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特開2023-160496アルミニウム合金冷間圧延板およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023160496
(43)【公開日】2023-11-02
(54)【発明の名称】アルミニウム合金冷間圧延板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/06 20060101AFI20231026BHJP
   C22C 21/00 20060101ALI20231026BHJP
   C22F 1/047 20060101ALI20231026BHJP
   C22F 1/04 20060101ALI20231026BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20231026BHJP
【FI】
C22C21/06
C22C21/00 L
C22F1/047
C22F1/04 C
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 673
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694B
C22F1/00 694A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022070902
(22)【出願日】2022-04-22
(71)【出願人】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】100101683
【弁理士】
【氏名又は名称】奥田 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100155000
【弁理士】
【氏名又は名称】喜多 修市
(74)【代理人】
【識別番号】100202197
【弁理士】
【氏名又は名称】村瀬 成康
(72)【発明者】
【氏名】江崎 智太郎
(72)【発明者】
【氏名】工藤 智行
(72)【発明者】
【氏名】田中 宏樹
(57)【要約】
【課題】不純物Siによる強度低下が抑制されたアルミニウム合金冷間圧延板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】アルミニウム合金冷間圧延板は、Si:0.15~0.40質量%、Fe:0.30~0.80質量%、Cu:0.10~0.50質量%、Mn:0.80~1.20質量%、およびMg:0.50~1.70質量%と、オプショナルな元素として、Zn:0.30質量%以下、およびTi:0.15質量%以下を含有し、残部がAlと不可避的不純物からなる組成を有し、Siに対するFeの質量%の比が1.97≦Fe/Si≦4.00の範囲内にあり、固溶Mn量/全Mn量が0.17以上で、固溶Si量が0.03質量%以下であり、X線回折パターンにおけるブラッグ角(2θ±0.2°)が18.26°±0.1°と22.45°±0.1°の回折強度Iについてピーク比I(18.26°±0.1°)/I(22.45°±0.1°)が0.11以上である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:0.15~0.40質量%、Fe:0.30~0.80質量%、Cu:0.10~0.50質量%、Mn:0.80~1.20質量%、Mg:0.50~1.70質量%と、オプショナルな元素として、Zn:0.30質量%以下、およびTi:0.15質量%以下を含有し、残部がAlと不可避的不純物からなる組成を有し、Siに対するFeの質量%の比が1.97≦Fe/Si≦4.00の範囲内にあり、固溶Mn量/全Mn量が0.17以上で、固溶Si量が0.03質量%以下であり、
X線回折パターンにおけるブラッグ角(2θ±0.2°)が18.26°±0.1°と22.45°±0.1°の回折強度Iについてピーク比I(18.26°±0.1°)/I(22.45°±0.1°)が0.11以上である、アルミニウム合金冷間圧延板。
【請求項2】
請求項1に記載のアルミニウム合金冷間圧延板を製造する方法であって、
