(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023161647
(43)【公開日】2023-11-08
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/00 20060101AFI20231031BHJP
H01J 49/02 20060101ALI20231031BHJP
H01J 49/26 20060101ALI20231031BHJP
【FI】
H01J49/00 090
H01J49/00 310
H01J49/00 360
H01J49/02 200
H01J49/02 500
H01J49/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022072101
(22)【出願日】2022-04-26
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤田 慎二郎
【テーマコード(参考)】
5C038
【Fターム(参考)】
5C038HH19
5C038HH26
(57)【要約】 (修正有)
【課題】検出器電圧が変更された場合でも、広い濃度範囲に亘ってイオン量を精度良く検出する。
【解決手段】質量分析装置は、電圧に応じたゲインで入射したイオンに対応して電流パルス信号を生成する検出器と、検出器に電圧を与える電圧発生部と、検出器のアノードから取り出された電流パルス信号に基く電圧パルス信号を分岐する分岐部と、その信号の一方をパルスカウント方式により検出するパルスカウント部と、信号の他方をアナログ検出方式により検出するアナログ検出部と、測定時の検出器電圧の下でのパルスカウント部によるカウント値が非飽和である状態の所定のカウント値とそのときのアナログ検出値との対応関係を示す換算情報を保持する換算情報記憶部と、測定により得られたカウント値又はアナログ検出値のいずれかが所定値よりも大きい場合にそのときのアナログ検出値と換算情報とを用いて換算カウント値を算出する換算カウント値算出部と、を備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出器電圧に応じたゲインで以て、入射したイオンに対応して電流パルス信号を生成するイオン検出器と、
前記イオン検出器のアノードから取り出された電流パルス信号に基く電圧パルス信号を複数に分岐する分岐部と、
前記分岐部により分岐された電圧パルス信号の一方を、パルスカウント方式により検出してパルスカウント値を出力するパルスカウント部と、
前記分岐部により分岐された電圧パルス信号の他方を、アナログ検出方式により検出してアナログ検出値を出力するアナログ検出部と、
前記パルスカウント部によるパルスカウント値が非飽和である状態の所定のパルスカウント値とそのときのアナログ検出値との対応関係を示す換算情報であって、測定実行時に前記イオン検出器に与えられる検出器電圧の下での換算情報を保持する換算情報記憶部と、
測定により得られた前記パルスカウント部によるパルスカウント値又は前記アナログ検出部によるアナログ検出値のいずれかが所定値よりも大きい場合に、そのときのアナログ検出値と前記換算情報記憶部に保持されている換算情報とを用いて、前記パルスカウント部によるパルスカウント値に代わる検出値として換算カウント値を算出する換算カウント値算出部と、
を備える質量分析装置。
【請求項2】
前記換算情報記憶部は、互いに異なる複数の検出器電圧値にそれぞれ対応する複数の換算情報を保持し、
前記換算カウント値算出部は、測定実行時に前記電圧発生部から前記イオン検出器に与えられた前記複数の検出器電圧値の中の一つの検出器電圧値に対応する換算情報を前記換算情報記憶部から選択的に取得し、該取得した換算情報を用いて換算カウント値を算出する、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
感度優先モードとダイナミックレンジ優先モードとを含む複数のモードを選択可能に表示するとともに、ユーザーによるそのモードの選択を受け付けるモード選択部、をさらに備え、
前記電圧発生部は、前記モード選択部により選択されたモードに応じて前記イオン検出器に与える検出器電圧を変更する機能を有し、前記ダイナミックレンジ優先モードが選択された場合には前記感度優先モードが選択された場合よりも低い値の検出器電圧を印加し、
前記換算カウント値算出部は、前記モード選択部により選択されたモードに応じた検出器電圧に対応する換算情報を前記換算情報記憶部から取得して換算カウント値を算出する、請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記イオン検出器の出力に飽和が生じる際のアナログ検出値に関連する飽和基準値を記憶する飽和基準値記憶部、をさらに備え、
前記電圧発生部は、前記アナログ検出部から出力されるアナログ検出値が前記飽和基準値を超えないように、前記イオン検出器に印加する検出器電圧をパルスカウント値に基いて設定する、請求項1~3のいずれか1項に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記パルスカウント部によるパルスカウント値が非飽和である状態で該パルスカウント値とそれに対応するアナログ検出値が共に得られているときに、該パルスカウント値及び該アナログ検出値を用いて換算情報を算出し、前記換算情報記憶部に保存する換算情報取得部、
をさらに備える、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記換算情報取得部は、測定実行中に換算情報を算出して前記換算情報記憶部に保存し、
前記換算カウント値算出部は、その測定の実行中で換算情報が該換算情報記憶部に保存された以降に、測定により得られた前記パルスカウント部によるパルスカウント値又は前記アナログ検出部によるアナログ検出値のいずれかが所定値よりも大きい場合に、そのときのアナログ検出値と前記換算情報記憶部に保持されている換算情報とを用いて算出した換算カウント値を、前記パルスカウント部によるパルスカウント値に代わる検出値として出力する、請求項5に記載の質量分析装置。
【請求項7】
