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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023160735
(43)【公開日】2023-11-02
(54)【発明の名称】焼成用道具材
(51)【国際特許分類】
   C04B 41/89 20060101AFI20231026BHJP
   C04B 35/64 20060101ALI20231026BHJP
   F27D 3/12 20060101ALI20231026BHJP
【FI】
C04B41/89 K
C04B41/89 A
C04B35/64
F27D3/12 S
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023040728
(22)【出願日】2023-03-15
(31)【優先権主張番号】P 2022070920
(32)【優先日】2022-04-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】507182807
【氏名又は名称】クアーズテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【弁理士】
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】前田 圭介
(72)【発明者】
【氏名】小林 啓祐
(72)【発明者】
【氏名】丹羽 悦子
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 俊宏
【テーマコード(参考)】
4K055
【Fターム(参考)】
4K055AA05
4K055AA06
4K055HA23
4K055HA25
4K055HA27
(57)【要約】
【課題】焼成に繰り返し使用しても表面シリカの浮上が抑制されて焼成後の製品における
品質影響が少なく、さらに、従来よりも高速の条件で焼成することができる焼成用道具材
を提供する。
【解決手段】本発明は、炭化ケイ素からなる基材と、前記基材の表面における少なくとも
被焼成物が載置される部分に、酸化膜、ムライトを主成分としたアルミナの総含有量が6
5質量%以上95質量%以下であるアルミナ-シリカ質で厚さ1μm以上30μm以下の
下地層、アルミナ95質量%以上99.9質量%以下で厚さ1μm以上30μm以下の中
間層、カルシアもしくはイットリアを安定化剤とした安定化ジルコニアからなり厚さ1μ
m以上30μm以下の表面層が順次形成されており、前記下地層、前記中間層、および前
記表面層のいずれもが気孔率5%以下の焼成用道具材である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化膜と、
前記酸化膜の表面に形成された、ムライトを主成分としたアルミナの総含有量が65質量%以上95質量%以下であるアルミナ-シリカ質で、厚さ1μm以上30μm以下の下地層と、
前記下地層の表面に形成された、アルミナ95質量%以上99.9質量%以下で、厚さ1μm以上30μm以下の中間層と、
前記中間層の表面に形成された、カルシアもしくはイットリアを安定化剤とした安定化ジルコニアからなり厚さ1μm以上30μm以下の表面層とを備え、
前記下地層、前記中間層、および前記表面層のいずれもが気孔率5%以下であることを特徴とする焼成用道具材。
【請求項2】
前記酸化膜がSiO2層であることを特徴とする請求項1に記載の焼成用道具材。
【請求項3】
少なくとも被焼成物が載置される部分の基材の厚さが1.5mm以上4mm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の焼成用道具材。
【請求項4】
