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特開2023-162090BACE1阻害剤、アミロイドβ凝集体形成阻害剤、アミロイドβに対する細胞保護剤及びアセチルコリンエステラーゼ阻害剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023162090
(43)【公開日】2023-11-08
(54)【発明の名称】BACE1阻害剤、アミロイドβ凝集体形成阻害剤、アミロイドβに対する細胞保護剤及びアセチルコリンエステラーゼ阻害剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 36/732 20060101AFI20231031BHJP
   A61K 36/60 20060101ALI20231031BHJP
   A61K 36/52 20060101ALI20231031BHJP
   A61K 36/36 20060101ALI20231031BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20231031BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20231031BHJP
【FI】
A61K36/732
A61K36/60
A61K36/52
A61K36/36
A61P43/00 111
A61P43/00 105
A61P25/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022124755
(22)【出願日】2022-08-04
(31)【優先権主張番号】P 2022072066
(32)【優先日】2022-04-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000251130
【氏名又は名称】林兼産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上村 知広
(72)【発明者】
【氏名】山田 道生
【テーマコード(参考)】
4C088
【Fターム(参考)】
4C088AB12
4C088AB34
4C088AB53
4C088BA08
4C088BA09
4C088BA10
4C088CA05
4C088CA08
4C088NA14
4C088ZA02
4C088ZC01
4C088ZC20
(57)【要約】
【課題】安全で高い活性を有するBACE1阻害剤、Aβ凝集体形成阻害剤、Aβに対する細胞保護剤及びアセチルコリンエステラーゼ阻害剤を提供する。さらに、認知機能改善剤、記憶力の維持又は改善剤並びに認知症及び/又はMCIの治療及び/又は予防用の医薬組成物を提供する。
【解決手段】ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含むBACE1阻害剤、Aβ凝集体形成阻害剤、Aβに対する細胞保護剤、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤、認知機能改善剤、記憶力の維持又は改善剤並びに認知症及び/又はMCIの治療及び/又は予防用の医薬組成物。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含むBACE1阻害剤。
【請求項2】
ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含むAβ凝集体形成阻害剤。
【請求項3】
ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含むAβに対する細胞保護剤。
【請求項4】
前記ナデシコ科に属する植物が、ジャクゼツソウである、請求項1~3のいずれか一項に記載の剤。
【請求項5】
ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含むアセチルコリンエステラーゼ阻害剤。
【請求項6】
前記ナデシコ科に属する植物が、ジャクゼツソウである、請求項5に記載のアセチルコリンエステラーゼ阻害剤。
【請求項7】
ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含む認知機能改善剤。
【請求項8】
ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含む、記憶力の維持又は改善剤。
【請求項9】
ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含む、認知症及び/又はMCIの治療及び/又は予防用の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、BACE1阻害剤、アミロイドβ凝集体形成阻害剤、アミロイドβに対する細胞保護剤及びアセチルコリンエステラーゼ阻害剤に関する。さらに、本発明は、認知機能改善剤、記憶力の維持又は改善剤並びに認知症及び/又はMCIの治療及び/又は予防用の医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
認知症は、加齢に伴う脳機能障害であり、その有病率及び罹患率は、加齢に伴い著しく増大する。世界的な高齢化の進行に伴い、認知症の罹患者は増大傾向にあり、全世界の認知症罹患者数は、2020年には4000万人、2040年には8000万人に達するという推計もなされている。
【0003】
認知症の主なものとして、アルツハイマー型認知症(AD)、脳血管性認知症、レビー小体型認知症があるが、最も頻度が高いのはアルツハイマー病で、認知症全体の40~60%を占める。最近の疫学研究によると、脳血管性認知症の有病率や罹患率は治療法や予防法などの進歩に伴い年々減少する傾向にあるが、アルツハイマー型認知症の罹患者は確実に増加しているとも言われている(非特許文献1)。
