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  • 特開-防火複合材及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023161351
(43)【公開日】2023-11-07
(54)【発明の名称】防火複合材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 5/04 20060101AFI20231030BHJP
【FI】
C08J5/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022071693
(22)【出願日】2022-04-25
(71)【出願人】
【識別番号】000010065
【氏名又は名称】フクビ化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100133916
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 興
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 秀武
(72)【発明者】
【氏名】成沢 良輔
【テーマコード(参考)】
4F072
【Fターム(参考)】
4F072AB10
4F072AD08
4F072AG03
4F072AH04
4F072AH31
4F072AL17
(57)【要約】
【課題】優れた防火性を有する防火複合材を提供する。
【解決手段】防火複合材1は、ビニルエステル樹脂製の母材2と、母材2に含有された強化繊維3とを備える。また、防火複合材1は、300℃のガスクロマトグラフ分析による測定においてビニルエステル樹脂から発生するスチレンガスの濃度が550ppm以下であるという特徴を有する。このような防火複合材1は、火災等による高温環境に置かれても、スチレンガスを主とする可燃性ガスを放出し難いので、優れた防火性を有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
防火性を有する複合材であって、
ビニルエステル樹脂製の母材と、
前記母材に含有された強化繊維とを備え、
300℃のガスクロマトグラフ分析による測定において前記複合材中のビニルエステル樹脂から発生するスチレンガスの濃度が550ppm以下である、ことを特徴とする防火複合材。
【請求項2】
請求項1に記載の防火複合材において、
国土交通省令第151号第8章第5節「車両の火災対策等」の第83条に準拠した鉄道車両用非金属材料の試験方法Iによる評価が不燃性である、ことを特徴とする防火複合材。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の防火複合材において、
JIS K7074による曲げ強度が1200MPa以上である、ことを特徴とする防火複合材。
【請求項4】
強化繊維にビニルエステル樹脂を含浸させたプリプレグ材を成形する工程と、
成形したプリプレグ材を金型に導入して引抜成形する工程と、
前記引抜成形により得られた成形体を290℃以上320℃以下の加熱炉で5分以上20分以下にわたり加熱する工程とを含む、ことを特徴とする防火複合材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強化繊維が含有された防火複合材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
強化繊維と樹脂とを含む複合材は、軽量でありながら高い強度を有するため、鉄道車両、自動車、土木建築、スポーツ用品等の分野において多用されている。例えば、下記特許文献1には、ビニルエステル樹脂等からなる熱硬化性樹脂に強化繊維が含有された繊維強化複合材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2017-132932号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記特許文献1記載の繊維強化複合材、特にビニルエステル樹脂を母材(マトリックス樹脂)とする繊維強化複合材は、火災等による高温環境に置かれたときに、ビニルエステル樹脂から可燃性ガスが放出される可能性がある。このため、十分な防火性が確保され難いという問題があった。
