(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023161874
(43)【公開日】2023-11-08
(54)【発明の名称】移動相、及びイオン化可能な有機化合物の分離方法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/26 20060101AFI20231031BHJP
B01J 20/281 20060101ALI20231031BHJP
G01N 30/02 20060101ALI20231031BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20231031BHJP
【FI】
G01N30/26 A
B01J20/281 X
G01N30/02 N
G01N30/88 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022072489
(22)【出願日】2022-04-26
(71)【出願人】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柴田 徹
(72)【発明者】
【氏名】新蔵 聡
(57)【要約】
【課題】水含有率の低い移動相であって、所望の分離対象の固定相への保持を高めることのできる移動相を提供する。
【解決手段】塩化物イオン、臭化物イオン、及びチオシアン酸イオンから選択される1種以上のアニオンを1mM以上300mM以下の濃度で含有し、溶媒が、水の含有率が0体積%超50体積%以下である水と有機溶媒との混合溶媒、有機溶媒、亜臨界二酸化炭素、及び超臨界二酸化炭素から選択される1種以上の溶媒である、移動相。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩化物イオン、臭化物イオン、及びチオシアン酸イオンから選択される1種以上のアニオンを1mM以上300mM以下の濃度で含有し、
溶媒が、水の含有率が0体積%超50体積%以下である水と有機溶媒との混合溶媒、有機溶媒、亜臨界二酸化炭素、及び超臨界二酸化炭素から選択される1種以上の溶媒である、移動相。
【請求項2】
前記アニオンが、塩を形成していない、請求項1に記載の移動相。
【請求項3】
前記アニオンが、カウンターカチオンと塩を形成している、請求項1に記載の移動相。
【請求項4】
前記カウンターカチオンが、2級アンモニウムイオン、3級アンモニウムイオン、及び4級アンモニウムイオンから選択される1種以上である、請求項3に記載の移動相。
【請求項5】
25℃の水中におけるpKaが-2.0以上4.0以下である酸をさらに含む、請求項3又は4に記載の移動相。
【請求項6】
前記アニオンが、塩化物イオンである、請求項1~5のいずれか1項に記載の移動相。
【請求項7】
非イオン性の固定相(サイズ排除型固定相を除く。)を用いた液体クロマトグラフィー又は超臨界流体クロマトグラフィーに用いられる、請求項1~6のいずれか1項に記載の移動相。
【請求項8】
前記非イオン性の固定相が、クラウンエーテル様環状構造を有するリガンドが担体に担持された固定相、又は多糖誘導体が担体に担持された固定相である、請求項7に記載の移動相。
【請求項9】
液体クロマトグラフィー又は超臨界流体クロマトグラフィーによりイオン化可能な有機化合物を分離する分離工程を含み、
前記分離工程で用いられる移動相は、塩化物イオン、臭化物イオン、及びチオシアン酸イオンから選択される1種以上のアニオンを1mM以上300mM以下の濃度で含有し、溶媒が、水の含有率が0体積%超50体積%以下である水と有機溶媒との混合溶媒、有機溶媒、亜臨界二酸化炭素、及び超臨界二酸化炭素から選択される1種以上の溶媒であり、
前記分離工程で用いられる固定相が、非イオン性の固定相(サイズ排除型固定相を除く。)である、イオン化可能な有機化合物の分離方法。
【請求項10】
前記アニオンが、塩を形成していない、請求項9に記載の分離方法。
【請求項11】
前記アニオンが、カウンターカチオンと塩を形成している、請求項9に記載の分離方法。
【請求項12】
前記カウンターカチオンが、2級アンモニウムイオン、3級アンモニウムイオン、及び4級アンモニウムイオンから選択される1種以上である、請求項11に記載の分離方法。
【請求項13】
前記移動相が、25℃の水中におけるpKaが-2.0以上4.0以下である酸をさらに含む、請求項11又は12に記載の分離方法。
【請求項14】
前記非イオン性の固定相が、クラウンエーテル様環状構造を有するリガンドが担体に担持された固定相、又は多糖誘導体が担体に担持された固定相である、請求項9~13のい
ずれか1項に記載の分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、移動相、及びイオン化可能な有機化合物の分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフィー及び超臨界流体クロマトグラフィー等のクロマトグラフィーは、混合物の分離分析のための簡便かつ精密な方法としてなくてはならないものになっている。また、クロマトグラフィーによる分離分析の対象は、低分子化合物、高分子化合物、及び生体高分子等の様々な物質に及んでいる。
【0003】
これらのクロマトグラフィーにおける分離分析においては、分離対象の構造に応じて固定相及び移動相の両方を適切に選択することが重要である。仮に固定相の選択が適切であっても、移動相の選択が不適切であると、例えば、分離対象が固定相にほとんど保持されずに混合物のまま溶出する、分析に極端な長時間を要する、固定相に保持されたままになるといった問題が生じる。したがって、許容可能な時間内に目的の精度での分離を達成するためには、適切な設計の移動相を選択することが必要である。
【0004】
例えばアミンのようなイオン化可能な有機化合物を分離対象とする場合、固定相及び移動相を適切に選択しないと、分離対象が十分に固定相に保持されなかったり、固定相に保持されたとしてもピーク形状が甚だしく変形したりして、分析及び精製等を目的の精度で行うことができない。このような分離対象に一般的に用いられる固定相及び移動相の組み合わせとしては、イオン交換体と電解質溶液との組み合わせ、疎水的な固定相と弱塩基性移動相との組み合わせ(イオンサプレッションモード)、及び比較的疎水的な固定相と特定のアニオンを含む中性~酸性の移動相との組み合わせ(イオンペアモード)等が挙げられる。
【0005】
イオンペアモードで用いられる固定相としては、オクタデシルシリル(ODS)化シリカゲル又はそのホモローグよりなる固定相が広く知られている(非特許文献1)。また、この他、多糖誘導体を備える固定相及びクラウンエーテル様環状構造を有する固定相にもイオンペアモードが有用であることが知られている(非特許文献2、特許文献1)。
【0006】
