(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023160717
(43)【公開日】2023-11-02
(54)【発明の名称】酸化防止剤補充システム及び方法
(51)【国際特許分類】
F15B 21/04 20190101AFI20231026BHJP
C10M 175/00 20060101ALI20231026BHJP
G01N 21/59 20060101ALI20231026BHJP
C10N 40/08 20060101ALN20231026BHJP
C10N 30/10 20060101ALN20231026BHJP
【FI】
F15B21/04
C10M175/00
G01N21/59 Z
C10N40:08
C10N30:10
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022179501
(22)【出願日】2022-11-09
(31)【優先権主張番号】P 2022069999
(32)【優先日】2022-04-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】591055975
【氏名又は名称】水戸工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100169960
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 貴光
(72)【発明者】
【氏名】小野 五千郎
(72)【発明者】
【氏名】成田 敦夫
【テーマコード(参考)】
2G059
3H082
4H104
【Fターム(参考)】
2G059AA03
2G059BB04
2G059EE01
2G059FF08
2G059GG02
2G059KK01
2G059MM01
2G059MM05
3H082AA15
3H082AA21
3H082CC02
3H082DB20
3H082DB26
3H082DB35
3H082DE05
3H082EE01
4H104EB09
4H104JA03
4H104LA05
4H104PA05
(57)【要約】
【課題】オイルの品質を良好に維持するとともにオイルの交換頻度を低減する酸化防止剤補充システムを提供する。
【解決手段】作業機械の油圧回路1内を流動するオイルに酸化防止剤を補充する酸化防止剤補充システム10は、作業機械の動作中に、新油に含有される酸化防止剤の基準含有量と使用油に含有される酸化防止剤の現状含有量との差である酸化防止剤の消耗量を算出する演算部30と、酸化防止剤の消耗量に相当する新品の酸化防止剤を含有する回復油を使用油に補充する補充部40と、を備えている
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
作業機械の油圧回路内を流動するオイルに酸化防止剤を補充する酸化防止剤補充システムであって、
前記作業機械の動作中に、新品のオイルである新油に含有される前記酸化防止剤の基準含有量と劣化したオイルである使用油に含有される前記酸化防止剤の現状含有量との差である前記酸化防止剤の消耗量を算出する演算部と、
前記酸化防止剤の消耗量に相当する新品の酸化防止剤を含有する回復油を前記使用油に補充する補充部と、
を備えていることを特徴とする酸化防止剤補充システム。
【請求項2】
前記演算部は、前記新油を透過した透過光から測定される基準吸光度と前記使用油を透過した透過光から測定される現状吸光度との差である吸光度の減少量に基づいて、前記酸化防止剤の消耗量を算出することを特徴とする請求項1に記載の酸化防止剤補充システム。
【請求項3】
前記演算部は、前記酸化防止剤の消耗量に相当する前記回復油の補充量を算出し、
前記補充部は、
タンクに収容された前記回復油を前記使用油に供給可能な補充ポンプと、
前記回復油の補充量に応じて前記補充ポンプが前記使用油に供給する前記回復油の供給量を制御するポンプ制御部と、
を備えていることを特徴とする請求項1又は2に記載の酸化防止剤補充システム。
【請求項4】
前記演算部は、前記酸化防止剤の消耗量が所定の閾値に達したか否かを判定し、
前記補充部は、
複数の補充容器にそれぞれ収容された前記閾値に対応する所定の収容量の前記回復油を前記使用油に供給可能な補充ポンプと、
