(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023156551
(43)【公開日】2023-10-25
(54)【発明の名称】糖飢餓条件下での植物体においてタンパク質を生産する方法
(51)【国際特許分類】
C12P 21/02 20060101AFI20231018BHJP
C12N 15/11 20060101ALI20231018BHJP
C12N 15/82 20060101ALI20231018BHJP
A01H 1/00 20060101ALI20231018BHJP
C12N 15/19 20060101ALI20231018BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20231018BHJP
【FI】
C12P21/02 H
C12N15/11 Z ZNA
C12N15/82 150Z
A01H1/00 A
C12N15/19
C12N5/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022065963
(22)【出願日】2022-04-13
(71)【出願人】
【識別番号】000253503
【氏名又は名称】キリンホールディングス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504143441
【氏名又は名称】国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182305
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【弁理士】
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100221958
【弁理士】
【氏名又は名称】篠田 真希恵
(74)【代理人】
【識別番号】100192441
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 仁
(72)【発明者】
【氏名】加藤 晃
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 将太朗
(72)【発明者】
【氏名】佐藤(窪村) 有紗
(72)【発明者】
【氏名】山口(西村) 明日香
(72)【発明者】
【氏名】小原 一朗
【テーマコード(参考)】
2B030
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030AD04
2B030AD07
2B030AD20
2B030CB02
4B064AG13
4B064CA11
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA11
4B065AA88X
4B065AA88Y
4B065AA93X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065BC03
4B065CA24
4B065CA53
(57)【要約】 (修正有)
【課題】糖飢餓条件下での植物体においてタンパク質を生産する方法を提供する。
【解決手段】特定の配列に示されるイネ由来アミラーゼ3Dの5’UTRのヌクレオチド配列と少なくとも90%の配列同一性を有するポリヌクレオチド。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2に示されるヌクレオチド配列と少なくとも90%の配列同一性を有するポリヌクレオチドと、該ポリヌクレオチドの上流に連結されているプロモーターと、該ポリヌクレオチドの下流に作動可能に連結されている遺伝子と、ターミネーターとを含む発現カセットが導入された植物体を、糖飢餓条件下で培養することを含む、糖飢餓条件下での前記遺伝子がコードするタンパク質を生産する方法であって、前記遺伝子における転写が前記ポリヌクレオチドの一番目のヌクレオチド残基より開始されることを特徴とする、前記方法。
【請求項2】
プロモーターが、配列番号1におけるヌクレオチド番号1~983に示されるヌクレオチド配列と少なくとも90%の配列同一性を有するポリヌクレオチドを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
植物体が、イネ由来細胞である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
遺伝子が、bFGF遺伝子である、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、配列番号2のヌクレオチド配列と少なくとも90%の配列同一性を有するポリヌクレオチド(以下、「本件ポリヌクレオチド」ということがある)と、該ポリヌクレオチドの上流に連結されているプロモーターと、該ポリヌクレオチドの下流に作動可能に連結されている遺伝子と、ターミネーターとを含む発現カセットが導入された植物体(以下、「本件植物体」ということがある)を、糖飢餓条件下で培養することを含む、糖飢餓条件下での前記遺伝子がコードするタンパク質を生産する方法であって、前記遺伝子における転写が前記ポリヌクレオチドの一番目のヌクレオチド残基より開始されることを特徴とする、前記方法(以下、「本件方法」ということがある)に関する。
【背景技術】
【0002】
植物細胞において、目的タンパク質を発現する発現カセットを遺伝子導入し、形質転換体を得た後、当該形質転換体を培養することにより、目的タンパク質を産生することができる。
【0003】
一方で、形質転換体を培養する際、環境ストレスにより目的タンパク質の翻訳効率が低下することが知られている。特許文献1には、シロイヌナズナの6種類の遺伝子の5’UTR(five prime untranslated region)が、ストレス条件下でのタンパク質の翻訳抑制を回避する作用を有することが開示されている。また、特許文献2には、イネの4種類の遺伝子の5’UTRが、単子葉植物において組み換えタンパク質の高発現を可能にする作用を有することが開示されている。しかしながら、イネの糖飢餓ストレス下でタンパク質の高発現を可能にする作用は明らかにされていない。
【0004】
アミラーゼ3Dプロモーターの制御下の遺伝子は、糖類の存在下でmRNAの蓄積が抑制されるのに対して(非特許文献1)、糖飢餓ストレス条件下では発現が誘導されることが報告されている(非特許文献2、3)。しかしながら、当該遺伝子に関するどの領域が、糖飢餓ストレス条件下での遺伝子発現に必要であるのかについては不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2013/031821号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2019/198724号パンフレット
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】E. E. Karrer et al., Metabolic regulation ofrice alpha-amylase and sucrose synthase genes in planta. Plant J., 1992;2(4):517-523.