【0005】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、優れた防火性を有する防火複合材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するためのものとして、本発明の一局面に係る防火複合材は、防火性を有する複合材であって、ビニルエステル樹脂製の母材と、前記母材に含有された強化繊維とを備え、300℃のガスクロマトグラフ分析による測定において前記複合材中のビニルエステル樹脂から発生するスチレンガスの濃度が550ppm以下である、ことを特徴とするものである(請求項1)。
【0007】
なお、本明細書において、防火とは、燃え難い性質を広く表す概念であり、不燃、難燃、耐火を含む概念である。
【0008】
本発明の防火複合材は、これをガスクロマトグラフ分析に供したときに、母材を構成するビニルエステル樹脂から発生するスチレンガスの濃度が550ppm以下に収まるという性質がある。このことは、火災等による高温環境においても、スチレンガスを主とする可燃性ガスが防火複合材から放出され難いことを意味する。したがって、防火複合材が火に接近しても着火せず、防火複合材の防火性を良好に確保することができる。
【0009】
具体的に、前記防火複合材は、国土交通省令第151号第8章第5節「車両の火災対策等」の第83条に準拠した鉄道車両用非金属材料の試験方法Iによって不燃性と評価することができる(請求項2)。
【0010】
さらに、前記防火複合材は、JIS K7074による曲げ強度を1200MPa以上とすることができる(請求項3)。
【0011】
すなわち、後述する製造方法で防火複合材を製造することにより、前記スチレンガスの濃度を550ppm以下に抑えて不燃性に相当する防火性を付与しながらも、曲げ強度を1200MPa以上確保することができる。これにより、高い防火性と強度を兼ね備えた防火複合材を実現することができる。
【0012】
本発明の他の局面に係る防火複合材の製造方法は、強化繊維にビニルエステル樹脂を含浸させたプリプレグ材を成形する工程と、成形したプリプレグ材を金型に導入して引抜成形する工程と、前記引抜成形により得られた成形体を290℃以上320℃以下の加熱炉で5分以上20分以下にわたり加熱する工程とを含む(請求項4)。
【0013】
本発明の製造方法によれば、引抜成形後の成形体を特定の温度(290~320℃)及び時間(5~20分)の条件で加熱することにより、300℃のガスクロマトグラフ分析による測定においてビニルエステル樹脂から発生するスチレンガスの濃度を550ppm以下に低減することができる。これにより、当該加熱処理後の成形体つまり防火複合材の防火性を高めることができる。しかも、上述した加熱処理の条件によれば、加熱処理に起因して生じ得るビニルエステル樹脂の強度の低下度合を最小限に留めることができる。加熱処理による強度低下が少なければ、当該強度低下量に対し強化繊維の補強効果による強度上昇量が上回るので、トータルとして防火複合材の強度を高めることができる。
【発明の効果】
【0014】
以上説明したように、本発明によれば、優れた防火性を有する防火複合材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の一実施形態に係る防火複合材を示す斜視図である。
図2】上記防火複合材を製造するための引抜装置の概略構成を示す図である。
図3】実施例及び比較例の特性を示す表である。
図4】実施例及び比較例に対しガスクロマトグラフ分析を行ったときの分析条件を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[防火複合材の構造]
図1は、本発明の一実施形態に係る防火複合材1を示す斜視図である。本図に示すように、防火複合材1は、母材2と、母材2に含有された強化繊維3とを備える。本実施形態において、防火複合材1は、一定の厚みt及び幅Wを有する板状の部材である。
【0017】
母材2は、後述する引抜成形を経て板状に整形された樹脂部材である。母材2は、ビニルエステル樹脂、つまりエポキシ樹脂にアクリル基もしくはメタクリル基を付加した熱硬化性樹脂により構成されている。
【0018】
