(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023156982
(43)【公開日】2023-10-25
(54)【発明の名称】カチオンドープ酸化グラフェン混合導電性膜の製造方法、重水素選択透過膜の製造方法、重水素選択透過膜及び重水素ガスの製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 32/198 20170101AFI20231018BHJP
C01B 4/00 20060101ALI20231018BHJP
B01D 53/22 20060101ALI20231018BHJP
B01D 71/02 20060101ALI20231018BHJP
B01D 59/14 20060101ALI20231018BHJP
C07B 59/00 20060101ALI20231018BHJP
C07C 31/04 20060101ALI20231018BHJP
C07C 29/00 20060101ALI20231018BHJP
C07C 13/18 20060101ALI20231018BHJP
C07C 15/46 20060101ALI20231018BHJP
C07C 5/10 20060101ALI20231018BHJP
C07C 5/00 20060101ALI20231018BHJP
【FI】
C01B32/198
C01B4/00 Z
B01D53/22
B01D71/02 500
B01D59/14
C07B59/00
C07C31/04
C07C29/00
C07C13/18
C07C15/46
C07C5/10
C07C5/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023019238
(22)【出願日】2023-02-10
(31)【優先権主張番号】P 2022066027
(32)【優先日】2022-04-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100112634
【弁理士】
【氏名又は名称】松山 美奈子
(72)【発明者】
【氏名】木田 徹也
【テーマコード(参考)】
4D006
4G146
4H006
【Fターム(参考)】
4D006GA41
4D006MA03
4D006MB19
4D006MC05X
4D006NA50
4D006NA63
4D006PA01
4D006PB20
4D006PB66
4D006PB70
4D006PC80
4G146AA01
4G146AA16
4G146AB07
4G146AC16B
4G146AC17B
4G146AD22
4G146AD40
4G146CB11
4G146CB40
4H006AA02
4H006AC11
4H006AC84
4H006BA26
4H006BB61
4H006BE20
4H006BE60
(57)【要約】
【課題】再現性がよく、実用化に適する混合導電性酸化グラフェン膜及び重水素選択透過膜の製造方法を提供する。
【解決手段】カチオンをドープした酸化グラフェン膜を大気中100℃以上130℃未満の範囲内の一定温度で所定時間加熱して部分還元した後、室温で放冷し、次いで、アルゴン雰囲気下、相対湿度90%以上で加湿することを特徴とする、カチオンドープ酸化グラフェン混合導電性膜の製造方法。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子伝導性及びプロトン導電性を有するカチオンドープ酸化グラフェン混合導電性膜の製造方法であって、
カチオンをドープした酸化グラフェン膜を大気中100℃以上130℃未満の範囲内の一定温度で所定時間加熱して部分還元した後、室温で放冷し、次いで、アルゴン雰囲気下、相対湿度90%以上で加湿することを特徴とする製造方法。
【請求項2】
重水素選択透過膜の製造方法であって、
カチオンをドープした酸化グラフェン膜を大気中100℃以上130℃未満の範囲内の一定温度で所定時間加熱して部分還元した後、室温で放冷し、次いで、アルゴン雰囲気下、重水を用いて相対湿度90%以上で加湿することを特徴とする製造方法。
【請求項3】
カチオンをドープした酸化グラフェン膜の一部に酸素官能基を有し、層間にH2O分子及びD2O分子が形成する水素結合ネットワークを有することを特徴とする、重水素選択透過膜。
【請求項4】
請求項3に記載の重水素選択透過膜に、重水蒸気及び水素ガスを流通させて、重水素ガスを製造する方法。
【請求項5】
請求項3に記載の重水素選択透過膜に、トリチウム水と水素ガスを流通させて、トリチウムガスを製造する方法。
【請求項6】
請求項3に記載の重水素選択透過膜に、重水蒸気及び水素ガスを流通させて、重水素ガスを選択的に透過させ、透過した重水素ガスと有機化合物とを反応させて重水素標識有機化合物を製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、室温(約25℃)にてプロトン導電性及び電子伝導性の両者を発揮する混合導電性酸化グラフェンシートの製造方法並びに重水素選択透過膜の製造方法、重水素選択透過膜及び当該重水素選択透過膜を利用した重水素ガスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クリーンなエネルギー供給源としての水素の利用に際して、膜分離法は低コストで簡易に水素を分離・精製する方法として知られている。高純度の水素を得るには選択的水素透過膜が必要であるが、膜の強度が不十分であると加熱により膜に欠陥が生じ、水素以外のガスが透過してしまうという問題がある。
