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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023155635
(43)【公開日】2023-10-23
(54)【発明の名称】絶縁監視装置
(51)【国際特許分類】
   G01R 31/52 20200101AFI20231016BHJP
【FI】
G01R31/52
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022065072
(22)【出願日】2022-04-11
(71)【出願人】
【識別番号】390010386
【氏名又は名称】NECマグナスコミュニケーションズ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】592184278
【氏名又は名称】一般財団法人東北電気保安協会
(74)【代理人】
【識別番号】100115738
【弁理士】
【氏名又は名称】鷲頭 光宏
(74)【代理人】
【識別番号】100121681
【弁理士】
【氏名又は名称】緒方 和文
(72)【発明者】
【氏名】阿部 文典
(72)【発明者】
【氏名】梅田 孝志
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 直之
(72)【発明者】
【氏名】丹野 桂祐
(72)【発明者】
【氏名】椀澤 公洋
(72)【発明者】
【氏名】浅利 健太
【テーマコード(参考)】
2G014
【Fターム(参考)】
2G014AA04
2G014AA16
2G014AB33
2G014AC15
2G014AC17
2G014AC19
(57)【要約】
【課題】被測定電路の対地静電容量の不平衡度や接地抵抗の有無によらず、対地絶縁抵抗に起因する漏洩電流を精度良く求める。
【解決手段】本発明による絶縁監視装置は、三相3線式又は単相3線式の被測定電路2のR相の電圧波形、T相の電圧波形及び零相電流波形に基づいて、対地絶縁抵抗に起因する漏洩電流値を求める漏洩電流値演算手段40を備える。漏洩電流値演算手段40は、R相の電圧波形、T相の電圧波形及び零相電流波形の基本波及び複数の奇数次高調波成分に基づいて、零相電流の正弦成分及び余弦成分に関する複数の回路方程式を求め、複数の回路方程式で構成される連立方程式の行列演算によりR相の対地絶縁抵抗値及びT相の対地絶縁抵抗値をそれぞれ求め、R相の対地絶縁抵抗値、T相の対地絶縁抵抗値、R相の電圧の実効値及びT相の電圧の実効値から、対地絶縁抵抗に起因する漏洩電流値を求める。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
三相3線式又は単相3線式の被測定電路の対地絶縁抵抗に起因する漏洩電流を監視する絶縁監視装置であって、
S相又はN相を基準としてR相の電圧波形を取り込む電圧R相取込手段と、
前記S相又は前記N相を基準としてT相の電圧波形を取り込む電圧T相取込手段と、
前記被測定電路の接地相の零相電流波形を取り込む零相電流取込手段と、
前記R相の電圧波形、前記T相の電圧波形及び前記零相電流波形に基づいて、前記対地絶縁抵抗に起因する漏洩電流値を求める漏洩電流値演算手段とを備え、
前記漏洩電流値演算手段は、
前記R相の電圧波形、前記T相の電圧波形及び前記零相電流波形の基本波及び複数の奇数次高調波成分に基づいて、前記零相電流の正弦成分及び余弦成分に関する複数の回路方程式を求め、
前記複数の回路方程式で構成される連立方程式の行列演算により前記R相の対地絶縁抵抗値及び前記T相の対地絶縁抵抗値をそれぞれ求め、
前記R相の対地絶縁抵抗値、前記T相の対地絶縁抵抗値、前記R相の電圧の実効値及び前記T相の電圧の実効値から、前記対地絶縁抵抗に起因する前記漏洩電流値を求めることを特徴とする絶縁監視装置。
【請求項2】
前記漏洩電流値演算手段は、前記R相の電圧波形、前記T相の電圧波形及び前記零相電流波形をフーリエ変換することにより前記R相の電圧、前記T相の電圧及び前記零相電流の各々の前記複数の奇数次高調波成分の正弦成分及び余弦成分を求める、請求項1に記載の絶縁監視装置。
【請求項3】
前記漏洩電流値演算手段は、8個以上の前記回路方程式を求める、請求項2に記載の絶縁監視装置。
【請求項4】
前記漏洩電流値演算手段は、前記8個以上の回路方程式で構成される前記連立方程式の行列演算に最尤推定法を適用して前記R相の対地絶縁抵抗値の最尤解及び前記T相の対地絶縁抵抗値の最尤解をそれぞれ求める、請求項3に記載の絶縁監視装置。
