(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023155985
(43)【公開日】2023-10-24
(54)【発明の名称】SiC相補型電界効果トランジスタ
(51)【国際特許分類】
H01L 21/337 20060101AFI20231017BHJP
H01L 21/338 20060101ALI20231017BHJP
【FI】
H01L29/80 C
H01L29/80 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022065535
(22)【出願日】2022-04-12
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 共創の場形成支援(産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム)、「超スマート社会実現のカギを握る革新的半導体技術を基盤としたエネルギーイノベーションの創出に関する国立大学法人京都大学による研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金子 光顕
(72)【発明者】
【氏名】松岡 大雅
(72)【発明者】
【氏名】木本 恒暢
【テーマコード(参考)】
5F102
【Fターム(参考)】
5F102GA03
5F102GB01
5F102GC03
5F102GJ02
5F102GL02
5F102GR07
5F102HC01
(57)【要約】
【課題】広い温度範囲において、安定した動作が可能なSiC相補型電界効果トランジスタを提供する。
【解決手段】SiC基板10に、ノーマリオフ型のnチャネル電界効果トランジスタ1a、及びpチャネル電界効果トランジスタ1bが形成されたSiC相補型電界効果トランジスタであって、pチャネル電界効果トランジスタのチャネル領域にドープされたp型不純物がAl(アルミニウム)またはB(ボロン)であって、nチャネル電界効果トランジスタのチャネル領域13にドープされた第1のn型不純物がS(硫黄)であって、第1のn型不純物に、S(硫黄)よりもエネルギー準位が浅い第2のn型不純物がコドープされている。
【選択図】
図12
【特許請求の範囲】
【請求項1】
SiC基板に、ノーマリオフ型のnチャネル電界効果トランジスタ、及びpチャネル電界効果トランジスタが形成されたSiC相補型電界効果トランジスタであって、
前記pチャネル電界効果トランジスタのチャネル領域にドープされたp型不純物がAl(アルミニウム)またはB(ボロン)であって、
前記nチャネル電界効果トランジスタのチャネル領域にドープされた第1のn型不純物がS(硫黄)であって、
前記第1のn型不純物に、S(硫黄)よりもエネルギー準位が浅い第2のn型不純物がコドープされている、SiC相補型電界効果トランジスタ。
【請求項2】
前記第2のn型不純物は、N(窒素)、P(リン)、As(砒素)、及びSb(アンチモン)から選ばれる少なくとも1種以上の不純物を含む、請求項1に記載のSiC相補型電界効果トランジスタ。
【請求項3】
前記第2のn型不純物の不純物密度は、室温において、前記第2のn型不純物によるキャリア密度が、前記第1のn型不純物によるキャリア密度よりも多くなるように設定されている、請求項1または2に記載のSiC相補型電界効果トランジスタ。
【請求項4】
前記第2のn型不純物の不純物密度は、前記第1のn型不純物の不純物密度より小さい、請求項3に記載のSiC相補型電界効果トランジスタ。
【請求項5】
前記nチャネル電界効果トランジスタ、及び前記pチャネル電界効果トランジスタは、それぞれ、nチャネル接合型電界効果トランジスタ、及びpチャネル接合型電界効果トランジスタで構成されている、請求項1に記載のSiC相補型電界効果トランジスタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化珪素(SiC)基板を用いて形成されたSiC相補型電界効果トランジスタに関する。
【背景技術】
【0002】
現在の半導体集積回路は、主にシリコン(Si)で作製されているが、産業分野においては、自動車や航空機のエンジン制御、自動車タイヤのモニター、宇宙用エレクトロニクスなど、Siでは実現不可能な200℃以上の高温において動作する集積回路が渇望されている。