【0004】
上述のとおり、アルツハイマー型認知症は、高齢化の進行する現在社会において深刻な社会問題の一つとなっており、その治療や予防を目的とした医薬品やサプリメント等の開発が急務となっている。アルツハイマー型認知症の要因として、脳内におけるアミロイドβ(アミロイドβタンパク質:Aβ)の蓄積及び脳内に蓄積したアミロイドβの神経毒性に起因する神経細胞死が考えられている。現在、アルツハイマー型認知症の症状の軽減のための治療として、脳の機能低下に対する対症療法としてのコリンエステラーゼ阻害剤又はグルタミン酸NMDA受容体拮抗薬の投与、脳の神経細胞の細胞死を抑制する効果を有する薬剤として、ペリンドブリル等の投与が行われている。しかし、ペリンドブリルには血圧降下作用の存在が知られており、却って症状を悪化させる懸念がある。
【0005】
アミロイドβは、「アミロイドβ生成」と「アミロイドβ凝集」の2つの段階を経て脳内に蓄積すると考えられている。したがって、これらの段階の一方又は双方を阻害する活性を有する化合物は、アルツハイマー型認知症の予防又は治療に有効であることが期待される。アミロイドβ凝集を阻害する活性を有する組成物として、例えば、シソ抽出物を有効成分として含むものが提案されている(特許文献1)。また、アミロイドβ生成に関与するタンパク質プロセシング酵素の1つであるγセクレターゼを阻害する活性を有する組成物として、ヒシュカ等に由来する植物エキスを有効成分として含むγセクレターゼ阻害組成物が提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2016-124865号公報
【特許文献2】特開2013-53076号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Nakamura S, Shigeta M, Iwamoto M, Tsuno N, Niina R, Homma A, Kawamuro Y. Prevalence and predominance of Alzheimer type dementia in rural Japan. Psychogeriatrics. 3 (2003):97-103.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、安全で高い活性を有するBACE1阻害剤、Aβ凝集体形成阻害剤、Aβに対する細胞保護剤及びアセチルコリンエステラーゼ阻害剤を提供することを目的とする。さらに、本発明は、認知機能改善剤、記憶力の維持又は改善剤並びに認知症及び/又はMCIの治療及び/又は予防用の医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、ボケ、リンデン、サンカクトウ、及びジャクゼツソウの抽出物が、優れたBACE1阻害活性、アミロイドβ凝集阻害活性、アミロイドβ誘導性細胞死の抑制作用及びアセチルコリンエステラーゼ阻害活性を示すという知見を得た。さらにインビボでの試験により、これらが短期記憶障害の改善作用を有するという知見も得た。
【0010】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、次のBACE1阻害剤、Aβ凝集体形成阻害剤、Aβに対する細胞保護剤、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤等を提供するものである。
【0011】
項1.ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含むBACE1阻害剤。
項2.ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含むAβ凝集体形成阻害剤。
項3.ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含むAβに対する細胞保護剤。
項4.前記ナデシコ科に属する植物が、ジャクゼツソウである、項1~3のいずれか一項に記載の剤。
項5.ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含むアセチルコリンエステラーゼ阻害剤。
項6.前記ナデシコ科に属する植物が、ジャクゼツソウである、項5に記載のアセチルコリンエステラーゼ阻害剤。
項7.ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含む認知機能改善剤。
項8.ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含む、記憶力の維持又は改善剤。
項9.前記ナデシコ科に属する植物が、ジャクゼツソウである、項7又は8に記載の剤。
項10.ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含む、認知症及び/又はMCIの治療及び/又は予防用の医薬組成物。
項11.前記ナデシコ科に属する植物が、ジャクゼツソウである、項10に記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、優れたBACE1阻害活性、アミロイドβ凝集阻害活性、アミロイドβ誘導性細胞死の抑制作用、及びアセチルコリンエステラーゼ阻害活性を有する、BACE1阻害剤、Aβ凝集体形成阻害剤、Aβに対する細胞保護剤、及びアセチルコリンエステラーゼ阻害剤を提供することができる。さらに、本発明によれば、認知機能改善剤、記憶力の維持又は改善剤並びに認知症及び/又はMCIの治療及び/又は予防用の医薬組成物を提供することができる。また、これらの有効成分は、食用又は生薬として使用されているものであるので高い安全性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】BACE1阻害活性の測定結果を示すグラフである。試料濃度50μg/ml、値は平均±SDである。n=3
