(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023158648
(43)【公開日】2023-10-30
(54)【発明の名称】光学薄膜及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/08 20060101AFI20231023BHJP
C23C 14/34 20060101ALI20231023BHJP
C23C 14/24 20060101ALI20231023BHJP
【FI】
C23C14/08
C23C14/34
C23C14/24
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023063847
(22)【出願日】2023-04-11
(31)【優先権主張番号】P 2022068141
(32)【優先日】2022-04-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 2022年2月25日発行、2022年第69回応用物理学会春季学術講演会 予稿集DVD 2022年3月25日開催、応用物理学会主催、第69回応用物理学会春季学術講演会
(71)【出願人】
【識別番号】390007216
【氏名又は名称】株式会社シンクロン
(71)【出願人】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000486
【氏名又は名称】弁理士法人とこしえ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】室谷 裕志
(72)【発明者】
【氏名】松平 学幸
(72)【発明者】
【氏名】宮内 充祐
【テーマコード(参考)】
4K029
【Fターム(参考)】
4K029AA09
4K029BA17
4K029BA35
4K029BA43
4K029BA46
4K029BA48
4K029BB02
4K029BC07
4K029CA01
4K029CA06
4K029DB05
4K029DB21
4K029DC03
4K029JA02
(57)【要約】
【課題】親水性に優れ、且つ光触媒機能を有する光学薄膜を提供する。
【解決手段】蒸着材料に酸化ケイ素を用いて真空蒸着法により成膜する工程と、ターゲット構成物質にチタン又は酸化チタンを用いてスパッタリング法により成膜する工程とを繰り返し、水に対する接触角が10°以下であり、CH基を分解する光触媒機能を有する光学薄膜を成膜する。得られる光学薄膜は、酸化ケイ素と酸化チタンの混合膜からなり、X線光電子分光法を用いた原子数測定による前記酸化チタンの原子数割合が3%~24%、残余が前記酸化ケイ素である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケイ素、チタン及び酸素を含有し、
水に対する接触角が10°以下であり、光触媒機能を有する光学薄膜。
【請求項2】
前記光触媒機能は、CH基を分解する光触媒機能である請求項1に記載の光学薄膜。
【請求項3】
X線光電子分光法を用いた原子数測定による前記ケイ素の原子数割合が26%~32%、前記チタンの原子数割合が1%~8%、残余が前記酸素である請求項1又は2に記載の光学薄膜。
【請求項4】
酸化ケイ素と酸化チタンの混合膜からなり、
X線光電子分光法を用いた原子数測定による前記酸化チタンの原子数割合が3%~24%、残余が前記酸化ケイ素である請求項1又は2に記載の光学薄膜。
【請求項5】
550nmの波長光に対する屈折率が1.44以下である請求項1又は2に記載の光学薄膜。
【請求項6】
酸化ケイ素と酸化チタンの混合膜からなり、
X線光電子分光法を用いた原子数測定による前記酸化チタンの原子数割合が3%~24%、残余が前記酸化ケイ素である光学薄膜。
【請求項7】
水に対する接触角が10°以下であり、
550nmの波長光に対する屈折率が1.44以下であり、
CH基を分解する光触媒機能を有する請求項6に記載の光学薄膜。
【請求項8】
