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特開2023-157312エンベロープウイルス不活性化組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023157312
(43)【公開日】2023-10-26
(54)【発明の名称】エンベロープウイルス不活性化組成物
(51)【国際特許分類】
   A01N 33/12 20060101AFI20231019BHJP
   A01N 31/02 20060101ALI20231019BHJP
   A01P 1/00 20060101ALI20231019BHJP
【FI】
A01N33/12 101
A01N31/02
A01P1/00
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022067133
(22)【出願日】2022-04-14
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002620
【氏名又は名称】弁理士法人大谷特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】白石 晶子
(72)【発明者】
【氏名】早瀬 温子
(72)【発明者】
【氏名】高田 郁実
【テーマコード(参考)】
4H011
【Fターム(参考)】
4H011AA04
4H011BA06
4H011BB03
4H011BB04
4H011DA13
4H011DG05
(57)【要約】
【課題】高頻度に使用しても、肌荒れ、皮膚炎、アレルギーなどを引き起こすことがなく、消防法などの制約を受けることのない、IVAやSARS-CoV-2を不活化できる消毒剤を提供すること。
【解決手段】次の成分(A)及び(B)を含有するエンベロープウイルス不活化組成物。
(A)塩化ベンザルコニウム
(B)エタノール 15~40w/w%
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の成分(A)及び(B)を含有するエンベロープウイルス不活化組成物。
(A)塩化ベンザルコニウム
(B)エタノール 15~40w/w%
【請求項2】
成分(B)の含有量が15~27w/w%である請求項1記載のエンベロープウイルス不活化組成物。
【請求項3】
成分(A)の含有量が0.03~0.07w/v%である請求項1又は2記載のエンベロープウイルス不活化組成物。
【請求項4】
エンベロープウイルスが、インフルエンザウイルス及び/又はSARS-Cov-2である請求項1~3のいずれか1項記載のエンベロープウイルス不活化組成物。
【請求項5】
皮膚用エンベロープウイルス不活化液である請求項1~4のいずれか1項記載のエンベロープウイルス不活化組成物。
【請求項6】
さらに乳酸塩を含有する請求項1~5のいずれか1項記載のエンベロープウイルス不活化組成物。
【請求項7】
さらに非イオン性界面活性剤を含有する請求項1~6のいずれか1項記載のエンベロープウイルス不活化組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンベロープウイルス不活性化組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の主要な感染経路はインフルエンザウイルスA(IVA)等の他の呼吸器感染ウイルス同様に飛沫及び接触を介するとされる。新型コロナウイルス肺炎(COVID-19)の感染リスク低減のためにマスク着用、手洗い、換気、清掃・環境消毒、3密回避等の対策が推奨され、ワクチン接種や検査が推奨されている。接触感染は唾液等の飛沫に含まれるウイルスが手を介して口・鼻・目へ伝播することによって発生するため、手指洗浄剤や手指消毒剤を用いた手指衛生が接触感染リスク低減のために重要な役割を果たす。
【0003】
手指消毒剤に関しては高濃度エタノール(EtOH)消毒剤の擦り込み式が効果的と世界/日本の公的機関より推奨されている。WHOは60-80vol%エタノールが効果的で様々な細菌の殺菌やIVAやヘルペス等のエンベロープウイルスの不活化に有効であるとしている(非特許文献1)。CDCは60vol%以上のエタノールが細菌やウイルスの消毒に有用で,全ての脂溶性ウイルス(IVA・ヘルペスウイルス等)に不活化効果を有するとしている(非特許文献2)。厚生労働省は品質・有効性・人体への安全性が確認された「医薬品・医薬部外品」70-95vol%エタノール製剤を推奨する一方、60vol%台のエタノールでも一定の効果があるとしていて、具体的な細菌やウイルスの種類は例示していない(非特許文献3)。実際にエタノールではIVA(非特許文献4)、SARS-CoV、MERS-CoV及びSARS-CoV-2(非特許文献5)に対する不活化効果が検証されている。
【0004】
エタノールは、IVAやSARS-CoV-2への効果に優れ、独特の塗布感や匂いによって消毒効果への安心感を付与する一方、高濃度エタノールが皮膚乾燥の原因となり肌荒れを引き起こし(非特許文献6)、皮膚炎やアレルギーを引き起こすこともある。高頻度の使用は肌が弱い生活者に適するものでない。また60重量%以上のエタノール製剤は引火性が高いため消防法・UN危険物に該当し、製造・輸送・保管の様々な制限故に一般の倉庫で大量保管できない。その結果,消毒剤を短期・大量に必要とするパンデミック下での市中感染対策の使用が困難であり、実際COVID-19パンデミック初期にその需給バランス悪化が大きな社会問題となった。
【0005】
指定医薬部外品の外皮消毒剤としては、エタノール製剤(有効成分:エタノール76.9-81.4vol%)以外にも、塩化ベンザルコニウム(BC)製剤(有効成分:0.05w/v%BC)がある。BCはその効果がエタノールに比べてやや緩和であるものの、低濃度で幅広い細菌に対して高い殺菌効果を持つ。ウイルスに対してもIVA(非特許文献7)やSARS-CoV-2(非特許文献8)等に対する不活化効果を併せ持つ。BC製剤は添加剤としてエタノールを含むことが多い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】WHO(2009)Coronavirus disease(COVID-19):WHO guidelines on hand hygiene in health care
【非特許文献2】CDC(2008)Guideline for Disinfection and Sterilization in Healthcare Facilities (2008),
【非特許文献3】厚労省(2020)新型コロナウイルスの消毒・除菌方法について
【非特許文献4】感染症学雑誌,55(5):355-366.