Si:0.15~0.40質量%、Fe:0.30~0.80質量%、Cu:0.10~0.50質量%、Mn:0.80~1.20質量%、およびMg:0.50~1.70質量%と、オプショナルな元素として、Zn:0.30質量%以下、およびTi:0.15質量%以下を含有し、残部がAlと不可避的不純物からなる組成を有し、Siに対するFeの質量%の比が1.97≦Fe/Si≦4.00の範囲内にあるスラブを用意する工程と、
前記スラブを均質化処理する工程と、
前記均質化処理を経た前記スラブを熱間圧延し、熱間圧延板を得る工程と、
前記熱間圧延板を冷間圧延し、冷間圧延板を得る工程と
を包含し、
前記熱間圧延板の導電率から前記均質化処理前の前記スラブの導電率を差し引いた値を縦軸、Fe/Siを横軸としてプロットした場合の傾きが、-1.1以上、0.2以下となるように、前記均質化処理および前記熱間圧延を行う、製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載のアルミニウム合金冷間圧延板を製造する方法であって、
Si:0.15~0.40質量%、Fe:0.30~0.80質量%、Cu:0.10~0.50質量%、Mn:0.80~1.20質量%、およびMg:0.50~1.70質量%と、オプショナルな元素として、Zn:0.30質量%以下、およびTi:0.15質量%以下を含有し、Siに対するFeの質量%の比が1.97≦Fe/Si≦4.00の範囲内にあるスラブを用意する工程と、
前記スラブを均質化処理する工程と、
前記均質化処理を経た前記スラブを熱間圧延し、熱間圧延板を得る工程と、
前記熱間圧延板を冷間圧延し、冷間圧延板を得る工程と
を包含し、
前記スラブの各成分の狙い値をCu0、Mn0、Mg0、前記冷間圧延板の引張強度をTS0、降伏強度をYS0とすると、下記式で表される補正を行った補正後の引張強度TS、補正後の降伏強度YSについて、TSの変動が±2.7MPa以下、YSの変動が±3.0MPa以下となる、製造方法。
補正TS=TS0-{(Cu-Cu0)×87.5+(Mn-Mn0)×70.0+(Mg-Mg0)×50.5}
補正YS=YS0-{(Cu-Cu0)×88.0+(Mn-Mn0)×69.5+(Mg-Mg0)×49.0}
【請求項4】
請求項1に記載のアルミニウム合金冷間圧延板を製造する方法であって、
Si:0.15~0.40質量%、Fe:0.30~0.80質量%、Cu:0.10~0.50質量%、Mn:0.80~1.20質量%、およびMg:0.50~1.70質量%と、オプショナルな元素として、Zn:0.30質量%以下、およびTi:0.15質量%以下を含有し、残部がAlと不可避的不純物からなる組成を有し、Siに対するFeの質量%の比が1.97≦Fe/Si≦4.00の範囲内にあるスラブを用意する工程と、
前記スラブを均質化処理する工程と、
前記均質化処理を経た前記スラブを熱間圧延し、熱間圧延板を得る工程と、
前記熱間圧延板を冷間圧延し、冷間圧延板を得る工程と
を包含し、
平衡状態図による計算において600℃~700℃におけるAl(Fe,Mn)相の最大体積率をV1、均質化処理温度におけるα相の体積率をV2とした場合にV1/V2≧1.04を満足する、製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアルミニウム合金冷間圧延板およびその製造方法に関する。なお、本明細書において、アルミニウム合金冷間圧延板とは、熱間圧延および冷間圧延によって圧延されたアルミニウム合金の圧延板であって、冷間圧延上がりの板、あるいは更に熱処理を施されて調質された圧延板をいう。また、アルミニウム合金をAl合金と表記することがある。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム系飲料缶として、缶胴体(缶ボディ)と缶蓋(缶エンド)とをシーミング加工することによって得られる2ピースアルミニウム缶が広く用いられている。缶胴体は、一般に次のような工程を経て製造される。まず、アルミニウム合金冷間圧延板をDI加工(Drawing and Ironing:絞り加工およびしごき加工)し、所定のサイズにトリミングする。その後、脱脂・洗浄処理を行った後、塗装および印刷を行って焼付け(ベーキング)を行う。続いて、缶胴縁部をネッキング加工及びフランジ加工することによって、缶胴体が得られる。2ピース缶は、DI缶と呼ばれることもある。
