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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023158372
(43)【公開日】2023-10-30
(54)【発明の名称】粒子の回転速度の測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01P 3/36 20060101AFI20231023BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20231023BHJP
【FI】
G01P3/36 C
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022068169
(22)【出願日】2022-04-18
(71)【出願人】
【識別番号】513099603
【氏名又は名称】兵庫県公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 雅登
(72)【発明者】
【氏名】安川 智之
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA05
4B063QQ08
4B063QR51
4B063QS39
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】微小な粒子の回転速度を容易に測定できるようにする。
【解決手段】粒子の回転速度の測定方法は、粒子を撮影した連続画像に対し、複数のフレームのうちの一のフレームを選択フレームとし、選択フレームに写る粒子と他のフレームに写る粒子との類似度を時間経過に沿って算出する類似度算出工程102と、類似度が極大となるフレームが出現する時間間隔を粒子が1回転する時間として、粒子の回転速度を算出する回転速度算出工程103とを備えている。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒子を撮影した連続画像に対し、複数の前記フレームのうちの選択した一のフレームを解析対象フレームとして、解析対象フレームに写る前記粒子と他のフレームに写る前記粒子との類似度を時間経過に沿って算出する類似度算出工程と、
前記類似度が極大となるフレームが出現する時間間隔を前記粒子が1回転する時間として、前記粒子の回転速度を算出する回転速度算出工程とを備えている、粒子の回転速度の測定方法。
【請求項2】
経時的に前記選択フレームを選択して、前記類似度算出工程及び前記回転速度算出工程を行うことにより、前記粒子の回転速度の経時変化を評価する、請求項1に記載の粒子の回転速度の測定方法。
【請求項3】
請求項2に記載の回転速度の測定方法において、前記粒子を細胞とし、前記細胞に薬剤を供給する前後の前記細胞の回転速度の経時変化を評価することにより、前記細胞に対する前記薬剤の影響を評価する、薬剤の評価方法。
【請求項4】
細胞に電場を印加可能な観察セルと、
前記観察セル内の細胞の連続画像を撮影する撮影部と、
前記連続画像を解析して、前記細胞の回転速度を算出する回転速度計測部とを備え、
前記回転速度計測部は、複数の前記フレームのうちの選択した一のフレームに写る前記細胞と、他のフレームに写る前記細胞との類似度を時間経過に沿って算出し、前記類似度が極大となるフレームが出現する時間間隔を前記細胞が1回転する時間として、前記細胞の回転速度を算出する、細胞評価装置。
【請求項5】
前記回転速度計測部は、前記細胞の回転速度を経時的に算出する、請求項4に記載の細胞評価装置。
【請求項6】
前記観察セル内の細胞に薬剤を供給する薬剤供給部をさらに備え、
前記回転速度計測部は、前記薬剤の供給前後における前記細胞の回転速度を経時的に算出する、請求項5に記載の細胞評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、粒子の回転速度の測定方法及び細胞評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
回転体の回転速度を非接触で測定するための種々の回転速度計測装置が知られている。例えば、回転体に反射テープ等を貼り付け、反射テープからの反射光の受光間隔に基づいて回転速度を測定する装置がある。このような装置は、簡単ではあるが測定対象は反射テープ等を貼り付けることができるものに限られる。
【0003】