前記酸化防止剤の消耗量が前記閾値に達すると、前記補充容器内の前記回復油を前記使用油に供給するように前記補充ポンプを制御するポンプ制御部と、
を備えていることを特徴とする請求項1又は2に記載の酸化防止剤補充システム。
【請求項5】
前記補充部は、前記回復油を加温するヒータを備えていることを特徴とする請求項1に記載の酸化防止剤補充システム。
【請求項6】
作業機械の油圧回路内を流動するオイルに酸化防止剤を補充する酸化防止剤補充システムであって、
前記作業機械の動作中に、新品のオイルである新油に含有される前記酸化防止剤の基準含有量と劣化したオイルである使用油に含有される前記酸化防止剤の現状含有量との差である前記酸化防止剤の消耗量を算出する演算部を備えていることを特徴とする酸化防止剤補充システム。
【請求項7】
作業機械の油圧回路内を流動するオイルに酸化防止剤を補充する酸化防止剤補充方法であって、
前記作業機械の動作中に、新品のオイルである新油に含有される前記酸化防止剤の基準含有量と劣化したオイルである使用油に含有される前記酸化防止剤の現状含有量との差である前記酸化防止剤の消耗量を算出するステップと、
前記酸化防止剤の消耗量に相当する新品の酸化防止剤を含有する回復油を前記使用油に補充するステップと、
を含むことを特徴とする酸化防止剤補充方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、作業機械の油圧回路内を流動するオイルに酸化防止剤を補充する酸化防止剤補充システム及び方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
建設機械や車両等の作業機械に用いられる潤滑油等のオイルは、使用時間が長くなるにつれて化学的に変質する等して劣化する。オイルが化学的に変質すると、オイルの潤滑性が損なわれ、油圧回路を構成する機器が円滑に作動しなくなり損傷する恐れがある。
【0003】
オイルが化学的に変質する主な原因は、オイルの酸化である。オイルの酸化は、酸素、湿度、水分、金属イオン又は光等によって促進されるところ、特に空気中の酸素がオイルの酸化に最も影響を与える。空気中に約21%含まれる酸素が、オイルと反応して酸化反応を起こす。
【0004】
オイルの酸化反応は、ラジカル連鎖反応(自動酸化反応)による。具体的には、まず、オイル中に過酸化物が生じる。その後、過酸化物が、アルコール、ケトンへ酸化され、さらにカルボン酸、オキシ酸、ヒドロキシ酸等の酸化物になる。これらは二次生成物としてエステル生成やオキシ酸の縮重合により分子量が増えて不溶解性物質となり、潤滑性を劣化させる原因となる。
【0005】
オイルの酸化速度は、アーレニウスの式に従って、K=Aexp(E/RT)[K:酸化速度定数、R:ガス定数、T:絶対温度、E:活性化エネルギー、A:頻度因子]で算出され、酸化速度定数Kは、1/Tの指数関数で増加する。一般的には、オイルの温度が10℃上昇すると、反応速度は2倍に上昇するといわれる。さらに、オイルを使用する機械や設備は、温度が高い傾向にあり、オイルの酸化が進行し易い環境である。
【0006】
特許文献1には、作業機械の動作中に、作業機械の油圧回路内を流動するオイルの酸化を抑制する酸化防止剤の減少を検知することにより、オイル劣化の予兆を早期に検知するオイル劣化診断装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1記載の装置は、酸化防止剤の減少に起因するオイルの劣化を早期に診断可能なことにより、オイルの交換時期を推測できるものの、酸化防止剤が消尽したオイルを新品に交換しなければならないという問題があった。
【0009】
そこで、オイルの品質を良好に維持するとともにオイルの交換頻度を低減するために解決すべき技術的課題が生じてくるのであり、本発明はこの課題を解決することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明に係る酸化防止剤補充システムは、作業機械の油圧回路内を流動するオイルに酸化防止剤を補充する酸化防止剤補充システムであって、前記作業機械の動作中に、新品のオイルである新油に含有される前記酸化防止剤の基準含有量と劣化したオイルである使用油に含有される前記酸化防止剤の現状含有量との差である前記酸化防止剤の消耗量を算出する演算部と、前記酸化防止剤の消耗量に相当する新品の酸化防止剤を含有する回復油を前記使用油に補充する補充部と、を備えている。