【請求項5】
前記漏洩電流値演算手段は、前記最尤推定法による最尤解にリッジ回帰を適用して前記R相の対地絶縁抵抗値及び前記T相の対地絶縁抵抗値をそれぞれ求める、請求項4に記載の絶縁監視装置。
【請求項6】
前記複数の奇数次高調波成分は、5次高調波、7次高調波及び9次高調波であり、前記複数の回路方程式の個数は8個である、請求項1乃至5のいずれか一項に記載の絶縁監視装置。
【請求項7】
前記行列演算は、前記基本波に対する重み付けを1とし、前記奇数次高調波に対する重み付けを1未満とする重み行列を含む、請求項1乃至5のいずれか一項に記載の絶縁監視装置。
【請求項8】
前記漏洩電流値又は前記漏洩電流値に基づく警報を報知する報知手段をさらに備える、請求項1乃至5のいずれか一項に記載の絶縁監視装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、三相3線式又は単相3線式電路の漏洩電流を監視するための絶縁監視装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電路の漏洩電流を監視するための絶縁監視装置が知られている。漏洩電流には対地静電容量に起因する地絡電流と絶縁抵抗に起因する地絡電流が含まれるが、漏電火災等を引き起こす原因は絶縁抵抗の低下であるため、絶縁抵抗に起因する漏洩電流を正確に検出できれば電路の絶縁状態を正確に把握でき、漏電火災等の大惨事を未然に防止することが可能である。
【0003】
絶縁抵抗に起因する漏洩電流の測定方法に関し、例えば特許文献1には、接地系電路の零相電流を計測する零相電流センサにより計測された零相電流と、電路の接地相に応じて所定の位相を有する位相判定信号をベクトル的に加算及び減算してXYベクトル成分を作り、これらのベクトル成分及び位相判定信号の実効値を用いて、抵抗性地絡電流を求めることが記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、三相電路の零相電流を零相変流器にて測定し、各相の電圧を電圧測定器にて測定し、零相変流器及び電圧測定器の出力から基本波成分及び5次高調波成分をバンドパスフィルタにて抽出して、抽出した周波数成分の電流と電圧の位相関係を演算処理装置にて求め、三相電路の漏れ電流から対地静電容量による漏れ電流分を除き、対地絶縁抵抗による漏れ電流分を算出する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002-125313号公報
【特許文献2】特開2004-317466号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の方法は、単相3線式電路については接地抵抗が0Ωという条件の下、また三相3線式電路については接地抵抗が0Ωかつ各相の対地静電容量が平衡という条件の下で漏電監視を行うので、電路の接地抵抗が高い場合や対地静電容量が不平衡である場合に漏洩電流の測定誤差が大きく、誤警報または未警報の可能性がある。
【0007】
特許文献2に記載の方法は、基本波成分のみならず5次高調波成分を用いることで三相3線式電路の対地静電容量が不平衡である場合にも適用可能であるが、接地抵抗が高い場合には漏洩電流の測定誤差が大きくなる。また、高調波成分は揺らぎが大きいため、単に高調波成分を用いるだけでは漏洩電流の測定誤差を小さくすることが難しく、改善が必要である。
【0008】
また、平衡な線路と不平衡な線路との比較において、線間電圧、相電圧、対地電圧、線電流・零相電流の商用周波数におけるすべての波形が完全に一致する場合には、両者を区別できないため、漏洩電流値を測定することができないという問題がある。
【0009】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、被測定電路の対地静電容量の不平衡度や接地抵抗の有無によらず、対地絶縁抵抗に起因する漏洩電流を精度良く求めることが可能な絶縁監視装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明による絶縁監視装置は、三相3線式又は単相3線式の被測定電路の対地絶縁抵抗に起因する漏洩電流を監視する絶縁監視装置であって、S相又はN相を基準としてR相の電圧波形を取り込む電圧R相取込手段と、前記S相又は前記N相を基準としてT相の電圧波形を取り込む電圧T相取込手段と、前記被測定電路の接地相の零相電流波形を取り込む零相電流取込手段と、前記R相の電圧波形、前