焼成用道具材の任意の切断面において、前記下地層、前記中間層、および前記表面層の少なくともいずれかが前記基材へ食い込んだ箇所を食い込み部と規定して、前記食い込み部の深さをD、前記食い込み部の幅をWとしたときに、W≦30μmかつD/W≧1であることを特徴とする、請求項1に記載の焼成用道具材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は焼成用道具材に関し、例えば、セッター、棚板、匣鉢等の焼成用道具材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、焼成用道具に被焼成物を載置して、被焼成物を焼成、熱処理することが行われている。この焼成用道具材には、アルミナ-シリカ質、アルミナ-シリカ-マグネシア質、マグネシア-アルミナ-ジルコニア質、炭化ケイ素質等の耐熱性に優れたセラミックス材料が用いられている。特に、炭化ケイ素質のセラミックスは、耐熱強度および耐クリープ性に優れており、好適な材料である。
【0003】
また、焼成用道具材の基材が炭化ケイ素からなり、その基材の表面にアルミナ層またはジルコニア層を形成する技術も知られている。
例えば、特許文献1には、炭化珪素質基材が見掛け気孔率20%以上、かつ見掛け比重3.20以下であり、前記炭化珪素質基材表層の炭化珪素結晶表面に二酸化珪素層が形成され、さらに、前記炭化珪素質基材の少なくとも被焼成物が載置される部分に、ZrO2およびAl23の少なくとも一方が被覆されている炭化珪素質焼成用道具材が示されている。
【0004】
前記したような、表面に多層構造を施した炭化ケイ素を基材とする焼成用道具材は、機械的熱的特性に優れ、肉薄化、長寿命化を図ることができる。さらに、基材の表面に二酸化珪素層を形成しておくことにより、炭化ケイ素基材の酸化反応等による炉内雰囲気への影響、被覆層の剥離、被焼成物の変色等の焼結異常などの不具合も改善される。
【0005】
ところで、炭化ケイ素基材表面に二酸化珪素層を形成しておくと、繰り返しの使用により、前記二酸化珪素層からのシリコンや酸素が、ジルコニア被覆層表面に徐々に浮上し、そのうち露出する。そして、前記シリコンや酸素が、該道具材上に載置されている被焼成物と反応し、電子部品焼成における歩留まりを低下させるという不具合を招く虞があった。そのため、上記のような炭化ケイ素質の道具材においては、繰り返しの使用においても、基材(二酸化珪素層)からのシリコンや酸素の浮上が抑制され、被焼成物との反応を生じることのない構成とすることが望ましい。
【0006】
この点、特許文献2には、酸化被膜(シリカ層)を形成した炭化ケイ素基材の表面に、ムライトを主成分とする厚さ30~300μmの下地層を形成し、その上に安定化ジルコニアからなる表面層を形成することで、炭化ケイ素基材(シリカ層)からのシリコンや酸素のジルコニア質表面層への浮上を抑制し、繰り返し使用においてもより長寿命化を図っていることが記載されている。
【0007】
なお、特許文献3には、焼成物を載置し、前記被焼成物と共に焼成炉内に収容される焼成用道具材であって、前記焼成用道具材は炭化珪素焼結体からなり、少なくとも被焼成物を載置する部分の炭化珪素焼結体の表面のSiO2層に、更にムライト、アルミナ、ジルコニアの各層がプラズマ溶射法等で形成されていることが記載されている。
更に、特許文献3には、ムライト、アルミナ、ジルコニアの各層は、より薄い方が熱膨張の影響が小さくなるため極力薄くすることが好ましく、ジルコニア膜の膜厚は10μm~200μm程度、ムライト膜の膜厚は10μm~200μm程度、アルミナ膜の膜厚は10μm~200μm程度であることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006-117472号公報
【特許文献2】特開2009-234817号公報
【特許文献3】特開2019-11238号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、特許文献1に記載の発明は、上記したように、炭化ケイ素基材表面に二酸化珪素層(シリカ層)を形成すると、繰り返しの使用により、前記二酸化珪素層(シリカ層)からのシリコンや酸素が、ジルコニア被覆層表面方向に向かって徐々に浮上し、そのうち表面に露出する。そして、前記シリコンや酸素が、該道具材上に載置されている被焼成物と反応し、被焼成体の歩留まりを低下させるという課題があった。
【0010】
また、特許文献2に記載の発明では、基板上に形成された膜の厚さが30~300μmと厚いので熱容量が大きいため、より高速化する焼成プロセスには向かないという課題があった。
