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特開2023-162277MACSを用いた幹細胞由来網膜色素上皮の精製
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023162277
(43)【公開日】2023-11-08
(54)【発明の名称】MACSを用いた幹細胞由来網膜色素上皮の精製
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0793 20100101AFI20231031BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20231031BHJP
【FI】
C12N5/0793
C12Q1/02
【審査請求】有
【請求項の数】18
【出願形態】OL
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2023133410
(22)【出願日】2023-08-18
(62)【分割の表示】P 2021133999の分割
【原出願日】2016-09-07
(31)【優先権主張番号】62/215,272
(32)【優先日】2015-09-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(71)【出願人】
【識別番号】510003830
【氏名又は名称】フジフィルム セルラー ダイナミクス,インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】メイヤー ネイサン
(72)【発明者】
【氏名】チェース ルーカス
(72)【発明者】
【氏名】スタンケウィクツ ケイシー
(57)【要約】      (修正有)
【課題】幹細胞由来の網膜色素上皮細胞集団を濃縮する方法を提供する。
【解決手段】網膜色素上皮(RPE)細胞に富んだ集団を提供する方法であって、a)RPE細胞を含む出発細胞集団を得る工程;およびb)前記出発細胞集団と比較してRPE細胞が濃縮されたRPE細胞に富んだ細胞集団を提供するように、前記出発細胞集団からCD24に対して陽性の細胞、CD56に対して陽性の細胞および/またはCD90に対して陽性の細胞を除去することによって前記出発細胞集団をRPE細胞について濃縮する工程を含む、RPE細胞に富んだ集団を提供する方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
網膜色素上皮(RPE)細胞に富んだ集団を提供する方法であって、
a)RPE細胞を含む出発細胞集団を得る工程;および
b)前記出発細胞集団と比較してRPE細胞が濃縮されたRPE細胞に富んだ細胞集団を提供するように、前記出発細胞集団からCD24に対して陽性の細胞、CD56に対して陽性の細胞および/またはCD90に対して陽性の細胞を除去することによって前記出発細胞集団をRPE細胞について濃縮する工程を含む、RPE細胞に富んだ集団を提供する方法。
【請求項2】
前記RPEに富んだ集団におけるRPE細胞の濃縮レベルを決定することをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記濃縮レベルが、BEST1、CRALBP、TYRP1、PMEL17およびMITFからなる群から選択される網膜上皮特異的マーカーの使用を介して決定される、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記RPEに富んだ細胞集団が、BEST1選別により測定した場合に前記開始細胞集団と比較してRPE細胞が濃縮されている、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記RPEに富んだ細胞集団の少なくとも95%がRPE細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記RPEに富んだ細胞集団の少なくとも99%がRPE細胞である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記RPEに富んだ細胞集団が本質的に純粋なRPE細胞である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記RPE細胞がヒトRPE細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記出発細胞集団が多能性幹細胞から調製される、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記CD24に対して陽性の細胞、CD56に対して陽性の細胞および/またはCD90に対して陽性の細胞が、磁気ビーズに基づく選別または蛍光に基づく選別によって除去される、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記CD24に対して陽性の細胞、CD56に対して陽性の細胞および/またはCD90に対して陽性の細胞を、CD24、CD56および/またはCD90を認識する抗体またはアプタマーを用いて除去する、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記RPEに富んだ細胞集団が遺伝的に改変されていない、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
工程b)が、前記出発細胞集団を遺伝子操作することなく実施される、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
前記出発細胞集団からCD24に対して陽性の細胞を除去することによって、前記出発細胞集団がRPE細胞について濃縮される、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
前記出発細胞集団からCD56に対して陽性の細胞を除去することによって、前記出発細胞集団がRPE細胞について濃縮される、請求項1に記載の方法。
【請求項17】
前記出発細胞集団からCD90に対して陽性の細胞を除去することによって、前記出発細胞集団がRPE細胞について濃縮される、請求項1に記載の方法。
【請求項18】
前記出発細胞集団からCD90に対して陽性の細胞、CD56陽性の細胞およびCD24陽性の細胞を除去することによって、前記出発細胞集団がRPE細胞について濃縮される、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願は、2015年9月8日に出願された米国仮出願第62/215,272号の優先権を主張するものであり、その全内容は参照により本明細書に組み込まれる。
【背景技術】
【0002】
1.技術分野
本発明は、一般に、幹細胞生物学の分野に関する。より具体的には、本発明は、幹細胞由来の網膜色素上皮細胞集団を濃縮する方法に関する。
【0003】
2.関連技術の説明
網膜は、眼の内面を覆っている層状の光感受性の組織である。網膜における光受容細胞(桿体細胞また錐体細胞のいずれか)は光を直接感じ、化学的光シグナルを、神経インパルスを引き起こす電気的事象に変換する。網膜色素上皮(RPE)は、血液網膜関門を形成する色素細胞の層である。RPE細胞は、視覚機能の維持および網膜下腔から血液へのイオン、水および代謝産物の輸送において重要な役割を果たす(ストラウスら、2005)。さらに、RPE細胞は、免疫抑制因子を分泌することによって眼の免疫特権を確立している。RPE細胞が障害または損傷を受けると、網膜の変性、視覚機能の喪失および失明が起こり得る。急性および加齢性黄斑変性症ならびにベスト病などの網膜のいくつかの障害はRPEの変性を伴うため、視力を保持するための治療オプションとして、細胞補充療法が考えられる(ブシュホルツら、2009)。
【0004】
一般に、幹細胞は、一連の成熟した機能性細胞を生じることが可能な未分化細胞である。例えば、造血幹細胞は、様々な、最終分化した血液細胞のいずれをも生じ得る。胚性幹(ES)細胞は、胚由来の多能性細胞であり、RPE細胞を含む任意の臓器または組織型にも発生する能力を有する。
【0005】
2006年に確立された、成体マウスの体細胞からの人工多能性幹細胞(iPSC)の作製は、幹細胞研究、創薬、疾患モデル、および細胞治療の重要な突破口となった(タカハシら、2006)。ヒトiPSCは、特定の細胞型に分化させることができ、再生医療にむけた、患者特異的な、免疫型の一致した細胞生産の可能性を有する(ユーら、2007)。
【0006】
iPSCは、RPE細胞を含む眼細胞をも生じることが分かっている(ヒラミら、2009)。しかし、iPSC由来のRPE細胞を治療、スクリーニングアッセイ、網膜疾患モデル、RPE生物学の研究に使用するには、分化したRPE細胞集団から汚染細胞を除去することおよび/または目的の集団を濃縮(enrichment)することが必要である。
【発明の概要】
【0007】
本態様は、CD24陽性細胞、CD56陽性細胞、および/またはCD90陽性細胞の除去によって、出発RPE細胞集団から網膜色素上皮(RPE)細胞に富んだ集団を得る方法を提供することによって、当該技術分野の大きな欠点を克服するものである。特定の態様において、出発RPE細胞集団は、例えば、胚性幹細胞または人工多能性幹細胞のような多能性幹細胞から得ることができる。
【0008】
一態様では、網膜色素上皮(RPE)細胞に富んだ集団を提供するための方法が提供され、この方法は、(a)RPE細胞を含む出発細胞集団を得ること、および(b)前記出発細胞集団と比較してRPE細胞が濃縮されたRPE細胞に富んだ細胞集団を提供するように、前記出発細胞集団からCD24に対して陽性の細胞、CD56に対して陽性の細胞および/またはCD90に対して陽性の細胞を除去することによって前記出発細胞集団を濃縮することを含む。いくつかの局面において、出発細胞集団は、遺伝子操作されていないか、または遺伝子改変されていない。いくつかの局面では、細胞集団を濃縮することは、細胞を遺伝子操作することを含まない。したがって、特定の局面において、RPEに富んだ細胞集団は、遺伝子操作されていないか、または遺伝子改変されていない細胞である。
【0009】
いくつかの局面では、本方法はさらに、RPEに富んだ集団におけるRPE細胞の濃縮レベルを決定することを含む場合がある。特定の局面において、濃縮レベルは、網膜上皮特異的マーカーを使用して測定される。例えば、網膜上皮特異的マーカーは、BEST1、CRALBP、TYRP1、PMEL17またはMITFであり得る。特定の局面において、RPEに富んだ細胞集団とは、BEST1選別によって測定した場合に、出発細胞集団と比較して、RPE細胞が濃縮されたものである。
