(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023159547
(43)【公開日】2023-11-01
(54)【発明の名称】球状黒鉛鋳鉄及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 37/04 20060101AFI20231025BHJP
C22C 33/08 20060101ALI20231025BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20231025BHJP
C21D 5/00 20060101ALI20231025BHJP
【FI】
C22C37/04 D
C22C33/08
C21D1/06 A
C21D5/00 T
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022069282
(22)【出願日】2022-04-20
(71)【出願人】
【識別番号】599158649
【氏名又は名称】青梅鋳造 株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000231121
【氏名又は名称】日本継手株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000173784
【氏名又は名称】公益財団法人鉄道総合技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100063842
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 三雄
(74)【代理人】
【識別番号】100118119
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 大典
(72)【発明者】
【氏名】三吉 拓郎
(72)【発明者】
【氏名】野崎 精彦
(72)【発明者】
【氏名】落岩 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】笹倉 実
(57)【要約】
【課題】球状黒鉛鋳鉄の窒化処理における焼き戻し軟化抵抗性を向上させて、球状黒鉛鋳鉄部材の硬さを高めることにより、疲労強度の低下を抑制することを目的の1つとする。
【解決手段】重量比で、C:2.0~4.0wt%、Si:2.2~3.2wt%、Mn:2.0wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.03wt%以下、Cu:1.8~4.0wt%、Sn:0.08wt%以下、Al:0.5wt%以下、Mg:0.02~0.1wt%、V:0.05~0.6wt%、Mo:0.5wt%以下、Cr:1.0wt%以下を含有し、残部Fe及び不可避的不純物から成る球状黒鉛鋳鉄。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量比で、C:2.0~4.0wt%、Si:2.2~3.2wt%、Mn:2.0wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.03wt%以下、Cu:1.8~4.0wt%、Sn:0.08wt%以下、Mg:0.02~0.1wt%、V:0.05~0.6wt%及びFeを含有することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄。
【請求項2】
重量比で、C:2.0~4.0wt%、Si:2.2~3.2wt%、Mn:2.0wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.03wt%以下、Cu:1.8~4.0wt%、Sn:0.08wt%以下、Mg:0.02~0.1wt%、Mo:0.5wt%以下及びFeを含有することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄。
【請求項3】
重量比で、C:2.0~4.0wt%、Si:2.2~3.2wt%、Mn:2.0wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.03wt%以下、Cu:1.8~4.0wt%、Sn:0.08wt%以下、Mg:0.02~0.1wt%、V:0.05~0.6wt%、Mo:0.5wt%以下及びFeを含有することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄。
【請求項4】
Cr:1.0wt%以下又は/及びAl:0.5wt%以下を含有することを特徴とする請求項1から3のうちいずれか1項に記載の球状黒鉛鋳鉄。
【請求項5】
