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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023156233
(43)【公開日】2023-10-24
(54)【発明の名称】ステンレス磁石
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/047 20060101AFI20231017BHJP
   H01F 41/02 20060101ALI20231017BHJP
   C22C 38/40 20060101ALI20231017BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20231017BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20231017BHJP
   C21D 8/00 20060101ALI20231017BHJP
   C22C 38/44 20060101ALN20231017BHJP
【FI】
H01F1/047
H01F41/02 G
C22C38/40
C22C38/00 303A
C21D6/00 B
C21D8/00 E
C22C38/00 302Z
C22C38/44
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023038191
(22)【出願日】2023-03-12
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-07-24
(31)【優先権主張番号】P 2022065463
(32)【優先日】2022-04-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】713000630
【氏名又は名称】マグネデザイン株式会社
(72)【発明者】
【氏名】本蔵 義信
(72)【発明者】
【氏名】本蔵 晋平
(72)【発明者】
【氏名】菊池 永喜
【テーマコード(参考)】
4K032
5E040
5E062
【Fターム(参考)】
4K032AA04
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA24
4K032AA31
4K032BA01
4K032BA02
4K032BA03
4K032CG01
4K032CG02
4K032CH04
5E040AA11
5E040NN01
5E040NN12
5E040NN13
5E040NN14
5E040NN18
5E062CD04
5E062CE05
5E062CF01
(57)【要約】      (修正有)
【課題】医療機器や部材に使用される、ステンレス鋼の化学組成、部材の冷間加工度、加工温度や加工方法の適切化、さらに磁石機能を備える部品の形状工夫及び着磁方法の工夫に関する未知の課題を解明し、構造機能、耐腐食性及び磁石機能を兼ね併せ持つステンレス磁石並びにその創造方法を提供する。
【解決手段】ステンレス磁石は、Cr-Ni系のオーステナイト系ステンレス鋼を冷間加工して50%以上のマルテンサイト量を生じせしめ、冷間加工時の繊維組織の方向と着磁方向を一致させることにより、飽和磁化8000から16000G、50Oe~300Oeの保磁力、異方性磁界50から2000Oe、残留磁気5000から8000Gを持つ。ステンレス製造方法は、繊維組織の方向に張力を負荷して熱処理を行うことを含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cr量は16~20%、Ni量は7~10%を含むCr-Ni系オーステナイト系ステンレス鋼において、
50%~95%の加工マルテンサイト組織と50~5%のオーステナイトナイト組織とからなり、
かつ、伸線冷間加工方向または圧延冷間加工方向の繊維組織を有し、繊維組織の方向に飽和磁化していることを特徴とするステンレス磁石。
【請求項2】
請求項1において、
前記ステンレス磁石は、室温において、8,000~16,000Gの飽和磁化と、50~300Oeの保磁力と、異方性磁界50~2,000Oe、残留磁気Br5,000~8,000G、0.2~4MGOeの最大エネルギー積からなる磁石性能を有することを特徴とするステンレス磁石。
【請求項3】
Cr量は16~20%、Ni量は7~10%を含むCr-Ni系オーステナイト系ステンレス鋼を固溶化熱処理し、