【0010】
特定の局面において、RPEに富む集団とは、少なくとも95%、96%、97%、98%、または99%がRPE細胞である。他の局面において、RPEに富む集団とは、本質的に純粋なRPE細胞である。
【0011】
態様の特定の局面において、出発細胞集団は、多能性幹細胞から調製される。さらなる局面において、多能性幹細胞は、人工多能性幹細胞である。例えば、RPE細胞は、ヒトRPE細胞でもよい。
【0012】
特定の局面では、CD24陽性細胞、CD56陽性細胞および/またはCD90陽性細胞が除去される。例えば、CD24陽性細胞、CD56陽性細胞および/またはCD90陽性細胞は、磁気ビーズを使用した選別または蛍光を使用した選別によって除去することができる。特定の局面において、CD24陽性の細胞、CD56陽性細胞および/またはCD90陽性細胞は、CD24、CD56および/またはCD90を認識する抗体またはアプタマーを用いて除去される。
【0013】
特定の局面において、細胞集団は、この細胞集団からCD24陽性細胞を除去することによって、RPE細胞が濃縮される。他の局面において、細胞集団は、この細胞集団からCD56陽性細胞を除去することによって、RPE細胞が濃縮される。さらに別の局面において、細胞集団は、この細胞集団からCD90陽性細胞を除去することによって、RPE細胞が濃縮される。さらなる局面において、細胞集団は、この細胞集団から、CD90陽性細胞、CD56陽性細胞およびCD24陽性細胞を除去することによって、RPE細胞が濃縮される。
【0014】
本明細書で提供される細胞集団は、線維芽細胞または未分化多能性幹細胞などの非RPE細胞の混入を本質的に含まなくてもよい。さらなる局面において、RPE細胞は、マウスまたはヒトRPE細胞である。特定の局面においてRPE細胞は、凍結保存されたRPE細胞であってよい。
【0015】
本明細書中の方法によって産生されるRPE細胞は、RPE細胞の分野で現在知られている任意の方法および用途に使用することができる。例えば、RPE細胞に対する化合物の薬理学的特性または毒物学的特性をアッセイすることを含む、化合物の評価方法を提供することができる。また、RPE細胞に対する効果について化合物を評価する方法であって、a)本明細書で提供されるRPE細胞を化合物と接触させること;およびb)RPE細胞に対する化合物の効果をアッセイすることを含む、化合物の評価方法も提供され得る。
【0016】
本発明の他の目的、特徴および利点は、以下の詳細な説明から明らかになるであろう。しかしながら、詳細な説明および特定の実施例は、本発明の好ましい態様を示してはいるが、例示のために示されているだけであり、この詳細な説明から、本発明の精神および範囲内の様々な変更および修正が当業者には明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
以下の図面は、本明細書の一部を形成し、本発明の特定の局面をさらに示すために含まれるものである。本発明は、本明細書に提示される特定の態様の詳細な説明と組み合わせて、これらの図面の1つ以上を参照することにより、よりよく理解され得る。
【0018】
図1A】コンフルエントに達する前のiPSCの画像。
図1B】分化25日目のRPEの画像例。
図1C】分化40日目のRPEの画像例。
図1D】40日目にRPE-MMを入れた培地に移した後の60日目の画像例。明視野、100倍。
【0019】
図2A】iPSC由来RPE細胞集団の細胞選別前の、MAP2、NES、PAX6、MITF、PMEL17、TYRP1、CRALBPおよびBEST1を含む関連マーカーのフローサイトメトリー分析。
図2B】iPSC由来RPE細胞集団の細胞選別前の、MAP2、NES、PAX6、MITF、PMEL17、TYRP1、CRALBPおよびBEST1を含む関連マーカーのフローサイトメトリー分析。
【0020】
図3A-1】CD24陽性細胞、CD24およびCD56陽性細胞、CD24およびCD90陽性細胞、ならびにCD24、CD56およびCD90陽性細胞を除去するために、iPSC由来RPE細胞集団を細胞選別した後の、MAP2、NES、PAX6、MITF、PMEL17、TYRP1、CRALBPおよびBEST1を含む関連マーカーのフローサイトメトリー分析。
図3A-2】CD24陽性細胞、CD24およびCD56陽性細胞、CD24およびCD90陽性細胞、ならびにCD24、CD56およびCD90陽性細胞を除去するために、iPSC由来RPE細胞集団を細胞選別した後の、MAP2、NES、PAX6、MITF、PMEL17、TYRP1、CRALBPおよびBEST1を含む関連マーカーのフローサイトメトリー分析。
図3B-1】CD24陽性細胞、CD24およびCD56陽性細胞、CD24およびCD90陽性細胞、ならびにCD24、CD56およびCD90陽性細胞を除去するために、iPSC由来RPE細胞集団を細胞選別した後の、MAP2、NES、PAX6、MITF、PMEL17、TYRP1、CRALBPおよびBEST1を含む関連マーカーのフローサイトメトリー分析。
図3B-2】CD24陽性細胞、CD24およびCD56陽性細胞、CD24およびCD90陽性細胞、ならびにCD24、CD56およびCD90陽性細胞を除去するために、iPSC由来RPE細胞集団を細胞選別した後の、MAP2、NES、PAX6、MITF、PMEL17、TYRP1、CRALBPおよびBEST1を含む関連マーカーのフローサイトメトリー分析。
図3C-1】CD24陽性細胞、CD24およびCD56陽性細胞、CD24およびCD90陽性細胞、ならびにCD24、CD56およびCD90陽性細胞を除去するために、iPSC由来RPE細胞集団を細胞選別した後の、MAP2、NES、PAX6、MITF、PMEL17、TYRP1、CRALBPおよびBEST1を含む関連マーカーのフローサイトメトリー分析。
図3C-2】CD24陽性細胞、CD24およびCD56陽性細胞、CD24およびCD90陽性細胞、ならびにCD24、CD56およびCD90陽性細胞を除去するために、iPSC由来RPE細胞集団を細胞選別した後の、MAP2、NES、PAX6、MITF、PMEL17、TYRP1、CRALBPおよびBEST1を含む関連マーカーのフローサイトメトリー分析。
【0021】
図4A】iPSC-RPE未処理細胞およびPGE2で処理したiPSC-RPE細胞のベータカテニンおよびF-アクチン染色。ベータカテニン染色は、未処理細胞の細胞質および処理細胞の膜に見られる。
図4B】iPSC-RPE未処理細胞およびPGE2で処理したiPSC-RPE細胞のpERM(エズリン)およびZO1染色。ERM染色は未処理細胞の細胞質では弱く、処理細胞の細胞質では強いが、ZO1染色は未処理および処理細胞の両方の原形質膜のタイトジャンクションで見られる。
図4C】iPSC-RPE未処理細胞およびPGE2で処理したiPSC-RPE細胞のRPE65およびZO1染色。RPE65染色は未処理細胞の細胞質では弱く、処理細胞の細胞質では高強い。
図4D】iPSC-RPE未処理細胞およびPGE2で処理したiPSC-RPE細胞の透過電子顕微鏡写真。PGE2で処理された細胞は、より広範な頂端プロセスを有する。
【0022】
図5A】IWP2+エンド-IWR1、IWP2またはLiClで処理した細胞のベータカテニン染色。IWP2またはIWP2+エンド-IWR1で処理した細胞では、細胞膜上にベータカテニンが見られる。LiClで処理した細胞では核内にベータカテニンが見られ、未処理細胞では細胞質においてベータカテニンが見られる。
図5B】IWP2+エンド-IWR1、IWP2またはLiClで処理した細胞のp27染色。IWP2またはIWP2+エンド-IWR1で処理された細胞は核内でより高いp27発現を示し、細胞が細胞周期から離脱したことを示唆している。未処理細胞またはLiClで処理された細胞は、核内で弱いp27発現を示している。
図5C】IWP2+IWR1、IWP2またはLiClで処理した細胞のRPE65およびZO1タイトジャンクション。RPE65は、IWP2+IWR1処理細胞およびIWP2細胞の細胞質において強く、未処理細胞では弱く見られ、LiCl処理細胞では染色は見られない。
図5D】IWP2+IWR1、IWP2またはLiClで処理した細胞の機能性タイトジャンクションの電子顕微鏡画像。
【0023】
図6A】複数のオペレーターによるRPEの分化。データは、複数のオペレーターが行った、3つの系統にわたって最適化したプロトコールによるRPE分化の結果を、RPEマーカーであるレチンアルデヒド結合タンパク質(Retinaldehyde-binding protein、Cralbp)1を用いたフローサイトメトリーの測定値として表している。
図6B】3D1、AMD1B、BEST1L、BEST3A、BEST8A、AMDドナー3D、AMDドナー3CおよびHLA細胞系Aを含む様々な出発細胞株集団に関するRPE分化プロトコールの再現性。
図6C-1】様々な出発細胞株集団に関するRPE分化プロトコールの再現性。データは、13人のドナーから提供された28のiPSC細胞株に関して5人のオペレーターが行った109回の分化の結果を示す。精製前の細胞集団では純度がばらばらだったのに対し、Cralbp陽性細胞のパーセンテージが90~100%に増加した。
図6C-2】様々な出発細胞株集団に関するRPE分化プロトコールの再現性。データは、13人のドナーから提供された28のiPSC細胞株に関して5人のオペレーターが行った109回の分化の結果を示す。精製前の細胞集団では純度がばらばらだったのに対し、Cralbp陽性細胞のパーセンテージが90~100%に増加した。
図6D】様々な出発細胞株集団に関するRPE分化プロトコールの再現性。データは、13人のドナーから提供された28のiPSC細胞株に関して5人のオペレーターが行った109回の分化の結果を示す。精製前の細胞集団では純度がばらばらだったのに対し、Cralbp陽性細胞のパーセンテージが90~100%に増加した。
【0024】
図7A】RPE分化プロトコールを用いて生成されたRPE細胞のバリア機能の機能性を、単層全体のイオン勾配の経上皮電位(TEP)測定によって示す。
図7B】IWP2またはIWP2+エンド-IWR2で処理したRPE細胞の機能性。
図7C】未処理細胞の経上皮電気抵抗(TER)およびTEP(薄い線)。
図7D】PGE2処理細胞の経上皮電気抵抗(TER)およびTEP(薄い線)。
図7E】IWP2+エンド-IWR1処理細胞の経上皮電気抵抗(TER)およびTEP(薄い線)。
