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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023016056
(43)【公開日】2023-02-02
(54)【発明の名称】キトサン誘導体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08B 37/08 20060101AFI20230126BHJP
   A61K 8/73 20060101ALI20230126BHJP
   A61K 8/04 20060101ALI20230126BHJP
   A61Q 1/00 20060101ALI20230126BHJP
【FI】
C08B37/08 A
A61K8/73
A61K8/04
A61Q1/00
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021118659
(22)【出願日】2021-07-19
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-01-25
(71)【出願人】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】一宮 洋介
(72)【発明者】
【氏名】小林 誠幸
【テーマコード(参考)】
4C083
4C090
【Fターム(参考)】
4C083AD321
4C083AD322
4C083CC01
4C083DD33
4C083EE01
4C083FF01
4C090AA02
4C090AA08
4C090BA47
4C090BB82
4C090BB91
4C090BD02
4C090CA35
4C090DA04
4C090DA26
(57)【要約】
【課題】各種のオイルを水中に微分散させて安定性の良好な乳液等の乳化組成物を調製することが可能な、塩形成率が高く、乳化性能に優れたキトサン誘導体、及びその製造方法を提供する。
【解決手段】アシル化剤に由来するアシル基及び塩形成剤に由来するアミン-カルボン酸塩基が、重量平均分子量が120,000~3,000,000であり、脱アセチル化度が70~100%であるキトサンに導入されており、アミン-カルボン酸塩基の導入率(S)に対する、アシル基の導入率(A)の比(A/S)の値が、9~70であるキトサン誘導体である。アルコール系溶媒を含有する反応溶媒中に目開き1mmのメッシュを通過する粒度のキトサンを分散させた状態で、キトサンにアシル化剤及び塩形成剤を反応させてキトサン誘導体を製造する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アシル化剤に由来するアシル基及び塩形成剤に由来するアミン-カルボン酸塩基が、重量平均分子量が120,000~3,000,000であり、脱アセチル化度が70~100%であるキトサンに導入されており、
前記アシル基の導入率(A)に対する、前記アミン-カルボン酸塩基の導入率(S)の比(S/A)の値が、9~70であるキトサン誘導体。
【請求項2】
前記アシル基の炭素数が7~20である請求項1に記載のキトサン誘導体。
【請求項3】
前記塩形成剤が、ピロリドンカルボン酸、アスコルビン酸、グリコール酸、乳酸、及び酢酸からなる群より選択される少なくとも一種である請求項1又は2に記載のキトサン誘導体。
【請求項4】
高分子界面活性剤として用いられる請求項1~3のいずれか一項に記載のキトサン誘導体。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載のキトサン誘導体の製造方法であって、
アルコール系溶媒を含有する反応溶媒中に目開き1mmのメッシュを通過する粒度の前記キトサンを分散させた状態で、前記キトサンに前記アシル化剤を55~100℃で反応させた後に前記塩形成剤を反応させて、前記アシル基及び前記アミン-カルボン酸塩基を前記キトサンに導入することを含むキトサン誘導体の製造方法。
【請求項6】
