(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023158581
(43)【公開日】2023-10-30
(54)【発明の名称】歯車
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231023BHJP
C22C 38/46 20060101ALI20231023BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20231023BHJP
C23C 8/32 20060101ALI20231023BHJP
C21D 9/32 20060101ALN20231023BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/46
C21D1/06 A
C23C8/32
C21D9/32 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022068503
(22)【出願日】2022-04-18
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000231350
【氏名又は名称】ジヤトコ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076473
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100112900
【弁理士】
【氏名又は名称】江間 路子
(74)【代理人】
【識別番号】100198247
【弁理士】
【氏名又は名称】並河 伊佐夫
(72)【発明者】
【氏名】玉井 智也
(72)【発明者】
【氏名】辻井 健太
(72)【発明者】
【氏名】樋口 成起
(72)【発明者】
【氏名】小田 敏弘
(72)【発明者】
【氏名】加藤 豪
(72)【発明者】
【氏名】前田 誠
【テーマコード(参考)】
4K028
4K042
【Fターム(参考)】
4K028AA03
4K028AB01
4K042AA18
4K042BA01
4K042BA03
4K042BA14
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA10
4K042CA13
4K042DA01
4K042DA02
4K042DA06
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DD02
4K042DE02
4K042DE06
(57)【要約】
【課題】耐焼付き性および内部強度に優れた歯車を提供する。
【解決手段】歯車は、質量%で、C:0.31%~0.35%、Si:0.30%以下、Mn:0.20%~0.80%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cu:0.35%以下、Ni:0.25%以下、Cr:1.00%~1.40%、Mo:0.95%~1.10%、V:0.25~0.30%、を含有するとともに、下記の式(1)、式(2)を満足し、残部Fe及び不可避的不純物の組成を有する鋼からなり、表層に軟窒化処理層を有し、主に鉄窒化物を含有する厚みが5μm以上の化合物層を備えている。
3.36×[Cr]+13.7×[Mo]+5.59×[V]>15 …式(1)
1.00×[C]-0.20×[Cr]+0.20×[Mo]+1.00×[V]-0.26>0.2 …式(2)
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
C:0.31%~0.35%、
Si:0.30%以下、
Mn:0.20%~0.80%、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
Cu:0.35%以下、
Ni:0.25%以下、
Cr:1.00%~1.40%、
Mo:0.95%~1.10%、
V:0.25~0.30%、
を含有するとともに、下記の式(1)、式(2)を満足し、残部Fe及び不可避的不純物の組成を有する鋼からなり、表層に軟窒化処理層を有し、主に鉄窒化物を含有する厚みが5μm以上の化合物層を備えていることを特徴とする歯車。