図7F】iPSC由来分化プロトコールの54日目から75日目までの期間、50μMまたは100μMのPGE2を加えたRPE-MM+PGE2培地中で成熟させた細胞の機能的応答(TER)。分化プロトコールの54日目から75日目までの期間、50μMのPGE2を加えたRPE-MM+PGE2培地で培養したiPSC由来のRPEと比較して、100μMのPGE2を加えた培地で分化させた細胞では、TER測定値が漸増した。これは、PGE2の濃度を高くすると、iPSC由来のRPE培養の成熟および機能的効率が促進されることを示している。
図7G】50μMまたは100μMのPGE2を添加した培地で成熟させたiPSC由来RPE細胞の75日目の純度。この実験は、iPSC由来RPE分化プロトコールの54日目から75日目に開始し、RPEマーカーの発現のパーセンテージとして示している。50μMのPGE2を添加して培養したiPSC由来RPEでは、Pmel17、Tryp1およびCralbp(RPE特異的マーカー)の発現がかなり見られる。これは、PGE2が一定の濃度範囲にわたってiPSC由来のRPE分化を促進することを示している。Best1マーカー(後期成熟RPEマーカー)の発現は、50μMのPGE2で処理した細胞と比較して、100μMのPGE2で処理した細胞ではるかに高く、PGE2の濃度を増加させるとiPSC由来RPEの純度および成熟度が向上することを示している。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本開示は、幹細胞由来の網膜色素上皮(RPE)細胞の集団を濃縮するための方法を提供することによって、現在の技術におけるいくつかの主要な問題を克服するものである。RPE細胞は、ES細胞およびiPS細胞などの多能性幹細胞から誘導することができるが、既存の技術を用いた場合、幹細胞由来のRPE集団内でさえも、一定の量で、RPE以外の細胞(例えば、未分化幹細胞)が混入することが判明している。本発明は、RPE細胞の出発集団から汚染細胞を分離および除去する方法を提供する。RPE細胞集団を汚染する細胞は、CD24、CD56および/またはCD90などの、集団から汚染された非RPE細胞を枯渇させるために使用することができる特異的細胞表面抗原を有する。したがって、これら特定の細胞表面マーカーの1つ以上に対して陽性である細胞を除去することにより、出発集団よりも高い割合のRPE細胞を有するRPEに富んだ細胞集団を得ることができる。そのような表面抗原に応じて様々な細胞集団を分離するには、磁気活性化細胞選別(MACS(登録商標))、蛍光活性化細胞選別(FACS)、または単細胞選別などの特定の方法論が当該技術分野では知られている。本開示は、好ましい態様において、RPEに富んだ細胞集団を得るために、出発RPE細胞集団からCD24、CD56および/またはCD90陽性細胞を枯渇させるために、これらの選別方法、好ましくはMACSを用いる方法を含む。従って本方法によれば、再生可能な供給源である幹細胞から、より短時間で効率的に、治療のためのRPEに富んだ細胞集団の製造が可能になる。本開示のさらなる態様および利点を以下に記載する。
【0026】
I.定義
「精製された」という用語は絶対的な純度を意味するものではなく、むしろ、相対的な用語として意図されている。したがって、細胞の精製された集団は、約90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%を超えて、または100%の純度であり、本質的に他の細胞型を含まない。
【0027】
本明細書中で使用される場合、特定の成分に関して「本質的に」または「本質的に含まない」とは、特定の成分がいずれも意図的に組成物に処方されていない、および/または汚染物質としてのみ、または微量において存在することを意味している。従って、意図しない組成物の汚染に起因する特定の成分の総量は、0.05%未満、好ましくは0.01%未満である。最も好ましいのは、組成物中に含まれる特定の成分の量が、標準的な分析方法で検出することができないレベルであることである。
【0028】
本明細書中で使用される場合、「1つ(a)」または「1種(an)」は、1つ以上であることを意味し得る。添付の特許請求の範囲において使用されるように、用語「含む(comprising)」と併せて使用される場合、単語「1つ(a)」または「1種(an)」は、1つまたは複数のことを意味し得る。
【0029】
特許請求の範囲において用語「または」を使用することは、選択肢の一方のみのことを言うことを明示しない限り、または選択肢が相互に排他的である場合を除いて「および/または」を意味する。本明細書中で使用される場合、「別の」は、少なくとも第2のまたはそれ以上を意味し得る。
【0030】
本出願を通じて、「約」という用語は、ある値が、装置の誤差の固有の変動、値を決定するために使用される方法、または被験者の間に存在する変動を含むことを示すために使用される。
【0031】
本明細書において「細胞」という用語は、独立して複製することができ、膜によって囲まれていて、生体分子および遺伝物質を含む、生物の構造的および機能的単位のことを言うために使用される。本明細書で使用される細胞は、天然に存在する細胞または人工的に改変された細胞(例えば、融合細胞、遺伝子改変細胞など)であり得る。
【0032】
本明細書において「細胞集団」という用語は、一群の細胞、典型的には、型が共通した一群の細胞のことを言うために使用される。細胞集団は、共通の前駆細胞に由来し得るか、または1より多い細胞型を含み得る。「濃縮された(enriched)」細胞集団とは、出発細胞集団(例えば、未分画の異種細胞集団)に由来し、特定の細胞型を出発集団中のその細胞型のパーセンテージよりも大きな割合で含む細胞集団のことを言う。細胞集団は、1つ以上の細胞型について濃縮されていても、または、1つ以上の細胞型が枯渇されていてもよい。
【0033】
本明細書において「幹細胞」という用語は、適切な条件下で多様な範囲の特殊化した細胞型に分化することができ、他の適切な条件下では自己複製して本質的に未分化多能性状態にとどまる細胞のことを言う。「幹細胞」という用語は、多能性細胞、多分化能性細胞、前駆細胞および前駆体細胞も包含する。例示的なヒト幹細胞は、骨髄組織から得られる造血幹細胞または間葉系幹細胞、胚組織から得られる胚性幹細胞、または胎児の生殖器組織から得られる胚性生殖細胞から得ることができる。例示的な多能性幹細胞はまた、多能性に関連する特定の転写因子を発現させることで体細胞を多能性状態にリプログラミングすることによって体細胞からも産生され得る。このような細胞は、「人工多能性幹細胞」または「iPSC」と呼ばれている。
【0034】
「多能性」という用語は、胚体外または胎盤細胞を除いた、生物体の他のすべての細胞型に分化する細胞の性質のことを言う。多能性幹細胞は、長期間培養した後においても、3つの胚葉の全ての細胞型(例えば、外胚葉、中胚葉および内胚葉細胞型)に分化することができる。多能性幹細胞は、胚盤胞の内部細胞塊に由来する胚性幹細胞である。他の態様において、多能性幹細胞は、体細胞をリプログラミングすることによって誘導される人工多能性幹細胞である。
【0035】
「分化」という用語は、特殊化されていない細胞が構造的および/または機能的特性の変化を伴って、より特殊化した細胞型になるプロセスのことを言う。成熟細胞は、典型的には、変化した細胞構造と組織特異的タンパク質を有する。本方法の文脈においては、より具体的には、ヒト幹細胞が網膜色素上皮(RPE)細胞の細胞型になり、前記RPE細胞が成熟した最終分化細胞であることを示す特徴を示すまでのプロセスを意味する。
【0036】
本明細書中で使用される場合、「未分化」とは、胚または成人起源の最終分化細胞とは明確に区別される、未分化細胞の特徴的マーカーおよび形態学的特徴を示す細胞のことを言う。
【0037】
「胚様体(EB)」は、内胚葉、中胚葉および外胚葉の細胞に分化することができる多能性幹細胞の凝集体である。多能性幹細胞が凝集し、EBを非付着性で浮遊培養できるときに、球状構造が形成される。
【0038】
「単離された(isolated)」細胞は、生体または培養物中の他の細胞から実質的に分離または精製されている。単離された細胞は、例えば、少なくとも99%、少なくとも98%の純度、少なくとも95%の純度、または少なくとも90%の純度であり得る。
【0039】
「胚」とは、受精卵または人工的にリプログラミングされた核を有する活性化卵母細胞の1つまたは複数の区画から得られる細胞塊をいう。
【0040】
「胚性幹(ES)細胞」は、胚盤胞期の内部細胞塊などの初期段階で胚から得られる未分化多能性細胞、または人為的手段(例えば、核移植)によって産生される未分化多能性細胞であり、生殖細胞(例えば、精子および卵)を含む、胚または成体の任意のより分化した細胞型を生じることができる細胞である。
【0041】
「人工多能性幹細胞(iPSC)」は、ある因子の組み合わせ(本明細書ではリプログラミング因子と呼ばれる)を発現させる、または発現を誘導することにより細胞をリプログラミングすることによって作製される細胞である。iPSCは、胎児、出生後、新生児、若年または成体の体細胞を用いて作製することができる。特定の態様において、体細胞を多能性幹細胞にリプログラミングするために使用され得る因子は、例えば、Oct4(Oct3/4と呼ばれることもある)、Sox2、c-MycおよびKlf4、NanogおよびLin28を含む。いくつかの態様においては、体細胞を多能性幹細胞にリプログラミングするために、体細胞は、少なくとも2つのリプログラミング因子、少なくとも3つのリプログラミング因子、または4つのリプログラミング因子を発現させることによってリプログラミングされる。
【0042】
「対立遺伝子」は、遺伝子の2つ以上の形態のうちの1つのことを言う。ヒトのような二倍体は、各染色体の2つのコピーを含むことになるため、それぞれに1つの対立遺伝子を持つと言える。
【0043】
「ホモ接合体」という用語は、特定の遺伝子座に同じ対立遺伝子を2つ含むことと定義される。「ヘテロ接合性」という用語は、特定の遺伝子座に2つの異なる対立遺伝子を含むものを言う。
【0044】
「ハプロタイプ」は、単一の染色体に沿った複数の遺伝子座における対立遺伝子の組み合わせのことを言う。ハプロタイプは、単一の染色体上の一塩基多型(SNP)の組み合わせおよび/または主要組織適合複合体の対立遺伝子に基づく場合がある。
【0045】
本明細書中で使用される場合、「ハプロタイプ一致(haplotype-matched)」という用語は、細胞(例えばiPSC細胞)を定義するものであり、治療される対象は1以上の主要組織適合遺伝子座ハプロタイプが共通している。対象のハプロタイプは、当技術分野でよく知られているアッセイを用いて容易に決定することができる。ハプロタイプが一致するiPSC細胞は、自己細胞または同種異系細胞であり得る。組織培養で増殖し、RPE細胞に本質的に分化した自己細胞は、対象とハプロタイプが一致する。
