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特開2023-160282アスベスト検出試薬及びアスベスト検出キット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023160282
(43)【公開日】2023-11-02
(54)【発明の名称】アスベスト検出試薬及びアスベスト検出キット
(51)【国際特許分類】
   G01N 31/00 20060101AFI20231026BHJP
   G01N 31/22 20060101ALI20231026BHJP
【FI】
G01N31/00 A
G01N31/22 122
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022070523
(22)【出願日】2022-04-22
(71)【出願人】
【識別番号】595111538
【氏名又は名称】株式会社共立理化学研究所
(71)【出願人】
【識別番号】591079487
【氏名又は名称】広島県
(74)【代理人】
【識別番号】100205914
【弁理士】
【氏名又は名称】堀越 総明
(74)【代理人】
【識別番号】100162189
【弁理士】
【氏名又は名称】堀越 真弓
(72)【発明者】
【氏名】永井 孝
(72)【発明者】
【氏名】岡内 俊太郎
(72)【発明者】
【氏名】▲濱▼脇 亮次
【テーマコード(参考)】
2G042
【Fターム(参考)】
2G042AA01
2G042BB17
2G042CA10
2G042CB06
2G042DA08
2G042FA03
2G042FA06
2G042FA11
2G042FA19
2G042FB02
(57)【要約】
【課題】レベル3の石綿含有建材を検出対象とすることができ、簡便かつ迅速に被検試料中のアスベストを検出することができるアスベスト検出試薬を提供する。
【解決手段】本発明のアスベスト検出試薬は、アスベストとの接触によって発色するアニリン骨格を有する化合物の塩からなる発色剤と、アミノカルボン酸系キレート剤又は脂肪族ヒドロキシカルボン酸系キレート剤からなる第1のキレート剤と、難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンを供する化合物と、を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスベストとの接触によって発色するアニリン骨格を有する化合物の塩からなる発色剤と、
アミノカルボン酸系キレート剤又は脂肪族ヒドロキシカルボン酸系キレート剤からなる第1のキレート剤と、
難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンを供する化合物と、を含むことを特徴とするアスベスト検出試薬。
【請求項2】
前記難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンが、ストロンチウムイオンであることを特徴とする請求項1に記載のアスベスト検出試薬。
【請求項3】
さらに、金属酸化物を含み、
前記金属酸化物が酸化亜鉛又は酸化チタンであることを特徴とする請求項1又は2に記載のアスベスト検出試薬。
【請求項4】
さらに、亜鉛の水溶性化合物を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載のアスベスト検出試薬。
【請求項5】
さらに、ジチオカルバミン酸系キレート剤からなる第2のキレート剤を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載のアスベスト検出試薬。
【請求項6】
請求項1又は2に記載のアスベスト検出試薬を含む、アスベスト検出キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築材料等に含まれるアスベストを、簡便かつ迅速に検出することができるアスベスト検出試薬に関し、さらに、このアスベスト検出試薬を含むアスベスト検出キットに関する。
【背景技術】
【0002】
アスベスト(石綿)とは、天然の繊維状珪酸塩鉱物であり、耐熱性、耐薬品性、耐久性及び電気絶縁性等の優れた工業的特性を有する。そのため、1970~1990年代頃には、年間約30万トンものアスベストが輸入され、主に建材用途として使用されてきた。しかしながら、アスベストはその繊維が極めて細いことから発じん性が高く、大気中に飛散して吸入されやすい。アスベストの微細繊維を吸入すると、肺線維症(じん肺)、悪性中皮腫及び肺がんの原因となることが指摘されている。そこで、今日では労働安全衛生法に基づく石綿障害予防規則により、0.1%以上のアスベストを含有する製品の輸入、製造及び使用等が禁止されている。
【0003】
アスベスト(石綿)の規制が行われる前に建築された建築物には、アスベスト含有建材が使用された可能性があるため、このような建築物の解体時には、石綿障害予防規則に基づく事前調査が義務付けられている。事前調査における検査では、現場で採取した試料を分析機関に送り、日本産業規格JIS A 1481-1~3に従って灰化や酸処理などの試料調製を行った後、偏光顕微鏡や位相差分散顕微鏡、X線回折装置、電子顕微鏡等の分析装置による分析を行うことでアスベスト含有の有無が判定される。そのため、判定結果が出るまでには時間を要し、現場での大気中への飛散防止や作業者の安全確保等のための迅速な対応を取ることが難しいという問題が生じていた。
【0004】
そこで、試料を採取した現場にて、簡便かつ迅速に、試料中に含まれるアスベストを検出するための技術として、本出願の共同出願人の一方による特許文献1及び特許文献2では、ジエチルパラフェニレンジアミン等のアニリン骨格を有する化合物の塩からなる発色剤を含有するアスベスト検出剤が開示されている。これらの文献には、ジエチルパラフェニレンジアミン等のアニリン骨格を有する化合物の塩は、アスベストと接触すると発色する性質を有しており、それゆえ、試料中に含まれるアスベストを検出できることが記載されている。さらに、これらの文献には、上述した発色剤に加えて、脂肪族ヒドロキシカルボン酸系キレート剤又はアミノカルボン酸キレート剤をアスベスト検出剤に含有させることによって、これらのキレート剤が一部のロックウールによる非特異的な発色を抑制し、アスベストに対する発色の特異性を高めることができることが記載されている。
【0005】
そこで、本出願の出願人らは、上述した技術に基づくアスベストの迅速判定キットを共同で開発し、「アスベスト検出キット」として製品化している(非特許文献1及び非特許文献2)。このアスベスト検出キットは、試料を採取した現場でのオンサイト分析が可能であり、(1)操作が簡単、(2)約10分で検出可能、(3)コンパクトで持ち運びが楽、(4)高価な機器や装置を使用せず、分析コストも低い、及び(5)毒物及び劇物取締法に非該当、との特徴を備えていることから、高い評価を得ている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第6781441号公報
