(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023156582
(43)【公開日】2023-10-25
(54)【発明の名称】微生物培養方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/12 20060101AFI20231018BHJP
C12R 1/89 20060101ALN20231018BHJP
【FI】
C12N1/12 A
C12R1:89
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022066015
(22)【出願日】2022-04-13
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和3年5月14日 10th International Conference on Algal Biomass,Biofuels and Bioproducts(AlgalBBB 2021),Online‐Live and On-demand,June 14-16 2021,ID:08B.03 要旨集にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和3年5月14日 10th International Conference on Algal Biomass,Biofuels and Bioproducts(AlgalBBB 2021),Online‐Live and On-demand,June 14-16 2021,ID:OTII 5.要旨集にて発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、国際科学技術共同研究推進事業、地球規模課題対応国際科学技術プログラム(SATREPS)、「微細藻類の大量培養技術の確立による持続可能な熱帯水産資源生産システムの構築」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】598123138
【氏名又は名称】学校法人 創価大学
(74)【代理人】
【識別番号】100175075
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 康子
(72)【発明者】
【氏名】戸田 龍樹
(72)【発明者】
【氏名】アヌプリート・カウル・チャウドリー
(72)【発明者】
【氏名】岸 正敏
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA83X
4B065AC09
4B065AC14
4B065BC48
4B065CA13
4B065CA20
4B065CA41
4B065CA43
4B065CA50
(57)【要約】
【課題】 微細藻類において栄養形態及び培養条件を調整することにより、増殖速度を飛躍的に向上させる、微細藻類の培養方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 以下の工程1及び2を含む、微細藻類の培養方法を提供する。
工程1:微細藻類を、暗所従属栄養培養条件下で培養して多核細胞を得る工程
工程2:得られた多核細胞を、独立栄養培養条件下または混合栄養培養条件下で培養する工程
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程1及び2を含む、微細藻類の培養方法。
工程1:微細藻類を、暗所従属栄養培養条件下で培養して多核細胞を得る工程
工程2:得られた多核細胞を、独立栄養培養条件下または混合栄養培養条件下で培養する工程
【請求項2】
工程1の前に、微細藻類を、混合培養条件下又は独立栄養培養条件下で培養する工程、を更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程2において、得られた多核細胞を、独立栄養培養条件下で培養する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
工程2において、得られた多核細胞を、混合栄養培養条件下で培養する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
工程1、及び工程2を繰り返す、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
微細藻類が、緑藻植物門に属する藻類である、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
緑藻植物門に属する藻類が、ヨコワミドロ目に属する藻類である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
ヨコワミドロ目に属する藻類が、クロモクロリス・ゾフィンギエンシス(Chromochloris zofingiensis)である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
以下の工程を含む、微細藻類の増殖速度加速方法。
工程2:多核細胞を、独立栄養培養条件下または混合栄養培養条件下で培養する工程
【請求項10】
工程2の前に、以下の工程1、を更に含む、請求項9に記載の方法。
工程1:微細藻類を、暗所従属栄養培養条件下で培養して多核細胞を得る工程
【請求項11】
工程1の前に、微細藻類を、混合培養条件下又は独立栄養培養条件下で培養する工程、を更に含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
微細藻類が、緑藻植物門に属する藻類である、請求項9~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
緑藻植物門に属する藻類が、ヨコワミドロ目に属する藻類である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
ヨコワミドロ目に属する藻類が、クロモクロリス・ゾフィンギエンシス(Chromochloris zofingiensis)である、請求項13に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物、特に、微細藻類の改良された培養方法に関する。詳細には、微細藻類の増殖速度が飛躍的に向上された培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微細藻類は陸上植物よりも面積あたり生産性が高く、医薬品、化粧品、高機能餌料などの原料となる高付加価値物質を産生することから、工業的な生産に期待が持たれている[1,2]。特に緑藻ヘマトコッカス・ラクストリス(Haematococcus lacustris)を用いて生産される天然アスタキサンチンは強力な抗酸化作用を持ち、化粧品原料等としてkg単価数万~十数万円の高価格で販売されている[3,4]。しかしヘマトコッカス・ラクストリスは増殖が遅く、大量培養に高い技術と高価格な設備が必要となる。そこで近年、より大量培養が容易で増殖速度の高い緑藻クロモクロリス・ゾフィンギエンシス(Chromochloris zofingiensis)が着目されている。