重量比で、C:2.0~4.0wt%、Si:2.2~3.2wt%、Mn:2.0wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.03wt%以下、Cu:1.8~4.0wt%、Sn:0.08wt%以下、Mg:0.02~0.1wt%、V:0.05~0.6wt%及びFeを含有した化学組成の溶湯を鋳込み、窒化処理を行うことを特徴とする球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
【請求項6】
重量比で、C:2.0~4.0wt%、Si:2.2~3.2wt%、Mn:2.0wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.03wt%以下、Cu:1.8~4.0wt%、Sn:0.08wt%以下、Mg:0.02~0.1wt%、Mo:0.5wt%以下及びFeを含有した化学組成の溶湯を鋳込み、窒化処理を行うことを特徴とする球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
【請求項7】
重量比で、C:2.0~4.0wt%、Si:2.2~3.2wt%、Mn:2.0wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.03wt%以下、Cu:1.8~4.0wt%、Sn:0.08wt%以下、Mg:0.02~0.1wt%、V:0.05~0.6wt%、Mo:0.5wt%以下及びFeを含有した化学組成の溶湯を鋳込み、窒化処理を行うことを特徴とする球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
【請求項8】
前記化学組成にCr:1.0wt%以下又は/及びAl:0.5wt%以下を含有することを特徴とする請求項5から7のうちいずれか1項に記載の球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、球状黒鉛鋳鉄及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
球状黒鉛鋳鉄は、鉄道部品、自動車部品、機械部品、土木部品等種々の用途に広く使用されている。特に、様々な処理により強靱化された球状黒鉛鋳鉄の出現により、従来では得られなかった高強度化が可能となり、良好な鋳造性と複雑な形状に対応できる球状黒鉛鋳鉄が鍛鋼や鋳鋼の代替材料として使用されるに至っている。
【0003】
一方、これらの耐久機械部品の製造コストの低減の要求が高まると共に、これらの部品のうち特に歯車等の耐久機械部品の騒音低減の要求が高まってきている。そして、このような歯車等の耐久機械部品の低騒音化には鋳鉄のような振動減衰性の高い素材による振動伝搬抑制が有効である。
【0004】
しかし、FCD450等の汎用鋳鉄は、材料強度及び硬度が低く、歯車等の耐久機械部品には適していない。更に、引張強さ900MPa以上の高強度の球状黒鉛鋳鉄鋳放し材(特許文献1及び特許文献2)においても疲労限界と言われる107回の回転曲げ疲労強度は、300MPa程度にとどまり、耐久機械部品、例えば回転曲げ疲労強度の目標を600MPaとする各種の鉄道用歯車に適用可能な疲労強度には達していない。
【0005】
又、従来から耐久機械部品のうちの鉄道用歯車は、S40C及びSNCM420等の従来材料を用いて鍛造及び熱処理を行って製造されていた。具体的には、材料を1200±50℃程度で熱間鍛造し、鍛造後に焼準、ショットブラスト、切削加工(歯切り)した後、浸炭焼入れや高周波焼入れ等の熱処理を行うことで疲労強度を高めて、更にショットブラスト、仕上げ加工(研削)を行って製造されていた。しかし、このような鍛造及び熱処理工程による製造では、疲労強度を高めることは出来るが、製造工程数が多く、製造コストが高いという問題点があった。
【0006】
そこで、球状黒鉛鋳鉄に各種熱処理を行い、回転曲げ疲労試験を行った結果、窒化処理が最も高い回転曲げ疲労強度が得られることがわかり、球状黒鉛鋳鉄に対する窒化処理が提案されている(非特許文献1)。そして、溶湯にした球状黒鉛鋳鉄の材料を鋳造型に注湯して鋳造し、鋳造後にョットブラスト、切削加工(歯切り)した後、窒化処理を行って球状黒鉛鋳鉄部材を製造することにより、製造工程数の削減とコスト低減を図ることが提案されている(非特許文献2)。尚、鋳鉄の窒化により、球状黒鉛鋳鉄部材の表面にはγ’-Fe4N等からなる化合物層が形成され、化合物層の下の内部金属層には窒素が拡散固溶し、合金元素窒化物が形成された拡散層が形成される。この表面の化合物層は拡散層より硬く、耐摩耗性や疲労強度を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第6473192号公報
【特許文献2】特許第4693853号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】笹倉実ほか「新素材低騒音歯車の実用化に向けた材料強化の取組み」第24回鉄道技術・政策連合シンポジウム(J-Rail2017)講演論文集