【0046】
「HLA型が実質的に同一」とは、ドナーの体細胞に由来するiPSCの分化を誘導して得られた移植細胞を移植する場合に移植することができる程度に、ドナーのHLA型と患者のHLA型とが一致することを示す。
【0047】
本明細書において「スーパードナー」とは、特定のMHCクラスI遺伝子およびクラスII遺伝子がホモ接合の個体のことを言う。これらのホモ接合個体はスーパードナーとして機能し得、その細胞を含有している組織および他の物質を含むそれらの細胞を、そのハプロタイプについてホモ接合性またはヘテロ接合性の個体に移植することができる。スーパードナーは、それぞれHLA-A、HLA-B、HLA-C、HLA-DR、HLA-DPまたはHLA-DQ座/座位対立遺伝子についてホモ接合であり得る。
【0048】
本明細書において「フィーダーを使わない」または「フィーダー非依存性」とは、フィーダー細胞層の代わりにサイトカインおよび増殖因子(例えば、TGFβ、bFGF、LIF)を補充した培養物を意味するために使用される。したがって、「フィーダーを使わない」またはフィーダー非依存性の培養系および培地を用いて、分化多能性細胞を未分化の状態および増殖性の状態で培養および維持することができる。場合によっては、フィーダーを使わない培養物を、動物性の基質(例えば、マトリゲル(MATRIGEL)(登録商標))を利用するか、またはフィブロネクチン、コラーゲンもしくはビトロネクチンなどの基質上で増殖させる。これらのアプローチにより、マウス線維芽細胞「フィーダー層」を使用せずに、ヒト幹細胞を本質的に未分化状態にとどめることが可能になる。
【0049】
本明細書において「フィーダー層」は、培養皿の底面などに施される細胞のコーティング層として定義される。フィーダー細胞は、培地中に栄養素を放出し、多能性幹細胞などの他の細胞が付着し得る表面を提供することができる。
【0050】
培地、細胞外マトリックス、または培養条件に関して使用される場合、用語「定義された」または「完全に定義された」は、培地、細胞外マトリックス、または培養条件に含まれる化学組成およびほぼ全成分の量が分かっている、培地、細胞外マトリックス、または培養条件のことを言う。例えば、定義された培地は、ウシ胎仔血清、ウシ血清アルブミンまたはヒト血清アルブミンなどの定義されていない因子を含まない。一般に、定義された培地は基礎培地(例えば、アミノ酸、ビタミン、無機塩、緩衝剤、酸化防止剤およびエネルギー源を含有するダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、F12、またはロズウェルパークメモリアル研究所培地(RPMI)1640)を含み、組換えアルブミン、化学的に定義された脂質、および組換えインスリンが添加される。完全に定義された培地の例としては、エッセンシャル(Essential)8(商標)培地がある。
【0051】
培地、細胞外マトリックス、または培養条件に関して使用される場合、「異種成分不含有(ゼノフリー、Xeno-Free、XF)」という用語は、異種動物由来成分を本質的に含まない培地、細胞外マトリックス、または培養条件のことを言う。ヒト細胞を培養する場合には、マウスのような非ヒト動物の任意のタンパク質が異種成分となり得る。特定の局面では、異種成分不含有マトリックスは、非ヒト動物由来成分を本質的に含まず、したがって、マウスフィーダー細胞またはマトリゲル(商標)も含まない場合がある。マトリゲル(商標)は、エンゲルブレス-ホルム-スワーム(Engelbreth-Holm-Swarm、EHS)マウス肉腫、つまり、ラミニン(主要成分)、コラーゲンIV、ヘパラン硫酸プロテオグリカンおよびエンタクチン/ニドゲンを含む細胞外マトリックスタンパク質が豊富な腫瘍、から抽出された可溶性基底膜調製品である。
【0052】
本明細書において「ノックアウト(KNOCKOUT)(登録商標)血清代替物」とは、未分化細胞(例えば幹細胞)の増殖および維持を最適化するための無血清製剤のことを言う。
【0053】
「コンフルエントに達する前(Pre-confluent)」とは、細胞によって覆われている培養表面の割合が約60~80%の細胞培養のことを言う。通常、コンフルエントに達する前とは、培養表面の約70%が細胞によって覆われている培養物をいう。
【0054】
「網膜」とは、眼の内面を覆っている、層上の、光感受性の組織のことを言う。
【0055】
「網膜色素上皮」は、脈絡膜、血管で満たされた層、および網膜の間の色素細胞の単層のことを言う。
【0056】
「網膜系統細胞」は、本明細書において、RPE細胞を生じさせるかまたは分化させることができる細胞のことを言う。
【0057】
本明細書において「網膜誘導培地(RIM)」は、WNT経路阻害剤およびBMP経路阻害剤を含み、PSCを網膜系統細胞へと分化させ得る増殖培地のことを言う。RIMは、TGFβ経路阻害剤も含む。
【0058】
本明細書において「網膜分化培地(RDM)」は、WNT経路阻害剤、BMP経路阻害剤およびMEK阻害剤を含み、網膜細胞を分化させる培地として定義される。RDMは、TGFβ経路阻害剤も含む。
【0059】
「網膜培地(RM)」は、アクチビンAおよびニコチンアミドを含む網膜細胞培養のための増殖培地として定義される。
【0060】
本明細書において「RPE-成熟培地(RPE-MM)」は、タウリンおよびヒドロコルチゾンを含む、RPE細胞を成熟させるための培地のことを言う。RPE-MMはまた、トリヨードチロニンを含む。RPE-MMはさらに、PD0325901またはPGE2を含み得る。
【0061】
本明細書において「成熟した」RPE細胞とは、Pax6のような未成熟RPEマーカーの発現が減少し、RPE65などの成熟RPEマーカーの発現が上昇している細胞のことを言う。
【0062】
本明細書において、RPE細胞の「成熟」とは、RPEの発生経路が、成熟RPE細胞を生成するように調節されたプロセスのことを言う。例えば、繊毛機能の調節は、RPEの成熟をもたらし得る。
【0063】
本明細書で使用される「治療的有効量」とは、疾患または状態の治療のために対象に投与されたときに、そのような治療を行うのに十分な化合物の量のことを言う。
【0064】
本明細書において「誘導因子」は、細胞内の遺伝子を活性化するなど、遺伝子の発現を制御する分子として定義される。誘導因子は、リプレッサーまたはアクチベータに結合する場合がある。誘導因子はリプレッサーを無効にすることによって機能する。
【0065】
II.多能性幹細胞
A.胚性幹細胞
ES細胞は、胚盤胞の内部細胞塊に由来し、インビトロでの高い分化能を有する。ES細胞は、発達中の胚の外側栄養外胚葉層を除去し、次いで、非増殖細胞のフィーダー層上で内部質量細胞を培養することによって単離され得る。再播種された細胞は増殖し続け、ES細胞の新しいコロニーを生成することができる。このES細胞を、回収し、分離し、再び播種して、増殖させることができる。未分化ES細胞を「継代培養」するこのプロセスは、未分化ES細胞を含む細胞株を産生するために何度も繰り返すことができる(米国特許第5,843,780号、第6,200,806号、第7,029,913号)。ES細胞は、それらの多能性を維持しながら増殖するという能力を有する。例えば、ES細胞は、細胞および細胞分化を制御する遺伝子に関する研究において有用である。ES細胞の多能性は、遺伝子操作や選択との組み合わせることにより、トランスジェニックマウス、キメラマウス、およびノックアウトマウスの生成を介してインビボでの遺伝子分析研究に使用することができる。
【0066】
マウスES細胞の作製方法はよく知られている。ある方法では、129株のマウスの着床前胚盤胞をマウス抗血清で処理して栄養外胚葉を除去し、胎仔ウシ血清を含有する培地中で、化学的に不活性化したマウス胚線維芽細胞のフィーダー細胞層上で培養する。発生する未分化ES細胞のコロニーを、ウシ胎児血清の存在下、マウス胚線維芽細胞フィーダー層上で継代培養して、ES細胞の集団を作製する。いくつかの方法において、マウスES細胞は、血清含有培地(スミス、2000)にサイトカイン白血病阻害因子(LIF)を添加することによって、フィーダー層の非存在下で増殖させることができる。他の方法では、マウスES細胞を、骨形成タンパク質およびLIF存在下、無血清培地中で増殖させることができる(インら、2003)。
【0067】
ヒトES細胞は、既に報告されている方法の通り(トムソンおよびマーシェル、1998;Reubinoffら、2000)、精子と卵細胞の融合、核移植、病原性、またはクロマチンのリプログラミングとその後のリプログラミングされたクロマチンの原形質膜への取り込みによって産生される接合体または胚盤胞期の哺乳類胚から産生または誘導することができる。一つの方法では、ヒト胚盤胞を抗ヒト血清に曝露し、栄養外胚葉細胞を溶解して内部細胞塊から除去し、これをマウス胚線維芽細胞フィーダー層上で培養する。さらに、内部細胞塊に由来する細胞の塊を化学的にまたは機械的に解離させ、再播種し、未分化形態を有するコロニーをマイクロピペットによって選択し、解離させ、そして再播種する(米国特許第6,833,269号)。いくつかの方法では、ES細胞を、塩基性線維芽細胞増殖因子存在下、線維芽細胞のフィーダー層上で培養することにより、血清を用いずに増殖させることができる(アミットら、2000)。他の方法では、ヒトES細胞は、線維芽細胞増殖因子(シュウら、2001)を含有する「馴化」培地の存在下で、マトリゲル(商標)またはラミニンなどのタンパク質性マトリックス上で細胞を培養することによってフィーダー細胞層なしで増殖させることができる。
【0068】
ES細胞はまた、既に報告されている方法に従って、アカゲザルおよびマーモセットを含む他の生物から(例えば、トムソンおよびマーシェル、1998;トムソンら、1995;トムソンおよびオドリコ、2000)、さらには、樹立されたマウスおよびヒト細胞株から誘導することもできる。例えば、樹立ヒトES細胞株としては、MAOI、MA09、ACT-4、HI、H7、H9、H13、H14およびACT30が挙げられる。さらなる例として、樹立されたマウスES細胞系としては、マウス系統129胚の内部細胞塊から樹立されたCGR8細胞系があり、CGR8細胞の培養物は、LIFが存在すれば、フィーダー層なしで増殖させることができる。
【0069】
ES幹細胞は、転写因子Oct4、アルカリホスファターゼ(AP)、段階特異的胚抗原SSEA-1、段階特異的胚抗原SSEA-3、段階特異的胚抗原SSEA-4、転写因子NANOG、腫瘍拒絶抗原1-60(TRA-1-60)、腫瘍拒絶抗原1-81(TRA-1-81)、SOX2、またはREX1などのタンパク質マーカーによって検出することができる。
【0070】
B.人工多能性幹細胞
