(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023158983
(43)【公開日】2023-10-31
(54)【発明の名称】血圧測定装置
(51)【国際特許分類】
A61B 5/022 20060101AFI20231024BHJP
A61B 5/02 20060101ALI20231024BHJP
【FI】
A61B5/022 400H
A61B5/02 310V
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022069105
(22)【出願日】2022-04-19
(71)【出願人】
【識別番号】522193547
【氏名又は名称】株式会社エー・アンド・デイ
(71)【出願人】
【識別番号】510094724
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立循環器病研究センター
(74)【上記1名の代理人】
【識別番号】110003100
【氏名又は名称】弁理士法人池田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長谷部 直嵩
(72)【発明者】
【氏名】諸留 昇平
(72)【発明者】
【氏名】古越 雅貴
(72)【発明者】
【氏名】上村 和紀
【テーマコード(参考)】
4C017
【Fターム(参考)】
4C017AA08
4C017AA09
4C017AB01
4C017AC03
4C017BC11
4C017BD04
4C017FF08
(57)【要約】
【課題】高精度で拡張期血圧を推定することができる血圧測定装置を提供する。
【解決手段】拡張期血圧推定式(5)を導く線形回帰直線式(2)に含まれる切片βおよび傾きαは、(4)式に示すように相互に一定の線形関係にあって被測定者に影響されないため、被測定者の個々の生体的特徴に影響され難いので、拡張期血圧値DAPeを高精度で測定できる。また、脈波伝播速度PWVを用いる血圧推定を行う従来のもののように、キャリブレーションを行なう必要がない利点がある。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定者の被圧迫部位の動脈血管を圧迫する圧迫帯による圧迫圧と、前記被圧迫部位を通る動脈血管の脈波伝播速度の2乗値とを用いて前記被測定者の拡張期血圧を推定する血圧測定装置であって、
前記圧迫帯による圧迫下において、前記被圧迫部位の脈波伝播速度PWVを測定する脈波伝播速度測定部と、
前記脈波伝播速度の2乗値の対数と前記動脈血管の貫壁圧との間の予め求められた線形回帰直線式からの変換式から、前記の圧迫圧と前記圧迫圧において測定された前記被圧迫部位の脈波伝播速度とに基づいて、前記線形回帰直線式の傾きαを算出する傾き算出部と、
前記線形回帰直線式に含まれる切片βと傾きαとの間の予め記憶された線形関係から、前記線形回帰直線式の傾きαに基づいて前記線形回帰直線式の切片βを算出する切片算出部と、
前記線形回帰直線式からの変換式に、前記貫壁圧を表す拡張期血圧から差し引くところの前記圧迫圧、前記被圧迫部位の脈波伝播速度、前記傾き算出部において算出された前記線形回帰直線式の傾き、および前記切片算出部において算出された前記切片を代入して、拡張期血圧推定式を設定する拡張期血圧推定式設定部と、
前記拡張期血圧推定式から、実際の前記圧迫圧Pcおよび前記被圧迫部位の脈波伝播速度PWVに基づいて前記被測定者の拡張期血圧DAPを推定する拡張期血圧推定部とを、含む
ことを特徴とする血圧測定装置。
【請求項2】
前記線形回帰直線式は、次式(2)で表されるものである
ことを特徴とする請求項1の血圧測定装置。
Pt=α・ln(PWV2 )+β ・・・ (2)
但し、Ptは貫壁圧(=拡張期血圧DAP-圧迫圧Pc)、PWVは脈波伝播速度である。
【請求項3】
前記線形回帰直線式からの変換式は、次式(3)で表されるものである
ことを特徴とする請求項1の血圧測定装置。
-Pc=α・ln(PWV2 )+(β-DAP) ・・・ (3)
【請求項4】
前記予め記憶された線形関係は、次式(4)により表されるものである
ことを特徴とする請求項1の血圧測定装置。
β=γ・α+δ ・・・ (4)
但し、γは上記線形関係の傾きを示す定数、δは上記線形関係の切片を示す定数である。
【請求項5】
前記拡張期血圧推定式は、次式(5)で表されるものである
ことを特徴とする請求項1の血圧測定装置。
DAPe=α・ln(PWV2 )+(β+Pc) ・・・ (5)
但し、DAPeは推定血圧値である。
【請求項6】
前記拡張期血圧推定部は、前記拡張期血圧推定式から、前記圧迫帯による複数種類の圧迫圧毎に、実際の前記圧迫圧および前記被圧迫部位の脈波伝播速度に基づいて前記被測定者の拡張期血圧を推定し、前記複数種類の圧迫圧毎に得られた拡張期血圧の平均値を、拡張期血圧として推定するものである
ことを特徴とする請求項1の血圧測定装置。
【請求項7】
前記拡張期血圧推定部は、前記被測定者の拡張期血圧よりも低い、前記圧迫帯による圧迫圧において、実際の前記圧迫圧および前記被圧迫部位の脈波伝播速度に基づいて前記被測定者の拡張期血圧を推定するものである
ことを特徴とする請求項1の血圧測定装置。
【請求項8】
前記動脈血管に沿って相互に所定距離だけ離隔した2位置に配置されて脈波を検出する一対の脈波センサを備え、前記脈波伝播速度は、前記一対の脈波センサによりそれぞれ検出された脈波の時間差と前記所定距離とに基づいて算出されるものである
ことを特徴とする請求項1の血圧測定装置。
【請求項9】
前記圧迫帯による圧迫圧を生体の拡張期血圧よりも低いモニタ圧に維持する圧迫圧制御部と、前記モニタ圧が維持されている期間において測定された前記脈波伝播速度が予め設定された変動判定範囲から外れたことに基づいて血圧変動の発生を判定する血圧変動判定部とを備え、
前記拡張期血圧推定部は、前記血圧変動判定部により血圧変動の発生が判定されたときに、前記拡張期血圧推定式から、実際の前記圧迫圧および前記被圧迫部位の脈波伝播速度に基づいて前記被測定者の拡張期血圧を推定する
ことを特徴とする請求項1の血圧測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体の一部である被圧迫部位に巻き付けられる圧迫帯を備え、前記圧迫帯による圧迫圧及び圧迫部位を通る動脈血管の脈波伝播速度に基づいて生体の拡張期(最低)血圧を推定する血圧測定装置および血圧測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
通常、診療においてよく用いられているコロトコフ音聴診法による血圧測定では、たとえば上腕に装着した圧迫帯を用い、圧迫帯の圧迫圧を変化させる過程で心拍に同期して発生する血管音(コロトコフ音)の発生時及び消滅時の圧迫圧Pcに基づいて、収縮期血圧値SAP及び拡張期血圧値DAPが決定される。この聴診法により決定された収縮期血圧値SAP及び拡張期血圧値DAPは、医療従事者の間で最も信頼されている。この聴診法による血圧測定では専門性が高いので、在宅や非医療機関等での日常的な血圧把握には、操作が簡単なオシロメトリック法により血圧値を決定する自動血圧測定装置を用いることが一般的である。
【0003】
オシロメトリック法では、聴診法と同様の圧迫帯を用い、収縮期(最高)血圧値よりも高い圧まで加圧後に降圧させる過程で、圧迫帯の圧迫圧に重畳する微小変動成分であるカフ脈波(容積脈波)を抽出し、実験的或いは経験的に予め定められたしきい値を適用して、そのカフ脈波の振幅が急激に変化したときの圧迫帯の圧力を、収縮期血圧および拡張期血圧としている。そして、聴診法とオシロメトリック法との間の物理的関係性は明確でないため、それら収縮期血圧および拡張期血圧の決定に際してカフ脈波の振幅が急激に変化したことの判定に用いられるしきい値は、平均血圧値MAPに対応する圧迫圧にて認められる最大値を基準とした定数を用いて予め設定され、聴診法による測定値に整合するようにされている。たとえば、特許文献1、非特許文献1に記載された血圧測定装置がそれである。
【0004】
他の血圧値推定方法としては、生体の血圧値と生体の脈波伝播速度との予め設定された関係から、心電のR波の発生時点から圧迫帯の圧迫圧から得られた脈波の発生時点との時間差(脈波伝播時間)から脈波伝播速度を算出し、予め設定された関係からその実際の脈波伝播速度に基づいて生体の血圧値を推定する方法が知られている。たとえば、特許文献2に記載された血圧監視装置がそれである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012-071059号公報
【特許文献2】特開2000-116608号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】L.A.Geddes, M.Voelz, C.Combs, D.Reiner, C.F.Babbs, ”Characterization of the oscillometric method for measuring indirect blood pressure,”Ann. Biomed Eng., vol. 10, pp. 271-280, 1982
【非特許文献2】F. K. Forster and D. Turney, “Oscillometric determination of diastolic, mean, and systric blood pressure-A numerical model,” J. Biomech. Eng., vol. 108, pp. 359-364, Nov. 1986.