近年では、回転体の画像を撮影し、回転体表面の他の部分と異なる輝度や色等を有する構造的特徴部における光の反射を認識して回転速度を測定する装置も検討されている(例えば、特許文献1を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2018-9852号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の測定装置は、反射率が異なる構造的特徴部が都合よく含まれているものしか測定対象とならない。細胞をはじめとする微小な粒子の場合、構造的な特徴はほとんどないため、このような方法により回転速度を測定することは現実的ではない。
【0006】
本開示の課題は、微小な粒子の回転速度を容易に測定できるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の粒子の回転速度の測定方法の一態様は、粒子を撮影した連続画像に対し、複数のフレームのうちの一のフレームを選択フレームとし、選択フレームに写る粒子と他のフレームに写る粒子との類似度を時間経過に沿って算出する類似度算出工程と、類似度が極大となるフレームが出現する時間間隔を粒子が1回転する時間として、粒子の回転速度を算出する回転速度算出工程とを備えている。
【0008】
粒子の回転速度の測定方法の一態様は、粒子の画像の類似度が極大となるフレームが出現する時間間隔を粒子が1回転する時間として、粒子の回転速度を算出するため、計測対象の粒子へのマーキング等を行うことなく、構造的な特徴が少ない粒子の回転速度を容易に測定することができる。
【0009】
粒子の回転速度の測定方法の一態様において、経時的に選択フレームを選択して、類似度算出工程及び回転速度算出工程を行うことにより、粒子の回転速度の経時変化を評価することができる。
【0010】
本開示の薬剤の評価方法の一態様は、本開示の回転速度の測定方法において、粒子を細胞とし、細胞に薬剤を供給する前後の細胞の回転速度の経時変化を評価することにより、細胞に対する薬剤の影響を評価する。
【0011】
本開示の細胞評価装置の一態様は、細胞に電場を印加可能な観察セルと、観察セル内の細胞の連続画像を撮影する撮影部と、連続画像を解析して、細胞の回転速度を算出する回転速度計測部とを備え、回転速度計測部は、複数のフレームのうちの選択した一のフレームに写る細胞と、他のフレームに写る細胞との類似度を時間経過に沿って算出し、類似度が極大となるフレームが出現する時間間隔を細胞が1回転する時間として、細胞の回転速度を算出する。
【0012】
細胞評価装置の一態様において、回転速度計測部は、細胞の回転速度を経時的に算出することができる。
【0013】
細胞評価装置の一態様は、観察セル内の細胞に薬剤を供給する薬剤供給部さらに備え、回転速度計測部は、薬剤の供給前後における細胞の回転速度を経時的に算出するようにできる。
【発明の効果】
【0014】
本開示の粒子の回転速度の測定方法によれば、細胞をはじめとする微小な粒子の回転速度を容易に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】一実施形態に係る回転速度の測定方法を示すフローチャートである。
図2】連続画像の1フレームを示す図である。
図3】類似度演算工程を示すフローチャートである。
図4】解析画像群の形成過程を示す図である。
図5】類似度評価の一例を示す図である。
図6】一実施形態に係る評価装置を示すブロック図である。
図7A】電極チップの一例を示す模式図である。
図7B】電極チップの一例を示す模式図である。
図7C】電極チップの一例を示す模式図である。
図7D】電極チップの一例を示す模式図である。
図8】測定精度に関する実施例において用いた電極チップを示す平面図である。
図9】測定精度に関する実施例における類似度の算出例を示すマップである。
図10】測定精度に関する実施例において得られた類似度を示すヒートマップである。
図11】薬剤刺激応答に関する実施例において用いた電極チップを示す平面図である。
図12】薬剤刺激応答に関する実施例において得られた類似度を示すヒートマップである。
図13】薬剤刺激応答に関する実施例において得られた回転速度の経時変化を示すグラフである。
図14】薬剤刺激応答に関する実施例において得られた相対回転速度の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
一実施形態に係る回転速度の測定方法は、図1に示すように、連続画像準備工程において準備した計測対象の粒子を撮影した連続画像から、一のフレームを選択し、選択したフレームに写る計測対象の粒子と、他のフレームに写る計測対象の粒子との類似度を経時的に算出する類似度算出工程102と、類似度が極大となるフレームが出現する時間間隔を計測対象の粒子が1回転する時間として、粒子の回転速度を算出する回転速度算出工程103とを備えている。
【0017】
