(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023160660
(43)【公開日】2023-11-02
(54)【発明の名称】素子温度推定方法及び素子温度推定装置
(51)【国際特許分類】
H02M 7/48 20070101AFI20231026BHJP
H05K 7/20 20060101ALI20231026BHJP
H02P 27/04 20160101ALI20231026BHJP
H01L 23/34 20060101ALI20231026BHJP
H01L 23/58 20060101ALI20231026BHJP
【FI】
H02M7/48 M
H05K7/20 M
H02P27/04
H01L23/34 D
H01L23/56 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022071169
(22)【出願日】2022-04-22
(71)【出願人】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】弁理士法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】奥山 祐加
【テーマコード(参考)】
5E322
5F136
5H505
5H770
【Fターム(参考)】
5E322AA10
5E322AB10
5E322DA01
5E322DA04
5E322EA10
5E322FA01
5F136CB06
5F136DA27
5H505AA16
5H505DD03
5H505GG02
5H505HA10
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ04
5H505JJ17
5H505JJ28
5H505LL01
5H505LL43
5H505LL49
5H505MM06
5H770AA15
5H770BA01
5H770HA01X
5H770HA06X
5H770LA04X
5H770PA11
5H770PA42
(57)【要約】
【課題】所定の冷却系において冷却されるインバータの半導体素子の温度をより高精度に推定するロジックを実現する。
【解決手段】
冷媒温度(T
W)に応じて冷媒流量(W
F)が調節される冷却系(40)に設けられたインバータ(30)の半導体素子の素子温度(T
j)を推定する素子温度推定方法であって、冷媒流量(W
F)の変化に応じた半導体素子(31)の熱抵抗変化(dR
th)を推定し、推定した熱抵抗変化(dR
th)に基づいて素子温度(T
j)を推定する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷媒温度に応じて冷媒流量が調節される冷却系に設けられたインバータの半導体素子の素子温度を推定する素子温度推定方法であって、
前記冷媒流量の変化に応じた前記半導体素子の熱抵抗変化を推定し、
推定した前記熱抵抗変化に基づいて前記素子温度を推定する、
素子温度推定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の素子温度推定方法であって、
現在の前記冷媒流量を示唆する流量パラメータを取得し、
現在の前記冷媒温度を取得し、
所定の基準冷媒流量に応じた前記半導体素子の熱抵抗の基準値である基準熱抵抗を定め、
前記基準熱抵抗から、前記基準冷媒流量と現在の前記冷媒流量の流量差分に応じた前記熱抵抗の補正値である補正熱抵抗を演算し、
前記補正熱抵抗から現在の前記冷媒温度に対する前記素子温度の推定温度差分を求め、
現在の前記冷媒温度及び前記推定温度差分に基づいて、現在の前記素子温度の推定値である推定素子温度を演算する、
素子温度推定方法。
【請求項3】
請求項2に記載の素子温度推定方法であって、
前記補正熱抵抗を、
前記流量パラメータから予め定められた流量-係数テーブルを参照して、前記基準熱抵抗に対する前記熱抵抗の変化率を規定する熱抵抗変化係数を演算し、
前記基準熱抵抗に前記熱抵抗変化係数を施すことで求める、
素子温度推定方法。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の素子温度推定方法であって、
前記流量パラメータは、前記冷却系を制御する上位コントローラが生成する流量指令値、又は前記冷却系に設けられる流量センサにより得られる流量検出値を含む、
素子温度推定方法。
【請求項5】
請求項2又は3に記載の素子温度推定方法であって、
前記流量パラメータは、現在の前記冷媒流量の推定値である流量推定値を含み、
前記流量推定値を、前記冷却系に設けられる冷媒温度センサにより得られる冷媒温度検出値から演算する、