【非特許文献5】Biocont Sci,26(3),177-180.
【非特許文献6】CDC(2002)Guideline for Hand Hygiene in Health-Care Settings(2002)
【非特許文献7】Jpn J.Infect Dis, 60(6),342-346.
【非特許文献8】感染制御と予防衛生,4(1):30-38
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、高頻度に使用しても、肌荒れ、皮膚炎、アレルギーなどを引き起こすことがなく、消防法などの制約を受けることのない、IVAやSARS-CoV-2を不活化できる消毒剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者は、塩化ベンザルコニウムと低濃度のエタノールを配合した組成物について、エンベロープウイルスに対する不活化効果を検討したところ、塩化ベンザルコニウムにエタノール15~40w/w%を併用すると、エンベロープウイルスに対する不活化効果が相乗的に増強され、エタノール高濃度含有製剤の肌荒れなどの副作用のない安全なエンベロープウイルス不活化組成物が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、次の成分(A)及び(B)を含有するエンベロープウイルス不活化組成物を提供するものである。
(A)塩化ベンザルコニウム
(B)エタノール 15~40w/w%。
【発明の効果】
【0010】
本発明のエンベロープウイルス不活化組成物は、塩化ベンザルコニウムとエタノールの相乗効果により、優れたエンベロープウイルス不活化効果を有し、かつ高頻度に使用しても、肌荒れ、皮膚炎、アレルギーなどを引き起こすことがなく、消防法などの制約を受けることがない。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のエンベロープウイルス不活化組成物は、次の成分(A)及び(B)を含有する。
(A)塩化ベンザルコニウム
(B)エタノール 15~40w/w%。
【0012】
本発明のエンベロープウイルス不活化組成物の成分(A)は、塩化ベンザルコニウムである。塩化ベンザルコニウムは、化学名アルキルベンジルジメチルアンモニウムクロリドであり、前記のようにエンベロープウイルスに対して不活化効果を有するとされている。塩化ベンザルコニウムのアルキル側鎖の炭素数は、エンベロープウイルス不活化効果の観点から、8~18が好ましく、10~18がより好ましく、12~16がさらに好ましい。
本発明のエンベロープウイルス不活化組成物中の塩化ベンザルコニウムの含有量は、エンベロープウイルス不活化効果及び皮膚への刺激性の観点から、0.03~0.07w/v%が好ましく、0.04~0.06w/v%がより好ましく、0.05~0.06w/v%がさらに好ましく、0.05w/v%がよりさらに好ましい。本明細書で、塩化ベンザルコニウムのw/v%は、25℃、1気圧における体積を用いて測定する。
【0013】
本発明のエンベロープウイルス不活化組成物の成分(B)はエタノールであり、当該組成物中の含有量は、成分(A)との併用によるエンベロープウイルス不活化相乗効果を得る観点及び肌荒れなどを防止する観点から15~40w/w%が好ましい。また、エタノールの含有量は、前記と同様の観点から、15~35w/w%がより好ましく、15~30w/w%がさらに好ましく、15~27w/w%がよりさらに好ましい。なお、エタノールのvol%,w/v%,w/w%の換算については、例えば独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)の「エタノール換算表」を用いることができる。
【0014】
本発明のエンベロープウイルス不活化組成物には、前記成分(A)及び(B)以外に、非イオン性界面活性剤、pH調整剤、湿潤剤、多価アルコール、水などを含有していてもよい。
非イオン性界面活性剤としては、ポリオキシエチレンC8~C18アルキルエーテル、HLB10~18のポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などが挙げられる。当該非イオン性界面活性剤の含有量は、起泡性、べたつきのなさなどの観点から0.001~2w/w%が好ましく、0.005~1w/w%がより好ましく、0.01~0.7w/w%がさらに好ましい。