【非特許文献2】Y.-S. Hwang et al., Three cis-elements required for rice α-amylase Amy3D expression during sugar starvation. Plant Mol Biol., 1998;36:331-341.
【非特許文献3】S. B. Poudel et al., Localsupplementation with plant-derived recombinant human FGF2 protein enhances bone formation in critical-sized calvarial defects. J Bone Miner Metab., 2019;37:900-912.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、イネ由来アミラーゼ3D遺伝子の開始コドンより上流の領域に含まれ、植物体を糖飢餓条件下で培養したときに、タンパク質の翻訳抑制を回避する作用を有する領域を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を続けている。その過程において、糖飢餓条件下での植物体において、イネ由来アミラーゼ3Dの上流配列の制御下にある遺伝子の転写開始点を解析し、それらが1か所に集中すること、またその遺伝子の転写産物が、糖飢餓条件下でも活発な翻訳状態にあることを見出した。また、糖飢餓条件下では当該上流配列からの転写産物が、一定の5’UTRのヌクレオチド配列(すなわち、配列番号2に示されるヌクレオチド配列)を保持しており、そのことが高効率な転写産物の産生に寄与していることや、転写産物からの翻訳に必要な領域(すなわち、翻訳エンハンサー)であることを確認した。本発明はこれらの知見に基づき、完成するに至ったものである。
【0009】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
〔1〕配列番号2に示されるヌクレオチド配列と少なくとも90%の配列同一性を有するポリヌクレオチドと、該ポリヌクレオチドの上流に連結されているプロモーターと、該ポリヌクレオチドの下流に作動可能に連結されている遺伝子と、ターミネーターとを含む発現カセットが導入された植物体を、糖飢餓条件下で培養することを含む、糖飢餓条件下での前記遺伝子がコードするタンパク質を生産する方法であって、前記遺伝子における転写が前記ポリヌクレオチドの一番目のヌクレオチド残基より開始されることを特徴とする、前記方法;
〔2〕プロモーターが、配列番号1におけるヌクレオチド番号1~983に示されるヌクレオチド配列と少なくとも90%の配列同一性を有するポリヌクレオチドを含む、上記〔1〕に記載の方法;
〔3〕植物体が、イネ由来細胞である、上記〔1〕又は〔2〕に記載の方法;
〔4〕遺伝子が、bFGF遺伝子である、上記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の方法;
【発明の効果】
【0010】
本件ポリヌクレオチドは、植物体において転写開始点の機能を有し、また、翻訳エンハンサー機能を有するため、本件ポリヌクレオチドを目的のタンパク質の発現カセットに挿入し、該発現カセットを植物体へ遺伝子導入することにより、当該植物体を糖飢餓条件下で培養したときに、高効率で目的のタンパク質を発現させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF;basic fibroblast growth factor)発現カセットの模式図である。
【
図2】本培養のサンプリングポイントにおけるBrix(ショ糖の重量%)を測定した結果を示す図である。
【
図3】
図3(A)は、bFGF遺伝子のmRNA蓄積量を測定した結果を示す図である。
図3(B)は、イネ由来アミラーゼ3DのmRNA蓄積量を測定した結果を示す図である。
【
図4】bFGFタンパク質の上清発現量(
図4(A))及び細胞内蓄積量(
図4(B))を測定した結果を示す図である。
【
図5】同定されたイネ由来アミラーゼ3Dの上流配列の転写開始点の模式図である。より具体的には、発現カセットのうち転写開始点周辺の拡大図である。発現カセットの構成要素をバーで示す。転写開始点は、CAGE解析によって同定された培養0日目のデータを黒三角で、10日目のデータを白三角で、RAP-DB上に登録されている情報を灰三角で記載している。最も使用頻度が高い転写開始点(TSS)は1st-TSS、2番目に高い転写開始点は2nd-TSS、3番目に高い転写開始点は3rd-TSS、RAP-DB上に登録されている転写開始点はdb-TSSと記した。
