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特開2023-16081腸内細菌叢に占めるコリンセラ属の情報を提供する方法、当該情報を用いたCOVID-19重症化予測方法およびサイトカインストーム重症化予測方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023016081
(43)【公開日】2023-02-02
(54)【発明の名称】腸内細菌叢に占めるコリンセラ属の情報を提供する方法、当該情報を用いたCOVID-19重症化予測方法およびサイトカインストーム重症化予測方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/04 20060101AFI20230126BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALI20230126BHJP
   C12Q 1/68 20180101ALN20230126BHJP
   C12N 15/11 20060101ALN20230126BHJP
【FI】
C12Q1/04
C12Q1/06
C12Q1/68
C12N15/11
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021120143
(22)【出願日】2021-07-21
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(71)【出願人】
【識別番号】520358379
【氏名又は名称】株式会社Rhelixa
(74)【代理人】
【識別番号】100167689
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 征二
(72)【発明者】
【氏名】大野 欽司
(72)【発明者】
【氏名】平山 正昭
(72)【発明者】
【氏名】西脇 寛
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA19
4B063QQ03
4B063QQ06
4B063QQ54
4B063QR08
4B063QR42
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS24
4B063QX01
(57)【要約】      (修正有)
【課題】治療方針等の判断材料とするために、腸内細菌叢に含まれる細菌の中で特定種類の細菌に関する情報を提供する方法、当該情報を用いたCOVID-19重症化予測方法およびサイトカインストーム重症化予測方法を提供する。
【解決手段】腸内細菌叢に占めるコリンセラ属の情報を提供する方法であって、糞便サンプルに含まれる細菌の種類及び量を解析する解析工程と、腸内細菌叢に占めるコリンセラ属の割合情報を提供する情報提供工程と、を含み、提供された情報に基づき、被検者のCOVID-19の重症化を予測する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
腸内細菌叢に占めるコリンセラ属の情報を提供する方法であって、
当該方法は、
糞便サンプルに含まれる細菌の種類および量を解析する解析工程と、
腸内細菌叢に占めるコリンセラ属の割合情報を提供する情報提供工程と、
を含む、方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法により提供された情報に基づき、被検者のCOVID-19の重症化を予測する、COVID-19重症化予測方法。
【請求項3】
腸内細菌叢に占めるコリンセラ属の割合が少ないほどCOVID-19が重症化すると予測する、請求項2に記載のCOVID-19重症化予測方法。
【請求項4】
請求項1に記載の方法により提供された情報に基づき、被検者のサイトカインストームの重症化を予測する、サイトカインストーム重症化予測方法。
【請求項5】
腸内細菌叢に占めるコリンセラ属の割合が少ないほどサイトカインストームが重症化すると予測する、請求項4に記載のサイトカインストーム重症化予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願における開示は、腸内細菌叢に占めるコリンセラ属の情報を提供する方法、当該情報を用いたCOVID-19重症化予測方法およびサイトカインストーム重症化予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人間の腸内には多種多様な細菌が生息している。多種多様な細菌が住んでいる様子が「お花畑([英]flora)」に見えることから、腸内に生息する細菌叢は「腸内フローラ」と呼ばれている。腸内フローラの種類は1000種類以上、その数は約100兆個とも言われている。細菌には、エネルギー産生;短鎖脂肪酸・ビタミン類・セロトニンなどの物質代謝;免疫調整;肥満予防;等の様々な働きがあるといわれている。
【0003】
腸内細菌叢は、例えば、16SrRNAの遺伝子(16SrDNA)の配列の違いから検出した腸内細菌叢をデータベース化し、作成した複数のデータベースを対比することで、優位な菌の種類を特定する方法が知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6863633号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の方法は、腸内細菌叢のデータベースから健康状態と関係のある菌群を抽出するための方法を提供する発明である。臨床等の現場では、腸内細菌叢に含まれる1000種類以上で約100兆個あるといわれる細菌の中で、特定種類の細菌に関する情報を提供することで、治療方針等の判断材料とできることが好ましい。