【0015】
pH調整剤としては、乳酸塩、クエン酸塩、リンゴ酸塩、リン酸塩などが挙げられ、乳酸塩がより好ましい。当該pH調整剤の含有量は、0.01~3w/w%が好ましく、0.02~2w/w%がより好ましい。
また、本発明のエンベロープウイルス不活化組成物のpHは、手に塗布する観点から3~11が好ましく、3~9がさらに好ましい。
【0016】
湿潤剤、多価アルコールとしては、グリセリン、グリコール類、トリグリセリド、N-(テトラデシルオキシヒドロキシプロピル)-N-ヒドロキシエチルデカナミドなどが挙げられる。
【0017】
後記の実施例に示すように、本発明の組成物は、成分(A)と少量の成分(B)の併用により、相乗的に優れたエンベロープウイルス不活化効果を示す。ここで、エンベロープウイルスとしては、エンベロープを有し、核酸としてRNAを有するウイルスが好ましく、IVA、SARSコロナウイルス、SARS-CoV-2がより好ましく、IVA、SARS-CoV-2に対して特に優れた相乗効果を示す。
従って、本発明の組成物は、これらのエンベロープウイル不活化組成物として有用であり、更に皮膚用エンベロープウイルス不活化組成物として有用である。具体的には、手指用エンベロープウイルス不活化組成物として特に有用である。
【0018】
本発明において、ウイルスの不活化とは、ウイルスの活性を低減又は消失し、宿主細胞への感染力を消失させる作用を意味する。
なお、ウイルスの不活化作用は、例えば、試験品とウイルスを接触させた後、ウイルスを宿主細胞に感染させ、そのウイルス感染力価を測定すること等により確認することができる。ここで、宿主細胞としては、対象となるウイルスが増殖可能な細胞であればよく、インフルエンザウイルスであれば、例えば、イヌ腎臓細胞(MDCK)、アフリカミドリザル腎臓上皮細胞(Vero)、アヒル胚性幹細胞由来株化細胞(EB66)、ヒトコロナウイルスであれば、例えば、ヒト回盲腺癌細胞(HCT-8)、アフリカミドリザル腎臓上皮細胞(VeroE6)、ヒト肝臓がん由来株化細胞(Huh7)を用いることができる。
【0019】
本発明のエンベロープウイル不活化組成物の形態としては、皮膚用エンベロープ不活化液、好ましくは手指用エンベロープ不活化液が挙げられる。当該不活化液は、手指に塗布又は噴霧し、当該手指を擦り合わせて使用するのが好ましい。また、当該不活化液をフォーマー容器に充填し、吐出時に泡で出てくる形態とすることもできる。
【実施例0020】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。
【0021】
実施例1
(1)試料と方法
(試料)
モデル水溶液には、エタノール(EtOH)(冨士フィルム和光純薬株式会社)及び塩化ベンザルコニウム(BC)(サニゾールC(登録商標),花王株式会社)を用い、それぞれvol%(v/v%)及びw/v%で調製した。
市販手指消毒剤(いずれも指定医薬部外品)には、製剤A(花王株式会社ビオレガード薬用泡で出る消毒液(登録商標),有効成分0.05w/v% BC,44vol% EtOH含有)、製剤B(同社ビオレガード薬用消毒タオル(登録商標)の絞り液,有効成分0.05w/v% BC,54vol% EtOH含有),製剤C(同社ビオレガード薬用消毒シート(登録商標)の絞り液,有効成分0.05w/v% BC,52vol% EtOH含有),製剤D(同社ビオレu 薬用手指の消毒液(登録商標),有効成分0.05w/v% BC, 65vol% EtOH含有),製剤E(同社ビオレガード薬用手指消毒スプレー(登録商標), 有効成分0.05w/v% BC, 65vol% EtOH含有),製剤F(同社ビオレガード薬用手指消毒スプレーα(登録商標), 有効成分79.7vol% EtOH)を用いた。製剤A、D~Fの組成を表1に示す。
【0022】
【表1】
【0023】
(方法)