連続画像準備工程において準備する連続画像は、例えば計測対象の粒子を顕微鏡下で撮影した動画とすることができる。時間経過との対応が容易であるため、フレームレートが一定の連続画像が好ましい。フレームレートは特に限定されないが、回転速度を正確に算出する観点からは、粒子が1回転する間に数十枚の画像が存在することが好ましい。このため、粒子の回転数が1秒間に1~5回転程度の場合には、1秒あたりのフレームレートを30fps~60fps程度とすることが好ましい。また、各フレームにおける時間経過が正確にわかるのであれば、可変フレームレートの動画とすることもできる。画像は、解析を容易にするために、グレースケール画像とすることが好ましい。
【0018】
図2は、連続画像の1フレームを例示している、図2において、粒子が、櫛歯状の電極301~304を有する観察セル内の細胞201である例を示している。画像内には、複数の細胞201が写っている。
【0019】
図3に示すように、類似度算出工程102は、連続画像を画像処理して解析対象を抽出した画像を生成する解析対象抽出工程102Aと、抽出した解析対象について類似度の算出を行う演算工程102Bとを含む。
【0020】
解析対象抽出工程102Aにおいて、まず、画像に写る複数の粒子の内の1つを計測対象粒子として選択し、選択した粒子が写る領域を解析対象領域として選択する。選択する領域には連続画像のすべてのフレームにおいて1つの粒子のみが含まれるようにする。また、粒子以外のものが粒子と誤認されないようにする観点から、選択する領域には粒子以外のものが含まれないようにすることが好ましい。例えば、図2においては、電極301~304が含まれないように領域351を選択することが好ましい。選択する領域の大きさは、解析する連続画像の大きさ、粒子が位置するマイクログリッドの大きさ、観察する顕微鏡の対物レンズの倍率等を考慮して決めることができる。予め、領域の大きさを固定することも、ユーザーが任意に大きさを決めることもできる。領域の形状は、特に限定されず正方形状、長方形状、多角形状、及び円形状等とすることができる。
【0021】
次に、選択した領域から、さらに計測対象粒子みを抽出する。抽出の操作は、特に限定されないが、例えば画像を二値化した後、粒子の輪郭を抽出することができる。画像の二値化は、特に限定されないが、例えば「大津の二値化(Otsu’s Law)」は入力画像から自動的にしきい値が算出されるため好ましい。他にも、単純なしきい値処理や、適応的しきい値処理によって二値化することができる。これらのしきい値は、ユーザーが入力して最適な値を選択するようにできる。輪郭の抽出は、特に限定されないが、例えば、Open Source Computer Vision Library(OpenCV)の一種である“OpenCV findContours”を用いて行うことができる。抽出した粒子以外の領域は、例えば黒で塗りつぶすことができる。
【0022】
以上のような計測対象粒子の抽出を、解析を行う連続動画の全てのフレームに対して行う。これにより、図4に示すように、連続動画の各フレームに対応した一連の解析画像群406が生成される。なお、準備した連続動画の全フレームを処理して解析画像群を作成することができるが、一部フレームを選択して解析画像群を作成することもできる。また、計測対象の粒子の抽出は、フレーム毎に領域の選択と粒子の抽出を順次行うことができるが、全てのフレームに対して先に領域の選択を行った後、粒子の抽出をまとめて行うこともできる。
【0023】
演算工程102Bは、解析画像群406における画像同士の類似度を算出する。解析画像群406の選択した一つの解析対象フレームfsと、fsから予め設定したDフレーム離れた解析画像までの各解析画像との類似度を算出する。fsは、解析画像群406の最初のフレームとすることができるが、任意の位置を選択することもできる。Dは、粒子の回転速度、連続画像のフレームレート等を考慮して設定することができる。例えば、1秒間に1回転程度する粒子を30fpsのフレームレートで撮影した場合、Dは30~100程度とすることが好ましい。
【0024】
類似度の算出は、特に限定されないがテンプレートマッチングを用いて行うことができる。例えば、選択した解析対象フレームfsの解析画像をテンプレートとして、fs+1の解析画像とのマッチングを行い、類似度を評価することができる。類似度の算出は、fs+1~fs+Dまで順次行う。テンプレートマッチングは、特に限定されないが例えば、“OpenCV matchTemplate”に代表されるOpenCVを利用することができる。類似度の評価には、例えば、“OpenCV TM_CCOEFF_NORMED”等の正規化相関関数により行うことができる。この場合、2つの画像の間に全く類似性が認められない場合を-1とし、完全に一致する場合を1として示すことができる。なお、類似度の評価は、正規化相関関数を用いる方法に限らない。また、テンプレートマッチングに限らず、他の方法により類似度の評価を行うこともできる。