【0003】
近年、飲料缶ボディの製造において、使用済み飲料缶(UBC:Used Beverage Can)の再生塊をリサイクル利用する技術の開発が進められている。再生塊を利用すると、新地金を利用する場合に比べてCO排出量を約97%削減することが可能であり、カーボンニュートラルな社会の実現に貢献すると期待される。
【0004】
UBCの再生塊には、不純物としてSiやFe等が混入することがある。Al合金鋳塊にSiやFeが含まれると、加熱処理時に、SiがMnやFeと金属間化合物を形成し、MnやFeの固溶量を減少させる。固溶Mn量の減少は、製造されるAl合金板の強度低下を引き起こし、缶体強度の低下につながる。
【0005】
本願の出願人は、特許文献1に、缶ボディ用Al合金冷間圧延板であって、熱間圧延後の固溶Mn量を0.25質量%以上、固溶Fe量を0.02質量%以上、かつ固溶Si量を0.07質量%以上とすることで、冷間圧延中に析出する微細な析出粒子(α相)を最適化し、優れた成形性を確保しつつ、高い耐熱軟化特性が付与され、更に熱処理後においても、優れた缶体強度を発揮し得ることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2017/110869号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、不純物Siによる強度低下が抑制されたアルミニウム合金冷間圧延板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の実施形態によると、以下の項目に記載の解決手段が提供される。
【0009】
[項目1]
Si:0.15~0.40質量%、Fe:0.30~0.80質量%、Cu:0.10~0.50質量%、Mn:0.80~1.20質量%、およびMg:0.50~1.70質量%と、オプショナルな元素として、Zn:0.30質量%以下、およびTi:0.15質量%以下を含有し、残部がAlと不可避的不純物からなる組成を有し、Siに対するFeの質量%の比が1.97≦Fe/Si≦4.00の範囲内にあり、固溶Mn量/全Mn量が0.17以上で、固溶Si量が0.03質量%以下であり、
X線回折パターンにおけるブラッグ角(2θ±0.2°)が18.26°±0.1°と22.45°±0.1°の回折強度Iについてピーク比I(18.26°±0.1°)/I(22.45°±0.1°)が0.11以上である、アルミニウム合金冷間圧延板。
[項目2]
項目1に記載のアルミニウム合金冷間圧延板を製造する方法であって、
Si:0.15~0.40質量%、Fe:0.30~0.80質量%、Cu:0.10~0.50質量%、Mn:0.80~1.20質量%、およびMg:0.50~1.70質量%と、オプショナルな元素として、Zn:0.30質量%以下、およびTi:0.15質量%以下を含有し、Siに対するFeの質量%の比が1.97≦Fe/Si≦4.00の範囲内にあるスラブを用意する工程と、
前記スラブを均質化処理する工程と、
前記均質化処理を経た前記スラブを熱間圧延し、熱間圧延板を得る工程と、
前記熱間圧延板を冷間圧延し、冷間圧延板を得る工程と
を包含し、
前記熱間圧延板の導電率から前記均質化処理前の前記スラブの導電率を差し引いた値を縦軸、Fe/Siを横軸としてプロットした場合の傾きが、-1.1以上、0.2以下となるように、前記均質化処理および前記熱間圧延を行う、製造方法。
[項目3]
項目1に記載のアルミニウム合金冷間圧延板を製造する方法であって、
Si:0.15~0.40質量%、Fe:0.30~0.80質量%、Cu:0.10~0.50質量%、Mn:0.80~1.20質量%、およびMg:0.50~1.70質量%と、オプショナルな元素として、Zn:0.30質量%以下、およびTi:0.15質量%以下を含有し、Siに対するFeの質量%の比が1.97≦Fe/Si≦4.00の範囲内にあるスラブを用意する工程と、
前記スラブを均質化処理する工程と、
前記均質化処理を経た前記スラブを熱間圧延し、熱間圧延板を得る工程と、
前記熱間圧延板を冷間圧延し、冷間圧延板を得る工程と
を包含し、
