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特開2023-155596歯科用補綴物及びその製造方法、歯科用補綴物製造用キット並びにセラミックス物品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023155596
(43)【公開日】2023-10-23
(54)【発明の名称】歯科用補綴物及びその製造方法、歯科用補綴物製造用キット並びにセラミックス物品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/10 20060101AFI20231016BHJP
   C04B 35/486 20060101ALI20231016BHJP
   C04B 41/85 20060101ALI20231016BHJP
   A61K 6/807 20200101ALI20231016BHJP
   A61K 6/822 20200101ALI20231016BHJP
   A61K 6/818 20200101ALI20231016BHJP
   A61L 27/40 20060101ALI20231016BHJP
   A61L 27/50 20060101ALI20231016BHJP
   A61L 27/36 20060101ALI20231016BHJP
   A61C 13/083 20060101ALI20231016BHJP
   A61C 5/70 20170101ALI20231016BHJP
【FI】
A61L27/10
C04B35/486
C04B41/85 Z
A61K6/807
A61K6/822
A61K6/818
A61L27/40
A61L27/50 200
A61L27/36 300
A61C13/083
A61C5/70
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022065010
(22)【出願日】2022-04-11
(71)【出願人】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(71)【出願人】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(72)【発明者】
【氏名】池田 正臣
(72)【発明者】
【氏名】平石 典子
(72)【発明者】
【氏名】平田 広一郎
(72)【発明者】
【氏名】中島 慶
(72)【発明者】
【氏名】橋本 明香里
(72)【発明者】
【氏名】豊田 真奈
【テーマコード(参考)】
4C081
4C089
4C159
【Fターム(参考)】
4C081AB06
4C081BA12
4C081BB08
4C081CF121
4C081CF22
4C081CF24
4C081DC04
4C089AA06
4C089BA01
4C089BA03
4C089BA05
4C089CA04
4C159GG04
4C159GG12
4C159GG13
4C159GG15
(57)【要約】
【課題】 シランカップリング剤を含む前処理剤と歯科用レジンセメントのような前記歯科用接着材との組合せからなる接着システムを、サンドブラスト処理を必須とすることなく簡便に適用して、歯牙等の被着物に対して良好接着でき、しかも高温かつ多湿となる口腔内環境での長期の使用に耐え得るジルコニア補綴物を提供する。
【解決手段】 たとえば部分安定化ジルコニアの微多孔性仮焼体からなる被切削加工部を有するジルコニア歯科用ミルブランクをCAD/CAMシステムを用いて切削加工した後に接着面となる面の表面に、ケイ酸ナトリム等のアルカリ金属ケイ酸塩の水溶液や懸濁液からなる処理液を浸透させてから焼結することにより得られる、前記接着面の表層部のみが選択的に二酸化ケイ素と複合化している、ジルコニア補綴物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化イットリウム、酸化カルシウム、酸化マグネシウム、酸化セリウム及び酸化エルビウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の安定化剤及び酸化ジルコニウムを含み二酸化ケイ素成分を実質的に含有しない安定化ジルコニア焼結体又は部分安定化ジルコニア焼結体からなる本体を有する歯科用補綴物であって、
前記本体の表面は、被着体と接着される接着面と表面に露出する露出面とを有し、
前記接着面の表層部が二酸化ケイ素と複合化している、
ことを特徴とする歯科用補綴物。
【請求項2】
請求項1に記載の歯科用補綴物を製造する方法であって、
酸化イットリウム、酸化カルシウム及び酸化マグネシウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の安定化剤及び酸化ジルコニウムを含み二酸化ケイ素成分を実質的に含有しない、安定化ジルコニアの微多孔性仮焼体又は部分安定化ジルコニアの微多孔性仮焼体からなる被切削加工部を有するジルコニア歯科用ミルブランクの前記被切削加工部をCAD/CAMシステムを用いて切削加工することにより、目的とする歯科用補綴物の形状に対応する形状を有する、前記微多孔性仮焼体からなる半製品を得る切削加工工程;
前記半製品における、前記接着面に相当する面にアルカリ金属ケイ酸塩の水系溶液又は懸濁液からなる処理液を浸透させて、前記面の表層部にアルカリ金属ケイ酸塩を保持させる処理工程;及び
前記処理工程を経た半製品を1200~1800℃の温度で本焼結する焼結工程;
を含むことを特徴とする、前記歯科用補綴物の製造方法。
【請求項3】
前記ジルコニア歯科用ミルブランクの被切削加工部を構成する微多孔性仮焼体が、相対密度が45~65%で外部に向かって開口した細孔を有する微多孔性仮焼体であり、
前記処理液がケイ酸ナトリウムの濃度が15~70質量%であるケイ酸ナトリウム水溶液であり、
