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特開2023-161851接着剤、創傷被覆材、癒着防止材、止血材、シーラント、及び噴霧キット
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023161851
(43)【公開日】2023-11-08
(54)【発明の名称】接着剤、創傷被覆材、癒着防止材、止血材、シーラント、及び噴霧キット
(51)【国際特許分類】
   A61L 24/10 20060101AFI20231031BHJP
   A61L 24/04 20060101ALI20231031BHJP
   A61L 24/00 20060101ALI20231031BHJP
【FI】
A61L24/10
A61L24/04 200
A61L24/00 230
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022072458
(22)【出願日】2022-04-26
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】田口 哲志
【テーマコード(参考)】
4C081
【Fターム(参考)】
4C081AC04
4C081BA11
4C081BB08
4C081CA181
4C081CC05
4C081CD151
4C081DA15
(57)【要約】
【課題】 生体親和性及び接着強度が共に高い接着剤を提供する。
【解決手段】 接着剤であって、下記式(1)で表される構造を含むゼラチン誘導体を含む第1剤と、前記ゼラチン誘導体の架橋剤を含む第2剤と、を有する。式(1)において、Gltnはゼラチン残基を表し、Lは単結合、又は2価の連結基を表し、nは1~5である。
【化1】


【選択図】 図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
接着剤であって、
下記式(1)で表される構造を含むゼラチン誘導体を含む第1剤と、
前記ゼラチン誘導体の架橋剤を含む第2剤と、を有する接着剤。
【化1】

式(1)において、Gltnはゼラチン残基を表し、Lは単結合、又は2価の連結基を表し、nは1~5である。
【請求項2】
式(1)において、2価の連結基が、-C(O)-、炭素数1~10のアルキレン基、及び繰り返し数1~10のポリエチレンオキサイドからなる群から選択される少なくとも1つである、請求項1に記載の接着剤。
【請求項3】
式(1)において、Lが、炭素数1~10のアルキレン基、又は繰り返し数1~10のポリエチレンオキサイドである、請求項2に記載の接着剤。
【請求項4】
式(1)で表される構造が、下記式(2)で表される構造である、請求項2に記載の接着剤。
【化2】

式(2)において、Gltnはゼラチン残基を表し、Lは、炭素数1~10のアルキレン基、又は繰り返し数1~10のポリエチレンオキサイドであり、nは1~5である。
【請求項5】
式(1)において、nが1~3である、請求項1~4のいずれか一項に記載の接着剤。
【請求項6】
式(1)において、ベンゼン環における水酸基が、Lの結合位置に対して、メタ位及び/又はパラ位にある、請求項5に記載の接着剤。
【請求項7】
前記ゼラチン誘導体の疎水性基導入率が、1mol%~40mol%である、請求項1~6のいずれか一項に記載の接着剤。
【請求項8】
前記ゼラチン誘導体の前記疎水性基導入率が、5mol%~35mol%である、請求項7に記載の接着剤。
【請求項9】
前記ゼラチン誘導体の前記疎水性基導入率が、1mol%~10mol%である、請求項7に記載の接着剤。
【請求項10】
前記ゼラチン誘導体が、冷水魚由来ゼラチンの誘導体である、請求項1~9のいずれか一項に記載の接着剤。
【請求項11】
前記第1剤が更に溶媒を含み、
前記溶媒に対する前記ゼラチン誘導体の濃度が、0.010g/mL~0.300g/mLである、請求項1~10のいずれか一項に記載の接着剤。
【請求項12】
前記架橋剤が、少なくとも2つの活性エステル基を有する化合物である、請求項1~11のいずれか一項に記載の接着剤。
【請求項13】
第1剤中の前記ゼラチン誘導体が有するアミノ基1当量に対して、第2剤中の前記架橋剤が有する前記活性エステル基が0.3当量~0.8当量である、請求項12に記載の接着剤。
【請求項14】
請求項1~13のいずれか1項に記載の接着剤を含む、創傷被覆材。
【請求項15】
請求項1~13のいずれか1項に記載の接着剤を含む、癒着防止材。
【請求項16】
請求項1~13のいずれか1項に記載の接着剤を含む、止血材。
【請求項17】
請求項1~13のいずれか1項に記載の接着剤を含む、シーラント。
【請求項18】
請求項1~13のいずれか1項に記載の接着剤と、前記接着剤の噴霧器とを備える、噴霧キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接着剤、創傷被覆材、癒着防止材、止血材、シーラント、及び噴霧キットに関する。
【背景技術】
【0002】
ゼラチンに疎水性基を導入して得られるゼラチン誘導体を用いた組織接着剤、外科用シーラント等が知られている。例えば、特許文献1では、直鎖アルキル基を導入した疎水化ゼラチンを含む第1剤と、架橋剤を含む第2剤とからなる外科用シーラントが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2016/117569号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記外科用シーラントは、生体親和性を有すると共に、肺や大腸等の生体組織に対して優れた接着性を示すことが明らかになっている。しかし、一方で、大動脈などの強い圧力のかかる生体組織に使用する場合には、更なる改良が必要であった。
【0005】
本発明は、上記課題を解決するものであり、生体親和性及び接着強度が共に高く、例えば、大動脈等の強い圧力のかかる生体組織にも使用可能な接着剤を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、以下の構成により上記課題を達成することができることを見出した。