前記アルコール系溶媒が、イソプロピルアルコール、ノルマルプロピルアルコール、及びエタノールからなる群より選択される少なくとも一種である請求項5に記載のキトサン誘導体の製造方法。
【請求項7】
水、オイル、及び前記オイルを乳化液滴の状態で前記水中に分散させる乳化剤を含有し、
前記乳化剤が、請求項1~4のいずれか一項に記載のキトサン誘導体であるO/W型乳化組成物。
【請求項8】
前記乳化液滴のメジアン径(d50)が、12.0μm以下である請求項7に記載のO/W型乳化組成物。
【請求項9】
請求項1~4のいずれか一項に記載のキトサン誘導体を含む化粧料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キトサン誘導体及びその製造方法、O/W型乳化組成物、並びに化粧料に関する。
【背景技術】
【0002】
化粧料、食品、及び洗剤等の分野で広く使用されている低分子界面活性剤は、界面活性能が高い一方で、脂質分子に近似した構造を有するので、皮膚への浸透による刺激性等が懸念されている。これに対して、石油由来の高分子界面活性剤は人体に取り込まれにくく、相対的に安全性に優れているといえるが、生体適合性に乏しいため、食品用の乳化剤等の分野では利用が制限される傾向にある。そこで、天然物由来の多糖類を原料とする界面活性剤が盛んに開発されている。
【0003】
例えば、オルガノポリシロキサンを多糖類にグラフトして得られるシロキサン変性多糖類は、毛髪や皮膚に用いられる皮膜形成用化粧料の他、ガス分離膜、感熱転写用のバックコート剤、及び塗料などに配合される成分として有用である。
【0004】
なお、化粧料の原料として用いられる乳化剤に対しては、皮膚への浸透性が低い高分子量のものが求められる。例えば、分子量10万程度のキトサンに長鎖脂肪酸をグラフトした、化粧料等に配合されるキトサン誘導体が提案されている(特許文献1)。また、化粧品等に利用しうる、アシル化度80%以上のアシル化キトサンのアルカリ金属塩、及びその製造方法が提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000-212203号公報
【特許文献2】特開平8-157501号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1で提案されたキトサン誘導体を乳化剤として用いても、安定性に優れた乳液等の乳化組成物を調製することは必ずしも容易ではなかった。また、特許文献2で提案されたキトサン誘導体の乳化性能はさほど良好であるとはいえなかった。なお、特許文献2で提案されたキトサン誘導体は、アシル化度が高いために塩形成率が相対的に低く、水溶解性がさほど良好ではなかった。また、アルカリ金属塩であることから、例えば化粧品等の皮膚に触れる製品分野において重視される弱酸性領域での水溶解性もさほど良好であるとはいえなかった。また、両性電解質であることから、pHによっては分子内コンプレックスを形成しやすくなることがあり、乳液等の乳化組成物の調製が困難になる場合があった。
【0007】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、各種のオイルを水中に微分散させて安定性の良好な乳液等の乳化組成物を調製することが可能な、塩形成率が高く、乳化性能に優れたキトサン誘導体を提供することにある。また、本発明の課題とするところは、このキトサン誘導体を効率良く製造する方法、このキトサン誘導体を用いたO/W型乳化組成物、及び化粧料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明によれば、以下に示すキトサン誘導体が提供される。
[1]アシル化剤に由来するアシル基及び塩形成剤に由来するアミン-カルボン酸塩基が、重量平均分子量が120,000~3,000,000であり、脱アセチル化度が70~100%であるキトサンに導入されており、前記アシル基の導入率(A)に対する、前記アミン-カルボン酸塩基の導入率(S)の比(S/A)の値が、9~70であるキトサン誘導体。
[2]前記アシル基の炭素数が7~20である前記[1]に記載のキトサン誘導体。