前記処理工程において、前記面における深さが5~300μmまでの表層部にケイ酸ナトリウムを保持させる、
請求項2に記載の歯科用補綴物の製造方法。
【請求項4】
酸化イットリウム、酸化カルシウム及び酸化マグネシウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の安定化剤及び酸化ジルコニウムを含み二酸化ケイ素成分を実質的に含有しない、安定化ジルコニアの微多孔性仮焼体又は部分安定化ジルコニアの微多孔性仮焼体からなる被切削加工部を有するジルコニア歯科用ミルブランクと、
ケイ酸ナトリウムの濃度が15~70質量%であるケイ酸ナトリウム水系溶液からなる処理液と、
を含んでなる歯科用補綴物製造用キット。
【請求項5】
二酸化ケイ素成分を実質的に含有しない無機酸化物からなるセラミックスからなる本体の一部の表層領域が二酸化ケイ素と複合化しているセラミックス物品を製造する方法であって、
前記本体を構成する前記セラミックスの原料となる無機粉体を含む原料組成物の成形体からなる微多孔性成形体又は該微多孔性成形体を熱処理して得られた熱処理微多孔性成形体を必要に応じて加工して、前記本体に相当する形状を有する半製品を得る半製品製造工程;
前記半製品の表面の所定の領域の表層部にアルカリ金属ケイ酸塩の水系溶液からなる処理液を浸透させる処理工程;及び
前記処理工程を経た前記半製品を本焼結する焼結工程;
を含むことを特徴とする、前記セラミックス物品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用補綴物及びその製造方法、歯科用補綴物製造用キット並びにセラミックス物品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特に、近年、ICTの発展により歯科分野において、コンピュータ支援設計(CAD:Computer Aided Design)やコンピュータ支援製造(CAM:Computer Aided Manufacturing)技術の導入が進んでいる。たとえば、歯冠補綴物の作製に関しては、口腔内の撮影画像から、CAD/CAM装置を用いて、非金属材料からなる歯科加工用ブランクに切削加工を施して歯科用補綴物を成形するCAD/CAMシステムが多用されるようになってきている。ここで、歯科加工用ブランクとは、CAD/CAMシステムにおける切削加工機に取り付け可能にされた被切削体(ミルブランクとも呼ばれる。)を意味し、通常は、被切削加工部と、これを切削加工機に取り付け可能にするための保持部と、を有する。そして、被切削加工部としては、直方体や円柱の形状に成形された(ソリッド)ブロック又は板状若しくは盤状に形成された(ソリッド)ディスク等が一般的に知られている。
【0003】
非金属材料としては、強度や靭性に優れ、審美性の高い歯科用補綴物を作製できることから、ジルコニア系セラミックス材料が使用されることが多い。完全焼結されたジルコニア系セラミックス材料は、その強度ゆえに切削加工が難しいため、CAD/CAMシステムを用いてジルコニア系セラミックスからなる歯科用補綴物(以下、「ジルコニア補綴物」ともいう。)を作製する場合には、歯科用ジルコニアミルブランク(単に、「ジルコニアミルブランク」ともいう。)の被切削加工部としては、比較的低い焼結温度で仮焼結したジルコニア系セラミックス仮焼結体が一般的に用いられている。そして、高温での本焼結を行った際に発生する収縮等を考慮したCADに基づいて、CAMにより最終的に得られる補綴物の形状に対応する形状に切削加工してから、本焼結を行って緻密化・高強度化されたジルコニア補綴物が作製されている。
【0004】
なお、ジルコニア系セラミックスに関しては、純粋なジルコニア(酸化ジルコニウム)は、温度によって体積変化を伴う相転移を起こすため、焼結後の冷却過程において体積変化による応力によってクラックが発生して低強度化を招くことがある。そして、このような相転移を防ぐために、酸化イットリウム、酸化カルシウム、酸化マグネシウムなどの安定化剤を添加して、冷却しても低温で安定な単斜晶に転移せずに、高温で安定な正方晶又は正方晶と立方晶との混晶系として存在することができるようにした安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアが開発されている。ジルコニアミルブランクに使用されるジルコニア原料粉末としても、このような安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアが使用され、更に高強度化のためにアルミナ(添加剤)を添加したものが一般的に使用されている。例えば特許文献1には、常圧焼結することにより特に前歯用義歯として適した透光性及び強度を兼備したジルコニア焼結体を与えることができる原料粉末として、「4.0mol%を超え6.5mol%以下のイットリアと、0.1wt%未満のアルミナを含有し、BET比表面積が8~15m/gであることを特徴とするジルコニア粉末」が記載されている。
【0005】
このような安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアからなるものを含めて、ジルコニア補綴物は、シランカップリング剤を含む前処理剤で処理した後に歯科用レジンセメントのようなシランカップリング剤と反応する成分(たとえばシリカ成分や重合性単量体)や親和性の高い成分(有機成分)を含む歯科用接着材を用いて接着するころことにより治療が行われるのが一般的である。しかし、シランカップリング剤によって形成され、接着強度の向上に寄与するZr-O-Si結合の生成量が少ないため、実用的な接着強度を得るためには(表面Zr-OH基の数を増やすための)サンドブラスト処理を行う必要があった(非特許文献1参照)。
【0006】