【0011】
さらに特許文献3に記載の発明のように、基材表面に順次形成されている酸化膜、中間層(下地層)、表面層を有する焼成用道具材においても、シリコンや酸素が中間層や表面層を通過して、載置されている被焼成物と反応して歩留まりを低下させるという課題があった。即ち、基材上に積層する各種の層の厚さを薄くすると、温度追従性は改善するものの、基材に形成されたSiO2層からのシリコンや酸素の浮上を抑制する効果が得られ難いという課題があった。
【0012】
本発明は、上記を鑑みてなされたものであり、温度追従性に優れ、かつ、シリコンや酸素の浮上が充分抑制された、炭化ケイ素質の焼成用道具材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、炭化ケイ素からなる基材の表面の少なくとも被焼成物が載置される部分に形成された、酸化膜と、前記酸化膜の表面に形成された、ムライトを主成分としたアルミナの総含有量が65質量%以上95質量%以下であるアルミナ-シリカ質で、厚さ1μm以上30μm以下の下地層と、前記下地層の表面に形成された、アルミナ95質量%以上99.9質量%以下で、厚さ1μm以上30μm以下の中間層と、前記中間層の表面に形成された、カルシアもしくはイットリアを安定化剤とした安定化ジルコニアからなり厚さ1μm以上30μm以下の表面層とを備え、前記下地層、前記中間層、および前記表面層のいずれもが気孔率5%以下であることを特徴とする。
ここで、前記酸化膜がSiO2層であることが望ましい。また、少なくとも被焼成物が載置される部分の基材の厚さが1.5mm以上4mm以下であることが望ましい。
【0014】
かかる構成を有することで、温度追従性に優れ、かつ、シリコンや酸素の浮上が充分抑
制された、炭化ケイ素質の焼成用道具材とすることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、従来技術と比較して、さほど複雑な構造や製造方法を採用することなく、温度追従性に優れ、かつ、シリコンや酸素の浮上が充分抑制された、炭化ケイ素質の焼成用道具材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、食い込み部を説明するための断面図(中間層、表面層省略)である。
図2図2は、下地層、中間層に食い込み部が形成された状態を示す断面図(表面層省略)である。
図3図3は、潜り込み部を説明するための断面図(表面層省略)である。
図4図4は、表面層が中間層に潜り込んだ、潜り込み部を説明するための断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について説明する。
本発明は、炭化ケイ素からなる基材の表面の少なくとも被焼成物が載置される部分に形成された、酸化膜と、前記酸化膜の表面に形成された、ムライトを主成分としたアルミナの総含有量が65質量%以上95質量%以下であるアルミナ-シリカ質で、厚さ1μm以上30μm以下の下地層と、前記下地層の表面に形成された、アルミナ95質量%以上99.9質量%以下で、厚さ1μm以上30μm以下の中間層と、前記中間層の表面に形成された、カルシアもしくはイットリアを安定化剤とした安定化ジルコニアからなり厚さ1μm以上30μm以下の表面層とを備え、前記下地層、前記中間層、および前記表面層のいずれもが気孔率5%以下であることを特徴とする。
【0018】
まず、本発明の基材は炭化ケイ素で形成される。前記本発明の基材としては、例えば、特許文献1~3に記載されているような、炭化ケイ素と不可避不純物(避けることができない不純物)を含む焼結体が挙げられる。
また、本発明の基材にあっては、焼成用道具材として用いることのできる炭化ケイ素であれば良く、特別な条件等を備える炭化ケイ素である必要はない。
【0019】
本発明は、少なくとも被焼成物が載置される部分の炭化珪素焼結体の表面に、酸化膜(SiO2からなる膜)が形成されている。
このように、炭化珪素焼結体の表面に、酸化膜(SiO2からなる膜)が形成されることにより、基材(炭化ケイ素)の酸化を抑制でき、また、基材(炭化ケイ素)が酸化することに伴う、焼成炉内の酸素濃度変化を抑制できる。さらに、酸化膜(SiO2からなる膜)を介することにより、炭化珪素焼結体の表面と下地層との密着性も向上する。