前記スラブの各成分の狙い値をCu0、Mn0、Mg0、前記冷間圧延板の引張強度をTS0、降伏強度をYS0とすると、下記式で表される補正を行った補正後の引張強度をTS、補正後の降伏強度をYSについて、TSの変動が±2.7MPa以下、YSの変動が±3.0MPa以下となる、製造方法。
補正TS=TS0-{(Cu-Cu0)×87.5+(Mn-Mn0)×70.0+(Mg-Mg0)×50.5}
補正YS=YS0-{(Cu-Cu0)×88.0+(Mn-Mn0)×69.5+(Mg-Mg0)×49.0}
[項目4]
項目1に記載のアルミニウム合金冷間圧延板を製造する方法であって、
Si:0.15~0.40質量%、Fe:0.30~0.80質量%、Cu:0.10~0.50質量%、Mn:0.80~1.20質量%、およびMg:0.50~1.70質量%と、オプショナルな元素として、Zn:0.30質量%以下、およびTi:0.15質量%以下を含有し、Siに対するFeの質量%の比が1.97≦Fe/Si≦4.00の範囲内にあるスラブを用意する工程と、
前記スラブを均質化処理する工程と、
前記均質化処理を経た前記スラブを熱間圧延し、熱間圧延板を得る工程と、
前記熱間圧延板を冷間圧延し、冷間圧延板を得る工程と
を包含し、
平衡状態図による計算において600℃~700℃におけるβ相の最大体積率をV1、均質化処理温度におけるα相の体積率をV2とした場合にV1/V2≧1.04を満足する、製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の実施形態によると、不純物Siによる強度低下が抑制されたアルミニウム合金冷間圧延板およびその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】熱間圧延板の導電率から均質化処理前のスラブの導電率を差し引いた結果をFe/Siに対してプロットしたグラフである。
図2】実験例の試料No.1~15のX線回折パターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態によるアルミニウム合金冷間圧延板およびその製造方法を説明する。本発明の実施形態によるアルミニウム合金冷間圧延板およびその製造方法は、以下で例示するものに限定されない。
【0013】
本発明の実施形態によるアルミニウム合金冷間圧延板は、Si:0.15~0.40質量%、Fe:0.30~0.80質量%、Cu:0.10~0.50質量%、Mn:0.80~1.20質量%、およびMg:0.50~1.70質量%と、オプショナルな元素として、Zn:0.30質量%以下、およびTi:0.15質量%以下を含有し、残部がAlと不可避的不純物からなる組成を有し、Siに対するFeの質量%の比が1.97≦Fe/Si≦4.00の範囲内にあり、固溶Mn量/全Mn量が0.17以上、固溶Si量が0.03質量%以下であり、CuKα線を用いたX線回折パターンにおいて、Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物相(すなわちα相)に由来するブラッグ角(2θ±0.2°)=18.26°±0.1°のピークとAl(Fe,Mn)系金属間化合物相(すなわちβ相)に由来するブラッグ角(2θ±0.2°)=22.45°±0.1°のピークの強度比I(18.26°±0.1°)/I(22.45°±0.1°)が0.11以上である組織を有する。本発明の実施形態によるアルミニウム合金冷間圧延板は、後に実験例を示して説明するように、SiおよびFeを含む合金組成、固溶Si量、および固溶Mn量が上記の範囲内に制御されるとともに、α相とβ相との体積比率が上記の範囲に制御されており、その結果、ボトル缶用、特にDI缶の胴体用のアルミニウム合金冷間圧延板として好適に用いられる特性(特に強度)を備える。合金組成は、再生塊の組成に応じて新地金を加えるなどして、制御され得る。また、α相とβ相との体積比率は、後述する製造方法によって制御され得る。
【0014】
まず、合金組成を上記の範囲に制御する技術的な意味を説明する。本明細書において、合金組成は、アルミニウム合金冷間圧延板の全体の質量に対する各元素の質量%で表す。合金組成は、例えば、発光分析装置(SPECTRO社製、SPECTROLAB)によって測定され得る。
【0015】
[Mn:0.8~1.2質量%]
