(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023157290
(43)【公開日】2023-10-26
(54)【発明の名称】耐硫酸腐食性被覆部材、耐硫酸腐食性被覆部材の製造方法、及び水素製造ISプロセス装置
(51)【国際特許分類】
C23C 26/00 20060101AFI20231019BHJP
C01B 3/02 20060101ALI20231019BHJP
C01G 37/02 20060101ALI20231019BHJP
【FI】
C23C26/00 C
C01B3/02 D
C01G37/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022067098
(22)【出願日】2022-04-14
(71)【出願人】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000280
【氏名又は名称】弁理士法人サンクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】舟本 幸大
(72)【発明者】
【氏名】広田 憲亮
(72)【発明者】
【氏名】橘 幸男
【テーマコード(参考)】
4G048
4K044
【Fターム(参考)】
4G048AA03
4G048AB02
4G048AC08
4G048AD02
4G048AE05
4K044AA02
4K044AB03
4K044BA12
4K044BA17
4K044BA18
4K044BA19
4K044BB03
4K044BB11
4K044BC02
4K044CA24
4K044CA27
4K044CA29
4K044CA53
4K044CA62
(57)【要約】
【課題】 耐熱性及び硫酸に対する耐食性に優れる耐硫酸腐食性被覆部材を提供する。
【解決手段】 鋼製の基材と、前記基材の表面に設けられた複合酸化物皮膜とを備えた耐硫酸腐食性被覆部材であって、前記複合酸化物皮膜は、酸化アルミニウム粒子、酸化クロム粒子及び酸化ケイ素粒子と、前記各粒子の隙間に充填された酸化クロム相とを含む第1皮膜を含み、前記酸化クロム相は、更に、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物を含有する、耐硫酸腐食性被覆部材。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製の基材と、
前記基材の表面に設けられた複合酸化物皮膜とを備えた耐硫酸腐食性被覆部材であって、
前記複合酸化物皮膜は、酸化アルミニウム粒子、酸化クロム粒子及び酸化ケイ素粒子と、前記各粒子の隙間に充填された酸化クロム相とを含む第1皮膜を含み、
前記酸化クロム相は、更に、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物を含有する、耐硫酸腐食性被覆部材。
【請求項2】
前記複合酸化物皮膜は、更に、前記第1皮膜の表面に設けられた第2皮膜を含み、
前記第2皮膜は、酸化クロムと、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物とを含有する、請求項1に記載の耐硫酸腐食性被覆部材。
【請求項3】
前記複合酸化物皮膜に含まれる酸化アルミニウム、酸化クロム、及び酸化ケイ素の組成比は、合計量を100質量%として、酸化アルミニウムが10質量%未満、酸化クロムが35質量%以上、酸化ケイ素が50質量%以上である、請求項2に記載の耐硫酸腐食性被覆部材。
【請求項4】
鋼製の基材の表面に複合酸化物皮膜が設けられた被覆部材の製造方法であって、
(1)前記基材の表面に、酸化アルミニウム粒子、酸化クロム粒子及び酸化ケイ素粒子を含むスラリーを塗布もしくは噴霧、または前記基材をそのスラリー中に浸漬した後、350~600℃で焼成して、ベース皮膜を形成する工程と、
(2)前記ベース皮膜の表面に、クロム酸水溶液を塗布もしくは噴霧し、または前記基材をクロム酸水溶液中に浸漬し引き上げた後、350~600℃の温度で保持することにより、前記ベース皮膜の空隙内に、酸化クロムを充填させる工程と、
を有する耐硫酸腐食性被覆部材の製造方法。
【請求項5】
(3)前記ベース皮膜の表面に、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物を含むクロム酸水溶液を塗布もしくは噴霧し、または前記基材をそのスラリー中に浸漬し引き上げた後、350~600℃の温度で保持することにより、酸化クロムと、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物とを含有する皮膜を形成する工程、