【特許文献2】特許第6864892号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】“アスベスト検出キット”、[online]、株式会社共立理化学研究所 ホームページ、[2022年4月1日検索]、インターネット<URL:https://kyoritsu-lab.co.jp/products/dk_asb>
【非特許文献2】永井孝、“建材中のアスベスト迅速判定キットの紹介”、環境管理、一般社団法人産業環境管理協会、2021年5月号、Vol.57、No.5、p.27-32
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、非特許文献1及び2に係るアスベスト検出キットの検出対象は、以下表1に示すレベル1又はレベル2に分類される石綿含有建材までとされており、レベル3に分類される石綿含有建材は、誤発色や不検出のおそれがあることから適用外となっている。
【0009】
【表1】
【0010】
この理由としては、レベル1、2の石綿含有建材と比べて、レベル3の石綿含有建材にはアスベストよりも、セメントやロックウール、接着剤等の他の材料が非常に多く含まれている。それゆえ、この種のアスベスト以外の他の材料がアスベスト発色剤の誤発色(非特異的な発色)や非発色(いったん発色しても直ぐに退色したり、発色が確認されない状態)を生じさせていると考えられた。
【0011】
レベル3に分類される石綿含有建材は、発じん性は比較的低いとされているが、不適切な除去作業を行えばアスベストが飛散するおそれを有する。さらに、このレベル3建材は石綿含有建材の95%以上を占めており、建築物の内装から外装材に至るまで、幅広く使用されている。そのため、レベル3に分類される石綿含有建材についても、簡便かつ迅速に建材中に含まれるアスベストを検出することができるアスベスト検出試薬が求められている。
【0012】
本発明は上述した点に鑑みてなされたもので、その目的は、レベル3の石綿含有建材を検出対象とすることができ、簡便かつ迅速に被検試料中のアスベストを検出することができるアスベスト検出試薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本出願の発明者らは、レベル3に分類されている、せっこうボード、セメント板やスレートボードといった石綿含有建材は、石膏やセメント等のカルシウム含有化合物が主原料の建材であるため、脂肪族ヒドロキシカルボン酸系キレート剤又はアミノカルボン酸キレート剤でマスキング可能な量を超えて含まれるカルシウムイオン(Ca2+)が検出試薬の誤発色や不検出を生じさせていると仮説を立てた。ところが、この仮説について鋭意検討する過程で、カルシウム含有化合物中に含まれるカルシウムイオンがこの問題の原因ではなく、実は、せっこうボード、セメント板やスレートボードといった石綿含有建材中に含まれており、分析操作時に検液中に溶出してくる炭酸イオン(CO 2-)が原因であることを見出した。この知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0014】
上記課題を解決するため、本発明のアスベスト検出試薬は、アスベストとの接触によって発色するアニリン骨格を有する化合物の塩からなる発色剤と、アミノカルボン酸系キレート剤又は脂肪族ヒドロキシカルボン酸系キレート剤からなる第1のキレート剤と、難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンを供する化合物と、を含んでいる。
【0015】
アスベスト検出試薬に、難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンを供する化合物を配合することにより、レベル3に分類される石綿含有建材等の被検試料中に含まれており、検出操作時の検液中に溶出してくる炭酸イオンを難溶性炭酸塩として沈殿させて除去することができる。それゆえ、アスベストとの接触によって発色するアニリン骨格を有する化合物の塩からなる、本発明の発色剤の誤発色が抑制される。加えて、アミノカルボン酸系キレート剤又は脂肪族ヒドロキシカルボン酸系キレート剤からなる第1のキレート剤も配合することにより、被検試料中に含まれており、検出操作時の検液中に溶出してくるカルシウムイオン等のアルカリ土類金属イオンやアルカリ金属イオンもマスキングされるため、発色剤の誤発色がさらに抑制される。なお、本明細書において、検液とは、本発明のアスベスト検出試薬が水溶媒に溶解・混合されてなる液であり、アスベスト検出操作の際に被検試料を浸漬させて検出を行う液のことをいう。
【0016】
また、本発明のアスベスト検出試薬における難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンは、ストロンチウムイオンであることも好ましい。これにより、好適な金属イオンが選択され、難溶性の炭酸ストロンチウムとして検液から炭酸イオンを除去することができる。また、ストロンチウムイオンは原子量が比較的大きく重たいため、検液中で炭酸ストロンチウムの沈殿が形成されると速やかに沈降し、上澄液が速やかに透明となることから、発色剤による発色の有無による検出が容易となる。
【0017】
また、本発明のアスベスト検出試薬は、さらに、金属酸化物を含み、この金属酸化物が酸化亜鉛又は酸化チタンであることも好ましい。今回、本出願の発明者らは、一部のレベル3に分類される石綿含有建材(例えば、ロックウール吸音天井板等のロックウールを多く含む建材)に硫化物含有材料が含まれており、検出操作時の検液中に溶出してくる硫化物イオン(S2-)がアスベスト発色剤の非発色(いったん発色しても直ぐに退色したり、発色が確認されない状態)の原因であることを見出した。そこで、アスベスト検出試薬に、酸化亜鉛又は酸化チタンを配合することにより、検出操作時の検液中に被検試料から溶出する硫化物イオンを硫化亜鉛又は硫化チタンとして沈殿させて除去することができる。ここで、酸化亜鉛及び酸化チタンは水に対する溶解度が小さいために、硫化物イオンと反応する分だけ検液中に亜鉛イオン(Zn2+)又はチタンイオン(Ti4+)として溶出し、検液中の硫化物イオンと速やかに反応して金属硫化物の沈殿を形成する。それゆえ、検液中に余剰のイオン種を溶出させることなく、検液中のpHに与える影響も少ないため、発色剤の機能を妨げることなく作用することができる。これにより、アスベストとの接触によって発色するアニリン骨格を有する化合物の塩からなる、本発明の発色剤の非発色が抑制されたアスベスト検出試薬が得られる。
【0018】
また、本発明のアスベスト検出試薬は、さらに、亜鉛の水溶性化合物を含むことも好ましい。これにより、検出操作時の検液中に被検試料から溶出する硫化物イオンを硫化亜鉛として沈殿させて除去することができる。これにより、本発明の発色剤の非発色が抑制される。