【0011】
また、上記目的を達成するために、本発明に係る酸化防止剤補充装置は、作業機械の油圧回路内を流動するオイルに酸化防止剤を補充する酸化防止剤補充システムであって、前記作業機械の動作中に、新品のオイルである新油に含有される前記酸化防止剤の基準含有量と劣化したオイルである使用油に含有される前記酸化防止剤の現状含有量との差である前記酸化防止剤の消耗量を算出する演算部を備えている。
【0012】
また、上記目的を達成するために、本発明に係る酸化防止剤補充方法は、作業機械の油圧回路内を流動するオイルに酸化防止剤を補充する酸化防止剤補充方法であって、前記作業機械の動作中に、新品のオイルである新油に含有される前記酸化防止剤の基準含有量と劣化したオイルである使用油に含有される前記酸化防止剤の現状含有量との差である前記酸化防止剤の消耗量を算出するステップと、前記酸化防止剤の消耗量に相当する新品の酸化防止剤を含有する回復油を前記使用油に補充するステップと、を含む。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、オイルの品質を良好に維持するとともにオイルの交換頻度を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施形態に係る酸化防止剤補充システムを適用した作業機械の構成を示す模式図。
【
図3】酸化防止剤を含むオイルに関する波数と吸光度との時間的変化を示す赤外吸収スペクトルを示すグラフ。
【
図4】オイルに関するRBOT試験の評価結果を示すグラフ。
【
図5】加速時間とオイルに含まれる酸化防止剤の濃度に相関する吸光度との時間的変化を示すグラフ。
【
図6】本発明の第1変形例に係る酸化防止剤補充システムを適用した作業機械の構成を示す模式図。
【
図7】本発明の第2変形例に係る酸化防止剤補充システムを適用した作業機械の構成を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態について図面に基づいて説明する。なお、以下では、構成要素の数、数値、量、範囲等に言及する場合、特に明示した場合及び原理的に明らかに特定の数に限定される場合を除き、その特定の数に限定されるものではなく、特定の数以上でも以下でも構わない。
【0016】
また、構成要素等の形状、位置関係に言及するときは、特に明示した場合及び原理的に明らかにそうでないと考えられる場合等を除き、実質的にその形状等に近似又は類似するもの等を含む。
【0017】
また、図面は、特徴を分かり易くするために特徴的な部分を拡大する等して誇張する場合があり、構成要素の寸法比率等が実際と同じであるとは限らない。また、断面図では、構成要素の断面構造を分かり易くするために、一部の構成要素のハッチングを省略することがある。
【0018】
図1は、本発明の一実施形態に係る酸化防止剤補充システム10を適用した油圧駆動式の建設機械の構成を示す模式図である。建設機械は、動力源として油圧回路1を備えている。油圧回路1は、オイルタンク2と、油圧ポンプ3と、方向制御バルブ4と、アクチュエータ5と、を備えている。オイルタンク2に貯留されたオイルは、油圧ポンプ3によって加圧され、方向制御バルブ4を介して所定のアクチュエータ5に供給される。アクチュエータ5は、図示しない動力源(モータやシリンダ等)に接続されている。また、アクチュエータ5から戻るオイルは、方向制御バルブ4を介してオイルタンク2に戻る。油圧回路1の各種構成は、図示しないコントローラによって動作制御されている。オイルは、基油に酸化防止剤を添加配合した濃縮油である。オイルに含有される酸化防止剤は、例えば、フェノール系酸化防止剤やジアルキルジチオリン酸亜鉛等である。
【0019】
酸化防止剤補充システム10は、検知部20と、演算部30と、補充部40と、を備えている。
【0020】
<検知部>
検知部20は、油圧回路1内を流動するオイルの劣化具合を診断する。検知部20は、投光器21と、油圧回路1の各種機器を接続する管路6を挟んで投光器21と対向するように設けられた受光器22と、信号処理部23と、を備えている赤外線センサである。
【0021】