【
図6】
図6(A)は、全遺伝子について、糖飢餓条件下でのTPM値の分布を示す図である。矢印はイネ由来アミラーゼ3Dの上流配列の制御下の転写産物の位置を示す。
図6(B)は、全遺伝子について、糖飢餓条件下での発現変動(Fold change値)分布を示す図である。矢印はイネ由来アミラーゼ3Dの上流配列の制御下の転写産物の位置を示す。
【
図7】bFGFのPR値(
図7(A))及びイネ由来アミラーゼ3DのPR値(
図7(B))を測定した結果を示す図である。
【
図8】4種類の遺伝子(Os11g0546900[
図7(A)]、Os01g0191100[
図7(B)]、Os02g0284600[
図7(C)]、及びOs03g0685900[
図7(D)])のPR値を測定した結果を示す図である。
【
図10】イネ由来アミラーゼ3Dの上流配列の転写開始点の特性をまとめた図である。より具体的には、
図10(A)は、rTSS-usageの分布とイネ由来アミラーゼ3Dの上流配列の転写開始点の位置を示す図である。
図10(B)は、遺伝子全体のShifting scoreの分布とイネ由来アミラーゼ3Dの上流配列の転写開始点の位置を示す図である。
【
図11】本願実施例の実験によって判明した情報を追記した、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF;basic fibroblast growth factor)発現カセットの模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本件タンパク質を生産する方法(本件方法)は、配列番号2に示されるヌクレオチド配列と少なくとも90%の配列同一性を有するポリヌクレオチド(すなわち、本件ポリヌクレオチド)と、該本件ポリヌクレオチドの上流に連結されているプロモーターと、該本件ポリヌクレオチドの下流に作動可能に連結されている遺伝子と、ターミネーターとを含む発現カセットが導入された植物体(すなわち、本件植物体)を、糖飢餓条件下で培養することを含む、糖飢餓条件下での前記遺伝子がコードするタンパク質を生産する方法であって、前記遺伝子における転写が前記本件ポリヌクレオチドの一番目のヌクレオチド残基より開始される、前記方法であれば特に制限されない。本件方法を実施すると、本件ポリヌクレオチドによる効果(具体的には、植物体における転写開始機能および翻訳エンハンサー機能)により、糖飢餓条件において、前記遺伝子がコードするタンパク質の生産を高効率で行うことができる。
【0013】
本明細書において、「植物体」とは、植物の一部又は全体を意味し、ここで植物の一部としては、例えば、植物器官(例えば、根、茎、葉、花弁、種子、実)、植物組織(例えば、表皮、師部、柔組織、木部、維管束)、植物細胞、植物細胞から細胞壁を取り除いた細胞(すなわち、プロトプラスト)等を挙げることができ、植物細胞が好ましい。
【0014】
上記植物体における植物としては、例えば、トマト、ピーマン、トウガラシ、ナス、タバコ等のナス類;キュウリ、カボチャ、スイカ等のウリ類;キャベツ、ブロッコリー、ハクサイ、シロイヌナズナ等の菜類;セルリー、パセリー、レタス等の生菜・香辛菜類;ネギ、タマネギ、ニンニク等のネギ類;ダイズ、ラッカセイ、インゲン、エンドウ、アズキ、リョクトウ、ササゲ、ソラマメ等の豆類;イチゴ、メロン等のその他果菜類;ダイコン、カブ、ニンジン、ゴボウ等の直根類;サトイモ、キャッサバ、ジャガイモ、サツマイモ、ナガイモ等のイモ類;イネ、トウモロコシ、コムギ、ソルガム、オオムギ、ライムギ、ミナトカモジグサ、ソバ等の穀類;アスパラガス、ホウレンソウ、ミツバ等の柔菜類;トルコギキョウ、ストック、カーネーション、キク等の花卉類;ベントグラス、コウライシバ等の芝類;ナタネ、ラッカセイ、セイヨウアブラナ、ナンヨウアブラギリ等の油料作物類;ワタ、イグサ等の繊維料作物類;クローバー、デントコーン、タルウマゴヤシ等の飼料作物類;リンゴ、ナシ、ブドウ、モモ、キウイフルーツ等の落葉性果樹類;ウンシュウミカン、オレンジ、レモン、グレープフルーツ等の柑橘類;サツキ、ツツジ、スギ、ポプラ、パラゴムノキ、イチョウ、マツ等の木本類;などを挙げることができ、穀類が好ましく、イネがより好ましい。したがって、上記植物体としては、イネ由来細胞を好適に例示することができる。
