(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023156074
(43)【公開日】2023-10-24
(54)【発明の名称】電磁波吸収シート及び通信システム
(51)【国際特許分類】
   H05K   9/00        20060101AFI20231017BHJP        
【FI】
H05K9/00 M 
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022065707
(22)【出願日】2022-04-12
(71)【出願人】
【識別番号】506083903
【氏名又は名称】株式会社新日本電波吸収体
(74)【代理人】
【識別番号】100166372
【弁理士】
【氏名又は名称】山内  博明
(72)【発明者】
【氏名】荻野  哲
(72)【発明者】
【氏名】菅谷  恵賜
(72)【発明者】
【氏名】西内  正樹
(72)【発明者】
【氏名】柳  大介
【テーマコード(参考)】
5E321
【Fターム(参考)】
5E321AA23
5E321BB31
5E321BB53
5E321BB57
5E321GG11
(57)【要約】
【課題】多くの電磁波吸収量を達成でき、かつ、電磁波吸収シートに用いる場合にシート厚の制御が容易なミリ波の電磁波吸収用の電磁波吸収体を提供すること。
【解決手段】  相対的に高誘電率で中空素材からなる大型の第1の電磁波吸収物質10と、第1の電磁波吸収物質10の表面に結合された相対的に低誘電率で粒状素材からなる小型の複数の第2の電磁波吸収物質20と、第1の電磁波吸収物質10と第2の電磁波吸収物質20とを結合する結合材30とを備える。
【選択図】
図1
 
【特許請求の範囲】
【請求項1】
  母材となる樹脂と、
  前記樹脂に対して混合される5phr~20phrの電磁波吸収体と、
  前記樹脂に対して混合される1phr~5phrの架橋剤と、
  を含む、電磁波吸収シートであって、
  前記電磁波吸収体は、
  相対的に高誘電率で中空素材からなる大型の第1の電磁波吸収物質と、
  前記第1の電磁波吸収物質の表面に結合された相対的に低誘電率で粒状素材からなる小型の複数の第2の電磁波吸収物質と、
  を備える、ミリ波の電磁波吸収用の電磁波吸収シート。
  前記電磁波吸収体が
【請求項2】
  前記第1の電磁波吸収物質は誘電率が4以上であり、前記第2の電磁波吸収物質は誘電率が4未満である、請求項1記載の電磁波吸収シート。
【請求項3】
  前記第1の電磁波吸収物質と前記第2の電磁波吸収物質との重量比が7:3~8:2である、請求項1記載の電磁波吸収シート。
【請求項4】
  前記第1の電磁波吸収物質は、ガラス、シリカ、アルミナ、ジルコニア、チタニア、セリアのいずれかを主成分としている、請求項1記載の電磁波吸収シート。
【請求項5】
  前記第2の電磁波吸収物質は、粒径が30nm~40nmである、請求項1記載の電磁波吸収シート。
【請求項6】
  前記第2の電磁波吸収物質は、嵩比重が0.3~0.5である、請求項1記載の電磁波吸収シート。
【請求項7】
  請求項1記載の電磁波吸収シートを備える通信システム。
            
            
         