投光器21は、光源としてのレーザーダイオードを備えている。レーザーダイオードは、所定波数又は波長に設定された測定光を連続又は断続して発する。レーザーダイオードは、オイルタンク2の上流側の管路6を流れるオイルに向けて測定光を照射する。管路6の一部は、測定光を透過可能に透明に形成されている。なお、投光器21は、オイルタンク2内のオイルに向けて測定光を照射するように配置されても構わない。また、投光器21は、レーザーダイオードに限らず、例えば赤外線光源等であっても構わない。
【0022】
受光器22は、受光素子としてのフォトダイオードと、フォトダイオードが出力する信号を増幅するアンプと、を備えている。フォトダイオードは、管路6を透過した測定光(透過光)を受光する。フォトダイオードの検出波長は、レーザーダイオードの発する測定光に対応して設定されている。なお、受光器22は、フォトダイオードに限らず、例えば焦電センサ等であっても構わない。また、投光器21及び受光器22の設置箇所は、油圧回路1内の管路6に限定されず、例えば、管路6とは別に設けられて、オイルをオイルタンク2から吸い上げた後にオイルタンク2に還流させるダミー管路等であっても構わない。
【0023】
信号処理部23は、受光器22が受光した透過光における酸化防止剤特有の波長又は波数に応じた吸光度又は透過率を算出する。透過率は、測定光強度及び透過光強度の比であり、吸光度は、ランベルトベールの法則に基づいて、測定光強度及び透過光強度から算出される。なお、検知部20は、上述した構成に限定されるものではない。
【0024】
次に、検知部20が酸化防止剤の減少を検知する手順について説明する。
【0025】
まず、オイルの酸化反応について説明する。
図2は、横軸をオイルの使用時間、縦軸をオイル内の生成物量に設定したものである。
【0026】
まず、
図2に示すように、オイルは、劣化の進行具合に応じてオイル内の生成物量が経時的に変化する。油圧回路1内を流動するオイルは、高温になりがちで酸化反応が生じ易い。このような酸化反応は、ラジカル連鎖反応(自動酸化反応)によるものであり、まず、オイル内に過酸化物が指数関数的に急激に増加する(過酸化物生成期)。その後、過酸化物が酸化されてアルコール、ケトンへと酸化され、そして、カルボン酸、オキシ酸、ヒドロキシ酸等の酸化物になる(酸化物生成期)。これらは二次生成物として、エステル生成やオキシ酸の縮重合により分子量が増え、不溶解性物質となり、オイルの粘度が上昇して潤滑性が低下する(粘度上昇期)。
【0027】
また、新品のオイルには、フリーラジカルと反応してラジカル連鎖反応を抑制する酸化防止剤が含まれているが、酸化反応が進むにつれて酸化防止剤が消耗されて減少し、その後に過酸化物が生じる(誘導期)。以下では、新品のオイルを「新油」、酸化反応が進行して酸化劣化したオイルを「使用油」という。
【0028】
次に、
図3は、フェノール系酸化防止剤における波数3650~3660cm-1付近の吸光度の時間的変化を示す赤外吸収スペクトルを示すグラフである。なお、
図3中の実線は酸化が生じていない状態の新油を示し、破線は酸化劣化が進んだ状態(誘導期の中期)の使用油を示し、一点鎖線はさらに酸化劣化が進んだ状態(誘導期の末期)の使用油を示す。
【0029】
図3に示すように、フェノール系酸化防止剤を含むオイルを透過した透過光は、3650~3660cm-1付近において、酸化が進むにつれて透過光が大きくなり吸光度は低下する。すなわち、波数3650~3660cm-1における吸光度の減少を検知することにより、オイルに含まれるフェノール系酸化防止剤の減少を検知できることが分かる。
【0030】
検知部20は、このようなオイル酸化に伴う酸化防止剤の減少を以下の手順により検知する。まず、建設機械の動作中に投光器21が測定光を所定間隔(例えば、数秒)おきに照射して、受光器22が、管路6内を流動するオイルを透過した透過光を受光する。測定光の波数は、フェノール系酸化防止剤の消耗に起因する特徴的な赤外吸収である吸光度の低下又は透光率の増加を示す、3650~3660cm-1に設定される。
【0031】
次に、信号処理部23は、受光器22が受光した吸光度を取得する。また、信号処理部23は、オイルの使用時間に沿って比較し易いように、取得した吸光度を時系列順に記憶する。なお、吸光度は、以下の数式1により算出される。
【0032】
【0033】
次に、診断部24は、吸光度の経時的な変化に基づいて、オイル内の酸化防止剤の減少を検知する。具体的には、診断部24が、フェノール系酸化防止剤における波数3650~3660cm-1の吸光度が減少した場合に、オイルの劣化が進行して酸化防止剤が消耗されて減少していると判定する。