また、シランカップリング剤を含む前処理剤に代えて6-メタクリロキシヘキシル-ホスホノアセテートのアセトン溶液などのホスホン酸基含有(メタ)アクリレート系単量体を含む歯科用接着性組成物で処理する方法も提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2015-143178号公報
【特許文献2】特開2006-045179号公報
【特許文献3】特開平02-21858号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】木村等「ジルコニア歯科接着の新規プライマー及び新表面処理方法の開発」、日本接着学会誌、2019年、55巻、3号、10-17頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
シランカップリング剤を含む前処理剤と歯科用レジンセメントのようなシランカップリング剤と反応する成分(たとえばシリカ成分や重合性単量体)や親和性の高い成分(有機成分)を含む歯科用接着材との組合せは、歯科分野で汎用的に使用される接着システムであり、該システムを簡便に適用してジルコニア補綴物を良好に接着する技術は今のところ知られていない。
【0010】
すなわち、前記非特許文献1に記載されているように上記システムをジルコニア補綴物に適用するためには事前にサンドブラスト処理が必要であり、その影響を受けるばかりでなく、前記非特許文献1に示されるサンドブラスト処理を行った系における37℃の水中に24時間浸漬した後のハイブリッド型レジン組成物の硬化体に対する引張接着強さは18.8MPaと報告されているが、サンドブラスト処理を施したジルコニアを大気中に数時間放置すると接着強さが著しく低下することも併せて報告されており、十分な接着性を有しているとは言えないものである。
【0011】
また、特許文献2に記載された歯科用接着性組成物を用いる方法は、ジルコニアセラミックス等の特定の被着体には有効であるかもしれないが、他の被着体系と共用できないため不便であるばかりでなく、使用に際してはレジンセメントとのマージン部に特定の光硬化性組成物を施用して光硬化させる必要があるようである。
【0012】
そこで本発明は、シランカップリング剤を含む前処理剤と歯科用レジンセメントのような前記歯科用接着材との組合せからなる接着システムを、サンドブラスト処理を必須とすることなく簡便に適用して、ジルコニア補綴物、延いては二酸化ケイ素成分を実質的に含有しない無機酸化物からなるセラミックスからなる物品を良好に接着する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、前記課題を解決するものであり、本発明の第1の形態は、酸化イットリウム、酸化カルシウム、酸化マグネシウム、酸化セリウム及び酸化エルビウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の安定化剤及び酸化ジルコニウムを含み二酸化ケイ素成分を実質的に含有しない安定化ジルコニア焼結体又は部分安定化ジルコニア焼結体からなる本体を有する歯科用補綴物であって、
前記本体の表面は、被着体と接着される接着面と表面に露出する露出面とを有し、
前記接着面の表層部が二酸化ケイ素と複合化している、ことを特徴とする歯科用補綴物(以下、「本発明の歯科用補綴物」ともいう。)である。
【0014】
また、本発明の第2の形態は、上記本発明の歯科用補綴物を製造する方法であって、
酸化イットリウム、酸化カルシウム及び酸化マグネシウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の安定化剤及び酸化ジルコニウムを含み二酸化ケイ素成分を実質的に含有しない、安定化ジルコニアの微多孔性仮焼体又は部分安定化ジルコニアの微多孔性仮焼体からなる被切削加工部を有するジルコニア歯科用ミルブランクの前記被切削加工部をCAD/CAMシステムを用いて切削加工することにより、目的とする歯科用補綴物の形状に対応する形状を有する、前記微多孔性仮焼体からなる半製品を得る切削加工工程;
前記半製品における、前記接着面に相当する面にアルカリ金属ケイ酸塩の水系溶液又は懸濁液からなる処理液を浸透させて、前記面の表層部にアルカリ金属ケイ酸塩を保持させる処理工程;及び
前記処理工程を経た半製品を1200~1800℃の温度で本焼結する焼結工程;
を含むことを特徴とする、前記歯科用補綴物の製造方法である。
【0015】
上記形態の製造方法(以下、「本発明の歯科用補綴物の製造方法」ともいう。)においては、前記ジルコニア歯科用ミルブランクの被切削加工部を構成する微多孔性仮焼体が、相対密度が45~65%で外部に向かって開口した細孔を有する微多孔性仮焼体であり、前記処理液がケイ酸ナトリウムの濃度が15~70質量%であるケイ酸ナトリウム水溶液であり、前記処理工程において、前記面における深さが5~300μmまでの表層部にケイ酸ナトリウムを保持させる、ことが好ましい。
【0016】
本発明の第3の形態は、酸化イットリウム、酸化カルシウム及び酸化マグネシウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の安定化剤及び酸化ジルコニウムを含み二酸化ケイ素成分を実質的に含有しない、安定化ジルコニアの微多孔性仮焼体又は部分安定化ジルコニアの微多孔性仮焼体からなる被切削加工部を有するジルコニア歯科用ミルブランクと、ケイ酸ナトリウムの濃度が15~70質量%であるケイ酸ナトリウム水系溶液からなる処理液と、を含んでなる歯科用補綴物製造用キット(以下、「本発明のキット」ともいう。)である。
【0017】
本発明の第4の形態は、二酸化ケイ素成分を実質的に含有しない無機酸化物からなるセラミックスからなる本体の一部の表層領域が二酸化ケイ素と複合化しているセラミックス物品を製造する方法であって、
前記本体を構成する前記セラミックスの原料となる無機粉体を含む原料組成物の成形体からなる微多孔性成形体又は該微多孔性成形体を熱処理して得られた熱処理微多孔性成形体を必要に応じて加工して、前記本体に相当する形状を有する半製品を得る半製品製造工程;