【0006】
本出願における開示は、上記従来の問題を解決するためになされた発明であり、鋭意研究を行ったところ、腸内細菌叢に含まれる細菌の中でコリンセラ(Collinsella)属の割合情報は、被検者の疾患治療の際に有用な情報であることを新たに見出した。
【0007】
すなわち、本出願における開示の目的は、腸内細菌叢に占めるコリンセラ属の情報を提供する方法、当該情報を用いたCOVID-19重症化予測方法およびサイトカインストーム重症化予測方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本出願における開示は、以下に示す、腸内細菌叢に占めるコリンセラ属の情報を提供する方法、当該情報を用いたCOVID-19重症化予測方法およびサイトカインストーム重症化予測方法に関する。
【0009】
(1)腸内細菌叢に占めるコリンセラ属の情報を提供する方法であって、
当該方法は、
糞便サンプルに含まれる細菌の種類および量を解析する解析工程と、
腸内細菌叢に占めるコリンセラ属の割合情報を提供する情報提供工程と、
を含む、方法。
(2)上記(1)に記載の方法により提供された情報に基づき、被検者のCOVID-19の重症化を予測する、COVID-19重症化予測方法。
(3)腸内細菌叢に占めるコリンセラ属の割合が少ないほどCOVID-19が重症化すると予測する、上記(2)に記載のCOVID-19重症化予測方法。
(4)上記(1)に記載の方法により提供された情報に基づき、被検者のサイトカインストームの重症化を予測する、サイトカインストーム重症化予測方法。
(5)腸内細菌叢に占めるコリンセラ属の割合が少ないほどサイトカインストームが重症化すると予測する、上記(4)に記載のサイトカインストーム重症化予測方法。
【発明の効果】
【0010】
被検者の糞便サンプルを解析することで得られるコリンセラ属の割合情報は、被検者の疾患治療の際に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、腸内細菌叢に占めるコリンセラ属(以下、単に「コリンセラ」と記載することがある。)の情報を提供する方法、当該情報を用いたCOVID-19重症化予測方法およびサイトカインストーム重症化予測方法について詳しく説明する。
【0012】
(腸内細菌叢に占めるコリンセラの情報を提供する方法の実施形態)
腸内細菌叢に占めるコリンセラの情報を提供する方法(以下、単に「情報提供方法」と記載することがある。)の実施形態について説明する。情報提供方法は、糞便サンプルに含まれる細菌の種類および量を解析する解析工程と、腸内細菌叢に占めるコリンセラの割合情報を提供する情報提供工程と、を含む。
【0013】
糞便サンプルは、被検者から公知の方法で採取すればよい。また、腸内細菌叢に含まれる細菌の種類および量は、16SrRNAの遺伝子(16SrDNA)解析等の公知の方法により解析すればよい。解析工程で得られた解析結果から腸内細菌叢に占めるコリンセラの割合情報は、以下に記載する用途に用いることができる。
【0014】
(COVID-19重症化予測方法およびサイトカインストーム重症化予測方法)
情報提供方法により提供される情報は、後述する実施例に記載のとおり、COVID-19重症化と相関関係がある。したがって、腸内細菌叢に占めるコリンセラの割合情報は、被検者がCOVID-19に感染した際に重症化するか否かを予測する用途に使用できる。換言すると、情報提供方法により提供される情報は、被検者のCOVID-19の重症化を予測する、COVID-19重症化予測方法に用いることができる。なお、COVID-19重症化を予測する際には、腸内細菌叢に占めるコリンセラの割合が低いほどCOVID-19が重症化すると予測すればよい。統計データに基づき、腸内細菌叢に占めるコリンセラの割合の閾値を決定し、閾値より低い場合はCOVID-19が重症化すると予測し、閾値より高い場合はCOVID-19が重症化しないと予測すればよい。被検者がCOVID-19に感染した際に、或いは、既に感染した被検者が重症化するか否かを予測することで、医師の治療方針、病床確保等の計画ができる。
【0015】
腸内細菌叢に占めるコリンセラの割合が少ないほどCOVID-19が重症化する作用機序は明らかではないが、次の推測ができる。
【0016】
コリンセラは、回腸末端部から肝臓に戻されずに大腸に到達した1次胆汁酸を、以下に示すスキームにより2次胆汁酸に変換する。この2次胆汁酸への変換により、ウルソデオキシコール酸(UDCA)を生成する。
【0017】
ヒルガオ抽出物の抗COVID-19成分解析により、ウルソデオキシコール酸(UDCA)は、SARS-CoV-2 spike regionおよびangiotensin converting enzyme 2(ACE2)の結合を阻害することがdocking simulationにより示されている(Poochi SP et al.,“Employing bioactive compounds derived from Ipomoea obscura(L.) to evaluate potential inhibitor for SARS-CoV-2 main protease and ACE2 protein”,Food Frontiers.2020;1:168-179.)