【0003】
たとえば、金属アルコキシドを溶解させた所定温度の有機溶媒中に、細孔内に水を含浸させた状態の多孔質支持体を浸漬し、有機溶媒中の金属アルコキシドを細孔質支持体の最表層部において細孔内の水と接触させて加水分解させ、多孔質支持体の最表層部表面にのみセラミック微粒子から成る多孔質層を形成し、最表層のセラミック粒子間に形成される開口部を封止する水素分離膜が提案されている(特許文献1)。この水素分離膜は、分子篩効果を利用する水素分離膜であり、最表層にのみセラミック微粒子から成る多孔質層を形成することで、圧力損失を低減することができる。しかし、共存する二酸化炭素、酸素、窒素などを透過しやすいという問題がある。
【0004】
あるいは、多孔質セラミックス中空糸外表面上にPd-Ag合金薄膜を堆積させてなる水素分離膜が提案されている(特許文献2)。この水素分離膜はPdの水素選択透過性を利用するものであり、温度依存性があるため、作動させるためには300℃以上の高温が必要である。また、Pdは高価である上に、膜厚を薄くしなければ透過速度が向上しない。薄膜を調製するにはCVD法などの高い技術を必要とするし、薄膜化により耐久性が低下するという問題がある。
【0005】
あるいは、細孔内にシリカ(SiO2)を担持させた多孔質セラミックス膜よりなる水素分離膜が提案されている(特許文献3)。この水素分離膜はSiO2簿膜の水素選択透過性及び多孔質体による分子篩効果を利用するものであり、温度依存性があるため、150~500℃の高温で作動し、入口側と出口側とに圧力差を設ける必要がある。また、二酸化炭素、酸素、窒素等を透過してしまい、水素選択性に劣る。
【0006】
また、電気化学的な水素透過性を示す材料として、BeCeO3に異種元素をドープしたセラミックス混合伝導体膜が提案されている。しかし、作動温度は300℃以上と高い上に、大気中の二酸化炭素と反応して劣化するという問題がある。また、膜の加工性が極めて悪い。また、ナフィオン(登録商標)に代表されるプロトン交換膜とカーボンなどの電子導電体を複合化させた混合伝導体膜も提案され、多用されている。しかし、混合伝導体膜は、異相接合材料であるため、水素透過領域が界面のみに制限され、本質的に透過量を大きくすることができず、薄膜化及び緻密化が困難で機械的強度にも劣る。
【0007】
一方、単一成分材料であるグラフェンや酸化グラフェンを用いた超薄膜の水素分離膜も報告されている(非特許文献1及び2)。しかし、これらは、グラフェンや酸化グラフェンに存在するミクロ孔による分子篩機能を利用するものであり、ヘリウム、二酸化炭素、窒素、及び酸素も透過してしまい、水素選択透過膜として機能しないという問題がある。さらに、これらは100nm程度の超薄膜であり、強度が劣り、水素選択透過膜として利用するには多孔質支持体を必要とする。
【0008】
本発明者は、酸化グラフェン分散液をシート状に成膜した後、室温から40℃~150℃の還元温度に昇温しながら加熱して、酸化グラフェンの一部を熱還元することで、単一成分材料からなる水素選択透 過膜として有用な混合伝導性酸化グラフェン膜を製造する方法を提案している(特許文献3)。しかし、さらに研究を進めた結果、昇温しながら加熱する方法では、再現性が悪く、実用化にはまだ改善の余地があることが判明した。
【0009】
また、水素の安定的同位体である重水素は、半導体や光フィアバー、核融合など多様な分野で使用されているが、非常に高価であり、海外からの輸入に依存している。よって、安価な重水素の製造方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007-229562号公報
【特許文献2】特開平6-254361号公報
【特許文献3】特開2016-169138号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Science, 342, 91 (2013)
【非特許文献2】Science, 342, 95 (2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、再現性がよく、実用化に適する混合導電性酸化グラフェン膜の製造方法を提供することを目的とする。
【0013】
また、本発明は、再現性がよく、実用化に適する重水素選択透過膜の製造方法及び重水素選択透過膜を提供することを目的とする。
【0014】
さらに、本発明は、重水素選択透過膜を用いて安価で簡易に重水素ガス、トリチウムガス及び重水標識有機化合物を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明によれば、電子伝導性及びプロトン導電性を有するカチオンドープ酸化グラフェン混合導電性膜の製造方法であって、
カチオンをドープした酸化グラフェン膜を大気中100℃以上130℃未満の範囲内の一定温度で所定時間加熱して部分還元した後、室温で放冷し、次いで、アルゴン雰囲気下、相対湿度90%以上で加湿することを特徴とする製造方法が提供される。