を更に有する、請求項4に記載の耐硫酸腐食性被覆部材の製造方法。
【請求項6】
請求項1~3のいずれかに記載の耐硫酸腐食性被覆部材を備える水素製造ISプロセス装置。
【請求項7】
前記耐硫酸腐食性被覆部材は、硫酸分解反応容器である請求項6に記載の水素製造ISプロセス装置。
【請求項8】
前記耐硫酸腐食性被覆部材は、配管である請求項6に記載の水素製造ISプロセス装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐硫酸腐食性被覆部材、耐硫酸腐食性被覆部材の製造方法、及び水素製造ISプロセス装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスタービン、ジェットエンジン部材などの高温被曝装置の部品の素材としては、アルミニウムを含む耐熱合金からなるアンダーコートと、ZrO2系セラミックスからなるトップコートと、両者の間に設けられた中間層とを有する皮膜を備えた熱遮蔽皮膜材が提案されている(特許文献1、2参照)。
【0003】
特許文献1では、基材の表面に、アルミニウムを含む耐熱合金からなるアンダーコートを有し、このアンダーコートの上に中間層としてCr2O3層を有し、さらにこの中間層の上にZrO2系セラミックスからなるトップコートを有し、中間層としてのCr2O3層が、無水クロム酸、クロム酸アンモニウムおよび重クロム酸アンモニウムのうちから選ばれる1種または2種以上を混合した水溶液を塗布しその後焼成してえられる0.2~10μm層の化学的緻密化処理膜である、熱遮蔽皮膜被覆材が提案されている。
【0004】
また、特許文献2では、基材の表面に、アルミニウムを含む耐熱合金からなるアンダーコートを有し、このアンダーコートの上にSiO2からなる中間層を有し、さらにこの中間層の上にはZrO2系セラミックスからなるトップコートを有し、中間層が、シリカゾル、コロイダルシリカおよび無機珪素ポリマーのうちから選ばれる1種または2種以上を混合した溶液を塗布しその後焼成して得られる0.1~15μm層の化学的緻密化処理膜である、熱遮蔽皮膜被覆部材が提案されている。
これらは、耐食性及び耐熱性に優れる熱遮蔽皮膜被覆部材である。
【0005】
しかしながら、本発明者らがその皮膜内部を光学顕微鏡で観察すると、微細な気孔やき裂が観察され、この気孔やき裂は基材表面に達している場合もあることがわかった。
この微細な気孔やき裂は、各種ガス環境下であれば、ある程度母材への浸透を防ぐことはできるが、液相、特に沸騰するような溶液環境下では、皮膜自体も剥離し、母材も腐食されてしまう(例えば、非特許文献1参照)。
【0006】
ところで、現在カーボンニュートラルな社会を実現すべく、水素を使用したエネルギーシステムが各国で注目されている。特にこの水素は、化石燃料に頼る必要がなく、かつ二酸化炭素を排出しないことからクリーンなエネルギーである。
しかしながら、現在主流となっている水素製造方法は水電解プロセスであり、大量の水素を製造する上では、太陽光もしくは風力等の再生可能エネルギーだけでは到底その水電解反応に必要な電力量を確保できない。
【0007】
そこで、近年、従来の軽水炉よりも高温の熱源を有する高温ガス炉を用いた熱分解反応による水素製造が注目されている。この方法は、硫酸の熱分解による二酸化硫黄と酸素、ヨウ化水素の熱分解によるヨウ素と水素の両者の反応が組み合わさることにより、水素と酸素が原理的には半永久的に生成できるというものである(以下、ISプロセスと称する)。
このISプロセスは、850℃近い高温ガス炉の熱源のみを利用すれば、電力は一切使用せずに水素製造が可能となるプロセスであり、さらに二酸化炭素も全く発生しない。
【0008】
ただし、本プロセスの主たる課題は、硫酸、ヨウ化水素といった高温の酸性溶液を用いるため、装置、機器、配管類の構造部材が腐食してしまうことである。このことから、これまで硫酸分解反応容器には、SiCセラミックスが採用されてきた(例えば、非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004-285423号公報
【特許文献2】特開2005-343107号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】田中伸幸他,“ISプロセス装置材料の高温硫酸中での耐食性-Alloy 800, Alloy 600, SUSXM15J1, SiCの耐食性―,材料と環境, vol.55, pp.320-324 (2006).
