(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023155788
(43)【公開日】2023-10-23
(54)【発明の名称】半導体素子
(51)【国際特許分類】
H01S 5/343 20060101AFI20231016BHJP
【FI】
H01S5/343
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022065332
(22)【出願日】2022-04-11
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】520124752
【氏名又は名称】株式会社ミライズテクノロジーズ
(71)【出願人】
【識別番号】506423051
【氏名又は名称】株式会社QDレーザ
(74)【代理人】
【識別番号】110001128
【氏名又は名称】弁理士法人ゆうあい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 仁
(72)【発明者】
【氏名】鎌田 裕樹
(72)【発明者】
【氏名】大山 浩市
(72)【発明者】
【氏名】大西 裕
(72)【発明者】
【氏名】西 研一
(72)【発明者】
【氏名】武政 敬三
【テーマコード(参考)】
5F173
【Fターム(参考)】
5F173AF08
5F173AF12
5F173AH03
5F173AR03
(57)【要約】
【課題】量子ドットを有するSOAとして用いられる半導体素子において、所定以上の電流注入量で使用された場合の波長帯域における利得の平坦性を確保する。
【解決手段】半導体素子1は、利得が最大となる中心波長が異なる複数の量子ドット層5が積層されてなる量子ドット群4を備える。量子ドット群4は、複数の量子ドット層5の一部または全部が、その積層方向に沿って中心波長が順次シフトする構成である。複数の量子ドット層5のうち中心波長が最も長波長の量子ドット層を最長波長層5Aとし、中心波長が最も短波長の量子ドット層を最短波長層5Bとし、最長波長層5Aを含み、最長波長層5Aから最短波長層5Bの側に向かって積層された一部の複数の量子ドット層5からなる群を最長波長層群として、量子ドット群4は、最長波長層5Aまたは最長波長層群の中心波長における利得が、他の量子ドット層5それぞれの中心波長における利得よりも大きい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体素子であって、
利得が最大となる波長が異なる複数の量子ドット層(5)が積層されてなり、複数の前記量子ドット層の一部または全部が、前記量子ドット層の積層方向に沿って前記波長が順次シフトする構成である量子ドット群(4)を備え、
複数の前記量子ドット層のうち前記波長が最も長波長である前記量子ドット層を最長波長層(5A)とし、前記波長が最も短波長である前記量子ドット層を最短波長層(5B)とし、前記最長波長層を含み、前記最長波長層から前記最短波長層の側に向かって積層された一部の複数の前記量子ドット層からなる群を最長波長層群として、
前記量子ドット群は、前記最長波長層または前記最長波長層群の前記波長における利得が、他の前記量子ドット層それぞれの前記波長における利得よりも大きい、半導体素子。
【請求項2】
複数の前記量子ドット層は、量子ドットを有し、
前記量子ドットは、歪を生じるように結晶成長したものであって、前記量子ドット層ごとに、発光波長が異なっている、請求項1に記載の半導体素子。
【請求項3】
前記量子ドットは、前記量子ドット層ごとに、構成材料または前記構成材料の組成比が異なることで、格子定数が異なっている、請求項2に記載の半導体素子。
【請求項4】
前記量子ドットは、InAsまたはInxGa(1-x)As(0<x<1)で構成されている、請求項3に記載の半導体素子。
【請求項5】
前記量子ドット群は、半導体基板(2)の上において複数の前記量子ドット層が積層されており、
前記最長波長層は、前記量子ドット群のうち最も前記半導体基板に近い端部に配置されている、請求項4に記載の半導体素子。
【請求項6】
前記最長波長層における前記量子ドットの総体積、または前記最長波長層群における前記量子ドットの総体積は、他の前記量子ドット層それぞれにおける前記量子ドットの総体積よりも大きい、請求項5に記載の半導体素子。
【請求項7】
複数の前記量子ドット層のうち前記最長波長層を含み、前記最長波長層から前記最短波長層の側に向かう一部の複数の前記量子ドット層は、前記波長が同一である、請求項6に記載の半導体素子。
【請求項8】
前記最長波長層または前記最長波長層群は、それぞれ、前記量子ドット層において前記量子ドットの占める割合が、他の前記量子ドット層において前記量子ドットの占める割合よりも高い、請求項6に記載の半導体素子。
【請求項9】