【0003】
微細藻類培養においては、光をエネルギー源・二酸化炭素を炭素源とする独立栄養培養、有機物をエネルギー源・炭素源とする従属栄養培養、両方を同時に行う混合栄養培養の3つの栄養形態が存在する。クロモクロリス・ゾフィンギエンシスを含む限られた種ではこの3つをすべて行うことができる。それぞれの栄養形態におけるクロモクロリス・ゾフィンギエンシスの生理的な変化については、近年研究が進むところである(非特許文献1)。しかしながら、一つの栄養形態から別の栄養形態への移行を試験した研究は極稀であり、知見が限られている。
【0004】
クロモクロリス・ゾフィンギエンシス(Chromochloris zofingiensis)の栄養形態移行を試験した研究例として、例えば、非特許文献2が挙げられる。これはバイオマス生産に最適化したバイオマス生産期を従属栄養培養で実施した後、アスタキサンチン蓄積のために混合栄養培養で光照射および栄養塩欠乏ストレスを伴うアスタキサンチン蓄積期を設けたものである。このように、目的をバイオマス生産とアスタキサンチン蓄積で分けて、ストレス条件と複合して栄養形態を変化させたものは複数存在する(例えば、非特許文献3)。しかしながら、バイオマス生産を目的として、ストレス条件下に置くことなく、栄養形態を変化させた研究は存在しない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Biotechnology for Biofuels,14(1),1-16
【非特許文献2】Journal of Agricultural and Food Chemistry,67(19),5579-5586
【非特許文献3】Bioresource Technology,224,515-522
【非特許文献4】Algal Research,39(October 2018),101455
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、微細藻類を簡易に大量培養でき、さらにアスタキサンチンの産生に適用可能な培養方法が求められていた。
【0007】
本発明では、微細藻類、特に、クロモクロリス属のような微細藻類において、栄養形態をその培養段階に合わせて変化させることで、増殖速度の飛躍的向上を達成したものである。
【0008】
すなわち、本発明は、微細藻類において栄養形態及び培養条件を調整することにより、増殖速度を飛躍的に向上させる、微細藻類の培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者は、ストック、前培養、およびバイオマス生産段階のための有望な栄養条件の開発に焦点を合わせ、クロモクロリス・ゾフィンギエンシスの前培養段階とバイオマス生産段階における栄養モードのさまざまな組み合わせでの細胞増殖を比較した。そして、細胞を各栄養モードに適応させるために、同じ条件で2回の前培養のシーケンスを実行した。次に、前培養された細胞を、3つの栄養モードでバイオマス生産段階に移し、さまざまな栄養モードでの成長速度と化学組成を、前培養段階とバイオマス生産段階の両方で比較し、その結果からの知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、以下の<1>~<14>を提供する。
<1> 以下の工程1及び2を含む、微細藻類の培養方法。
工程1:微細藻類を、暗所従属栄養培養条件下で培養して多核細胞を得る工程
工程2:得られた多核細胞を、独立栄養培養条件下または混合栄養培養条件下で培養する工程
【0011】
<2> 工程1の前に、微細藻類を、混合培養条件下又は独立栄養培養条件下で培養する工程、を更に含む、<1>に記載の方法。
【0012】
<3> 工程2において、得られた多核細胞を、独立栄養培養条件下で培養する、<1>または<2>に記載の方法。
【0013】
<4> 工程2において、得られた多核細胞を、混合栄養培養条件下で培養する、<1>または<2>に記載の方法。
【0014】
<5> 工程1、及び工程2を繰り返す、<1>~<4>のいずれかに記載の方法。
【0015】
<6> 微細藻類が、緑藻植物門に属する藻類である、<1>~<5>のいずれかに記載の方法。
【0016】
<7> 緑藻植物門に属する藻類が、ヨコワミドロ目に属する藻類である、<6>に記載の方法。
【0017】
<8> ヨコワミドロ目に属する藻類が、クロモクロリス・ゾフィンギエンシス(Chromochloris zofingiensis)である、<7>に記載の方法。
【0018】
<9> 以下の工程を含む、微細藻類の増殖速度加速方法。
工程2:多核細胞を、独立栄養培養条件下または混合栄養培養条件下で培養する工程
【0019】
<10> 工程2の前に、以下の工程1、を更に含む、<9>に記載の方法。
工程1:微細藻類を、暗所従属栄養培養条件下で培養して多核細胞を得る工程
【0020】
<11> 工程1の前に、微細藻類を、混合培養条件下又は独立栄養培養条件下で培養する工程、を更に含む、<10>に記載の方法。
【0021】
<12> 微細藻類が、緑藻植物門に属する藻類である、<9>~<11>のいずれかに記載の方法。
【0022】
<13> 緑藻植物門に属する藻類が、ヨコワミドロ目に属する藻類である、<12>に記載の方法。
【0023】
<14> ヨコワミドロ目に属する藻類が、クロモクロリス・ゾフィンギエンシス(Chromochloris zofingiensis)である、<13>に記載の方法。
【0024】
さらに本発明は、
ストック培養工程:微細藻類を、混合栄養培養条件下又は独立栄養培養条件下で培養する工程、
工程1:微細藻類を、暗所従属栄養培養条件下で培養して多核細胞を得る工程、及び
工程2:得られた多核細胞を、独立栄養培養条件下または混合栄養培養条件下で培養する工程
を含む、微細藻類の培養方法を提供する。
【0025】
また本発明は、
ストック培養工程:微細藻類を、独立栄養培養条件下で培養し、その後、従属栄養培養条件下で培養する工程、
工程1:微細藻類を、暗所従属栄養培養条件下で培養して多核細胞を得る工程、及び
工程2:得られた多核細胞を、独立栄養培養条件下または混合栄養培養条件下で培養する工程
を含む、微細藻類の培養方法を提供する。
【0026】