【非特許文献2】H. Noguchi et al., “R&D status of hydrogen production test using IS process test facility made of industrial structural material in JAEA”Journal of Hydrogen Energy,44, pp.12583-12592 (2019).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
硫酸分解反応容器の素材として、SiCセラミックスを採用した場合、SiCは脆性材料であるため突発的な衝撃によるクラック発生に伴う余寿命予測が困難である。また、SiCを製造する焼結炉の寸法制約上、SiC製の部材は、大型化が難しい、という課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、このような状況のもと鋭意検討を重ね、耐熱性及び硫酸に対する耐食性に優れた皮膜を備える、耐硫酸腐食性被覆部材を完成した。
【0013】
本発明の耐硫酸腐食性被覆部材は、
鋼製の基材と、
上記基材の表面に設けられた複合酸化物皮膜とを備えた耐硫酸腐食性被覆部材であって、
上記複合酸化物皮膜は、酸化アルミニウム粒子、酸化クロム粒子及び酸化ケイ素粒子と、上記各粒子の隙間に充填された酸化クロム相とを含む第1皮膜を含み、
上記酸化クロム相は、更に、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物を含有する。
【0014】
上記耐硫酸腐食性被覆部材は、上記複合酸化物皮膜を備えているため、耐熱性及び硫酸に対する耐食性に優れる。
また、上記耐硫酸腐食性被覆部材は、基材が鋼製であるため、SiCセラミックス製の部材に比べて、大型化や加工成形が容易である。
【0015】
上記耐硫酸腐食性被覆部材において、上記複合酸化物皮膜は、更に、上記第1皮膜の表面に設けられた第2皮膜を含み、
上記第2皮膜は、酸化クロムと、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物とを含有する、ことが好ましい。
この場合、耐熱性及び硫酸に対する耐食性がより良好になる。
【0016】
上記耐硫酸腐食性被覆部材において、上記複合酸化物皮膜に含まれる酸化アルミニウム、酸化クロム、及び酸化ケイ素の組成比は、合計量を100質量%として、酸化アルミニウムが10質量%未満、酸化クロムが35質量%以上、酸化ケイ素が50質量%以上である、ことが好ましい。
この場合、硫酸に対する耐食性が特に良好になる。
【0017】
本発明の耐硫酸腐食性被覆部材の製造方法は、
鋼製の基材の表面に複合酸化物皮膜が設けられた被覆部材の製造方法であって、
(1)上記基材の表面に、酸化アルミニウム粒子、酸化クロム粒子及び酸化ケイ素粒子を含むスラリーを塗布もしくは噴霧、または上記基材をそのスラリー中に浸漬した後、350~600℃で焼成して、ベース皮膜を形成する工程と、
(2)上記ベース皮膜の表面に、クロム酸水溶液を塗布もしくは噴霧し、または上記基材をクロム酸水溶液中に浸漬し引き上げた後、350~600℃の温度で保持することにより、上記ベース皮膜の空隙内に、酸化クロムを充填させる工程と、
を有する。
【0018】
上記耐硫酸腐食性被覆部材の製造方法は、
(3)上記ベース皮膜の表面に、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物を含むクロム酸水溶液を塗布もしくは噴霧し、または上記基材をそのスラリー中に浸漬し引き上げた後、350~600℃の温度で保持することにより、酸化クロムと、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物とを含有する皮膜を形成する工程、
を更に有する、ことが好ましい。
これらの製造方法によれば、上記耐硫酸腐食性被覆部材を製造することができる。
【0019】
本発明の装置は、上記耐硫酸腐食性被覆部材を備える水素製造ISプロセス装置である。
上記水素製造ISプロセス装置は、耐熱性、及び硫酸に対する耐食性に優れる構成部材を備える。
上記構成部材としては、硫酸分解反応容器や配管が挙げられる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の耐硫酸腐食性被覆部材は、耐熱性及び硫酸に対する耐食性に優れる。
また、上記耐硫酸腐食性被覆部材は、大型化や加工成形が容易である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の実施形態に係る耐硫酸腐食性被覆部材の部分断面図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る耐硫酸腐食性被覆部材の製造方法の工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の実施形態は下記の実施形態に限定されるものではない。