20~80%の加工率の伸線冷間加工または圧延冷間加工によって、加工方向に繊維組織を形成し、50~95%の加工マルテンサイト組織と50~5%のオーステナイトナイト組織とからなる組織とを形成し、
次いで、温度は450℃~570℃、時間は5分~40分、張力は内部応力を含めて0kg/mm超~90kg/mmの張力熱処理を施した後、繊維組織の方向に着磁して、飽和磁化して永久磁石を製造することを特徴とするステンレス磁石の製造方法
















【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造体材料としてのステンレス鋼において、構造機能に加えて磁石機能を有するステンレス磁石に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は代表的な構造材料として広く使用されている。特に医療分野においては生体親和性の観点から体内で使用される医療機器や部材の最も基本的な素材となっている。
近年、磁気治療やロボット治療などの高度医療技術が進展し、医療機器や部材に磁石を内蔵させて磁気性能の活用が研究されている。しかし、磁石の内蔵は器材のサイズが大きくなるという問題や、磁石をシールドするための複雑なシールド構造が必要となる問題や、さらにそのシールド構造が破損して磁石が腐食する危険などの問題があり、その対策が求められている。
【0003】
生体内で使用されているステンレス鋼は、耐食性に優れたCr-Ni組成のオーステナテトナイト系ステンレス鋼で非磁性である。しかし、オーステナテト組織は準安定で、冷間加工などを加えるとマルテンサイト変態を引き起こし、強磁性のマルテンサイト組織とオーステナテト組織の2相組織のステンレス鋼になること(非特許文献1)、および誘起されたマルテンサイト量は加工量と加工温度によって制御されること(非特許文献2)が知られている。
【0004】
冷間加工後の磁気特性についても、透磁率に及ぼすステンレス鋼の種類と冷間加工の影響について研究されている(非特許文献3)。しかし、この研究は、非磁性特性が強磁性特性に替わることを確認したものに過ぎない。冷間加工後のステンレス鋼を磁石とした文献としては、本発明者らによる特許文献1がある。この発明は、通常ステンレス鋼は冷間加工後熱処理を施して標準組織の状態で使用するが、加工後のマルテンサイト組織に着目して、それを着磁することによって磁石としたものである。通常の永久磁石に比べて保磁力は小さいので、パーミアンス係数Pを1から30として保磁力の小ささを補った磁石である。
【0005】
実用的なステンレス部品の形状としては、細長いワイヤ形状のものから薄い円板状のものまであり、長さhと直径dの比、つまりP=h/dは0.02から30以上と形状は多様である。しかし特許文献1に開示されている磁石は、パーミアンス係数が1から30と細長い形状に限定されており、適用部品が限られていた。また残留磁化が小さいことから優れた永久磁石とは必ずしも言えない。
【0006】
この問題を解決するためには、異方性磁界を大きくして、容易軸方向に着磁した磁石エネルギーの保存力を強めて残留磁化を大きくする必要がある。異方性磁界を強める新技術の発見とその製造方法の開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2021-63242
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】ステンレス鋼便覧4版(昭和50年)58~60頁
【非特許文献2】ステンレス鋼便覧4版(昭和50年)120~121頁
【非特許文献3】ステンレス鋼便覧4版(昭和50年)113頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1における発明の課題は、医療部材の構造部材として使用されているステンレス部材にその構造機能を損なうことなく磁石性能を付与する技術を開発することである。そのためには、ステンレス鋼の化学組成、部材の冷間加工度、加工温度や加工方法の適切化、さらに磁石性能を備える部品の形状工夫、および着磁方法の工夫に関する未知の課題を解明し、構造機能、耐腐食性および磁石機能を兼ね持つステンレス磁石を開発することであった。
【0010】