さらにまた本発明は、
ストック培養工程:微細藻類を、光照射及び暗所条件を繰り返して培養し、藻類ストックを調製する工程、
工程1:微細藻類を、暗所従属栄養培養条件下で培養して多核細胞を得る工程、及び
工程2:得られた多核細胞を、独立栄養培養条件下または混合栄養培養条件下で培養する工程
を含む、微細藻類の培養方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0027】
本発明により、クロモクロリス・ゾフィンギエンシス(Chromochloris zofingiensis)等の微細藻類の培養において、増殖速度の飛躍的向上が達成でき、抗酸化作用を有するアスタキサンチンの生産性の向上が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】1回目の前培養の後に2回目の前培養、(a)独立栄養、(b)混合栄養、および(c)従属栄養の培養を行う3つの栄養モードでのクロモクロリス・ゾフィンギエンシスの増殖曲線である。データは、平均±標準偏差、n=3として表す。
【
図2】3つの前培養条件、独立栄養、混合栄養、および従属栄養、(a)独立栄養、(b)混合栄養、および(c)従属栄養条件でのクロモクロリス・ゾフィンギエンシスのバイオマス生産段階を示す。データは、平均±標準偏差、n=3として表す。
【
図3】3つの前培養条件、独立栄養、混合栄養、および従属栄養、(a)独立栄養(b)混合栄養、および(c)従属栄養条件でのクロモクロリス・ゾフィンギエンシスの細胞サイズを示す。データは、平均±標準偏差、n=3として表す。
【
図4】3つの前培養条件、独立栄養、混合栄養、および従属栄養、(a)独立栄養、(b)混合栄養、および(c)従属栄養条件でのクロモクロリス・ゾフィンギエンシスのカロテノイド含有量を示す。示されているアスタキサンチン含有量は、遊離、モノおよびジエステルの合計である。データは、平均±標準偏差、n=3として表す。
【
図5】従属栄養的に前培養されることによる多核細胞の生成と、独立栄養移行時の急速な細胞分裂による単核細胞への変化を、核染色した顕微鏡写真で示したものである。
【
図6】独立栄養的に前培養された単核細胞が、従属栄養移行後に速やかに多核化することを、核染色した顕微鏡写真で示したものである。
【
図7】2つの前培養条件(独立栄養および従属栄養)から独立栄養へとそれぞれ移行させた際の細胞あたりの平均核数。データは、前培養従属条件を除いて、平均±標準偏差、n=3として表される。
【
図8】2つの前培養条件(独立栄養および従属栄養)から従属栄養モードへとそれぞれ移行させた際の細胞あたりの平均核数。データは、平均±標準偏差、n=3として表される。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0030】
用語の定義
本発明において、独立栄養とは、生物が大気中の二酸化炭素CO2を唯一の炭素源として利用し,生体内のすべての有機化合物の炭素骨格を二酸化炭素から合成することをいい、微細藻類をそのような条件下で培養することを、独立栄養培養という。二酸化炭素を炭素源とするので、光合成を利用するものであり、光が必須である。
【0031】
本発明において、従属栄養とは、生物が必要な炭素化合物を他の動植物がつくった有機物を利用し、生体内のすべての有機化合物の炭素骨格を環境に存在する有機物を栄養とすることをいい、微細藻類に、有機物、例えばグルコースを添加して暗所で培養することを、従属栄養培養という。
【0032】
本発明において、混合栄養とは、独立栄養と従属栄養とを組み合わせたものであり、独立栄養培養では、光合成と他の栄養源としての有機物を利用するものである。
【0033】
本発明において、微細藻類とは、淡水、海水等の水中に存在する藻類の中で、その個体のサイズが、主に数μm~数10μmである藻類をいい、藍藻類、緑藻植物門が含まれ、特に緑藻植物門が好ましい。
【0034】
本発明において、緑藻植物としては、例えば、マミエラ藻綱(例えば、マミエラ目、モノマスティクス目、ドリコマスティクス目)、ネフロセルミス藻綱(例えば、ネフロセルミス目)、ペディノ藻綱(例えば、ペディノモナス目)、クロロデンドロン藻綱(例えば、クロロデンドロン目)、トレボウクシア藻綱(例えば、クロレラ目、ミクロタムニオン目、トレボウクシア目、カワノリ目)、アオサ藻類(例えば、シオグサ目、カサノリ目、イワヅタ目、スミレモ目、ヒビミドロ目、アオサ目、ウミイカダモ目、スコティノスファエラ目)、緑藻綱(例えば、オオヒゲマワリ目、ヨコワミドロ目(特に、Chromochloridaceae科、Hydrodictyaceae科、Scenedesmaceae科、Neochloridaceae科)、サヤミドロ目、ケトフォラ目、ケトペルティス目)、更には、ピラミモナス目、スコウルフィエルディア目、シュードスコウルフィエルディア目等が含まれる。中でも、ヨコワミドロ目のHydrodictyaceae科、Scenedesmaceae科、Neochloridaceae科、特に、クロモクロリス属、例えばクロモクロリス・ゾフィンギエンシスが例示される。
【0035】
あるいは、本発明の微細藻類は、緑藻植物門に属するものが好ましく、さらに、緑藻綱、ヨコワミドロ目に属する藻類をより好ましいものとして挙げることができる。もしくは、本発明の微細藻類は、多核細胞を形成する藻類が好ましく、具体的には、クロモクロリス・ゾフィンギエンシス(Chromochloris zofingiensis)、Scenedesmus quadricauda、Chlorella ellipsoidea、Chlamydomonas reinhardtii、Parachlorella kessleri等を挙げることができる。
【0036】
本発明において、特に好ましい微細な緑藻植物門類は、クロモクロリス・ゾフィンギエンシス(Chromochloris zofingiensis)である。
【0037】
本発明は、以下の工程1及び2を含む、微細藻類の培養方法を提供する;
工程1:微細藻類を、暗所従属栄養培養条件下で培養して多核細胞を得る工程
工程2:得られた多核細胞を、独立栄養培養条件下または混合栄養培養条件下で培養する工程。
【0038】
工程1
工程1では、微細藻類を、暗所従属栄養培養条件下で培養して多核細胞を得る。
暗所条件では、微細藻類が光を利用して光合成ができないように光を遮断すればよい。
【0039】
培養する際の培地としては、改変ブリストル培地(MBM)が挙げられる。
【0040】
従属栄養培養条件としては、例えば、栄養源としてグルコース濃度1~50g/L、好ましくは、10~20g/Lとして、温度10~40℃、好ましくは20~30℃で、例えば24~480時間培養する条件が挙げられる。
【0041】