【0025】
図5は、fs+1~fs+Dまでの各フレームについてfsとの類似度を評価した例を示している。図5においては、類似度を色の濃淡で示しており、薄い色ほど類似度が高いことを示している。
【0026】
次に、回転速度算出工程において、粒子の回転速度を算出する。粒子が回転すると、次第に元の状態と異なる面が撮影されるため、類似度が低下する。さらに回転が進み1回転すると、元の状態に近い面が撮影されるため、類似度が最大になる。図5においては、2フレーム目、7フレーム目、12フレーム目・・・において類似度が低くなり、5フレーム目、10フレーム目、15フレーム目・・・において類似度が高くなっている。これは、類似度が極大を示す5フレーム間隔で粒子が1回転していることを意味する。このため、類似度が極大を示すフレーム間隔とフレームレートとにより粒子が一回転するのに要する時間が求められ、粒子の回転速度を算出することができる。回転速度の算出方法は、特に限定されないが、例えば類似度が極大となるフレーム間隔をΔf、フレームレートをFとすると粒子の回転速度Ωは、以下の式(1)により算出することができる。
【0027】
【数1】
【0028】
粒子の回転速度が変化しない場合には、類似度が極大を示すフレーム間隔をfs+Dまでのどのフレーム位置において検出しても同じ結果が得られる。しかし、回転速度が時間により変化する場合には、選択した解析対象フレームfsの時点における回転速度Ωsを正確に求めるためには、解析対象フレームfsから粒子が最初に1回転するフレームの位置を検出し、これを用いて回転速度を算出することが好ましい。
【0029】
この場合、類似度が極大を示すフレームを検出するための最小フレーム位置fminと最大フレーム位置fmaxとを設定し、最小フレーム位置fminと最大フレーム位置fmaxとの範囲のフレームを抜き出した回転速度算出画像群を作成することができる。回転速度算出画像群を用いて類似度が極大を示すフレームの位置を検出することにより1回転目のフレームの位置を検出することが容易にできる。例えば、図5の場合には、fmin=2、fmax=7と設定して、回転速度算出画像群を作成することができる。
【0030】
また、形状が時間と共に変化するような粒子であっても、1回転目のフレーム位置を検出することにより、形状変化の影響を受けにくくできるので、回転速度の算出が容易となる。
【0031】
なお、1回転目のフレーム位置を検出するのではなく、予め設定したn-1回転目のフレーム位置とn回転目のフレーム位置とを検出するように、最小フレーム位置fmin及び最大フレーム位置fmaxを設定することもできる。
【0032】
解析対象フレームfsの時点における回転速度Ωsをピンポイントで求める例を示したが、解析対象フレームfsの位置をずらしながら類似度が極大を示すフレーム位置を検出してそれぞれの時間位置における回転速度を順次算出することにより、粒子の回転速度の経時変化を評価することができる。
【0033】
回転速度の経時変化を評価することにより、例えば粒子に特定の刺激を与えた際に、刺激により粒子の回転がどのように変化するかを明らかにできる。
【0034】
以上のような、粒子の回転速度の測定方法は、粒子に対して特別なマークを付与することなく粒子の回転速度の算出を可能にする。また、上記の方法は、細胞のような形状の特徴が少なく且つ粒子間の形状が不均質な粒子の回転速度及び回転速度の経時変化を測定できる。
【0035】
なお、本実施形態において、解析対象フレームfsから解析終了フレームfs+Dまで、1フレームずつ順に類似度を評価する例を示したが、フレーム数が多い場合等においては、予め定めた任意のフレーム数毎に類似度を評価することもできる。また、正の方向に類似度を評価する例を示したがが、負の方向に類似度を評価していくこともできる。経時変化を評価する場合も、解析対象フレームfsを1フレームずつずらして選択するのではなく、予め定めた任意のフレーム数ずつずらして選択することができる。
【0036】
粒子を撮影した連続画像は、どのようにして準備したものであってもよいが、粒子が細胞の場合には、以下のような評価装置を用いて連続動画を撮影し、回転速度を測定することができる。
【0037】
図6に示すように評価装置500は、細胞を回転運動させる回転発生部501と、細胞へ薬剤刺激を行うための送液部502と、細胞の回転運動を観察するための観察部503と、観察された細胞の回転を撮影するための撮影装置504と、撮影装置504から取得された細胞の連続画像から回転速度を算出する回転速度計測部505と、これらの要素への指示を入力するための入力装置506と入力装置506から入力された指示を前記各ユニットへ伝達するための制御装置507とを備えている。