本発明の第1の課題は、特許文献1に記載されているステンレス磁石の異方性磁界を強くして、残留磁化を大きくすることである。本発明の第2の課題は、ステンレス磁石の部品形状と着磁方向を考慮して、その製造方法を考案し確立することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、特許文献1の発明をなす研究過程において、まずステンレス鋼線(品番SUS304、化学組成は18.5%Cr-8.5%Ni、直径は2mmφ)を冷間加工し、加工後のマルテンサイト量と磁石特性の関係を調査した。
マルテンサイト量は、冷間加工度(%)の平方根に比例して増加すること、および加工温度を下げるとマルテンサイト量が増加することを確認した(図1)。磁石特性は保磁力の大きさで評価できるので、保磁力に及ぼす冷間加工度、加工温度、マルテンサイト量の影響について調べた。その結果を図2に示す。保磁力はマルテンサイト量の増加とともに少し減少し、また加工温度が低いほど同じ量のマルテンサイト量であっても保磁力が減少する傾向を確認した。
【0012】
本発明者らは、異方性磁界と残留磁化を改善する方策に関する研究を鋭意行った結果、冷間加工方向に形成される繊維組織方向に張力を付与した張力熱処理を行い、その方向に着磁することによって異方性磁界と残留磁化が2倍以上と大幅に増加することを見出した。同時に繊維組織の方向は容易軸となり、容易に飽和磁化を得ることができ、しかも保磁力も改善することを見出した。
【0013】
張力熱処理の条件は、温度は450℃~570℃、時間は5分~40分、張力は2kg/mm~90kg/mmであった。張力は外部から負荷する張力が0であっても、冷間加工時に誘引される繊維組織方向の内部応力によってかなりの改善効果を得ることができることを確認した(図3~6)。すなわち、外部応力の張力が0kg/mmであっても冷間加工による加工方向に沿った内部応力の存在があり、両者の合計応力が2kg/mmから90kg/mmであることを確認した。これらの結果から、内部応力を含めて張力が負荷された状態で、つまり0kg/mmを超える張力が負荷された状態で熱処理を行うことによって異方性が改善されると考えられる。
なお、集合組織とは、強い加工などによって結晶粒の方位がそろってある特定方向をとる組織をいう。この場合組織は全体として、特定方向の結晶粒を束ねたようにもみなされるので、繊維組織ともいう。
【0014】
さらに、ステンレス鋼の保磁力は95~950Oeとフェライト磁石や希土類磁石の保磁力の4kOe~40kOeと比べてかなり小さいが、本発明者らは、残留磁化を大きくすることと磁石形状や磁気回路の工夫を組み合わせることで、この欠点をほぼ解消できることに思い至った。
【0015】
細長い部品は、主に長手方向に冷間で伸線加工して製造されるので、繊維組織は長手方向に形成される。そこで、冷間加工後、張力熱処理後、長手方向に着磁する。容易にパーミアンス係数P(P=h/dで定義する。)を1以上と大きくできるので、保磁力が小さくても減磁は回避できる。
残留磁化Brを大きくして、パーミアンス係数Pを95以上とすると、図7の●印に示すようにステンレス磁石の動作点が高くなり、磁化5,000G以上の磁化を確保できることを確認した。
【0016】
円板状部品については、通常、長手方向に冷間で伸線加工して製造されたワイヤから切断して切り出す方法と、長手方向に冷間で圧延加工して製造されたフープを打ち抜いて製造する方法とが行われている。
【0017】
着磁方向については、径方向に着磁する場合には、フープから打ち抜いて使用すると、繊維組織方向と着磁方向が一致する。また、パーミアンス係数Pも95以上取れるので減磁を回避できる。
厚み方向に着磁する場合には、ワイヤを切り出して使用すると、繊維組織方向と着磁方向が一致する。しかし、この場合にはパーミアンス係数Pが0.02~1となる場合が想定されるので、ステンレス磁石単独で使用するのは好ましくない。この場合には、Nd磁石(Nd-Fe-B系磁石をいう。)など保磁力の高い磁石との複合磁石として使用して、外部磁界で反磁界を打ち消して、その欠点を解消することが好ましい。
【0018】
着磁方法については、2kOe以上の着磁磁力で飽和させることができるので、非常に容易である。ヨーク付きの電磁石または永久磁石で簡単に着磁することができる。
【0019】
以上の知見をもとに、本発明者らは以下の発明をなした。
第1発明は、Cr量は16~20%、Ni量は7~10%を含むCr-Ni系オーステナイト系ステンレス鋼において、50~95%の加工マルテンサイト組織と50~5%のオーステナイトナイト組織とかなり、かつ、伸線冷間加工方向または圧延冷間加工方向の繊維組織を有し、繊維組織の方向に飽和磁化していることを特徴とするステンレス磁石である。
【0020】