【0018】
また、上記シミュレーションに加え、組み替えタンパク質を用いた無細胞系の実験により、UDCAが濃度依存的にspike regionとACE2の結合を阻害することが知られている(Adriana Carino1 et al.,“Hijacking SARS-CoV-2/ACE2 Receptor Interaction by Natural and Semi-synthetic Steroidal Agents Acting on Functional Pockets on the Receptor Binding Domain”,Frontiers in Chemistry,October 2020,Volume 8,Article 572885)。
【0019】
更に、ラット脊髄損傷モデルにおいて、UDCAはTNF-α、IL-1β、IL-2、IL-4、IL-6などの炎症性サイトカインの産生を抑制することが知られている(Wan-Kyu Ko et al.,“Ursodeoxycholic Acid Inhibits Inflammatory Responses and Promotes Functional Recovery After Spinal Cord Injury in Rats”,Mol Neurobiol,2019,56:267-277)。
【0020】
UDCAは強力なラジカルスカベンジャーとして抗酸化効果を発揮し、抗アポトーシス効果も有する。そのため、UDCAはCOVID-19において多臓器不全を惹起するサイトカインストームを抑制すると推測できる。したがって、腸内細菌叢に占めるコリンセラの割合が少ないほどUDCAの生成量が少なくなり、その結果、COVID-19が重症化すると推測できる。
【0021】
また、UDCAはALX/cAMP/PI3Kパスウェイを介して急性呼吸窮迫症候群(ARDS)における肺胞液クリアランスを上昇させる。UDCAは肝硬変を含む各種肝疾患に対して米国FDAにおいても本邦においても認可されており、重篤な副作用がない安全な薬剤として広く使われている。UDCAは、SARS-CoV-2感染防御効果とCOVID-19重症化抑制効果への臨床応用が期待される。
【0022】
なお、上記のとおり、UDCAは、サイトカインストームを抑制すると推測できる。ところで、COVID-19に限らず、ウイルス感染・細菌感染・血球貪食性リンパ組織球症・移植片対宿主病・医源性(CAR-T療法、Blinatumomab)によってもサイトカインストームが発生する(Fajgenbaum D.C. et al.,“Cytokine Storm”, N. Engl J Med 2020, 383:2255-2273)。そしてサイトカインストームが起きると、発熱や倦怠感、凝固異常が過剰に起こることになり、全身状態の悪化や血栓形成に繋がる。したがって、本出願で開示する情報提供方法はCOVID-19の重症化予測の用途に限定されず、サイトカインストームの重症化予測等の用途にも使用できる。COVID-19の重症化予測と同様に、腸内細菌叢に占めるコリンセラの割合が少ないほどサイトカインストームが重症化すると予測すればよい。
【0023】
以下に実施例を掲げ、本出願で開示する実施形態を具体的に説明するが、この実施例は単に実施形態の説明のためのものである。本出願で開示する発明の範囲を限定したり、あるいは制限することを表すものではない。
【実施例0024】
<実施例1>
以下の手順により、腸内細菌叢を解析することで、COVID-19重症化を予測するための指標となる細菌の特定を行った。
【0025】
〔サンプル〕