クラウンエーテル様環状構造を有する固定相と組み合わせる移動相としては、水を主とする移動相であって、カオトロピック陰イオンの塩及び疎水性有機酸の塩からなる群より選択される1種以上の疎水性陰イオンの塩の水溶液を含有する移動相が知られている。イオン化した分離対象は、近傍に上述のアニオンを対イオンとして伴っており、疎水的な固定相に保持される際には、上記アニオンが水和した状態から脱水和を受ける必要があるため、水和エネルギーの小さい疎水性陰イオンの存在が、分離対象を固定相に保持するために有利に働くと考えられている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Analytical Chemistry, 2002, Vol.74, Issue19, p.4927-4932
【非特許文献2】Journal of Liquid Chromatography, 1993, Vol.16, Issue4, p.859-878
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
一方で、水含有率の低い移動相を使用する場合、上述したようなアニオン種は、必ずしも分離対象を固定相に効果的に保持させるのに有効ではない。しかしながら、分離対象又は分離目的によっては、水含有率の低い移動相の方が好ましい場合もある。そのため、クロマトグラフィーにおける分析条件の選択肢を広げるべく、水含有率の低い移動相であって、所望の分離対象、特にイオン化可能な有機化合物の固定相への保持を促進できる移動相を開発することが求められている。
【0010】
本開示の課題は、水含有率の低い移動相であって、所望の分離対象の固定相への保持を高めることのできる移動相を提供することである。
また、本開示の他の課題は、上記移動相及び非イオン性の固定相を用いたクロマトグラフィーにより、アミン等のイオン化可能な有機化合物を良好に分離する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、水含有率の低い移動相であっても、移動相に特定のアニオンを含有させることにより、上記課題を解決できることを見出した。すなわち、本開示の要旨は、以下の通りである。
【0012】
〔1〕
塩化物イオン、臭化物イオン、及びチオシアン酸イオンから選択される1種以上のアニオンを1mM以上300mM以下の濃度で含有し、
溶媒が、水の含有率が0体積%超50体積%以下である水と有機溶媒との混合溶媒、有機溶媒、亜臨界二酸化炭素、及び超臨界二酸化炭素から選択される1種以上の溶媒である、移動相。
〔2〕
前記アニオンが、塩を形成していない、〔1〕に記載の移動相。
〔3〕
前記アニオンが、カウンターカチオンと塩を形成している、〔1〕に記載の移動相。
〔4〕
前記カウンターカチオンが、2級アンモニウムイオン、3級アンモニウムイオン、及び4級アンモニウムイオンから選択される1種以上である、〔3〕に記載の移動相。
〔5〕
25℃の水中におけるpKaが-2.0以上4.0以下である酸をさらに含む、〔3〕又は〔4〕に記載の移動相。
〔6〕
前記アニオンが、塩化物イオンである、〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の移動相。
〔7〕
非イオン性の固定相(サイズ排除型固定相を除く。)を用いた液体クロマトグラフィー又は超臨界流体クロマトグラフィーに用いられる、〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の移動相。
〔8〕
前記非イオン性の固定相が、クラウンエーテル様環状構造を有するリガンドが担体に担持された固定相、又は多糖誘導体が担体に担持された固定相である、〔7〕に記載の移動相。
〔9〕
液体クロマトグラフィー又は超臨界流体クロマトグラフィーによりイオン化可能な有機化合物を分離する分離工程を含み、
前記分離工程で用いられる移動相は、塩化物イオン、臭化物イオン、及びチオシアン酸
イオンから選択される1種以上のアニオンを1mM以上300mM以下の濃度で含有し、溶媒が、水の含有率が0体積%超50体積%以下である水と有機溶媒との混合溶媒、有機溶媒、亜臨界二酸化炭素、及び超臨界二酸化炭素から選択される1種以上の溶媒であり、
前記分離工程で用いられる固定相が、非イオン性の固定相(サイズ排除型固定相を除く。)である、イオン化可能な有機化合物の分離方法。
〔10〕
前記アニオンが、塩を形成していない、〔9〕に記載の分離方法。
〔11〕
前記アニオンが、カウンターカチオンと塩を形成している、〔9〕に記載の分離方法。〔12〕
前記カウンターカチオンが、2級アンモニウムイオン、3級アンモニウムイオン、及び4級アンモニウムイオンから選択される1種以上である、〔11〕に記載の分離方法。
〔13〕
前記移動相が、25℃の水中におけるpKaが-2.0以上4.0以下である酸をさらに含む、〔11〕又は〔12〕に記載の分離方法。
〔14〕
前記非イオン性の固定相が、クラウンエーテル様環状構造を有するリガンドが担体に担持された固定相、又は多糖誘導体が担体に担持された固定相である、〔9〕~〔13〕のいずれかに記載の分離方法。
【発明の効果】
【0013】
本開示によれば、水含有率の低い移動相であって、所望の分離対象の固定相への保持を高めることのできる移動相を提供することができる。
また、本開示によれば、上記移動相及び非イオン性の固定相を用いたクロマトグラフィーにより、アミン等のイオン化可能な有機化合物を良好に分離する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例1におけるdl-トリプトファンの液体クロマトグラムである。
【
図2】実施例2におけるdl-トリプトファンの液体クロマトグラムである。
【
図3】実施例3におけるdl-トリプトファンの液体クロマトグラムである。
【
図4】比較例1におけるdl-トリプトファンの液体クロマトグラムである。
【
図5】比較例2におけるdl-トリプトファンの液体クロマトグラムである。
【
図6】比較例3におけるdl-トリプトファンの液体クロマトグラムである。
【
図7】実施例4におけるdl-チロシンの液体クロマトグラムである。
【
図8】比較例4におけるdl-チロシンの液体クロマトグラムである。
【
図9】実施例5におけるdl-トリプトファンの液体クロマトグラムである。
【
図10】比較例5におけるdl-トリプトファンの液体クロマトグラムである。
【
図11】実施例6における1-フェニル-1,2,3,4-テトラヒドロイソキノリンのラセミ体の液体クロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本開示について具体的な実施形態を挙げて説明するが、各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は、一例であって、本開示の主旨から逸脱しない範囲内で、適宜、構成の付加、省略、置換、及びその他の変更が可能である。本開示は、実施形態によって限定されることはなく、クレームの範囲によってのみ限定される。
また、本明細書に開示された各々の態様は、本明細書に開示された他のいかなる特徴とも組み合わせることができる。
なお、本明細書において、数値範囲の下限値及び上限値を分けて記載する場合、当該数値範囲は、それらのうち任意の下限値と任意の上限値とを組み合わせたものとすることが
できる。
【0016】
1.移動相