前記量子ドット群は、前記積層方向においてnクラッド層(3)とpクラッド層(6)とに挟まれており、
前記最長波長層は、前記量子ドット群のうち前記pクラッド層の側の端部に配置され、
前記最短波長層は、前記量子ドット群のうち前記nクラッド層の側の端部に配置されている、請求項1ないし4のいずれか1つに記載の半導体素子。
【請求項10】
前記量子ドット群は、前記最短波長層に近い前記量子ドット層ほど、前記量子ドットの前記波長における利得が、他の前記量子ドット層の前記量子ドットの前記波長における利得よりも小さい材料または組成比で構成されている、請求項2ないし4のいずれか1つに記載の半導体素子。
【請求項11】
前記量子ドット群は、それぞれの前記量子ドット層の前記量子ドットの基底準位が、当該量子ドット層よりも前記最長波長層の側にある他の前記量子ドットの基底準位の次にエネルギー準位が高い高次準位とは異なっている、請求項2ないし4のいずれか1つに記載の半導体素子。
【請求項12】
前記最長波長層群は、前記量子ドットの前記高次準位が前記基底準位から60nmないし100nm短波長側である、請求項11に記載の半導体素子。
【請求項13】
半導体素子であって、
利得が最大となる波長が異なる複数の量子ドット層(5)が積層されてなり、複数の前記量子ドット層の一部または全部が、前記量子ドット層の積層方向に沿って前記波長が順次シフトする構成である量子ドット群(4)を備え、
複数の前記量子ドット層のうち前記波長が最も長波長である前記量子ドット層を最長波長層(5A)とし、前記波長が最も短波長である前記量子ドット層を最短波長層(5B)とし、前記最長波長層を含み、前記最長波長層から前記最短波長層の側に向かって積層された2層または3層以上の前記量子ドット層からなる群を最長波長層群として、
前記量子ドット群は、前記最長波長層群の前記波長における利得が、他の前記量子ドット層それぞれの前記波長における利得よりも大きい、半導体素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子ドットを有する半導体素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、量子ドットを有する半導体素子としては、例えば特許文献1に記載のものが提案されている。特許文献1に記載の半導体素子は、半導体光増幅器(SOA)に用いられるものであって、複数の量子ドットが積層された複合量子ドットと、複合量子ドットの側面に接するサイドバリア層とを有する活性層を備える。なお、SOAとは、Semiconductor Optical Amplifierの略称である。
【0003】
この半導体素子は、光通信システム等に用いられることが想定され、その動作温度範囲にて利得スペクトルのシフト量に対応した平坦利得帯域を持つように、各量子ドット層を構成する量子ドットの積層数およびサイドバリア層の歪みの大きさが設計されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、この種の半導体素子を測距センサ等の用途、例えば車載用LiDARなどに適用することが検討されている。この場合、SOAの半導体素子は、例えば所定の近赤外領域の波長のレーザ光源の近傍に配置され、当該レーザ光源からのレーザ光を増幅させるのに用いられる。なお、LiDARとは、LightDetection And Rangingの略称である。
【0006】
ここで、LiDARにおける測距方式としては、例えば、TOF方式やFMCW方式が知られている。TOFとはTime Of Flightの略称であり、TOF方式は、外部に光を射出し、射出光が外部の物体で反射した反射光を受光するまでの時間に基づいて距離を算出するものである。FMCWとはFrequency Modulated Continuous Waveの略称であり、FMCW方式は、外部に射出するレーザ光の周波数を連続的に変調させると共に、外部の物体で反射した反射光の周波数のずれに基づいて距離を算出するものである。以下、説明の簡便化のため、FMCW方式のLiDARを単に「FMCW-LiDAR」と称する。
【0007】
車載用FMCW-LiDARの場合、SOAとしての半導体素子は、車載環境の広い温度範囲(例えば-40℃~85℃など)において広い波長帯域にわたって一定の利得が得られる特性が求められる。量子ドットは、このような広い温度範囲においても閾値変化が小さく温度ロバスト性があることが知られている。そこで、使用するレーザ光の波長帯域において利得を確保するため、動作波長が異なる複数の量子ドット群を用いてSOAとしての半導体素子を構成することが検討されている。また、車載用途としてのSOAは、通信用途の場合に比べて、使用する波長帯域において大きな利得が求められるためには、所定以上の電流注入量で使用する必要がある。
【0008】