蒸着材料に酸化ケイ素を用いて真空蒸着法により成膜する工程と、ターゲット構成物質にチタン又は酸化チタンを用いてスパッタリング法により成膜する工程とを繰り返し、
水に対する接触角が10°以下であり、光触媒機能を有する光学薄膜を成膜する光学薄膜の製造方法。
【請求項9】
前記光触媒機能は、CH基を分解する光触媒機能である請求項8に記載の光学薄膜。
【請求項10】
X線光電子分光法を用いた原子数測定による前記ケイ素の原子数割合が26%~32%、前記チタンの原子数割合が1%~8%、残余が前記酸素である請求項8又は9に記載の光学薄膜の製造方法。
【請求項11】
前記光学薄膜は、酸化ケイ素と酸化チタンの混合膜からなり、
X線光電子分光法を用いた原子数測定による前記酸化チタンの原子数割合が3%~24%、残余が前記酸化ケイ素である請求項8又は9に記載の光学薄膜の製造方法。
【請求項12】
前記光学薄膜は、550nmの波長光に対する屈折率が1.44以下である請求項8又は9に記載の光学薄膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学薄膜及びその製造方法に関し、特に親水性に優れ、且つ親水性の低下を抑制又は親水性を復活させ得る光学薄膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化チタンからなる薄膜は、紫外線が当たると酸化チタンが励起され、薄膜の表面が親水基(-OH)で覆われるため、親水性が発現する。そのため、酸化チタンからなる親水性薄膜の表面に付着した水滴は薄い水の層となり、水滴による光の乱反射が生じなくなることで曇りが防止される。また、親水性薄膜は、親水化された水により表面に付着した汚れを浮き上がらせて除去するセルフクリーニング作用を備える。さらに、親水化された水は蒸発面積が大きいため、親水性薄膜は、自身と接触する物質から効率的に蒸発潜熱を奪いながら蒸発することで、その物質の温度を低下させる冷却作用も有する。こうした親水性薄膜は、自動車用サイドミラー、道路用カーブミラー、ビルや家屋の外装建材、タイル、ブラインドなど、幅広い分野に利用されている。
【0003】
しかしながら、酸化チタンからなる薄膜は、紫外線の照射が無くなると、一旦励起された酸化チタンが元の基底状態に戻るため、表面の親水基(-OH)が減少して水の接触角が次第に大きくなり、親水化状態から元の疎水化状態に戻る。この疎水化状態では、上述した防曇性やセルフクリーニング作用等をほとんど期待できない。また、酸化チタンは、高屈折率材料でもある。
【0004】
一方、蒸着とスパッタリングを繰り返すことで、低屈折率の酸化ケイ素からなる薄膜が成膜できることが知られている(特許文献1)。この特許文献1によれば、蒸着雰囲気の真空度が低下すると膜の緻密性が低下し、薄膜が多孔質化することで屈折率が低下するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1に記載の方法で成膜された酸化ケイ素からなる薄膜は、膜構造が多孔質になることから、高い親水性を示すと推察されるが、高温高湿下に暴露すると表面にCH基が付着し、親水性が消失するという問題がある。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、親水性に優れ、且つ光触媒機能を有する光学薄膜を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、ケイ素、チタン及び酸素を含有し、水に対する接触角が10°以下であり、光触媒機能を有する光学薄膜によって、上記課題を解決する。
【0009】
また本発明は、蒸着材料に酸化ケイ素を用いて真空蒸着法により成膜する工程と、ターゲット構成物質にチタン又は酸化チタンを用いてスパッタリング法により成膜する工程とを繰り返し、水に対する接触角が10°以下であり、光触媒機能を有する光学薄膜を成膜する光学薄膜の製造方法によって、上記課題を解決する。
【0010】
上記発明において、光触媒機能は、CH基を分解する光触媒機能であることがより好ましい。
【0011】