【0007】
[1] 接着剤であって、
後述する式(1)で表される構造を含むゼラチン誘導体を含む第1剤と、
前記ゼラチン誘導体の架橋剤を含む第2剤と、を有する接着剤。
[2] 式(1)において、2価の連結基が、-C(O)-、炭素数1~10のアルキレン基、及び繰り返し数1~10のポリエチレンオキサイドからなる群から選択される少なくとも1つである、[1]に記載の接着剤。
[3] 式(1)において、Lが、炭素数1~10のアルキレン基、又は繰り返し数1~10のポリエチレンオキサイドである、[2]に記載の接着剤。
[4] 式(1)で表される構造が、後述する式(2)で表される構造である、[2]に記載の接着剤。
[5] 式(1)において、nが1~3である、[2]~[4]のいずれかに記載の接着剤。
[6] 式(1)において、ベンゼン環における水酸基が、Lの結合位置に対して、メタ位及び/又はパラ位にある、[5]に記載の接着剤。
[7] 前記ゼラチン誘導体の疎水性基導入率が、1mol%~40mol%である、[1]~[6]のいずれかに記載の接着剤。
[8] 前記ゼラチン誘導体の前記疎水性基導入率が、5mol%~35mol%である、[7]に記載の接着剤。
[9] 前記ゼラチン誘導体の前記疎水性基導入率が、1mol%~10mol%である、[7]に記載の接着剤。
[10] 前記ゼラチン誘導体が、冷水魚由来ゼラチンの誘導体である、[1]~[9]のいずれかに記載の接着剤。
[11] 前記第1剤が更に溶媒を含み、
前記溶媒に対する前記ゼラチン誘導体の濃度が、0.010g/mL~0.300g/mLである、[1]~[10]のいずれかに記載の接着剤。
[12] 前記架橋剤が、少なくとも2つの活性エステル基を有する化合物である、[1]~[11]のいずれかに記載の接着剤。
[13] 第1剤中の前記ゼラチン誘導体が有するアミノ基1当量に対して、第2剤中の前記架橋剤が有する前記活性エステル基が0.3当量~0.8当量である、[12]に記載の接着剤。
[14] [1]~[13]のいずれかに記載の接着剤を含む、創傷被覆材。
[15] [1]~[13]のいずれかに記載の接着剤を含む、癒着防止材。
[16] [1]~[13]のいずれかに記載の接着剤を含む、止血材。
[17] [1]~[13]のいずれかに記載の接着剤を含む、シーラント。
[18] [1]~[13]のいずれかに記載の接着剤と、前記接着剤の噴霧器とを備える、噴霧キット。
【発明の効果】
【0008】
本発明の接着剤は、生体親和性及び接着強度が共に高く、例えば、大動脈等の強い圧力のかかる生体組織にも使用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1A】本実施形態の接着剤硬化物-生体組織の界面における複合的な分子間相互作用を示す概念図である。
図1B】本実施形態の接着剤硬化物内における物理的架橋を示す概念図である。
図2】実施例におけるゼラチン誘導体の合成方法を説明する図である。
図3A】実施例における耐圧強度試験方法を説明する図である。
図3B】実施例における耐圧強度試験結果を示す図である。
図3C】耐圧強度試験後の原料ゼラチン(Org)及び実施例2(8Cat)の各試験片の断面の光学顕微鏡写真である。
図4】実施例における膨潤性試験結果を示す図である。
図5A】実施形態に係る噴霧キットに含まれる噴霧器の構成部品の説明図である。
図5B】組み立てられた噴霧キットの説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。
なお、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0011】
本明細書における基(原子群)の表記において、置換及び無置換を記していない表記は、本発明の効果を損ねない範囲で、置換基を有さないものと共に置換基を有するものをも包含するものである。例えば、「アルキル基」とは、置換基を有さないアルキル基(無置換アルキル基)のみならず、置換基を有するアルキル基(置換アルキル基)をも包含するものである。このことは、各化合物についても同義である。
【0012】
[接着剤]
本実施形態の接着剤は、ゼラチン誘導体を含む第1剤と、該ゼラチン誘導体の架橋剤を含む第2剤とを有する、2剤型の接着剤である。第1剤と第2剤は別々に包装されて供される。使用時に第1剤と第2剤が混合されることで、ゼラチン誘導体が架橋剤より架橋され、硬化物(ゲル状の接着剤硬化物)の骨格が形成される。硬化反応は、典型的にはゼラチン誘導体が有する第1級アミノ基と、第2剤が有する架橋性基(典型的には活性エステル基等)とによる反応である。
【0013】
1.第1剤
本実施形態の第1剤は、下記式(1)で表される構造を含むゼラチン誘導体を含み、更に溶媒を含んでもよい。
【0014】
<ゼラチン誘導体>
式(1)で表される構造を有するゼラチン誘導体は、原料となるゼラチン(原料ゼラチン)に-NH-L-を介して、少なくとも1個の水酸基を有するベンゼン環(以下、適宜、「特定フェノール類基」と記載する)が結合されている。
【0015】
【化1】

式(1)において、Gltnはゼラチン残基を表し、Lは単結合、又は2価の連結基を表し、nは1~5である。
【0016】
本実施形態の接着剤は、生体適合性ポリマーであるゼラチンの誘導体であるため生体親和性が高く、そして、該ゼラチン誘導体が特定フェノール類基(典型的には、カテコール基等)を有することにより、生体組織に対して強い接着力を示し、更に、高い耐圧強度も有する。このため、例えば、大動脈等の強い圧力のかかる生体組織にも使用可能である。この効果のメカニズムは、以下のように推測される。図1Aに示すように、接着剤に含まれる特定フェノール類基(典型的には、カテコール基等)と、生体組織(例えば、大動脈外膜のコラーゲン等)に含まれるタンパク質との間には、水素結合、π-πスタッキング、カチオン-π相互作用等、複合的な分子間相互作用が働く。これにより、生体組織-接着剤硬化物の界面の接着強度が格段に向上する。更に、接着剤硬化物(接着剤バルク)内においても、図1Bに示すように、架橋剤による化学的架橋に加えて、特定フェノール類基(典型的には、カテコール基等)間に物理的架橋(例えば、π-πスタッキング)が生じる。これにより、接着剤硬化物の膜強度も向上する。生体組織-接着剤硬化物の界面の接着強度、及び接着剤硬化物の膜強度が共に向上することで、接着剤硬化物の耐圧強度が高まり、大動脈等の強い圧力のかかる生体組織にも使用可能となる。尚、以上説明したメカニズムは推定であり、本発明の範囲に何ら影響を与えるものではない。