得られた多核細胞は、引き続き工程2に用いることができる。
【0042】
工程2
工程2では、得られた多核細胞を、独立栄養培養条件下または混合栄養培養条件下で培養するものである。
【0043】
工程2における培養する際の培地としては、改変ブリストル培地(MBM)が挙げられる。
【0044】
工程2における独立栄養培養条件としては、光合成を利用するものであり、光強度として30~1000μmolm-2s-1、好ましくは100~300μmolm-2s-1で、温度10~40℃、好ましくは20~30℃で、例えば24~480時間培養する条件が挙げられる。
【0045】
工程2における混合栄養培養条件では、独立栄養と従属培養を組み合わせるものであるので、光強度として30~1000μmolm-2s-1、好ましくは100~300μmolm-2s-1で、グルコース濃度1~50g/L、好ましくは、10~20g/Lとして、温度10~40℃、好ましくは20~30℃で、例えば24~480時間培養することができる。
【0046】
尚、工程2においては、工程1で得られた多核細胞の増殖速度が加速されることになる。例えば、通常の培養と比べて、1.5~2.4倍加速される。
【0047】
本発明では、前記の工程1の前に、微細藻類を混合栄養培養条件下又は独立栄養培養条件下で培養する工程(ストック培養工程)を組み合わせて含むことができる。
【0048】
ストック培養工程での混合栄養培養条件下又は独立栄養培養条件下としては、工程1または2における培養条件と同じとすることができる。
【0049】
尚、ストック培養工程として、前記混合栄養培養条件下又は独立栄養培養条件下の単独以外にも、混合栄養培養、従属栄養培養の条件を組み合わせてもよい。ストック培養工程での混合栄養培養、従属栄養培養の培養条件としては、それぞれ工程1及び工程2の条件を用いることができる。
【0050】
例えば、ストック培養工程として、微細藻類を独立栄養培養条件下で培養し、引き続き、従属栄養培養条件下で培養してもよい。
【0051】
このように、微細藻類の培養において、前培養を行うことによって多核細胞が得られ、引き続き該多核細胞群を用いての微細藻類の培養方法により、微細藻類の増殖が有利に進行することになる。
【0052】
本発明において、前培養(工程1)で用いる微細藻類は、藻類ストックを用いることができる。藻類ストックは、例えば改変ブリストル培地(MBM)で維持され、30~200(例えば60μmol)molm-2s-1の光強度で、12時間明期:12時間暗期により、10~40℃(例えば25℃)で照射することにより調製できる。
【0053】
このようにして得られた微細藻類は、脂質やデンプンなどの細胞内化合物、及びアスタキサンチンを代表とするカロテノイドを産生することができる。
【実施例0054】
以下に具体的な実施形態を挙げて本発明を説明するが、本発明はその実施形態に限定されるものではなく、それらにおける様々な変更及び改変が当業者によって、添付の特許請求の範囲に規定される本発明の範囲または趣旨から逸脱することなく実行され得ることが理解される。
【0055】
[実施例1]
(材料及び実験方法)
菌株と培養条件
緑色の微細藻類であるクロモクロリス・ゾフィンギエンシス(Chromochloris zofingiensis)(Donz)Fucikova&L.A.LewisATCC 30412は、アメリカンタイプカルチャーコレクション(ATCC、ロックビル、米国)から入手した。藻類ストックは、250mL三角フラスコ内の改変ブリストル培地(MBM)[17]で維持され、60μmolm-2s-1の光強度で、12時間明期及び12時間暗期により25℃で照射された。
【0056】
実験デザイン
前培養条件がバイオマス生産段階に及ぼす影響を評価するために、3つの栄養モード(前培養として)の細胞をさらに3つの栄養モード(バイオマス生産段階)で別の培養に接種し、合計9つの実験条件とした。前培養として、一連の第1前培養条件(300mLの有効容積の500mL三角フラスコ内)に続いて、一連の第2前培養条件(700mLの新鮮な培地を含む1L培地ボトル内)を実行して、細胞を同一条件に適応/順応させた。
【0057】
前培養
ストック培養からの細胞を最初の前培養に接種した。ここで、藻類細胞は3つの異なる栄養モード(表1)によって培養され、MBMにて25℃で6日間連続曝気(0.2vvm)された。一連の連続前培養を実施し、1回目の前培養からの細胞を同じ栄養モードで次の6日間2回目の前培養に接種した。サンプリングは24時間ごとに無菌的に実施した。
【0058】
【0059】
バイオマス産生工程
2回目の前培養からの細胞を収集し、洗浄し、0.1の光学密度で再懸濁した。次に、バイオマス生産段階で3つの栄養モード(独立栄養、従属栄養、混合栄養)のバッチ培養を、700mLの有効培養容積の1L培地ボトルで行った。定常期に達するまで、MBMで連続曝気(0.2vvm)および攪拌(260rpm)を行う。独立栄養および混合栄養状態のために光を継続的に(24時間)照射し、従属栄養状態を完全な暗所に保った。光強度とグルコース濃度の詳細を表1に示す。サンプリングは24時間ごとに無菌的に実施され、すべての実験は3回実施された。
【0060】
分析パラメーター
培養物は、孔径が0.25μmの事前に秤量したグラスファイバーフィルター(GF/F、Whatman、USA)を使用してろ過した。細胞を蒸留水で3回洗浄し、乾燥重量測定のために80℃で8時間乾燥させた。ろ液サンプルは分析まで-20℃で保存し、栄養素濃度(NO3-NおよびPO4-P)は、自動栄養素分析装置(FIAlyzer-1000、FIAlab、USA)を使用して決定した。
【0061】
セル長(μm)は、デジタルカメラ(EOS Kiss X7i、キヤノン、日本)を備えた光学顕微鏡(Axioskop-2 Plus Carl Zeiss、ドイツ)を使用して写真を撮ることによって測定された。次に、Image Jソフトウェア(米国国立衛生研究所)を使用して分析を実行した。セルのサイズ分布を決定するために、各サンプルで30個のセルを測定した。色素組成物については、微細藻類細胞をGF/Fフィルターを使用してろ過し、蒸留水で数回洗浄し、5mlのN、N-ジメチルホルムアミド(DMF)を用いて-20℃で24時間抽出した[28]。次に、抽出したサンプル1mlを、分析前に0.22μmPTFEフィルター(Millex-FG、メルク、日本)を使用してろ過した。サンプル中のカロテノイドの測定と同定は、LCMSシステム(ACQUITY UPLC H-Class、ウォーターズ、米国)を使用して実施した。移動相は、溶媒A(100%アセトニトリル)、溶媒B(100%2-プロパノール)、および溶媒C(10%メタノール)からなった。測定開始時、溶媒Aは50%、溶媒Bは40%、溶媒Cは10%であり、続いて溶媒A2%、溶媒B40%、溶媒C58%への直線勾配が続いた。12分後、混合物を溶媒A50%に切り替えた。アスタキサンチン、カンタキサンチン、ルテイン、β-カロテン、ゼアキサンチン、ビオラキサンチン、およびクロロフィルの化学標準は、(Danish Hydraulic Institute、Horsholm、デンマーク)から購入し、逆相カラム(ACQUITY UPLC BEH C18、1.7μm;2.1×50mm、ウォーターズ、米国)を使用して分析した。サンプルのクロマトグラフィーピークは、吸収スペクトルと質量スペクトルを標準値と比較することによって識別され、次にピーク面積を積分することによって定量化された。