【非特許文献2】笹倉実「高強度球状黒鉛鋳鉄を適用した低騒音型歯車の性能評価」鉄道総研報告 Vol.34 No.5,2020
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このような窒化処理は、500~600℃の高温で処理を行い、処理温度が高いほど、又、処理時間が長いほど表面の化合物層が硬くなる。しかし、窒化処理により球状黒鉛鋳鉄部材が焼戻されて、処理温度が高いほど、又、処理時間が長いほど、化合物層下の内部が軟化して硬度が低下するため、硬さや疲労強度が低下するという問題点があった。具体的には、特許文献1及び特許文献2に記載のような引張強さ900MPa以上の従来の鋳放し球状黒鉛鋳鉄は、ブリネル硬さで約260~320HBであるが、窒化処理を行うと、表面から0.1mm付近までの球状黒鉛周り基地組織のビッカース硬さは約370~640Hvと硬くなるが、0.3~0.5mm付近の内部硬さは、焼戻されて250~280HBと軟らかくなってしまう。
【0010】
そして、従来の鋳放し高強度球状黒鉛鋳鉄の耐久機械部品、例えば歯車、より具体的には鉄道用歯車への使用を検討すると、歯車噛合い時の面圧による最大せん断応力発生部位は、表面から約0.3~0.5mm内部であるので、内部が起点となり剥離するピッチング疲労強度を向上するためには、この付近の内部硬さを高めることが求められている。
【0011】
そこで、本発明は、球状黒鉛鋳鉄の窒化処理における焼き戻し軟化抵抗性を向上させることを目的の1つとする。又、球状黒鉛鋳鉄の窒化処理における焼き戻し軟化抵抗性を向上させ、球状黒鉛鋳鉄部材の硬さを更に高めることにより、窒化処理による疲労強度の低下を抑制することを目的の1つとする。又、球状黒鉛鋳鉄部材の製造において、製造効率を向上させ、製造コストを下げることを目的の1つとする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を解決するための手段としての本発明は、球状黒鉛鋳鉄にモリブデン(Mo)又は/及びバナジウム(V)を添加することで窒化時の球状黒鉛鋳鉄部材の焼き戻し軟化抵抗性を向上させ、部材の硬さの低下及び疲労強度の低下を抑制するものである。
【0013】
具体的には、重量比で、C:2.0~4.0wt%、Si:2.2~3.2wt%、Mn:2.0wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.03wt%以下、Cu:1.8~4.0wt%、Sn:0.08wt%以下、Mg:0.02~0.1wt%、V:0.05~0.6wt%及びFeを含有することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄である。
【0014】
又、重量比で、C:2.0~4.0wt%、Si:2.2~3.2wt%、Mn:2.0wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.03wt%以下、Cu:1.8~4.0wt%、Sn:0.08wt%以下、Mg:0.02~0.1wt%、Mo:0.5wt%以下及びFeを含有することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄である。
【0015】
又、重量比で、C:2.0~4.0wt%、Si:2.2~3.2wt%、Mn:2.0wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.03wt%以下、Cu:1.8~4.0wt%、Sn:0.08wt%以下、Mg:0.02~0.1wt%、V:0.05~0.6wt%、Mo:0.5wt%以下及びFeを含有することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄である。
【0016】
又、上記球状黒鉛鋳鉄において、Cr:1.0wt%以下を含有することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄である。
【0017】
又、上記球状黒鉛鋳鉄において、Al:0.5wt%以下を含有することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄である。
【0018】
更に、重量比で、C:2.0~4.0wt%、Si:2.2~3.2wt%、Mn:2.0wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.03wt%以下、Cu:1.8~4.0wt%、Sn:0.08wt%以下、Mg:0.02~0.1wt%、V:0.05~0.6wt%及びFeを含有した化学組成の溶湯を鋳込み、窒化処理を行うことを特徴とする球状黒鉛鋳鉄の製造方法である。
【0019】