強化繊維3は、母材2を補強するために含有された多数の糸状体であり、防火複合材1の長手方向Xに沿う一定の方向に配向された状態で母材2の内部に配置されている。強化繊維3としては、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維、セラミックス繊維等を用いることができる。中でも炭素繊維は、成形品の強度及び耐食性等を向上させる上で有利である。炭素繊維としては、強度が特に高いPAN(ポリアクリロニトリル)系の炭素繊維を用いることが好ましい。
【0019】
防火複合材1中の強化繊維3の含有率については、繊維重量含有率(Wf)が65%以上85%以下に、繊維体積含有率(Vf)が50%以上80%以下に設定されることが好ましい。
【0020】
[防火複合材の製造方法]
図2は、上述した防火複合材1を製造するための引抜装置20の概略構成を示す図である。本図に示すように、引抜装置20は、繊維送出機21と、樹脂含浸槽22と、成形ダイ23と、加熱炉24と、引取機25と、切断機26とを備える。繊維送出機21、樹脂含浸槽22、成形ダイ23、加熱炉24、引取機25、及び切断機26は、引抜方向の上流側(図2の左側)からこの順に並ぶように配置されている。
【0021】
繊維送出機21は、強化繊維3を樹脂含浸槽22に向けて下流側に送り出す装置である。繊維送出機21は、強化繊維3が巻き付けられた複数の送出ローラ31と、送出ローラ31から送り出された強化繊維3を下流側に案内する複数のガイドローラ32とを含む。強化繊維3は、シート状に束ねられた状態で送出ローラ31に巻き付けられており、当該送出ローラ31の回転に応じて下流側に送り出される。言い換えると、送出ローラ61から送り出されるのは、その送出方向に沿って延びる連続した強化繊維3をシート状に束ねたシート状体である。以下では、これを繊維シート3Aという。繊維シート3Aとしては、シート状の未開繊の繊維束をそのまま使用してもよいし、当該繊維束を開繊して押し広げたものを使用してもよい。あるいは、未開繊の繊維束を縫合等の手段により組み合わせたものを繊維シート3Aとして使用してもよい。複数の送出ローラ31から送り出された各繊維シート3Aは、それぞれガイドローラ32により案内されつつ下流側の樹脂含浸槽22に向かって導出される。
【0022】
樹脂含浸槽22は、繊維シート3Aに樹脂を含浸させるための槽である。樹脂含浸槽22の内部には、液状の含浸樹脂12が貯留されている。含浸樹脂12は、成形後に母材2(図1)を構成する樹脂である。つまり、含浸樹脂12は、液状のビニルエステル樹脂である。なお、含浸樹脂12には難燃剤などの添加剤を含めることができる。
【0023】
繊維送出機21から送り出された各繊維シート3Aは、個別に含浸樹脂12の中に導入され、これによって各繊維シート3Aに含浸樹脂12が含浸される。含浸樹脂12が含浸された繊維シート3Aは、ガイドローラ33等を通じて樹脂含浸槽22の外部へと導出される。
【0024】
樹脂含浸槽22から導出された繊維シート3Aは、含浸樹脂12が含浸された強化繊維3からなるシート状体であって、以下ではこれをプリプレグシート3Bという。プリプレグシート3Bは、引抜方向に連続する強化繊維3と、当該強化繊維3に含浸された含浸樹脂12(ビニルエステル樹脂)とを含み、本発明における「プリプレグ材」に相当する。樹脂含浸槽22からから導出された複数のプリプレグシート3Bは、複数のガイド34により厚み方向に積層、整形されつつ下流側へと案内され、成形ダイ23へと送り出される。
【0025】
成形ダイ23は、樹脂含浸槽22からガイド34を通じて供給された積層後のプリプレグシート3Bを受け入れて加熱する金型である。成形ダイ23は、引抜方向に貫通するキャビティを内部に有する。すなわち、成形ダイ23は、積層後のプリプレグシート3Bを当該キャビティ内に受け入れるとともに、受け入れたプリプレグシート3Bを加熱することにより、当該キャビティに対応する断面形状にプリプレグシート3Bを整形する。本実施形態において、成形ダイ23は、防火複合材1(図1)に対応した矩形断面状のキャビティを有する。プリプレグシート3Bは、このようなキャビティ内で整形されることにより、矩形断面状の成形体11として下流側に排出される。
【0026】
成形ダイ23は、図略の加熱装置を内蔵している。この加熱装置は、少なくとも成形ダイ23の下流部において、含浸樹脂12の温度が材料(ビニルエステル樹脂)の硬化温度を超えるまでプリプレグシート3Bを加熱する。すなわち、成形ダイ23から排出される成形体11は、硬化した含浸樹脂12(ビニルエステル樹脂)と強化繊維3とを含む矩形断面状の成形体である。
