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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023158698
(43)【公開日】2023-10-31
(54)【発明の名称】モータ磁石温度推定装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/14 20160101AFI20231024BHJP
   H02P 27/06 20060101ALI20231024BHJP
【FI】
H02P21/14
H02P27/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022068626
(22)【出願日】2022-04-19
(71)【出願人】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(74)【代理人】
【識別番号】100086232
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 博通
(74)【代理人】
【識別番号】100092613
【弁理士】
【氏名又は名称】富岡 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100104938
【弁理士】
【氏名又は名称】鵜澤 英久
(74)【代理人】
【識別番号】100210240
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 友幸
(72)【発明者】
【氏名】安部 義隆
(72)【発明者】
【氏名】滝口 昌司
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505DD03
5H505DD08
5H505EE41
5H505GG04
5H505HB01
5H505JJ04
5H505JJ23
5H505LL01
5H505LL22
5H505LL41
5H505LL45
5H505LL46
(57)【要約】
【課題】事前同定を用いて磁石温度を推定する。
【解決手段】
事前同定フェーズに、回転位置センサ10がモータMの位相θを検出する。電流検出器12がインバータINVから出力された三相の電流応答値iuvwを検出する。磁石温度センサ11が磁石温度応答値Tpmを検出する。事前同定装置1がdq軸電流応答値idqと、dq軸電圧参照値v* dqと、電気角応答値ωeと、磁石温度応答値Tpmと、の時系列データまたは平均値に基づいて、磁石温度推定値と磁石温度応答値Tpmの誤差を最小化する同定パラメータを導出する。推定フェーズに回転位置センサ10がモータMの位相θを検出する。電流検出器12がインバータINVから出力された三相の電流応答値iuvwを検出する。磁石温度推定器がdq軸電流応答値idqと、dq軸電圧参照値v* dqと、電気角応答値ωeと、同定パラメータに基づいて、磁石温度推定値を推定する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コントローラによって制御されたインバータの出力電圧により駆動するモータの磁石温度を推定するモータ磁石温度推定装置であって、
事前同定フェーズおよび推定フェーズに、前記モータの位相を検出する回転位置センサと、
前記事前同定フェーズおよび前記推定フェーズに、前記インバータから出力された三相の電流応答値を検出する電流検出器と、
前記事前同定フェーズに、磁石温度応答値を検出する磁石温度センサと、
前記事前同定フェーズに、前記事前同定フェーズにおける前記電流応答値を回転座標変換したdq軸電流応答値と、前記インバータの前記事前同定フェーズにおけるdq軸電圧参照値と、前記事前同定フェーズにおける前記位相に基づいて算出された電気角応答値と、前記事前同定フェーズにおける前記磁石温度応答値と、の時系列データまたは平均値に基づいて、磁石温度推定値と前記磁石温度応答値の誤差を最小化する同定パラメータを導出する事前同定装置と、
前記推定フェーズに、前記推定フェーズにおける前記電流応答値を回転座標変換した前記dq軸電流応答値と、前記推定フェーズにおける前記dq軸電圧参照値と、前記推定フェーズにおける前記位相に基づいて算出された前記電気角応答値と、前記同定パラメータに基づいて、前記磁石温度推定値を推定する磁石温度推定器と、