[3]前記塩形成剤が、ピロリドンカルボン酸、アスコルビン酸、グリコール酸、乳酸、及び酢酸からなる群より選択される少なくとも一種である前記[1]又は[2]に記載のキトサン誘導体。
[4]高分子界面活性剤として用いられる前記[1]~[3]のいずれかに記載のキトサン誘導体。
【0009】
また、本発明によれば、以下に示すキトサン誘導体の製造方法が提供される。
[5]前記[1]~[4]のいずれかに記載のキトサン誘導体の製造方法であって、アルコール系溶媒を含有する反応溶媒中に目開き1mmのメッシュを通過する粒度の前記キトサンを分散させた状態で、前記キトサンに前記アシル化剤を55~100℃で反応させた後に前記アシル化剤及び前記塩形成剤を反応させて、前記アシル基及び前記アミン-カルボン酸塩基を前記キトサンに導入することを含むキトサン誘導体の製造方法。
[6]前記アルコール系溶媒が、イソプロピルアルコール、ノルマルプロピルアルコール、及びエタノールからなる群より選択される少なくとも一種である前記[5]に記載のキトサン誘導体の製造方法。
【0010】
また、本発明によれば、以下に示すO/W型乳化組成物及び化粧料が提供される。
[7]水、オイル、及び前記オイルを乳化液滴の状態で前記水中に分散させる乳化剤を含有し、前記乳化剤が、前記[1]~[4]のいずれかに記載のキトサン誘導体であるO/W型乳化組成物。
[8]前記乳化液滴のメジアン径(d50)が、12.0μm以下である前記[7]に記載のO/W型乳化組成物。
[9]前記[1]~[4]のいずれかに記載のキトサン誘導体を含む化粧料。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、各種のオイルを水中に微分散させて安定性の良好な乳液等の乳化組成物を調製することが可能な、塩形成率が高く、乳化性能に優れたキトサン誘導体を提供することができる。また、本発明によれば、このキトサン誘導体を効率良く製造する方法、このキトサン誘導体を用いたO/W型乳化組成物、及び化粧料を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<キトサン誘導体>
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明のキトサン誘導体は、アシル化剤に由来するアシル基及び塩形成剤に由来するアミン-カルボン酸塩基がキトサンに導入されている。そして、アシル基の導入率(A)に対する、アミン-カルボン酸塩基の導入率(S)の比(S/A)の値が、9~70である。以下、本発明のキトサン誘導体の詳細について説明する。
【0013】
キトサンは、反応性基であるアミノ基を有することから、カチオニックな性質を本質的に有する化合物である。本発明のキトサン誘導体は、アシル化剤及び塩形成剤(以下、併せて「変性剤」とも記す)をキトサンに反応させ、これらの変性剤にそれぞれ由来するアシル基及びアミン-カルボン酸塩基をキトサンに導入して形成されたものである。さらに、アシル基の導入率(A)に対する、アミン-カルボン酸塩基の導入率(S)の比(S/A)の値を特定の範囲に制御したことで、乳化性能が向上しているとともに、化粧料等の組成物に配合した場合に優れた乳化性能が発揮される。また、S/Aの値を特定の範囲に制御したことで、水中に微分散させることが比較的困難であったオイル(例えば、シリコーンオイル等)であっても容易に微分散させて、安定した乳化物を調製することができる。
【0014】
(キトサン)
キトサンは、甲殻類、糸状菌、及び昆虫等から得られるキチンの脱アセチル化物であり、保湿性や抗コレステロール効果を有し、安全性に優れ、化粧品原料や機能性食品素材として実用化されている。キトサンは工業的に生産されており、種々のグレードのものを入手することができる。
【0015】
キトサンの重量平均分子量は、120,000~3,000,000であることが好ましく、150,000~3,000,000であることがさらに好ましく、200,000~3,000,000であることが特に好ましい。キトサンの重量平均分子量が120,000未満であると、得られるキトサン誘導体を高分子界面活性剤(乳化剤)として用いて調製した乳液等の乳化組成物の安定性が低下する。一方、キトサンの重量平均分子量が3,000,000超であると、溶液粘度が高くなりすぎてしまい、化粧料に配合する際のハンドリングが困難になる。