前記半製品の表面の所定の領域の表層部にアルカリ金属ケイ酸塩の水系溶液からなる処理液を浸透させる処理工程;及び
前記処理工程を経た前記半製品を本焼結する焼結工程;
を含むことを特徴とする、前記セラミックス物品の製造方法(以下、「本発明の物品の製造方法」ともいう。)である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の歯科用補綴物は、ジルコニア補綴物であるにも拘らず、審美性や機械的強度等の物性も従来のジルコニア補綴物と同等のレベルを維持したまま、シランカップリング剤を含む前処理剤と歯科用レジンセメントのような前記歯科用接着材との組合せからなる接着システムを簡便に適用して、歯牙、金属及びハイブリッドレジン等の被着物に対して、口腔内環境(高温、多湿)での使用にも十分に耐え得る接着強度で接着させることが可能である。さらに、接着に際しては、サンドブラスト処理を省略することも可能であり、サンドブラスト処理を行う場合であっても、その条件による影響を受けにくいものとなる。
【0019】
また、本発明の歯科用補綴物の製造方法によれば、たとえば本発明のキットを用いる等して、上記のような優れた特徴を有する本発明の歯科用補綴物を効率的に製造することが可能となる。
【0020】
さらに本発明の物品の製造方法によれば、ジルコニア補綴物に限らず、従来、前記接着システムを用いて接着することが難しかった多くのセラミックスからなる物品について、当該接着システムによって良好に接着できる物品とすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、何ら論理に拘束されるものではないが、本発明の歯科用補綴物が上記したような優れた効果が得られる理由は、次のようなものであると考えられる。すなわち、前記接着システムにより良好な接着力が得られるのは、接着面の表層部が二酸化ケイ素と複合化することによって接着面における表面シラノール基(Si-OH基)の数が増大し、前記接着システムを適用したときにこれがシランカップリング剤と反応することによりSi-O-Si結合を介して歯科用レジンセメント等の歯科用接着剤の成分と化学結合を形成したり親和性が向上したりするためであると考えられる。このとき、前記表層部では二酸化ケイ素が所定の厚さで複雑に本体内部に入り込むことにより、アンカー効果により強固に本体と一体化しているため、口腔内で長期間使用しても接着力が低下しない。また、複合化層は接着後の表面に露出せず、しかも極表層部に限られているので、審美性や全体の機械的強度に悪影響を与えることもない。
【0022】
このような、表面の特定領域の表層部といった限られた領域における上記複合化は、本発明の歯科用補綴物の製造方法を採用することにより実現可能となったものであり、例えば特許文献3に記載されているような、ジルコニアの(本)焼結体の表面に二酸化ケイ素前駆体を塗布して比較的低温で熱処理するような一般的なコーティング法を採用した場合には、前記したようなアンカー効果および化学的結合による強固な一体化は起こらないので、剥離等による接着強度の低下が常に懸念される。
【0023】
以下、本発明について詳しく説明する。なお、本明細書においては特に断らない限り、数値x及びyを用いた「x~y」という表記は「x以上y以下」を意味するものとする。かかる表記において数値yのみに単位を付した場合には、当該単位が数値xにも適用されるものとする。
【0024】
1.本発明の歯科用補綴物について
歯科用補綴物とは、喪失又は欠損した歯牙を補う人工物であり、例示すればインレー、アンレー、クラウン、ブリッジ、インプラント上部構造、義歯床などを挙げることができる。これらは、補綴治療に際しては、歯牙や、金属や有機無機複合材料等の被着物に対して、歯科用レジンセメントなどの歯科用接着材を用いて接着することによって使用される。そのため、歯科用補綴物の本体は、被着体と接着される接着面と表面に露出する露出面とを有する。
【0025】
本発明の歯科用補綴物の本体は、基本的には、安定化ジルコニア焼結体又は部分安定化ジルコニア焼結体からなるジルコニア補綴物である。ここで、安定化ジルコニア焼結体又は部分安定化ジルコニア焼結体とは安定化剤を含む結晶性酸化ジルコニウム粉体(原料粉体)の焼結体であり、該原料粉体は更に添加剤としての酸化アルミニウムを含むことが好ましい。しかし、シリカなどの二酸化ケイ素成分は通常、配合されず、本発明においても歯科用補綴物の本体の接着面の表層部を除く部分を構成する安定化ジルコニア焼結体又は部分安定化ジルコニア焼結体は、二酸化ケイ素成分を実質的に含有しない。なお実質的に含有しないとは、二酸化ケイ素成分を含まないか、又は含むとしても本体部分の総質量を基準として、二酸化ケイ素成分含有量が0.030質量%以下、好ましくは0.025質量%以下であることを意味する。
【0026】
原料粉体について詳しく説明すると、安定化剤としては、酸化イットリウム、酸化カルシウム、酸化マグネシウム、酸化セリウム、酸化エルビウム等の従来の酸化ジルコニウムの安定化剤として用いられるものを制限なく用いることができるが、特に酸化イットリウムが好ましく、焼結後に安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアとなることから酸化イットリウムの含有量は酸化ジルコニウム100質量部に対して5~14質量部(酸化ジルコニウム1molに対して0.027~0.076mol)が好ましい。
【0027】
酸化アルミニウムは酸化ジルコニウムの焼結助剤として機能するものであり、その含有量は酸化ジルコニウム100質量部に対して0.005~0.3重量であることが好ましい。酸化アルミニウムの含有量が0.005質量部より少ない場合には、焼結助剤としての効果が得られない可能性があり、含有量が0.3質量部より多い場合には、酸化ジルコニウムとの屈折率差から透光性が低下し、歯科用補綴物に適さない可能性がある。