本開示の第1の実施形態は、塩化物イオン、臭化物イオン、及びチオシアン酸イオンから選択される1種以上のアニオンを1mM以上300mM以下の濃度で含有する移動相であって、この移動相に含まれる溶媒は、水の含有率が0体積%超50体積%以下である水と有機溶媒との混合溶媒、有機溶媒、亜臨界二酸化炭素、及び超臨界二酸化炭素から選択される1種以上の溶媒である。本実施形態に係る移動相は、分離性能を阻害しない範囲で、その他の成分を含んでいてもよい。また、本実施形態に係る移動相は、少なくとも分析を実施する条件において、均一系(単相系)であることが好ましい。なお、移動相とは、液体クロマトグラフィー及び超臨界流体クロマトグラフィー等のクロマトグラフィーにおいて、分離対象とともに固定相に流し込まれ、分離対象とともに移動し、その後、固定相から分離物を溶出させる液体である。
【0017】
これまでに、塩化物イオンを含む溶液は、イオン交換型固定相に吸着させたカチオンを溶出させるための洗浄液として用いられてきたが、この溶液を移動相に適用することは検討されていない。また、移動相中に微量の塩化水素が含まれる例もあったが、これは、分離性能を向上させるために意図的に塩化水素が移動相に添加されたものではなく、緩衝液を調製する際にpH調整に使用した塩酸が移動相中に残存したものであった。そのため、移動相に特定濃度で塩化物イオンを含有させることにより、どのような効果が得られるかについては、検討されていなかった。
【0018】
本発明者らは、塩化物イオンが分離に及ぼす影響について鋭意検討した結果、塩化物イオンを含む移動相は、塩化物イオンを含まない移動相に比べて、試料の保持を増大させる効果が極めて高いことを見出した。
塩化物イオンは、カオトロピックイオンではなく、カオトロピックイオンとは逆の性質を持ったコスモトロピックイオンに分類される。すなわち、塩化物イオンは、水和エネルギーが大きく、水分子と強い相互作用を示す。そのため、イオン化した分離対象とイオンペアを形成して固定相に吸着される観点からは、塩化物イオンは不利なイオンであると考えられる。それにも関わらず、塩化物イオンを移動相に含有させることにより、イオン化した分離対象(例えば、有機アンモニウムイオン)の固定相への保持を増大させる効果が得られるのは、驚くべきことである。
【0019】
本発明者らは、塩化物イオンが分離対象の固定相への保持を増大し、分離性能を向上せしめる理由を、以下のように推測している。
本実施形態に係る移動相の溶媒は、有機溶媒を主とする水/有機溶媒混合物、亜臨界二酸化炭素、及び超臨界二酸化炭素から選択される1種以上の溶媒である。このように水含有率の低い溶媒(すなわち、水の含有率が50体積%以下の溶媒)中では、塩化物イオンは、十分な水和安定化を受けないため、イオン化した分離対象と容易にイオン対を形成することができ、また、疎水的な固定相に取り込まれる際の脱水和によるエネルギーロスが小さいため、容易に脱水和し得る。その結果、分離対象が良好に固定相に保持される。加えて、塩化物イオンは、球状で立体障害が小さく、重原子特有の外殻電子軌道に起因して分極率が大きいため、有機化合物との親和性も高い。そのため、塩化物イオンを移動相に含有させることにより、分離対象を固定相に良好に保持させ、分離性能を向上させることができると考えられる。また、ハロゲン化物イオンである臭化物イオン及び擬ハロゲン化物イオンであるチオシアン酸イオンも、塩化物イオンと化学的性質が似ているため、同様の理由から、塩化物イオンと同様に機能すると考えられる。
【0020】
以下、本実施形態に係る移動相をより詳細に説明する。
【0021】
1-1.アニオン種
本実施形態に係る移動相は、塩化物イオン、臭化物イオン、及びチオシアン酸イオンから選択されるアニオン(以下、「(擬)ハロゲン化物イオン」と称することがある。)を含有する。これらのうち、(擬)ハロゲン化物イオンは、塩化物イオンであることが好ましい。(擬)ハロゲン化物イオンは、1種単独であってもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0022】
移動相中において、(擬)ハロゲン化物イオンは、カウンターカチオンとともに塩を形成していてもよく、塩を形成していなくてもよい。クロマトグラフ及びカラム等の各種部材に腐食等のダメージを与えにくい点で、(擬)ハロゲン化物イオンは、カウンターカチオンと塩を形成していることが好ましい。
【0023】
本明細書において、(擬)ハロゲン化物イオンが塩を形成していないとは、移動相中のプロトン及びヒドロニウムイオン以外のカチオンの含有量が、(擬)ハロゲン化物イオンの10モル%以下、好ましくは5モル%以下、より好ましくは3モル%以下、さらに好ましくは1モル%以下であることを意味する。
【0024】
(擬)ハロゲン化物イオンが塩を形成していない状態で系内に存在する移動相は、塩化水素、臭化水素、及びチオシアン酸から選択される遊離酸と移動相の他の成分とを混合することにより調製することができる。混合方法は、特に限定されず、例えば、各化合物を溶媒に溶解して得た溶液を他の成分と混合する方法であってもよく、塩化水素ガス又は臭化水素ガスのバブリングにより混合する方法であってもよく、液状のチオシアン酸をそのまま他の成分と混合する方法であってもよい。塩化水素及び臭化水素に関しては、簡便性の観点から、塩化水素又は臭化水素の溶液を他の成分と混合する方法を採用することが好ましい。例えば、塩化物アニオンを5mMの濃度で含み、溶媒が水/アセトニトリル=5/95(v/v)混合溶媒である移動相を調製する場合は、まず、市販の塩酸を所定量秤り取り、必要に応じてアセトニトリルと混合することで水/アセトニトリルの比を5/95(v/v)に調整し、次いで、塩化物イオン濃度が5mMとなるよう、水/アセトニトリル=5/95(v/v)混合溶媒で希釈する方法が好ましい。ただし、(擬)ハロゲン化物イオン源として市販の高濃度水溶液(例えば、濃度35%の濃塩酸)を使用する場合は、高濃度水溶液中の水含有量が少ないため、希釈に先立って水/有機溶媒の比を調整することなく、高濃度水溶液をそのまま移動相の溶媒で希釈して移動相を調製してもよい。
【0025】
なお、チオシアン酸イオンは、遊離酸が不安定であり、市販されていない。そのため、チオシアン酸イオンを含む移動相は、後述の方法、すなわち、チオシアン酸塩と移動相の他の成分とを混合する方法により調製することが望ましい。換言すると、本実施形態に係る移動相において、チオシアン酸イオンはカウンターカチオンとの塩を形成していることが望ましい。
【0026】
移動相中で(擬)ハロゲン化物イオンが塩を形成していないことは、(擬)ハロゲン化物イオンの定量、酸塩基滴定、及び揮発性残渣の有無の評価により判断することができる。(擬)ハロゲン化物イオンの定量法は、特に限定されないが、イオンクロマトグラフィー又は誘導結合プラズマ発光分光分析(IPC-AES)により行うことができる。酸塩基滴定は、溶媒組成による影響を緩和するために移動相を10倍程度の水で希釈した後に行う。酸塩基滴定により求めた(擬)ハロゲン化物イオンの濃度が、上述の定量により求めた(擬)ハロゲン化物イオンの濃度と測定精度を加味して同等であり、さらに、移動相を蒸発乾固(例えば、10hPaの圧力下、30℃で乾固)しても(擬)ハロゲン化物イオンを含む結晶性残渣が生じないときは、移動相中の(擬)ハロゲン化物イオンが塩を形成していないと判断できる。
【0027】