【0015】
本明細書において、「プロモーター」とは、植物体において、植物体由来の転写開始複合体(すなわち、転写基本因子群及びRNAポリメラーゼからなる複合体)が結合し、その下流に位置する遺伝子がコードするmRNAの転写を開始させる領域を意味する。なお、本発明において、プロモーターは、本件ポリヌクレオチドの上流に連結されている。
【0016】
上記プロモーターとしては、イネ由来アミラーゼ3Dプロモーター(配列番号1におけるヌクレオチド番号1~983に示されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド)であってもよいし、別のプロモーターであってもよい。ここで別のプロモーターとしては、例えば、グルテリン遺伝子のプロモーター(Takaiwa,F.et al.,Plant Mol.Biol.,17,875-885,1991)、グリシニン遺伝子のプロモーター、ファゼオリン遺伝子のプロモーター(Murai,N.et al.,Science,222,476-482,1983)、クルシフェリン遺伝子のプロモーター(Rodin,J.et al.,Plant Mol.Biol.,20,559-563,1992)、後述する本実施例で同定された4種類の遺伝子(Os11g0546900、Os01g0191100、Os02g0284600、又はOs03g0685900)のプロモーター等を挙げることができる。
【0017】
本明細書において、転写開始点とは、植物体に導入された本件ポリヌクレオチドのうち、プロモーター及びエンハンサーの下流に作動可能に連結されている遺伝子がmRNAに転写されるにあたり、第一番目のヌクレオチド残基となるヌクレオチドを意味する。
【0018】
本明細書において、「本件ポリヌクレオチドの下流に作動可能に連結されている遺伝子」とは、遺伝子がコードするmRNAが転写されるように、プロモーター及び本件ポリヌクレオチドの下流に連結されている遺伝子を意味する。
【0019】
本明細書において、「遺伝子」としては、植物由来の遺伝子であっても、非植物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ウシ、サル等)由来の遺伝子であってもよく、例えば、光合成関連遺伝子;医療適用されているペプチド又はポリペプチド(例えば、bFGF、成長ホルモン[GH]ペプチド、副甲状腺ホルモン[PTH]ペプチド、エリスロポエチン[EPO]ペプチド、グルカゴン様ペプチド1受容体[GLP-1R]リガンドペプチド、ナトリウム利尿ペプチド等)生産遺伝子;糖代謝関連遺伝子;耐病虫害性(例えば、昆虫食害抵抗性、カビ[菌類]及び細菌病抵抗性、ウイルス抵抗性等〕遺伝子;環境ストレス(例えば、低温、高温、乾燥、光障害、紫外線等)耐性関連遺伝子;植物生長制御(促進/抑制)遺伝子;遺伝子治療用関連遺伝子;抗体遺伝子;などを挙げることができ、後述する本実施例でその効果が実証されているため、bFGF産生遺伝子(すなわち、bFGF遺伝子)を好適に例示することができる。
【0020】
本明細書において、「ターミネーター」とは、本件発現カセットにおいて、遺伝子の転写を終了させる作用を有する核酸配列であれば特に制限されない。かかるターミネーターとしては、例えば、ノパリン合成酵素遺伝子のターミネーター、オクトピン合成酵素遺伝子のターミネーター、CaMV 35S RNA遺伝子のターミネーター、シロイヌナズナ由来HSP[heat shock protein]遺伝子のターミネーターなどが挙げられる。
【0021】
本明細書において、「発現カセット」(以下、「本件発現カセット」ということがある)とは、配列番号2に示されるヌクレオチド配列と少なくとも90%の配列同一性を有するポリヌクレオチドと、該本件ポリヌクレオチドの上流に連結されているプロモーターと、該本件ポリヌクレオチドの下流に作動可能に連結されている遺伝子と、ターミネーターとを含むポリヌクレオチドを意味する。
【0022】
本件発現カセットとしては、発現カセットそれ自体であってもよいが、本件発現カセットを含むベクターであることが好ましく、本件発現カセットを含むプラスミドであることがより好ましく挙げられる。
【0023】