【0003】
SiCは、バンドギャップがSiに比べて約3倍高いため、500℃以上の高温環境下で動作する集積回路が作製可能である。
【0004】
SiC基板を用いて作製した集積回路として、例えば、非特許文献1には、相補型MOSFETで構成された集積回路が開示されている。また、特許文献1には、nチャネルJFETとpチャネルJFETとを半絶縁性のSiC層で絶縁分離した相補型JFETが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】S.H. Ryu et al., IEEE Trans. Electron Devices, vol.45 (1998), p.45.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1に開示された相補型MOSFETは、SiC基板とゲート酸化膜との界面に高密度の欠陥や電荷が存在するため、しきい値電圧が温度により大きく変動し、安定した動作ができないという問題がある。また、ゲート酸化膜が高温で劣化するという問題もある。
【0008】
特許文献1に開示された相補型JFETは、nチャネルJFETとpチャネルJFETとを、ホットウォールCVD法で形成されたイントリンシックSiC層で絶縁分離する構造になっており、微細なトレンチ形成、埋め込み成長、表面平坦化研磨を繰り返す必要があるため、作製プロセスが非常に複雑になるという問題がある。
【0009】
今まで、SiC基板を用いた相補型電界効果トランジスタに関する研究はいくつか報告されているが、高温動作が確認されたに留まり、広い温度範囲において、安定した動作が可能な相補型電界効果トランジスタは実現できていない。
【0010】
本発明は、上記課題に鑑みなされたもので、その主な目的は、広い温度範囲において、安定した動作が可能なSiC相補型電界効果トランジスタを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係るSiC相補型電界効果トランジスタは、SiC基板に、ノーマリオフ型のnチャネル電界効果トランジスタ、及びpチャネル電界効果トランジスタが形成されたSiC相補型電界効果トランジスタであって、pチャネル電界効果トランジスタのチャネル領域にドープされたp型不純物がAl(アルミニウム)またはB(ボロン)であって、nチャネル電界効果トランジスタのチャネル領域にドープされた第1のn型不純物がS(硫黄)であって、第1のn型不純物に、S(硫黄)よりもエネルギー準位が浅い第2のn型不純物がコドープされている。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、広い温度範囲において、安定した動作が可能なSiC相補型電界効果トランジスタを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】(A)~(C)は、先の出願の明細書に開示したSiC JFETの構造を示した図である。
【
図2】相補型JFETからなるインバータ回路を示した回路図である。
【
図3】インバータ回路の入出力特性の温度特性を示したグラフである。
【
図4】キャリア密度の温度依存性を示したグラフである。
【
図5】キャリア密度の温度依存性を示したグラフである。
【
図6】インバータ回路の入出力特性の温度特性を示したグラフである。
【
図7】(A)、(B)は、ホール効果測定用素子の構造を示した図である。
【
図8】キャリア密度の温度依存性を示したグラフである。
【
図9】インバータ回路における最高動作周波数の温度依存性を示したグラフである。
【
図10】キャリア密度の温度依存性を示したグラフである。
【
図11】チャネル領域に、SとNとをコドープしたときのエネルギーバンド構造を示した図である。
【
図12】キャリア密度の温度依存性を示したグラフである。
【
図13】インバータ回路における最高動作周波数の温度依存性を示したグラフである。
【
図14】インバータ回路の論理閾値電圧の温度依存性を示したグラフである。
【
図15】n型コドープ層の形成工程を示した図である。
【
図16】n型コドープ層における不純物密度の深さ方向の分布を示したグラフである。