図2】アミロイドβ凝集阻害活性の測定結果を示すグラフである。試料濃度10μg/ml、値は平均±SDである。n=3
図3】アミロイドβ誘導性細胞死の抑制作用の測定結果を示すグラフである。試料濃度20μg/ml、値は平均±SDである。n=2
図4】アセチルコリンエステラーゼ阻害活性の測定結果を示すグラフである。試料濃度37μg/ml、値は平均±SDである。n=2
図5】Y迷路試験における自発的交替行動率の測定結果を示すグラフである。* p<0.01 vs 偽手術群, # p<0.01 vs 媒体対照群, n=10
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0015】
なお、本明細書において「含有する、含む(comprise)」とは、「本質的にからなる(essentially consist of)」という意味と、「のみからなる(consist of)」という意味をも包含する。
【0016】
本発明のBACE1阻害剤、Aβ凝集体形成阻害剤、Aβに対する細胞保護剤、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤、認知機能改善剤、記憶力の維持又は改善剤(以下、「本発明のBACE1阻害剤等」と称することもある)、並びに認知症及び/又はMCI (Mild Cognition Impairment:軽度認知障害)の治療及び/又は予防用の医薬組成物は、ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物からなる群から選択される少なくとも1種の抽出物を含むことを特徴とする。
【0017】
ボケ(木瓜)(学名:Chaenomeles speciosa)は、バラ科に属する植物であり、中国原産で日本にも広く分布している。果実部分が古くから食用とされている(果実酒、ジャムなど)。
【0018】
リンデン(学名:Tilia europaea、Tilia plantyphillos, Tilia cordata, Tilia argentea)とは、シナノキ科に属する植物であり、高い木でヨーロッパ、北米に植栽されている。主に花や葉部がリンデンフラワーとして、ハーブティーや香り付け等に古くから利用されている。
【0019】
サンカクトウ(山核桃)(学名:Carya cathayensis Sarg.)とは、クルミ科に属する植物であり、産地は中国である。中国では、種子がナッツとして食されている。
【0020】
ナデシコ科に属する植物としては、具体的には、ジャクゼツソウ、カーネーション、ナデシコ、カスミソウ、サポナリア、サボンソウ、ハコベ等などが挙げられ、特にジャクゼツソウが好ましい。
【0021】
ジャクゼツソウ(雀舌草)(学名:Stellaria alsine Grimm)とは、ナデシコ科に属する植物であり、アジア温帯地域に広く分布している。別名:ノミノフスマである。温野菜として、若茎、若葉が食用とされている。
【0022】
ボケ、リンデン、サンカクトウの外果皮、及びナデシコ科に属する植物(以下、これらの植物をまとめて「本発明の植物」と称することもある)の抽出物の製造には、これらの植物の一部若しくは全体を使用することもできる。植物の一部としては、花、花穂、果皮(内果皮、外果皮、中果皮)、果実、果肉、茎、葉、枝、枝葉、幹、樹皮、根茎、根皮、根、種子、虫えい、心材、地上部、地下部などが挙げられ、これらを単独又は複数部位を組み合わせて使用することができる。抽出物の製造に使用する植物の部位としては、好ましくはボケは果実であり、リンデンは花及び葉であり、ナデシコ科に属する植物は葉である。また、抽出物の製造には、生の物、乾燥した物、切断又は粉砕された物などいずれの状態の植物も使用することができる。
【0023】
本発明の植物の抽出物を製造する方法としては、特に制限されず、通常用いられる方法により行うことができる。そのような方法としては、例えば、上記植物の各部位をそのまま又は適当な大きさに切断し、搾汁又は溶媒で抽出することや超臨界二酸化炭素抽出により行うことが挙げられる。抽出方法としては、溶媒抽出が特に好ましい。そのような溶媒抽出には水、有機溶媒又は含水有機溶媒を使用することができ、有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、2-メチル-1-プロパノール、2-メチル-2-プロパノール、1-ペンタノール、2-ペンタノール、3-ペンタノール等の炭素数1~5の低級アルコール、ジエチルエーテル等のエーテル類、酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル類、アセトン等のケトン類、酢酸、氷酢酸、プロピオン酸等の有機酸等が挙げられる。抽出溶媒としては、好ましくは、水、メタノール、エタノール及びこれらの任意の2種以上を任意の割合で混合した水性溶媒であり、特に好ましい抽出溶媒は、水、食品添加物として認められている有機溶媒であるエタノールと水とを任意の割合で混合した水性溶媒である。
【0024】
溶媒抽出としては、エタノール抽出及び熱水抽出が特に好ましい。エタノール抽出に使用する溶媒としては、例えば、エタノール濃度が10~60容量%又は45~55容量%の含水エタノールが挙げられる。
【0025】
抽出溶媒の使用量は、用いる植物の部位や抽出溶媒等により異なるが、質量比で、例えば、1:2~1:30 (植物原料:抽出溶媒)であり、1:3~1:20の範囲内が好ましい。
【0026】
抽出溶媒の温度は、室温を超え抽出溶媒の沸点以下の任意の温度とすることができ、抽出効率、被抽出物の耐熱性、揮発性等を考慮して決定されることが望ましい。必要に応じて、抽出効率を向上させるために、加熱した抽出溶媒を用いることもできる。熱水抽出を行う場合の温度は、例えば70℃以上、好ましくは80℃以上、より好ましくは95℃以上である。抽出時間としては、30分~15日の範囲内が挙げられる。抽出溶媒として水及び水性溶媒を用いる場合には、抽出効率を向上させるために、必要に応じて、酸、塩基、塩等を適宜含ませることができる。抽出に用いる水のpHとしては、特に制限されず、生体への使用を考慮して中性付近が好ましく、pH4~9がより好ましく、pH6~8が更に好ましい。