上記発明において、X線光電子分光法を用いた原子数測定による前記ケイ素の原子数割合が26%~32%、前記チタンの原子数割合が1%~8%、残余が前記酸素であることがより好ましい。
【0012】
また上記発明において、前記光学薄膜は、酸化ケイ素と酸化チタンの混合膜からなり、X線光電子分光法を用いた原子数測定による前記酸化チタンの原子数割合が3%~24%、残余が前記酸化ケイ素であることがより好ましい。
【0013】
また上記発明において、前記光学薄膜は、550nmの波長光に対する屈折率が、1.44以下であることがより好ましい。また上記発明において、前記光学薄膜は、550nmの波長光に対する屈折率が、1.31~1.44であることがより好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、親水性に優れ、且つ光触媒機能を有する光学薄膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明に係る光学薄膜の製造方法に使用される成膜装置の一例を示す縦断面である。
【
図3】本発明に係る成膜方法の一実施の形態を示す工程図である。
【
図4】本発明の実施例及び比較例の分光特性を示すグラフである。
【
図5】本発明の実施例1~3のX線回折を示すグラフである。
【
図6】本発明の実施例及び比較例の光触媒機能を示すグラフである。
【
図7】本発明の実施例及び比較例の防曇性を示す写真画像である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本発明に係る光学薄膜の製造方法に使用される成膜装置1の一例を示す概略縦断面図、
図2は、
図1のII-II線に沿う断面図である。なお、本発明の光学薄膜の製造方法の実施は、
図1及び
図2に示す成膜装置1を用いた実施に限定されず、本発明の構成要件を実現できる成膜装置であればよい。
【0017】
本例の成膜装置1は、大気圧雰囲気から減圧可能に構成された成膜チャンバ2と、成膜チャンバ2の内部を減圧するための排気装置3と、駆動部4aにより回転する回転軸4bを中心に回転可能で、基板保持面5aに基板Sを保持可能な円板状の基板ホルダ5と、基板ホルダ5の基板保持面5aの一部のスパッタ部5bに対向するように設けられた差圧容器6と、差圧容器6の内部に設けられたスパッタ機構7と、差圧容器6の内部にスパッタガスを導入するガス導入系統8と、成膜チャンバ2の内部に基板保持面5aに対向するように設けられた真空蒸着用の蒸着機構9と、を備える。
【0018】
本例の基板ホルダ5は、
図1,
図2に示すように、円板状に形成され、円板の中心に、駆動部4aにより一方向に回転する回転軸4bが固定されている。基板ホルダ5の下面は、基板Sを固定して保持する基板保持面5aとされている。基板ホルダ5による基板Sの装着の一例を
図2に示すが、本発明の光学薄膜の製造方法はこうした装着形態に限定されず、種々の形態を採用することができる。
【0019】
本例では、基板ホルダ5の基板保持面5aと差圧容器6の上方の端面6aとの間に、差圧容器6の内部の差圧領域Bと差圧容器6の外部の高真空領域Aとを、僅かにガスが連通可能な隙間Gを設けるため、基板ホルダ5は、適当な隙間Gの間隔を調整しやすい円板状に形成されている。ただし、隙間Gを適切に調整可能であれば、円板状に限定されず、ドーム状や、カルーセル式の回転式成膜装置に用いられる円筒状に構成してもよい。
【0020】
成膜対象物である基板Sとしては、特に限定されず、ガラス基板のほか、アクリルその他のプラスチック基板、金属板などを適用することができる。なかでも、防曇性能、セルフクリーニング性能又は冷却性能などを発揮し得る高親水性が必要とされ、しかも屈折率が大きいため反射率を抑制する必要がある光学用途の基板を用いると、本発明の効果がより一層発揮される。
【0021】
本例の差圧容器6は、円筒状に形成され、軸方向の一方の端面6b(
図1の下面)が閉塞され、他方の端面6a(
図1の上面)が開放された有底筒状の容器体からなる。差圧容器6により、成膜チャンバ2の内部は、差圧容器6の外部の高真空領域Aと、差圧容器6の内部の差圧領域Bとに分離される。