【
図17】キャリア密度の温度依存性を示したグラフである。
【
図18】キャリア密度の温度依存性を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本願出願人は、ノーマリオフ化を容易にするSiC接合型電界効果トランジスタ(以下、「SiC JFET」という)の構造を、先の出願の明細書(特開2019-091873)に開示している。
【0015】
図1(A)~(C)は、その明細書に開示したSiC JFETの構造を示した図で、
図1(A)は、nチャネルJFETの平面図、
図1(B)は、
図1(A)の線B-Bに沿った断面図、
図1(C)は、
図1(A)の線C-Cに沿った断面図である。
【0016】
図1(A)~(C)に示すように、nチャネルJFET1は、SiC基板10に形成されたn型の埋込チャネル領域13と、埋込チャネル領域13を挟んで、互いに対向して形成されたn
+型のソース領域11及びドレイン領域12と、ソース領域11及びドレイン領域12が対向する方向と垂直な方向に形成された一対のp
+型のゲート領域14a、14bとを備えている。pチャネルJFETも、同様の構造を備えている。
【0017】
nチャネルJFET1において、一対のゲート領域14a、14bの幅Lがチャネル長、一対のゲート領域14a、14bに挟まれた距離Dがチャネル厚さ、埋込チャネル領域13の深さ方向の距離Wがチャネル幅となる。
【0018】
埋込チャネル領域13内の空乏層の広がりは、埋込チャネル領域13の両側に形成された一対のゲート領域14a、14bに印加するゲート電圧によって制御される。埋込チャネル領域13の不純物濃度N、及びチャネル厚さDを調整することによって、ノーマリオフ型のSiC JFETを実現することができる。具体的には、埋込チャネル領域13の不純物濃度N(cm-3)、及びチャネル厚さD(cm)を、N(D/2)2<3×107cm-1を満たすように設定すればよい。
【0019】
なお、
図1(A)~(C)に示したnチャネルJFET1では、チャネル領域を埋込チャネル領域13としたが、チャネル領域は、SiC基板10の表面まで広がっていてもよい。
【0020】
図2は、ノーマリオフ型のnチャネルJFET1aと、ノーマリオフ型のpチャネルJFET1bとで構成した相補型JFETからなるインバータ回路を示す。nチャネルJFET1a及びpチャネルJFET1bのゲート電極は、インバータ回路の入力端子V
inに接続されている。nチャネルJFET1a及びpチャネルJFET1bのドレイン電極Dは、インバータ回路の出力端子V
outに接続されている。nチャネルJFET1aのソース電極Sはグランドに接続され、pチャネルJFET1bのソース電極Sは電源(V
DD)に接続されている。
【0021】
通常、インバータ回路は、論理閾値電圧Vthが、電源電圧VDDの1/2になるように設計される。この場合、nチャネルJFET1a及びpチャネルJFET1bの飽和電流IDn、IDpは等しい。ここで、IDn、IDpは、以下の式(1)、(2)で表される。
【0022】
【0023】
【0024】
上記式(1)、(2)において、VGはゲート電圧、VTn、VTpは、nチャネルJFET1a及びpチャネルJFET1bの閾値電圧、βn、βpは、nチャネルJFET1a及びpチャネルJFET1bのベータ値(利得)である。
【0025】
nチャネルJFET1aのゲート電極にはVin、pチャネルJFET1bのゲート電極にはVin-VDDの電圧が印加されるため、上記式(1)、(2)を用いて、IDn=IDpから、以下の式(3)が得られる。
【0026】
【0027】
上記式(3)から、インバータ回路の論理閾値電圧Vthは、以下の式(4)で表される。
【0028】
【0029】
また、β
Rは、
図1(A)~(C)に示した構造のJFETにおける物性値や構造寸法を用いて、以下の式(5)で求められる。
【0030】
【0031】
上記式(5)において、各パラメータは、以下の通りである。なお、添字n、pは、nチャネルJFET、pチャネルJFETのパラメータを示す。
【0032】
μ
n、μ
p:電子、正孔の移動度
n
n、p
p:電子密度、正孔密度
W
n、W
p:チャネル幅
L
n、L
p:チャネル長
D
n、D
p:チャネル厚さ
