(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023156343
(43)【公開日】2023-10-24
(54)【発明の名称】がん幹細胞の低減におけるWNT5Aペプチド
(51)【国際特許分類】
A61K 38/04 20060101AFI20231017BHJP
C07K 7/08 20060101ALI20231017BHJP
C07K 7/06 20060101ALI20231017BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20231017BHJP
A61K 38/10 20060101ALI20231017BHJP
A61K 38/08 20190101ALI20231017BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20231017BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20231017BHJP
A61K 31/513 20060101ALI20231017BHJP
A61K 31/282 20060101ALI20231017BHJP
A61K 31/337 20060101ALI20231017BHJP
A61K 31/704 20060101ALI20231017BHJP
A61K 31/519 20060101ALI20231017BHJP
C12N 15/19 20060101ALN20231017BHJP
【FI】
A61K38/04
C07K7/08
C07K7/06
A61P35/00
A61K38/10
A61K38/08
A61K45/00
A61P43/00 121
A61K31/513
A61K31/282
A61K31/337
A61K31/704
A61K31/519
C12N15/19
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2023120371
(22)【出願日】2023-07-25
(62)【分割の表示】P 2020543713の分割
【原出願日】2018-10-25
(31)【優先権主張番号】17198369.5
(32)【優先日】2017-10-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(71)【出願人】
【識別番号】520144543
【氏名又は名称】ウントレサーチ・エービー
(74)【代理人】
【識別番号】110003708
【氏名又は名称】弁理士法人鈴榮特許綜合事務所
(72)【発明者】
【氏名】アニタ・ショランデル
(57)【要約】 (修正有)
【課題】結腸がんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減又は排除に使用するための医薬組成物を提供する。
【解決手段】医薬組成物は、特定の配列で示されるアミノ酸配列を有するWNT5Aタンパク質に由来するペプチドを含有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するWNT5Aタンパク質に由来するペプチドであって、20以下のアミノ酸長を有し、アミノ酸配列XDGXEL(配列番号2、Xは任意のアミノ酸である)又はそのホルミル化誘導体を含み、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するためのペプチド。
【請求項2】
前記がんは、前立腺がん、乳がん、結腸がん、卵巣がん、甲状腺がん、肝臓がん、又は血液悪性腫瘍からなる一覧から選択される、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、請求項1に記載のペプチド。
【請求項3】
がん細胞におけるWNT5Aの発現が周囲の非がん細胞における発現の35%以下である、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、請求項1又は2に記載のペプチド。
【請求項4】
1位のXはM又はノルロイシンで、4位のXはC又はAである、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、請求項1~3のいずれか1項に記載のペプチド。
【請求項5】
前記ペプチドは、
MDGCEL(配列番号3)、
GMDGCEL(配列番号4)、
EGMDGCEL(配列番号5)、
SEGMDGCEL(配列番号6)、
TSEGMDGCEL(配列番号7)、
KTSEGMDGCEL(配列番号8)、
NKTSEGMDGCEL(配列番号9)、
CNKTSEGMDGCEL(配列番号10)、
LCNKTSEGMDGCEL(配列番号11)、
RLCNKTSEGMDGCEL(配列番号12)、
GRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号13)、
QGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号14)、
TQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号15)、
GTQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号16)、及び
LGTQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号17)、
又はそのホルミル化誘導体からなる群より選択される、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、請求項1~4のいずれか1項に記載のペプチド。
【請求項6】
前記ペプチドはMDGCEL(配列番号3)又はそのホルミル化誘導体である、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、請求項1~5のいずれか1項に記載のペプチド。
【請求項7】
予防、低減又は排除が以下の工程:
a)がんの診断直後及び/又は手術中及び/又は手術による腫瘍の除去後に、有効量の前記ペプチドを投与することを含み、任意に、工程a)は2週間以上にわたって週に少なくとも3回繰り返される、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、請求項1~7のいずれか1項に記載のペプチド。
【請求項8】
予防、低減、又は排除が以下の工程:
a)有効量の腫瘍抑制化学療法薬を投与し;
b)前記少なくとも1つの腫瘍抑制化学療法薬による処置の前に、同時に、及び/又は後に、有効量の前記ペプチドを投与することを含み、任意に、工程b)は2週間以上にわたって週に少なくとも3回繰り返される、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者における低減若しくは排除に使用するための、少なくとも1つの腫瘍抑制化学療法薬と併用するための、請求項1~7のいずれか1項に記載のペプチド。
【請求項9】