【0016】
また、本発明によれば、重水素選択透過膜の製造方法であって、
カチオンをドープした酸化グラフェン膜を大気中100℃以上130℃未満の範囲内の一定温度で所定時間加熱して部分還元した後、室温で放冷し、次いで、アルゴン雰囲気下、重水を用いて相対湿度90%以上で加湿することを特徴とする製造方法が提供される。
【0017】
さらに、本発明によれば、カチオンをドープした酸化グラフェン膜の一部に酸素官能基を有し、層間にH2O分子及びD2O分子が形成する水素結合ネットワークを有することを特徴とする、重水素選択透過膜が提供される。
【0018】
またさらに、本発明によれば、上記[3]に記載の重水素選択透過膜に、重水蒸気及び水素ガスを流通させて、重水素ガスを製造する方法が提供される。
【0019】
さらに、本発明によれば、上記[3]に記載の重水素選択透過膜に、トリチウム水と水素ガスを流通させて、トリチウムガスを製造する方法が提供される。
【0020】
さらに、本発明によれば、上記[3]に記載の重水素選択透過膜に、重水蒸気及び水素ガスを流通させて、重水素ガスを選択的に透過させ、透過した重水素ガスと有機化合物とを反応させて重水素標識有機化合物を製造する方法が提供される。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、再現性がよく、実用化に適する混合導電性酸化グラフェン膜の製造方法が提供される。
【0022】
また、本発明によれば、再現性がよく、実用化に適する重水素選択透過膜の製造方法及び重水素選択透過膜が提供される。
【0023】
さらに、本発明によれば、重水素選択透過膜を用いて安価で簡易に重水素ガス、トリチウムガス及び重水素標識有機化合物を製造する方法が提供される。
【0024】
重水素は水素の安定同位体であり、半導体や光ファイバー、核融合など多様な分野で使用されている。重水素は非常に高額であり、ほぼ米国からの輸入品を用いている。重水は重水素ガスに比べれば安価であり、本発明の重水素ガスの製造法は重水から重水素ガスを製造することができるため、輸入品に依存せずに安定して安価に重水素ガスを提供することができる。また、本発明の重水素ガスの製造方法は、従来の電解法に必要な電極や外部電源が不要である。
【0025】
トリチウム水は、東日本大震災による福島第一原子力発電所からの放射性廃棄物質として多量に蓄積されていて、処理が問題となっている。一方、トリチウムガスは核融合の原料物質として有用である。本発明のトリチウムガスの製造方法においてトリチウム水を原料として用いて、有用なトリチウムガスに変換することで、大きな問題となっているトリチウム水を処理することができる。
【0026】
重水素標識有機化合物は、代謝経路の追跡、反応機構解明、重薬品などに用いられる。従来の方法は、重水や重水素標識メタノールなどの小分子から目的とする化合物を複数の工程を経由して合成している。本発明の重水素選択透過膜の片側に重水素蒸気と水素ガスを供給し、重水素選択透過膜の反対側に透過する重水素ガスを直接有機化合物の合成反応に導入することで、簡易に重水素標識有機化合物を製造することができる。重水素標識有機化合物は、たとえば、重水素を組み込んだアミノ酸や脂肪酸を動物に投与して、体内での代謝経路を追跡することができる。あるいは、C-D結合の反応速度は、C-H結合に比べて6~10倍ほど遅いので、重水素を組み込んだ分子を用いて反応機構を解明することができる。また、医薬は体内に取り入れられると代謝を受け、不活性な化合物や体外に排泄されやすい形に変換されて効果を失うことがあるが、代謝を受ける位置の水素原子を重水素原子に置換することで、代謝されにくい医薬品を開発することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】
図1(a)は部分加熱還元温度を変えて製造したCe-prGO膜のX線回折スペクトルを示し、
図1(b)は同Ce-prGO膜の赤外吸収分光スペクトルを示す。
【
図2】部分加熱還元温度を120℃とした場合のセリウムドープ部分還元酸化グラフェン膜(Ce-prGO)と、部分加熱還元前のセリウムドープ酸化グラフェン膜(Ce-GO)のXPSスペクトルであり、
図2(a)はC1sスペクトル、
図2(b)はCe3dスペクトルを示す。
【
図3】
図3(a)は、部分加熱還元温度を120℃とした場合のCe-prGO膜を用いて水素濃淡電池を形成した場合の起電力応答を示すグラフであり、
図3(b)は、Ce-prGO膜およびCe-GO膜をそれぞれ用いて水素濃淡電池を形成した場合のln(P
1/P
2)とEMFのプロットを示す。
【
図4】
図4(a)は、Ce-GO膜および部分加熱還元温度を120℃とした場合のCe-prGO膜のインピーダンス分光測定で得られたNyquistプロットを示し、
図4(b)は、Ce-GO膜とCe-prGO膜の直流電圧法で得られたIV曲線を示す。
【
図5】Ce-prGO膜のH
2ガスとHeガスの透過速度を示すグラフであり、
図5(a)は部分加熱還元温度110℃、
図5(b)は部分加熱還元温度120℃、
図5(c)は部分加熱還元温度130℃の場合である。
【
図6】