【0027】
溶媒抽出は任意の公知の方法により行うことができ、例えば、本発明の植物を溶媒中で所定時間混合後、ろ過、遠心分離、デカンテーション等により固形分と分離する方法、ソックスレー抽出法等の連続抽出法等の方法を用いることができる。
【0028】
ろ過により不溶分等を除去する場合には、必要に応じて、不純物を除去するために活性炭、ベントナイト、セライト等の吸着剤やろ過助剤を添加することもできる。特に抽出液の状態で用いる場合には、メンブレンフィルター等による除菌ろ過を併せて行うことが好ましい。
【0029】
本発明の植物の溶媒抽出物は、そのままでも使用することができ、必要に応じて、限外濾過、分子篩クロマトグラフィー(ゲル濾過)、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、透析法、これらの組合せなどによる精製を行うことができる。
【0030】
本発明の植物の溶媒抽出物としては、回収された抽出液(必要に応じて更に精製されたものも含む)、当該抽出液を濃縮した濃縮液、凍結乾燥、スプレードライ等により当該抽出液の溶媒が除去された固形物などが含まれる。ここで、抽出液の濃縮、凍結乾燥及びスプレードライは、常法に従って行うことができる。
【0031】
アルツハイマー型認知症に関連する諸症状の改善に関連すると思われる活性の一例として、アミロイドβの生成を阻害する活性が挙げられる。アルツハイマー型認知症は、脳内にアミロイドβからなるアミロイド線維が沈着して生成した老人斑が広範に認められる神経変性疾患であり、アミロイドβの蓄積がアルツハイマー型認知症の発症の引き金であるというアミロイドβ仮説が提唱されている。アミロイドβは、アミノ酸残基数約700の一回膜貫通型前駆体タンパク質(アミロイド前駆体タンパク質:APP)が2種類のタンパク質プロセシング酵素により切断されることにより産生される。アミロイドβは、APPの細胞外領域から膜貫通領域にかけて存在しており、βセクレターゼによりアミロイドβのN末部分が、次いでγセクレターゼによりC末部分が切断させる。
【0032】
BACE1 (β site amyloid cleaving enzyme)は、βセクレターゼを有する膜結合型のアスパラギン酸プロテアーゼであり、1999年にクローニングされて以来、阻害剤に関する多くの研究がなされている。一方、γセクレターゼは複数のサブユニットからなる複合タンパク質であるが、未だ正体は不明であり、APP以外にも、細胞の発生や分化に関与するいくつかの膜貫通型タンパク質も基質とすることが知られている。γセクレターゼの触媒中心であるプレセニリン(PS)をノックアウトしたマウスは胎生致死であることが知られており、γセクレターゼの阻害剤には危険な副作用が存在する可能性が懸念されている。
【0033】
アミロイド線維の脳内への沈着には、アミロイドβの凝集が深く関与している。アミロイドβは、単量体として存在する場合には無害であるが、分子間会合してβシート構造を形成することにより凝集し、線維状の凝集体を形成する。アミロイドβのコンホメーション変化の原因は必ずしも明らかではないが、アミロイドβの凝集を阻害する活性を有する化合物は、アルツハイマー型認知症の有効な治療薬となる可能性を有している。
【0034】
また、アルツハイマー型認知症では、脳内のアセチルコリンが減少するため、アセチルコリンの減少に関与するアセチルコリンエステラーゼの阻害剤が治療薬(例えば、ドネペジル塩酸塩、ガランタミン、リバスチグミン)として用いられている。
【0035】
本発明の植物の抽出物、特に本発明の植物の熱水抽出物及びエタノール抽出物は、高いアミロイドβの凝集を阻害する活性、高いBACE1阻害活性、アミロイドβ誘導性細胞死の抑制作用及びアセチルコリンエステラーゼ阻害活性を有しており、BACE1阻害剤等、並びに認知症及び/又はMCIの治療及び/又は予防用の医薬組成物の有効成分として有効である。
【0036】
本発明のBACE1阻害剤等、並びに認知症及び/又はMCIの治療及び/又は予防用の医薬組成物に含まれる本発明の植物の抽出物の割合は、特に制限されず、例えば、0.01~99質量%の濃度を挙げることができ、下限値としては0.1質量%、1質量%、2質量%、3質量%、4質量%、5質量%、6質量%、7質量%、8質量%、9質量%、10質量%であってもよく、その上限値は90質量%、80質量%、70質量%、60質量%、50質量%、10質量%であってもよい。
【0037】
本発明のBACE1阻害剤等、並びに認知症及び/又はMCIの治療及び/又は予防用の医薬組成物には、本発明の効果を妨げない範囲で、本発明の植物の抽出物以外の公知の成分を適宜配合することができる。
【0038】
本発明のBACE1阻害剤等は、飲食品(特に、保健、健康維持、増進等を目的とする飲食品(例えば、健康食品、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント、特定保健用食品、栄養機能食品、又は機能性表示食品))、医薬品(医薬部外品も含む)などとして使用することができる。また、本発明のBACE1阻害剤等は、それぞれBACE1阻害作用、アミロイドβ凝集阻害作用、アミロイドβ誘導性細胞死の抑制作用、アセチルコリンエステラーゼ阻害作用、認知機能改善作用、及び記憶力の維持又は改善作用を付与する添加剤についての意味も包含するものである。
【0039】
上記の飲食品には、本発明の植物の抽出物をそのまま使用することもできるが、必要に応じて、ビタミン類、フラボノイド類、ミネラル類、キノン類、ポリフェノール類、アミノ酸、核酸、必須脂肪酸、清涼剤、結合剤、甘味料、着色料、香料、安定化剤、防腐剤、崩壊剤、滑沢剤、徐放調整剤、界面活性剤、溶解剤、湿潤剤等を配合することができる。