しかし、本発明者らの検討の結果、所定以上の利得を確保するために電流注入量を高くした場合、使用する波長帯域における短波長側と長波長側とでは、その利得の増加量に差が生じてしまい、利得の平坦性が損なわることが判明した。例えば、特許文献1に記載の半導体素子は、車載用途で要求されるような所定以上の利得を得るように電流注入量を高めると、短波長側の利得増加が長波長側よりも相対的に大きくなり、利得の平坦性を確保することができない。
【0009】
本発明は、上記の点に鑑み、量子ドットを有するSOAとして用いられる半導体素子において、所定以上の電流注入量で使用された場合において、波長帯域における利得の平坦性を確保可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の半導体素子は、半導体素子であって、利得が最大となる波長が異なる複数の量子ドット層(5)が積層されてなり、複数の量子ドット層の一部または全部が、量子ドット層の積層方向に沿って波長が順次シフトする構成である量子ドット群(4)を備え、複数の量子ドット層のうち波長が最も長波長である量子ドット層を最長波長層とし、波長が最も短波長である量子ドット層を最短波長層とし、最長波長層を含み、最長波長層から最短波長層の側に向かって積層された一部の複数の量子ドット層からなる群を最長波長層群として、量子ドット群は、最長波長層または最長波長層群の波長における利得が、他の量子ドット層それぞれの波長における利得よりも大きい。
【0011】
この半導体素子は、利得が最大となる波長が異なる複数の量子ドット層の一部または全部が、その波長が順次シフトするように積層されてなる量子ドット群を備える。そして、量子ドット群は、当該波長が最も長波長の量子ドット層である最長波長層またはこれを含む複数の層の利得が、他の量子ドット層それぞれにおける利得よりも大きい。つまり、この半導体素子は、量子ドット群のうち最大利得の波長が最も長波長側である量子ドット層の利得が、他の短波長側の量子ドット層における当該波長の利得よりも相対的に大きい構成となっている。そのため、所定以上の電流注入量で使用した場合であっても、量子ドット層群の全体において、長波長側の利得が短波長側の利得に対して相対的に小さくなることが抑制され、波長帯域における平坦利得を確保することができる。
【0012】
なお、各構成要素等に付された括弧付きの参照符号は、その構成要素等と後述する実施形態に記載の具体的な構成要素等との対応関係の一例を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】第1実施形態の半導体素子を示す断面図である。
【
図2】比較例の半導体素子における温度および電流注入量の高低に対する利得スペクトル変化の一例を示す図である。
【
図3】比較例の半導体素子を室温において電流注入量を変えたときの利得スペクトル変化を示すグラフである。
【
図4】比較例の半導体素子を高温において電流注入量を変えたときの利得スペクトル変化を示すグラフである。
【
図5】第1実施形態の半導体素子の高温・高電流注入量における利得スペクトルの一例を示す図である。
【
図6】第2実施形態の半導体素子を示す断面図である。
【
図7】第3実施形態の半導体素子を示す断面図である。
【
図8】第4実施形態の半導体素子を示す断面図である。
【
図9】第5実施形態の半導体素子を示す断面図である。
【
図10】第6実施形態の半導体素子を示す断面図である。
【
図11】第6実施形態における第四群の量子ドットの電流注入量別の基底準位および高次準位の利得変化を説明するための説明図である。
【
図12】第6実施形態における第四群の量子ドットの基底準位および高次準位と第五群の量子ドットの基底準位との関係を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、同一符号を付して説明を行う。
【0015】
(第1実施形態)
第1実施形態の半導体素子1について、図面を参照して説明する。
【0016】
〔基本構成〕
本実施形態の半導体素子1は、例えば
図1に示すように、半導体基板2と、nクラッド層3と、複数の量子ドット層5が積層されてなる量子ドット群4と、pクラッド層6とを備え、これらがこの順に積層された構成となっている。半導体素子1は、例えば、車載用FMCW-LiDARに用いられるSOAに適用されると好適であるが、勿論、他の用途にも採用されうる。
【0017】
半導体基板2は、例えば、n型GaAsなどの半導体材料により構成され、(100)面に下部クラッド層としてnクラッド層3が積層されている。半導体基板2は、例えば、nクラッド層3とは反対側の面に図示しない電極が形成されており、量子ドット群4に電圧印加が可能となっている。
【0018】
nクラッド層3は、例えば、n型AlGaAsなどの半導体材料により構成され、MBE(Molecular Beam Epitaxyの略)法などの任意の成膜法により積層される。