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
  本発明は、電磁波吸収シート及び通信システムに関し、特に、ミリ波の電磁波吸収に好適な電磁波吸収シート及び通信システムに関する。
【背景技術】
【0002】
  特許文献1には、ミリ波においても動作し得る、1次の無反射条件で設計された吸収帯域幅の広い整合型電磁波吸収体等が開示されている。この電磁波吸収体は、熱可塑性ゴムにカーボンブラックを含有してなり、自由空間法で測定した50GHzでの複素比誘電率の実部が6以上であり、誘電正接(tanδ)が0.35以上であり、電磁波吸収材料を多孔質にする方法として、電磁波吸収材料にガラスバルーンやシラスバルーンを添加することができる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
  しかし、特許文献1に記載された発明は、複素比誘電率の実部が6以上であるので、空気の誘電率1に比して、相対的に大きな値である。これでは、空気中を伝搬してくる電波の反射量が相対的に多く、電磁波吸収量は限定的である。
【0005】
  この点について説明すると、まず、電磁波は、電磁波吸収物質であるカーボンブラックに到達したときに、カーボンブラックの表面が入射面となり吸収されるものと、カーボンブラックの表面が反射面となり反射されるものとがある。これらの吸収量と反射量との関係はトレードオフの関係にあり、吸収量が多いほど反射量が少ない。そして、吸収量の多少は、誘電率の高低によって左右される。
【0006】
  しかし、吸収量の多少は、誘電率の高低のみならず、電磁波吸収体の設置環境によっても左右される。通常、電磁波吸収体は、周辺に空気がある環境で設置される。空気の誘電率は1であるところ、特許文献1のカーボンブラックは、その誘電率が空気の誘電率に対して高いから、反射量が多くなるのである。
【0007】
  また、特許文献1に記載された発明は、電磁波吸収物質としてカーボンブラック単体を用いているが、このように単体の電磁波吸収物質のものを電磁波吸収シート化する場合、シート厚を0.01mmレベルというシビアな制御をしなければ、ミリ波の電磁波を吸収することができない。このようなシート厚の制御は、非常に困難である。
【0008】
  そこで、本発明は、多くの電磁波吸収量を達成でき、かつ、電磁波吸収シートに用いる場合にシート厚の制御が容易なミリ波の電磁波吸収用の電磁波吸収体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
  上記課題を解決するために、本発明のミリ波の電磁波吸収用の電磁波吸収シートは、
  母材となる樹脂と、
  前記樹脂に対して混合される5phr~20phrの電磁波吸収体と、
  前記樹脂に対して混合される1phr~5phrの架橋剤と、
  を含む、電磁波吸収シートであって、
  前記電磁波吸収体は、
  相対的に高誘電率で中空素材からなる大型の第1の電磁波吸収物質と、
  前記第1の電磁波吸収物質の表面に結合された相対的に低誘電率で粒状素材からなる小型の複数の第2の電磁波吸収物質と、
  を備える。
【0010】
  前記第1の電磁波吸収物質は誘電率が4以上であり、前記第2の電磁波吸収物質は誘電率が4未満であるとよい。
【0011】
  前記第1の電磁波吸収物質と前記第2の電磁波吸収物質との重量比が7:3~8:2とすることができる。
【0012】
  前記第1の電磁波吸収物質は、ガラス、シリカ、アルミナ、ジルコニア、チタニア、セリアのいずれかを主成分としてもよい。
【0013】
  前記第2の電磁波吸収物質は、粒径が30nm~40nmとするとよい。
【0014】
  前記第2の電磁波吸収物質は、嵩比重が0.3~0.5とすることができる。
【0015】
  また、本発明の通信システムは、上記電磁波吸収シートを備える。
【発明の実施の形態】
【0016】
  <電磁波吸収体100の構成の説明>
  図1は、本発明の実施形態の電磁波吸収シートに用いられる電磁波吸収体100のSEM写真である。
図1(a)には200倍のSEM写真、
図1(b)には
図1(a)の領域Aを含む500倍のSEM写真、
図1(c)には
図1(a)の領域Aを含む1000倍のSEM写真、
図1(d)には
図1(a)の領域A自体の2000倍のSEM写真を示している。
 