配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するWNT5Aタンパク質に由来するペプチドであって、20以下のアミノ酸長を有し、アミノ酸配列XDGXEL(配列番号2、Xは任意のアミノ酸である)又はそのホルミル化誘導体を含み、少なくとも1つの腫瘍抑制化学療法薬と組み合わせたペプチド。
【請求項10】
配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するWNT5Aタンパク質に由来するペプチドであって、20以下のアミノ酸長を有し、アミノ酸配列XDGXEL(配列番号2、Xは任意のアミノ酸である)又はそのホルミル化誘導体を含むペプチドと、少なくとも1つの腫瘍抑制化学療法薬の組合せであって、前記ペプチド及び前記腫瘍抑制化学療法薬は、混合されているか若しくは別々であるかのいずれかであり、及び/又は同時に若しくは逐次的に投与される、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための組合せ。
【請求項11】
前記少なくとも1つの腫瘍抑制化学療法薬は、5-フルオロウラシル(5-FU)、ロイコボリン及びオキサリプラチンの組合せ(FOLFOX)、アントラサイクリン又はタキサンである、請求項10に記載の組合せ。
【請求項12】
前記アントラサイクリンはエピルビシン若しくはドキソルビシンである、又は前記タキサンはドセタキセル若しくはパクリタキセルである、請求項10又は11に記載の組合せ。
【請求項13】
前記腫瘍抑制化学療法薬は5-フルオロウラシル(5-FU)、ロイコボリン及びオキサリプラチンの組合せ(FOLFOX)である、結腸がんと診断された患者の治療用の、請求項10に記載の組合せ。
【請求項14】
前記腫瘍抑制化学療法薬はアントラサイクリン又はタキサンである、乳がんと診断された患者の治療用の、請求項10に記載の組合せ。
【請求項15】
前記アントラサイクリンはエピルビシン若しくはドキソルビシンである、又は前記タキサンはドセタキセル若しくはパクリタキセルである、請求項10又は14に記載の組合せ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するためのWNT5A由来ペプチドに関する。
【背景技術】
【0002】
原発腫瘍が、がん患者の死因となることは稀である。多くの場合、死亡率は、原発腫瘍の外科的除去に続く、再発のない様々な生存期間後のがん再燃の結果である。乳がん、結腸がん又は前立腺がん患者の現在の治療には、手術、化学療法薬、内分泌治療及びいくつかの新しい生物学的な処置がある。後者の治療法は、主として増殖性のがん細胞を標的とし、したがって、がんの増殖を標的とする。これらの治療は、原発腫瘍自体及び手術後に残存する腫瘍細胞の大部分に対して効果的であるかもしれないが、患者の大半は、その後、再発する。
【0003】
このようながん再燃の本質的な理由は、「幹様」特性を有する腫瘍細胞のサブセットの存在である。非悪性幹細胞とは異なるこれらの腫瘍開始細胞は、低い増殖速度、高い自己複製能、複能性又は多能性、活発に増殖する腫瘍細胞に分化する能力を示し、化学療法又は放射線に対する耐性によって更に特徴付けられる。これらの幹様細胞は、がん幹細胞(CSC)とも呼ばれる。CSCの排除は、がん疾患を根絶し、したがって、この疾患の再燃を根絶する可能性があると考えられている。それゆえ、がん研究における基本的な問題は、再発性疾患の原因となっているCSCの同定、特に標的化である。腫瘍マーカーは、1つ以上の型のがんの存在によって上昇する可能性がある、血液、尿、又は身体の組織において見出されるバイオマーカーである。多くの異なる腫瘍マーカーが存在し、それぞれがある特定のがんを示し、それらはがんの存在を診断するため、及びその特異的な型のがんを特定するために使用される。したがって、高レベルの腫瘍マーカーは、がんを示す可能性がある。
【0004】
CSCを死滅させる問題を克服するために、自己複製及びCSCへの分化に関与する胚性シグナル伝達経路に影響を及ぼす治療剤、すなわち、小分子、siRNA、又は抗体の送達など、多くの様々な試みがなされてきた。しかしながら、CSCを排除する現在の試みには多くの欠点がある。第一に、マーカーは、ある型のがんと他の型のものとで異なり、全てのがんに使用され得る普遍的マーカーはない。第二に、生物学的に異質なCSCは、急性骨髄性白血病といくつかの固形腫瘍の両者で知られる、決まった腫瘍に存在する可能性がある。最後に、CSCは正常幹細胞と同じ発現プロファイルを示すので、薬物の標的をCSCにした場合に正常な幹細胞に影響を及ぼすリスクがある。
【0005】
このため、本発明の目的は、CSCの残存によるがん疾患の再燃を予防するか又は著しく遅延させる、非毒性かつ安全な治療剤を提供することである。
【発明の概要】
【0006】
本発明の第一の側面において、がんの再燃を予防又は遅延させるという目的は、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するWNT5Aタンパク質に由来するペプチドであって、20以下のアミノ酸長を有し、アミノ酸配列XDGXEL(配列番号2、Xは任意のアミノ酸である)又はそのホルミル化誘導体を含むペプチドにより達成され、このペプチドは、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防用、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞(CSC)の低減若しくは排除用である。本発明において、再発又は再燃は同じ意味である。再発性疾患はCSCによって引き起こされる可能性があると現在考えられているが、CSCの排除はがんを根絶し、したがって、がんの再燃を根絶する可能性があると考えられているので、がん幹細胞の低減又は根絶によるがんの再発の遅延又は予防がもくろまれている。
【0007】
ある態様では、本発明に係るペプチドは、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防用、又はがんと診断された患者におけるCSCの低減若しくは排除用であり、このがんは、前立腺がん、乳がん、結腸がん、卵巣がん、甲状腺がん、肝臓がん、又は血液悪性腫瘍からなる一覧から選択される。
【0008】
さらなる態様では、患者のがん細胞におけるタンパク質WNT5Aの発現は、周囲の非がん細胞における発現の35%以下である。がん細胞と非がん細胞の両者におけるWNT5の発現レベルは、WNT5に対する特異的一次抗体と、その検出及び定量のための二次抗体と組み合わせて使用する免疫組織化学(IHC)によって測定される。
【0009】