【0019】
量子ドット群4は、複数の量子ドット層5が積層されてなる活性層である。
【0020】
以下、説明の便宜上、
図1に示すように、複数の量子ドット層5の総数をn(n:0より大きい整数)として、複数の量子ドット層5のうち半導体基板2側に最も近い層を「第1層5-1」と称する。また、複数の量子ドット層5の積層方向に沿って「第2層5-2」、「第3層5-3」、「第4層5-4」、・・・「第n層5-n」と称する。さらに、複数の量子ドット層5の積層方向に沿った方向のうち半導体基板2側を「下」、その反対側を「上」として、ある量子ドット層5から見て下方向にある他の量子ドット層5を「下層」と、上方向にある他の量子ドット層5を「上層」と称することがある。
【0021】
量子ドット群4は、第1層5-1から第n層5-nに向かうにつれて、量子ドットの最大利得が得られる中心波長が短波長側に順次シフトする構成となっている。以下、複数の量子ドット層5のうち中心波長が最も長波長である層を「最長波長層5A」と称し、中心波長が最も短波長である層を「最短波長層5B」と称する。量子ドット群4は、本実施形態では、複数の量子ドット層5のうちnクラッド層3側の端部が最長波長層5A、pクラッド層6側の端部が最短波長層5Bとなっている。つまり、量子ドット群4は、本実施形態では、上層に向かうにつれて量子ドットの中心波長が短波長にシフトする構成である。
【0022】
なお、量子ドット層5の中心波長における「長波長」および「短波長」とは、相対的なものである。例えば、車載用FMCW-LiDARのSOAに適用する場合には、室温において、最長波長層5Aの中心波長が1250~1600nm、最短波長層5Bの中心波長が1100nm~1450nmなどとされるが、これに限定されない。
【0023】
量子ドット群4は、量子ドットを有する量子ドット層5の形成を繰り返すことにより成膜される。なお、量子ドット群4は、例えば、限定するものではないが、十数nm~数十nmの厚みの量子ドット層5が繰り返し積層されてなる。
【0024】
量子ドット群4は、本実施形態では、最長波長層5Aを含み、最長波長層5Aから最短波長層5Bに向かう複数の層を「最長波長層群」として、最長波長層群を除き、量子ドット層5ごとにその中心波長が異なる構成とされている。
【0025】
例えば、量子ドット群4は、最長波長層群の量子ドットがInAs、これ以外の量子ドット層5の量子ドットがInxGa(1-x)As(0<x<1)で構成されることで、最長波長層群を除き、量子ドット層5ごとの発光波長が異なっている。量子ドット群4は、例えば、最長波長層群以外の量子ドットが量子ドット層5ごとに組成あるいは格子定数が異なる状態となるように構成されることで、その発光波長が順次シフトする構成とされる。なお、量子ドットは、例えば、歪が生じるように結晶成長させられることで、量子ドット層5ごとにその発光波長が異なるものとして構成される。
【0026】
量子ドット群4は、本実施形態では、最長波長層群を構成する複数の量子ドット層5がすべて同一の中心波長となっている。言い換えると、量子ドット群4は、最も中心波長が長波長である量子ドットの総体積が、他の異なる量子ドット層5それぞれにおける量子ドットの総体積よりも大きくなっている。これにより、高電流注入時に、量子ドット群4の波長帯域において所定以上の利得、すなわち高出力を得つつ、その利得の平滑性を確保することができる。この詳細については後述する。なお、最長波長層群を構成する量子ドット層5の数については、2つまたは3つ以上とされるが、適宜変更されてもよい。
【0027】
pクラッド層6は、例えば、p型AlGaAsなどの半導体材料により構成され、MBE法などの任意の成膜法により量子ドット群4の上に形成される。pクラッド層6のうち量子ドット群4とは反対側の面には、半導体基板2に形成される図示しない電極と対をなす、図示しない電極が形成され、これらの一対の電極により量子ドット群4に電圧印加が可能となっている。
【0028】
以上が、本実施形態の半導体素子1の基本的な構成である。半導体素子1は、量子ドット群4の量子ドットの高さを積層方向に沿って順次変えることで、広帯域の波長範囲において所定以上の利得を得つつも、最長波長層群により高電流注入時に利得の平滑化がなされる。
【0029】
〔最長波長層群による効果〕
次に、最長波長層群による利得の平滑化について、図面を参照して説明する。
【0030】
まず、最長波長層群を有しない比較例の半導体素子における課題について説明する。比較例の半導体素子は、量子ドット群4を構成する複数の量子ドット層5のすべてが、利得の中心波長が異なっており、同一の中心波長の量子ドット層5を有しない点で本実施形態の半導体素子1と相違する。比較例の半導体素子は、複数の量子ドット層5の利得スペクトルがオーバーラップするように構成されることで、例えば