前記換算情報取得部は、測定実行後に、その測定において得られたパルスカウント値及びアナログ検出値を用いて換算情報を算出して前記換算情報記憶部に保存し、
前記換算カウント値算出部は、該換算情報が該換算情報記憶部に保存された以降に、測定により得られた前記パルスカウント部によるパルスカウント値又は前記アナログ検出部によるアナログ検出値のいずれかが所定値よりも大きい場合に、そのときのアナログ検出値と前記換算情報記憶部に保持されている換算情報とを用いて換算カウント値を算出する、請求項5に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関し、さらに詳しくは、質量分析装置におけるイオン検出技術に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置におけるイオン検出器としては二次電子増倍管が広く用いられている。二次電子増倍管によるイオンの検出方式には、大別して、アナログ検出方式とパルスカウント検出方式がある。
【0003】
アナログ検出方式は、イオン検出器から出力される微小電流パルス信号を積分した直流電圧を検出値として得るものである。この検出方式は、イオン検出器のゲインを低く設定した状態でもイオンを検出することが可能である。そのため、イオン検出器での出力飽和が起きにくく、検出対象の成分濃度が高い場合におけるダイナミックレンジの拡大に有利である。一方で、この検出方式は電気ノイズの影響を受け易いため、検出対象の成分濃度が低い場合にSN比の点で不利である。
【0004】
一方、パルスカウント検出方式は、イオン検出器から出力される微小電流パルス信号を増幅し、コンパレーターにおいて所定閾値と比較することで生成した所定波高値のパルス信号をカウントした計数値を検出値として得るものである。この検出方式では、所定閾値よりも小さな電気ノイズの影響を受けないため、低濃度領域におけるSN比の点で有利である。しかしながら、イオン検出器から出力される微小電流パルス信号のパルス幅(通常10nsec程度)や後段の波形処理回路における不感時間(デッドタイム)などの制約のために、イオン検出器に入射するイオンの量が多いと数え落としが発生する。そのため、高濃度領域におけるダイナミックレンジには限界がある。
【0005】
例えば液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)に用いられる質量分析装置は、微量成分に対する高い定量性能が求められる。そうした質量分析装置には、通常、低濃度領域でのイオン検出精度に優れるパルスカウント方式が用いられるが、一般的なパルスカウント方式ではダイナミックレンジの狭さが問題となる。こうしたことから、パルスカウント方式を用いた場合の高濃度領域におけるダイナミックレンジを拡大する技術が従来提案されている。
【0006】
特許文献1には、パルスカウント検出方式において、カウントレートに応じたデッドタイム補正係数を用いてパルスカウント値を補正することで、高濃度領域におけるダイナミックレンジを拡大する方法が開示されている。
【0007】
また、特許文献2に開示されているイオン検出システムでは、二次電子増倍管の電流信号出力端にパルスカウント検出のためのアンプとアナログ検出のためのアンプとが並列に接続され、二次電子増倍管の出力の大小に関係なく、パルスカウント検出とアナログ検出とが並行して行われる。そして、イオン量が少なくアナログ検出用のアンプの出力電圧が所定値以下である場合には、パルスカウント検出方式による検出値が、一方、イオン量が増加してアナログ検出用のアンプの出力電圧が所定値を超えた場合には、アナログ検出方式による検出値が採用される。アナログ検出値とパルスカウント値との比率は換算係数として予めCPUの内部に記憶されており、この換算係数を用いてアナログ検出値はパルスカウント値に変換される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許第9991104号明細書
【特許文献2】特開平6-181046号公報
【特許文献3】特開2011-14481号公報
【特許文献4】米国特許出願公開第20150325420号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に記載の方法によれば、イオン検出器に入射するイオンの量が或る程度増加した場合でも、パルスカウント方式のダイナミックレンジを拡大することが可能である。しかしながら、イオン検出器に入射するイオンの量がさらに増えてイオン検出器から出力される複数のパルス信号が時間方向に全く分離できない状態となり、パルスカウント値が飽和してしまった場合には、もはや補正は不可能である。つまり、この方法による高濃度領域におけるダイナミックレンジ拡大は、パルスカウント検出の原理的な限界による制約を受ける。
【0010】
これに対し、特許文献2に記載の方法では、イオン検出器に入射するイオンの量が多い場合、パルスカウント検出方式による検出値が実質的に用いられない。このため、特許文献1に記載の方法とは異なり、パルスカウント値の飽和の影響を受けない。しかしながら、この方法では次のような問題がある。
【0011】
二次電子増倍管等のイオン検出器のゲインは、イオン検出器に印加される検出器電圧に依存する。特許文献3に開示されているように、パルスカウント検出方式では、一般に、検出器電圧の変化に対してパルスカウント値が概ね平坦となるプラトー領域の範囲内に検出器電圧が設定される。一方、アナログ検出方式では、イオン検出器のゲインが高いほど、つまり検出器電圧が高いほど検出値が大きくなり、高濃度領域において飽和が生じ易くなる。そのため、高濃度領域でのダイナミックレンジを確保したい場合には、検出器電圧をあまり高くしない方がよい。こうしたことから、検出器電圧は、ユーザーによるマニュアル調整や自動チューニングによって適宜変更され得る。検出器電圧が変更されることでイオン検出器のゲインが変わると、CPUに記憶されている換算係数を用いてもアナログ検出値から精度の良いパルスカウント値を求めることができなくなる。
【0012】