Mn(マンガン)は、アルミニウム合金冷間圧延板(以下、単に「冷間圧延板」ということがある。)の強度の上昇および耐熱軟化性の向上に寄与する。Mnは、鋳造時に、Feと共に、金属間化合物(Al-Mn-Fe-Si系金属間化合物またはAl(Mn,Fe)系金属間化合物)を形成する。α相(Al-Mn-Fe-Si系金属間化合物相)またはβ相(Al(Fe,Mn)系金属間化合物相)は、固体潤滑作用を有し、成形時において成形型との焼付きを抑制して、缶胴体の表面性状を向上させる。特にα相は、ビッカース硬さが800を超える粒子として出現し、焼付きを抑制して、缶胴体の表面性状を向上させる効果が大きい。Mnの含有量が0.8質量%未満であると、これらの効果が充分に発揮され得ず、また1.2質量%を超えると、強度が高くなり過ぎることがある。したがって、Mnの含有量は、0.8~1.2質量%(0.8質量%以上1.2質量%以下を意味する。以下、同じ。)に制御する。
【0016】
[Mg:0.5~1.7質量%]
Mg(マグネシウム)は、固溶状態で存在することにより、冷間圧延板の強度の上昇に寄与する。Mgの含有量が0.5質量%未満であると、十分な強度が得られないことがあり、1.7質量%を超えると、成形性が損なわれることがある。
【0017】
[Fe:0.30~0.80質量%]
Fe(鉄)は、鋳造時に、Mnと共に、金属間化合物(Al-Mn-Fe-Si系金属間化合物またはAl(Mn,Fe)系金属間化合物)を形成する。α相(Al-Mn-Fe-Si系金属間化合物相)またはβ相(Al(Fe,Mn)系金属間化合物相)は、固体潤滑作用を有し、成形時における焼付きを抑制する。Feの含有量が0.25質量%未満であると、焼付きを十分に抑制できないことがある。一方、Feの含有量が0.6質量%を超えると、晶出物(β相、α相)が増加し、粗大晶出物が過剰に形成され、成形性が損なわれることがある。
【0018】
[Si:0.15~0.40質量%]
Si(珪素)は、鋳造時に、Mnおよび/またはFeと共に、上記の金属間化合物を形成し、成形時における焼付きを抑制する効果を有する。Siの含有量が0.15質量%未満であると、焼付きを十分に抑制できないことがある。一方、Siの含有量が0.40質量%を超えると、α相が過剰に形成され、成形性が損なわれることがある。また、Mn固溶量の減少を招き、その結果、耐熱軟化性が低下することがある。
【0019】
[Cu:0.10~0.50質量%]
Cu(銅)は、鋳造時に、Mgと共に、Al-Cu-Mg系金属間化合物を形成する。Al-Cu-Mg系金属間化合物相は、塗装焼付け工程における強度低下を抑制する効果を発揮する。Cuの含有量が0.10質量%未満では、上記の効果が充分に得られないことがあり、逆に0.50質量%を超えると、成形加工時の加工硬化性が大きくなり、成形性が低下することがある。
【0020】
[Zn:0.30質量%以下]
Zn(亜鉛)は、MgZnAl金属間化合物相を時効析出させ、強度の上昇に寄与する。ただし、Znの含有量が0.30質量%を越えると、耐食性を低下させることがある。したがって、Znを添加する場合、Znの含有量は、0.30質量%以下とすることが好ましい。Znは添加しなくてもよいが、上記の効果を得るためには、Znの含有量を0.05質量%以上とすることが好ましい。
【0021】
[Ti:0.15質量%以下]
Ti(チタン)は、鋳塊結晶粒を微細化する効果を有する。ただし、Tiの含有量が0.15質量%を超えると初晶TiAlが晶出し、成形性を低下させることがある。Tiを添加する場合、Tiの含有量は、0.15質量%以下とすることが好ましい。Tiは添加しなくてもよいが、上記の効果を得るためには、Tiの含有量を0.005質量%以上とすることが好ましい。また、Tiと共にB(ホウ素)を添加してもよい。このとき、Bの含有量は、0.01質量%以下であることが好ましい。
【0022】
以上の各成分の残部はAlおよび不可避的不純物とすれば良い。
【0023】
[Fe/Si:1.97~4.00以下]
本発明者は、固溶Mn量、固溶Si量の最適化において、Siに対するFeの質量%の比(Fe/Si)が重要であることを見出した。Fe/Siが1.97未満であると、均質化処理(「均熱処理」、「ソーキング」ともいう。)中に、Al-Fe-Mn系金属間化合物と反応してAl-Mn-Fe-Si系金属間化合物を形成することがないSiが多く残存し、均質化処理後の熱間圧延中に固溶Mnと結合して、Al-Mn-Fe-Si系金属間化合物を形成し、α相の析出を促進する。ここで析出するα相は冷間圧延中に析出するα相に比べて疎で粗大なので、強度を上昇させる効果は非常に小さい。Fe/Siが4.0を超えると、Feが過剰となり、鋳造中に粗大晶出物が形成されやすくなる。粗大晶出物は、成形時に割れの起点となりやすいので、粗大晶出物の形成を抑制することが好ましい。