【0022】
差圧容器6の開放された端面6aは、たとえば円形とされ、基板ホルダ5の基板保持面5aから所定の隙間Gを空けて配置されている。この隙間Gは、差圧領域Bにガス導入系統8からスパッタガスを導入したときに、スパッタガスが隙間Gを通って高真空領域Aに漏れることにより、差圧領域Bを、高真空領域Aよりも高い所定の圧力(換言すれば高真空領域Aよりも低い真空度)に調整可能な間隔とされている。好適な隙間Gの大きさは、主として、差圧容器6の容積,スパッタガスの流量,調整される高真空領域A及び差圧領域Bの圧力により決定することができる。
【0023】
なお、差圧容器6は、基板ホルダ5の一部に対向し、成膜チャンバ2の内部の他の高真空領域Aとの間に、気体が僅かに連通可能な孔,隙間等の連通部を備えて、物理的に隔離可能な形状であればよく、図示する円筒体にのみ限定されない。例えば、成膜チャンバ2の内壁に遮蔽壁等を設けることにより、差圧領域Bを形成してもよい。また、端面6aと基板保持面5aの間に隙間Gを設ける代わりに、端面6aと基板保持面5aを近接して配置し、差圧容器6にガスの連通孔を設けてもよい。
【0024】
差圧容器6には、スパッタ機構7が設けられている。本例のスパッタ機構7は、差圧容器6の内部に配置されたターゲット7aと、ターゲット7aがセットされるスパッタ電極7bと、スパッタ電極7bに電力を供給するスパッタ電源7cと、ターゲット7aと基板ホルダ5との間に配置され、ターゲット7aを被覆又は開放するシャッタ7dと、を備える。本例のスパッタ機構7は、DC(直流)又はRF(高周波)スパッタリング法によるものである。
【0025】
ターゲット7aは、膜原料物質を平板状に形成したものであり、差圧容器6の内部に、基板ホルダ5の基板保持面5aに対向するように配置される。本例のターゲット7aとしては、チタン(Ti)の金属ターゲットを用いることができ、これに加えて、酸化チタン(TiO2)のような金属酸化物ターゲットを用いてもよい。
【0026】
差圧容器6の内部には、差圧領域Bにスパッタガスを導入するガス導入系統8が設けられている。ガス導入系統8は、スパッタガスを貯蔵するガスボンベ8a,8dと、ガスボンベ8a,8dに対応して設けられたバルブ8b,8eと、スパッタガスの流量を調整するマスフローコントローラ8c,8fと、スパッタガス供給路としての配管8gと、を備える。
【0027】
ガスボンベ8a,バルブ8b,マスフローコントローラ8cは、酸素ガスの供給に用いられ、ガスボンベ8d,バルブ8e,マスフローコントローラ8fは、アルゴンガスの供給に用いられる。本例では、スパッタガスとして、アルゴンやヘリウム等の不活性ガスと、酸素の反応性ガスが導入される。
【0028】
スパッタリング成膜において成膜速度を高めるには、金属ターゲットを用いたDC(直流)スパッタリングが有効である。誘電体膜や酸化膜を得る場合、酸素や窒素などと反応させる必要があるが、必ずしも反応が進まないことがあり、不完全な状態になることがある。本例では、金属ターゲットを用いて、酸素等の反応性ガス量を、アルゴンガス等の不活性ガス量に対して、例えば反応性ガス:不活性ガス=1:80程度の微量とし、成膜する。これにより、後述する真空蒸着成膜を行う高真空領域Aで完全酸化物を供給することにより、全体として完全酸化物に近い膜を得ることができる。この結果、成膜速度が速く、密着性が高く、低応力で、光学的にも吸収のない膜を得ることができる。なお、差圧領域Bに導入する反応性ガスの不活性ガスに対する比率は、0.5%~15%、好ましくは0.5%~8%であるとよい。
【0029】
蒸着機構9は、電子ビーム蒸着源からなり、蒸着材料を充填する坩堝9aと、坩堝9aに充填された蒸着材料に電子ビームを照射する電子銃9bとを備える。また、坩堝9aの上方には、当該坩堝9aの上部開口を開閉するシャッタ9cが移動可能に設けられている。本例の蒸着材料としては、酸化ケイ素(SiO2)を用いることができる。
【0030】