本発明はこうした課題を解決するためになされたものであり、その主たる一つの目的は、イオン検出器に印加される検出器電圧が変更された場合であっても、低濃度から高濃度まで広い濃度範囲に亘ってイオンの量を精度良く検出することができる質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するためになされた本発明に係る質量分析装置の一態様は、
検出器電圧に応じたゲインで以て、入射したイオンに対応して電流パルス信号を生成するイオン検出器と、
前記イオン検出器に検出器電圧を与える電圧発生部と、
前記イオン検出器のアノードから取り出された電流パルス信号に基く電圧パルス信号を複数に分岐する分岐部と、
前記分岐部により分岐された電圧パルス信号の一方を、パルスカウント方式により検出してパルスカウント値を出力するパルスカウント部と、
前記分岐部により分岐された電圧パルス信号の他方を、アナログ検出方式により検出してアナログ検出値を出力するアナログ検出部と、
測定実行時に前記電圧発生部から前記イオン検出器に与えられる検出器電圧の下での、前記パルスカウント部によるパルスカウント値が非飽和である状態の所定のパルスカウント値とそのときのアナログ検出値との対応関係を示す換算情報、を保持する換算情報記憶部と、
測定により得られた前記パルスカウント部によるパルスカウント値又は前記アナログ検出部によるアナログ検出値のいずれかが所定値よりも大きい場合に、そのときのアナログ検出値と前記換算情報記憶部に保持されている換算情報とを用いて、前記パルスカウント部によるパルスカウント値に代わる検出値として換算カウント値を算出する換算カウント値算出部と、
を備える。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る質量分析装置の上記態様によれば、イオン検出器のゲインを変えるために検出器電圧が変更された場合であっても、その変更後の検出器電圧に対応する換算情報を利用して、アナログ検出値から換算カウント値を高い精度で求めることができる。それにより、検出器電圧が変更された場合であっても、低濃度から高濃度まで広い濃度範囲に亘りイオンを精度良く検出し、イオン量に応じた検出値を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施形態による質量分析装置の概略ブロック構成図。
【
図2】本実施形態の質量分析装置におけるイオン検出器及び検出値生成部の概略ブロック構成図。
【
図3】実測例に基く、イオン検出器への入射イオンの量とパルスカウント値及びアナログ検出値との関係の一例を示す図。
【
図4】本実施形態の質量分析装置におけるイオン検出器への入射イオンの量とパルスカウント値との関係を示す図。
【
図5】検出器電圧とパルスカウント値との関係の一例を示す図。
【
図6】プラトー領域と所望のダイナミックレンジ上限が得られる範囲との関係を示す図。
【
図7】本実施形態の質量分析装置における各モードに対応する検出器電圧とプラトー領域との関係を示す図。
【
図8】各モードと検出器電圧及び換算係数の一例を示す図。
【
図9】本実施形態の質量分析装置を利用したLC-MSによるクロマトグラムの実測例を示す図。
【
図10】本実施形態の質量分析装置を利用したLC-MSによる理想的なクロマトピークの一例を示す図。
【
図11】本実施形態の質量分析装置を利用したLC-MSによる、イオン検出器が劣化した場合のクロマトピークの一例を示す図。
【
図12】一変形例である質量分析装置におけるイオン検出器及び検出値生成部の概略ブロック構成図。
【
図13】一変形例である質量分析装置を利用したLC-MSによるクロマトピークの一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[一実施形態の質量分析装置]
本発明の一実施形態である質量分析装置について、添付図面を参照して説明する。
【0017】
図1は本実施形態の質量分析装置の概略ブロック構成図、
図2は
図1中の検出値生成部4の概略ブロック構成である。
図1に示すように、この質量分析装置は、イオン源1、質量分離部2、イオン検出器3、検出値生成部4、データ処理部5、電圧発生部6、制御部7、操作部8、及び表示部9、を備える。
【0018】
イオン源1は、導入された試料中の成分(化合物)をイオン化する。イオン化法は特に問わない。試料が液体である場合、例えばエレクトロイオンスプレーイオン化法や大気圧化学イオン化法などが利用可能である。また、試料が気体である場合、電子イオン化法、化学イオン化法などが利用可能である。そのほか、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法などのレーザー光や電子線などを用いたイオン化法を利用することもできる。
【0019】
イオン源1で生成された試料成分由来のイオンは質量分離部2に導入され、質量分離部2において質量電荷比(m/z)に応じてイオンは分離される。質量分離部2の方式や構成も特に問わない。質量分離部2として例えば、四重極マスフィルター、飛行時間型質量分離器、イオントラップなどを用いることができる。また、質量分離部2は、イオンを解離させてプロダクトイオンを生成する機能を有していてもよい。即ち、衝突誘起解離等によりイオンを解離させるコリジョンセルを含むトリプル四重極型の構成や、イオントラップでイオン選択とイオン解離とを共に行う構成でもよい。
【0020】
質量分離部2でm/zに応じて分離されたイオンはイオン検出器3に入射する。イオン検出器3は、入射した各イオンに対応する微小電流パルス信号を出力する。イオン検出器3は典型的には、コンバージョンダイノードと二次電子増倍管を含むものとすることができる。
【0021】
検出値生成部4は、あとで詳しく述べるが、イオン検出器3から出力される微小パルス信号に対して所定の処理を実行することで、イオン検出器3に入射したイオンの量に応じた検出値を生成する。データ処理部5は、検出値生成部4からの検出値を受けて、所定のデータ処理を実行する。データ処理部5では例えば、質量分離部2で所定のm/z範囲に亘るm/z走査が実行されたときに得られた検出値に基いて、所定のm/z範囲に亘るマススペクトルを作成することができる。
【0022】