記T相の電圧波形及び前記零相電流波形に基づいて、前記対地絶縁抵抗に起因する漏洩電流値を求める漏洩電流値演算手段とを備え、前記漏洩電流値演算手段は、前記R相の電圧波形、前記T相の電圧波形及び前記零相電流波形の基本波及び複数の奇数次高調波成分に基づいて、前記零相電流の正弦成分及び余弦成分に関する複数の回路方程式を求め、前記複数の回路方程式で構成される連立方程式の行列演算により前記R相の対地絶縁抵抗値及び前記T相の対地絶縁抵抗値をそれぞれ求め、前記R相の対地絶縁抵抗値、前記T相の対地絶縁抵抗値、前記R相の電圧の実効値及び前記T相の電圧の実効値から、前記対地絶縁抵抗に起因する前記漏洩電流値を求めることを特徴とする。
【0011】
本発明によれば、被測定電路の各相の対地静電容量が不平衡な場合や接地抵抗が高い場合でも、漏洩電流を精度良く求めることができる。したがって、絶縁監視の誤警報や未警報を防止することができる。
【0012】
本発明において、前記漏洩電流値演算手段は、前記R相の電圧波形、前記T相の電圧波形及び前記零相電流波形をフーリエ変換することにより前記R相の電圧、前記T相の電圧及び前記零相電流の各々の前記複数の奇数次高調波成分の正弦成分及び余弦成分を求めることが好ましい。本発明によれば、漏洩電流値の演算に必要な複数の回路方程式を容易に生成することができる。
【0013】
本発明において、前記漏洩電流値演算手段は、8個以上の前記回路方程式を求めることが好ましい。これにより、高調波の揺らぎの影響を抑えて漏洩電流値を精度良く求めることができる。
【0014】
前記漏洩電流値演算手段は、前記8個以上の回路方程式で構成される前記連立方程式の行列演算に最尤推定法を適用して前記R相の対地絶縁抵抗値の最尤解及び前記T相の対地絶縁抵抗値の最尤解をそれぞれ求めることが好ましい。これにより、高調波の揺らぎの影響を最小限に抑えて漏洩電流値を精度良く求めることができる。
【0015】
前記漏洩電流値演算手段は、前記最尤推定法による最尤解にリッジ回帰を適用して前記R相の対地絶縁抵抗値及び前記T相の対地絶縁抵抗値をそれぞれ求めることが好ましい。これにより、高調波の揺らぎの影響を最小限に抑えて安定した漏洩電流値を求めることができる。
【0016】
前記複数の奇数次高調波成分は、5次高調波、7次高調波及び9次高調波であり、前記複数の回路方程式の個数は8個であることが好ましい。3次高調波は基本波に一番近い奇数次高調波であるため、零相電流センサを構成するカレントトランスや回路内で発生する基本波歪における高調波の影響が強く、漏洩電流値の精度に影響することによる。また、偶数次高調波や11次以降の奇数次高調波がないのは、被測定電路から得られる波形が小さく精度が得られにくいことによる。
【0017】
前記行列演算は、前記基本波に対する重み付けを1とし、前記奇数次高調波に対する重み付けを1未満とする重み行列を含むことが好ましい。各高調波の実効値や位相差は一定の値に留まっておらず、揺らぎの大きさは高調波の次数によっても異なる。しかし、高調波に重みを付けた場合には、漏洩電流値の計測精度を向上させることができる。
【0018】
前記漏洩電流値又は前記漏洩電流値に基づく警報を報知する報知手段をさらに備えることが好ましい。これにより、監視員に対して監視結果を通報することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、被測定電路の対地静電容量の不平衡度や接地抵抗の有無によらず、対地絶縁抵抗に起因する漏洩電流を精度良く求めることが可能な絶縁監視装置を提供することを目的とする。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、本発明の実施の形態による絶縁監視装置の概略構成を示すブロック図である。
図2図2は、絶縁監視装置の詳細なブロック図である。
図3図3は、絶縁監視装置による被測定電路の漏洩電流の演算方法の説明図である。
図4図4は、S相の対地絶縁抵抗を高抵抗値として扱ったときの被測定電路の等価回路図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0022】
図1は、本発明の実施の形態による絶縁監視装置の概略構成を示すブロック図である。また、図2は、絶縁監視装置の詳細なブロック図である。
【0023】