図6(a)は、雰囲気を湿潤と乾燥に切り替えて行った水素分離実験の結果を示すグラフであり、
図6(b)は、Pt/C触媒の有無を切り替えて行った水素分離実験の結果を示すグラフである。
【
図7】
図7は、Ce-prGO膜の片側に水素含有ガスを流通させる状態を示す概略説明である。
【
図8】
図8は、Ce-prGO膜の片側に重水素含有ガスを流通させる状態を示す概略説明である。
【
図9】
図9は、Ce-prGO膜の片側に流通させるガスを水素含有ガスと重水素含有ガスに切り替えた場合の水素及びヘリウムの透過速度を示すグラフである。
【
図10】
図10(a)は重水素ヘリウム混合ガスを流通させない場合、
図10(b)は重水素ヘリウム混合ガスを流通させた場合、
図10(c)は重水素ヘリウム混合ガスを流通させて高真空条件下で測定した場合のSIMS測定結果を示すグラフであり、
図10(d)は、平面上の元素マッピング(
1H、
12C、
16O及び
140Ce)を示す。
【
図11】
図11(a)は、軽水H
2O及び重水D
2O雰囲気下でのXRDパターンを示し、
図11(b)は、重水で加湿した場合のSIMS測定結果を示す。
【
図12】
図12は、軽水H
2O及び重水D
2O雰囲気下でのCe-prGO膜のDRIFT分析結果を示す。
【
図13】
図13は、重水D
2O処理開始後の経過時間に伴うCe-prGO膜内のO-H結合がO-D結合に入れ替わる状態を模式的に示す概略説明図である。
【
図14】
図14は、加湿雰囲気を軽水及び重水に切り替えた場合の気体透過速度を示すグラフである。
【
図15】
図15は、重水D
2Oと水素を供給した場合の透過ガスの質量スペクトル結果を示すグラフである。
【
図16】重水素透過膜における重水素透過のメカニズムを模式的に示す概略説明図である。
【
図17】
図17は、Ce-prGO膜を用いた重水素標識有機化合物の製造1を示す概略説明図である。
【
図18】
図18は、Ce-prGO膜を用いた重水素標識有機化合物の製造2を示す概略説明図である。
【
図19】
図19は、Ce-prGO膜を用いた重水素標識有機化合物の製造2によるメタノールの
2H-NMRスペクトルである。
【
図20】
図20は、Ce-prGO膜を用いた重水素標識有機化合物の製造3を示す概略説明図である。
【
図21】
図21は、Ce-prGO膜を用いた重水素標識有機化合物の製造3によるスチレンの
2H-NMRスペクトルである。
【好ましい実施形態】
【0028】
[カチオンドープ酸化グラフェン混合導電性膜の製造方法]
本発明の電子伝導性及びプロトン導電性を有するカチオンドープ酸化グラフェン混合導電性膜の製造方法は、カチオンをドープした酸化グラフェン膜を大気中110℃以上120℃以下の範囲内の一定温度で所定時間加熱して部分還元した後、室温で放冷し、次いで、アルゴン雰囲気下、相対湿度90%以上で加湿することを特徴とする。
【0029】
酸化グラフェン(GO)は、膨張黒鉛を酸化させ、層を剥離することにより得ることができ、製造方法としてHummer’s法やTour’s法が知られている。酸化グラフェンはヒドロキシ基、カルボニル基、エポキシ基等の酸素官能基を有する。
【0030】
酸化グラフェンにカチオンを導入することにより、層間距離が拡大し、プロトン導電率が向上する。カチオンとしては、セリウム(Ce4+)、セリウム(Ce3+)、アルミニウム(Al3+)、ランタン(La3+)を用いることができ、プロトン導電率向上のために層間距離がより拡大するセリウム(Ce4+)、セリウム(Ce3+)が好ましく、セリウム(Ce4+)が特に好ましい。カチオンのドープ量は、1~15wt%が好ましく、5~10wt%がより好ましい。セリウム(Ce4+)をドープした酸化グラフェン膜(Ce-GO膜)は、たとえば、酸化グラフェン分散液に硫酸セリウム4水和物を添加して混合し、減圧濾過で脱水することにより、Ce4+を含む酸化グラフェンナノシートの積層膜として作製することができる。
【0031】
【0032】
カチオンドープ酸化グラフェン膜は自立膜であることが好ましい。自立膜の膜厚は用いるGOナノシートの量に比例する。所望の膜厚の自立膜を得るために、GOナノシートの量を適宜選択することができる。本発明で用いるGOナノシートは90~100μmの自立膜であることが好ましい。
【0033】
カチオンをドープした酸化グラフェン膜を大気中100℃以上130℃未満の範囲内の一定温度で所定時間加熱することにより、酸化グラフェン膜中の酸素官能基を部分的に還元し、部分還元酸化グラフェン膜(prGO)とする。加熱還元による酸化グラフェン膜の還元度は、加熱温度と加熱時間に依存するため、一定温度・一定時間の部分加熱還元を行う。部分還元により、酸素官能基が部分的に還元されて還元部位となり電子導電性が向上し、酸化グラフェン中の酸素官能基の酸化部位によるプロトン導電性とのバランスを最適化して、電子伝導性及びプロトン導電性を有する混合導電性を発現することができる。
【0034】
部分的に還元するための加熱温度(部分加熱還元温度)は、100℃以上130℃未満であり、好ましくは110℃以上125℃以下、より好ましくは115℃以上120℃以下である。実施例にて後述するように、部分加熱還元温度が130℃以上になると、還元が進行しすぎて、酸化部位が少なくなり、電子伝導性及びプロトン導電性の混合導電性を発現しにくくなる。