【0028】
原料粉体は粉体として取り扱いが容易なものであれば特に限定されないが、酸化物結晶の相変態が生じにくいという理由及び焼結により粒成長が進みすぎないという理由から、平均結晶子径は0.001μm~50μm、特に0.003μm~20μmであることが好ましい。このような原料粉体としては、例えば、ZpexSmile(東ソー株式会社製)、Zpex4(東ソー株式会社製)、Zpex(東ソー株式会社製)等を使用することができる。
【0029】
原料粉体は、顔料を含んでいてもよい。顔料は特に限定されず、公知のものを自由に組み合わせて用いることができ、例えば、酸化エルビウム、酸化コバルト、酸化鉄等が使用できる。また、焼結前は白色であっても、焼結後に着色し顔料として使用可能であるものも使用できる。
【0030】
本発明の歯科用補綴物の本体を構成する安定化ジルコニア焼結体又は部分安定化ジルコニア焼結体は、(本)焼結過程で気孔の収縮と粒成長とが起こり、最終的に「夫々安定化剤が異なる濃度で固溶した正方晶ジルコニア粒と立方晶ジルコニア粒とがランダムに分散して相互に隣接した多結晶体構造中にアルミナ粒が分散した緻密な構造」を有するものとなったものを意味する。
【0031】
本発明の歯科用補綴物は、前記本体の接着面の表層部、具体的には表面からの深さが5~300μmの範囲、好ましくは10~200μmの範囲に亘る表層部が、選択的に二酸化ケイ素と複合化していることを特徴としている。この表層部における複合化は、X線回折法(以下、XRDと略記する場合がある。)や電子プローブマイクロアナイラザー(以下、EPMAと略記する場合がある。)による分析により確認することができるものであり、これら分析によれば、本体の表面を少なくとも部分的に覆いその(本体側の)一部が複雑な形状の細孔内に固定化された非晶質の二酸化ケイ素の相が形成されており、該表層部にはアルカリ金属の酸化物は確認されない。このような複合化構造は、その形成方法(具体的には本発明の歯科用補綴物における処理工程及び焼結工程)からも理解される。すなわち、焼結過程において融点が焼結温度よりも低いアルカリ金属は、昇華等により消失し、細孔内及び表面で非晶質二酸化ケイ素が形成され、その際に二酸化ケイ素の一部(特に界面近傍)は(部分)安定化ジルコニアの成分と複合酸化物化している可能性もある。そして、焼結後の冷却によって本体の表面を少なくとも部分的に覆いその(本体側の)一部が複雑な形状の細孔内に固定化された二酸化ケイ素の相が形成されたものであると考えられる。このようにして、本体の表面露出する(Si-OH基を有する)二酸化ケイ素がアンカー効果(更には、場合によっては複合酸化物化による化学結合)によって本体と強固に一体化するため、接着面の表面ではシランカップリング処理が有効に作用し、前記したような効果が得られるものと考えられる。
【0032】
2.本発明の歯科用補綴物の製造方法について
本発明の歯科用補綴物の製造方法は、本発明の歯科用補綴物を製造する方法であって、前記切削加工工程、前記処理工程及び前記焼結工程を含むことを特徴とする。以下に、各工程について説明する。
【0033】
2-1.切削加工工程について
切削加工工程では、酸化イットリウム、酸化カルシウム及び酸化マグネシウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の安定化剤及び酸化ジルコニウムを含み二酸化ケイ素成分を実質的に含有しない、安定化ジルコニアの微多孔性仮焼体又は部分安定化ジルコニアの微多孔性仮焼体からなる被切削加工部を有するジルコニア歯科用ミルブランクの前記被切削加工部をCAD/CAMシステムを用いて切削加工することにより、目的とする歯科用補綴物の形状に対応する形状を有する、前記微多孔性仮焼体からなる半製品を得る。
【0034】
上記ジルコニア歯科用ミルブランクは、後述するように、一般的に流通しているジルコニア歯科用ミルブランクでもあるので、本発明の歯科用補綴物の製造方法における切削加工工程は、従来から行われている一般的なジルコニアミルブランクを用いてジルコニア補綴物を作製する際における、CAD/CAMシステムを用いてジルコニアミルブランクを切削加工して(焼結を行う前の)ジルコニア補綴物の形状に相当する半製品(切削加工体)を得る工程と、特に変わることはない。そこで、ここでは、一般的に流通しているジルコニア歯科用ミルブランクを含めて、その原料や製造方法について説明した上で、切削加工方法について説明することとする。
【0035】
(1)ジルコニア歯科用ミルブランクについて
ジルコニア歯科用ミルブランクとは、被切削加工部と、これを切削加工機に取り付け可能にするための保持部と、を有するミルブランクにおいて、前記被切削加工部が酸化イットリウム、酸化カルシウム及び酸化マグネシウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の安定化剤及び酸化ジルコニウムを含み二酸化ケイ素成分を実質的に含有しない、安定化ジルコニアの微多孔性仮焼体又は部分安定化ジルコニアの微多孔性仮焼体からなるものを意味する。被切削加工部は、直方体や円柱の形状に成形された(ソリッド)ブロック又は板状若しくは盤状に形成された(ソリッド)ディスク等であるのが一般的である。
【0036】
なお、仮焼体(仮焼結体ともいう)とは、焼結過程において(本)焼結体となる前の状態のものを意味する。焼結過程においては、前記した原料粉体の構成粒子どうしが部分的に接合したネックが形成されると共にそれが成長して行く過程で粒子間の空隙に由来する開気孔(すなわち外部に開放した孔)が形成される。本発明における微多孔性仮焼体とは、この開気孔が消失せずに多数残存した状態を維持したものを意味する。
【0037】