乳がん、結腸がん、及び前立腺がんの腫瘍におけるWNT5Aの低い発現は、疾患再発の数の増加及び患者の生存期間の短縮と相関している。しかし、WNT5Aシグナル伝達のこの効果は、がん細胞の増殖に対する効果によると考えられるはずはなく、β-カテニンシグナル伝達が上昇した腫瘍ではしばしば存在しないか又は限定される、(Dejmek et al., The Expression and Signaling Activity of Wnt-5a/DDR1 and Syk Play Distinct but Decisive Roles in Breast Cancer Patient Survival. Clinical Cancer Research. 11:520-528, 2005, Saefholm et al., The Wnt-5a-derived hexapeptide Foxy-5 inhibits breast cancer metastasis in vivo by targeting cell motility. Clinical Cancer Research 14(20):6556-6563, 2008, Mehdawi et al., Non-canonical WNT5A signaling up-regulates the expression of the tumour suppressor 15-PGDH and induces differentiation of colon cancer cells, Molecular Oncology 10:1415-1429, 2016, Canesi et al., Treatment with the Wnt5a-mimicking peptide Foxy5 effectively reduces the metastatic spread of Wnt5a-low prostate cancer cells in an orthotopic mouse model. PLoS ONE doi.org/10.1371/journal.pone.084418, 2017)。
【0010】
WNT5Aタンパク質及びFoxy-5と呼ばれる既知のWNT5Aヘキサペプチドは、結腸がん細胞で、PGE2生成酵素COX-2の発現を減少させ、PGE2及びリポキシン分解酵素15-PGDHを上方制御することが、インビトロの実験において示された(Mehdawi et al., 2016)。この研究において、この著者らはまた、組換えWNT5A及びFoxy-5ペプチドの両者がβ-カテニンシグナル伝達の低減を誘導することを示した。驚くべきことに、本発明者らは、そのようなインビトロの条件では、CSCの数の低減を見いだすことができなかった。
【0011】
当業者は、がん又は腫瘍を診断する方法、腫瘍成長を測定する方法、腫瘍組織を正常組織と識別又は区別する方法、及びWNT5Aを定量する方法を知っている。がんは、コンピュータ断層撮影(CT)イメージングによって診断することができる。WNT5Aタンパク質の低発現は、周囲の非がん細胞におけるWNT5A発現の35%、30%、20%、15%、10%、5%、2%若しくは1%、又はWNT5Aの非発現であってもよい。
【0012】
薬物は大規模に生産されなければならないので、全長のWNT5Aタンパク質は薬物候補としていくつかの欠点を有する。WNT5Aタンパク質は、大きなタンパク質であるため、正確な一次アミノ酸配列を作り出すためだけに複雑で時間のかかる合成及び翻訳後修飾を必要とし、加えて、WNT5Aは、体内でその分布を制限する可能性のあるヘパラン硫酸結合ドメインを有する。したがって、WNT5Aの効果を模したより小さいペプチドがより好ましい。アミノ酸配列XDGXELを含むWNT5Aペプチドも、WNT5A模倣効果を有する。配列XDGXEL(配列番号2)を含む様々な長さのペプチドは、合成によって、例えば液相又は固相ペプチド合成によって製造することができる。様々な長さのペプチドは、20個以下のアミノ酸、より好ましくは10個以下のアミノ酸を有する。最も好ましくは、このペプチドは、6個のアミノ酸からなるヘキサペプチドである。ある態様では、アミノ酸配列はXDGXELであり、1位のXはM又はノルロイシンで、4位のXはC又はAである。有利には、本発明に係るWNT5Aペプチドは、
MDGCEL(配列番号3)、
GMDGCEL(配列番号4)、
EGMDGCEL(配列番号5)、
SEGMDGCEL(配列番号6)、
TSEGMDGCEL(配列番号7)、
KTSEGMDGCEL(配列番号8)、
NKTSEGMDGCEL(配列番号9)、
CNKTSEGMDGCEL(配列番号10)、
LCNKTSEGMDGCEL(配列番号11)、
RLCNKTSEGMDGCEL(配列番号12)、
GRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号13)、
QGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号14)、
TQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号15)、
GTQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号16)、及び
LGTQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号17)、
又はそのホルミル化誘導体からなる群より選択される。
【0013】
好ましい態様では、WNT5AペプチドはMDGCEL(配列番号3)である。より好ましい態様では、1位のメチオニンは、ホルミル化メチオニン(N-ホルミルメチオニン)として誘導体化される。このホルミル化ヘキサペプチドをFoxy-5と表す。1つのアミノ酸の修飾/誘導体化(ホルミル化)は、ペプチドの効果を改善し、より効果的かつインビボにおいて分解しにくくする。
【0014】
別の態様では、CSCの増殖又はニッチが、活性β-カテニン、増加したCOX-2発現、及び減少した15-PGDH発現によって促進する。活性β-カテニンシグナル伝達並びに増加したCOX-2発現及び減少した15-PGDH発現は、活性β-カテニン、COX-2又は15-PGDHに対する特異的一次抗体と、それらの検出及び定量のための対応する二次抗体を組み合わせて使用するIHCによって最も簡単に測定される。
【0015】
さらなる態様では、標的がん細胞は、正常周囲組織と比較して35%、40%、50%、65%、70%、90%以上若しくは100%以上増加したβ-カテニンシグナル伝達若しくはCOX-2発現を有し、及び/又は正常周囲組織と比較して35%、40%、50%、65%、70%、90%以上若しくは100%まで低減した15-PGDH低減発現を有する。正常周囲組織は、がん細胞と同じタイプの正常細胞であってそれを直接囲む組織と理解される。
【0016】
更に別の態様では、本発明に係るペプチドは、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防用、又はがんと診断された患者におけるCSCの低減若しくは排除用であり、その予防、低減又は排除は、以下の工程:がんの診断直後及び/又は手術中及び/又は手術による腫瘍の除去後に、有効量のペプチドを投与する工程を含み、任意に、上記工程は、2週間以上にわたって週に少なくとも3回繰り返されることが企図される。上記ペプチドによるがん幹細胞の治療期間は、4、6、8、12週間、又は最長で1、2若しくは3か月、又はそれ以上であってもよい。Foxy-5は化学療法の細胞毒性を損なわないので、上記ペプチドは腫瘍抑制化学療法薬による治療期間中に投与することもできる。一般に、腫瘍抑制化学療法薬は非常に毒性で、腫瘍細胞の他に正常な細胞も滅ぼす。腫瘍抑制化学療法薬の有害作用は良い作用より勝るので、その毒性に起因して、全てのがん細胞若しくはCSCを破壊若しくは排除するのに十分に長く、又は十分に多い投与量で投与されないことがある。