素子温度推定方法。
【請求項6】
請求項2又は3に記載の素子温度推定方法であって、
前記流量パラメータは、前記冷却系に設けられる冷媒温度センサにより得られる冷媒温度検出値を含む、
素子温度推定方法。
【請求項7】
請求項3に記載の素子温度推定方法であって、
前記流量-係数テーブルとして、前記流量パラメータに対して相対的に低い値の前記熱抵抗変化係数を規定する第1流量-係数テーブルと、前記流量パラメータに対して相対的に高い値の前記熱抵抗変化係数を規定する第2流量-係数テーブルと、を設定し、
前記インバータにより駆動されるモータの動作状態を参照して該モータのロック状態を判定し、
前記モータがロック状態であると判断すると、前記第1流量-係数テーブルを参照して前記流量パラメータから前記熱抵抗変化係数を演算し、
前記モータがロック状態でないと判断すると、前記第2流量-係数テーブルを参照して前記流量パラメータから前記熱抵抗変化係数を演算する、
素子温度推定方法。
【請求項8】
請求項3に記載の素子温度推定方法であって、
前記インバータにより駆動されるモータの動作状態を参照して該モータのロック状態を判定し、
前記モータがロック状態であると判断すると、
前記熱抵抗変化係数を、前記流量パラメータに関わらず、前記冷媒流量が前記冷却系で想定される最小値をとると仮定した場合に定まる値に設定する、
素子温度推定方法。
【請求項9】
冷媒温度に応じて冷媒流量が調節される冷却系に設けられたインバータの半導体素子の素子温度を推定する素子温度推定装置であって、
前記冷媒流量の変化に応じた前記半導体素子の熱抵抗変化を推定する熱抵抗変化推定部と、
推定した前記熱抵抗変化に基づいて前記素子温度を推定する素子温度推定部と、を有する、
素子温度推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、素子温度推定方法及び素子温度推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電動車両に搭載される各発熱部品に対し、電費性能向上などの観点から、各発熱部品の駆動状況に応じて増減する冷媒温度に基づいて冷媒流量を変化させる制御が用いられる。特に、各発熱部品の一つであるインバータのパワーモジュールも、上記冷却系において冷却される。一方で、インバータには、パワーモジュールを構成する半導体素子の温度が一定以上となると、当該素子のスイッチングを停止するなどの所定の温度保護処理を実行する機能が実装されている。しかしながら、温度保護処理のための半導体素子温度の推定においては、上記冷却系の冷媒流量の変化が考慮されていなかった。
【0003】
これに対して、特許文献1には、冷却装置が駆動されていないと判断されるとき、第1の所定の式を用いて半導体素子の温度を推定する一方、冷却手段が駆動されていると判断されるとき、第1の所定の式と異なる第2の所定の式を用いて発熱素子の温度を推定する温度推定方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の温度推定方法では、冷却装置の駆動の有無による発熱素子の温度変化を予測するにとどまる。すなわち、冷却装置の駆動状況に応じた冷却量の逐次変化は考慮されておらず、十分な推定精度が得られないという問題がある。
【0006】
したがって、本発明の目的は、所定の冷却系において冷却されるインバータの半導体素子の温度をより高精度に推定するロジックを実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様によれば、冷媒温度に応じて冷媒流量が調節される冷却系に設けられたインバータの半導体素子の素子温度を推定する素子温度推定方法が提供される。この素子温度推定方法では、冷媒流量を取得し、取得した冷媒流量の変化に応じた半導体素子の熱抵抗変化を推定し、推定した熱抵抗変化を用いて素子温度を演算する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、所定の冷却系において冷却されるインバータの半導体素子の温度をより高精度に推定するロジックが実現される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、各実施形態の前提構成を説明する図である。
【
図2】
図2は、第1実施形態による温度保護処理を説明するフローチャートである。
【
図3】
図3は、流量-係数テーブルを説明する図である。
【
図4】
図4は、第2実施形態による温度保護処理を説明するフローチャートである。
【
図5】
図5は、第3実施形態による温度保護処理を説明するフローチャートである。
【
図6】