【0034】
このようにして、検知部20は、オイル採取を伴うことなく、建設機械の動作中にオイルの劣化具合をリアルタイムに検知することができる。
【0035】
<演算部>
演算部30は、信号処理部23が算出した吸光度に基づいて、酸化防止剤の消耗量を算出する。具体的には、演算部30には、新油に含有される酸化防止剤の含有量(基準含有量)と、使用油に含有される酸化防止剤の含有量(現状含有量)との差である酸化防止剤の消耗量を算出する。酸化防止剤の基準含有量は、オイル重量とオイルに含有される酸化防止剤の濃度(例えば、0.17wt%)とを乗じた数値である。そして、酸化防止剤の消耗量は、数式1によりそれぞれ算出される新油における酸化防止剤の吸光度(基準吸光度)と使用油における酸化防止剤の吸光度(現状吸光度)との差である吸光度の減少量に基づいて算出される。
【0036】
具体的には、
図3に示すように、波数3650~3660cm-1付近におけるオイルの吸光度は、新油において最大であり、オイル劣化が進行して酸化防止剤が消耗されるにしたがって減少する。また、数式1によれば、酸化防止剤の吸光度は、吸光係数及び測定距離が一定の場合、酸化防止剤の濃度に比例して増減することが分かる。そこで、演算部30は、数式1により基準吸光度E1、現状吸光度E2をそれぞれ算出し、基準吸光度E1に対する現状吸光度E2の減少量ΔEに応じて酸化防止剤が消耗されたと仮定して、数式2に基づいて酸化防止剤の消耗量ΔVを算出する。
【0037】
【0038】
また、演算部30は、酸化防止剤の消耗量ΔVを酸化防止剤の比重で除することにより、補充タンク41に収容されて補充ポンプ42により使用油に補充される新品の酸化防止剤を含むオイル(以下、「回復油」という)の補充量を算出する。回復油は、酸化防止剤の原液、又はオイルの基油に酸化防止剤を添加した濃縮液である。
【0039】
回復油が酸化防止剤の原液である場合、回復油とは、常温で液体状態のもの、又は常温で固体状態の酸化防止剤を融点以上まで加熱して液化したものである。一方、回復油が濃縮液である場合、回復油とは、液体状態の酸化防止剤原液を基油に添加配合して所定濃度まで希釈したものである。
【0040】
例えば、オイル及び酸化防止剤の各物性値が以下に示すような新油に含まれる酸化防止剤の全量を回復油で補充するためには、酸化防止剤の原液換算では、重量696g、体積(補充量)67.6ccとなり、酸化防止剤の濃縮液(濃度10%)換算では、重量6960g、体積(補充量)8Lとなる。
・油圧回路1内のオイル全量:400L
・オイル比重:0.87g/cc
・酸化防止剤の濃度:0.2wt%
・酸化防止剤比重の比重:1.03g/cc
【0041】
以下では、回復油として酸化防止剤の原液を用いた場合を例に説明するが、回復油は酸化防止剤の濃縮液であっても構わない。回復油を酸化防止剤の原液とした場合、酸化防止剤の濃縮液と比べて、回復油を収容する補充タンク41を小型化することができる。なお、酸化防止剤の原液であっても、使用油は油圧回路1内を短時間で循環するため、回復油と使用油とを撹拌する機構は必須ではない。
【0042】
<補充部>
図1に戻り、補充部40は、補充タンク41と、補充ポンプ42と、を備えている。
【0043】
補充タンク41は、回復油を収容する。補充タンク41が収容する回復油の収容量は、回復油を継ぎ足すことなく回復油を繰り返し補充可能な程度に設定されるのが好ましい。補充タンク41は、回復油に含まれる酸化防止剤が固化しないように、回復油を酸化防止剤の融点以上(例えば、70度)に保持するヒータ41aを備えている。
【0044】
補充ポンプ42は、例えば定量ポンプであり、補充タンク41に収容された回復油をオイルタンク2の使用油に供給する。補充ポンプ42が吐出する回復油の供給量は、演算部30が算出した補充量と略一致するようにポンプ制御部43により制御される。
【0045】
次に、酸化防止剤補充システム10の効果確認実験について説明する。本実験では、使用油に回復油を適宜供給する場合(実験例)と使用油に回復油を供給しない場合(比較例)とにおいて、使用油に含有される酸化防止剤の消耗具合、使用油内の酸化物生成量とを比較した。
【0046】