図1及び図2に示すように、本実施形態による絶縁監視装置1は三相3線式(又は単相3線式)の被測定電路2を監視対象とするものであり、S相(又はN相)の線路2S及びR相の線路2Rに接続され、S相(又はN相)を基準としてR相の電圧波形vを取り込む電圧R相取込手段10と、S相(又はN相)の線路2S及びT相の線路2Tに接続され、S相(又はN相)を基準としてT相の電圧波形vを取り込む電圧T相取込手段20と、S相の接地線4Sに磁気結合された零相電流センサZCTを介して被測定電路2の接地相の零相電流波形iを取り込む零相電流取込手段30と、電圧R相取込手段10、電圧T相取込手段20、及び零相電流取込手段30の出力波形の基本波及び高調波成分を抽出し、周波数成分ごとに作成した被測定電路2の電圧と電流との連立方程式の演算により対地絶縁抵抗に起因する漏洩電流の実効値Iorを求める漏洩電流値演算手段40と、漏洩電流値又はこれに基づく警報を報知する報知手段50とを備えている。
【0024】
絶縁監視装置1は、零相電流センサZCTによって検出された零相電流iから抵抗性地絡電流成分iOrを抽出して被測定電路2の絶縁監視を行う。被測定電路2の漏洩電流には各相の対地静電容量C、C、Cに起因する地絡電流iOCと各相の対地絶縁抵抗R、R、Rに起因する地絡電流iOrが含まれるが、漏電火災等を引き起こす原因は対地絶縁抵抗R、R、Rの低下であるため、絶縁監視装置1は対地絶縁抵抗R、R、Rに起因する地絡電流iOrを監視する。
【0025】
図2に示すように、絶縁監視装置1の電圧R相取込手段10は、1次側と2次側を分離するトランスや保護回路等が実装された1次電源入力部11と、基本波を抽出するためのローパスフィルタ(LPF)が実装されたフィルタ部12と、基本波のアナログ波形をデジタル波形に変換するA/D部13と、高調波を抽出するためのHPFとLPFとが実装されたフィルタ部14と、高調波のアナログ波形をデジタル波形に変換するA/D部15とを備えている。
【0026】
電圧T相取込手段20は上記電圧R相取込手段10と同一の回路構成を有している。すなわち、電圧T相取込手段20は、トランスや保護回路等が実装された1次電源入力部21と、基本波を抽出するためのLPFが実装されたフィルタ部22と、基本波のアナログ波形をデジタル波形に変換するA/D部23と、高調波を抽出するためのHPFとLPFとが実装されたフィルタ部24と、高調波のアナログ波形をデジタル波形に変換するA/D部25とを備えている。
【0027】
零相電流取込手段30は、1次電源入力部11、21の代わりに電流入力部31を備えている点以外は電圧R相取込手段10及び電圧T相取込手段20と同様の構成を有している。すなわち、零相電流取込手段30は、零相電流センサZCTの電流を電圧に変換するIV変換部が実装された電流入力部31と、基本波を抽出するためのLPFが実装されたフィルタ部32と、基本波のアナログ波形をデジタル波形に変換するA/D部33と、高調波を抽出するためのHPFとLPFとが実装されたフィルタ部34と、高調波のアナログ波形をデジタル波形に変換するA/D部35とを備えている。
【0028】
漏洩電流値演算手段40は、各相の電圧波形及び電流波形の基本波及び高調波成分に基づいて係数行列を設定する係数行列設定部41と、各相の対地絶縁抵抗及び対地静電容量に基づいて定数項を設定する定数項ベクトル設定部42と、各高調波に対する重み行列を設定する重み行列設定部43と、行列方程式を演算して漏洩電流値IOrを求める行列演算部44とを備えている。特に限定されるものではないが、報知手段50は、算出された漏洩電流値を遠隔で知らせるためのサーバ出力51と、PC等のツールで漏洩電流値を表示するモニタ出力52と、絶縁監視装置本体で漏洩電流値を確認するための7セグメント表示出力53と、漏洩電流値が閾値を超えたことを知らせるランプ出力54とを備えている。
【0029】
次に、図3を参照しながら、上記絶縁監視装置1による被測定電路2の漏洩電流Iorの演算方法について説明する。
【0030】
電路に生じている高調波を使用するので図3では下記のように各波形を定義できる。添え字のkは、k=1で基本波(商用周波数)、k=5で5次高調波、k=7で7次高調波のように表す。総称として、基本波及びk次高調波を第k周波数として以降表現する。また、添え字のない電流iocやiorは基本波の電流であることを表している。
【0031】
VRk:電圧R相実効値、VTk:電圧T相実効値、βRk:電圧R相の理論上の位相、βTk:電圧T相の理論上の位相、αRk:電圧R相の固有の位相誤差、αTk:電圧T相の固有の位相誤差と定義すると、第k周波数のR相、T相の電圧波形vRk, vTkは次のようになる。
【数1】
【0032】
また第k周波数のR相、S相、T相の電流波形iRk, iSk, iTkは次のようになる。