上記ベクターとしては、本件ポリヌクレオチドと、該本件ポリヌクレオチドの上流に連結されているプロモーターと、該本件ポリヌクレオチドの下流に作動可能に連結されている遺伝子と、ターミネーターに加えて、さらに、シグナルペプチド(例えば、イネ由来αアミラーゼのシグナルペプチド、イネ由来グルテリン[glutelin]のシグナルペプチド、植物の病原菌誘導プロテアーゼのシグナルペプチド)をコードするポリヌクレオチド、イントロン、ポリA付加シグナル、5’UTR配列、ベクターが導入された植物体を選択するためのマーカー遺伝子(すなわち、選択マーカー遺伝子)(例えば、ハイグロマイシン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ビアラホス耐性遺伝子、ブラストサイジンS耐性遺伝子)等が、連結されたものであってもよいし、連結されないものであってもよい。なお、本明細書において、「上流」とは、本件発現カセットにおける遺伝子の転写方向に対して上流側を意味し、また、「下流」とは、本件発現カセットにおける遺伝子の転写方向に対して下流側を意味する。
【0024】
上記ベクターは、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、非ウイルスベクター(例えば、プラスミドベクター、コスミドベクター、人工染色体ベクター)やウイルスベクターを挙げることができる。また、ベクターは、環状のものであっても線状のものであってもよい。
【0025】
本件ポリヌクレオチドは、配列番号2のヌクレオチド配列と少なくとも90%の配列同一性を有するポリヌクレオチドである。本件ポリヌクレオチドは、その下流に連結された遺伝子がコードするタンパク質が発現する際の転写開始点を有し、翻訳エンハンサー機能も有するポリヌクレオチドである。転写開始点は本件ポリヌクレオチドの一番目のヌクレオチド残基である。配列番号2のヌクレオチド配列は、イネ由来アミラーゼ3D遺伝子の5’UTR配列であり、転写開始点の機能と、翻訳エンハンサーの機能を有している。本件ポリヌクレオチドの中でも、配列番号2のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドが好ましく挙げられる。
【0026】
本明細書において、「少なくとも90%の配列同一性」とは、対象の配列全体に対する配列同一性が90%以上であることを意味し、好ましくは92%以上、より好ましくは94%以上、さらに好ましくは96%以上、さらにより好ましくは97%以上、特に好ましくは98%以上、特により好ましくは99%以上、最も好ましくは100%の同一性を意味する。
【0027】
本明細書において、「配列同一性」との用語は、ポリヌクレオチド配列の近似性の程度(これは、クエリー配列と他の好ましくは同一の型の配列(核酸若しくはタンパク質配列)とのマッチングにより決定される)を意味する。「配列同一性」を計算及び決定する好ましいコンピュータープログラム法としては、GCG BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)(Altschulet al.,J.Mol.Biol.1990,215:403-410;Altschul et al.,Nucleic Acids Res.1997,25:3389-3402;Devereux et al.,Nucleic Acid Res.1984,12:387)、並びにBLASTN 2.0(Gish W.,http://blast.wustl.edu,1996-2002)、並びにFASTA(Pearson及びLipman,Proc. Natl.Acad.Sci.USA1988,85:2444-2448)、並びに最も長く重複した一対のコンティグを決定及びアライメントするGCG GelMerge(Wibur及びLipman,SIAMJ.Appl.Math.1984,44:557-567;Needleman及びWunsch,J.Mol.Biol.1970,48:443-453)を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0028】