図6は、冷媒温-流量テーブルを説明する図である。
【
図7】
図7は、冷媒温-係数テーブルを説明する図である。
【
図8】
図8は、第4実施形態による温度保護処理を説明するフローチャートである。
【
図9】
図9は、ロック時流量-係数テーブル及び通常流量-係数テーブルを説明する図である。
【
図10】
図10は、第5実施形態による温度保護処理を説明するフローチャートである。
【
図11】
図11は、各実施形態の温度保護処理による作用効果を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0011】
[前提構成]
図1は、本発明の各実施形態に係る素子温度推定を実行するための前提構成を説明する図である。
【0012】
特に、
図1に示す車両システム10は、電動車両(電気自動車又はハイブリッド車両)に搭載され、車載の発熱部品としてのモータ20及びインバータ30と、これらを冷却するための冷却系40と、各種装置を制御する車両コントローラ50と、を有する。
【0013】
モータ20は、電動車両の走行駆動源として機能する三相交流電動機により構成される。
【0014】
インバータ30は、車両コントローラ50からの指令に基づいて、図示しない車載バッテリからモータ20に供給する電力を制御する。特に、本実施形態のインバータ30は、モータ20に供給する電力を調節するパワーモジュール31と、パワーモジュール31のスイッチングを制御するインバータコントローラ32と、を有する。
【0015】
パワーモジュール31は、インバータコントローラ32で生成されるスイッチング指令信号(デューティー指令信号)に応じてオン/オフされる、複数のIGBTなどの半導体素子により構成される。
【0016】
インバータコントローラ32は、インバータ30における各処理を実行するためのコンピュータである。特に、インバータコントローラ32は、車両コントローラ50から入力されるモータ20のトルク指令値T*
mに基づいてスイッチング指令信号を生成し、当該スイッチング指令信号に応じてパワーモジュール31の各半導体素子を駆動(スイッチング)する。
【0017】
また、本実施形態のインバータコントローラ32は、冷却系40における冷却水の流量(以下、「冷媒流量WF」とも称する)を入力として、温度保護判定処理を実行する。特に、温度保護判定処理では、冷媒流量WFからパワーモジュール31の温度(以下、「推定素子温度Tje」とも称する)を演算し、演算した推定素子温度Tjeを参照して温度保護処理の要否を判定する。なお、温度保護判定処理の詳細については後述する。
【0018】
冷却系40では、冷却水ポンプ41を駆動させることで、ラジエータ42で熱交換される冷媒(冷却水)をモータ20及びインバータ30(特にパワーモジュール31)に供給する。特に、冷却水ポンプ41の出力(冷媒流量WF)は、車両コントローラ50から受信する冷媒流量WFの指令値(以下、「流量指令値W*
F」とも称する)に基づいて調節される。また、冷却系40に冷媒温度TWを検出する冷媒温度センサ60が設けられる。
【0019】
車両コントローラ50は、電動車両に搭載される各装置を統括的に制御するコンピュータである。特に、本実施形態の車両コントローラ50は、乗員によるアクセルペダルに対する操作量又は自動運転コントローラから指令に応じて、モータ20のトルク指令値T*mを定め、インバータ30に出力する。
【0020】
また、車両コントローラ50は、冷却水の温度(以下、単に「冷媒温度TW」とも称する)、及びモータ20の回転数(以下、単に「回転数Nm」とも称する)を入力として流量指令値W*
Fを定める。なお、冷媒温度TWは、冷却系40に配される冷媒温度センサ60により検出される。また、回転数Nmは、モータ20に配される回転数センサ61により検出される。
【0021】
以下では、上記の車両システム10の構成を前提とした温度保護判定処理(特に素子温度推定方法)について説明する。
【0022】
[第1実施形態]
図2は、本実施形態の温度保護判定処理を説明するフローチャートである。なお、
図2に示す各処理は、インバータコントローラ32により所定の演算周期ごとに繰り返し実行される。
【0023】
ステップS110において、車両コントローラ50から流量指令値W*
Fを取得する。すなわち、車両コントローラ50が冷媒温度TWに応じて定めた流量指令値W*
Fを、以降のパワーモジュール31における半導体素子の熱抵抗変化の演算に用いる現在の冷媒流量WFの推定値として取得する。
【0024】
次に、ステップS120において、流量指令値W*Fから、熱抵抗変化係数dRthを演算する。ここで、熱抵抗変化係数dRthは、所定の基準冷媒流量WF_bに対する現在の流量指令値W*