【0062】
デンプンの測定は以前の研究の方法を使用して実行されたが、測定前に方法が変更された[29]。GF/Fフィルターを使用してろ過した細胞を、超音波ホモジナイザー(UH-50、SMT、日本)を使用して4mlの80%エタノールでホモジナイズした。次に、微細藻類細胞をフィルターから15mlの遠心分離管にこすり落とし、4,000rpmで10分間遠心分離した。色素を、80%エタノールを用いて68℃で15分間、3回抽出した後、2,500rpmで5分間遠心分離した。上澄みを除去し、残りのペレットを次のステップに使用した。澱粉を完全に加水分解するために30%過塩素酸をペレットに加え、懸濁液を25℃で15分間撹拌し、次に遠心分離して上澄みを得た。この手順を3回繰り返した。抽出物を合わせて、10mlにした。その後、可溶化デンプン溶液2mlのアリコートを濃硫酸5ml(98重量%)およびフェノール1ml(6%、w/v)と反応させ、次いで室温で10分間保持した。490nmで分光光度計(HACH)を使用して吸光度を読み取り、グルコースを標準として使用した検量線と比較してサンプルを定量した。グルコースの測定値に0.9を掛けて、デンプン測定の検量線を求めた[29]。
【0063】
脂質測定は、スルホ-ホスホ-バニリン法[30]を使用して実施された。ホスホバニリン試薬は、最初に0.6gのバニリンを10mlの無水エタノールと90mlの脱イオン水に溶解し、連続的に攪拌することによって調製した。次に、400mlの濃リン酸を混合物に加え、試薬を使用するまで暗所で保存した。試薬は、その高い活性を確保するために、すべての実験実行の直前に新たに調製された。GF/Fフィルターを用いてろ過した細胞を2mlの濃硫酸で処理し、100℃で10分間加熱した後、氷浴で5分間冷却した。微細藻類細胞を4000rpmで5分間遠心分離し、1mlの上清をガラスバイアルに移した。次に、2.5mlのスルホ-ホスホ-バニリンをバイアルに加え、37℃で15分間インキュベートした。分光光度計(HACH)を使用して530nmで吸光度を読み取り、100mlのクロロホルム中の市販の菜種油(200mg)を標準として使用した検量線と比較してサンプルを定量した。
【0064】
すべての測定は3回行われ、データは平均±標準偏差(SD)として表す。結果の有意性は、分散の一元配置分散分析と、それに続くP<0.05でのTukey-Kramer多重比較検定によって計算された。
【0065】
(結果及び考察)
前培養における異なる栄養モード間でのクロモクロリス・ゾフィンギエンシス(C.zofingiensis)の成長
同じモードへの連続的な前培養(すなわち、独立栄養、混合栄養、または従属栄養)では、異なる成長曲線が観察された(
図1)。第1の前培養の成長曲線と比較して、混合栄養前培養は、独立栄養および従属栄養前培養よりも高い成長を示した。混合栄養、独立栄養、従属栄養の第1前培養の比増殖速度は、それぞれ0.867±0.067d
-1、0.586±0.069、0.387±0.040d
-1であった。混合栄養培養の高い比増殖速度は、おそらく光合成と炭素同化の間の相乗的関係によるものであろう。混合栄養培養では、微細藻類が光合成(光合成独立栄養として知られている)と同時に炭素同化(従属栄養として知られている)を行うことによって無機炭素を固定できることが以前から知られていた[5]。したがって、この研究では、光とグルコースの存在により、混合栄養培養でエネルギー変換が最大2倍に増加した。しかし、独立栄養培養は、エネルギー変換を完全に光に依存していた。また、従属栄養培養の比増殖速度は、混合栄養培養の比増殖速度ほど高くはなかった。これはおそらく、光がなく、成長のための唯一の炭素源としてグルコースが使用されているためであろう。
【0066】
クロモクロリス・ゾフィンギエンシス-細胞を2つの連続した前培養(1回目と2回目)で培養した場合、独立栄養培養と混合栄養培養で同様の細胞増殖曲線が観察された(
図1a、b)。ただし、従属栄養性の2番目の前培養では、1番目の前培養と比較して成長が低下し、0.239±0.029d
-1の比増殖速度を示した。これは、最初の前培養の0.387±0.040d
-1よりも低かった。2回目の前培養では増殖速度が40%近く低下したが、細胞は無傷のままだったようである。2回目の前培養の最終日の固定サンプルの顕微鏡観察により、従属栄養(80.87±3.36%)と独立栄養(83.57±3.36%)の2回目の前培養の間で損傷細胞の割合に有意差がないことが明らかになった。したがって、従属栄養性の第2前培養での低い増殖速度は、細胞生存率の低下によるものではなく、細胞分裂の低下のみによるものであった。
【0067】
独立栄養的および混合栄養的に前培養された細胞は、1回目および2回目の前培養で同様の増殖曲線を示し、細胞が同じ環境条件に適応した可能性があることを示している。しかし、従属栄養的に前培養された細胞は、2回目の前培養とその後のバイオマス生産段階(実施例3)でより低い比増殖速度を示し、細胞が依然として環境変化に反応し続けたことを示している。しかし、2番目の従属栄養前培養がバイオマス生産段階に接種されたとき、細胞サイズは比較的安定したままであった(実施例3)。従属栄養培養における細胞状態の最も顕著な変化は細胞サイズの増加であったため、この実施例では、2番目の従属栄養前培養がバイオマス生産段階の種菌として妥当であったと見なされる。
【0068】
[実施例2]バイオマス生産段階における異なる栄養モード下でのクロモクロリス・ゾフィンギエンシス(C.zofingiensis)の成長
異なる栄養モード間の全体的な成長の比較
前培養の場合と同様に、バイオマス生産段階における比増殖速度とバイオマス生産性の順序は、混合栄養、独立栄養、従属栄養の条件で、高いものから低いものへと変化した。平均して、混合栄養培養は、独立栄養(0.578±0.306d
-1)および従属栄養(0.447±0.070d
-1)モードと比較して、最高の最大比増殖速度(0.868±0.281d
-1)を示した(表2)。同様に、最大バイオマス生産性は、従属栄養(0.448±0.363gL