【0016】
キトサンの脱アセチル化度は、70~100%であり、好ましくは75~99%である。キトサンの脱アセチル化度が70%未満であると、得られるキトサン誘導体の乳化性能を向上させることができず、乳化液滴が小さく安定性に優れた乳液等の乳化組成物を調製することができない。キトサンの脱アセチル化度は、コロイド滴定を行い、その滴定量から算出することができる。具体的には、指示薬にトルイジンブルー溶液を用い、ポリビニル硫酸カリウム水溶液でコロイド滴定することにより、キトサン分子中の遊離アミノ基を定量し、キトサンの脱アセチル化度を求める。脱アセチル化度の測定方法の一例を以下に示す。
【0017】
(1)滴定試験
0.5質量%酢酸水溶液にキトサン純分濃度が0.5質量%となるようにキトサンを添加し、キトサンを撹拌及び溶解して100gの0.5質量%キトサン/0.5質量%酢酸水溶液を調製する。次に、この溶液10gとイオン交換水90gを撹拌混合して、0.05質量%のキトサン溶液を調製する。さらに、この0.05質量%キトサン溶液10gにイオン交換水50mL、トルイジンブルー溶液約0.2mLを添加して試料溶液を調製し、ポリビニル硫酸カリウム溶液(N/400PVSK)にて滴定する。滴定速度は2~5ml/分とし、試料溶液が青から赤紫色に変色後、30秒間以上保持する点を終点の滴定量とする。なお、キトサン純分とは、原料キトサン試料中のキトサンの質量を意味する。具体的には、原料キトサン試料を105℃で2時間乾燥して求められる固形分質量である。
【0018】
(2)空試験
上記の滴定試験に使用した0.5質量%キトサン/0.5質量%酢酸水溶液に代えて、イオン交換水を使用し、同様の滴定試験を行う。
【0019】
(3)アセチル化度の計算
X=1/400×161×f×(V-B)/1000
=0.4025×f×(V-B)/1000
Y=0.5/100-X
X:キトサン中の遊離アミノ基質量(グルコサミン残基質量に相当)
Y:キトサン中の結合アミノ基質量(N-アセチルグルコサミン残基質量に相当)
f:N/400PVSKの力価
V:試料溶液の滴定量(mL)
B:空試験滴定量(mL)
脱アセチル化度(%)
=(遊離アミノ基)/{(遊離アミノ基)+(結合アミノ基)}×100
=(X/161)/(X/161+Y/203)×100
なお、「161」はグルコサミン残基の分子量、「203」はN-アセチルグルコサミン残基の分子量である。
【0020】
(アシル化剤)
アシル化剤は、キトサンの変性剤として用いられる、キトサンの反応性官能基と反応する化合物である。キトサンの反応性官能基は、主としてアミノ基(-NH)であり、反応条件等によっては水酸基(-OH)が反応性基として機能することもある。アシル化剤としては、脂肪酸、脂肪酸無水物、多価脂肪酸、多価脂肪酸無水物、脂肪酸ハロゲン化物等を挙げることができる。これらのアシル化剤は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。アシル化剤によってキトサンに導入されるアシル基の炭素数は、7~20であることが好ましく、8~18であることがさらに好ましい。多価脂肪酸及び多価脂肪酸無水物は、2価又は3価のものが好ましく、2価のものがさらに好ましい。アシル化剤としては、脂肪酸、脂肪酸無水物、及び脂肪酸ハロゲン化物が好ましく、脂肪酸無水物及び脂肪酸ハロゲン化物がさらに好ましく、脂肪酸無水物が特に好ましい。
【0021】
アシル化剤の具体例としては、オクタン酸無水物、ミリスチン酸無水物、ステアリン酸無水物、オレイン酸無水物、ビス(2-エチルヘキサン酸)無水物、ステアリン酸クロリド、ミリスチン酸クロリド、ミリスチン酸ブロミド等を挙げることができる。なかでも、オクタン酸無水物、ミリスチン酸無水物、ステアリン酸無水物、及びオレイン酸無水物が好ましい。
【0022】
(塩形成剤)