また、そのステンレス磁石は室温において、8,000~16,000Gの飽和磁化と、50~950Oeの保磁力と、異方性磁界50~2,000Oe、残留磁化5,000~8,000G、0.2~4MGOeの最大エネルギー積を有する磁石性能を有することを特徴とするステンレス磁石である。
【0021】
第2発明は、上記のステンレス鋼を固溶化熱処理後、20~80%の加工率の伸線冷間加工または圧延冷間加工によって、加工方向に繊維組織を有し、50~95%の加工マルテンサイト組織と50~5%のオーステナイトナイト組織を有する組織を形成し、次いで温度は450℃~570℃、時間は5分~40分、張力は0kg/mm超~90kg/mmの張力熱処理を施した後、繊維組織の方向に着磁し、飽和磁化して永久磁石を製造することを特徴とするステンレス磁石の製造方法である。
【発明の効果】
【0022】
医療機器において、広く使用されているステンレス部品に磁石機能を付与することで、部材に磁石を内蔵した場合に比べて、部品を小型化すること、構造を簡単にすること、および磁石による腐食トラブルの回避など大きなメリットが期待される。また、将来のロボット治療などの磁気応用を容易にすることができる。
さらにNd磁石と組み合わせて複合磁石として利用することで、Nd磁石の錆び易いという欠点をステンレス磁石で補い、ステンレス磁石の保磁力が小さいという欠点をNd磁石で補うことによって、磁力を活用した医療機器の性能改善や磁界を使った磁気治療の進展に役立つ道が拓けることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】マルテンサイト量に及ぼす冷間加工度の影響と冷間加工温度の影響を示す図である。
図2】保磁力に及ぼすマルテンサイト量の影響を示す図である。
図3】残留磁化Brに及ぼす熱処理温度と張力の影響を示す図である。
図4】異方性磁界Hkに及ぼす熱処理温度と張力の影響を示す図である。
図5】異方性磁界Hkに及ぼす熱処理時間の影響を示す図である。
図6】異方性磁界Hkに及ぼす内部応力+外部張力の影響を示す図である。
図7】ステンレス磁石動作点に及ぼすパーミアンス係数の影響を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
発明の実施形態を挙げて本発明をより詳しく説明する。
ステンレス鋼部品の形状および大きさは、シャフト、平面板プレート、直方体あるは筒状ケースパイプ、コイル、ボルト、ナットなど多種多様である。本発明は、まず、ステンレス部品の構造機能および耐腐食機能を前提とする。よって、ステンレス磁石の性能、形状、着磁向きをそれに応じて工夫することが前提である。
したがって、必要なマルテンサイト量を確保するための方法は化学組成、加工量および加工温度を適切に組み合わせることで実現できる。着磁方向は加工によって生成される繊維組織の方向にあわせて行う。部材形状を考慮して、パーミアンス係数が100以上になるように行うことが好ましいが、100以上確保できない場合は、Nd磁石など保磁力の大きな磁石との複合磁石として使用して、ステンレス磁石の持つ反磁界を制御することが好ましい。
【0025】
第1の実施形態は、ステンレス鋼の化学組成は、Cr量は16~20%、Ni量は7~10%を主成分として、他にC、N、Si、Mn、Mo、Cuなどの合金元素を含むものである。冷間加工前はオーステナイト組織となるように合金元素量はバランスされている。冷間加工後に50%以上の適切なマルテンサイト量が生じるように、オーステナイト組織の安定度の物差しであるMd点を、-50℃~95℃となるように調整する。Md点とは、30%の冷間加工を施した時に50%のマルテンサイト量が生じせしめる温度で、式(1)で示される。
Md30(℃)=413-462(%C+%N)-9.2(%Si)-8.1(%Mn)-13.7(%Cr)-9.5(%Ni)-6(%Cu)-18.5(%Mo) ・・・(1)
【0026】
本発明は、マルテンサイト量を50~95%、好ましくは冷間加工によって割れを生じない範囲において、95~950Oeの保磁力を得るものである。Md点が低いほどオーステナイト組織は安定する。Md点が低いと、加工温度と冷間加工度を工夫しても十分なマルテンサイト量を確保することが困難となる。他方、Md点が高すぎるとオーステナイト組織が不安定になりすぎて、冷間加工後の靭性・延性が小さくなり、構造機能に問題が生じて好ましくない。マルテンサイト量を50~85%に制御することが好ましい。
【0027】
マルテンサイト量を50~95%確保するためには、上記組成を持つステンレス鋼を常温にて30%~80%の冷間加工を行なう。