【0017】
  電磁波吸収体100は、相対的に大型の中空素材からなる第1の電磁波吸収物質10と、第1の電磁波吸収物質10の表面に結合された相対的に小型の複数の粒状素材からなる第2の電磁波吸収物質20と、第1の電磁波吸収物質10と第2の電磁波吸収物質20とを結合する結合材30とを有する。
【0018】
  電磁波吸収体100を構成する、第1の電磁波吸収物質10、第2の電磁波吸収物質20、及び、結合材30の各条件は、以下のとおりである。
【0019】
  まず、第1の電磁波吸収物質10は、誘電率が例えば4以上の素材とすることができる。第1の電磁波吸収物質10は、ガラス、シリカ、アルミナ、ジルコニア、チタニア、セリアのいずれかを主成分とするものを採用することができる。
【0020】
  本実施形態では、第1の電磁波吸収物質10として、例えば、ガラスを主成分とするシラスバルーンを用いている。シラスバルーンは、例えば、平均中空率が85%~93%、一次粒径が50.0μm~200.0μm、嵩比重が0.1g/cm3~0.8g/cm3、比熱が0.75J/g・K~0.85J/g・K、組成はSiO2が約73wt%~77wt%、Al2O3が約10wt%~15wt%、Na2Oが約3wt%~5wt%、K2Oが約2wt%~5wt%、その他という構成比率のものを用いている。
【0021】
  第2の電磁波吸収物質20は、一次粒径が30nm~40nmのものを用いることができる。第2の電磁波吸収物質20は、嵩比重が0.3~0.5のものを用いるとよく、これに該当するものとしては、例えばカーボンが挙げられる。なお、カーボンの種別は不問であるが、水溶系の炭素、導電系のカーボンが好適である。
【0022】
  結合材30は、例えば、SiO2やNa2Oを主成分とする水ガラスを用いることができる。本実施形態では、SiO2が28wt%~38wt%、Na2Oが9wt%~19wt%の水ガラスを用いている。
【0023】
  第1の電磁波吸収物質10と第2の電磁波吸収物質20と結合材30との混合比は、重量%でいうと、電磁波吸収体100の前駆体全体に対して、例えば、第1の電磁波吸収物質10の重量比が60wt%~82wt%、第2の電磁波吸収物質20の重量比が8wt%~27wt%、結合材30の重量比が8wt%~12wt%、とすることができる。
【0024】
  <電磁波吸収体100の原理の説明>
  本実施形態に係る電磁波吸収体100によって効果的に電磁波を吸収する原理は、以下のとおりである。
【0025】
  まず、第2の電磁波吸収物質20は、相対的に低誘電率の素材である。したがって、空気中を伝搬してくる電磁波は、第2の電磁波吸収物質20に到達すると、(1-1)一部は第2の電磁波吸収物質20の表面が反射面となり反射されるが、(1-2)残りの大半は第2の電磁波吸収物質20の表面が入射面となり吸収される。
【0026】
  つづいて、第2の電磁波吸収物質20に吸収された電磁波は、(2-1)その一部は入射面に向けて反射されるが、(2-2)また一部は第2の電磁波吸収物質20内でエネルギーが消費されるが、(2-3)残りの大半は当該入射面とは逆側の出射面から出射され、結合体を経て第1の電磁波吸収物質10に向かう。
【0027】
  第1の電磁波吸収物質10は、相対的に高誘電率の素材である。しかし、第1の電磁波吸収物質10と第2の電磁波吸収物質20との誘電率差は、第1の電磁波吸収物質10と空気との誘電率差に比較して小さい。したがって、第1の電磁波吸収物質10に到達した電磁波は、(3-1)一部が第1の電磁波吸収物質10の表面が反射面となり反射されるが、(3-2)残りの大半は第1の電磁波吸収物質10の表面が入射面となり吸収される。
【0028】
  第1の電磁波吸収物質10に吸収された電磁波は、(4-1)一部が外部に向けてすなわち第2の電磁波吸収物質20に向けて反射されるが、(4-2)第1の電磁波吸収物質10は高誘電率であるので、第1の電磁波吸収物質10内でエネルギーが消費される。
【0029】
  このように、本実施形態に係る電磁波吸収体100は、空気中を伝搬してくる電磁波を、相対的に低誘電率である第2の電磁波吸収物質20での反射量を少なくすることによって効率よく吸収し、第2の電磁波吸収物質20から第1の電磁波吸収物質10に向かった電磁波を、第1の電磁波吸収物質10において効率よくエネルギー消費する。このことが、本実施形態に係る電磁波吸収体100が効果的に電磁波を吸収できる原理である。
【0030】
  <電磁波吸収体100の製造方法の説明>
  本実施形態に係る電磁波吸収体100は、主として手作業工程を含む製造方法の場合(実施例1)と、主として手作業工程を含まない製造方法の場合(実施例2~実施例6)とで、製造条件が若干異なる。
【0031】
  更に、後者については電磁波吸収体100を相対的に小量生産する場合(実施例2~実施例5)と、相対的に大量生産する場合(実施例6~実施例7)とでも、製造条件が若干異なる。以下、各々の製造方法及びそれらによって製造された電磁波吸収体100について説明する。
【0032】
  (実施例1)
  ステップS1:混合工程