(擬)ハロゲン化物イオンがカウンターカチオンと塩を形成している状態で系内に存在する移動相は、(擬)ハロゲン化物イオンとカウンターカチオンとの塩と、移動相の他の成分とを混合することにより調製することができる。混合方法は、特に限定されず、例えば、各化合物をそのまま他の成分と混合する方法であってもよく、各化合物を溶媒に溶解して得た溶液を他の成分と混合する方法であってもよい。
【0028】
カウンターカチオンは、プロトン及びヒドロニウムイオン以外のカチオンであれば特に限定されないが、典型的には無置換アンモニウムイオン(NH4
+)及び1~4級アンモニウムイオン等のオニウムカチオン;ナトリウムイオン及びカリウムイオン等の金属イオン;等が挙げられる。カウンターアニオンは、オニウムカチオンであることが好ましい。例えば、クラウンエーテル様環状構造を有するリガンドが担体に担持された固定相を用いてアミンの分離を行う場合、オニウムカチオンは、クラウンエーテル様環状構造と相互作用してイオン化したアミンの保持を弱めるといった不具合を生じにくいためである。また、オニウムカチオンは、2級~4級アンモニウムイオンから選択されたものであることが好ましく、液体クロマトグラフィー-質量分析法に適用できる点において、2級アンモニウムイオン及び3級アンモニウムイオンから選択されたものであることが好ましい。
【0029】
1級アンモニウムイオンとしては、メチルアンモニウムイオン、エチルアンモニウムイオン、及びブチルアンモニウムイオン等のモノアルキルアンモニウムイオンが好適に例示される。
2級アンモニウムイオンとしては、ジメチルアンモニウムイオン、ジエチルアンモニウムイオン、及びジブチルアンモニウムイオン等のジアルキルアンモニウムイオンが好適に例示される。
3級アンモニウムイオンとしては、トリメチルアンモニウムイオン、トリエチルアンモニウムイオン、及びトリブチルアンモニウムイオン等のトリアルキルアンモニウムイオンが好適に例示される。
4級アンモニウムイオンとしては、テトラメチルアンモニウムイオン、テトラエチルアンモニウムイオン、テトラブチルアンモニウムイオン、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムイオン、及びオクタデシルトリメチルアンモニウムイオン等のテトラアルキルアンモニウムイオンが好適に例示される。
上記モノアルキルアンモニウムイオン、ジアルキルアンモニウムイオン、トリアルキルアンモニウムイオン、及びテトラアルキルアンモニウムイオンの窒素原子に結合しているアルキル基は、それぞれ、炭素数1以上20以下のアルキル基であることが好ましく、炭素数1以上10以下のアルキル基であることがより好ましく、炭素数1以上4以下のアルキル基であることがさらに好ましい。
【0030】
上記オニウムカチオンのうち、(擬)ハロゲン化物イオンと無置換アンモニウムイオンの塩(例えば、塩化アンモニウム)は、分離性能向上の観点からは好適であるが、非水溶媒への溶解度が高くないため、当該塩が溶解し得る程度の水を溶媒中に含有させることが好ましい。また、クラウンエーテル様環状構造を有するリガンドが担体に担持された固定相を用いてクロマトグラフィーを行う場合、当該塩は、分離対象がクラウンエーテル様環状構造を有するリガンドに包接されるのを阻害することがあるため、カウンターアニオンとして他のオニウムカチオンを選択することが好ましい。
【0031】
移動相中で、(擬)ハロゲン化物イオンがカウンターカチオンと塩を形成している態様においては、必要に応じて移動相のpHを制御することが望ましい。
【0032】
例えばクロマトグラフィーによりアミンを分離する場合には、移動相中でアミンが遊離アミン及びアンモニウムイオンの両状態で存在すると、わずかなpHの変動で遊離アミン及びアンモニウムイオンの存在比が大きく変わり、ひいてはクロマトグラフィーでの挙動
が不安定になる。そのため、遊離アミン及びアンモニウムイオンのいずれかの状態に偏らせるために、移動相のpHを調整することが必要となる。
【0033】
また、イオンペアモードでアミンを分離する場合には、アミンをアンモニウムイオンに変換し、その吸着挙動を分離に利用する。アミンがアルキルアミンである場合には、移動相が中性であってもアルキルアミンは十分プロトン化されるため、pHを調整しなくても上記の問題は生じない。しかしながら、アミンが弱塩基性の芳香族アミンである場合には、移動相に酸を加え、pHを概ね4.0以下に調整することが望ましい。
【0034】
さらに、アミンがアミノ酸である場合には、アミノ酸のカルボキシ基が解離することにより、分離対象の固定相への保持が弱まることがある。したがって、pHを2.0未満にすることで、カルボキシ基の解離を抑制し、かつ、アミノ基をプロトン化することが望ましい。
【0035】
そこで、移動相中で、(擬)ハロゲン化物イオンがカウンターカチオンと塩を形成している場合には、必要に応じて、酸の添加によりpHの調整を行う。これにより、ほぼ全てのアミンをアンモニウムイオンに変換したり、アミノ酸のカルボキシ基の解離を抑制したりすることが可能となる。
【0036】
移動相のpHの調整に用いる酸の25℃の水中におけるpKaは、通常-2.0以上、好ましくは-1.0以上、より好ましくは0.5以上であり、また、通常4.0以下、好ましくは4.0未満、より好ましくは3.8以下、さらに好ましくは3.6以下である。酸のpKaの好ましい範囲としては、例えば-2.0以上4.0未満、-1.0以上3.8以下、及び0.5以上3.6以下が挙げられる。塩化水素より強い酸は、塩素イオンを塩化水素に変換し、金属腐食性のリスクを高めるところ、pKaが-2.0以上であれば、かかるリスクを軽減できる。また、弱すぎる酸では、アミノ酸をプロトン化することが難しいところ、pKaが4.0以下であれば、ほぼ全てのアミノ酸をプロトン化することが可能である。
なお、本明細書において、酸の「pKa」は、特段明記しない限り、25℃の水中におけるpKaを意味するものとする。また、多価の酸のpKaについて言及する場合、該pKaは、pKa1を意味するものとする。
【0037】
このような酸としては、リン酸(pKa:2.15)、シュウ酸(pKa:1.04)、及びギ酸(pKa:3.55)等が好ましく例示される。これらのうち、酸性度が高く、質量検出器での検出においてノイズが少ない点で、酸は、ギ酸及びシュウ酸から選択されることが特に好ましい。また、上述の酸以外にも、有機酸を用いることも可能である。移動相に有機酸が添加されると、紫外吸収による検出において、短波長でのS/N比が多少低下するが、分離性能を低下させるものではない。
【0038】
なお、移動相に酸を添加する際に、酸を任意の溶媒に溶解して添加する場合、移動相の溶媒組成が変化すると、クロマトグラムのベースラインが乱れて分析結果が不正確になるため、酸を溶解する溶媒は、移動相の溶媒と同溶媒とすることが好ましい。
酸の移動相への添加量は、分離対象及び移動相の溶媒に応じて、移動相のpHが所望の値となるよう適宜選択すればよい。通常であれば、移動相中の総濃度が1mM以上10mM以下となる量の酸が移動相に添加される。
【0039】