【0038】
回転発生部は任意波形発生装置511、配線ユニット512、電極チップ513、及び観察セル514を有している。任意波形発生装置511は、電圧供給部であり、本例では制御装置507によって制御され、例えば交流電圧を電極チップ513に供給する場合には、電極チップ513に供給するタイミング、交流電圧の周波数および位相等が制御装置507によって制御される。
【0039】
任意波形発生装置511は、細胞の電気回転を誘導させるために、位相を90°ずつ、ずらした複数種類のサイン波の交流電圧を出力する機能を有する。複数種類のサイン波の周波数と電圧の範囲は同じであり、それぞれ、周波数は1kHz~100MHzの範囲、電圧は0Vpp~20Vppの範囲が好ましく、より好ましくは、10kHz~10MHz、1Vpp~5Vppの範囲である。4種類のサイン波は必ずしも1つの装置から出力される必要はなく、複数の発生装置を用いてもよい。任意波形発生装置511の出力の制御や波形の制御は、必ずしも制御装置507で行う必要はなく、任意波形発生装置511で行っても構わない。
【0040】
配線ユニット512は任意発生装置511で発信した交流電圧信号を電極チップ513上の任意の電極に印加できる。
【0041】
電極チップ513は、観察セル514に収容された細胞に対して電気回転を誘導できればその構成に制限はない。例えば、図7A図7Dに示すような電気回転チップとすることができる。図7Aに示す電気回転チップ513Aは4枚の電極から構成されており、電極の中央に配置された細胞に対して電気回転を誘導できる。電気回転チップ513Aは最も基本的な電極チップであり、例えばAnalytical Chemistry 1998 70 (13), 2607-2612において、電気回転チップ513Aを用いた細胞の計測方法が開示されている。
【0042】
図7Bに示す電気回転チップ513Bは、それぞれ2つのマイクロバンド電極を有する2枚のくし形電極基板を直交するように対向させて構成されている。このようにすれば4つのマイクロバンド電極で形成されたマイクログリッドを高密度に作成できる。2枚のくし形電極基板へ位相が90°ずつずれた交流電圧を印加することにより、マイクログリッド内に回転電場が誘起される。電気回転チップ513Bへ細胞を導入し、電気回転を誘導させると1回の実験で数百個の細胞の電気回転計測ができる。例えばAnalyst, 2020,145, 4188-4195において、電気回転チップ513Bを利用した細胞計測法が開示されている。
【0043】
図7Cに示す電気回転チップ513Cは、細胞を捕捉するためのマイクロウエルに4つの電極が配線されており、例えば特開2021-185813号に開示されてるように、細胞をマイクロウエルに捕捉した状態での電気回転計測が実施できる。
【0044】
図7Dに示す電気回転チップ513Dは、3本のマイクロ電極を束ねて、それぞれのマイクロ電極への120°位相がずれた交流電圧の印加によって、マイクロ電極先端に回転電場が誘導される。そのマイクロ電極の細胞への近接によって細胞を回転させることができる(Adv. Sci. 5, 1700711 (2018).)。
【0045】
例示した電気回転チップ513Bや513Cの場合一度に複数の細胞の電気回転計測を行えることができる。さらに電気回転チップ513Cのような構成とすることにより、細胞をマイクロウエルに保持した状態で電気回転計測が行える。これは、電気回転計測の途中で薬剤を含む溶液に交換し、薬剤の細胞への影響を電気回転速度の変化として計測できることを示している。
【0046】
送液部502は、観察セル514に収用された細胞に薬液を投与して刺激を与えることができる。送液部502は、制御装置507によって、流す溶液の流量や作動タイミングが制御される送液ポンプを有している。送液部502によって、観察セル514に導入する溶液の量や種類、溶液を導入するタイミングが制御される。電極チップ513上に所定のタイミングで所定の流量で所定の溶液を導入することができれば、送液部502に特別な制限はない。また送液ポンプも、溶液の流量を制御できればよく、その制御の方式に制限はないが、例えばペリスタルティックポンプの利用が好ましい。
【0047】
観察部503は電極チップ513上で回転する細胞の運動の観察ができればよく、ここでは、照明装置、対物レンズ、表示装置から構成される。
【0048】