【非特許文献3】Forouzanfar M, Dajani HR, Groza VZ, Bolic M, Ratkin I. “Oscillometlic blood pressure estimation: past, present, and future. “IEEE Rev Biomed Eng 2015;8:44-63.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
オシロメトリック法による血圧測定に際して、聴診法による測定値に整合するように平均血圧値MAPを基準とした定数を用いて予め設定されたしきい値が一律に個々の血圧測定に適用されるが、しきい値と実際の血圧値との関係は動脈血管コンプライアンス、脈拍数、脈圧値、動脈脈圧など被測定者による個々の生体的特徴により影響され変わりうるので、血圧測定の精度が低下するという問題があった。このような問題は、非特許文献2において指摘されている。
【0008】
また、心電のR波から脈波検出までの時間差に基づいて算出した脈波伝播速度を用いた血圧推定では、心電図のR波の発生時点から心臓が血液の駆出を開始するまでの時間(前駆出時間PEP:Pre Ejection Period)がその時間差に含まれていて、厳格な脈波伝播時間PTTではなく、脈波到達時間PAT(Pulse Arrival Time)として計測される。このため、脈波伝播速度の算出に誤差が生じ、結果として大きな血圧測定誤差を生じていた。また、心臓からの脈波は、大動脈血管(弾性動脈)を通じて上腕動脈血管(筋性動脈)へ伝播されるが、血管の組成が異なるため、厳密な意味の伝播時間ではなかった。このような問題は、非特許文献3において指摘されている。
【0009】
血圧値の測定誤差が大きい血圧測定装置は、不十分な降圧治療で高血圧が持続したり、過度の降圧治療により低血圧を招く可能性を高くし、血管合併症や認知症の誘発リスクを高めるなどの問題の一因となる。これに対して、血圧値を高精度で測定できる血圧測定装置は、高血圧が持続する不十分な降圧治療を減少させ、過度の降圧治療により低血圧を招く可能性を低くし、血管合併症や認知症の誘発リスクを低減することができる。
【0010】
本発明は以上の事情を背景として為されたものであり、その目的とするところは、被測定者の個々の生体的特徴に影響され難い、拡張期(最低)血圧値を高精度で測定できる血圧測定方法および血圧測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、種々検討するうち、拡張期血圧時点の貫壁圧Pt(=拡張期血圧DAP-圧迫圧Pc)が零であるときの動脈血管の断面積Aoである動脈血管の断面積Aと動脈血管の貫壁圧Ptとの関係を数式で表す血管モデル式に、Bramwell-Hillの式を適用して得た貫壁圧Ptと脈波伝播速度の2乗値PWV2との関係を示す理論的な非線形指数関数曲線(式(1))が、ヤギによる実験で得た貫壁圧Ptと脈波伝播速度の2乗値PWV2との関係を示す指数関数曲線と極めて近似しているという事実を見出した。そして、その指数関数曲線の横軸と縦軸とを入れ替えることで示される関係は、定数bや断面積比Ao/Amによらず、対数関係式(2)に高い精度で近似できることを見出した。その対数関係式(2)は、脈波伝播速度の2乗値PWV2の対数を独立変数と見なすと、傾きαと切片βをもつ線形回帰直線式とみなせ、その傾きαと切片βとの間には、被測定者によらず一定の線形関係式(4)にある点、および、その線形回帰直線式(2)は式(3)のように変形できるので、傾きαは、脈波伝播速度PWV2の対数および圧迫圧Pcの回帰分析から算出でき、その線形回帰直線式の切片βは線形関係式(4)からその傾きαに基づいて算出でき、それら傾きαおよび切片βが適用された拡張期血圧値推定式(5)から、実際の脈波伝播速度の2乗値PWV2および圧迫圧Pcに基づいて拡張期血圧値DAPeを推定できることを見出した。
【0012】
PWV2=(1/ρ・b)(1/(1-Ao/Am))・e^(b・Pt)
-(1/ρ・b) ・・・ (1)
Pt=α・ln(PWV2 )+β ・・・ (2)
-Pc=α・ln(PWV2 )+(β-DAP) ・・・・ (3)
β=γ・α+δ ・・・ (4)
DAPe=α・ln(PWV2 )+(β+Pc) ・・・ (5)
【0013】
すなわち、血管モデル式において、動脈血管の貫壁圧Ptは推定拡張期血圧DAPe-圧迫圧Pcであるので、動脈血管の貫壁圧Ptと脈波伝播速度の2乗値PWV2の対数との関係を表す線形回帰直線式(2)は、その貫壁圧Ptについて式(3)のように変形できる。式(3)の傾きαは式(2)と同じで、実測された複数組の圧迫圧Pcおよび脈波伝播速度の2乗値PWV2の対数を回帰分析することで、傾きαが求められる。このように、個々の被測定者に特有の傾きα自体は、拡張期血圧DAPが未知であってもつまり貫壁圧Ptが未知であっても算出できる。予め求められた傾きαと切片βとの間で経験的に確立された線形関係(4)に、その算出された傾きαを代入することで個々の被測定者に特有の切片βが求められる。このようにして個々の被測定者に特有の傾きαおよび切片βが求められると、貫壁圧Ptについて式(3)を変形した拡張期血圧推定式(5)で拡張期血圧DAPeが表される。これにより、圧迫圧Pcおよび脈波伝播速度の2乗値PWV2を変数とし且つ傾きαおよび切片βを含む拡張期血圧推定式(5)が設定される。この拡張期血圧値推定式(5)から、実際の被測定者の圧迫部位に対する圧迫圧Pcと被測定者の前記圧迫部位を通る動脈血管内の脈波伝播速度に基づいて、被測定者の拡張期血圧を推定することができる。本発明は、斯かる知見に基づいて為されたものである。
【0014】
第1発明の要旨とするところは、(a)被測定者の被圧迫部位の動脈血管を圧迫する圧迫帯による圧迫圧と、前記被圧迫部位を通る動脈血管の脈波伝播速度の2乗値とを用いて前記被測定者の拡張期血圧を推定する血圧測定装置であって、(b)前記圧迫帯による圧迫下において、前記被圧迫部位の脈波伝播速度PWVを測定する脈波伝播速度測定部と、(c)前記脈波伝播速度の2乗値の対数と前記動脈血管の貫壁圧との間の線形回帰直線式からの変換式から、前記の圧迫圧と前記圧迫圧において測定された前記被圧迫部位の脈波伝播速度とに基づいて、前記線形回帰直線式の傾きαを算出する傾き算出部と、(d)前記線形回帰直線式に含まれる切片βと傾きαとの間の予め記憶された線形関係から、前記線形回帰直線式の傾きαに基づいて前記線形回帰直線式の切片βを算出する切片算出部と、(e)前記線形回帰直線式に、前記貫壁圧を表す拡張期血圧から差し引くところの前記圧迫圧、前記被圧迫部位の脈波伝播速度、前記傾き算出部において算出された前記線形回帰直線式の傾き、および前記切片算出部において算出された前記線形回帰直線式の切片を代入して、拡張期血圧推定式を設定する拡張期血圧推定式設定部と、(f)前記拡張期血圧推定式から、実際の前記圧迫圧Pcおよび前記被圧迫部位の脈波伝播速度PWVに基づいて前記被測定者の拡張期血圧DAPを推定する拡張期血圧推定部とを、含むことにある。
【0015】
第2発明の要旨とするところは、第1発明において、前記線形回帰直線式は、前記式(2)で表されるものである。
【0016】
第3発明の要旨とするところは、第1発明又は第2発明において、前記線形回帰直線式からの変換式は、前記式(3)で表されるものである。
【0017】
第4発明の要旨とするところは、第1発明から第3発明のいずれか1の発明において、前記線形関係は、前記式(4)で表されるものである。
【0018】
第5発明の要旨とするところは、第1発明から第4発明のいずれか1の発明において、前記拡張期血圧推定式は、前記式(5)で表されるものである。
【0019】
第6発明の要旨とするところは、第1発明から第5発明のいずれか1の発明において、前記拡張期血圧推定部は、前記拡張期血圧推定式から、前記圧迫帯による複数種類の圧迫圧毎に、実際の前記圧迫圧Pcおよび前記被圧迫部位の脈波伝播速度に基づいて前記被測定者の拡張期血圧をそれぞれ推定し、前記複数種類の圧迫圧毎に推定し得られた拡張期血圧の平均値を、拡張期血圧として決定するものである。
【0020】
第7発明の要旨とするところは、第1発明から第6発明のいずれか1の発明において、前記拡張期血圧推定部は、前記被測定者の拡張期血圧DAPよりも低く設定された前記圧迫帯による圧迫圧において、実際の前記圧迫圧および前記被圧迫部位の脈波伝播速度PWVに基づいて前記被測定者の拡張期血圧DAPを推定するものである。
【0021】
第8発明の要旨とするところは、第1発明から第7発明のいずれか1の発明において、前記動脈血管に沿って相互に所定距離だけ離隔した2位置に配置されて脈波を検出する一対の脈波センサを備え、前記脈波伝播速度は、前記一対の脈波センサによりそれぞれ検出された脈波の時間差と前記所定距離とに基づいて算出されるものである。
【0022】