図1は、本発明の実施形態に係る耐硫酸腐食性被覆部材10の部分断面図である。
耐硫酸腐食性被覆部材10は、ステンレス鋼製の基材11と、基材11の表面に設けられた複合酸化物皮膜12を備える。
【0023】
複合酸化物皮膜12は、酸化アルミニウム粒子、酸化クロム粒子及び酸化ケイ素粒子と、上記各粒子の隙間に充填された酸化クロム相とを含む第1皮膜5と、第1皮膜5の表面に設けられた、酸化クロムと、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物とを含有する第2皮膜6とを有する。
【0024】
第1皮膜5は、基材11の表面に、酸化アルミニウム(Al2O3)粒子、酸化クロム(Cr2O3)粒子及び酸化ケイ素(SiO2)粒子を含むスラリー(皮膜材料)を塗布もしくは噴霧、または基材11をそのスラリー中に浸漬した後、350~600℃で焼成することによって形成されたベース皮膜2と、ベース皮膜2の空隙内に充填された酸化クロム相4とを有する。
酸化クロム相4は、酸化クロム(Cr2O3)を有し、更に、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物を含有する。
【0025】
第2皮膜6は、第1皮膜5の表面に設けられた、酸化クロムと、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物とを含有する皮膜である。
【0026】
ステンレス鋼製の基材11の表面に形成されたベース皮膜2は、Al2O3-Cr2O3-SiO2からなる組成を有する皮膜であり、皮膜材料の塗布等と焼成とにより形成される。形成されたベース皮膜2は非常に硬く、耐摩耗性に優れているものの、その皮膜内には微細な空隙が存在し、そのうちには基材11に達するような経路も存在する。
【0027】
複合酸化物皮膜12内に、このような空隙が残存すると、硫酸溶液が存在する環境下では、硫酸溶液が複合酸化物皮膜12内を透過して、ステンレス鋼製の基材11に容易に到達し、基材11を腐食させてしまう。
【0028】
一方、本発明の実施形態に係る耐硫酸腐食性被覆部材10では、ベース皮膜2の気孔やき裂を含む微細な空隙が、酸化クロム相4で充填されている。そのため、複合酸化物皮膜12の第1皮膜5は、酸化アルミニウム粒子、酸化クロム粒子及び酸化ケイ素粒子の隙間に、酸化クロム相4が充填された状態にある。
【0029】
更に、複合酸化物皮膜12では、酸化クロム相4で微細な空隙が充填されたベース皮膜2(第1皮膜5)の表面に、酸化クロムと、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物とを含有する、第2皮膜6が設けられている。
【0030】
複合酸化物皮膜12は、ベース皮膜2の微細な空隙が酸化クロム相4で充填された第1皮膜5と、第1皮膜の表面に設けられた第2皮膜6とを備えているため、硫酸の侵入防止性に優れている。そのため、耐硫酸腐食性被覆部材10は、硫酸に対する耐食性に優れる部材である。
また、この複合酸化物皮膜12は、鋼材の熱膨張に対して追従する皮膜である。そのため、例えば、800℃の熱衝撃試験においてもクラックの発生を抑制することができる。従って、耐硫酸腐食性被覆部材10は、耐熱性にも優れる部材である。
【0031】
複合酸化物皮膜12に含まれる酸化アルミニウム、酸化クロム、及び酸化ケイ素の組成比は、合計量を100質量%として、酸化アルミニウムが10質量%未満、酸化クロムが35質量%以上、酸化ケイ素が50質量%以上である、ことが好ましい。
このような組成比を有する複合酸化物皮膜12は、硫酸に対する耐食性が非常に良好である。また、酸化クロムを35質量%以上とすることは、空隙を埋める酸化クロム相が比較的多いことを意味し、複合酸化物皮膜12全体を緻密な皮膜とし、耐食性を維持するのに適している。
【0032】
複合酸化物皮膜12に含まれる酸化アルミニウム、酸化クロム、及び酸化ケイ素の組成比において、酸化アルミニウムの好ましい下限は3質量%である。また、酸化クロムの好ましい上限は50質量%であり、酸化ケイ素の好ましい上限は65質量%である。
【0033】
複合酸化物皮膜12の厚さは、50~200μmが好ましい。
この範囲であれば、硫酸の侵入防止性に優れるとともに、高温下であってもクラック等が発生しにくいからである。
【0034】
次に、耐硫酸腐食性被覆部材10の製造方法について説明する。
図2は、耐硫酸腐食性被覆部材10の製造方法の工程図である。
