン、ホスフィン酸ナトリウム及びチオジグリコール酸を含む水溶液を用いたパラジウム-リン含有化合物の導入処理、リン酸水溶液への浸漬、及びリン酸塩処理液に亜鉛イオン、鉄イオン等を添加した水溶液への浸漬等が挙げられる。これらの中でも、リン酸水溶液への浸漬が好ましい。リン酸水溶液を用いることで、リン及び水素を同時に導入することができる。すなわち、第一導入工程S1及び第二導入工程S2を同時に行ったものとみなせるため、当該抗菌用粉末の製造の効率化を図ることができる。なお、リン酸水溶液への浸漬によって、リン酸ニッケル等、ニッケルを含むリン酸塩が生成されるものと考えられる。
【0046】
ニッケル系金属粉末に硫黄を導入する方法としては、例えば、硫酸ナトリウム水溶液、その他硫酸塩を含む水溶液への浸漬等が挙げられる。
【0047】
上記ニッケル系金属粉末にリン及び硫黄の少なくとも一方を導入する方法としては、水アトマイズ法も好ましい。水アトマイズ法では、溶融した金属ニッケルに高圧の水を噴射することによってこの金属ニッケルを微細化して凝固させる。また、金属ニッケルの溶融時にリン及び硫黄の少なくとも一方を金属ニッケルに混入させる。このため、水アトマイズ法は、不純物の混入を防止すると共に、リン及び硫黄の含有量を制御しやすい。すなわち、水アトマイズ法によると、当該抗菌用粉末の組成を容易かつ確実に制御することができる。なお、水アトマイズ法によってリン及び硫黄の少なくとも一方を上記ニッケル系金属粉末に導入すると、上記ニッケル系金属粉末にリン及び硫黄の少なくとも一方が固溶した固溶体が生成されるものと考えられる。
【0048】
第一導入工程S1では、リン及び硫黄を粉末表面に固定させることを要しない。換言すると、上述の抗菌作用と製造効率とを両立する観点から、リン及び硫黄を粉末表面に固定させるための熱処理等の追加処理を実施しなくてもよい。
【0049】
(第二導入工程)
第二導入工程S2では、上述の通り、上記ニッケル系金属粉末に水素を導入する。上記ニッケル系金属粉末に水素を導入する方法としては、水素ガス雰囲気中での曝露、塩化ナトリウム、塩酸及びフッ化水素を含む水溶液への浸漬、湿式粉砕処理等が挙げられる。これらの中でも、湿式粉砕処理が好ましい。湿式粉砕処理によると、簡易な手順によって水素を導入することができる。湿式粉砕処理の際は、粉砕効率を上げるため脂肪酸等の分散剤を添加してもよい。なお、第一導入工程S1で、リン酸水溶液への浸漬等によって、上記ニッケル系金属粉末に水素が所望の含有量で導入されている場合は、第二導入工程S2が行われたものとみなし、上述の通り列挙される水素を導入する方法等を省略することができる。
【0050】
(利点)
当該抗菌用粉末の製造方法によれば、抗菌作用に優れる抗菌用粉末を製造できる。
【0051】
<抗菌性塗料>
本発明の一実施形態に係る抗菌性塗料は、塗料材料及び当該抗菌用粉末を含有する。当該抗菌性塗料は、例えば当該抗菌用粉末を塗料材料に添加して調製される。当該抗菌用粉末としては上述した通りであるため、説明を省略する。
【0052】
当該抗菌用粉末を添加する上記塗料材料は、溶剤を含んでもよく、溶剤を含まなくてもよい。当該抗菌性塗料又は上記塗料材料の形態としては、溶剤系塗料、水系塗料、又は粉体塗料のいずれかであってもよい。
【0053】
上記塗料材料は、通常、樹脂を含む。上記塗料材料に含まれる樹脂は、特に限定されず、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、シリコーン樹脂等が挙げられる。すなわち、当該抗菌性塗料又は上記塗料材料は、エポキシ系塗料、ウレタン系塗料、アクリル系塗料、シリコーン系塗料のいずれかであってもよい。
【0054】
当該抗菌性塗料における当該抗菌用粉末の含有量は、0.1質量%以上10質量%以下が好ましい。
【0055】
(利点)
当該抗菌性塗料は、当該抗菌用粉末を含有するため、抗菌作用に優れる。
【0056】
<抗菌性樹脂組成物>
本発明の一実施形態に係る抗菌性樹脂組成物は、樹脂及び当該抗菌用粉末を含有する。当該抗菌性樹脂組成物は、例えば当該抗菌用粉末を樹脂に添加して調製される。当該抗菌用粉末としては上述した通りであるため、説明を省略する。
【0057】
当該抗菌用粉末を添加する上記樹脂は、熱可塑性樹脂であってもよく、熱硬化性樹脂であってもよい。
【0058】