Fの流量差分(流量変化分)に応じた、半導体素子の熱抵抗Rの変化率を示唆する係数である。
【0025】
また、基準冷媒流量WF_bは、冷却系40において想定される冷媒流量WFのとり得る範囲の任意の値に設定することができる。なお、以下では、説明の簡略化のため、基準冷媒流量WF_bを想定される冷媒流量WFの最大値(最大流量WFmax)に設定する例について説明する。しかしながら、以下の説明は基準冷媒流量WF_bを例えば想定される冷媒流量WFの最小値(最小流量WFmin)などの他の値に設定した場合においても、適用が可能である。
【0026】
さらに、本実施形態では、基準冷媒流量WF_bに応じた半導体素子の熱抵抗Rの基準値である基準熱抵抗Rthを予め調べ、所定の記憶領域に記憶させる。
【0027】
特に、本実施形態では、予め所定の記憶領域に記憶された冷媒流量WFと熱抵抗変化係数dRthの関係を示すテーブル(以下、単に「流量-係数テーブル」とも称する)を参照して、流量指令値W*
Fから、当該流量指令値W*
Fに応じた熱抵抗変化係数dRth[W*
F]を求める。
【0028】
図3は、流量-係数テーブルの一態様を示す図である。図示のように、本テーブルの熱抵抗変化係数dR
thは、冷媒流量W
Fが小さくなるほど大きくなるように定められている。特に、この流量-係数テーブルの熱抵抗変化係数dR
thは、流量指令値W
*Fが基準冷媒流量W
F_b(最大流量W
Fmax)をとる際の半導体素子の熱抵抗Rが、所定の基準熱抵抗R
thに一致するように定められる。すなわち、流量-係数テーブルは、熱抵抗変化係数dR
th[W
Fmax]が1となるように定められる。
【0029】
なお、基準熱抵抗Rthは、冷媒流量WFが基準冷媒流量WF_bをとる際の半導体素子の熱抵抗Rであり、半導体素子の熱特性などに応じて定まる。基準熱抵抗Rthは、予め実験的に定め、所定の記憶領域に記憶される。
【0030】
図2に戻り、ステップS130において、現在の冷媒温度T
Wを取得する。具体的には、車両コントローラ50、或いは冷媒温度センサ60から直接的に現在の冷媒温度T
Wを取得する。
【0031】
そして、ステップS140において、取得した現在の冷媒温度TW及びステップS120で演算した熱抵抗変化係数dRth[W*
F]から、推定素子温度Tjeを演算する。具体的に、先ず、上述の基準熱抵抗Rthから、基準冷媒流量WF_bと流量指令値W*
Fの流量差分に応じた熱抵抗Rの補正値である補正熱抵抗Rcを求める。さらに、取得した現在の冷媒温度TW及び演算した補正熱抵抗Rcから推定素子温度Tjeを演算する。
【0032】
より具体的には、冷媒温度TW及び熱抵抗変化係数dRth[W*
F]を入力として、以下の式1から推定素子温度Tjeを演算する。
【0033】
【0034】
ここで、式中の「ΔTje」は、現在の冷媒温度TWに対して、流量指令値W*
Fと基準冷媒流量WF_bの間の流量差分に起因する熱抵抗Rの基準熱抵抗Rthに対する変化に応じた、素子温度Tjの温度差分の推定値を示す。なお、以下では、これを「推定温度差分ΔTje」と称する。また、「Loss」は、冷却水による半導体素子の冷却の損失を表すゲインであり、当該パワーモジュール31の熱特性に応じて適宜定まる。
【0035】
したがって、式1の推定温度差分ΔTjeを規定する「Rth×dRth」が、補正熱抵抗Rcに相当する。なお、式1に直接明示していないが、「Loss×Rth×dRth」が温度の次元と一致するよう、例えば「Loss」に単位変換係数を含めることが好ましい。
【0036】
以上説明した上記ステップS130及びステップS140の処理により、インバータコントローラ32は、上位コントローラである車両コントローラ50が定めた冷媒流量WFの変化が考慮された推定素子温度Tjeを演算することができる。
【0037】
次に、ステップS150において、演算された推定素子温度Tjeから、温度保護処理の要否判断を(実行判断)行う。具体的に、推定素子温度Tjeが、所定の温度閾値Tjthを超える場合に温度保護処理が必要と判断し、温度閾値Tjth以下である場合に温度保護処理が不要と判断する。
【0038】
そして、温度保護処理が必要と判断すると、ステップS160において温度保護処理を実行する。具体的な温度保護処理としては、車両コントローラ50から入力されるトルク指令値T*
mに関わらず、強制的にパワーモジュール31の駆動を停止して素子温度Tjの上昇を抑制する処理などが挙げられる。
【0039】
以上説明した本実施形態の素子温度推定方法による作用効果をまとめて説明する。
【0040】
本実施形態の素子温度推定方法では、冷媒温度TWに応じて冷媒流量WFが調節される冷却系40に設けられたインバータ30の半導体素子の素子温度Tjを推定する素子温度推定方法が提供される。