【0020】
ここで、被焼成物が載置される部分とは、被焼成物が直接接する箇所とその周辺の領域を含むものである。この被焼成物が直接接する箇所とその周辺の領域は、焼成用焼結体の一主面の一部を意味するが、これに限定されるものではなく、一主面全体であっても良い。また、特に問題なければ、焼成用道具材の全面に酸化膜が形成されても良い。
【0021】
この酸化膜はSiO2からなる膜であり、大気、酸素、酸素を含む混合ガス、のいずれかのガス雰囲気下で、800℃以上1600℃以下で加熱することで、基材表面を酸化することにより形成することができる。
前記酸化膜の形成方法は、必要とされる膜厚や緻密性が得られるのであれば、前記の方法以外を適用してもよい。
また、酸化膜の膜厚は、特に限定されないが、0.5μm以上1.5μm以下の範囲が好適である。酸化膜の膜厚が0.5μm未満であると、基材(炭化ケイ素)の酸化を抑制する効果が得られない。一方、酸化膜の膜厚が1.5μmを超えてもさほど効果は変わらず、かえって熱膨張率の差から生じる応力によるクラックが発生する虞がある。
【0022】
前記酸化膜の上には、ムライトを主成分としたアルミナの総含有量が65質量%以上95質量%以下であるアルミナ-シリカ質で厚さ1μm以上30μm以下の下地層と、前記下地層の表面に形成された、アルミナ95質量%以上99.9質量%以下で厚さ1μm以上30μm以下の中間層と、前記中間層の表面に形成された、カルシアもしくはイットリアを安定化剤とした安定化ジルコニアからなり厚さ1μm以上30μm以下の表面層とを備えている。
【0023】
本発明では、上記した下地層は炭化ケイ素からなる基材からのシリコンや酸素の浮上を抑制するものであり、中間層は炭化ケイ素からなる基材とジルコニア質からなる表面層との熱膨張差により生じる応力を緩和するものであり、そして表面層は被焼成物との反応性が低い材料(ジルコニア)とするものである。
【0024】
本発明の第一の特徴は、下地層、中間層、表面層の各層厚を、1μm以上30μm以下とすることである。これは、特に特許文献2において上記各層厚が30μm以上300μm以下(好ましくは50μm以上250μm以下)とするのに対して、より薄いものとしている点で相違する。
【0025】
基材上に形成されている下地層、中間層、表面層の各層厚が、従来技術の膜厚と比較すると薄いため、これら各層それぞれの熱容量が下がり、焼成炉に投入して昇温するときに、昇温速度を従来よりも高くしても亀裂の発生が生じにくいものとなる。ここでいう従来よりも高速の昇温速度とは、好適には1100℃/分以上を指すものとする。
【0026】
各層厚が30μmを超えると、各層それぞれの熱容量が上がり、本発明における昇温速度でのくり返しで亀裂やクラックが発生し、使用に耐えられないものとなる。熱容量の観点のみでいえば、各層厚は薄いほどよいが、1μmを下回るものは、根本的に強度や耐久性が不足すること、この薄さで均一な製膜を行うことは製造コストを引き上げること、等の理由で好ましくない。本発明の、下地層、中間層、表面層の各層厚は、より好ましくは、5μm以上25μm以下である。
【0027】
尚、特許文献2では、「下地層の厚さが30μm未満である場合、ジルコニア質表面層へのシリコンや酸素の浮上を抑制する効果が十分に得られない一方で、厚さが300μmを超えても、上記効果のそれ以上の向上は見られず、また、道具材全体の肉薄化の妨げとなり、高重量、高コスト等のデメリットが大きい」としている。
ただし、特許文献2では、道具材としての熱容量には言及しておらず、この点の解決方法について具体的な提案は見られない。
【0028】
また、特許文献2では、各層厚が薄すぎると、炭化ケイ素基材(酸化膜(SiO2からなる膜)からのシリコンや酸素の浮上を抑制する効果が十分得られない、としている。この点は、本発明でも同様で、単に各層を薄くしただけでは、同様の問題が発生する。
【0029】
そこで、本発明の第二の特徴として、各層、すなわち、下地層、中間層、および表面層のいずれもが気孔率5%以下、としている。