本明細書において、「配列番号Xのヌクレオチド配列と少なくとも90%の配列同一性を有する」とは、換言すると、配列番号Xのヌクレオチド配列において、0、1若しくは数個のヌクレオチド残基が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたヌクレオチド配列を有し、且つ、配列番号Xのヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドと同等の機能を有することを意味する。ここで、「1若しくは数個のヌクレオチド残基が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたヌクレオチド配列」とは、例えば1~30個の範囲内、好ましくは1~20個の範囲内、より好ましくは1~15個の範囲内、さらに好ましくは1~10個の範囲内、さらにより好ましくは1~5個の範囲内、特に好ましくは1~3個の範囲内、最も好ましくは1~2個の範囲内の数のヌクレオチド残基が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたヌクレオチド配列を意味する。これらヌクレオチド残基の変異処理は、化学合成、遺伝子工学的手法、突然変異誘発等の当業者に既知の任意の方法により行うことができる。
【0029】
本件植物体は、本件ポリヌクレオチド等を含む本件発現カセットを、植物体の種類や性質に応じた任意の遺伝子導入法を用いて、植物体に導入することにより得ることができる。かかる遺伝子導入方法としては、特に制限されず、例えば、プラスミド等のベクターを使用した方法や、直接導入法が挙げられる。プラスミド等のベクターを使用した方法としては、アグロバクテリウム法などを挙げることができる。前述の直接導入法としては、PEG-リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポソーム法、パーティクルガン法、マイクロインジェクション法、ウイスカ直接導入法等を挙げることができる。本発明においては、プラスミドを使用する方法が好ましく、中でも、本件発現カセットを含むベクター(以下、本件ベクターともいう)、好ましくは本件発現カセットを含むプラスミドをアグロバクテリウム法で導入する方法が好ましい。
【0030】
本件発現カセットを植物体へ導入する方法としては、このように本件ベクターを使用して、または使用しないで本件発現カセットを植物体に導入する方法以外に、例えば、まず、ゲノムDNA内に本件発現カセットを保持する植物体(すなわち、本件植物体)を作出し、次いで、本件植物体と植物体を交配させる方法を挙げることができる。一旦、ゲノムDNA内に本件発現カセットが導入された形質転換植物体(すなわち、本件植物体)が得られれば、該植物体から有性生殖により子孫を得ることが可能である。また、該形質転換植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。本件ポリヌクレオチドを用いることにより、本件発現カセットから発現した遺伝子産物を、本件植物体中に高度に蓄積させることができる。これにより、本件植物体中に蓄積させる遺伝子産物の特性に応じて、例えば、植物体の栄養性、加工特性、健康増進特性などを効果的に改変することができるし、また、前述した、医療適用されているペプチド又はポリペプチドを植物体中に蓄積させることにより、効率的に医薬品を製造することも可能となる。
【0031】
本件方法における培養は、例えば、ゲランガム、アガロース等により固化した培養培地の上又は液体状の培養培地中に、本件植物体を静置又は振盪し、適切な培養培地、適切な培養温度、適切な明暗条件、適切な酸素濃度(例えば、正常酸素濃度[例えば、18~22%O2])、適切な培養期間などの条件下で行うことができる。上記培養培地としては、本件植物体の生存、増殖(生育)可能な培地であれば特に制限されず、主成分をチュー(N6)培地用混合塩類、ムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類とする培地を挙げることができ、主成分に加えて、グリシン、ピリドキシン塩酸塩、ニコチン酸、チアミン塩酸塩、myo-イノシトール、L-プロリン、バクトカザミノ酸等の有機成分;2,4-ジクロロフェノキシ酢酸、ナフタレン酢酸、カイネチン等の植物ホルモン;アカルボース、スタキオース等の四糖類;デキストラン等の多糖類;エリトリトール、グリセリン、ヒドロキシエチルスターチ、マンニトール、ソルビトール、キシリトール等の糖アルコール;スクロース等の炭素源などの任意成分をさらに含むものを挙げることができる。なお、本件ベクターが選択マーカー遺伝子を含む場合、上記培養培地には、その遺伝子に対応する薬剤(例えば、ハイグロマイシン、カナマイシン、ビアラホス、ブラストサイジンS、カルベニシリン)が含まれる。
【0032】
上記培養温度としては、特に制限されず、例えば、20~40℃の範囲内であり、好ましくは25~35℃、より好ましくは27~29℃である。
【0033】