【0041】
この素子温度推定方法では、冷媒流量WFの変化に応じた半導体素子の熱抵抗変化を推定し(ステップS120)、推定した熱抵抗変化を用いて素子温度Tjを推定する(ステップS140)。
【0042】
これにより、半導体素子を冷却する冷却系40における冷媒流量WFの変化に応じて、より高精度に素子温度Tjを推定するための演算ロジックが実現される。
【0043】
特に、本実施形態では、現在の冷媒流量WFを示唆する流量パラメータ(流量指令値W*
F)を取得し、現在の冷媒温度TWを取得する(ステップS130)。また、所定の基準冷媒流量WF_bに応じた半導体素子の熱抵抗Rの基準値である基準熱抵抗Rthを定め、基準冷媒流量WF_bと現在の冷媒流量WFの流量差分に応じた熱抵抗Rの補正値である補正熱抵抗Rcを演算し、補正熱抵抗Rcから現在の冷媒温度TWに対する素子温度Tjの推定温度差分ΔTjeを求める(数1)。そして、現在の冷媒温度TW及び推定温度差分ΔTjeに基づいて、現在の素子温度Tjの推定値である推定素子温度Tjeを演算する(ステップS140)。
【0044】
これにより、冷媒流量WFに応じた半導体素子の熱抵抗変化を考慮した上で素子温度Tjを推定するためのより具体的な演算ロジックが実現される。特に、冷媒流量WF及び冷媒温度TWといった冷却系40における冷媒制御で用いられている既存のパラメータ(車載の冷媒温度センサ60や回転数センサ61の検出値など)を参照することで、素子温度Tjの推定することができる。このため、センサ類の追加などのハードウェア構成の変更を要することなく、高精度に素子温度Tjを推定することができる。すなわち、本実施形態によれば、特定のハードウェア構成に依存せずに、素子温度Tjを適切に推定することができる。
【0045】
特に、本実施形態では、補正熱抵抗Rcを、現在の冷媒流量WFから予め定められたテーブル(流量-係数テーブル)を参照して基準熱抵抗Rthに対する熱抵抗Rの変化率を規定する熱抵抗変化係数dRth[WF]を演算し、基準熱抵抗Rthに熱抵抗変化係数dRth[WF]を施すことで求める(ステップS120、式1の第2式)。
【0046】
これにより、冷媒流量WFに応じた半導体素子の熱抵抗変化を考慮するためのさらに具体的な演算ロジックが実現される。特に、流量-係数テーブルを用いることで、簡素な演算ロジックで基準冷媒流量WFbに対する現在の冷媒流量WFの変化分に応じた半導体素子の補正熱抵抗Rcを求めることができる。
【0047】
また、本実施形態における流量パラメータは、冷却系40を制御する上位コントローラとしての車両コントローラ50が生成する流量指令値W*
Fを含む。
【0048】
これにより、冷却系40における冷媒制御において用いられている既存パラメータの一つである流量指令値W*
Fを、現在の冷媒流量WFに対する示唆量として参照して素子温度Tjを推定することができる。
【0049】
さらに、本実施形態では、上記素子温度推定方法の実行に適した素子温度推定装置として機能するインバータコントローラ32が提供される。このインバータコントローラ32は、冷媒温度TWに応じて冷媒流量WFが調節される冷却系40に設けられたインバータ30の半導体素子の素子温度Tjを推定する。
【0050】
特に、インバータコントローラ32は、冷媒流量WFの変化に応じた半導体素子の熱抵抗変化を推定する熱抵抗変化推定部(ステップS120)と、推定した熱抵抗変化に基づいて素子温度Tjを推定する素子温度推定部(ステップS140)と、を有する。
【0051】
[第2実施形態]
以下、第2実施形態について説明する。なお、以降の各実施形態においては、先の実施形態で説明した構成と同様の構成に関して、その説明を適宜省略する。
【0052】
図4は、本実施形態の温度保護判定処理を説明するフローチャートである。図示のように、本実施形態では、現在の冷媒流量W
Fを示唆する流量パラメータとして、第1実施形態の流量指令値W
*
Fに代えて、流量検出値W
Fdを用いる例を説明する(ステップS111)。流量検出値W
Fdは、例えば、冷却系40に設けられる図示しない流量センサにより得られる。
【0053】
なお、ステップS120以降の各処理は、流量指令値W
*
Fに代えて流量検出値W
Fdを用いる点を除き、第1実施形態と同様に実行される。特に、
図3の流量-係数テーブルを参照して、流量検出値W
Fdから熱抵抗変化係数dR
th[W
Fd]を求める(ステップS120)。そして、現在の冷媒温度T
W及び熱抵抗変化係数dR
th[W
Fd]から、推定素子温度T
jeを演算する(ステップS140)。
【0054】