本実験では、オイル劣化加速試験としてRBOT試験を用いた。一般的なRBOT試験では、ボンベ式の試験容器にオイルと水と銅触媒を入れ、密封した後に試験容器に酸素を620kPa圧入して150℃の油浴槽の中で回転させて、最高圧力から175kPa圧力降下するまでの時間を測定し評価する。しかしながら、本実験では実際の使用環境下での酸化安定度を確認するために、水を添加せず、さらに酸素圧が最高圧力から175kPa降下するまでの加速試験をするのではなく、予め設定された時間毎にオイルを取り出して評価した。
【0047】
<実験例の実験手順>
試験容器に新油と銅触媒を入れ、密封した後に試験容器に酸素を620kPa圧入して150℃の油浴槽の中で3時間回転させた。その後、オイルを採取して、分光光度計(FTIR)でフェノール系酸化防止剤において吸光度のピーク減少が表れる波数3650cm-1の吸光度、及び使用油中の酸化物生成量に比例して増加する波数1740cm-1における吸光度を測定した。その後、吸光度の減少分に応じて酸化防止剤の消耗量を算出し、酸化防止剤の消耗量に相当する酸化防止剤を含む回復油を使用油に供給した。
【0048】
その後、試験容器を再密封し、試験容器に酸素を620kPa圧入して150℃の油浴槽の中で2時間回転させた。その後、上述したように波数3650cm-1の吸光度及び波数1740cm-1における吸光度の測定並びに酸化防止剤の消耗量に応じて回復油を使用油に供給した。以下、同様にして、劣化促進時間が11時間に至るまで繰り返した。
【0049】
<比較例の実験手順>
試験容器に新油と銅触媒を入れ、密封した後に試験容器に酸素を620kPa圧入して150℃の油浴槽の中で3時間回転させた。その後、オイルを採取して、FTIRで波数3650cm-1の吸光度及び波数1740cm-1における吸光度を計測した。
【0050】
その後、試験容器を再密封し、試験容器に酸素を620kPa圧入して150℃の油浴槽の中で2時間回転させた。その後、上述したように波数3650cm-1の吸光度及び波数1740cm-1における吸光度を測定した。以下、同様にして、劣化促進時間が11時間に至るまで繰り返した。
【0051】
図4は、実験例及び比較例における使用油の劣化具合を示すグラフであり、横軸に加速時間[hr]、第1の縦軸に波数3650cm-1における使用油の吸光度、第2の縦軸に波数1740cm-1における使用油の吸光度を示す。なお、使用油に含有された酸化防止剤が消耗して使用油中の酸化物が増加すると、波数1740cm-1における吸光度が増加することが知られている。
【0052】
図4によれば、比較例は、加速時間7時間で酸化防止剤が消尽して、その後は酸化物が急激に増加しているのに対し、実験例は、加速時間11時間までに酸化防止剤は消尽しておらず、酸化物生成量も少ないことが分かる。具体的には、実験例は、比較例と比べて、加速時間9時間で酸化物生成量が約1/3.4倍、加速時間11時間で酸化物生成量が約1/5倍と大幅に少なく、オイルの寿命が延長されていることが分かる。
【0053】
図5は、
図4の実験例における酸化防止剤の時間的変化を示すグラフである。横軸は加速時間[hr]であり、縦軸は波数3650cm-1における使用油の吸光度である。
【0054】
図5によれば、加速時間3時間、5時間経過後には、吸光度が約0.005減少しているものの、これに相当する回復油が使用油にそれぞれ供給されることにより、吸光度が一時的に増加していることが分かる。また、加速時間7時間経過後は、吸光度が約0.015減少しているものの、これに相当する回復油が使用油にそれぞれ供給されることにより、吸光度が一時的に増加していることが分かる。また、加速時間9時間経過後は、吸光度が約0.02減少しているものの、これに相当する回復油が使用油にそれぞれ供給されることにより、吸光度が一時的に増加していることが分かる。さらに、加速時間11時間経過後は、吸光度が約0.015減少していることが分かる。
【0055】
また、
図5によれば、単位時間あたりの酸化防止剤の消耗量は、加速時間が長くなるにつれて増大する傾向がある。すなわち、
図5では、加速時間5時間以降の酸化防止剤の消耗量が、それ以前に比べて特に大きく、加速時間9時間経過後では、加速時間7時間経過後と比べて酸化防止剤の消耗量が大きく酸化防止剤がほぼ消尽している。したがって、酸化防止剤の補充は、予め定められた間隔で定期的に行うよりも、酸化防止剤の消耗量を常に又は極短周期で断続的に算出して、使用油における酸化防止剤の含有量を新油と同程度に維持することが好ましい。
【0056】