【0040】
飲食品には、動物(ヒトを含む)が摂取できるあらゆる飲食品が含まれる。飲食品の種類は、特に限定されず、例えば、乳製品;発酵食品(ヨーグルト、チーズ等);飲料類(コーヒー、ジュース、茶飲料のような清涼飲料、乳飲料、乳酸菌飲料、乳酸菌入り飲料、ヨーグルト飲料、炭酸飲料、日本酒、洋酒、果実酒のような酒等);スプレッド類(カスタードクリーム等);ペースト類(フルーツペースト等);洋菓子類(チョコレート、ドーナツ、パイ、シュークリーム、ガム、キャンデー、ゼリー、クッキー、ケーキ、プリン等);和菓子類(大福、餅、饅頭、カステラ、あんみつ、羊羹等);氷菓類(アイスクリーム、アイスキャンデー、シャーベット等);食品類(カレー、牛丼、雑炊、味噌汁、スープ、ミートソース、パスタ、漬物、ジャム等);調味料類(ドレッシング、ふりかけ、旨味調味料、スープの素等)などが挙げられる。
【0041】
飲食品の製法も特に限定されず、適宜公知の方法に従うことができる。
【0042】
飲食品をサプリメントとして使用する際の投与単位形態については特に限定されず適宜選択でき、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、液剤、散剤等が挙げられる。
【0043】
飲食品の摂取量は、摂取者の体重、年齢、性別、症状などの種々の条件に応じて適宜設定することができる。
【0044】
上記の医薬品(以下の医薬品には「認知症及び/又はMCIの治療及び/又は予防用の医薬組成物」も含まれる)には、本発明の植物の抽出物のみを使用することもでき、ビタミン、生薬など日本薬局方に記載の他の医薬成分と混合して使用することもできる。
【0045】
医薬品として調製する場合、本発明の植物の抽出物をそのまま使用するか、又は医薬品において許容される成分とともに、タブレット(素錠、糖衣錠、フィルムコート錠、発泡錠、チュアブル錠、トローチ剤などを含む)、カプセル剤、丸剤、粉末剤(散剤)、細粒剤、顆粒剤、液剤、懸濁液、乳濁液、シロップ、ペースト、注射剤(使用時に、蒸留水又はアミノ酸輸液や電解質輸液等の輸液に配合して液剤として調製する場合を含む)などの形態に調製して、医薬用の製剤にすることが可能である。
【0046】
医薬品には、本発明の植物の抽出物以外にも、必要に応じて、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、懸濁化剤、増粘剤、抗酸化剤、吸収促進剤、pH調節剤、着色剤、保存剤、防腐剤、界面活性剤、安定化剤、甘味剤、矯味剤、香料等の薬学的に許容される成分を適宜配合することができる。
【0047】
医薬品の投与方法は特に限定されず、例えば、経口投与、動脈内投与、静脈内投与、口腔内投与、直腸投与、経腸投与、経皮投与などにより行うことができる。
【0048】
医薬品の投与量は、患者の体重、年齢、性別、症状、投与方法、剤型の種類などの種々の条件に応じて適宜決定することができる。
【0049】
飲食品及び医薬品の投与量及び摂取量としては、ヒトの場合、一般には製剤中に含有される有効成分の量で、好ましくは成人1日当り0.1~2000 mg/日である。もちろん投与量及び摂取量は、種々の条件によって変動するので、上記投与量及び摂取量より少ない量で十分な場合もあるし、或いは上記範囲を超えて必要な場合もある。
【0050】
以上説明した本発明のBACE1阻害剤等、並びに認知症及び/又はMCIの治療及び/又は予防用の医薬組成物は、ヒトを含む哺乳動物に対して適用されるものである。
【0051】
本発明の認知機能改善剤は、認知機能の改善を目的として使用される。ここで、「認知機能」とは、認知症において障害が見られる機能のことを意味する。「認知機能」としては、記憶力、注意力、言語機能、身につけた一連の動作を行う機能、五感を通じてまわりの状況を把握する機能、遂行機能、見当識などが挙げられる。「認知症」とは、後天的な脳の器質的障害により、一旦正常に発達した知能が不可逆的に低下した状態である。ここで、「改善」には、更なる症状の悪化の防止、すなわち維持、認知機能の悪化を遅延させる作用、一度悪化した認知機能を改善させる作用も包含される。
【0052】
本発明の認知機能改善剤を飲食品として使用する場合、「健常な中高年者の加齢によって低下する脳の活動性を改善し、認知機能の一部である記憶(言葉、数字、図形などを覚え、思い出すこと)の精度や判断の正確さを向上させる」、「認知機能の一部である記憶力(日常生活で見聞きした情報を覚え、思い出す力)を維持する機能がある」、「認知機能の一部である記憶力(数・ことば・状況などの情報を記憶し、思い出す力)を維持する機能がある」、「認知機能の一部である記憶力(見たり聞いたりした内容を記憶し、思い出す力)を維持する機能がある」、「認知機能の一部である記憶力(日常生活で見聞きした情報、言葉・物のイメージ、位置情報を覚え、思い出す力)をサポートする機能がある」、「認知機能の一部である記憶力(言葉・物のイメージ・位置情報を思い出す力)を維持する機能」、「認知機能の一部である、数・ことば・図形・状況などの情報の記憶をサポートする機能がある」、「認知機能の一部である記憶力(日常生活で生じる行動や判断を記憶し、思い出す力)を維持する機能がある」、「認知機能の一部である記憶(言葉や数字、図形などを覚え、思い出すこと)の精度や判断の正確さを向上させる」、「認知機能の一部である記憶(知覚・認識した物事の想起)の精度を高める」、「認知機能の一部である記憶力(少し前に見聞きしたことを思い出す力)を維持する」、「中高年の方の加齢に伴い低下する、認知機能の一部である記憶力、注意力、判断力、空間認識力を維持する」、「中高年の方の、認知機能の一部である記憶力(言葉や図形などを覚え、思い出す能力)を維持する」、「中高年の方の加齢に伴い低下する認知機能の一部(記憶力、注意力、判断力、空間認識力)を維持する作用」、「中高年の方の、認知機能の一部である数・ことば・図形・状況などの情