【0019】
また、本発明のアスベスト検出試薬は、さらに、ジチオカルバミン酸系キレート剤からなる第2のキレート剤を含むことも好ましい。レベル3に分類されている石綿含有建材の一部には、建材の強度を高めるために繊維状に加工された銅や鉄等の遷移金属を混ぜ込んだものや、遷移金属を含むセメントが多く配合されているものがあり、この種の遷移金属イオンは、本発明の発色剤の誤発色を生じさせることが見出された。そこで、アスベスト検出試薬に、ジチオカルバミン酸系キレート剤からなる第2のキレート剤を配合することにより、検出操作時の検液中に被検試料から溶出する遷移金属イオンがマスキングされる。これにより、アスベストとの接触によって発色するアニリン骨格を有する化合物の塩からなる、本発明の発色剤の誤発色がさらに抑制されたアスベスト検出試薬が得られる。
【0020】
また、本発明のアスベスト検出キットは、上述したアスベスト検出試薬を含む。これにより、レベル3及びレベル1、2に分類される石綿含有建材中に含まれるアスベストを簡便かつ迅速に検出することができるアスベスト検出キットが得られる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、以下のような優れた効果を有するアスベスト検出試薬及びアスベスト検出キットを提供することができる。
(1)簡便かつ迅速に、レベル3及びレベル1、2に分類される石綿含有建材中に含まれるアスベストを検出することができる。
(2)被検試料中に含まれるアスベストとして、アスベスト6種全て(クリソタイル、アクチノライト、アモサイト、アンソフィライト、クロシドライト及びトレモライト)を検出することができる。
(3)試料と検出試薬を混合するという簡単な操作のみで行うことができ、分析に要する時間も10分程度と短く、目視で検液の発色を確認することで検出が行われるため、試料を採取した現場でのオンサイト分析にも好適である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態に係るアスベスト検出試薬及びアスベスト検出キットについて詳細に説明する。本実施形態に係るアスベスト検出試薬は、アスベストとの接触によって発色するアニリン骨格を有する化合物の塩からなる発色剤と、アミノカルボン酸系キレート剤又は脂肪族ヒドロキシカルボン酸系キレート剤からなる第1のキレート剤と、難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンを供する化合物と、から概略構成されている。
【0023】
(難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンを供する化合物)
まず、難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンを供する化合物について説明する。この難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンを供する化合物は、アスベスト検出試薬における発色剤の誤発色を抑制する機能を有しており、それゆえ、アスベストに対する発色の特異性が向上したアスベスト検出試薬が得られる。発明者らは、レベル3に分類されている石綿含有建材に多く含まれており、分析操作中に検液中に溶出する炭酸イオンが後述する発色剤の誤発色を生じさせていることを発見し、それゆえ、アスベスト検出試薬に難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンを供する化合物を配合することにより、レベル3に分類される石綿含有建材に対する発色剤の誤発色を抑制できることを見出した。
【0024】
本実施形態に係る難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンとは、炭酸イオンと反応して難溶性炭酸塩を形成できる金属イオンである。具体的には、特に限定されないが、マグネシウムイオン(Mg2+)、カルシウムイオン(Ca2+)、ストロンチウムイオン(Sr2+)又はバリウムイオン(Ba2+)等のアルカリ土類金属イオンが挙げられる。これらの金属イオンを供する化合物をアスベスト検出試薬に配合することにより、石綿含有建材等の被検試料から検液中に溶出する炭酸イオンと反応して難溶性炭酸塩が生成されるため、検液中から炭酸イオンを除去することができ、炭酸イオンによる発色剤の誤発色を抑制することができる。上述した金属イオンのうち、検出感度及びアスベスト検出試薬の安全性を高める観点から、難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンとして、ストロンチウムイオン(Sr2+)が好ましく選択され、使用され得る。ストロンチウムイオンは原子量が比較的大きいため、生成した炭酸ストロンチウムが検液中で沈降分離し易く、検液の上澄が速やかに透明となることから、発色剤による発色の確認による検出が容易となる。
【0025】
難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンを供する具体的な化合物としては、水に溶解して上述した金属イオンを供することができる化合物であればどのような化合物であってもよく、特に限定されない。検液中で難溶性炭酸塩をスムーズに生成させるため、水溶性を呈する化合物であることが好ましく、易溶性を呈する化合物であることがより好ましい。具体的な化合物としては、塩化マグネシウム、塩化カルシウムや塩化ストロンチウム等の塩化物のほか、酢酸ストロンチウム等の酢酸塩、ギ酸塩、乳酸塩、ヨウ化物、臭化物等が挙げられる。このうち、水溶性及び安全性に優れる観点から、塩化ストロンチウム等の塩化物が好適に用いられる。
【0026】
アスベスト検出試薬における、難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンを供する化合物の配合量は、被検試料から検液中に溶出する炭酸イオンと反応して十分に難溶性炭酸塩を生成できる量とすることが好ましく、被検試料中に含まれ得る炭酸イオンと同当量以上とすることが好ましい。具体的には、被検試料100mgあたり、0.05mmol以上10mmol以下となるように配合することが好ましく、0.5mmol以上10mmol以下となるように配合することがより好ましく、1mmol以上10mmol以下となるように配合することがさらに好ましい。
【0027】
(発色剤)
次に、発色剤について説明する。本実施形態に係る発色剤は、本出願の共同出願人の一方による特許文献1及び特許文献2で報告された発色剤と同様の化合物であり、アスベストとの接触によって発色するアニリン骨格を有する化合物の塩からなる。具体的には、以下に示す式(I)、式(II)、式(III)、式(IV)及び式(V)によって示される化合物の塩からなる群から選択される少なくとも1つの発色剤である。