  シラスバルーン(例えば井川産業社の「シラファインISM-M120」)1.4kgと乾燥カーボン(例えば、東海カーボン社の「TOKABLACK7270SB」)0.6kgとを、例えば筒井理化学器械社製V型混合機(VM-2)に投入して、これらを約10分間、混合する。
【0033】
  ステップS2:混錬工程
  ステップS1によって得られた混合物に対し、約10%濃度に希釈した水ガラス(例えば、関東化学社の「鹿1級」)1Lを投入して、それらを手作業にて約10分間、混錬する。なお、この場合の水ガラスの固形分は僅か8gである。
【0034】
  ステップS3:押出工程
  ステップS2によって得られた混錬物を、手作業にて100メッシュの網を用いて押し出す。
【0035】
  ステップS4:乾燥準備工程
  ステップS3によって得られた押出物を、手作業にてバット上に広げる。
【0036】
  ステップS5:乾燥工程
  ステップS4によって得られた電磁波吸収体100の前駆体を、例えばヤマト科学株式会社の乾燥機(DN-64)に投入して、約120℃の温度下で約4時間、乾燥する。
【0037】
  ステップS6:冷却工程
  ステップS5によって得られた乾燥物を常温下で約60分間、自然冷却して、約70℃以下の温度となった電磁波吸収体100を得る。
【0038】
  (実施例2)
  ステップS11:混合工程
  シラスバルーン(例えば井川産業社の「シラファインISM-M120」)1.4kgと乾燥カーボン(例えば、東海カーボン社の「TOKABLACK7270SB」)0.6kgとを、例えば入江商会社製の卓上型ニーダー(SNV-1H)に投入して、これらを約5分間、混合する。
【0039】
  ステップS12:混錬工程
  ステップS11によって得られた混合物に対し、約10%濃度に希釈した水ガラス(例えば、関東化学社の「鹿1級」)1Lを投入して、例えば-77.3kPaの減圧下で約5分間、混錬する。なお、この場合の水ガラスの固形分も僅か8gである。また、混錬工程は、手作業で行うわけではないから、ステップS11によって得られた混合物は十分に混錬されているため、実施例1の製造方法のような押出工程は不要である。
【0040】
  ステップS13:乾燥準備工程
  ステップS12によって得られた混錬物を、手作業にてバット上に広げる。
【0041】
  ステップS14:乾燥工程
  ステップS13によって得られた電磁波吸収体100の前駆体を、例えばヤマト科学株式会社の乾燥機(DN-64)に投入して、約120℃の温度下で約4時間、乾燥する。
【0042】
  ステップS15:冷却工程
  ステップS14によって得られた乾燥物を常温下で約60分間、自然冷却して、約70℃以下の温度となった電磁波吸収体100を得る。
【0043】
  (実施例3)
  実施例2のステップS12における投入対象の水ガラスとして、大阪珪曹社の「JIS1号」を用いた。それ以外の製造条件は、実施例2のとおりとした。
【0044】
  (実施例4)
  実施例2のステップS12における投入対象の水ガラスとして、大阪珪曹社の「特1号」を用いた。それ以外の製造条件は、実施例2のとおりとした。
【0045】
  (実施例5)
  実施例2のステップS12における投入対象の水ガラスとして、大阪珪曹社の「3号」を用いた。それ以外の製造条件は、実施例2のとおりとした。
【0046】
  (実施例6)
  ステップS21:混合・混錬工程
  シラスバルーン(例えば井川産業社の「シラファインISM-M120」)11.9kgと乾燥カーボン(東海カーボン社の「TOKABLACK7270SB」)5.1kgとを、例えばマツボー社のレーディゲミキサー(FM130D)のドラム内に、投入物をドラム内で流動させるショベルを回転数120分-1で回転させた状態で投入し、それらを約1分間、混合してから、更に、そこに約10%濃度に希釈した水ガラス(大阪珪曹社の「3号」)8.5Lをスプレーによって均一となる状態で投入して、約12分間、混錬する。なお、この場合の水ガラスの固形分も僅か340gである。
【0047】
  ステップS22:乾燥工程
  ステップS21によって得られた電磁波吸収体100の前駆体が、レーディゲミキサーのドラム内にある状態で、ショベルを回転させたまま、約60分間、ドラム内の加熱ジャケットに約150℃の温度の蒸気を導入するとともにドラム内に約80℃の温風を約1000L/分で注入して、当該前駆体を乾燥する。
【0048】
  ステップS23:冷却工程
  ステップS22によって得られた乾燥物が、レーディゲミキサーのドラム内にある状態で、ショベルを回転させたまま、ドラム内の冷却ジャケットに常温水を約8分間、導入することによって当該乾燥物を冷却して、約70℃以下の温度となった電磁波吸収体100を得る。
【0049】
  <電磁波吸収シートの構成の説明>
  つぎに、本実施形態の電磁波吸収シートに対する種々の計測結果について説明する。ここでは、実施例1~7の電磁波吸収体100を各々選定し、以下説明するように、これを熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂又はエラストマーなどの母材となる樹脂に対して、当該樹脂と同様の成分を含む鉱物油などの架橋剤や、選択的に分散剤などの添加剤とともに混練して電磁波吸収シートを製造した。
【0050】