【0024】
Fe/Siの最適化によって、均質化処理において固溶Siと反応するのに十分な量のAl(Fe,Mn)系金属間化合物を鋳造時に存在させ、均質化処理において固溶Siを十分に減少させることによって、その後の熱間圧延中にα相が析出することを抑制し、固溶Mn量が過度に減少することを抑制する。
【0025】
本発明の実施形態による上述のアルミニウム合金冷間圧延板は、実験例を示して後述する様に、下記の製造方法によって製造され得る。
【0026】
本発明の実施形態による製造方法は、上記の所定の組成を有するスラブを用意する工程と、スラブを均質化処理する工程と、均質化処理を経たスラブを熱間圧延し、熱間圧延板を得る工程と、熱間圧延板を冷間圧延し、冷間圧延板を得る工程とを包含する。ここで、熱間圧延板の導電率から均質化処理前のスラブの導電率を差し引いた値を縦軸、Fe/Siを横軸としてプロットした場合の傾きが、-1.1以上、0.2以下となるように、均質化処理および熱間圧延を行うことによって、上述の冷間圧延板を得ることができる。
【0027】
鋳造後から熱間圧延後に至るまでの固溶量の変化を導電率の変化をモニターすることによって評価することができる。鋳造直後は冷却速度が速いため、各元素はアルミニウム母相中に過飽和状態で固溶しており、鋳塊の導電率は晶出物の量によって決定される。また、熱間圧延後の熱間圧延板の導電率は、主に均質化処理から熱間圧延までの間に析出物が生成され固溶Mn量が減少することによって上昇する。Siに対するFeの質量%の比(Fe/Si)がFe/Si<1.97と小さいと、Fe/Siが小さいほど導電率の減少量は大きい。すなわち、Fe/Siに対する導電率の変化の傾きは大きい。一方、1.97≦Fe/Si≦4.00の範囲での導電率の変化は、Fe/Siによらずほぼ一定の値であり、Fe/Si<1.97におけるFe/Siに対する導電率の変化の傾きに比べると小さい。すなわち、Siに対して一定以上の割合のFeが含まれた組成を有する合金では、均質化処理から熱間圧延において生じる導電率の変化が小さく、導電率の変化が上記の範囲内である合金は、Siによる固溶原子の減少が抑制された合金であるといえる。
【0028】
本発明の他の実施形態による製造方法は、スラブを用意する工程において、スラブの各成分の狙い値をCu0、Mn0、Mg0、冷間圧延板の引張強度をTS0、降伏強度をYS0とすると、下記式で表される補正を行った補正後の引張強度TS、補正後の降伏強度YSについて、TSの変動が±2.7MPa以下、YSの変動が±3.0MPa以下となる。
補正TS=TS0-{(Cu-Cu0)×87.5+(Mn-Mn0)×70.0+(Mg-Mg0)×50.5}
補正YS=YS0-{(Cu-Cu0)×88.0+(Mn-Mn0)×69.5+(Mg-Mg0)×49.0}
【0029】
本発明の実施形態による上述の冷間圧延板を上述の製造方法を用いて製造すると、このように、安定した強度を有する冷間圧延板を製造することができる。
【0030】
本発明の他の実施形態による製造方法は、上記の所定の組成を有するスラブを用意する工程と、スラブを均質化処理する工程と、均質化処理を経たスラブを熱間圧延し、熱間圧延板を得る工程と、熱間圧延板を冷間圧延し、冷間圧延板を得る工程とを包含する。ここで、平衡状態図による計算において600℃~700℃におけるAl(Fe,Mn)相の最大体積率をV1、均質化処理温度におけるα相の体積率をV2とした場合にV1/V2≧1.04を満足する。V1/V2がこの条件を満足すると、上述のように安定した強度を有する冷間圧延板を製造することができる。
【0031】
各元素の平衡状態図は、ソフトウェア、J Mat Pro(英国Sente Software社製)を用い、CALPHAD法という熱力学モデルに基づいて求めることができる。得られた平衡状態図に基づく計算によって、600℃~700℃におけるAl(Fe,Mn)相の最大体積率V1、均質化処理温度におけるα相の体積率V2を求めることができる。V1/V2≧1.04である材料組織とすることで、固溶Siに起因する材料度低下を抑制できる。