N
D、N
A:チャネル領域13の不純物密度
図3は、
図2に示したインバータ回路の入出力特性の温度特性を、上記式(4)を用いて計算により求めたグラフである。ここで、インバータ回路の入出力特性は、周知の電流-電圧特性の式を用いて計算した。
【0033】
図3に示すように、論理閾値電圧V
thは、温度が高くなるにつれて、1Vから大きくシフトしている。この主な要因は、上記式(4)において、パラメータβ
Rの温度依存性が大きいことによる。
【0034】
図4は、SiC JFETにおいて、電子及び正孔のキャリア密度の温度依存性を計算により求めたグラフである。ここで、Aで示したグラフが電子密度n
n、Bで示したグラフが正孔密度p
pを示す。n型不純物(ドナー)はP(リン)、p型不純物(アクセプター)はAl(アルミニウム)である。なお、n
n及びp
pの計算は、以下の式(6)、(7)を用いて行った。
【0035】
【0036】
【0037】
上記式(6)、(7)において、iは、4H-SiCにおける2つのサイト(i = h、kサイト)を表し、式中の各パラメータは、以下の通りである。
【0038】
g
i:ドナー(アクセプタ)準位の縮退度
N
di、N
ai:ドナー密度、アクセプタ密度
N
c、N
v :伝導帯の有効状態密度、価電子帯の有効状態
n
n、p
p:電子密度、正孔密度
ΔE
i:イオン化エネルギー
図4に示すように、電子密度n
nは、広い温度範囲においてほぼ一定であるのに対し、正孔密度p
pは、室温から高温にかけて大きく変化している。これは、n型不純物のエネルギー準位が、伝導帯端から浅く(ΔE
i:約60meV)、イオン化率が大きいのに対し、p型不純物のエネルギー準位が、価電子帯端から深く(ΔE
i:約200meV)、イオン化率が小さいためである。そのため、正孔密度p
pのみが温度変化が大きく、式(5)に示すように、β
R(∝n
n/p
p)の温度変化は、正孔密度p
pの温度変化が支配的となる。
【0039】
本願出願人は、n型不純物として、p型不純物と同じように深いエネルギー準位を有する不純物を用いることによって、論理閾値電圧Vthの温度変化を抑制する方法を、先の出願の明細書(特開2021-197517)に開示している。
【0040】
図5は、n型不純物として、深いエネルギー準位を有する仮想的なドナーを仮定し、p型不純物としてAlを用いた場合の電子および正孔密度の温度依存性を、計算により求めたグラフである。なお、仮想的なドナーのエネルギー準位は、伝導帯端から約260meVと仮定している。ここで、Aで示したグラフが正孔密度p
p、Bで示したグラフが電子密度n
nを示す。
図5に示すように、電子密度n
n、及び正孔密度p
pは、室温から高温にかけて、広い温度範囲でほぼ同じように変化する。
【0041】
図6は、n型不純物として上記の仮想的なドナー、p型不純物としてAlを用いた場合のインバータ回路の入出力特性の温度特性を、周知の電流-電圧特性の式を用いて計算で求めたグラフである。
図6に示すように、論理閾値電圧V
thは、広い温度範囲で、約1Vになっている。
【0042】
このように、n型不純物として、p型不純物と同じように深いエネルギー準位を有する不純物を用いることによって、広い温度範囲において、論理閾値電圧Vthの変動を大幅に抑制することができる。
【0043】
(深いエネルギー準位を有するn型不純物の実験的探索)
従来、n型不純物として使用されていたN(窒素)やP(リン)以外の不純物として、S(硫黄)、As(砒素)、及びSb(アンチモン)のエネルギー準位を、よく知られたホール効果測定により求めた。
【0044】
図7(A)、(B)は、ホール効果測定用素子の構造を示した図で、
図7(A)は平面図、
図7(B)は断面図である。
【0045】
図7(A)、(B)に示すように、n型の4H-SiC(0001)基板10に、p型エピタキシャル層20を形成した後、p型エピタキシャル層20に、S、As、及びSbをそれぞれイオン注入し、形成されたn型ドープ層30を、クローバー形にパターニングして、パターンの四隅にそれぞれ4つの電極40を形成した。
【0046】
図8は、ホール効果測定により求めた、S、As、及びSb不純物がドープされたSiCのキャリア密度の温度依存性をそれぞれ示したグラフである。
【0047】