このように、本例で使用される成膜装置1は、単一の成膜チャンバ2の内部に、スパッタ機構7と蒸着機構9とが設けられている。この成膜装置1において、要求される真空度が大きく異なるスパッタリング法と真空蒸着法という二つの成膜方法が両立するための構成は、スパッタ機構7のターゲット7aが格納される差圧容器6にある。
【0031】
差圧容器6の内部にスパッタガスを導入することにより、差圧容器6の差圧領域Bの圧力を、成膜チャンバ2の内部の高真空領域Aより高くし、これによりスパッタリングが可能な真空度1~10-1Paにすることができる。このとき、スパッタガスの流量と隙間Gの寸法とを調整することにより、差圧領域Bの圧力をコントロールする。すなわち、隙間Gを微小な幅に設定すれば、差圧容器6から大量のガスが成膜チャンバ2の内部の高真空領域Aに流れ込まないので、蒸着機構9の蒸発源付近の真空度を、真空蒸着可能な真空度10-1~10-6Paとすることができる。この構成により、同一の成膜チャンバ2の内部において、スパッタリング成膜と真空蒸着成膜を行うことが可能となる。しかも、スパッタリング成膜と真空蒸着成膜とを切り替える間に、成膜チャンバ2の内部圧力を、それぞれの成膜方法に適した圧力に調整する工程が不要となるので、スパッタリング成膜と真空蒸着成膜とを連続して繰り返すことができる。
【0032】
また、本例で使用される成膜装置1は、基板Sを保持して回転する回転式の基板ホルダ5を備えている。そのため、基板Sは、成膜中において、回転軸4bを中心に成膜チャンバ2の内部において回転する。これにより、基板Sは、スパッタリング成膜の差圧領域Bと真空蒸着成膜の高真空領域Aとの間を移動するが、駆動部4aによる基板ホルダ5の回転速度を制御すれば、各領域A,Bに滞在する時間を任意の時間に調整することができる。このことは、スパッタリング法により成膜される膜と、真空蒸着法により成膜される膜とが、同一の成膜チャンバ2で成膜可能であることを示している。
【0033】
さらに本例によれば、基板ホルダ5の回転により、基板Sを、スパッタリング法に適した圧力よりも高真空の高真空領域Aも通過させながら、スパッタリング成膜を行うため、成膜粒子以外の基板Sへの付着を抑制することができ、良質な膜を作製することにつながる。
【0034】
そして、スパッタリング成膜と真空蒸着成膜を同時、すなわち交互に繰り返して行う場合には、スパッタリング成膜の差圧領域Bと真空蒸着成膜の高真空領域Aとにおける基板Sの滞在時間、スパッタ機構7又は蒸着機構9の成膜条件などを調整することにより、スパッタリングによる膜重量と真空蒸着による膜重量との比率や、総成膜量(膜厚)を所望の値に設定することができる。
【0035】
差動排気装置を用いて真空度の異なる領域を実現することもできるが、差動排気装置を用いた場合には、排気系が2系統必要になり、その配管系統も複雑になる。これに対し、本例では、真空度の異なる領域A,Bを、差圧容器6という簡単な構造で実現でき、装置全体が単純化及び小型化される。
【0036】
次いで、本発明に係る光学薄膜の製造方法の実施形態を説明する。
図3は、本発明に係る光学薄膜の製造方法の一実施の形態を示す工程図である。本実施形態は、ガラス製の基板Sの片面に、ターゲット7aにチタンを用いたスパッタリング法でチタン系の薄膜を形成する工程と、蒸着材料に酸化ケイ素を用いた真空蒸着法で酸化ケイ素系の薄膜を成膜する工程とを、連続して交互に繰り返す成膜方法の一例である。なお、本発明の光学薄膜の製造方法は、必ずしもスパッタリング成膜と蒸着成膜とを1回ずつ交互に繰り返す必要はなく、いずれか一方を複数繰り返したのち他方を行ってもよい。
【0037】
前準備として、基板ホルダ5に基板Sをセットし、これを成膜チャンバ2に取り付ける。また、ターゲット7aとしてチタンをセットし、坩堝9aに、蒸着材料として酸化ケイ素を充填した後、
図3の処理を開始する。
【0038】
まずステップST1において、成膜チャンバ2を密閉し、排気装置3を用いて成膜チャンバ2の内部を真空排気(減圧)する。続くステップST2において、成膜チャンバ2の高真空領域Aに臨むように設けられた圧力計10を用いて、成膜チャンバ2の内部が、所定の圧力、10-1~10-6Paの範囲の、例えば7×10-4Paに達したかを判定する。成膜チャンバ2の内部が、所定の圧力、例えば7×10-4Paに達していない場合にはステップST1へ戻り、7×10-4Paに達するまで、真空排気を繰り返す。