-1d-1)および独立栄養(0.065±0.053gL
-1d
-1)バイオマス生産段階よりも、混合栄養(1.28±0.033gL
-1d
-1)段階でより高かった(
図2a、b;表2)。以前の研究では、クロモクロリス・ゾフィンギエンシス(C.zofingiensis)が成長のために光と炭素の両方を同時に利用できることが示されている[1,5]。
【0069】
【0070】
クロモクロリス・ゾフィンギエンシス(C.zofingiensis)の混合栄養成長促進の詳細なメカニズムが最近報告されている[5]。光合成とグルコース同化の同時進行に加えて、葉緑体(光合成)、細胞質ゾル、ミトコンドリア(グルコース代謝)の間の相乗的協力が、生産性の向上を説明するために提案された[5]。葉緑体とミトコンドリアは、膜上に、トリオースリン酸/リン酸トランスロケーター、グルコース/リン酸トランスポーター、ATP/ADPキャリアなどの炭素およびエネルギートランスポーターを含んでおり、これにより、細胞質ゾルを介して協力することができる[5,31~33]。ミトコンドリアとサイトゾル(NTT)間、およびサイトゾルと葉緑体(CAAC)間のATPの輸送に関与する遺伝子がアップレギュレートされていることが示され、ミトコンドリアから葉緑体へのATPの輸送が示唆された[5]。このATPと有機化合物の供給は、光合成の律速段階であるRuBisCOによるCO2固定の必要性を減らすのに役立つ。葉緑体における有機炭素代謝のための強化されたATP利用は、非光化学的消光(NPQ)と光呼吸をさらに減少させ、光エネルギーが熱および化学エネルギーとして放散され、細胞増殖のためのより効率的なエネルギー利用につながる。したがって、光合成と炭素同化の間の相乗的関係は、クロモクロリス・ゾフィンギエンシス(C.zofingiensis)の混合栄養培養におけるバイオマス生産性の増加につながる可能性がある。
【0071】
しかし、以前の研究では、有機炭素の添加が混合栄養培養における光合成活性の低下につながることが報告された。たとえば、照射されたクラミドモナス培養物に酢酸塩を添加すると、無機炭素の同化と酸素発生が大幅に減少した[34]。この実施例では、同様に、混合栄養バイオマス生産段階でより低いクロロフィル含有量が観察され(表2)、これはおそらく光合成活性を低下させた。それでもなお、有機炭素同化と葉緑体とミトコンドリアの間の上記の相乗的協力の両方のために、光合成活性が低下しているにもかかわらず、混合栄養培養の全体的なバイオマス生産性は独立栄養および従属栄養条件よりも高かった。
【0072】
この実施例では、混合栄養培養のバイオマス生産性と収量は、独立栄養培養と従属栄養培養を合わせたものの合計よりも高くなった(表2)。これは以前の研究の結果と同様である[1,5]。この研究は、他の多くのバッチ混合栄養培養研究(クロモクロリス・ゾフィンギエンシス(表3)を使用)よりも高いバイオマス生産性値を示し、これは、0.59~0.72gL-1d-1の範囲の生産性を報告している[4、35、36]。ただし、本願実施例と比較して、バッチ混合栄養培養での混合栄養バイオマス生産性が高いことを報告した2つの以前の研究があり、2.5~2.63gL-1d-1[1,5]に達する(表3)。生産性の違いは、(1)初期細胞密度と(2)シード条件の違いに起因する可能性がある。以前の研究の大部分は、初期細胞密度が0.5~0.6gL-1よりも低く、これは高生産性研究で採用された[1,5]。また、従属栄養条件下での種菌の調製は、実施例3でさらに説明するように成長を促進する可能性があり、これは前培養条件の影響にある。
【0073】
【0074】
この実施例における従属栄養バイオマスの最大生産性は、0.448±0.363gL-1d-1であり、これは、以前の研究で報告された最高の生産性である7.03gL-1d-1よりもはるかに低いものである[2]。バイオマス生産性の大きな違いは、給餌条件の違いに起因する可能性があり、ここで、本願実施例では1回限りのバッチ培養を実施し、他の研究は流加培養を実施した。本願実施例では、従属栄養条件よりも混合栄養条件で高いバイオマス生産性を示したので、流加混合栄養培養を行うと、7.03gL-1d-1以上の高いバイオマス生産性が達成される可能性がある。したがって、光透過が制限されている高密度培養において、混合栄養条件が従属栄養条件よりも優れている場合は、初期細胞密度が高い流加混合栄養培養に関するさらなる研究を確認する必要がある。
【0075】
[実施例3]バイオマス生産段階に対する前培養栄養モードの効果
バイオマス生産性に対する前培養栄養モードの効果は、暗所(従属栄養)条件と照射(自家栄養および混合栄養)条件の間で異なっていた。暗所での従属栄養バイオマス生産段階では、従属栄養前培養細胞で最も低い増殖速度が観察された。細胞をストック培養から最初の前培養に移したとき、比増殖速度は0.387±0.040d
-1であり、2回目の前培養で減少した(0.239±0.029d
-1;
図1から計算)。しかし、独立栄養的および混合栄養的に前培養された細胞は、従属栄養的に前培養された細胞(0.364±0.008d
-1、0.034±0.062gL
-1d
-1)と比べて、従属栄養バイオマス生産段階で、より高い増殖速度(それぞれ、0.504±0.022および0.437±0.015d
-1)、およびより高いバイオマス生産性(それぞれ0.714±0.284および0.596±0.108gL
-1d
-1)を示した。これらの結果は、光が長時間存在しない場合、クロモクロリス・ゾフィンギエンシスの増殖速度と生産性が低下することを示唆している。クロモクロリス・ゾフィンギエンシスの最高の生産性が従属栄養条件(7.03gL
-1d
-1;[2])で観察され、そして、クロモクロリス・ゾフィンギエンシスの従属栄養培養に焦点を当てた多くの研究があるため[2,11,17,22,37,38]、従属栄養生産性が低いことはかなり驚くべきことであった。上記のすべての研究では、光(20~90μmolm
-2s
-1)の存在下で維持された種菌を使用しており、おそらく高いバイオマス生産性が可能であることに注意する必要がある。従属栄養培養を1バッチ以上続けると、生産性が低下する場合がある。したがって、光照射は、微細藻類が暗所培養モードに移行する前の細胞増殖に不可欠な部分であるように思われる。シアノバクテリア(Synechocystis sp)PCC6803株でも同様の観察結果が報告され、ここで、暗所従属栄養培養下で細胞の増殖を継続するには、定期的な光パルスが必要であった[39]。発明者らは、光が従属栄養代謝、細胞周期、または細胞分裂を調節する環境信号として機能することを示唆した。また、クロモクロリス・ゾフィンギエンシスでは、完全な暗所下で、グルコース供給を伴う照射条件と比較して、細胞密度が大幅に低下することが示されている[8]。したがって、従属栄養増殖を刺激するために、特に細胞分裂のために光が必要になる場合がある。