【0028】
【化1】
【0029】
式(I)中、RからRはそれぞれ独立に、水素、アルキル基またはヒドロキシアルキル基である。ここで、式(I)中のRからRにおけるアルキル基は、炭素数4以下のアルキル基であることが好ましく、直鎖アルキル基であることがさらに好ましい。また、式(I)中のRからRにおけるヒドロキシアルキル基は炭素数2以下のヒドロキシアルキル基であることが好ましい。
【0030】
【化2】
【0031】
式(II)中、RからRはそれぞれ独立に、水素、アルキル基、ヒドロキシアルキル基またはイミノ基である。ここで、式(II)中のRからRにおけるアルキル基は、炭素数4以下のアルキル基であることが好ましく、直鎖アルキル基であることがさらに好ましい。また、式(II)中のRからRにおけるヒドロキシアルキル基は炭素数2以下のヒドロキシアルキル基であることが好ましい。
【0032】
【化3】
【0033】
式(III)中、RからRはそれぞれ独立に、水素、アルキル基、アミノ基、ヒドロキシアルキル基またはアルコキシ基である。ここで、式(III)中のRからRにおけるアルキル基は、炭素数4以下のアルキル基であることが好ましく、直鎖アルキル基であることがさらに好ましい。また、式(III)中のRからRにおけるヒドロキシアルキル基は炭素数2以下のヒドロキシアルキル基であることが好ましい。また、式(III)中のRからRにおけるアルコキシ基は炭素数2以下のアルコキシ基であることが好ましい。
【0034】
【化4】
【0035】
式(IV)中、RからRはそれぞれ独立に、水素、アルキル基、アミノ基、ヒドロキシアルキル基またはアルコキシ基である。ここで、式(IV)中のRからRにおけるアルキル基は、炭素数4以下のアルキル基であることが好ましく、直鎖アルキル基であることがさらに好ましい。また、式(IV)中のRからRにおけるヒドロキシアルキル基は炭素数2以下のヒドロキシアルキル基であることが好ましい。また、式(IV)中のRからRにおけるアルコキシ基は炭素数2以下のアルコキシ基であることが好ましい。
【0036】
【化5】
【0037】
式(V)中、RからRはそれぞれ独立に、水素、アルキル基またはヒドロキシアルキル基である。ここで、式(V)中のRからRにおけるアルキル基は、炭素数4以下のアルキル基であることが好ましく、直鎖アルキル基であることがさらに好ましい。また、式(V)中のRからRにおけるヒドロキシアルキル基は炭素数2以下のヒドロキシアルキル基であることが好ましい。
【0038】
上述した式(I)、式(II)、式(III)、式(IV)及び式(V)で表される化合物としては、特に限定されないが、N,N-ジエチル-p-フェニレンジアミン、N,N-ジメチル-p-フェニレンジアミン、N,N,N,N-テトラメチル-p-フェニレンジアミン、p-アニシジン、3,3-ジメチルベンジジン、4,4-ジアミノジフェニルアミン、ジメトキシベンジジン、N,N-ビス(β-ヒドロキシエチル)-p-フェニレンジアミン、2,4-ジアミノフェノール、2,4-ジアミノフェノキシエタノール等が好適に用いられる。
【0039】
上述した式(I)、式(II)、式(III)、式(IV)及び式(V)で表される化合物の塩としては、水に溶解する塩であればよく、特に限定されないが、例えば、硫酸塩や塩酸塩等が好適に用いられる。
【0040】
アスベスト検出試薬における、発色剤の配合量は、被検試料中に含まれるアスベストと十分に接触してアスベスト由来の発色が検出できる量とすることが好ましく、検液中における発色剤の濃度が1mmol/L以上100mmol/L以下となるように配合することが好ましく、2mmol/L以上50mmol/L以下となるように配合することがより好ましく、2mmol/L以上20mmol/L以下となるように配合することがさらに好ましい。
【0041】
(第1のキレート剤)
次に、第1のキレート剤について説明する。本実施形態に係る第1のキレート剤は、本出願の共同出願人の一方による特許文献1及び特許文献2で提案されたキレート剤と同様であり、アミノカルボン酸系キレート剤又は脂肪族ヒドロキシカルボン酸系キレート剤からなる。この第1のキレート剤は、検出操作時の検液中に被検試料から溶出する可能性のあるカルシウムイオン等のアルカリ土類金属イオンやアルカリ金属イオンをマスキングすることで、アスベスト検出試薬における発色剤の誤発色を抑制する機能を有している。それゆえ、アスベストに対する発色の特異性が向上したアスベスト検出試薬が得られる。
【0042】
本実施形態に係る第1のキレート剤はアミノカルボン酸系のキレート剤又は脂肪族ヒドロキシカルボン酸系のキレート剤である。具体的には、特に限定されないが、アミノカルボン酸系のキレート剤としては、エチレンジアミンジコハク酸(EDDS)、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、グリコールエーテルジアミン四酢酸(EGTA)、トランス-1,2-ジアミノシクロヘキサン-N,N,N,N-四酢酸(CyDTA)、トリエチレンテトラミン六酢酸(TTHA)、ニトリロ三酢酸(NTA)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)、N-(2-ヒドロキシエチル)イミノ二酢酸(HIDA)、N-(2-ヒドロキシエチル)エチレンジアミン三酢酸(HEDTA)及び1,3-プロパンジアミン四酢酸(PDTA)からなる群から選択される化合物またはその塩等が挙げられる。他方、脂肪族ヒドロキシカルボン酸系のキレート剤としては、例えば、リンゴ酸、クエン酸及びイソクエン酸からなる群から選択される化合物またはその塩等が挙げられる。これら化合物の塩としては、特に限定されないが、例えば、アンモニウム塩、ナトリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、カリウム塩、およびエタノールアミン塩等が挙げられる。
【0043】
アスベスト検出試薬における、第1のキレート剤の配合量は、被検試料中に含まれるカルシウムイオン等のアルカリ土類金属イオンと反応して十分なマスキング効果を発揮する量とすることが好ましく、例えば、被検試料中に含まれ得るマスキング対象成分と同当量程度とすることが好ましい。具体的には、被検試料100mgあたり、第1のキレート剤を0.0001mmol以上1mmol以下となるように配合することが好ましく、0.001mmol以上0.5mmol以下となるように配合することがより好ましく、0.002mmol以上0.05mmol以下となるように配合することがさらに好ましい。
【0044】
(金属酸化物)