  なお、樹脂の一例をあげると、ポリプロピレン、ポリフェニレンサルファイド、ポリアミド、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリアスド、ポリカーボネート、ポリアセタール、ポリエーテルスルホン、ポリブチレン、ポリエーテルイミド、ポリエーテルケトン、ポリエーテルイミド、ポリアルキレンテレフタレート、ポリスルホン、ポリフェニレンスルファイド、ポリオレフィン、ポリスチレン、シンジオタクチックポリスチレン、アクリロニトリルブタジエンスチレン、ポリフェニレンオキシド、液晶重合体樹脂などなどのいずれか又はこれらのうちいくつかを任意に組合せることができる。また、樹脂は、ミラブルタイプのものであっても、液状態のものであってもよい。
【0051】
  架橋剤は、当該樹脂によくなじむものであればよく、したがって、当該樹脂と同様の成分を含むものが好ましい。そして、過酸化物架橋剤、付加反応型架橋剤などを好適に用いることができるが、縮合型架橋剤は成型品には不向きである。本実施形態では、樹脂と同じシリコーンゴムが入った過酸化物架橋剤を採用した(信越化学工業株式会社製「C-15」)。
【0052】
  <電磁波吸収シートの製造方法の説明>
  まず、電磁波吸収体100と、樹脂であるところのシリコーンゴムと、過酸化物架橋剤とを用意した。つぎに、樹脂に対し、電磁波吸収体100を15phr~100phr(例えば70phr)、架橋剤を1phr~5phr(例えば2phr)混合する。そして、これらを混練機(例えば、関西ロール株式会社製のミキシングロール(R-14、14インチ径))或いは加圧型ニーダーなどを用いて、常温~約40℃という温度で、10分~45分(例えば30分)間など、所望の分散が確保されるまで混練する。
【0053】
  なお、添加剤は、可塑剤、難燃剤とすることができ、これらのいずれかのみを添加してもよいし、これらの任意の組合せを添加してもよい。ただし、これらも樹
脂に対して5phr以下の添加量とすべきである。樹脂としてシリコーンゴムを採用した場合には、シリコーンオイル、シランカップリング剤などを選択することができ、同様の成分を含む鉱物油などが好ましい。また、難燃剤としては、金属水和物(水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウムなど)、白金化合物などを用いることができる。
【0054】
  つづいて、8インチ径~20インチ径のミキシングロール(例えば、上記ミキシングロール)を用いて、常温~約40℃という温度下で、完成品の厚みよりも後掲処理で薄くなる分を考慮した厚さで(例えば、8%~12%増加した厚さ)、圧延処理を行い、これに続く処理にて用いられるシート状の金型内に、未架橋材料を適量投入するため、金型のキャビティ内側サイズより一回り小さく成形という予備成形を行う。
【0055】
  それから、直圧式プレス機(例えば、三重工業株式会社製の100tプレス機)を用いて、約120℃~180℃という温度で、5MPa~15MPa(例えば、10MPa)の圧力を印加した状態で、5分~30分(例えば10分)間、架橋処理を行う。もっとも、シート金型のサイズに応じ、圧力等の諸条件は適宜変更させればよい。その後、必要に応じて、例えば150℃~220℃(例えば、200℃)で、30分~5時間(例えば、4時間)などの条件で、二次架橋を行う。こうして、本実施形態の電磁波吸収シートが完成する。
【0056】
  なお、ここでの電磁波吸収シートの製造工程は、一例として示したものであり、例えば、押出し成型後に、熱風炉、恒温槽を用いて架橋処理を行ってもよい。この場合、約120℃~約180℃の温度下(例えば150℃)で、約20分~約40分(例えば30分)の熱処理を施せばよい。
【0057】
  (複素誘電率及び複素透磁率)
  本実施形態の複数の電磁波吸収シートに対して複素誘電率及び複素透磁率を数回計測した。第1方向の複素誘電率は、実部ε’が5.2~5.3、虚部ε”が-0.5~-0.6であった。第1方向に直交する第2方向の複素誘電率は、実部ε’が5.1~5.5、虚部ε”が-0.5~-0.6であった。各電磁波吸収シートの複素透磁率は、第1方向及び第2方向のいずれも、実部ε’が1、虚部ε”が0であった。
【0058】
  ここで重要なのは、複素誘電率の実部の値である。この値を5.5以下とすることができるのであれば、電磁波吸収シートの厚さの制御が容易になる。本実施形態のように、複数の電磁波吸収体100を混錬して電磁波吸収シートを製造する場合には、0.1mmレベルでシート厚を制御しても、所望の周波数帯域の電磁波を効果的に吸収することができる。なお、特許文献1のものは当該実部が6以上であり、既述のように0.01mmレベルでシート厚を制御しなければならない。
【0059】
  このように、本実施形態に係る電磁波吸収体100は、シート厚の制御を特許文献1のものに比して、10倍程度容易にすることができる。なお、ここでいう電磁波の吸収条件は、反射損失が概ね-15[dB]以下であることを指すものとする。
【0060】
  (反射率)
  図2~
図7は、それぞれ、本実施形態の電磁波吸収シート(シート厚:1.9mm及び2.0mm)に対してミリ波の電磁波を照射した場合の反射損失のシミュレーション結果である。
 