【0017】
更に、特定フェノール類基は無機材料に対しても接着性を示す。これにより、本実施形態の接着剤は、インプラント用接着剤や骨用接着剤として利用可能である。また、特定フェノール類基が導入された本実施形態のゼラチン誘導体は、例えば、直鎖アルキル基が導入されたゼラチン誘導体(従来の疎水化ゼラチン)よりも、生理食塩水中での膨潤性が更に低い。このため、本実施形態の接着剤は、生体組織からより剥がれ落ち難い。また、特定フェノール類基は水酸基を有するため、本実施形態のゼラチン誘導体は、従来の疎水化ゼラチンよりも水性溶媒に溶解し易い。このため、本実施形態の接着剤においては、水性溶媒を用いて第1剤を調製する場合、調製時間を大幅に短縮できる。
【0018】
式(1)の特定フェノール類基において、nは1~5であり、1~3が好ましく、n=2がより好ましい。水酸基の位置は特に限定されないが、n=1~3の場合、ベンゼン環における水酸基は、Lの結合位置に対して、メタ位及び/又はパラ位にあることが好ましい。
【0019】
より好ましい特定フェノール類基の態様としては、以下の式で表されるものが挙げられる。以下の式中、*は、式(1)のLとの連結位置を示す。中でも、より優れた本実施形態の効果を有する接着剤が得られる点で、特定フェノール類基は、水酸基が2個のカテコール基が好ましい。
【0020】
【化2】
【0021】
式(1)のLの2価の連結基としては、-C(O)-、-C(O)O-、-OC(O)-、-O-、-S-、-N(R)-(Rは水素原子、又は、1価の有機基(好ましくは炭素数1~20個の炭化水素基)を表す)、アルキレン基(好ましくは炭素数1~10のアルキレン基)、アルケニレン基(好ましくは炭素数2~10のアルケニレン基)、繰り返し数1~10のポリエチレンオキサイド(-(CHCHO)-、n=1~10)、及びこれらの組み合わせ等が挙げられ、中でも、-C(O)-、炭素数1~10のアルキレン基、繰り返し数1~10のポリエチレンオキサイド、及びこれらの組み合わせが好ましい。
【0022】
例えば、式(1)において、Lは、炭素数1~10のアルキレン基、好ましくは、炭素数1~3のアルキレン基、より好ましくはメチレン基であってよい。この場合、本実施形態のゼラチン誘導体は、ゼラチン(原料ゼラチン)に、イミノ基(-NH-)及びアルキレン基を介して特定フェノール類基が結合した構造を有する。また、Lは、繰り返し数1~10のポリエチレンオキサイドであってもよい。この場合、本実施形態のゼラチン誘導体は、ゼラチン(原料ゼラチン)に、イミノ基(-NH-)及びポリエチレンオキサイドを介して特定フェノール類基が結合した構造を有する。
【0023】
また、例えば、式(1)のLは、-C(O)-及び、2価の連結基Lの組み合わせであってもよい。即ち、本実施形態のゼラチン誘導体は、下記式(2)で表される構造を含んでもよい。
【0024】
【化3】
【0025】
式(2)において、Gltnはゼラチン残基を表し、Lは2価の連結基を表し、nは1~5である。式(2)で表される構造を有するゼラチン誘導体は、ゼラチン(原料ゼラチン)に、アミド基(-NHC(O)-)及び、2価の連結基Lを介して特定フェノール類基が結合した構造を有する。式(2)の2価の連結基Lとしては、式(1)におけるLの2価の連結基として説明した形態が挙げられ、好適態様も同様である。また、式(2)の特定フェノール類基としては、式(1)で説明した形態が挙げられ、好適形態も同様である。
【0026】
式(1)及び(2)において、ゼラチン残基Gltnに直接結合している窒素原子(N)は、ゼラチン中の主としてリジン(Lys)のε-アミノ基由来である。式(1)及び(2)のNH構造は、例えばFT-IR(Fourier transform infrared spectrometer)スペクトルにおいて3300cm-1付近のバンドにより検出することができる。
【0027】
ゼラチン残基Gltnは、原料ゼラチン由来の構造である。原料ゼラチンの詳細については、後述するゼラチン誘導体の製造方法において説明する。
【0028】
ここで、原料ゼラチン中のアミノ基(第1級アミノ基、-NH)の含有量に対するゼラチン誘導体中における、特定フェノール類基(例えば、カテコール基)が結合された(導入された)イミノ基(-NH-)又はアミド基(-NHC(O)-)の含有量のモル比を「疎水性基導入率」と定義する。
【0029】
ゼラチン誘導体の疎水性基導入率は、特に制限されないが、より優れた本実施形態の効果を有する接着剤が得られるという観点から、例えば、1mol%~40mol%、又は5mol%~35mol%が好ましい。換言すれば、ゼラチン誘導体における、イミノ基(又はアミド基)/アミノ基(モル比)は、1/99~40/60、又は5/95~35/65が好ましい。
【0030】
また、接着剤硬化物がより高い耐圧強度を得られるという観点からは、ゼラチン誘導体の疎水性基導入率は、例えば、10mol%以下、1mol%~10mol%、又は5mol%~8mol%が好ましい。換言すれば、ゼラチン誘導体における、イミノ基(又はアミド基)/アミノ基(モル比)は、10/90以下、1/99~10/90、又は5/95~8/92が好ましい。
【0031】
なお、実施形態において、疎水性基導入率は、原料ゼラチンのアミノ基数と、ゼラチン誘導体のアミノ基数を、2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸法(TNBS法)によって定量し、得られた値から、以下の式により算出される。
ゼラチン誘導体の疎水性基導入率(モル%)
=[原料ゼラチンのアミノ基数-ゼラチン誘導体のアミノ基数]
/[原料ゼラチンのアミノ基数]×100
【0032】