【数2】
【0033】
さらに第k周波数の零相電流iOkは次のように表せる。
【数3】
【0034】
これら(1)~(6)式は、以下のようにまとめることができる。
【数4】
【0035】
次に測定可能な電圧波形と電流波形をフーリエ変換すると、次のようになる。
【数5】
【0036】
これらを元の式に代入すると、以下の2つの関係式が得られる。
【数6】
【0037】
ここで高調波の次数k=1(基本波)とすると未知パラメータの数に対して方程式の数が足りないため、条件を与えない限り、未知パラメータを求めることはできない。したがって、k=1,5,7,9として方程式を増やすと、下記の8個の方程式が出来上がる。
【数7】
【0038】
r(1/RR+1/RS+1/RT)の解については、ベクトル(IC1, IS1, IC5, IS5, IC7, IS7, IC9, IS9)' が平行であるため、測定値に依存しない自明な解となり、正常な解を求めることができない。(ここでプライム記号「'」は行列の転置を意味する。)つまり、Ior方式ではS相の対地絶縁抵抗は理論上求めることができないことを示している。
【0039】
例えば、簡単な例として下記のような連立方程式が挙げられる。
【数8】
ここで、a, b, c, dは測定値とし、x, yは求める解とする。この解は、x=0 , y=-1となるが、明らかにa , b , c , dの値とは無関係に成立している。したがって、r(1/RR+1/RS+1/RT)は正常に求まらないため、以降はr(1/RR+1/RS+1/RT)=0と近似する。実際、接地抵抗より対地絶縁抵抗のほうが十分に大きいのでゼロ近似の影響は少ないと言える。
【0040】
次に、高調波を用いたIor方式の演算方法として接地相の対地絶縁抵抗を高抵抗として扱った方法について説明する。
【0041】
先の被測定電路2のS相の対地絶縁抵抗Rを高抵抗値として扱ったときの等価回路は図4のようになる。上述のように、添え字のkは、k=1で基本波(商用周波数)、k=5で5次高調波、k=7で7次高調波のように表す。総称として、基本波及び高調波を第k周波数として以降表現する。また、添え字のない電流iocやiorは基本波の電流であることを表している。
【0042】
ゆえに上記8個の方程式は下記のようになる。
【数9】
【0043】
未知パラメータは下記5個で設定できる。
【数10】
【0044】
5個の未知パラメータに対して方程式が8個ある理由は、基本波に比べて高調波は絶えず揺らぎがあり、平均的な解を求める必要があるからである。また、3次高調波がないのは基本波に一番近い奇数次高調波であるため零相電流センサを構成するカレントトランスや回路内で発生する基本波歪における高調波の影響が強く精度に影響することによる。また、偶数次高調波や11次以降の奇数次高調波がないのは、電路から得られる高調波が小さく精度が得られにくいことによる。
【0045】
上記8個の方程式を行列とベクトルで表現すると下記のようにできる。
【数11】
【0046】
この方程式は、誤差が正規分布に従う条件下では重回帰モデルとなり、最尤推定法を行うと、
【数12】
のように最尤解を得ることができる。ここでプライム記号「'」は行列の転置を意味する。この最尤解は不偏推定量でありクラメール・ラオの下限に達していることから、分散は最小化される。つまり、揺らぎの度合いは理論上最小となる。
【0047】
このようにして得られた1/RRと1/RTに電圧実効値をそれぞれ掛けると、
【数13】
のように対地静電容量の平衡不平衡によらず、対地絶縁抵抗に起因した漏洩電流実効値を得ることができる。
【0048】
次にリッジ回帰の適用について説明する。上記最尤解にリッジ回帰を適用させると、L2正則化パラメータλと単位行列Iを用いて、
【数14】
のように最尤解を得ることができる。L2正則化パラメータλは十分な数のフィールドデータから教師データを得て決められる学習パラメータのことである。
【0049】
リッジ回帰の適用理由は安定した漏洩電流値を得ることにある。各周波数の電圧や電流の実効値や位相のパターンにより、|A'A|が0に近い場合が起こり得る。これは分母が0に近い状態を意味しているため、不安定な結果を与えることになる。そこでリッジ回帰のL2正則化パラメータを使用することで、分母が0になることを防ぎ安定性が得られる。
【0050】
例えば単相3線式の電路ではR-N相とT-N相の電圧位相差が180°となるが、基本波だけでなく各高調波も180°の理想環境に近い場合、重回帰を適用する上で多重共線性が生じ、精度に影響することがある。これを防ぐためにL2正則化パラメータを用いて精度を向上させている。