撮影装置504は、対物レンズで結像された像を撮影し記録することができる。撮影方式に制限はなく、例えばCCDカメラ、CMOSカメラなどが使用できる。カメラの撮像間隔は回転速度の解析の精度につながる重要な要因である。電気回転する細胞は1秒間あたり1回転~10回転程度する。回転速度の正確な算出には、1回転当たり複数枚の画像が必要である。そのため、撮影装置504の撮像間隔は30fps(フレームパーセカンド)以上が好ましい。撮像間隔が短くなるほど、1回転あたりの撮像枚数が増えるため、より正確な回転速度の算出につながるため、60fpsや100fps等の高速に撮像できることがより好ましい。
【0049】
撮影装置504は撮影のタイミング、撮影時間が制御装置507によって制御される。これらの制御は必ずしも制御装置507で行われる必要なく、撮影装置504から直接行っても構わない。
【0050】
回転速度計測部505は、撮影装置504から取得された電極チップ513上の細胞の回転速度を算出するユニットであって、処理部550、パラメータ設定部551、記録部552、表示部553を有している。
【0051】
処理部550は、連続画像から回転速度を算出する。処理部550は、撮影装置504により撮影された連続画像を処理して回転速度計測用の画像を生成する画像処理部556、フレーム間の類似度演算処理を行う類似度演算部557、回転速度算出処理を行う回転速度算出部558を有する。回転速度算出処理に必要な、連続画像取得時のフレームレートFとfmin及びfmaxは、例えばユーザーが入力装置506を利用してパラメータ設定部551へ入力できる。
【0052】
画像処理部556から出力される解析領域の画像群、類似度演算部557から出力されるフレームごとの類似度の一覧、回転速度算出部558から出力される回転速度Ωは記録部552に保存され、処理部550からの要請に従って、参照される。
【0053】
表示部553では、ユーザーが入力装置506を介して回転速度計測部505へ入力した情報に従って、記録部552に保存されたデータのうち、当該の情報をユーザーへ表示する。
【0054】
このような評価装置500を用いることにより、細胞の回転速度を容易に且つ正確に測定することができる。特に、回転速度の経時変化を評価することにより、電気回転速度の変化を指標として細胞の状態を評価したり、細胞の状態を指標として薬剤の細胞への影響を評価したりすることができる。
【実施例0055】
(評価精度の検証)
<評価装置>
図6に示した評価装置を用いて細胞の回転速度の測定を行った。電極チップ513として、図8に示すような2枚のくし形電極基板311を厚さが30μmのスペーサーを介して互いに直交するように重ね合わせた3次元グリッド電極を用いた。2枚のくし形電極基板311は、それぞれ交互に配置された2つのくし歯状のマイクロバンド電極313及び314を有する。くしの幅は20μmとし、くしの間隔は30μmとした。実際の各マイクロバンド電極は20本のくし歯から構成され、1枚の電極基板上には、40本のくし歯が存在する。電極の材料は、光学観察を行った際の視認性のために、インジウム-酸化スズ(ITO)を用いた。2つのくし形電極基板311を直交するように重ね合わせることによって、4つのマイクロバンド電極で構成されたマイクログリッドが1521個形成される。マイクログリッドのそれぞれに細胞を収用することができる。4つのくし歯状のマイクロバンド電極へ、それぞれ90°ずつ位相が異なる交流電圧を印加することにより、個々のマイクログリッド内に回転電場を生み出すことができる。
【0056】
電極への細胞の非特異的な吸着を抑制するために、3次元グリッド電極は、電気回転計測用の溶液に溶解させた濃度が10mg/mLの血清アルブミン(BSA)溶液に2時間浸漬した。電気回転計測用の溶液は、300mMのマンニトール水溶液で細胞培養用の培地(RPMI1640)を10倍に希釈した溶液とした。電気回転計測用の溶液の導電率は100mS m-1であった。
【0057】
細胞にはJurkat細胞を用いた。RPMI1640培地で培養されたJurkat細胞を回収し、遠心分離(800rpm,5分)後、電気回転溶液に懸濁した。細胞濃度は1×106cells/mLとした。
【0058】
デバイス内のBSA溶液を電気回転計測溶液により十分洗浄した後に、細胞懸濁液を導入した。マイクログリッド内に十分量の細胞が導入され、溶液の流れが静止した時点で4つのくし歯状のマイクロバンド電極へ交流電圧を印加し、それぞれのマイクログリッド内に回転電場を誘起させた。交流電圧は、2.4Vpp、400kHzのサイン波を用いた。
【0059】
<評価用連続画像の取得>
デバイス内で回転する細胞を観察するために、電極デバイスは倒立顕微鏡(ECLIPSE Ts2R、Nikon)下に設置した。対物レンズは40倍とした。細胞の回転画像はUSB-CMOSカメラ(DMK33UX174、THE IMAGINGSOURCE)を介してパーソナルコンピュータに記録した。撮影する際の画像の解像度は1920×1200ドットとし、1秒間に60枚(60fps)のフレームレートで画像を取得した。細胞の回転の状態は5秒間撮影した。