図2に示すように、光通信システム用途での電子注入量において波長帯域の利得が平滑化される構成となっている。
【0031】
なお、
図2における「低注入」とは、光通信システム用途を想定した場合の電子注入量(例えば10mA未満の電流量)を意味し、「高注入」とは、車載用LiDAR用途を想定した場合の電子注入量(例えば10mA以上の電流量)を意味する。本明細書における「高注入」あるいは「高電子注入」とは、車載用LiDAR等の高出力が求められる用途における電子注入量(例えば限定するものではないが、10mA以上)を意味する。
【0032】
ここで、量子ドットSOAは、温度が変わると、同じ電子注入量であっても利得が変化し、室温(例えば25℃)と高温(例えば85℃)とでは、電子注入量に対する利得と所定以上の利得が得られる波長帯域が変化する。例えば、比較例の半導体素子は、例えば
図2に示すように、室温・低注入の場合における波長帯域をWR1とし、高温・低注入の場合における波長帯域をWR2とすると、その範囲がWR1>WR2となると共に、その利得が室温>高温となる。
【0033】
そこで、全波長帯域において所定以上の所望の利得、すなわち目標利得を確保するためには、電子注入量を上げ、各量子ドット層5の利得を増加させることが考えられる。しかし、本発明者らの検討の結果、比較例の半導体素子では、
図2に示すように、室温・高温のいずれも高注入の場合、短波長側の利得増加が長波長側の利得増加よりも相対的に大きく、波長帯域WR1、WR2において利得の平滑性が損なわれることが判明した。
【0034】
具体的には、比較例の半導体素子は、25℃において、3mA~15mAの範囲内で電子注入量を変化させた場合、例えば
図3に示すように、1220nmの利得と1285nmの利得が共に増加するものの、その増加度合いが大きく異なっていた。例えば、1220nmの利得は、3mAの場合には1285nmの利得よりも小さいが、6mAの場合には1285nmの利得と同程度となり、9mA以上になると1285nmの利得よりも大きくなり、1285nmの利得との差が開く一方であった。
【0035】
また、比較例の半導体素子は、85℃において、1160nm~1360nmの波長帯域にてその利得が25℃に比べて全体的に小さいものの、4mA~20mAの範囲内で電子注入量を上げた場合の利得増加については、25℃の場合と同様の傾向が見られた。例えば、比較例の半導体素子では、
図4に示すように、85℃では、1250nmの利得は、4mAの場合には1320nmの利得と同程度であるが、8mAの場合には1320nmの利得よりもやや大きくなった。そして、1250nmの利得は、12mA以上になると1320nmの利得よりもさらに大きくなり、1320nmの利得との差が開く一方であった。
【0036】
このように、比較例の半導体素子は、室温・高温のいずれにおいても、電子注入量を所定以上に上げることで、全波長帯域における利得を増やすことができるものの、短波長側のほうが長波長側よりも利得が相対的に大きくなり、利得の平滑性が損なわれてしまう。
【0037】
そこで、本実施形態の半導体素子1は、量子ドット群4に最波長層群、すなわち最も長波長である同一の中心波長を有する2以上の最長波長層5Aを設け、予め最長波長層5Aに対応する波長の利得が相対的に多く得られる構成となっている。つまり、半導体素子1は、短波長側のほうが長波長側よりもその利得増加が大きいことを見越して、低電子注入時において、最長波長層5Aに対応する利得が短波長側よりも大きい構成とされており、高電子注入時に、利得の平滑性を確保できる。これにより、半導体素子1は、例えば
図5に示すように、波長帯域WR3を広く確保しつつ、所定の目標利得以上の利得と、その際の平坦利得とを両立することができる。
【0038】
本実施形態によれば、最長波長層群により予め長波長側の利得を相対的に増加させた量子ドット群4となり、高電流注入時に、広い波長帯域において所定以上の利得、すなわち高出力を得つつ、その利得の平滑性を確保できる半導体素子1となる。
【0039】
(第2実施形態)
第2実施形態の半導体素子1について、図面を参照して説明する。
【0040】
本実施形態の半導体素子1は、例えば
図6に示すように、量子ドット群4の配列が逆、すなわち最長波長層5Aがpクラッド層6側の端部に配置され、最短波長層5Bがnクラッド層3側の端部に配置された配列となっている点で上記第1実施形態と相違する。本実施形態では、この相違点について主に説明する。
【0041】
量子ドット群4は、本実施形態では、複数の量子ドット層5の配列方向が上記第1実施形態の逆となっている。量子ドット群4は、nクラッド層3側の端部の第1層5-1が最短波長層5Bであり、かつpクラッド層6に向かうにつれて各量子ドット層5の中心波長が長波長側に順次シフトするように積層された構成となっている。言い換えると、量子ドット群4は、pクラッド層6に隣接する第n層5-nが最長波長層5Aとなっている。