上記の温度保護判定処理を実行する本実施形態の素子温度推定方法によれば、冷却系40に設けられる既存の流量センサで得られる流量検出値WFdを、現在の冷媒流量WFに対する示唆量として参照して素子温度Tjを推定することができる。特に、本実施形態によれば、車両コントローラ50からの入力信号(流量指令値W*
F)を参照せずに、既存センサで得られる検出値から直接的に推定素子温度Tjeを求める演算ロジックが実現される。
【0055】
[第3実施形態]
本実施形態では、流量パラメータとして、現在の冷媒流量WFの推定値である流量推定値WFeを用いる例を説明する。
【0056】
図5は、本実施形態の温度保護判定処理を説明するフローチャートである。図示のように、本実施形態では、ステップS112において、冷媒温度センサ60で検出される冷媒温度検出値T
Wdを、現在の冷媒温度T
Wとして取得する。
【0057】
そして、ステップS113において、冷媒温度検出値TWdから流量推定値WFeを演算する。
【0058】
図6は、冷媒温度T
Wと冷媒流量W
Fの関係を規定するテーブル(以下、単に「冷媒温-流量テーブル」とも称する)を示す図である。
【0059】
一般的に、冷却系40では、冷媒温度T
Wが高くなるほど冷媒流量W
Fが大きくする(冷却量を増やす)制御が実行される。このため、冷媒温度T
Wと冷媒流量W
Fは、
図6に示すように相互に正の相関関係を示す。
【0060】
したがって、
図6に示す冷媒温-流量テーブルを予め記憶しておき、当該テーブルを参照することで冷媒温度検出値T
Wdから流量推定値W
Feを定めることができる。
【0061】
なお、ステップS120以降の各処理については、流量指令値W*
Fに代えて流量推定値WFeを用いて熱抵抗変化係数dRth[WFe]を演算する点、及びステップS140の演算をステップS112で取得した冷媒温度検出値TWdに基づいて実行する点を除き、第1実施形態と同様に実行される。
【0062】
上記の温度保護判定処理を実行する本実施形態の素子温度推定方法によれば、冷却系40に設けられる既存の冷媒温度センサ60で得られる冷媒温度検出値TWdから、現在の冷媒流量WFを示唆する流量推定値WFeを求め、これを参照して素子温度Tjを推定することができる。これにより、車両コントローラ50からの入力信号(流量指令値W*
Fなど)を参照せずに、既存センサで得られる検出値から直接的に推定素子温度Tjeを求める演算ロジックの一態様が実現される。
【0063】
[第3実施形態の変形例]
本変形例では、ステップS112で取得した冷媒温度検出値TWdから、流量推定値WFeの演算を経ずに直接、熱抵抗変化係数dRth[TWd]を演算する。
【0064】
図7は、冷媒温度TWと熱抵抗変化係数dR
thの関係を規定するテーブル(以下、単に「温度-熱抵抗変化係数テーブル」とも称する)の一例を示す。
【0065】
既に説明したように、
図3に示す流量-係数テーブルでは、熱抵抗変化係数dR
thが冷媒流量W
Fに対して負の相関関係を示すように規定されている。また、
図6に示す冷媒温-流量テーブルでは、冷媒温度T
Wと冷媒流量W
Fの間の正の相関関係が定められている。したがって、これら各テーブルを組み合わせることで、
図7に示す冷媒温度T
Wに対する熱抵抗変化係数dR
thを定める温度-熱抵抗変化係数テーブルが得られる。
【0066】
このため、
図7に示す温度-熱抵抗変化係数テーブルを予め記憶しておき、当該テーブルを参照することで冷媒温度検出値T
Wdから熱抵抗変化係数dR
th[T
Wd]を直接求めることができる。
【0067】
[第4実施形態]
図8は、本実施形態の温度保護判定処理を説明するフローチャートである。図示のように、本実施形態では、インバータ30により駆動されるモータ20の動作状態(回転数N
m及びトルクT
m)を参照して、モータ20がロック状態であるか否かを判定するためのモータロック判定を行う(ステップS210)。
【0068】
ここで、本実施形態のモータ20のロック状態とは、例えば電動車両が登坂路において機械ブレーキを用いずにトルク出力のみで停止しているシーンなど、回転数Nmがゼロ付近の極低回転数領域であって、一定以上のトルクTmが出力している状態を意味する。
【0069】
より具体的に、モータロック判定では、トルクTmが所定のトルク閾値Tmthを超え且つ回転数Nmが所定の閾値回転数Nmthより小さいという条件(以下、単に「ロック判断条件」と称する)を満たすか否かを判定する。
【0070】
そして、ロック判断条件を満たす場合には、熱抵抗変化係数dRthの演算に用いる流量-係数テーブルとして、ロック時流量-係数テーブルを選択する(ステップS230)。一方、ロック判断条件を満たさない場合には、通常流量-係数テーブルを選択する(ステップS240)。