電圧発生部6は、制御部7による制御の下で、イオン源1、質量分離部2、及びイオン検出器3にそれぞれ所定の電圧を印加することで、上述したような質量分析の動作を実行する。制御部7は、こうした質量分析のための制御を行うものであり、特徴的な機能ブロックとして、モード選択受付部70、パラメーター調整制御部71、換算係数決定部72を含む。
【0023】
なお、データ処理部5及び制御部7はパーソナルコンピューターをハードウェア資源とし、パーソナルコンピューターにインストールされた専用の制御・処理ソフトウェアを該コンピューターで実行することにより、データ処理部5及び制御部7に含まれる機能ブロックを具現化することができる。
【0024】
図2に示すように、検出値生成部4は、トランスインピーダンスアンプ40、信号分岐部41、積分回路42、コンパレーター43、アナログデジタル変換部(ADC)44、計数部45、ダイナミックレンジ(DR)拡大処理部46、を含む。DR拡大処理部46は、機能ブロックとして、換算係数記憶部461、換算カウント値算出部462、検出値選択部463を含む。
【0025】
イオン検出器3を構成する二次電子増倍管のゲインは、電圧発生部6から印加される検出器電圧Vdに依存する。通常、この検出器電圧Vdは、イオン検出器3のアノード30から出力される微小電流パルス信号に由来する電圧パルス信号がパルスカウント検出方式により適切に検出され得るゲインとなるように設定される。詳しくは後述する。
【0026】
こうした検出器電圧が印加されている状態でイオン検出器3にイオンが入射すると、それに応じてアノード30から微小電流パルス信号が出力される。この電流パルス信号は、トランスインピーダンスアンプ40において電流/電圧変換されて電圧パルス信号となる。トランスインピーダンスアンプ40のゲインを決める抵抗の値は、1kΩ~50kΩ程度の範囲内で適宜選択可能である。通常、二次電子増倍管から出力される電流パルス信号のパルス幅は5~10nsec程度と狭いため、後段での正確なパルスカウントのために、この高速なパルス信号波形をできるだけ鈍らせることなく増幅し得るように抵抗値を選択するとよい。なお、トランスインピーダンスアンプ40としては、特許文献4等に記載の既存のものを用いることができる。
【0027】
トランスインピーダンスアンプ40から出力された電圧パルス信号は、信号分岐部41において2系統に分岐され、その一方はコンパレーター43の一入力端に入力され、他方は積分回路42に入力される。コンパレーター43の他方の入力端には所定の閾値電圧Vthが入力され、コンパレーター43は電圧パルス信号と閾値電圧Vthとを比較し、前者が後者以上であるときに所定の波高値のパルス信号を出力する。コンパレーター43に入力される電圧パルス信号の波高値は変化するが、その波高値が閾値電圧Vthを超えていれば、コンパレーター43の出力は波高値が一定の二値信号つまりはデジタル信号となる。この二値のパルス信号が計数部45に入力され、計数部45は単位時間内に入力されたパルス信号を計数してカウント値を出力する。計数部45は単位時間経過毎にリセットされる。このカウント値がパルスカウント検出方式による検出値である。
【0028】
一方、積分回路42は、入力された電圧パルス信号を単位時間、積分して増幅することでアナログ電圧値を出力する。このアナログ電圧値も単位時間経過毎にリセットされる。積分回路42から出力された上記アナログ電圧値は、アナログデジタル変換部44でデジタル化される。上記アナログ電圧値はアナログ検出方式による検出値であるが、ここでは、このアナログ電圧値をデジタル化した値もアナログ検出値ということとする。
【0029】
積分回路42の出力電圧の上限は積分回路42を構成するアンプの電源電圧により制限され、その上限は通常、3.3V~15V程度の範囲である。従って、積分回路42のゲインは、所望のイオン量において積分回路42の出力電圧が飽和しないように適宜設計すればよい。一例として本実施形態の質量分析装置では、積分回路42には出力電圧が5Vmaxであるオペアンプを使用し、目的とするダイナミックレンジ上限に対応する3e8(=3×108)[cps]のイオン量において出力電圧が3Vとなるように積分回路42のゲインを定めている。
【0030】
上述したように本実施形態の質量分析装置では、イオン検出器3における単一のアノード30から出力された微小電流パルス信号に基いて、アナログ検出方式による検出動作と、パルスカウント検出方式による検出動作とが並行して実施され、両方の検出値、つまりパルスカウント値とアナログ検出値とが共に得られる。
【0031】
なお、
図2に示す構成において原理的には、信号の分岐をトランスインピーダンスアンプ40の入力段で行うことも可能であるものの、その場合、イオン検出器3からの出力電流がパルスカウント側とアナログ検出側とに分割されるため、SN比等の点で不利である。これに対し本実施形態では、トランスインピーダンスアンプ40において電流信号を電圧信号に変換したあとに該電圧信号を分岐しているため、分岐による信号品質の低下を回避することができる。
【0032】
DR拡大処理部46は、上記二つの検出値を用い、パルスカウント検出方式に比べてダイナミックレンジが拡大された検出値を得る。そのDR拡大の原理について説明する。
【0033】
図3は、イオン検出器3に入射するイオンの量とパルスカウント値及びアナログ検出値の関係の一例を示す概略図である。
図3(A)に示すように、この例では、1e7[cps]以下の範囲ではイオン量とパルスカウント値との関係はほぼリニアであるものの、1e7[cps]を超えるとイオン数の数え落としが発生している。これに対し、
図3(B)に示すように、イオン量とアナログ検出値との関係は、イオン検出器3自体が飽和する3e8[cps]に相当するイオン量までほぼリニアである。
【0034】
既に述べたように、イオン量が少ない場合にはパルスカウント検出方式の方がSN比は良好である。そこで、本実施態様の質量分析装置では、
図4に示すように、正確なパルスカウントが可能であるイオン量の範囲(1e7[cps]以下)ではパルスカウント値をそのまま使用し、それを超えるイオン量ではアナログ検出値を利用することで検出値のダイナミックレンジを拡大する。アナログ検出値を利用するイオン量の範囲では、パルスカウントが飽和しない(つまりは数え落としが生じない)イオン量に対する測定によって事前に取得された換算係数を実測のアナログ検出値に乗じることで求まった換算カウント値を使用する。例えば、パルスカウント値が1e7[cps}であるときのアナログ検出値が0.1Vであったとすると、換算係数は1e7[cps]/0.1[V]=1e6、である。