キトサンの変性剤として用いる塩形成剤は、キトサンの反応性官能基のうち、アミノ基(-NH)と反応してアミン-カルボン酸塩基(-NH OOC-R(Rは塩形成剤残基))を形成しうる化合物である。塩形成剤としては、カルボキシ基を有する化合物、すなわち有機酸を用いることができる。塩形成剤の具体例としては、ピロリドンカルボン酸、アスコルビン酸、グリコール酸、乳酸、酢酸、グリシン、コハク酸、グルタミン酸等を挙げることができる。なかでも、ピロリドンカルボン酸、アスコルビン酸、グリコール酸、乳酸、及び酢酸が好ましい。これらの塩形成剤は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0023】
(アシル基導入率(A)及びアミン-カルボン酸塩基導入率(S))
アシル化剤に由来するアシル基の導入率(A)は0.008~0.1であることが好ましく、0.01~0.09であることがさらに好ましく、0.012~0.08であることが特に好ましい。アシル基導入率(A)が0.008未満であると、乳化が困難になることがある。一方、アシル基導入率(A)が0.1超であると、溶解時に生ずる濁りが強くなることがあるとともに、弱酸性領域の水性媒体に溶解しにくくなることがあるので、化粧品等の皮膚に触れる製品への配合がやや困難になる傾向にある。
【0024】
塩形成剤に由来するアミン-カルボン酸塩基の導入率(S)は、0.55~0.9であることが好ましく、0.6~0.88であることがさらに好ましく、0.63~0.85であることが特に好ましい。アミン-カルボン酸塩基導入率(S)が0.55未満であると、水溶性が低下することがある。一方、アミン-カルボン酸塩基導入率(S)を0.9超にするには、投入エネルギーが過大となりやすく、さほど現実的であるとはいえない。
【0025】
本明細書における「アシル基導入率(A)及びアミン-カルボン酸塩基導入率(S)」とは、キトサンを構成するピラノース環1モル当たりの置換基(アシル基、アミン-カルボン酸塩基)のモル数を意味する。各導入率は、例えば、キトサン誘導体を元素分析し、キトサン由来の窒素原子の割合から算出することができる。また、NMRで構造を解析することで、各導入率を算出してもよい。
【0026】
アシル基の導入率(A)に対する、アミン-カルボン酸塩基の導入率(S)の比(S/A)の値は、9~70であり、好ましくは10~65、さらに好ましくは11~60である。S/Aの値を上記の範囲内とした本発明のキトサン誘導体は、乳化安定性に優れた乳化組成物(エマルション)を調製しうる高分子界面活性剤(乳化剤)として有用である。
【0027】
S/Aの値が9未満であると、アミン-カルボン酸塩基の導入率(S)が相対的に小さすぎるため、乳化剤としての機能が発揮されない。一方、S/Aの値が70超であると、アシル基の導入率(A)が相対的に小さすぎるため、例えば、シリコーンオイルなどのオイルを微分散させるための乳化剤としての機能が発揮されないことがある。
【0028】
<キトサン誘導体の製造方法>
本発明のキトサン誘導体の製造方法は、上述のキトサン誘導体を製造する方法であり、アルコール系溶媒を含有する反応溶媒中に目開き1mmのメッシュを通過する粒度のキトサンを分散させた状態で、キトサンにアシル化剤及び塩形成剤を反応させて、アシル基及びアミン-カルボン酸塩基をキトサンに導入することを含む。以下、本発明のキトサン誘導体の製造方法の詳細について説明する。
【0029】
(反応工程)
本発明のキトサン誘導体の製造方法は、例えば、第一の反応工程及び第二の反応工程を有する。第一の反応工程は、アシル化剤をキトサン又はアミン-カルボン酸塩基が導入されたキトサンに接触させ、キトサンの反応性官能基(主としてアミノ基(-NH))にアシル化剤を反応させることで、キトサンにアシル基を導入する工程である。また、第二の反応工程は、塩形成剤をキトサン又はアシル化キトサンに接触させ、キトサンのアミノ基(-NH)塩形成剤を反応させることで、キトサンにアミン-カルボン酸塩基を導入する工程である。
【0030】
