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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023157505
(43)【公開日】2023-10-26
(54)【発明の名称】β型チタン合金線
(51)【国際特許分類】
   C22C 14/00 20060101AFI20231019BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20231019BHJP
   C22F 1/18 20060101ALN20231019BHJP
【FI】
C22C14/00 Z
C22F1/00 602
C22F1/00 604
C22F1/00 625
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 675
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 691Z
C22F1/00 692A
C22F1/00 694A
C22F1/18 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022067450
(22)【出願日】2022-04-15
(71)【出願人】
【識別番号】000192626
【氏名又は名称】神鋼鋼線工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【弁理士】
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】清田 将司
(72)【発明者】
【氏名】西村 隆志
(72)【発明者】
【氏名】下田 恒彦
(57)【要約】
【課題】冷間加工性に優れ、かつ高い強度を有するβ型チタン合金線を提供する。
【解決手段】β型チタン合金線は、金属組織中のα相の分率が1%未満、残部がβ相であり、前記β相の平均結晶粒径が30μm以下であり、電子線後方散乱回折法によりGrain Orientation Spreadの値(GOS値)を測定した結晶粒の全個数に対し、GOS値が2%以下である結晶粒の個数の割合が70%以上、かつGOS値が5%以上である結晶粒の個数の割合が10%未満である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属組織中のα相の分率が1%未満、残部がβ相であり、
前記β相の平均結晶粒径が30μm以下であり、
電子線後方散乱回折法によりGrain Orientation Spreadの値(GOS値)を測定した結晶粒の全個数に対し、GOS値が2%以下である結晶粒の個数の割合が70%以上、かつGOS値が5%以上である結晶粒の個数の割合が10%未満である、β型チタン合金線。
【請求項2】
質量%で、
V:10~25%、
Cr:0.5~5%、
Sn:0.5~5%、および
Al:0.5~5%、
を含有し、残部がチタンおよび不可避的不純物である、請求項1に記載のβ型チタン合金線。
【請求項3】
引張強さが800N/mm以上である、請求項1または請求項2に記載のβ型チタン合金線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β型チタン合金線に関する。
【背景技術】
【0002】
チタンおよびチタン合金は、軽量であり比強度に優れるとともに耐食性にも優れ、その線材は航空機用材料、自動車部品用材料、医療機器用材料等に好適に用いられている。
【0003】
チタン合金のうちβ型チタン合金は、例えば特許文献1に開示されているように、冷間加工性に優れている。また特許文献1には、β型チタン合金に時効処理を施して準安定β相からα相を析出させることにより強化できることも開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11-343548号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、本発明者らが検討したところ、β型チタン合金の冷間加工性には改善の余地があり、また、β型チタン合金の強度についても改善の余地があることがわかった。
【0006】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであり、冷間加工性に優れ、かつ高い強度を有するβ型チタン合金線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、種々検討した結果、上記目的は、以下の構成を有するチタン合金線により達成されることを見出した。
