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特開2023-159049マンノース-6-リン酸の数を減少させた糖蛋白質
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023159049
(43)【公開日】2023-10-31
(54)【発明の名称】マンノース-6-リン酸の数を減少させた糖蛋白質
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/56 20060101AFI20231024BHJP
   C12N 9/24 20060101ALI20231024BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20231024BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20231024BHJP
   C07K 19/00 20060101ALI20231024BHJP
   C07K 16/28 20060101ALI20231024BHJP
   C12N 15/62 20060101ALI20231024BHJP
   C07K 14/47 20060101ALN20231024BHJP
【FI】
C12N15/56
C12N9/24 ZNA
C12N15/63 Z
C12N5/10
C07K19/00
C07K16/28
C12N15/62 Z
C07K14/47
【審査請求】未請求
【請求項の数】40
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023067566
(22)【出願日】2023-04-18
(31)【優先権主張番号】P 2022069114
(32)【優先日】2022-04-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000228545
【氏名又は名称】JCRファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100128897
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 佳希
(74)【代理人】
【識別番号】100225118
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 慧
(72)【発明者】
【氏名】柳坂 亮太
(72)【発明者】
【氏名】高橋 健一
【テーマコード(参考)】
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA44
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA09
4H045BA41
4H045DA76
4H045EA20
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】野生型においてM6Pを含むN-結合型糖鎖を有する糖蛋白質を,該糖蛋白質が本来含むべきM6Pを欠失又はその数を減少させた蛋白質(M6P低修飾型蛋白質)として製造する方法、当該M6P低修飾型蛋白質、及び当該M6P低修飾型蛋白質の利用法を提供すること。
【解決手段】野生型では1又は複数のマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖が結合する糖蛋白質において,該糖蛋白質のアミノ酸配列中に含まれる,Asn-Xaa-Yaa(Xaaはプロリン以外のアミノ酸を,Yaaはトレオニン又はセリンを示す)で示されるアミノ酸配列であって,該Asnに該N-結合型糖鎖が結合するものであるアミノ酸配列の少なくとも一つを,該N-結合型糖鎖の少なくとも一つが欠失するように変異させたものである,蛋白質。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
野生型では1又は複数のN-結合型糖鎖が結合し,該N-結合型糖鎖のそれぞれが1又は複数のマンノース-6-リン酸(M6P)を含むものであるヒトリソソーム酵素において,該M6Pの少なくとも一つを欠失させたヒトリソソーム酵素。
【請求項2】
該N-結合型糖鎖の少なくとも一つを欠失させた,請求項1に記載のヒトリソソーム酵素。
【請求項3】
該ヒトリソソーム酵素が,これに対応する野生型のヒトリソソーム酵素のアミノ酸配列に対して,該N-結合型糖鎖の少なくとも一つが欠失するような変異を有するものである,請求項1又は2に記載のヒトリソソーム酵素。
【請求項4】
該アミノ酸配列の変異が,該N-結合型糖鎖が結合するアスパラギン(Asn)を含む,Asn-Xaa-Yaa(Xaaはプロリン以外のアミノ酸を,Yaaはトレオニン又はセリンを示す)で示されるアミノ酸配列(コンセンサス配列)に対し,以下の(1-a)乃至(1-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなるものであり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,請求項3に記載のヒトリソソーム酵素:
(1-a)該Asnを欠失させるか,又は該Asnをアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(1-b)該Xaaで示されるアミノ酸をプロリンに置換させるもの;及び
(1-c)該Yaaで示されるアミノ酸をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
【請求項5】
ヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(hIDS)である,請求項1又は2に記載のヒトリソソーム酵素。
【請求項6】
配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の221位のアスパラギンから223位のトレオニンまでに対応するAsn221-Ile222-Thr223で示されるアミノ酸配列に対し,以下の(2-a)乃至(2-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,請求項5に記載のhIDS:
(2-a)該Asn221を欠失させるか,又は該Asn221をアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(2-b)該Ile222をプロリンに置換させるもの;及び
(2-c)該Thr223をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
【請求項7】
配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の221位のアスパラギンから223位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列に変異を加えることにより,該221位のアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,請求項5に記載のhIDS。
【請求項8】
配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の221位のアスパラギンから223位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(2’-a)乃至(2’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,請求項6に記載のhIDS:
(2’-a)1乃至10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(2’-b)1乃至10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(2’-c)上記の(2’-a)の置換と(2’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(2’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1乃至10個のアミノ酸を付加させたもの;
(2’-e)上記の(2’-a)の置換と(2’-d)の付加を組み合わせたもの;
(2’-f)上記の(2’-b)の欠失と(2’-d)の付加を組み合わせたもの;
(2’-g)上記の(2’-a)の置換と,(2’-b)の欠失と,及び(2’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(2’-h)80%以上の同一性を示すもの。
【請求項9】
配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の255位のアスパラギンから257位のセリンまでに対応するAsn255-Ile256-Ser257で示されるアミノ酸配列に対し,以下の(3-a)乃至(3-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,請求項5に記載のhIDS:
(3-a)該Asn255を欠失させるか,又はAsn以外のアミノ酸に置換させるもの;
(3-b)該Ile256をプロリンに置換させるもの;及び
(3-c)該Ser257をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
【請求項10】
配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の255位のアスパラギンから257位のセリンまでに対応するアミノ酸配列に変異を加えることにより,該255位のアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,請求項5に記載のhIDS。
【請求項11】
該hIDSが,配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の255位のアスパラギンから257位のセリンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(3’-a)乃至(3’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,請求項10に記載のhIDS:
(3’-a)1乃至10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(3’-b)1乃至10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(3’-c)上記の(3’-a)の置換と(3’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(3’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1乃至10個のアミノ酸を付加させたもの;
(3’-e)上記の(3’-a)の置換と(3’-d)の付加を組み合わせたもの;
(3’-f)上記の(3’-b)の欠失と(3’-d)の付加を組み合わせたもの;
(3’-g)上記の(3’-a)の置換と,(3’-b)の欠失と,及び(3’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(3’-h)80%以上の同一性を示すもの。
【請求項12】
以下の(4-a)乃至(4-e)から選択されるアミノ酸配列を有し,且つ新たなN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を有するものではない,請求項5に記載のhIDS:
(4-a)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の221位及び255位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号4で示されるhIDS変異体のアミノ酸配列に対し,当該221位及び255位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(4-b)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の221位及び255位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号4で示されるhIDS変異体のアミノ酸配列;
(4-c)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の223位のトレオニン及び257位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号5で示されるhIDS変異体のアミノ酸配列に対し,当該223位及び257位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(4-d)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の223位のトレオニン及び257位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号5で示されるhIDS変異体のアミノ酸配列;
(4-e)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列に対し,221位及び255位のアスパラギンがグルタミンに置換され,且つ223位のトレオニン及び257位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号6で示されるhIDS変異体のアミノ酸配列。
【請求項13】
ヒトα-L-イズロニダーゼ(hIDUA)である,請求項1又は2に記載のヒトリソソーム酵素。
【請求項14】
配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位のアスパラギンから313位のトレオニンまでに対応するAsn311-Thr312-Thr313で示されるアミノ酸配列に対し,以下の(5-a)乃至(5-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,請求項13に記載のhIDUA:
(5-a)該Asn311を欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(5-b)該Thr312をプロリンに置換させるもの;及び
(5-c)該Thr313をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
【請求項15】
配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位のアスパラギンから313位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列に変異を加えることにより,該311位のアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,請求項13に記載のhIDUA。
【請求項16】
配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位のアスパラギンから313位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(5’-a)乃至(5’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,請求項14に記載のhIDUA:
(5’-a)1乃至10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(5’-b)1乃至10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(5’-c)上記の(5’-a)の置換と(5’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(5’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1乃至10個のアミノ酸を付加させたもの;
(5’-e)上記の(5’-a)の置換と(5’-d)の付加を組み合わせたもの;
(5’-f)上記の(5’-b)の欠失と(5’-d)の付加を組み合わせたもの;
(5’-g)上記の(5’-a)の置換と,(5’-b)の欠失と,及び(5’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(5’-h)80%以上の同一性を示すもの。
【請求項17】
配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の426位のアスパラギンから428位のセリンまでに対応するAsn426-Arg427-Ser428で示されるアミノ酸配列に対し,以下の(6-a)乃至(6-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,請求項13に記載のhIDUA:
(6-a)該Asn426を欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(6-b)該Arg427をプロリンに置換させるもの;及び
(6-c)該Ser428をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
【請求項18】
配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の426位のアスパラギンから428位のセリンまでに対応するアミノ酸配列に変異を加えることにより,該426位のアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,請求項13に記載のhIDUA。
【請求項19】
配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の426位のアスパラギンから428位のセリンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(6’-a)乃至(6’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,請求項17に記載のhIDUA:
(6’-a)1乃至10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(6’-b)1乃至10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(6’-c)上記の(6’-a)の置換と(6’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(6’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1乃至10個のアミノ酸を付加させたもの;
(6’-e)上記の(6’-a)の置換と(6’-d)の付加を組み合わせたもの;
(6’-f)上記の(6’-b)の欠失と(6’-d)の付加を組み合わせたもの;
(6’-g)上記の(6’-a)の置換と,(6’-b)の欠失と,及び(6’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(6’-h)80%以上の同一性を示すもの。
【請求項20】
以下の(7-a)乃至(7-e)から選択されるアミノ酸配列を有し,且つ新たなN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を有するものではない,請求項13に記載のhIDUA:
(7-a)配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位及び426位のアスパラギンがともにグルタミンに置換された配列番号10で示されるhIDUA変異体のアミノ酸配列に対して,当該311位及び426位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(7-b)配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位及び426位のアスパラギンがともにグルタミンに置換された配列番号10で示されるhIDUA変異体のアミノ酸配列;
(7-c)配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の313位のトレオニン及び428位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号11で示されるhIDUA変異体のアミノ酸配列に対して,当該313位及び428位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(7-d)配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の313位のトレオニン及び428位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号11で示されるhIDUA変異体のアミノ酸配列;
(7-e)配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位及び426位のアスパラギンがともにグルタミンに置換され,且つ313位のトレオニン及び428位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号12で示されるhIDUA変異体のアミノ酸配列。
【請求項21】
ヒトヘパランN-スルファターゼ(hSGSH)である,請求項1又は2に記載のヒトリソソーム酵素。
【請求項22】
配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の244位のアスパラギンから246位のトレオニンまでに対応するAsn244-Asp245-Thr246で示されるアミノ酸配列に対し,以下の(8-a)乃至(8-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,請求項21に記載のhSGSH:
(8-a)該Asn244を欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(8-b)該Asp245をプロリンに置換させるもの;及び
(8-c)該Thr246をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
【請求項23】
配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の244位のアスパラギンから246位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列に変異を加えることにより,該244位のアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,請求項21に記載のhSGSH。
【請求項24】
配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の244位のアスパラギンから246位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(8’-a)乃至(8’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,請求項22に記載のhSGSH:
(8’-a)1乃至10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(8’-b)1乃至10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(8’-c)上記の(8’-a)の置換と(8’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(8’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1乃至10個のアミノ酸を付加させたもの;
(8’-e)上記の(8’-a)の置換と(8’-d)の付加を組み合わせたもの;
(8’-f)上記の(8’-b)の欠失と(8’-d)の付加を組み合わせたもの;
(8’-g)上記の(8’-a)の置換と,(8’-b)の欠失と,及び(2’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(8’-h)80%以上の同一性を示すもの。
【請求項25】
以下の(9-a)乃至(9-e)から選択されるアミノ酸配列を有し,且つ新たなN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を有するものではない,請求項21に記載のhSGSH:
(9-a)配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の244位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号16で示されるhSGSH変異体のアミノ酸配列に対して,当該244位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(9-b)配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の244位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号16で示されるhSGSH変異体のアミノ酸配列;
(9-c)配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の246位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号17で示されるhSGSH変異体のアミノ酸配列に対して,当該246位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(9-d)配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の246位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号17で示されるhSGSH変異体のアミノ酸配列;
(9-e)配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列に対し,244位のアスパラギンがグルタミンに置換され,且つ246位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号18で示されるhSGSH変異体のアミノ酸配列。
【請求項26】
ヒト酸性α-グルコシダーゼ(hGAA)である,請求項1又は2に記載のヒトリソソーム酵素。
【請求項27】
配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の,71位のアスパラギンから73位のセリンまでに対応するAsn71-Leu72-Ser73で示されるアミノ酸配列,164位のアスパラギンから166位のトレオニンまでに対応するAsn164-Thr165-Thr166で示されるアミノ酸配列,及び401位のアスパラギンから403位のトレオニンまでに対応するAsn401-Glu402-Thr403で示されるアミノ酸配列,の少なくとも一つに対し,以下の(10-a)乃至(10-i)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,請求項26に記載のhGAA:
(10-a)該Asn71を欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(10-b)該Leu72をプロリンに置換させるもの;
(10-c)該Ser73をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(10-d)該Asn164を欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(10-e)該Thr165をプロリンに置換させるもの;
(10-f)該Thr166トレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの
(10-g)該Asn401を欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(10-h)該Glu402をプロリンに置換させるもの;及び
(10-i)該Thr403をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
【請求項28】
配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の,71位のアスパラギンから73位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列,164位のアスパラギンから166位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列,及び401位のアスパラギンから403位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列,の少なくとも一つに対し変異を加えることにより,該71位,164位,又は401位のいずれかのアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,請求項26に記載のhGAA。
【請求項29】
配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の,71位のアスパラギンから73位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列,164位のアスパラギンから166位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列,及び401位のアスパラギンから403位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(10’-a)乃至(10’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,請求項27に記載のhGAA:
(10’-a)1乃至10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(10’-b)1乃至10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(10’-c)上記の(10’-a)の置換と(10’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(10’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1乃至10個のアミノ酸を付加させたもの;
(10’-e)上記の(10’-a)の置換と(10’-d)の付加を組み合わせたもの;
(10’-f)上記の(10’-b)の欠失と(10’-d)の付加を組み合わせたもの;
(10’-g)上記の(10’-a)の置換と,(10’-b)の欠失と,及び(10’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(10’-h)80%以上の同一性を示すもの。
【請求項30】
以下の(11-a)乃至(11-e)から選択されるアミノ酸配列を有し,且つ新たなN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を有するものではない,請求項26に記載のhGAA:
(11-a)配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の71位,164位及び401位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号22で示されるhGAA変異体のアミノ酸配列に対し,当該71位,164位及び401位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(11-b)配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の71位,164位及び401位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号22で示されるhGAA変異体のアミノ酸配列;
(11-c)配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の73位,166位及び403位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号23で示されるhGAA変異体のアミノ酸配列に対し,当該73位,166位及び403位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(11-d)配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の73位,166位及び403位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号23で示されるhGAA変異体のアミノ酸配列;
(11-e)配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列に対し,71位,164位及び401位のアスパラギンがグルタミンに置換され,且つ73位,166位及び403位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号24で示されるhGAA変異体のアミノ酸配列。
【請求項31】
請求項1又は2に記載の蛋白質をコードする遺伝子を含んでなる1種又は複数種の単離された核酸分子。
【請求項32】
請求項31に記載の核酸分子を含んでなる1種又は複数種の発現ベクター。
【請求項33】
請求項32に記載の発現ベクターで形質転換された1種又は複数種の哺乳動物細胞。
【請求項34】
請求項1又は2に記載のヒトリソソーム酵素と,筋細胞又は血管内皮細胞上に存在する蛋白質に対し親和性を有するリガンドとの融合蛋白質。
【請求項35】
該筋細胞又は血管内皮細胞上に存在する蛋白質が,インスリン受容体,トランスフェリン受容体,レプチン受容体,リポタンパク質受容体,及びIGF受容体からなる群から選択されるものである,請求項34に記載の融合蛋白質。
【請求項36】
該筋細胞又は血管内皮細胞上に存在する蛋白質に対し親和性を有するリガンドが,インスリン受容体,トランスフェリン受容体,レプチン受容体,リポタンパク質受容体,及びIGF受容体からなる群から選択されるものに対する抗体である,請求項34に記載の融合蛋白質。
【請求項37】
該抗体が,Fab抗体,F(ab’)抗体,F(ab’)抗体,単一ドメイン抗体,一本鎖抗体,又はFc抗体の何れかである,請求項36に記載の融合蛋白質。
【請求項38】
請求項34に記載の融合蛋白質をコードする遺伝子を含んでなる1種又は複数種の単離された核酸分子。
【請求項39】
請求項38に記載の核酸分子を含んでなる1種又は複数種の発現ベクター。
【請求項40】
請求項39に記載の発現ベクターで形質転換された1種又は複数種の哺乳動物細胞。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,一実施形態において,野生型ではマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖を有する糖蛋白質に対し,当該糖蛋白質の糖鎖に本来含まれるべきM6Pを欠失,又はその数を減少させた蛋白質(M6P低修飾型蛋白質)に関する。また別の実施形態において,M6P低修飾型蛋白質は,脳血管内皮細胞の表面に存在する受容体に対する抗体と結合させた融合蛋白質とすることにより,当該受容体との結合を介して血液脳関門(BBB)を通過させることができる。当該糖蛋白質又は融合蛋白質は,これを構成する糖蛋白質に相当する部分に本来含まれるべきM6Pを欠失又はその数が減少している。そのため,当該糖蛋白質又は融合蛋白質は,これを生体内に投与したときに,M6Pを発現する細胞の細胞内にM6P受容体を介して取り込まれることを抑制でき,それにより当該細胞の表面に存在する当該受容体の数が減少することを抑制することができる。
【背景技術】
【0002】
M6Pを含むN-結合型糖鎖を有する糖蛋白質の中には,細胞上に存在するM6P受容体(M6PR)を介して,細胞内に取り込まれるものがある。このようなM6Pを含むN-結合型糖鎖が付加される蛋白質には,例えばリソソーム酵素が挙げられる。リソソーム酵素は,動物細胞中の細胞小器官であるリソソームに含まれる複数の酸性加水分解酵素の総称であり,酵素の種類によって分解される基質が決まっている。このリソソーム酵素の何れかに遺伝的欠陥が生じると,酵素の不足又は欠損により,分解されるべき基質が細胞内に蓄積するリソソーム病(LSD)が引き起こされる。遺伝的に欠損するリソソーム酵素の種類に対応して,異なるリソソーム病が発症する。こうしたリソソーム病を有する患者に対しては,不足もしくは欠損している酵素を薬剤として体外から投与する酵素補充療法(ERT)が行われている。多くのリソソーム酵素は,それぞれ特定の箇所にM6Pを含む糖鎖構造を有しており,細胞表面やゴルジ体に存在するM6P受容体に結合することによりリソソームへと輸送される。M6Pは,リソソーム酵素がリソソームへと輸送されるための重要なリガンドであり,酵素補充療法におけるリソソームへのリソソーム酵素の輸送は,このM6P受容体を介した経路に依存している。従って,通常の酵素補充療法において用いられる組換え蛋白質として製造されるリソソーム酵素は,効率的にリソソームへと輸送されるものとするため,糖鎖にM6Pを含むものとして製造する必要がある。