【0060】
<類似度算出>
取得された連続画像から、マイクログリッド内で回転する細胞が含まれるように、解析領域を正方形状に規定して、細胞が写る領域を抽出した。抽出は、規定した領域内の画像から「大津の二値化(Otsu’s Law)」、を用いてしきい値を決定し、二値化画像を取得し、取得した二値化画像から細胞の輪郭を抽出した。輪郭の抽出には“OpenCV findContours”を用いた。抽出した輪郭の内側を細胞の領域として、内部を塗りつぶした画像を作製した。内部を塗りつぶした画像を用いて細胞の領域のみを抽出し、背景を黒で塗りつぶした細胞の画像を作製した。この操作を取得した連続画像のすべてのフレームに対して行い、単一細胞領域が表示される抽出画像群を得た。
【0061】
次に、抽出画像群における類似度の算出を行った。選択したフレームfsにおける画像をテンプレートとして、fsからプラス方向の抽出画像とのマッチングを行った。このテンプレートマッチングには“OpenCV matchTemplate”を用いた。テンプレート画像と個々のフレーム内の抽出画像との類似度の評価には正規化相関関数マッチング法を用い、“OpenCV TM_CCOEFF_NORMED”を利用して、-1~1の範囲で類似度を表した。
【0062】
<回転速度算出>
図9は、選択フレームfsを1フレーム目として、テンプレートマッチングを行い、類似度を算出し、その類似度をヒートマップで示した結果を示している。選択フレームfsとの間隔Dが17(18フレーム目)の画像が選択フレームfsの画像との類似度が最も高かった。従って、細胞が1回転するために必要な時間は17/60秒であった。回転速度(radian s-1)に変換すると、22.2radian s-1となった。図10は、取得した画像の全フレームに対して行い、類似度を算出しヒートマップに表している。選択フレームとの間隔Dが増加するに従い一定の周期で類似度が極大の領域が表れた。また、選択フレームfsの位置にかかわらず、ほぼ同じフレーム間隔で類似度が極大となった。これは、評価対象細胞が、ほぼ一定の周期で回転運動を継続していたことを示す。
【0063】
<目視評価との比較>
評価対象として選択する細胞を変えて、細胞1~10について、同様に回転速度を測定したところ、それぞれ6.01、8.59、12.05、15.11、17.27、19.03、21.99、24.06、29.34radian s-1となった。
【0064】
細胞1~10の画像について、細胞上の特徴点を目視によって判別し、画像をコマ送りにした際のその特徴点の移動量から回転速度を算出した結果、5.78、8.77、12.29、14.59、17.13、18.85、19.84、23.94、29.00radian s-1となり、両者の相関係数は0.996となった。従って、本開示の方法による回転速度の算出方法は、目視による回転速度の算出方法と高い相関関係を有していることが示された。
【0065】
【表1】
【0066】
(薬剤投与による回転速度変化の評価)
<評価装置>
電極チップとして図11示すようなウエル型の回転電極を用いて評価を行った。ガラス基板上にITOからなる下側マイクロバンド電極(電極幅40μm、電極間隔20μm)を16本配置した。下側マイクロバンド電極(i、ii)の上に、ネガ型の厚膜フォトレジストであるSU-8を用いて厚さが20μmの絶縁層を形成し、幅30μm、縦20μm、厚さ20μmのマイクロウエルを225個形成した。各マイクロウエルの両端に2本のITO製マイクロバンド電極が露出するようにマイクロウエルを配置した。絶縁層上に金からなる上側マイクロバンド電極(A、B)を配置した。上側マイクロバンド電極は絶縁膜により被膜した。
【0067】
マイクロウエルの左右それぞれから5μmの位置まで下側マイクロバンド電極を露出させた。上側マイクロバンド電極は、マイクロウエルの上辺と下辺に,幅20μmで縦5μmとなるように配置した。1つのマイクロウエルに対して、同じ電極面積を有するマイクロバンド電極が4つ配置され、4つのマイクロバンド電極(i、ii、A、B)へ位相を90oずらしたサイン波を印加してマイクロウエル内に回転電場を誘導できるようにした。交流電圧は、4種類のサイン信号を独立して出力させることができる任意波形発生装置(Arb Studio1104,TELEDYNE LECROY)により供給した。
【0068】