(擬)ハロゲン化物イオンがカウンターカチオンと塩を形成した態様で移動相に含有されているか否かは、移動相を蒸発乾固(例えば、10hPaの圧力下、30℃で乾固)して得られる残渣中の(擬)ハロゲン化物イオンの濃度で評価することができる。残渣中に、移動相体積に対して0.1mM以上の(擬)ハロゲン化物イオンが含まれていれば、(擬)ハロゲン化物イオンが塩を形成した態様で移動相中に含まれると推定できる。また、カウンターカチオンが1~4級アンモニウムイオンである場合、残渣のNMRスペクトルにおいて、アンモニウムイオンの窒素原子に結合している有機基のピークが観察されれば、移動相中で(擬)ハロゲン化物イオンが1~4級アンモニウムイオンの塩を形成していると推定できる。また、カウンターカチオンが金属イオンである場合には、イオンクロマトグラフィーにより金属イオンの存在が確認されれば、移動相中で(擬)ハロゲン化物イオンが金属イオンと塩を形成していると推定できる。
【0040】
移動相中の(擬)ハロゲン化物イオンの総濃度は、通常1mM以上、好ましくは2mM以上、より好ましくは4mM以上であり、また、通常300mM以下、好ましくは200mM以下、より好ましくは100mM以下、さらに好ましくは50mM以下、特に好ましくは20mM以下、最も好ましくは10mM以下である。(擬)ハロゲン化物イオンの総濃度の好ましい範囲としては、例えば1mM以上200mM以下、2mM以上100mM以下、2mM以上50mM以下、4mM以上20mM以下、及び4mM以上10mM以下が挙げられる。
【0041】
分離対象の固定相への保持の強さは、(擬)ハロゲン化物イオンの濃度に依存し、濃度が高いほど保持は強まるが、溶媒等の条件によっては、一定の濃度で保持の強さは飽和に達する。したがって、(擬)ハロゲン化物イオンの濃度は、著しく高濃度である必要はなく、上記範囲であれば分離対象の固定相への保持を十分増大することができる。例えば、後述する実施例では、塩化物イオン濃度が10mM以下の低濃度であっても、分離対象が良好に固定相に保持される結果、分離対象を良好に分離できることが示されている。
なお、(擬)ハロゲン化物イオン、特に塩化物イオンが塩を形成していない状態で移動相中に含まれ、移動相の溶媒が水の含有率の低い水と有機溶媒との混合溶媒又は有機溶媒(水の含有率0体積%)である場合には、クロマトグラフ及びカラム等の各種部材を腐食させる虞がある。したがって、クロマトグラフ及びカラム等の各種部材が例えば鋼のように腐食されやすい材料で形成されている場合には、(擬)ハロゲン化物イオンの濃度を5mM以下とすることが望ましい。
【0042】
1-2.溶媒
本実施形態に係る移動相の溶媒は、水の含有率が0体積%超50体積%以下である水と有機溶媒との混合溶媒、有機溶媒(水の含有率0体積%)、亜臨界二酸化炭素、及び超臨界二酸化炭素から選択される1種以上の溶媒である。上記水と有機溶媒との混合溶媒及び有機溶媒(水の含有率0体積%)において、有機溶媒は、1種単独であってもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0043】
水と有機溶媒との混合溶媒に含まれる有機溶媒としては、特に限定されないが、分離対象を溶解し得る有機溶媒であることが好ましい。好適な有機溶媒としては、例えばアセトニトリル、メタノール、エタノール、n-プロパノール、2-プロパノール、テトラヒドロフラン、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、及びジメチルアセトアミド(DMAc)等が挙げられる。また、分離対象及び上記塩等の各種成分を溶解きる限り、有機溶媒は、ヘキサン等の炭化水素;メチルtert-ブチルエーテル(MTBE)等のエーテル;ジクロロメタン等のハロゲン化炭化水素;等を含んでいてもよい。これらのうち、化学的安定性が高く、粘度が低く、かつ、紫外線吸収によるアミンの検出が可能となる点で、有機溶媒は、アセトニトリル、メタノール、エタノール、n-プロパノール、2-プロパノール、及びテトラヒドロフランから選択されることが好ましく、メタノール及びアセトニトリルから選択されることがより好ましく、アセトニトリルであることがさらに好ましい。また、有機溶媒は、クロマトグラフィーに汎用される、炭素数5以上8以下の炭化水素とアルコールとの混合物であってもよい。
【0044】
水と有機溶媒との混合溶媒における水の含有率は、通常0体積%超、好ましくは0.5体積%以上、より好ましくは1.0体積%以上であり、また、通常50体積%以下、好ましくは30体積%以下、より好ましくは20体積%以下、さらに好ましくは10体積%以下である。水と有機溶媒との混合溶媒における水の含有率の好ましい範囲としては、0体積%超30体積%以下、0.5体積%以上20体積%以下、及び1.0体積%以上10体積%以下が挙げられる。
【0045】
水の含有率が0体積%の有機溶媒の説明については、水と有機溶媒との混合溶媒に含まれる有機溶媒の説明を援用する。
【0046】
移動相を超臨界流体クロマトグラフィーに用いる場合は、溶媒として、亜臨界二酸化炭素及び超臨界二酸化炭素の少なくとも一方が選択される。この場合、塩化水素、臭化水素、チオシアン酸、又は(擬)ハロゲン化物イオンの塩と二酸化炭素との相溶性が必ずしも良くないため、目的の(擬)ハロゲン化物イオンが移動相中に目的濃度で溶解するよう、二酸化炭素とともに、溶媒として水又は水/メタノール混合物を用いることが好ましい。
【0047】
1-3.分離対象
本実施形態に係る移動相は、イオン化可能な有機化合物に対して(擬)ハロゲン化物イオンを供給することにより、イオン化可能な有機化合物をイオン化し、非イオン性の固定相に対する保持力を与えることができるため、イオン化可能な有機化合物のイオンペアクロマトグラフィーに有用である。本実施形態に係る移動相を用いることにより、複数のイオン化可能な有機化合物の混合物を各化合物に分離したり、イオン化可能な有機化合物と他の化合物との混合物からイオン化可能な有機化合物を分離したりすることができる。
【0048】
イオン化可能な有機化合物としては、典型的にはアミンが挙げられる。
アミンは、特に限定されず、1級アミン、2級アミン、及び3級アミンのいずれであってよい。具体的なアミンとしては、アラニン、システイン、グルタミン酸、メチオニン、ロイシン、チロシン、及びトリプトファン等のアミノ酸;前記アミノ酸のエステル等のアミノ酸誘導体;ジメチルアミノエタノール、プロパノールアミン、メチオニノール、及びノルエフェドリン等のアミノアルコール;フェニルエチルアミン、アニリン、メチルアニリン、クロロアニリン、及びアミノ安息香酸等のアミノ基含有炭化水素;1-フェニル-1,2,3,4-テトラヒドロイソキノリン等の環状アミン;等が挙げられる。
【0049】
本実施形態に係る移動相を用いることにより、クロマトグラフィーの分離性能を向上することができるため、構造が互いに類似するために分離が難しいアミンの混合物を各アミンに分離することもできる。構造が互いに類似するアミンの混合物としては、連鎖異性体の混合物、位置異性体の混合物、幾何異性体の混合物、及び類縁体の混合物等が挙げられる。さらに、キラル固定相を用いてクロマトグラフィーを行うことにより、エナンチオマーの混合物を各エナンチオマーに分離することもできる。
【0050】
1-4.固定相