さらに、本実施形態に係るアスベスト検出試薬には、金属酸化物として、酸化亜鉛又は酸化チタンが含まれていてもよい。これら亜鉛又はチタンの金属酸化物は、アスベスト検出試薬における発色剤の非発色(発色後の退色や不検出)を抑制する機能を有しており、それゆえ、アスベストに対する発色の特異性が向上したアスベスト検出試薬が得られる。発明者らは、一部の石綿含有建材(例えば、ロックウール吸音天井板等のロックウールを多く含む建材)に硫化物含有材料が含まれているために、分析操作中に検液中に溶出する硫化物イオンが発色剤の退色又は非発色を生じさせていることに気づき、これを解決する手段として、アスベスト検出試薬に酸化亜鉛又は酸化チタンを配合することにより、発色剤の発色後の退色や発色剤の非発色を抑制できることを見出した。
【0045】
酸化亜鉛又は酸化チタンをアスベスト検出試薬に配合することにより、検出操作時の検液中に被検試料から溶出する硫化物イオンを硫化亜鉛又は硫化チタンとして沈殿させて除去することができる。ここで、酸化亜鉛及び酸化チタンといった金属酸化物は水に対する溶解度が小さいため、これらの金属酸化物は硫化物イオンの除去には適さないとも考えられるが、発明者らは、アスベスト検出試薬に酸化亜鉛又は酸化チタンを配合することにより、被検試料から溶出する硫化物イオンと速やかに反応して金属硫化物の沈殿を形成することを見出した。また、酸化亜鉛及び酸化チタンは水に対する溶解度が小さいため、検液中に余剰のイオン種を溶出させることなく、検液のpHに与える影響も少ないため、発色剤の機能を妨げることがなく作用する。酸化亜鉛又は酸化チタンは検液中での反応性を高めるため、粉末状であることが好ましい。
【0046】
アスベスト検出試薬における、酸化亜鉛又は酸化チタンの配合量は、被検試料から検液中に溶出する硫化物イオンと反応して十分に金属硫化物を生成できる量とすることが好ましく、例えば、被検試料中に含まれ得る硫化物イオンと同当量程度とすることが好ましい。具体的には、被検試料100mgあたり、酸化亜鉛又は酸化チタンを0.0001mmol以上1mmol以下となるように配合することが好ましく、0.001mmol以上0.5mmol以下となるように配合することがより好ましく、0.002mmol以上0.05mmol以下となるように配合することがさらに好ましい。
【0047】
(亜鉛の水溶性化合物)
さらに、本実施形態に係るアスベスト検出試薬には、亜鉛の水溶性化合物が含まれていてもよい。亜鉛の水溶性化合物をアスベスト検出試薬に配合することにより、検出操作時の検液中に被検試料から溶出する硫化物イオンを硫化亜鉛として沈殿させて除去することができる。それゆえ、これら亜鉛の水溶性化合物は、アスベスト検出試薬における発色剤の非発色(発色後の退色や不検出)を抑制し、アスベストに対する発色の特異性を高める機能を有する。
【0048】
亜鉛の水溶性化合物としては、水に溶解して亜鉛イオンを生成する化合物であればどのような化合物であってもよく、特に限定されない。具体的な化合物としては、塩化亜鉛、硫酸亜鉛、酢酸亜鉛等が挙げられる。このうち、水溶性及び安全性に優れる観点から、塩化亜鉛が好適に用いられる。
【0049】
アスベスト検出試薬における、亜鉛の水溶性化合物の配合量は、被検試料から検液中に溶出する硫化物イオンと反応して十分に硫化亜鉛を生成できる量とすることが好ましく、例えば、被検試料中に含まれ得る硫化物イオンと同当量程度とすることが好ましい。具体的には、被検試料100mgあたり、亜鉛の水溶性化合物を0.0001mmol以上1mmol以下となるように配合することが好ましく、0.001mmol以上0.5mmol以下となるように配合することがより好ましく、0.002mmol以上0.05mmol以下となるように配合することがさらに好ましい。
【0050】
(第2のキレート剤)
さらに、本実施形態に係るアスベスト検出試薬には、ジチオカルバミン酸系キレート剤からなる第2のキレート剤が含まれていてもよい。ジチオカルバミン酸系キレート剤は、アスベスト検出試薬における発色剤の誤発色を抑制する機能を有しており、それゆえ、アスベストに対する発色の特異性が向上したアスベスト検出試薬が得られる。発明者らは、レベル3に分類されている石綿含有建材の一部には、建材の強度を高めるために繊維状に加工された銅や鉄等の遷移金属を混ぜ込んだものや、遷移金属を含むセメントが多く配合されているものがあり、この種の建材を分析する際に検液中に溶出する遷移金属イオンが発色剤の誤発色を生じさせていることに気づき、これを解決する手段として、アスベスト検出試薬にジチオカルバミン酸系キレート剤をさらに配合することにより、遷移金属イオンがマスキングされ、発色剤の誤発色を抑制できることを見出した。
【0051】
本実施形態に係る第2のキレート剤はジチオカルバミン酸系のキレート剤である。具体的には、特に限定されないが、ジエチルジチオカルバミン酸(DDTC)等のジチオカルバミン酸基を有する化合物またはその塩が挙げられる。これら化合物の塩としては、特に限定されないが、例えば、ナトリウム塩、アンモニウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、カリウム塩、およびエタノールアミン塩等が挙げられる。このうち、発色剤の誤発色の抑制に優れる観点から、ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム等のDDTC塩が好適に用いられる。
【0052】
アスベスト検出試薬における、第2のキレート剤の配合量は、被検試料中に含まれる遷移金属イオンと反応して十分なマスキング効果を発揮する量とすることが好ましく、例えば、被検試料中に含まれ得るマスキング対象成分と同当量程度とすることが好ましい。具体的には、被検試料100mgあたり、第2のキレート剤を0.0001mmol以上1mmol以下となるように配合することが好ましく、0.001mmol以上0.5mmol以下となるように配合することがより好ましく、0.002mmol以上0.05mmol以下となるように配合することがさらに好ましい。
【0053】
(pH緩衝剤)
さらに、本実施形態に係るアスベスト検出試薬には、pH緩衝剤が含まれていてもよい。pH緩衝剤は、被検試料から溶出する成分によって、検出操作時の検液のpHが大きく変化するのを防ぎ、検液のpHを発色剤の発色に好適なpH範囲に維持することで、アスベストに対する発色の特異性を高める機能を有する。発色剤の発色に好適なpH範囲としては、pH5~9が好ましく、pH6~8がより好ましい。この範囲に検出操作時の検液のpHを保つことで、アスベスト検出試薬における発色剤の発色阻害が抑制され、検出精度の向上に寄与する。pH緩衝剤としては、上述したpH範囲に調整できるものであればよく、特に限定されないが、例えば、リン酸塩、Tris、MOPS、HEPES等が用いられる。
【0054】
(その他の成分)
さらに、本実施形態に係るアスベスト検出試薬には、本発明の作用効果を損なわない範囲において、上述した以外の他の成分が含まれていてもよい。例えば、有機溶剤、酸化防止剤等が挙げられる。具体的には、有機溶剤としては、ブチルグリコール又はヘキシルジグリコール等のグリコール系化合物が挙げられ、発色剤の分散性を向上させることにより、発色剤の感度を向上させる機能を有する。また、酸化防止剤としては、亜硫酸ナトリウム、二亜硫酸ナトリウム、L-アスコルビン酸又はエリソルビン酸等が挙げられ、発色剤の酸化反応による非特異的な発色を抑制する機能を有する。