【0008】
本発明の一局面に係るβ型チタン合金線は、金属組織中のα相の分率が1%未満、残部がβ相であり、
前記β相の平均結晶粒径が30μm以下であり、
電子線後方散乱回折法によりGrain Orientation Spreadの値(GOS値)を測定した結晶粒の全個数に対し、GOS値が2%以下である結晶粒の個数の割合が70%以上、かつGOS値が5%以上である結晶粒の個数の割合が10%未満である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、冷間加工性に優れ、かつ高い強度を有するβ型チタン合金線を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明者らは、β型チタン合金の冷間加工性および強度について、β型チタン合金線の金属組織に着目して詳細に検討した。
【0011】
その結果、β型チタン合金線を実質的にβ単相とし、結晶粒径を微細とするとともに、結晶粒の再結晶を十分に進行させることにより、良好な冷間加工性および良好な強度が達成されることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
以下、本発明の一実施形態に係るβ型チタン合金線について説明する。
【0013】
本実施形態に係るβ型チタン合金線は、金属組織中のα相の分率が1%未満、残部がβ相であり、前記β相の平均結晶粒径が30μm以下であり、電子線後方散乱回折法によりGrain Orientation Spreadの値(GOS値)を測定した結晶粒の全個数に対し、GOS値が2%以下である結晶粒の個数の割合が70%以上、かつGOS値が5%以上である結晶粒の個数の割合が10%未満である。本実施形態に係るβ型チタン合金線は、冷間加工性に優れ、かつ高い強度を有する。また、本実施形態に係るβ型チタン合金線は、航空機用材料、自動車部品用材料、医療機器用材料等に使用することができる。
【0014】
〈β型チタン合金〉
本実施形態に係るβ型チタン合金線に用いられるβ型チタン合金は、一般的なβ型チタン合金を使用することができ、例えばTi-15V-3Cr-3Sn-3Al合金、Ti-22V-4Al合金、Ti-15Mo-5Zr-3Al合金等を使用することができる。
【0015】
また、本実施形態に係るβ型チタン合金線は、化学組成として、質量%で、V:10~25%、Cr:0.5~5%、Sn:0.5~5%、およびAl:0.5~5%を含有し、残部がTiおよび不可避的不純物であることが好ましい。以下では、この化学組成を「組成A」ともいう。また、以下では、化学組成について「質量%」を単に「%」と記載する。
【0016】
組成Aを構成する各合金元素の作用、および数値範囲について説明する。
【0017】
(a)V:10~25%
Vは、チタン合金の素地を構成するTiに固溶してβ相を安定化させる元素である。このような効果を発揮させるため、V含有量は10%以上が好ましい。V含有量が25%を超えると、チタン合金がβ単相となるものの、時効硬化性に劣るため、時効処理に要する時間が長くなる。また、Vを過度に含有させるとチタン合金の比重が増大するとともに、原料費も嵩むこととなり経済的ではない。そのため、V含有量は25%以下が好ましい。
【0018】
(b)Cr:0.5~5%
Crは、β型チタン合金の時効硬化能を高める元素である。このような効果を発揮させるため、Cr含有量は0.5%以上が好ましく、1%以上がより好ましい。Cr含有量が過剰であると、β安定化性が過度に高まって時効硬化能が低下し、時効処理後の強度が低くなる。そのため、Cr含有量は5%以下が好ましい。
【0019】
(c)Sn:0.5~5%
Snは、β型チタン合金の時効処理によるα相の析出(以下「時効析出」という。)を促進し、析出したα相を安定化させる元素であり、またω相の生成を抑制する元素である。そのため、Snは、時効処理のための適正温度範囲を広くする効果および時効処理後のβ型チタン合金線の強度を高くする効果を有する。このような効果を発揮させるため、Sn含有量は0.5%以上が好ましく、1%以上がより好ましい。Sn含有量が過剰であると、時効処理を行った場合および行っていない場合のいずれもβ型チタン合金線の硬度が過度に高くなる。そのため、Sn含有量は5%以下が好ましい。
【0020】
(d)Al:0.5~5%