【0035】
本実施形態の質量分析装置では、例えば後述すように装置のチューニング時点等の際に実行される標準試料に対する測定に基いて制御部7の換算係数決定部72において算出された換算係数が、換算係数記憶部461に格納される。但し、この換算係数は例えば装置メーカーが実験的に求めて換算係数記憶部461に格納しておくこともできる。その場合には、換算係数決定部72は不要である。
【0036】
試料の測定時には、イオンがイオン検出器3に入射したのに対応して、上述したようにアナログ検出値とパルスカウント値とが並行してDR拡大処理部46に入力される。換算カウント値算出部462は、パルスカウント値(又はアナログ検出値)が所定値以上であるか否かを判定する。そして、パルスカウント値(又はアナログ検出値)が所定値以上である場合には、換算係数記憶部461から読み出した換算係数をアナログ検出値に乗じることで換算カウント値を求める。検出値選択部463は、パルスカウント値(又はアナログ検出値)が所定値未満である場合には、そのパルスカウント値をそのまま検出値として出力し、そうでない場合には、換算カウント値算出部462により算出された換算カウント値をパルスカウント値に代えて検出値として出力する。
【0037】
これによって、
図4に示したように、イオン検出器3に入射したイオンの量に応じて、パルスカウント値、又は、アナログ検出値と換算係数とを用いて算出された換算カウント値とが、選択的に検出値として出力される。
【0038】
このときの検出値のダイナミックレンジは、イオン検出器3の出力電流の飽和で制限される。このイオン検出器3の飽和は、イオン検出器3のゲイン、つまり電圧発生部6から印加される検出器電圧Vdが高いほど起こり易い。そのため、ダイナミックレンジ上限を拡大するという観点においては検出器電圧は低いほうがよい。一方、数え落とし無くパルスカウントを行うためには、イオン検出器3から出力される電流パルス信号由来の電圧パルス信号が確実に閾値電圧Vthを超えるようにイオン検出器3のゲインを設定する必要があり、そのためには検出器電圧を高めに設定する必要がある。即ち、パルスカウントの数え落としの防止(つまり感度の確保)とダイナミックレンジの拡大は、イオン検出器3の検出器電圧を設定するうえでトレードオフの関係にある。
【0039】
図5は、プラトーカーブと呼ばれる、検出器電圧とパルスカウント値との関係の一例である。一般に質量分析装置では、装置のチューニング時にこうした特性を調べ、パルスカウント値が概ね平坦となるプラトー領域に検出器電圧が設定されるようにしている。また、二次電子増倍管の寿命を延ばすには検出器電圧が低い方がよいため、通常、プラトー領域の範囲内で比較的低い値(例えば
図5中に示す点Uの値)に検出器電圧は設定値される。但し、このとき設定された検出器電圧において所望のダイナミックレンジが得られるのか否かについては不明であるし、そうした考慮もされていない。
【0040】
これに対し本実施形態の質量分析装置では、所望のダイナミックレンジの上限においてイオン検出器3が飽和しようないように検出器電圧の設定に制限(上限)を設ける。例えば、3e8[cps]相当のイオン量をダイナミックレンジの上限としたい場合、パラメーター調整制御部71はそれに対応するアナログ検出値(例えば3V)を内部に記憶しておき、プラトー領域の範囲内で、検出器電圧を変化させた際のパルスカウント値とアナログ検出値との比が所定範囲内(例えば3e8[cps]/3[V]以下)になるように検出器電圧を設定する(
図6参照)。これにより、ダイナミックレンジ上限を確実に所望値にすることができる。
【0041】
但し、二次電子増倍管の特性などによっては、上述したような条件で検出器電圧を設定することができない場合がある。具体的には例えば、例えばノイズレベルが高いなどのデバイスの個体差によってプラトーカーブが高電圧側にシフトした場合、所望のダイナミックレンジの上限に対応する電圧がプラトー領域の下限を下回ることがあり得る。この場合、数え落としなく計数を行うためにプラトー領域の範囲内に検出器電圧を定めると、ダイナミックレンジの上限が所望値よりも低くなってしまう。そこで、本実施形態の質量分析装置では、互いに検出器電圧が相違する三つの検出器動作モード、即ち、感度優先モード、バランスモード、ダイナミックレンジ優先モードを設け、ユーザーがその一つを事前に選択できるようにしている。
【0042】
図7は、プラトーカーブ上における、三つの検出器動作モードにそれぞれ対応する検出器電圧の値を示す図である。
図8は、三つの検出器動作モードに対応する検出器電圧値と換算係数の一例を示す図である。
図7に示すように、バランスモードに対応する検出器電圧V2はプラトー領域の下限付近の値であり、感度優先モードに対応する検出器電圧V1はV2よりも大きくプラトー領域の範囲内である。一方、ダイナミックレンジ優先モードに対応する検出器電圧V3は、V2よりも小さくプラトー領域の範囲を逸脱している。
【0043】
プラトー領域では、検出器電圧が増加してもパルスカウント値は殆ど増加しないのに対しアナログ検出値は増加するため、プラトー領域の範囲内で高い側に検出器電圧が設定されるほど検出器のダイナミックレンジは狭くなる。そのため、感度優先モードでは他のモードに比べてダイナミックレンジは若干狭くなるものの、イオン検出器3に入射したイオンに対応して確実に閾値電圧Vthを超える電圧パルス信号が得られるので、高い感度を達成することができる。逆に、ダイナミックレンジ優先モードでは、イオン検出器3にイオンが入射した場合でも電圧パルス信号が閾値電圧Vthを超えない場合もあり得るため感度の点で不利であるものの、他のモードに比べてダイナミックレンジ上限を拡大することができる。
【0044】