このようにして、本実施形態に係る酸化防止剤補充システム10は、作業機械の油圧回路1内を流動するオイルに酸化防止剤を補充する酸化防止剤補充システム10であって、作業機械の動作中に、新油に含有される酸化防止剤の基準含有量と使用油に含有される酸化防止剤の現状含有量との差である酸化防止剤の消耗量を算出する演算部30と、酸化防止剤の消耗量に相当する新品の酸化防止剤を含有する回復油を使用油に補充する補充部40と、を備えている構成とした。
【0057】
このような構成により、作業機械の動作中に酸化防止剤の消耗量に応じて新品の酸化防止剤を含有する回復油を使用油に補充することにより、使用油における酸化防止剤の含有量を新油における酸化防止剤の基準含有量と略同程度に維持可能なため、油圧回路1を円滑に作動し続けることができるとともに、油圧回路1のオイル交換頻度を少なくすることができる。
【0058】
また、本実施形態に係る酸化防止剤補充システム10は、演算部30が、新油を透過した透過光から測定される基準吸光度と使用油を透過した透過光から測定される現状吸光度との差である吸光度の減少量に基づいて、酸化防止剤の消耗量を算出する構成とした。
【0059】
このような構成により、作業機械の動作中に測定した使用油の吸光度に基づいて、酸化防止剤の消耗量をリアルタイム且つ高精度に算出することができる。
【0060】
また、本実施形態に係る酸化防止剤補充システム10は、演算部30が、酸化防止剤の消耗量に相当する回復油の補充量を算出し、補充部40は、補充タンク41に収容された回復油を使用油に供給可能な補充ポンプ42と、回復油の補充量に応じて補充ポンプ42が使用油に供給する回復油の供給量を制御するポンプ制御部43と、を備えている構成とした。
【0061】
このような構成により、演算部30が酸化防止剤の消耗量に応じた回復油の補充量を算出し、ポンプ制御部43が回復油の補充量に応じて補充ポンプ42による回復油の供給量を制御するため、使用油における酸化防止剤の含有量を新油における酸化防止剤の基準含有量と略同程度に維持することができる。
【0062】
<変形例1>
次に、上述した実施形態の第1変形例に係る酸化防止剤補充システム50について、
図6に基づいて説明する。なお、本変形例に係る酸化防止剤補充システム50は、上述した実施形態に係る酸化防止剤補充システム10と比べて後述する構成のみが相違し、その他の構成は共通する。したがって、共通する構成は、同一の符号を付して重複する説明を省略する。
【0063】
演算部30は、信号処理部23が算出した吸光度及び数式1、数式2に基づいて、新油に含有される酸化防止剤の基準含有量と使用油に含有される酸化防止剤の現状含有量との差である酸化防止剤の消耗量を算出する。また、演算部30は、算出した酸化防止剤の消耗量が所定の閾値に達したが否かを判定する。
【0064】
補充部40は、補充ポンプ44と、補充容器45と、ポンプ制御部46と、を備えている。補充ポンプ44は、所定量の酸化防止剤の原液がそれぞれ収容された補充容器45内の回復油全量を外部に押し出すエアシリンダー等である。補充ポンプ44は、ポンプ制御部46により動作制御されている。
【0065】
酸化防止剤の消耗量が所定の閾値に達すると、ポンプ制御部46が、補充容器45内の回復油を押し出して、オイルタンク2に所定量の酸化防止剤を補充する。補充容器45内の回復油の収容量(補充量)は、所定閾値に対応する酸化防止剤の消耗量に相当する酸化防止剤を含むように設定されている。例えば、新油に含有される酸化防止剤を全量696gとし、酸化防止剤の消耗量の閾値を10%(69.6g)に設定すると、酸化防止剤の原液を収容する補充容器45の収容量は、69.6gに設定される。
【0066】
図6に図示した補充容器45には、補充ポンプ44が作動する前に酸化防止剤の原液を加温するヒータ45aが設けられている。すなわち、演算部30が算出した酸化防止剤の消耗量が所定閾値に達すると、ヒータ45aは、補充容器45の加温を開始し、酸化防止剤の原液が液化した後に、補充ポンプ44は液体状態の酸化防止剤をオイルタンク2の使用油に供給する。これにより、補充ポンプ44は、定量ポンプに比べて安価で、且つヒータ45aの容量を小さくできて取り扱いし易い構造となる。なお、補充容器45は、酸化防止剤を供給し終えた後に再充填される構成であっても構わないし、複数の補充容器45を用意し、酸化防止剤を供給し終えたものから酸化防止剤を収容したものに換装するように構成されても構わない。