【0061】
  図2~
図7の横軸には電磁波吸収シートに照射した電磁波の周波数[GHz]を示し、
図2~
図7の縦軸には反射損失(反射量)[dB]を示している。なお、ここでの反射損失の測定手法にはフリースペース法を採用し、電磁波吸収シートの0°の入射角で電磁波を照射することを前提として反射損失(S11)を測定した。
 
【0062】
  また、
図2~
図7における、実線及び粗破線のグラフはそれぞれシート厚が1.9mmのものに対して第1方向及び第2方向から0°の入射角で電磁波を照射した場合の反射損失を示し、一点鎖線及び細破線のグラフはそれぞれシート厚が2.0mmのものに対して第1方向及び第2方向から0°の入射角で電磁波を照射した場合の反射損失を示している。
 
【0063】
  図2には、実施例1に係る電磁波吸収シートの反射損失のシミュレーション結果を示している。この電磁波吸収シートは、シート厚が1.9mmのものについては、複素誘電率の実部が6.3、シート厚が2.0mmのものについては、複素誘電率の実部が6.3であった。
 
【0064】
  シート厚が1.9mmの電磁波吸収シートは、第1方向及び第2方向での照射の双方を考慮すると、約73.0GHz~約76.0GHzの周波数帯域において-15dBを超えており、また、シート厚が2.0mmの電磁波吸収シートは、第1方向及び第2方向での照射の双方を考慮すると、約70.5GHz~約71.5GHzの周波数帯域において-15dBを超えている。
【0065】
  図2によれば、シート厚が相対的に薄い(1.9mm)場合にはミリ波における相対的に高い帯域の電磁波を効果的に吸収し(実線・粗破線)、シート厚が相対的に厚い(2.0mm)場合にはミリ波における相対的に低い帯域の周波数の電磁波を効果的に吸収していることがわかる(一点鎖線・細破線)。このような傾向は、
図3~
図7においても見られる。
 
【0066】
  図3には、実施例2に係る電磁波吸収シートの反射損失のシミュレーション結果を示している。この電磁波吸収シートは、シート厚が1.9mmのものについては、複素誘電率の実部が6.4、シート厚が2.0mmのものについては、複素誘電率の実部が6.4、であった。
 
【0067】
  シート厚が1.9mmの電磁波吸収シートは、第1方向及び第2方向での照射の双方を考慮すると、約72.0GHz~約75.0GHzの周波数帯域において-15dBを超えており、また、シート厚が2.0mmの電磁波吸収シートは、第1方向及び第2方向での照射の双方を考慮すると、約69.0GHz~約71.0GHzの周波数帯域において-15dBを超えている。
【0068】
  図4には、実施例3に係る電磁波吸収シートの反射損失のシミュレーション結果を示している。この電磁波吸収シートは、シート厚が1.9mmのものについては、複素誘電率の実部が6.6、シート厚が2.0mmのものについては、複素誘電率の実部が6.6であった。
 