本発明の発明者らは、このように気孔率を所定の値以下とすることで、炭化ケイ素からなる基材からのシリコンや酸素の浮上を十分に抑制することができることを見出したものである。
【0030】
各層内に多くの気孔が存在するとシリカ成分濃度が相対的に高まり、各層内のシリカ成分濃度と表面層の表層部(焼成雰囲気との接触面)とのシリカ成分との濃度勾配の増加により拡散速度が速くなり、シリコンや酸素の浮上が促進されるものと考えられる。
【0031】
前記したように、シリコンや酸素の浮上を抑制するという観点からは、気孔率は小さいほうが好ましいが、気孔率1%未満にすることは、面内均一性の確保も含めて高コストな製造条件となることから、好ましいものとは言えない。より好ましくは3%以上5%以下である。
【0032】
本発明では、各層(下地層、中間層、および表面層)をプラズマ溶射にて形成することができる。また、その際に、各層の原料として使用する粉末を、粒径の小さいものを適用すると、上記したような気孔率5%以下の層が形成される。
一例として、原料の粒度の範囲として10μm以上45μm以下の規格品が好ましい。
【0033】
なお、特許文献3では、各層の厚さは10~200μm、一例としてジルコニア層とムライト層の厚さを30μmとしている。一方、特許文献3は、基材自体の気孔率を15~60%と大きく取ること、さらには基材の厚さを0.2~1mmと薄くすることで、軽量化、低熱容量化を図ることができ、焼成用道具材の温度を炉内温度に迅速に追従させることができる、とするものである。
【0034】
これに対して本発明は、基材自体には格別の制約を設けず、すなわち、特許文献3に記載された基材よりも厚くする、または気孔率の小さいものでも温度追従性に優れたものとすることができる。
またこのようにすることで、特許文献3に記載の道具材と比較して、基材を厚くすることで割れにくくできる。もしくは、気孔率の小さいものとして緻密性を高め強度が向上された道具材とすることができる。
【0035】
具体的には、本発明ではさらに、少なくとも被焼成物が載置される部分の基材の厚さが1.5mm以上4mm以下のものであっても強度や耐久性に優れているのに加え、温度追従性、シリカの表面浮上が抑制された、焼成用道具材として極めて優れたものとなり、さらに好ましいといえる。
【0036】
ここで、本発明は、焼成用道具材の任意の切断面において、下地層、中間層、および表面層の少なくともいずれかが基材へ食い込んだ箇所を食い込み部と規定して、前記食い込み部の深さをD、前記食い込み部の幅をWとしたときに、W≦30μmかつD/W≧1であると、より好ましいものである。
【0037】
上記構成を採用することにより、本発明のような膜厚が薄い溶射膜が形成されている場合に問題となる、膜剥がれ(溶射膜の密着性低下)を効果的に抑制できる。
【0038】
本発明の食い込み部は焼成用道具材の任意の切断面を用いて規定される。この切断面は、例えば光学顕微鏡を用いて観察できる。また、観察する箇所や倍率は、特に限定されないが、ある程度凹凸を明確に認識できる程度であればよい。
一例として、観察する範囲を一辺が300~1200μmの矩形状領域、倍率は100~400倍が挙げられ、好ましくは一辺が600μmの矩形状領域、200倍である。食い込み部は、溶射膜の凹凸が層厚に対して比較的大きいので、この程度の面積を取得して食い込み部のサイズ(大きさ)を判断したほうが良いからである。
【0039】
そして、上記した領域内において、下地層、中間層、および表面層の少なくともいずれかが基材へ食い込んだ箇所を食い込み部として、食い込み部の深さをD、食い込み部の幅をWとしたときに、W≦30μmかつD/W≧1である。
【0040】
図1に示すように、焼成用道具材の任意の切断面において任意の領域を観察したときに、基材Zと下地層1(実際は中間層、表面層を含む形態も含まれる)との界面Lに注目して、観察画面の横辺に平行な線Xを引いて、これを基準とする。この基準線Xは、観察画面から目視で計測してもよいし、公知の画像解説ソフトを用いてもよい。あるいは、算術平均粗さRa(JISB0601:1994)と同様の手法で算出することも可能である。
【0041】