【0017】
腫瘍抑制薬による治療後に上記ペプチドを投与する利点は、ペプチドが正常な細胞に対して非毒性である一方で、腫瘍抑制化学療法に耐性を有し、当該治療後に残っているCSCを排除又は低減することである。
【0018】
本発明に係るペプチド及び腫瘍抑制化学療法薬の投与は同時であってもよいか、又は、ペプチドは、原発腫瘍の外科的除去の前、間及び後、化学療法が開始されるまで、若しくは腫瘍抑制化学療法治療の終了後に、投与されてもよい。
【0019】
したがって、そのような併用治療は、副作用を増加させることなく、改善されたがん治療をもたらすことができる。
【0020】
組み合わせて投与することは、治療が行われる期間が短縮される可能性があるので、患者のコンプライアンスに有益であるかもしれない。
【0021】
ペプチドを連続的、すなわち、腫瘍抑制化学療法薬の前又は後に投与することは、ペプチドが高価であるため、コストの観点からより効率的であるかもしれない。
【0022】
ある態様では、本発明は、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するWNT5Aタンパク質に由来するペプチドであって、20以下のアミノ酸長を有し、アミノ酸配列XDGXEL(配列番号2、Xは任意のアミノ酸である)又はそのホルミル化誘導体を含み、がんと診断された患者におけるCSCの低減又は排除用のペプチドを提供する。
【0023】
さらなる態様では、本発明は、以下の番号付けされた対象を提供する。
1.配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するWNT5Aタンパク質に由来するペプチドであって、20以下のアミノ酸長を有し、アミノ酸配列XDGXEL(配列番号2、Xは任意のアミノ酸である)又はそのホルミル化誘導体を含み、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するためのペプチド。
2.上記がんは、前立腺がん、乳がん、結腸がん、卵巣がん、甲状腺がん、肝臓がん、又は血液悪性腫瘍からなる一覧から選択される、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、対象1に記載のペプチド。
3.がん細胞におけるWNT5Aの発現が、周囲の非がん細胞における発現の35%以下である、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、対象1又は2に記載のペプチド。
4.1位のXはM又はノルロイシンで、4位のXはC又はAである、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、対象1~3のいずれか1つに記載のペプチド。
5.上記ペプチドは、
MDGCEL(配列番号3)、
GMDGCEL(配列番号4)、
EGMDGCEL(配列番号5)、
SEGMDGCEL(配列番号6)、
TSEGMDGCEL(配列番号7)、
KTSEGMDGCEL(配列番号8)、
NKTSEGMDGCEL(配列番号9)、
CNKTSEGMDGCEL(配列番号10)、
LCNKTSEGMDGCEL(配列番号11)、
RLCNKTSEGMDGCEL(配列番号12)、
GRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号13)、
QGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号14)、
TQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号15)、
GTQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号16)、及び
LGTQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号17)、
又はそのホルミル化誘導体からなる群より選択される、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、対象1~4のいずれか1つに記載のペプチド。
6.上記ペプチドはMDGCEL(配列番号3)又はそのホルミル化誘導体である、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、対象1~7のいずれか1つに記載のペプチド。
9.上記がん細胞はβ-カテニンの上昇を示す、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、対象1~8のいずれか1つに記載のペプチド。
10.上記β-カテニンシグナル伝達が、周囲の非がん細胞におけるβ-カテニンシグナル伝達の35%以上上昇する、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、対象1~9のいずれか1つに記載のペプチド。
11.配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するWNT5Aタンパク質に由来するペプチドであって、アミノ酸配列XDGXEL(配列番号2、Xは任意のアミノ酸である)又はそのホルミル化誘導体を含むペプチドと、腫瘍抑制薬との組合せであって、上記ペプチド及び上記腫瘍抑制薬は、混合されているか若しくは別々であるかのいずれかであり、及び/又は同時に若しくは逐次的に投与される、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための組合せ。
12.上記腫瘍抑制薬は、5-フルオロウラシル(5-FU)、ロイコボリン及びオキサリプラチンの組合せ(FOLFOX)、アントラサイクリン、例えば、エピルビシン若しくはドキソルビシン、又は、タキサン、例えば、ドセタキセル若しくはパクリタキセルの組合せである、対象11に記載の組合せ。
13.上記腫瘍抑制薬は、5-FU、ロイコボリン及びオキサリプラチンの組合せ(FOLFOX)である、結腸がんと診断された患者の治療用の、対象11に記載の組合せ。
14.上記腫瘍抑制薬物治療は、アントラサイクリン、例えば、エピルビシン若しくはドキソルビシン、又はタキサン、例えば、ドセタキセル若しくはパクリタキセルの組合せである、乳がんと診断された患者における治療用の、対象11に記載の組合せ。
【0024】
以下に説明する図は、詳細な説明を支持するものである。図を参照して本発明を説明する:
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】
図1は、実施例1~3に記載の動物実験の概略図である。
【
図2】