図8に示すように、As及びSbは、キャリア密度の温度依存性はほとんどなかったのに対し、Sは、キャリア密度の温度依存性が大きかった。これにより、As及びSbは、N及びPと同様に、エネルギー準位が浅いのに対し、Sは、エネルギー準位が深いことが実証された。
【0048】
次に、Sについて、測定されたデータを、キャリア密度の温度依存式にフィッティングして、Sのイオン化エネルギーを求めた。なお、16族のSは1つのサイトに対して、エネルギー準位が2つあるため、キャリア密度の温度依存式は、以下の式(8)を用いた。
【0049】
【0050】
ここで、fi,mは、4H-SiCにおける2つのサイト(i = h、kサイト)および2つのエネルギー準位(m=1、2)を考えて、以下の式(9)で表される。
【0051】
【0052】
ここで、g'i,mは、2つのエネルギー準位に対して、それぞれ、以下に示す値となる。
【0053】
【0054】
表1は、フィッティングにより求めたSのイオン化エネルギー(ΔEdi,m)を示した表である。ここで、i=h、kは、それぞれ、4H-SiCの2つのサイトを表す。表1から、Sは、340meV以上の深いエネルギー準位を有することが実証された。
【0055】
【0056】
(インバータ回路の最高動作周波数)
上述したように、nチャネルJFETのチャネル領域にドープされるn型不純物に、エネルギー準位の深いSを用いることによって、
図2に示したインバータ回路における論理閾値電圧V
thの温度変化を抑制することができるが、本願発明者等は、インバータ回路における最高動作周波数が、室温付近において大きく減少するという新たな課題を見出した。
【0057】
図9は、以下の式(10)を用いて、インバータ回路における最高動作周波数f
maxの温度依存性を計算により求めたグラフである。Aで示したグラフは、チャネル領域にドープされるn型不純物として、エネルギー準位の浅いNを用いたときの温度依存性を示し、Bで示したグラフは、チャネル領域にドープされるn型不純物として、エネルギー準位の深いSを用いたときの温度依存性を示す。
【0058】
【0059】
ここで、trは立ち上がり時間で、tfは立ち下がり時間を表し、tr及びtfはそれぞれ、以下の式(11)により求められる。
【0060】
【0061】
ここで、Cは負荷容量で、上記の計算では、C=550fFと仮定した。
【0062】
図9に示すように、n型不純物にSを用いたときの最高動作周波数f
maxは、Nを用いたときより、室温付近において大きく減少していることが分かる。
【0063】
これは、
図10に示すように、エネルギー準位の浅い(イオン化エネルギーの小さい)Nでは、キャリア密度の温度変化がほとんどないのに対し、エネルギー準位の深い(イオン化エネルギーの大きい)Sでは、室温付近におけるキャリア密度が大きく減少しているためと考えられる。
【0064】
すなわち、上記式(5)に示すように、βnの温度変化は、キャリア密度nの温度変化に大きく依存するため、上記式(11)に示すように、n型不純物にSを用いたときの立ち下がり時間tfが、室温付近において大きく増加し、これにより、最高動作周波数fmaxが大きく減少したものと考えられる。
【0065】
本願発明者等は、n型不純物にエネルギー準位の深いSを用いた場合、室温付近におけるキャリア密度が大きく減少することに着目し、室温付近におけるキャリア密度を補填するn型不純物として、エネルギー準位の浅いn型不純物をコドープすることによって、最高動作周波数fmaxの室温付近における減少を抑制できると考え、本発明を想到するに至った。
【0066】
図11は、チャネル領域に、エネルギー準位E
d1の深いn型不純物(第1のn型不純物)としてS、及び、エネルギー準位E
d2の浅いn型不純物(第2のn型不純物)としてNを、コドープしたときのエネルギーバンド構造を示した図である。なお、Nの不純物密度、及びSの不純物密度は、特に限定されないが、典型的には、Nの不純物密度が、Sの不純物密度よりも少なく設定される。
【0067】
図11に示すように、伝導帯には、イオン化されたS
+によるキャリアと、イオン化されたN
+によるキャリア(電子)が存在するが、典型的には、室温付近においては、N
+によるキャリア(電子)の方が多く存在する。従って、室温付近におけるキャリア密度は、N