ゼラチン誘導体1分子中に導入される特定フェノール類基(例えば、カテコール基)の数は特に限定されず、原料ゼラチンの分子量に基づいて、疎水性基導入率が所定の値となるように適宜調整してよい。例えば、ゼラチン誘導体1分子中の特定フェノール類基の数は、5~10個、6~9個、又は6~8個としてよい。
【0033】
ゼラチン誘導体の分子量は特に限定されず、原料ゼラチンの分子量と導入された疎水性基(特定フェノール類基等)の種類と量(数)によって決定される。したがって、ゼラチン誘導体の重量平均分子量(Mw)の取り得る範囲は、後述する原料ゼラチンの重量平均分子量(Mw)の取り得る範囲とほぼ同じである。
【0034】
第1剤中におけるゼラチン誘導体の含有量としては特に制限されないが、第1剤中におけるゼラチン誘導体の濃度(ゼラチン誘導体/溶媒、小数第4位を四捨五入)が、0.010~0.300g/mL(小数第4位を四捨五入)であることが好ましく、0.050g/mLを超えることがより好ましく、0.075g/mL以上が更に好ましく、0.075g/mLを超えることが特に好ましく、0.150g/mL以下が好ましく、0.150g/mL未満がより好ましく、0.100g/mL以下が特に好ましい。
【0035】
ゼラチン誘導体は、1種類のゼラチン誘導体のみから構成されてもよいし、2種類以上のゼラチン誘導体の混合物であってもよい。第1剤が、2種以上のゼラチン誘導体を含有する場合には、その合計含有量が上記数値範囲内であることが好ましい。
【0036】
<ゼラチン誘導体の製造方法>
ゼラチン誘導体の製造方法は特に制限されず、公知の方法が利用できる。
【0037】
例えば、ゼラチンが有するε-アミノ基に、アルデヒド、又は、ケトンを反応させ、シッフ塩基を介して疎水性基(特定フェノール類基を含む)を結合させ、そのシッフ塩基を還元してゼラチン誘導体を得る方法が挙げられる。この方法は、例えば、特開2019-216755号公報の0029~0031段落に記載されている。この方法によれば、ゼラチン残基にイミノ基を介して疎水性基が結合したゼラチン誘導体が得られる。この疎水性基は、反応に用いるアルデヒド、又は、ケトンに由来する。
【0038】
他の方法としては、ゼラチンが有するε-アミノ基に、酸ハライド、又は、クロロギ酸エステル化合物等をトリエチルアミン等の塩基の存在下で反応させ、アミドを得る方法が挙げられる。この方法は、例えば、国際公開第2014/112208号の0072段落~0080段落に記載されている。この方法によれば、ゼラチン残基にアミド結合(イミノ基が含まれる)を介して疎水性基(特定フェノール類基を含む)が結合したゼラチン誘導体が得られる。この疎水性基は、反応に用いる酸ハライド、又は、クロロギ酸エステル化合物に由来する。
【0039】
上記で得られた反応溶液に、大過剰の貧溶媒、例えば冷エタノールを加えると、ゼラチン誘導体が沈殿するので、これをろ別し、乾燥すれば、粉末状のゼラチン誘導体が得られる。なお、乾燥させる前に、ゼラチン誘導体をエタノール等で洗浄してもよい。
【0040】
ゼラチン誘導体の製造に使用する原料ゼラチン(以下、「Orgゼラチン」ともいう。)は典型的には、疎水性基が導入されていない(誘導体化されていない)ゼラチンである。
【0041】
Orgゼラチンの分子量は、特に制限されず、一般に、重量平均分子量で10,000~300,000が好ましい。一形態として、生体に対するアレルギー反応が抑制されやすい観点からは、50,000未満であることも好ましい。この点では、ゼラチンの分子量は、45,000以下が好ましく、40,000以下がより好ましい。下限としては特に制限されないが、接着剤の硬化物がより優れた機械強度を有する点で、10,000以上が好ましい。
【0042】
Orgゼラチンは、天然由来、化学合成、発酵法、及び、遺伝子組換え等により得られるゼラチンのいずれであっても特に制限なく使用できる。なかでも、天然由来のゼラチンが好ましい。天然由来のゼラチンとしては、例えば、例えばウシ、及び、ブタ等の哺乳動物由来のもの、及び、タイ、チョウザメ、サケ、及び、タラ等魚由来のものが挙げられる。
【0043】
本接着剤を液体として使用する場合、取り扱い性の観点からは、使用温度(例えば生体温度)において、優れた流動性を有することが好ましい。この点では、Orgゼラチンは魚由来ゼラチンが好ましく、なかでも、サケ、及び、スケソウダラ等の冷水魚由来のゼラチンが好ましい。なお、「液体として使用する」とは、第1剤、又は、第2剤のいずれか一方又は両方が溶媒を含む液体である場合と、第1剤、及び、第2剤のいずれもが固体であって使用時に溶媒と混合して使用される場合とがある。
【0044】
魚由来ゼラチン、特に、冷水魚ゼラチンは、構成単位であるアミノ酸の1000個当たり、ヒドロキシプロリンに由来する単位の数が80個以下、及び/又は、プロリン由来の単位の数が110個以下であることが好ましい。このような条件を有するゼラチンは、常温でのより優れた流動性を有しているため、第1剤に使用すると、優れた取り扱い性を有する接着剤が得られる。
【0045】
Orgゼラチンは、酸処理ゼラチン、及び、アルカリ処理のいずれであってもよい。第1剤は、Orgゼラチンとして異なる2種以上のゼラチンを含んでもよい。異なる2種以上とは、由来、分子量、及び、処理方法等のいずれか又は複数が異なるものを意味する。
【0046】
<溶媒>
第1剤は更に、溶媒を含んでいてもよい。溶媒としては、水性溶媒が挙げられ、水性溶媒としては、超純水、生理食塩水、ホウ酸、リン酸、炭酸等各種無機塩緩衝液又はこれらの混合物を用いることができる。水性溶媒は、pH8~13のホウ酸緩衝液が好ましく、pH9~12のホウ酸緩衝液がより好ましい。水性溶媒は、第1剤の固形分が0.050~0.800g/mLとなるような量で使用されることが好ましい。
【0047】
<添加剤>
第1剤は、ゼラチン誘導体のみから構成されてもよいし、ゼラチン誘導体及び溶媒のみから構成されてもよいし、また、本実施形態の効果を奏する範囲において、それ以外の添加剤を含有してもよい。添加剤としては、着色料、pH調整剤、及び、保存剤等が挙げられる。例えば、接着剤の適用箇所が分かり易いように、着色料(例えばブリリアントブルー)を添加してもよい。添加量は、例えば10~100μg/mLであってよい。
【0048】