図2は、免疫組織化学(IHC)によって可視化された、結腸がん組織におけるALDHタンパク質発現に対するFoxy-5処置のインビボ効果を示す。食塩水又はFoxy-5で処置した動物の代表的な写真を示す。各スライドで、4つのボックスを染色組織の上に置き、それぞれについて、ALDH染色を、染色強度を乗じた染色細胞のパーセンテージとしてスコア化した。染色細胞のパーセンテージは、以下のスコアを使用した;陽性染色細胞<5% 0、陽性細胞5~25% 1、陽性細胞26~50% 2、陽性細胞51~75% 3、陽性細胞>75% 4。 染色強度は、染色された領域を、弱い染色 1、中程度の染色 2、及び強い染色 3とスコア付けした。各ボックスで、陽性染色細胞のパーセンテージのスコアを染色強度のスコアと掛け算することにより、最終スコアを得た。最後に、各腫瘍で4つのボックスから平均値を得た。以下、本明細書で提示される全てのIHC分析に同じスコアリングプロトコルを使用した。
【
図2B】
図2Bは、
図2と同様の反復及び拡張分析に基づき、免疫組織化学(IHC)によって可視化された、結腸がん異種移植組織におけるALDHタンパク質発現に対するFoxy-5処置のインビボ効果を示す。ビヒクル(食塩水)処置及びFoxy-5処置動物の代表的な画像を示す。各スライドで、6つのボックスを染色組織の上にランダムに置き、それぞれについて、ALDH染色を、染色強度を乗じた染色細胞のパーセンテージとしてスコア化した。染色細胞のパーセンテージは、以下のスコアを使用した;陽性染色細胞<5% 0、陽性細胞5~25% 1、陽性細胞26~50% 2、陽性細胞51~75% 3、陽性細胞>75% 4。 染色強度は、染色された領域を、弱い染色 1、中程度の染色 2、及び強い染色 3とスコア付けした。各ボックスで、陽性染色細胞のパーセンテージのスコアを染色強度のスコアと掛け算することにより、最終スコアを得た。最後に、各腫瘍試料で6つのボックスから平均値を得た。以下、本明細書で提示される全てのIHC分析に同じスコアリングプロトコルを使用した。
【
図3】
図3は、IHCによって可視化された、結腸がん組織におけるDck1(DCAMKL1ともいう)タンパク質発現に対するFoxy-5処置のインビボ効果を示す。食塩水又はFoxy-5で処置した動物の代表的な写真を示す。各スライドで、4つのボックスを染色組織の上に置き、それぞれについて、Dck1(DCAMKL1)染色を、
図2について詳細に記載したように、染色強度を乗じた染色細胞のパーセンテージとしてスコア化した。
【
図3B】
図3Bは、
図3と同様の反復及び拡張分析に基づき、IHCによって可視化された、結腸がん異種移植組織におけるDck1(DCAMKL1ともいう)タンパク質発現に対するFoxy-5処置のインビボ効果を示す。ビヒクル処置及びFoxy-5処置動物の代表的な画像を示す。各スライドで、6つのボックスを染色組織の上に置き、それぞれについて、
図2について詳細に記載したように、Dck1染色を染色強度についてスコア化した。
【
図4】
図4は、結腸がん異種移植組織におけるALDH及びDck1(DCAMKL1)mRNA発現に対するFoxy-5処置のインビボ効果を、ビヒクル処置対照マウス由来の腫瘍と比較して示す。
【
図5】
図5は、IHCによって可視化された、結腸がん組織におけるCox-2及び15-PGDHタンパク質発現に対するFoxy-5処置のインビボ効果を示す。IHC染色は、
図1のIHC染色について詳細に記載したとおりに厳密にスコア化した。
【
図5B】
図5Bは、
図5と同様の反復及び拡張分析に基づき、IHCによって可視化された、結腸がん異種移植組織におけるCox-2タンパク質発現に対するFoxy-5処置のインビボ効果を示す。ビヒクル処置及びFoxy-5処置動物の代表的な画像を示す。各スライドで、6つのボックスを染色組織の上に置き、それぞれについて、Cox-2染色を、
図2について詳細に記載したように、染色強度を乗じた染色細胞のパーセンテージとしてスコア化した。
【
図5C】
図5Cは、
図5と同様の反復及び拡張分析に基づき、IHCによって可視化された、結腸がん異種移植組織における15-PGDHタンパク質発現に対するFoxy-5処置のインビボ効果を示す。ビヒクル処置及びFoxy-5処置動物の代表的な画像を示す。各スライドで、6つのボックスを染色組織の上に置き、それぞれについて、15-PGDH染色を、
図2について詳細に記載したように、染色強度を乗じた染色細胞のパーセンテージとしてスコア化した。
【
図6】
図6は、IHCによって可視化された、HT-29結腸がん組織における活性β-カテニン核発現に対するFoxy-5処置のインビボ効果を示す。IHC染色は、
図1のIHC染色について詳細に記載したとおりに厳密にスコア化した。右下の区画に、食塩水処置した動物とFoxy-5処置した動物の腫瘍のサイズを示す。
図6は、HT-29結腸がん異種移植組織における腫瘍体積に対するFoxy-5処置のインビボ効果を更に示す。結腸がんがβ-カテニンシグナル伝達を高めるという学識により、
図6に示される効果は、腫瘍体積の変化に対するその関係を決定することで正しいと確認することができる。図は、対照(ビヒクル処置)マウスからのものと比較した、HT29由来腫瘍の腫瘍体積に対するFoxy-5処置の効果を示す。
【
図7】
図7は、IHCによって可視化された、Caco-2結腸がん組織における活性β-カテニン核発現に対するFoxy-5処置のインビボ効果を示す。IHC染色は、
図2のIHC染色について詳細に記載したとおりに厳密にスコア化した。右下の区画には、食塩水又はFoxy-5で処置した動物の腫瘍サイズを示す。
図7は、Caco-2結腸がん異種移植組織における腫瘍体積に対するFoxy-5処置のインビボ効果を更に示す。結腸がんがβ-カテニンシグナル伝達を高めるという学識により、
図7に示される効果は、腫瘍体積の変化に対するその関係を決定することで正しいと確認することができる。図は、対照(ビヒクル処置)マウスからのものと比較した、Caco-2由来腫瘍の腫瘍体積に対するFoxy-5処置の効果を示す。
【
図8】
図8は、
図6及び7と同様の反復及び拡張分析に基づき、IHCによって可視化された、HT-29及びCaco-2結腸がん異種移植組織における活性β-カテニン核発現に対するFoxy-5処置のインビボ効果を示す。ビヒクル処置及びFoxy-5処置動物の代表的な画像を示す。各スライドで、6つのボックスを染色組織の上に置き、それぞれについて、活性β-カテニン核染色を、
図2について詳細に記載したように、染色強度を乗じた染色細胞のパーセンテージとしてスコア化した。
【
図9】
図9は、IHCによって可視化された、HT-29及びCaco-2結腸がん異種移植組織におけるAscl2タンパク質発現に対するFoxy-5処置のインビボ効果を示す。Ascl2タンパク質は、CSCニッチを促進することが示されているβ-カテニンシグナル伝達によって活性化される転写因子である。ビヒクル処置及びFoxy-5処置動物の代表的な画像を示す。各スライドで、6つのボックスを染色組織の上に置き、それぞれについて、Ascl2染色を、
図2について詳細に記載したように、染色強度を乗じた染色細胞のパーセンテージとしてスコア化した。
【
図10】