【0042】
量子ドット群4が上記の配列とされることで、最長波長層5Aは、本実施形態では、電子に比べて、有効質量が大きく、かつ移動度が小さい正孔を供給するpクラッド層6に最も近い領域に位置することとなる。つまり、量子ドット群4は、最長波長層5A側の量子ドット層5ほどpクラッド層6からの正孔の供給量が多い状態となる。その結果、量子ドット群4は、最長波長層5A側の利得が最短波長層5B側の利得よりも相対的に大きい状態となり、電流注入量を高くした際における波長帯域の利得が所定以上となりつつも、その利得が平滑化される。
【0043】
なお、量子ドット群4は、本実施形態では、各量子ドット層5における最大利得が得られる中心波長がすべて異なっており、中心波長が同一の複数の量子ドット層5を有しない構成となっている。
【0044】
本実施形態によっても、上記第1実施形態と同様に、高電流注入時において波長帯域の所定以上の利得確保およびその平滑化の効果が得られる半導体素子1となる。
【0045】
(第3実施形態)
第3実施形態の半導体素子1について、図面を参照して説明する。
【0046】
本実施形態の半導体素子1は、例えば
図7に示すように、量子ドット群4がpクラッド層6に近い量子ドット層5に転位Dが生じた構成である点で上記第1実施形態と相違する。本実施形態では、この相違点について主に説明する。
【0047】
量子ドット群4は、上記第1実施形態と同様に、nクラッド層3側の端部の第1層5-1が最長波長層5A、その反対側の端部である第n層5-nが最短波長層5Bであるが、本実施形態では、最短波長層5B側の量子ドット層5の群に転位Dが生じている。つまり、量子ドット群4は、例えば、最短波長層5B、または最短波長層5Bを含み、最短波長層5Bから最長波長層5A側に向かう複数の量子ドット層5が、その結晶性が他の最長波長層5A側の量子ドット層5よりも低い構成となっている。
【0048】
以下、説明の簡便化のため、最短波長層5Bを含み、最短波長層5Bから最長波長層5A側に向かう複数の量子ドット層5によりなる群を、便宜上、「最短波長層群」と称する。
【0049】
最短波長層群は、本実施形態では、最長波長層群よりも後に積層されることで、半導体基板2から遠い位置に配置されている。つまり、最短波長層群は、量子ドット群4の成膜工程において半導体基板2よりも遠い位置、すなわち量子ドット層5における結晶成長の歪が蓄積される位置となり、最長波長層群に比べて結晶性が低くなる。その結果、量子ドット群4は、最短波長層5B側の量子ドット層5ほど結晶の欠陥が多く、転位Dが生じる状態となり、最短波長層5B側の利得が最長波長層5A側の利得に比べて小さくなっている。そのため、量子ドット群4は、高電流注入時に、波長帯域における所定以上の利得確保をした際に、その利得の平滑化がなされることとなる。
【0050】
なお、量子ドット群4は、本実施形態では、各量子ドット層5における中心波長がすべて異なっており、中心波長が同一の複数の量子ドット層5を有しない構成となっている。また、量子ドット群4は、pクラッド層6側の上層に向かうにつれて量子ドット層5における量子ドットの中心波長が短波長側に順次シフトする積層構成である。量子ドット群4は、量子ドット層5の積層数nを所定以上(例えば、限定するものではないが、20以上)とすることで、最短波長層群の転位Dを生じさせる構成とされる。
【0051】
本実施形態によっても、上記第1実施形態と同様に、高電流注入時において波長帯域の所定以上の利得確保およびその平滑化の効果が得られる半導体素子1となる。
【0052】
(第4実施形態)
第4実施形態の半導体素子1について、図面を参照して説明する。
【0053】
本実施形態の半導体素子1は、例えば
図8に示すように、最短波長層5B側の量子ドット層5が、最長波長層5A側の量子ドット層5よりも層内の量子ドットの数が少ない構成である点で上記第1実施形態と相違する。本実施形態では、この相違点について主に説明する。
【0054】
量子ドット群4は、上記第1実施形態と同様に、nクラッド層3側の端部の第1層5-1が最長波長層5A、その反対側の端部である第n層5-nが最短波長層5Bであるが、本実施形態では、量子ドット層5の量子ドット密度に意図的に差が設けられている。ここでいう「量子ドット密度」とは、1つの量子ドット層5において当該量子ドット層5内の量子ドットが占める割合を意味する。
【0055】
量子ドット群4は、本実施形態では、例えば、最長波長層5Aあるいは最長波長群の量子ドットの数が他の量子ドット層5における量子ドットの数よりも多くされることで、その量子ドット密度が相対的に大きい構成となっている。言い換えると、量子ドット群4は、上記第1実施形態と同様に、中心波長が最も長波長の量子ドットの総体積が、他の量子ドット層5それぞれにおける量子ドットの総体積よりも大きくなっている。その結果、量子ドット群4は、最長波長層5A側の利得が最短波長層5B側の利得に比べて大きくなっている。これにより、量子ドット群4は、高電流注入時に、波長帯域における所定以上の利得確保をした際に、その利得の平滑化がなされることとなる。