報の記憶をサポートする機能がある」、「中高年の方の、認知機能の一部である数・ことば・図形・状況などの情報の記憶をサポートする機能がある」、「健常な中高年の方の加齢に伴い低下する認知機能の一部である記憶力(言葉や図形などを覚え、思い出す能力)を維持する」、「加齢により認知機能の一部である記憶機能(情報を記憶し、これをスムーズに思い出して判断する機能)が低下することを緩和する働きがある」、「脳の認知機能の一部である記憶力(少し前に見聞きしたことを思い出す力)を維持する」、「加齢に伴う記憶力の低下が気になる方に適した機能(記憶の保持・検索・再生に役立つ)がある」、「認知機能の一部である記憶(知覚・認識した物事の想起)の精度を高める」、「認知機能の一部である記憶(認知した言葉・物のイメージ・体験を思い出すこと)の精度や判断の正確さを向上させる」、「認知機能の一部である、記憶(言葉、人の顔)を維持する」、「中高年の方の加齢に伴い低下する、認知機能の一部である、数字・文字・図形・空間など情報の記憶をサポートする機能がある」、「認知機能の一部である記憶力(言葉や図形などを覚え、思い出す能力)を維持する」、「認知機能の一部である記憶力(日常生活で見たり聞いたりした情報を記憶し、思い出す力)を維持する機能がある」、「認知機能の一部である、数・ことば・図形・物語・色・状況などの情報の記憶をサポートする機能(物を覚えて記憶にとどめる力)」、「日常生活で疲労を感じる方の疲労感を軽減し、頭が冴えない・注意力低下といった疲労に伴う感覚の緩和、単純な記憶や判断を必要とする作業の効率向上に役立つ機能がある」等と表示してもよく、又はこれらに類似する表示を行ってもよい。
【0053】
本発明のBACE1阻害剤等の適用対象者としては、認知症(特に、アルツハイマー病)の患者、MCIの患者、pre-MCIの患者などが挙げられるが、認知機能の維持を目的として、認知機能に問題がない高齢者も適用対象者に含まれる。
【0054】
後述する実施例で示すように、本発明者らは、本発明の植物の抽出物が優れたBACE1阻害活性、アミロイドβ凝集阻害活性、アミロイドβ誘導性細胞死の抑制作用及びアセチルコリンエステラーゼ阻害活性を示すことを見出した。そのため、本発明の植物の抽出物は、優れたBACE1阻害活性、アミロイドβ凝集阻害活性、アミロイドβ誘導性細胞死の抑制作用及びアセチルコリンエステラーゼ阻害活性を有するので、BACE1阻害剤、Aβ凝集体形成阻害剤、Aβに対する細胞保護剤、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤の有効成分として好適に使用することができる。さらに、後述する実施例で示すように、本発明者らは、本発明の植物の抽出物が優れた短期記憶障害の改善作用を示すことを見出した。本発明の植物の抽出物は、上記活性を有することから、認知機能改善剤、記憶力の維持又は改善剤並びに認知症及び/又はMCIの治療及び/又は予防用の医薬組成物の有効成分としても好適に使用することができる。
【0055】
また、本発明の植物は、食用又は生薬として使用されているものであるので高い安全性を有する。
【実施例0056】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。
【0057】
調製例
<測定試料について>
以下に示す植物(乾燥生薬、乾燥ハーブ)は全て国内の生薬卸より購入した。
・サンカクトウ(山核桃) 学名:Carya cathayensis Sarg. 抽出部位:外果皮
・ボケ(木瓜、別名:皺皮木瓜) 学名:Chaenomeles speciosa 抽出部位:果実
・ジャクゼツソウ(雀舌草) 学名:Stellaria alsine Grimm 抽出部位:葉
・リンデンフラワー(別名:セイヨウシナノキ) 学名 Tilia europaea 抽出部位:花部・葉部
・イチョウ 抽出部位:葉
・シソ 抽出部位:葉
【0058】
<抽出方法>
(試験例1~4)
・50%エタノール抽出
フードプロセッサーを使用して各試料を破砕し、20倍量の50%エタノールを添加し、常温で2時間撹拌(抽出)を行った。撹拌後、ろ過して沈殿物を除去した。次いで、ロータリーエバポレーターでエタノールを除去し、凍結乾燥後、各抽出物を得た。なお、各抽出物はジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解して測定に用いた。
【0059】
(試験例5)
・50%エタノール抽出
フードプロセッサーを使用して各試料を破砕し、10倍量の50%エタノールを添加し、常温で2時間撹拌(抽出)を行った。撹拌後、ろ過して沈殿物を除去した。次いで、ロータリーエバポレーターでエタノールを除去、濃縮し、凍結乾燥後、各抽出物を得た。
【0060】
・熱水抽出
フードプロセッサーを使用して試料を破砕し、10倍量の蒸留水を添加し、90℃で30分間加熱抽出を行った。抽出後、ろ過して沈殿物を除去した。次いで、ロータリーエバポレーターで濃縮し、凍結乾燥後、抽出物を得た。
【0061】
試験例1:BACE1阻害活性の測定
BACE1阻害活性の評価は、BACE1 FRETアッセイキット(Thermo Fisher Scientificより入手)を用いて行った。測定試料は最終濃度の30倍濃度となるようにDMSOに溶解し、キットに付属のバッファーで10倍希釈したものを使用した。測定方法は、96ウェルブラックプレート(ハーフエリア)に測定試料溶液(コントロールは10%DMSO)及び基質溶液を各ウェルに10μlずつ添加し、混和した。次いで、BACE1酵素溶液(ブランクはバッファー)を10μl添加して混和後、恒温槽内(28℃)で2時間静置した。次いで、反応停止液10μlを添加して混和後、プレートリーダーで蛍光強度(励起波長:545 nm、蛍光波長:585 nm)を測定した。BACE1阻害率の算出は下式を用いて行った。
BACE1阻害率(%)=[(C-CB)-(S-SB)]/(C-CB)×100