多分化能の誘導は最初、多能性に関連している転写因子の導入による体細胞のリプログラミングによって、2006年にはマウス細胞を用いて(Yamanakaら、2006)、そして2007年にはヒト細胞を用いて(ユーら、2007、タカハシら、2007)達成された。多分化能性幹細胞は、未分化状態で維持することができ、ほとんどあらゆる細胞型に分化することができる。iPSCを使用することで、ES細胞の大規模な臨床使用に関連する倫理的および実践的問題の大部分が回避でき、iPSC由来自己移植を有する患者は、移植片拒絶反応を予防するための生涯にわたる免疫抑制治療を必要としない可能性がある。
【0071】
生殖細胞を除き、いずれの細胞もiPSCの出発材料として使用することができる。例えば、そのような細胞型は、ケラチノサイト、線維芽細胞、造血細胞、間葉細胞、肝臓細胞、または胃細胞であり得る。T細胞はまた、リプログラミングのための体細胞の供給源として使用され得る(米国特許第8,741,648号)。細胞分化の程度または細胞が採取される動物の年齢に制限はない。未分化の前駆細胞(体細胞幹細胞を含む)および最終的に分化した成熟細胞も、本明細書中に開示される方法においては、体細胞の供給源として使用され得る。一態様では、体細胞はそれ自体が、ヒトRPE細胞などのRPE細胞である。RPE細胞は、成体または胎児のRPE細胞であり得る。ヒトES細胞を特殊化された細胞型に分化させ、SSEA-1、SSEA-3、SSEA-4、TRA-1-60およびTRA-1-81を含むヒトES細胞マーカーを発現させることが知られている条件下でiPSCを増殖させることができる。
【0072】
当業者に知られている方法を用いて、体細胞を、人工多能性幹細胞(iPSC)を産生するようにリプログラミングすることができる。当業者は、人工多能性幹細胞を容易に産生することができる(例えば、参照することにより本明細書に組み込まれる、公開米国特許出願第20090246875号、同第2010/0210014号、同第20120276636号;米国特許第8,058,065号;同第8,129,187号;同第8,278,620号;PCT公報国際公開第2007/069666号A1、および米国特許第8,268,620号を参照のこと)。一般に核リプログラミング因子は、体細胞から多能性幹細胞を産生するために使用される。いくつかの態様では、Klf4、c-Myc、Oct3/4、Sox2、Nanog、およびLin28のうちの少なくとも3つ、または少なくとも4つが利用される。他の態様では、Oct3/4、Sox2、c-MycおよびKlf4が利用される。
【0073】
細胞は、一般に、体細胞からiPSCを誘導することができる1つまたは複数の因子またはこれらの物質をコードしている核酸(ベクターに組み込まれた形態を含む)である核リプログラミング物質で処理される。核リプログラミング物質は、一般に少なくともOct3/4、Klf4およびSox2またはこれらの分子をコードする核酸を含む。p53の機能的阻害剤、L-mycもしくはL-mycをコードする核酸、Lin28もしくはLin28b、またはLin28もしくはLin28bをコードする核酸を、さらなる核リプログラミング物質として利用することもできる。Nanogも、核リプログラミングに利用できる。米国特許出願第20120196360号に開示されているように、iPSCの生産に用いられるリプログラミング因子の例としては、(1)Oct3/4、Klf4、Sox2、L-Myc(Sox2はSox1、Sox3、Sox15、Sox17またはSox18で置き換え可能。Klf4はKlf1、Klf2またはKlf5で置き換え可能);(2)Oct3/4、Klf4、Sox2、L-Myc、TERT、SV40ラージT抗原(SV40LT);(3)Oct3/4、Klf4、Sox2、L-Myc、TERT、ヒトパピローマウイルス(HPV)16E6;(4)Oct3/4、Klf4、Sox2、L-Myc、TERT、HPV16E7;(5)Oct3/4、Klf4、Sox2、L-Myc、TERT、HPV16E6、HPV16E7;(6)Oct3/4、Klf4、Sox2、L-Myc、TERT、Bmil;(7)Oct3/4、Klf4、Sox2、L-Myc、Lin28;(8)Oct3/4、Klf4、Sox2、L-Myc、Lin28、SV40LT;(9)Oct3/4、Klf4、Sox2、L-Myc、Lin28、TERT、SV40LT;(10)Oct3/4、Klf4、Sox2、L-Myc、SV40LT;(11)Oct3/4、Esrrb、Sox2、L-Myc(EsrrbはEsrrgで置き換えられる);(12)Oct3/4、Klf4、Sox2;(13)Oct3/4、Klf4、Sox2、TERT、SV40LT;(14)Oct3/4、Klf4、Sox2、TERT、HPVI6E6;(15)Oct3/4、Klf4、Sox2、TERT、HPV16E7;(16)Oct3/4、Klf4、Sox2、TERT、HPV16E6、HPV16E7;(17)Oct3/4、Klf4、Sox2、TERT、Bmil;(18)Oct3/4、Klf4、Sox2、Lin28(19)Oct3/4、Klf4、Sox2、Lin28、SV40LT;(20)Oct3/4、Klf4、Sox2、Lin28、TERT、SV40LT;(21)Oct3/4、Klf4、Sox2、SV40LT;または(22)Oct3/4、Esrrb、Sox2(EsrrbはEsrrgで置き換え可能)、が挙げられる。非限定的な例としては、Oct3/4、Klf4、Sox2およびc-Mycを利用できる。他の態様では、Oct4、NanogおよびSox2が利用される。例えば、参照することにより本明細書に組み入れられる米国特許第7,682,828号を参照のこと。これらの因子には、Oct3/4、Klf4およびSox2が含まれるがこれらには限定されない。他の例では、これらの因子には、Oct3/4、Klf4およびMycが含まれるがこれらには限定されない。いくつかの非限定的な例においては、Oct3/4、Klf4、c-MycおよびSox2が利用される。他の非限定的な例においては、Oct3/4、Klf4、Sox2およびSal4が利用される。Nanog、Lin28、Klf4、またはc-Mycのような因子は、リプログラミング効率を向上させることができ、いくつかの異なる発現ベクターから発現させることができる。例えば、EBVエレメントを用いたシステムのような組み込みベクターを使用することができる(米国特許第8,546,140号)。更なる局面では、タンパク質形質導入によって、リプログラミングタンパク質を体細胞に直接導入することができる。リプログラミングはさらに、細胞を、グリコーゲンシンターゼキナーゼ3(GSK-3)阻害剤、マイトジェン活性化プロテインキナーゼキナーゼ(MEK)阻害剤、トランスフォーミング増殖因子ベータ(TGF-β)レセプター阻害剤もしくはシグナル伝達阻害剤、白血病阻害因子(LIF)、p53阻害剤、NF-κB阻害剤、またはそれらの組み合わせと接触させる工程を含み得る。これらの制御因子は、低分子、阻害性ヌクレオチド、発現カセット、またはタンパク質因子を含み得る。実質的に、いかなるiPS細胞または細胞株をも使用できると予想される。
【0074】
これら核リプログラミング物質のマウスおよびヒトcDNA配列は、参照することにより本明細書に組み込まれる国際公開第2007/069666号に記載されたNCBIアクセッション番号を参照することによって入手可能である。1つまたは複数のリプログラミング物質、またはこれらリプログラミング物質をコードする核酸を導入する方法は、当該分野で知られており、例えば、公開された米国特許出願第2012/0196360号および米国特許第8,071,369号に開示されており、これらはいずれも参照により本明細書に組み込まれる。
【0075】
誘導したiPSCは、多能性を維持するのに十分な培地中で培養することができる。iPSCは、米国特許第7,442,548号および米国特許出願公開第2003/0211603号に記載されているように、多能性幹細胞を、より具体的には胚性幹細胞を培養するために開発された様々な培地および技術と共に使用され得る。マウス細胞の場合、分化抑制因子である白血病抑制因子(LIF)を通常の培地に添加して培養する。ヒト細胞の場合、LIFの代わりに塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を添加することが望ましい。当業者に知られているように、iPSCを培養および維持するための他の方法を使用することもできる。
【0076】
特定の態様では、未定義の条件を使用することができる。例えば、幹細胞を未分化状態に維持するために、線維芽細胞フィーダー細胞または線維芽細胞フィーダー細胞に曝露された培地上で多能性細胞を培養することができる。いくつかの態様において、細胞は、フィーダー細胞として、細胞分裂を終了させるために放射線または抗生物質で処理されたマウス胚線維芽細胞の共存下で培養される。あるいは多能性細胞は、TESR(商標)培地(ルドウィグら、2006a;ルドウィグら、2006b)またはE8(商標)培地(Chenら、2011)などの定義されたフィーダー非依存性培養系を使用することで、本質的に未分化な状態で培養および維持され得る。
【0077】
いくつかの態様において、iPSCは、プロモーターおよび第1のマーカーをコードする核酸配列に機能的に連結されたチロシナーゼエンハンサーを含むなどのようにして、外因性核酸を発現するように改変することができる。チロシナーゼ遺伝子は、例えば、2013年1月1日付けでジェンバンク(登録商標)に登録されている、アクセッション番号22173から利用可能である。この配列は、C57BL/6系統のマウスの第7染色体の5286971-5291691(逆向き)に位置している。RPE細胞内で発現させるには4721塩基対の配列で十分である(参照することにより本明細書に組み込まれるMurisierら、Dev.Biol.303:838-847、2007を参照のこと)。この構築物は、網膜色素上皮細胞において発現する。他のエンハンサーを利用することもできる。他のRPE特異的エンハンサーとしては、D-MITF、DCT、TYRP1、RPE65、VMD2、MERTK、MYRIPおよびRAB27Aが挙げられる。好適なプロモーターとしては、チロシナーゼプロモーターなどの網膜色素上皮細胞において発現する任意のプロモーターが挙げられるが、これらには限定されない。この構築物には、翻訳開始のためのリボソーム結合部位(内部リボソーム結合配列)、および転写/翻訳ターミネーターなどの他のエレメントも含めることができる。一般に、構築物を細胞に導入することが有利である。安定な形質導入に適したベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクターおよびセンダイウイルスが挙げられるが、これらに限定されない。