を備えたことを特徴とするモータ磁石温度推定装置。
【請求項2】
前記同定パラメータは、20℃での抵抗公称値Ran、20℃での磁束公称値Φn、20℃でのd軸インダクタンス公称値Ldn、抵抗の温度係数α、磁石の温度係数β、q軸電圧オフセット公称値ΔVqn、であり、
前記磁石温度推定器は、以下の(1)式により、前記磁石温度推定値を推定することを特徴とする請求項1記載のモータ磁石温度推定装置。
【数1】
T^:磁石温度推定値
v^q dis:q軸電圧外乱オブザーバ出力
an:20℃での抵抗公称値
q:q軸電流応答値
d:d軸電流応答値
dn:20℃でのd軸インダクタンス公称値
Φn:20℃での磁束公称値
ωe:電気角応答値
Δvqn:q軸電圧オフセット公称値
α:抵抗の温度係数
β:磁束の温度係数
【請求項3】
前記同定パラメータは、20℃での抵抗公称値Ran、20℃でのd軸インダクタンス公称値Ldn、20℃での磁束公称値Φn、抵抗の温度係数α、磁束の温度係数β、q軸電圧オフセット公称値ΔVqn、インダクタンスの温度係数γであり、
前記磁石温度推定器は、以下の(8)式により、前記磁石温度推定値を推定することを特徴とする請求項1記載のモータ磁石温度推定装置。
【数8】
T^:磁石温度推定値
v^q dis:q軸電圧外乱オブザーバ出力
dn:20℃でのd軸インダクタンス公称値
d:d軸電流応答値
q:q軸電流応答値
Φn:20℃での磁束公称値
ωe:電気角応答値
Δvqn:q軸電圧オフセット公称値
α:抵抗の温度係数
β:磁束の温度係数
an:20℃での抵抗公称値
γ:インダクタンスの温度係数
【請求項4】
以下の(3)式により前記q軸電圧外乱オブザーバ出力を導出することを特徴とする請求項2または3記載のモータ磁石温度推定装置。
【数3】
qdis:q軸電圧外乱オブザーバ出力
LPF:ローパスフィルタ=gdis/(s+gdis
q *:q軸電圧参照値
dis:q軸電圧外乱オブザーバのカットオフ周波数
s:ラプラス演算子
qn:q軸インダクタンスの公称値
an:抵抗の公称値
q:q軸電流応答値
【請求項5】
前記q軸電圧外乱オブザーバ出力v^q disに、(4)式の定常値v- q disを代入することを特徴とする請求項2または3記載のモータ磁石温度推定装置。
【数4】
- q dis:定常値
q *:q軸電圧参照値
an:20℃での抵抗公称値
q:q軸電流応答値
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータの磁石温度推定に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1では電圧センサで計測した誘起電圧を基に磁石温度を推定している。誘起電圧を用いた磁石温度推定はよく扱われるが、特許文献1では誘起電圧の周波数スペクトルの振幅に基づいた推定法を提案している。
【0003】
特許文献2ではトルクセンサを用いた磁石温度推定が提案されている。
【0004】
非特許文献1および特許文献3では,磁束鎖交数オブザーバを用いた磁石温度推定の手法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-118652号公報
【特許文献2】特開2019-170004号公報
【特許文献3】特開2021-016226号公報
【特許文献4】特開2021-090340号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】加藤崇、佐々木健介、Diego Fernandez Laborda、Daniel Fernandez Alonso、David Diaz Reigosa、「磁石磁束鎖交数オブザーバを用いた可変漏れ磁束型IPMSMにおける磁石温度推定手法」、電気学会論文誌D(産業応用部門誌)、Vol140,No.4、(2020)、P265-271
【非特許文献2】桐嘉伸、熊谷崇宏、日下佳祐、伊東淳一、「ワイヤレスセンシングを利用したPMモータ駆動中の巻線温度と磁石温度の比較」、産業応用部門大会,(2019)No.Y-112,pp.Y-112
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1のような誘起電圧を用いる手法は電圧を計測する必要があるため、電圧センサの追加が必要である。特許文献2のようなトルクセンサを前提とする手法では、トルクセンサの追加が必要となる。非特許文献1および特許文献3のオブザーバを用いる手法はモデルを必要とするため、正確なパラメータが必要である。