+によるキャリア密度が支配的になる。
【0068】
図12は、チャネル領域に、n型不純物として、エネルギー準位E
d1の深いSと、エネルギー準位E
d2の浅いNとを、コドープしたときのキャリア密度の温度依存性を計算により求めたグラフである。
【0069】
ここで、A1で示したグラフは、上記式(8)を用いて計算したSのキャリア密度n1の温度依存性を示し、A2で示したグラフは、上記式(6)を用いて計算したNのキャリア密度n2の温度依存性を示し、Aで示したグラフは、SとNとをコドープしたときのキャリア密度n(n=n1+n2)の温度依存性を示す。また、Bで示したグラフは、上記式(7)を用いて計算したAl(p型不純物)をドープしたときのキャリア密度pの温度依存性を示す。
【0070】
なお、上記式(8)、式(6)及び式(7)において、Sの不純物濃度Ndsは、5.0×1016cm-3とし、Nの不純物濃度NdNは、3.0×1015cm-3とし、Nの不純物濃度NdNは、5.0×1016cm-3として計算した。また、後述する補償欠陥密度は0cm-3と仮定した。
【0071】
図12に示すように、室温付近において、SとNとをコドープしたときのキャリア密度は、Sだけをドープしたときのキャリア密度よりも増加しており、SとNとをコドープしたときの実効的なイオン化エネルギーが、低下していると言える。
【0072】
図13は、チャネル領域に、n型不純物として、エネルギー準位の深いSと、エネルギー準位の浅いNとを、コドープしたときの最高動作周波数の温度依存性を計算により求めたグラフである。ここで、Aで示したグラフは、Sのみをドープしたときの温度依存性を示し、Bで示したグラフは、SとNとをコドープしたときの温度依存性を示す。
【0073】
図13に示すように、エネルギー準位の深いSをドープしたチャネル領域に、Sよりもエネルギー準位の浅いNをコドープすることによって、室温付近における最高動作周波数を増加させることができる。これにより、広い温度範囲において、安定した高速動作が可能な回路を実現することができる。
【0074】
なお、コドープするNの不純物密度は、室温において、イオン化したNにより供給されるキャリア密度が、イオン化したSにより供給されるキャリア密度よりも多くなるように設定されていればよい。
【0075】
図14は、チャネル領域に、n型不純物として、エネルギー準位の深いSと、エネルギー準位の浅いNとを、コドープしたときの論理閾値電圧V
thの温度依存性を計算により求めたグラフである。ここで、Aで示したグラフは、Sのみをドープしたときの温度依存性を示し、Bで示したグラフは、SとNとをコドープしたときの温度依存性を示す。
【0076】
図14に示すように、エネルギー準位の深いSをドープしたチャネル領域に、Sよりもエネルギー準位の浅いNをコドープすることによって、広い温度範囲において、論理閾値電圧V
thの変動をさらに抑制することができる。
【0077】
(SとNとをコドープしたときのキャリア密度の実測)
図15に示すように、n型の4H-SiC(0001)基板10の表面に形成したp型エピタキシャル層20に、S及びNをイオン注入し、p型エピタキシャル層20の表面に、SとNとのn型コドープ層30を形成した。ここで、p型エピタキシャル層20の不純物濃度は、5×10
14cm
-3とし、Sの注入ドーズ量は、3.51×10
12cm
-2とし、Nの注入ドーズ量は、3.52×10
11cm
-2とした。また、Sのイオン注入エネルギーは、10~350keVとし、Nのイオン注入エネルギーは、10~200keVとした。
【0078】
図16は、n型コドープ層30におけるS及びNの不純物密度の深さ方向の分布を、二次イオン質量分析法(SIMS)を用いて測定した結果を示したグラフである。Aで示したグラフが、Sの不純物密度の深さ方向の分布を示し、Bで示したグラフが、Nの不純物密度の深さ方向の分布を示す。
図16に示すように、n型コドープ層30におけるSの不純物密度は、1.0×10
17cm
-3で、Nの不純物密度は、1.0×10
16cm
-3であった。
【0079】
図17は、