【0003】
一方,こうした酵素補充療法において,患者に投与された酵素は,脳内の毛細血管内皮(脳血管内皮細胞)を介した血液と脳の組織液との間での高分子等の物質交換を制限する機構である血液脳関門(Blood-Brain Barrier,BBB)の存在により,毛細血管から脳へ移行し難い。従って,これら酵素を含む製剤の投与は,脳及び脊髄を含む神経系の細胞及び組織に対する障害に対しては効果が限定的である。例えば,α-L-イズロニダーゼの欠損に起因する遺伝性代謝疾患であるムコ多糖症I型(ハーラー症候群)に対しては,組換えα-L-イズロニダーゼを静脈内補充する酵素補充療法が,その治療法として行われているが,ハーラー症候群において認められる顕著な中枢神経系(CNS)の異常に対しては,酵素が血液脳関門を通過できないことから有効でない。そこで,血液脳関門を通して高分子物質を脳内に到達させる方法として,脳内毛細血管の内皮細胞上に存在する膜蛋白質と親和性を持つように高分子物質を修飾する方法が種々報告されている。脳内毛細血管の内皮細胞上に存在する膜蛋白質としては,インスリン,トランスフェリン,インスリン様成長因子(IGF-I,IGF-II),LDL,レプチン等の化合物に対する受容体が挙げられる。
【0004】
例えば,神経成長因子(NGF)をインスリンとの融合蛋白質の形で合成し,インスリン受容体との結合を介してこの融合蛋白質に血液脳関門を通過させる技術が報告されている(特許文献1~3)。また,神経成長因子(NGF)を抗インスリン受容体抗体との融合蛋白質の形で合成し,インスリン受容体との結合を介してこの融合蛋白質に血液脳関門を通過させる技術が報告されている(特許文献1及び4)。また,神経成長因子(NGF)をトランスフェリンとの融合蛋白質の形で合成し,トランスフェリン受容体(TfR)との結合を介してこの融合蛋白質に血液脳関門を通過させる技術が報告されている(特許文献5)。また,神経成長因子(NGF)を抗トランスフェリン受容体抗体(抗TfR抗体)との融合蛋白質の形で合成し,TfRとの結合を介してこの融合蛋白質に血液脳関門を通過させる技術が報告されている(特許文献1及び6)。
【0005】
M6P受容体を介して細胞内に取り込まれた物質は,リソソーム酵素に限らず,リソソームへと輸送される。多くの場合,リソソームに輸送された物質はリソソーム内で分解される。そこで,M6Pで修飾された抗体を用いて,当該抗体が特異的に認識する抗原を,M6P受容体を介して細胞に取り込ませてリソソームへと輸送して分解させる技術が報告されている(非特許文献1及び2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許5154924号公報
【特許文献2】特開2011-144178号公報
【特許文献3】米国特許2004/0101904号公報
【特許文献4】特表2006-511516号公報
【特許文献5】特開H06-228199号公報
【特許文献6】米国特許5977307号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Banik SM. et al., Nature. 584(7820). 291-297 (2020)
【非特許文献2】Pei J. et al., J Med Chem. 64(7). 3493-3507 (2021)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の一実施形態における目的は,野生型においてM6Pを含むN-結合型糖鎖を有する糖蛋白質を,該糖蛋白質が本来含むべきM6Pを欠失又はその数を減少させた蛋白質(M6P低修飾型蛋白質)として製造する方法,当該M6P低修飾型蛋白質,及び当該M6P低修飾型蛋白質の利用法を提供することである。また本発明の一実施形態における目的は,M6P低修飾型蛋白質を,細胞上に存在する蛋白質(但し,M6P受容体を除く,ここにおいて「標的蛋白質」という)に対するリガンドとの結合体又は融合蛋白質として製造する方法,当該融合蛋白質,及び当該融合蛋白質の利用法を提供することである。当該融合蛋白質は,これを生体に投与すると,標的蛋白質に結合した後に細胞内に取り込まれて生理活性を発揮する一方,細胞上に存在する標的蛋白質の数を大きく減少させることはない。但し,本発明の目的はこれらに限られず,本明細書の全体において開示されている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的に向けた研究において,本発明者らは,鋭意検討を重ねた結果,例えば,本明細書において詳述する,野生型において本来含まれるべきM6Pを欠失させるための変異を導入したヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(hIDS)を,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体(抗hTfR抗体)と結合させた融合蛋白質が,野生型のhIDSを抗hTfR抗体と結合させた融合蛋白質と比較して,これを添加してhTfRとM6PRとを発現する細胞を培養した場合に,当該細胞上に存在するhTfRの減少を防止することができ,且つ,元の野生型のhIDSが本来有する生理的活性を維持することを見出し,本発明を完成した。すなわち,本発明は以下を含むものである。
1.野生型では1又は複数のN-結合型糖鎖が結合し,該N-結合型糖鎖のそれぞれが1又は複数のマンノース-6-リン酸(M6P)を含むものである糖蛋白質において,該M6Pの少なくとも一つを欠失させた蛋白質。
2.該N-結合型糖鎖の少なくとも一つを欠失させた,上記1の蛋白質。
3.該糖蛋白質が,これに対応する野生型の糖蛋白質のアミノ酸配列に対して,該N-結合型糖鎖の少なくとも一つが欠失するような変異を有するものである,上記1又は2の蛋白質。
4.該アミノ酸配列の変異が,該N-結合型糖鎖が結合するアスパラギン(Asn)を含む,Asn-Xaa-Yaa(Xaaはプロリン以外のアミノ酸を,Yaaはトレオニン又はセリンを示す)で示されるアミノ酸配列(コンセンサス配列)に対し,以下の(1-a)乃至(1-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなるものであり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,上記3の蛋白質:
(1-a)該Asnを欠失させるか,又は該Asnをアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(1-b)該Xaaで示されるアミノ酸をプロリンに置換させるもの;及び
(1-c)該Yaaで示されるアミノ酸をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
5.該糖蛋白質のアミノ酸配列中に含まれる,Asn-Xaa-Yaa(Xaaはプロリン以外のアミノ酸を,Yaaはトレオニン又はセリンを示す)で示されるアミノ酸配列であって,該Asnに該N-結合型糖鎖が結合するものであるアミノ酸配列の少なくとも一つを,該N-結合型糖鎖の少なくとも一つが欠失するように変異させたものである,上記3の蛋白質。
6.該蛋白質が,リソソーム酵素である,上記1乃至5の何れかの蛋白質。
7.該リソソーム酵素が,イズロン酸-2-スルファターゼ,α-L-イズロニダーゼ,グルコセレブロシダーゼ,β-ガラクトシダーゼ,GM2活性化蛋白質,β-ヘキソサミニダーゼA,β-ヘキソサミニダーゼB,N-アセチルグルコサミン-1-フォスフォトランスフェラーゼ,α-マンノシダーゼ,β-マンノシダーゼ,ガラクトシルセラミダーゼ,サポシンC,アリールスルファターゼA,α-L-フコシダーゼ,アスパルチルグルコサミニダーゼ,α-N-アセチルガラクトサミニダーゼ,酸性スフィンゴミエリナーゼ,α-ガラクトシダーゼ A,β-グルクロニダーゼ,ヘパランN-スルファターゼ,α-N-アセチルグルコサミニダーゼ,アセチルCoAα-グルコサミニドN-アセチルトランスフェラーゼ,N-アセチルグルコサミン-6-硫酸スルファターゼ,酸性セラミダーゼ,アミロ-1,6-グルコシダーゼ,シアリダーゼ,パルミトイル蛋白質チオエステラーゼ-1,トリペプチジルペプチダーゼ-1,ヒアルロニダーゼ-1,酸性α-グルコシダーゼ,CLN1及びCLN2からなる群より選択されるものである,上記6の蛋白質。
8.該リソソーム酵素が,ヒトリソソーム酵素である,上記6又は7の蛋白質。
9・該ヒトリソソーム酵素が,ヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(hIDS)である,上記8の蛋白質。
10.該hIDSが,配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の221位のアスパラギンから223位のトレオニンまでに対応するAsn221-Ile222-Thr223で示されるアミノ酸配列に対し,以下の(2-a)乃至(2-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,上記9の蛋白質:
(2-a)該Asn221を欠失させるか,又は該Asn221をアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(2-b)該Ile222をプロリンに置換させるもの;及び
(2-c)該Thr223をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
11.該hIDSが,配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の221位のアスパラギンから223位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列に変異を加えることにより,該221位のアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,上記9の蛋白質。
12.該hIDSが,配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の221位のアスパラギンから223位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(2’-a)乃至(2’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,上記10又は11の蛋白質:
(2’-a)1乃至10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(2’-b)1乃至10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(2’-c)上記の(2’-a)の置換と(2’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(2’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1乃至10個のアミノ酸を付加させたもの;
(2’-e)上記の(2’-a)の置換と(2’-d)の付加を組み合わせたもの;
(2’-f)上記の(2’-b)の欠失と(2’-d)の付加を組み合わせたもの;
(2’-g)上記の(2’-a)の置換と,(2’-b)の欠失と,及び(2’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(2’-h)80%以上の同一性を示すもの。
13.該hIDSが,配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の255位のアスパラギンから257位のセリンまでに対応するAsn255-Ile256-Ser257で示されるアミノ酸配列に対し,以下の(3-a)乃至(3-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,上記9の蛋白質:
(3-a)該Asn255を欠失させるか,又はAsn以外のアミノ酸に置換させるもの;
(3-b)該Ile256をプロリンに置換させるもの;及び
(3-c)該Ser257をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
14.該hIDSが,配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の255位のアスパラギンから257位のセリンまでに対応するアミノ酸配列に変異を加えることにより,該255位のアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,上記9の蛋白質。
15.該hIDSが,配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の255位のアスパラギンから257位のセリンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(3’-a)乃至(3’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,上記13又は14の蛋白質:
(3’-a)1乃至10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(3’-b)1乃至10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(3’-c)上記の(3’-a)の置換と(3’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(3’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1乃至10個のアミノ酸を付加させたもの;
(3’-e)上記の(3’-a)の置換と(3’-d)の付加を組み合わせたもの;
(3’-f)上記の(3’-b)の欠失と(3’-d)の付加を組み合わせたもの;
(3’-g)上記の(3’-a)の置換と,(3’-b)の欠失と,及び(3’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(3’-h)80%以上の同一性を示すもの。
16.該hIDSが,以下の(4-a)乃至(4-e)から選択されるアミノ酸配列を有し,且つ新たなN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を有するものではない,上記9の蛋白質:
(4-a)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の221位及び255位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号4で示されるhIDS変異体のアミノ酸配列に対し,当該221位及び255位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(4-b)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の221位及び255位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号4で示されるhIDS変異体のアミノ酸配列;
(4-c)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の223位のトレオニン及び257位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号5で示されるhIDS変異体のアミノ酸配列に対し,当該223位及び257位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(4-d)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の223位のトレオニン及び257位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号5で示されるhIDS変異体のアミノ酸配列;
(4-e)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列に対し,221位及び255位のアスパラギンがグルタミンに置換され,且つ223位のトレオニン及び257位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号6で示されるhIDS変異体のアミノ酸配列。
17.野生型hIDSと比較して,20%以上の酵素活性を有するものである,上記9乃至16の何れかの蛋白質。
18.野生型hIDSと比較して,50%以上の酵素活性を有するものである,上記9乃至16の何れかの蛋白質。
19.該ヒトリソソーム酵素が,ヒトα-L-イズロニダーゼ(hIDUA)である,上記8の蛋白質。
20.該hIDUAが,配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位のアスパラギンから313位のトレオニンまでに対応するAsn311-Thr312-Thr313で示されるアミノ酸配列に対し,以下の(5-a)乃至(5-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,上記19の蛋白質:
(5-a)該Asn311を欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(5-b)該Thr312をプロリンに置換させるもの;及び
(5-c)該Thr313をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
21.該hIDUAが,配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位のアスパラギンから313位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列に変異を加えることにより,該311位のアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,上記19の蛋白質。
22.該hIDUAが,配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位のアスパラギンから313位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(5’-a)乃至(5’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,上記20又は21の蛋白質:
(5’-a)1乃至10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(5’-b)1乃至10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(5’-c)上記の(5’-a)の置換と(5’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(5’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1乃至10個のアミノ酸を付加させたもの;
(5’-e)上記の(5’-a)の置換と(5’-d)の付加を組み合わせたもの;
(5’-f)上記の(5’-b)の欠失と(5’-d)の付加を組み合わせたもの;
(5’-g)上記の(5’-a)の置換と,(5’-b)の欠失と,及び(5’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(5’-h)80%以上の同一性を示すもの。
23.該hIDUAが,配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の426位のアスパラギンから428位のセリンまでに対応するAsn426-Arg427-Ser428で示されるアミノ酸配列に対し,以下の(6-a)乃至(6-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,上記19の蛋白質:
(6-a)該Asn426を欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(6-b)該Arg427をプロリンに置換させるもの;及び
(6-c)該Ser428をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
24.該hIDUAが,配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の426位のアスパラギンから428位のセリンまでに対応するアミノ酸配列に変異を加えることにより,該426位のアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,上記19の蛋白質。
25.該hIDUAが,配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の426位のアスパラギンから428位のセリンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(6’-a)乃至(6’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,上記23又は24の蛋白質:
(6’-a)1乃至10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(6’-b)1乃至10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(6’-c)上記の(6’-a)の置換と(6’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(6’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1乃至10個のアミノ酸を付加させたもの;
(6’-e)上記の(6’-a)の置換と(6’-d)の付加を組み合わせたもの;
(6’-f)上記の(6’-b)の欠失と(6’-d)の付加を組み合わせたもの;
(6’-g)上記の(6’-a)の置換と,(6’-b)の欠失と,及び(6’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(6’-h)80%以上の同一性を示すもの。
26.該hIDUAが,以下の(7-a)乃至(7-e)から選択されるアミノ酸配列を有し,且つ新たなN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を有するものではない,上記19の蛋白質:
(7-a)配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位及び426位のアスパラギンがともにグルタミンに置換された配列番号10で示されるhIDUA変異体のアミノ酸配列に対して,当該311位及び426位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(7-b)配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位及び426位のアスパラギンがともにグルタミンに置換された配列番号10で示されるhIDUA変異体のアミノ酸配列;
(7-c)配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の313位のトレオニン及び428位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号11で示されるhIDUA変異体のアミノ酸配列に対して,当該313位及び428位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(7-d)配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の313位のトレオニン及び428位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号11で示されるhIDUA変異体のアミノ酸配列;
(7-e)配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位及び426位のアスパラギンがともにグルタミンに置換され,且つ313位のトレオニン及び428位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号12で示されるhIDUA変異体のアミノ酸配列。
27.野生型hIDUAと比較して,20%以上の酵素活性を有するものである,上記19乃至26の何れかの蛋白質。
28.野生型hIDUAと比較して,50%以上の酵素活性を有するものである,上記19乃至26の何れかの蛋白質。
29.該ヒトリソソーム酵素が,ヒトヘパランN-スルファターゼ(hSGSH)である,上記8の蛋白質。
30.該hSGSHが,配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の244位のアスパラギンから246位のトレオニンまでに対応するAsn244-Asp245-Thr246で示されるアミノ酸配列に対し,以下の(8-a)乃至(8-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,上記29の蛋白質:
(8-a)該Asn244を欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(8-b)該Asp245をプロリンに置換させるもの;及び
(8-c)該Thr246をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
31.該hSGSHが,配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の244位のアスパラギンから246位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列に変異を加えることにより,該244位のアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,上記29の蛋白質。
32.該hSGSHが,配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の244位のアスパラギンから246位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(8’-a)乃至(8’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,上記30又は31の蛋白質:
(8’-a)1乃至10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(8’-b)1乃至10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(8’-c)上記の(8’-a)の置換と(8’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(8’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1乃至10個のアミノ酸を付加させたもの;
(8’-e)上記の(8’-a)の置換と(8’-d)の付加を組み合わせたもの;
(8’-f)上記の(8’-b)の欠失と(8’-d)の付加を組み合わせたもの;
(8’-g)上記の(8’-a)の置換と,(8’-b)の欠失と,及び(2’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(8’-h)80%以上の同一性を示すもの。
33.該hSGSHが,以下の(9-a)乃至(9-e)から選択されるアミノ酸配列を有し,且つ新たなN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を有するものではない,上記29の蛋白質:
(9-a)配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の244位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号16で示されるhSGSH変異体のアミノ酸配列に対して,当該244位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(9-b)配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の244位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号16で示されるhSGSH変異体のアミノ酸配列;
(9-c)配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の246位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号17で示されるhSGSH変異体のアミノ酸配列に対して,当該246位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(9-d)配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の246位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号17で示されるhSGSH変異体のアミノ酸配列;
(9-e)配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列に対し,244位のアスパラギンがグルタミンに置換され,且つ246位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号18で示されるhSGSH変異体のアミノ酸配列。
34.野生型hSGSHと比較して,20%以上の酵素活性を有するものである,上記29乃至33の何れかの蛋白質。
35.野生型hSGSHと比較して,50%以上の酵素活性を有するものである,上記29乃至33の何れかの蛋白質。
36.該ヒトリソソーム酵素が,ヒト酸性α-グルコシダーゼ(hGAA)である,上記8の蛋白質。
37.該hGAAが,配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の,71位のアスパラギンから73位のセリンまでに対応するAsn71-Leu72-Ser73で示されるアミノ酸配列,164位のアスパラギンから166位のトレオニンまでに対応するAsn164-Thr165-Thr166で示されるアミノ酸配列,及び401位のアスパラギンから403位のトレオニンまでに対応するAsn401-Glu402-Thr403で示されるアミノ酸配列,の少なくとも一つに対し,以下の(10-a)乃至(10-i)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,上記36の蛋白質:
(10-a)該Asn71を欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(10-b)該Leu72をプロリンに置換させるもの;
(10-c)該Ser73をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(10-d)該Asn164を欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(10-e)該Thr165をプロリンに置換させるもの;
(10-f)該Thr166トレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの
(10-g)該Asn401を欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(10-h)該Glu402をプロリンに置換させるもの;及び
(10-i)該Thr403をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
38.該hGAAが,配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の,71位のアスパラギンから73位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列,164位のアスパラギンから166位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列,及び401位のアスパラギンから403位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列,の少なくとも一つに対し変異を加えることにより,該71位,164位,又は401位のいずれかのアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,上記36の蛋白質。
39.該hGAAが,配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の,71位のアスパラギンから73位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列,164位のアスパラギンから166位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列,及び401位のアスパラギンから403位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(10’-a)乃至(10’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,上記37又は38の蛋白質:
(10’-a)1乃至10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(10’-b)1乃至10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(10’-c)上記の(10’-a)の置換と(10’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(10’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1乃至10個のアミノ酸を付加させたもの;
(10’-e)上記の(10’-a)の置換と(10’-d)の付加を組み合わせたもの;
(10’-f)上記の(10’-b)の欠失と(10’-d)の付加を組み合わせたもの;
(10’-g)上記の(10’-a)の置換と,(10’-b)の欠失と,及び(10’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(10’-h)80%以上の同一性を示すもの。
40.該hGAAが,以下の(11-a)乃至(11-e)から選択されるアミノ酸配列を有し,且つ新たなN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を有するものではない,上記36の蛋白質:
(11-a)配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の71位,164位及び401位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号22で示されるhGAA変異体のアミノ酸配列に対し,当該71位,164位及び401位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(11-b)配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の71位,164位及び401位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号22で示されるhGAA変異体のアミノ酸配列;
(11-c)配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の73位,166位及び403位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号23で示されるhGAA変異体のアミノ酸配列に対し,当該73位,166位及び403位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(11-d)配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の73位,166位及び403位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号23で示されるhGAA変異体のアミノ酸配列;
(11-e)配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列に対し,71位,164位及び401位のアスパラギンがグルタミンに置換され,且つ73位,166位及び403位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号24で示されるhGAA変異体のアミノ酸配列。
41.野生型hGAAと比較して,20%以上の酵素活性を有するものである,上記36乃至40の何れかの蛋白質。