以下の表1に示す10か国、合計953人の健常人の16SrRNAV3-V5シーケンスデータを用いた。データは、公開されている情報から入手した(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/)。なお、10か国は、地政学的要因の影響を減らすために、経済協力開発機構(OECD)の国々から選択した。また、表1には、100万人当たりのCOVID-19死亡率、平均年齢、男女比も示す。なお、100万人当たりのCOVID-19死亡率は、これら10か国においてワクチンが広く行き渡る前の2021年2月9日のOur World in Data(https://ourworldindata.org/)の値である。また、平均的な腸内細菌叢は各国で20歳から70歳まで類似しているため、データセットは年齢と性別でフィルタリングはしなかった。なお、日本の137人の健常人のデータは、発明者らが独自にサンプルを入手し解析を行ったデータである(Nishiwaki H., et al.,“Short-Chain Fatty Acid-Producing Gut Microbiota Is Decreased in Parkinson’s Disease but Not in Rapid-Eye-Movement Sleep Behavior Disorder”,mSystems 2020, 5:e00797-20)。
【0026】
【表1】
【0027】
〔データ解析〕
10カ国の953人の健常人の生の16SrRNAシーケンスデータセットは、各国毎にCOVID-19の死亡率でラベル付けされ、単一のデータセットにプールした。データセットは、疫学における観察研究のメタアナリシス(MOOSE)ガイドラインに従って分析した。
【0028】
〔一般化線形モデル(GLM)分析〕
先ず、10か国の953人の健常人の16SrRNAV3-V5シーケンスデータを使用して、属レベルで各腸内細菌の相対的な存在量を分析した。次に、GLMを使用して、10か国でのCOVID-19死亡率と属レベルの細菌の相関関係を調べた。GLM分析では、ガウス分布、ガンマ分布、および逆ガウス分布を比較し、ガンマ分布が最低の赤池情報量基準(Akaike’s Information Criterion:AIC)(ガウス、14599、ガンマ、14573、および逆ガウス、15318)を生じさせることを発見した。ガンマ分布を使用したGLM分析の結果を表2示す。コリンセラは、腸内細菌叢に占める割合が少なくなるほどCOVID-19死亡率が高くなることを確認した。また、コリンセラに関するp値は1.58E-15であり、著しく低い値であった。なお、表2における“Positive or negative effect”に関し、“-”は少ないほどCOVID-19死亡率が高くなり、“+”は多くなるほどCOVID-19死亡率が高くなることを意味する。
【0029】
【表2】
【0030】
COVID-19重症化の要因として高齢・肥満・喫煙歴・呼吸器感染症歴・糖尿病などが知られている。これらの有病率は各国で大きく違わないにも関わらずCOVID-19死亡率は各国で大きく異なる。そのため、死亡率の違いを決めるFactor Xの存在が提案されているがその実態は明らかではない。表2に示すとおり、コリンセラ属細菌の健常人の腸内細菌叢に占める割合は10か国平均では1%未満であるが、多くの国で腸内細菌叢のトップテンに入る菌である。コリンセラ属が顕著に低いp値を示していることから、コリンセラ属がFactor Xの可能性がある。
【0031】
以上の結果より、被検者の腸内細菌叢に占めるコリンセラの割合情報は、COVID-19重症化を予測する上で非常に有用な情報となることを確認した。COVID-19の感染者が将来重症化するか否かを予測できると、適切な医療リソースの分配ができるととともに、予期せぬ重症化により自宅療養中に不幸な転機を辿る症例を減らすことが期待される。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本出願における開示により、COVID-19重症化およびサイトカインストーム重症化を予測するための情報を提供できる。したがって、医療機関や大学医学部などの研究機関等におけるCOVID-19患者等の検査及び研究に有用である。