(a)まず、鋼製の基材11に必要に応じて前処理を施す。具体的には、例えば、脱脂等を行う(
図2(a)参照)。
【0035】
(b)鋼製の基材11表面に、酸化アルミニウム粒子、酸化クロム粒子及び酸化ケイ素粒子を含むスラリーを塗布もしくは噴霧する、または基材11をそのスラリー中に浸漬する(
図2(b1)参照)。
上記スラリーは、酸化アルミニウム粒子、酸化クロム粒子及び酸化ケイ素粒子が、精製水等に懸濁した懸濁液である。
上記スラリーにおける酸化アルミニウム粒子、酸化クロム粒子及び酸化ケイ素粒子の合計含有量(質量%)は、90~98質量%が好ましい。
【0036】
その後、上記スラリーを350~600℃の範囲内の所定の温度で、0.5~2時間の条件で焼成して、基材11表面にベース皮膜2を形成する(
図2(b2)参照)。
ベース皮膜2には、上述した通り、各粒子の間に空隙が存在する。
そこで、本発明の実施形態では、後述の工程を行って、ベース皮膜2の空隙を充填する。
【0037】
(c)ベース皮膜2の表面に、クロム酸水溶液を塗布もしくは噴霧する、またはベース皮膜2の形成された基材11をクロム酸水溶液中に浸漬し、引き上げる(
図2(c1)参照)。
その後、ベース皮膜2を350~600℃の範囲内の所定の温度で、0.5~2時間保持する。これにより、ベース皮膜2の空隙内に、酸化クロムを充填させる(
図2(c2)参照)。
この工程は1回のみ行ってもよいし、複数回行ってもよい。
【0038】
(d)ベース皮膜2の表面に、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物を含む水溶液とクロム酸水溶液との混合物を塗布もしくは噴霧する、またはベース皮膜2の形成された基材11を上記混合物に浸漬し、引き上げる(
図2(d1)参照)。
その後、350~600℃の温度で、0.5~2時間保持する(
図2(d2)参照)。これにより、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物を含む酸化クロム相が充填された第1皮膜5を形成するとともに、第1皮膜5の表面に、酸化クロムと、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物とを含有する第2皮膜6を形成する。
この工程は1回のみ行ってもよいし、複数回行ってもよい。
【0039】
工程(d)では、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物を含む水溶液とクロム酸水溶液の混合物を塗布、噴霧もしくはこの混合物中に浸漬した後、加熱工程(焼成工程)を行う。
これにより、工程(d)では、混合物中に含まれる水分は蒸発し、クロム酸が中間体を経て酸化クロム(Cr2O3)となり、同時にリン酸塩化合物水溶液、硼酸塩化合物水溶液、及び珪酸塩化合物水溶液が水分を放出して一部がガラス状を呈する非晶質無機物質となるため、皮膜全体が緻密化される。
【0040】
このようにして、第2皮膜6が形成される。この第2皮膜6において、水溶液から形成されたCr2O3はきわめて微細で硬く、耐摩耗性と耐食性に優れるものである。また、これらの非晶質無機物質は、第1皮膜5の皮膜構成粒子(Al2O3粒子、Cr2O3粒子、SiO2粒子)間の密着性や、第1皮膜5及び第2皮膜6のCr2O3微粒子の粒子間結合力の強化に寄与する。そのため、第2皮膜6を形成することによって、硫酸の侵入を防止する効果が高められ、硫酸に対する耐食性が確保される。
【0041】
また、工程(d)の際には、リン酸塩化合物、硼酸塩化合物、及び珪酸塩化合物から選択される少なくとも一つの化合物を含む水溶液とクロム酸水溶液の混合物は、その一部がベース皮膜2の空隙にも充填される。
その結果、ベース皮膜2の空隙内でも、Cr2O3が析出するとともに、その一部がガラス状を呈する非晶質無機物質が析出する。これによって、第1皮膜5が形成される。
【0042】
このような工程を経ることにより、耐硫酸腐食性被覆部材10を製造することができる。
耐硫酸腐食性被覆部材10の製造方法における施工条件をまとめると、表1の通りである。
【0043】
【0044】
上記耐硫酸腐食性被覆部材10は、水素製造ISプロセス装置の構成部材全般(例えば、硫酸分解反応容器)として使用することができる。また、上記耐硫酸腐食性被覆部材10は、水素製造ISプロセス装置の配管として使用することもできる。
【実施例0045】
以下、実施例によって本発明を更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
ここでは、実施例及び比較例に係る評価サンプルを作製し、各サンプルの沸騰硫酸水溶液に対する耐久性を評価した。
【0046】
(実施例1)