【0008】
以上示したようなことから、事前同定を用いて磁石温度を推定するモータ磁石温度推定装置を提供することが課題となる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、前記従来の問題に鑑み、案出されたもので、その一態様は、コントローラによって制御されたインバータの出力電圧により駆動するモータの磁石温度を推定するモータ磁石温度推定装置であって、事前同定フェーズおよび推定フェーズに、前記モータの位相を検出する回転位置センサと、前記事前同定フェーズおよび前記推定フェーズに、前記インバータから出力された三相の電流応答値を検出する電流検出器と、前記事前同定フェーズに、磁石温度応答値を検出する磁石温度センサと、前記事前同定フェーズに、前記事前同定フェーズにおける前記電流応答値を回転座標変換したdq軸電流応答値と、前記インバータの前記事前同定フェーズにおけるdq軸電圧参照値と、前記事前同定フェーズにおける前記位相に基づいて算出された電気角応答値と、前記事前同定フェーズにおける前記磁石温度応答値と、の時系列データまたは平均値に基づいて、磁石温度推定値と前記磁石温度応答値の誤差を最小化する同定パラメータを導出する事前同定装置と、前記推定フェーズに、前記推定フェーズにおける前記電流応答値を回転座標変換した前記dq軸電流応答値と、前記推定フェーズにおける前記dq軸電圧参照値と、前記推定フェーズにおける前記位相に基づいて算出された前記電気角応答値と、前記同定パラメータに基づいて、前記磁石温度推定値を推定する磁石温度推定器と、を備えたことを特徴とする。
【0010】
また、その一態様として、前記同定パラメータは、20℃での抵抗公称値Ran、20℃での磁束公称値Φn、20℃でのd軸インダクタンス公称値Ldn、抵抗の温度係数α、磁石の温度係数β、q軸電圧オフセット公称値ΔVqn、であり、前記磁石温度推定器は、以下の(1)式により、前記磁石温度推定値を推定することを特徴とする。
【0011】
【数1】
【0012】
T^:磁石温度推定値
v^q dis:q軸電圧外乱オブザーバ出力
an:20℃での抵抗公称値
q:q軸電流応答値
d:d軸電流応答値
dn:20℃でのd軸インダクタンス公称値
Φn:20℃での磁束公称値
ωe:電気角応答値
Δvqn:q軸電圧オフセット公称値
α:抵抗の温度係数
β:磁束の温度係数。
【0013】
また、他の態様として、前記同定パラメータは、20℃での抵抗公称値Ran、20℃でのd軸インダクタンス公称値Ldn、20℃での磁束公称値Φn、抵抗の温度係数α、磁束の温度係数β、q軸電圧オフセット公称値ΔVqn、インダクタンスの温度係数γであり、前記磁石温度推定器は、以下の(8)式により、前記磁石温度推定値を推定することを特徴とする。
【0014】
【数8】
【0015】
T^:磁石温度推定値
v^q dis:q軸電圧外乱オブザーバ出力
dn:20℃でのd軸インダクタンス公称値
d:d軸電流応答値
q:q軸電流応答値
Φn:20℃での磁束公称値
ωe:電気角応答値
Δvqn:q軸電圧オフセット公称値
α:抵抗の温度係数
β:磁束の温度係数
an:20℃での抵抗公称値
γ:インダクタンスの温度係数。
【0016】
また、その一態様として、以下の(3)式により前記q軸電圧外乱オブザーバ出力を導出することを特徴とする。
【0017】
【数3】
【0018】
qdis:q軸電圧外乱オブザーバ出力
LPF:ローパスフィルタ=gdis/(s+gdis
q *:q軸電圧参照値
dis:q軸電圧外乱オブザーバのカットオフ周波数
s:ラプラス演算子
qn:q軸インダクタンスの公称値
an:抵抗の公称値
q:q軸電流応答値。
【0019】
また、他の態様として、前記q軸電圧外乱オブザーバ出力v^q disに、(4)式の定常値v- q disを代入することを特徴とする。
【0020】
【数4】
【0021】
- q dis:定常値
q *:q軸電圧参照値
an:20℃での抵抗公称値
q:q軸電流応答値。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、事前同定を用いて磁石温度を推定するモータ磁石温度推定装置を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】実施形態1,2における磁石温度推定処理の概要を示すフローチャート。