【0055】
本実施形態に係るアスベスト検出試薬は、上述した成分を含有する1剤からなる試薬としてもよいが、上述した成分を別個に分けて含有する多剤型の試薬とすることも可能である。このうち、アスベスト検出試薬に配合されている成分同士の意図しない反応を防ぐことができ、試薬の安定性を向上できる観点から、多剤型の試薬とすることが好ましい。また、多剤型の試薬とするにあたり、水に溶解させても安定な成分については、検液を構成する水と予め混合された液剤とすることも可能である。このとき、発色剤は水に溶解すると劣化し易いので、少なくとも発色剤は水と混合させずに固体状(粉状)のままで試薬とすることが好ましい。本実施形態に係るアスベスト検出試薬のうち、予め水と混合して液剤とするのが好適な成分としては、特に限定されないが、例えば、塩化ストロンチウム等の難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンを供する化合物、酸化亜鉛等の金属酸化物、亜鉛の水溶性化合物及び有機溶媒等が挙げられる。
【0056】
後述する実施例に示すように、本発明に係るアスベスト検出試薬は、蛇紋石族のクリソタイル(白石綿)並びに角閃石族のアクチノライト、アモサイト(茶石綿)、アンソフィライト、クロシドライト(青石綿)及びトレモライトのアスベスト6種全てを検出できることが確認された。それゆえ、本実施形態に係るアスベスト検出試薬では、被検試料に含まれるクリソタイル、アクチノライト、アモサイト、アンソフィライト、クロシドライト又はトレモライトを検出することができる。
【0057】
また、本実施形態に係るアスベスト検出試薬を適用できる被検試料としては、表1に示すレベル3に分類される石綿含有建材は勿論、レベル1及びレベル2に分類される石綿含有建材も被検試料とすることができ、レベル1~3の石綿含有建材を検出対象とすることができる。被検試料中に含まれるアスベストの量としては、少なくとも0.1質量%以上含まれていれば、本実施形態に係るアスベスト検出試薬を用いて検出することができるが、被検試料中のアスベストの含有量は1質量%以上であることが好ましく、2質量%以上であることがより好ましい。なお、被検試料中のアスベストの含有量が、例えば1質量%以下のように少ない場合には、被検試料に含まれるアスベスト以外の材料による誤発色や非発色を抑制して、アスベストと発色剤との接触により生じる特異的な発色を得るため、アスベスト検出試薬には、発色剤、第1のキレート剤及び難溶性炭酸塩生成剤に加えて、上述した金属酸化物、亜鉛の水溶性化合物及び第2のキレート剤からなる群から選択される少なくとも1つの成分を配合することが好ましい。
【0058】
(アスベスト検出試薬を用いたアスベスト検出方法)
本実施形態に係るアスベスト検出試薬の使用方法、すなわち、このアスベスト検出試薬を用いたアスベストの検出方法について、以下説明する。被検試料中のアスベストを検出する方法としては、被検試料とアスベスト検出試薬とを接触させる工程と、アスベスト検出試薬の発色の有無を判定する工程とから、概略構成される。
【0059】
被検試料とアスベスト検出試薬とを接触させる工程では、アスベスト検出試薬と水とからなる検液に、被検試料を浸漬等させて接触させることが行われる。本工程では、アスベスト検出試薬と被検試料とが十分に接触できればよく、アスベスト検出試薬と水とからなる検液を先に調製し、その検液に被検試料を浸漬させて接触させる方法、アスベスト検出試薬と被検試料を混合し、そこに水を加えて検液を調製しながら被検試料を浸漬させて接触させる方法、水と被検試料を混合し、そこにアスベスト検出試薬を加えて検液を調製しながら被検試料を浸漬させて接触させる方法等、いずれの方法で行ってもよい。また、アスベスト検出試薬が多剤型の試薬であり、多剤を構成する1つの剤が水と予め混合された液剤である場合には、アスベスト検出試薬を混合することにより検液が調製される。検液に浸漬される被検試料の量は、検出に使用されるアスベスト検出試薬の量に応じて設定されることが好ましい。また、被検試料は、建材の破片や粉砕物のいずれであってもよい。
【0060】
被検試料を検液に浸漬させることにより、アスベスト検出試薬中に含まれる発色剤と被検試料中のアスベストとが接触すると、この発色剤が発色し、検液に発色が生じる。発色の有無の判定は、被検試料を検液に接触させてから検液を静置し、3~20分後に判定することが好ましく、3~10分後に判定することがより好ましく、5~10分後に判定することがさらに好ましい。検液の発色の判定は、目視での比色のほか、写真データ等の画像解析による色調解析又は吸光光度法による測定等のあらゆる方法により行うことができる。特に本実施形態に係るアスベスト検出試薬では、予め分析して得られた標準色と照合することにより、目視での比色によって、検液の発色の有無を簡便に判定することができる。
【0061】
(アスベスト検出キット)
本実施形態に係るアスベスト検出キットには、上述したアスベスト検出試薬が含まれる。アスベスト検出試薬が1剤型試薬である場合には単剤として包装されたアスベスト検出試薬が含まれるが、多剤型の試薬である場合には、個別に包装された多剤からなるアスベスト検出試薬が含まれる。さらに、アスベスト検出キットには、その他の構成として、検液を調製するための水、検液を調製する際に使用する容器や分取用具、被検試料を採取するための匙等の採取具、被検試料を検液に浸漬する際に使用する容器、キットの取扱説明書及び発色(比色)見本等が含まれ得る。このうち、検液を調製するための水については、アスベスト検出試薬を多剤型の試薬とし、検液を構成する水と予め混合された液剤として、そのうちの1剤を調製した場合にはキットの構成から省くことができる。
【実施例0062】
以下、実施例及び比較例を用いて、本発明を詳細に説明する。以下の実施例及び比較例におけるアスベスト検出試薬の評価方法は下記の通りである。
【0063】
(1)発色の有無
アスベスト検出試薬を水に溶解・分散させて調製した検液に被検試料を浸漬させてから、5分又は10分経過後の検液の発色の有無を目視により確認した。発色が確認された場合を「有り」、発色が確認されなかった場合を「無し」とした。
【0064】
(2)誤発色・非発色
アスベストを含まない被検試料に対し、発色が確認された場合には「誤発色」、発色が確認されない場合には誤発色なしとして「-」と評価した。また、アスベストを含む被検試料に対し、発色が確認されなかった場合には「非発色」、発色が確認された場合には非発色なしとして「-」と評価した。
【0065】
(3)濁り(外観)
検液の発色の確認の際に、難溶性炭酸塩の沈殿が形成されたことによる検液の濁りの状態を観察し、発色状態の確認が困難なほどに濁っている場合を「1」、強い濁りがある場合を「2」、濁りがある場合を「3」、やや濁りがある場合を「4」、濁りがない場合を「5」と評価した。