又、重量比で、C:2.0~4.0wt%、Si:2.2~3.2wt%、Mn:2.0wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.03wt%以下、Cu:1.8~4.0wt%、Sn:0.08wt%以下、Mg:0.02~0.1wt%、Mo:0.5wt%以下及びFeを含有した化学組成の溶湯を鋳込み、窒化処理を行うことを特徴とする球状黒鉛鋳鉄の製造方法である。
【0020】
又、重量比で、C:2.0~4.0wt%、Si:2.2~3.2wt%、Mn:2.0wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.03wt%以下、Cu:1.8~4.0wt%、Sn:0.08wt%以下、Mg:0.02~0.1wt%、V:0.05~0.6wt%、Mo:0.5wt%以下及びFeを含有した化学組成の溶湯を鋳込み、窒化処理を行うことを特徴とする球状黒鉛鋳鉄の製造方法である。
【0021】
又、上記球状黒鉛鋳鉄の製造方法において、前記化学組成にCr:1.0wt%以下を含有することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄の製造方法である。
【0022】
又、上記球状黒鉛鋳鉄の製造方法において、前記化学組成にAl:0.5wt%以下を含有することを特徴とする球状黒鉛鋳鉄の製造方法である。
【発明の効果】
【0023】
以上のような本発明によれば、球状黒鉛鋳鉄にモリブデン又は/及びバナジウムを添加することにより、球状黒鉛鋳鉄の窒化処理における焼き戻し軟化抵抗性を向上させることが可能となった。又、球状黒鉛鋳鉄にモリブデン又は/及びバナジウムを添加することにより、球状黒鉛鋳鉄の窒化処理における焼き戻し軟化抵抗性を向上させ、球状黒鉛鋳鉄部材の硬さを更に高めること、特に内部の硬さを高めること、又、疲労強度の低下を抑制することが可能となった。更に、モリブデン又は/及びバナジウムが添加された球状黒鉛鋳鉄に更にクロム又は/及びアルミニウムを添加することにより、窒化処理後の球状黒鉛鋳鉄の硬さを高めることが可能となった。又、球状黒鉛鋳鉄にモリブデン又は/及びバナジウムを添加することにより、窒化処理の時間を短縮することが可能になり、製造効率を向上させ、製造コストを下げることが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図2】バナジウムを添加した場合の引張り強さを示すグラフ図
【
図3】バナジウムを添加した場合の硬さを示すグラフ図
【
図4】モリブデンを添加した場合の引張り強さを示すグラフ図
【
図5】モリブデンを添加した場合の硬さを示すグラフ図
【
図6】バナジウム及びモリブデンを添加した場合の引張り強さを示すグラフ図
【
図7】バナジウム及びモリブデンを添加した場合の硬さを示すグラフ図
【
図8】モリブデンを添加した場合の硬さ分布を示すグラフ図
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の球状黒鉛鋳鉄は、重量比で、C(炭素):2.0~4.0wt%、Si(ケイ素):2.2~3.2wt%、Mn(マンガン):2.0wt%以下、P(リン):0.03wt%以下、S(硫黄):0.03wt%以下、Cu(銅):1.8~4.0wt%、Sn(スズ):0.08wt%以下、Mg(マグネシウム):0.02~0.1wt%、V(バナジウム):0.05~0.6wt%及びFe(鉄)を含有する球状黒鉛鋳鉄である。
【0026】
又、本発明の球状黒鉛鋳鉄は、バナジウムに替えてモリブデンを添加し、重量比で、C:2.0~4.0wt%、Si:2.2~3.2wt%、Mn:2.0wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.03wt%以下、Cu:1.8~4.0wt%、Sn:0.08wt%以下、Mg:0.02~0.1wt%、Mo(モリブデン):0.5wt%以下及びFeを含有する球状黒鉛鋳鉄としてもよい。
【0027】
更に、バナジウム及びモリブデンの両方を添加し、重量比で、C:2.0~4.0wt%、Si:2.2~3.2wt%、Mn:2.0wt%以下、P:0.03wt%以下、S:0.03wt%以下、Cu:1.8~4.0wt%、Sn:0.08wt%以下、Mg:0.02~0.1wt%、V:0.05~0.6wt%、Mo:0.5wt%以下及びFeを含有する球状黒鉛鋳鉄としてもよい。
【0028】
本発明の球状黒鉛鋳鉄は、強度が高い球状黒鉛鋳鉄であり、窒化処理を施すのに好適な球状黒鉛鋳鉄である。本発明の球状黒鉛鋳鉄は、機械的性質としては特に限定されないが、引張り強さ800MPa以上、0.2%耐力500MPa以上の球状黒鉛鋳鉄であることが好ましく、引張り強さ900MPa以上がより好ましい。又、球状黒鉛鋳鉄材の組成としては特に限定されないが、球状黒鉛球状化率が80%以上、球状黒鉛の平均粒径が30μm以下、95%以上のパーライト基地組織を有する球状黒鉛鋳鉄であることが好ましい。
【0029】