図10は、FOLFOX誘導細胞毒性に対してFoxy-5の影響がないことを示す。結腸がんHT29細胞を、FOLFOX単独(緑色三角)、5-FU単独(オレンジ色三角)、オキサリプラチン単独(黒色四角)、Foxy-5単独(赤色四角)又はFOLFOX+Foxy-5(青色丸)のいずれかで処置した。これらの異なる処置の細胞毒性効果を、CellTiter-Blue(商標)蛍光細胞生存率アッセイによって評価した。HT29における全てのこれらの異なる処置の用量反応曲線を図に示す。データを標準化し、平均±SEMとして示す。
【発明の詳細な説明】
【0026】
Wnt(Wingless-related integration site)タンパク質ファミリーは、体軸のパターン形成のような胚発生、細胞増殖及び遊走において役割を果たす、高度に保存されたタンパク質を含む。Wntシグナル伝達経路は古典的又は非古典的のいずれかであり、それらは主に、古典的シグナル伝達を介した遺伝子転写と亢進した増殖の増加、又は、細胞における異なる非古典的シグナル伝達経路の活性化を介したいくつかの非増殖性機能の調節を誘発する。Wntタンパク質は、成体骨髄、皮膚及び腸での組織再生に更に関与する。Wntシグナル伝達経路における遺伝子変異は、乳がん、前立腺がん、神経膠芽腫、II型糖尿病及び他の疾患を引き起こす可能性がある。
【0027】
古典的Wnt経路はβ-カテニンを活性化し、正常な幹細胞の自己再生の調節に不可欠で、かつ、古典的Wntシグナル伝達の破壊は腫瘍形成に関与している。対照的に、非古典的Wntシグナル伝達は、β-カテニンシグナル伝達の増加がないことを特徴とし、胚のパターン形成、原腸形成及び器官形成における役割が研究されてきた。更に、非古典的Wntは、古典的シグナル伝達に拮抗することが提案されている。WNT5Aは、非古典的Wntリガンドの一例である。WNT5Aは、急性骨髄性白血病(AML)、結腸がん、乳がん、前立腺がん、及び卵巣がんにおいて腫瘍抑制性である。WNT5Aホモ接合のモデルマウスにおけるWNT5Aの過剰発現が、乳がんCSCの数の低減と相関することが、Borcherding et al., Paracrine WNT5A signalling inhibits expansion of tumour-initiating cells, Cancer Research 75:1972-1982, 2015による研究で示され、WNT5Aのヘテロ接合喪失が、乳がん患者の生存の短縮と相関することが示唆された。興味深いことに、原発性悪性黒色腫におけるWNT5Aの高発現が生存期間の短縮と相関するという事実によって例示されるように、WNT5Aは、悪性黒色腫、胃がん、及びいくつかの他の型のがんにおいて反対の効果を有する。
【0028】
WNT5Aは、体内の多くの正常細胞で発現するタンパク質である。WNT5Aは細胞から分泌され、主にFrizzled受容体を含む受容体複合体に結合し、それを活性化することによって、同じ又は隣接する細胞に対してその作用を発揮する。WNT5Aタンパク質は、Frizzled5と呼ばれる受容体を活性化することが知られている。Frizzled5受容体の活性化で、細胞内の一連のシグナル伝達事象が活性化され、最初の事象の1つは、細胞内のカルシウムの一時的な増加、いわゆるカルシウムシグナルである。カルシウムシグナルは、次に、接着及び遊走のような細胞の機能の変化につながる一連のシグナル伝達事象を誘発する。したがって、このようなFrizzled受容体の活性化は、細胞内のシグナル伝達事象につながり、細胞の隣接細胞への付着をもたらし、周囲の結合組織への接着により腫瘍細胞がリンパ節及び血管のような近接した構造に移動する能力の低下をもたらす。例えば、正常な乳房上皮細胞では、WNT5Aが高度に発現し、細胞間及び周囲の基底膜への強固な付着を確保し、それにより細胞の遊走を制限する。
【0029】
WNT5Aの内因性発現を欠くがん組織でWNT5Aシグナル伝達を再現するために、WNT5A分子のアミノ酸配列に由来する、低分子、すなわち20個以下のアミノ酸を有するペプチドが開発され、次いで更に修飾された。このようなペプチドの例としてFoxy-5があり、これは、WNT5Aと同じシグナル伝達事象及び機能的応答を誘発するという点で、真のWNT5Aアゴニストであり、WNT5Aと比較してはるかに単純な分子で、全身投与することができ、更に腫瘍組織に到達することができる。したがって、本明細書におけるシグナル伝達特性という用語は、WNT5A又はFoxy-5ペプチドの、主にFrizzled受容体タンパク質(Fz)への結合と、最終的に、CSCの低減又は排除につながる細胞内シグナル伝達カスケードのことを意味する。
【0030】
本明細書における周囲の非がん細胞という用語は、腫瘍組織を包囲する又は取り囲む、腫瘍細胞と同じ型の形態学的に正常な細胞を意味する。
【実施例0031】
実施例1
2つの異なるヒト結腸がんの細胞であるHT29及びCaco-2由来の腫瘍を、免疫組織化学(IHC)及びmRNAによって試験した(
図1参照)。
0日目:HT29又はCaco-2結腸がんの細胞をヌードマウスの皮下に注射。
7日目:このマウスで腫瘍が定着した後、ビヒクル(食塩水)単独(群1)又はFoxy-5(2μg/g;群2)の腹腔内(I.P)注射を行った。
9-23日目:腫瘍成長及び動物体重の測定 + ビヒクル単独(群1)又はFoxy-5(2μg/g;群2)のいずれかの2日ごとのI.P.注射(8回)。
24日目:2つの型の腫瘍(Caco-2及びHT29由来)(2つに分割し、一方は固定、他方は-80℃で凍結)を、COX-2、15PGDH、β-カテニン、Ascl2、ALDH及びDckl1のタンパク質発現について、並びにALDH及びDckl1のmRNA含量についてIHCによって分析した(ALDHは一般的な幹細胞マーカーで、Dck1は結腸CSCの特異的マーカーである)。
【0032】
Foxy-5は、Caco-2とHT29に由来する結腸がんの両者で、2つの幹細胞バイオマーカーの発現を有意に低減することが示された(
図2~4参照)。
【0033】
実施例2
図2~4に示された知見を更に検証するために、本実験でCSCの数の減少に関与している可能性のある機構を分析した。結腸がんにおいて、シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)はしばしば上方制御される。COX-2の活性は、プロスタグランジンE2(PGE2)の生成及び放出につながる。PGE2はがんの進行を促進し、結腸CSCの拡大に有利であることが示されている(Wang et al., Prostaglandin E2 promotes colorectal cancer stem cell expansion and metastasis in mice. Gastroenterology 149:1884-1895, 2015)。古典的WNTシグナル伝達経路の乱れが、結腸直腸腫瘍の開始を説明すると確信されているが、結腸直腸腫瘍の大部分において生じるシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の発現の増加は、結腸直腸がんの進行に重要な役割を果たすと考えられる。COX-2発現の増加は、その主要な代謝産物であるプロスタグランジンE2(PGE2)の量の増加につながる。本研究における動物のFoxy-5による処置は、PGE2生成酵素COX-2の発現の減少だけでなく(