【0078】
プラスミドは、制御された状態で高いコピー数を達成すること、バクテリア内でプラスミドが不安定性を示す潜在的原因を回避すること、ヒト細胞を含む哺乳動物細胞での使用に適合するプラスミドを選抜するための手段を提供することなど、多くの目的を考慮して設計されている。ヒト細胞で使用するためのプラスミドの二大要件に特に注意が払われている。第一の要件は、大腸菌での維持および発酵に適しており、大量のDNAを生産および精製することができる、ということである。第二の要件は、それらが安全であり、ヒト患者および動物における使用に適していることである。第1の要件には、バクテリア発酵中に比較的容易に選択および安定に維持できる高コピー数プラスミドであることが必要となる。第2の要件には、選択可能なマーカーおよび他のコード配列などの要素に注意する必要がある。いくつかの態様においてマーカーをコードするプラスミドは、(1)高コピー数複製起点、(2)カナマイシンによる抗生物質選択のためのneo遺伝子など(これには限定されないが)の選択マーカー、(3)チロシナーゼエンハンサーなどの転写終結配列、および(4)種々の核酸カセット取り込みのためのマルチクローニング部位;ならびに(5)チロシナーゼプロモーターに作動可能に連結されたマーカーをコードする核酸配列、から構成される。タンパク質をコードする核酸を誘導するための多数のプラスミドベクターが存在し、当該分野で知られている。これらには、参照することにより本明細書に組み入れられる、米国特許第6,103,470号;米国特許第7,598,364号;米国特許第7,989,425号;および米国特許第6,416,998号に開示されているベクターが含まれるがこれらには限定されない。
【0079】
ウイルス遺伝子送達系は、RNA系またはDNA系のウイルスベクターであり得る。エピソーム遺伝子送達系は、プラスミド、EBV(エプスタイン・バーウイルス、Epstein-Barr virus)を基礎とするエピソームベクター、酵母を基礎とするベクター、アデノウイルスを基礎とするベクター、シミアンウイルス40(SV40)を基礎とするエピソームベクター、ウシ乳頭腫ウイルス(BPV)を基礎とするベクター、またはレンチウイルスベクターであり得る。
【0080】
マーカーには、蛍光タンパク質(例えば、緑色蛍光タンパク質または赤色蛍光タンパク質)、酵素(例えば、西洋ワサビペルオキシダーゼもしくはアルカリホスファターゼまたはホタル/ウミシイタケルシフェラーゼまたはナノルック(nanoluc))、または他のタンパク質が含まれるが、これらに限定されない。マーカーは、タンパク質(分泌された、細胞表面タンパク質もしくは内部タンパク質を含む;細胞によって合成されるかもしくは取り込まれるタンパク質)、核酸(例えば、mRNA、または酵素的に活性な核酸分子)または多糖類であってもよい。目的の細胞型のマーカーに特異的な、抗体、レクチン、プローブまたは核酸増幅反応によって検出可能な任意のこのような細胞成分の決定因子が含まれる。マーカーはまた、遺伝子産物の機能に依存する生化学的アッセイまたは酵素アッセイまたは生物学的応答によって同定することができる。これらのマーカーをコードする核酸配列は、チロシナーゼエンハンサーに作動可能に連結することができる。さらに、幹細胞からのRPE分化もしくはRPEの機能、または生理学、または病理に影響し得る遺伝子など、他の遺伝子も含まれ得る。したがって、いくつかの態様では、MITF、PAX6、TFEC、OTX2、LHX2、VMD2、CFTR、RPE65、MFRP、CTRP5、CFH、C3、C2B、APOE、APOB、mTOR、FOXO、AMPK、SIRT1-6、HTRP1、ABCA4、TIMP3、VEGFA、CFI、TLR3、TLR4、APP、CD46、BACE1、ELOLV4、ADAM10、CD55、CD59およびARMS2のうちの1つ以上をコードする核酸が含まれる。
【0081】
1.MHCハプロタイプ一致
同種異系臓器移植の免疫拒絶反応の主な原因は主要組織適合性複合体である。組織適合性複合体には、3つの主要なMHCクラスIハプロタイプ(A、B、およびC)および3つの主要なMHCクラスIIハプロタイプ(DR、DPおよびDQ)がある。HLA遺伝子座は第6染色体上に4Mbにわたって分布しており、高度な多型を示す。この領域内のHLA遺伝子をハプロタイプ化する能力は、自己免疫疾患および感染性疾患に関連し、さらにドナーとレシピエントの間のHLAハプロタイプの適合性が移植の臨床転帰に影響を与えるため、臨床上、非常に重要である。MHCクラスIに対応するHLAは、細胞の内側からペプチドを提示し、MHCクラスIIに対応するHLAは、細胞の外側からTリンパ球まで抗原を提示する。移植片と宿主との間のMHCハプロタイプの不適合性は、移植片に対する免疫応答を誘発し、その拒絶につながる。したがって、拒絶反応を防ぐために患者を免疫抑制剤で治療する場合がある。HLA適合性幹細胞株は、免疫拒絶反応のリスクを克服し得る。
【0082】
HLAが移植において重要であるため、HLA遺伝子座は、通常、好ましいドナー-レシピエント対を同定するため、血清学的におよびPCRによって分類される。HLAクラスIおよびクラスII抗原の血清学的検出は、精製されたTリンパ球またはBリンパ球を用いた補体媒介性リンパ球毒性試験を用いて行うことができる。この手順は主に、HLA-AとHLA-Bの遺伝子座を一致させるために使用される。分子に基づく組織型決定は、血清学的検査よりも正確である場合が多い。PCR産物を一連のオリゴヌクレオチドプローブに対して試験するSSOP(配列特異的オリゴヌクレオチドプローブ)法などの低分解能分子法を用いてHLA抗原を同定することができ、現在、これらの方法は、HLAクラスIIの分類に関する主要な方法になっている。PCR増幅のために対立遺伝子特異的プライマーを利用するSSP(配列特異的プライマー)法などの高分解能技術は、特定のMHC対立遺伝子を同定することができる。
【0083】
ドナー細胞がHLAホモ接合体である場合、すなわち、各抗原提示タンパク質について同一の対立遺伝子を含む場合、ドナーとレシピエントとの間のMHC適合性は有意に高まる。ほとんどの個体はMHCクラスIおよびクラスII遺伝子に関してヘテロ接合であるが、特定の個体はこれらの遺伝子についてホモ接合である。これらのホモ接合体個体はスーパードナーとして働き、それらの細胞から生成された移植片は、そのハプロタイプについてホモ接合体またはヘテロ接合体である全ての個体に移植することができる。さらに、ホモ接合性ドナー細胞が、集団において高頻度で見出されるハプロタイプを有する場合、これらの細胞は、多数の個体の移植療法に適用され得る。
【0084】
したがって、iPSCは、治療される対象の体細胞から、または患者と同じまたは実質的に同じHLA型を有する別の対象の体細胞から産生することができる。一例では、ドナーの主要HLA(例えば、HLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3つの主要座位)は、レシピエントの主要HLAと同一である。別の例では、体細胞ドナーはスーパードナーであり得、したがって、MHCホモ接合スーパードナー由来のiPSCを用いてRPE細胞を産生することができる。したがって、スーパードナーに由来するiPSCは、そのハプロタイプについてホモ接合性またはヘテロ接合性のいずれかである対象に移植され得る。例えば、iPSCは、HLA-AおよびHLA-Bのような2つのHLA対立遺伝子でホモ接合であり得る。このように、スーパードナーから生成されたiPSCは、多数の潜在的なレシピエントに「適合する」可能性のあるRPE細胞を産生するために、本明細書に開示される方法において使用され得る。
【0085】
2.エピソームベクター
特定の局面において、リプログラミング因子は、1つ以上の外因性エピソーム性遺伝子エレメントに含まれる発現カセットから発現される(参照により本明細書に組み込まれる米国特許公開第2010/0003757号参照)。したがって、iPSCは、レトロウイルスまたはレンチウイルスのベクターエレメントなどの外因性遺伝子エレメントを本質的に含まなくてもよい。これらのiPSCは、外来性のベクターまたはウイルス要素を本質的に含まないiPSCを作製するためにエピソーム的に複製することができるベクターである染色体外複製ベクター(すなわち、エピソームベクター)の使用によって調製される(参照により本明細書に組み込まれる米国特許第8,546,140号;ユーら、2009)。アデノウイルス、シミアン空胞ウイルス40(SV40)またはウシパピローマウイルス(BPV)、または出芽酵母ARS(自律複製配列)含有プラスミドのような多くのDNAウイルスは、哺乳動物細胞では染色体外的にまたはエピソーム的に複製する。これらのエピソームプラスミドは、ベクターの組み込みに関連するこれらの欠点を本質的に含まない(ボードら、2001)。例えば、既に定義したように、リンパ球萎縮性側索ヘルペスウイルスまたはEBV(Epstein Barr Virus)は、染色体外で複製し、リプログラミング遺伝子を体細胞に送達するのを助ける場合がある。有用なEBVエレメントには、OriPおよびEBNA-1、またはそれらの変異体もしくは機能的均等物がある。エピソームベクターのさらなる利点は、外因性要素が細胞に導入された後に時間とともに失われ、これらの要素を本質的に含まない自己持続性iPSCに至ることである。
【0086】
他の染色体外ベクターには、他のリンパ増殖性ヘルペスウイルスを基礎とするベクターが含まれる。リンパ増殖性ヘルペスウイルスは、リンパ芽球(例えば、ヒトBリンパ芽球)において複製し、その自然のライフサイクルの一貫でプラスミドとなるヘルペスウイルスである。単純ヘルペスウイルス(HSV)は、「リンパ増殖性(lymphotrophic)」ヘルペスウイルスではない。例示的なリンパ栄養性ヘルペスウイルスには、EBV、カポジ肉腫ヘルペスウイルス(KSHV)、ヘルペスウィルスサイミリ(HS)およびマレック病ウィルス(MDV)が含まれるが、これらには限定されない。酵母ARS、アデノウイルス、SV40、またはBPVのような、他の、エピソームに基づくベクターの供給源も考えられる。
【0087】
C.体細胞核移植
多能性幹細胞は、体細胞核移植法によって調製することができる。体細胞核移植は、紡錘体を含まない卵母細胞へのドナー核の移動を伴う。一方法では、アカゲザルの皮膚線維芽細胞由来のドナー線維芽細胞核を、電気融合によって紡錘体を含まない成熟中期II型アカゲザル眼細胞の細胞質に導入する(ビルンら、2007)。融合した卵母細胞をイオノマイシンに曝露することにより活性化し、次いで胚盤胞期までインキュベートする。その後、選択された胚盤胞の内部細胞塊を培養して、胚性幹細胞株を産生する。胚性幹細胞株は正常なES細胞の形態を示し、様々なES細胞マーカーを発現し、インビトロでもインビボでも、複数の細胞型に分化する。