【0066】
(4)総合判定
アスベストを含まない被検試料では発色が確認されないが、アスベストを含む被検試料では発色が確認された配合のアスベスト検出試薬を検出可能「○」と判定し、評価項目「誤発色・非発色」において、誤発色又は非発色が確認された配合のアスベスト検出試薬は検出不可「×」と判定した。
【0067】
また、以下の実施例及び比較例で使用したアスベスト検出試薬の構成成分の一覧を以下表2に、被検試料として用いた建材の種類及びその構成を以下表3に示す。
【0068】
【表2】
【0069】
【表3】
【0070】
[実施例1]
1.誤発色の原因となる成分の検討
本実施例では、発色剤の誤発色の原因となる成分を調べる試験を行った。本出願の発明者らは当初、レベル3に分類されている石綿含有建材は、石膏やセメント等のカルシウム含有化合物が主原料の建材であるため、アミノカルボン酸キレート剤等でマスキング可能な量を超えて含まれるカルシウムイオンが検出試薬の誤発色を生じさせていると仮説を立てた。この仮説を確認するため、被検試料として、硫酸カルシウム2水和物(試験No.1-1)、炭酸カルシウム(試験No.1-2)及び塩化カルシウム(試験No.1-3)を選択し、これらの試薬をそのまま被検試料とし、発色剤の発色状態を確認する試験を行った。試験は具体的には以下のようにして行った。各被検試料0.2gを10mL容量の透明容器に計り取った後、蒸留水10mLを添加してよく混合した。以下表4に示す成分及び配合量の発色剤と第1のキレート剤とを添加し、撹拌して混合した後、10分経過時点の検液の薄桃色の発色の有無を目視により確認した。今回の被検試料にはいずれもアスベストが含まれていないため、発色が有った場合には誤発色と評価され、総合判定では「×」と評価された。結果を以下表4に示す。
【0071】
【表4】
【0072】
この結果によれば、被検試料として用いたカルシウム含有化合物のうち、炭酸カルシウム(試験No.1-2)のみ、誤発色が生じていた。このことから、カルシウム含有化合物中に含まれるカルシウムイオンが誤発色の原因ではなく、炭酸イオンが誤発色の原因であることが推測された。
【0073】
そこで、検液中で炭酸イオンを生成させる他の化合物として、炭酸カリウム(試験No.1-4)と炭酸水素ナトリウム(試験No.1-5)についても、上記と同様の方法で試験を行った。結果を同じ表4に示す。これらの結果より、炭酸イオンが誤発色の原因であることが明らかとなった。
【0074】
[実施例2~8]
2.難溶性炭酸塩形成剤の効果(1)
本実施例では、難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンを供する化合物(難溶性炭酸塩形成剤)を配合したアスベスト検出試薬を調製し、その効果を検討した。被検試料としては、表3に示すレベル3建材Aであって、アスベストを含まないコントロール(実施例2)と、各種アスベストを10%ずつ含むレベル3建材A(実施例3~8)を調製した。試験は具体的には以下のようにして行った。各被検試料0.1gを10mL容量の透明容器に計り取り、以下表5に示す成分及び配合量の発色剤と第1のキレート剤を加えた。以下表5に示す成分及び配合量の難溶性炭酸塩形成剤を10mLの蒸留水に予め溶解させておき、これを被検試料等が入っている容器に全量を注いだ。容器を撹拌して混合した後、5分経過時点の検液の薄桃色の発色の有無を目視により確認し、評価を行った。結果を下記表5に示す。
【0075】
【表5】
【0076】
[比較例1~8]
3.難溶性炭酸塩形成剤の効果(2)
本比較例では、難溶性炭酸塩形成剤を配合しないアスベスト検出試薬を調製し、実施例2~8と同様の手順、方法にて試験を行った。結果を下記表6に示す。
【0077】
【表6】
【0078】
表5、6の結果によれば、難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンを供する化合物をアスベスト検出試薬に配合することにより、レベル3建材に分類される建材に起因する発色剤の誤発色を抑制でき、レベル3に分類される石綿含有建材中に含まれるアスベストを検出できることがわかった。また、被検試料中に含まれるアスベストとして、アスベスト6種全て(クリソタイル、アクチノライト、アモサイト、アンソフィライト、クロシドライト及びトレモライト)を検出することができることが示された。
【0079】
[実施例9~12]
4.難溶性炭酸塩形成剤の効果(3)
また、本実施例では、被検試料としてアスベストの原体を用い、上記実施例2~8と同様の手順、方法にて試験を行った。結果を下記表7に示す。
【0080】
【表7】
【0081】
表7の結果によれば、被検試料としてアスベストの原体を使用した場合であっても、発色剤の正しい発色が確認された。このことから、難溶性炭酸塩の沈殿生成のために難溶性炭酸塩形成剤からなる金属イオンが使用されず、ストロンチウムイオン等の金属イオンが検液中に多量残存したような場合においても、発色剤の発色には影響しないことがわかった。
【0082】
[実施例13~22]
5.難溶性炭酸塩形成剤の種類の検討
本実施例では、種々の化合物を難溶性炭酸塩形成剤として配合したアスベスト検出試薬を調製し、その効果を検討した。被検試料としては、表3に示すレベル3建材Aであって、アスベストを含まないコントロールと、クリソタイルを2%含むレベル3建材Aを調製した。試験は上記実施例2~8と同様の手順、方法にて行った。結果を下記表8、9に示す。
【0083】
【表8】
【0084】
【表9】
【0085】
表8、9の結果によれば、難溶性炭酸塩を生成し得る金属イオンとして、ストロンチウムイオンの他、カルシウムイオン、マグネシウムイオン及びバリウムイオンを好適に使用できることが示された。また、実施例13~16の結果より、難溶性炭酸塩形成剤(塩化ストロンチウム)の配合量は、被検試料0.1gに対し、20mg~2000mg(0.075mmol~7.5mmol)と広範囲に亘る量で配合させても発色精度には影響がなく、検液の外観の濁りも安定していた。
【0086】
[実施例23~29]
6.金属酸化物の効果
本実施例では、金属酸化物をさらに配合したアスベスト検出試薬を調製し、その効果を検討した。被検試料としては、表3に示すレベル3建材Bであって、アスベストを含まないコントロールと、クリソタイルを1%含むレベル3建材Bを調製した。試験は具体的には以下のようにして行った。各被検試料0.1gを10mL容量の透明容器に計り取り、以下表10に示す成分及び配合量の発色剤と第1のキレート剤を加えた。以下表10に示す成分及び配合量の難溶性炭酸塩形成剤と金属酸化物とを10mLの蒸留水に予め溶解・分散させておき、これを被検試料等が入っている容器に全量を注いだ。容器を撹拌して混合した後、5分経過時点の検液の薄桃色の発色の有無を目視により確認し、評価を行った。結果を下記表10に示す。
【0087】
【表10】
【0088】