【0039】
成膜チャンバ2の内部が、所定の圧力に達したら、蒸着機構9による真空蒸着に適した真空度まで減圧されたものとして、ステップST3へ進み、基板ホルダ5の回転を開始する。なお、本実施形態では、ステップST3の基板ホルダ5の回転を、ステップST4のガスの導入より先に開始しているが、ガスの導入の途中又はガスの導入後に基板Sの回転を開始してもよい。但し、基板ホルダ5の回転により、基板ホルダ5と差圧容器6との間の隙間Gから差圧容器6の外部に漏出するガスの流量が影響を受けるため、基板ホルダ5の回転は、ガスの導入より前か、ガスの導入中に開始するのが好ましい。
【0040】
ステップST4において、バルブ8b,8eを開けてガスボンベ8a,8dからそれぞれ、酸素ガスとアルゴンガスを、差圧容器6の内部の差圧領域Bに導入する。差圧領域Bに酸素ガスとアルゴンガスが導入されると、それまで、排気装置3により、7×10-4Pa程度まで減圧されていた差圧領域B内は、局所的に酸素ガスとアルゴンガスが導入され、かつ、これらのガスが隙間Gを通じて微量だけ差圧容器6の外部へ一定の流量で漏れる状態となる。
【0041】
差圧領域Bへのガスの導入量と、隙間Gを通じた差圧領域Bからのガスの漏出量とが、所定のバランスとなったときに、差圧領域Bの圧力は、所望の圧力、本実施形態では、スパッタリング成膜に適した1~10-1Paとなる。差圧領域Bの圧力は、差圧容器6の内部に圧力計を設けて検出してもよいが、圧力が1~10-1Paになったときにプラズマが発生することが、本発明者らの実験により確認されている。したがって、本実施形態では、差圧容器6の内部にプラズマが発生したときに、所定の圧力である1~10-1Paに達したと判断する。なお、ステップST4において、しばらく待ってもプラズマが発生しない場合には、隙間Gからのガスの漏出速度に対して、酸素ガス及びアルゴンガスの導入速度が遅いために、差圧容器6の内部の圧力が十分上がっていないことが予想される。そのため、マスフローコントローラ8c,8fを調整することにより、酸素ガス及びアルゴンガスの流量を上昇させる。
【0042】
ステップST5において、それまでターゲット7aを被覆していたシャッタ7dを開放し、スパッタリング成膜を開始すると共に、それまで坩堝9aを閉塞していたシャッタ9cを開け、電子銃9bから坩堝9aに電子ビームを照射して、真空蒸着成膜を開始する。
【0043】
ステップST6において、非接触式の膜厚センサ11により、基板S上に形成された薄膜の膜厚が、予め定められた要求膜厚に達しているかを判定する。基板S上に形成された薄膜の膜厚が、予め定められた要求膜厚に達していない場合には、要求膜厚に達するまで、ステップST5を繰り返す。
【0044】
基板S上に形成された薄膜の膜厚が、予め定められた要求膜厚に達した場合には、ステップST7において、シャッタ7dでターゲット7aを被覆し、バルブ8b,8eを閉めて、スパッタリング成膜を終了すると共に、電子銃9bをオフにし、シャッタ9cを閉めて、真空蒸着成膜を終了する。その後、成膜チャンバ2の内部圧力を大気圧に戻し、成膜チャンバ2から基板ホルダ5を取り出す。
【0045】
以上のように、本実施形態の光学薄膜の製造方法は、基板Sの表面に、蒸着材料としての酸化ケイ素を真空蒸着法により成膜する工程と、ターゲット構成物質としてのチタン(又は酸化チタンでもよい)をスパッタリング法により成膜する工程とを連続して繰り返し、これにより、親水性に優れ且つCH基を分解する光触媒機能を有する光学薄膜を得ることができる。
【0046】
ここでいう親水性は、水に対する接触角が10°以下であることを意味する。上述した成膜装置1を用いて成膜すると、差圧容器6(差圧領域B)から漏れるガスによって高真空領域Aの真空度が低下するので、膜の緻密性が低下し、多孔質化することで水分が浸入し易くなるからである。また、酸化ケイ素成分のOH基による化学的作用によっても高い親水性を示すことになる。