【0088】
III.網膜色素上皮細胞
RPE細胞は、本明細書中に開示される方法において産生される。光を直接感じる網膜の細胞は光受容細胞である。光受容体は、網膜の外側部分の感光性ニューロンであり、桿体細胞また錐体細胞のいずれかであり得る。光受容体細胞は、光伝達の過程においてレンズによって集束された入射光エネルギーを電気信号に変換し、その電気信号が視神経を介して脳に送られる。脊椎動物には、錐体細胞および桿体細胞を含む2種類の視細胞がある。錐体細胞は、細かいディテール、中央とカラーの視覚を検出するように適応され、明るい光条件でうまく機能する。桿体細胞は、周辺視野および暗所視を担う。錐体細胞および桿体細胞からの神経信号は、網膜の他のニューロンによる処理を受ける。
【0089】
網膜色素上皮は、血流と網膜との間の障壁として機能し、視覚機能の維持において光受容体と密接に相互作用している。網膜色素上皮は、網膜に到達する光エネルギーを吸収するメラニンの顆粒が密集している六角形の細胞の単一層からなる。この特殊なRPE細胞の主な機能には、血液から光受容体へのグルコース、レチノール、脂肪酸などの栄養素の輸送;水、代謝産物、およびイオンの網膜下腔から血液への輸送;光の吸収および光酸化に対する保護;オール-トランス-レチノールの11-シス-レチナールへの再異性化;光受容細胞膜の食作用;および網膜の構造的完全性のために必須な因子の分泌が含まれる。
【0090】
網膜色素上皮は、細胞性レチナールアルデヒド結合タンパク質(cellular retinaldehyde-binding protein、CRALBP)、RPE65、ベスト卵黄様黄斑ジストロフィー遺伝子(VMD2)、および色素上皮由来因子(PEDF)などのマーカーを発現する。網膜色素上皮の機能不全は、網膜色素上皮剥離、形成異常、萎縮、網膜症、色素性網膜炎、黄斑ジストロフィー、または変性などの多くの視覚の変化条件と関連している。
【0091】
網膜色素上皮(RPE)細胞は、色素沈着、上皮の形態および頂端-基底極性に基づいて特徴づけることができる。分化したRPE細胞は、それらの石畳状の形態や色素の初期の外観によって視覚的に認識することができる。さらに、分化したRPE細胞は、単層全体にわたる経上皮抵抗性/TERおよびトランス上皮電位/TEPを有し(TER>100オーム/cm2;TEP>2mV)、頂端側から基底側に液体およびCO2を輸送し、サイトカインの極性分泌を制御する。
【0092】
RPE細胞は、免疫細胞化学、ウェスタンブロット分析、フローサイトメトリー、および酵素結合イムノアッセイ(ELISA)などの方法論の使用によって検出されるマーカーとして機能し得るいくつかのタンパク質を発現する。例えば、RPE特異的マーカーには、細胞性レチナールアルデヒド結合タンパク質(CRALBP)、微小眼症関連転写因子(MITF)、チロシナーゼ関連タンパク質1(TYRP-1)、網膜色素上皮特異的65kDaタンパク質(RPE65)、プレメラノソームタンパク質(PMEL17)、ベストロフィン1(BEST1)、およびc-mer癌原遺伝子チロシンキナーゼ(MERTK)が含まれ得る。RPE細胞は、胚性幹細胞マーカーOct-4、nanogまたはRex-2を(検出可能なレベルで)発現しない。具体的には、これらの遺伝子の発現は、定量的RT-PCRによって評価した場合、ES細胞またはiPSC細胞よりもRPE細胞においては約100分の1から1000分の1と低い。
【0093】
RPE細胞マーカーは、例えば、逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)、ノーザンブロット分析、または公的に入手可能な配列データ(ジェンバンク(登録商標))を用いる標準的な増幅方法において用いられる配列特異的プライマーを用いるドットブロットハイブリダイゼーション分析によって、mRNAレベルで検出することができる。タンパク質またはmRNAレベルで検出された組織特異的マーカーの発現レベルが少なくともまたは約2、3、4、5、6、7、8または9倍である場合に、そのマーカーに関して陽性とみなされる。より具体的には、未分化多能性幹細胞または他の無関係な細胞型などの対照細胞のものよりも組織特異的マーカーの発現レベルが10倍、20倍、30倍、40倍、50倍以上高い場合に、そのマーカーに関して陽性とみなされる。
【0094】
RPE細胞の機能不全、傷害および喪失は、加齢性黄斑変性症(AMD)、ベスト病を含む遺伝性黄斑変性症および色素性網膜炎などの、多くの眼科疾患および障害の原因である。このような疾患を治療する方法の1つとして、RPE細胞をそのような治療を必要とする人々の網膜に移植することが考えられる。そのような移植によるRPE細胞の補充によって、疾患の進行を遅延もしくは停止させ、または網膜の劣化を反転させ、網膜機能の改善およびそのような状態に起因する失明を防ぐことができると推測される。しかしながら、ヒトドナーおよび胚からRPE細胞を直接得ることは困難である。
【0095】
A.PSC胚様体からのRPE細胞の誘導
よく知られているリプログラミング因子を用いてリプログラミングされたiPSCは、RPE細胞を含む神経系統の眼細胞を生じさせる可能性をもつ(ヒラミら、2009)。その全体が参照により本明細書に組み込まれるPCT公開第2014/121077号では、iPSCから産生された胚様体(EB)を浮遊培養系でWntおよびNodalアンタゴニストで処理して、網膜前駆細胞のマーカーの発現を誘導する方法が開示されている。この公報では、iPSCのEBをRPE細胞が濃縮された培養物に分化させるプロセスを通じて、iPSCからRPE細胞を誘導する方法が開示されている。例えば、rho関連コイルドコイルキナーゼ(ROCK)阻害剤を添加し、2つのWNT経路阻害剤およびNodal経路阻害剤を含む第1の培地で培養することで、iPSCから胚様体(EB)を産生する。さらにこのEBを、マトリゲル(商標)でコーティングした組織培養系において、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含まないが、Nodal経路阻害剤、約20ng~約90ngのNoggin、約1~約5%のノックアウト血清代替品を含む第2の培地中で分化しているRPE細胞を形成させる。分化しているRPE細胞を、ACTIVINおよびWNT3aを含む第3の培地で培養する。次いで、RPE細胞を約5%の胎児血清、基準WNT阻害剤、非基準WNT阻害剤、およびソニックヘッジホッグ(Sonic Hedgehog)およびFGF経路の阻害剤を含むRPE培地で培養してヒトRPE細胞を産生させる。
【0096】
分化した細胞を産生するためにEBを使用することにはいくつかの欠点がある。例えば、EBの生産は、効率が変化するため、一貫性がなく、再現性のないプロセスであることが挙げられる。iPSCまたはES細胞から産生されるEBのサイズおよび形状は均質ではなく、EBSの産生には律速遠心分離処理が伴われる。本開示では、EBを使用せずに、臨床、研究または治療用途に必要とされるiPSCまたはES由来細胞の大規模生産を可能にする方法を提供する。
【0097】
B.実質的に単一なPSC細胞からのRPE細胞の誘導
いくつかの態様では、ヒトiPSCのような多能性幹細胞(PSC)の本質的に単一の細胞懸濁液からRPE細胞を産生するための方法が提供される。いくつかの態様において、PSCは、いかなる細胞凝集をも防止するために、コンフルエントに達しない程度に培養される。特定の局面において、PSCは、例えばトリプシン(TRYPSIN)(商標)またはトライプル(TRYPLE)(商標)のような細胞解離酵素とインキュベーションすることで解離される。PSCはまた、ピペット操作によって本質的に単一の細胞懸濁液に解離させることができる。さらに、単個細胞への解離後に、細胞を培養容器に付着させずに、PSCの生存率を上げるために、ブレビスタチン(例えば、約2.5μM)を培地に添加することができる。ブレビスタチンの代わりにROCK阻害剤を使用して、単個細胞に解離した後のPSC生存率を向上させることができる。
【0098】
RPE細胞を単一のPSC細胞から効率的に分化させるには、入力密度を正確に測定しておくことで、RPEの分化効率を高めることができる。したがって、一般的に、PSCの単個細胞懸濁液を播種する前に計数する。例えば、PSCの単個細胞懸濁液は、血球計またはビセル(VICELL)(登録商標)またはTC20のような自動細胞カウンターによって計数される。細胞は、約10,000~約500,000細胞/mL、約50,000~約200,000細胞/mL、または約75,000~約150,000細胞/mLの細胞密度に希釈することができる。非限定的な例では、PSCの単個細胞懸濁液を、エッセンシャル8(E8(商標))培地などの完全に定義された培地を用い、約100,000細胞/mLの密度に希釈する。
【0099】
濃度が分かっている、PSCの単個細胞懸濁液が得られれば、通常、細胞を、フラスコ、6ウェル、24ウェル、または96ウェルプレートなどの組織培養プレートなどの適切な培養容器に播種する。細胞を培養するために使用される培養容器としては、その中で幹細胞を培養することができるものであれば、フラスコ、組織培養用フラスコ、シャーレ、組織培養用皿、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、マイクロスライド、チャンバースライド、チューブ、トレイ、セルスタック(CELLSTACK、登録商標)チャンバー、培養バッグ、ローラーボトルなどが挙げられる。細胞は、培養の必要に応じて、少なくとも約0.2、0.5、1、2、5、10、20、30、40、50ml、100ml、150ml、200ml、250ml、300ml、350mlの400ml、450ml、500ml、550ml、600ml、800ml、1000ml、1500ml、またはそこから導出可能な任意の範囲の容量で培養することができる。特定の態様では、培養容器は、細胞が増殖することができるように生物学的に活性な環境を支持する任意のエクスビボのデバイスまたはシステムを意味するバイオリアクターであってもよい。バイオリアクターは、少なくともまたは約2、4、5、6、8、10、15、20、25、50、75、100、150、200、500リットル、1、2、4、6、8、10、15立方メートル、またはそこから導出可能な任意の範囲の容量を有することができる。
【0100】