【0035】
部分的に還元するための加熱時間は、5分以上60分以下が好ましく、15分以上30分以下がより好ましい。加熱時間が短すぎると還元が進行せず、加熱時間が長すぎると還元が進行しすぎて、酸化部位と還元部位とのバランスが崩れ、電子伝導性及びプロトン導電性の混合導電性を発現しにくくなる。
【0036】
部分還元して得られたカチオンドープ酸化グラフェン膜(カチオン-prGO)を室温で放冷した後、加湿する。室温で放冷することにより、還元が進行しすぎて電気伝導性が高くなりすぎることを防止し、その後に加湿することにより、プロトン導電性を向上させる。加湿は、相対湿度90%以上、好ましくは92%以上、より好ましくは95%以上の湿潤条件で行う。相対湿度が90%未満ではカチオンドープ酸化グラフェン膜(カチオン-prGO)を十分に加湿できず、電子伝導性が低くなる。
【0037】
たとえば、恒温槽内にカチオンドープ酸化グラフェン膜を入れ、大気中、一定の還元温度で一定時間の部分加熱還元を行う。その後すぐに放熱し、部分還元カチオンドープ酸化グラフェン膜をポーラスフィルムで覆った後、湿潤雰囲気の容器内で加湿を行うことが好ましい。たとえば、水を入れた蓋つき容器内に、部分還元カチオンドープ酸化グラフェン膜を入れた上部開口ガラスセルを投入することにより、部分還元カチオンドープ酸化グラフェン膜を直接水中に投入せずに、相対湿度90%以上の湿潤雰囲気を形成することができる。加湿により、部分還元カチオンドープ酸化グラフェン膜の層間にH2O分子を導入し、プロトン(H+)導電性を向上させることができる。なお、ポーラスフィルムは加湿時間を短縮するために用いるものであり、加湿時間が長くてもよい場合にはポーラスフィルムを用いなくてもよい。
【0038】
本発明の製造法によれば、sp3結合領域とsp2結合電子が混在し、電子とプロトンの導電率が同程度になった部分還元したカチオンドープ酸化グラフェン膜が得られる。
【0039】
[重水素選択透過膜の製造方法]
本発明の重水素選択透過膜の製造方法は、カチオンをドープした酸化グラフェン膜を大気中100℃以上130℃未満の範囲内の一定温度で所定時間加熱して部分還元した後、室温で放冷し、次いで、アルゴン雰囲気下、重水を用いて相対湿度90%以上で加湿することを特徴とする。重水素選択透過膜の製造方法は、加湿する際の湿潤雰囲気を重水で形成する点を除いて、上述のカチオンドープ酸化グラフェン混合導電性膜の製造方法と同じである。湿潤雰囲気を重水で形成することにより、部分還元カチオンドープ酸化グラフェン膜の層間にD2O分子を導入し、プロトン(D+)導電性を向上させることができる。
【0040】
[重水素選択透過膜]
本発明の重水素選択透過膜の製造方法により得られる重水素選択透過膜は、カチオンをドープした酸化グラフェン膜の一部に酸素官能基を有し、層間にH2O分子及びD2O分子が形成する水素結合ネットワークを有することを特徴とする。重水素選択透過膜の片側に水素含有ガスを流通させると、H+が膜内に取り込まれ、重水素選択透過膜内の水素結合ネットワークのD2OのD+と置換し、D+が押し出され、膜の反対側にD+が透過し、電子e-と結合してD2分子となり、重水素が選択的に透過する。よって、本発明は、重水素選択透過膜も提供する。
【0041】
[重水素ガスの製造方法]
本発明の重水素選択透過膜の片側に重水蒸気及び水素ガスを流通させることにより、重水素選択透過膜の反対側に重水素ガスを透過させることができる。よって、本発明は、重水素ガスの製造方法も提供する。
【0042】
[トリチウムガスの製造方法]
本発明の重水素選択透過膜の片側にトリチウム水蒸気と水素ガスを流通させることにより、重水素選択透過膜の反対側にトリチウムガスを透過させることができる。よって、本発明は、トリチウムガスの製造方法も提供する。
【0043】
[重水素標識有機化合物の製造方法]
本発明の重水素選択透過膜の片側に重水素蒸気と水素ガスを流通させて、重水素ガスを選択的に透過させ、重水素選択透過膜の反対側に透過する重水素ガスを有機化合物と反応させて重水素標識有機化合物を製造することができる。よって、本発明は、重水素ガス標識有機化合物の製造方法も提供する。
【実施例0044】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明する。
【0045】
[部分加熱還元温度]
Tour’s法により合成した酸化グラフェン(GO)分散液に硫酸セリウム四水和物Ce(SO
4)
2・4H
2Oを0.005mmol混合した後、減圧濾過によりCe
4+を含む酸化グラフェンの自立膜(Ce-GO膜)を作製した。このCe-GO膜を恒温槽内に入れ、大気下で、100℃、110℃、120℃、130℃、140℃、及び150℃の一定温度で、それぞれ25分間の加熱還元を行った後、Ce-GO膜を取り出し室温で放冷した後、X線回折および赤外吸収分光分析を行った。