42.野生型hGAAと比較して,50%以上の酵素活性を有するものである,上記36乃至40の何れかの蛋白質。
43.上記1乃至42の何れかの蛋白質をコードする遺伝子を含んでなる1種又は複数種の核酸分子。
44.上記43の核酸分子を含んでなる1種又は複数種の発現ベクター。
45.上記44の発現ベクターで形質転換された1種又は複数種の哺乳動物細胞。
46.上記45の哺乳動物細胞を無血清培地で培養するステップを含む,蛋白質の製造方法。
47.上記1乃至42の何れかの蛋白質と,血管内皮細胞上に存在する蛋白質に対し親和性を有するリガンドとの融合蛋白質。
48.該血管内皮細胞上に存在する蛋白質が,インスリン受容体,トランスフェリン受容体,レプチン受容体,リポタンパク質受容体,及びIGF受容体からなる群から選択されるものである,上記47の融合蛋白質。
49.該血管内皮細胞上に存在する蛋白質に対し親和性を有するリガンドが,抗体である,上記47又は48の融合蛋白質。
50.該抗体が,インスリン受容体,トランスフェリン受容体,レプチン受容体,リポタンパク質受容体,及びIGF受容体からなる群から選択されるものに対する抗体である,上記49の融合蛋白質。
51.該抗体が,Fab抗体,F(ab’)抗体,F(ab’)抗体,単一ドメイン抗体,一本鎖抗体,又はFc抗体の何れかである,上記49又は50の融合蛋白質。
52.該上記1乃至42の何れかの蛋白質が,該抗体の軽鎖のC末端側若しくはN末端側の何れかに直接又はリンカーを介して結合しているものである,上記49乃至51の何れかの融合蛋白質。
53.該上記1乃至42の何れかの蛋白質が,該抗体の重鎖のC末端側若しくはN末端側の何れかに直接又はリンカーを介して結合しているものである,上記49乃至51の何れかの融合蛋白質。
54.該上記1乃至42の何れかの蛋白質が,該抗体の軽鎖のC末端側若しくはN末端側の何れか,又は重鎖のC末端側若しくはN末端側の何れかに,リンカーを介して結合しているものである,上記49乃至53の何れかの融合蛋白質。
55.該リンカーが,1乃至50個のアミノ酸残基からなるものである,上記54の融合蛋白質。
56.該リンカーが,1個のグリシン,1個のセリン,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Ser-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly,配列番号25のアミノ酸配列,配列番号26のアミノ酸配列,配列番号27のアミノ酸配列,及びこれらのアミノ酸配列が1乃至10個連続してなるアミノ酸配列からなる群より選ばれるアミノ酸配列を含んでなるものである,上記55の融合蛋白質。
57.該リガンドが,インスリン,トランスフェリン,レプチン,リポタンパク質,IGF―I,及びIGF-IIからなる群から選択されるものである,上記47乃至56の何れかの融合蛋白質。
58.該細胞が,筋細胞又は脳血管内皮細胞である,上記47乃至57の何れかの融合蛋白質。
59.上記47乃至58の何れかの融合蛋白質をコードする遺伝子を含んでなる1種又は複数種の核酸分子。
60.上記59の核酸分子を含んでなる1種又は複数種の発現ベクター。
61.上記60の発現ベクターで形質転換された1種又は複数種の哺乳動物細胞。
62.上記61の哺乳動物細胞を無血清培地で培養するステップを含む,融合蛋白質の製造方法。
63.野生型でマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖を有する蛋白質と,脳血管内皮細胞上の受容体に対する抗体との融合蛋白質を,生体に投与した場合に生じる該脳血管内皮細胞上の受容体の減少を,当該融合蛋白質に代えて,上記47乃至58の何れかの融合蛋白質を投与することにより防止する方法。
64.上記47乃至58の何れかの融合蛋白質を有効成分として含有してなる,医薬組成物。
【発明の効果】
【0010】
細胞上に存在する蛋白質(但し,M6P受容体を除く,以下「標的蛋白質」という)に親和性を有するリガンドとM6Pを含む糖蛋白質との融合蛋白質を生体に投与した場合,投与後に標的蛋白質が減少する傾向が認められる。本発明の一実施形態によれば,該融合蛋白質をM6P低修飾型蛋白質とすることにより,これを生体に投与したときの標的蛋白質の減少を抑制できる。標的蛋白質の減少は副作用をもたらすおそれがある。例えば,標的蛋白質がインスリン受容体である場合,インスリン受容体の減少はインスリン感受性の低下を,標的蛋白質がトランスフェリン受容体である場合,トランスフェリン受容体の減少は細胞内への鉄の取り込の阻害を引き起こすおそれがある。M6P低修飾型蛋白質を用いることにより,元となる融合蛋白質を投与した場合に引き起こされるおそれのある,これらの現象の程度を軽減し得る。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】pCI MCS-modifiedベクター(プラスミド)の構造を示す模式図
図2】Dual(+)pCI-neoベクター(プラスミド)の構造を示す模式図
図3】Dual(+)pCI-neo(Fab-IDS(WT))ベクター(プラスミド)の構造を示す模式図
図4】Dual(+)pCI-neo(Fab-IDS(m1))ベクター(プラスミド)の構造を示す模式図
図5】Dual(+)pCI-neo(Fab-IDS(m2))ベクター(プラスミド)の構造を示す模式図
図6】各Fab-IDSを細胞に作用させたときの細胞膜上のhTfR発現量の測定結果を示す図(実施例8)。横軸は蛍光強度(自由単位)を,縦軸は蛍光強度ごとの細胞数を,それぞれ示す。Blankは緩衝液を,Fab-IDS(WT)はFab-IDS(WT)を,Fab-IDS(m1)はFab-IDS(m1)を,Fab-IDS(m2)はFab-IDS(m2)を,それぞれ細胞に作用させたときの測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
蛋白質の生合成において,mRNAの情報に基づいて翻訳された蛋白質は,蛋白質の特定のアミノ酸側鎖に対して酢酸,リン酸,脂質,炭水化物等の官能基が結合する場合があり,これを翻訳後修飾という。翻訳後修飾には,糖鎖付加(グリコシル化)が含まれる。糖鎖付加において付加される糖鎖には,アスパラギン残基の側鎖に結合するN-結合型糖鎖と,セリン又はトレオニン残基の側鎖に結合するO-結合型糖鎖が存在する。付加する糖の種類には,単糖類,二糖類,多糖類等がある。単糖類としてはグルコース,マンノース,ガラクトース,NアセチルDグルコサミン,NアセチルDガラクトサミン,キシロース,シアル酸,グルクロン酸,イズロン酸,及びフコースが挙げられ,二糖類としてはマルトース,トレハロース,及びラクトースが挙げられ,多糖類としてはアミロース,グリコーゲン,セルロース,キチンが挙げられる。これらの糖鎖を構成する糖は,生体内でリン酸化,メチル化,アセチル化等の化学修飾がされている場合がある。マンノース-6-リン酸(M6P)は,このような化学修飾された糖の一つである。
【0013】
本発明の一実施形態は,1分子中に含まれるマンノース-6-リン酸の数を減少させたN-結合型糖鎖を有する糖蛋白質に関するものである。又,他の一実施形態においては,1分子中に含まれるN-結合型糖鎖の数を減少させた糖蛋白質に関するものである。
【0014】
本明細書において,「蛋白質のアミノ酸配列に変異を加える」というときは,野生型の当該蛋白質のアミノ酸配列に対し,1個又は複数個のアミノ酸残基を,置換,欠失,及び/又は付加(本明細書において,アミノ酸残基の「付加」は,配列の末端又は内部に残基を追加することを意味する。)させることをいい,そのような変異が加えられた蛋白質を「変異型蛋白質」という。
【0015】
アミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換する場合,置換するアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。アミノ酸残基を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基を欠失させる場合,N末端のアミノ酸残基を欠失させてもよく,その場合の欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基を欠失させる場合,C末端のアミノ酸残基を欠失させてもよく,その場合の欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,これらアミノ酸残基の置換と欠失を組み合わせてもよい。
【0016】
蛋白質のアミノ酸配列に対し,アミノ酸残基を付加する場合,アミノ酸残基は蛋白質のアミノ酸配列中に又は当該アミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に,1個又は複数個のアミノ酸残基が付加される。このとき付加されるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基の付加と置換を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加と欠失を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加,置換及び欠失を組み合わせてもよい。
【0017】
これらアミノ酸の置換及び欠失,及び付加の3種類の変異のうち,少なくとも2種類の変異を組み合わせて導入した変異型蛋白質としては,以下に示す(i)~(iv)があるがこれらに限られるものではない:
(i)蛋白質のアミノ酸配列に対し,0~10個のアミノ酸残基の欠失と,0~10個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~10個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型蛋白質と完全同一のアミノ酸配列は除く);
(ii)蛋白質のアミノ酸配列に対し,0~5個のアミノ酸残基の欠失と,0~5個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~5個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型蛋白質と完全同一のアミノ酸配列は除く);
(iii)蛋白質のアミノ酸配列に対し,0~3個のアミノ酸残基の欠失と,0~3個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~3個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型蛋白質と完全同一のアミノ酸配列は除く);
(iv)蛋白質のアミノ酸配列に対し,0~2個のアミノ酸残基の欠失と,0~2個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~2個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型蛋白質と完全同一のアミノ酸配列は除く)。
【0018】
上記の野生型又は変異型の蛋白質であって,これを構成するアミノ酸が糖鎖により修飾されたものも元の蛋白質に含まれる。また,上記の野生型又は変異型の蛋白質であって,これを構成するアミノ酸がリン酸により修飾されたものも元の蛋白質に含まれる。また,糖鎖及びリン酸以外のものにより修飾されたものも元の蛋白質に含まれる。また,上記の野生型又は変異型の蛋白質であって,これを構成するアミノ酸の側鎖が,置換反応等により変換したものも元の蛋白質に含まれる。かかる変換としては,システイン残基のホルミルグリシンへの変換があるが,これに限られるものではない。
【0019】
つまり,糖鎖により修飾された蛋白質は,当該修飾される前のアミノ酸配列を有する蛋白質に含まれるものとする。また,リン酸により修飾された蛋白質は,リン酸により修飾される前の元のアミノ酸配列を有する蛋白質に含まれるものとする。また,糖鎖及びリン酸以外のものにより修飾されたものも,当該修飾される前の元のアミノ酸配列を有する蛋白質に含まれるものとする。また,蛋白質を構成するアミノ酸の側鎖が,置換反応等により変換したものも,当該変換される前の元のアミノ酸配列を有する蛋白質に含まれるものとする。かかる変換としては,システイン残基のホルミルグリシンへの変換があるが,これに限られるものではない。
【0020】
本発明において,「変異型蛋白質」の語は,通常の野生型蛋白質のアミノ酸配列に対し,1個又は複数個のアミノ酸残基が,置換,欠失,及び/又は付加(本明細書において,アミノ酸残基の「付加」は,配列の末端又は内部に残基を追加することを意味する。)されたものであり,且つ,元の野生型蛋白質としての機能を完全に喪失したものでないものである。ただし,本明細書において単に「蛋白質」というときは,特に野生型の蛋白質などと明記して区別しない限り,変異型蛋白質も,もとの蛋白質に含まれるものとする。本発明において好ましい変異型蛋白質は,野生型の蛋白質のアミノ酸配列に対し,1個又は複数個のアミノ酸残基が,他のアミノ酸残基へ置換され,欠失し,或いは付加されたアミノ酸配列であるものを含む。当該アミノ酸配列中のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換する場合,置換するアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又2個である。アミノ酸残基を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,変異型蛋白質は,これらアミノ酸残基の置換と欠失を組み合わせたものであってもよい。
【0021】
野生型蛋白質のアミノ酸配列に対し,アミノ酸残基を付加する場合,アミノ酸残基は野生型蛋白質のアミノ酸配列中に又は当該アミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に,1個又は複数個のアミノ酸残基が付加される。このとき付加されるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基の付加と置換を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加と欠失を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加,置換及び欠失を組み合わせてもよい。即ち,変異型蛋白質は,野生型蛋白質のアミノ酸配列に対し,アミノ酸の置換及び欠失,及び付加の3種類の変異のうち,少なくとも2種類の変異を組み合わせて導入したものであってもよい。
【0022】
これらアミノ酸の置換及び欠失,及び付加の3種類の変異のうち,少なくとも2種類の変異を組み合わせて導入した変異型蛋白質としては,以下に示す(i)~(iv)があるがこれらに限られるものではない:
(i)野生型蛋白質のアミノ酸配列に対し,0~10個のアミノ酸残基の欠失と,0~10個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~10個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型蛋白質と完全同一のアミノ酸配列は除く);
(ii)野生型蛋白質のアミノ酸配列に対し,0~5個のアミノ酸残基の欠失と,0~5個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~5個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型蛋白質と完全同一のアミノ酸配列は除く);
(iii)野生型蛋白質のアミノ酸配列に対し,0~3個のアミノ酸残基の欠失と,0~3個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~3個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型蛋白質と完全同一のアミノ酸配列は除く);
(iv)野生型蛋白質のアミノ酸配列に対し,0~2個のアミノ酸残基の欠失と,0~2個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~2個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型蛋白質と完全同一のアミノ酸配列は除く)。
【0023】
変異型蛋白質における通常の野生型蛋白質と比較したときの各変異の位置及びその形式(欠失,置換,及び付加)は,両蛋白質のアミノ酸配列のアラインメントにより,容易に確認することができる。
【0024】
変異型蛋白質のアミノ酸配列は,通常の野生型蛋白質のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の同一性を示し,85%以上の同一性を示し,90%以上の同一性を示し,又は,95%以上の同一性を示し,例えば,98%以上,又は99%の同一性を示すものである。
【0025】
野生型蛋白質のアミノ酸配列と変異型蛋白質のアミノ酸配列との同一性は,周知の相同性計算アルゴリズムを用いて容易に算出することができる。例えば,そのようなアルゴリズムとして,BLAST(Altschul SF. J Mol. Biol. 215. 403-10, (1990)),Pearson及びLipmanの類似性検索法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 85. 2444 (1988)),Smith及びWatermanの局所相同性アルゴリズム(Adv. Appl. Math. 2. 482-9(1981))がある。
【0026】
野生型蛋白質又は変異型蛋白質のアミノ酸配列中のアミノ酸の他のアミノ酸への置換は,例えば,アミノ酸のそれらの側鎖及び化学的性質で関連性のあるアミノ酸ファミリー内で起こるものである。このようなアミノ酸ファミリー内での置換は,元の蛋白質の機能に大きな変化をもたらさない(即ち,保存的アミノ酸置換である)ことが予測される。かかるアミノ酸ファミリーとしては,例えば以下の(1)~(12)で示されるものがある:
(1)酸性アミノ酸であるアスパラギン酸とグルタミン酸,
(2)塩基性アミノ酸であるヒスチジン,リシン,及びアルギニン,
(3)芳香族アミン酸であるフェニルアラニン,チロシン,及びトリプトファン,
(4)水酸基を有するアミノ酸(ヒドロキシアミノ酸)であるセリンとトレオニン,
(5)疎水性アミノ酸であるメチオニン,アラニン,バリン,ロイシン,及びイソロイシン,
(6)中性の親水性アミノ酸であるシステイン,セリン,トレオニン,アスパラギン,及びグルタミン,
(7)ペプチド鎖の配向に影響するアミノ酸であるグリシンとプロリン,
(8)アミド型アミノ酸(極性アミノ酸)であるアスパラギンとグルタミン,
(9)脂肪族アミノ酸である,アラニン,ロイシン,イソロイシン,及びバリン,
(10)側鎖の小さいアミノ酸であるアラニン,グリシン,セリン,及びトレオニン,
(11)側鎖の特に小さいアミノ酸であるアラニンとグリシン,
(12)分岐鎖を有するアミノ酸であるバリン,ロイシン,及びイソロイシン。
【0027】
蛋白質の翻訳後修飾において,当該蛋白質のアミノ酸配列中に含まれるアスパラギン残基の側鎖であるアミド部分に,N-アセチルグルコサミンがβ結合し,そこからマンノース,ガラクトース,シアル酸等の糖が伸長した結果,糖鎖を構成する場合がある。このような,蛋白質のアミノ酸配列中のアスパラギン残基に付加する糖鎖をN-結合型糖鎖という。蛋白質のアミノ酸配列中,全てのアスパラギン残基にN-結合型糖鎖が付加するのではなく,N-結合型糖鎖の結合部位は,蛋白質のアミノ酸配列中,連続した三つのアミノ酸残基からなる配列であって,N末端側から,アスパラギン残基,プロリン以外のアミノ酸残基,及びトレオニン残基もしくはセリン残基の順に並んだ配列,すなわち[Asn-Xaa-Thr/Ser](XaaはProを除くアミノ酸)で表される配列(コンセンサス配列)に含まれるアスパラギン残基に限られる。ただし,蛋白質のアミノ酸配列中,全てのコンセンサス配列に含まれるアスパラギン残基にN-結合型糖鎖が付加するとは限らないが,蛋白質のアミノ酸配列中,全てのコンセンサス配列に含まれるアスパラギン残基にN-結合型糖鎖が付加する場合もある。
【0028】
「コンセンサス配列」とは,本来,複数の異なる生物間で遺伝子の塩基配列や蛋白質のアミノ酸配列に共通して見られ同一又は類似の作用を持つ配列をいうが,本明細書において,「コンセンサス配列」とは,上記した,蛋白質のアミノ酸配列中におけるN-結合型糖鎖の付加サイトである[Asn-Xaa-Thr/Ser](XaaはProを除くアミノ酸)で表される3つの連続したアミノ酸残基からなる配列のみを指すものとする。ただし,蛋白質のアミノ酸配列中に存在する[Asn-Xaa-Thr/Ser](XaaはProを除くアミノ酸)で表される配列の全てをコンセンサス配列と呼ぶものとし,実際に糖鎖が付加されるかどうか,及び付加されているかどうかは考慮しない。本明細書において,コンセンサス配列は「Asn-Xaa-Yaa(Xaaはプロリン以外のアミノ酸を,Yaaはトレオニン又はセリンを示す)」とも表記する。
【0029】
本明細書において,「コンセンサス配列を改変する」というときは,蛋白質のアミノ酸配列中の[Asn-Xaa-Thr/Ser](XaaはProを除くアミノ酸)で表される配列を構成する三つのアミノ酸残基に対し変異を加えることにより,コンセンサス配列を含まない配列にすることをいう。コンセンサス配列を改変するための変異としては,以下の(a)~(e)がある。すなわち,コンセンサス配列中の,
(a)Asnが欠失又はAsn以外のアミノ酸に置換されたもの,
(b)AsnとXaaの間にAsn以外のアミノ酸が付加されたもの,
(c)Xaaが欠失又はProに置換されたもの,
(d)XaaとThr/Serの間にThr及びSer以外のアミノ酸が付加されたもの,又は,
(e)Thr/Serが欠失又はThr及びSer以外のアミノ酸に置換されたもの。
【0030】
ただし,コンセンサス配列を改変する際,当該改変しようとするコンセンサス配列中のXaaで示されるアミノ酸残基(Pro以外のアミノ酸残基)がトレオニン残基又はセリン残基である場合,すなわち当該コンセンサス配列が[Asn-Thr/Ser-Thr/Ser]で表される配列である場合には,例えば,上記(b)の変異においてAsnとXaaの間にAsn及びPro以外のアミノ酸を付加した場合には,当該変異後であってもコンセンサス配列が存在することになる。従って,コンセンサス配列中のXaaで示されるアミノ酸残基(Pro以外のアミノ酸残基)がトレオニン残基又はセリン残基である場合にあっては,コンセンサス配列を改変することによりコンセンサス配列を含まない配列にするための変異としては,以下の(f)~(j)がある。すなわち,コンセンサス配列中の,
(f)Asnが欠失又はAsn以外のアミノ酸に置換されたもの,
(g)AsnとXaaの間にProが付加されたもの,
(h)Xaaが欠失又はProに置換されたもの,
(i)XaaとThr/Serの間にThr及びSer以外のアミノ酸が付加されたもの,又は,
(j)Thr/Serが欠失又はThr及びSer以外のアミノ酸に置換されたもの。
【0031】
上記(a)~(j)の変異をコンセンサス配列に導入することにより,当該コンセンサス配列のN末端側又は/及びC末端側の配列との関係で,新たなコンセンサス配列が生じる可能性がある。かかる新たなコンセンサス配列,すなわち新たにAsn-Xaa-Yaa(Xaaはプロリン以外のアミノ酸を,Yaaはトレオニン又はセリンを示す)で示されるアミノ酸配列を生じさせる変異は,上記(a)~(j)の変異から除かれる。
【0032】
例えば,上記の場合とは別に,コンセンサス配列を改変する際,当該改変しようとするコンセンサス配列のC末端側に続くアミノ酸残基がトレオニン残基又はセリン残基である場合,すなわち当該コンセンサス配列及びこれのC末端側に連続するアミノ酸残基の計4つのアミノ酸残基からなる配列が[Asn-Xaa-Thr/Ser-Thr/Ser](XaaはProを除くアミノ酸)で表される配列である場合には,例えば,上記(d)の変異においてXaaとThr/Serの間にAsnを付加した場合や,上記(e)の変異においてThr/Serを欠失させた場合には,当該変異後であってもコンセンサス配列が存在することになる。従って,コンセンサス配列のC末端側に続くアミノ酸残基がトレオニン残基又はセリン残基である場合にあっては,コンセンサス配列を改変することによりコンセンサス配列を含まない配列にするための変異としては,例えば以下の(k)~(o)がある。すなわち,コンセンサス配列中の,
(k)Asnが欠失又はAsn以外のアミノ酸に置換されたもの,
(l)AsnとXaaの間にAsn以外のアミノ酸が付加されたもの,
(m)XaaがProに置換されたもの,
(n)XaaとThr/Serの間にThr,Ser,及びAsn以外のアミノ酸が付加されたもの,又は,
(o)Thr/SerがThr及びSer以外のアミノ酸に置換されたもの。
【0033】
更に例えば,コンセンサス配列を改変する際,当該改変しようとするコンセンサス配列中のXaaで示されるアミノ酸残基(Pro以外のアミノ酸残基)がトレオニン残基又はセリン残基であり,かつ,当該コンセンサス配列のC末端側に続くアミノ酸残基がトレオニン残基又はセリン残基である場合,すなわち当該コンセンサス配列及びこれのC末端側に連続するアミノ酸残基の計4つのアミノ酸残基からなる配列が[Asn-Thr/Ser-Thr/Ser-Thr/Ser]で表される配列である場合には,例えば,上記(b)の変異においてAsnとXaaの間にAsn及びPro以外のアミノ酸を付加した場合や,上記(d)の変異においてXaaとThr/Serの間にAsnを付加した場合,又は上記(e)の変異においてThr/Serを欠失させた場合には,当該変異後であってもコンセンサス配列が存在することになる。従って,コンセンサス配列中のXaaで示されるアミノ酸残基(Pro以外のアミノ酸残基)がトレオニン残基又はセリン残基であり,かつ,当該コンセンサス配列のC末端側に続くアミノ酸残基がトレオニン残基又はセリン残基である場合にあっては,コンセンサス配列を改変することによりコンセンサス配列を含まない配列にするための変異としては,例えば以下の(p)~(t)がある。すなわち,コンセンサス配列中の,
(p)Asnが欠失又はAsn以外のアミノ酸に置換されたもの,
(q)AsnとXaaの間にProが付加されたもの,
(r)XaaがProに置換されたもの,
(s)XaaとThr/Serの間にThr,Ser,及びAsn以外のアミノ酸が付加されたもの,又は,
(t)Thr/SerがThr及びSer以外のアミノ酸に置換されたもの。
【0034】
更に例えば,コンセンサス配列を改変する際,当該改変しようとするコンセンサス配列中のXaaで示されるアミノ酸残基(Pro以外のアミノ酸残基)がトレオニン残基又はセリン残基であり,かつ,当該コンセンサス配列のN末端側に続くアミノ酸残基がアスパラギン残基である場合,すなわち当該コンセンサス配列及びこれのC末端側に連続する一つのアミノ酸残基の計4つのアミノ酸残基からなる配列が[Asn-Asn-Xaa-Thr/Ser]で表される配列である場合には,コンセンサス配列を構成するAsnの欠失は新たなコンセンサス配列を生じるので,除外される。
【0035】
上記に例示したコンセンサス配列の改変は,あるいは以下のように表現することができる。すなわち,コンセンサス配列を改変した蛋白質とは,野生型の蛋白質のアミノ酸配列中,N-結合型糖鎖が結合するアスパラギンを含む,Asn-Xaa-Yaa(Xaaはプロリン以外のアミノ酸を,Yaaはトレオニン又はセリンを示す)で示されるアミノ酸配列に対し,以下の(1-a)乃至(1-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなるものであり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではない,蛋白質:
(1-a)該Asnを欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(1-b)該Xaaで示されるアミノ酸をプロリンに置換させるもの;及び
(1-c)該Yaaで示されるアミノ酸をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの,である。
【0036】
つまり,コンセンサス配列を改変した蛋白質とは,野生型の蛋白質のアミノ酸配列中に含まれる,Asn-Xaa-Yaa(Xaaはプロリン以外のアミノ酸を,Yaaはトレオニン又はセリンを示す)で示されるアミノ酸配列であって,該AsnにN-結合型糖鎖が結合するものであるアミノ酸配列の少なくとも一つを,該N-結合型糖鎖の少なくとも一つが欠失するように変異させたものである,蛋白質ということができる。
【0037】
蛋白質のアミノ酸配列中にコンセンサス配列が複数存在する場合,「コンセンサス配列を改変する」というときには複数のコンセンサス配列のうち一つのみを改変すれば足り,必ずしも他の全てのコンセンサス配列を改変することを要しないが,複数のコンセンサス配列を改変しても良く,全てのコンセンサス配列を改変してもよい。
【0038】
蛋白質のアミノ酸配列中,N-結合型糖鎖が付加するコンセンサス配列を改変した場合,コンセンサス配列を含まない配列になることによって,当該箇所にはN-結合型糖鎖が付加しなくなる。従って,蛋白質のアミノ酸配列中,M6Pを含むN-結合型糖鎖が付加するコンセンサス配列を改変した場合,コンセンサス配列を含まない配列になることによって,当該箇所にはM6Pを含むN-結合型糖鎖が付加しなくなる。M6Pを含むN-結合型糖鎖が付加した蛋白質は,細胞表面に存在するM6P受容体を介して細胞内に取り込まれることがある。このような蛋白質において,M6Pを含むN-結合型糖鎖が付加するコンセンサス配列を改変すると,当該蛋白質とM6P受容体との間の親和性が低下もしくは消失し,細胞内への取り込みがほとんどもしくは全く起こらなくなる。従って,翻訳後修飾によりM6Pを含むN-結合型糖鎖が付加する蛋白質を人工的に製造し,生体内において生理活性を発揮させる目的で当該蛋白質を体内に投与する場合においては,細胞内への蛋白質の取り込みを確保するために,蛋白質中のコンセンサス配列を維持し,M6Pを含むN-結合型糖鎖が付加した蛋白質として製造することが通常不可欠である。これは,何らかの理由により蛋白質を野生型のアミノ酸配列に変異を加えたアミノ酸配列を有する変異型蛋白質として製造する場合や,他の機能を持つ別の蛋白質と融合させた融合蛋白質として製造する場合にあっても,同様であり,蛋白質中のコンセンサス配列を維持し,M6Pを含むN-結合型糖鎖が付加した蛋白質として製造することが技術常識である。
【0039】
蛋白質は,生体内において生理活性を発揮させる目的でそのまま血中等に投与した場合,脳内の毛細血管内皮を介した血液と脳の組織液との間での高分子等の物質交換を制限する機構である血液脳関門(Blood-Brain Barrier,BBB)の存在により,毛細血管から脳へ移行しにくい。従って脳及び脊髄を含む神経系の細胞及び組織に対する障害に対しては効果が限定的である場合がある。そこで,蛋白質を脳血管内皮細胞上の受容体(但し,M6P受容体を除く)に親和性を有するリガンド,例えば当該受容体に対する抗体と結合させた結合体又は融合蛋白質とすることにより,蛋白質をして血液脳関門を通過させて脳内で機能を発揮させることができる。ここで脳血管内皮細胞上の受容体のほとんどは,トランスフェリン受容体,インスリン受容体のように,脳血管内皮細胞以外の種々の細胞上にも存在する。そして,これらの細胞にはM6P受容体を有するものがある。従って,当該蛋白質がM6Pを含むN-結合型糖鎖が付加した糖蛋白質である場合には,当該融合蛋白質は,そのリガンド部分が,細胞上の受容体と,及びその糖蛋白質部分が,同じ細胞上のM6P受容体と,それぞれ結合親和性を有することとなる。このような場合,当該融合蛋白質は,細胞上でリガンドがその受容体との結合を保持したまま,M6P受容体とも結合し,これらの受容体ごと細胞内に取り込まれ得る。そうすると融合蛋白質とともに細胞内に取り込まれたリガンドを介して融合蛋白質と結合した受容体は,融合蛋白質とともにリソソームに輸送されて分解され,リサイクルされない。その結果,細胞上の受容体の数が減少することになる。そうすると,該細胞上の受容体が本来結合すべき物質,例えば該細胞上の受容体がインスリン受容体である場合にはインスリン,該細胞上の受容体がトランスフェリン受容体である場合にはトランスフェリンが受容体に結合することにより細胞内へ伝達されるべきシグナル伝達が減弱する。該細胞上の受容体を介したシグナル伝達の減弱は,当該受容体に対するリガンドに対する抵抗性を引き起こす可能性ある。例えば,インスリン受容体の減少はインスリン感受性の低下を,トランスフェリン受容体の減少は細胞内への鉄の取り込の阻害を引き起こすことになる。
【0040】
また,ある種の蛋白質は,生体内において生理活性を発揮させる目的でそのまま血中等に投与した場合,筋組織に取り込まれ難いものがある。かかる蛋白質を筋細胞上の受容体に親和性を有するリガンド,例えば当該受容体に対する抗体と結合させた結合体又は融合蛋白質とすることにより,当該蛋白質をして筋組織内で効率よく機能を発揮させることができる。かかる受容体の好適なものとしてインスリン受容体及びトランスフェリン受容体が挙げられるが,これらに限定されるものではない。当該蛋白質がM6Pを含むN-結合型糖鎖が付加した糖蛋白質である場合には,上記の脳血管内皮細胞上の受容体に親和性を有するリガンドとM6Pを含むN-結合型糖鎖が付加した糖蛋白質の融合蛋白質と同様の問題が生じるおそれがある。ここで筋細胞は骨格筋を構成するものでもよく,平滑筋を構成するものでもよい。
【0041】
更に,ある種の蛋白質を,特定の細胞において生理活性を発揮させる場合に,当該細胞上に存在する蛋白質に対して親和性を有するリガンドと結合させた結合体又は融合蛋白質とすることにより,当該蛋白質をして当該特定の細胞内で効率よく機能を発揮させることができる。当該蛋白質がM6Pを含むN-結合型糖鎖が付加した糖蛋白質である場合には,上記の脳血管内皮細胞上の受容体に親和性を有するリガンドとM6Pを含むN-結合型糖鎖が付加した糖蛋白質の融合蛋白質と同様の問題が生じるおそれがある。
【0042】
更に,ある種の蛋白質を,特に組織を限定することなく生理活性を発揮させる場合に,普遍的に細胞上に存在する蛋白質に対して親和性を有するリガンドと結合させた結合体又は融合蛋白質とすることにより,当該蛋白質をして広く種々の組織で効率よく機能を発揮させることができる。当該蛋白質がM6Pを含むN-結合型糖鎖が付加した糖蛋白質である場合には,上記の脳血管内皮細胞上の受容体に親和性を有するリガンドとM6Pを含むN-結合型糖鎖が付加した糖蛋白質の融合蛋白質と同様の問題が生じるおそれがある。
【0043】
このような症状が引き起こされることを回避するため,本発明の一実施形態において,野生型では1又は複数のマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖が結合する糖蛋白質は,該蛋白質のアミノ酸配列に変異を加えることにより,該蛋白質に本来付加されるM6Pを含むN-結合型糖鎖を少なくとも一つ欠失させた蛋白質とされる。またある実施形態において,野生型では1又は複数のマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖が結合する糖蛋白質は,当該糖蛋白質を化学的に処理することによりM6Pの少なくとも一つを,あるいはN-結合型糖鎖の少なくとも一つを,欠失させた蛋白質とされる。ここで「化学的に処理する」とは,糖蛋白質に薬品,触媒,酵素等を作用させて分解反応又は置換反応を生じさせ,当該糖蛋白質からM6PあるいはN-結合型糖鎖を切断することをいう。この時,酵素を用いる場合には,例えばN-結合型糖鎖がアスパラギン残基に結合している部位周辺に働くエンド型酵素として知られるペプチドN-グリカナーゼ,エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ,又はエンド-β-マンノシダーゼを好適に用いることができる。
【0044】
M6Pを含むN-結合型糖鎖を少なくとも一つ欠失させた蛋白質は,M6P受容体との親和性が低下又は消失しているため,細胞上に存在する蛋白質(但し,M6P受容体を除く,ここにおいて「標的蛋白質」という)に親和性を有するリガンドと結合させた場合,これを体内に投与してもM6P受容体との親和性が低下又は消失しているため,主に標的蛋白質のみを介して細胞内へ取り込まれる。このとき,該融合蛋白質とともに細胞内に取り込まれた標的蛋白質は,リソソームに輸送されず,リソソームでの分解を免れ得る。
【0045】
なお,本発明の一実施形態において,野生型ではM6Pを含むN-結合型糖鎖を有する糖蛋白質の,M6Pの少なくとも一つを欠失させた蛋白質を「M6P低修飾型蛋白質」という。かかるM6P低修飾型蛋白質とリガンドとを結合させた結合体及び融合蛋白質もM6P低修飾型蛋白質に含まれるものとする。野生型ではM6Pを含むN-結合型糖鎖を有する糖蛋白質がイズロン酸-2-スルファターゼ(IDS)である場合,そのM6Pの少なくとも一つを欠失させた蛋白質は「M6P低修飾型IDS」という。他の糖蛋白質についても同じことがいえる。M6P低修飾型蛋白質の元となる野生型の蛋白質の由来する動物種に特に限定はないが,好ましくは哺乳動物であり,より好ましくはヒトである。
【0046】