上記熱可塑性樹脂としては、ポリプロレン、ポリエチレン、エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)、エチレン-エチルアクリレート系共重合体等のポリオレフィン系樹脂;ポリメタクリル酸メチル等のポリアクリル系樹脂;ポリスチレン、スチレン-アクリロニトリル共重合体(AN樹脂)、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合体(ABS樹脂)、メタクリル酸メチル-ブタジエン-スチレン共重合体(MBS樹脂)、スチレン-メタクリル酸メチル共重合体(MS樹脂)等のポリスチレン系樹脂;ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリシクロヘキサンジメチレンテレフタレート、ポリブチレンアジペート、ポリエチレンアジペート等のポリエステル系樹脂;ナイロン66、ナイロン69、ナイロン612、ナイロン6、ナイロン11、ナイロン12、ナイロン46、ナイロン6-66共重合体、ナイロン6-12共重合体等のポリアミド系樹脂;ポリカーボネート、ポリカーボネート-ABS樹脂アロイ等のポリカーボネート系樹脂;ポリアセタール樹脂;熱可塑性ポリウレタン樹脂等が挙げられる。
【0059】
上記熱硬化性樹脂としては、グリコールと、不飽和及び飽和二塩基酸から誘導される不飽和ポリエステルと、他のビニルモノマーとの架橋共重体等の不飽和ポリエステル樹脂;ビスフェノール型エポキシ樹脂、ノボラック型エポキシ樹脂、脂環式エポキシ樹脂等のエポキシ樹脂のポリアミン、酸無水物等による硬化樹脂等のエポキシ樹脂;ポリウレタンフォーム等の熱硬化性ポリウレタン樹脂;架橋ポリアクリルアミドの部分加水分解物、架橋されたアクリル酸-アクリルアミド共重合体等の高吸水性樹脂等が挙げられる。
【0060】
当該樹脂組成物における当該抗菌用粉末の含有量は、0.1質量%以上10質量%以下が好ましい。
【0061】
(利点)
当該抗菌性樹脂組成物は、当該抗菌用粉末を有するため、抗菌作用に優れる。
【0062】
<抗菌性部材>
本発明の一実施形態に係る抗菌性部材は、当該抗菌性塗料を表面の少なくとも一部に有する。当該抗菌性部材は、例えば被塗布部材と、この被塗布部材に塗布された当該抗菌性塗料とを有する。当該抗菌性塗料としては上述した通りであるため、説明を省略する。
【0063】
上記被塗布部材としては、特に限定されず、抗菌性が要求される種々の部材であってもよい。上記被塗布部材としては、屋外照明用カバー、スマートメーターカバー等の屋外設備用カバー;台所、風呂、トイレ等の水周りで使用される部材又は住宅設備;冷蔵庫、エアコン等の家電;コンビニエンスストア等に設置されているATM(現金自動預け払い機);POS端末;携帯電話、スマートフォン、タブレット等の携帯用端末;パソコン等の計算機器;各種包装材;壁紙;各種フィルター;スイッチ;日用品・生活用資材;衛生材;衣料品;車両関連の各種プラスチック部品等の部材が挙げられる。
【0064】
(利点)
当該抗菌性部材は、当該抗菌性塗料を表面に有するため、抗菌作用に優れる。
【0065】
<抗菌性樹脂成形品>
本発明の一実施形態に係る抗菌性樹脂成形品は、当該抗菌性樹脂組成物を有する。当該抗菌性樹脂成形品は、例えば当該抗菌性樹脂組成物を成形して得られる成形物を有する。当該抗菌性樹脂成形品は、当該抗菌性樹脂組成物以外の部材、化合物等を有していてもよい。当該抗菌性樹脂組成物としては上述した通りであるため、説明を省略する。
【0066】
当該抗菌性樹脂成形品としては、特に限定されず、例えば当該抗菌性部材において被塗布部材として例示された部材であってもよい。
【0067】
(利点)
当該抗菌性樹脂成形品は、当該抗菌性樹脂組成物を有するため、抗菌作用に優れる。
【0068】
<その他の実施形態>
上記実施形態は、本発明の構成を限定するものではない。したがって、上記実施形態は、本明細書の記載及び技術常識に基づいて上記実施形態各部の構成要素の省略、置換又は追加が可能であり、それらは全て本発明の範囲に属するものと解釈されるべきである。
【0069】
当該抗菌用粉末は、ニッケル系金属粉末、リン含有化合物、硫黄含有化合物、及びその他不可避的に含まれる不純物以外の化合物を含有することを妨げない。当該抗菌用粉末は、例えばニッケル酸化物をさらに含有していてもよい。また、湿式粉砕処理の際に用いる上述の脂肪酸、又は脂肪酸由来の炭素含有化合物若しくは酸素含有化合物等をさらに含有していてもよい。
【0070】
当該抗菌用粉末の製造方法における水素、リン又は硫黄の導入方法は本実施形態に記載された方法に限定されず、その他の公知の方法を適宜用いることができる。
【0071】
[実施例]
以下、実施例に基づき本発明を詳述するが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるものではない。
【0072】
<試料粉末の調製>
(No.1)