3.36×[Cr]+13.7×[Mo]+5.59×[V]>15 …式(1)
1.00×[C]-0.20×[Cr]+0.20×[Mo]+1.00×[V]-0.26>0.2 …式(2)
(式(1),式(2)中の[ ]は各元素の含有質量%を示す)
【請求項2】
ビッカース硬さ500HVとなる有効硬化層深さが0.25mm以上であることを特徴とする、請求項1に記載の歯車。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は歯車に関し、詳しくは表層に軟窒化処理層を有する歯車に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の動力伝達機構などに用いられる歯車にあっては、鋼を所定の形状に鍛造成形もしくは切削加工した後、浸炭焼入れ処理、浸炭窒化焼入れ処理または窒化処理(狭義の窒化処理及び軟窒化処理を含む)などの表面硬化熱処理が施され、耐摩耗性等の機械的性質を向上させている。
近年は、高回転化やその際のすべり速度の増加など従来よりも焼付きが生じ易い環境下で歯車が使用される場合が多く、特に高い耐焼付き性が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013-227675号公報
【特許文献2】特開2016-125132号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
耐焼付き性を向上させるためには、歯車の摺動面に窒化処理による化合物層を形成して金属同士が直接接触しないようにすることが有効とされている(例えば上記特許文献1,2参照)。しかしながら、窒化処理は、浸炭処理や浸炭窒化処理と比較して処理温度が低く(500~650℃程度)、窒素の拡散深さが浅い。また、拡散層よりも内部の母相については窒化処理温度で軟化してしまう。
このため、窒化処理を施した歯車の場合、内部強度が低いことに起因するケースクラッシュ(表面硬化層が広い範囲にわたって剥離する損傷)や内部塑性変形が生じ易いという問題があった。
【0005】
本発明は以上のような事情を背景とし、耐焼付き性および内部強度に優れた歯車を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、以下の知見を得た。(a)MoおよびVによる二次硬化が、窒化処理における母相の軟化抑制に有効である。(b)窒化処理における化合物層の形成および有効硬化層深さに及ぼす各合金元素の影響を勘案し、各合金元素の添加量を適正にバランスさせることで、優れた耐焼付き性および内部強度を確保することができる。
本発明はこのような知見に基づいてなされたものである。
【0007】
而して本発明の要旨は、次の通りである。
【0008】
[1] 質量%で、C:0.31%~0.35%、Si:0.30%以下、Mn:0.20%~0.80%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cu:0.35%以下、Ni:0.25%以下、Cr:1.00%~1.40%、Mo:0.95%~1.10%、V:0.25~0.30%、を含有するとともに、下記の式(1)、式(2)を満足し、残部Fe及び不可避的不純物の組成を有する鋼からなり、表層に軟窒化処理層を有し、主に鉄窒化物を含有する厚みが5μm以上の化合物層を備えていることを特徴とする歯車。
3.36×[Cr]+13.7×[Mo]+5.59×[V]>15 …式(1)
1.00×[C]-0.20×[Cr]+0.20×[Mo]+1.00×[V]-0.26>0.2 …式(2)
(式(1),式(2)中の[ ]は各元素の含有質量%を示す)
【0009】
[2] [1]において、ビッカース硬さ500HVとなる有効硬化層深さが0.25mm以上であることを特徴とする歯車。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】ローラピッチング試験に使用されるローラの形状を示した図で、(A)は試験ローラ、(B)は負荷ローラを示している。
【
図2】(A)実施例における焼入れ焼戻し処理を示す説明図、(B)実施例におけるガス軟窒化処理を示す説明図である。
【
図4】比較例2に適用される浸炭焼入れおよび焼戻し処理の説明図である。
【