本発明において,M6P又はもしくはN-結合型糖鎖を欠失させるか,もしくはアミノ酸配列に変異を加える蛋白質に特に限定はないが,生体内において生理活性を発揮し得るものであり,特に,脳内に到達させてその機能を発揮させるべきであって,そのままでは血液脳関門を通過することができないため静脈内投与によっては脳内でその機能を発揮させることが期待できない蛋白質であり,かつ野生型では1又は複数のマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖が結合する糖蛋白質である。そのような蛋白質は,例えば,リソソーム酵素であるが,これに限られない。リソソーム酵素としては,例えば,イズロン酸-2-スルファターゼ,α-L-イズロニダーゼ,グルコセレブロシダーゼ,β-ガラクトシダーゼ,GM2活性化蛋白質,β-ヘキソサミニダーゼA,β-ヘキソサミニダーゼB,N-アセチルグルコサミン1-フォスフォトランスフェラーゼ,α-マンノシダーゼ,β-マンノシダーゼ,ガラクトシルセラミダーゼ,サポシンC,アリールスルファターゼA,α-L-フコシダーゼ,アスパルチルグルコサミニダーゼ,α-N-アセチルガラクトサミニダーゼ,酸性スフィンゴミエリナーゼ,α-ガラクトシダーゼA,β-グルクロニダーゼ,ヘパランN-スルファターゼ,α-N-アセチルグルコサミニダーゼ,アセチルCoAα-グルコサミニドN-アセチルトランスフェラーゼ,N-アセチルグルコサミン6-硫酸スルファターゼ,酸性セラミダーゼ,アミロ-1,6-グルコシダーゼ,シアリダーゼ,パルミトイル蛋白質チオエステラーゼ-1,トリペプチジルペプチダーゼ-1,ヒアルロニダーゼ-1,酸性α-グルコシダーゼ,CLN1及びCLN2等が挙げられる。
【0047】
脳血管内皮細胞上に存在する蛋白質に親和性を有するリガンドを結合させたリソソーム酵素は,リソソーム病における中枢神経障害治療剤として使用できる。脳血管内皮細胞上の受容体に対する抗体はリガンドの一つである。かかるリガンドと融合させたイズロン酸-2-スルファターゼ(IDS)はハンター症候群における中枢神経障害治療剤として,α-L-イズロニダーゼ(IDUA)はハーラー症候群又はハーラー・シャイエ症候群における中枢神経障害治療剤として,グルコセレブロシダーゼ(GBA)はゴーシェ病における中枢神経障害治療剤として,β-ガラクトシダーゼはGM-1ガングリオシドーシス1~3型における中枢神経障害治療剤として,GM2活性化蛋白質はGM2-ガングリオシドーシスAB異型における中枢神経障害治療剤として,β-ヘキソサミニダーゼAはサンドホフ病及びティサックス病における中枢神経障害治療剤として,β-ヘキソサミニダーゼBはサンドホフ病における中枢神経障害治療剤として,N-アセチルグルコサミン1-フォスフォトランスフェラーゼはI-細胞病における中枢神経障害治療剤として,α-マンノシダーゼ(LAMAN)はα-マンノシドーシスにおける中枢神経障害治療剤として,β-マンノシダーゼはβ-マンノシドーシスにおける中枢神経障害治療剤として,ガラクトシルセラミダーゼ(GALC)はクラッベ病における中枢神経障害治療剤として,サポシンCはゴーシェ病様蓄積症における中枢神経障害治療剤として,アリールスルファターゼA(ARSA)は異染性白質変性症(異染性白質ジストロフィー)における中枢神経障害治療剤として,α-L-フコシダーゼ(FUCA1)はフコシドーシスにおける中枢神経障害治療剤として,アスパルチルグルコサミニダーゼはアスパルチルグルコサミン尿症における中枢神経障害治療剤として,α-N-アセチルガラクトサミニダーゼはシンドラー病及び川崎病における中枢神経障害治療剤として,酸性スフィンゴミエリナーゼ(ASM)はニーマン・ピック病における中枢神経障害治療剤として,α-ガラクトシダーゼAはファブリー病における中枢神経障害治療剤として,β-グルクロニダーゼ(GUSB)はスライ症候群における中枢神経障害治療剤として,ヘパランN-スルファターゼ(SGSH),α-N-アセチルグルコサミニダーゼ(NAGLU),アセチルCoAα-グルコサミニドN-アセチルトランスフェラーゼ及びN-アセチルグルコサミン6-硫酸スルファターゼはサンフィリッポ症候群における中枢神経障害治療剤として,酸性セラミダーゼ(AC)はファーバー病における中枢神経障害治療剤として,アミロ-1,6-グルコシダーゼはコリ病(フォーブス・コリ病)における中枢神経障害治療剤として,シアリダーゼはシアリダーゼ欠損症における中枢神経障害治療剤として,パルミトイル蛋白質チオエステラーゼ-1(PPT-1)は,神経セロイドリポフスチン症又はSantavuori-Haltia病における中枢神経障害治療剤として,トリペプチジルペプチダーゼ-1(TPP-1)は,神経セロイドリポフスチン症又はJansky-Bielschowsky病における中枢神経障害治療剤として,ヒアルロニダーゼ-1はヒアルロニダーゼ欠損症における中枢神経障害治療剤として,酸性α-グルコシダーゼ(GAA)はポンペ病における中枢神経障害治療剤として,CLN1及び2はバッテン病における中枢神経障害治療剤として使用できる。
【0048】
野生型のヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(hIDS)は,配列番号1で示される525個のアミノ酸残基から構成されるリソソーム酵素の一種である。hIDSは,グリコサミノグリカンに属するヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の硫酸エステル結合を加水分解する活性を有する。本酵素に遺伝的に異常を有するハンター症候群の患者は,ヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の代謝異常のため,これらの部分分解物が肝臓や脾臓等の組織内に蓄積し,骨格異常等の症状をきたす。ハンター症候群はムコ多糖症II型(MPS II型)ともいう。また,ハンター症候群の患者は中枢神経障害を伴うことがある。脳血管内皮細胞上の蛋白質に親和性を有するリガンドと結合させたhIDSはハンター症候群に伴う中枢神経障害の治療剤として用いることができる。
【0049】
本明細書において,単に「ヒトイズロン酸-2-スルファターゼ」又は「hIDS」というときは,配列番号1で示される525個のアミノ酸残基からなる通常の野生型のhIDSに加え,ヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸を分解することのできる酵素活性を有する等の通常の野生型hIDSとしての機能を有するものである限り,配列番号1で示されるアミノ酸配列に対し,1個又は複数個のアミノ酸残基が,置換,欠失,及び/又は付加(本明細書において,アミノ酸残基の「付加」は,配列の末端又は内部に残基を追加することを意味する。)されたものに相当するhIDSの変異体も特に区別することなく包含する。野生型のhIDSは,例えば,配列番号2で示される塩基配列を有する遺伝子にコードされる。アミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換する場合,置換するアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。アミノ酸残基を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基を欠失させる場合,N末端のアミノ酸残基を欠失させてもよく,その場合の欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,これらアミノ酸残基の置換と欠失を組み合わせてもよい。
【0050】
配列番号1で示されるアミノ酸配列に対し,アミノ酸残基を付加する場合,アミノ酸残基はhIDSのアミノ酸配列中に又は当該アミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に,1個又は複数個のアミノ酸残基が付加される。このとき付加されるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基の付加と置換を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加と欠失を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加,置換及び欠失を組み合わせてもよい。通常の野生型のhIDSは550個のアミノ酸残基からなる前駆体として生合成され,配列番号1
で示されるN末端から25個のアミノ酸残基からなるリーダーペプチドが取り除かれてhIDSとなる。hIDSのN末端側にアミノ酸が付加される場合,当該アミノ酸はリーダーペプチドに由来するものであってもよい。その場合にN末端に付加されるアミノ酸は,アミノ酸が1個の場合はGlyであり,アミノ酸が2個の場合はLeu-Glyであり,アミノ酸が3個の場合はAla-Leu-Glyである。
【0051】
これらアミノ酸の置換及び欠失,及び付加の3種類の変異のうち,少なくとも2種類の変異を組み合わせて導入したhIDSの変異体としては,以下に示す(i)~(iv)があるがこれらに限られるものではない:
(i)配列番号1で示されるアミノ酸配列に対し,0~10個のアミノ酸残基の欠失と,0~10個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~10個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの;
(ii)配列番号1で示されるアミノ酸配列に対し,0~5個のアミノ酸残基の欠失と,0~5個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~5個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの;
(iii)配列番号1で示されるアミノ酸配列に対し,0~3個のアミノ酸残基の欠失と,0~3個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~3個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの;
(iv)配列番号1で示されるアミノ酸配列に対し,0~2個のアミノ酸残基の欠失と,0~2個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~2個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの。
【0052】
上記の野生型又は変異型のhIDSであって,これを構成するアミノ酸が糖鎖により修飾されたものもhIDSである。また,上記の野生型又は変異型のhIDSであって,これを構成するアミノ酸がリン酸により修飾されたものもhIDSである。また,糖鎖及びリン酸以外のものにより修飾されたものもhIDSである。また,上記の野生型又は変異型のhIDSであって,これを構成するアミノ酸の側鎖が,置換反応等により変換したものもhIDSである。かかる変換としては,システイン残基のホルミルグリシンへの変換があるが,これに限られるものではない。
【0053】
つまり,糖鎖により修飾されたhIDSは,当該修飾される前のアミノ酸配列を有するhIDSに含まれるものとする。また,リン酸により修飾されたhIDSは,リン酸により修飾される前の元のアミノ酸配列を有するhIDSに含まれるものとする。また,糖鎖及びリン酸以外のものにより修飾されたものも,当該修飾される前の元のアミノ酸配列を有するhIDSに含まれるものとする。また,hIDSを構成するアミノ酸の側鎖が,置換反応等により変換したものも,当該変換される前の元のアミノ酸配列を有するhIDSに含まれるものとする。かかる変換としては,システイン残基のホルミルグリシンへの変換があるが,これに限られるものではない。
【0054】
本発明において,「ヒトイズロン酸-2-スルファターゼ」(hIDS変異体)の語は,通常の野生型hIDSのアミノ酸配列(配列番号1で示されるアミノ酸配列)に対し,1個又は複数個のアミノ酸残基が,置換,欠失,及び/又は付加(本明細書において,アミノ酸残基の「付加」は,配列の末端又は内部に残基を追加することを意味する。)されたものであり,且つ,ヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸を分解することのできる酵素活性を有する等の通常の野生型hIDSとしての機能を有するものである。本発明において,hIDS変異体は,野生型hIDSと比較して,10%以上,20%以上,30%以上,40%以上,50%以上,又は60%以上の酵素活性を維持しており,好ましくは20%以上,又は50%以上の酵素活性を維持している。本発明において好ましいhIDS変異体は,配列番号1で示されるアミノ酸配列に対し,1個又は複数個のアミノ酸残基が,他のアミノ酸残基へ置換され,欠失し,或いは付加されたアミノ酸配列であるものを含む。当該アミノ酸配列中のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換する場合,置換するアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。アミノ酸残基を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,hIDS変異体は,これらアミノ酸残基の置換と欠失を組み合わせたものであってもよい。
【0055】
配列番号1で示されるアミノ酸配列に対し,アミノ酸残基を付加する場合,アミノ酸残基はhIDSのアミノ酸配列中に又は当該アミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に,1個又は複数個のアミノ酸残基が付加される。このとき付加されるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基の付加と置換を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加と欠失を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加,置換及び欠失を組み合わせてもよい。即ち,hIDS変異体は,配列番号1で示されるアミノ酸配列に対し,アミノ酸の置換及び欠失,及び付加の3種類の変異のうち,少なくとも2種類の変異を組み合わせて導入したものであってもよい。
【0056】
これらアミノ酸の置換及び欠失,及び付加の3種類の変異のうち,少なくとも2種類の変異を組み合わせて導入したhIDSの変異体としては,以下に示す(i)~(iv)があるがこれらに限られるものではない:
(i)配列番号1で示されるアミノ酸配列に対し,0~10個のアミノ酸残基の欠失と,0~10個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~10個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhIDSは除く);
(ii)配列番号1で示されるアミノ酸配列に対し,0~5個のアミノ酸残基の欠失と,0~5個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~5個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhIDSは除く);
(iii)配列番号1で示されるアミノ酸配列に対し,0~3個のアミノ酸残基の欠失と,0~3個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~3個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhIDSは除く);
(iv)配列番号1で示されるアミノ酸配列に対し,0~2個のアミノ酸残基の欠失と,0~2個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~2個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhIDSは除く)。
【0057】
種々のhIDS変異体における通常の野生型hIDSと比較したときの各変異の位置及びその形式(欠失,置換,及び付加)は,両hIDSのアミノ酸配列のアラインメントにより,容易に確認することができる。
【0058】
hIDS変異体のアミノ酸配列は,配列番号1で示される通常の野生型hIDSのアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の同一性を示し,85%以上の同一性を示し,90%以上の同一性を示し,又は,95%以上の同一性を示し,例えば,98%以上,又は99%の同一性を示すものである。
【0059】
本発明の蛋白質は,その一実施形態において,野生型では1又は複数のマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖が結合する糖蛋白質の,野生型のアミノ酸配列に変異を加えることにより,該糖蛋白質に結合するN-結合型糖鎖の少なくとも一つを欠失させたもの,すなわちM6P低修飾型蛋白質である。野生型では1又は複数のマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖が結合する糖蛋白質としては,hIDSを用いることができ,野生型hIDSのアミノ酸配列に変異を加えることにより,コンセンサス配列を改変し,hIDSに結合するN-結合型糖鎖の少なくとも一つを欠失させたM6P低修飾型hIDSを作製することができる。配列番号1で示される野生型hIDSのコンセンサス配列のうち,M6Pを含むN-結合型糖鎖が結合する箇所は,221位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列,及び255位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列のそれぞれに含まれるアスパラギン残基である。従って,配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中221位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列,及び/又は255位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列をそれぞれ改変し,hIDSに結合するM6Pを含むN-結合型糖鎖を欠失させたM6P低修飾型hIDSを作製することができる。M6P低修飾型hIDSは,野生型hIDSのみならず,上記のhIDS変異体に変異を加えることによっても作製することができる。
【0060】
かかるM6P低修飾型hIDSの好ましい実施形態として,以下の(I-a)~(I-e)が挙げられる:
(I-a)配列番号1で示される野生型のhIDSのアミノ酸配列中221位のアスパラギンが欠失又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換されたもの;
(I-b)配列番号1で示される野生型のhIDSのアミノ酸配列中221位のアスパラギンと222位のイソロイシンの間にアスパラギン以外のアミノ酸が付加されたもの;
(I-c)配列番号1で示される野生型のhIDSのアミノ酸配列中222位のイソロイシンが欠失又はプロリンに置換されたもの;
(I-d)配列番号1で示される野生型のhIDSのアミノ酸配列中222位のイソロイシンと223位のトレオニンの間にトレオニン及びセリン以外のアミノ酸が付加されたもの;及び
(I-e)配列番号1で示される野生型のhIDSのアミノ酸配列中223位のトレオニンが欠失又はトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換されたもの。
【0061】
上記(I-a)~(I-e)で示されるM6P低修飾型hIDSは更に,該欠失,付加又は置換されたアミノ酸以外において,以下の(I’-a)~(I’-h)からなる群から選択される変異を含んでいても良い:
(I’-a)該M6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列を構成するアミノ酸残基が他のアミノ酸残基で置換されたものであり,該置換されたアミノ酸残基の個数が,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個であるもの;
(I’-b)該M6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列を構成するアミノ酸残基が欠失されたものであり,該欠失されたアミノ酸残基の個数が,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個であるもの;
(I’-c)上記(I’-a)の置換と(I’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(I’-d)該M6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列中に又は該M6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に,1個又は複数個のアミノ酸残基が付加されたものであり,該付加されたアミノ酸残基の個数が,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個であるもの;
(I’-e)上記(I’-a)の置換と(I’-d)の付加を組み合わせたもの;
(I’-f)上記(I’-b)の欠失と(I’-d)の付加を組み合わせたもの;
(I’-g)上記(I’-a)の置換と,(I’-b)の欠失と及び(I’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(I’-h)該M6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列と80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの。
【0062】
また,かかるM6P低修飾型hIDSの好ましい実施形態として,以下の(II-a)~(II-e)が挙げられる:
(II-a)配列番号1で示される野生型のhIDSのアミノ酸配列中255位のアスパラギンが欠失又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換されたもの;
(II-b)配列番号1で示される野生型のhIDSのアミノ酸配列中255位のアスパラギンと256位のイソロイシンの間にアスパラギン以外のアミノ酸が付加されたもの;
(II-c)配列番号1で示される野生型のhIDSのアミノ酸配列中256位のイソロイシンが欠失又はプロリンに置換されたもの;
(II-d)配列番号1で示される野生型のhIDSのアミノ酸配列中256位のイソロイシンと257位のセリンの間にトレオニン及びセリン以外のアミノ酸が付加されたもの;及び
(II-e)配列番号1で示される野生型のhIDSのアミノ酸配列中257位のセリンが欠失又はトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換されたもの。
【0063】
上記(II-a)~(II-e)で示されるM6P低修飾型hIDSは更に,該欠失,付加又は置換されたアミノ酸以外において,以下の(II’-a)~(II’-h)からなる群から選択される変異を含んでいても良い:
(II’-a)該M6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列を構成するアミノ酸残基が他のアミノ酸残基で置換されたものであり,該置換されたアミノ酸残基の個数が,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個であるもの;
(II’-b)該M6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列を構成するアミノ酸残基が欠失されたものであり,該欠失されたアミノ酸残基の個数が,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個であるもの;
(II’-c)上記(II’-a)の置換と(II’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(II’-d)該M6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列中に又は該M6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に,1個又は複数個のアミノ酸残基が付加されたものであり,該付加されたアミノ酸残基の個数が,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個であるもの;
(II’-e)上記(II’-a)の置換と(II’-d)の付加を組み合わせたもの;
(II’-f)上記(II’-b)の欠失と(II’-d)の付加を組み合わせたもの;
(II’-g)上記(II’-a)の置換と,(II’-b)の欠失と及び(II’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(II’-h)該M6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列と80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの。
【0064】
あるいは,かかるM6P低修飾型hIDSの好ましい実施形態として,配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の221位のアスパラギンから223位のトレオニンまでに対応するAsn-Xaa-Yaaで示されるアミノ酸配列に対し,以下の(2-a)乃至(2-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではないhIDSが挙げられる:
(2-a)該Asnを欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(2-b)該Xaaで示されるアミノ酸をプロリンに置換させるもの;及び
(2-c)該Yaaで示されるアミノ酸をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
【0065】
すなわち,M6P低修飾型hIDSの好ましい実施形態の一つは,配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の221位のアスパラギンから223位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列に変異を加えることにより,該221位のアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,hIDSということができる。
【0066】
また,本発明におけるM6P低修飾型hIDSは,配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の221位のアスパラギンから223位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(2’-a)乃至(2’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではないものであってもよい:
(2’-a)1~10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(2’-b)1~10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(2’-c)上記の(2’-a)の置換と(2’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(2’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1~10個のアミノ酸を付加させたもの;
(2’-e)上記の(2’-a)の置換と(2’-d)の付加を組み合わせたもの;
(2’-f)上記の(2’-b)の欠失と(2’-d)の付加を組み合わせたもの;
(2’-g)上記の(2’-a)の置換と,(2’-b)の欠失と,及び(2’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(2’-h)80%以上の同一性を示すもの。
【0067】
更に,かかるM6P低修飾型hIDSの好ましい実施形態として,配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の255位のアスパラギンから257位のセリンまでに対応するAsn-Xaa-Yaaで示されるアミノ酸配列に対し,以下の(3-a)乃至(3-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではないhIDSが挙げられる:
(3-a)該Asnを欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(3-b)該Xaaで示されるアミノ酸をプロリンに置換させるもの;及び
(3-c)該Yaaで示されるアミノ酸をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
【0068】
すなわち,M6P低修飾型hIDSの好ましい実施形態の一つは,配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の255位のアスパラギンから257位のセリンまでに対応するアミノ酸配列に変異を加えることにより,該255位のアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,hIDSということができる。
【0069】
また,本発明におけるM6P低修飾型hIDSは,配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の255位のアスパラギンから257位のセリンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(3’-a)乃至(3’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではないものであってもよい:
(3’-a)1~10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(3’-b)1~10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(3’-c)上記の(3’-a)の置換と(3’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(3’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1~10個のアミノ酸を付加させたもの;
(3’-e)上記の(3’-a)の置換と(3’-d)の付加を組み合わせたもの;
(3’-f)上記の(3’-b)の欠失と(3’-d)の付加を組み合わせたもの;
(3’-g)上記の(3’-a)の置換と,(3’-b)の欠失と,及び(3’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(3’-h)80%以上の同一性を示すもの。
【0070】
上記M6P低修飾型hIDSの好ましい実施形態としては,例えば,以下の(4-a)~(4-e)に示すアミノ酸配列を有し,且つ新たなN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を有するものではないものが挙げられる:
(4-a)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の221位及び255位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号4で示されるhIDSのアミノ酸配列に対し,当該221位及び255位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(4-b)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の221位及び255位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号4で示されるM6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列;
(4-c)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の223位のトレオニン及び257位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号5で示されるM6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列に対し,当該223位及び257位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(4-d)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中の223位のトレオニン及び257位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号5で示されるM6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列;
(4-e)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列に対し,221位及び255位のアスパラギンがグルタミンに置換され,且つ223位のトレオニン及び257位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号6で示されるM6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列。
【0071】
かかるM6P低修飾型hIDSは,野生型hIDSと比較して,10%以上,20%以上,30%以上,40%以上,50%以上,又は60%以上の酵素活性を維持しており,好ましくは20%以上,又は50%以上の酵素活性を維持している。
【0072】
野生型のヒトα-L-イズロニダーゼ(hIDUA)は,配列番号7で示される628個のアミノ酸残基から構成されるリソソーム酵素の一種である。hIDUAは,デルマタン硫酸,ヘパラン硫酸分子中に存在するイズロン酸結合を加水分解するリソソーム酵素である。ハーラー症候群はムコ多糖症I型(MPS I型)ともいい,リソソーム内のα-L-イズロニダーゼ活性の欠損に伴う細胞内のデルマタン硫酸等の蓄積により引き起こされる疾患である。ハーラー症候群患者は中枢神経障害を伴うことがある。脳血管内皮細胞上の蛋白質に親和性を有するリガンドと結合させたhIDUAはハーラー症候群に伴う中枢神経障害の治療剤として用いることができる。
【0073】
本明細書において,単に「ヒトα-L-イズロニダーゼ」又は「hIDUA」というときは,配列番号7で示される628個のアミノ酸残基からなる通常の野生型のhIDUAに加え,ヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸を分解することのできる酵素活性を有する等の通常の野生型hIDUAとしての機能を有するものである限り,配列番号7で示されるアミノ酸配列に対し,1個又は複数個のアミノ酸残基が,置換,欠失,及び/又は付加(本明細書において,アミノ酸残基の「付加」は,配列の末端又は内部に残基を追加することを意味する。)されたものに相当するhIDUAの変異体も特に区別することなく包含する。野生型のhIDUAは,例えば,配列番号8で示される塩基配列を有する遺伝子にコードされる。アミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換する場合,置換するアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。アミノ酸残基を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基を欠失させる場合,N末端のアミノ酸残基を欠失させてもよく,その場合の欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,これらアミノ酸残基の置換と欠失を組み合わせてもよい。
【0074】
配列番号7で示されるアミノ酸配列に対し,アミノ酸残基を付加する場合,アミノ酸残基はhIDUAのアミノ酸配列中に又は当該アミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に,1個又は複数個のアミノ酸残基が付加される。このとき付加されるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基の付加と置換を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加と欠失を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加,置換及び欠失を組み合わせてもよい。通常の野生型のhIDUAは653個のアミノ酸残基からなる前駆体として生合成され,配列番号9で示されるN末端から25個のアミノ酸残基からなるリーダーペプチドが取り除かれてhIDUAとなる。hIDUAのN末端側にアミノ酸が付加される場合,当該アミノ酸はリーダーペプチドに由来するものであってもよい。その場合にN末端に付加されるアミノ酸は,アミノ酸が1個の場合はProであり,アミノ酸が2個の場合はAla-Proであり,アミノ酸が3個の場合はVal-Ala-Proである。
【0075】
これらアミノ酸の置換及び欠失,及び付加の3種類の変異のうち,少なくとも2種類の変異を組み合わせて導入したhIDUAの変異体としては,以下に示す(i)~(iv)があるがこれらに限られるものではない:
(i)配列番号7で示されるアミノ酸配列に対し,0~10個のアミノ酸残基の欠失と,0~10個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~10個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの;
(ii)配列番号7で示されるアミノ酸配列に対し,0~5個のアミノ酸残基の欠失と,0~5個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~5個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの;
(iii)配列番号7で示されるアミノ酸配列に対し,0~3個のアミノ酸残基の欠失と,0~3個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~3個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの;
(iv)配列番号7で示されるアミノ酸配列に対し,0~2個のアミノ酸残基の欠失と,0~2個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~2個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの。
【0076】
上記の野生型又は変異型のhIDUAであって,これを構成するアミノ酸が糖鎖により修飾されたものもhIDUAである。また,上記の野生型又は変異型のhIDUAであって,これを構成するアミノ酸がリン酸により修飾されたものもhIDUAである。また,糖鎖及びリン酸以外のものにより修飾されたものもhIDUAである。また,上記の野生型又は変異型のhIDUAであって,これを構成するアミノ酸の側鎖が,置換反応等により変換したものもhIDUAである。かかる変換としては,システイン残基のホルミルグリシンへの変換があるが,これに限られるものではない。
【0077】
つまり,糖鎖により修飾されたhIDUAは,当該修飾される前のアミノ酸配列を有するhIDUAに含まれるものとする。また,リン酸により修飾されたhIDUAは,リン酸により修飾される前の元のアミノ酸配列を有するhIDUAに含まれるものとする。また,糖鎖及びリン酸以外のものにより修飾されたものも,当該修飾される前の元のアミノ酸配列を有するhIDUAに含まれるものとする。また,hIDUAを構成するアミノ酸の側鎖が,置換反応等により変換したものも,当該変換される前の元のアミノ酸配列を有するhIDUAに含まれるものとする。かかる変換としては,システイン残基のホルミルグリシンへの変換があるが,これに限られるものではない。
【0078】
本発明において,「ヒトα-L-イズロニダーゼ」(hIDUA変異体)の語は,通常の野生型hIDUAのアミノ酸配列(配列番号7で示されるアミノ酸配列)に対し,1個又は複数個のアミノ酸残基が,置換,欠失,及び/又は付加(本明細書において,アミノ酸残基の「付加」は,配列の末端又は内部に残基を追加することを意味する。)されたものであり,且つ,ヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸を分解することのできる酵素活性を有する等の通常の野生型hIDUAとしての機能を有するものである。本発明において,hIDUA変異体は,野生型hIDUAと比較して,10%以上,20%以上,30%以上,40%以上,50%以上,又は60%以上の酵素活性を維持しており,好ましくは20%以上,又は50%以上の酵素活性を維持している。本発明において好ましいhIDUA変異体は,配列番号7で示されるアミノ酸配列に対し,1個又は複数個のアミノ酸残基が,他のアミノ酸残基へ置換され,欠失し,或いは付加されたアミノ酸配列であるものを含む。当該アミノ酸配列中のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換する場合,置換するアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。アミノ酸残基を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,hIDUA変異体は,これらアミノ酸残基の置換と欠失を組み合わせたものであってもよい。
【0079】
配列番号7で示されるアミノ酸配列に対し,アミノ酸残基を付加する場合,アミノ酸残基はhIDUAのアミノ酸配列中に又は当該アミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に,1個又は複数個のアミノ酸残基が付加される。このとき付加されるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基の付加と置換を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加と欠失を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加,置換及び欠失を組み合わせてもよい。即ち,hIDUA変異体は,配列番号7で示されるアミノ酸配列に対し,アミノ酸の置換及び欠失,及び付加の3種類の変異のうち,少なくとも2種類の変異を組み合わせて導入したものであってもよい。
【0080】
これらアミノ酸の置換及び欠失,及び付加の3種類の変異のうち,少なくとも2種類の変異を組み合わせて導入したhIDUAの変異体としては,以下に示す(i)~(iv)があるがこれらに限られるものではない:
(i)配列番号7で示されるアミノ酸配列に対し,0~10個のアミノ酸残基の欠失と,0~10個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~10個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhIDUAは除く);
(ii)配列番号7で示されるアミノ酸配列に対し,0~5個のアミノ酸残基の欠失と,0~5個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~5個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhIDUAは除く);
(iii)配列番号7で示されるアミノ酸配列に対し,0~3個のアミノ酸残基の欠失と,0~3個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~3個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhIDUAは除く);
(iv)配列番号7で示されるアミノ酸配列に対し,0~2個のアミノ酸残基の欠失と,0~2個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~2個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhIDUAは除く)。
【0081】
種々のhIDUA変異体における通常の野生型hIDUAと比較したときの各変異の位置及びその形式(欠失,置換,及び付加)は,両hIDUAのアミノ酸配列のアラインメントにより,容易に確認することができる。
【0082】
hIDUA変異体のアミノ酸配列は,配列番号7で示される通常の野生型hIDUAのアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の同一性を示し,85%以上の同一性を示し,90%以上の同一性を示し,又は,95%以上の同一性を示し,例えば,98%以上,又は99%の同一性を示すものである。
【0083】
本発明の蛋白質は,その一実施形態において,野生型では1又は複数のマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖が結合する糖蛋白質の,野生型のアミノ酸配列に変異を加えることにより,該糖蛋白質に結合するN-結合型糖鎖の少なくとも一つを欠失させたもの,すなわちM6P低修飾型蛋白質である。野生型では1又は複数のマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖が結合する糖蛋白質としては,hIDUAを用いることができ,野生型hIDUAのアミノ酸配列に変異を加えることにより,コンセンサス配列を改変し,hIDUAに結合するN-結合型糖鎖の少なくとも一つを欠失させたM6P低修飾型hIDUAを作製することができる。配列番号7で示される野生型hIDUAのコンセンサス配列のうち,M6Pを含むN-結合型糖鎖が結合する箇所は,311位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列,及び426位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列のそれぞれに含まれるアスパラギン残基である。従って,配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中311位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列,及び/又は426位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列をそれぞれ改変し,hIDUAに結合するM6Pを含むN-結合型糖鎖を欠失させたM6P低修飾型hIDUAを作製することができる。M6P低修飾型hIDUAは,野生型hIDUAのみならず,上記のhIDUA変異体に変異を加えることによっても作製することができる。
【0084】
かかるM6P低修飾型hIDUAの好ましい実施形態として,以下の(III-a)~(III-e)が挙げられる:
(III-a)配列番号7で示される野生型のhIDUAのアミノ酸配列中311位のアスパラギンが欠失又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換されたもの;
(III-b)配列番号7で示される野生型のhIDUAのアミノ酸配列中311位のアスパラギンと312位のトレオニンの間にプロリンが付加されたもの;
(III-c)配列番号7で示される野生型のhIDUAのアミノ酸配列中312位のトレオニンがプロリンに置換されたもの;
(III-d)配列番号7で示される野生型のhIDUAのアミノ酸配列中312位のトレオニンと313位のトレオニンの間にトレオニン,セリン及びアスパラギン以外のアミノ酸が付加されたもの;及び
(III-e)配列番号7で示される野生型のhIDUAのアミノ酸配列中313位のトレオニンがトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換されたもの。
【0085】
上記(III-a)~(III-e)で示されるM6P低修飾型hIDUAは更に,該欠失,付加又は置換されたアミノ酸以外において,以下の(III’-a)~(III’-h)からなる群から選択される変異を含んでいても良い:
(III’-a)該M6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列を構成するアミノ酸残基が他のアミノ酸残基で置換されたものであり,該置換されたアミノ酸残基の個数が,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個であるもの;
(III’-b)該M6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列を構成するアミノ酸残基が欠失されたものであり,該欠失されたアミノ酸残基の個数が,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個であるもの;
(III’-c)上記(III’-a)の置換と(III’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(III’-d)該M6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列中に又は該M6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に,1個又は複数個のアミノ酸残基が付加されたものであり,該付加されたアミノ酸残基の個数が,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個であるもの;
(III’-e)上記(III’-a)の置換と(III’-d)の付加を組み合わせたもの;
(III’-f)上記(III’-b)の欠失と(III’-d)の付加を組み合わせたもの;
(III’-g)上記(III’-a)の置換と,(III’-b)の欠失と及び(III’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(III’-h)該M6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列と80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの。
【0086】
また,かかるM6P低修飾型hIDUAの好ましい実施形態として,以下の(IV-a)~(IV-e)が挙げられる:
(IV-a)配列番号7で示される野生型のhIDUAのアミノ酸配列中426位のアスパラギンが欠失又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換されたもの;
(IV-b)配列番号7で示される野生型のhIDUAのアミノ酸配列中426位のアスパラギンと427位のアルギニンの間にアスパラギン以外のアミノ酸が付加されたもの;
(IV-c)配列番号7で示される野生型のhIDUAのアミノ酸配列中427位のアルギニンが欠失又はプロリンに置換されたもの;
(IV-d)配列番号7で示される野生型のhIDUAのアミノ酸配列中427位のアルギニンと428位のセリンの間にトレオニン及びセリン以外のアミノ酸が付加されたもの;及び
(IV-e)配列番号7で示される野生型のhIDUAのアミノ酸配列中428位のセリンが欠失又はトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換されたもの。
【0087】
上記(IV-a)~(IV-e)で示されるM6P低修飾型hIDUAは更に,該欠失,付加又は置換されたアミノ酸以外において,以下の(IV’-a)~(IV’-h)からなる群から選択される変異を含んでいても良い:
(IV’-a)該M6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列を構成するアミノ酸残基が他のアミノ酸残基で置換されたものであり,該置換されたアミノ酸残基の個数が,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個であるもの;
(IV’-b)該M6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列を構成するアミノ酸残基が欠失されたものであり,該欠失されたアミノ酸残基の個数が,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個であるもの;
(IV’-c)上記(IV’-a)の置換と(IV’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(IV’-d)該M6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列中に又は該M6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に,1個又は複数個のアミノ酸残基が付加されたものであり,該付加されたアミノ酸残基の個数が,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個であるもの;
(IV’-e)上記(IV’-a)の置換と(IV’-d)の付加を組み合わせたもの;
(IV’-f)上記(IV’-b)の欠失と(IV’-d)の付加を組み合わせたもの;
(IV’-g)上記(IV’-a)の置換と,(IV’-b)の欠失と及び(IV’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(IV’-h)該M6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列と80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの。
【0088】
あるいは,かかるM6P低修飾型hIDUAの好ましい実施形態として,配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位のアスパラギンから313位のトレオニンまでに対応するAsn-Xaa-Yaaで示されるアミノ酸配列に対し,以下の(5-a)乃至(5-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではないhIDUAが挙げられる:
(5-a)該Asnを欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(5-b)該Xaaで示されるアミノ酸をプロリンに置換させるもの;及び
(5-c)該Yaaで示されるアミノ酸をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
【0089】
すなわち,M6P低修飾型hIDUAの好ましい実施形態の一つは,配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位のアスパラギンから313位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列に変異を加えることにより,該311位のアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,hIDUAということができる。
【0090】
また,本発明におけるM6P低修飾型hIDUAは,配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位のアスパラギンから313位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(5’-a)乃至(5’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではないものであってもよい:
(5’-a)1~10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(5’-b)1~10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(5’-c)上記の(5’-a)の置換と(5’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(5’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1~10個のアミノ酸を付加させたもの;
(5’-e)上記の(5’-a)の置換と(5’-d)の付加を組み合わせたもの;
(5’-f)上記の(5’-b)の欠失と(5’-d)の付加を組み合わせたもの;
(5’-g)上記の(5’-a)の置換と,(5’-b)の欠失と,及び(5’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(5’-h)80%以上の同一性を示すもの。
【0091】
更に,かかるM6P低修飾型hIDUAの好ましい実施形態として,配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の426位のアスパラギンから428位のセリンまでに対応するAsn-Xaa-Yaaで示されるアミノ酸配列に対し,以下の(6-a)乃至(6-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではないhIDUAが挙げられる:
(6-a)該Asnを欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(6-b)該Xaaで示されるアミノ酸をプロリンに置換させるもの;及び
(6-c)該Yaaで示されるアミノ酸をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
【0092】
すなわち,M6P低修飾型hIDUAの好ましい実施形態の一つは,配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の426位のアスパラギンから428位のセリンまでに対応するアミノ酸配列に変異を加えることにより,該426位のアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,hIDUAということができる。
【0093】
また,本発明におけるM6P低修飾型hIDUAは,配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の426位のアスパラギンから428位のセリンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(6’-a)乃至(6’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではないものであってもよい:
(6’-a)1~10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(6’-b)1~10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(6’-c)上記の(6’-a)の置換と(6’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(6’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1~10個のアミノ酸を付加させたもの;
(6’-e)上記の(6’-a)の置換と(6’-d)の付加を組み合わせたもの;
(6’-f)上記の(6’-b)の欠失と(6’-d)の付加を組み合わせたもの;
(6’-g)上記の(6’-a)の置換と,(6’-b)の欠失と,及び(6’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(6’-h)80%以上の同一性を示すもの。
【0094】
上記M6P低修飾型hIDUAの好ましい実施形態としては,例えば,以下の(7-a)~(7-e)に示すアミノ酸配列を有し,且つ新たなN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を有するものではないものが挙げられる:
(7-a)配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位及び426位のアスパラギンがともにグルタミンに置換された配列番号10で示されるM6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列に対して,当該311位及び426位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(7-b)配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位及び426位のアスパラギンがともにグルタミンに置換された配列番号10で示されるM6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列;
(7-c)配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の313位のトレオニン及び428位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号11で示されるM6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列に対して,当該313位及び428位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(7-d)配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の313位のトレオニン及び428位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号11で示されるM6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列;
(7-e)配列番号7で示される野生型hIDUAのアミノ酸配列中の311位及び426位のアスパラギンがともにグルタミンに置換され,且つ313位のトレオニン及び428位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号12で示されるM6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列。
【0095】
かかるM6P低修飾型hIDUAは,野生型hIDUAと比較して,10%以上,20%以上,30%以上,40%以上,50%以上,又は60%以上の酵素活性を維持しており,好ましくは20%以上,又は50%以上の酵素活性を維持している。
【0096】
野生型のヒトヘパランN-スルファターゼ(hSGSH)は,配列番号13で示される482個のアミノ酸残基から構成されるリソソーム酵素の一種である。サンフィリッポ症候群はムコ多糖症IIIA型(MPS IIIA型)ともいい,リソソーム内のSGSH活性の欠損に伴う細胞内のヘパラン硫酸の蓄積により引き起こされる疾患である。但し,α-N-アセチルグルコサミニダーゼ等の他の酵素の欠損も病因となることもある。サンフィリッポ症候群患者は中枢神経障害を伴うことがある。脳血管内皮細胞上の蛋白質に親和性を有するリガンドと結合させたhSGSHはサンフィリッポ症候群に伴う中枢神経障害の治療剤として用いることができる。
【0097】
本明細書において,単に「ヒトヘパランN-スルファターゼ」又は「hSGSH」というときは,配列番号13で示される482個のアミノ酸残基からなる通常の野生型のhSGSHに加え,ヘパラン硫酸を分解することのできる酵素活性を有する等の通常の野生型hSGSHとしての機能を有するものである限り,配列番号13で示されるアミノ酸配列に対し,1個又は複数個のアミノ酸残基が,置換,欠失,及び/又は付加(本明細書において,アミノ酸残基の「付加」は,配列の末端又は内部に残基を追加することを意味する。)されたものに相当するhSGSHの変異体も特に区別することなく包含する。野生型のhSGSHは,例えば,配列番号14で示される塩基配列を有する遺伝子にコードされる。アミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換する場合,置換するアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。アミノ酸残基を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基を欠失させる場合,N末端のアミノ酸残基を欠失させてもよく,その場合の欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,これらアミノ酸残基の置換と欠失を組み合わせてもよい。
【0098】
配列番号13で示されるアミノ酸配列に対し,アミノ酸残基を付加する場合,アミノ酸残基はhSGSHのアミノ酸配列中に又は当該アミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に,1個又は複数個のアミノ酸残基が付加される。このとき付加されるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基の付加と置換を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加と欠失を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加,置換及び欠失を組み合わせてもよい。通常の野生型のhSGSHは502個のアミノ酸残基からなる前駆体として生合成され,配列番号15で示されるN末端から20個のアミノ酸残基からなるリーダーペプチドが取り除かれてhSGSHとなる。hSGSHのN末端側にアミノ酸が付加される場合,当該アミノ酸はリーダーペプチドに由来するものであってもよい。その場合にN末端に付加されるアミノ酸は,アミノ酸が1個の場合はAlaであり,アミノ酸が2個の場合はArg-Alaであり,アミノ酸が3個の場合はCys-Arg-Alaである。
【0099】
これらアミノ酸の置換及び欠失,及び付加の3種類の変異のうち,少なくとも2種類の変異を組み合わせて導入したhSGSHの変異体としては,以下に示す(i)~(iv)があるがこれらに限られるものではない:
(i)配列番号13で示されるアミノ酸配列に対し,0~10個のアミノ酸残基の欠失と,0~10個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~10個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの;
(ii)配列番号13で示されるアミノ酸配列に対し,0~5個のアミノ酸残基の欠失と,0~5個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~5個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの;
(iii)配列番号13で示されるアミノ酸配列に対し,0~3個のアミノ酸残基の欠失と,0~3個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~3個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの;
(iv)配列番号13で示されるアミノ酸配列に対し,0~2個のアミノ酸残基の欠失と,0~2個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~2個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの。
【0100】
上記の野生型又は変異型のhSGSHであって,これを構成するアミノ酸が糖鎖により修飾されたものもhSGSHである。また,上記の野生型又は変異型のhSGSHであって,これを構成するアミノ酸がリン酸により修飾されたものもhSGSHである。また,糖鎖及びリン酸以外のものにより修飾されたものもhSGSHである。また,上記の野生型又は変異型のhSGSHであって,これを構成するアミノ酸の側鎖が,置換反応等により変換したものもhSGSHである。かかる変換としては,システイン残基のホルミルグリシンへの変換があるが,これに限られるものではない。
【0101】
つまり,糖鎖により修飾されたhSGSHは,当該修飾される前のアミノ酸配列を有するhSGSHに含まれるものとする。また,リン酸により修飾されたhSGSHは,リン酸により修飾される前の元のアミノ酸配列を有するhSGSHに含まれるものとする。また,糖鎖及びリン酸以外のものにより修飾されたものも,当該修飾される前の元のアミノ酸配列を有するhSGSHに含まれるものとする。また,hSGSHを構成するアミノ酸の側鎖が,置換反応等により変換したものも,当該変換される前の元のアミノ酸配列を有するhSGSHに含まれるものとする。かかる変換としては,システイン残基のホルミルグリシンへの変換があるが,これに限られるものではない。
【0102】
本発明において,「ヒトヘパランN-スルファターゼ」(hSGSH変異体)の語は,通常の野生型hSGSHのアミノ酸配列(配列番号13で示されるアミノ酸配列)に対し,1個又は複数個のアミノ酸残基が,置換,欠失,及び/又は付加(本明細書において,アミノ酸残基の「付加」は,配列の末端又は内部に残基を追加することを意味する。)されたものであり,且つ,ヘパラン硫酸を分解することのできる酵素活性を有する等の通常の野生型hSGSHとしての機能を有するものである。本発明において,hSGSH変異体は,野生型hSGSHと比較して,10%以上,20%以上,30%以上,40%以上,50%以上,又は60%以上の酵素活性を維持しており,好ましくは20%以上,又は50%以上の酵素活性を維持している。本発明において好ましいhSGSH変異体は,配列番号13で示されるアミノ酸配列に対し,1個又は複数個のアミノ酸残基が,他のアミノ酸残基へ置換され,欠失し,或いは付加されたアミノ酸配列であるものを含む。当該アミノ酸配列中のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換する場合,置換するアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。アミノ酸残基を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,hSGSH変異体は,これらアミノ酸残基の置換と欠失を組み合わせたものであってもよい。
【0103】
配列番号13で示されるアミノ酸配列に対し,アミノ酸残基を付加する場合,アミノ酸残基はhSGSHのアミノ酸配列中に又は当該アミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に,1個又は複数個のアミノ酸残基が付加される。このとき付加されるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基の付加と置換を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加と欠失を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加,置換及び欠失を組み合わせてもよい。即ち,hSGSH変異体は,配列番号13で示されるアミノ酸配列に対し,アミノ酸の置換及び欠失,及び付加の3種類の変異のうち,少なくとも2種類の変異を組み合わせて導入したものであってもよい。
【0104】
これらアミノ酸の置換及び欠失,及び付加の3種類の変異のうち,少なくとも2種類の変異を組み合わせて導入したhSGSHの変異体としては,以下に示す(i)~(iv)があるがこれらに限られるものではない:
(i)配列番号13で示されるアミノ酸配列に対し,0~10個のアミノ酸残基の欠失と,0~10個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~10個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhSGSHは除く);
(ii)配列番号13で示されるアミノ酸配列に対し,0~5個のアミノ酸残基の欠失と,0~5個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~5個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhSGSHは除く);
(iii)配列番号13で示されるアミノ酸配列に対し,0~3個のアミノ酸残基の欠失と,0~3個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~3個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhSGSHは除く);
(iv)配列番号13で示されるアミノ酸配列に対し,0~2個のアミノ酸残基の欠失と,0~2個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~2個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhSGSHは除く)。
【0105】
種々のhSGSH変異体における通常の野生型hSGSHと比較したときの各変異の位置及びその形式(欠失,置換,及び付加)は,両hSGSHのアミノ酸配列のアラインメントにより,容易に確認することができる。
【0106】
hSGSH変異体のアミノ酸配列は,配列番号13で示される通常の野生型hSGSHのアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の同一性を示し,85%以上の同一性を示し,90%以上の同一性を示し,又は,95%以上の同一性を示し,例えば,98%以上,又は99%の同一性を示すものである。
【0107】
本発明の蛋白質は,その一実施形態において,野生型では1又は複数のマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖が結合する糖蛋白質の,野生型のアミノ酸配列に変異を加えることにより,該糖蛋白質に結合するN-結合型糖鎖の少なくとも一つを欠失させたもの,すなわちM6P低修飾型蛋白質である。野生型では1又は複数のマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖が結合する糖蛋白質としては,hSGSHを用いることができ,野生型hSGSHのアミノ酸配列に変異を加えることにより,コンセンサス配列を改変し,hSGSHに結合するN-結合型糖鎖の少なくとも一つを欠失させたM6P低修飾型hSGSHを作製することができる。配列番号13で示される野生型hSGSHのコンセンサス配列のうち,M6Pを含むN-結合型糖鎖が結合する箇所は,244位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列に含まれるアスパラギン残基である。従って,配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中244位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列を改変し,hSGSHに結合するM6Pを含むN-結合型糖鎖を欠失させたM6P低修飾型hSGSHを作製することができる。M6P低修飾型hSGSHは,野生型hSGSHのみならず,上記のhSGSH変異体に変異を加えることによっても作製することができる。