【0027】
加熱炉24は、成形体11を加熱する炉である。加熱炉24は、成形ダイ23から排出された成形体11が通過する加熱室と、当該加熱室の内部を所定範囲の高温に維持する熱源とを含む(いずれも図示省略)。本実施形態において、加熱室の温度、つまり加熱炉24の内部温度は、290℃以上320℃以下に設定される。また、加熱炉24の長さは、成形体11が加熱炉24を通過するのに要する時間が5分以上20分以下となるように設定される。すなわち、本実施形態において、成形体11は、290~320℃の加熱温度で5~20分にわたって加熱処理される。この加熱処理により、成形体11に含まれるビニルエステル樹脂から可燃性ガスが放出される。
【0028】
加熱炉24からは、上記のような加熱処理を受けた成形体11が、防火複合材1として排出される。すなわち、防火複合材1は、加熱により可燃性ガスが放出されたビニルエステル樹脂からなる母材2と、同一方向(引抜方向)に引き揃えられた状態で母材2の内部に配置された強化繊維3とを備える(図1参照)。
【0029】
引取機25は、成形ダイ23から排出された防火複合材1を引き取ってさらに下流側に送り出す装置である。本実施形態において、引取機25は、複数対のローラ35と、上下方向に対応配置されかつローラ35に掛け回された一対の無端ベルト36とを備える。ただし、引取機は、このような無端ベルト36を用いたものに限られず、クランプ式のものなど、成形体11の形状に合わせた適宜の形式の引取機を使用可能である。
【0030】
切断機26は、引取機25から送出された防火複合材1を切断して所定長さにカットする鋸刃37を含む装置である。防火複合材1は、鋸刃37によって所定長さにカットされた後に、図外の搬送部によって下流側に搬出される。
【0031】
[作用効果]
以上説明したとおり、本実施形態では、強化繊維3にビニルエステル樹脂(含浸樹脂12)を含浸させたプリプレグシート3Bが成形ダイ23に導入されて引抜成形され、これにより得られた成形体11が290~320℃の加熱炉24で5~20分にわたって加熱されることにより、防火複合材1が製造される。このような方法で製造された防火複合材1は、後述する各実施例の評価からも明らかなように、防火性の面でも強度の面でも優れた特性を有する。
【0032】
すなわち、本実施形態では、加熱炉24により特定の温度(290~320℃)及び時間(5~20分)で成形体11が加熱されるので、当該加熱処理によってビニルエステル樹脂から有意な量の可燃性ガスを放出させることができる。このことは、可燃性ガスとして揮発し得る成分がビニルエステル樹脂中から減少したことを意味する。したがって、上記加熱処理を経て得られた防火複合材1は、仮に火災等による高温環境に置かれても、その母材2(ビニルエステル樹脂)から揮発し得る可燃性ガスが少なく済むという性質がある。言い換えると、防火複合材1は、高温環境下でも可燃性ガスを放出し難いので、火に接近しても着火せず、優れた防火性を有する。しかも、上述した加熱処理の条件は、防火性を確保するのに必要十分な条件であって、ビニルエステル樹脂を過剰な温度・時間で加熱するものではない。このため、加熱処理に起因して生じ得るビニルエステル樹脂の強度の低下度合を最小限に留めることができる。加熱処理による強度低下が少なければ、当該強度低下量に対し強化繊維3の補強効果による強度上昇量が上回るので、トータルとして防火複合材1の強度を高めることができる。
【0033】
[実施例]
以上説明した実施形態の方法により実際に防火複合材1を製造して得られた結果物を、図3に実施例1~9として示す。すなわち、加熱炉24による加熱処理の温度・時間を、上記実施形態の条件(290~320℃/5~20分)に収まる範囲で種々異ならせつつ、図2に示した製造方法に従って平板状の防火複合材1を製造し、得られた結果物をそれぞれ実施例1~9とする。実施例1~9の繊維重量含有率(Wf)、つまり防火複合材1中に占める強化繊維3の重量割合は、いずれも66%とした。
【0034】
実施例1~9における加熱処理以外の製造条件は次のとおりである。
(製造条件)
・寸法:厚み(t)×幅(W)=2mm×30mm
・マトリックス樹脂:リポキシ(昭和電工製)
・強化繊維:炭素繊維T-700(東レ製)
・金型温度:160℃
・線速:0.2m/min
【0035】