【0047】
一方において、酸化ケイ素からなる親水性薄膜は、高温高湿下に暴露すると表面にCH基が付着し、親水性が消失するという問題があるが、本例では酸化チタンをスパッタリング成膜することで、得られる光学薄膜にCH基を分解する光触媒機能を付与する。すなわち、表面にCH基が付着して親水性が低下又は消失しても、紫外線を照射すると、酸化チタンが有する光触媒機能により、光学薄膜の表面に付着したCH基が分解して除去される。これにより、親水性の低下を抑制することができ、消失した親水性を復活させることができる。
【0048】
本例の光学薄膜は、主成分としてケイ素、チタン及び酸素を含有する。そして、上述した親水性と光触媒機能を発揮するためには、X線光電子分光法を用いた原子数測定によるケイ素の原子数割合が26%~32%、チタンの原子数割合が1%~8%、残余が酸素であることがより好ましい。ケイ素の原子数割合が32%を超えるとチタンの原子数割合が減少するので、光触媒機能が不十分となる。逆に、ケイ素の原子数割合が26%未満であると親水性が低下する。また、チタンの原子数割合が8%を超えるとケイ素の原子数割合が減少するので、親水性が低下する。逆に、チタンの原子数割合が1%未満であると光触媒機能が不十分となる。
【0049】
本例の光学薄膜は、主成分としてケイ素、チタン及び酸素を含有するが、膜の構成としては酸化ケイ素と酸化チタンの混合膜からなり、酸化ケイ素の薄膜と酸化チタンの薄膜が積層した積層膜ではない。そして、X線光電子分光法を用いた原子数測定による酸化チタンの原子数割合が3%~24%、残余が酸化ケイ素であることがより好ましい。酸化チタンの原子数割合が24%を超えると、酸化ケイ素の原子数割合が減少するので、親水性が低下する。逆に、酸化チタンの原子数割合が3%未満であると光触媒機能が不十分となる。
【0050】
本例の光学薄膜は、差圧容器6(差圧領域B)から漏れるガスによって高真空領域Aの真空度が低下するので、膜の緻密性が低下し、多孔質化する。したがって、低屈折率の光学薄膜となるが、550nmの波長光に対する屈折率が、1.44以下であることが好ましく、1.31~1.44であることがより好ましい。この程度の低屈折率を有すると、基板表面での光反射を抑制することができるため、フレアやゴーストの発生、外光の映り込みなどを防止できる。また、ガラスより高屈折率の成膜材料について、低屈折率の薄膜となるため、既存の材料の屈折率に縛られることなく自由に所望の屈折率を選択でき、光学薄膜の設計の自由度を高めることができる。
【0051】
本例の光学薄膜は、金属、プラスチック又は無機材料製の基板の表面に、単層として形成してもよいし、積層された多層膜のうちの一又は複数の薄膜として含まれてもよい。
【実施例0052】
《実施例及び比較例》
図1,
図2の成膜装置を用いて、
図3に示す方法により、ガラス製の基板S(SCHOTT社製N-BK7,板厚1.0mm,40×40mm,屈折率n
d:1.5168)の片面に、目標膜厚を500nmにして酸化ケイ素と酸化チタンの混合膜を成膜し、分光光度計(日本分光社製V-670)を用いて分光透過率を測定し、その透過率より成膜後の膜の屈折率(550nm波長光)を算出するとともに、同じ膜について、基板ガラス表面のぬれ性試験方法(JIS R3257)に基づく接触角θを求め、親水性を評価した。この接触角の計測は、成膜直後と、高温高湿試験後と、紫外線ランプ(フナコシ社製UVGL-58,6W,ピーク波長254nm,150μW/cm
2)を試料に対して2cmの距離から照射した後との計3回行った。なお、高温高湿試験は、環境試験器(ESPEC社製SH-641)を用いて、85℃,85%,24時間で実施した。このときの成膜装置1の成膜条件は、以下のとおりである。
【0053】
真空容器2の容積と差圧容器6の容積との比は、1:0.02、
図1に示す真空蒸発機構9の坩堝9aと基板Sとの垂直方向の距離Hは35~50cm、高真空領域Aの目標真空度は7×10
-4Pa、差圧領域Bの目標真空度は1~10