第9発明の要旨とするところは、第1発明から第8発明のいずれか1の発明において、前記圧迫帯による圧迫圧を生体の拡張期血圧よりも低いモニタ圧に維持する圧迫圧制御部と、前記モニタ圧が維持されている期間において測定された前記脈波伝播速度が予め設定された変動判定範囲から外れたことに基づいて血圧変動の発生を判定する血圧変動判定部とを備え、前記拡張期血圧推定部は、前記血圧変動判定部により血圧変動の発生が判定されたときに、前記拡張期血圧推定式から、実際の前記圧迫圧および前記被圧迫部位の脈波伝播速度に基づいて前記被測定者の拡張期血圧を推定することにある。
【発明の効果】
【0023】
第1発明の血圧測定装置によれば、前記拡張期血圧推定式を導く前記線形回帰直線式に含まれる切片および傾きは、相互に一定の線形関係にあって被測定者に影響されない。このため、被測定者の個々の生体的特徴に影響され難いので、拡張期血圧値を高精度で測定できる。また、脈波伝播速度を用いる血圧推定を行う従来のもののように、被測定者毎にキャリブレーションを行なう必要がない利点がある。
【0024】
第2発明の血圧測定装置によれば、前記動脈血管の物理モデル式を示す予め設定された線形回帰直線式は、前記式(2)で表されるものである。その線形回帰直線式は、貫壁圧が零であるときの血管断面積が零よりも大きく、貫壁圧の増加に伴って血管断面積が増加して飽和する、実際の血管の挙動を示す、動脈血管の物理モデル式(a1)と、Bramwell-Hillの式(a3)とに基づくので、拡張期(最低)血圧値を高精度で測定できる。
【0025】
第3発明の血圧測定装置によれば、前記線形回帰直線式からの変換式は、前記式(3)で表されるものである。その変換式(3)に基づけば、実測で得られる脈波伝播速度の二乗の対数と圧迫圧とを線形回帰分析することで、拡張期血圧および切片が未知であっても、傾きを算出することができる。
【0026】
第4発明の血圧測定装置によれば、前記線形関係は、前記式(4)で表されるものである。その線形関係は、前記線形回帰直線式に含まれる切片および傾きが、個々によらず相互に一定の線形関係にあることを示し、その関係は被測定者に影響されない。このため、被測定者の個々の生体的特徴に影響を受けないで、拡張期血圧値を高精度で測定できる。
【0027】
第5発明の血圧測定装置によれば、前記拡張期血圧推定式は、前記式(5)で表されるものである。その拡張期血圧推定式は、測定可能な圧迫圧および脈波伝播速度と、それら2つの測定可能な変数から算出される前記線形回帰直線式に含まれる切片および傾きとを変数とする式であるので、測定された2つの変数を代入および演算することで、前記被測定者の拡張期血圧を推定することができる。
【0028】
第6発明の血圧測定装置によれば、前記拡張期血圧推定部は、前記拡張期血圧推定式から、前記圧迫帯による複数種類の圧迫圧毎に、実際の前記圧迫圧Pcおよび前記被圧迫部位の脈波伝播速度に基づいて前記被測定者の拡張期血圧DAPをそれぞれ推定し、前記複数種類の圧迫圧毎に推定し、得られた拡張期血圧の平均値を、拡張期血圧として決定するものであるので、拡張期血圧値を一層高精度で測定できる。
【0029】
第7発明の血圧測定装置によれば、前記拡張期血圧推定部は、前記被測定者の拡張期血圧よりも低く設定された前記圧迫帯による圧迫圧において、実際の前記圧迫圧Pcおよび前記被圧迫部位の脈波伝播速度に基づいて前記被測定者の拡張期血圧DAPを推定するので、被測定者の圧迫帯による圧迫の負担(ストレス)が軽減され、安定した血圧値が得られて血圧測定の精度が高められる。
【0030】
第8発明の血圧測定装置によれば、動脈血管に沿って相互に所定距離だけ離隔した2位置に配置された一対の脈波センサによりそれぞれ検出された脈波の時間差と前記所定距離とに基づいて脈波伝播速度が算出される。これにより、心電図のR波の発生時点を基準として算出された脈波伝播速度を血圧推定に用いるものと比較して、R波の発生時点から心臓の駆出開始時点までの遅延時間(前駆出時間)の誤差がないので、高精度に拡張期血圧を推定できる。すなわち、第8発明によれば、純粋に動脈血管の特性のみを反映する脈波伝播時間が計測されるので、心臓の状態にも左右される遅延時間(前駆出時間)の変動に影響されることがなく、血圧測定の再現性が高い。
【0031】
第9発明の血圧測定装置によれば、前記圧迫帯による圧迫圧を生体の拡張期血圧よりも低いモニタ圧に維持する圧迫圧制御部と、前記モニタ圧が維持されている期間において測定された前記脈波伝播速度が予め設定された変動判定値から外れたことに基づいて血圧変動の発生を判定する血圧変動判定部とを備え、前記拡張期血圧推定部は、前記血圧変動判定部により血圧変動の発生が判定されたときに、前記拡張期血圧推定式から、実際の前記圧迫圧および前記被圧迫部位の脈波伝播速度に基づいて前記被測定者の拡張期血圧を推定する。これにより、被測定者に負担が少ない長時間の血圧監視を行なうことができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】本発明の一実施例である血圧測定装置の構成を説明するブロック図である。
【
図2】
図1の圧迫帯を外周面の一部を切り欠いて示す図である。
【
図3】
図2の圧迫帯内に備えられた上流側膨張袋、中間膨張袋、及び下流側膨張袋を示す平面図である。
【
図4】
図3のIV-IV視断面図であって、上流側膨張袋、中間膨張袋、及び下流側膨張袋を幅方向に切断して示した図である。
【
図5】
図1の電子制御装置に備えられた制御機能の要部を説明するための機能ブロック線図である。
【
図6】
図5の圧迫圧制御部による圧迫圧制御作動の要部を説明するタイムチャートである。
【
図7】生体の動脈血管の貫壁圧と断面積との関係を表す理論的な血管モデルを示す図である。
【
図8】
図7に示す血管モデルの貫壁圧と動脈血管の断面積との関係を示す式とBramwell-Hillの式とをまとめた貫壁圧と脈波伝播速度の2乗値との関係を、数値シミュレーションした図である。
【
図9】
図8の理論的な関係の縦軸および横軸を入れ替えて示す関係において、破線で示す対数関数で近似した状態を示す図である。
【
図10】ヤギの上腕を用いて実測した脈波伝播速度の2乗値と貫壁圧との関係を示す図である。
【
図11】
図9における6本の対数関係近似式の傾きと切片との関係をプロットして示す図である。
【
図12】
図10における8本の対数関係近似式の傾きと切片との関係に加え、同じヤギ1頭等の追加実験で得られた15本の対数関係近似式の傾きと切片との関係をプロットして示す図である。
【
図13】7頭のヤギから得られた111個のデータセットの脈波伝播速度の2乗値と貫壁圧との関係を対数関数で近似したときの傾きと切片との関係を示す図である。
【
図14】30名のヒトから得られた90個のデータセットの脈波伝播速度の2乗値と貫壁圧との関係を対数関数で近似したときの傾きと切片との関係を示す図である。
【
図15】30名のヒトについて、実際に測定された脈波伝播速度PWVおよび圧迫圧Pcから式(5)により推定された拡張期血圧値DAPと、コロトコフ音聴診法による血圧測定により測定された拡張期血圧DAPとの相関を示す図である。
【
図16】
図5の電子制御装置70の制御作動の要部を説明するフローチャートであって、拡張期血圧推定式を設定し拡張期血圧を算出、推定するための制御を示している。
【
図17】
図5の電子制御装置70の制御作動の要部を説明するフローチャートであって、
図16の拡張期血圧推定式設定ルーチンを示している。
【
図18】
図5の電子制御装置70の制御作動の要部を説明するフローチャートであって、
図16の拡張期血圧推定ルーチンを示している。
【
図19】
図5の電子制御装置70の制御作動の要部を説明するフローチャートであって、血圧監視制御を示している。
【
図20】
図5の電子制御装置70の他の制御作動を説明するタイムチャートであって、
図6に相当する図である。
【
図21】
図5の圧迫圧制御部による圧迫圧の降圧過程において脈波の形状の変化を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明の一実施例を図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の実施例において図は適宜簡略化或いは変形されており、各部の寸法比及び形状等は必ずしも正確に描かれていない。
【実施例0034】
図1は、被測定者である生体14の、腕、足首のような生体の肢体である被圧迫部位例えば上腕16に巻き付けられた上腕用の圧迫帯12を備えた本発明の一例の血圧測定装置(拡張期血圧推定装置)10を示している。この血圧測定装置10は、上腕16内の動脈血管18を閉塞するのに十分な値まで昇圧させた圧迫帯12の圧迫圧Pcを降圧させる過程において、動脈血管18の容積変化に応答して発生する圧迫帯12内の圧迫圧Pcの圧力振動である脈波(容積脈波)を逐次抽出し、その脈波から得られる情報に基づいて生体14の収縮期血圧値SAP及び拡張期血圧値DAPを測定するものである。
【0035】