【0032】
以下に、代表的な実験例を示して、本発明の実施形態によるアルミニウム合金冷間圧延板およびその製造方法を具体的に説明する。
【0033】
なお、以下の実験例では、最終的に得られた冷間圧延板、および製造プロセス中の中間品である熱間圧延板から作製された試験片を用いて、以下の評価項目を以下に説明する手法に従って評価した。
【0034】
(1)冷間圧延板の圧延方向の引張強さ(TS)および0.2%耐力(YS)
各実験例において得られた、冷間圧延板(元板)から、圧延方向において、JIS 5号試験片を作製し、JIS-Z-2241に従って引張試験を実施することにより、圧延方向の引張強さ(TS)と0.2%耐力(YS)を測定した。また、各実験例におけるCu、Mn、Mgの狙い値はそれぞれCu0=0.15質量%、Mn0=0.86質量%、Mg0=1.00質量%であり、下式から補正TS、補正YSを算出した。
補正TS=TS0-{(Cu-Cu0)×87.5+(Mn-Mn0)×70.0+(Mg-Mg0)×50.5}
補正YS=YS0-{(Cu-Cu0)×88.0+(Mn-Mn0)×69.5+(Mg-Mg0)×49.0}
【0035】
なお、上記の補正式は、過去実験データと本実験データに基づいて求めた。これらの実験データを用いて、機械学習によって、強度と成分との関係を求めると、ほぼ直線関係が得られた。これらのことから、上記の組成範囲内であれば、Cu0、Mn0、Mg0の値が上記の値と異なって、上記の式を用いることができると考えられる。
【0036】
(2)固溶Si量、固溶Mn量の測定(フェノール溶解法)
各実験例において、それぞれ得られた冷間圧延板から切り出した小片サンプルを、170℃のフェノールに浸漬することにより、Al合金中のマトリックス成分を溶解させた後、ベンジルアルコールを添加して、その溶液を液体状態に保ちつつ、0.1μmの孔径を有するフィルターを用いてろ過した。フィルター上に捕捉された析出物を、塩酸・フッ酸混合液にて溶解し、得られた溶液を希釈した液を用いて、ICP(Inductively Coupled Plasma)発光分光分析を行うことにより、固溶Si量および固溶Mn量を求めた。
【0037】
(3)導電率
均質化処理を施していない鋳塊、熱間圧延後の板材(熱間圧延板)および冷間圧延後の板材(冷間圧延板)に対して、それぞれ、導電率測定器(フェルスター社製SIGMATEST2.069)を用いて、周波数:960kHzにおいて、導電率を測定し、n=3の平均値を求めた。なお、試験片の厚さが1mm未満の場合には、総厚が1mm以上となるように試験片(板)を重ね合わせて、導電率の測定に供した。図1に、熱間圧延板の導電率から均質化処理前のスラブの導電率を差し引いた結果をFe/Siに対してプロットしたグラフを示す。
【0038】
(4)結晶相の同定
各実験例において、それぞれ得られた冷間圧延板をX線回折装置(リガク社製、RINT-2000)によって、波長λ=1.54180nmのCuKα線を用いてX線回折パターンを測定した。図2に、各試料のX線回折パターンを示す。測定された回折パターンについて、ICDD((International Centre for Diffraction Data)によると18.26°±0.1°がAl-Fe-Mn系金属化合物相である(Fe0.5Mn0.5)Alの(1,1,0)によるピークであり、22.45°±0.1°がAl-Fe-Mn-Si系金属化合物相であるAl17(Fe3.2Mn0.8)Siの(0,1,3)によるピークである。これらのピークの強度比I(18.26)/I(22.45)を算出した。
【0039】
(5)平衡熱力学計算
主要5元素(Si、Fe、Cu、Mn、Mg)の組成を設定し、残部をAlとして、J-mat Proによって700℃から室温までの平衡熱力学状態図を算出した。缶胴材に使用される3104系アルミニウム合金の融点は650℃前後であり、600℃~700℃の範囲内の、合金組成に特有の温度で液相の体積率は0となる。鋳塊の晶出物は600℃~700℃の範囲内で生じた相であることから、600℃~700℃におけるAl(Fe,Mn)相の体積率が最大となる点をV1と規定した。また、均質化処理温度(例えば595℃)におけるAl-Fe-Mn-Si系金属間化合物の生成量をV2とすることで、Al-Fe-Mn系化合物相、Al-Fe-Mn-Si系化合物相の体積比を定義した。