【0056】
なお、量子ドット群4は、本実施形態では、各量子ドット層5において最大利得が得られる中心波長がすべて異なっており、中心波長が同一の複数の量子ドット層5を有しない構成となっている。また、量子ドット群4は、pクラッド層6側の上層に向かうにつれて量子ドット層5における量子ドットの中心波長が短波長側に順次シフトする積層構成である。
【0057】
本実施形態によっても、上記第1実施形態と同様に、高電流注入時において波長帯域の所定以上の利得確保およびその平滑化の効果が得られる半導体素子1となる。
【0058】
(第5実施形態)
第5実施形態の半導体素子1について、図面を参照して説明する。
【0059】
本実施形態の半導体素子1は、例えば
図9に示すように、相対的に、利得が最も大きい第一群41、第一群41の次に利得が大きい第二群42、および利得が最も小さい第三群43により量子ドット群4が構成されている点で上記第1実施形態と相違する。本実施形態では、この相違点について主に説明する。
【0060】
量子ドット群4は、上記第1実施形態と同様に、第1層5-1が最長波長層5A、第n層5-nが最短波長層5Bであるが、本実施形態では、nクラッド層3側から第一群41、第二群42、第三群43の順に積層された構成となっている。第一群41、第二群42および第三群43は、いずれも複数の量子ドット層5によりなるが、量子ドットの材料や組成比が異なっている。
【0061】
例えば、第一群41は、量子ドットがInAsで構成されており、中心波長における利得が第二群42および第三群43よりも相対的に大きい。
【0062】
例えば、第二群42は、量子ドットがIn0.5Ga0.5Asで構成されており、中心波長における利得が相対的に第一群41より小さく、かつ第三群43よりも大きい。
【0063】
例えば、第三群43は、量子ドットがIn0.75Ga0.25Asで構成されており、中心波長における利得が相対的に最も小さい。
【0064】
つまり、量子ドット群4は、本実施形態では、最短波長層5B側ほど利得が相対的に小さい材料あるいは組成比の量子ドットを有し、最長波長層5Aのほうが大きい利得が得られる。
【0065】
なお、第一群41、第二群42および第三群43は、pクラッド層6に近い量子ドット層5ほど、すなわち上層ほど中心波長が短波長側にシフトする構成となっている。また、量子ドット群4は、本実施形態では、各量子ドット層5における中心波長がすべて異なっており、中心波長が同一の複数の量子ドット層5を有しない構成となっている。また、第一群41、第二群42および第三群43を構成する量子ドット層5の数については、適宜変更されうる。
【0066】
本実施形態によっても、上記第1実施形態と同様に、高電流注入時において波長帯域の所定以上の利得確保およびその平滑化の効果が得られる半導体素子1となる。
【0067】
(第6実施形態)
第6実施形態の半導体素子1について、図面を参照して説明する。
図11、
図12では、後述する第四群44の量子ドットの電流注入量を上げた時の利得の変化方向を白抜き矢印で示している。また、
図12では、後述する第五群45の量子ドットの基底状態に対応する利得スペクトルを太線で示している。
【0068】
本実施形態の半導体素子1は、例えば
図10に示すように、量子ドットの基底準位および高次準位も用いられる第四群44と、第四群44における量子ドットのエネルギー準位に対応して調整された第五群45とを有する点で上記第1実施形態と相違する。本実施形態では、この相違点について主に説明する。
【0069】
量子ドット群4は、上記第1実施形態と同様に、nクラッド層3側の第1層5-1が最長波長層5A、pクラッド層6側の第n層5-nが最短波長層5Bであるが、本実施形態では、最長波長層5A側が第四群44、最短波長層5B側が第五群45となっている。
【0070】
第四群44は、例えば、量子ドットがInAsで構成された複数の量子ドット層5からなる群である。第四群44は、それぞれ、高電流注入時に、量子ドットの基底準位に対応する波長の利得に加えて、基底準位の次に高いエネルギー準位に対応する波長の利得が得られるように調整されている。以下、説明の簡便化のため、基底準位の次に高いエネルギー準位を単に「高次準位」と称する。
【0071】
具体的には、量子ドットをInAsで構成した場合、第四群44は、例えば