本実施形態に係る移動相を適用する固定相は、特に限定されないが、上述の通り、移動相の特性を発揮するためには非イオン性の固定相であることが好ましい。また、サイズ排除型固定相は、分離対象の分子サイズの違いに基づいて分離するためのものであり、固定相と分離対象との間の化学的な相互作用を利用したものでないため、本実施形態に係る移動相は、サイズ排除型固定相以外の固定相に適用することが好ましい。
【0051】
なお、本明細書において、非イオン性の固定相とは、分離対象と接する部分にイオン性官能基を有しない固定相を意味する。一方、イオン性の固定相とは、分離対象と接する部分にイオン性官能基を有する固定相を意味する。ただし、使用条件において分離対象と接
する部分に双極イオン性の官能基を有し、正又は負のイオン性官能基を有しない固定相は、全体として電荷的に中性であるため、非イオン性の固定相に含むものとする。
【0052】
非イオン性の固定相としては、特に限定されず、市販されている公知の固定相を使用することができる。
市販されている公知の固定相としては、クラウンエーテル様環状構造を有するリガンドが担体に担持された固定相;セルロース誘導体及びアミロース誘導体等の多糖誘導体が担体に担持された固定相;オクタデシルシリル(ODS)化シリカゲルのように、炭素数1以上32以下のアルキルシリル基を介してシリカゲルに結合した固定相、又はこのアルキルシリル基のアルキル鎖にアミド結合のような極性基を埋め込んだPolar Embeddedと呼ばれる固定相;シリカゲルにベンゼン環を含む基(例えば、フェニルエチル基及びフェニルヘキシル基等)、ハロゲン含有基(例えば、ペンタフルオロフェニルプロピル、ペンタクロロフェニルプロピル、及びペンタブロモフェニルプロピル等)、シアノ基を有する基(例えば、フェニルプロピル基等)、アミド結合を有する基(例えば、アミドプロピル基等)、又はアルコール性水酸基を有する基を結合させた固定相;アミノ酸、環状オリゴ糖(例えば、シクロデキストリン及びシクロフラクタン等)、環状オリゴ糖その水酸基を修飾したもの、又は大環状アミド(例えば、バンコマイシン等)を担体に担持した固定相;双極イオン性官能基を有する固定相;等が挙げられる。
【0053】
上述の固定相のうち、非イオン性の固定相は、クラウンエーテル様環状構造を有するリガンドが担体に担持された固定相、又は多糖誘導体が担体に担持された固定相であることが好ましい。以下、これらの固定相について、より詳細に説明する。
【0054】
1-4-1.クラウンエーテル様環状構造を有するリガンドが担体に担持された固定相
本明細書において、リガンドとは、担体に担持され、かつ、分離対象に対して物理的な親和性、及び必要に応じて不斉認識能を示す化合物を意味する。クラウンエーテル様環状構造を有するリガンドは、式(I)で表されるクラウンエーテル骨格が、脂肪族、脂環式、又は芳香族炭化水素に化学的に結合されることで大環状ポリエーテル構造を形成した化合物である。
【0055】
*-O(CH2CH2O)n-* (I)
式中、nは、アミンのアミノ基及びクラウンエーテル骨格が結合する炭化水素に応じて、4~6の整数から適宜選択することができる。例えば、後述する式(II)又は(III)で表されるリガンドは、nが5であり、1級アンモニウム基を包摂するのに適したサイズのクラウンエーテル様環状構造を有するため、1級アミンの分離に好適に用いられる。繰り返し単位中のエチレン基の水素原子は、各種官能基により置換されていてもよいが、置換されていないことが好ましい。
【0056】
本実施形態においてエナンチオマーの分離を行う場合、リガンドとしては、クラウンエーテル様環状構造がホモキラルな構造に結合した化合物を用いる。このようなリガンドとしては、例えば、特開平2-69472号公報及び国際公開第2012/050124号に記載の式(II)で表されるリガンド、並びに特開2014-169259号公報に記載の式(III)で表されるリガンド等が挙げられる。また、式(II)中の1,1’-ビナフチル構造の3位及び3’位のフェニル基が、臭素原子等のハロゲン原子;メチル基等のアルキル基;置換芳香族基;複素環基;等に置き換わったリガンド(Peng Wu, et.al., Chin. J. Chem., 2017, 35, 1037-1042)も採用することができるが、リガンドはこれらに限定されるものではない。また、エナンチオマーの分離に有効なリガンドは、互いに類似する分子同士を分離するためにも有効であることが多い。
【0057】
【0058】
リガンドは、担体に担持した状態で固定相として使用される。担持の方法としては、公知の方法を採用することができ、例えば共有結合等の化学結合によりリガンドが担体に担持される方法を好適に採用することができる。具体的には、リガンド、リガンドの原料又はリガンドの中間体に反応性基を導入し、この置換基と担体表面に存在する反応性基とを反応させる方法が挙げられる。なお、担体表面に存在する反応性基とは、未処理の担体の表面に存在する基であってもよく、担体を表面処理剤、例えば3-アミノプロピルトリエトキシシラン、及び3-グリシジルオキシプロピルトリメトキシシラン等のシランカップリング剤で表面処理することにより担体表面に導入された基であってもよい。また、リガンドと担体の間に結合を形成する方法だけではなく、リガンドを含む原子団の間でいわゆる架橋結合を形成することによって、担体表面に不溶化された層を形成することもできる。さらに、その他の公知の担持方法、例えば、リガンドを担体上に物理吸着(コーティング)する方法により、リガンドを担体に担持してもよい。
【0059】
担体としては、リガンドを共有結合等の化学結合によって固定することができる限り、特に制限されない。このような担体は、無機担体であってもよく、有機担体であってもよいが、無機担体であることが好ましい。無機担体としては、例えばシリカゲル、アルミナ、マグネシア、ガラス、カオリン、酸化チタン、ケイ酸塩、及びヒドロキシアパタイト等が挙げられる。有機担体としては、例えば架橋ポリスチレン、架橋ポリアクリルアミド、架橋ポリアクリレート、及びポリサッカライド等が挙げられる。これらの有機担体は、架橋剤によって架橋されることで不溶化していることが好ましい。
【0060】
担体の形状は、特に制限されず、例えば粒子、及びカラム管に液密に収容される多孔性の円柱体(モノリス)等が挙げられる。また、担体としてキャピラリーの内壁を挙げることもできる。
【0061】
また、本実施形態において、担体は、シリカゲルであることが好ましい。シリカゲルは、前述した特性、即ち分離性能に優れ、また硬くて丈夫だからである。シリカゲルとして、全多孔性のものに加え、いわゆるコア-シェル型のものを用いてもよく、表面が化学修飾されたシリカゲルを用いてもよい。
【0062】
1-4-1.多糖誘導体が担体に担持された固定相
多糖誘導体が担体に担持された固定相の多糖誘導体としては、光学異性体の分離に用いることができる多糖誘導体として公知のものを採用することができる。
公知の多糖誘導体としては、例えば、セルロース、アミロース、β-1,4-キシラン