図2は圧迫帯12を外周側面不織布20aの一部を切り欠いて示す図である。
図2に示すように、圧迫帯12は、PVC(polyvinyl chloride)等の合成樹脂により裏面が相互にラミネートされた合成樹脂繊維製の外周側面不織布20a及び内周側面不織布20bから成る帯状外袋20と、その帯状外袋20内において幅方向に順次収容され、例えば軟質ポリ塩化ビニールシートなどの可撓性シートから構成されて独立して上腕16を圧迫可能な上流側膨張袋22、中間膨張袋24、及び下流側膨張袋26と、を備える。この圧迫帯12は、外周側面不織布20aの端部に取り付けられた面ファスナ28aに内周側面不織布20bの端部に取り付けられた起毛パイル28bが着脱可能に接着されることによって、上腕16に着脱可能に装着されるようになっている。
【0036】
上流側膨張袋22、中間膨張袋24及び下流側膨張袋26は、長手状の圧迫帯12の幅方向に連ねられて上腕16を各々圧迫する独立した気室をそれぞれ有するとともに、管接続用コネクタ32、34及び36を外周面側に備えている。それら管接続用コネクタ32、34及び36は、外周側面不織布20aを通して圧迫帯12の外周面に露出されている。
【0037】
図3は圧迫帯12内に備えられた上流側膨張袋22、中間膨張袋24、及び、下流側膨張袋26を示す平面図であり、
図4は
図3のIV-IV視断面図である。上流側膨張袋22、中間膨張袋24及び下流側膨張袋26は、それらにより圧迫された動脈血管18の容積変化に応答して発生する圧力振動である脈波を検出するためのものであり、それぞれ長手状を成している。上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26は、中間膨張袋24の両側に隣接した状態で配置され、中間膨張袋24は、上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26の間に挟まれた状態で圧迫帯12の幅方向の中央部に配置されている。この上流側膨張袋22の中心と中間膨張袋24の中心とは距離L12だけ離れ、上流側膨張袋22の中心と下流側膨張袋26の中心とは、距離L13だけ離れている。なお、圧迫帯12が上腕16に巻き付けられた状態においては、上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26は上腕16の長手方向に所定間隔を隔てて位置させられ、また、中間膨張袋24は上腕16の長手方向において連なるように上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26の間に配置されている。
【0038】
中間膨張袋24は所謂マチ構造の側縁部を両側に備えている。すなわち、中間膨張袋24の上腕16の長手方向すなわち圧迫帯12の幅方向における両端部には、互いに接近するほど深くなるように互いに接近する方向に折れ込まれた可撓性シートから成る一対の折込溝24f、24gがそれぞれ形成されている。そして、上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26の中間膨張袋24に隣接する側の端部22a及び26aが一対の折込溝24f、24g内にそれぞれ差し入れられて配置されるようになっている。これにより、中間膨張袋24の端部24aと上流側膨張袋22の端部22aとが相互に重ねられ、且つ、中間膨張袋24の端部24bと下流側膨張袋26の端部26aとが相互に重ねられた構造すなわちオーバラップ構造となるので、上流側膨張袋22、中間膨張袋24及び下流側膨張袋26が等圧で上腕16を圧迫したときにそれらの境界付近においても均等な圧力分布が得られる。
【0039】
上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26も、マチ構造の側縁部を中間膨張袋24とは反対側の端部22b及び26bに備えている。すなわち、上流側膨張袋22の中間膨張袋24とは反対側の端部22bには、互いに接近するほど深くなるように互いに接近する方向に折れ込まれた可撓性シートから成る折込溝22fが形成されている。また、下流側膨張袋26の中間膨張袋24とは反対側の端部26bには、互いに接近するほど深くなるように互いに接近する方向に折れ込まれた可撓性シートから成る折込溝26gが形成されている。圧迫帯12の幅方向に飛び出ないように、折込溝22fを構成するシートは、上流側膨張袋22内に配置された貫通穴を備える接続シート38を介してその反対側部分すなわち中間膨張袋24側の部分に接続されている。同様に、折込溝26gを構成するシートは、下流側膨張袋26内に配置された貫通穴を備える接続シート40を介してその反対側部分すなわち中間膨張袋24側の部分に接続されている。
【0040】
これにより、上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26の端部22b及び26bにおいても上腕16の動脈血管18に対する圧迫圧Pcが他の部分と同様に得られるので、圧迫帯12の幅方向の有効圧迫幅がその幅寸法と同等になる。圧迫帯12の幅方向は12cm程度であり、その幅方向に3つの上流側膨張袋22、中間膨張袋24、及び下流側膨張袋26が配置された構造であるから、それぞれが実質的に4cm程度の幅寸法とならざるを得ない。このような狭い幅寸法であっても圧迫機能を十分に発生させるために、中間膨張袋24の両端部24a及び24bと上流側膨張袋22の端部22a及び下流側膨張袋26の端部26aとが相互に重ねられたオーバラップ構造とされるとともに、上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26の中間膨張袋24とは反対側の端部22bおよび26bが所謂マチ構造の側縁部とされている。
【0041】
上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26の中間膨張袋24側の端部22a及び26aと、それが差し入れられている一対の折込溝24f、24gの内壁面すなわち相対向する溝側面との間には、圧迫帯12の長手方向の曲げ剛性よりもその圧迫帯12の幅方向の曲げ剛性が高い剛性の異方性を有する長手状の遮蔽部材42n、42mがそれぞれ介在させられている。遮蔽部材42nは、上流側膨張袋22と中間膨張袋24との重なり寸法と同様の長さ寸法を備えている。同様に、遮蔽部材42mは、下流側膨張袋26と中間膨張袋24との重なり寸法と同様の長さ寸法を備えている。
【0042】
図3及び
図4に示すように、上流側膨張袋22の端部22aとそれが差し入れられている折込溝24fとの間の隙間のうちの外周側の隙間、及び、下流側膨張袋26の端部26aとそれが差し入れられている折込溝24gとの間の隙間のうちの外周側の隙間には、長手状の遮蔽部材42n、42mがそれぞれ介在させられている。本実施例では、内周側の隙間に比較して外周側の隙間の方が遮蔽効果が大きいので長手状の遮蔽部材42n、42mは外周側の隙間に設けられているが、外周側の隙間と内周側の隙間との両方に設けられていてもよい。
【0043】
遮蔽部材42n、42mは、上腕16の長手方向(すなわち圧迫帯12の幅方向)に平行な樹脂製の複数本の可撓性中空管44が互いに平行な状態で、上腕16の周方向(すなわち圧迫帯12の長手方向)に連ねて配列されるとともに、それら可撓性中空管44が型成形或いは接着により直接に或いは粘着テープなどの可撓性シート等の他の部材を介して間接的に相互に連結されることにより構成されている。遮蔽部材42nは、上流側膨張袋22の中間膨張袋24側の端部22aの外周側の複数箇所に設けられた複数の掛止シート46に掛け止められている。同様に、遮蔽部材42mは、下流側膨張袋26の中間膨張袋24側の端部26aの外周側の複数箇所に設けられた複数の掛止シート46に掛け止められている。
【0044】
図1に戻って、血圧測定装置10においては、空気ポンプ50、急速排気弁52、及び、排気制御弁54が主配管56にそれぞれ接続されている。その主配管56からは、上流側膨張袋22に接続された第1分岐管58、中間膨張袋24に接続された第2分岐管62、及び、下流側膨張袋26に接続された第3分岐管64がそれぞれ分岐させられている。第1分岐管58は、空気ポンプ50と上流側膨張袋22との間を直接開閉するための第1開閉弁E1を備えている。第2分岐管62は、空気ポンプ50と中間膨張袋24との間を直接開閉するための第2開閉弁E2を備えている。第3分岐管64は、空気ポンプ50と下流側膨張袋26との間を直接開閉するための第3開閉弁E3を備えている。
【0045】
第1分岐管58には、上流側膨張袋22内の圧力値を検出するための第1圧力センサT1が接続され、第2分岐管62には、中間膨張袋24内の圧力値を検出するための第2圧力センサT2が接続され、第3分岐管64には、下流側膨張袋26内の圧力値を検出するための第3圧力センサT3が接続され、主配管56には、圧迫帯12の圧迫圧Pcを検出するための第4圧力センサT4が接続されている。