モデル水溶液の不活化効果はASTM 国際ガイドラインの標準ASTM E1052-20「懸濁液中のウイルスに対する殺菌剤の活性を評価するための標準試験法」に記載された懸濁試験手順(ASTMInternational,2020)に基づき,IVA(H1N1, A/PuertoRico/8/34株,ATCC VR-1469)に対する殺ウイルス活性を調べることにより実施した。具体的には,最小必須培地に懸濁したウイルス液5μLに試験溶液45μLを22℃で混合し,30秒後にSCDLP溶液950μLを添加して停止した。この反応溶液の10倍希釈系列を調製した後,各500μLをコンフルエントにしたMDCK細胞(イヌ腎臓由来細胞,ATCCVR-1469)を播種した12ウェルプレートに添加し30分間吸着させた。無血清培地で洗浄後,5%CO,37℃で18-22時間培養し,抗インフルエンザNP抗体(マウス,ハイブリドーマ上清)を用いて発光法により感染細胞を染色し,感染力価(FFU/mL)を算出した。具体的には、1次抗体としてPBSで2000倍希釈した抗インフルエンザN-protein(NP)抗体(mouse anti-NP Aantibody, Abcam plc)を用い、2次抗体としてPBSで2000倍希釈したHorseradish peroxidase(HRP)-linked goatAanti-mouse IgG+IgM抗体(Jackson ImmunoResearch)を用いた。DEPDA(N,N-Diethyl-p-phenylenediamine)溶液を基質として反応させることにより発色させて感染細胞のフォーカスを算出した。
製剤のウイルス不活化効果試験は欧州統一規格EN14476:2013+A2:2019に記載された定量的懸濁試験手順(CEN,2019)に基づき,IVA及びSARS-CoV-2(JPN/TY/WK-521)に対する殺ウイルス活性を調べることにより実施した。IVAに関しては,最小必須培地に懸濁したウイルス液5μL,3g/Lウシ血清アルブミン(BSA)水溶液5μL及び試験溶液40μLを22℃で混合して反応液した。その他の条件及び操作はモデル水溶液と同様に行った。SARS-CoV-2については,最小必須培地で調整したウイルス液100μL,3g/LBSA水溶液100μL,及び試験溶液800μLを25℃で混合し30秒静置した。この反応溶液100μLに,事前検証で不活化を確認した2g/Lウシ胎児血清水溶液を含む最小必須培地で10倍希釈したSCDLP溶液900μLを添加した。反応溶液の10倍希釈系列を調製し,Vero E6細胞(TMPRSSJCRB 1819)を播種したウェルプレートに添加し90分間吸着させた。ウイルス感染力価(PFU/mL)はプラーク測定法で求めた。
いずれの試験も蒸留水での試験結果を対照とし,対照との差分を不活化量とした。測定は3回繰り返し試験の結果を平均値とした。試験溶液が細胞毒性を有さないことは試験溶液と蒸留水(対照)の試験で生存細胞数を比較することにより行った。
【0024】
(2)結果
モデル水溶液でのIVAの不活化試験結果を表2に示す。
0.00w/v% BC及び30vol%以下 EtOHではIVAに対する不活化量が0.16log10以下であったが,40vol%以上のEtOH は4log10以上の不活化量を示した。0.05w/v% BC共存系では0vol% EtOHで2.11log10の不活化量,20vol%以上 EtOHで3.78log10以上の不活化量を示した。いずれの試験でも細胞毒性が認められなかった(データ示さず)。
BCとEtOHを因子とする二元配置分散分析(R ver.4.0.5にて解析)によって,20vol%及び30vol% EtOHでは有意な交互作用があり,組合せによる相乗的作用が確認された。
製剤A-FでのIVAの不活化試験結果を表3に、SARS-CoV-2の不活化試験結果を表4に、それぞれ示す。IVA及びSARS-CoV-2に対しては,全ての製剤で不活化量が4log10以上であった。全試験で細胞毒性が認められなかった(データ示さず)。
0.05w/v% BCと20-60vol% EtOH を組み合わせたモデル水溶液で高いIVA 活化効果が認められた。
【0025】
【表2】
【0026】
【表3】
【0027】
【表4】
【0028】
EtOHのエンベロープウイルスに対する作用に関し,非特許文献4ではIVAを10秒以上で不活化するには60%EtOHが必要で,50% EtOHでは不活化に1分以上の暴露を要し,40% EtOHでは5分間暴露でも不活化されないと報告している。非特許文献8は同じエンベロープウイルスのSARS-CoV-2に対し,50vol% EtOHでは1分及び10分の暴露で不活化されるが,40vol% EtOHでは1分の暴露で不活化できないとしている。一方、Emerging Infect Dis, 26(7), 1592-1595は30-40vol% EtOHにおいてもSARS-CoV-2を30秒間で不活化できると報告している。