表10の結果によれば、酸化亜鉛又は酸化チタンといった金属酸化物をアスベスト検出試薬にさらに配合することにより、レベル3に分類される建材のうち、アスベストが含まれているにもかかわらず、アスベストの含有量が少なく、発色剤の非発色を生じさせるような建材であっても、発色剤の非発色や退色を効果的に抑制してアスベストを検出できるようになることが示された。また、実施例28の結果より、酸化亜鉛の配合量は、被検試料100mgに対し、0.02mg(0.2μmol程度)とわずかの量でも効果があり、発色精度にも影響がないことがわかった。
【0089】
[実施例30~32]
7.亜鉛の水溶性化合物の効果
本実施例では、さらに亜鉛の水溶性化合物を配合したアスベスト検出試薬を調製し、その効果を検討した。被検試料としては、上述の実施例23~29と同様であり、表3に示すレベル3建材Bであって、アスベストを含まないコントロールと、クリソタイルを1%含むレベル3建材Bを調製した。試験は具体的には以下のようにして行った。各被検試料0.1gを10mL容量の透明容器に計り取り、以下表11に示す成分及び配合量の発色剤と第1のキレート剤を加えた。以下表11に示す成分及び配合量の難溶性炭酸塩形成剤と亜鉛の水溶性化合物とを10mLの蒸留水に予め溶解させておき、これを被検試料等が入っている容器に全量を注いだ。容器を撹拌して混合した後、5分経過時点の検液の薄桃色の発色の有無を目視により確認し、評価を行った。結果を下記表11に示す。
【0090】
【表11】
【0091】
表11の結果によれば、種々の亜鉛の水溶性化合物をアスベスト検出試薬にさらに配合することにより、レベル3に分類される建材のうち、アスベスト含有量が少なく、発色剤の非発色を生じさせるような建材であっても、発色剤の非発色や退色を効果的に抑制してアスベストを検出できるようになることが示された。
【0092】
[実施例33~40]
8.第2のキレート剤の効果
本実施例では、第2のキレート剤として、ジチオカルバミン酸系キレート剤をさらに配合したアスベスト検出試薬を調製し、その効果を検討した。被検試料としては、表3に示すレベル3建材Cであって、アスベストを含まないコントロールと、クリソタイルを0.1%含むレベル3建材Cを調製した。試験は具体的には以下のようにして行った。各被検試料0.1gを10mL容量の透明容器に計り取り、以下表12に示す成分及び配合量の発色剤と第1のキレート剤を加えた。以下表12に示す成分及び配合量の難溶性炭酸塩形成剤を10mLの蒸留水に予め溶解させておき、これを被検試料等が入っている容器に全量を注いだ。さらに、以下表12に示す第2のキレート剤の水溶液を所定量滴下した。容器を撹拌して混合した後、5分経過時点の検液の薄桃色の発色の有無を目視により確認し、評価を行った。結果を下記表12に示す。
【0093】
【表12】
【0094】
表12の結果によれば、ジチオカルバミン酸系キレート剤をアスベスト検出試薬にさらに配合することにより、レベル3に分類される建材のうち、アスベスト含有量が微量であり、遷移金属イオンの混在によって発色剤の誤発色を生じさせるような建材であっても、発色剤の誤発色を抑制でき、建材中に含まれるアスベストを検出できることがわかった。また、実施例39,40の結果より、第2のキレート剤の配合量は、被検試料100mgに対し、0.02mg(0.1μmol程度)とわずかの量でも効果があり、発色精度にも影響がないことがわかった。
【0095】
[実施例41~46]
9.金属酸化物と第2のキレート剤の効果
本実施例では、上述した金属酸化物と第2のキレート剤をさらに配合したアスベスト検出試薬を調製し、その効果を検討した。被検試料としては、表3に示すレベル3建材Cであって、アスベストを含まないコントロールと、クリソタイルを0.1%含むレベル3建材Cを調製した。試験は具体的には以下のようにして行った。各被検試料0.1gを10mL容量の透明容器に計り取り、以下表13に示す成分及び配合量の発色剤と第1のキレート剤を加えた。以下表13に示す成分及び配合量の難溶性炭酸塩形成剤と金属酸化物を10mLの蒸留水に予め溶解・分散させておき、これを被検試料等が入っている容器に全量を注いだ。さらに、以下表13に示す第2のキレート剤の水溶液を所定量滴下した。容器を撹拌して混合した後、5分経過時点の検液の薄桃色の発色の有無を目視により確認し、評価を行った。結果を下記表13に示す。
【0096】
【表13】
【0097】
表13の結果によれば、ジチオカルバミン酸系キレート剤と酸化亜鉛をアスベスト検出試薬にさらに配合することにより、レベル3に分類される建材のうち、アスベスト含有量が微量であり、遷移金属イオンの混在によって発色剤の誤発色を生じさせるような建材であっても、発色剤の誤発色を抑制でき、建材中に含まれるアスベストを高い精度で検出できることがわかった。
【0098】
[実施例47~50]
10.レベル1,2建材に対する効果
本実施例では、被検試料として表3に示すレベル1建材又はレベル2建材であって、アスベストを含まないコントロールと、アスベストを所定量含む建材を調製し、上記実施例2~8と同様の手順、方法にて試験を行った。結果を下記表14に示す。
【0099】
【表14】
【0100】
表14の結果によれば、本発明に係るアスベスト検出試薬によれば、レベル1建材及びレベル2建材に対しても、石綿含有建材中に含まれるアスベストを問題なく検出できることが示された。
【0101】
[比較例9、実施例51~60]
12.発色剤及び第1のキレート剤の検討
本実施例及び比較例では、発色剤及び第1のキレート剤について、以下表15及び16に示す種々の化合物を選択してアスベスト検出試薬を調製し、その効果を検討した。被検試料としては、表3に示すレベル3建材Aであって、アスベストを含まないコントロールと、クリソタイルを10%含むレベル3建材Aを調製し、上記実施例2~8と同様の手順、方法にて試験を行った。結果を下記表15及び16に示す。
【0102】
【表15】
【0103】
【表16】
【0104】
表15の結果によれば、アスベスト検出試薬を構成する第1のキレート剤としてCyDTAを用いた場合であっても、難溶性炭酸塩形成剤を配合していなければ誤発色が生じること(比較例9)、CyDTAに加えて難溶性炭酸塩形成剤を配合すれば誤発色が抑制されること(実施例51)がわかった。また、表16の結果によれば、本発明における発色剤及び第1のキレート剤を使用することにより、レベル3建材に分類される建材に起因する発色剤の誤発色を抑制でき、レベル3に分類される石綿含有建材中に含まれるアスベストを検出できることが明らかとなった。
【0105】
本発明は、上記の実施形態又は実施例に限定されるものでなく、特許請求の範囲に記載された発明の要旨を逸脱しない範囲内での種々、設計変更した形態も技術的範囲に含むものである。
【産業上の利用可能性】
【0106】
本発明のアスベスト検出試薬及びアスベスト検出キットは、建築材料材等に含まれるアスベストの調査に利用されるものである。