図2】実施形態1,2における事前同定フェーズのシステム構成図。
図3】実施形態1,2における推定フェーズのシステム構成図。
図4】q軸電圧外乱オブザーバを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本願発明におけるモータ磁石温度推定装置の実施形態1、2を図1図4に基づいて詳述する。
【0025】
[実施形態1]
(事前同定を用いたPMモータ磁石温度推定)
本実施形態1のPMモータ磁石温度推定は、(1)事前同定フェーズと(2)推定フェーズで構成される。事前同定フェーズでは事前同定装置が磁石温度推定に必要なパラメータを事前に同定する。この事前同定フェーズの後、推定フェーズでは同定済みのパラメータを用いて磁石温度を推定する。
【0026】
磁石温度推定処理の概要を図1に示す。図1に基づいて、(1)事前同定フェーズ、(2)推定フェーズを説明する。
【0027】
(1)事前同定フェーズ
事前同定装置1は、事前試験データ(時系列データまたは平均値)を入力する。事前試験データは、入力データとしてのdq軸電圧参照値vdq *、dq軸電流応答値idq、電気角応答値ωe、その他と、出力データとしての磁石温度応答値Tpmである。
【0028】
事前同定装置1は、磁石温度推定値と磁石温度応答値Tpmの誤差を最小化する同定パラメータを導出する。同定パラメータは20℃での抵抗公称値Ran、20℃での磁束公称値Φn、20℃でのd軸インダクタンス公称値Ldn、抵抗の温度係数α、磁束の温度係数β、その他(q軸電圧オフセット公称値ΔVqn等)である。
【0029】
(2)推定フェーズ
磁石温度推定器2は、試験データとしてdq軸電圧参照値vdq *、dq軸電流応答値idq、電気角応答値ωe、その他を入力する。また、磁石温度推定器2は、事前同定装置1の出力である同定パラメータ(20℃での抵抗公称値Ran、20℃での磁束公称値Φn、20℃でのd軸インダクタンス公称値Ldn、抵抗の温度係数α、磁束の温度係数β、その他(q軸電圧オフセット公称値ΔVqn等))を入力する。そして、それらに基づいて、後述する(1)式または(8)式により、磁石温度推定値T^を出力する。
【0030】
図2に本実施形態1における事前同定フェーズのシステム構成を示す。
【0031】
コントローラ3は、電流制御器4と、二相三相変換器5と、三相二相変換器7と、極対数演算器8と、微分演算器(ラプラス演算子)9と、を備える。
【0032】
電流制御器4は、dq軸電流参照値idq *(d軸電流参照値id *,q軸電流参照値iq *)とdq軸電流応答値idq(d軸電流応答値id,q軸電流応答値iq)との偏差と電気角応答値ωeに基づいてdq軸電圧参照値vdq *(d軸電圧参照値vd *,q軸電圧参照値vq *)を出力する。二相三相変換器5は、dq軸電圧参照値vdq *を位相θeに基づいて三相電圧参照値に変換する。
【0033】
インバータINVはコントローラ3によって制御される。インバータINVは三相電圧参照値に基づいてモータ(例えば、PMモータ)Mに電圧を出力してモータMを駆動する。モータMには負荷6が接続されている。電流検出器12はインバータINVから出力された三相の電流応答値iuvwを検出する。回転位置センサ10は、モータMの位相θを検出する。磁石温度センサ(例えば、熱電対)11はモータMの磁石温度応答値Tpmを検出する。
【0034】
極対数演算器8は、位相θに極対数pを乗算して極対数を考慮した位相θeを出力する。三相二相変換器7は、三相の電流応答値iuvwを極対数を考慮した位相θeに基づいてdq軸電流応答値idqに変換する。微分演算器(ラプラス演算子)9は、極対数を考慮した位相θeを微分して電気角応答値ωeを出力する。
【0035】
事前同定フェーズでは、推定フェーズで用いる入力変数(dq軸電圧参照値vd *、vq *、dq軸電流応答値id、iq、電気角応答値ωe)と出力変数(磁石温度応答値Tpm)を時系列データとして取得し、事前同定装置1に入力する。磁石温度応答値Tpmは、図2のように磁石温度センサ11を用いて取得する。
【0036】
磁石温度推定式は以下の(1)式であり、PMモータのパラメータは20℃での抵抗公称値Ran、20℃でのd軸インダクタンス公称値Ldn,20℃での磁束公称値Φn、抵抗の温度係数α,磁束の温度係数β,q軸電圧オフセット公称値ΔVqnである。この(1)式の導出は<推定式の導出>にて説明する。
【0037】
【数1】
【0038】