、β-1,4-キトサン、キチン、β-1,4-マンナン、イヌリン、又はカードランから選択される多糖の水酸基を、ベンゾエート、フェニルカルバメート、3,5-ジメチルフェニルカルバメート、3-クロロ-5-メチルフェニルカルバメート、3,5-ジクロロフェニルカルバメート、2,4-ジクロロフェニルカルバメート、3,4-ジクロロフェニルカルバメート、2,5-ジクロロフェニルカルバメート、4-フルオロフェニルカルバメート、4-クロロフェニルカルバメート、4-ブロモフェニルカルバメート、又は4-ヨードフェニルカルバメートに変換したものが挙げられる。より具体的には、特開2018-054608に記載のアミロース(3-クロロ-5-メチルフェニルカルバメート);国際公開第2008/102920号に記載のセルローストリス(3,5-ジクロロフェニルカルバメート);国際公開第2005/075974号に記載のセルローストリスベンゾエート、セルローストリス(フェニルカルバメート)、及びセルローストリス(3,5-ジメチルフェニルカルバメート);国際公開第2002/030903号に記載のセルローストリス(4-クロロフェニルカルバメート);等が例示される。
【0063】
担体としては、クラウンエーテル様環状構造を有するリガンドが担体に担持された固定相の担体と同様のものが挙げられる。
【0064】
また、多糖誘導体を担体に担持する方法としては、公知の方法を採用することができる。公知の方法としては、例えば特開2018-054608号公報、特開2018-030965号公報、国際公開第2014/087937号、又は特開平7-138301号公報に記載の方法が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0065】
2.イオン化可能な有機化合物の分離方法
本開示の第2の実施形態は、液体クロマトグラフィー又は超臨界流体クロマトグラフィーによりイオン化可能な有機化合物を分離する分離工程を含む、イオン化可能な有機化合物の分離方法である。前記分離工程で用いられる移動相は、本開示の第1の実施形態に係る移動相である。また、前記分離工程で用いられる固定相は、非イオン性の固定相(サイズ排除型固定相を除く。)である。イオン化可能な有機化合物及び固定相についての説明については、それぞれ、上記「1-3.分離対象」及び「1-4.固定相」における説明を援用する。
【0066】
本実施形態に係る分離方法は、分離工程の他に、分離された試料の定性を行う工程、及び分離された試料の定量を行う工程等のその他の工程を含んでいてもよい。
液体クロマトグラフィー及び超臨界流体クロマトグラフィーは、それぞれ、市販の液体クロマトグラフ及び超臨界流体クロマトグラフを用いて行うことができる。カラムの平衡化条件及び流速等の諸条件は、カラムサイズ、試料容量、及び移動相の種類等に応じて適宜選択することができる。
【0067】
また、本実施形態に係る分離方法は、液体クロマトグラフィー-質量分析法(LC-MS)に適用して、分離された試料の定量分析及び定性分析等の各種分析を行ってもよい。LC-MSによる分析方法は、本実施形態に係る分離方法によりイオン化可能な有機化合物を分離する分離工程、及び分離工程で分離された試料を質量分析により分析する質量分析工程を含む。
【0068】
質量分析工程における質量分析としては、LC-MSで使用される公知の質量分析法を採用することができる。例えば、質量分析におけるイオン化としては、大気圧化学イオン化(APCI)、大気圧光イオン化(APPI)、エレクトロスプレー法(ESI)、高速原子衝撃法(FAB)、及びサーモスプレー法(TSP)等から、試料の種類及び分析目的等に応じて適宜選択することができる。また、質量分析計としても、四重極型質量分析計(Q-MS)、イオントラップ型質量分析計(IT-MS)、及び飛行時間型質量分
析計(TOF-MS)等から、要求される感度及び分解能等に応じて適宜選択して用いることができる。
【0069】
3.(擬)ハロゲン化物イオン含有溶液の移動相としての使用
本開示の第3の実施形態は、塩化物イオン、臭化物イオン、及びチオシアン酸イオンから選択される1種以上のアニオンを1mM以上300mM以下の濃度で含有し、溶媒が、水の含有率が0体積%超50体積%以下である水と有機溶媒との混合溶媒、有機溶媒、亜臨界二酸化炭素、及び超臨界二酸化炭素から選択される1種以上の溶媒である溶液の、移動相としての使用である。本実施形態における溶液は、本開示の第1の実施形態に係る移動相である。すなわち、本実施形態におけるアニオン、溶媒、移動相を用いて分離する対象、及び移動相を適用する固定相は、それぞれ、上記「1-1.アニオン種」、「1-2.溶媒」、「1-3.分離対象」及び「1-4.固定相」において説明されている通りである。
【実施例0070】
以下、本開示を実施例によりさらに具体的に説明するが、本開示はその要旨を逸脱しない限り、下記の実施例に限定されるものではない。
【0071】
〔実施例1:dl-トリプトファンのキラル分離〕
(移動相の調製)
市販の1.00N塩酸5.00mLをホールピペットで秤り取り、1.00Lのメスフラスコに加えた。この塩酸にアセトニトリル74.4gを加えた後、水/アセトニトリル=5/95(v/v)混合溶媒を用いてメスアップすることで、塩化水素を5mMの濃度で含有し、溶媒として水/アセトニトリル(5/95(v/v))混合溶媒を含有する移動相Aを調製した。
【0072】
(アミンの分離)
カラムとして式(IV)で表されるクラウンエーテル様環状構造を有するリガンドが化学結合を介してシリカゲルに担持されたキラル固定相が充填されたカラム(株式会社ダイセル製「CROWNPAK CR-I(-)」、内径3mm、長さ150mm)を用い、液体クロマトグラフィー装置として高速液体クロマトグラフィー装置(島津製作所製「LC-20AD」)を用いてアミンの分離を行った。このとき、分離対象であるdl-トリプトファンは、約5mMの塩化水素を含む水/アセトニトリル(1:1(v/v))混合溶媒に約0.1%w/v濃度になるように溶解し、得られた溶液2μLをオートサンプラによってカラムに注入した。また、移動相1は、0.43mL/分で30℃に調温したカラムに送液した。
検出器としてフォトダイオードアレイ検出器(島津製作所製「SPD-M20A」、検出波長220nm)を用い、検出器で取得したデータをデータ解析用ソフトウェア(島津製作所製「LCsolution」)により解析した。得られたクロマトグラムを
図1に示す。
【0073】
【0074】
〔実施例2:dl-トリプトファンのキラル分離〕
(移動相の調製)
実施例1に記載の方法に準じ、トリメチルアンモニウムクロリドを5mMの濃度で含有し、シュウ酸を2.9mMの濃度で含有し、溶媒として水/アセトニトリル(5/95(v/v))混合溶媒を含有する移動相Bを調製した。
【0075】
(アミンの分離)
移動相Aに代えて移動相Bを使用した以外は実施例1と同様にしてdl-トリプトファンのキラル分離を行った。得られたクロマトグラムを
図2に示す。
【0076】
〔実施例3:dl-トリプトファンのキラル分離〕
(移動相の調製)
実施例1に記載の方法に準じ、トリメチルアンモニウムクロリドを5mMの濃度で含有し、シュウ酸を10mMの濃度で含有し、溶媒として水/アセトニトリル(5/95(v/v))混合溶媒を含有する移動相Cを調製した。
【0077】
(アミンの分離)
移動相Aに代えて移動相Cを使用した以外は実施例1と同様にしてdl-トリプトファンのキラル分離を行った。得られたクロマトグラムを
図3に示す。
【0078】