反応工程の順序は特に限定されず、第一の反応工程及び第二の反応工程のいずれを先に実施しても、所望とするキトサン誘導体を得ることができる。なかでも、先に第一の反応工程を実施し、次いで第二の反応工程を実施すること、すなわち、キトサンにアシル化剤を反応させた後に、塩形成剤を反応させることが好ましい。このような順序とすることで、キトサン誘導体の収率を向上させることができる。また、第一の反応工程実施後、得られた中間原料を取り出して真空乾燥させてもよいが、取り出さずそのまま第二の反応工程を実施してもよい。
【0031】
原料となるキトサンとしては、目開き1mmのメッシュを通過する粒度のキトサン(キトサン粉末)、好ましくは目開き0.5mmのメッシュを通過する粒度のキトサン、さらに好ましくは0.2mmのメッシュを通過する粒度のキトサンを用いる。キトサンの粒度が大きすぎると、アシル基導入率(A)を相対的に高めることが困難になり、所望とするS/Aの値のキトサン誘導体を得ることができない。
【0032】
第一の反応工程及び第二の反応工程では、アルコール系溶媒を含有する反応溶媒中でキトサンを分散させた状態で、アシル化剤や塩形成剤をキトサンに反応させる。キトサンを反応溶媒中に溶解させず、分散させた状態(不均一状態)でアシル化剤や塩形成剤を反応させることで、S/Aの値が所望とする範囲内となるキトサン誘導体を得ることができる。また、アルコール系溶媒を含有する反応溶媒を用いると、キトサンを分散状態としたまま、反応させるアシル化剤や塩形成剤を反応溶媒に溶解させることができる。これにより、アシル化剤及び塩形成剤を分散状態のキトサンに効率的に反応させ、目的とするキトサン誘導体を得ることができる。
【0033】
アルコール系溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ノルマルプロピルアルコール、イソブチルアルコール、ターシャリーブチルアルコール、ノルマルブチルアルコール等を用いることができる。なかでも、沸点が75℃以上で高温での反応に適し、かつ、適度な極性を有するイソプロピルアルコール、エタノールを用いることが好ましい。反応溶媒中のアルコール系溶媒の含有量は、反応溶媒全体を基準として、25~90質量%とすることが好ましく、30~80質量%とすることがさらに好ましく、35~75質量%とすることが特に好ましい。
【0034】
反応溶媒には、水をさらに含有させることが好ましい。また、反応溶媒には、アルコール系溶媒以外の水溶性有機溶媒をさらに含有させることができる。アルコール系溶媒以外の水溶性有機溶媒としては、ジメチルケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン類;ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、1,2-ジオキサン等のエーテル類;N-メチルホルムアミド、N-メチルアセトアミド、N-エチルホルムアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジエチルホルムアミド、N-エチルアセトアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジエチルアセトアミド、N-メチルピロリドン、N-エチルピロリドン等のアミド類;ジメチルスルホキシド等のスルホキシド類;等を挙げることができる。
【0035】
第一の反応工程の反応温度は、通常、40~100℃、好ましくは55~80℃である。比較的高い温度で反応させることによって反応効率を高めることができるので、第一の反応工程の反応時間は、反応量にもよるが、通常、0.5~5時間程度とすればよい。このような反応温度及び反応時間とすることで、アシル基をより確実に導入することができる。
【0036】
第二の反応工程の反応温度は、通常、0~50℃、好ましくは30~40℃である。第二の反応工程の反応時間は、反応温度にもよるが、通常、1~24時間、好ましくは1~8時間である。反応温度及び反応時間を適宜設定することで、アミン-カルボン酸塩基の導入率を制御することができる。
【0037】
反応工程の後、必要に応じて洗浄、精製、及び乾燥等することで、所望とするキトサン誘導体を得ることができる。