換算係数決定部72は例えば装置のチューニング時に上記の三つの検出器動作モードにそれぞれ対応する換算係数を求め、換算係数記憶部461はその換算係数をモードに対応して格納する。測定時に、ユーザーが操作部8で所定の操作を行うと、モード選択受付部70は上記の三つの検出器動作モードのうちの一つを選択する画面を表示部9に表示する。この画面を見てユーザーが操作部8によりいずれか一つを選択する操作を行うと、モード選択受付部70は、その操作を受けて検出器電圧を決定する。制御部7から検出器電圧の指示を受けた電圧発生部6は、指示に応じた直流電圧を発生して検出器電圧Vdとしてイオン検出器3に印加する。これにより、イオン検出器3のゲインが決まる。
【0045】
また、制御部7は選択されたモードの情報をDR拡大処理部46に送る。これにより、換算カウント値算出部462は、指定されたモードに対応する換算係数を換算係数記憶部461から取得し、測定時に得られたアナログ検出値にその換算係数を乗じることで換算カウント値を求める。このようにして、いずれの検出器動作モードが選択された場合であっても、その選択されたモードに対応する換算係数を用いて、アナログ検出値から精度の高い換算カウント値を求めることができる。
【0046】
本実施形態の質量分析装置では、測定を実行する時点以前の任意の時点で換算係数を換算係数記憶部461に格納しておくことができるから、上述したように、装置メーカーが本装置をユーザーに提供する前に実験的に換算係数を求めて換算係数記憶部461に格納しておいてもよい。但し、イオン検出器3の特性等は装置の使用に伴って変化する可能性があり、それに伴い適正な換算係数も変化し得る。そこで、装置における例えば複数のイオン輸送光学系や四重極マスフィルター、イオン検出器3などに印加する電圧を最適な状態に調整する際に、その調整後の状態における換算係数を求め、それを換算係数記憶部461に格納して、以降の測定の際に利用するとよい。
【0047】
具体的には、ユーザーが適宜の時点で操作部8から所定の操作を行うと、パラメーター調整制御部71は、標準試料を用いた測定を繰り返しながら、予め決められた各部への印加電圧などのパラメーターを調整するオートチューニング動作を実行する。このオートチューニング動作は例えば装置の起動時に自動的に実施されてもよいし、或いは、装置が所定時間使用される毎など、規定のタイミングで自動的に実施されてもよい。
【0048】
オートチューニング動作時にパラメーター調整制御部71は、イオン検出器3に印加する検出器電圧を所定ステップ幅で変化させながら、標準試料に対するパルスカウント値を取得することにより、プラトーカーブを求める。そして、求めたプラトーカーブからプラトー領域の範囲を決定し、例えばプラトー領域の下限をV2と定め、所望のダイナミックレンジを得られる範囲内にV1(>V2)、プラトー領域のパルスカウント値から所定割合低いカウント値の位置にV3(<V2)を定める。こうして、各検出器動作モードに対応する検出器電圧を決定することができる。また、換算係数決定部72は、決定された各検出器電圧とパルスカウント値とから換算係数を決定することができる。
【0049】
なお、装置のチューニングをやり直す度に、プラトーカーブを求めて検出器電圧及び換算係数を算出し直すようにしてもよいが、必ずしも装置チューニングの度に算出し直さなくてもよい。例えば、装置のチューニングを所定回数行う毎に検出器電圧及び換算係数を算出し直すようにしたり、前回の検出器電圧及び換算係数の設定し直しから装置の使用時間が規定時間を超えた場合に検出器電圧及び換算係数を算出し直すようにしたりしてもよい。
【0050】
[実測例]
図9は、本実施形態の質量分析装置に、高濃度の液体試料をフローインジェクション分析により繰り返し10回導入した場合に得られるクロマトグラムの一実測例である。試料の濃度はパルスカウント値が飽和するような濃度である。
図9中に示すように、従来のパルスカウント検出方式では、イオン量が5e7[cps]付近で検出値が飽和している。これに対し、本実施形態の質量分析装置における手法では、2e8[cps]を超えるイオン量が良好に検出されていることが分かる。このように、本実施形態の質量分析装置によれば、高濃度領域における検出値のダイナミックレンジを拡大することができる。
【0051】
[イオン検出器劣化時の課題]
上記実施形態の質量分析装置では、検出値を切り替える閾値をイオン量で1e7[cps]に設定しており、パルスカウント値が1e7[cps]以下である場合にはパルスカウント値をそのまま使用し、パルスカウント値が1e7[cps]を超える場合には換算カウント値を使用する。
図10は、イオン量が1e7[cps]を超える濃度の試料が導入された場合のクロマトピークを示す図である。換算係数が適切に設定されていれば、
図10に示すように、パルスカウント値と換算カウント値は概ね滑らかに繋がる。これにより、例えばピーク面積値等を用いて成分濃度を算出する場合における定量性は良好である。
【0052】
しかしながら、装置を長期間使用することで二次電子増倍管の劣化が進行すると、規定のイオン量に対する出力電流信号が小さくなるため、換算係数が適切でない状態となるおそれがある。このように二次電子増倍管が劣化した状態で、その劣化前に取得された換算係数を用いて換算カウント値を計算すると、
図11に示すように、パルスカウント値と換算カウント値との境界部分でクロマトピークが歪んでしまう。こうした歪みは、成分濃度の定量性の低下をもたらす。
【0053】
上述したように、装置チューニングによって換算係数を算出し直して記憶している情報を更新する場合、その更新の頻度を高めることで、上記のようなクロマトピークの歪みを回避することができる。但し、装置チューニングの際には標準試料の測定を繰り返し行うため、イオン輸送光学系などの汚染を生じ易い。また、頻繁なチューニング作業は、ユーザーの負担を増やすことになるし、装置の実稼働効率の点でも好ましくない。そこで、装置チューニングの頻度を上げることなく、常に最新の換算係数を用いて換算カウント値を求めるようにするために、次の変形例の質量分析装置の構成とすることができる。
【0054】
[変形例]
図12は、一変形例である質量分析装置におけるイオン検出器及び検出値生成部の概略ブロック構成図である。
図2に示した構成と同じ構成要素には同じ符号を付して詳細な説明を略す。この質量分析装置においてDR拡大処理部46は、換算係数算出部460を機能ブロックとして備える。