【0076】
前培養時に照射された細胞(独立栄養および混合栄養前培養)が次の従属栄養培養でより高い増殖を示したという事実は、それらの細胞の生理学的特徴が後者の培養に残ったことを示唆している。この光の必要性は、遺伝子発現または細胞内化合物が次の段階でも残っていることを示している。光は形態学的変化と遺伝子発現応答を誘発し、細胞内成分を変化させる可能性があることが一般的に知られている[40]。光合成刺激中に生成される細胞内化合物は、成長に必要な場合がある。
【0077】
暗所条件とは対照的に、照射条件(独立栄養および混合栄養バイオマス生産段階)では、従属栄養的に前培養された細胞は、独立栄養的におよび混合栄養的に前培養された細胞よりも高い比増殖速度およびバイオマス生産性を示した(
図2a、b)。独立栄養バイオマス生産段階では、従属栄養前培養細胞は、独立栄養および混合栄養前培養細胞と比較して、最大比増殖速度が約2.2~2.4倍高かった(n=3、p<0.05;表2)。同様に、混合栄養バイオマス生産段階では、従属栄養前培養細胞は、独立栄養および混合栄養前培養細胞と比較して、1.6~1.8倍高い最大比増殖速度を示した(n=3、p<0.05)。興味深いことに、混合栄養生産性が高い以前の研究でも、種菌の活性化に暗所従属栄養条件が採用されていた[1,5](表3)。照射培養のために暗所従属栄養条件下で種菌を準備すると、生産性が向上する可能性がある。実際、最大の比増殖速度(1.19±0.044d
-1)は、従属栄養的に前培養された細胞を使用した混合栄養バイオマス生産段階で得られた(表2)。この値は、混合栄養的に前培養された条件(0.057d
-1;[4])よりも高く、暗条件を前培養条件とした別の研究の値(1.27d
-1;[5])と同様であった。従属栄養的に前培養された細胞の高増殖速度には、2つのメカニズムが考えられる;(1)成長促進因子の蓄積、及び(2)光合成と炭素同化の相乗的関係。
【0078】
従属栄養的に前培養された細胞は、成長促進因子を蓄積している可能性がある。これは、独立栄養および混合栄養バイオマス生産段階での増殖速度を高めるのに役立つ可能性がある。蓄積された成長促進因子には、少なくとも2つのタイプ;1)核、及び(2)脂質やデンプンなどの細胞内化合物、があった可能性がある。培養条件に応じて、クロモクロリス・ゾフィンギエンシスは、バイナリ(2つの娘細胞)または複数分裂(4~64の娘細胞)の分割パターンで細胞分裂する[39]。複数分裂の特徴は次のとおりである;細胞は通常の細胞の3~5μmと比較して約15μmの大きさになり、各細胞はその中に複数の核を持っているため、急速な増殖が可能である。この研究の従属栄養細胞も大きな細胞サイズを示した。従属栄養細胞の細胞サイズは、前培養条件(n=9、p<0.05;
図3)に関係なく、混合栄養細胞(9.21±1.02μm)および独立栄養細胞(5.72±1.25μm)よりも有意に大きかった(それぞれ13.37±1.19μm)。これは、従属栄養細胞が複数の分裂の状態にあり、分裂の準備ができている可能性があることを示唆している。独立栄養細胞と混合栄養細胞が従属栄養状態に移行したときに細胞サイズの増加が観察され、核の蓄積が示唆された。独立栄養および混合栄養で前培養された細胞の細胞サイズは、0日目(それぞれ5.33±1.61および6.93±2.00μm)から最後(それぞれ13.67±2.76および14.07±5.72μm)まで増加し、一方、従属栄養的に前培養された細胞のそれはあまり変化しなかった(
図3c)。
【0079】
別の可能な成長促進因子は、細胞内化合物の蓄積である。以前の文献から、クロモクロリス・ゾフィンギエンシス細胞は脂質やデンプンなどのいくつかの細胞内化合物を蓄積することが知られている[8,40]。細胞増殖のためのこれらの細胞内化合物の利用が起こり、光にさらされたときに高い増殖速度を示した可能性がある。たとえば、Chen[8]らは、脂質収量の急激な減少が、暗所条件と比較して、照射時の細胞増殖と一致することを示した。この研究では、従属栄養細胞(0.171±0.024mgg-1DW)および混合栄養細胞(0.181±0.051mgg-1DW)の方が、独立栄養細胞(0.063±0.017mgg-1DW:表2)よりもデンプン含有量が高くなっている。脂質蓄積に関しては、従属栄養培養(13.56±1.98%)において、独立栄養培養(8.83±4.18%)および混合栄養培養(9.21±0.72%)よりも高い脂質含有量が観察された。保存された細胞内化合物は、高い比成長速度を達成するために、炭素源または成長促進因子のいずれかとして機能した可能性がある。
【0080】
ただし、混合栄養細胞は従属栄養細胞と比較して成長促進機能を示さなかったが、ここでは、従属栄養細胞と混合栄養細胞の細胞サイズ、脂質、デンプン含有量の両方がほぼ同じであった。示差増強効果の具体的な理由は、現在の実験では明らかではない。ただし、細胞分裂が制限されていない混合栄養条件とは対照的に、2番目の従属栄養前培養での長期の成長制限は細胞分裂なしで核の蓄積を誘発した可能性がある。さらに、混合栄養前培養と比較して従属栄養培養における成長促進細胞内化合物の蓄積の増強は、相違の潜在的な原因であった可能性がある。
【0081】
従属栄養細胞のより高い増殖速度の別の可能なメカニズムは、光合成と葉緑体、細胞質ゾル、およびミトコンドリアで発生するグルコース代謝との間の相乗的関係である可能性がある。このような相乗的関係は混合栄養状態で発生することが明らかになっているが(実施例2;[5]を参照)、従属栄養細胞の独立栄養および混合栄養バイオマス生産段階への移行においても、同様の協業協力が行われた可能性がある。上記のように、従属栄養条件で前培養された細胞は、その中にデンプンおよびおそらく脂質を蓄積した。これらの細胞は、照射された独立栄養および混合栄養条件に移されると、蓄積された炭素源を利用して、葉緑体に中間有機物とATPを提供することにより、光合成、解糖、およびクエン酸回路の間の相乗的関係を示した可能性がある。
【0082】
SYBR(R)Goldを使用した核染色、透過率電子顕微鏡、細胞化合物の包括的な分析、メタボロミクス、およびゲノミクスなどのさらなる分析により、従属栄養的に前培養された細胞の成長促進因子のメカニズムが明らかになる可能性がある。また、成長促進因子の解明は、クロモクロリス・ゾフィンギエンシスや他の種菌の大量生産に有益である可能性がある。なお、(R)は登録商標を示す。
【0083】
例えば、