図11に示すように、各量子ドット層5の量子ドットの基底準位の利得が得られる波長に対して、高次準位の利得が得られる波長が約80nm程度短波長側にシフトする。また、第四群44は、電流注入量を上げると、基底状態に対応する波長の利得に比べて、高次準位に対応する波長の利得のほうが増加する。また、第四群44および第五群45は、上層に向かうにつれて、量子ドットの基底準位に対応する波長が短波長側に順次シフトすると共に、基底準位が自身よりも下層に位置する量子ドットの高次準位とは異なる構成となっている。なお、各量子ドット層5の量子ドットの基底準位に対応する波長と高次準位に対応する波長との差は、量子ドットの材料や組成比により変動するが、例えば、60nmないし100nmの範囲内とされる。
【0072】
各量子ドット層5において、量子ドットは、電流注入量を増加させ、基底準位にある電子がすべて励起状態になると、次にエネルギー準位が高い高次準位にある電子が続けて励起状態となる。このとき、例えば、最長波長層5Aよりも上層に位置する量子ドット層5の量子ドットの基底準位が、最長波長層5Aの量子ドットの高次準位と略同一であるとすると、上層の基底準位にある電子と下層の高次準位にある電子が共に励起状態となる。つまり、下層の量子ドットの高次準位に対応する波長と、上層の量子ドットの基底準位に対応する波長とが略同一であり、当該波長の利得が他の波長における利得よりも相対的に大きくなりすぎて、利得の平滑が損なわれるおそれがある。これを避けるため、量子ドット群4は、上記したように、量子ドット層5それぞれの量子ドットの基底準位が、他の量子ドットの高次準位とは異なる構成となっている。
【0073】
なお、各量子ドット層5における量子ドットの基底準位については、例えば、第四群44および第五群45において量子ドットを所定の組成比にしつつ、キャップの組成比を変更し、量子ドットの寸法や密度を制御することで調整可能である。
【0074】
第五群45は、例えば、量子ドットがIn
0.5Ga
0.5Asで構成された複数の量子ドット層5からなる群である。第五群45は、例えば
図12に示すように、量子ドットの基底準位が、第四群44の量子ドットの基底準位と高次準位との間となるように調整されている。これにより、第五群45は、第四群44の量子ドットにおける基底準位と高次準位との中間に位置する波長の利得が得られると共に、高電流注入時において、波長帯域における最大利得の平滑化の効果が得られる。
【0075】
量子ドット群4の総層数には効率が良い最適値が存在するため、量子ドット群4は、単に層数を増やしたとしても効率が上がらず、高い利得、すなわち高出力が得られる構成とはならない。そのため、量子ドット群4は、限られた総層数において、高電流注入時に高出力、かつ利得の平滑性を得るように調整する必要がある。そこで、量子ドット群4は、本実施形態では、上記したように、量子ドット層5の量子ドットの基底準位が、自身よりも下層に位置する量子ドット層5の量子ドットの高次準位とは異なるエネルギー準位となっている。そして、量子ドット群4は、第五群45における量子ドットの基底準位が、第四群44の量子ドットの基底準位とその次の高次準位との間となるように構成されることで、これらの準位の間に対応する波長の利得が得られ、利得が平滑化される。
【0076】
本実施形態によっても、上記第1実施形態と同様に、高電流注入時において波長帯域の所定以上の利得確保およびその平滑化の効果が得られる半導体素子1となる。また、本実施形態では、限られた量子ドット層5の総層数においても、高電流注入時において高出力かつ利得の平滑化の両立を実現することができる。
【0077】
(他の実施形態)
本開示は、実施例に準拠して記述されたが、本開示は当該実施例や構造に限定されるものではないと理解される。本開示は、様々な変形例や均等範囲内の変形をも包含する。加えて、様々な組み合わせや形態、さらには、それらの一要素のみ、それ以上、あるいはそれ以下、を含む他の組み合わせや形態をも、本開示の範疇や思想範囲に入るものである。例えば、半導体素子1は、上記各実施形態の構成要素について、明らかに両立しないものを除き、自由に組み合わせた構成とされうる。
【0078】
なお、上記各実施形態において、実施形態を構成する要素は、特に必須であると明示した場合および原理的に明らかに必須であると考えられる場合等を除き、必ずしも必須のものではないことは言うまでもない。また、上記各実施形態において、実施形態の構成要素の個数、数値、量、範囲等の数値が言及されている場合、特に必須であると明示した場合および原理的に明らかに特定の数に限定される場合等を除き、その特定の数に限定されるものではない。また、上記各実施形態において、構成要素等の形状、位置関係等に言及するときは、特に明示した場合および原理的に特定の形状、位置関係等に限定される場合等を除き、その形状、位置関係等に限定されるものではない。
【符号の説明】
【0079】
2 半導体基板
3 nクラッド層
4 量子ドット群
5 量子ドット層
5A 最長波長層
5B 最短波長層
6 pクラッド層