Alは、時効析出するα相を強化し、時効処理後のβ型チタン合金の強度を高める元素である。このような効果を発揮するため、Al含有量は0.5%以上が好ましく、1%以上がより好ましい。Al含有量が過剰であると、β型チタン合金の溶体化熱処理後の強度が高くなり、加工性を劣化させる。そのため、Al含有量は5%以下が好ましい。
【0021】
(e)その他の元素
組成Aにおいて、上記(a)~(d)以外の元素を含有させてもよい。
【0022】
MoもVと同様の作用を有する元素である。そのため、Vに代えてMoを含有させてもよく、VとMoとを共に含有させてもよい。Vに代えてMoを含有させる場合、Moの含有量を10~25%とすることが好ましく、VとMoとを共に含有させる場合、VとMoとの合計含有量を10~25%とすることが好ましい。
【0023】
また、Nb、Ta、Mn、Co、Ni等の元素もβ相を安定化させる効果を有するため、適量(これらの元素の合計で0.5~5%)を含有させてもよい。
【0024】
(f)残部
組成Aにおいて、上記(a)~(e)の合金成分の外、残部はTiおよび不可避的不純物である。不可避的不純物としては、N、C、H、FeおよびO等が含まれる。上記不可避的不純物の含有量は、N、Hはそれぞれ0.05%以下、Cは0.10%以下、Feは1.00%以下、Oは0.25%以下である。これにより、本実施形態に係るβ型チタン合金線の効果を得ることが阻害されることを抑制することができる。
【0025】
〈金属組織〉
(α相の分率)
本実施形態に係るβ型チタン合金線では、金属組織中のα相の分率(以下「α分率」ともいう。)が1%未満であり、残部がβ相である。すなわち本実施形態に係るβ型チタン合金線の金属組織は、実質的にβ単相である。これにより、β型チタン合金線の冷間加工性を高めることができる。β型チタン合金において、α相はβ相の結晶粒界から析出し、六方最密充填構造のα相は体心立方構造のβ相に比べて変形しにくい。そのため、α分率が1%以上である場合には冷間加工性に劣り、冷間加工を行った場合に割れ等が発生するおそれがある。α分率は、β型チタン合金線に対するX線回折によって得られたβ相およびα相のそれぞれの強度ピークを定量化し、定量化されたα相の量をβ相の量とα相の量の合計によって除することにより求めることができる。
【0026】
(平均結晶粒径)
本実施形態に係るβ型チタン合金線では、β相の平均結晶粒径(以下、単に「平均結晶粒径」ともいう。)が30μm以下である。これにより、β型チタン合金線の冷間加工性を高めることができ、また、十分に高い強度とすることができる。平均結晶粒径が30μmよりも大きく、結晶粒が粗大である場合には、冷間加工性に劣り、また、十分な強度が得られない。平均結晶粒径は、好ましくは25μm以下である。平均結晶粒径の下限は特に定めないが、好ましくは5μm以上である。平均結晶粒径は、電子線後方散乱回折法(EBSD:Electron Back-Scatter Diffraction)を適用して撮影した走査型電子顕微鏡写真において、隣の測定点との結晶方位差が15°以上ある部分を結晶粒界と規定して求めた結晶粒の平均面積を平均結晶粒径に換算することにより求めることができる。
【0027】
(GOS値)
本実施形態に係るβ型チタン合金線において、EBSD法によりGrain Orientation Spread(結晶方位分散)の値(GOS値)を測定した結晶粒の全個数に対し、GOS値が2%以下である結晶粒の個数の割合が70%以上、かつGOS値が5%以上である結晶粒の個数の割合が10%未満である。
【0028】
GOS値とは、走査型電子顕微鏡を用いたEBSD法により測定される、結晶粒毎の平均方位差であり、1つの結晶粒の中で、ある1つの点とその結晶粒を構成している全ての測定点との方位差を平均化した値である。ある結晶粒についてGOS値が小さいほど、その結晶粒内の方位差が小さく、再結晶がより進行していることを意味する。ある結晶粒について「GOS値が2%以下である」とは、本実施形態ではその結晶において十分に再結晶が進行し、実質的に再結晶が完了している状態を意味する。ある結晶粒について「GOS値が5%以上である」とは、本実施形態ではその結晶において再結晶の進行が不十分であり、再結晶が完了していない状態を意味する。
【0029】
GOS値を測定した結晶粒の全個数に対し、GOS値が2%以下である結晶粒の個数の割合が70%以上であり、かつGOS値が5%以上である結晶粒の個数の割合が10%未満であれば、β型チタン合金線の冷間加工性を高めることができる。GOS値が2%以下である結晶粒の個数の割合が70%未満、またはGOS値が5%以上である結晶粒の個数の割合が10%以上である場合には、冷間加工性に劣る。GOS値が2%以下である結晶粒の個数の割合は90%以上が好ましい。また、GOS値が5%以上である結晶粒の個数の割合は1%未満が好ましい。