No.1では、市販のニッケル粉末を用いた。また、別途リン酸濃度0.1質量%の水溶液を調製し、50℃に加熱した。この水溶液にニッケル粉末を固体と液体との重量比(固体/液体)が0.6となるように投入した。その後、水溶液を、温度50℃に保った状態で1時間攪拌した。攪拌後は、水溶液を濾過し、濾液が中性になるまでイオン交換水で洗浄した後、乾燥機で乾燥させることによって、試料粉末を調製した。
【0073】
(No.2)
No.2では、水溶液の攪拌時間を24時間としたことを除き、No.1と同様の手順で試料粉末を調製した。
【0074】
(No.3)
No.3では、水アトマイズ法により純ニッケルにリンが混入した水アトマイズ粉を調製した。上記水アトマイズ粉のリン含有量は約1質量%であった。その後、上記水アトマイズ粉を、ビーズミル粉砕機を用いて570分間湿式粉砕した。湿式粉砕の際は、エタノールを分散媒とし、固形分濃度を30質量%とした。湿式粉砕の後、得られた懸濁液を濾過し、乾燥機で乾燥させることによって、試料粉末を調製した。
【0075】
(No.4)
No.4では、No.1とは異なる市販のニッケル粉末を用い、かつ固体と液体との重量比(固体/液体)を0.4としたことを除き、No.1と同様の手順で試料粉末を調製した。
【0076】
(No.5)
No.5では、No.1の市販のニッケル粉末をそのまま用いた。
【0077】
(No.6)
No.6では、No.4の市販のニッケル粉末をそのまま用いた。
【0078】
(No.7)
No.7では、No.4の市販のニッケル粉末を用い、水溶液の温度を30℃とし、かつ固体と液体との重量比(固体/液体)を1.0としたことを除き、No.1と同様の手順で試料粉末を調製した。
【0079】
(No.8)
No.8では、No.1及びNo.4とは異なる市販のニッケル粉末を用い、かつ固体と液体との重量比(固体/液体)を1.0としたことを除き、No.1と同様の手順で試料粉末を調製した。
【0080】
(No.9)
No.9では、No.3の水アトマイズ粉を湿式粉砕することなく用いた。
【0081】
(No.10)
No.10では、No.8の市販のニッケル粉末をそのまま用いた。
【0082】
No.1からNo.10の試験粉末における、水素元素、リン元素及び硫黄元素の含有量をそれぞれ測定した。水素元素の含有量は不活性ガス融解法によって測定した。リン元素の含有量は各試料粉末を酸溶解させた後、ICP発光分光分析法によって測定した。硫黄元素の含有量は燃焼-赤外線吸収法によって測定した。表1に、水素(H)の含有量[質量%]、リン(P)の含有量[質量%]、硫黄(S)の含有量[質量%]、P及びSの合計含有量[質量%]を示す。表1に示す水素の含有量は、有効数字3桁目を四捨五入して求めた。リン及び硫黄の含有量はそれぞれ小数第3位で四捨五入し、リン及び硫黄の合計含有量は四捨五入した値の和として求めた。ただし、リンの含有量が検出限界0.01質量%未満の場合は0.00質量%とし、硫黄の含有量が検出限界0.001質量%未満の場合は0.00質量%とした。なお、No.1、No.2、及びNo.4からNo.7における硫黄は製品のニッケル粉末に当初から含まれていた硫黄の含有量だと考えられる。
【0083】
No.1、No.2、No.4からNo.8及びNo.10の試料粉末の平均粒径は2μm以上3μm以下であった。一方、No.3及びNo.9の試料粉末の平均粒径は約8μmであった。
【0084】
<抗菌性試験>
抗菌性試験は、抗菌製品技術評議会のシェーク法及びJIS-L1902(2015)に記載の「発光測定法による定量法」に準拠して実施した。初めに35℃のインキュベータ内に静置していた0.9質量%の滅菌生理食塩水99mLに試料粉末を1g添加した後、超音波処理を10分間行い、試料粉末を分散させた。その後、1.0×109CFU/mL以上1.0×1011CFU/mL以下に調製した大腸菌の懸濁液を上記滅菌生理食塩水に1mL添加して試験菌液とした。試験菌液を調製直後に、ATP濃度測定を基に試験菌液内部の生菌数に算出し、初期生菌数とした。
【0085】
上記試験菌液を、35℃の下で6時間振とうした後、再びATP濃度測定を基に試験菌液内部の生菌数を算出した。この生菌数を用いて、初期生菌数を基準とした生菌数の減少率を算出した。表1にNo.1からNo.10における菌の減少率[%]を示す。
【0086】
【0087】
<評価結果>
表1に示すように、リン及び硫黄の合計含有量が0.15質量%以上15.70質量%以下であり、かつ水素の含有量が0.060質量%以上1.000質量%以下を満たすNo.1からNo.4は、菌の減少率が95%以上であり、優れた抗菌作用を奏している。
【産業上の利用可能性】
【0088】
以上説明したように、本発明の一態様に係る抗菌用粉末は、抗菌作用に優れるため、種々の目的の製品に好適に配合できる。