【0046】
電子制御装置70には、第1圧力センサT1から上流側膨張袋22内の圧力値すなわち上流側膨張袋22の圧迫圧Pc1を示す出力信号が供給され、第2圧力センサT2から中間膨張袋24内の圧力値すなわち中間膨張袋24の圧迫圧Pc2を示す出力信号が供給され、第3圧力センサT3から下流側膨張袋26内の圧力値すなわち下流側膨張袋26の圧迫圧Pc3を示す出力信号が供給され、第4圧力センサT4から圧迫帯12の圧迫圧Pcを示す出力信号が供給される。
【0047】
電子制御装置70は、CPU72、RAM74、ROM76、表示装置78、及び図示しないI/Oポートなどを含む所謂マイクロコンピュータである。この電子制御装置70は、CPU72がRAM74の記憶機能を利用しつつ予めROM76に記憶されたプログラムにしたがって入力信号を処理し、血圧推定開始操作釦80の操作に応答して、電動式の空気ポンプ50、急速排気弁52、排気制御弁54、第1開閉弁E1、第2開閉弁E2、及び第3開閉弁E3をそれぞれ制御することにより、自動血圧測定制御を実行し、測定結果を表示装置78に表示させる。
図6は、電子制御装置70の圧迫圧制御部86により制御される圧迫帯12の圧迫圧Pcの変化を示している。
【0048】
(拡張期血圧推定アルゴリズムの説明)
以下において、
図5の電子制御装置70の機能により実行される拡張期血圧推定アルゴリズムを説明する。
【0049】
図7は、貫壁圧Ptと動脈血管18の断面積Aとの関係を示す動脈血管18のモデルを示している。貫壁圧Ptの増加に伴って断面積Aが飽和値Amに向かって指数関数的に増加し、貫壁圧Ptが零であるときには、Ao値を示している。
図7の動脈血管18の貫壁圧Ptと動脈血管18の断面積Aとの関係を示す特性は、以下の血管モデル式で表される。貫壁圧Ptとは、動脈内圧APから動脈外圧すなわち圧迫圧(カフ圧)Pcを差し引いた値(AP-Pc)であり、生体の拡張期血圧時点の貫壁圧Ptは、拡張期血圧DAPから圧迫圧Pcを差し引いた値(DAP-Pc)である。式(a1)は、非特許文献3に記載されている。式(a1)において、bは血管硬度(コンプライアンス或いは弾性率)に関連する指標である。
A=Am+(Ao-Am)e^(-b・Pt) ・・・ (a1)
【0050】
この血管モデル式(a1)に、Bramwell-Hillの式を適用して得た理論的な非線形指数関数曲線式(1)が、ヤギによる実験で得た貫壁圧Ptと脈波伝播速度の2乗値PWV2との関係を示す指数関数曲線と極めて近似している。そして、その指数関数曲線の横軸と縦軸とを入れ替えることで示される関係は、対数関数となり、その対数関数に対して高い精度で近似できる対数関数近似曲線は、定数bや断面積比Ao/Amによらない、線形回帰直線式(2)に変換できる。拡張期血圧時点の動脈血管18の貫壁圧Ptは(推定拡張期血圧DAPe-圧迫圧Pc)であるので、動脈の貫壁圧Ptと脈波伝播速度の2乗値PWV2との関係を表す線形回帰直線式(2)は、その貫壁圧Ptについて式(3)のように変形できる。式(3)の傾きαは式(2)と同じなので、実測された複数組の圧迫圧Pcおよび脈波伝播速度の2乗値PWV2の間で回帰分析することで傾きαが求められる。予め求められた傾きαと切片βとの予め求められた線形関係(4)にその傾きαを代入することで切片βが求められる。このようにして傾きαおよび切片βが求められると、貫壁圧Ptについて式(3)を変形した拡張期血圧推定式(5)により拡張期血圧DAPeが表される。この拡張期血圧値推定式(5)から、実際の脈波伝播速度の2乗値PWV2および圧迫圧Pcに基づいて拡張期血圧値DAPeを推定する。
【0051】
PWV2=(1/ρ・b)(1/(1-Ao/Am))・e^(b・Pt)
-(1/ρ・b) ・・・ (1)
【0052】
この非線形指数関数式(1)は、
図7に示す動脈血管18の拡張期血圧時点の貫壁圧Pt(=DAP-Pc)と動脈血管18の断面積Aとの関係を示す式(a1)に基づくものである。式(1)のρは血液密度を表している。
【0053】
この式(a1)の両辺をPtで微分した以下の新たな血管モデル式(a2)と、よく知られたBramwell-Hillの式(a3)および動脈血管18の容積Vの断面積Aに関する微分式(a4)とを使用して3式をまとめると、以下に示す式(a5)となる。式(a4)のLは上腕部の動脈血管18の有効長を表している。
dA/dPt=-b(Ao-Am)e^(-b・Pt) ・・・ (a2)
PWV2=(dPt/ρ)・(V/dV) ・・・ (a3)
dV=dA・L ・・・ (a4)
PWV2=(1/ρb)(1/(1-Ao/Am))・e^(b・Pt)
-(1/ρb) ・・・ (a5)
【0054】
この式(a5)において、断面積Aに関連する変数は、貫壁圧Ptが零であるときの断面積Aoに対する断面積Aの飽和値Amの比Ao/Amであるので、式(a5)のPWV2とPtとの関係は、動脈血管18の断面積Aの絶対値に影響されない。つまり、生体個々の体格の影響は受けないと考えられる。式(a5)の関係は、動脈血管18の断面積比Ao/Am、および、動脈血管18の硬度に関連する定数bに依存している。
【0055】
先行研究において、b=0.03、Ao/Am=0.25であったという報告があるので、仮に、b=0.03、0.06、0.09、Ao/Am=0.25、0.5として、式(a5)の関係を数値シミュレーションすると、
図8のようになった。
【0056】
定数bと断面積比Ao/Amとの関係を考察するために、式(a2)の両辺を逆数とすると、式(a6)となる。この式(a6)において、定数bが大きくなるほど、所定の貫壁圧Ptについて、所定の範囲では、dPt/dAすなわち弾性率が大きくなることを示している。
dPt/dA=e^(b・Pt)/b(Am-Ao) ・・・ (a6)
【0057】
本発明者等は、測定毎に薬剤を用いて血圧値を変えたヤギの前足(上腕)に前述の圧迫帯12を装着し、圧迫帯12による圧力ステップ毎に、圧迫圧Pcと、上流側膨張袋22から得られた脈波と下流側膨張袋26から得られた脈波との時間差に基づく脈波伝播速度PWVを取得する実験を行なった。このとき、得られた脈波伝播速度PWVの2乗値PWV
2と貫壁圧Ptとの関係は、
図8に極めて近似していた。
【0058】
上記
図8の理論的関係は、縦軸および横軸を入れ替えると、
図9に示す関係となり、定数bや動脈血管18の断面積比Ao/Amによらず、破線に示す対数関数に近似できる。この対数関数近似曲線の決定係数R
2は0.97-0.99であり、高い精度で近似できる。上記ヤギを用いて得られた脈波伝播速度PWVの2乗値PWV
2と貫壁圧Ptとの関係においても、
図10に示す関係が得られた。
図10の太線では、決定係数R
2は0.9615であり、高い精度で近似できる。全23本の対数関数近似曲線の決定係数の平均値は0.91±0.11であり非常に良好な対数関数近似曲線が得られた。このような対数関数近似曲線は、独立変数を脈波伝播速度PWVの2乗値PWV
2の対数(ln(PWV
2))とみなせば、線形形式に変換されている線形回帰直線式(2)により表される。ヒトであっても同様である。
Pt=α・ln(PWV
2 )+β ・・・ (2)
【0059】
ここで、
図10のような対数関数近似曲線の傾きαは、ln(PWV
2)および-Pcの線形回帰直線の傾きと数学的に同値となる。式(2)の左辺に、貫壁圧Pt=DAP-Pcを代入して以下の線形回帰直線-Pcの式(3)に変換することができる。このように線形回帰直線Ptの式(2)から変換された線形回帰直線-Pcの式(3)すなわち変換式(3)は、実測可能な脈波伝播速度PWVと、その脈波伝播速度PWVの実測時の圧迫圧Pcとをそれぞれ表す複数個のデータポイントの線形回帰直線として求めることができ、求められた線形回帰直線の傾きを求めることで、被測定者毎の上記傾きαが算出可能である。
-Pc=α・ln(PWV
2 )+(β-DAP) ・・・ (3)
【0060】
図9における6本の対数関数の傾きαと切片βとの関係を、それぞれの傾きαおよび切片βを示す6点のデータポイントでプロットすると、
図11の破線で示す回帰直線で表される。この結果は、生体状態固有の定数である、血管硬度に関連する指標bや動脈血管18の断面積比Ao/Amを広範囲に変動させても、対数関数の傾きαと切片βは線形に相関することが理論解析的に確認できたと言える。同様に、
図10に示すヤギの上腕を用いた実験から得られた23本の対数関数の傾きαと切片βとの関係をプロットすると
図12に示す如く、やはり線形相関していることが明らかとなった。これにより、PWV
2とPtの関係を対数関数で近似したとき、その傾きαと切片βの相互の線形相関関係が生体の状態によらず、安定して得られるならば、対数関数の切片βの推定に利用できると考えられる。
【0061】
そこで、ヤギの上腕を用いた実験データを7頭分使用して、111データセットのPWV
2とPtとの関係を対数関数で近似したときの傾きαと切片βとの間の線形関係を
図13に示す。