【0071】
図9は、ロック時流量-係数テーブル及び通常流量-係数テーブルを示す図である。図示のように、ロック時流量-係数テーブルは、通常流量-係数テーブルに対して、同一の冷媒流量W
Fに対する熱抵抗変化係数dR
thの値がより小さくなるように設定される。
【0072】
ここで、モータ20のロック時は非ロック時と比べて、冷媒流量WFの変化当たりの半導体素子の熱抵抗Rの変化が小さくなる傾向を示す。
【0073】
これに対して、本実施形態では、モータ20のロック時には、非ロック時と比べてより小さい熱抵抗変化係数dRthを規定するロック時流量-係数テーブルを用いることで、推定素子温度Tjeをより低く演算することができる。すなわち、モータ20のロック時における推定素子温度Tjeを、冷媒流量WFに対する熱抵抗Rの特性の変化を加味してより高精度に求めることができる。
【0074】
なお、上述のトルク閾値Tmthは、予め実験的に、モータ20のロック状態を推定する観点から適切な値に設定される。また、閾値回転数Nmthは、予め冷媒流量WF及び/又は冷媒温度TWと、半導体素子の熱抵抗Rの変化と、の関係を実験的に調査した上で、冷媒流量WF又は冷媒温度TWに対する熱抵抗Rの変化が、通常時(非ロック時)に用いる通常流量-係数テーブルにおいて想定される値に対して一定以上の乖離を生じ始める回転数Nmに定めることが好ましい。
【0075】
以上説明した本実施形態の素子温度推定方法では、流量-係数テーブルとして、冷媒流量WFに対して相対的に低い値の熱抵抗変化係数dRthを規定する第1流量-係数テーブル(ロック時流量-係数テーブル)と、冷媒流量WFに対して相対的に高い値の熱抵抗変化係数dRthを規定する第2流量-係数テーブル(通常流量-係数テーブル)と、を設定する。
【0076】
特に、インバータ30により駆動されるモータ20の動作状態(トルクTm及び回転数Nm)を参照してモータ20のロック状態を判定する。特に、モータ20がロック状態であると判断すると、ロック時流量-係数テーブルを参照して冷媒流量WFから熱抵抗変化係数dRth[WF]を演算し、モータ20がロック状態でないと判断すると、通常流量-係数テーブルを参照して冷媒流量WFから熱抵抗変化係数dRth[WF]を演算する。
【0077】
これにより、モータ20のロック時と非ロック時における冷媒流量WFに対する熱抵抗Rの特性の変化が加味された、より高精度な推定素子温度Tjeを求める演算ロジックが実現される。
【0078】
[第5実施形態]
本実施形態の温度保護判定処理では、第4実施形態とは異なる態様のモータロック判定及び当該判定結果に応じた熱抵抗変化係数dRthの演算ロジックが適用される。
【0079】
図10は、本実施形態に係る温度保護判定処理を説明するフローチャートである。図示のように、本実施形態のモータロック判定は、モータ20の動作状態を示すトルクT
m及び回転数N
mの変化率(以下、「回転数変化率dN
m/dt」とも称する)を参照して実行する。
【0080】
より具体的に、モータロック判定(ステップS210)では、ロック判断条件を、トルクTmがトルク閾値Tmthを超え且つ回転数変化率dNm/dtが所定の閾値変化率dNmth未満となる条件に定める。
【0081】
そして、ロック判断条件を満たす場合には、推定素子温度T
jeの演算に用いる熱抵抗変化係数dR
thを冷媒流量W
Fに依らない固定値(以下、単に「固定係数dR
fix」とも称する)に設定する(ステップS250)。なお、ロック判断条件を満たさない場合には、第1実施形態と同様に
図3に示す流量-係数テーブルを設定する(ステップS120)。
【0082】
特に、モータロック時に設定される固定係数dR
fixは、冷却系40において想定される冷媒流量W
Fの最小値(最小流量W
Fmin)に対して、
図3に示す流量-係数テーブル(又は
図9に示す通常流量-係数テーブル)に基づいて定まる熱抵抗変化係数dR
th(W
Fmin)の値に設定される。すなわち、固定係数dR
fixは、流量-係数テーブルにおいて想定される熱抵抗変化係数dR
thの最大値に相当する。
【0083】
これにより、モータロック時における推定素子温度Tjeは、取得した冷媒流量WFに関わらず、半導体素子の熱抵抗Rが想定される最大をとる前提として演算されることになる。
【0084】
ここで、一般的にインバータ30内における半導体素子は、平滑コンデンサ等の他の部品と比べて熱容量(熱時定数)が小さい。このため、電動車両が機械ブレーキを使用せずに登坂路で停止している場合などのモータ20に一定以上の電流が流れるシーンにおいては、インバータ30内において各半導体素子に局所的な温度の急増が生じる。
【0085】