食い込み部とは、図1で示した基準線Xと垂直な方向に対して、基準線Xの下方に下地層中間層、表面層の少なくとも一つが入り込んだ箇所を示す。そして、基準線Xを基にして、図1に示すように、任意の食い込み部を取ったときに、その深さをD、幅をWとして、W≦30μmかつD/W≧1の関係が成立するかで判断する。
【0042】
ここで、下地層1が厚い場合は、図1に示すように下地層1のみで食い込み部が形成されるが、下地層1が薄い場合、図2に示すように、その上に形成される中間層2の一部が食い込んで食い込み部を形成することもある。なお、中間層2が薄くて、その上に形成される表面層も食い込み部を形成することも想定される。
【0043】
W≦30μmかつD/W≧1の形態は、窪みの径に対してその深さが1より大きい状態である。一般に、溶射膜の食い込みを強くするには、凹凸が大きい、すなわち、窪みの計に対して窪みの深さが深いものの方がよいものと考えられている。
【0044】
しかしながら、本発明のように、3層構造の膜が形成され、各層1~30μmの厚さでは、層のみで深さ方向に対して十分な深さのくぼみは形成しにくい。基材の凹凸を大きくすれば、深い窪みは達成できるものの、その場合は、溶射膜の層の厚さにばらつきが出やすくなり、保護層としての機能に問題生じる懸念がある。
【0045】
そこで、本発明では、凹凸のくぼみの径と深さを、所定の範囲に制御することで、保護層が薄く、かつ基材の表面が比較的なめらかであっても、層のアンカー効果が十分確保できる範囲を見出したものである。食い込み部の幅Wが大きすぎると、層厚の上限30μmに対して層の厚さが十分確保できない領域が多く存在するので、層の耐久性が低下する虞がある。食い込み部の深さDと食い込み部の幅Wの比、D/Wが1を下回ると、アンカー効果またはシリコンや酸素の浮上を抑制する効果が十分得られなくなる懸念がある。
【0046】
W≦30μmかつD/W≧1となるようにするには、基材の表面状態と溶射膜の形成に用いる原料粉のサイズ、溶射温度等を適切に制御することで得ることが出来る。一例として、基材の、溶射膜を形成する面の凹凸をRa(算術平均粗さ)で4~6μm、Ry(最大高さ)で25~35μmの範囲にし、下地層の原料粉のサイズを15~40μmの範囲にするとよい。
【0047】
其の他、本発明をより優れたものとするために任意の切断面において、中間層が下地層の裏側へ潜り込んだ状態を形成し、これを潜り込み部としたときに、潜り込み幅L1がL1≦1μmである結束ポイントを、600μmの観察範囲において平均1か所以上有するとよい。図3にその態様を説明する模式図を示す。基準線X上に存在する任意のくぼみの一端部S1を起点として、当該くぼみの基材側に近い箇所で基準線Xと平行な方向に進展したくぼみの端部を他の端部S2とする。そして、基準線Xと平行な一端部S1と他の端部S2との距離をL1として、このL1を滑り込み部とする。なお、L1を含むかぎ状の部位を結束ポイントと称する。
【0048】
さらには、中間層の裏側へ表面層が潜り込む潜り込み部も形成し、その潜り込み幅L2がL2≧1μmである結束ポイントを、600μmの観察範囲において平均1か所以上有してもよい。図4にその態様を示す。基本的な定義は図3のL1と同様である。
【0049】
このように、中間層が下地層の裏側へ潜りこみ、また中間層の裏側へ表面層が潜り込む場合には、溶射膜が薄いものであっても、溶射膜の剥離抑制効果がより一層強固になり、本発明の効果を発揮しつつ、さらに耐久性と信頼性に優れたものとなる。
【実施例0050】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明するが、本発明は下記に示す実施例により制限されるものではない。
【0051】
市販の炭化ケイ素粉末原料に、焼結後の残炭が5.0重量%未満となる量のメチルセルロース系バインダを添加して混合して混合物を得た。次に前記混合物に水を加えて混練し、プレス成形により多孔質成形体を得た。
そして、前記多孔質成形体を焼成温度と焼成時間を所定の値で変化させてAr雰囲気下で焼結し、その後、酸素濃度4%で残りは窒素からなる雰囲気下にて1500℃で3時間焼成して酸化処理を施し、該焼結体表面にSiO2を主成分とする酸化膜を形成した。このSiO2を主成分とする酸化膜の厚さは、1μmであった。