上記実施形態の質量分析装置では、少なくとも目的試料に対する測定が実施される段階で、換算係数記憶部461に換算係数が格納されている。それに対し、この質量分析装置では、目的試料に対する測定の実行時に、換算係数算出部460は、取得されたデータの中で、イオン強度が所定値以下であるデータを利用して換算係数を算出し、得られた換算係数を換算係数記憶部461に保存する。そして、換算カウント値算出部462は、その換算係数に基いてパルスカウント値から換算カウント値を算出する。即ち、測定を実行しながら換算係数を求め、その換算係数を利用して換算カウント値を算出する。
【0055】
例えば、測定実行時に時間経過に伴い
図11に示すようにイオン強度(パルスカウント値)が上昇し、パルスカウントが飽和しない1e7[cps]以下である所定の値(
図11中におけるデータ点P)になると、換算係数算出部460は、その時点でのパルスカウント値とアナログ検出値を取得する。そして、その比を計算することで最新の換算係数を求める。このようにして得られた換算係数は、そのデータを取得したときの、つまりはイオン検出器3がその時点での劣化状態である、より正確な換算係数である。この換算係数が即座に換算係数記憶部461に格納され、
図11に示すように、実測のイオン強度が1e7[cps]を超えると、その換算係数を用いてアナログ検出値から求まった換算カウント値が検出器として採用される。通常、測定中に検出器電圧が変更されることはないため、使用される換算係数は、換算処理の対象であるアナログ検出値が得られたときにイオン検出器3に印加されている検出器電圧の下での換算係数である。これにより、イオン検出器3の劣化状態を反映した適切な換算が行われるため、
図13に示すように、クロマトピークは閾値である1e7[cps]を境界とする上と下とで概ね滑らかに繋がる。即ち、クロマトピークの歪みは低減される。
【0056】
上記説明では、測定実行中に実質的にリアルタイムで換算係数が算出され、その換算係数を用いて換算カウント値が算出される。そのため、例えば、測定実行中にほぼリアルタイムでクロマトグラムを表示部9の画面上に表示する際に、適切な換算係数を使用して修正された、実質的に歪みのないクロマトピークを描出することができるという利点がある。
【0057】
また、測定実行中には換算処理を実行せず、測定の終了後に後処理によって換算係数を求め、その換算係数を用いてアナログ検出値から換算カウント値を求め、クロマトピークを構成するデータを入れ替えてもよい。この場合、例えば
図11に示したイオン強度が1e7[cps]以下である範囲Qに含まれる多数のデータから換算係数を算出することができる。従って、上記のように略リアルタイムで換算係数を求める場合に比べて、換算係数自体の精度を高めることができ、それを用いた換算の精度、つまりは得られる換算カウント値の精度を高めることができるという利点がある。
【0058】
なお、上記実施形態及び変形例の質量分析装置はあくまでも本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加等を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0059】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0060】
(第1項)本発明に係る質量分析装置の一態様は、
検出器電圧に応じたゲインで以て、入射したイオンに対応して電流パルス信号を生成するイオン検出器と、
前記イオン検出器に検出器電圧を与える電圧発生部と、
前記イオン検出器のアノードから取り出された電流パルス信号に基く電圧パルス信号を複数に分岐する分岐部と、
前記分岐部により分岐された電圧パルス信号の一方を、パルスカウント方式により検出してパルスカウント値を出力するパルスカウント部と、
前記分岐部により分岐された電圧パルス信号の他方を、アナログ検出方式により検出してアナログ検出値を出力するアナログ検出部と、
測定実行時に前記電圧発生部から前記イオン検出器に与えられる検出器電圧の下での、前記パルスカウント部によるパルスカウント値が非飽和である状態の所定のパルスカウント値とそのときのアナログ検出値との対応関係を示す換算情報、を保持する換算情報記憶部と、
測定により得られた前記パルスカウント部によるパルスカウント値又は前記アナログ検出部によるアナログ検出値のいずれかが所定値よりも大きい場合に、そのときのアナログ検出値と前記換算情報記憶部に保持されている換算情報とを用いて、前記パルスカウント部によるパルスカウント値に代わる検出値として換算カウント値を算出する換算カウント値算出部と、
を備える。
【0061】
第1項に記載の質量分析装置によれば、イオン検出器のゲインを変えるために検出器電圧が変更された場合であっても、その変更後の検出器電圧に対応する換算情報を利用して、アナログ検出値から換算カウント値を高い精度で求めることができる。それにより、検出器電圧が変更された場合であっても、低濃度から高濃度まで広い濃度範囲に亘りイオンを精度良く検出し、イオン量に応じた検出値を得ることができる。
【0062】
(第2項)第1項に記載の質量分析装置において、
前記換算情報記憶部は、互いに異なる複数の検出器電圧値にそれぞれ対応する複数の換算情報を保持し、
前記換算カウント値算出部は、測定実行時に前記イオン検出器に与えられた前記複数の検出器電圧値の中の一つの検出器電圧値に対応する換算情報を前記換算情報記憶部から選択的に取得し、該取得した換算情報を用いて換算カウント値を算出するものとすることができる。
【0063】
イオン検出器のゲインは検出器電圧に依存するため、パルスカウント検出方式によるパルスカウント値の飽和やイオン検出器自体の出力の飽和は検出器電圧に依存する。そのため、意図的な調整によって検出器電圧を変更したい場合や、自動的な調整によって検出器電圧が変更される場合があり得る。イオン検出器のゲインが変わるとパルスカウント値とアナログ検出値との関係も変わるため、換算係数も変わる。これに対し、第2項に記載の質量分析装置によれば、選択され得る複数の検出器電圧値にそれぞれ対応して換算係数を用意しておくことにより、そのときの検出器電圧に対応した適切な換算係数を用いて換算カウント値を正確に求めることができる。