上記培養期間としては、特に制限されず、例えば、3~40日間の範囲内、好ましくは3~35日間、より好ましくは3~30日間、さらに好ましくは3~25日間、特に好ましくは3~21日間である。
【0034】
本件植物体を振盪条件下で培養する場合の振盪速度としては、例えば、60~220rpmの範囲内、好ましくは80~130rpm、より好ましくは100~120rpmである。
【0035】
本明細書において、「糖飢餓条件」とは、通常のBrix(すなわち、ショ糖の重量%(%))よりも低下した条件、又は糖類が存在しない条件を意味し、ここでBrixとしては、例えば、全糖類の濃度が、0~25(g/L)の範囲内、好ましくは0~20(g/L)、より好ましくは0~15(g/L)、さらにより好ましくは0~10(g/L)である。また、上記「通常の糖類の濃度よりも低下した条件」としては、例えば、通常の糖類の濃度に対して80%以下(好ましくは70%以下、より好ましくは60%以下、さらにより好ましくは50%以下、特に好ましくは40%以下、特により好ましくは35%以下)低下した条件を挙げることができる。
【0036】
本明細書において、「糖類」とは、単糖類又は二糖類を意味する。単糖類としては、例えば、グルコース、フルクトース、ガラクトース、マンノース、アロース、フコース等を挙げることができ、二糖類としては、例えば、スクロース、マルトース、トレハロース、ラクトース等を挙げることができる。糖類には、D体、L体、又はラセミ体が含まれる。
【0037】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例0038】
(1)アミラーゼ3Dの上流配列を使用したbFGF発現イネ形質転換細胞の取得
ア)方法及び結果
実施例1で使用する培地は、主要成分として、チュー(N6)培地用混合塩類又はムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類;有機物として、グリシン、ピリドキシン塩酸塩、ニコチン酸、チアミン塩酸塩、myo-イノシトール、L-プロリン、及びバクトカザミノ酸;植物ホルモンとして、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸、ナフタレン酢酸、及びカイネチン;炭素源として、スクロース及びソルビトール;固体培地のゲル化剤として、ゲランガム;並びに、形質転換細胞を選択するための抗生物質として、ハイグロマイシン及びカルベニシリン二ナトリウム;を、実験目的に合わせて表1に示すとおりに調製し、水酸化カリウム溶液でpH5.7に合わせて使用した。イネ由来アミラーゼ3D(Amy3D)遺伝子(Accession No. BAT05863)において、5’UTR(5’ untranslated region)を含むアミラーゼ3Dの開始コドンから上流1075bpの範囲の配列(配列番号1に示すヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド)(表2)の下流に、イネ由来グルテリン(Accession No. AY585231)のシグナルペプチドをコードするポリヌクレオチド、ヒト由来bFGF(Accession No. NM_001361665)遺伝子、及びシロイヌナズナ由来HSP(heat shock protein)(Accession No. At5g59720)遺伝子のターミネーターを挿入し、
図1の発現カセットを構築した。株式会社のうけんより購入したイネ(Oryza sativa cv. Nipponbare)種子を表1のカルス増殖用培地上で28℃、暗所で3~4週間培養し、得られた培養細胞に対して、アグロバクテリウム法で
図1の発現カセットを遺伝子導入した。表1の選抜用培地上にて28℃、暗所で3~4週間培養し、イネ形質転換T
0細胞を取得した。表1の再分化用培地を用いて形質転換T
0細胞を30℃、明所で3~4週間培養し、再分化したT
0植物体を28℃、「16時間明期-8時間暗期」の条件で栽培し、T
1種子を獲得した。T
1種子を表1の選抜用培地上で28℃、暗所で3~4週間培養し、得られたイネ形質転換T
1細胞を以下の試験に供した。
【0039】
【0040】
【0041】
(2)糖飢餓状態での翻訳状況
ア)目的
アミラーゼ3Dの上流配列による糖飢餓誘導発現を利用したbFGFタンパク質の分泌発現系における、bFGF遺伝子のmRNAの翻訳状況を調べる。
【0042】
イ)方法