【0067】
このようにして、本変形例に係る酸化防止剤補充システム50は、演算部30が、酸化防止剤の消耗量が所定の閾値に達したか否かを判定し、補充部40は、補充容器45にそれぞれ収容された閾値に対応する所定の収容量の回復油を使用油に供給可能な補充ポンプ44と、酸化防止剤の消耗量が閾値に達すると、補充容器45内の回復油を使用油に供給するように補充ポンプ44を制御するポンプ制御部46と、を備えている構成とした。
【0068】
このような構成により、演算部30が酸化防止剤の消耗量が所定の閾値に達したか否かを判定し、補充ポンプ42が補充容器45内の回復油を使用油に供給するため、使用油における酸化防止剤の含有量を新油における酸化防止剤の基準含有量と略同程度に維持することができる。
【0069】
<変形例2>
次に、上述した実施形態の第2変形例に係る酸化防止剤補充システム60について、
図7に基づいて説明する。なお、本変形例に係る酸化防止剤補充システム60は、上述した第1の変形例に係る酸化防止剤補充システム50と比べて後述する構成のみが相違し、その他の構成は共通する。したがって、共通する構成は、同一の符号を付して重複する説明を省略する。
【0070】
演算部30は、信号処理部23が算出した吸光度及び数式1、数式2に基づいて、新油に含有される酸化防止剤の基準含有量と使用油に含有される酸化防止剤の現状含有量との差である酸化防止剤の消耗量を算出する。また、演算部30は、算出した酸化防止剤の消耗量が所定の閾値に達したが否かを判定する。
【0071】
酸化防止剤の消耗量が所定の閾値に達すると、報知部70が回復油をオイルタンク2に補充する旨をオペレータに報知し、補充容器80に収容された回復油全量がオペレータの手動によりオイルタンク2に補充される。補充容器80内の回復油の収容量(補充量)は、所定閾値に対応する酸化防止剤の消耗量に相当する酸化防止剤を含むように設定されている。例えば、新油に含有される酸化防止剤を全量696gとし、酸化防止剤の消耗量の閾値を10%(69.6g)に設定すると、酸化防止剤の原液を収容する補充容器80の収容量は、69.6gに設定される。さらに、酸化防止剤の濃度を20wt%とすると、酸化防止剤の濃縮液を収容する補充容器80に収容される回復液の収容量は、348gに設定される。
【0072】
このようにして、本変形例に係る酸化防止剤補充システム60は、演算部30が、酸化防止剤の消耗量が所定の閾値に達したか否かを判定し、酸化防止剤の消耗量が所定の閾値に達したときに、補充容器80内の回復油を使用油に供給するように報知する報知部70と、を備えている構成とした。
【0073】
このような構成により、演算部30が酸化防止剤の消耗量が所定の閾値に達したか否かを判定し、酸化防止剤の消耗量が所定の閾値に達したときに、報知部70が、補充容器80内の回復油を使用油に供給するように報知し、オペレータにより補充容器80内の回復油が使用油に供給されるため、使用油における酸化防止剤の含有量を新油における酸化防止剤の基準含有量と略同程度に維持することができる。
【0074】
なお、本発明は、上記した実施形態及び変形例に限定されるものではなく、本発明の精神を逸脱しない限り種々の改変をなすことができ、そして、本発明が該改変されたものにも及ぶことは当然である。また、上述した実施形態及び変形例を組み合わせても構わない。
【0075】
なお、波数と波長とは互いに逆数であるから、波数及び波長を換算して読み替え可能である。また、透過率と吸光度とは相関関係にあるため、上述した実施形態において透過率、吸光度は、適宜換算して読み替えても構わない。
【0076】
なお、本発明を適用する油圧駆動式の作業機械は、上述した建設機械に限定されるものではなく、例えば、自動車、船舶又は航空機等であっても構わない。また、本発明に係る酸化防止剤補充システムは、自動車のエンジンオイル等の自動補充にも適用可能である。
【符号の説明】
【0077】
1 :油圧回路
2 :オイルタンク
3 :油圧ポンプ
4 :方向制御バルブ
5 :アクチュエータ
6 :管路
10、50、60:酸化防止剤補充システム
20:検知部
21:投光器
22:受光器
23:信号処理部
24:診断部
30:演算部
40:補充部
41:補充タンク
41a、45a:ヒータ
42、44:補充ポンプ
43、46:ポンプ制御部
45:補充容器
70:報知部
80:補充容器