図5及び5B参照)、PGE2分解酵素15-PGDHの増加ももたらした(
図5及び5C参照)。これらのデータは、Foxy-5ペプチドによる処置が独特の二重作用によってPGE2の腫瘍内濃度の低減を引き起こし得ることを実証し、このことは、観察されたCSCの低減を説明する(
図2~4及び2B~3B)。
【0034】
実施例3
HT-29又はCaco-2結腸がんの組織におけるβ-カテニンシグナル伝達に対するFoxy-5処置のインビボ効果は、観察されたCSC数の低減についてのもう一つの考えられる説明となるかもしれない。Foxy-5処置の結果、Caco-2由来結腸がんの腫瘍とHT29由来結腸がんの腫瘍の両者で、活性β-カテニンの核での発現量の減少が観察された(
図7及び8参照)。Foxy-5によって低減されたβ-カテニンシグナル伝達は、腫瘍体積の低減により確認された(
図6及び7)。β-カテニン下流標的であって、がん幹細胞ニッチを促進する転写因子であるAscl2のFoxy-5により誘導された低減は、CSCの数を低減するFoxy-5の能力が、β-カテニン/Ascl2シグナル伝達の低減にも依存することを示すことも観察されたという事実(
図6~9参照)は、本研究に極めて重要である。したがって、Foxy-5ペプチドは、CSCを活性化する2つの別々のシグナル伝達経路の低減につながる3つの異なる要素(COX-2、15-PGDH及びβ-カテニン)を標的とすることによってCSCの数を低減させる独自の特性を示す。
【0035】
実施例4
この研究の目的は、FOLFOXの細胞毒性効果に対するFoxy-5ペプチドのインビトロでの影響を評価することにより、Foxy-5及びFOLFOXによる同時処置の可能性を試験することであった。FOLFOXは、2つの化学療法剤5-FU及びオキサリプラチンとフォリン酸との組合せであり、後者は、化学療法剤ではなくロイコボリンとも呼ばれるが、ヒトHT29結腸がんの細胞に対する5-FUの効果を増強するために使用される。FOLFOXは、結腸がん患者の処置において最も一般的に使用される化学療法である。
【0036】
最初の実験は、Foxy-5ペプチド、オキサリプラチン、及び5-FUの単剤としての細胞毒性効果を評価することであった(
図10)。結果は、フォリン酸として、細胞生存率に対するFoxy-5ペプチドの細胞毒性効果はなく、その結果、IC
50値を測定できないことを確認した。一方、オキサリプラチン及び5-FUのIC
50値は、用量反応曲線からそれぞれ3.4及び6.8μMと計算された。
【0037】
この組合せの結果は、Foxy-5ペプチドが、細胞生存率に対するFOLFOXの阻害効果を高めることも低めることもないことを示す。FOLFOX処置単独のIC
50値は1.5μMであり、Foxy-5ペプチドとFOLFOXとの併用処置は、
図10におけるそれらの重複した用量反応曲線からも明らかなように、同じIC
50値を示した。
【0038】
結論として、Foxy-5の添加は、ヒトHT29結腸がんの細胞の生存率に対するFOLFOX処理の効果を変化させず、したがって相互作用を予測することはできない。よって、Foxy-5がFOLFOX治療の細胞増殖抑制効果を小さくするという示唆はない。
結腸がんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減又は排除に使用するための医薬組成物であって、前記医薬組成物は配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するWNT5Aタンパク質に由来するペプチドを含有し、
前記ペプチドは、
MDGCEL(配列番号3)、
GMDGCEL(配列番号4)、
EGMDGCEL(配列番号5)、
SEGMDGCEL(配列番号6)、
TSEGMDGCEL(配列番号7)、
KTSEGMDGCEL(配列番号8)、
NKTSEGMDGCEL(配列番号9)、
CNKTSEGMDGCEL(配列番号10)、
LCNKTSEGMDGCEL(配列番号11)、
RLCNKTSEGMDGCEL(配列番号12)、
GRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号13)、
QGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号14)、
TQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号15)、
GTQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号16)、及び
LGTQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号17)、
からなる群より選択される、医薬組成物。
前記ペプチド及び前記腫瘍抑制化学療法薬は、混合されているか若しくは別々であるかのいずれかであり、及び/又は同時に若しくは逐次的に投与される、少なくとも1つの腫瘍抑制化学療法薬と組み合わせた、請求項5に記載の医薬組成物。
結腸がんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減又は排除に使用するための医薬組成物の組合せ剤であって、前記組合せ剤は、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するWNT5Aタンパク質に由来するペプチド、及び、少なくとも1つの腫瘍抑制化学療法薬を含有し、
当該ペプチドは、
MDGCEL(配列番号3)、
GMDGCEL(配列番号4)、
EGMDGCEL(配列番号5)、
SEGMDGCEL(配列番号6)、
TSEGMDGCEL(配列番号7)、
KTSEGMDGCEL(配列番号8)、
NKTSEGMDGCEL(配列番号9)、
CNKTSEGMDGCEL(配列番号10)、
LCNKTSEGMDGCEL(配列番号11)、
RLCNKTSEGMDGCEL(配列番号12)、
GRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号13)、
QGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号14)、
TQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号15)、
GTQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号16)、及び
LGTQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号17)、
からなる群より選択され、
前記低減又は排除は以下の工程:
a)有効量の腫瘍抑制化学療法薬を投与し;
b)前記少なくとも1つの腫瘍抑制化学療法薬による処置の前に、同時に、及び/又は後に、有効量の前記ペプチドを投与することを含み、
任意に、工程b)は2週間以上にわたって週に少なくとも3回繰り返され、