(1)式と事前同定の時系列データをフィッティングの関数に適用し、パラメータを同定する。フィッティングでは、(2)式の最適化問題を数値計算により解くことで、20℃での抵抗公称値Ran、20℃でのd軸インダクタンス公称値Ldn、20℃での磁束公称値Φn、抵抗の温度係数α、磁束の温度係数β、q軸電圧オフセット公称値ΔVqnそれぞれの同定パラメータを導出する。
【0039】
【数2】
【0040】
この評価関数の拘束条件は(1)式、ならびに各パラメータの妥当な最大・最小値である。つまり、(Tpm-T^)2が最小となるような各パラメータ値の組み合わせを見つける。
【0041】
データの与え方について、最もシンプルな方法は多数の条件の時系列データをそのまま与えることである。もし運転条件が一定であり各計測変数が一定で温度変化もデータ取得時間に対して十分遅い場合、各平均値を用いる。これにより計算コストを下げることができる。
【0042】
図3に本実施形態1における推定フェーズのシステム構成を示す。図3に示すように、推定フェーズの電力変換装置は、学習フェーズの電力変換装置(図2)と比較して磁石温度センサ11、事前同定装置1が省略され、その代わりに磁石温度推定器2が追加されている。図3に示すように、電力変換装置は、磁石温度推定器2と、磁石温度推定器2で推定した磁石温度推定値T^に基づいてインバータINVを制御するコントローラ3と、モータMを駆動するインバータINVと、を備える。
【0043】
磁石温度推定器2は、(1)式に事前同定フェーズで得られた同定パラメータを代入したものである。コントローラ3内の変数の時系列データ(dq軸電圧参照値vd *、vq *、dq軸電流応答値id、iq、電気角応答値ωe)を磁石温度推定器2に入力し、(1)式により磁石温度推定値T^を出力する。入力するデータはオフライン,オンラインどちらでもよい。
<推定式の導出>
(1)式の推定式の導出方法を説明する。
【0044】
q軸電圧外乱オブザーバは図4のブロック線図で表現される。図4に示すように、q軸電圧外乱オブザーバ13は乗算器14においてq軸電流応答値iqに(Lqs+Ran)を乗算する。減算器15は、q軸電圧参照値vq *から乗算器14の出力を減算する。乗算器16は、減算器15の出力にgdis/(s+gdis)を乗算する。gdis/(s+gdis)はローパスフィルタを示し、gdisはカットオフ周波数であり、sはラプラス演算子である。数式としては(3)式で表される。
【0045】
【数3】
【0046】
v^q disはq軸電圧外乱オブザーバ出力を示し、LPFはローパスフィルタ、Lqnはq軸インダクタンスの公称値,Ranは抵抗の公称値を示す。
【0047】
今回、q軸電流応答値iqはほぼ定常値であり、磁石の温度変化は電流の変化に比べて十分遅い。このため電流の微分成分は無視し、オブザーバ出力の定常値v- q disは(4)式で近似できる。-
【0048】
【数4】
【0049】
なお、電圧外乱は次の(5)式の等式を満たす。
【0050】
【数5】
【0051】
ここで、Ldはd軸インダクタンス、Φは磁束、ΔLqはq軸インダクタンスのノミナル誤差、ΔRaは抵抗のノミナル誤差、ΔVqnはq軸電圧オフセット公称値を示す。
【0052】
(5)式の第一項は逆起電力、第二項はq軸インダクタンスのノミナル誤差に起因する電圧,第三項は抵抗のノミナル誤差に起因する電圧,第四項は電圧誤差である。第二項については、q軸インダクタンスLqの変動が小さい、定常ではほぼdiq/dt=0のため考慮しない。今回、温度変化は次の(6)式、(7)式のように一次式で近似する。
【0053】
【数6】
【0054】
【数7】
【0055】
anは20℃での抵抗公称値である。20℃での抵抗は20℃での抵抗公称値と等しいと仮定する。(6)式のTは磁石温度、(7)式のTは巻線温度で厳密には異なるが、今回これらは等しく「モータ温度」とする。非特許文献2により、磁石温度と巻線温度がほぼ同じであるとみなした。
【0056】
(6)式,(7)式を(5)式に代入しTに関して整理することで、(1)式の温度推定式を得る。なお、(5)式に(6)式、(7)式を代入すると(1)式の「Ldn」の箇所は「Ld」となる。しかし、本実施形態1ではd軸インダクタンスの温度変化を考慮していないため「Ldn」=「Ld」とみなして(1)式では「Ldn」としている。
【0057】
事前同定フェーズにおいて、事前同定装置1は同定パラメータとして、20℃の抵抗公称値Ran、20℃での磁束公称値Φn、20℃でのd軸インダクタンス公称値Ldn、抵抗の温度係数α、磁束の温度係数β、q軸電圧オフセット公称値ΔVqnを得る