図13の右側に示す数値は7頭のヤギの固体識別番号である。
図13において、上記線形関係のyをβ、xをαとしたときの線形回帰直線は、
図13の破線の直線に示すように、y=-1.921x+11.4であって、この線形回帰直線の決定係数R
2は0.86であった。また、30人のヒトから得られた90データポイントのPWV
2とPtとの関係を対数関数で近似したときの傾きαと切片βとの間の線形関係を
図14に示す。
図14の破線の直線で示す線形回帰直線は、y=-3.6137x+14.833であって、この線形回帰直線の決定係数R
2は0.7071であった。
図13及び
図14から明らかなように、生体個々によらず、ほぼ同じ線形関係で近似でき、以下の線形関係式(4)が実験的に得られた。後述の線形関係記憶部84には、この傾きαと切片βとの間の一定の関係を示す線形関係式(4)が予め求められ、記憶されている。線形関係式(4)の傾きγはたとえば-3.6137であり、切片δはたとえば14.833である。
β=γ・α+δ ・・・ (4)
【0062】
このようにして個々の生体の状態によらず、脈波伝播速度PWVの2乗値PWV2と貫壁圧Ptとの関係がおおよそ安定して式(2)で近似できるとすると、前述のように実測した圧迫圧Pcと脈波伝播速度PWVとに基づいて式(2)又はその変形式(3)から算出された傾きαを線形関係式(4)に代入することで、切片βを算出することができる。式(3)を変形すると、以下の拡張期血圧推定式(5)が得られる。したがって、この拡張期血圧推定式(5)に、得られた傾きαおよび切片βと、実測したPWVおよびその実測時の圧迫圧Pcとを代入すれば、拡張期血圧推定値DAPeが得られる。
DAPe=α・ln(PWV2)+(β+Pc) ・・・(5)
【0063】
図15は、30人のヒトについて、実際に測定された脈波伝播速度PWVおよび圧迫圧Pcから式(5)により推定された拡張期血圧値DAPeと、コロトコフ音聴診法による血圧測定により測定された拡張期血圧DAPとの相関を示している。このとき90個のデータポイントを通る線形回帰直線は、
図15の実線に示すように、y=1.0094x-1.2482、この線形回帰直線の決定係数R
2は0.6416であった。
【0064】
図5に戻って、
図5は電子制御装置70に備えられた制御機能の要部を説明するための機能ブロック線図である。
図5において、電子制御装置70は、線形回帰直線記憶部82、線形関係記憶部84、圧迫圧制御部86、脈波抽出部88、脈波伝播速度算出部90、固有関係生成部94、血圧推定部102、血圧変動判定部108を、機能的に備えている。
【0065】
線形回帰直線記憶部82には、線形回帰直線Ptの式(2)から変換された線形回帰直線-Pcの式(3)すなわち変換式(3)が、予め記憶されている。また、線形関係記憶部84には、経験的実験的に得られた一定の傾きγおよび切片δが設定された傾きαと切片βとの間の線形関係式(4)が予め記憶されている。
【0066】
圧迫圧制御部86は、血圧推定開始操作釦80の操作に応答して、まず、圧迫圧Pc下降期間内の拡張期血圧DAP付近の複数の圧迫圧Pc毎に実際の脈波伝播速度PWVを得るために、先ず、急速排気弁52及び排気制御弁54を閉じ、第1開閉弁E1、第2開閉弁E2、及び第3開閉弁E3を開き、空気ポンプ50を作動させることにより、生体14の収縮期血圧値SAPよりも充分に高い圧、例えば180mmHgに予め設定された加圧上限値PCMとなるまで圧迫帯12の生体14に対する圧迫圧Pcを急速昇圧させる。
【0067】
次いで、圧迫圧制御部86は、排気制御弁54を所定の周期で所定の期間繰り返し開くことで、圧迫帯12の圧迫圧Pcが生体14の拡張期血圧値DAPよりも充分に低い圧、例えば40~60mmHg程度に予め設定された減圧下限値PCEに到達するまでの間で複数の一定のステップ圧P1、P2、P3、・・・Pxが2~5mmHg程度の予め設定された段差で順次維持されるように、予め設定された降圧速度で圧迫帯12の圧迫圧Pcを、圧迫帯12の圧迫圧Pcが予め設定された減圧下限値PCEよりも小さくなるまで、階段(ステップ)状に徐速降圧させる。このように制御された圧迫帯12の圧迫圧Pcは、上流側膨張袋22、中間膨張袋24、及び下流側膨張袋26は同じ圧迫圧Pcで生体14に対して圧迫するが、
図6では第4圧力センサにより検出された圧迫帯12の圧迫圧Pcが示されている。
【0068】
そして、圧迫圧制御部86は、後述の固有関係生成部94においてたとえば前述の拡張期血圧推定式(5)が生成された後は、血圧監視開始操作に応答して、生体14の拡張期血圧値を監視するために、圧迫圧Pcを好適には生体14の拡張期血圧値DAPよりも充分に低い圧、例えば20~60mmHgの範囲内において設定されたモニタ用維持圧PcHmに維持するように圧迫圧Pcを制御する。モニタ用維持圧PcHmは、圧迫帯12の圧迫圧Pcに含まれる脈波が確実に得られる範囲で、可及的に低い値に設定される。
【0069】
圧迫圧制御部86は、モニタ圧維持区間が終了させられると、急速排気弁52を用いて上流側膨張袋22、中間膨張袋24、及び下流側膨張袋26内の圧力をそれぞれ大気圧まで排圧する。
【0070】
脈波抽出部88は、圧迫圧Pcが維持される区間において、第1圧力センサT1からの上流側膨張袋22内の圧迫圧Pc1を示す出力信号、及び、第3圧力センサT3からの下流側膨張袋26内の圧迫圧Pc3を示す出力信号から、たとえば0.5Hz~20Hzの脈波弁別用バンドパスフィルタを通して一対の脈波MW1及び脈波MW3をそれぞれ抽出し、記憶させる。一対の脈波MW1及び脈波MW3は、圧迫圧Pcに重畳している脈拍に同期して発生する圧力振動波である。脈波抽出部88は、脈波MW1及び脈波MW3と、それらが発生したときの圧迫圧Pcとを互いに紐付けて記憶する。
【0071】
脈波伝播速度算出部90は、圧迫圧Pcが維持される状態において得られた一対の脈波MW1及び脈波MW3の立ち上がり点間あるいはピーク点間の時間差Δtと、上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26間の既知の距離L13とから、脈波の発生毎に脈波伝播速度PWV(=L13/Δt)を、予め設定された複数のステップ圧毎に逐次算出する。上記の予め設定された複数のステップ圧とは、圧迫帯12の圧迫圧Pcの降圧に伴って脈波抽出部88により抽出された脈波の振幅が最大値を示すステップ圧の圧力値(平均血圧相当値)に基づいて、その振幅最大値の所定割合の振幅を有するステップ圧から算出される圧力値(最低血圧相当値)から、連続する所定数(たとえば6つ)のステップ圧である。或いは、上記の予め設定された複数のステップ圧とは、圧迫帯12の圧迫圧Pcの降圧に伴って脈波抽出部88により抽出された脈波の振幅が最大値を示すステップ圧から、所定数(たとえば2つ)のステップ圧を経た後の連続する所定数(たとえば6つ)のステップ圧である。
【0072】
脈波伝播速度算出部90は、上記所定数のステップ圧毎に、圧迫圧Pcが維持される状態において得られた一対の脈波MW1及び脈波MW3の立ち上がり点間あるいはピーク点間の時間差Δtと上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26間の既知の距離L13とから脈波の発生毎に算出した脈波伝播速度PWV(=L13/Δt)と、その脈波が発生したときのステップ圧すなわち圧迫圧Pcとの1組のデータを、所定数のステップ毎に記憶する。
【0073】
なお、上記ステップ圧毎の圧迫圧Pcとして、ステップ内の複数の脈波の立ち上がり点に相当するカフ圧Pcの平均値が用いられてもよい。また、脈波伝播速度PWVとして、一対の脈波の立ち上がり点間の時間差を横軸とし、膨張袋間距離を縦軸とした二次元座標において、上流側膨張袋22を基準として、上流側膨張袋22及び中間膨張袋24間の既知の距離L12および脈波立ち上がり点の時間差Δt1と、上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26間の既知の距離L13および脈波立ち上がり点の時間差Δt3とを線形回帰し、回帰直線の傾きから求めた脈波伝播速度PWVが用いられてもよい。
【0074】
固有関係生成部94は、傾きα算出部96、切片β算出部98、拡張期血圧推定式設定部100を、備えている。
【0075】
傾きα算出部96は、ln(PWV2 )を表す軸と-Pcを表す軸との二次元座標において、前記所定数(たとえば6つ)のステップ圧毎に記憶された、脈波伝播速度PWV(=L13/Δt)の2乗値の対数ln(PWV2 )と、その脈波が発生したときのステップ圧すなわち圧迫圧Pcとの6組の実測データを示す6点の実測データポイントの線形回帰分析を行なうことで、線形回帰直線-Pcの式(3)の右辺第1項の係数値を、傾きαとして求める。
【0076】
切片β算出部98は、線形関係式(4)から傾きα算出部96により算出された傾きαに基づいて切片βを算出する。すなわち、傾きα算出部96により算出された傾きαを線形関係式(4)に代入することで、切片βを算出する。