また、本実施形態の接着剤(特に第1剤)は粘度が低いため、噴霧器を用いて霧状に吐出して塗布する形態で使用されることが好ましいが、粘度調整剤を添加することで、容易に増粘させることもでき、硬化前の塗布膜の液だれを抑制することもできるため、適用部位、用途に応じて粘度を調整できる点も優れている。
【0049】
また、接着剤は、ゼラチンに疎水性基(特定フェノール類基を含む)が導入されたゼラチン誘導体(上記式(1)で表される構造を含むゼラチン誘導体)を含むが、該ゼラチン誘導体を含んでいれば、「その他の」ゼラチン、及び/又は、「その他の」ゼラチン誘導体を含んでいてもよい。すなわち、第1剤がスケソウダラゼラチンの誘導体を含む場合、第1剤は、例えば、スケソウダラゼラチン、ブタゼラチン、及び/又は、ブタゼラチン誘導体等を含んでいてもよい。
【0050】
また、本実施形態の第1剤において、ゼラチン誘導体は、溶媒中でコロイド粒子を形成してもよい。この場合、第1剤は、コアセルベートを形成せずに、ゼラチン誘導体を含むコロイド粒子の均一な分散相を形成することが好ましい。第1剤がコアセルベートを形成すると、第2剤と接触させた場合に、架橋反応が不均一となる虞がある。一方で、溶媒中にコロイド粒子が均一に分散していれば、架橋反応が均一に進み、これにより、より強い接着強度が得られる。
【0051】
2.第2剤
第2剤はゼラチン誘導体の架橋剤を含む。また、第2剤は、溶媒を含んでもよい。
【0052】
<架橋剤>
架橋剤は、典型的には、ゼラチン誘導体が有する第1級アミノ基と反応し得る置換基(架橋性基)を1分子中に少なくとも2つ有する化合物である。なお、第1剤がOrgゼラチンを含む場合、架橋剤によって、Orgゼラチンが有する第1級アミノ基も反応する。
【0053】
架橋剤が有する架橋性基としては特に制限されないが、第1剤中における第1級アミノ基(典型的には、ゼラチン誘導体に由来する)に対して、温和な条件で選択的に反応しやすい観点で、活性エステル基(活性化されたエステル基)が好ましい。すなわち、架橋剤としては、1分子中に活性エステル基を少なくとも2つ有する化合物が好ましい。このような架橋剤には、N-ヒドロキシスクシンイミド又はN-ヒドロキシスルホスクシンイミドで活性化された多塩基酸等がある。
【0054】
上記以外にも、架橋剤としては、ゲニピン、アルデヒド化合物、酸無水物、ジチオカーボネート、及び、ジイソチオシアネート等を使用できる。
【0055】
多塩基酸としては、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、グルタル酸、グルタミン酸、アスパラギン酸、オキサロ酢酸、cis-アコニット酸、2-ケトグルタル酸、ポリ酒石酸、ポリクエン酸、ポリリンゴ酸、ポリグルタミン酸、ポリアスパラギン酸、カルボキシメチル化デキストリン、カルボキシメチル化デキストラン、カルボキシメチル化デンプン、カルボキシメチル化セルロース、カルボキシメチル化キトサン、及び、カルボキシメチル化プルラン等が挙げられる。
【0056】
架橋剤としては、ジスクシンイミジルグルタレート(DSG)、ジスクシンイミジルスベレート(DSS)、ジスクシンイミジルタートレート(DST)等も使用できる。
【0057】
また、ポリエチレングリコール、又は、ポリエチレングリコールエーテルの多塩基酸エステルで、多塩基酸の、ポリエチレングリコールと反応していないカルボキシル基の少なくとも1つが活性エステル化されたもの、例えば4,7,10,13,16-ペンタオキサノナデカン二酸ジ(N-スクシンイミジル)、及び、下記式で表されるポリエチレングリコール ジ(スクシンイミジル スクシネート)(SS-PEG-SS):
【0058】
【化4】
【0059】
(nは数平均分子量が約20,000となる数);
更に、下記式で表されるペンタエリスリトール-ポリエチレングリコールエーテルテトラスクシンイミジル グルタレート(4S-PEG):
【0060】
【化5】
【0061】
(nはMwが約3,000~30,000、好ましくは5,000~27,000、より好ましくは15,000~25,000となる数);
が挙げられる。
【0062】
アルデヒド化合物としては、1分子中に2つ以上のホルミル基が導入された、ホルミル基導入多糖類、例えばホルミル基導入デンプン、ホルミル基導入デキストラン、ホルミル基導入デキストリン、及び、ホルミル基導入ヒアルロン酸が挙げられる。
【0063】
酸無水物としては、無水グルタル酸、無水マレイン酸、及び、無水コハク酸等が挙げられる。また、ジイソチオシアネートとしてはヘキサメチレンジイソチオシアネート等が挙げられる。
【0064】
架橋剤としては、活性化ポリエチレングリコール多塩基酸エステル、及び、ホルミル基導入多糖類が好ましく、活性化ポリエチレングリコール多塩基酸エステルがより好ましい。
【0065】
以上説明した架橋剤は、市販品を用いてもよいし、公知の方法により合成して得てもよい。
【0066】
第2剤中における架橋剤の含有量は、第1剤中におけるアミノ基の含有量に応じて適宜調整してよい。例えば、第1剤中のゼラチン誘導体が有するアミノ基1当量に対して、N-ヒドロキシスクシンイミドで活性化されたエステル基(活性エステル基)が0.1~3当量となることが好ましく、0.2~2当量となることがより好ましく、0.3~1.5当量となることが更に好ましく、0.3~0.8となることが特に好ましい。本実施形態の接着剤において、ゼラチン誘導体が有するアミノ基と、活性エステル基とが上記割合となるように、第2剤中における架橋剤の含有量を決定することにより、ゼラチン誘導体を十分に架橋でき、接着強度及び耐圧強度を更に高めることができる。
【0067】
架橋剤は、1種類の架橋剤のみから構成されてもよいし、2種類以上の架橋剤の混合物であってもよい。第2剤が、2種以上の架橋剤を含有する場合には、その合計含有量が上記数値範囲内であることが好ましい。
【0068】
<溶媒>
第2剤は溶媒を含んでもよい。溶媒としては水性溶媒が好ましい。なお、水性溶媒としては、第1剤が含んでもよい水性溶媒として既に説明したものが使用できる。
【0069】