本発明における微多孔性仮焼体としては、相対密度が45~65%で外部に向かって開口した細孔を有する微多孔性仮焼結体であることが好ましい。一般的に流通しているジルコニア歯科用ミルブランクの被切削加工部は、相対密度が45~65%で外部に向かって開口した細孔を有する安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアの微多孔性仮焼結体からなるので、本発明では、このような被切削加工部を有する一般的なジルコニア歯科用ミルブランクが特に制限なく使用できる。
【0038】
なお、相対密度とは、理論密度に対する実密度の割合{相対密度=(実密度/理論密度)×100(%)によって求められるもの}であり、仮焼結温度や仮焼結時間を制御することにより調整することができる。また、このような相対密度となるように仮焼結を行えば、仮焼結体は通常、外部に向かって開口した細孔を有する微多孔性となる。これら細孔の平均細孔径は、通常、50~200nmの範囲内にある。ここで、平均粒子径とは、水銀圧入法、すなわち水銀ポロシメーターによる測定で得られた細孔径5nm~250μmの範囲の細孔容積分布から求めたメディアン径を意味する。
【0039】
例えば、酸化ジルコニウムの理論密度は、安定剤の種類及び含有量並びにアルミナ添加剤の含有量によって異なり、正方晶ジルコニアの理論密度である6.10g/cmからこれらの含有量が増えるに従って、僅かに減少する傾向がある。例えば特許文献1の表1には、イットリア、アルミナ配合系のジルコニアの理論密度が示されているので、参考として以下に転載する。実密度は、アルキメデス法などの密度測定により求めることができる。
【0040】
【表1】
【0041】
(2)ジルコニア歯科用ミルブランクの製造方法について
ジルコニア歯科用ミルブランクは、一般に、前記本原料粉体を所定の形状に成形した後に仮焼結することにより製造される。このとき前記本原料粉体には、必要に応じてバインダー、微細フィラー、遮光剤、蛍光剤等を配合した原料組成物を成形した後に仮焼して製造した微多孔性仮焼体を被切削部としても良い。バインダー成分を添加する場合、例えばアクリル系バインダーやオレフィン系バインダー、ワックス等を使用することができる。
【0042】
このような原料粉体を含む原料組成物の成形は、プレス成形、押出成形、射出成形、鋳込成形などの方法を用いて所定形状の圧縮成形体又はグリーン体を得ることにより行われる。また、多段階的な成形を施してもよい。例えば、原料粉体を一軸プレス成形した後に、さらにCIP(Cold Isostatic Pressing;冷間静水等方圧プレス)処理を施したものでもよい。また、成形工程において、複数種の混合粉末を積層し成形してもよい。圧縮成形体又はグリーン体の形状は、目的とするミルブランクの形状に応じて適宜決定すればよいが、通常は円盤状のもの(ディスクタイプ)、或いは直方体又は略直方体形状のもの(ブロックタイプ)などが一般的である。
【0043】
このようにして得られた成型体を仮焼(仮焼結)することにより、微多孔性仮焼体とすることができる。仮焼(仮焼結)は、前記圧縮成形体又はグリーン体を、必要に応じて脱脂した後に本焼結よりも低い温度で仮焼(焼成)すればよい。ここで、脱脂処理とは、圧縮成形体又はグリーン体に含まれる水分、溶媒、バインダーなどを揮発除去或いは分解除去する処理を意味し、仮焼とは、加熱により金属酸化物の粉体粒子に表面における分子や原子の拡散(凝着、融着)現象を引き起こし、多結晶体に変化させると共に、得られる微多孔質の仮焼結体の強度を取り扱い易く且つ加工しやすい強度まで向上させる処理を意味する。この仮焼結温度は、通常、600℃以上1200℃未満、好ましくは800℃以上1000℃未満である。
【0044】
脱脂及び/又は仮焼処理の方法としては、従来から知られている方法が特に制限されず使用でき、連続的に行っても、多段階的に行ってもよい。また、有機物を効率的に除去するため、酸素を含む空気雰囲気下で行うことが好ましい。なお、脱脂及び/又は仮焼処理は、その前工程である成形工程と同一の装置を用いた方法、例えばSPS(放電プラズマ焼結:Spark Plasma Sintering)法やHP(ホットプレス)法等により、連続的に行うこともできる。
【0045】
(3)切削加工方法について
切削加工工程では、ジルコニア歯科用ミルブランクの前記被切削加工部をCAD/CAMシステムを用いて切削加工することにより、目的とする歯科用補綴物の形状に対応する形状を有する、前記微多孔性仮焼体からなる半製品を得る。
【0046】
CAD/CAMシステムとは、コンピュータ支援設計を用いて所望の三次元形状データを設計し(CAD)、コンピュータ支援製造(CAM)を行うシステムを意味する。なお、CADにおいては、前記したように、高温での本焼結を行った際に発生する収縮等を考慮して行われる。半製品の形状は、本体と相似形状を有し、前記収縮(率)分だけ大きくなったものであるため、接着面に対応する面と露出面に対応する面を有することになる。
【0047】
切削加工に際しては、ジルコニア歯科用ミルブランクは、支持棒を介して接合された状態で加工されるため、CAD/CAMシステムを用いて切削加工後に、該支持棒を除去した上で技工エンジン等を用いてさらに形態を修正したり、表面を研磨したりしてもよい。また、必要に応じて、浸透タイプの着色剤や透明化液等を用いて色調の調整を行ってもよい。
【0048】
2-2.処理工程について
処理工程では、前記半製品における、前記接着面相当する面にアルカリ金属ケイ酸塩の水系溶液又は懸濁液からなる処理液を浸透させて、前記面の表層部にアルカリ金属ケイ酸塩を保持させる。
【0049】
アルカリ金属ケイ酸塩としては、SiO/MO(Mはアルカリ金属元素を意味する)のモル比が1.0~5.0のアルカリ金属ケイ酸塩が、単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。水溶性及び入手のし易さからケイ酸ナトリム及び/又はケイ酸カリウムを使用することが好ましく、焼結温度と融点の観点から、ケイ酸ナトリウムを使用することが特に好ましい。また、SiO/MOのモル比が2.0~4.0であることが好ましい。