【0038】
<O/W型乳化組成物>
本発明のO/W型乳化組成物(以下、単に「乳化組成物」とも記す)は、水、オイル、及びオイルを乳化液滴の状態で水中に分散させる乳化剤を含有する。そして、乳化剤が、高分子界面活性剤として機能する前述のキトサン誘導体である。すなわち、本発明の乳化組成物は、乳化性能に優れた前述のキトサン誘導体(乳化剤)で調製されるため、微細な乳化液滴が形成されているとともに、乳化安定性に優れている。したがって、本発明の乳化組成物は、安全性及び優れた乳化安定性を生かし、化粧料等として極めて有用である。
【0039】
具体的には、乳化組成物中の乳化液滴のメジアン径(d50)は、好ましくは12.0μm以下であり、さらに好ましくは10.0μm以下、特に好ましくは9.0μm以下である。乳化液滴のメジアン径(d50)の下限値については特に限定されないが、実質的には0.3μm以上であればよい。なお、本明細書における「メジアン径(d50)」は、例えばレーザー回折粒度分布測定装置等の測定装置を使用して測定される、体積基準の累積50%粒子径を意味する。
【0040】
乳化組成物は、前述のキトサン誘導体を乳化剤として用いること以外は、従来公知の乳化組成物の調製方法に準じて調製することができる。オイルとしては、ジメチルポリシロキサン、メチルフェニルポリシロキサン等のストレートシリコーンオイルの他;アミノ変性シリコーンオイル、アルキル変性シリコーンオイル等の各種の変性シリコーンオイル;スクワラン;ミリスチン酸イソプロピル;パーフルオロポリエーテル;等を挙げることができる。
【0041】
本発明のキトサン誘導体は、高分子界面活性剤の他、例えば、増粘剤、分散剤、表面改質剤、展着剤、保護コロイド剤、及び保水剤等として使用することができる。このため、本発明のキトサン誘導体を含有させることで、前述のO/W型乳化組成物の他、例えば、化粧料、塗料、製紙、繊維、建材、土木材料、食品、医薬等の広範な物品や材料を提供することが期待される。
【実施例0042】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0043】
<キトサン誘導体の製造>
(実施例1)
[アシル化反応]
重量平均分子量(Mw)が20万であり、脱アセチル化度が91%であり、目開き180μmのメッシュを通過する粒度である、きのこ由来の粉末状のキトサンを用意した。用意したキトサン15g(乾燥質量)(88.8mmol)、水100g、及びイソプロピルアルコール(IPA)100gをビーカーに入れ、ガラス羽を使用して、回転速度100rpmで撹拌しながら60℃まで昇温させた。ミリスチン酸無水物3.9g(8.9mmol)を添加し、キトサンを分散させた状態で、60℃で2時間撹拌して反応させた。熱時ろ過及びIPAの添加を3回繰り返して洗浄した後、オーブンで乾燥して、固形物(ミリストイル化キトサン)を得た。
【0044】
[塩形成反応]
得られた固形物15g、水70g、及びIPA 130gをビーカーに入れ、ガラス羽を使用して、回転速度100rpmで撹拌しながら30℃に保持した。ピロリドンカルボン酸(PCA)11.4g(88.8mmol)を添加し、固形物を分散させた状態で、30℃で4時間撹拌した。含水メタノールで3回及びIPAで2回洗浄した後、オーブンで乾燥して、キトサン誘導体を得た。
【0045】
(実施例2~24、比較例1~5)
表1-1及び1-2に示す条件でアシル化反応及び塩形成反応を実施したこと以外は、前述の実施例1と同様にして、キトサン誘導体を製造した。表1-1中の「アシル化剤」の種類(略号)を以下に示す。
[アシル化剤]
A:ミリスチン酸無水物
B:n-オクタン酸無水物
C:ステアリン酸無水物
D:オレイン酸無水物
【0046】
(比較例6)
キトサンにアシル化剤(ミリスチン酸無水物)を30℃で反応させたこと以外は、前述の実施例1と同様にして、キトサン誘導体を製造した。
【0047】
【0048】
【0049】
<評価>
(アシル基導入率(A)及びアミン-カルボン酸塩基導入率(S)の測定及び算出)