バナジウムを添加することにより、球状黒鉛鋳鉄部材は、窒化処理後に、室温の引張り強さが増加し、又、硬さも増加する。硬さは球状黒鉛鋳鉄部材の表面のみならず内部全体でも増加する。これは、バナジウム炭化物が析出した影響である。バナジウムの添加量を0.05~0.6wt%としたのは、この添加量であれば引張り強さ及び硬さが増加するからである。バナジウムの添加量は0.3~0.6wt%が好ましい。これは、0.3より少ないと、引張り強さの増加が少ないからである。更に、バナジウムの添加量は0.3~0.5wt%がより好ましい。0.5wt%より多くても硬さは増加するが、0.6wt%以上であると0.5wt%に比べて引張り強さが減少するためである。
【0030】
モリブデンを添加することにより、球状黒鉛鋳鉄部材は、窒化処理後に、室温の引張り強さが低下することはなく、又、硬さは球状黒鉛鋳鉄部材の表面のみならず内部全体でも増加する。モリブデンの添加量を0.5wt%以下としたのは、少しの添加でも、硬さが窒化処理温度により焼き戻されて低下することはない一方、0.5wt%より多く添加しても効果は変わらないからである。モリブデンの添加量は0.1~0.4wt%が好ましい。0.1wt%以上とすることで、焼き戻し抵抗の低下を確実に防止して、球状黒鉛鋳鉄部材の硬さの低下を確実に防止することが出来、0.5wt%より多く添加しても効果は殆ど変わらないからである。
【0031】
又、このようにモリブデン又は/及びバナジウムを添加することにより、添加しない場合より短い時間で同じ硬さを得ることが出来、窒化処理の時間を短縮することが可能になり、製造効率を向上させ、製造コストを下げることが可能となっている。
【0032】
又、本発明の球状黒鉛鋳鉄は、Cr(クロム):1.0wt%以下を含有することとしてもよい。クロムを添加することにより窒化後の球状黒鉛鋳鉄の硬さを増加させることが出来る。クロムが窒素と化合物となり化合物層が硬くなり、球状黒鉛鋳鉄部材の表面が硬くなるからである。クロムの添加量を1.0wt%以下としたのは、クロムの添加量が1.0wt%を超えると、球状黒鉛鋳鉄の鋳造時における鋳造欠陥の増加の原因や、金属組織中にセメンタイトが析出してチル化し脆性的に脆い球状黒鉛鋳鉄になる原因となるためである。
【0033】
又、本発明の球状黒鉛鋳鉄は、Al(アルミニウム):0.5wt%以下を含有することとしてもよい。アルミニウムを添加することにより窒化後の球状黒鉛鋳鉄の硬さを増加させることが出来る。アルミニウムが窒素と化合物となり化合物層が硬くなり、球状黒鉛鋳鉄部材の表面が硬くなるからである。アルミニウムの添加量を0.5wt%以下としたのは、アルミニウムの添加量が0.5wt%を超えると、球状黒鉛鋳鉄の鋳造時におけるガス発生によるピンホール等の鋳造欠陥の増加の原因や、黒鉛の球状化を阻害する原因となるためである。
【0034】
尚、球状黒鉛鋳鉄に添加するバナジウムとモリブデンは、球状黒鉛鋳鉄の強化メカニズムが異なっている。バナジウムを添加すると、鋳鉄溶解により、微細バナジウムカーバイト(VC)が基地組織のフェライト中に析出しているため高温下では析出強化により鋳鉄の強度が向上する。一方、モリブデンを添加すると、主に基地組織のフェライト中に固溶しその結晶格子を大きく歪ませる固溶強化することで高温下での強度低下を抑制している。
【0035】
又、バナジウム及びモリブデンの両方を添加した場合、高温下では、バナジウム添加の影響が大きい。そして、モリブデンを添加しないでバナジウムを添加する場合でも、バナジウム及びモリブデンの両方を複合添加する場合でも、バナジウムの添加量は0.6wt%より多く添加しても硬さの向上効果は変わらない。
【0036】
又、本発明の球状黒鉛鋳鉄は、不可避的不純物を含んで構成されることとしてもよく、上述の範囲で、C、Si、Mn、P、S、Cu、Sn、Mg及び、V又は/及びMoを含有し、或いは更にCr又は/及びAlを含有し、残部Fe及び不可避的不純物から成る球状黒鉛鋳鉄であってもよい。又、本発明の球状黒鉛鋳鉄は、チタン、ニッケル、ニオブ等を含有することとしてもよい。
【0037】
本発明の球状黒鉛鋳鉄の製造方法としては特に限定されないが、以下のような方法を用いることが出来る。即ち、上記の成分で構成された材料を溶湯にして鋳造型に注湯して鋳造し、鋳造後にショットブラスト、切削加工をした後、窒化処理を行って製造する。窒化処理以外に焼き戻し、焼きならし、浸炭焼入れ等の熱処理は行わない。
【0038】
窒化処理は、表面硬化熱処理の化学的表面硬化法で、鉄鋼部材を加熱し、表面から窒素原子を内部に拡散浸透させて、窒素を様々な金属元素と化合し、硬い窒化物を形成して表面を硬化させる処理である。窒化処理は、500~580℃の温度で行い、球状黒鉛鋳鉄材の表面に形成されるおおよそ数十μm~数百μmの球状黒鉛鋳鉄成分固有の硬化層を有するように窒化処理を行う。窒化処理の方法は、ガス窒化、プラズマ窒化、塩浴窒化等を用いることが出来るが、量産性に優れるガス窒化が好ましい。また、窒化処理に微量の浸炭成分を混ぜて処理する軟窒化処理についても主な硬化層の形成は窒素を主体とした硬化層となるため、同様の効果が得られる。したがって、ガス軟窒化、プラズマ軟窒化、塩浴軟窒化なども本発明の適用範囲に含まれる。