なかでも、pH3~8のリン酸緩衝液が好ましく、pH4~6のリン酸緩衝液がより好ましい。溶媒を含む第1剤と、溶媒を含む第2剤とを同体積で混合した際に、pHが約8~約10となるように双方の水性溶媒のイオン強度が調整されることが好ましい。例えば、第1剤をpH9、イオン強度0.05~0.1のホウ酸緩衝液とし、第2剤をpH4、イオン強度0.01~0.03のリン酸緩衝液とすることで、同体積で混合した際に上記範囲のpHとすることができる。又は、第1剤をpH10、イオン強度0.05~0.1のホウ酸緩衝溶液として、第2剤をpH4、イオン強度0.01~0.07のリン酸緩衝溶液としてもよい。
【0070】
<添加剤>
第2剤は、硬化剤のみから構成されても良いし、硬化剤及び溶媒のみから構成されてもよいし、また、本実施形態の効果を奏する範囲において、それ以外の添加剤を含有してもよい。添加剤としては、第1剤が含んでもよいものとして説明した添加剤が挙げられ、好適態様も同様である。
【0071】
[接着剤の製造方法]
本接着剤は、第1剤と第2剤とを個別に調製することによって得ることができる。第1剤は、例えば、ゼラチン誘導体と、必要により、溶媒及び添加剤等を公知の方法により混合することで製造できる。第2剤は、例えば、硬化剤と、必要により、溶媒及び添加剤等を公知の方法により混合することで製造できる。
【0072】
得られた第1剤、及び第2剤は、例えばポリプロピレン等のプラスチック製ディスペンサ等の所定の容器に充填することができる。組織接着剤として用いる場合、組織に適用する際に使用する、先端部で両剤を混合することができるダブルシリンジ型ディスペンサ等の一方に第1剤の水溶液を充填し、他方に第2剤の水溶液を充填することが好ましい。
【0073】
[組織への適用方法]
本接着剤は、呼吸器外科、消化器外科、心臓血管外科、脳神経外科、口腔外科等、種々の外科手術における切開口、及び、皮膚創傷等に適用することができる。
【0074】
2剤を混合することにより直ちに硬化反応が起こり、硬化物が形成される。第1剤と第2剤との混合割合は、第1剤中におけるアミノ基の含有量、及び第2剤中における硬化剤の含有量に応じて適宜調整してよい。硬化反応の際の温度としては特に制限されないが、一般に15~45℃が好ましく、20~42℃がより好ましい。硬化時間は特に制限されないが、1~60分で十分な接着力と膜強度とが得られる。
【0075】
本接着剤は、生体組織に生じた創傷を被覆するための創傷被覆材として使用することができる。また、術後癒着を防止するための癒着防止材としても使用することができる。
【0076】
また、本接着剤の硬化物は優れた組織接着性と柔軟性とを併せ持つため、例えば、血管吻合部に適用することによって、血管吻合部からの出血を止める等のための止血材としても使用できる。本接着剤は後述するように、組織に適用した際、優れた耐圧強度を有しているため、血圧に耐えることができ、かつ、その柔軟性により血管の拍動に追従する。また、本接着剤の硬化物は、優れた接着性に加えて、優れた吸収性、及び、生体適合性を併せ持つため、例えば、硬膜の縫合時に、硬膜と硬膜の隙間、硬膜縫合部、又は、硬膜形成材料と硬膜との隙間を補填等するためのシーラントとしても使用できる。
【0077】
使用方法としては特に制限されないが、後述する噴霧器を用いて、対象部位(組織)に塗布し、組織上で硬化物(ゲル)を形成させる形態が好ましい。
【0078】
[噴霧キット]
本実施形態に係る噴霧キットは、噴霧器、第1剤、及び、第2剤を含んで構成され、第1剤と第2剤とが混合された接着剤を対象となる生体組織等に霧状に塗布するために用いられる。
【0079】
図5Aは、噴霧キットに含まれる噴霧器の構成部品の説明図であり、図5Bは、組み立てられた噴霧キットの説明図である。
【0080】
噴霧器10は、外筒15、及び、先端にガスケットが配設されたプランジャ18からなる第1剤用シリンジ、並びに、外筒14、及び、先端にガスケットが配設されたプランジャ17からなる第2剤用シリンジを有している。各シリンジには、それぞれ第1剤21、及び、第2剤22が同量注入される。尚、図5Bにおいて、第1剤21は着色され、第2剤22は着色されていないが、第2剤22が着色されていてもよいし、いずれも着色されていなくてもよい。
【0081】
外筒14、及び外筒15は、シリンジホルダ16によって、それぞれが動かないよう、拘束された状態で支持され、先端にはアプリケータ13が嵌め差し込まれる。アプリケータ13の内部には、第1剤21、及び、第2剤22のための流通路(図示しない)がそれぞれ形成されており、各シリンジから押し出された第1剤と第2剤は混合されずにアプリケータ13の先端まで流通する。なお、アプリケータ内で第1剤と第2剤を混合するよう、内部の流通路が形成されていてもよい。
【0082】
プランジャ17、及びプランジャ18の後部端には、プランジャキャップ19が嵌め込まれている。このプランジャキャップ19を、シリンジホルダ16の方向へと押し込むことにより、2本のプランジャ17、18を一体として押し込むことができ、シリンジ内の第1剤21、及び第2剤22を同量押し出すことができるようになっている。
【0083】
シリンジから押し出され、アプリケータ13内の流通路を経た第1剤、及び、第2剤は、エクステンダ12内の流通路を介して、スプレ先端11から霧状となって吐出される。なお、噴霧器10は、エクステンダ12を有しているが、噴霧器10はエクステンダ12を有していなくてもよい。噴霧器10がエクステンダ12を有していない場合、アプリケータ13の出口に、スプレ先端11が接続されていてもよい。
【0084】
次に、噴霧キットの使用方法について説明する。まず、第1剤と第2剤とをそれぞれ調製する。第1剤と第2剤の調整方法は特に制限されないが、例えば、それぞれ溶媒を含まない第1剤、及び、第2剤にそれぞれ所定量の溶媒を添加して混合する方法等が挙げられる。
【0085】
より具体的には、噴霧キットは、粉末状の第1剤、及び第2剤が封入されたバイアル瓶を備え、これにそれぞれ所定量の溶媒を注入して、液状の第1剤、及び第2剤が調製される形態が挙げられる。なお、これらの溶媒は、第1剤用シリンジ、及び第2剤用シリンジにそれぞれ予め注入されていてもよい。
【0086】