これら報告と前記の結果を総じると,エンベロープウイルスに対する不活化効果が急激に変化する領域が30-50vol% EtOH 付近にあって,調製方法やウイルス状態の違いによってその不活化効果が大きな影響を受けるものと推察された。従って相乗効果が実験的に観察された20-30 vol% EtOHのみならず,それを超える30-50vol% EtOHに対しても0.05w/v% BCとの組合せがIVA及びSARS-CoV-2を安定的に不活化するために役割を果たすだろうと考察された。
なお前記の結果では,0.05w/v% BC水溶液は30秒間の短い暴露時間で約2log10の弱い不活化効果しか示さなかった(表2)。しかしながらBCは長時間暴露であればIVA不活化効果を示し(非特許文献7),手指適用後の短時間で揮発してしまうEtOH と異なり持続的な不活化効果を有する。
市販手指消毒剤の製剤A-Fは、全て4log10以上の高い不活化効果を示した(表3及び4)。製剤B-Fは0.05w/v% BCと50vol%以上のEtOHの組合せもしくは約80vol% EtOHであり,既報におけるIVA及びSARS-CoV-2の不活化効果から想定内の結果であった。
注目すべきは製剤Aの0.05w/v% BC 及び44vol% EtOHの組合せであった。少なくとも0.05w/v% BC存在下であれば44vol%までEtOH濃度が低くともIVA及びSARS-CoV-2 に対する不活化効果が得られることを証明できた。モデル溶液の結果(表2)から,EtOH濃度を更に減少させても不活化効果が得られるように想起されるが,製剤では実用場面も考慮されるべきである。つまり手指消毒剤で推奨されている10-20秒程度の擦り込みを行うと,体温や蒸気圧故にEtOHが水に先んじて蒸発しEtOH濃度が徐々に減少するということである。従って最小限の20-30vol% EtOHより若干高い44vol% EtOHは妥当な濃度と考えられる。
【0029】
手指消毒の実用場面と想定し得る30秒間の暴露時間で,低濃度EtOHと0.05w/v% BCの組合せによるIVA及びSARS-CoV-2 不活化効果を検討した。その結果20-30vol% EtOHと0.05w/v% BCの組合せによって相乗的な不活化効果が得られることを見出した。安定的な不活化効果という点では20-50vol% EtOHと0.05w/v% BC の組合せが有用と示唆された。市販手指消毒剤を用いた不活化試験では,44vol% EtOHを0.05w/v% BCと組合せることで,30秒間暴露によりIVA及びSARS-CoV-2を十分に不活化できることを証明した。このような低濃度EtOH とBCの組合せによる手指消毒システムが,院内感染管理を目的とする手指消毒とは異なる形で,感染リスクを低減しつつ,より良いQOLを実現するための市中感染対策に成り得ると期待される。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明のエンベロープウイルス不活化組成物は、塩化ベンザルコニウムとエタノールの相乗効果により、優れたエンベロープウイルス不活化効果を有し、かつ高頻度に使用しても、肌荒れ、皮膚炎、アレルギーなどを引き起こすことがなく、消防法などの制約を受けることがない。
【手続補正書】
【提出日】2023-09-21
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の成分(A)及び(B)を含有するエンベロープウイルス不活化組成物。
(A)塩化ベンザルコニウム
(B)エタノール 15~40w/w%
【請求項2】
成分(B)の含有量が15~27w/w%である請求項1記載のエンベロープウイルス不活化組成物。
【請求項3】
成分(A)の含有量が0.03~0.07w/v%である請求項1又は2記載のエンベロープウイルス不活化組成物。
【請求項4】
エンベロープウイルスが、インフルエンザウイルス及び/又はSARS-Cov-2である請求項1又は2記載のエンベロープウイルス不活化組成物。
【請求項5】
皮膚用エンベロープウイルス不活化液である請求項1又は2記載のエンベロープウイルス不活化組成物。
【請求項6】
さらに乳酸塩を含有する請求項1又は2記載のエンベロープウイルス不活化組成物。
【請求項7】
さらに非イオン性界面活性剤を含有する請求項1又は2記載のエンベロープウイルス不活化組成物。