図1(a)にX線回折スペクトル、同(b)に赤外吸収分光スペクトルを示す。X線回折では、還元前は酸化されたGOナノシートに基づくピークが現れ、層間距離は9.67Åを示した。部分加熱還元温度の上昇に伴ってGOナノシートのピークは縮小し、150℃では消失した。120℃での層間距離は8.88Å、140℃では7.71Åに低下した。部分加熱還元温度が上昇するにつれ還元型GO(rGO)に由来するピーク(2θ=20~30degree)が出現し、130℃以上で顕著に出現した。混合導電性の発現には酸化部位と還元部位の共存が必要と考えられることから、部分加熱還元温度は100℃以上130℃未満が適切といえる。なお、2θ=12degree付近に出現したシャープなピークはCe
2(OH)
4SO
4に基づくと考えられる。
【0046】
図2に、部分加熱還元温度を120℃とした場合のセリウムドープ部分還元酸化グラフェン膜(Ce-prGO)と、部分加熱還元前のセリウムドープ酸化グラフェン膜(Ce-GO)のXPSスペクトルを示す。
図2(a)に示すC1sスペクトルでは、部分加熱還元前のsp
3C-C、sp
2C=C、C-H欠陥に基づくピークが約284.5evに出現した。285~290eVの範囲にはC-OH(285.5eV)、C-O-C(286.3eV)、C=O(287.7eV)、O=C-O(288.8eV)の酸素含有官能基との結合に基づくピークが出現した。120℃での部分加熱還元後のC1sスペクトルでは酸素含有官能基に基づくピークが縮小しており、特にC-O-C基の含有量は22.7atm%から10.5atm%へと顕著に減少した。しかし、部分加熱還元後も酸素含有官能基の存在は確認でき、完全還元には至らず部分的なプロトン導電性の残存が示唆される。
図2(b)に示すCe3dスペクトルでは、Ce
3+(886.6eV、905.5eV)およびCe
4+(883.0eV、910.5eV)のピークが確認でき、Ceカチオンの酸化状態が変化したことがわかる。なお、部分加熱還元前後でCe3dスペクトルに大きな変化は認められない。
【0047】
図3(a)に、部分加熱還元温度を120℃とした場合のCe-prGO膜を用いて水素濃淡電池を形成した場合の起電力応答を示す。水素分圧勾配の変化に伴って起電力が応答し、起電力-時間の関係は階段状になった。
図3(b)に、Ce-prGO膜およびCe-GO膜をそれぞれ用いて水素濃淡電池を形成した場合のln(P
1/P
2)とEMFのプロットを示す。測定温度は室温(25℃)、相対湿度は90~100%とした。Ce-GO膜のプロトン輸率は1.00であり、純粋なプロトン導電体であることがわかる。Ce-prGO膜はプロトン輸率0.453を示し、プロトン-電子混合導電性の発現が示唆される。
【0048】
図4(a)に、Ce-GO膜および部分加熱還元温度を120℃とした場合のCe-prGO膜のインピーダンス分光測定で得られたNyquistプロットを示す。部分加熱還元後にスペクトルが右にシフトしてバルク抵抗値の上昇を示した。
図4(b)に、Ce-GO膜とCe-prGO膜の直流電圧法で得られたIV曲線を示す。Ce-GO膜のIV曲線は一定で変化がないが、Ce-prGO膜では直線の傾きが増大し、電子伝導の抵抗が上昇したことが示唆される。Nyquistプロットから得たバルク抵抗値より全導電率を計算し、IV曲線より電子伝導率を計算し、全導電率より電子導電率を差し引いてプロトン導電率とした。プロトン導電率は3.29×10
-4Scm
-1、電子導電率は2.57×10
-4Scm
-1となり、プロトン-電子混合導電性の発現を確認した。
【0049】
[湿潤およびPt/C触媒塗布]
110℃、120℃及び130℃の一定温度で、それぞれ25分間の加熱還元を行った後、Ce-prGO膜を取り出し室温で放冷した。次に、Ce-prGO膜の両面に表面触媒としてPtを46.3%含むPt/Cを塗布し、アルゴン雰囲気下・RH>90%で3日間加湿した後、室温(25℃)において膜の片側に30%H
2-30%He-40%Ar混合ガス100mL・min
-1を流通し、透過側のガスをGC-TCDにより定性・定量分析することで、H
2ガスの選択的透過の有無を確認した。
図5にCe-prGO膜のH
2ガスとHeガスの透過速度を示す。
図5(a)は部分加熱還元温度110℃、同(b)は部分加熱還元温度120℃、同(c)は部分加熱還元温度130℃の場合をそれぞれ示す。
【0050】
110℃および120℃で部分加熱還元を行ったCe-prGO膜は、室温でH2ガスを選択的に透過し、良好な水素分離を行えることが確認できた。部分加熱還元温度110℃での水素透過速度は2.26×10-2mL・min-1・cm-2、120℃で2.16×10-2mL・min-1vcm-2を示した。一方、Heの透過速度は6.55×10-5~1.39×10-4mL・min-1・cm-2と低かった。H2/He分離係数は部分加熱還元温度110℃で361、同120℃で422を示し、微小なHe粒子を透過しない優れた水素選択性を確認した。部分加熱還元温度130℃では、水素透過速度と同程度のHe透過速度を示し、H2/He分離係数が1.53となり、水素選択透過性に劣ることが確認できた。部分加熱還元温度130℃では、加熱還元で生じた炭素骨格上の微小欠陥を介してHeが透過したと考えられる。
【0051】
図6(a)に、120℃で部分加熱還元を行って室温で放冷した後、Pt/C触媒を担持させたCe-prGO膜を用いて、雰囲気を湿潤と乾燥に切り替えて水素分離実験を行った結果を示す。RH92%では良好な選択的水素透過が確認されたが、乾燥雰囲気であるRH4.5%に切り替えると水素透過度は著しく減少し、再び湿潤雰囲気であるRH88%に切り替えると水素透過速度は復活し、選択的水素透過性が確認できた。これにより、Pt/C触媒担持Ce-prGO膜では、水蒸気H