また、低温で加工するとマルテンサイト変態は容易に生じるので、必要に応じて、-40℃などの低温で加工することができる。保磁力は50~400が得られるが、マルテンサイト量が増えるほど減少する。
なお、冷間加工には、伸線加工、圧延加工、鍛造加工などがあり、製品・部品の形状やサイズ、加工率などによって決まる。本発明では、好ましい冷間加工方法として伸線冷間加工および圧延冷間加工と例示しているが、これらの方法に限定されるものではない。
【0028】
異方性磁界は、繊維組織の方向に容易軸となり、その垂直方向が困難軸になる。異方性磁界は困難軸を飽和磁化する磁界の強さで、通常使用されている簡便法は、困難軸方向に着磁した場合の磁化曲線で、磁化勾配の線を延長して、飽和磁化との交点の磁界強さを異方性磁界としている。
【0029】
異方性磁界は、繊維組織の方向に張力を負荷した張力熱処理を施すことによって改善する。熱処理温度は450℃~570℃、時間は5分~40分、張力は2kg/mm超~90kg/mmとすることが好ましい。
熱処理温度は、450℃未満の場合には異方性磁界の改善効果は認めらない。500℃~55
0℃付近が大きく改善され、570℃を超えると改善効果は認められない。
熱処理の時間は、5分未満では改善効果は認められず、40分を超えて長くなると再結晶化による繊維組織の減少のため異方性磁界が低下し始める。また、Cuなどの析出元素を含有する析出硬化型オーステナイト系ステンレス鋼の場合は、再結晶化に加えて析出硬化を生じて繊維組織の減少による異方性磁界が低下する。
【0030】
張力については、張力熱処理の対象物はすでに繊維組織を生ぜしめる強度の冷間加工をされているために大きな内部応力が負荷されている。したがって、外部張力0kg/mmの場合であっても、内部応力を加味して2kg/mm超とすることが望ましい。理論的にはと張力熱処理は少しの張力であっても、それが負荷されていれば有効である。
ここで、繊維組織の方向は、伸線冷間加工の場合には伸線冷間加工方向であり、圧延冷間加工の
場合には圧延冷間加工方向の方向である。
【0031】
繊維組織に沿って着磁した時、残留磁気は5,000~8,000Gを有するステンレス磁石を得ることができる。しかし、用途、部品形状によって事情が異なるので、部品加工の際の形状設計、加工方法を工夫してパーミアンス係数を100以上確保することが好ましいが、確保できない場合は減磁を回避するためには、Nd磁石などと複合磁石を形成して使用することが好ましい。
着磁の仕方は、保磁力が300Oe以下と小さいので比較的容易である。鉄ヨーク付きの電磁石で簡単に着磁することができる。
【0032】
磁石特性としては、飽和磁化は8,000G~16,000Gで、保磁力は50~300Oeで、異方性磁界50~2000、残留磁気Br7000~8000G、0.2~4MGOeの最大エネルギー積を有する。
【0033】
磁石形状は、パーミアンス係数を1以上とすることが好ましい。丸棒形状の磁石の場合、直径0.2~4mmで長さは2~40mmとして、パーミアンス係数は10を確保した。さらに長さを長くして、パーミアンス係数は100程度にする方が好ましい。
【0034】
磁石形状が円板の場合、径方向に着磁する場合、長さ方向に圧延してその方向に繊維組織を有するフープから、円板を打ち抜きして、径方向の繊維組織を作り、その方向に着磁する。パーミアンス係数を10以上確保することが難しいので、この場合、Nd磁石などと複合磁石を形成して、反磁界を制御して使用することが好ましい。
【0035】
厚み方向で着磁する場合、伸線加工したワイヤから円板を切り出して、厚み方向の繊維組織に沿って着磁する。
いずれにしても、実際のステンレス部品は多様な形状を取るので、その形状と加工方向と着磁方向を考慮して、かつ反磁界による減磁対策を考慮して使用することが推奨される。
【0036】
第2の実施形態は、第1の実施形態と同じステンレス鋼を素材として、30~90%の冷間加工をして、繊維組織と50%以上のマルテンサイト組織を形成し、つぎに温度は450~570℃、時間は5分~40分、張力は2kg/mm超~90kg/mmを負荷した張力熱処理を施して、異方性を改善し、繊維組織に沿って着磁をしてステンレス磁石を製作する製造方法に関するものである。
【0037】
マルテンサイト量を80%以上確保するためには、上記化学組成のステンレス鋼の冷間加工度を30~90%、また加工温度は常温での加工を基本として、必要に応じて、-40℃などの低温で加工することにする。
【0038】