次に、調製した液状の第1剤と第2剤とをそれぞれシリンジに注入し、噴霧器を組み立てる。具体的には、バイアル瓶内で混合して調製されたものを、各シリンジで吸引し、その後、噴霧器を組み立てればよい。
【0087】
次に、プランジャキャップを押し込むことで、スプレ先端から霧状の接着剤を吐出する。これにより、対象組織に対して接着剤が塗布され、速やかにゲル状に固化する。
【0088】
上記第1剤、及び、第2剤を混合して得られる接着剤の硬化物は、生理食塩水中で膨潤しにくいという特徴を有するため、浸出液、及び、血液等の水分が多く存在する環境下でもはがれにくく、かつ、界面に応力を発生させにくく、生体組織への負担が軽減されるという特徴を有する。
【実施例0089】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0090】
[実施例1]
(1)ゼラチン誘導体の合成
原料ゼラチン(スケトウダラ由来ゼラチン、以下、適宜、「Org-ApGltn」と記載する)を用いてカテコール基が導入されたゼラチン誘導体(以下、適宜、「Cat-ApGltn」と記載する)を合成した。本実施例では、図2に示すように、Cat-ApGltnは、3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒドをOrg-ApGltnのアミノ基と反応させ、シッフ塩基を形成させた後に、得られたシッフ塩基を還元剤によって安定な第2級アミンに還元して得た。
【0091】
30gのスケトウダラ由来ゼラチン(Org-ApGltn)(新田ゼラチン株式会社製、重量平均分子量(Mw):38,552Da、アミノ基含有量:371μmol/g)を105mLの超純水に溶解し、50℃で攪拌しながら、Org-ApGltnのアミノ基量(371μmol/g)100当量に対して5当量の3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒド(東京化成工業株式会社製)をエタノール(純生化学株式会社製)と共に溶液に添加し、3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒドとOrg-ApGltnのアミノ基間にイミン結合を形成させた。同温度で1時間撹拌した後、2-ピコリンボラン(純生化学株式会社製、50.85mmol)をエタノールとともに混合液に加え、イミンを還元した。得られた混合溶液(Org-ApGltn濃度:20質量/体積%、水:エタノール=105:45mL)を50℃で17時間攪拌し反応を進行させた。その後、反応溶液(150mL)を1500mLの冷エタノール(-7~4℃)に滴下し、Cat-ApGltnを精製した。得られた再沈殿物を1500mLのエタノールで洗浄(1時間×3回)することで未反応の3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒド、及び2-ピコリンボランを除去した。その後、3日間真空乾燥し、Cat-ApGltnを収率93.0質量%で得た。
【0092】
得られたCat-ApGltnは、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)により、3285cm-1の第2級アミンのピーク増加が認めら、プロトン核磁気共鳴法(H-NMR)により、6.8~7.0ppmのカテコール基由来芳香環のピークが認められた。これらの定性分析結果から、Cat-ApGltnにカテコール基が導入されていることが確認できた。即ち、Cat-ApGltnは、下記式(3)で表される構造を含む。
【0093】
【化6】
【0094】
また、Cat-ApGltnの疎水性基導入率(以下、適宜、「DS」と記載する)を原料ゼラチンのアミノ基数と、Cat-ApGltnのアミノ基数を、2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸法(TNBS法)によって定量し、得られた値から算出した。DSは、4.5mol%(約5mol%)であった。DSが約5mol%の本実施例のゼラチン誘導体を「5Cat-ApGltn」と記載する。
【0095】
(2)第1剤の調製
5Cat-ApGltn(ゼラチン誘導体)を、pH9.5の0.1Mホウ酸緩衝液に15w/v%の濃度で溶解し、第1剤を調製した。
【0096】
(3)第2剤の調製
架橋剤として、ペンタエリスリトール-ポリエチレングリコールエーテル テトラスクシンイミジル グルタレート(「4S-PEG」、重量平均分子量20,000、日油製)を用い、溶媒として、0.01モル/Lリン酸緩衝液(pH4.0)を用いた。第1剤と第2剤とを同体積で混合したとき、第1剤のアミノ基1当量に対して、第2剤中の活性エステル基が0.5当量となるように4S-PEGの濃度を決定して、第2剤を調製した。
【0097】
[実施例2~6]
(1)ゼラチン誘導体の合成
原料ゼラチン(Org-ApGltn)のアミノ基量100当量に対して、添加する3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒドを、それぞれ、10当量、15当量、20当量、40当量、及び80当量とした以外は、実施例1と同様の方法により、実施例2~6のゼラチン誘導体(Cat-ApGltn)を合成した。
【0098】
また、実施例2~6のゼラチン誘導体の疎水性基導入率DSを実施例1と同様の方法により測定した。実施例2~6のDSは、それぞれ、7.8(約8)mol%、11.6(約12)mol%、14.5(約14)mol%、21.6(約22)mol%、及び34.7(約35)mol%であった。以下、実施例2~6のゼラチン誘導体を、それぞれ、5Cat-ApGltn、8Cat-ApGltn、12Cat-ApGltn、14Cat-ApGltn、22Cat-ApGltn、及び35Cat-ApGltnと記載する。以上、得られた実施例2~6のゼラチン誘導体、及び実施例1のゼラチン誘導体のDS値等を表1にまとめて記載する。
【0099】
【表1】
【0100】
(2)第1剤の調製
5Cat-ApGltnに代えて、実施例2~6で合成したゼラチン誘導体を用いたこと以外は、実施例1と同様の方法により、実施例2~6の第1剤をそれぞれ調製した。