【0039】
窒化処理を行って製造することにより、製造工程数の削減とコスト低減を図ることが行われている。具体的には、浸炭焼入れや高周波焼入れ等の熱処理が適用される場合の焼準、ショットブラスト、仕上げ加工(研削)等の工程を削減することが出来、コスト低減を図ることが出来る。又、窒化処理は、浸炭焼入れや高周波焼入れ等他の熱処理と比べて低温度の処理であり、かつFe-N系における共析変態点以下の温度で実施されるため、マルテンサイト変態を伴わないことから生じる熱処理ひずみを減少させることが出来、歯車等の部品寸法の誤差を減少させることが出来る。そして、寸法誤差を減少させることにより、騒音の低減を図ることが出来る。
【実施例0040】
重量比で、C:3.37wt%、Si:2.56wt%、Mn:0.48wt%、P:0.015wt%、S:0.016wt%、Cu:2.68wt%、Sn:0.06wt%、Mg:0.049wt%、V:0.4wt%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物で構成された球状黒鉛鋳鉄材料を実施例1-1とし、重量比で、C:3.37wt%、Si:2.56wt%、Mn:0.48wt%、P:0.015wt%、S:0.016wt%、Cu:2.68wt%、Sn:0.06wt%、Mg:0.049wt%、Mo:0.4wt%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物で構成された球状黒鉛鋳鉄材料を実施例1-2とし、重量比で、C:3.37wt%、Si:2.56wt%、Mn:0.48wt%、P:0.015wt%、S:0.016wt%、Cu:2.68wt%、Sn:0.06wt%、Mg:0.049wt%、Mo:0.4wt%、Al:0.2wt%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物で構成された球状黒鉛鋳鉄材料を実施例1-3とし、重量比で、C:3.37wt%、Si:2.56wt%、Mn:0.48wt%、P:0.015wt%、S:0.016wt%、Cu:2.68wt%、Sn:0.06wt%、Mg:0.049wt%、Mo:0.4wt%、Cr:0.8wt%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物で構成された球状黒鉛鋳鉄材料を実施例1-4とし、重量比で、C:3.37wt%、Si:2.56wt%、Mn:0.48wt%、P:0.015wt%、S:0.016wt%、Cu:2.68wt%、Sn:0.06wt%、Mg:0.049wt%、Mo:0.4wt%、Al:0.2wt%、Cr:0.8wt%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物で構成された球状黒鉛鋳鉄材料を実施例1-5とした。
【0041】
又、重量比で、C:3.37wt%、Si:2.56wt%、Mn:0.48wt%、P:0.015wt%、S:0.016wt%、Cu:2.68wt%、Sn:0.06wt%、Mg:0.049wt%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物で構成された球状黒鉛鋳鉄材料を比較例1とした。実施例及び比較例の夫々の球状黒鉛鋳鉄材料を溶湯にして鋳造型に注湯して鋳造し、鋳造後にショットブラスト、切削加工をした後、窒化処理を行い、直径30mm、高さ250mmの円柱形の球状黒鉛鋳鉄部材を製造した。窒化処理はガス窒化法を用いて540℃で20時間、アンモニアガス雰囲気下で行い、円形の横断面において円柱の側表面から0.5mm深さまでの硬さ分布を測定した。結果を
図1に示す。
【0042】
図1に示すように、540℃で窒化した場合、比較例1よりモリブデンを添加した球状黒鉛鋳鉄、モリブデンよりバナジウムを添加した球状黒鉛鋳鉄方がほぼ全ての深さにおいて硬さの低下が少ないこと、球状黒鉛鋳鉄の硬さを高めることが出来ることが分かる。又、アルミニウム又は/及びクロムを添加することにより、より硬さの低下が少ないこと、より球状黒鉛鋳鉄の硬さを高めることが出来ることが分かる。
重量比で、C:3.37wt%、Si:2.56wt%、Mn:0.48wt%、P:0.015wt%、S:0.016wt%、Cu:2.68wt%、Sn:0.06wt%、Mg:0.049wt%、V:0.1~0.6wt%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物で構成された球状黒鉛鋳鉄材料を溶湯にして鋳造型に注湯して鋳造し、鋳造後にショットブラスト、切削加工をした後、窒化処理を行い、直径30mm、高さ250mmの円柱形の球状黒鉛鋳鉄部材を製造した。窒化処理はガス窒化法を用いて540℃で20時間、アンモニアガス雰囲気下で行った。実施例2は、バナジウムの量を0.1wt%(実施例2-1)、0.3wt%(実施例2-2)、0.5wt%(実施例2-3)、0.6wt%(実施例2-4)とした。