ポリジメチルシロキサン(PDMS)により形成した溶液チャンバー(外径10mm,内径8mm,高さ6mm,体積300μL)内に、ウエル型の回転電極を収容した。溶液チャンバー及び回転電極は、酸素プラズマ処理をした後、濃度10mg/mLのBSA溶液を満たし、2時間静置した。電気回転溶液で溶液チャンバーをすすいだ後、Jurkat細胞の懸濁液を溶液チャンバーに導入した。10分程度静置し、細胞を自重で沈降させてマイクロウエルに捕捉させた。
【0069】
Jurkat細胞は、RPMI1640培地で培養し、細胞濃度が1×106cells/mLになるように電気回転溶液に懸濁した。電気回転溶液は250mMマンニトール水溶液によって5%(v/v)まで希釈されたRPMI1640培地を用いた(導電率74mS/m)。
【0070】
デバイス内で回転する細胞を観察するために、マイクロウエル電気回転デバイスは倒立顕微鏡(ECLIPSE Ts2R、Nikon)下に設置した。対物レンズは20倍とした。細胞の回転画像はUSB-CMOSカメラ(DMK33UX174、THE IMAGINGSOURCE)を介してパーソナルコンピュータに記録した。撮影する際の画像の解像度は1920×1200ドットとし、1秒間に30枚(30fps)の速度で画像を取得した。細胞の回転の状態を120秒間撮像した。
【0071】
交流信号をマクロバンド電極に印可して細胞を回転させてから10秒後に、100μMに調製したイオノマイシン溶液3μLを溶液チャンバーに静かに添加しイオノマイシンの終濃度が1μMになるようにした。細胞の回転を開始させてから120秒後までの画像を撮像し、120秒間マイクロウエル内で単一細胞の状態で回転し続けていた15細胞の回転速度の経時変化を取得した。
【0072】
一例として、選択した1つの細胞における類似度のヒートマップを図12に示す。Dが12~26の間で観察される類似度の高い領域(図中の白い線の領域)がそれぞれのフレームにおける一回転に必要なフレーム数を表す。Dの領域をfmin=12、fmax=26に限定して、各選択フレームにおける類似度が極大となるDを求めた。これに基づいてフレーム毎の回転速度Ωsを算出した。
【0073】
図13には、各選択フレームfsの位置を回転開始時点からの経過時間に換算し、回転速度の経時変化を示している。イオノマイシンを投与するまでの10秒間はほぼ一定の回転速度を示したが、徐々に回転速度が減少し、40秒の時点で回転速度は大きく低下した。その後、わずかに回転速度が増加したが、初期の回転速度まで回復しなかった。
【0074】
同様の解析を残りの14個の細胞についても行い、合計15細胞分の回転速度の変化を求めた。回転速度の絶対値は細胞の大きさに影響を受けるため、画像の取得開始直後から9.5秒までの回転速度の平均値を初期回転速度Ω0とし、各時間における回転速度ΩをΩ0で除算したΩ/Ω0を相対回転速度とした。図14に示すように、全体として40秒後から回転速度が低下し、その後徐々に回転速度が回復する様子が確認できた。一方で、回転速度のばらつきが大きく、細胞ごとにイオノマイシンに対する応答が異なることを示している。
【0075】
イオノマイシンを含む溶液の添加の代わりに、イオノマイシンを含まない電気回転溶液を添加して同様の評価を行った。解析対象の細胞数は19個とした。電気回転溶液のみを添加した場合には、120秒間ほぼ一定の回転速度を示した。これは、細胞に対して薬剤を加えなければ、一定の回転速度で細胞が回転し続けていることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本開示の粒子の回転速度の評価方法は、微小な粒子の回転速度を容易に測定でき、例えば、薬剤が粒子に与える影響等を容易に評価でき、医薬分野をはじめとする種々の産業分野において有用である。
【符号の説明】
【0077】
102 類似度算出工程
102A 解析対象抽出工程
102B 演算工程
103 回転速度算出工程
201 細胞
300 体積
301、302、303、304 電極
311 形電極基板
313 マイクロバンド電極
351 領域
406 解析画像群
500 評価装置
501 回転発生部
502 送液部
503 観察部
504 撮影装置
505 回転速度計測部
506 入力装置
507 制御装置
511 任意波形発生装置
512 配線ユニット
513 電極チップ
513A、513B、513C、513D 電気回転チップ
514 観察セル
550 処理部
551 パラメータ設定部
552 記録部
553 表示部
556 画像処理部
557 類似度演算部
558 回転速度算出部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図7C
図7D
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14