図5】式(1)左辺の化合物層についての指標と測定された化合物層厚さとの関係を示した図である。
【
図6】式(2)左辺の有効硬化層深さについての指標と測定された有効硬化層深さとの関係を示した図である。
【
図7】有効硬化層深さと陥没深さとの関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
次に本発明の実施形態に係る歯車を以下に詳しく説明する。
本実施形態の歯車は、表層に軟窒化処理層を有し、厚みが5μm以上の化合物層を備えたものである。
本歯車は、質量%で、C:0.31%~0.35%、Si:0.30%以下、Mn:0.20%~0.80%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cu:0.35%以下、Ni:0.25%以下、Cr:1.00%~1.40%、Mo:0.95%~1.10%、V:0.25~0.30%、を含有するとともに、上記の式(1)、式(2)を満足し、残部Fe及び不可避的不純物の組成を有する鋼を用いて製造される。
【0012】
本実施形態に係る歯車の製造に用いられる鋼における各化学成分等の限定理由を以下に詳述する。尚、以降の説明では、特にことわりがない限り「%」は「質量%」を意味するものとする。
【0013】
C:0.31%~0.35%
Cは、歯車の芯部硬さを確保するために必要な元素である。Cの含有量が0.31%未満では、芯部強度が低くなりすぎるため強度が低下する。一方、Cの含有量が0.35%を超えると、炭化物量が多くなり過ぎ、切削性などの加工性が悪化する。
【0014】
Si:0.30%以下
Siは、溶製時の脱酸剤として添加される。このSiは鋼の熱間加工性及び被削性を低下させるため、その上限を0.30%とする。但し、Siは軟化抵抗性を高める効果を有しており、0.01%以上添加してもよい。
【0015】
Mn:0.20%~0.80%
Mnは、鋼の焼入性を高めるのに有効な元素である。またMn系硫化物を形成し被削性を向上させる効果もある。これらの効果を得るため0.20%以上含有させる。一方、過剰な添加は、鋼の硬さが高まり熱間加工性を低下させるため、その上限を0.80%とする。好ましいMn量の範囲は、0.20%~0.60%である。
【0016】
P:0.030%以下
Pは、不純物であり含有量は少ない方が好ましい。Pは粒界に偏析して、鋼の熱間加工性が低下させるため0.030%以下とする。Pの含有量を完全に0とするのは難しく、現実的な下限は0.004%である。
【0017】
S:0.030%以下
Sは、不純物であり含有量は少ない方が好ましい。SはMnと結合し粗大なMnSを生成しやすく、曲げ疲労強度や鋼の熱間加工性を低下させるため0.030%以下とする。Sの含有量を完全に0とするのは難しく、現実的な下限は0.001%である。
【0018】
Cu:0.35%以下
Cuは、炭化物の生成を抑制する。このため、炭化物の生成を促進するCr等とのバランスを考慮する必要がある。また、Cuの過剰な添加は熱間鍛造性の低下や材料コストの上昇をもたらすため、Cu量は0.35%以下とする。但し、Cuは固溶強化元素として歯車の強度を向上させるため0.01%以上添加してもよい。
【0019】
Ni:0.25%以下
Niは、Cuと同様に炭化物の生成を抑制する。このため、炭化物の生成を促進するCr等とのバランスを考慮する必要がある。また、Niの過剰な添加は切削性の低下や材料コストの上昇をもたらすため、Ni量は0.25%以下とする。但し、Niは固溶強化元素として歯車の強度を向上させるため0.01%以上添加してもよい。
【0020】
Cr:1.00%~1.40%
Crは、軟窒化処理時に、微細な窒化物(CrN)を硬化層中に形成し、表層の硬さを向上させる。この効果を得るため、Crは1.00%以上含有させる。但し、過剰な添加は材料コストを上昇させるため、その上限を1.40%とする。好ましいCr量の範囲は、1.10%~1.30%である。
【0021】
Mo:0.95%~1.10%
Moは、二次硬化により炭化物を析出させて軟窒化処理時の母相硬さ(内部硬さ)の低下を抑制する効果を有し、有効硬化層深さを確保するのに有効な元素である。この効果を得るため、Moは0.95%以上含有させる。但し、過剰な添加は材料コストを上昇させるため、その上限を1.10%とする。好ましいMo量の範囲は、0.95%~1.00%である。