【0108】
かかるM6P低修飾型hSGSHの好ましい実施形態として,配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の244位のアスパラギンから246位のトレオニンまでに対応するAsn-Xaa-Yaaで示されるアミノ酸配列に対し,以下の(8-a)乃至(8-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではないhSGSHが挙げられる:
(8-a)該Asnを欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(8-b)該Xaaで示されるアミノ酸をプロリンに置換させるもの;及び
(8-c)該Yaaで示されるアミノ酸をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
【0109】
すなわち,M6P低修飾型hSGSHの好ましい実施形態の一つは,配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の244位のアスパラギンから246位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列に変異を加えることにより,該244位のアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,hSGSHということができる。
【0110】
また,本発明におけるM6P低修飾型hSGSHは,配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の244位のアスパラギンから246位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(8’-a)乃至(8’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではないものであってもよい:
(8’-a)1~10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(8’-b)1~10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(8’-c)上記の(8’-a)の置換と(8’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(8’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1~10個のアミノ酸を付加させたもの;
(8’-e)上記の(8’-a)の置換と(8’-d)の付加を組み合わせたもの;
(8’-f)上記の(8’-b)の欠失と(8’-d)の付加を組み合わせたもの;
(8’-g)上記の(8’-a)の置換と,(8’-b)の欠失と,及び(2’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(8’-h)80%以上の同一性を示すもの。
【0111】
上記M6P低修飾型hSGSHの好ましい実施形態としては,例えば,以下の(9-a)~(9-e)に示すアミノ酸配列を有し,且つ新たなN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を有するものではないものが挙げられる:
(9-a)配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の244位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号16で示されるM6P低修飾型hSGSHのアミノ酸配列に対して,当該244位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(9-b)配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の244位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号16で示されるM6P低修飾型hSGSHのアミノ酸配列;
(9-c)配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の246位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号17で示されるM6P低修飾型hSGSHのアミノ酸配列に対して,当該246位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(9-d)配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列中の246位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号17で示されるM6P低修飾型hSGSHのアミノ酸配列;
(9-e)配列番号13で示される野生型hSGSHのアミノ酸配列に対し,244位のアスパラギンがグルタミンに置換され,且つ246位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号18で示されるM6P低修飾型hSGSHのアミノ酸配列。
【0112】
かかるM6P低修飾型hSGSHは,野生型hSGSHと比較して,10%以上,20%以上,30%以上,40%以上,50%以上,又は60%以上の酵素活性を維持しており,好ましくは20%以上,又は50%以上の酵素活性を維持している。
【0113】
野生型のヒト酸性α-グルコシダーゼ(hGAA)は,配列番号19で示される883個のアミノ酸残基から構成されるリソソーム酵素の一種である。hGAAは,グリコーゲン中に存在するα-1,4又はα-1,6結合を加水分解するリソソーム酵素である。ポンペ病は糖原病II型(GSD II型)ともいい,リソソーム内のα-グルコシダーゼ活性の欠損に伴う細胞内のグリコーゲン等の蓄積により引き起こされる疾患である。ポンペ病患者は中枢神経障害を伴うことがある。脳血管内皮細胞上の蛋白質に親和性を有するリガンドと結合させたhGAAはポンペ病に伴う中枢神経障害の治療剤として用いることができる。
【0114】
本明細書において,単に「ヒト酸性α-グルコシダーゼ」又は「hGAA」というときは,配列番号19で示される883個のアミノ酸残基からなる通常の野生型のhGAAに加え,グリコーゲンを分解することのできる酵素活性を有する等の通常の野生型hGAAとしての機能を有するものである限り,配列番号19で示されるアミノ酸配列に対し,1個又は複数個のアミノ酸残基が,置換,欠失,及び/又は付加(本明細書において,アミノ酸残基の「付加」は,配列の末端又は内部に残基を追加することを意味する。)されたものに相当するhGAAの変異体も特に区別することなく包含する。野生型のhGAAは,例えば,配列番号20で示される塩基配列を有する遺伝子にコードされる。アミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換する場合,置換するアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。アミノ酸残基を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基を欠失させる場合,N末端のアミノ酸残基を欠失させてもよく,その場合の欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,これらアミノ酸残基の置換と欠失を組み合わせてもよい。
【0115】
配列番号19で示されるアミノ酸配列に対し,アミノ酸残基を付加する場合,アミノ酸残基はhGAAのアミノ酸配列中に又は当該アミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に,1個又は複数個のアミノ酸残基が付加される。このとき付加されるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基の付加と置換を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加と欠失を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加,置換及び欠失を組み合わせてもよい。通常の野生型のhGAAは952個のアミノ酸残基からなる前駆体として生合成され,配列番号21で示されるN末端から69個のアミノ酸残基からなるリーダーペプチドが取り除かれてhGAAとなる。hGAAのN末端側にアミノ酸が付加される場合,当該アミノ酸はリーダーペプチドに由来するものであってもよい。その場合にN末端に付加されるアミノ酸は,アミノ酸が1個の場合はGlnであり,アミノ酸が2個の場合はAla-Glnであり,アミノ酸が3個の場合はAsp-Ala-Glnである。
【0116】
これらアミノ酸の置換及び欠失,及び付加の3種類の変異のうち,少なくとも2種類の変異を組み合わせて導入したhGAAの変異体としては,以下に示す(i)~(iv)があるがこれらに限られるものではない:
(i)配列番号19で示されるアミノ酸配列に対し,0~10個のアミノ酸残基の欠失と,0~10個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~10個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの;
(ii)配列番号19で示されるアミノ酸配列に対し,0~5個のアミノ酸残基の欠失と,0~5個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~5個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの;
(iii)配列番号19で示されるアミノ酸配列に対し,0~3個のアミノ酸残基の欠失と,0~3個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~3個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの;
(iv)配列番号19で示されるアミノ酸配列に対し,0~2個のアミノ酸残基の欠失と,0~2個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~2個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの。
【0117】
上記の野生型又は変異型のhGAAであって,これを構成するアミノ酸が糖鎖により修飾されたものもhGAAである。また,上記の野生型又は変異型のhGAAであって,これを構成するアミノ酸がリン酸により修飾されたものもhGAAである。また,糖鎖及びリン酸以外のものにより修飾されたものもhGAAである。また,上記の野生型又は変異型のhGAAであって,これを構成するアミノ酸の側鎖が,置換反応等により変換したものもhGAAである。かかる変換としては,システイン残基のホルミルグリシンへの変換があるが,これに限られるものではない。
【0118】
つまり,糖鎖により修飾されたhGAAは,当該修飾される前のアミノ酸配列を有するhGAAに含まれるものとする。また,リン酸により修飾されたhGAAは,リン酸により修飾される前の元のアミノ酸配列を有するhGAAに含まれるものとする。また,糖鎖及びリン酸以外のものにより修飾されたものも,当該修飾される前の元のアミノ酸配列を有するhGAAに含まれるものとする。また,hGAAを構成するアミノ酸の側鎖が,置換反応等により変換したものも,当該変換される前の元のアミノ酸配列を有するhGAAに含まれるものとする。かかる変換としては,システイン残基のホルミルグリシンへの変換があるが,これに限られるものではない。
【0119】
本発明において,「ヒト酸性α-グルコシダーゼ」(hGAA変異体)の語は,通常の野生型hGAAのアミノ酸配列(配列番号19で示されるアミノ酸配列)に対し,1個又は複数個のアミノ酸残基が,置換,欠失,及び/又は付加(本明細書において,アミノ酸残基の「付加」は,配列の末端又は内部に残基を追加することを意味する。)されたものであり,且つ,グリコーゲンを分解することのできる酵素活性を有する等の通常の野生型hGAAとしての機能を有するものである。本発明において,hGAA変異体は,野生型hGAAと比較して,10%以上,20%以上,30%以上,40%以上,50%以上,又は60%以上の酵素活性を維持しており,好ましくは20%以上,又は50%以上の酵素活性を維持している。本発明において好ましいhGAA変異体は,配列番号19で示されるアミノ酸配列に対し,1個又は複数個のアミノ酸残基が,他のアミノ酸残基へ置換され,欠失し,或いは付加されたアミノ酸配列であるものを含む。当該アミノ酸配列中のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換する場合,置換するアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。アミノ酸残基を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,hGAA変異体は,これらアミノ酸残基の置換と欠失を組み合わせたものであってもよい。
【0120】
配列番号19で示されるアミノ酸配列に対し,アミノ酸残基を付加する場合,アミノ酸残基はhGAAのアミノ酸配列中に又は当該アミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に,1個又は複数個のアミノ酸残基が付加される。このとき付加されるアミノ酸残基の個数は,1~10個であり,1~5個であり,又は1~3個であり,例えば,1個又は2個である。また,アミノ酸残基の付加と置換を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加と欠失を組み合わせてもよく,アミノ酸残基の付加,置換及び欠失を組み合わせてもよい。即ち,hGAA変異体は,配列番号19で示されるアミノ酸配列に対し,アミノ酸の置換及び欠失,及び付加の3種類の変異のうち,少なくとも2種類の変異を組み合わせて導入したものであってもよい。
【0121】
これらアミノ酸の置換及び欠失,及び付加の3種類の変異のうち,少なくとも2種類の変異を組み合わせて導入したhGAAの変異体としては,以下に示す(i)~(iv)があるがこれらに限られるものではない:
(i)配列番号19で示されるアミノ酸配列に対し,0~10個のアミノ酸残基の欠失と,0~10個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~10個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhGAAは除く);
(ii)配列番号19で示されるアミノ酸配列に対し,0~5個のアミノ酸残基の欠失と,0~5個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~5個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhGAAは除く);
(iii)配列番号19で示されるアミノ酸配列に対し,0~3個のアミノ酸残基の欠失と,0~3個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~3個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhGAAは除く);
(iv)配列番号19で示されるアミノ酸配列に対し,0~2個のアミノ酸残基の欠失と,0~2個のアミノ酸残基の他のアミノ酸残基への置換と,更に0~2個のアミノ酸残基の付加とを行ってなるアミノ酸配列を有するもの(但し野生型のhGAAは除く)。
【0122】
種々のhGAA変異体における通常の野生型hGAAと比較したときの各変異の位置及びその形式(欠失,置換,及び付加)は,両hGAAのアミノ酸配列のアラインメントにより,容易に確認することができる。
【0123】
hGAA変異体のアミノ酸配列は,配列番号19で示される通常の野生型hGAAのアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の同一性を示し,85%以上の同一性を示し,90%以上の同一性を示し,又は,95%以上の同一性を示し,例えば,98%以上,又は99%の同一性を示すものである。
【0124】
本発明の蛋白質は,その一実施形態において,野生型では1又は複数のマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖が結合する糖蛋白質の,野生型のアミノ酸配列に変異を加えることにより,該糖蛋白質に結合するN-結合型糖鎖の少なくとも一つを欠失させたもの,すなわちM6P低修飾型蛋白質である。野生型では1又は複数のマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖が結合する糖蛋白質としては,hGAAを用いることができ,野生型hGAAのアミノ酸配列に変異を加えることにより,コンセンサス配列を改変し,hGAAに結合するN-結合型糖鎖の少なくとも一つを欠失させたM6P低修飾型hGAAを作成することができる。配列番号19で示される野生型hGAAのコンセンサス配列のうち,M6Pを含むN-結合型糖鎖が結合する箇所は,71位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列,164位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列,及び401位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列のそれぞれに含まれるアスパラギン残基である。従って,配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中71位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列,164位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列,及び401位のアスパラギンから始まるコンセンサス配列をそれぞれ改変し,hGAAに結合するM6Pを含むN-結合型糖鎖を欠失させたM6P低修飾型hGAAを作成することができる。M6P低修飾型hGAAは,野生型hGAAのみならず,上記のhGAA変異体に変異を加えることによっても作製することができる。
【0125】
かかるM6P低修飾型hGAAの好ましい実施形態として,配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の,Asn-Xaa-Yaaで示される,71位のアスパラギンから73位のセリンまでに対応するアミノ酸配列,164位のアスパラギンから166位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列,及び401位のアスパラギンから403位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列,の少なくとも一つに対し,以下の(10-a)乃至(10-c)からなる群から選択される変異を少なくとも一つ含んでなり,且つ該変異が,新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではないhGAAが挙げられる:
(10-a)該Asnを欠失させるか,又はアスパラギン以外のアミノ酸に置換させるもの;
(10-b)該Xaaで示されるアミノ酸をプロリンに置換させるもの;及び
(10-c)該Yaaで示されるアミノ酸をトレオニン及びセリン以外のアミノ酸に置換させるもの。
【0126】
すなわち,M6P低修飾型hGAAの好ましい実施形態の一つは,配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の,71位のアスパラギンから73位のセリンまでに対応するアミノ酸配列,164位のアスパラギンから166位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列,及び401位のアスパラギンから403位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列,の少なくとも一つに対し変異を加えることにより,該71位,164位,又は401位のいずれかのアスパラギンに結合するN-結合型糖鎖が欠失するように変異させたものである,hGAAということができる。
【0127】
また,本発明におけるM6P低修飾型hGAAは,配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の,71位のアスパラギンから73位のセリンまでに対応するアミノ酸配列,164位のアスパラギンから166位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列,及び401位のアスパラギンから403位のトレオニンまでに対応するアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において,更に以下の(10’-a)乃至(10’-h)からなる群から選択される変異を含んでなり,且つ該変異が新たにN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を生じさせるものではないものであってもよい:
(10’-a)1~10個のアミノ酸を他のアミノ酸に置換させたもの;
(10’-b)1~10個のアミノ酸を欠失させたもの;
(10’-c)上記の(10’-a)の置換と(10’-b)の欠失を組み合わせたもの;
(10’-d)アミノ酸配列中に又はアミノ酸配列のN末端若しくはC末端に,1~10個のアミノ酸を付加させたもの;
(10’-e)上記の(10’-a)の置換と(10’-d)の付加を組み合わせたもの;
(10’-f)上記の(10’-b)の欠失と(10’-d)の付加を組み合わせたもの;
(10’-g)上記の(10’-a)の置換と,(10’-b)の欠失と,及び(10’-d)の付加を組み合わせたもの;及び
(10’-h)80%以上の同一性を示すもの。
【0128】
上記M6P低修飾型hGAAの好ましい実施形態としては,例えば,以下の(11-a)~(11-e)に示すアミノ酸配列を有し,且つ新たなN-結合型糖鎖が結合するコンセンサス配列を有するものではないものが挙げられる:
(11-a)配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の71位,164位及び401位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号22で示されるM6P低修飾型hGAAのアミノ酸配列に対し,当該71位,164位及び401位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(11-b)配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の71位,164位及び401位のアスパラギンがグルタミンに置換された配列番号22で示されるM6P低修飾型hGAAのアミノ酸配列;
(11-c)配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の73位のセリン,166位及び403位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号23で示されるM6P低修飾型hGAAのアミノ酸配列に対し,当該73位,166位及び403位のアミノ酸以外のアミノ酸配列において,80%以上,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性を示すもの;
(11-d)配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列中の73位のセリン,166位及び403位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号23で示されるM6P低修飾型hGAAのアミノ酸配列;
(11-e)配列番号19で示される野生型hGAAのアミノ酸配列に対し,71位,164位及び401位のアスパラギンがグルタミンに置換され,且つ73位のセリン,166位及び403位のトレオニンがアラニンに置換された配列番号24で示されるM6P低修飾型hGAAのアミノ酸配列。
【0129】
かかるM6P低修飾型hGAAは,野生型hGAAと比較して,10%以上,20%以上,30%以上,40%以上,50%以上,又は60%以上の酵素活性を維持しており,好ましくは20%以上,又は50%以上の酵素活性を維持している。
【0130】
上記M6P低修飾型hIDS,M6P低修飾型hIDUA,M6P低修飾型hSGSH,及びM6P低修飾型hGAAを含むM6P低修飾型蛋白質は,当該M6P低修飾型蛋白質をコードする遺伝子を組み込んだ発現ベクターを用いて形質転換させた宿主細胞を培養することにより,組換え蛋白質として製造することができる。
【0131】
このとき用いられる宿主細胞は,そのような発現ベクターを導入することによりM6P低修飾型蛋白質を発現させることができるものである限り特に制限はなく,哺乳動物細胞,酵母,植物細胞,昆虫細胞等の真核生物細胞,大腸菌,枯草菌等の原核細胞の何れであってもよいが,哺乳動物細胞が特に好適である。
【0132】
哺乳動物細胞を宿主細胞として使用する場合,該哺乳動物細胞の種類について特に限定はないが,ヒト,マウス,チャイニーズハムスター由来の細胞が好ましく,特にチャイニーズハムスター卵巣細胞由来のCHO細胞,又はマウス骨髄腫に由来するNS/0細胞が好ましい。またこのときM6P低修飾型蛋白質をコードするDNA断片を組み込んで発現させるために用いる発現ベクターは,哺乳動物細胞内に導入したとき該遺伝子の発現をもたらすものであれば特に限定なく用いることができる。発現ベクターに組み込まれた該遺伝子は,哺乳動物細胞内で遺伝子の転写の頻度を調節することができるDNA配列(遺伝子発現制御部位)の下流に配置される。本発明において用いることのできる遺伝子発現制御部位としては,例えば,サイトメガロウイルス由来のプロモーター,SV40初期プロモーター,ヒト伸長因子-1α(EF-1α)プロモーター,ヒトユビキチンCプロモーター等が挙げられる。
【0133】
目的の蛋白質をコードする遺伝子の下流側に内部リボソーム結合部位(IRES: internal ribosome entry site)を介して,選択マーカーとしてグルタミン合成酵素(GS)を配置した発現ベクターが知られている(国際特許公報WO2012/063799,WO2013/161958)。これら文献に記載された発現ベクターは,本発明の変異型蛋白質の製造に特に好適に使用することができる。
【0134】
例えば,目的の蛋白質を発現させるための発現ベクターであって,第1の遺伝子発現制御部位,並びに,その下流に該蛋白質をコードする遺伝子,更に下流に内部リボソーム結合部位,及び更に下流にグルタミン合成酵素をコードする遺伝子を含み,且つ,上記第1の遺伝子発現制御部位の又はこれとは別の第2の遺伝子発現制御部位の下流にジヒドロ葉酸レダクターゼ遺伝子又は薬剤耐性遺伝子を更に含んでなる発現ベクターは,M6P低修飾型蛋白質の製造に好適に使用できる。この発現ベクターにおいて,第1の遺伝子発現制御部位又は第2の遺伝子発現制御部位としては,サイトメガロウイルス由来のプロモーター,SV40初期プロモーター,ヒト伸長因子-1αプロモーター(hEF-1αプロモーター),ヒトユビキチンCプロモーターが好適に用いられるが,hEF-1αプロモーターが特に好適である。
【0135】
また,内部リボソーム結合部位としては,ピコルナウイルス科のウイルス,口蹄疫ウイルス,A型肝炎ウイルス,C型肝炎ウイルス,コロナウイルス,ウシ腸内ウイルス,サイラーのネズミ脳脊髄炎ウイルス,コクサッキーB型ウイルスからなる群より選択されるウイルスのゲノム,又はヒト免疫グロブリン重鎖結合蛋白質遺伝子,ショウジョウバエアンテナペディア遺伝子,ショウジョウバエウルトラビトラックス遺伝子からなる群から選択される遺伝子の5’非翻訳領域に由来するものが好適に用いられるが,マウス脳心筋炎ウイルスゲノムの5’非翻訳領域に由来する内部リボソーム結合部位が特に好適である。マウス脳心筋炎ウイルスゲノムの5’非翻訳領域に由来する内部リボソーム結合部位を用いる場合,野生型のもの以外に,野生型の内部リボソーム結合部位に含まれる複数の開始コドンのうちの一部が破壊されたものも好適に使用できる。また,この発現ベクターにおいて,好適に用いられる薬剤耐性遺伝子は,好ましくはピューロマイシン又はネオマイシン耐性遺伝子であり,より好ましくはピューロマイシン耐性遺伝子である。
【0136】
また,例えば,目的の蛋白質を発現させるための発現ベクターであって,ヒト伸長因子-1αプロモーター,その下流に該蛋白質をコードする遺伝子,更に下流にマウス脳心筋炎ウイルスゲノムの5’非翻訳領域に由来する内部リボソーム結合部位,及び更に下流にグルタミン合成酵素をコードする遺伝子を含み,且つ別の遺伝子発現制御部位及びその下流にジヒドロ葉酸レダクターゼ遺伝子を更に含む発現ベクターであって,該内部リボソーム結合部位が,野生型の内部リボソーム結合部位に含まれる複数の開始コドンのうちの一部が破壊されたものである発現ベクターは,M6P低修飾型蛋白質の製造に好適に使用できる。このような発現ベクターとして,WO2013/161958に記載された発現ベクターが挙げられる。
【0137】
また,例えば,目的の蛋白質を発現させるための発現ベクターであって,ヒト伸長因子-1αプロモーター,その下流に該蛋白質をコードする遺伝子,更に下流にマウス脳心筋炎ウイルスゲノムの5’非翻訳領域に由来する内部リボソーム結合部位,及び更に下流にグルタミン合成酵素をコードする遺伝子を含み,且つ別の遺伝子発現制御部位及びその下流に薬剤耐性遺伝子を更に含む発現ベクターであって,該内部リボソーム結合部位が,野生型の内部リボソーム結合部位に含まれる複数の開始コドンのうちの一部が破壊されたものである発現ベクターは,本発明のM6P低修飾型蛋白質の製造に好適に使用できる。このような発現ベクターとして,WO2012/063799に記載されたpE-mIRES-GS-puro及びWO2013/161958に記載されたpE-mIRES-GS-mNeoが挙げられる。
【0138】
野生型のマウス脳心筋炎ウイルスゲノムの5’非翻訳領域に由来する内部リボソーム結合部位の3’末端には,3つの開始コドン(ATG)が存在している。上記のpE-mIRES-GS-puro及びpE-mIRES-GS-mNeoは,開始コドンのうちの一部が破壊されたIRESを有する発現ベクターである。
【0139】
M6P低修飾型hIDS,M6P低修飾型hIDUA,M6P低修飾型hSGSH,及びM6P低修飾型hGAAを含むM6P低修飾型蛋白質は,これをコードする遺伝子を組み込んだ発現ベクターを導入した宿主細胞を培養することにより,細胞中又は培地中に発現させることができる。哺乳動物細胞が宿主細胞である場合のM6P低修飾型蛋白質の発現方法について,以下に詳述する。
【0140】
哺乳動物細胞の培養のための培地としては,哺乳動物細胞を培養して増殖させることのできるものであれば,特に限定なく用いることができるが,好ましくは無血清培地が用いられる。本発明において,組換え蛋白質生産用培地として用いられる無血清培地としては,例えば,アミノ酸を3~700 mg/L,ビタミン類を0.001~50 mg/L,単糖類を0.3~10 g/L,無機塩を0.1~10000 mg/L,微量元素を0.001~0.1 mg/L,ヌクレオシドを0.1~50 mg/L,脂肪酸を0.001~10 mg/L,ビオチンを0.01~1 mg/L,ヒドロコルチゾンを0.1~20 μg/L,インシュリンを0.1~20 mg/L,ビタミンB12を0.1~10 mg/L,プトレッシンを0.01~1 mg/L,ピルビン酸ナトリウムを10~500 mg/L,及び水溶性鉄化合物を含有する培地が好適に用いられる。所望により,チミジン,ヒポキサンチン,慣用のpH指示薬及び抗生物質等を培地に添加してもよい。
【0141】
組換え蛋白質生産用培地として用いられる無血清培地として,DMEM/F12培地(DMEMとF12の混合培地)を基本培地として用いてもよく,これら各培地は当業者に周知である。更にまた,無血清培地として,炭酸水素ナトリウム,L-グルタミン,D-グルコース,インスリン,ナトリウムセレナイト,ジアミノブタン,ヒドロコルチゾン,硫酸鉄(II),アスパラギン,アスパラギン酸,セリン及びポリビニルアルコールを含むものである,DMEM(HG)HAM改良型(R5)培地を使用してもよい。更には市販の無血清培地,例えば,CD OptiCHOTM培地,CHO-S-SFM II培地又はCD CHO培地(Thermo Fisher Scientific社,旧ライフテクノロジーズ社),EX-CELLTM Advanced CHO培地,EX-CELLTM 302培地,又はEX-CELLTM 325-PF培地(SAFC Biosciences社)等を基本培地として使用することもできる。
【0142】
本発明のM6P低修飾型蛋白質は,これをコードする遺伝子を組み込んだ発現ベクターを導入した哺乳動物細胞を上記の無血清培地で培養して組換え蛋白質として発現させたときに,同一条件で野生型の当該蛋白質を組換え蛋白質として発現させたときと比較して,蛋白質に付加されるM6Pを含むN-結合型糖鎖が減少又は欠失していることを特徴とする。このとき用いられる哺乳動物細胞は,CHO細胞,NS/0細胞等であるが,特にCHO細胞である。
【0143】
M6P低修飾型蛋白質をコードする宿主細胞を培養することにより,細胞内又は培地中に発現した組換えM6P低修飾型蛋白質は,カラムクロマトグラフィー等の方法により不純物から分離し,精製することができる。精製されたM6P低修飾型蛋白質は,細胞上に存在する蛋白質に親和性を有するリガンドとの結合体とすることもできる。
【0144】
M6P低修飾型蛋白質と,リガンドとの結合体を製造する方法としては,非ペプチドリンカー又はペプチドリンカーを介して結合させる方法がある。非ペプチドリンカーとしては,ポリエチレングリコール,ポリプロピレングリコール,エチレングリコールとプロピレングリコールとの共重合体,ポリオキシエチル化ポリオール,ポリビニルアルコール,多糖類,デキストラン,ポリビニルエーテル,生分解性高分子,脂質重合体,キチン類,及びヒアルロン酸,又はこれらの誘導体,若しくはこれらを組み合わせたものを用いることができる。ペプチドリンカーは,ペプチド結合した1~50個のアミノ酸から構成されるペプチド鎖若しくはその誘導体であって,そのN末端とC末端が,それぞれM6P低修飾型蛋白質又はリガンドのいずれかと共有結合を形成することにより,本発明の蛋白質とリガンドとを結合させるものである。
【0145】
なお,本発明において,「リガンド」というときは,標的となる蛋白質に親和性を有するペプチドや蛋白質等のことをいう。但し,M6P受容体に親和性を有するものはリガンドには含まれない。本発明の一実施形態におけるリガンドの標的となる蛋白質は,細胞表面に存在する蛋白質であって,特に脳血管内皮細胞の表面に存在する蛋白質である。かかる細胞表面に存在する蛋白質としては,ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR),トランスフェリン受容体(TfR),インスリン受容体(IR),レプチン受容体,インスリン様成長因子I受容体,インスリン様成長因子II受容体,リポ蛋白質受容体,ブドウ糖輸送担体1,有機アニオントランスポーター,モノカルボン酸トランスポーター,低密度リポ蛋白質受容体関連蛋白質1,低密度リポ蛋白質受容体関連蛋白質8,ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR),及びヘパリン結合性上皮成長因子様成長因子の膜結合型前駆体が例示できる。更に,有機アニオントランスポーターとしてはOATP-Fが,モノカルボン酸トランスポーターとしてはMCT-8が例示できる。また,本発明の一実施形態におけるリガンドの標的となる蛋白質は,筋細胞の表面に存在する蛋白質である。かかる細胞表面に存在する蛋白質としては,トランスフェリン受容体(TfR)及びインスリン様成長因子I受容体が例示できる。
【0146】
リガンドには,例えば,細胞表面に存在する蛋白質に対する抗体が含まれる。また,リガンドには,トランスフェリン,インスリン,レプチン,インスリン様成長因子I,インスリン様成長因子II,リポ蛋白質等の細胞表面に存在する受容体の本来のリガンドが含まれる。当該本来のリガンドは野生型のものであってよく,受容体に対して親和性を有するものである限り,変異体であってもよい。また,これらに限らず,細胞表面に存在する蛋白質(受容体を含む)に親和性を有するものである限り,人工的に構築されたペプチドであってもよい。
【0147】
本発明の一実施形態におけるM6P低修飾型蛋白質は,リガンドとの融合蛋白質として作製することもできる。かかるリガンドは,M6P低修飾型蛋白質のN末端側又はC末端側の何れにも融合させることができる。かかる融合蛋白質は,M6P低修飾型蛋白質と同様に,組換え蛋白質として作製することができる。
【0148】