【0077】
拡張期血圧推定式設定部100は、傾きα算出部96により算出された傾きα及び切片β算出部98により算出された切片βを、線形回帰直線式(2)から変換された式(5)に代入し、生体の固有関係を反映する拡張期血圧推定式(5)を設定し、記憶する。
【0078】
血圧推定部102は、たとえば
図6の時点t2からt11までの圧迫圧を増減させる区間において、或いはtm1以降のモニタ圧PcHmが維持されるモニタ区間において、血圧推定を実行する拡張期血圧推定部104を、備えている。拡張期血圧推定部104は、たとえば1脈拍周期乃至十数脈拍周期の所定の周期で実測した脈波伝播速度PWVおよび圧迫圧Pcを拡張期血圧推定式(5)に代入することで、拡張期血圧推定値DAPeを繰り返し算出する。算出された拡張期血圧値DAPeの移動平均値を算出してもよい。拡張期血圧推定部104は、算出された拡張期血圧推定値DAPeを表示装置78に時系列的に表示させる。
【0079】
血圧変動判定部108は、
図6の時点tm1以降のモニタ圧PcHmが維持されるモニタ区間において、脈波伝播速度PWVの変化が予め設定された変動判定範囲PWV1~PWVhから外れたことに基づいて、或いは、推定された拡張期血圧推定値DAPeの変化が予め設定された変動判定範囲DAPe1~DAPehから外れたことに基づいて生体の血圧変動の発生を判定するとともに、その生体の血圧変動の発生を表示装置78に表示させる。
【0080】
図16、
図17、
図18、
図19は、電子制御装置70の制御作動の要部を説明するフローチャートである。
図16は、拡張期血圧推定式を設定し、拡張期血圧を算出、推定するための実測データを採取する制御を示し、
図17は
図16の拡張期血圧推定式設定ルーチンを示し、
図18は
図16の拡張期血圧推定ルーチンを示し、
図19は血圧監視制御を示している。
【0081】
拡張期血圧推定式設定を開始する操作釦80がオン操作されると、圧迫圧制御部86に対応するステップ(以下、「ステップ」を省略する)S1では、圧迫帯12の圧迫圧Pcが昇圧される。具体的には、
図6に示すように、急速排気弁52および排気制御弁54が閉状態とされるとともに、空気ポンプ50が作動状態とされてその空気ポンプ50から圧送される圧縮空気により主配管56内及びそれに連通された上流側膨張袋22、中間膨張袋24、及び下流側膨張袋26内の圧力が急速に高められ、圧迫帯12による上腕16の圧迫が開始される。
【0082】
次いで、圧迫圧制御部86に対応するS2では、圧迫帯12の圧迫圧Pcを示す第4圧力センサT4の出力信号に基づいて、その圧迫圧Pcが生体の収縮期血圧以上の値に予め設定された昇圧目標圧力値PCM(例えば180mmHg)以上であるか否かが判定される。
図6の時間t2より前の時点では、上記S2の判定が否定されて
図16のS1以下が繰り返し実行される。
【0083】
圧迫圧Pcが昇圧目標圧力値PCMに到達してS2の判定が肯定されると、圧迫圧制御部86に対応するS3では、空気ポンプ50の作動が停止され、圧迫帯12の圧迫圧Pcが、例えば2~5mmHg/sec毎に予め設定された一定のステップ圧P1、P2、P3、・・・Pxのように一定の周期で順次形成されるステップ降圧で徐速排気するように、排気制御弁54、第1開閉弁E1、第2開閉弁E2及び第3開閉弁E3が作動させられる。上記ステップ圧P1、P2、P3、・・・Pxを保持する場合には第1開閉弁E1、第2開閉弁E2、及び第3開閉弁E3がそれぞれ閉状態とされる。
図6の時間t2は上記徐速排気の開始時点であり、また時間t3~t4の間は圧迫帯12の圧迫圧Pcがステップ圧P1に所定時間例えば2拍が発生する間維持されている時間である。
【0084】
次いで、脈波抽出部88に対応するS4では、圧迫圧P1、P2、及びP3、・・・Pxがそれぞれ所定時間維持されている区間で、脈波が抽出される。すなわち、第1圧力センサT1、第2圧力センサT2及び第3圧力センサT3からの出力信号に対して、たとえば0.5Hz~20Hz未満の波長帯の信号を弁別する脈波採取用バンドパスフィルタ処理がそれぞれ為されることにより上流側膨張袋22、中間膨張袋24及び下流側膨張袋26からの脈波を示す脈波信号MW1、MW2及びMW3が抽出されるとともに、第4圧力センサT4からの出力信号に対してたとえば数Hz未満の波長帯のローパスフィルタ処理が為されることにより交流成分が除去された圧迫帯12の圧迫圧Pcが抽出される。この圧迫圧Pcはそのときのステップ圧を表すものであり、上記脈波信号MW1、MW2及びMW3は、そのときの圧迫圧Pcと共に、ステップ毎に順次記憶される。各ステップにおいて、脈波信号MW1、MW2及びMW3は、それぞれ複数個記憶される。
【0085】
圧迫圧制御部86に対応するS5では、圧迫圧Pcが予め設定された測定終了圧力値PCE(例えば60mmHg)以下であるか否かが判定される。このS5の判定が否定される場合、すなわち
図6のt11より前の時点では、上記S5の判定が否定されてS3以下が繰り返し実行される。上記S5の判断が肯定されると、t11時点において、S6により急速排気が開始される。
【0086】
次いで、脈波伝播速度算出部90或いは脈波伝播速度測定工程に対応するS7では、圧迫帯12の圧迫圧Pcの降圧に伴って脈波抽出部88により抽出された脈波の振幅が最大値を示すステップ圧の圧力値(平均血圧相当値)に基づいて、その振幅最大値の所定割合の振幅を有するステップ圧から算出される圧力値(最低血圧相当値)から、連続する複数(たとえば6つ)のステップ圧において、或いは、圧迫帯12の圧迫圧Pcの降圧に伴って脈波抽出部88により抽出された脈波の振幅が最大値を示すステップ圧から、所定数(たとえば2つ)のステップを経た後の連続する複数(たとえば6つ)のステップ圧において、それぞれ得られた一対の脈波MW1及び脈波MW3の立ち上がり点間あるいはピーク点間の時間差Δtと、上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26間の既知の距離L13とから、脈波の発生毎に脈波伝播速度PWV(=L13/Δt)が、順次算出される。そして、それら脈波伝播速度PWVは2乗値の対数ln(PWV2)に変換され、その2乗値の対数ln(PWV2)と、そのときの脈波伝播速度PWVの算出に用いられた脈波の発生時の圧迫圧Pcとで1組の実測データ〔ln(PWV2)、Pc〕を構成し、所定数nのステップ毎に、各1組の実測データ〔ln(PWV12)、Pc1〕・・・・〔ln(PWVn2)、Pcn〕が記憶される。
【0087】
次に、固有関係生成部94或いは固有関係生成工程に対応するS8では、
図17に示す拡張期血圧推定式設定ルーチンが開始される。
図17において、傾きα算出部96或いは傾き算出工程に対応するS81では、複数組(本実施例では6組)の実測データ〔ln(PWV1
2)、Pc1〕・・・・〔ln(PWVn
2)、Pcn〕の回帰分析することで近似的に得た、線形回帰直線-Pcの式(3)の右辺第1項の係数値を、傾きαとして求められる。
【0088】
次いで、切片β算出部98或いは切片算出工程に対応するS82では、線形関係記憶部84に予め記憶された線形関係式(4)のxに、S81により算出された傾きαを代入することで、yすなわち切片βが算出される。
【0089】
拡張期血圧推定式設定部100或いは拡張期血圧推定式設定工程に対応するS83では、S81により算出された傾きα及びS82により算出された切片βとが、拡張期血圧推定式(5)に代入されることで、拡張期血圧DAPeと脈波伝播速度PWVおよびそれが得られたときの圧迫圧Pcとの間の、前記実測データを得た生体の固有の関係を反映する拡張期血圧推定式(5)が設定され、記憶される。
【0090】
そして、拡張期血圧推定部104或いは拡張期血圧推定工程に対応するS9では、
図18に示す拡張期血圧推定ルーチンが開始される。
図18において、S91では、n組の実測データ〔ln(PWV1
2)、Pc1〕・・・・〔ln(PWVn
2)、Pcn〕のうちの少なくとも1組の実測データが拡張期血圧推定式(5)に代入されることで、少なくとも1つの拡張期血圧DAPeが算出され、表示装置78に表示される。S92では、複数のステップ毎の複数組の実測データが拡張期血圧推定式(5)に代入されることで、複数個の拡張期血圧DAPeが算出された場合に、それらの平均値が拡張期血圧DAPeとして記憶され、表示装置78に表示される。
【0091】
図19は、拡張期血圧推定式(5)が設定された後に、血圧監視モード開始操作釦81の操作に応答して実行される血圧監視ルーチンを示している。
図20において、圧迫圧制御部86に対応するS31では、圧迫帯12の圧迫圧力Pcが拡張期血圧以下の圧、例えば20~60mmHgの範囲内となるように