【0022】
V:0.25~0.30%
Vは、Moと同様に二次硬化により炭化物を析出させて軟窒化処理時の母相硬さの低下を抑制する効果を有する元素である。この効果を得るため、Vは0.25%以上含有させる。但し、過剰な添加は材料コストを上昇させるため、その上限を0.30%とする。
【0023】
3.36×[Cr]+13.7×[Mo]+5.59×[V]>15 …式(1)
式(1)の左辺は、化合物層厚さに関する指標である。Cr、Mo、Vは窒化物形成元素で、化合物層を安定的に形成させるのに有効である。式(1)の左辺の値が15を超えるように成分調整することで、軟窒化処理において、化合物層厚さ5μm以上を確保することができる。
【0024】
1.00×[C]-0.20×[Cr]+0.20×[Mo]+1.00×[V]-0.26>0.2 …式(2)
式(2)の左辺は、有効硬化層深さに関する指標である。C、Mo、Vは軟窒化処理温度(500℃~650℃)で炭化物を析出させる二次硬化に寄与し、有効硬化層深さを増大させる。一方、Crは軟窒化処理時の窒素の拡散を抑制するため、有効硬化層深さを減少させる。式(2)の左辺の値が0.2を超えるように成分調整することで、軟窒化処理された歯車における、ビッカース硬さ500HVとなる有効硬化層深さを0.25mm以上確保することができる。
【0025】
化合物層の厚さ:5μm以上
化合物層は鉄窒化物を主として含有する層である。歯車の表面に形成された化合物層は摺動面における焼付きを良好に抑制することができる。歯車における化合物層の厚さは、摩耗による減少を考慮して5μm以上とする。より好ましい化合物層の厚さは10μm以上である。但し、化合物層が厚すぎると、曲げ疲労破壊の起点となりやすく、化合物層の厚みの上限は25μmとするのが好ましい。
【0026】
ビッカース硬さ500HVとなる有効硬化層深さ:0.25mm以上
歯車表面から内部に向かう硬さ分布を測定した時に、ビッカース硬さが500HVとなる歯車表面からの深さを有効硬化層深さと呼ぶ。この有効硬化層深さが浅いほど内部から破壊が起こる可能性が高まる。本発明者らの調査によれば、有効硬化層深さを0.25mm以上確保することで、化合物層および拡散層を含む軟窒化処理層よりも内部を起点とする損傷(例えばケースクラッシュ)を良好に抑制することができる。
【0027】
本実施形態の歯車は、上記成分組成の鋼を所定の形状に加工(粗加工)した後、焼入れ焼戻し、摺動面等の仕上げ加工(精加工)、更にガス軟窒化の各工程を経て製造することができる。
【0028】
焼入れの工程では、所定の形状に加工された中間部材を850~950℃の焼入れ温度で保持する。焼入れ温度での保持時間は特に限定されないが、たとえば、30~60分である。所定時間加熱保持した後、マルテンサイト変態開始温度Ms以下まで急冷する。焼入れ媒体は例えば、水や油である。焼入れ後の中間部材に対しては、周知の焼戻し工程を実施する。焼戻し温度は例えば、550~650℃である。焼戻し温度での保持時間はたとえば、60~120分である。
【0029】
ガス軟窒化の工程では、NH3を含んだ雰囲気中でA1変態点以下の温度に加熱することにより、中間部材表面に窒素および炭素を浸入させ、窒素の固溶または微細な炭窒化物の析出により表層を硬化させる。これにより、中間部材の表層部に、主に鉄窒化物を含有する化合物層、およびその直下に形成されマトリックス中に窒素が拡散している拡散層、からなる軟窒化処理層が形成される。
【0030】
ガス軟窒化では、(NH3+CO2+N2)の混合ガスを用いて処理が行われる。窒化処理条件については適宜調整可能である。窒化処理温度が低すぎる場合は窒素の拡散速度が低下して処理時間が長くなってしまう。一方、窒化処理温度が高すぎる場合には母相における軟化が進行して内部硬さが低下してしまう。窒化処理温度としては、500~650℃を例示することができる。
窒化処理は、所望の化合物層厚さおよび有効硬化層深さが得られるように、窒化処理温度と連動させて決定することができる。窒化処理温度としては、2~5時間を例示することができる。
【0031】
なお、ガス軟窒化処理後の歯車については、潤滑被膜処理等を必要に応じて施すことができる。
【0032】
(実施例)