【0050】
処理液は、アルカリ金属ケイ酸塩の微粒子が分散媒、好ましくは水に懸濁或いはコロイド分散したものであっても良いが、半製品の微多孔内への浸透性の観点からは水溶液であることが好ましい。処理液が水溶液である場合におけるアルカリ金属ケイ酸塩の濃度は、処理液の浸透性という観点から15~70質量%、特に25~60質量%であることが好ましい。処理液がケイ酸ナトリウム水溶液である場合には、水ガラスとして様々な濃度のものが商業的に入手可能であるので、適切な濃度のものをそのまま、或いは高い濃度のものを希釈して使用すればよい。
【0051】
処理液を本体の接着面に施与するときは、一般的な塗布方法、例えば塗布刷毛や筆等を用いた塗布、スプレー法などが特に制限なく採用できる。塗布量は、塗布面1cm当たりのアルカリ金属ケイ酸塩の量が、二酸化ケイ素換算質量で0.001~0.07g/cm、特に0.003~0.06g/cmとすることが好ましく、0.005~0.05g/cmとすることが最も好ましい。このような量、塗布することにより、表層からの深さが5~300μmの範囲、好ましくは10~200μmの範囲に処理液を浸透させることができる。
【0052】
なお、処理工程終了後、焼結工程に進む前に、乾燥処理として、分散媒や溶媒を除去する乾燥処理を行うことが好ましい。乾燥処理は、たとえば大気圧下、室温下で放置することによって行うこともできる。
【0053】
3-3.焼結工程について
本発明の歯科用補綴物の製造方法における焼結処理は、焼結する半製品(切削加工体)が前記処理工程を経たものであるという点を除いて、従来から行われている一般的なジルコニアミルブランクを用いてジルコニア補綴物を作製する際における、半製品(切削加工体)を焼結する工程と、特に変わることはなく、半製品を1200~1800℃の温度で本焼結する。焼結温度が1200℃に満たない場合は組織の緻密化が不十分となる可能性があり、焼結温度が1800℃を超える場合は、二酸化ケイ素が消失する可能性がある。
焼結温度は、ジルコニア組織の緻密化および効率的なジルコニアと二酸化ケイ素の複合化が期待できるという理由から、1250~1750℃であることが好ましく、1300~1700℃であることがさらに好ましい。なお、焼結は、通常、歯科用焼成炉等の炉を用いて大気中で行われる。焼結時間は、焼結温度にもよるが、通常10分~6時間程度、好ましくは30分~4時間程度であり、例えば1450℃で2時間の焼結で良好な焼結体を得ることができる。斯様にして、前記したような優れた接着性を有する本発明の歯科用補綴物を、得ることができる。
【0054】
4.本発明のキットについて
本発明の歯科用補綴物の製造方法により本発明の歯科用補綴物を製造するに際しては、前記切削加工工程及び前記処理工程を円滑に行えるようにするため、前記ジルコニア歯科用ミルブランクと前記処理液とをセットとしたキットを用いることが好ましい。
【0055】
5.本発明の歯科用補綴物の使用(接着)方法について
前記したように、本発明の歯科用補綴物は、シランカップリング剤を含む前処理剤と歯科用レジンセメントのようなシランカップリング剤と反応する成分や親和性の高い成分を含む歯科用接着材との組合せからなる接着システムを用いて、前記歯科用接着材に対して接着性を有する歯牙等の被着体に接着することにより使用される。
【0056】
前記接着システムにおける前処理剤としては、汎用的な歯科用接着材である歯科用レジンセメントとの接着性及び取扱い性の観点から重合基を有するシランカップリング剤を含むものが好適に使用でき、このようなシランカップリング剤としては、γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルトリ(トリメチルシロキシ)シラン、ω-メタクリロキシデシルトリメトキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルペンタメチルジシロキサンが特に好適に使用される。
【0057】
また、歯科用接着材としては、歯科用レジンセメント等の、ビスフェノールAジメタクリレート、トリエチレングリコールジメタクリレート等の重合性単量体100質量部に対してシリカ及び又はケイ素系複合酸化物等の無機フィラー100~400質量部、過酸化ベンゾイルとアミン化合物の組合せによる化学重合開始剤及び/又はカンファーキノンとアミン化合物の組合せによる光重合開始剤等の重合開始剤0.001~10質量部を含む歯科用接着性組成物からなるものが好適に使用される。
【0058】
6.本発明の物品の製造方法について
従来のジルコニア補綴物における接着性の問題は、ジルコニア補綴物に限らず、二酸化ケイ素成分を実質的に含有しない無機酸化物からなるセラミックスにおいても見られるものである。そして、本発明の歯科用補綴物の製造法で得られるような接着面表層部の複合化により、これらセラミックスの接着性を改善することができると考えられる。本発明の物品の製造方法は、このような着想に基づき成されたものであり、二酸化ケイ素成分を実質的に含有しない無機酸化物からなるセラミックスからなる本体の一部の表層領域が二酸化ケイ素と複合化しているセラミックス物品を製造する方法であって、前記本体を構成する前記セラミックスの原料となる無機粉体を含む原料組成物の成形体からなる微多孔性成形体又は該微多孔性成形体を熱処理して得られた熱処理微多孔性成形体を、必要に応じて加工して、前記本体に相当する形状を有する半製品を得る半製品製造工程;前記半製品の表面の所定の領域の表層部にアルカリ金属ケイ酸塩の水系溶液からなる処理液を浸透させる処理工程;及び前記処理工程を経た前記半製品を本焼結する焼結工程;を含むことを特徴とする。
【0059】