前記少なくとも1つの腫瘍抑制化学療法薬は、5-フルオロウラシル(5-FU)、ロイコボリン及びオキサリプラチンの組合せ(FOLFOX)、アントラサイクリン又はタキサンである、組合せ剤。
前記ペプチド及び前記腫瘍抑制化学療法薬は、混合されているか若しくは別々であるかのいずれかであり、及び/又は同時に若しくは逐次的に投与される、請求項7に記載の組合せ剤。
前記アントラサイクリンはエピルビシン若しくはドキソルビシンである、又は前記タキサンはドセタキセル若しくはパクリタキセルである、請求項7又は8に記載の組合せ剤。
前記腫瘍抑制化学療法薬は5-フルオロウラシル(5-FU)、ロイコボリン及びオキサリプラチンの組合せ(FOLFOX)である、請求項7又は8に記載の組合せ剤。
結論として、Foxy-5の添加は、ヒトHT29結腸がんの細胞の生存率に対するFOLFOX処理の効果を変化させず、したがって相互作用を予測することはできない。よって、Foxy-5がFOLFOX治療の細胞増殖抑制効果を小さくするという示唆はない。
以下に、出願当初の特許請求の範囲に記載された発明を付記する。
[1] 配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するWNT5Aタンパク質に由来するペプチドであって、20以下のアミノ酸長を有し、アミノ酸配列XDGXEL(配列番号2、Xは任意のアミノ酸である)又はそのホルミル化誘導体を含み、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するためのペプチド。
[2] 前記がんは、前立腺がん、乳がん、結腸がん、卵巣がん、甲状腺がん、肝臓がん、又は血液悪性腫瘍からなる一覧から選択される、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、[1]に記載のペプチド。
[3] がん細胞におけるWNT5Aの発現が周囲の非がん細胞における発現の35%以下である、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、[1]又は[2]に記載のペプチド。
[4] 1位のXはM又はノルロイシンで、4位のXはC又はAである、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、[1]~[3]のいずれか1つに記載のペプチド。
[5] 前記ペプチドは、
MDGCEL(配列番号3)、
GMDGCEL(配列番号4)、
EGMDGCEL(配列番号5)、
SEGMDGCEL(配列番号6)、
TSEGMDGCEL(配列番号7)、
KTSEGMDGCEL(配列番号8)、
NKTSEGMDGCEL(配列番号9)、
CNKTSEGMDGCEL(配列番号10)、
LCNKTSEGMDGCEL(配列番号11)、
RLCNKTSEGMDGCEL(配列番号12)、
GRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号13)、
QGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号14)、
TQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号15)、
GTQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号16)、及び
LGTQGRLCNKTSEGMDGCEL(配列番号17)、
又はそのホルミル化誘導体からなる群より選択される、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、[1]~[4]のいずれか1つに記載のペプチド。
[6] 前記ペプチドはMDGCEL(配列番号3)又はそのホルミル化誘導体である、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、[1]~[5]のいずれか1つに記載のペプチド。
[7] 予防、低減又は排除が以下の工程:
a)がんの診断直後及び/又は手術中及び/又は手術による腫瘍の除去後に、有効量の前記ペプチドを投与することを含み、
任意に、工程a)は2週間以上にわたって週に少なくとも3回繰り返される、
患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための、[1]~[7]のいずれか1つに記載のペプチド。
[8] 予防、低減、又は排除が以下の工程:
a)有効量の腫瘍抑制化学療法薬を投与し;
b)前記少なくとも1つの腫瘍抑制化学療法薬による処置の前に、同時に、及び/又は後に、有効量の前記ペプチドを投与することを含み、
任意に、工程b)は2週間以上にわたって週に少なくとも3回繰り返される、
患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者における低減若しくは排除に使用するための、少なくとも1つの腫瘍抑制化学療法薬と併用するための、[1]~[7]のいずれか1つに記載のペプチド。
[9] 配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するWNT5Aタンパク質に由来するペプチドであって、20以下のアミノ酸長を有し、アミノ酸配列XDGXEL(配列番号2、Xは任意のアミノ酸である)又はそのホルミル化誘導体を含み、少なくとも1つの腫瘍抑制化学療法薬と組み合わせたペプチド。
[10] 配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するWNT5Aタンパク質に由来するペプチドであって、20以下のアミノ酸長を有し、アミノ酸配列XDGXEL(配列番号2、Xは任意のアミノ酸である)又はそのホルミル化誘導体を含むペプチドと、少なくとも1つの腫瘍抑制化学療法薬の組合せであって、前記ペプチド及び前記腫瘍抑制化学療法薬は、混合されているか若しくは別々であるかのいずれかであり、及び/又は同時に若しくは逐次的に投与される、患者におけるがんの再発若しくは再燃の予防に使用するための、又はがんと診断された患者におけるがん幹細胞の低減若しくは排除に使用するための組合せ。
[11] 前記少なくとも1つの腫瘍抑制化学療法薬は、5-フルオロウラシル(5-FU)、ロイコボリン及びオキサリプラチンの組合せ(FOLFOX)、アントラサイクリン又はタキサンである、[10]に記載の組合せ。
[12] 前記アントラサイクリンはエピルビシン若しくはドキソルビシンである、又は前記タキサンはドセタキセル若しくはパクリタキセルである、[10]又は[11]に記載の組合せ。
[13] 前記腫瘍抑制化学療法薬は5-フルオロウラシル(5-FU)、ロイコボリン及びオキサリプラチンの組合せ(FOLFOX)である、結腸がんと診断された患者の治療用の、[10]に記載の組合せ。
[14] 前記腫瘍抑制化学療法薬はアントラサイクリン又はタキサンである、乳がんと診断された患者の治療用の、[10]に記載の組合せ。
[15] 前記アントラサイクリンはエピルビシン若しくはドキソルビシンである、又は前記タキサンはドセタキセル若しくはパクリタキセルである、[10]又は[14]に記載の組合せ。