【0064】
(第3項)第2項に記載の質量分析装置は、
感度優先モードとダイナミックレンジ優先モードとを含む複数のモードを選択可能に表示するとともに、ユーザーによるそのモードの選択を受け付けるモード選択部と、
前記モード選択部により選択されたモードに応じて前記イオン検出器に与える検出器電圧を変更する機能を有し、前記ダイナミックレンジ優先モードが選択された場合には前記感度優先モードが選択された場合よりも低い値の検出器電圧を設定する制御部と、
をさらに備え、
前記換算カウント値算出部は、前記モード選択部により選択されたモードに応じた検出器電圧に対応する換算情報を前記換算情報記憶部から取得して換算カウント値を算出するものとすることができる。
【0065】
第3項に記載の質量分析装置において、感度優先モードが選択された場合には、検出器電圧が相対的に高く設定されるため、高濃度領域においてアナログ検出値の飽和が生じ易くなるものの、イオン検出器のゲインが高くなることで低濃度領域でのパルスカウントの数え落としが軽減され、高い検出感度が達成される。一方、ダイナミックレンジ優先モードが選択された場合には、高濃度領域においてアナログ検出値の飽和が生じにくくなり、検出値のダイナミックレンジが拡大される。このように、第3項に記載の質量分析装置によれば、測定の目的や測定対象の試料の濃度等に応じて、検出感度の高い測定やダイナミックレンジの広い測定をユーザーが選択して行うことができる。
【0066】
(第4項)第1項~第3項のいずれか1項に記載の質量分析装置は、
前記イオン検出器の出力に飽和が生じる際のアナログ検出値に関連する飽和基準値を記憶する飽和基準値記憶部と、
前記アナログ検出部から出力されるアナログ検出値が前記飽和基準値を超えないように、前記イオン検出器に印加する検出器電圧をパルスカウント値に基いて調整する検出器電圧調整部と、
をさらに備えるものとすることができる。
【0067】
第4項に記載の質量分析装置によれば、目的とするダイナミックレンジ上限が確実に達成されるように検出器電圧を調整することができる。
【0068】
(第5項)第1項に記載の質量分析装置は、
前記パルスカウント部によるパルスカウント値が非飽和である状態で該パルスカウント値とそれに対応するアナログ検出値が共に得られているときに、該パルスカウント値及び該アナログ検出値を用いて換算情報を算出し、前記換算情報記憶部に保存する換算情報取得部、
をさらに備えるものとすることができる。
【0069】
(第6項)第5項に記載の質量分析装置において、
前記換算情報取得部は、測定実行中に換算情報を算出して前記換算情報記憶部に保存し、
前記換算カウント値算出部は、その測定の実行中で換算情報が該換算情報記憶部に保存された以降に、測定により得られた前記パルスカウント部によるパルスカウント値又は前記アナログ検出部によるアナログ検出値のいずれかが所定値よりも大きい場合に、そのときのアナログ検出値と前記換算情報記憶部に保持されている換算情報とを用いて算出した換算カウント値を、前記パルスカウント部によるパルスカウント値に代わる検出値として出力するものとすることができる。
【0070】
第6項に記載の質量分析装置では、測定実行前に用意された換算情報ではなく、その測定実行中に取得されたデータに基いて算出された換算情報を利用して換算カウント値が算出される。従って、第6項に記載の質量分析装置によれば、換算情報は、その測定時点におけるイオン検出器の状態、つまりは劣化状態や検出器電圧に対応する検出器ゲインを反映したものとなり、換算カウント値をより正確に算出することができる。それによって、例えば、時間に伴ってイオン強度が変化するクロマトグラムを作成するような場合に、パルスカウント値による検出値と換算カウント値による検出値との境界部分でのカーブの繋がりが良好になり、クロマトピークの面積に基いて成分濃度を計算する際の定量性が向上する。
【0071】
(第7項)また、第5項に記載の質量分析装置において、
前記換算情報取得部は、測定実行後に、その測定において得られたパルスカウント値及びアナログ検出値を用いて換算情報を算出して前記換算情報記憶部に保存し、
前記換算カウント値算出部は、該換算情報が該換算情報記憶部に保存された以降に、測定により得られた前記パルスカウント部によるパルスカウント値又は前記アナログ検出部によるアナログ検出値のいずれかが所定値よりも大きい場合に、そのときのアナログ検出値と前記換算情報記憶部に保持されている換算情報とを用いて換算カウント値を算出するものとすることができる。
【0072】
第7項に記載の質量分析装置では、第6項に記載の質量分析装置とは異なり、測定実行中ではなく測定実行後に、その測定実行時に取得されたデータに基いて換算情報が算出され、その換算情報を利用して換算カウント値が算出される。従って、第7項に記載の質量分析装置においても、換算情報は、その測定時点におけるイオン検出器の状態、つまりは劣化状態や検出器電圧に対応する検出器ゲインを反映したものとなり、換算カウント値をより正確に算出することができる。それによって、例えば、時間に伴ってイオン強度が変化するクロマトグラムを作成する場合に、パルスカウント値による検出値と換算カウント値による検出値との境界部分でのカーブの繋がりが良好になり、クロマトピークの面積に基いて成分濃度を計算する際の定量性が向上する。
【0073】
さらにまた、第7項に記載の質量分析装置によれば、パルスカウント部によるパルスカウント値が非飽和である状態で得られた多数のデータを用いて換算情報を算出することが容易であるため、換算カウント値をより正確に求めることができ、定量性もより一層向上する。
【符号の説明】
【0074】
1…イオン源
2…質量分離部
3…イオン検出器
30…アノード
4…検出値生成部
40…トランスインピーダンスアンプ
41…信号分岐部
42…積分回路
43…コンパレーター
44…アナログデジタル変換部
45…計数部
46…DR拡大処理部
461…換算係数記憶部
462…換算カウント値算出部
463…検出値選択部
5…データ処理部
6…電圧発生部
7…制御部
70…モード選択受付部
71…パラメーター調整制御部
72…換算係数決定部
8…操作部
9…表示部