本発明の一実施形態において,血管内皮細胞(特に脳血管内皮細胞)上に存在する蛋白質に対し親和性を有するリガンドとM6P低修飾型蛋白質の結合体又は融合蛋白質は,脳血管内皮細胞に結合した後に血液脳関門(BBB)を通過して中枢神経系(CNS)において機能を発揮することができる。このときの好適なリガンドとして抗トランスフェリン受容体(TfR)抗体及び抗インスリン受容体(IR)抗体が挙げられる。このような結合体又は融合蛋白質を生体内に投与した場合,当該結合体又は融合蛋白質は細胞に取り込まれて中枢神経系で生理活性を発揮する一方,M6Pを発現する細胞においては,当該細胞上に存在するリガンドのターゲットとなる蛋白質,例えばTfR,IRの細胞上の数が減少することが抑制される。
【0149】
また本発明の一実施形態において,筋細胞上に存在する蛋白質に対し親和性を有するリガンドとM6P低修飾型蛋白質の結合体又は融合蛋白質は,筋細胞に結合した後に筋細胞に取り込まれて機能を発揮することができる。このときの好適なリガンドとして抗トランスフェリン受容体(TfR)抗体及び抗インスリン受容体(IR)抗体が挙げられる。このような結合体又は融合蛋白質を生体内に投与した場合,当該結合体又は融合蛋白質は細胞に取り込まれて細胞内で生理活性を発揮する一方,当該結合体又は融合蛋白質が結合した筋細胞上に存在する蛋白質,例えばTfR,IRの細胞上の数が大きく減少することはない。
【0150】
また本発明の一実施形態において,特定の細胞上に存在する蛋白質に対して親和性を有するリガンドとM6P低修飾型蛋白質の結合体又は融合蛋白質は,当該特定の細胞に結合した後に細胞内に取り込まれ機能を発揮することができる。このような結合体又は融合蛋白質を生体内に投与した場合,当該結合体又は融合蛋白質は当該特定の細胞に取り込まれて当該細胞内で生理活性を発揮する一方,当該結合体又は融合蛋白質が結合した細胞上に存在する蛋白質の数が大きく減少することはない。
【0151】
また本発明の一実施形態において,広く種々の細胞上に存在する蛋白質に対して親和性を有するリガンドとM6P低修飾型蛋白質の結合体又は融合蛋白質は,広く種々の細胞に結合した後に細胞内に取り込まれ機能を発揮することができる。このような結合体又は融合蛋白質を生体内に投与した場合,当該結合体又は融合蛋白質は広く種々の細胞に取り込まれて種々の組織内で生理活性を発揮する一方,当該結合体又は融合蛋白質が結合した細胞上に存在する蛋白質の数が大きく減少することはない。
【0152】
以下,本発明の一実施形態においてリガンドとなる抗体について詳述する。本発明において,「抗体」の語は,主としてヒト抗体,マウス抗体,ヒト化抗体,ラクダ科動物(アルパカを含む)由来の抗体,ヒト抗体と他の哺乳動物の抗体とのキメラ抗体,及びマウス抗体と他の哺乳動物の抗体とのキメラ抗体のことをいうが,特定の抗原に特異的に結合する性質を有するものである限り,これらに限定されるものではなく,抗体の断片や,抗原結合性ペプチド等であっても良い。また,抗体が動物に由来するものである場合にあっても,その動物種にも特に制限はない。
【0153】
本発明において,「ヒト抗体」の語は,その蛋白質全体がヒト由来の遺伝子にコードされている抗体をいう。但し,遺伝子の発現効率を上昇させる等の目的で,元のヒトの遺伝子に,元のアミノ酸配列に変化を与えることなく変異を加えた遺伝子にコードされる抗体も,「ヒト抗体」に含まれる。また,ヒト抗体をコードする2つ以上の遺伝子を組み合わせて,あるヒト抗体の一部を他のヒト抗体の一部に置き換えて作製した抗体も,「ヒト抗体」である。ヒト抗体は,多くの場合,軽鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)と重鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)を有する。軽鎖の3箇所のCDRは,N末端側にあるものから順にCDR1,CDR2及びCDR3という。重鎖の3箇所のCDRも,N末端側にあるものから順にCDR1,CDR2及びCDR3という。あるヒト抗体のCDRを,その他のヒト抗体のCDRに置き換えることにより,ヒト抗体の抗原特異性,親和性等を改変した抗体も,ヒト抗体に含まれる。
【0154】
本発明において,元のヒト抗体の遺伝子を改変することにより,元の抗体のアミノ酸配列に置換,欠失,付加等の変異を加えた抗体も,「ヒト抗体」に含まれる。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を他のアミノ酸で置換する場合,置換するアミノ酸の個数は,好ましくは1~20個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個である。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~20個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えた抗体も,ヒト抗体である。アミノ酸を付加する場合,元の抗体のアミノ酸配列中若しくはN末端又はC末端に,好ましくは1~20個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個のアミノ酸を付加する。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えた抗体も,ヒト抗体である。変異を加えた抗体のアミノ酸配列は,元の抗体のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の同一性を示し,より好ましくは90%以上の同一性を示し,更に好ましくは,95%以上の同一性を示し,更により好ましくは98%以上の同一性を示す。ヒト抗体に上記の変異を加える場合,当該変異は抗体の可変領域に加えることができる。抗体の可変領域に上記の変異を加える場合,当該変異は可変領域のCDRとフレームワーク領域の何れに加えてもよいが,特にフレームワーク領域に加えられる。即ち,本発明において「ヒト由来の遺伝子」というときは,ヒト由来の元の遺伝子に加えて,これに改変を加えることにより得られる遺伝子も含まれる。
【0155】
本発明において,「ヒト化抗体」の語は,可変領域の一部(例えば,特にCDRの全部又は一部)のアミノ酸配列がヒト以外の哺乳動物由来であり,それ以外の領域がヒト由来である抗体のことをいう。例えば,ヒト化抗体として,ヒト抗体を構成する軽鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)と重鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)を,他の哺乳動物のCDRに置き換えることによって作製された抗体が挙げられる。ヒト抗体の適切な位置に移植されるCDRの由来となる他の哺乳動物の生物種は,ヒト以外の哺乳動物である限り特に限定はないが,好ましくは,マウス,ラット,ウサギ,ウマ,又はヒト以外の霊長類であり,より好ましくはマウス及びラットであり,更に好ましくはマウスである。また,元のヒト化抗体のアミノ酸配列に上記のヒト抗体に加えることのできる変異と同様の変異を加えた抗体も,「ヒト化抗体」に含まれる。
【0156】
本発明において,「キメラ抗体」の語は,2つ以上の異なる種に由来する,2つ以上の異なる抗体の断片が連結されてなる抗体のことをいう。
【0157】
ヒト抗体と他の哺乳動物の抗体とのキメラ抗体とは,ヒト抗体の一部がヒト以外の哺乳動物の抗体の一部によって置き換えられた抗体である。抗体が,以下に説明するFc領域,Fab領域及びヒンジ部とからなるものである場合,このようなキメラ抗体の具体例として,Fc領域がヒト抗体に由来する一方でFab領域が他の哺乳動物の抗体に由来するキメラ抗体が挙げられる。ヒンジ部は,ヒト抗体又は他の哺乳動物の抗体のいずれかに由来する。逆に,Fc領域が他の哺乳動物に由来する一方でFab領域がヒト抗体に由来するキメラ抗体が挙げられる。ヒンジ部は,ヒト抗体又は他の哺乳動物の抗体のいずれかに由来する。
【0158】
また,ある抗体は,可変領域と定常領域とからなるということもできる。キメラ抗体の他の具体例として,重鎖の定常領域(CH)と軽鎖の定常領域(CL)がヒト抗体に由来する一方で,重鎖の可変領域(VH)及び軽鎖の可変領域(VL)が他の哺乳動物の抗体に由来するもの,逆に,重鎖の定常領域(CH)と軽鎖の定常領域(CL)が他の哺乳動物の抗体に由来する一方で,重鎖の可変領域(VH)及び軽鎖の可変領域(VL)がヒト抗体に由来するものも挙げられる。ここで,他の哺乳動物の生物種は,ヒト以外の哺乳動物である限り特に限定はないが,好ましくは,マウス,ラット,ウサギ,ウマ,又はヒト以外の霊長類であり,例えばマウスである。
【0159】
本発明の一実施形態における抗体は,2本の免疫グロブリン軽鎖(又は単に「軽鎖」)と2本の免疫グロブリン重鎖(又は単に「重鎖」)の計4本のポリペプチド鎖からなる基本構造を有する。但し,本発明において,「抗体」というときは,この基本構造を有するものに加え,
(1)1本の軽鎖と1本の重鎖の計2本のポリペプチド鎖からなるもの,
(2)本来の意味での抗体の基本構造からFc領域が欠失したものであるFab領域からなるもの及びFab領域とヒンジ部の全部若しくは一部とからなるもの(Fab,F(ab’)及びF(ab’)2を含む),
(3)軽鎖のC末端側にリンカー配列を,そして更にそのC末端側に重鎖を結合させてなるものである一本鎖抗体,
(4)重鎖のC末端側にリンカー配列を,そして更にそのC末端側に軽鎖を結合させてなるものである一本鎖抗体,
(5)本来の意味での抗体の基本構造からFab領域が欠失したものであるFc領域からなるものであって,且つ当該Fc領域のアミノ酸配列が特定の抗原に特異的に結合する性質を有するように改変されたもの(Fc抗体),及び
(6)後述する単一ドメイン抗体も,本発明における「抗体」に含まれる。
【0160】
本発明の一実施形態における抗体は,ラクダ科動物(アルパカを含む)由来の抗体である。ラクダ科動物の抗体には,ジスルフィド結合により連結された2本の重鎖からなるものがある。この2本の重鎖からなる抗体を重鎖抗体という。VHHは,重鎖抗体を構成する重鎖の可変領域を含む1本の重鎖からなる抗体,又は重鎖抗体を構成する定常領域(CH)を欠く1本の重鎖からなる抗体である。VHHも本発明の実施形態における抗体の一つである。その他,ジスルフィド結合により連結された2本の軽鎖からなる抗体も本発明の実施形態における抗体の一つである。この2本の軽鎖からなる抗体を軽鎖抗体という。ラクダ科動物由来の抗体(VHHを含む)をヒトに投与したときの抗原性を低減させるために,ラクダ科動物の抗体のアミノ酸配列に変異を加えたものも,本発明の一実施形態における抗体である。ラクダ科動物の抗体のアミノ酸に変異を加える場合,本明細書に記載の抗体に加えることのできる変異と同様の変異を加えることができる。
【0161】
本発明の一実施形態における抗体は,サメ由来の抗体である。サメの抗体は,ジスルフィド結合により連結された2本の重鎖からなる。この2本の重鎖からなる抗体を重鎖抗体という。VNARは,重鎖抗体を構成する重鎖の可変領域を含む1本の重鎖からなる抗体,又は重鎖抗体を構成する定常領域(CH)を欠く1本の重鎖からなる抗体である。VNARも本発明の実施形態における抗体の一つである。サメ由来の抗体(VNARを含む)をヒトに投与したときの抗原性を低減させるために,サメの抗体のアミノ酸配列に変異を加えたものも,本発明の一実施形態における抗体である。サメの抗体のアミノ酸に変異を加える場合,本明細書に記載の抗体に加えることのできる変異と同様の変異を加えることができる。サメの抗体をヒト化したものも本発明の実施形態における抗体の一つである。
【0162】
2本の軽鎖と2本の重鎖の計4本のポリペプチド鎖からなる基本構造を有する抗体は,軽鎖の可変領域(VL)に3箇所の相補性決定領域(CDR)と重鎖の可変領域(VH)に3箇所の相補性決定領域(CDR)を有する。軽鎖の3箇所のCDRは,N末端側にあるものから順にCDR1,CDR2及びCDR3という。重鎖の3箇所のCDRも,N末端側にあるものから順にCDR1,CDR2及びCDR3という。ただし,これらCDRの一部又は全部が不完全であるか,又は存在しないものであっても,特定の抗原に特異的に結合する性質を有するものである限り,抗体に含まれる。軽鎖及び重鎖の可変領域(VL及びVH)のCDR以外の領域は,フレームワーク領域(FR)という。FRは,N末端側にあるものから順にFR1,FR2,FR3,及びFR4という。通常,CDRとFRはN末端側から順に,FR1,CDR1,FR2,CDR2,FR3,CDR3,FR4の順で存在する。
【0163】
本発明の一実施形態において,元の抗体のアミノ酸配列に置換,欠失,付加等の変異を加えた抗体も,抗体に含まれる。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を他のアミノ酸で置換する場合,置換するアミノ酸の個数は,好ましくは1~20個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個である。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~20個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えたものも,抗体である。アミノ酸を付加する場合,元の抗体のアミノ酸配列中若しくはN末端又はC末端に,好ましくは1~20個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個のアミノ酸を付加する。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えたものも,抗体である。変異を加えた抗体のアミノ酸配列は,元の抗体のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の同一性を示し,より好ましくは85%以上の同一性を示し,更に好ましくは,90%以上,95%以上,又は98%以上の同一性を示す。
【0164】
本発明の一実施形態において,元の抗体の可変領域のアミノ酸配列に置換,欠失,付加等の変異を加えた抗体も,抗体に含まれる。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を他のアミノ酸で置換する場合,置換するアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個である。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えたものも,抗体である。アミノ酸を付加する場合,元の抗体のアミノ酸配列中若しくはN末端又はC末端に,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個のアミノ酸を付加する。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えたものも,抗体である。変異を加えた抗体のアミノ酸配列は,元の抗体のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の同一性を示し,より好ましくは85%以上の同一性を示し,更に好ましくは,90%以上,95%以上,又は98%以上の同一性を示す。抗体の可変領域に変異を加える場合,当該変異は可変領域のCDRとフレームワーク領域の何れに加えてもよいが,特にフレームワーク領域に加えられる。
【0165】
本発明の一実施形態において,元の抗体の可変領域のフレームワーク領域のアミノ酸配列に置換,欠失,付加等の変異を加えた抗体も,抗体に含まれる。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を他のアミノ酸で置換する場合,置換するアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個である。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えたものも,抗体である。アミノ酸を付加する場合,元の抗体のアミノ酸配列中若しくはN末端又はC末端に,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個のアミノ酸を付加する。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えたものも,抗体である。変異を加えた抗体のアミノ酸配列は,元の抗体のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の同一性を示し,より好ましくは85%以上の同一性を示し,更に好ましくは,90%以上,95%以上,又は98%以上の同一性を示す。
【0166】
本発明の一実施形態において,元の抗体の可変領域のCDR領域のアミノ酸配列に置換,欠失,付加等の変異を加えた抗体も,抗体に含まれる。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を他のアミノ酸で置換する場合,置換するアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個,より好ましくは1~3個,更に好ましくは1又は2個である。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個,より好ましくは1~3個,更に好ましくは1又は2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えたものも,抗体である。アミノ酸を付加する場合,元の抗体のアミノ酸配列中若しくはN末端又はC末端に,好ましくは1~5個,より好ましくは1~3個,更に好ましくは1又は2個のアミノ酸を付加する。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えたものも,抗体である。変異を加えた抗体のアミノ酸配列は,元の抗体のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の同一性を示し,より好ましくは85%以上の同一性を示し,更に好ましくは,90%以上,95%以上,又は98%以上の同一性を示す。
【0167】
元の抗体のアミノ酸配列と変異を加えた抗体のアミノ酸配列との同一性は,周知の相同性計算アルゴリズムを用いて容易に算出することができる。例えば,そのようなアルゴリズムとして,BLAST(Altschul SF. J Mol. Biol. 215. 403-10, (1990)),Pearson及びLipmanの類似性検索法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 85. 2444 (1988)),Smith及びWatermanの局所相同性アルゴリズム(Adv. Appl. Math. 2. 482-9(1981))等がある。
【0168】
本発明の一実施形態において,Fabとは,可変領域とCL領域(軽鎖の定常領域)を含む1本の軽鎖と,可変領域とCH1領域(重鎖の定常領域の部分1)を含む1本の重鎖が,それぞれに存在するシステイン残基同士でジスルフィド結合により結合した分子のことをいう。Fabにおいて,重鎖は,可変領域とCH1領域(重鎖の定常領域の部分1)に加えて,更にヒンジ部の一部を含んでもよいが,この場合のヒンジ部は,ヒンジ部に存在して抗体の重鎖どうしを結合するシステイン残基を欠くものである。Fabにおいて,軽鎖と重鎖とは,軽鎖の定常領域(CL領域)に存在するシステイン残基と,重鎖の定常領域(CH1領域)又はヒンジ部に存在するシステイン残基との間で形成されるジスルフィド結合により結合する。Fabを形成する重鎖のことをFab重鎖という。Fabは,ヒンジ部に存在して抗体の重鎖どうしを結合するシステイン残基を欠いているので,1本の軽鎖と1本の重鎖とからなる。Fabを構成する軽鎖(Fab軽鎖)は,可変領域とCL領域を含む。Fabを構成する重鎖は,可変領域とC1領域からなるものであってもよく,可変領域,CH1領域に加えてヒンジ部の一部を含むものであってもよい。但しこの場合,ヒンジ部で2本の重鎖の間でジスルフィド結合が形成されないように,ヒンジ部は重鎖間を結合するシステイン残基を含まないように選択される。F(ab’)においては,その重鎖は可変領域とCH1領域に加えて,重鎖どうしを結合するシステイン残基を含むヒンジ部の全部又は一部を含む。F(ab’)2は2つのF(ab’)が互いのヒンジ部に存在するシステイン残基どうしでジスルフィド結合により結合した分子のことをいう。F(ab’)又はF(ab’)2を形成する重鎖のことをFab’重鎖という。また,複数の抗体が直接又はリンカーを介して結合してなるニ量体,三量体等の重合体も,抗体である。更に,これらに限らず,抗体分子の一部を含み,且つ,抗原に特異的に結合する性質を有するものは何れも,本発明でいう「抗体」に含まれる。即ち,本発明において軽鎖というときは,軽鎖に由来し,その可変領域の全て又は一部のアミノ酸配列を有するものが含まれる。また,重鎖というときは,重鎖に由来し,その可変領域の全て又は一部のアミノ酸配列を有するものが含まれる。従って,可変領域の全て又は一部のアミノ酸配列を有する限り,例えば,Fc領域が欠失したものも,重鎖である。
【0169】
また,ここでFc又はFc領域とは,抗体分子中の,CH2領域(重鎖の定常領域の部分2),及びCH3領域(重鎖の定常領域の部分3)からなる断片を含む領域のことをいう。
【0170】
更には,本発明の一実施形態における抗体は,
(7)上記(2)で示したFab,F(ab’)又はF(ab’)2を構成する軽鎖と重鎖を,リンカー配列を介して結合させて,それぞれ一本鎖抗体としたscFab,scF(ab’),及びscF(ab’)2も含まれる。ここで,scFab,scF(ab’),及びscF(ab’)2にあっては,軽鎖のC末端側にリンカー配列を,そして更にそのC末端側に重鎖を結合させてなるものでもよく,また,重鎖のC末端側にリンカー配列を,そして更にそのC末端側に軽鎖を結合させてなるものでもよい。更には,軽鎖の可変領域と重鎖の可変領域をリンカーを介して結合させて一本鎖抗体としたscFvも,本発明における抗体に含まれる。scFvにあっては,軽鎖の可変領域のC末端側にリンカーを,そして更にそのC末端側に重鎖の可変領域を結合させてなるものでもよく,また,重鎖の可変領域のC末端側にリンカーを,そして更にそのC末端側に軽鎖の可変領域を結合させてなるものでもよい。
【0171】
更には,本明細書でいう「抗体」には,完全長抗体,上記(1)~(7)に示されるものに加えて,(1)~(7)を含むより広い概念である,完全長抗体の一部が欠損したものである抗原結合性断片(抗体フラグメント)のいずれの形態も含まれる。抗原結合性断片には,重鎖抗体,軽鎖抗体,VHH,VNAR,及びこれらの一部が欠損したものも含まれる。
【0172】
「抗原結合性断片」の語は,抗原との特異的結合活性の少なくとも一部を保持している抗体の断片のことをいう。結合性断片の例としては,Fab,Fab’,F(ab’)2,可変領域(Fv),重鎖可変領域(VH)と軽鎖可変領域(VL)とを適当なリンカーで連結させた一本鎖抗体(scFv),重鎖可変領域(VH)と軽鎖可変領域(VL)を含むポリペプチドの二量体であるダイアボディ,scFvの重鎖(H鎖)に定常領域の一部(CH3)が結合したものの二量体であるミニボディ,その他の低分子化抗体等を包含する。但し,抗原との結合能を有している限りこれらの分子に限定されない。
【0173】
本発明の一実施形態において,「一本鎖抗体」というときは,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列のC末端側にリンカー配列が結合し,更にそのC末端側に重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列が結合してなり,特定の抗原に特異的に結合することのできる蛋白質をいう。また,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列のC末端側にリンカー配列が結合し,更にそのC末端側に軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列が結合してなり,特定の抗原に特異的に結合することのできる蛋白質も,本発明における「一本鎖抗体」である。重鎖のC末端側にリンカー配列を介して軽鎖が結合した一本鎖抗体にあっては,通常,重鎖は,Fc領域が欠失している。軽鎖の可変領域は,抗体の抗原特異性に関与する相補性決定領域(CDR)を3つ有している。同様に,重鎖の可変領域も,CDRを3つ有している。これらのCDRは,抗体の抗原特異性を決定する主たる領域である。従って,一本鎖抗体には,重鎖の3つのCDRが全てと,軽鎖の3つのCDRの全てとが含まれることが好ましい。但し,抗体の抗原特異的な親和性が維持される限り,CDRの1個又は複数個を欠失させた一本鎖抗体とすることもできる。
【0174】
一本鎖抗体において,抗体の軽鎖と重鎖の間に配置されるリンカー配列は,好ましくは2~50個,より好ましくは8~50個,更に好ましくは10~30個,更により好ましくは12~18個又は15~25個,例えば15個若しくは25個のアミノ酸残基から構成されるペプチド鎖である。そのようなリンカー配列は,これにより両鎖が連結されてなる一本鎖抗体が抗原に対する親和性を保持する限り,そのアミノ酸配列に限定はないが,好ましくは,グリシンのみ又はグリシンとセリンから構成されるものであり,例えば,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号25),アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号26),アミノ酸配列Ser-Gly-Gly-Gly-Gly(配列番号27),又はこれらのアミノ酸配列が2~10回,あるいは2~5回繰り返された配列を含むものである。例えば,重鎖の可変領域の全領域からなるアミノ酸配列のC末端側に,リンカーを介して軽鎖の可変領域を結合させる場合,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号25)の3個が連続したものに相当する計15個のアミノ酸を含むリンカー配列が好適である。
【0175】
本発明の一実施形態において,単一ドメイン抗体とは,単一の可変領域で抗原に特異的に結合する性質を有する抗体のことをいう。単一ドメイン抗体には,可変領域が重鎖の可変領域のみからなる抗体(重鎖単一ドメイン抗体),可変領域が軽鎖の可変領域のみからなる抗体(軽鎖単一ドメイン抗体)が含まれる。VHH,VNARは単一ドメイン抗体の一種である。
【0176】
本発明の一実施形態において,「ヒトトランスフェリン受容体」の語は,配列番号28に示されるアミノ酸配列を有する膜蛋白質をいう。本発明の抗体は,その一実施態様において,配列番号28で示されるアミノ酸配列中N末端側から89番目のシステイン残基からC末端のフェニルアラニンまでの部分(トランスフェリン受容体の細胞外領域)に対して特異的に結合するものであるが,これに限定されない。
【0177】
所望の蛋白質に対する抗体の作製方法としては,当該蛋白質をコードする遺伝子を組み込んだ発現ベクターを導入した細胞を用いて,組換え蛋白質を作製し,この組換え蛋白質を用いてマウス等の動物を免疫して得る方法が一般的である。免疫後の動物から組換え蛋白質に対する抗体産生細胞を取り出し,これとミエローマ細胞とを融合させることにより,組換え蛋白質に対する抗体の産生能を有するハイブリドーマ細胞を作製することができる。
【0178】
また,マウス等の動物より得た免疫系細胞を体外免疫法により所望の蛋白質で免疫することによっても,当該蛋白質に対する抗体を産生する細胞を取得できる。体外免疫法を用いる場合,その免疫系細胞が由来する動物種に特に限定はないが,好ましくは,マウス,ラット,ウサギ,モルモット,イヌ,ネコ,ウマ,及びヒトを含む霊長類であり,より好ましくは,マウス,ラット及びヒトであり,更に好ましくはマウス及びヒトである。マウスの免疫系細胞としては,例えば,マウスの脾臓から調製した脾細胞を用いることができる。ヒトの免疫系細胞としては,ヒトの末梢血,骨髄,脾臓等から調製した細胞を用いることができる。ヒトの免疫系細胞を体外免疫法により免疫した場合,組換え蛋白質に対するヒト抗体を得ることができる。
【0179】
体外免疫法により免疫系細胞を免疫した後,細胞をミエローマ細胞と融合させることにより,抗体産生能を有するハイブリドーマ細胞を作製することができる。また,免疫後の細胞からmRNAを抽出してcDNAを合成し,このcDNAを鋳型としてPCR反応により免疫グロブリンの軽鎖及び重鎖をコードする遺伝子を含むDNA断片を増幅し,これらを用いて人工的に抗体遺伝子を再構築することもできる。
【0180】
上記方法により得られたままのハイブリドーマ細胞には,目的外の蛋白質を抗原として認識する抗体を産生する細胞も含まれる。また,所望の蛋白質に対する抗体を産生するハイブリドーマ細胞の全てが,当該蛋白質に対して高親和性を有する等の所望の特性を示す抗体を産生するとも限らない。
【0181】
同様に,人工的に再構築した抗体遺伝子には,目的外の蛋白質を抗原として認識する抗体をコードする遺伝子も含まれる。また,所望の蛋白質に対する抗体をコードする遺伝子の全てが,当該蛋白質に対して高親和性を有する等の所望の特性を示す抗体をコードするものとも限らない。
【0182】
従って,上記で得られたままのハイブリドーマ細胞から,所望の特性を有する抗体を産生するハイブリドーマ細胞を選択するステップが必要となる。また,人工的に再構築した抗体遺伝子にあっては,当該抗体遺伝子から,所望の特性を有する抗体をコードする遺伝子を選択するステップが必要となる。例えば,所望の蛋白質に対して高親和性を示す抗体(高親和性抗体)を産生するハイブリドーマ細胞,又は高親和性抗体をコードする遺伝子を選択する方法として,以下に詳述する方法が有効である。
【0183】
例えば,所望の蛋白質に対して高親和性の抗体を産生するハイブリドーマ細胞を選択する場合,当該蛋白質をプレートに添加してこれに保持させた後,ハイブリドーマ細胞の培養上清を添加し,次いで当該蛋白質と結合していない抗体をプレートから除去し,プレートに保持された抗体の量を測定する方法が用いられる。この方法によれば,プレートに添加したハイブリドーマ細胞の培養上清に含まれる抗体の当該蛋白質に対する親和性が高いほど,プレートに保持される抗体の量が多くなる。従って,プレートに保持された抗体の量を測定し,より多くの抗体が保持されたプレートに対応するハイブリドーマ細胞を,当該蛋白質に対して相対的に高い親和性を有する抗体を産生する細胞株として選択することができる。この様にして選択された細胞株から,mRNAを抽出してcDNAを合成し,このcDNAを鋳型として,当該蛋白質に対する抗体をコードする遺伝子を含むDNA断片をPCR法を用いて増幅することにより,高親和性抗体をコードする遺伝子を単離することもできる。
【0184】
上記の人工的に再構築した抗体遺伝子から,高親和性を有する目的の蛋白質に対する抗体をコードする遺伝子を選択する場合は,一旦,人工的に再構築した抗体遺伝子を発現ベクターに組み込み,この発現ベクターをホスト細胞に導入する。このとき,ホスト細胞として用いる細胞としては,人工的に再構築した抗体遺伝子を組み込んだ発現ベクターを導入することにより抗体遺伝子を発現させることのできる細胞であれば原核細胞,真核細胞を問わず特に限定はないが,ヒト,マウス,チャイニーズハムスター等の哺乳動物由来の細胞が好ましく,特にチャイニーズハムスター卵巣由来のCHO細胞,又はマウス骨髄腫に由来するNS/0細胞が好ましい。また,抗体遺伝子をコードする遺伝子を組み込んで発現させるために用いる発現ベクターは,哺乳動物細胞内に導入させたときに,該遺伝子を発現させるものであれば特に限定なく用いることができる。発現ベクターに組み込まれた該遺伝子は,哺乳動物細胞内で遺伝子の転写の頻度を調節することができるDNA配列(遺伝子発現制御部位)の下流に配置される。本発明において用いることのできる遺伝子発現制御部位としては,例えば,サイトメガロウイルス由来のプロモーター,SV40初期プロモーター,ヒト伸長因子-1アルファ(EF-1α)プロモーター,ヒトユビキチンCプロモーター等が挙げられる。
【0185】
このような発現ベクターが導入された哺乳動物細胞は,発現ベクターに組み込まれた上述の人工的に再構築した抗体を発現するようになる。このようにして得た,人工的に再構築した抗体を発現する細胞から,所望の蛋白質に対する抗体に対して高親和性を有する抗体を産生する細胞を選択する場合,当該蛋白質をプレートに添加してこれに保持させた後,当該蛋白質に細胞の培養上清を接触させ,次いで,当該蛋白質と結合していない抗体をプレートから除去し,プレートに保持された抗体の量を測定する方法が用いられる。この方法によれば,細胞の培養上清に含まれる抗体の当該蛋白質に対する親和性が高いほど,プレートに保持された抗体の量が多くなる。従って,プレートに保持された抗体の量を測定し,より多くの抗体が保持されたプレートに対応する細胞を,当該蛋白質に対して相対的に高い親和性を有する抗体を産生する細胞株として選択することができ,ひいては,当該蛋白質に対して高親和性を有する抗体をコードする遺伝子を選択できる。このようにして選択された細胞株から,当該蛋白質に対する抗体をコードする遺伝子を含むDNA断片を,PCR法を用いて増幅することにより,高親和性抗体をコードする遺伝子を単離することもできる。
【0186】
本発明におけるM6P低修飾型蛋白質と,抗体との融合蛋白質を製造する方法としては,非ペプチドリンカー又はペプチドリンカーを介して結合させる方法がある。非ペプチドリンカーとしては,ポリエチレングリコール,ポリプロピレングリコール,エチレングリコールとプロピレングリコールとの共重合体,ポリオキシエチル化ポリオール,ポリビニルアルコール,多糖類,デキストラン,ポリビニルエーテル,生分解性高分子,脂質重合体,キチン類,及びヒアルロン酸,又はこれらの誘導体,若しくはこれらを組み合わせたものを用いることができる。ペプチドリンカーは,ペプチド結合した1~50個のアミノ酸から構成されるペプチド鎖若しくはその誘導体であって,そのN末端とC末端が,それぞれM6P低修飾型蛋白質又は抗体のいずれかと共有結合を形成することにより,M6P低修飾型蛋白質と抗体とを結合させるものである。
【0187】
抗体とM6P低修飾型蛋白質とは,抗体の重鎖又は軽鎖のC末端側又はN末端側に,リンカー配列を介して又は直接に,それぞれM6P低修飾型蛋白質のN末端又はC末端をペプチド結合により結合させることもできる。このように抗体とM6P低修飾型蛋白質とを結合させてなる融合蛋白質は,抗体の重鎖又は軽鎖をコードするcDNAの3’末端側又は5’末端側に,直接又はリンカー配列をコードするDNA断片を挟んで,M6P低修飾型蛋白質をコードするcDNAがインフレームで配置されたDNA断片を,哺乳動物細胞用の発現ベクターに組み込み,この発現ベクターを導入した哺乳動物細胞を培養することにより,融合蛋白質として得ることができる。この哺乳動物細胞には,M6P低修飾型蛋白質をコードするDNA断片を重鎖と結合させる場合にあっては,抗体の軽鎖をコードするcDNA断片を組み込んだ哺乳動物細胞用の発現ベクターも,同じホスト細胞に導入されることができ,また,M6P低修飾型蛋白質をコードするDNA断片を軽鎖と結合させる場合にあっては,抗体の重鎖をコードするcDNA断片を組み込んだ哺乳動物細胞用の発現ベクターも,同じホスト細胞に導入されることができる。抗体が一本鎖抗体である場合,抗体とM6P低修飾型蛋白質とを結合させた融合蛋白質は,M6P低修飾型蛋白質をコードするcDNAの5’末端側又は3’末端側に,直接,又はリンカー配列をコードするDNA断片を挟んで,一本鎖抗体をコードするcDNAを連結したDNA断片を,(哺乳動物細胞,酵母等の真核生物又は大腸菌等の原核生物細胞用の)発現ベクターに組み込み,この発現ベクターを導入したこれらの細胞中で発現させることにより,得ることができる。抗体とM6P低修飾型蛋白質の融合蛋白質は,上記手法により組換え蛋白質として製造することができる。
【0188】
発現ベクターを導入した哺乳動物細胞の培養のための培地としては,哺乳動物細胞を培養して増殖させることのできるものであれば,特に限定なく用いることができるが,好ましくは無血清培地が用いられる。本発明において,組換え蛋白質生産用培地として用いられる無血清培地としては,例えば,アミノ酸を3~700 mg/L,ビタミン類を0.001~50 mg/L,単糖類を0.3~10 g/L,無機塩を0.1~10000 mg/L,微量元素を0.001~0.1 mg/L,ヌクレオシドを0.1~50 mg/L,脂肪酸を0.001~10 mg/L,ビオチンを0.01~1 mg/L,ヒドロコルチゾンを0.1~20 μg/L,インシュリンを0.1~20 mg/L,ビタミンB12を0.1~10 mg/L,プトレッシンを0.01~1 mg/L,ピルビン酸ナトリウムを10~500 mg/L,及び水溶性鉄化合物を含有する培地が好適に用いられる。所望により,チミジン,ヒポキサンチン,慣用のpH指示薬及び抗生物質等を培地に添加してもよい。
【0189】
抗体とM6P低修飾型蛋白質の融合蛋白質の生産用培地として用いられる無血清培地として,DMEM/F12培地(DMEMとF12の混合培地)を基本培地として用いてもよく,これら各培地は当業者に周知である。更にまた,無血清培地として,炭酸水素ナトリウム,L-グルタミン,D-グルコース,インスリン,ナトリウムセレナイト,ジアミノブタン,ヒドロコルチゾン,硫酸鉄(II),アスパラギン,アスパラギン酸,セリン及びポリビニルアルコールを含むものである,DMEM(HG)HAM改良型(R5)培地を使用してもよい。更には市販の無血清培地,例えば,CD OptiCHOTM培地,CHO-S-SFM II培地,又はCD CHO培地(Thermo Fisher Scientific社,旧ライフテクノロジーズ社),EX-CELLTM Advanced培地,EX-CELLTM 302培地,又はEX-CELLTM 325-PF培地(SAFC Biosciences社)等を基本培地として使用することもできる。