【0030】
GOS値の測定を行う際には、測定対象であるβ型チタン合金線の全体的な傾向を把握するため、走査型電子顕微鏡の視野に結晶粒が100個以上、好ましくは500個以上入るようにし、視野内の全ての結晶粒についてGOS値の測定を行う。
【0031】
〈引張強さ〉
本実施形態に係るβ型チタン合金線は、引張強さが800N/mm以上であることが好ましい。引張強さを800N/mm以上とすることにより、β型チタン合金線を十分に高い強度とすることができる。本実施形態に係るβ型チタン合金線の引張強さの測定は、直径5.25mm、試験片長さ350mmの試験片を用い、標点距離200mm、引張速度20mm/minの引張試験により行う。この引張試験を試験数N=3にて実施し、その平均値を当該β型チタン合金線の引張強さとする。チタン合金の引張強さは引張速度に大きく影響を受けるため引張速度を20mm/minに固定する。
【0032】
〈形状、寸法〉
本実施形態に係るβ型チタン合金線は、特に寸法は定めないが、例えば直径を1~10mmとすることができる。断面形状は、円形に限られず、楕円形、四角形等とすることができる。
【0033】
〈製造方法〉
本実施形態に係るβ型チタン合金線は、例えば、β型チタン合金の原料線材を、所定の減面率で冷間加工し、冷間加工により得られた予備加工線をβ変態温度以上の温度で所定時間保持し、水冷することにより製造することができる。
【0034】
より具体的には、所望の組成のβ型チタン合金の原料線材を所定の減面率で冷間加工し、所望の寸法の予備加工線を得る。これにより、予備加工線の金属組織にひずみや格子欠陥を導入することができる。
【0035】
予備加工線を得るための冷間加工は、原料線材から予備加工線への減面率で、10~80%とすることが好ましい。減面率が10%未満では、予備加工線の金属組織に十分なひずみや格子欠陥を導入することができず、溶体化熱処理による再結晶後の平均結晶粒径を30μm以下とすることができないおそれがある。また、減面率が80%を超えると、予備加工線に亀裂や割れが発生するおそれがある。減面率は、50%以上がより好ましい。
【0036】
次に、β変態温度以上の温度で所定時間保持し、水冷する溶体化熱処理を、予備加工線に施し、本実施形態に係るβ型チタン合金線を得る。
【0037】
本実施形態では、溶体化熱処理とは、予備加工線をβ変態温度以上に保持してβ単相とし、急冷して室温でもβ単相を維持することを目的とする熱処理である。本実施形態では、α分率が1%未満であれば、溶体化熱処理の冷却時にα相が析出していてもよい。
【0038】
また、本実施形態では、溶体化熱処理は、予備加工線の金属組織の再結晶を進行させることも目的とする。溶体化熱処理により、ひずみや格子欠陥が導入された予備加工線の金属組織の再結晶を進行させ、溶体化熱処理後のβ相の平均結晶粒径を30μm以下とすることができる。また、溶体化熱処理後にGOS値を測定した結晶粒の全個数に対し、GOS値が2%以下である結晶粒の個数の割合が70%以上であり、かつGOS値が5%以上である結晶粒の個数の割合が10%未満とすることができる。
【0039】
溶体化熱処理条件は、予備加工線の化学組成によって異なるが、例えば上記組成Aの場合、保持温度をβ変態温度以上である720~820℃、保持時間を350~370秒とすることが好ましい。保持温度は、800℃以下がより好ましい。保持時間は、355秒以上がより好ましく、365秒以下がより好ましい。
【0040】
上記の製造方法で得られた本実施形態に係るβ型チタン合金線は、冷間加工後に時効処理を行ってもよい。本実施形態に係るβ型チタン合金線は、良好な冷間加工性を有するため、容易に所望の形状に加工することができ、また、時効処理を行わなくても十分な強度を有する。しかし、β型チタン合金線の冷間加工後に時効処理を行うことにより、β相の結晶粒界からα相を析出させ、より強度を向上させることができる。時効処理の条件は、例えばβ型チタン合金線の保持温度を350~650℃、保持時間を1~10時間とすることが好ましい。
【0041】
本明細書は、上述したように様々な態様の技術を開示しているが、そのうち主な技術を以下にまとめる。
【0042】