図7に示すように、従属栄養的に前培養された細胞の成長速度の増加は、多核化したクロモクロリス・ゾフィンギエンシスによる複数分裂に起因する可能性がある。実際に顕微鏡観察により、従属栄養的に前培養された株が多核細胞を形成しており、これを独立栄養に移行させることで単核化することが観察されている(
図5)。発明者らの研究では、従属栄養的に前培養された細胞では、独立栄養的に前培養された細胞よりもはるかに多くの核が観察された(
図7)。この多核細胞は、0日目から2日目までの平均核数の7.19から1.26への急速な減少が認められ、核数の減少は、迅速な細胞増殖と一致した。これはおそらく、培養物が独立栄養状態に移行したときに、多核細胞が急速に分裂(複数分裂)したためである。一方で、従属栄養的に前培養された細胞の高い細胞増殖は、核数が独立栄養的に前培養された細胞と同様に減少した後でも継続することが観察された。全体的な成長の改善の理由は、複数分裂だけではなく、従属栄養期間に貯蔵した成長促進物質の利用が考えられる。
【0084】
多核細胞の生成においては、暗所での従属栄養培養が寄与することが発明者らの研究により明らかとなった(
図6)。独立栄養的に前培養された細胞を従属栄養培養に移行させると、0日目から2日目にかけて核の平均数が増加した(
図8)。これは、暗所にクロモクロリス・ゾフィンギエンシスを培養すると、細胞分裂が抑制され、核分裂のみが継続することを示している。
【0085】
この実施例では、後期における前培養栄養モードの明確な効果が観察され、大量培養の成功における最適化の重要性を示している。従属栄養バイオマス生産は、高増殖速度とバイオマス生産性を維持するために前培養で光を必要とすることが示された。ただし、従属栄養的に前培養されたクロモクロリス・ゾフィンギエンシス細胞は、核や細胞内化合物などの成長促進因子を蓄積する可能性がある。これは、光の存在下で成長すると、より高い成長とバイオマス収量につながる可能性がある(混合栄養および独立栄養バイオマス生産段階)。したがって、成長促進化合物を誘導するための前培養段階での従属栄養培養、および後期段階での混合栄養培養が、バイオマス生産性を高めるための良い選択として提案されている。
【0086】
色素含有量の測定
クロロフィルa含有量は、独立栄養のバイオマス生産段階(7.54±3.62mgg
-1)が、混合栄養(1.84±0.121mgg
-1)および従属栄養(1.25±0.511mgg
-1)のバイオマス生産段階(1.25±0.511mgg
-1)よりも有意に高かった(n=3、p<0.05;表2))。同様に、ここで達成された総カロテノイドは、混合栄養および従属栄養バイオマス生産段階よりも独立栄養バイオマス生産段階で有意に高かった(n=3、p<0.05)(
図4)。独立栄養状態での高いカロテノイド含有量は、光がクロモクロリス・ゾフィンギエンシスのカロテノイド生合成遺伝子をアップレギュレートするため[2]、光の影響によるものであった。しかし、混合栄養条件は、光とグルコースの存在下で行われたため、ここではカロテノイド含有量が低いことを示した。混合栄養バイオマス生産段階での高い細胞密度が自己遮光とカロテノイド含有量の減少をもたらしたため、光透過率の影響が理由の1つである可能性がある。
【0087】
本願明細書においては、従属栄養および混合栄養前培養段階でのカロテノイド含有量が低いにもかかわらず、独立栄養バイオマス生産段階で同等のカロテノイド含有量が存在したことに気付くことができる(
図4a)。これは、独立栄養細胞が高カロテノイド生産の唯一の選択肢ではないことを示している。ここで得られた結果は、前培養段階の栄養モードが後段階のカロテノイド含有量に大きな影響を与えないことを示唆している。
【0088】
[実施例4]栄養モードの組み合わせ
この実施例では、混合栄養モードで、特に従属栄養の細胞を培養に接種した場合に、最高のバイオマス生産性が観察された(
図2b)。この結果は、従属栄養前培養と混合栄養バイオマス生産段階の組み合わせが、クロモクロリス・ゾフィンギエンシスのバイオマス生産性を改善するための優れた戦略であることを示唆している。しかし、従属栄養培養は、細胞が長期間従属栄養培養された場合(すなわち、2つまたは3つの連続した従属栄養培養)、増殖速度の低下に直面した(
図1cおよび2b)。この結果は、従属栄養培養の種菌が独立栄養培養または混合栄養培養のいずれかからのものである必要があることを示している。ただし、ストック培養の場合、グルコースは保存中に汚染を引き起こす可能性があり、ストックステップ中のグルコースの消費と枯渇も良好な細胞状態の維持を困難にする可能性があるため、混合栄養モードは適していない。
【0089】
また、従属栄養的に前培養された細胞は、従属栄養バイオマス生産段階でより低い増殖速度を示した。したがって、本発明者の実験結果は、栄養モードの最適な組み合わせは次のとおりであることを示唆している;
- ストックのための独立栄養培養(次の従属栄養培養の成長因子を誘導するため)、
- 前培養としての従属栄養培養(多核細胞を増やす。同時にデンプン・脂質などの細胞内成長促進化合物を蓄積するため)、および
- バイオマス生産段階の混合栄養培養又は独立栄養培養(バイオマス生産性を最大化するため)。
【0090】
本発明においては、例えば、Zhangら、2017[2]による7.03gL-1d-1、又は、Sunら、2019[9]による5.8gL-1d-1のようなレベルのクロモクロリス・ゾフィンギエンシスに関する既存のすべての研究における最高のバイオマス生産性には達していないが、流加培養でのリアクター条件の最適化により、培養物が栄養素とグルコースの制限に直面したため、同等以上の生産性を達成できる可能性がある。バイオマス生産性の向上により、全体的なアスタキサンチン生産性がさらに向上する可能性がある。
【0091】
結論
本発明者は、従属栄養的に成長した前培養されたクロモクロリス・ゾフィンギエンシス細胞が細胞内化合物を蓄積できることを示し、これは、光照射により増殖速度と生産性を向上させることができる。また、従属栄養モードでクロモクロリス・ゾフィンギエンシスを正常に増殖させるには、ストックや前培養などの先行培養段階に光が必要であることが観察された。さらに、発明者は、前の培養段階の栄養モードは、後の段階のカロテノイド含有量に大きな影響を与えないことを明らかにした。本発明者らの実験結果は、ストック、前培養、およびバイオマス生産段階での適切な栄養モードの組み合わせが、クロモクロリス・ゾフィンギエンシスのバイオマス生産性を高めるための実行可能な方法である可能性があることを示している。また、条件の最適化により、アスタキサンチンの生産性が向上する可能性がある。
微細藻類、特に、クロモクロリス属のような微細藻類において、栄養形態をその培養段階に合わせて変化させることで増殖速度の飛躍的向上が達成され、微細藻類を簡易に大量培養することが可能となり、ひいてはアスタキサンチンの産生に導くことができる。