次に実施例により本発明の一態様の効果をさらに具体的に説明する。ここでは、下記表1に示す実施例24種および比較例5種について、溶解・鋳造→圧延→粗加工→焼入れ焼き戻し→精加工→ガス軟窒化処理の工程を経て製造された試験片(試験ローラおよび負荷ローラ)を用いて、化合物層厚さ、有効硬化層深さ、耐焼き付き性および内部強度について評価した。
【0033】
(試験片の製造)
真空誘導溶解炉にて所定化学成分の鋼塊150kgを溶製し、インゴットに鋳造した。次に、このインゴットを圧延してバー材にした後、バー材を切断して
図1(A)に示す試験ローラ10と、
図1(B)に示す負荷ローラ20を粗加工(機械加工)により作製した。尚、
図1(A)に示す試験ローラ10におけるB寸法は28mm、図中の12は別体の軸体と係合する貫通穴である。また
図1(B)に示す負荷ローラ20におけるG寸法は18mm、R寸法は700mm、図中の22は別体の軸体と係合する貫通穴である。
【0034】
【0035】
次に、試験ローラ10および負荷ローラ20を
図2(A)で示すヒートパターンで焼入れ焼戻し処理した。その後ローラ10の転走面10aの表面粗さRaが0.1±0.05μm、ローラ20の転走面20aの表面粗さRzが1.6±0.5μmとなるようラップ仕上げ加工を施した。
【0036】
(ガス軟窒化処理)
上記のようにして作製した試験ローラ10と負荷ローラ20に対しガス軟窒化処理を施しそれぞれの表層に軟窒化処理層を形成した。ガス軟窒化処理は、ガス軟窒化炉を使用し(NH
3+CO
2+N
2)の混合ガスを用い、
図2(B)で示すヒートパターンで行った。具体的な処理温度および処理時間は、下記表2で示す通りである。
但し、比較例2についてはガス軟窒化処理に代えて真空浸炭処理を行った。その際のヒートパターンを
図4で示している。
【0037】
(化合物層厚さの測定)
試験ローラ10の転走面10aを含む部分を切断し、転走面10aと直交する断面を研磨・エッチングして光学顕微鏡で観察して化合物層の厚さを測定した。エッチングは、3%ナイタール溶液で20~30秒間行った。化合物層は、白い未腐食の層として観察される。光学顕微鏡により1000倍で撮影した組織写真5視野について、それぞれ20μm間隔で3箇所の化合物層を抽出してその厚さを測定した。このようにして得た計15箇所の測定値の平均を化合物層厚さとし、その結果を下記表2に示した。
【0038】
(有効硬化層深さの測定)
ビッカース硬さ(HV)は、「JIS Z2244」に規定されたビッカース硬さ試験法に従って測定したものであり、装置はマイクロビッカース硬さ試験機を用いた。圧子は「JIS B7725」に規定されている対面角が136°のダイヤモンド四角錘圧子を用い、破壊されない程度の試験荷重で各試験片の鏡面研磨された所定の面に窪みをつける。そして、この窪みの対角線長さd[mm]と試験荷重F[N]とから次式によって計算した値をビッカース硬さとした。
HV=0.189×(F/d^2)
【0039】
有効硬化層深さは、試験ローラ10の転走面10aに垂直な切断面において、表面(転走面表面)から100μmの深さの位置から、深さ方向に100μm間隔で硬さ測定を300gの荷重で行った。そして、表面からの深さとビッカース硬さの関係を示す近似曲線から、500HVに該当する表面からの深さを有効硬化層深さ(ECD)とし、その結果を表2に示した。
【0040】
(耐焼付き性評価)
上記で作製した試験ローラ10と負荷ローラ20をローラピッチング試験機に取り付け、ローラピッチング試験を行ない、耐焼付き性を評価した。
図3は、ローラピッチング試験の模式図である。同図で示すように、試験ローラ10の外周10aに負荷ローラ20の外周20aを荷重Pで押しつけた状態で、接触部に潤滑剤を供給しつつ両者を回転させて、焼付きの発生の有無を調査した。尚、図中16はトルク測定器、18は転走面温度測定用の熱電対である。
具体的な試験条件は下記の通りである。
荷重P:2kN
試験ローラ回転数:4000rpm
負荷ローラ回転数:400rpm
潤滑剤温度:90℃
【0041】
上記試験条件で、試験ローラ10を1×105サイクル回転させ、焼付きの有無を調査した。詳しくは、試験ローラ10の測定トルク等から下記式より摩擦係数を算出し、摩擦係数が0.08を超えた場合を焼付き発生と判断した。
摩擦係数=(測定トルク)/((試験荷重)×(ローラ半径))