以上のようにして、縦300mm×横300mm×厚さ2mm、平均気孔率23%の板状の基材を作製した。
【0052】
そして、前記基材の一表面に、プラズマ溶射により、表1に示すように各層の厚さ、気孔率を有するように、ムライト被膜(下地層)、その上にアルミナ被膜(中間層)、さらにその上に、ジルコニア被膜(被覆層)を順次形成し、評価用の各焼成用道具材とした。
なお、気孔率の制御は、公知の方法、すなわち、プラズマ溶射時の温度、ガス流量、原料の供給速度、原料粒径の変更、その他の条件を適時調整することで行った。また、それぞれの溶射材料の原料粒径は、いずれも75μm以下(あるいは45μm以下)のものを用いた。
【0053】
(評価)
上記の各焼成用道具材について、以下に示す方法で、気孔率、温度追随性、表面シリカ量、耐剥離性を評価した。
【0054】
(気孔率)
気孔率は、走査型電子顕微鏡(SEM)による断面画像から算出した。上記焼成用道具材を切断した試験片をエポキシレジンで硬化し、さらに切断面をダイヤモンドペーストで研磨し、SEMで500倍の倍率で電子顕微鏡写真を撮影した。画像上の各溶射材質の面積に対する気孔の面積を気孔率として算出した。
【0055】
(温度追従性)
温度追随性は、上記焼成用道具材の表面に熱電対を取り付け、連続搬送式スポーリング試験炉に700℃/minの昇温速度で投入し、炉内温度と製品表面温度の乖離を測定し、乖離が3℃以内であれば合格とした。
【0056】
(耐剥離性)
上記温度追従性の試験後の焼成用道具材表面を目視により観察し、溶射した膜の剥離の有無を確認して剥離が認められないものを合格とした。
【0057】
(表面シリカ量)
表面シリカ量は、上記焼成用道具材によるセラミック電子部品の焼成試験および蛍光X線分析により評価した。
縦150mm×横50mm×厚さ2mmの試料を切り出し、直径4mm×高さ3mmのチタン酸バリウム成形体を載置し、窒素および水素(99:1)の混合ウェットガスを流入し、酸素分圧10-19~10-21atmの弱還元雰囲気に調整された電気炉にセットし、600℃から1350℃間でのヒートサイクルを繰り返した。
このヒートサイクルを30回繰り返した後、チタン酸バリウム成形体を載置していたセッター試料表面の4箇所(直径20m)について、蛍光X線分析により表面シリカ量(質量%)を測定して、その値が0.3%以内であれば合格とした。
【0058】
(総合評価)
総合評価は、上記した温度追随性、表面シリカ量、および耐剥離性、の3項目がすべて
合格であったものを合格(〇)、ひとつでも基準を満たさなかったものを不合格(×)と
した。各焼成用道具材の条件および評価結果を、まとめて以下の表1に示す。
【0059】
【表1】
【0060】
表1の結果から明らかなように、本発明(実施例)の範囲内にあるものは、焼成用道具材として良好な特性を有していた。
具体的には、この実施例1にあっては、評価項目は全て合格であった。
実施例2は各層の層厚が全て上限である。実施例1との比較では、温度追従性でやや見劣りするが合格、表面シリカ量も上限付近であるが合格、他の評価結果も良好であった。
【0061】
実施例3は各層の層厚が全て下限である。実施例1との比較では、各層の厚さが薄いことに起因して表面シリカ量がやはり上限に近い値ではあるが合格、その他の評価結果も良好であった。
実施例4は、各層の気孔率が上限5%に近いものである。実施例1との比較では、気孔率が大きいことに起因して表面シリカ量が上限付近であるが合格、その他の評価結果も良好であった。
【0062】
より好ましい例として、実施例5は各層の厚さがそれぞれ5μm、実施例6は各層の厚さがそれぞれ25μmのものである。いずれも実施例1との比較では、実施例5は温度追従性、実施例6はシリカ量が、それぞれ良好であった。
【0063】
比較例1は、各層の層厚が本発明の範囲である30μmを超え、40μmである。
この場合、気孔率が本発明の範囲である5%を下回っていたものの、表面シリカ量の合格ラインの0.3%を超えてしまい、不合格であった。
比較例2は、各層の層厚が本発明の範囲である30μmを超え、100μmである。このため、温度追従性において、温度の乖離が3℃を超えてしまい、この点で不合格となった。なお、溶射法で層を形成するときの傾向として、原料粒径を同じにして層厚を厚くすると気孔率が上昇してしまうので、比較例1との比較では気孔率が大きくなり、4%を上回っていた。