冷間加工後、温度は450~570℃、時間は5分~40分、張力は2kg/mm超~90kg/mmの張力熱処理を行い、異方性磁界Hkを200~950Oeと大きくする。
【0039】
繊維組織に沿って飽和着磁して永久磁石とする。磁石特性としては、保磁力は200~950Oeで、飽和磁化は8,000~16,000G、異方性磁界は200~950Oe、残留磁気は7000から8000Gが得られる。
【0040】
製品形状としては、繊維組織が長手方向の細長い丸棒、繊維組織は径方向の円板形状、および繊維組織が厚み方向の円板形状の三種類の例を述べたが、平面板、コイル、パイプ、直方体ケース、ボルト、ナットなど各種形状のステンレス磁石が可能である。
【実施例0041】
[実施例1]
本発明の実施例1は、化学組成としてCr量は18.0%、Ni量は8.0%で、ほかにC量は0.01%、N量は0.01%、Si量は0.30%、Mn量は0.50%、Mo量は0.02%、Cu量は0.02%であった。Md点は、式(1)で計算すると70℃である。常温で加工すると80%マルテンサイト量を得ることができる組成である。
【0042】
試験片は、直径2mmの丸棒を直径1mmに伸線加工した後、長さを10mmとした。室温25℃の伸線加工による冷間加工度は75%の結果、マルテンサイト量は85%を得た。
【0043】
着磁は、電磁磁石に試験片を挿入して、3,000Oeの磁界を棒状の軸方向に印可して行った。
【0044】
磁石特性としては、パーミアンス係数は10として、保磁力は150Oe、飽和磁化は1,3000G、異方性磁界600Oe、残留磁気8,000G、最大磁気エネルギー積は1MGOeのステンレス磁石を得ることができた。
【0045】
[実施例2]
本発明の実施例2は、実施例1と同じ素材を用いた。
【0046】
上記化学組成のステンレス鋼の直径2mmを直径1.2mmへと室温25℃の60%の伸線加工し、長さ12mmの丸棒を切り出した。伸線加工による冷間加工度は64%とし、その加工温度は常温での加工とした。マルテンサイト量80%以上と保磁力150Oeを得ることができた。
【0047】
その後、張力20kg/mmを負荷し、温度550℃、時間20分、張力熱処理を行って、異方性磁界を50から620Oeへと改善した。
【0048】
次に、長手方向に着磁してパーミアンス係数は10の永久磁石を得た。着磁は、電磁磁石に試験片を挿入して、3,000Oeの磁界を棒状の軸方向に印可して行った。
【0049】
磁石特性としては、保磁力は200Oe、飽和磁化は12,000G、異方性磁界950Oe、残留磁化8,000Gのステンレス磁石を得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明のステンレス磁石は、オーステナイト系ステンレス鋼の機械機能、耐腐食性などの本来的特性を損なうことなく、磁石機能を新たに有するものである。医療分野をはじめとして広く利用が期待されるものである。












図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【手続補正書】
【提出日】2023-04-29
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cr量は16~20%、Ni量は7~10%を含むCr-Ni系オーステナイト系ステンレス鋼を固溶化熱処理し、
20~80%の加工率の伸線冷間加工または圧延冷間加工によって、加工方向に繊維組織を形成し、50~95%の加工マルテンサイト組織と50~5%のオーステナイト組織とからなる組織を形成し、
繊維組織の方向に張力を負荷する張力熱処理は、温度は450℃~570℃、時間は5分~40分、張力は内部応力を含めて0kg/mm 超~90kg/mm の張力熱処理を施し、
次いで、繊維組織の方向に着磁して、飽和磁化して永久磁石を製造することを特徴とするステンレス磁石の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載するステンレス磁石の製造方法により製造されたステンレス磁石は、
Cr量は16~20%、Ni量は7~10%を含むCr-Ni系オーステナイト系ステンレス鋼において、
50%~95%の加工マルテンサイト組織と50~5%のオーステナイト組織とからなり、
かつ、伸線冷間加工方向または圧延冷間加工方向の繊維組織を有し、繊維組織の方向に異方性磁界50~2,000Oeを有して、繊維組織の方向に飽和磁化していることを有することを特徴とするステンレス磁石。
【請求項3】