なお、上記製造条件において、マトリックス樹脂とは、母材2を構成する樹脂(ビニルエステル樹脂)のことであり、金型温度とは、成形ダイ23での加熱温度のことであり、線速とは、引取機25により防火複合材1を引き取る速度、換言すれば成形ダイ23を通じた引抜速度のことである。
【0036】
図3には、比較例1~3が併せて示される。比較例1~3は、加熱炉24での加熱処理の条件が上記実施形態とは異なる。具体的に、上記実施形態の温度条件(290~320℃)とは異なる温度で加熱処理を行ったものを比較例1,2とし、加熱処理自体を省略したものを比較例3とした。これ以外の製造条件は、実施例1~9と同一である。
【0037】
以上のような実施例及び比較例の防火性及び強度を、次のような方法で評価した。
【0038】
(i)ガスクロマトグラフ分析
上記実施例及び比較例に対し、加熱脱着-ガスクロマトグラフ質量分析装置(TG-GC/MS装置)を用いて300℃のガスクロマトグラフ分析を行った。ガスクロマトグラフ分析とは、サンプルを特定の温度(ここでは300℃)まで加熱し、当該加熱に伴いサンプルから揮発する成分を測定する分析方法のことである。分析条件(測定条件)は図4(a)(b)に示すとおりである。この300℃のガスクロマトグラフ分析において揮発成分として認められた可燃性ガスは、主にスチレンガスであった。そこで、実施例及び比較例に対し、スチレンガスの濃度(ppm)を測定する分析を行った。その結果をスチレンガス濃度として図3に示す。なお、図3におけるスチレンガス濃度とは、スチレンガスの初期検出濃度のことである。
【0039】
(ii)曲げ強度測定
上記実施例及び比較例に対し、曲げ強度の測定つまり曲げ試験を行った。試験条件は、JIS K7074に準拠した。この曲げ試験に供される試験片は、厚さ×幅×長さが2mm×15mm×100mmのサイズを有するとした。当該サイズの試験片に対し、JIS K7074のA法(3点曲げ)による曲げ試験を行い、試験片が破断に至る応力(MPa)を測定した。その結果を曲げ強度として図3に示す。また、加熱処理を省略した場合(比較例3)の曲げ強度を100とした場合の強度比(%)も、併せて図3に示す。
【0040】
(iii)防火性評価
上記実施例及び比較例に対し、平成13年国土交通省令第151号第8章第5節「車両の火災対策等」の第83条に準拠した鉄道車両用非金属材料の試験方法Iによる防火性評価を行った。なお、同法に準拠した鉄道車両用非金属材料の試験方法Iとは、上記省令に関し策定された解釈基準、つまり「鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準」に規定された試験方法であり、概略的に次のような方法によるものである。すなわち、45度傾斜させた姿勢に保持された試験片(182mm×257mm)の中心部の下にアルコール容器を配置し、当該アルコール容器に入った純エチルアルコール0.5ccが燃え尽きるまで燃焼させる。そして、アルコール燃焼中における試験片の着火、着炎、発煙状態、及び炎の状態を調査するとともに、アルコール燃焼後における試験片の残炎、残じん、炭化、変形状態を調査する。これらの調査結果に基づいて、「不燃性」、「極難燃性」、「難燃性」のいずれに該当するか(もしくはいずれにも該当しないか)を判定する。このような試験方法により実施例及び比較例の防火性を評価した結果を図3に示す。図3において、不燃性が「〇」というのは、上記試験方法による評価結果が防火性に最も優れた「不燃性」であったことを表し、不燃性が「×」というのは、評価結果が「不燃性」ではなかったこと、つまり防火性が相対的に劣ることを表している。
【0041】
図3から理解されるように、実施例1~9を作製する際の加熱処理の条件は、いずれも290~320℃の温度範囲と、5~20分の時間範囲に含まれる。このような条件で得られた実施例1~9のスチレンガス濃度、つまり300℃のガスクロマトグラフ分析による測定において複合材中のビニルエステル樹脂から発生するスチレンガスの濃度は、最も低い場合(実施例9)で287ppm、最も高い場合(実施例1)で550ppmであった。すなわち、実施例1~9については、複合材中のビニルエステル樹脂から発生するスチレンガスの濃度が550ppm以下に収まることが確認された。そして、スチレンガスの濃度が550ppm以下であることで、実施例1~9の防火性の評価はいずれも「不燃性」であった。
【0042】