式中、Cは阻害剤非存在下における蛍光強度、CBは阻害剤非存在下におけるバックグラウンド(コントロールバックグラウンド)、Sは阻害剤存在下における蛍光強度、SBは阻害剤存在下におけるバックグラウンド(サンプルバックグラウンド)である。
【0062】
結果を図1に示す。図1に示す通り、山核桃皮抽出物、ボケ抽出物、ジャクゼツソウ抽出物、リンデン抽出物は終濃度50μg/mlにおいて、BACE1阻害活性を示すことが明らかとなった。
【0063】
試験例2:Aβ凝集阻害活性の測定
アミロイドβ凝集阻害活性の評価には、in vitro評価法であるチオフラビンT法を用いた。チオフラビンTは凝集したAβと反応し、特異的な蛍光波長を示す試薬である。そのため、チオフラビンTを用いて、測定試料のAβ凝集阻害活性を簡便に測定することができる。測定は、Okudaらの方法(Journal of Alzheimer’s Disease 59, 313-328, 2017)に準拠して行った。具体的な手順は下記のとおりである。
【0064】
Aβ1-42 (株式会社ペプチド研究所より入手)を、濃度が0.2 mMとなるように0.1%アンモニア水に溶解した後、PBSでアミロイドβ濃度が20μMになるよう希釈した(Aβ溶液)。測定試料は、濃度が最終濃度の100倍になるようにDMSOに溶解した後、PBSで50倍希釈した(測定試料溶液)。Aβ溶液と測定試料溶液を、96ウェルブラックプレート(ハーフエリア)に25μlずつ添加して、ピペッティング撹拌した。プレートシールでウェルを密封して、37℃で24時間インキュベートした。次いで、100 mMトリス-グリシン緩衝液(pH:8.5)で6μMに調整したチオフラビンT (富士フイルム和光純薬株式会社製)を50μl加え、ピペッティング後、プレートリーダーで蛍光強度を測定した(励起波長:440 nm、蛍光波長:486 nm)。陽性対照として、アミロイドβ凝集阻害剤として知られるイチョウ葉抽出物、シソ葉抽出物を使用した。アミロイドβ(Aβ)凝集阻害率(%)は、下式を用いて求めた。
Aβ凝集阻害率(%)=[(I-B)-(I-B)]/(I-B)×100
式中、Iは阻害剤非存在下における蛍光強度、Bは阻害剤非存在下におけるバックグラウンド、Iは阻害剤存在下における蛍光強度、Bは阻害剤存在下におけるバックグラウンドである。
【0065】
結果を図2に示す。図2に示す通り、山核桃皮抽出物、ボケ抽出物、ジャクゼツソウ抽出物、リンデン抽出物は終濃度10μg/mlにおいて、Aβ凝集阻害活性を示した。また、その活性は陽性対照である、イチョウ葉やシソ葉の抽出物と同等、もしくはそれらよりも強いことが明らかとなった。
【0066】
試験例3: Aβ誘導性細胞死抑制作用の評価
ヒト神経芽細胞種株SH-SY5Y (株式会社ケー・エー・シーより入手)をDMEM培地(3%FBS、抗生物質含む)で40×104 cells/mlとなるように懸濁し、24ウェルI型コラーゲンコートプレートに0.5 mlずつ播種し、24時間前培養した。次いで、測定サンプル(DMSOに溶解)を0.5%DMEM培地(0.5%FBS、抗生物質含む、以下同様)に溶解し、培地交換を行った。1時間後に、Aβ1-42 (株式会社ペプチド研究所より入手)をDMSOに溶解してフィルター滅菌し、10μMとなるように各ウェルに添加(DMSO終濃度1%)して、22時間後に生細胞数の評価を行った。生細胞数の評価にはセルカウンティングキット-8 (株式会社同仁化学研究所)を用いた。キット付属の基質溶液を50μlずつウェルに添加し、37℃で60分反応後、プレートリーダーで吸光度450 nmを測定した。サンプル及びAβ1-42を添加していないウェル(コントロール)の吸光度を1として、各ウェルの吸光度の値を相対値(生細胞数相対値)で算出した。なお、相対値の算出においてはブランクとしてDMEM培地又はサンプルを溶解したDMEM培地を設定し、各々のブランク吸光度を差し引いた値を用いた。
【0067】
結果を図3に示す。図3に示す通り、アミロイドβを細胞に添加することで生細胞数が低下した。一方、山核桃皮抽出物、ボケ抽出物、ジャクゼツソウ抽出物、リンデン抽出物を終濃度20μg/mlで細胞に事前添加することにより、アミロイドβ添加による細胞死が抑制された。すなわち、各抽出物がAβ誘導性細胞死抑制作用を有することが明らかとなった。
【0068】
試験例4:アセチルコリンエステラーゼ阻害活性の測定
アセチルコリンエステラーゼ(Sigma-Aldrich)を0.1 unit/mlとなるように0.01Mリン酸緩衝液(pH7.4)に溶解し酵素溶液とした。DTNB試薬(株式会社同仁化学研究所)を0.15 mMとなるように0.1M リン酸緩衝液(pH7.4)に溶解しDTNB溶液とした。測定試料はDMSOに溶解し、0.01Mリン酸緩衝液(pH7.4)で希釈して試料溶液を作製した。アセチルチオコリン(東京化成工業株式会社)は2.25 mMとなるように蒸留水に溶解し基質溶液とした。なお、本評価系ではリン酸緩衝液は既製品(富士フイルム和光純薬株式会社、生化学用)を使用した。次に、試料溶液20μl、DTNB溶液200μl、酵素溶液20μlを96ウェルプレートに添加、混合し、恒温槽内(24℃)で10分静置した。次に基質溶液30μlを添加、混合し、恒温槽内(24℃)で30分間反応させた。反応後、プレートリーダーで吸光度405 nmを測定し、アセチルコリンエステラーゼ阻害率を算出した。
アセチルコリンエステラーゼ阻害率(%)=[(C-CB)-(S-SB)]/(C-CB)×100
式中、Cは阻害剤非存在下における吸光度、CBは阻害剤非存在下におけるバックグラウンド(コントロールバックグラウンド)、Sは阻害剤存在下における吸光度、SBは阻害剤存在下におけるバックグラウンド(サンプルバックグラウンド)である。
【0069】
結果を図4に示す。図4に示す通り、山核桃皮抽出物、ボケ抽出物、ジャクゼツソウ抽出物、リンデン抽出物は終濃度37μg/mlにおいて、アセチルコリンエステラーゼ阻害活性を示した。