-1Paとした。また、スパッタリング成膜については、スパッタ電源7cにDC電源を用いたDCスパッタリングとし、スパッタ電源7cのDCパワーは、1500Wとした。ターゲット7aとして、チタンターゲット(USTRON社製)を用い、スパッタガスとして、酸素ガスを100sccm、アルゴンガスを500sccm、ターゲット7aの下部から導入し、反応性スパッタリングを行った。
【0054】
また、真空蒸着成膜については、蒸着材料として酸化ケイ素(Merck社製)を用いた。また、高真空領域Aには、酸素ガス等の反応性ガスは導入しなかった。また基板Sは200℃に加熱した。なお、下記表1の実施例1~3は、スパッタリング成膜の成膜条件(スパッタ電源7cのDCパワーを1500W)は固定した上で、蒸着成膜の成膜レート、具体的には電子銃9bの電流量を、150mA(実施例1)、180mA(実施例2)、200mA(実施例3)の3水準とすることで、酸化ケイ素と酸化チタンの混合比が異なる実施例1~3の光学薄膜とした。また、比較例1は、同じ成膜装置1を用いて、DCパワーを0,スパッタガス流量を0とし、真空蒸着のみによる成膜を行った例を示す。
【0055】
作製した実施例1~3の各光学薄膜を構成する組成元素Si,Ti,Oの原子数割合と、酸化ケイ素と酸化チタンとの原子数割合を、X線光電子分光法(XPS)により分析した。実施例1~3及び比較例1の原子数割合、屈折率を表1に示す。
【0056】
【0057】
実施例1~3及び比較例1並びにガラス基板の分光透過率を、分光光度計(日本分光社製V-670)を用いて測定した結果を
図4に示す。
図4に示すとおり、実施例1~3及び比較例1のいずれにも光学的な吸収は観察されなかった。
【0058】
また、実施例1~3の各光学薄膜の結晶構造をX線回折(XRD)により分析した。その結果を
図5に示す。表1に示すX線光電子分光法(XPS)による分析結果から、実施例1~3のいずれの光学薄膜も、酸化ケイ素と酸化チタンとの混合膜として作製されていることが理解される。また、
図5に示すX線回折(XRD)による分析結果から、実施例1~3のいずれの光学薄膜も、結晶構造に相違は観察されなかった。
【0059】
次に、親水性の評価について説明する。まず、実施例1~3の各光学薄膜の成膜直後の水に対する接触角を測定したところ、いずれも10°以下であり差異は観察されなかった。次に、実施例1~3の各光学薄膜を、温度85℃,湿度85%に設定した環境試験器(ESPEC社製SH-641)に24時間入れ、高温高湿試験を実施した。この高温高湿試験の実施直後の水に対する接触角を測定したところ、実施例1の光学薄膜はθ=49°、実施例2の光学薄膜はθ=53°、実施例3の光学薄膜はθ=58°であった。実施例1~3のいずれの光学薄膜も、高温高湿試験を実施すると、親水性が消失することが確認された。
【0060】
これら高温高湿試験を実施した実施例1~3の各試料に対し、2cm離れた距離から紫外線ランプ(フナコシ社製UVGL-58,6W,ピーク波長254nm,150μW/cm
2)を用いて紫外線を照射した。子の紫外線を照射し始めてから1時間ごとに、実施例1~3の各光学薄膜の水に対する接触角を測定した。この結果を
図6に示す。酸化チタンが含まれない比較例1の光学薄膜は、紫外線を照射しても接触角は減少せず、親水性の復活は観察されなかった。これに対し、実施例1~3のいずれの光学薄膜も、紫外線を照射することで接触角が減少し、親水性が復活することが確認された。これと同時に、照射時間(照射光量)が同じ場合は、酸化チタンの含有割合が多い実施例1の方が接触角の減少が顕著であることが確認された。また、照射時間(照射光量)の違いはあれ、実施例1~3のいずれの光学薄膜も、元の接触角である10°以下まで復活することも確認された。
【0061】
実施例1及び比較例1の各光学薄膜を成膜直後にデシケータに入れ、室内において1年間保存したのち、各試料に水蒸気を当てる曇り試験を実施した。この結果を
図7に示す。実施例1の光学薄膜は、成膜後1年経っても高い親水性が維持されているのに対し、比較例1の光学薄膜は、親水性が消失していることが確認された。