図7(A)、(B)に示したホール効果測定用素子を作製して、n型コドープ層30におけるキャリア密度の温度依存性を測定した結果を示したグラフである。ここで、Aで示したグラフは、Sのみをドープしたときの温度依存性を示し、Bで示したグラフは、SとNとをコドープしたときの温度依存性を示す。
図17に示すように、SとNとをコドープしたコドープ層30のキャリア密度が、室温付近において増加していることが実証された。
【0080】
(キャリア密度の補償欠陥密度依存性)
SiC基板に、SiC相補型電界効果トランジスタを形成する場合、SiC基板における再結合の影響を避けるために、SiC基板上にp型エピタキシャル層を形成し、p型エピタキシャル層に、SiC相補型電界効果トランジスタを形成する場合がある。この場合、nチャネルJFETのチャネル領域は、p型エピタキシャル層にn型不純物をイオン注入することにより形成される。
【0081】
この場合、チャネル領域に、p型エピタキシャル層にドープされたp型不純物が存在するため、このp型不純物が、チャネル領域のキャリア(電子)を捕獲する準位(補償欠陥)となるため、チャネル領域のキャリア密度(電子密度)が低下する。
【0082】
図18は、チャネル領域にコドープするS及びNの不純物密度を、それぞれ、5.0×10
16cm
-3、3.0×10
15cm
-3として、チャネル領域に存在するp型不純物の不純物密度(補償欠陥密度)を、0~1×10
16cm
-3の範囲で変化させたときのキャリア密度の温度依存性を計算で求めたグラフである。ここで、A
0~A
4で示したグラフは、補償欠陥密度が、0、1×10
15cm
-3、3×10
15cm
-3、5×10
16cm
-3、1×10
16cm
-3の場合を示す。
【0083】
図18に示すように、補償欠陥密度が増えるほど、チャンル領域の室温付近におけるキャリア密度が減少する。従って、チャネル領域にコドープするNの不純物密度は、チャネル領域に存在する補償欠陥密度を考慮して決める必要がある。
【0084】
なお、上記では、p型エピタキシャル層にSiC相補型電界効果トランジスタを形成する場合を例示したが、n型エピタキシャル層または半絶縁性基板上にSiC相補型電界効果トランジスタを形成する場合でも、同様に、チャネル領域にコドープするNの不純物密度を、チャネル領域に存在する補償欠陥密度を考慮して決める必要がある。
【0085】
以上、本発明を好適な実施形態により説明してきたが、こうした記述は限定事項ではなく、もちろん、種々の改変が可能である。
【0086】
例えば、上記実施形態では、エネルギー準位の深いn型不純物(第1のn型不純物)として、S(硫黄)をドープしたチャネル領域に、Sよりもエネルギー準位の浅いn型不純物(第2のn型不純物)といて、N(窒素)をコドープする例を説明したが、これに限定されず、例えば、P(リン)、As(砒素)、Sb(アンチモン)などをコドープしてもよい。また、N、P、As、及びSbから選ばれる少なくとも1種以上のn型不純物をコドープしてもよい。
【0087】
なお、本発明において、コドープするn型不純物は、制御された適切なドーズ量を意図的にドープしたもので、SiC基板等に不可避的に存在するn型不純物を含むものではない。
【0088】
また、上記実施形態では、p型不純物として、Al(アルミニウム)を例示したが、同じように、エネルギー準位の深いB(ボロン)を用いても、本願発明における効果を奏することができる。
【0089】
また、上記実施形態では、SiC相補型JFETをインバータ回路に適用した例を説明したが、他の論理ゲート、例えば、NAND回路やNOR回路にも適用することができる。また、上記論理ゲートが元となるデジタル回路のほかに、アナログ回路にも適用が可能である。
【0090】
また、上記実施形態では、SiC相補型電界効果トランジスタとして、SiC相補型JFETを例に説明したが、SiC相補型MOSFETにも適用することができる。
【0091】
また、上記実施形態では、SiC相補型電界効果トランジスタを構成するトランジスタとして、
図1に示した構造のSiC JFETを例に説明したが、勿論、他の構造のSiC JFETまたはSiC MOSFETに適用することができる。
【符号の説明】
【0092】
1 JFET
1a nチャネルJFET
1b pチャネルJFET
10 SiC基板
11 ソース領域
12 ドレイン領域
13 埋込チャネル領域
14a、14b ゲート領域