キトサン誘導体を元素分析し、キトサン由来の窒素原子の割合から、アシル基導入率(A)(キトサンを構成するピラノース環1モル当たりのアシル基のモル数)、及びアミン-カルボン酸塩基導入率(S)(キトサンを構成するピラノース環1モル当たりのアミン-カルボン酸塩基のモル数)を算出した。さらに、算出したアシル基導入率(A)及びアミン-カルボン酸塩基導入率(S)の値から、S/Aの値を算出した。結果を表2に示す。
【0050】
(乳化液滴径(メジアン径(d50))の測定及び乳化性能の評価)
キトサン誘導体1部、水49.0部、及びジメチルシリコーンオイル(25℃における動粘度:6mm/s)50部を混合し、ディゾルバーを使用して、2,000rpm、3分間撹拌して乳化組成物(乳化液)を調製した。レーザー回折粒度分布測定装置を使用して調製した乳化液中のジメチルシリコーンオイルの液滴径(メジアン径(d50))を測定した。測定結果を表2に示す。さらに、以下に示す評価基準にしたがってキトサン誘導体の乳化性能を評価した。評価結果を表2に示す。
◎:乳化液滴のメジアン径が6.0μm以下であった。
○:乳化液滴のメジアン径が6.0μmを超えて10.0μm以下であった。
△:乳化液滴のメジアン径が10.0μmを超えて12.0μm以下であった。
×:乳化液滴のメジアン径が12.0μmを超えていた。
××:乳化せず、乳化液滴径を測定することができなかった。
【0051】
(乳液安定性の評価)
上記の「乳化液滴径(メジアン径(d50))の測定及び乳化性能の評価」において調製した乳化組成物(乳化液)を室温(25℃)で保管した後、目視にて観察し、以下に示す評価基準にしたがって乳液安定性を評価した。評価結果を表2に示す。
◎:7日間保管後も分離しなかった。
○:1日間保管した時点では分離しなかったが、7日間保管後には分離した。
×:1日以内に分離した。
【0052】
【0053】
<乳液の調製>
(実施例25)
実施例3で調製したキトサン誘導体1部、水49.0部、及びミリスチン酸イソプロピル(東京化成工業社製)50部を混合した。ディゾルバーを使用して、2,000rpmで3分間撹拌して、O/W型乳化組成物である乳液を調製した。レーザー回折粒度分布測定装置を使用して測定した乳化液滴のメジアン径(d50)は、6.3μmであった。また、調製した乳液を室温(25℃)で7日間保管したが、分離することはなかった。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明のキトサン誘導体は、化粧料などの乳化組成物を調製するための乳化剤として有用である。
【手続補正書】
【提出日】2022-11-02
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アシル化剤に由来するアシル基及び塩形成剤に由来するアミン-カルボン酸塩基が、重量平均分子量が120,000~3,000,000であり、脱アセチル化度が70~100%であるキトサンに導入されており、前記アシル基の導入率(A)に対する、前記アミン-カルボン酸塩基の導入率(S)の比(S/A)の値が、9~70であるキトサン誘導体の製造方法であって、
アルコール系溶媒を含有する反応溶媒中に目開き1mmのメッシュを通過する粒度の前記キトサンを分散させた状態で、前記キトサンに前記アシル化剤を55~100℃で反応させた後に前記塩形成剤を反応させて、前記アシル基及び前記アミン-カルボン酸塩基を前記キトサンに導入することを含むキトサン誘導体の製造方法。
【請求項2】
前記アルコール系溶媒が、イソプロピルアルコール、ノルマルプロピルアルコール、及びエタノールからなる群より選択される少なくとも一種である請求項に記載のキトサン誘導体の製造方法。
【請求項3】
前記アシル基の炭素数が7~20である請求項1又は2に記載のキトサン誘導体の製造方法。
【請求項4】
前記塩形成剤が、ピロリドンカルボン酸、アスコルビン酸、グリコール酸、乳酸、及び酢酸からなる群より選択される少なくとも一種である請求項1~3のいずれか一項に記載のキトサン誘導体の製造方法。
【請求項5】
前記キトサン誘導体が、高分子界面活性剤として用いられる請求項1~4のいずれか一項に記載のキトサン誘導体の製造方法。