サンプリングを行う本培養に先立ち、2回の前培養を行った。具体的には、上記(1)で得た0.16~1.4mmの大きさのT1細胞を、フラスコ内に0.1g置床して、表1の液体培養用培地30mLに、カルベニシリン及びハイグロマイシンを各々終濃度50mg/Lになるよう添加して前培養(1)を行った。2週間後、前培養(1)の培養上清を全量抜き取った後、新たな液体培養用培地を30mL加え、前培養(2)を5日間行った。5日後、前培養(2)の培養上清を全量抜き取り、新たな液体培養用培地を30mL加え、本培養を3週間行った。本培養開始後0日目、3日目、7日目、10日目、14日目、17日目、及び21日目に、培養上清1mL(残糖度測定用、タンパク質発現量確認用)と、細胞0.7g(RNA抽出用及びタンパク質抽出用)を各フラスコよりサンプリングした。前培養(1)及び前培養(2)と、本培養は、28℃、暗期、旋回速度110rpm(EYELA:MULTI SHAKER)の条件で培養した。サンプリング日数分のフラスコ(2連)を使用して培養し、サンプリング日ごとに別のフラスコからサンプリングした。
本培養でサンプリングした培養上清を使用し、残糖度を屈折計(ATAGO:RX-5000i-Plus)で測定した。
本培養でサンプリングした細胞0.1gから、RNA抽出キットRNeasy Plant Mini Kit(QIAGEN:74904)を用いて全RNAを抽出後、逆転写反応キットSuperScript IVFirst-Strand Synthesis System(Thermo Fisher Scientific:18091050)で逆転写反応を行い、PCR試薬TB Green Premix ExTaq II(Tli RNaseH Plus)(Takara:RR820S)でリアルタイムPCR反応を実施することにより、3種類の遺伝子(外来性bFGF遺伝子、内在性アミラーゼ3D遺伝子、及びユビキチン5[UBQ5][Accession No.Q9ARZ9]遺伝子)のmRNAの蓄積量を調べた。リアルタイムPCRに用いたプライマーは表3のとおりである。なお、UBQ5遺伝子のmRNAの蓄積量は、内部標準として用いた。
また、本培養でサンプリングした細胞0.1gを使用し、プロテアーゼインヒビター(Sigma:P9599)を加えたリン酸緩衝液0.3mLで細胞内の粗タンパク質を抽出した。ELISAキットFGF2 Human ELISA Kit(Thermo Fisher Scientific:KHG0021)を用いて、bFGFタンパク質の細胞内蓄積量と培養上清中の発現量を調べた。
【0043】
【0044】
ウ)結果
培地中の残糖度(すなわち、ショ糖の重量%)(表1)のモニタリングの結果、少なくとも本培養3日目において、本培養開始当初のBrix(30g/L)から約1/3(10g/L)まで低下しており(
図2)、糖飢餓状態となっていることがわかった。なお、各サンプリングポイントの独立した2フラスコ間で、糖度に大きな差はなかった。
また、bFGF遺伝子のmRNAは、本培養10日目及び14日目に蓄積量のピークを迎え(
図3(A))、アミラーゼ3D遺伝子のmRNAは、本培養14日目及び17日目に蓄積量のピークを迎えた(
図3(B))。
一方、培養上清中のbFGFタンパク質発現量は、本培養7日目(糖飢餓条件下で4日間培養)、本培養17日目(糖飢餓条件下で14日間培養)、及び本培養21日目(糖飢餓条件下で18日間培養)にピークを迎え(
図4(A))、細胞内のbFGFタンパク質蓄積量は、培養17日目にピークを迎えた(
図4(B))。
上述のとおり、培養3日目以降は糖飢餓ストレスに晒された状態である。一般的に糖飢餓ストレス下では、糖代謝・呼吸や、硝酸還元・同化、タンパク質合成に関わる酵素活性が低下することが知られている(文献「S-M Yu, Cellular and Genetic Responses of Plants to Sugar Starvation.Plant Physiol., 1999;121(3):687-693.」)。そのようなストレス条件下である培養3日目以降においても、アミラーゼ3Dの上流配列の制御下での2種類の遺伝子(外来性bFGF及び内在性アミラーゼ3D)のmRNAは、蓄積量を増加させてピークを迎え、またアミラーゼ3Dの上流配列の制御下での外来性bFGFタンパク質の発現量も、培養3日目以降にピークを迎えた。
【0045】
エ)結論
アミラーゼ3Dの上流配列の制御下での外来性bFGF遺伝子の転写と翻訳、及びアミラーゼ3Dの上流配列の制御下での内在性アミラーゼ3Dの転写は、糖飢餓状態下でも抑制されなかった。