上述したように、本発明の一局面に係るβ型チタン合金線は、金属組織中のα相の分率が1%未満、残部がβ相であり、前記β相の平均結晶粒径が30μm以下であり、電子線後方散乱回折法によりGrain Orientation Spreadの値(GOS値)を測定した結晶粒の全個数に対し、GOS値が2%以下である結晶粒の個数の割合が70%以上、かつGOS値が5%以上である結晶粒の個数の割合が10%未満である。
【0043】
この構成によれば、冷間加工性に優れ、かつ高い強度を有するβ型チタン合金線を得ることができる。
【0044】
上記構成のβ型チタン合金線は、質量%で、V:10~25%、Cr:0.5~5%、Sn:0.5~5%、およびAl:0.5~5%、を含有し、残部がチタンおよび不可避的不純物であってもよい。
【0045】
この構成によれば、より冷間加工性に優れ、かつ高い強度を有するβ型チタン合金線を得ることができる。
【0046】
上記構成のβ型チタン合金線は、引張強さが800N/mm以上であってもよい。
【0047】
この構成によれば、より冷間加工性に優れ、かつ高い強度を有するβ型チタン合金線を得ることができる。
【実施例0048】
〈試料〉
試料は、表1に示す合金種a、bの化学組成を有する直径5.25mmのβ型チタン合金線(ワイヤー)を使用した。合金種a、bは、上述の組成Aを満たす。
【0049】
【表1】
【0050】
〈試料の作製方法〉
試料は、表2に示すNo.1~9の条件で作製した。所定の直径を有する円柱状のβ型チタン合金の原料線材に、減面率10~80%にて直径5.25mmまで冷間伸線加工を施し、予備加工線を得た。この予備加工線に溶体化熱処理として、大気炉またはアルゴンガス雰囲気の炉を使用して保持温度680~820℃、保持時間348~379秒で加熱し、その後直接的または間接的に水冷することで、No.1~12の試料を作製した。直接的な水冷とは、加熱した予備加工線を直接水中に浸漬することによって冷却することである。間接的な水冷とは、加熱した予備加工線を、水冷したパイプの中を通すことによって冷却することである。
【0051】
【表2】
【0052】
作製したNo.1~9の試料の特性値、すなわち平均結晶粒径、α分率、GOS値を測定した結晶粒の全個数に対するGOS値が2%以下である結晶粒の個数の割合、GOS値が5%以上である結晶粒の個数の割合、引張強さを表3に示した。各特性値は、上述の方法で測定した。GOS値は、各試料で100個以上の結晶粒について測定した。
【0053】
No.1~3の試料は、結晶粒、α分率および各GOS値を満たす結晶粒の割合の少なくとも1つが本発明の規定を満たさない比較例であった。No.4~9の試料は、結晶粒、α分率およびGOS値が全て本発明の規定を満たす本発明の実施例であった。
【0054】
【表3】
【0055】
〈試料の試験方法〉
得られたNo.1~9の試料を、長さ30mmの素片に切断し、素片の冷間圧造によってキャップボルトを作製した。キャップボルトは、呼び径M6、長さ3mmのJIS B 1176に準拠した形状とした。
【0056】
各試料の10~60個の素片について冷間圧造を行い、その結果、割れが発生することなくキャップボルトに加工できたものを「成功」とし、割れが発生したものを「不成功」とした。この結果に基づき、各試料の加工成功率を算出した。表3の加工性の項目には、加工成功率が90%を超えていた場合には「◎」、加工成功率が70%を超えていた場合には「○」、50~70%であった場合には「△」、50%未満であった場合には「×」との評価を記載した。
【0057】
〈試験結果〉
本発明の実施例であるNo.4~9の試料は、いずれも加工性の評価が○または◎であり、良好な加工性を有していた。特に、GOS値が2%以下である結晶粒の個数の割合が90%以上であるNo.7~9の試料は、加工性の評価が◎であり、優れた加工性を有していた。また、No.4~9の試料は、いずれも引張強さが800N/mm以上であり、良好な強度を有していた。
【0058】
一方、比較例であるNo.1、2の試料は、引張強さが847N/mm以上と強度は良好であったものの、加工性の評価が×であり加工性に劣っていた。これは、α分率が3%以上と高かったためと考えられる。
【0059】
比較例であるNo.3の試料は、加工性の評価が△であり加工性に劣るとともに、引張強さが800N/mm未満であり強度にも劣っていた。これは、No.3の試料は平均結晶粒径が30μmを超えており、また、GOS値を測定した結晶粒の全個数に対するGOS値が2%以下である結晶粒の個数の割合が70%未満であり、再結晶の進行が不十分であったためと考えられる。