〔比較例1:dl-トリプトファンのキラル分離〕
(移動相の調製)
実施例1に記載の方法に準じ、過塩素酸を5mMの濃度で含有し、溶媒として水/アセトニトリル(5/95(v/v))混合溶媒を含有する移動相aを調製した。
【0079】
(アミンの分離)
移動相Aに代えて移動相aを使用した以外は実施例1と同様にしてdl-トリプトファンのキラル分離を行った。得られたクロマトグラムを
図4に示す。
【0080】
〔比較例2:dl-トリプトファンのキラル分離〕
(移動相の調製)
実施例1に記載の方法に準じ、トリフルオロ酢酸を5mMの濃度で含有し、シュウ酸を10mMの濃度で含有し、溶媒として水/アセトニトリル(5/95(v/v))混合溶媒を含有する移動相bを調製した。
【0081】
(アミンの分離)
移動相Aに代えて移動相bを使用した以外は実施例1と同様にしてdl-トリプトファンのキラル分離を行った。得られたクロマトグラムを
図5に示す。
【0082】
〔比較例3:dl-トリプトファンのキラル分離〕
(移動相の調製)
実施例1に記載の方法に準じ、シュウ酸を10mMの濃度で含有し、溶媒として水/アセトニトリル(5/95(v/v))混合溶媒を含有する移動相cを調製した。
【0083】
(アミンの分離)
移動相Aに代えて移動相cを使用した以外は実施例1と同様にしてdl-トリプトファンのキラル分離を行った。得られたクロマトグラムを
図6に示す。
【0084】
〔実施例4:dl-チロシンのキラル分離〕
(移動相の調製)
実施例1に記載の方法に準じ、塩化水素を5mMの濃度で含有し、溶媒として水/アセトニトリル(10/90(v/v))混合溶媒を含有する移動相Dを調製した。
【0085】
(アミンの分離)
移動相Aに代えて移動相Dを使用した以外は実施例1と同様にしてdl-チロシンのキラル分離を行った。得られたクロマトグラムを
図7に示す。
【0086】
〔比較例4:dl-チロシンのキラル分離〕
(移動相の調製)
実施例1に記載の方法に準じ、過塩素酸を5mMの濃度で含有し、溶媒として水/アセトニトリル(10/90(v/v))混合溶媒を含有する移動相dを調製した。
【0087】
(アミンの分離)
移動相Aに代えて移動相dを使用した以外は実施例1と同様にしてdl-チロシンのキラル分離を行った。得られたクロマトグラムを
図8に示す。
【0088】
〔実施例5:dl-トリプトファンのキラル分離〕
(移動相の調製)
実施例1に記載の方法に準じ、トリエチルアンモニウムクロリドを5mMの濃度で含有し、シュウ酸を10mMの濃度で含有し、溶媒としてヘキサン/エタノール/水(100/100/4(v/v/v))混合溶媒を含有する移動相Eを調製した。
【0089】
(アミンの分離)
移動相Aに代えて移動相Eを使用した以外は実施例1と同様にしてdl-トリプトファンのキラル分離を行った。得られたクロマトグラムを
図9に示す。
【0090】
〔比較例5:dl-トリプトファンのキラル分離〕
(移動相の調製)
実施例1に記載の方法に準じ、トリフルオロ酢酸を約67mMの濃度で含有し、溶媒としてヘキサン/エタノール/水(100/100/4(v/v/v))混合溶媒を含有する移動相eを調製した。
【0091】
(アミンの分離)
移動相Aに代えて移動相eを使用し、移動相の流速を0.25mL/分に変更した以外は実施例1と同様にしてdl-トリプトファンのキラル分離を行った。得られたクロマト
グラムを
図10に示す。
【0092】
〔実施例6:1-フェニル-1,2,3,4-テトラヒドロイソキノリンのラセミ体のキラル分離〕
(移動相の調製)
実施例1に記載の方法に準じ、トリエチルアンモニウムクロリドを5mMの濃度で含有し、シュウ酸を2.5mMの濃度で含有し、溶媒として水/アセトニトリル(2.5/97.5(v/v))混合溶媒を含有する移動相Fを調製した。
【0093】
(アミンの分離)
移動相Aに代えて移動相Fを使用し、固定相としてセルローストリス(3,5-ジメチルフェニルカルバメート)が化学結合を介してシリカゲル担体に固定化されたキラル固定相(株式会社ダイセル製「CHIRALPAK IB N-5」、内径4.6mm、長さ250mm)を使用し、移動相の流速を1.0mL/分に変更した以外は実施例1と同様にしてdl-トリプトファンのキラル分離を行った。得られたクロマトグラムを
図11に示す。
【0094】
実施例1~5及び比較例1~5は、クラウンエーテル様環状構造を有するリガンドを有するキラル固定相を使用した実験例である。このような固定相は、1級アミンのキラル分離に有効な固定相であり、水素結合によって1級アンモニウムイオンをクラウンエーテル様環状構造に包接し、キラルなビナフチル構造との相互作用により試料のキラリティーを認識するものである。
【0095】
実施例1~4では、比較例1~4と比べて各エナンチオマーのピークが離れていることから、dl-トリプトファン又はdl-チロシンが良好に分離されていることがわかった。特に、実施例1~3におけるdl-トリプトファンのキラル分離では、過塩素酸を含む移動相を用いた比較例1及びトリフルオロ酢酸を含む移動相を用いた比較例2と比べて、分離対象の固定相への保持が強く、ピークの分離が大きいことが確認された。また、実施例1~3では、比較例1の2番目のピークに見られるようなピークの割れも見られなかった。
【0096】
従来、トリフルオロ酢酸を含み、かつ、主溶媒としてアセトニトリルやヘキサン/エタノール混合溶媒のような有機溶媒を含む移動相を用いると、アミンを固定相に保持させる力が弱く、アミンを良好に分離できない場合があることが知られている。これに対して、実施例1~5の移動相は、有機溶媒を主とする水含有率の低い移動相であるにもかかわらず、塩化物イオンを含むことにより、上記比較例よりもアミノを固定相に強く保持できることがわかった。また、移動相中の塩化物イオンの濃度が、5mMという低濃度であっても高い保持性能を示すこともわかった。一方、比較例5では、実施例5と同程度の分離性能が示されたが、このような分離性能を得るために必要なトリフルオロ酢酸の濃度(約67mM)は、実施例5における塩化物イオンの濃度(5mM)の13倍以上であることがわかった。
【0097】
実施例6は、セルローストリス(3,5-ジメチルフェニルカルバメート)をシリカゲル担体に固定化したキラル固定相を使用した実験例である。かかる固定相を使用した場合、アセトニトリル等の有機溶媒を主とする水含有率の低い移動相では、イオン性物質を十分に保持したり、不斉認識したりすることができないといった問題が知られている。これに対して、実施例6の結果から、有機溶媒を主とする水含有率の低い移動相であっても、トリエチルアンモニウムクロリドを添加することにより、アミンの良好な保持及びキラル分離を達成できることが確認された。
本開示の少なくとも幾つかの実施形態に係る移動相を用いて液体クロマトグラフィーを行うことにより、高いアミン分離性能を実現することができる。また、揮発性の高い(擬)ハロゲン化物イオン及び酸を選択することにより、質量分析器による検出への悪影響が抑制されるため、LC-MSへの適用も可能であると考えられる。
したがって、かかる移動相は、各種液体クロマトグラフィー又は超臨界流体クロマトグラフィーによる分析及び精製等に広く適用することができ、有機化学、医学、及び薬学等の分野での展開が期待される。