2Oの導入により、膜内でのプロトン伝導の寄与が示唆される。
【0052】
図6(b)に、120℃で部分加熱還元を行ってPt/C触媒を担持させたCe-prGO膜(with Pt/C)と、Pt/C触媒を担持させなかったCe-prGO膜(without Pt/C)との水素分離実験を行った結果を示す。Pt/C触媒を担持させなかったCe-prGO膜(without Pt/C)では、水素透過速度がHe透過速度と同程度に低く、選択的水素透過が認められなかった。よって、選択的水素透過には膜表面に白金系金属触媒が必要であり、Ce-prGO膜を介した水素透過のプロセスは水素分離の吸着解離過程を経ると考えられる。
【0053】
[重水素選択透過性]
120℃で部分加熱還元を行って室温で放冷した後、Pt/C触媒を担持させたCe-prGO膜を用いて、アルゴン雰囲気下・RH>90%で24時間加湿した後、室温(25℃)において、膜の片側に、
図7に示すように30%H
2-30%He-40%Ar混合ガス100mL・min
-1流通させる場合と、
図8に示すように30%D
2-30%He-40%Ar混合ガス100mL・min
-1を流通させる場合と、を交互に切り替えて、透過側のガスをGC-TCDにより定性・定量分析することで、H
2ガス及びD
2ガスの選択的透過の有無を確認した。結果を
図9に示す。
【0054】
最初に30%H2を流通すると2.00×10-2mL・min-1・cm-2の選択的水素透過が確認され、30%D2に切り替えると1時間静置後に1.45×10-2mL・min-1・cm-2まで透過速度が減少し、再び30%H2→30%D2切り替えを行うと透過速度は増加→減少を繰り返した。重水素は水素に比べて重く拡散速度が低速であるために透過速度が減少すると考えられる。Heの透過速度は低いまま変化が認められなかったことから、良好な重水素選択透過性があるといえる。
【0055】
図10に、重水素選択透過性が確認されたCe-prGO膜を用いて二次イオン質量分析(SIMS)による測定を行った結果を示す。
図10(a)~(c)は、SIMSによって得られた時間(Time)とイオン数(Ion Counts)の関係からHOPGを用いてスパッタレート(単位時間当たりのスパッタ深さ:1.06nm・s
-1)を決定し、深さ(Depth)とイオン数(Ion Counts)との関係として示したものである。
【0056】
図10(a)は、重水素ヘリウム混合ガスを流通させていない場合であり、Ce-prGO膜の構成元素である
1H、
12C、
16O及び
140Ceが検出され、
2Hおよび
4Heは検出限界以下であった。
【0057】
図10(b)は、重水素ヘリウム混合ガスを流通させた場合であり、2Hが深さ方向に均一に分布しており、重水素イオンの膜内への侵入が確認された。
図10(c)は、重水素ヘリウム混合ガスを流通させ、高真空条件下(1.88×10
-9mbar)で測定した場合であり、外部から侵入した
2Hが膜内に残存していることから、重水素イオンD
+として酸素官能基と強く結合して、水素結合ネットワークに捕捉されたといえる。Heは検出限界以下であった。
【0058】
図10(d)は、平面上の元素マッピング(
1H、
12C、
16O及び
140Ce)を示す。元素分布の偏りは、Ce-prGO膜の表面がフレキシブルで平滑でないことに起因する。重水素(
2H)は膜全体に一様に分布しており、かつ酸素官能基(
18O)の分布と一致していることから、水素結合ネットワークを介した重水素イオンD
+の均一な拡散が考えられる。以上から、Ce-prGO膜における水素拡散サイトは、多孔質膜のような空孔ではなく、酸素官能基とH
2O分子が形成する水素結合ネットワークといえる。
【0059】
[重水での加湿処理]
120℃の一定温度で25分間の加熱還元を行った後、Ce-prGO膜を取り出し室温で放冷した。次に、Ce-prGO膜の両面に表面触媒としてPtを46.3%含むPt/Cを塗布し、アルゴン雰囲気下で、軽水H2O及び重水D2OによるRH>90%でそれぞれ3日間加湿した。
【0060】
図11(a)は、軽水H
2O及び重水D
2O雰囲気下でのXRDパターンを示す。rGO部位のピーク(2θ=20~30degree)は変化しなかったが、軽水で加湿した場合にはナノシート由来の層間距離dが8.67Åであり、重水で加湿した場合にはナノシート由来の層間距離dが10.5Åに増加しており、重水で加湿することにより層間距離が拡大することが確認された。
【0061】
図11(b)は、重水で加湿した場合のSIMS測定結果を示す。重水を用いた加湿により重水素
2Hが深さ方向に均一に分布しており、Ce-prGO膜中へのD
2O分子の均一な導入が確認できる。
【0062】
図12は、軽水H
2O及び重水D
2O雰囲気下でのCe-prGO膜のDRIFT分析結果を示す。D
2O処理開始後0分、10分、40分及び60分に測定した。時間経過に伴ってO-H結合に基づくピーク強度が減少し、O-D結合(2700cm
-1)のピーク強度が増大した。特にD