一方で、既に説明したように
図3に示す流量-係数テーブルは、流量パラメータである冷媒流量W
F(或いは冷媒温度T
W)に応じた半導体素子の熱抵抗変化係数dR
thを規定する。すなわち、流量-係数テーブルを用いて演算される熱抵抗変化係数dR
thは、冷媒流量W
F(又は冷媒温度T
W)という冷却系40の各冷却対象(モータ20及びインバータ30など)を包括した大域的な温度状況から定まるものである。このため、現在の冷媒流量W
Fに対して流量-係数テーブルを参照して定まる熱抵抗変化係数dR
thは、局所的な素子温度T
jの急峻な増減に対して十分に敏感ではない。したがって、モータロック時に、非ロック時と同様に流量-係数テーブルを参照して熱抵抗変化係数dR
thを求めると、最終的に演算される推定素子温度T
jeの現実の素子温度T
jに対する応答遅れを生じ、その結果、温度保護処理の実行判断(
図3のステップS150のYes)の遅れに繋がることが想定される。
【0086】
これに対して、本実施形態では、現実の素子温度Tjの急増が想定されるモータロック時には、冷媒流量WF又は冷媒温度TWに依存しない固定係数dRfixを参照して推定素子温度Tjeを演算する。このため、上述した推定素子温度Tjeの応答遅れが生じ得るシーンにおいては、推定素子温度Tjeが本来の値よりも高く演算されるので、温度保護処理の実行判断の遅れをより確実に防止することができる。
【0087】
なお、本実施形態のトルク閾値Tmth及び閾値変化率dNmthは、それぞれ、予め実験的に調査されたパワーモジュール31の耐熱限界に達するトルクTm及び回転数変化率dNm/dtに対し、所定のマージンをもって定めることが好ましい。
【0088】
以上説明したように、本実施形態の素子温度推定方法では、インバータ30により駆動されるモータ20の動作状態(トルクTm及び回転数変化率dNm/dt)を参照してモータ20のロック状態を判定する。そして、モータ20がロック状態であると判断すると、熱抵抗変化係数dRthを、流量パラメータ(冷媒流量WF又は冷媒温度TW)に関わらず、冷媒流量WFが冷却系40で想定される最小値(最小流量WFmin)をとると仮定した場合に定まる値(固定係数dRfix)に設定する。
【0089】
これにより、素子温度Tjが急増し推定素子温度Tjeの応答遅れが生じ得るモータロック時においても、温度保護処理の実行判断の精度を確保し得る推定素子温度Tjeの演算ロジックが実現される。
【0090】
[作用効果]
図11は、各実施形態における素子温度推定方法(実施例)による作用効果を説明する図である。なお、比較例1として、現実の冷媒流量W
Fの変動にかかわらず、常に最大流量W
Fmaxを前提とした半導体素子の熱抵抗R
minに基づいて推定素子温度T
je1を演算する素子温度推定方法を想定する。また、比較例2として、現実の冷媒流量W
Fの変動にかかわらず、常に最小流量W
Fminを前提とした半導体素子の熱抵抗R
maxに基づいて推定素子温度T
je2を演算する素子温度推定方法を想定する。
【0091】
比較例1の方法で演算された推定素子温度Tje1は、冷媒流量WFが比較的大きいシーン1においては、現実の素子温度Tjにほぼ適合する。しかしながら、冷媒流量WFが比較的小さいシーン2においては、推定素子温度Tje1が現実の素子温度Tjよりも低くなる。このため、シーン2では、推定素子温度Tjeが温度閾値Tjthを超えたことをトリガとしてなされる温度保護処理の実行判断が、現実に実行が必要とされるタイミングに対して遅れることが想定される。
【0092】
一方で、比較例2の方法で演算された推定素子温度Tje2は、冷媒流量WFが比較的小さいシーン2においては、現実の素子温度Tjにほぼ適合する。しかしながら、冷媒流量WFが比較的大きいシーン1においては、推定素子温度Tje1が現実の素子温度Tjより高くなる。このため、シーン2では、不要なタイミングで温度保護処理の実行判断がなされることが想定される。
【0093】
これに対して、実施例の方法で演算された推定素子温度Tjeは、冷媒流量WFの大小に関わらず、現実の素子温度Tjに適合する。このため、温度保護処理の実行判断のタイミングを、当該処理が実際に要求されるタイミングにより確実に合致させることができる。
【0094】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。また、上記各実施形態は可能な範囲で任意に組み合わせることができる。
【符号の説明】
【0095】
10 車両システム
20 モータ
30 インバータ
31 パワーモジュール(半導体素子)
32 インバータコントローラ
40 冷却系
50 車両コントローラ
60 冷媒温度センサ