請求項1に記載するステンレス磁石の製造方法により製造されたステンレス磁石は、
Cr量は16~20%、Ni量は7~10%を含むCr-Ni系オーステナイト系ステンレス鋼において、
50%~95%の加工マルテンサイト組織と50~5%のオーステナイト組織とからなり、
かつ、伸線冷間加工方向または圧延冷間加工方向の繊維組織を有し、繊維組織の方向に飽和磁化しており、
磁石性能は、室温において、8,000~16,000Gの飽和磁化と、50~300Oeの保磁力と、異方性磁界50~2,000Oe、残留磁気Br5,000~8,000G、0.2~4MGOeの最大エネルギー積を有することを特徴とするステンレス磁石。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0019
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0019】
以上の知見をもとに、本発明者らは以下の発明をなした。
第1発明は、Cr量は16~20%、Ni量は7~10%を含むCr-Ni系オーステナイト系ステンレス鋼を固溶化熱処理し、
20~80%の加工率の伸線冷間加工または圧延冷間加工によって、加工方向に繊維組織を形成し、50~95%の加工マルテンサイト組織と50~5%のオーステナイト組織とからなる組織を形成し、
繊維組織の方向に張力を負荷する張力熱処理は、温度は450℃~570℃、時間は5分~40分、張力は内部応力を含めて0kg/mm 超~90kg/mm の張力熱処理を施し、
次いで、繊維組織の方向に着磁して、飽和磁化して永久磁石を製造することを特徴とするステンレス磁石の製造方法である。
【手続補正3】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0020
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0020】
第2発明は、上記のステンレス磁石の製造方法により製造されたステンレス磁石の特徴である。
Cr量は16~20%、Ni量は7~10%を含むCr-Ni系オーステナイト系ステンレス鋼において、50~95%の加工マルテンサイト組織と50~5%のオーステナイト組織とかなり、かつ、伸線冷間加工方向または圧延冷間加工方向の繊維組織を有し、繊維組織の方向に異方性磁界50~2,000Oeを有して、繊維組織の方向に飽和磁化していることを特徴とするステンレス磁石である。
また、Cr量は16~20%、Ni量は7~10%を含むCr-Ni系オーステナイト系ステンレス鋼において、50%~95%の加工マルテンサイト組織と50~5%のオーステナイト組織とからなり、かつ、伸線冷間加工方向または圧延冷間加工方向の繊維組織を有し、繊維組織の方向に飽和磁化しており、磁石性能は、室温において、8,000~16,000Gの飽和磁化と、50~300Oeの保磁力と、異方性磁界50~2,000Oe、残留磁気Br5,000~8,000G、0.2~4MGOeの最大エネルギー積を有することを特徴とするステンレス磁石である。
【手続補正4】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0021
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0021】
また、そのステンレス磁石は室温において、8,000~16,000Gの飽和磁化と、50~950Oeの保磁力と、異方性磁界50~2,000Oe、残留磁化5,000~8,000G、0.2~4MGOeの最大エネルギー積を有する磁石性能を有することを特徴とするステンレス磁石である。
【手続補正5】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0027
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0027】
マルテンサイト量を50~95%確保するためには、上記組成を持つステンレス鋼を常温にて30%~80%の冷間加工を行なう。
また、低温で加工するとマルテンサイト変態は容易に生じるので、必要に応じて、-40℃などの低温で加工することができる。保磁力は50~400Oeが得られるが、マルテンサイト量が増えるほど減少する。
なお、冷間加工には、伸線加工、圧延加工、鍛造加工などがあり、製品・部品の形状やサイズ、加工率などによって決まる。本発明では、好ましい冷間加工方法として伸線冷間加工および圧延冷間加工と例示しているが、これらの方法に限定されるものではない。