【0040】
表1に実験例1~15の各試料1~15の合金組成を示す。各組成のアルミニウム合金を、常法に従って溶製した後、DC鋳造法により、ラボ鋳造機を用いて鋳塊を得た。次いで、得られた鋳塊に対して、従来と同様に面削を施した後、空気炉を用いて、40℃/時間の昇温速度にて595℃まで昇温し、引き続き595℃で90分間以上の均質化処理を施した。
【0041】
次いで、均質化処理の後、厚さが2.8mmとなるまで、ラボ圧延機を用いて実機の熱間圧延を模擬して圧延した。なお、ラボ試験では実機の操業に比べて材料の熱容量が小さく自己焼鈍による再結晶が生じないので、実機を模擬して、熱間圧延板を355℃で60分間、熱処理した。再結晶した熱間圧延板について冷間圧延を行い、厚さが0.28mmの冷間圧延板を得た。この冷間圧延工程における総加工度は、90.0%であった。
【0042】
上述のようにして得られた各実験例の冷間圧延板から試験片を作製し、上述の方法で評価を行った結果を下記の表2に示す。表2には、冷間圧延板の引張強度、真応力σが真歪みεのn乗で示されると仮定した場合のひずみ1.5-3%における加工硬化指数n、補正強度、試料No.13を基準(0.0)とした場合のΔYS、ΔTS、およびXRDのピーク強度比I(18.26)/I(22.45)、相体積比V1/V2、固溶量の結果を示している。
【0043】
【表1】
【0044】
【表2】
【0045】
表2から明らかなように、試料No.1~No.15のうち、試料No.8~No.15(実施例)は、Si:0.15~0.40質量%、Fe:0.30~0.80質量%、Cu:0.10~0.50質量%、Mn:0.80~1.20質量%、およびMg:0.50~1.70質量%を含有し、残部がAlと不可避的不純物からなる組成を有し、Siに対するFeの質量%の比が1.97≦Fe/Si≦4.00の範囲内にあり、固溶Mn量/全Mn量が0.17以上、固溶Si量が0.03質量%以下であり、CuKα線を用いたX線回折パターンにおいて、Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物相(すなわちα相)に由来するブラッグ角(2θ±0.2°)=18.26°±0.1°のピークとAl(Fe,Mn)系金属間化合物相(すなわちβ相)に由来するブラッグ角(2θ±0.2°)=22.45°±0.1°のピークの強度比I(18.26°±0.1°)/I(22.45°±0.1°)が0.11以上である組織を有する。試料No.8~No.15は、Fe,Siの違いによらず、ΔYS,ΔTSは±2MPa内で強度が安定しており、Siに起因する強度の低下が抑制されている。
【0046】
これに対し、試料No.1~No.7(比較例)は、基準とした試料No.13に比べて強度が低く、Siに起因する強度低下が生じていることがわかる。
【0047】
また、図1から、Fe/Si<1.97となるプロットでは、鋳塊から熱間圧延板までの導電率の増加が大きく、1.97≦Fe/Si≦4.00では導電率増加量が小さいことがわかる。すなわち、合金組成が1.97≦Fe/Si≦4.00の領域であればUBCに含まれる不純物の組成がある程度変動したとしても、固溶量変化に起因する強度の変動は小さいといえる。
【0048】
上述したように、本発明の実施形態によれば、アルミニウム合金の組成を適切に調整することによって、α相およびβ相の体積を適切に制御し、固溶Mn量/全Mn量が0.17以上、固溶Si量が0.03質量%以下とすることができる。これによって均質化処理から熱間圧延中に生じるSiに起因する固溶Mn量の減少を抑制できるので、強度の低下を抑制することができる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の実施形態によるアルミニウム合金冷間圧延板およびその製造方法は、ボトル缶用のアルミニウム合金冷間圧延板(ボトル缶用素材板)およびその製造方法に好適に用いられる。本発明の実施形態によれば、UBCの再生塊に含まれる不純物Siに起因する強度低下を抑制できるので、UBCの再生塊の利用を促進することができる。
図1
図2