2O処理開始後60分ではO-D結合ピークが顕著に出現した。以上から、Ce-prGO膜内に酸素官能基が残存し、雰囲気中の水蒸気(H
2O又はD
2O)を取り入れ、酸素官能基とH
2O又はD
2O分子が形成する水素結合ネットワークがプロトンホッピングサイトとして作用し得ると考えられる。
図13に、重水D
2O処理開始後の経過時間に伴うCe-prGO膜内のO-H結合がO-D結合に入れ替わる状態を模式的に示す。
【0063】
[重水雰囲気下でのガス透過挙動]
120℃の一定温度で25分間の加熱還元を行った後、Ce-prGO膜を取り出し室温で放冷した。次に、Ce-prGO膜の両面に表面触媒としてPtを46.3%含むPt/Cを塗布し、アルゴン雰囲気下で、RH>90%の雰囲気での加湿を軽水H
2O及び重水D
2Oに切り替えて、気体透過実験を行い、重水雰囲気下でのCe-prGO膜のガス透過挙動を調べた。室温(25℃)において膜の片側に30%H
2-30%He-40%Ar混合ガス100mL・min
-1を流通し、透過側のガスをGC-TCDにより定性・定量分析した。気体透過速度を
図14に示す。
【0064】
軽水による加湿雰囲気下では1.75×10
-2mL・min
-1・cm
-2の水素透過速度が得られ、選択的水素透過が確認された。重水による加湿雰囲気に切り替え、1時間静置した後、室温(25℃)において膜の片側に30%H
2-30%He-40%Ar混合ガス100mL・min
-1を流通し、透過側のガス種を質量分析法で定性分析したところ、
図15に示すように、重水素D
2が検出された。このときの気体透過速度(重水素透過速度)は、
図14に示すように、2.58×10
-2mL・min
-1・cm
-2であった。
【0065】
重水素透過のメカニズムは、
図15に模式的に示すように、下記のように考えられる。(1)供給水素分子が膜表面のPt/C触媒上で吸着解離し、(2)プロトンH
+および電子e
-が拡散し、(3)H
+が重水分子のD
+と置換し、(4)D
+およびe
-が拡散し、(5)透過側でD
+、e
-が再結合して、重水素分子D
2が生成される。なお、重水雰囲気ではD
2O分子の侵入でGOナノシートの層間距離が拡張されるため、Heが通過しやすくなりHeの透過速度は大きくなるが、重水素の透過速度と比較すれば1/10~1/100であり、重水素の選択的透過性は良好である。
【0066】
Ce-prGO膜製造に際して、湿潤処理時に重水雰囲気で加湿することにより、Ce-prGo膜には重水(D2O)が保持され、水素H2含有ガスをCe-prGO膜に流通させると、Ce-prGO膜に保持されていた重水(D2O)が軽水(H2O)と置換して押し出され、重水素ガスD2が透過することが確認できた。よって、重水雰囲気で加湿処理して製造されるCe-prGO膜を用いて、重水素を製造できるといえる。
【0067】
[重水素標識有機化合物の製造1]
120℃の一定温度で25分間の加熱還元を行ったCe-prGO膜の両面に表面触媒としてPtを46.3%含むPt/Cを塗布した。
図17に示すように、室温(25℃)において、重水D
2Oと30%H
2-70%Ar混合ガス100mL・min
-1を膜の片側に供給し、膜の反対側にトルエン蒸気を供給した。排気されるトルエン蒸気を質量分析法で定性分析したところ、重水素元素が一分子に六個取り込まれたメチルシクロヘキサンが生成したことが確認できた。
【0068】
[重水素標識有機化合物の製造2]
120℃の一定温度で25分間の加熱還元を行ったCe-prGO膜の両面に表面触媒としてPtを40%含むPt/Cを塗布した。
図18に示すように、室温(25℃)において、重水D
2O中D
2SO
4(1M)でバブリングして、重水D
2Oと100%H
2ガス30mL・min
-1を膜の片側に供給し、膜の反対側にメタノール溶液(0.25M)を6時間供給し、
2H-NMR(61MHz、CDCl
3)によりメタノールの水素基(H)が重水素基(D)に置換されることを確認した。
【0069】
図19に示すメタノールの
2H-NMRスペクトルから、[1]-[3]のピークが出現しており、メチル基(CH
3)のHが重水素(D)に置換されたが、水酸基(OH)のHは重水素に置換されず、そのまま維持されていることが確認できた。水酸基が重水素に置換されなかったのは、水溶液を用いての湿潤条件で行ったためと考えられる。
【0070】
[重水素標識有機化合物の製造3]
120℃の一定温度で25分間の加熱還元を行ったCe-prGO膜の両面に表面触媒としてPtを40%含むPt/Cを塗布した。
図20に示すように、室温(25℃)において、5%H
2-95%Ar混合ガス30mL・min
-1を膜の片側に供給し、膜の反対側にスチレン(0.17M)エタノール溶液を40時間供給し、
2H-NMR(61MHz、CDCl
3)により、スチレンの水素基(H)が重水素基(D)に置換されることを確認した。
【0071】
図21に示すスチレンの
2H-NMRスペクトルから、反応時間0時間(t=0h)では重水素(D)のピークは検出されず、反応時間40時間(t=40h)で重水素(D)のピークが出現しており、ビニル基(CH=CH
2)のうちCH基のHが重水素(D)に置換されたが、二重結合及びCH
2基はそのまま維持されていることが確認できた。