(1)脱脂処理が施された基材(SUS304鋼)11の表面に、Al2O3粒子、Cr2O3粒子、SiO2粒子が、精製水に懸濁されたスラリーを塗布した。
【0047】
スラリーが塗布された基材を、加熱炉に投入し、スラリーを焼成して、基材11上にベース皮膜2を形成した。焼成時の加熱条件は、350~600℃の範囲内の所定の温度で、0.5~2時間保持する条件とした。
【0048】
(2)ベース皮膜2の形成された基材11を、55%クロム酸水溶液中に浸漬した後引き上げて、加熱炉に投入し、350~600℃の範囲内の所定の温度で、0.5~2時間保持する条件の含侵・焼成処理を複数回繰り返してベース皮膜2の空隙に酸化クロムを充填した。
【0049】
(3)工程(2)を終えた基材11を、リン酸塩化合物を含む55%クロム酸水溶液中に浸漬した後引き上げて、加熱炉に投入し、350~600℃の範囲内の所定の温度で、0.5~2時間保持する条件の含侵・焼成処理を複数回繰り返して、酸化クロム相4を有する第1皮膜、及び第2皮膜6を形成した。
【0050】
このような工程を経て、基材11の表面に複合酸化物皮膜12が形成された評価サンプルを得た。
本実施例で作製した評価サンプルにおける複合酸化物皮膜12の厚さは、58.3μmであった。
複合酸化物皮膜12の厚さは、評価サンプルを切断し、切断面を拡大観察することによって測定した。
【0051】
(実施例2)
評価サンプルにおける複合酸化物皮膜12の厚さを92.5μmにした以外は、実施例1と同様にして評価サンプルを得た。
【0052】
(実施例3)
評価サンプルにおける複合酸化物皮膜12の厚さを56.8μmにした以外は、実施例1と同様にして評価サンプルを得た。
【0053】
(比較例1)
(1)脱脂処理が施された基材(SUS304鋼)11の表面に、Al2O3粒子、Cr2O3粒子、SiO2粒子が、精製水に懸濁されたスラリーを塗布した。
【0054】
スラリーが塗布された基材を、加熱炉に投入し、スラリーを焼成してベース皮膜を形成した。焼成時の加熱条件は、350~600℃の範囲内の所定の温度で、0.5~2時間保持する条件とした。
【0055】
(2)ベース皮膜が形成された基材11を、リン酸塩化合物を含む55%クロム酸水溶液中に浸漬した後引き上げて、加熱炉に投入し、350~600℃の範囲内の所定の温度で0.5~2時間保持する条件の含侵・焼成処理を複数回繰り返して、ベース皮膜表面を覆う皮膜を形成した。
【0056】
このような工程を経て、基材11の表面に複合酸化物皮膜が形成された評価サンプルを得た。なお、本比較例で作製した評価サンプルは、複合酸化物皮膜の表層部付近のみが緻密化されており、複合酸化物皮膜の内部には、空隙が残存している。
本比較例で作製した評価サンプルにおける複合酸化物皮膜の厚さは、94.3μmであった。
【0057】
(比較例2)
評価サンプルにおける複合酸化物皮膜の厚さを45.7μmにした以外は、比較例1と同様にして評価サンプルを得た。
本比較例で作製した評価サンプルは、複合酸化物皮膜の表層部付近のみが緻密化されており、複合酸化物皮膜の内部には、空隙が残存している。
【0058】
(比較例3)
脱脂処理が施された基材(SUS304鋼)11の表面に、厚さ28.4μmのフッ素樹脂をスプレーコートして評価サンプルを得た。
【0059】
(比較例4)
脱脂処理が施された基材(SUS304鋼)11の表面に、厚さ20.7μmのアルミナ層をディップ処理で形成して評価サンプルを得た。
【0060】
(比較例5)
脱脂処理が施された基材(SUS304鋼)を評価サンプルとした。
【0061】
(比較例6)
SiC製の部材を評価サンプルとした。
【0062】
(成分分析)
実施例1~3及び比較例1、2の評価サンプルにおける複合酸化物皮膜の成分分析を行った。評価サンプルを厚さ方向に沿ってそれぞれ切断し、走査型電子顕微鏡(日本電子社製、JSM-IT300)を用いて断面観察を行い、EDXを用いて組成比率を分析した。結果を表2に示した。
【0063】
(硫酸溶液に対する耐久性評価)
硫酸濃度96質量%の硫酸溶液に評価サンプルを浸漬し、硫酸共沸点温度である328℃で100時間保持した。その後、浸漬前後の重量変化に基づいて腐食速度を算出した。結果を表2に示した。
【0064】
【0065】
表2に示した通り、本発明の実施形態に係る耐硫酸腐食性被覆部材は、SiCと同程度の沸騰硫酸に対する耐食性を発揮できることが明らかとなった。
また、実施例1~3の耐硫酸腐食性被覆部材は、浸漬後の評価サンプルを観察しても、皮膜はすべて健全に残っており、明らかにSUS304鋼の腐食の進行を抑えていることが確認された。
また、実施例1~3の耐硫酸腐食性被覆部材は、いずれも繰り返し加熱、冷却を行っても、800℃以下の温度域では、クラック等の破壊は生じないことが確認されている。