推定フェーズにおいて、磁石温度推定器2では(1)式のq軸電圧外乱オブザーバ出力V^q disに(3)式を代入し、20℃の抵抗公称値Ran、20℃での磁束公称値Φn、20℃でのd軸インダクタンス公称値Ldn、抵抗の温度係数α、磁束の温度係数β、q軸電圧オフセット公称値ΔVqnに同定パラメータを代入して、磁石温度推定値T^を推定する。
【0058】
なお、q軸電圧参照値vq *、q軸電流応答値iqがほぼ一定値であるとき、または、実装を簡略化させたいとき、(1)式のq軸電圧外乱オブザーバ出力V^q disに(4)式の定常値v- q disを代入してもよい。
【0059】
<実験結果>
PMモータの試験データで実施した結果を表1に示す。温度計測値,温度推定値(同定パラメータを用いない場合と用いた場合)をそれぞれ比較した。表1より、同定パラメータを用いた方が温度計測値(真値)に近い推定値を示していることがわかる。
【0060】
【表1】
【0061】
[効果]
本実施形態1の事前同定フェーズの構成(図2)を有し、磁石温度応答値Tpm、dq軸電圧参照値vdq *、dq軸電流応答値idq、電気角応答値ωeの時系列データがあれば、磁石温度推定に必要なパラメータを事前に同定することができる。
【0062】
また、本実施形態1の推定フェーズの構成(図3)を有し、dq軸電圧参照値vdq *、dq軸電流応答値idq、電気角応答値ωeの時系列データがあれば、磁石温度を推定することができる。
【0063】
[実施形態2]
(インダクタンスの温度変化の考慮)
本実施形態2のシステム構成は学習フェーズ、推定フェーズともに実施形態1と同じとする。本実施形態2は、実施形態1と温度推定式のみが異なる。本実施形態2では、インダクタンスの温度変化も考慮する。インダクタンスの温度係数γとすると、本実施形態2の温度推定式は次の(8)式となる。
【0064】
【数8】
【0065】
本実施形態2では同定パラメータの温度変化を磁束、抵抗に加えてインダクタンスも考慮する。
【0066】
【数9】
【0067】
dnは20℃でのd軸インダクタンス公称値である。γはインダクタンスの温度係数である。(9)式のTは本来鉄心温度であるが、磁石温度、巻線温度と等しい「モータ温度」とする。これら(6)式、(7)式、(9)式を(5)式に代入してTに関して整理することで推定式の(8)式が得られる。
【0068】
事前同定フェーズにおいて、事前同定装置1は同定パラメータとして、20℃の抵抗公称値Ran、20℃での磁束公称値Φn、20℃でのd軸インダクタンス公称値Ldn、抵抗の温度係数α、磁束の温度係数β、インダクタンスの温度係数γ、q軸電圧オフセット公称値ΔVqnを得る
推定フェーズにおいて、磁石温度推定器2では(8)式のq軸電圧外乱オブザーバ出力v^q disに(3)式のv^q disを代入し、20℃での抵抗公称値Ran、20℃での磁束公称値Φn、20℃でのd軸インダクタンス公称値Ldn、抵抗の温度係数α、磁束の温度係数β、インダクタンスの温度係数γ、q軸電圧オフセット公称値ΔVqnに同定パラメータを代入して、磁石温度推定値T^を推定する。
【0069】
なお、実施形態1と同様に本実施形態2でも、q軸電圧参照値vq *、q軸電流応答値iqがほぼ一定値であるとき、または、実装を簡略化させたいとき、(8)式のq軸電圧外乱オブザーバ出力V^q disに(4)式の定常値v- q disを代入してもよい。
【0070】
[効果]
本実施形態2によれば、実施形態1と同様の作用効果を奏する。また、これに加えて、本実施形態2の温度推定式(8)式を用いれば、インダクタンスの温度変化(線形)がある場合も対応することができる。
【0071】
以上、本発明において、記載された具体例に対してのみ詳細に説明したが、本発明の技術思想の範囲で多彩な変形および修正が可能であることは、当業者にとって明白なことであり、このような変形および修正が特許請求の範囲に属することは当然のことである。
【符号の説明】
【0072】
1…事前同定装置
2…磁石温度推定器
3…コントローラ
4…電流制御器
5…二相三相変換器
6…負荷
7…三相二相変換器
8…極対数演算器
9…微分演算器(ラプラス演算子)
10…回転位置センサ
11…磁石温度センサ
12…電流検出器
13…q軸電圧外乱オブザーバ
14、16…乗算器
15…減算器
M…モータ
図1
図2
図3
図4