判定については、1×105サイクルまでに焼付きの発生が無かった場合を「〇」、焼付きの発生があった場合を「×」とし、その結果を下記表2に示した。
【0042】
(内部強度評価)
耐焼付き性評価と同様に、作製した試験ローラ10と負荷ローラ20をローラピッチング試験機に取り付け、ローラピッチング試験を行ない、内部強度を評価した。試験条件は下記の通りである。
荷重P:18.8kN
試験ローラ回転数:1500rpm
負荷ローラ回転数:1480rpm
潤滑剤温度:90℃
【0043】
上記試験条件で、試験ローラ10を1×105サイクル回転させた後、転走面10aにおける深さ方向の変形量(陥没深さ)を調査した。転走面10a(未剥離部)の形状プロファイルを試験前及び試験後に測定し、初期面からの深さを陥没深さと定義した。表面粗さ測定器(東京精密株式会社製、SURFACOM 1500SD-13)を用いて、転走面10aの軸方向の形状プロファイルを測定した。この場合、測定長さ21mm、カットオフ波長0.8mmとした。
内部強度についての判定は、陥没深さが10μm未満であった場合を「〇」、陥没深さが10μm以上であった場合を「×」とし、その結果を下記表2に示した。
【0044】
【0045】
表2の評価結果により、以下のことが分かる。
比較例1は、従来より軟窒化部品用の鋼として用いられているSCR420H相当材に軟窒化処理を施したものである。比較鋼1はMo量およびV量が本発明での規定範囲の下限を下回っており、式(1)および式(2)の要件を満たしていない。このため化合物層が目標の厚さ(5μm以上)形成されておらず、耐焼付き性についての評価結果が「×」であった。また、有効硬化深さ(ECD)が0.1mmと浅く、内部強度についての評価結果が「×」であった。
【0046】
比較例2は、比較例1と同様にSCR420H相当材を用いているが、軟窒化処理に代えて真空浸炭処理を施したものである。有効硬化深さ(ECD)は0.7mmと深く、内部強度についての評価結果は「○」であるが、化合物層が形成されておらず、耐焼付き性についての評価結果が「×」であった。
【0047】
比較例3は、C量が本発明での規定範囲の下限を下回っており、式(2)の要件を満たしていない。このため有効硬化深さ(ECD)が0.18mmと浅く、内部強度についての評価結果が「×」であった。
【0048】
比較例4は。Mo量が本発明での規定範囲の下限を下回っており、式(1)および式(2)の要件を満たしていない。このため化合物層が目標の厚さ形成されておらず、耐焼付き性についての評価結果が「×」であった。また、有効硬化深さが0.22mmと浅く、内部強度についての評価結果が「×」であった。
【0049】
比較例5は。V量が本発明での規定範囲の下限を下回っており、式(2)の要件を満たしていない。このため有効硬化深さが0.2mmと浅く、内部強度についての評価結果が「×」であった。
【0050】
このように比較例1~5においては、耐焼付き性または内部強度の評価結果が「×」であった。
【0051】
これに対し、各元素の添加量および化合物層厚さが、本発明の規定範囲を満たす実施例1~24は、耐焼付き性および内部強度についての評価結果がともに「○」であった。
よって本実施例の組成から鋼からなり、軟窒化処理によって厚みが5μm以上の化合物層を備えた歯車であれば、優れた耐焼付き性を有するとともに、内部強度の低いことに起因するケースクラッシュ等の損傷を良好に抑制することができると推測される。
【0052】
尚、
図5は、式(1)左辺の化合物層についての指標と、測定された化合物層厚さとの関係を示した図である。同図によれば、式(1)左辺の値が15を超えていれば、5μm以上の厚さの化合物層を確保できることが分かる。
また
図6は、式(2)左辺の有効硬化層深さについての指標と、測定された有効硬化層深さとの関係を示した図である。式(2)左辺の値が0.2を超えていれば、0.25mm以上の有効硬化層深さ(500HV)が確保できることが分かる。
次に
図7は、有効硬化層深さと陥没深さとの関係を示した図である。有効硬化層深さが0.25mm以上確保されていれば、陥没深さを10μm未満とすることができている。即ち、窒化処理された試験片であっても式(2)を満たすように調整された鋼を用いていれば、浸炭処理された比較例2と同等の内部強度が得られていることが分かる。