【0051】
基本波だけでなく各高調波も180°であった場合、上記リッジ回帰を適用したとしてもL2正則化パラメータλを大きくしない限り、安定性は得られない。しかしながら、L2正則化パラメータλを大きくしすぎると、真値から乖離していくという現象が起きる。それを解決するため、各電圧位相差を180°とし、1/RR-1/RTとωCR-ωCTをそれぞれ一つの未知パラメータとした前提条件を与えると下記のようにできる。
【数15】
【0052】
このようにすることで、多重共線性の現象がなくなり、接地抵抗と対地静電容量の不平衡を考慮した方式として格段の安定性が得られる。
【0053】
各高調波の実効値や位相差は基本波に比べて一定の値に留まっているわけではなく、なおかつ揺らぎは大きいため、高調波に重みを付けて精度を向上させている。重みの付け方は下記のように定義できる。基本波は高調波に比べて精度が高いことから重みは1で固定としている。
【数16】
これを重み行列として、この各成分平方根をとった行列をAとbにそれぞれ左から掛けると、以下のように表すことができる。
【数17】
【0054】
重み行列の各成分の決め方は例えば次のような方法(ネイマン配分法)がある。各高調波の電流余弦値と電流正弦値を時間表現したものを
【数18】
で表し、
【数19】
のように更新する。分母は最新m周期分の平均を意味する。
【0055】
【数20】
のように標本標準偏差を算出する。
【0056】
【数21】
のようにすれば、揺らぎが大きい高調波成分の重み付けが小さくなり、安定している高調波の重み付けを大きくして、より良い高調波を演算に反映させることができる。
【0057】
R相とT相の対地静電容量は演算方法については、ωCRやωCTが求まることから対地静電容量そのものも求めることができ、不平衡の度合いを評価することも可能となる。
【0058】
S相の対地静電容量の演算方法については、対地電圧を測定して接地抵抗rが既知となれば、rRST=rω(CR+CS+CT)が求まり、CS=rRST/rω-CR-CTとなることから、S相の対地静電容量を求めることも可能となる。
【0059】
以上説明したように、本実施形態による絶縁監視装置1は、R相の電圧波形、T相の電圧波形及び零相電流波形に基づいて、対地絶縁抵抗に起因する漏洩電流値を求める漏洩電流値演算手段40とを備え、漏洩電流値演算手段40は、R相の電圧波形、T相の電圧波形及び零相電流波形に基づいて、対地静電容量C,C,Cに関する零相電流の基本波及び5次、7次、9次高調波成分並びに対地絶縁抵抗R,Rに起因する零相電流の基本波及び5次、7次、9次高調波成分に関する複数の回路方程式を求め、複数の回路方程式で構成される連立方程式の行列演算によりR相の対地絶縁抵抗値R及びT相の対地絶縁抵抗値Rをそれぞれ求め、R相の対地絶縁抵抗値R、T相の対地絶縁抵抗値R、R相の電圧の実効値VR1及びT相の電圧の実効値VT1から対地絶縁抵抗R,Rに起因する漏洩電流の実効値Iorを求めるので、被測定電路2の対地静電容量C,C,Cの不平衡度や接地抵抗rの有無によらず、対地絶縁抵抗R,Rに起因する漏洩電流を精度良く求めることができる。
【0060】
以上、本発明の好ましい実施形態について説明したが、本発明は、上記の実施形態に限定されることなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能であり、それらも本発明の範囲内に包含されるものであることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0061】
1 絶縁監視装置
2 被測定電路
2R R相の線路
2S S相の線路
2T T相の線路
4S S相の接地線
10 電圧R相取込手段
11 1次電源入力部
12 フィルタ部
13 A/D部(基本波)
14 フィルタ部
15 A/D部(高調波)
20 電圧T相取込手段
21 1次電源入力部
22 フィルタ部
23 A/D部(基本波)
24 フィルタ部
25 A/D部(高調波)
30 零相電流取込手段
31 電流入力部
32 フィルタ部
33 A/D部(基本波)
34 フィルタ部
35 A/D部(高調波)
40 漏洩電流値演算手段
41 係数行列設定部
42 定数項ベクトル設定部
43 重み行列設定部
44 行列演算部
50 報知手段
51 サーバ出力
52 モニタ出力
53 7セグメント表示出力
54 ランプ出力
ZCT 零相電流センサ
図1
図2
図3
図4