【0101】
(3)第2剤の調製
実施例1と同様の方法により、実施例2~6の第1剤に対応する第2剤をそれぞれ調製した。
【0102】
[評価]
1.耐圧強度試験
ASTM(F2392-04)に従い、ブタ大動脈(φ30mm)を基材として用い、シーリング強度(耐圧強度)を測定した(図3A参照)。実施例1、2、5及び6の第1剤と第2剤をそれぞれ100μLずつ混合し、前記ブタ大動脈に塗布することで、厚さ1.0mm、直径15mmの接着剤硬化物を調製した。塗布後、5.0g/mmの荷重により10分間の圧着を行った後、37℃の生理食塩水を2mL/分で流し、破裂したときの圧力の測定を行った。
また、比較のため、原料ゼラチン、市販のフィブリン系接着剤(CSLベーリング社製、ベリプラスト(登録商標))についても、同様の耐圧強度試験を行った。
【0103】
以上の結果を図3Bに示す。図3Bのグラフにおいて、Org、5Cat、8Cat、22Cat、35Cat、及びFibrinは、それぞれ、原料ゼラチン、実施例1、2、5及び6、並びに市販のフィブリン系接着剤の結果である。また、図3B中の点線は、平均動脈圧を示す。
【0104】
図3Bに示すように、実施例の接着剤(疎水性基導入率:5~35mol%)は、破裂圧力が平均動脈圧を超え、高い耐圧性を示した。一方、原料ゼラチン(Org)及び市販接着剤(Fibrin)は、破裂圧力は平均動脈圧未満であり、耐圧性は低かった。実施例中、最も高い耐圧性を示した実施例2の接着剤(8Cat)は、その破裂圧力が原料ゼラチン(Org)の破裂圧力の約2.3倍であり、市販接着剤(Fibrin)の破裂圧力の約3.9倍であった。
【0105】
図3Bに示す結果から、実施例のゼラチン誘導体は、その疎水性基導入率が10mol%以下である場合に耐圧性が特に高いと推測される。
【0106】
更に、耐圧強度試験後の原料ゼラチン(Org)及び実施例2(8Cat)の各試験片を10%ホルマリン液で固定し、ヘマトキシリン・エオジン(HE)で染色後、試験片-接着剤界面を光学顕微鏡により観察した。
【0107】
図3Cに示すように、実施例2(8Cat)では、組織(T、ブタ大動脈)の破壊が確認され、一方、原料ゼラチン(Org)では、接着剤(S)の破壊が確認された。この結果から、原料ゼラチン(Org)と比較して、実施例の接着剤(8Cat)の接着強度が高いことが確認できた。
【0108】
2.膨潤性試験
ADY社製Wシリンジに、実施例1、2、5及び6それぞれの第1剤と第2剤とを充填した。それぞれの第1剤と第2剤をWシリンジから吐出し、厚み1mmのゲル(接着剤硬化物)を作製し、直径10mmのポンチでくり抜いてサンプルとした。
【0109】
次に、サンプル(接着剤硬化物)を50ml遠沈管に移し、生理食塩水(Acid Bule 25μ/mlを添加したもの)50mlを注ぎ、37℃インキュベーター内で静置した。
【0110】
浸漬直前に測定したおいたサンプルの質量Mと、生理食塩水に浸漬し、24時間経過した後の質量Mとから、以下の式によって膨潤度(%)を求めた。
膨潤度(%)={(M-M)/M}×100
【0111】
また、比較のため、原料ゼラチンについても、同様に膨潤性試験を行った。更に、第1剤中のゼラチン誘導体として、カテコール基に代えてn-オクチル基を導入したゼラチン誘導体(従来の疎水化ゼラチン)を用いた接着剤についても、同様に膨潤性試験を行った。尚、従来の疎水化ゼラチンは、特許文献1に開示されている公知の方法により合成した。以上の結果を図4に示す。
【0112】
図4において、Org、5Cat、8Cat、22Cat、及び35Catは、それぞれ、原料ゼラチン、実施例1、2、5及び6の結果である。また、従来の疎水化ゼラチンを含む接着剤の結果を図4に点線(Previously Result)で示す。
【0113】
接着剤は、生体内組織に接着後に膨潤すると、横方向にずり応力が働き剥離し易くなる。このため、膨潤度が低いほど、生体組織に適用する接着剤として優れている。図4に示すように、実施例の接着剤(疎水性基導入率:5~35mol%)は、原料ゼラチン(Org)及び従来の疎水化ゼラチン(Previously Result)と比較して、膨潤度が低く、生体組織用接着剤として適していことが確認できた。
【0114】
図4に示す結果から、実施例のゼラチン誘導体は、その疎水性基導入率が10mol%以下である場合に膨潤度が特に低いと推測される。
【0115】
3.生体適合性試験
(1)ゼラチン誘導体の細胞毒性試験
L929線維芽細胞に、実施例1~4で合成したゼラチン誘導体(Cat-ApGltn、疎水性基導入率:5~14mol%)の溶液を添加し、培養を行った。コントロールとして、ゼラチン誘導体を添加しないL929線維芽細胞のみを同条件で培養した。
【0116】
細胞毒試験の結果、実施例のゼラチン誘導体は、コントロールに対して90%以上の生存率を示し、細胞毒性が極めて低いことが確認できた。
【0117】
(2)接着剤の生体親和性評価
実施例2(8Cat-ApGltn)の第1剤と第2剤をADY社製Wシリンジから吐出し、厚み:1mmのゲル(接着剤硬化物)を作製し、直径7mmのポンチでくり抜いてサンプルを作製した。作製したサンプルをラットの背部皮下に埋入した。埋入から3日後、7日後、及び14日後に、埋入部分の皮下組織の観察を行った。コントロールとして、接着剤硬化物(サンプル)を埋入していないマウスの背部の皮下組織の観察も行った。
【0118】
生体親和性評価の結果、実施例の接着剤硬化物は、いずれの日数経過後の観察においても、過度な炎症反応を引き起こしてはおらず、高い生体親和性を有することが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0119】
本発明の接着剤は、生体親和性及び接着強度が共に高く、例えば、大動脈等の強い圧力のかかる生体組織にも使用可能である。
【符号の説明】
【0120】
10:噴霧器、11:スプレ先端、12:エクステンダ、13:アプリケータ、14:外筒、15:外筒、16:シリンジホルダ、17、18:プランジャ、19:プランジャキャップ、21:第1剤、22:第2剤
図1A
図1B
図2
図3A
図3B
図3C
図4
図5A
図5B