これに対し、加熱処理の温度が実施例1~9よりも低い280℃に設定された比較例1は、スチレンガスの濃度が600ppmと高く、これにより防火性の評価が「不燃性」を下回る結果となった。また、加熱処理自体が行われなかった比較例3に至っては、スチレンガスの濃度が1300ppmまで上昇し、当然に「不燃性」を下回る評価結果となった。一方、加熱処理の温度が実施例1~9よりも高い330℃に設定された比較例2については、スチレンガスの濃度が248ppmまで低下しているものの、加熱過多により樹脂が劣化して割れが発生し、商品として使用できないことが判明した(成形不良)。
【0043】
曲げ強度については、加熱処理を行わない比較例3の曲げ強度が1479MPaで最も高かった。加熱処理を行う実施例1~9は、比較例3に比べれば曲げ強度が低下するが、最も低い場合(実施例9)でも曲げ強度は1218MPaまでしか低下せず、比較例3に対し82%の強度比が確保されることが分かった。実施例の中で曲げ強度が最も高い実施例1では、1409MPaの曲げ強度(95%の強度比)が確保された。言い換えると、290~320℃の温度及び5~20分の時間で加熱される実施例1~9では、JIS K7074による曲げ強度が1200MPa以上確保されることが分かった。
【0044】
以上より、実施例1~9は、JIS K7074による曲げ強度が1200MPa以上という比較的高い強度を有しながら、平成13年国土交通省令第151号第8章第5節「車両の火災対策等」の第83条に準拠した鉄道車両用非金属材料の試験方法Iによる防火性の評価が「不燃性」であり、高い防火性と強度を兼ね備えた優れた複合材料ということができる。
【0045】
[変形例]
上記実施形態では、矩形断面を有する板状の防火複合材1(図1)を成形したが、防火複合材の形状はこれに限られず、種々の断面形状の防火複合材を成形することが可能である。
【0046】
上記実施形態では、防火複合材1に含有される強化繊維3として、防火複合材1の長手方向Xに沿う同一の方向に延びる連続繊維を使用したが、防火複合材に含有され得る強化繊維は、連続繊維でなくてもよく、長繊維又は短繊維でもよい。また、強化繊維を2以上の方向に配向してもよい。例えば、図2に示した引抜装置20を用いて2以上の方向に配向された強化繊維を含む防火複合材を成形するには、複数の送出ローラ31から送り出される各繊維シート3Aの強化繊維3の方向を互い違いにすればよい。すなわち、一部の送出ローラ31から送り出される繊維シート3Aの繊維方向を送出方向と同一の方向に設定する一方で、他の送出ローラ31から送り出される繊維シート3Aの繊維方向を送出方向と異なる方向に設定する。後者のように繊維シート3Aの強化繊維の方向を送出方向と異なる方向にするには、例えば、送出方向と異なる方向(例えば送出方向と直交する方向)に延びる強化繊維の束(繊維束)を縫合等の手段により組み合わせた繊維シート3Aを用意すればよい。
【0047】
さらに、複数の送出ローラ31から送り出される各繊維シート3Aのそれぞれに含有される強化繊維の方向を2以上に設定してもよい。すなわち、引抜装置20の上流側で引抜き前の材料として用いられる繊維シートは、2以上の方向に配向された強化繊維を含む多軸の繊維シートであってもよい。また、繊維シートとして、強化繊維を織り合わせた織物を使用することもできる。さらに、引抜き前の材料として、強化繊維を含有したテープ状のロービング材を用いることもできる。
【0048】
上記実施形態では、繊維送出機21から送られた繊維シート3Aを樹脂含浸槽22内に導入してプリプレグシート3Bを成形する工程と、成形したプリプレグシート3Bを成形ダイ23に導入して引抜成形する工程と、当該引抜成形により得られた成形体11を加熱炉24で加熱する工程とを、一つの製造ラインの中で連続的に行ったが、少なくとも1つの工程を製造ラインから切り離し、複数の工程を独立して行ってもよい。例えば、成形ダイ23から排出された成形体11を直接加熱炉24に投入する上記実施形態の方法(インライン形式)に代えて、成形ダイ23から排出された成形体11を先に切断機で所定の長さにカットしてから加熱炉に投入するオフライン形式によっても、上記実施形態と同様の防火複合材を製造することができる。
【符号の説明】
【0049】
1 防火複合材
2 母材
3 強化繊維
3C プリプレグシート(プリプレグ材)
23 成形ダイ(金型)
24 加熱炉
図1
図2
図3
図4