【0064】
比較例3は、比較例2との比較で、原料粒径を大きくして意図的に各層の気孔率を上げたものである。この場合、比較例2に比べてさらに温度追従性が大きく悪化した。
比較例4は、比較例3との比較で、各層の厚さをさらに厚くしたものである。この場合、比較例3との比較で温度追従性がやや悪化した。
【0065】
比較例5は、比較例4との比較で、各層の厚さをさらに厚くしたものである。この場合、比較例4との比較で温度追従性がさらに悪化した。このことから、各層の厚さは温度追従性に大きく影響を与えていることがわかる。なお、原料粒径が大きく高気孔率の膜であるので、膜厚が厚すぎるため、基材と溶射膜の熱膨張差が大きくなったことで剥離したともいえる。
【0066】
なお、比較例1と比べて、比較例3,4の方が表面シリカ量の低い理由は、前者に比べて後者の原料粒径が大きく、各層における単位体積当たりの粒界の占める割合が相対的に小さくなる。このことで、シリカが粒界を優先的に拡散することから、粒界の少ない比較例3,4の方が表面シリカ量は低くなるものと考えられる。
【0067】
比較例6は、下地層の層厚が本発明の範囲である1μmを下回るものである。この場合、3つある層のうち一つでも層厚が薄すぎると、表面シリカ量が増加して不合格であることが判明した。
比較例7は、中間層の層厚が本発明の範囲である30μmを超えるものである。この場合、3つある層のうち一つでも層厚が厚すぎると、温度の追従性が3℃を超えてしまい、温度追従性が悪化して不合格であることが判明した。また、原料粒径が小さい緻密膜でかつ膜厚が厚すぎるため、基材と溶射膜の熱膨張差で剥離した、ともいえる。
比較例8は、表面層の気孔率が本発明の範囲である5%を超えるものである。この場合、3つある層のうち一つでも気孔率が高すぎると、表面シリカ量が0.3%を超えてしまい、この点で不合格となることが判明した。
【0068】
ところで、実施例1は、Wが28μmかつD/Wが1.5であった。ここで、溶射条件を変更(吹付量UP)して、Wが33μm、D/Wが1.3となるような下地層を形成し、その他はできるだけ実施例1と同等になるように製造したものを実施例7とした。そして、温度追従性の試験を20回連続して実施した後、耐剥離性を評価した。
【0069】
実施例1と比較すると、実施例7は、上記評価後、1か所に軽微な剥離が確認された。すなわち、より過酷な使用条件においては、実施例7は、実施例1との比較ではやや見劣りするものといえる。
【0070】
ここで、溶射条件を変更(吹付量やや低下)して、Wが27μm、D/Wが0.9となるような下地層を形成し、その他はできるだけ実施例1と同等になるように製造したものを実施例8とする。そして、実施例7の時と同様に、温度追従性の試験を20回連続して実施した後、耐剥離性を評価した。
【0071】
その結果、実施例1と比較すると、実施例8は、上記評価後、やはり1か所に軽微な剥離が確認された。
【0072】
さらに溶射条件を変更(吹付量と温度変更)して、Wが32μm、D/Wが0.85となるような下地層を形成し、その他はできるだけ実施例1と同等になるように製造したものを実施例9とする。そして、実施例7,8の時と同様に、温度追従性の試験を20回連続して実施した後、耐剥離性を評価した。
【0073】
その結果、実施例1と比較すると、実施例9は、上記評価後、計3か所に軽微な剥離が確認された。やはり、WとD/Wの双方が、より好ましい範囲を外れた実施例9は、実施例7,8と比較する限り、若干の見劣りがあるものといえる。
【0074】
なお、実施例7~9は、温度追従性とシリカ量については、いずれも合格であった。
【0075】
以上述べてきた通り、本発明に係る焼成用道具材を用いれば、温度追随性が高く、焼成に繰り返し使用しても表面シリカの浮上が少ないので、焼成後の製品における品質影響が少なく、さらに、従来よりも高速の条件で焼成することができ、生産性の向上に寄与する。
【符号の説明】
【0076】
Z 基材
1 下地層
2 中間層
W 幅
D 深さ
L1 潜り込み幅
L2 潜り込み幅
X 基準線
図1
図2
図3
図4