予め設定された一定のモニタ用維持圧PcHmとなるように制御される。次いで、脈波抽出部88に対応するS32では、上流側膨張袋22から得られる圧迫圧力Pc1および下流側膨張袋26から得られる圧迫圧力Pc3の信号から脈波弁別用のバンドパスフィルタを通して、一対の脈波MW1及び脈波MW3が、それぞれ一拍毎に抽出され、順次記憶される。脈波伝播速度算出部90に対応するS33では、モニタ用維持圧PcHにおいて得られた一対の脈波MW1及び脈波MW3の立ち上がり点間あるいはピーク点間の時間差Δtと、上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26間の既知の距離L13とから、脈波の発生毎に脈波伝播速度PWV(=L13/Δt)が逐次算出される。
【0092】
次に、拡張期血圧推定部104および拡張期血圧推定工程に対応するS34では、S33において算出された脈波伝播速度PWVの2乗値の対数ln(PWV2)が算出され、モニタ用維持圧PcHmにおける1組の実測データ〔ln(PWV2)、PcHm〕が構成される。そして、その1組の実測データ〔ln(PWV2)、PcHm〕が拡張期血圧推定式(5)に代入されることで、拡張期血圧推定値DAPeが、脈波抽出周期毎に、或いはその脈波抽出周期の整数倍の周期で繰り返し算出される。そして、S35において、S34で算出された拡張期血圧推定値DAPeが記憶されると共に、表示装置78に出力される。
【0093】
次いで、S36において、S33で算出された脈波伝播速度PWVの変動幅が、予め設定された変動判定範囲PWVl~PWVhから外れたか否かに基づいて、或いは、S34で算出された拡張期血圧推定値DAPeの変動幅が、予め設定された変動判定範囲DAPel~DAPehから外れたか否かに基づいて、被測定者の血圧変動の発生が判定される。S36の判断が否定される場合は、S37をスキップし、S38以下が実行される。しかし、S36の判断が肯定される場合は、S37において、拡張期血圧推定値DAPeの変動の発生が表示装置78に出力される。
【0094】
次いで、S38において、血圧監視モード操作釦81が再操作されたか否かが判断される。このS38の判断が否定される場合は、S31以下が繰り返し実行されるが、肯定された場合は、S39において、圧迫帯12が急速排気され、血圧監視モードが終了させられる。
【0095】
上述のように、本実施例の血圧測定装置10によれば、拡張期血圧推定式(5)を導く線形回帰直線式(2)に含まれる切片βおよび傾きαは、(4)式に示すように相互に一定の線形関係にあって被測定者に影響されない。このため、被測定者の個々の生体的特徴に影響され難いので、拡張期血圧値DAPeを高精度で測定できる。また、脈波伝播速度PWVを用いる血圧推定を行う従来のもののように、被測定者毎にキャリブレーションを行なう必要がない利点がある。
【0096】
また、本実施例の血圧測定装置10によれば、動脈血管18の物理モデル式を示す予め設定された線形回帰直線式は、前記式(2)で表されるものである。その線形回帰直線式(2)は、貫壁圧が零であるときの血管断面積Aが零よりも大きく、貫壁圧の増加に伴って血管断面積Aが増加して飽和する、実際の血管の挙動を示す動脈血管18の物理モデル式(a1)と、Bramwell-Hillの式(a3)とに基づくので、拡張期血圧値DAPeを高精度で測定できる。
【0097】
また、本実施例の血圧測定装置10によれば、線形回帰直線式(2)からの変換式は、式(3)で表されるものである。その変換式(3)に基づけば、実測で得られた脈波伝播速度PWVの二乗の対数と圧迫圧Pcとを線形回帰分析することで、拡張期血圧DAPおよび切片βが未知であっても、傾きαを算出することができる。
【0098】
また、本実施例の血圧測定装置10によれば、線形関係は、式(4)で表されるものである。その線形関係(4)は、線形回帰直線式(2)に含まれる切片βおよび傾きαが、個々によらず相互に一定の線形関係にあることを示し、その関係は被測定者に影響されないため、被測定者の個々の生体的特徴に影響を受けないで、拡張期血圧値DAPeを高精度で測定できる。
【0099】
また、本実施例の血圧測定装置10によれば、拡張期血圧推定式は、式(5)で表されるものである。その拡張期血圧推定式(5)は、測定可能な圧迫圧Pcと脈波伝播速度PWVとの2つを変数とする式であるので、測定された2つの変数を代入することで、被測定者の拡張期血圧DAPeを推定することができる。
【0100】
また、本実施例の血圧測定装置10によれば、拡張期血圧推定部104は、拡張期血圧推定式(5)から、圧迫帯12による複数種類の圧迫圧(ステップ圧)毎に、実際の圧迫圧Pcおよび前記被圧迫部位の脈波伝播速度PWVに基づいて被測定者の拡張期血圧DAPeをそれぞれ推定し、それらステップ圧毎に得られた拡張期血圧DAPeの平均値を、拡張期血圧DAPeとして決定するものであるので、拡張期血圧値を一層高精度で測定できる。
【0101】
また、本実施例の血圧測定装置10によれば、拡張期血圧推定部104は、被測定者の拡張期血圧DAPよりも低く設定され圧迫帯12による複数の圧迫圧において得られた、実際の前記圧迫圧Pcおよび前記被圧迫部位の脈波伝播速度PWVに基づいて被測定者の拡張期血圧DAPeを推定するので、被測定者の圧迫帯12による圧迫の負担(ストレス)が軽減され、安定した血圧値が得られて血圧測定の精度が高められる。
【0102】
また、本実施例の血圧測定装置10によれば、動脈血管18に沿って相互に所定距離だけ離隔した2位置に配置された一対の脈波センサ(第1圧力センサT1、第3圧力センサT3)によりそれぞれ検出された一対の脈波MW1及び脈波MW3の立ち上がり点間あるいはピーク点間の時間差Δtと、上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26間の既知の距離L13とから、脈波の発生毎に脈波伝播速度PWV(=L13/Δt)が算出される。これにより、心電のR波の発生時点を基準として算出された脈波伝播速度を血圧推定に用いるものと比較して、R波の発生時点から心臓の駆出時点までの遅延時間(前駆出期間)の誤差がないので、高精度で拡張期血圧DAPeを推定できる。すなわち、純粋に動脈血管の特性のみを反映する脈波伝播速度PWVが計測されるので、心臓の状態にも左右される遅延時間(前駆出期間)の変動に影響されることがなく、測定の再現性が高い。
【0103】
また、本実施例の血圧測定装置10によれば、圧迫帯12による圧迫圧Pcを生体の拡張期血圧よりも低いモニタ圧PcHmに維持する圧迫圧制御部86と、モニタ圧PcHmが維持されている期間において測定された脈波伝播速度PWVが予め設定された変動判定値PWV1~PWVhから外れたことに基づいて血圧変動の発生を判定する血圧変動判定部108とを備え、拡張期血圧推定部104は、血圧変動判定部108により血圧変動の発生が判定されたときに、拡張期血圧推定式(5)から、実際の圧迫圧Pcおよび被圧迫部位の脈波伝播速度PWVに基づいて被測定者の拡張期血圧DAPeを推定する。これにより、被測定者に負担が少ない長時間の血圧監視を行なうことができる。
脈波抽出部88は、圧迫圧Pcが維持される第1維持区間、第2維持区間、第3維持区間において、第1圧力センサT1からの上流側膨張袋22内の圧迫圧Pc1を示す出力信号、及び、第3圧力センサT3からの下流側膨張袋26内の圧迫圧Pc3を示す出力信号から、たとえば0.5Hz~20Hzの脈波弁別用バンドパスフィルタを通して一対の脈波MW1及び脈波MW3をそれぞれ抽出し、記憶させる。
脈波伝播速度算出部90は、圧迫圧Pcが維持される3つの第1維持区間、第2維持区間、第3維持区間毎に、前述と同様に、圧迫圧Pcが維持される状態において得られた一対の脈波MW1及び脈波MW3の立ち上がり点間あるいはピーク点間の時間差Δtと上流側膨張袋22及び下流側膨張袋26間の既知の距離L13とから脈波の発生毎に算出した脈波伝播速度PWV(=L13/Δt)と、その脈波が発生したときのステップ圧すなわち圧迫圧Pcとの1組の実測データを、3つのステップ毎に算出し、合計3組の実測データを記憶する。3点の実測データポイントであれば、一応の線形回帰分析を行なうことが可能である。
切片β算出部98は、線形関係式(4)から傾きα算出部96により算出された傾きαに基づいて切片βを算出する。すなわち、傾きα算出部96により算出された傾きαを線形関係式(4)に代入することで、切片βを算出する。
拡張期血圧推定式設定部100は、傾きα算出部96により算出された傾きα及び切片β算出部98により算出された切片βを、拡張期血圧推定式(5)に代入し、生体の固有関係を反映する拡張期血圧推定式(5)を設定し、記憶する。
本実施例においても、前述の実施例1と同様に、拡張期血圧推定式(5)を導く線形回帰直線式(2)に含まれる切片βおよび傾きαは、(4)式に示すように相互に一定の線形関係にあって被測定者に影響されない。このため、被測定者の個々の生体的特徴に影響され難いので、拡張期血圧値DAPeを高精度で測定できる。また、脈波伝播速度PWVを用いる血圧推定を行う従来のもののように、キャリブレーションを行なう必要がない利点がある。