【0069】
  シート厚が1.9mmの電磁波吸収シートは、第1方向及び第2方向での照射の双方を考慮すると、約72.0GHz~約75.0GHzの周波数帯域において-15dBを超えており、また、シート厚が2.0mmの電磁波吸収シートは、第1方向及び第2方向での照射の双方を考慮すると、約69.0GHz~約71.0GHzの周波数帯域において-15dBを超えている。
【0070】
  図5には、実施例4に係る電磁波吸収シートの反射損失のシミュレーション結果を示している。この電磁波吸収シートは、シート厚が1.9mmのものについては、複素誘電率の実部が6.7、シート厚が2.0mmのものについては、複素誘電率の実部が6.7であった。
 
【0071】
  シート厚が1.9mmの電磁波吸収シートは、第1方向及び第2方向での照射の双方を考慮すると、約72.0GHz~約75.0GHzの周波数帯域において-15dBを超えており、また、シート厚が2.0mmの電磁波吸収シートは、第1方向及び第2方向での照射の双方を考慮すると、約69.0GHz~約71.0GHzの周波数帯域において-15dBを超えている。
【0072】
  図6には、実施例5に係る電磁波吸収シートの反射損失のシミュレーション結果を示している。この電磁波吸収シートは、シート厚が1.9mmのものについては、複素誘電率の実部が6.7、シート厚が2.0mmのものについては、複素誘電率の実部が6.7であった。
 
【0073】
  シート厚が1.9mmの電磁波吸収シートは、第1方向及び第2方向での照射の双方を考慮すると、約69.0GHz~約71.0GHzの周波数帯域において-15dBを超えており、また、シート厚が2.0mmの電磁波吸収シートは、第1方向及び第2方向での照射の双方を考慮すると、約68.0GHz~約71.0GHzの周波数帯域において-15dBを超えている。
【0074】
  図7には、実施例6に係る電磁波吸収シートの反射損失のシミュレーション結果を示している。この電磁波吸収シートは、シート厚が1.9mmのものについては、複素誘電率の実部が5.3、シート厚が2.0mmのものについては、複素誘電率の実部が5.3であった。
 
【0075】
  シート厚が1.9mmの電磁波吸収シートは、第1方向及び第2方向での照射の双方を考慮すると、約71.0GHz~約81.0GHzの周波数帯域において-15dBを超えており、また、シート厚が2.0mmの電磁波吸収シートは、第1方向及び第2方向での照射の双方を考慮すると、約79.0GHz~約83.0GHzの周波数帯域において-15dBを超えている。
【0076】
  実施例1~実施例6に係る電磁波吸収シートのうち、実施例6に係る電磁波吸収シートの反射損失が最も優れていたため、更に、実施例6の電磁波吸収体を最良の実施例と位置付けて、それを用いた電磁波吸収シートを測定対象として、照射する電磁波の周波数を38GHz、60GHz、94GHzに変更して更に計測した。
【0077】
  なお、個体差による影響がないことも併せて確認するため、実施例6の電磁波吸収体を用いた4枚の電磁波吸収シート(第1の電磁波吸収シート~第4の電磁波吸収シート)を任意に抜き出して計測を行った。
【0078】
  図8~
図11は、第1~第4の電磁波吸収シートを対象として38GHz、60GHz、75.5GHz、94GHzの周波数の電磁波を照射した場合の反射損失の測定結果を示す図である。
図8~
図11の横軸には電磁波吸収シートの厚さ[mm]を示し、
図8~
図11の縦軸には反射損失[dB]を示している。
 
【0079】
  図8には、第1の電磁波吸収シート(複素誘電率の実部が5.5)を対象として38GHzの周波数の電磁波を照射した場合の反射損失の測定結果を示している。なお、38GHzの周波数の電磁波は、例えば、山岳地や半島のように光ファイバケーブルの敷設が困難である地域での利用、移動通信システムの基地局等を高密度で設置する場合などに好適に用いられる。
 
【0080】
  図8によれば、シート厚を2.6±0.1[mm]とした場合に反射損失が-15[dB]以下となることがわかる。なお、シート厚が2.6[mm]の場合の反射損失は-16.32[dB]である。
 