【0070】
試験例5:認知機能改善評価
βアミロイド1-42脳室内単回投与による学習記憶障害に対する被験物質の効果をY迷路試験で評価した。
【0071】
<試験系>
試験動物として、雄性Slc: ddYマウス(SPF、日本エスエルシー株式会社)を使用した。当該マウスとして、5週齢のものを入手した。入手1日後の体重範囲は24.4~32.1 gであった。入手した動物には5日間の検疫期間、その後1日の馴化期間を設けた。体重推移及び一般状態に異常の認められない動物を群分けに用いた。群分けはコンピュータプログラムを用いて、各群の平均体重がほぼ等しくなるように馴化終了日に行った。
【0072】
マウスは、管理温度:20.0~26.0℃、管理湿度:40.0~70.0%RH、明暗各12時間(照明:6時~18時)、換気回数:12回/時(フィルターを通した新鮮空気)に維持された飼育室で飼育した。マウスは、平床式プラスチック製ケージ(W:310×D:360×H:175 mm)を用いて1ケージあたり5匹まで、群分け後は1ケージあたり6匹までの群飼育をした。飼料としては、固型飼料(MF、オリエンタル酵母工業株式会社)を、飲料水としては、水道水をそれぞれ自由に摂取させた。
【0073】
<投与>
投与経路は、経口投与とした。投与方法としては、ディスポーザブルマウス用経口ゾンデ(有限会社フチガミ器械)を取り付けたポリプロピレン製ディスポーザブル注射筒(テルモ株式会社)を用いて強制経口投与した。被験物質については投与操作時には、懸濁液をマグネチックスターラーで撹拌し、注射筒に吸引した。
【0074】
<実験スケジュール>
投与液量は、投与日の体重を基準として、10 mL/kgで算出した。投与回数は、投与開始日を投与1日とし、1日1回、14日間の合計14回とした。投与8日にβアミロイドを注入し、投与14日にY迷路試験を行った。
【0075】
<群構成>
群構成は、コントロールとして、生理食塩液を脳室内投与し媒体(0.5%MC)を経口投与する偽手術群、βアミロイドを脳室内投与し媒体(0.5%MC)を経口投与する媒体対照群を設け、ボケ熱水抽出物、ボケ50%エタノール抽出物、リンデン50%エタノール抽出物の500 mg/kg投与群を、それぞれ1群10例で設定した。0.5%MCはメチルセルロースを注射用水で0.5w/v%濃度となるように溶解したものである。被験物質は、それぞれ0.5%MCに懸濁させて用いた。
【0076】
<βアミロイドの注入>
動物をペントバルビタールナトリウム(東京化成工業株式会社) 40 mg/kgで腹腔内投与(投与液量:10 mL/kg)し、麻酔した。麻酔後、頭皮にレボブピバカイン塩酸塩(ポプスカイン(登録商標) 0.25%注、丸石製薬株式会社)を皮下投与(0.1 mL)した。動物の頭頂部の毛を刈り、頭部を脳定位固定装置に固定した。頭頂部をイソジン(登録商標)で消毒後に切開して、頭蓋骨を露出させ、頭蓋骨上の結合組織を綿棒で取り除いたのち、ブロワーで乾燥させてブレグマの位置を見やすくした。歯科用ドリルを用いてブレグマより側方1 mm (右側)、後方0.2 mmの頭蓋骨にステンレス製パイプ刺入用の穴を開けた。骨表面から2.5 mmの深さまで外径0.5 mmのシリコンチューブ及びマイクロシリンジに接続されたステンレス製パイプを垂直に刺入した。脳室内にβアミロイド溶液(偽手術群は生理食塩液を3μL) 3μL (200 pmol/3μL)をマイクロシリンジポンプで3分間かけて注入した。注入後は、ステンレス製パイプを挿入したまま3分間静置し、ステンレス製パイプをゆっくりと抜去した。頭蓋穴を非吸収性骨髄止血剤(ネストップ(登録商標)、アルフレッサファーマ株式会社)で塞ぎ、頭皮を縫合した。動物を脳定位固定装置から外し、飼育ケージに戻した。なお、ステンレス製パイプ及びシリコンチューブは滅菌済みのものを使用した。
【0077】
<Y迷路試験(自発的交替行動試験)>
検査には、1本のアームの長さが39.5 cm、床の幅が4.5 cm、壁の高さが12 cmで、3アームがそれぞれ120度に分岐しているプラスチック製のY字型迷路(有限会社ユニコム)を用いた。測定前に、装置の床面の照度が10~40 lx (実測値:10.5~13.0 lx)になるように調節した。
【0078】
動物をY字型迷路のいずれかのアームに置き、8分間迷路内を自由に探索させた。動物が測定時間内に移動したアームの番号(A~C)を記録し、アームに移動した回数を数え、総エントリー数とした。次に、この中で連続して異なる3つのアームを選択した組み合わせを調べ、この数を自発的交替行動数とした。さらに以下の式を用いて自発的交替行動率を算出した。
自発的交替行動率(%)=[自発的交替行動数/(総エントリー数-2)]×100
【0079】
例えば、Y字型迷路の各アームをA、B、Cとし、動物がACBABACBABの順で移動した場合の自発的交替行動数は、ACB、CBA、BAC、ACB、CBAの5となり、これを総エントリー数10から2を引いた8で割った値に100を掛けた数値62.5を自発的交替行動率とした。
【0080】
<統計学的方法>
有意差検定は以下の組み合わせで2群間比較を行った。2群間比較はF検定による等分散性の検定を行い、等分散の場合はStudentのt検定を、不等分散の場合はWelchのt検定を行った。有意水準は5%とした。なお、有意差検定には、市販の統計プログラム(SASシステム ver. 9.4、SAS Institute Japan株式会社)を使用した。
・偽手術群vs媒体対照群
・媒体対照群vsボケ熱水抽出物群、ボケ50%エタノール抽出物群、リンデン50%エタノール抽出物群
【0081】
Y迷路試験の結果(自発的交替行動率)を図5に示す。媒体対照群は、偽手術群と比較して自発的交替行動率の有意な低下が認められた(p<0.01)。ボケ熱水抽出物群、ボケ50%エタノール抽出物群及びリンデン50%エタノール抽出物群は、媒体対照群と比較して自発的交替行動率の有意な上昇が認められた(p<0.01)。
図1
図2
図3
図4
図5