【0190】
抗体とM6P低修飾型蛋白質との融合蛋白質の好ましい実施形態として,以下の(1)~(4)が挙げられる。すなわち:
(1)抗体の重鎖のC末端に直接又はリンカーを介してM6P低修飾型蛋白質が結合した結合体と,抗体の軽鎖とを含むもの;
(2)抗体の重鎖のN末端に直接又はリンカーを介してM6P低修飾型蛋白質が結合した結合体と,抗体の軽鎖とを含むもの;
(3)抗体の軽鎖のC末端に直接又はリンカーを介してM6P低修飾型蛋白質が結合した結合体と,抗体の重鎖とを含むもの;
(4)抗体の軽鎖のN末端に直接又はリンカーを介してM6P低修飾型蛋白質が結合した結合体と,抗体の重鎖とを含むもの。
【0191】
抗体とM6P低修飾型蛋白質とを,リンカー配列を介して結合させる場合,抗体とM6P低修飾型蛋白質との間に配置されるリンカー配列は,好ましくは1~60個又は1~50個,より好ましくは1~17個,更に好ましくは1~10個,更により好ましくは1~5個のアミノ酸から構成されるペプチド鎖であるが,リンカー配列を構成するアミノ酸の個数は,1個,2個,3個,1~17個,1~10個,10~40個,20~34個,23~31個,25~29個,27個等と適宜調整できる。そのようなリンカー配列は,これにより連結された抗体が脳血管内皮細胞上の受容体との親和性を保持し,且つ当該リンカー配列により連結されたM6P低修飾型蛋白質が,生理的条件下で当該蛋白質の生理活性を発揮できる限り,そのアミノ酸配列に限定はないが,好ましくは,グリシンとセリンから構成されるものである。例えば,グリシン又はセリンのいずれか1個のアミノ酸からなるもの,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Ser-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号25),アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号26),アミノ酸配列Ser-Gly-Gly-Gly-Gly(配列番号27),又はこれらのアミノ酸配列が1~10個,あるいは2~5個連続してなる配列を含むものが挙げられる。例えば,1~50個のアミノ酸からなる配列,2~17個,2~10個,10~40個,20~34個,23~31個,25~29個,又は27個のアミノ酸からなる配列等を有するものである。また例えば,アミノ酸配列Gly-Serを含むものはリンカー配列として好適に用いることができる。また,アミノ酸配列Gly-Serに続いてアミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号25)が5個連続してなる計27個のアミノ酸配列を含むものはリンカー配列として好適に用いることができる。更には,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号25)が5個連続してなる計25個のアミノ酸配列を含むものもリンカー配列として好適に用いることができる。
【0192】
なお,本発明において,1つのペプチド鎖に複数のリンカー配列が含まれる場合,便宜上,各リンカー配列はN末端側から順に,第1のリンカー配列,第2のリンカー配列というように命名する。
【0193】
本発明のM6P低修飾型蛋白質と結合させるべき抗体の具体的な例として,以下の抗ヒトトランスフェリン受容体抗体(抗hTfR抗体)が挙げられる。すなわち,
(1)抗hTfR抗体であって,該抗体の軽鎖が,配列番号29のアミノ酸配列を含んでなり,重鎖が,配列番号30のアミノ酸配列を含んでなる抗体,及び
(2)抗hTfR抗体であって,かつFab抗体であって,該抗体の軽鎖が,配列番号29のアミノ酸配列を含んでなり,重鎖が,配列番号31のアミノ酸配列を含んでなる抗体,
である。ただし,これらに限られず,上記アミノ酸配列に対しては適宜,置換,欠失,付加等の変異を加えることができる。なお,上記(1)及び(2)の抗hTfR抗体はヒト化抗hTfR抗体である。
【0194】
上記の抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の軽鎖のアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1又は2個である。軽鎖のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1又は2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。
【0195】
上記の抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の軽鎖のアミノ酸配列にアミノ酸を付加する場合,軽鎖のアミノ酸配列中若しくはN末端側又はC末端側に,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1又は2個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた軽鎖のアミノ酸配列は,元の軽鎖のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の同一性を有し,より好ましくは90%以上の同一性を示し,更に好ましくは,95%以上の同一性を示す。
【0196】
上記の抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の重鎖のアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1又は2個である。重鎖のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1又は2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。
【0197】
上記の抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の重鎖のアミノ酸配列にアミノ酸を付加する場合,重鎖のアミノ酸配列中若しくはN末端側又はC末端側に,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1又は2個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた重鎖のアミノ酸配列は,元の重鎖のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の同一性を有し,より好ましくは90%以上の同一性を示し,更に好ましくは,95%以上の同一性を示す。
【0198】
本発明の一実施形態におけるM6P低修飾型蛋白質は,脳血管内皮細胞上の受容体に対する抗体と結合させることにより,血液脳関門を通過させて脳内で機能を発揮させることができるので,蛋白質の機能異常又は欠損を原因とする中枢神経系の疾患状態の治療のための血中投与用薬剤の製造のために使用することができる。また,抗体と結合させた蛋白質は,蛋白質の機能異常又は欠損を原因とする中枢神経系の疾患状態の治療上有効量を,該当する患者に血中投与(点滴静注等の静脈注射を含む)することを含む,治療方法において使用することができる。血中投与された抗体と結合させたM6P低修飾型蛋白質は,脳内に到達する他,その他の臓器・器官にも到達することができる。また,当該薬剤は,当該疾患状態の発症を予防するために用いることもできる。
【0199】
M6P低修飾型蛋白質は,脳血管内皮細胞上の受容体に対する抗体と結合させることにより,血中に投与して中枢神経系(CNS)において薬効を発揮させるべき薬剤として使用することができる。かかる薬剤は,一般に点滴静脈注射等による静脈注射,皮下注射,筋肉注射により患者に投与されるが,投与経路には特に限定はない。
【0200】
本発明の一実施形態におけるM6P低修飾型蛋白質は,抗体に限らず,その他のリガンドとの融合蛋白質とすることもできる。かかる融合蛋白質も,上述の抗体との融合蛋白質を製造する方法により得ることができる。また,M6P低修飾型蛋白質と当該その他のリガンドの融合蛋白質は,上述の抗体との融合蛋白質を製造する方法により組換え蛋白質として得ることができる。本発明の一実施形態には,M6P低修飾型蛋白質とその他のリガンドとの融合蛋白質をコードする遺伝子,当該遺伝子を組み込んだ発現ベクター,及び当該発現ベクターを導入した宿主細胞が含まれる。
【0201】
本発明の一実施形態におけるM6P低修飾型蛋白質は,抗hTfR抗体に限らず,hTfRに結合することのできる物質との結合体とすることもできる。当該物質に特に限定はないが,例えば,ヒトトランスフェリンである。ヒトトランスフェリンは野生型のものに限らず,hTfRとの親和性を有する限り,その部分断片,変異体であってもよい。このような結合体は,血液脳関門を通過して脳内で機能を発揮することができる。M6P低修飾型蛋白質とヒトトランスフェリンの融合蛋白質は,上述の抗体との融合蛋白質を製造する方法により組換え蛋白質として得ることができる。本発明の一実施形態には,M6P低修飾型蛋白質とヒトトランスフェリンとの融合蛋白質をコードする遺伝子,当該遺伝子を組み込んだ発現ベクター,及び当該発現ベクターを導入した宿主細胞が含まれる。
【0202】
野生型でマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖を有する蛋白質と,細胞上に存在する蛋白質(但し,M6P受容体を除く,ここにおいて「標的蛋白質」という)に親和性を有するリガンドとの融合蛋白質を,生体に投与した場合,そのリガンド部分が標的蛋白質との結合を保持したまま,M6P受容体を介し,標的蛋白質ごと細胞内に取り込まれることが想定される。こうして融合蛋白質とともに細胞内に取り込まれた標的蛋白質は,リサイクルされることなく,やがてリソソーム内で分解される。その結果,細胞上に存在する標的蛋白質の数が減少する。M6P低修飾型蛋白質は,蛋白質とM6P受容体との親和性が低下するので,蛋白質とM6P受容体との結合が低下する。従って,M6P低修飾型蛋白質とリガンドとの融合蛋白質は,M6P受容体を介し,標的蛋白質ごと細胞内に取り込まれる機会が減少する。従って,野生型でマンノース-6-リン酸(M6P)を含むN-結合型糖鎖を有する蛋白質とリガンドとの融合蛋白質に代えて,当該融合蛋白質に対応するM6P低修飾型蛋白質とリガンドとの融合蛋白質を投与することにより,細胞上に存在する標的蛋白質の減少を防止することができる。
【0203】
なお,M6P低修飾型蛋白質とリガンドとの結合体又は融合蛋白質は,M6Pを含む形で作製した後に,化学的に処理することによりM6Pの少なくとも一つを,あるいはN-結合型糖鎖の少なくとも一つを,欠失させることによっても作製することができる。ここで「化学的に処理」とは,糖蛋白質に薬品,触媒,酵素等を作用させて分解反応又は置換反応を生じさせ,当該糖蛋白質からM6PあるいはN-結合型糖鎖を切断することをいうが,この時,酵素を用いる場合には,例えばN-結合型糖鎖がアスパラギン残基に結合している部位周辺に働くエンド型酵素として知られるペプチドN-グリカナーゼ,エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ,又はエンド-β-マンノシダーゼを好適に用いることができる。
【0204】
本発明のM6P低修飾型蛋白質とリガンドとの結合体又は融合蛋白質を有効成分として含有してなる医薬は,注射剤として静脈内,筋肉内,腹腔内,皮下又は脳室内に投与することができる。それらの注射剤は,凍結乾燥製剤又は水性液剤として供給することができる。水性液剤とする場合,バイアルに充填した形態としてもよく,注射器に予め充填したものであるプレフィルド型の製剤として供給することもできる。凍結乾燥製剤の場合,使用前に水性媒質に溶解し復元して使用する。
【実施例0205】
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。
【0206】
〔実施例1〕Dual(+)pCI-neoベクターの構築
5’側より,NheIサイト,AscIサイト,NruIサイト,AfeIサイト,及びNotI無効化配列を挿入したNotIサイトを含む配列番号32で示される塩基配列を有するプライマー(pCI Insert F3プライマー)を合成した。また,これと相補的な配列を含む配列番号33で示される塩基配列を有するプライマー(pCI Insert R3プライマー)を合成した。これら2つのプライマーをアニーリングさせ,両端にNheI及びNotI消化したDNAと,相補的な突出末端を有するDNA断片を得た。
【0207】
DNA断片pCIベクター(プロメガ社)をNheIとNotIで消化し,これに上記DNA断片をライゲーション反応により挿入した。得られたプラスミドをpCI MCS-modifiedベクターとした(図1)。pCI MCS-modifiedベクターをBamHIとBglIIで消化し,CMV immediate-earlyエンハンサー/プロモーター領域,マルチクローニングサイト,polyA配列を含むDNA断片を切り出した。pCI-neoベクター(プロメガ社)をBamHI消化及びCIAP処理し,切り出したDNA断片をライゲーション反応により挿入した。得られたプラスミドをDual(+)pCI-neoベクターとした(図2)。
【0208】
〔実施例2〕各Fab-IDS発現用ベクターの構築
下記の(1)~(3)に示される融合蛋白質をそれぞれ発現させるための3種類の発現ベクターを,以下に説明する方法で作製した。
(1)配列番号1で示される野生型hIDSのN末端側に,配列番号31で示されるアミノ酸配列を有するFab重鎖が,配列番号26で示されるアミノ酸配列を3個直列させたアミノ酸配列を有するリンカーを介して結合させた結合体と,配列番号29で示されるアミノ酸配列を有するFab軽鎖とからなる野生型hIDSと抗hTfR(Fab)抗体との融合蛋白質(Fab-IDS(WT))。
(2)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中223位のトレオニン及び257位のセリンがそれぞれアラニンに置換された配列番号5で示されるアミノ酸配列を有するhIDS変異体(以下,muhIDS-1という。)のN末端側に,配列番号31で示されるアミノ酸配列を有するFab重鎖が,配列番号26で示されるアミノ酸配列を3個直列させたアミノ酸配列を有するリンカーを介して結合させた結合体と,配列番号29で示されるアミノ酸配列を有するFab軽鎖とからなる野生型hIDSと抗hTfR(Fab)抗体との融合蛋白質(Fab-IDS(m1))。
(3)配列番号1で示される野生型hIDSのアミノ酸配列中221位及び255位のアスパラギンがいずれもグルタミンに置換された配列番号4で示されるアミノ酸配列を有するhIDS変異体(以下,muhIDS-2という。)のN末端側に,配列番号31で示されるアミノ酸配列を有するFab重鎖が,配列番号26で示されるアミノ酸配列を3個直列させたアミノ酸配列を有するリンカーを介して結合させた結合体と,配列番号29で示されるアミノ酸配列を有するFab軽鎖とからなる野生型hIDSと抗hTfR(Fab)抗体との融合蛋白質(Fab-IDS(m2))。
なお,上記3種類の融合蛋白質を総称してFab-IDSというものとする。
【0209】
IN-FUSIONTM HD Cloning Kit(タカラバイオ社)を用いて,実施例1で得られたDual(+)pCI-neoベクターのMlu IとNot Iの間に,配列番号34で示されるアミノ酸配列を有する,抗hTfR(Fab)抗体の重鎖と野生型hIDSとの結合体をコードする配列番号35で示される塩基配列を含むDNA断片を挿入した。また,Asc IとAfe Iの間に,配列番号29で示されるアミノ酸配列を有する,抗hTfR(Fab)抗体の軽鎖をコードする配列番号36で示される塩基配列を含むDNA断片を挿入した。このベクターを,Dual(+)pCI-neo(Fab-IDS(WT))ベクターとした(図3)。このベクターをFab-IDS(WT)発現用ベクターとした。
【0210】
同様にして,Dual(+)pCI-neoベクターのMlu IとNot Iの間に,配列番号37で示されるアミノ酸配列を有する,抗hTfR(Fab)抗体の重鎖のC末端にmuhIDS-1が結合した結合体をコードする配列番号38で示される塩基配列を含むDNA断片を,Asc IとAfe Iの間に,配列番号29で示されるアミノ酸配列を有する,抗hTfR(Fab)抗体の軽鎖をコードする配列番号36で示される塩基配列を含むDNA断片を,それぞれ挿入し,これをDual(+)pCI-neo(Fab-IDS(m1))ベクターとした(図4)。このベクターをFab-IDS(m1)発現用ベクターとした。
【0211】
更に同様にして,Dual(+)pCI-neoベクターのMlu IとNot Iの間に,配列番号39で示されるアミノ酸配列を有する,抗hTfR(Fab)抗体の重鎖のC末端にmuhIDS-2が結合した結合体をコードする配列番号40で示される塩基配列を含むDNA断片を,Asc IとAfe Iの間に,配列番号29で示されるアミノ酸配列を有する,抗hTfR(Fab)抗体の軽鎖をコードする配列番号36で示される塩基配列を含むDNA断片を,それぞれ挿入し,これをDual(+)pCI-neo(Fab-IDS(m2))ベクターとした(図5)。このベクターをFab-IDS(m2)発現用ベクターとした。
【0212】
〔実施例3〕各Fab-IDS発現細胞の作製
ExpiCHO Expression System(Thermo Fisher Scientific社)を用いて,ExpiCHO細胞にFab-IDS(WT)発現用ベクター,Fab-IDS(m1)発現用ベクター,及びFab-IDS(m2)発現用ベクターをそれぞれ一過性に導入して,Fab-IDS(WT),Fab-IDS(m1),及びFab-IDS(m2)それぞれを発現する細胞を取得した。
【0213】
〔実施例4〕各Fab-IDSの発現及び精製
実施例3で得られたFab-IDS(WT)発現細胞を,125 mLの三角フラスコに6×10個/mLの細胞密度で15 mL播種し,37℃,5% CO2と95% 空気からなる湿潤環境で,約120 rpmの撹拌速度で1日間培養した。その後,フラスコにExpiCHO Expression SystemのFeed液とEnhancerを加え,32℃,5% CO2と95%空気からなる湿潤環境に移動して,約120 rpmの撹拌速度で6~7日間培養した。培養上清を遠心操作により回収し,0.22 μmフィルター(Merck社)で濾過して,濾液を得た。得られた濾液を,予めカラム体積の5倍容の50 mM NaClを含む20 mM HEPES緩衝液(pH 7.4)で平衡化しておいたCapture Select CH1-XLカラム(カラム体積:0.5 mL,Thermo Fisher Scientific社)に負荷した。次いで,カラム体積の5倍容の同緩衝液によりカラムを2度洗浄した後,カラム体積の4倍容の100 mM NaClを含む10 mMクエン酸ナトリウム緩衝液(pH 4.0)で,吸着したFab-IDS(WT)を2度溶出させ,溶出画分を採取した。次いで,カラム体積の4倍容の100 mM NaClを含む10 mMクエン酸ナトリウム緩衝液(pH 3.5)で,吸着したFab-IDS(WT)を2度溶出させ,溶出画分を採取した。得られた溶出画分を合わせ,500 mM MES緩衝液(pH 6.5)を適量添加して中性付近に調整した後,Amicon Ultra 15 (Ultracel-10K,Merck社)を用いて,150 mM NaClを含む20 mM MES緩衝液(pH 6.5)にバッファー交換し,これをFab-IDS(WT)の精製品とした。同様にして,実施例3で得られたFab-IDS(m1)及びFab-IDS(m2)それぞれの発現細胞を用いて,Fab-IDS(m1)及びFab-IDS(m2)の精製品を調製した。
【0214】
〔実施例5〕各Fab-IDSのヒトTfRに対する親和性の測定
各Fab-IDSとヒトTfRの親和性の測定は,バイオレイヤー干渉法(Bio Layer Interferometry:BLI)を用いた生体分子相互作用解析システムであるOctet RED96(ForteBio社)を用いて実施した。バイオレイヤー干渉法の基本原理について,簡単に説明する。センサーチップ表面に固定された生体分子の層(レイヤー)に特定波長の光を投射したとき,生体分子のレイヤーと内部の参照となるレイヤーの二つの表面から光が反射され,光の干渉波が生じる。測定試料中の分子がセンサーチップ表面の生体分子に結合することにより,センサー先端のレイヤーの厚みが増加し,干渉波に波長シフトが生じる。この波長シフトの変化を測定することにより,センサーチップ表面に固定された生体分子に結合する分子数の定量及び速度論的解析をリアルタイムで行うことができる。測定は,概ねOctet RED96に添付の操作マニュアルに従って実施した。ヒトTfR(hTfR)としては,配列番号28に示されるhTfRのアミノ酸配列中,N末端側から87番目のグリシン残基からC末端のフェニルアラニンまでのhTfRの細胞外領域のアミノ酸配列のN末端に,Gly-Serで表されるアミノ酸配列からなるリンカーを介してヒスチジンタグを付加したものを用いた。
【0215】
実施例4で調製した各Fab-IDSの精製品を,HBS-P+(1%BSA)(1% BSA,150 mM NaCl,50 μM EDTA及び0.05% Surfactant P20を含む10 mM HEPES)で段階希釈し,10 nM,20 nM,及び40 nM(それぞれ1.08 μg/mL,2.17 μg/mL,及び4.34 μg/mL)の3段階の濃度の溶液を調製し,hTfR親和性測定用サンプル溶液とした。また,hTfRをHBS-P+(1%BSA)を用いて25 μg/mLの濃度に調整し,hTfR-ECD(His tag)溶液とした。
【0216】
hTfR親和性測定用サンプル溶液を,96 well plate, black(greiner bio-one社)に200 μL/ウェルずつ添加した。また,hTfR-ECD(His tag)溶液を,所定のウェルに200 μL/ウェルずつ添加した。ベースライン,解離用及び洗浄用のウェルには,HBS-P+(1%BSA)を200 μL/ウェルずつ添加した。再生用のウェルには,10 mM Glycine-HCl(pH 1.7)を200 μL/ウェルずつ添加した。活性化用のウェルには,0.5 mM NiCl2(1%BSA)溶液を200 μL/ウェルずつ添加した。このプレートと,バイオセンサー(Biosensor/Ni-NTA,ForteBio社)を,Octet RED96の所定の位置に設置した。
【0217】
Octet RED96を下記の表1に示す条件で作動させてデータを取得した後,Octet RED96付属の解析ソフトウェアを用いて,結合反応曲線を1:1結合モデルにフィッティングし,各Fab-IDSと,ヒトTfRの会合速度定数(kon)及び解離速度定数(koff)を測定し,解離定数(KD)を算出した。なお,測定は25~30℃の温度下で実施した。
【0218】
【表1】
【0219】
表2に各Fab-IDSのヒトTfRに対する会合速度定数(kon)及び解離速度定数(koff)の測定結果,及び解離定数(KD)を示す。
【0220】
【表2】
【0221】
各Fab-IDSのヒトTfRへの親和性の測定の結果,Fab-IDS(WT),Fab-IDS(m1),及びFab-IDS(m2)のヒトTfRとの解離定数はそれぞれ6.70×10-10 M,6.78×10-10 M,及び6.61×10-10 Mであった。以上の結果は,Fab-IDSが,IDS部分が野生型から変異体に置き換わっても全体としてヒトTfRとの親和性を維持していること,すなわち脳移行性を維持していることを表す。
【0222】
〔実施例6〕各Fab-IDSのヒトM6PRに対する親和性の測定
各Fab-IDSとヒトマンノース-6-リン酸レセプター(ヒトM6PR)の親和性の測定は,バイオレイヤー干渉法(Bio Layer Interferometry:BLI)を用いた生体分子相互作用解析システムであるOctet RED96(ForteBio社)を用いて実施した。ヒトM6PRとしては,配列番号41に示されるカチオン非依存性マンノース-6-リン酸レセプターのアミノ酸配列中,N末端側から1219番目のバリンから1364番目のフェニルアラニンまでの,ドメイン9に相当するアミノ酸配列の両末端に制限酵素由来のアミノ酸が付加し,更にそのC末端に,ヒスチジンタグが付加された,配列番号42に示されるアミノ酸配列を有する蛋白質を用いた。
【0223】
実施例4で調製した各Fab-IDSの精製品を,HBS-P+(150 mM NaCl,50 μM EDTA及び0.05% Surfactant P20を含む10 mM HEPES)で段階希釈し,1.6 nM~100 nM(0.17 μg/mL~10.84 μg/mL)の7段階の濃度の溶液を調製し,M6PR親和性測定用サンプル溶液(各Fab-IDS溶液)とした。また,ヒトM6PRをHBS-P+を用いて3 μg/mLの濃度に調整し,M6PR(His tag)溶液とした。
【0224】
M6PR親和性測定用サンプル溶液を,96 well plate, black(greiner bio-one社)に200 μL/ウェルずつ添加した。また,M6PR(His tag)溶液を,所定のウェルに200 μL/ウェルずつ添加した。ベースライン,解離用及び洗浄用のウェルには,HBS-P+を200 μL/ウェルずつ添加した。再生用のウェルには,10 mM Glycine-HCl(pH 1.7)を200 μL/ウェルずつ添加した。活性化用のウェルには,0.5 mM NiCl2 溶液を200 μL/ウェルずつ添加した。このプレートと,バイオセンサー(Biosensor/Ni-NTA,ForteBio社)を,Octet RED96の所定の位置に設置した。
【0225】
Octet RED96を下記の表3に示す条件で作動させてデータを取得した後,Octet RED96付属の解析ソフトウェアを用いて,結合反応曲線を1:1結合モデルにフィッティングし,各Fab-IDSと,M6PRの会合速度定数(kon)及び解離速度定数(koff)を測定し,解離定数(KD)を算出した。なお,測定は25~30℃の温度下で実施した。
【0226】
【表3】
【0227】
表4に各Fab-IDSのM6PRに対する会合速度定数(kon)及び解離速度定数(koff)の測定結果,及び解離定数(KD)を示す。Fab-IDS(m1)及びFab-IDS(m2)はM6PRに対する親和性が検出限度よりも低く,解離定数は測定不能であった。
【0228】
【表4】
【0229】
各Fab-IDSのM6PRに対する親和性の測定の結果,Fab-IDS(WT)のヒトM6PRとの解離定数は,2.32×10-9 Mであった。一方で,Fab-IDS(m1)及びFab-IDS(m2)はM6PRとの親和性が認められなかった。これらの結果は,Fab-IDS(WT)ではIDS部分のコンセンサス配列のアスパラギン残基にM6Pを含む糖鎖が付加されているのに対し,Fab-IDS(m1)及びFab-IDS(m2)ではM6Pを含む糖鎖が欠損していることを示すものである。
【0230】
〔実施例7〕各Fab-IDSの酵素活性測定
各Fab-IDSの酵素活性測定は,IDSの人工基質である4-MUS(4-Methylumbelliferyl sulfate, potassium salt,シグマアルドリッチ社)を用いて実施した。
【0231】
各Fab-IDSの精製品を,希釈用緩衝液(0.05% BSA, 0.1% TritonX-100を含む5 mM 酢酸―酢酸ナトリウム緩衝液,pH 4.5)で希釈して3.5 μg/mLの濃度に調整し,酵素活性測定用サンプル溶液とした。4-MU(4-Methylumbelliferon,シグマアルドリッチ社)を同希釈用緩衝液で希釈して100 μM,80 μM,60 μM,40 μM,20 μM,及び10 μMの溶液を調製し,標準溶液とした。また,4-MUSを同希釈緩衝液で溶解して5 mMの濃度に調整し,基質溶液とした。マイクロプレート(ヌンクフルオロプレートF96ブラック, Thermo Fisher Scientific社)に試料溶液及び標準溶液を50 μL/ウェルずつ添加し,更に同ウェルに基質溶液を100 μL/ウェルずつ添加した。プレートにフタを被せ,速やかにプレートシェイカーで撹拌し混合した。プレートを37℃で1時間保温した後,停止液(430 mMグリシン-270 mM炭酸ナトリウム, pH10.7)を150 μL/ウェル添加し,反応を停止した。蛍光プレートリーダー(Spectra Max iD3, モレキュラーデバイス社)で蛍光(励起波長355 nm,蛍光波長460 nm)を測定し,遊離した4-MUの濃度を測定した。表5に各Fab-IDSの酵素活性の測定結果を示す。
【0232】
【表5】
【0233】
各Fab-IDSの人工基質を用いた酵素活性測定の結果,Fab-IDS(WT),Fab-IDS(m1),及びFab-IDS(m2)の酵素活性はそれぞれ,316 mU/mg,329 mU/mg,及び215 mU/mgであった。以上の結果は,Fab-IDSは,IDS部分がM6Pを含む糖鎖を欠損したIDS変異体であっても,IDSとしての酵素活性を維持していることを示す。
【0234】
〔実施例8〕JKT beta del細胞を用いた細胞膜上のhTfR発現量の測定
各Fab-IDSを細胞に作用させたときの細胞膜上のhTfR発現量の測定を,Jurkat細胞(JKT beta del細胞,JCRB細胞バンクから入手;細胞番号JCRB0147)を用いたフローサイトメトリーにより実施した。10% FBS,100 Units/mLペニシリン,及び100 μg/mLストレプトマイシンを含むRPMI1640培地(Thermo Fisher Scientific社)を用いて細胞の濃度を2×106 個/mLに調整した細胞溶液を1 mLずつ,24ウェルプレート(丸型/平底Nunclon Delta処理,Thermo Fisher Scientific社)に播種した。150 mM NaClを含む20 mM MES緩衝液(pH 6.5)を用いて,実施例4で調製したFab-IDS溶液を5000 nMの濃度に希釈し,各溶液もしくは150 mM NaClを含む20 mM MES緩衝液(pH 6.5)を10 μLずつ,細胞溶液を播種したウェルにそれぞれ添加した。次いで該プレートを37℃で,5% CO2と95%空気からなる湿潤環境に1日間静置し,培養した。培養終了後,各ウェルの細胞を1.5 mL遠心チューブに回収して遠心操作し,上清を破棄して0.5% BSAを含む1 mLのPBSで懸濁した。同操作を計3回繰り返して細胞を洗浄した後,蛍光標識トランスフェリンであるTransferrin From Human Serum, ALEXA FLUORTM 647 Conjugate(Thermo Fisher Scientific社)を各液に5 μLずつ添加して,該チューブを37℃で10分間静置した。0.5 %BSAを含むPBSで細胞を2回洗浄し,Sytox Green(Thermo Fisher Scientific社)を各液に1 μLずつ添加した。該チューブを氷上で15分間以上静置した後,フローサイトメーター(FACSVerse,BD Biosciences社製)でAlexa FluorTM 647の蛍光(励起波長650 nm,蛍光波長665 nm)を測定した。当該フローサイトメーターは,フローセルを通過する個々の細胞の蛍光強度を測定するものである。測定結果(ヒストグラムプロット)を図6に示す。
【0235】
図6ではピークが右にシフトするほど,全体として細胞の蛍光強度が大きいことになる。蛍光強度は,細胞表面に結合した蛍光標識トランスフェリンの数と正に相関を有する。蛍光標識トランスフェリンは,hTfRを介して細胞表面に結合するので,蛍光強度は細胞表面に存在するhTfRの数と正に相関を有する。図中,蛍光強度は,緩衝液を加えたBlankが最も大きく,Fab-IDS(WT)を加えたものが最も小さい。この結果は,Fab-IDS(WT)を加えたものでは,細胞表面に存在するhTfRにFab-IDS(WT)が結合した後,hTfRがFab-IDS(WT)とともに細胞内に取り込まれて消失し,細胞表面に存在するhTfRの数が減少したことを示す。Fab-IDS(m1)及びFab-IDS(m2)をそれぞれ加えたものの蛍光強度は,何れもFab-IDS(WT)を加えたものの値とBlankの値の間の値である。表5で示されるようにhTfRと各Fab-IDSとほぼ同一の親和性を有する。従って,これらの結果は,Fab-IDS(m1)と結合したhTfRは,Fab-IDS(m1)が細胞内に取り込まれた後も細胞上に留まるか,又はFab-IDS(m1)とともに細胞内に取り込まれた後に細胞膜上に戻されるものの比率が,Fab-IDS(m1)と結合したhTfRと比較して多いことを示す。Fab-IDS(m2)についても同じことがいえる。
【0236】
表6に測定結果から算出される1細胞あたりの蛍光強度の平均値を示す。緩衝液(Blank),Fab-IDS(WT),Fab-IDS(m1),及びFab-IDS(m2)を加えた場合の,1細胞あたりの蛍光標識トランスフェリン由来の蛍光強度の平均値はそれぞれ,30738,4441,10363,及び9520であった。すなわち,Fab-IDS(WT)を細胞に作用させた場合,Blankと比較して約14%にまで細胞表面に存在するTfRの数が低下すること,及び,Fab-IDS(m1)又はFab-IDS(m2)を細胞に作用させた場合,Blankと比較した細胞表面に存在するTfRの数の低下率が,それぞれ約34%及び約31%に留まることが示された。
【0237】
【表6】
【0238】
これらの結果は,野生型ではM6Pを糖鎖に含む糖蛋白質を抗TfR抗体と融合させた融合蛋白質を医薬品として開発する場合,当該融合蛋白質をM6Pを含まないか又はM6Pの数を減少させた融合蛋白質とすることにより,静脈注射等により患者に投与したときに,細胞上に存在するTfRの数の減少に起因する副作用が無いか又は低減される医薬品として開発することができる。
【産業上の利用可能性】
【0239】
本発明によれば,例えば,M6P低修飾型蛋白質と細胞表面に存在する蛋白質に対するリガンドとの結合体を提供できる。かかる結合体には,M6P低修飾型蛋白質と細胞表面に存在する蛋白質に対する抗体との融合蛋白質が含まれる。かかる結合体は,これを生体内に投与したときに,当該リガンドが親和性を有する細胞表面に存在する蛋白質の数が減少することを抑制することができる,新たなタイプの医薬品として用いることができる。
【配列表フリーテキスト】
【0240】
配列番号1:野生型hIDSのアミノ酸配列
配列番号2:野生型hIDSをコードする塩基配列の一例
配列番号3:野生型hIDS前駆体のアミノ酸配列
配列番号4:M6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列1(muhIDS-2)
配列番号5:M6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列2(muhIDS-1)
配列番号6:M6P低修飾型hIDSのアミノ酸配列3
配列番号7:野生型hIDUAのアミノ酸配列
配列番号8:野生型hIDUAをコードする塩基配列の一例
配列番号9:野生型hIDUA前駆体のアミノ酸配列
配列番号10:M6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列1
配列番号11:M6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列2
配列番号12:M6P低修飾型hIDUAのアミノ酸配列3
配列番号13:野生型hSGSHのアミノ酸配列
配列番号14:野生型hSGSHをコードする塩基配列の一例
配列番号15:野生型hSGSH前駆体のアミノ酸配列
配列番号16:M6P低修飾型hSGSHのアミノ酸配列1
配列番号17:M6P低修飾型hSGSHのアミノ酸配列2
配列番号18:M6P低修飾型hSGSHのアミノ酸配列3
配列番号19:野生型hGAAのアミノ酸配列の一例
配列番号20:野生型hGAAをコードする塩基配列の一例
配列番号21:野生型hGAA前駆体のアミノ酸配列
配列番号22:M6P低修飾型hGAAのアミノ酸配列1
配列番号23:M6P低修飾型hGAAのアミノ酸配列2
配列番号24:M6P低修飾型hGAAのアミノ酸配列3
配列番号25:リンカーのアミノ酸配列の一例1
配列番号26:リンカーのアミノ酸配列の一例2
配列番号27:リンカーのアミノ酸配列の一例3
配列番号28:ヒトトランスフェリン受容体のアミノ酸配列
配列番号29:抗hTfR抗体の軽鎖のアミノ酸配列
配列番号30:抗hTfR抗体の重鎖のアミノ酸配列
配列番号31:抗hTfR抗体のFab重鎖のアミノ酸配列
配列番号32:pCI Insert F3プライマー,合成配列
配列番号33:pCI Insert R3プライマー,合成配列
配列番号34:抗hTfR抗体のFab重鎖と野生型hIDSの融合蛋白質のアミノ酸配列
配列番号35:抗hTfR抗体のFab重鎖と野生型hIDSの融合蛋白質をコードする塩基配列,合成配列
配列番号36:抗hTfR抗体の軽鎖をコードする塩基配列,合成配列
配列番号37:抗hTfR抗体のFab重鎖とmuhIDS-1の融合蛋白質のアミノ酸配列
配列番号38:抗hTfR抗体のFab重鎖とmuhIDS-1の融合蛋白質をコードする塩基配列,合成配列
配列番号39:抗hTfR抗体のFab重鎖とmuhIDS-2の融合蛋白質のアミノ酸配列
配列番号40:抗hTfR抗体のFab重鎖とmuhIDS-2の融合蛋白質をコードする塩基配列,合成配列
配列番号41:ヒトM6P受容体(hM6PR)のアミノ酸配列
配列番号42:hM6PRドメイン9組み換え蛋白質のアミノ酸配列
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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