【0081】
  図9には、第2の電磁波吸収シート(複素誘電率の実部が5.3)を対象として60GHzの周波数の電磁波を照射した場合の反射損失の測定結果を示している。なお、60GHzの周波数の電磁波は、ジェスチャーコントローラ、バイタルセンサなど、WiGig規格が採用されている機器で好適に用いられる。
 
【0082】
  図9によれば、シート厚を2.8±0.1[mm]とした場合に反射損失が-20[dB]以下となることがわかる。なお、シート厚が2.8[mm]の場合の反射損失は-16.31[dB]である。
 
【0083】
  図10には、第3の電磁波吸収シート(複素誘電率の実部が5.2)を対象として76.5GHzの周波数の電磁波を照射した場合の反射損失の測定結果を示している。なお、76.5GHzの周波数の電磁波は、自動車用レーダなどで好適に用いられる。
 
【0084】
  図10によれば、シート厚を2.2±0.1[mm]とした場合に反射損失が-25[dB]以下となることがわかる。また、シート厚が2.2[mm]の場合の反射損失は-27.45[dB]である。
 
【0085】
  図11には、第4の電磁波吸収シート(複素誘電率の実部が5.2)を対象として94GHzの周波数の電磁波を照射した場合の反射損失の測定結果を示している。なお、94GHzの周波数の電磁波は、欧米の空港のセキュリティゲート、受動ミリ波カメラなどで好適に用いられる。
 
【0086】
  図11によれば、シート厚を1.8±0.1[mm]とした場合に反射損失が-20[dB]以下となることがわかる。なお、シート厚が1.8[mm]の場合の反射損失は-21.03[dB]である。
 
【0087】
  以上、本実施形態の電磁波吸収シートは、数mm(2mm程度)という薄さで済むので、ミリ波帯レーダ、誘電体レンズなどの光学系と二次元検出器とを組み合わせたイメージングレーダなどを備える通信システムに採用することができる。なお、本明細書においては、高速無線LANの基地局も通信システムに含まれるものとする。
【0088】
  本実施形態の通信システムは、その筐体或いはその支持体の全部又は一部を、電磁波吸収体100を混錬して製造してもよいし、本実施形態の電磁波吸収シートを用いて製造することもできるし、筐体内の電子制御ユニット(ECU)などの電子機器自体又はその周辺に貼付又は配置することもできる。この場合には、JIS  K  6253に準拠して、デュロメータタイプAによる計測で硬度が80以上、好ましくは90以上とすればよい。
【図面の簡単な説明】
【0089】
            【
図1】本発明の実施形態の電磁波吸収シートに用いられる電磁波吸収体100のSEM写真である。
 
            【
図2】本発明の実施例1に係る電磁波吸収シートを対象として76.5GHzの周波数の電磁波を照射した場合の反射損失の測定結果を示す図である。
 
            【
図3】本発明の実施例2に係る電磁波吸収シートを対象として76.5GHzの周波数の電磁波を照射した場合の反射損失の測定結果を示す図である。
 
            【
図4】本発明の実施例3に係る電磁波吸収シートを対象として76.5GHzの周波数の電磁波を照射した場合の反射損失の測定結果を示す図である。
 
            【
図5】本発明の実施例4に係る電磁波吸収シートを対象として76.5GHzの周波数の電磁波を照射した場合の反射損失の測定結果を示す図である。
 
            【
図6】本発明の実施例5に係る電磁波吸収シートを対象として76.5GHzの周波数の電磁波を照射した場合の反射損失の測定結果を示す図である。
 
            【
図7】本発明の実施例6に係る電磁波吸収シートを対象として76.5GHzの周波数の電磁波を照射した場合の反射損失の測定結果を示す図である。
 
            【
図8】第1の電磁波吸収シートを対象として38GHzの周波数の電磁波を照射した場合の反射損失の測定結果を示す図である。
 
            【
図9】第2の電磁波吸収シートを対象として60GHzの周波数の電磁波を照射した場合の反射損失の測定結果を示す図である。
 
            【
図10】第3の電磁波吸収シートを対象として75.5GHzの周波数の電磁波を照射した場合の反射損失の測定結果を示す図である。
 
            【
図11】第4の電磁波吸収シートを対象として94GHzの周波数の電磁波を照射した場合の反射損失の測定結果を示す図である。
 
          
【符号の説明】
【0090】
  10  第1の電磁波吸収物質
  20  第2の電磁波吸収物質
  30  結合材
  100  電磁波吸収体