ここで、前記セラミックスの原料となる無機粉体を含む原料組成物は、無機成分のみからなる無機粉体原料組成物であってもよく、該無機粉体原料組成物にバインダー等の有機成分を加えた有機成分含有原料組成物であってもよい。また、前記微多孔性成形体としては、たとえば、上記無機粉体原料組成物を圧縮成形することによって得られる微多孔性成形体を挙げることができる。また、前記熱処理微多孔性成形体としては、前記有機成分含有原料組成物を成形して得たグリーン体を脱脂処理したもの(微多孔性脱脂体)や、前グリーン体をそのまま或いは脱脂処理後に仮焼したもの(微多孔性仮焼体)などを挙げることができる。また、微多孔性の程度は、表面に塗布した処理液が内部に浸透して処理液を表面から所定の深さ、具体的には5~300μmの範囲、好ましくは10~200μmの範囲に亘って保持可能なものであれば特に限定されないが、通常は、平均細孔径が50~200nmの範囲内となるものである。
【0060】
本発明の物品の製造方法において、前記本体を構成する無機酸化物としては、安定化ジルコニアや部分安定化ジルコニアの他に、アルミナ、チタニア等を挙げることができる。前記半製品製造工程において微多孔性仮焼結体を用いる場合には、前2-1.の「(2)ジルコニア歯科用ミルブランクの製造方法について」で説明した方法に準じ、無機酸化物の種類に応じ、その焼結温度より低い温度で仮焼(仮焼結)することにより行うことが出る。また、処理工程は、本発明の歯科用補綴物の製造法における処理工程と同様に行うことができ、更に焼結工程は、無機酸化物の種類に応じ、その緻密な焼結体が得られる焼結温度で焼結すればよい。例えば、アルミナから構成されるセラミックス物品を製造する場合は、平均粒径0.12μm、純度99.99%のアルミナ粉末(大明化学工業製、タイミクロンTM-DAR)を成形し、800℃で1時間仮焼結することで、相対密度が63%の仮焼体を得る。次いで、本発明の歯科用補綴物の製造方法における処理工程と同様の処理工程を行い、1400℃で2時間焼結することで前記アルミナから構成されるセラミックス物品を製造することができる。
【実施例0061】
以下、実施例および比較例を示して、本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。
【0062】
実施例1
[ジルコニア系セラミックス物品の製造]
ミルブランクとして、部分安定化ジルコニア微多孔性仮焼体からなる被切削加工部を有するジルコニアミルブランクである「カタナジルコニアUTML(クラレノリタケデンタル製)」を用いて、焼結後において所定のサイズ直径11mm、厚さ4mmの円盤状体(具体的には、1cm×1cm×3mmの板状体又は直径11mm、厚さ4mmの円盤状体)が得られるようにデータを作成し、切削加工を行い、夫々サイズの異なる(ジルコニア補綴物の模擬的な半製品に相当する)板状の半製品1及び2を作製した。次に、これら板状の半製品1及び2の夫々について、その1つの面を模擬的な接着面として該模擬的な接着面に「3号珪酸ソーダ(東曹産業製、二酸化ケイ素28~30質量%、酸化ナトリウム9~10質量%の水溶液:SiO/NaO=3.05)」からなる処理液を、ディスポスポンジを用いて、1cm当たり0.02g塗布した。その後、室温にて5分間乾燥を行い、焼結を行った。焼結は、25℃から1550℃まで10℃/分の速度で昇温し、1550℃で2時間係留を行い、1550℃から25℃まで10℃/分の速度で降温する条件で実施した。本方法により、(模擬的なジルコニア補綴物に相当する)1cm×1cm×3mmの板状体からなる分析用試料用ジルコニア系セラミックス物品1及び直径11mm、厚さ4mmの円盤状体からなる物性評価試料用ジルコニア系セラミックス物品2を製造した。
【0063】
[ジルコニア系セラミックス物品1の分析]
ジルコニア系セラミックス物品1の片側表層を、X線回折法(XRD)を用いて測定を行い、二酸化ケイ素の層が存在していることを確認した。さらに、電子プローブマイクロアナイラザー(EPMA)を用いた測定により、該二酸化ケイ素の侵入深さが54μmであることを確認し、アルカリ金属ケイ酸塩由来のアルカリ金属の酸化物が検出されないことを確認した。
【0064】
[ジルコニア系セラミックス物品2の接着性評価]
ジルコニア系セラミックス物品2の接着面を#800の耐水研磨紙で研磨した。その後、該研磨面に、直径4mmの穴を開けた両面テープを貼り付けた。続いて、研磨面のうち両面テープの穴から露出している接着面に、シランカップリング剤を含む前処理剤である「トクヤマユニバーサルプライマー(トクヤマデンタル製)」を用いて製造業者所定の方法で処理を行った。続いて、接着面に、さらに歯科用レジンセメントとして「エステセムII(トクヤマデンタル製)」を用いてあらかじめ研磨したSUS304製丸棒(直径8mm、高さ18mm)を接着した。
【0065】
接着後、温度37℃湿度100%に保たれた恒温槽中に約1時間放置して歯科用レジンセメントを化学重合させた。その後、37℃の水中に浸漬し、24時間後に水中より取り出した試験片を初期サンプルとし、24時間後に水中より取り出した試験片をさらに水温5度の水槽と、水温55度の水槽とに、それぞれ30秒間ずつ交互に浸漬する浸漬処理を1セットとし、これを10000回繰り返し実施した試験片を耐久サンプルとした。
【0066】
これらサンプルを、島津製作所製オートグラフ(クロスヘッドスピード1mm/分)を用いて引張接着強度を測定した。各実施例および比較例について、4個のサンプルの測定値を平均し、測定結果とした。測定の結果、初期サンプルは30MPa、耐久サンプルは20MPaの接着強さであった。
【0067】
比較例1
「カタナジルコニアUTML(クラレノリタケデンタル製)」を用いて実施例1に記載のジルコニア系セラミックス物品2と同様に作製した円盤状の半製品について、前記処理液による処理(塗布及び乾燥)を行わなかった以外は実施例1に記載のジルコニア系セラミックス物品2と同様にジルコニア系セラミックス物品3を製造し、接着性評価を行った。測定の結果、初期サンプルは20MPa、耐久サンプルは10MPaの接着強さであった。