特定の局面において、iPSCなどのPSCは、効率的な分化に適切な細胞密度で播種される。細胞は一般的に、約5,000~約40,000細胞/cm2のような約1,000~約75,000細胞/cm2の細胞密度で播種される。6ウェルプレートでは、ウェルあたり約50,000~約400,000細胞の細胞密度で細胞を播種することができる。例示的な方法では、1ウェル当たり約20000細胞など、細胞を1ウェル当たり約100,000、約150,00、約200,000、約250,000、約300,000または約350,000個の細胞密度で播種する。
【0101】
PSC(iPSCなど)は、一般に、細胞生存性を維持しながら細胞接着を促進するために、1つまたは複数の細胞接着タンパク質によるコーティングが施された培養プレート上で培養される。例えば、好ましい細胞接着性タンパク質としては、ビトロネクチン、ラミニン、コラーゲンおよび/またはフィブロネクチンなどの細胞外マトリックスタンパク質が挙げられ、これらは、多能性細胞を増殖させるための固体支持層を提供する手段として培養表面をコーティングするために使用され得る。「細胞外マトリックス」という用語は当該技術分野において認識されている用語であり、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、テネイシン、エンタクチン、トロンボスポンジン、エラスチン、ゼラチン、コラーゲン、フィブリリン、メロシン、アンコリン、コンドロネクチン、結合タンパク質、骨シアロタンパク質、オステオカルシン、オステオポンチン、エピネクチン、ヒアルロネクチン、ウンデュリン、エピリグリン、およびカリンのうちの1種以上を含む。例示的な方法においてPSCは、ビトロネクチンまたはフィブロネクチンでコーティングされた培養プレート上で増殖される。いくつかの態様では、細胞接着性タンパク質はヒトタンパク質である。
【0102】
細胞外マトリックス(ECM)タンパク質は、天然由来のものであってもよく、ヒトもしくは動物の組織から精製されたものであってもよく、または、ECMタンパク質は、遺伝子操作された組み換えタンパク質であってももしくは天然の系で合成された物であってもよい。ECMタンパク質は、全タンパク質であってもよく、天然または改変されたペプチド断片の形態であってもよい。細胞培養のためのマトリックスとして使用できるECMタンパク質の例としては、ラミニン、コラーゲンI、コラーゲンIV、フィブロネクチンおよびビトロネクチンが挙げられる。いくつかの態様において、マトリックス組成物は、合成されたフィブロネクチンまたは組換えフィブロネクチンのペプチドフラグメントを含む。いくつかの態様では、マトリックス組成物は異種成分を含まない。例えば、ヒト細胞を培養するための異種成分不含有マトリックスでは、ヒト由来のマトリックス成分を使用することができ、ヒト以外の動物成分は除外することができる。
【0103】
いくつかの局面において、マトリックス組成物中の全タンパク質濃度は、約1ng/mL~約1mg/mLであり得る。いくつかの好ましい態様では、マトリックス組成物中の全タンパク質濃度は、約1μg/mL~約300μg/mLである。より好ましい態様では、マトリックス組成物中の総タンパク質濃度は、約5μg/mL~約200μg/mLである。
【0104】
RPE細胞またはPSCなどの細胞は、特定の細胞集団それぞれの増殖を支持するために必要な栄養素とともに培養することができる。細胞は一般的に、炭素源、窒素源およびpHを維持するための緩衝液を含む増殖培地中で培養される。培地はまた、脂肪酸または脂質、アミノ酸(非必須アミノ酸など)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化物質、ピルビン酸、緩衝剤および無機塩を含み得る。例示的な増殖培地は、幹細胞の増殖率を高める、非必須アミノ酸およびビタミンなどの様々な栄養素を添加したダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)またはエッセンシャル(ESSENTIAL)8(E8)(登録商標)培地などの最小必須培地を含む。最小必須培地の例には、最小必須培地(MEM)アルファ培地、ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)、RPMI-1640培地、199培地およびF12培地が含まれるが、これらには限定されない。さらに、最小必須培地には、ウマ、子牛またはウシ胎仔血清などの添加物を補充することができる。あるいは、培地は血清を含まないものであってもよい。他の例において、増殖培地は、培養中の幹細胞のような未分化細胞を増殖および維持するために最適化された無血清製剤である「ノックアウト血清代替物」を含み得る。ノックアウト(KNOCKOUT)(登録商標)血清代替品は、例えば、参照することにより本明細書に組み込まれる米国特許出願第2002/0076747号に開示されている。PSCを、完全に定義されたフィーダーフリーの培地中で培養することが好ましい。
【0105】
したがって一般的には、単個細胞PSCを完全に定義された培地に播種し、培養する。特定の局面では、播種してから約18~24時間後に培地を吸引し、新鮮な培地、例えばE8(商標)培地を培養物に添加する。特定の局面では、単個細胞PSCを、プレーティング後約1、2または3日間、完全に定義された培地中で培養する。単個細胞PSCを、分化プロセスを進める前に完全に定義された培地中で約2日間培養することが好ましい。
【0106】
いくつかの態様では、培地に、任意の血清代替品を含めてもよいし、含めなくてもよい。血清代替品としては、アルブミン(脂質リッチアルブミン、組換えアルブミン、植物デンプン、デキストランおよびタンパク質加水分解物などのアルブミン代替物)、トランスフェリン(または他の鉄輸送体)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロール、またはそれらの均等物が挙げられる。血清代替品は、例えば、国際公開第98/30679号に開示されている方法によって調製することができる。あるいは、より簡単に、市販されている任意の材料を使用することもできる。市販されている材料には、ノックアウト(KNOCKOUT)(登録商標)血清置換(KSR)、化学的に定義された脂質濃縮物(ギブコ)およびグルタマックス(GLUTAMAX)(登録商標)(ギブコ)が含まれる。
【0107】
他の培養条件も適宜、決定することができる。例えば、培養温度は約30~40℃、例えば、少なくともまたは約31、32、33、34、35、36、37、38、39℃とすることができるが、特にこれらに限定されない。一態様では、細胞を37℃で培養する。CO2濃度は、約1~10%、例えば約2~5%、またはその中で導出可能な任意の範囲とすることができる。酸素分圧は、少なくとも、最大、もしくはおよそ1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、20%またはそれに由来する任意の範囲にすることができる。
【0108】
a.分化培地
網膜誘導培地
単個細胞PSCが培養プレートに付着した後、細胞を網膜誘導培地で培養して、網膜系統細胞への分化プロセスを開始させることが好ましい。網膜誘導培地(RIM)は、WNT経路阻害剤を含み、PSCの網膜系統細胞への分化をもたらし得る。RIMは、TGFβ経路阻害剤およびBMP経路阻害剤をさらに含む。1つの典型的なRIM培地の組成を表3に示す。
【0109】
RIMは、約1:1の比でDMEMおよびF12を含む場合がある。例示的な方法では、RIMは、WNT経路阻害剤(例えばCKI-7)、BMP経路阻害剤(例えばLDN193189)およびTGFβ経路阻害剤(例えばSB431542)を含む。例えば、RIMは、約5nM~約50nM(例えば約10nM)のLDN193189、約0.1μM~約5μM(例えば約0.5μM)のCKI-7、および約0.5μM~約10μM(例えば約1μM)のSB431542を含む。さらにRIMは、約1%~約5%のノックアウト血清代替品、MEM非必須アミノ酸(NEAA)、ピルビン酸ナトリウム、N-2サプリメント、B-27サプリメント、アスコルビン酸、およびインスリン成長因子1(IGF1)を含む場合がある。好ましくは、IGF1は動物を含まないIGF1(AF-IGF1)であり、RIMに約0.1ng/mL~約10ng/mL(例えば約1ng/mL)の濃度で含まれる。培地は毎日吸引され、新鮮なRIMに交換される。細胞は、網膜系統細胞を産生するために、RIM中で約1~約5日間、例えば約1、2、3、4または5日間、例えば約2日間培養される。
【0110】
網膜分化培地
次いで、網膜系統細胞を、さらなる分化のために網膜分化培地(RDM)中で培養することができる。RDMは、WNT経路阻害剤、BMP経路阻害剤、TGFβ経路阻害剤およびMEK阻害剤を含む。一態様では、RDMは、WNT経路阻害剤(例えばCKI-7)、BMP経路阻害剤(例えばLDN193189)、TGFβ経路阻害剤(例えばSB431542)、およびMEK阻害剤(例えばPD0325901)を含む。あるいは、RDMは、WNT経路阻害剤、BMP経路阻害剤、TGFβ経路阻害剤およびbFGF阻害剤を含むことができる。一般に、Wnt経路阻害剤、BMP経路阻害剤およびTGFβ経路阻害剤の濃度は、RIMと比較してRDMにおいては約9~約11倍(例えば約10倍)高い。例示的な方法において、RDMは、約50nM~約200nM(例えば約100nM)のLDN193189、約1μM~約10μM(例えば約5μM)のCKI-7、約1μM~約50μM(例えば約10μM)のSB431542、および約0.1μM~約10μM(例えば約1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μMまたは9μM)のPD0325901を含む。例示的なRDM培地の1つを表3に示す。
【0111】
一般的に、RDMは、約1:1の比のDMEMとF12、ノックアウト血清代替品(約1%~約5%、例えば約1.5%)、MEM NEAA、ピルビン酸ナトリウム、N-2サプリメント、B-27サプリメント、アスコルビン酸およびIGF1(例えば、約1ng/mL~約50ng/mL、例えば約10ng/mL)を含む。特定の方法では、毎日、培地を吸引した後細胞に新鮮なRDMを与えるということを培養前日から行う。一般的に、細胞をRDM中で約2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15または16日間(例えば約7日間)培養し、分化した網膜細胞を誘導する。
【0112】
網膜培地
次に、分化した網膜細胞を網膜培地(RM)中で培養することによりさらに分化させることができる。網膜培地はアクチビンAを含み、さらにニコチンアミドを含む場合がある。RMは、アクチビンA約50~約200ng/mL(例えば約100ng/mL)、ニコチンアミド約1mM~約50mM(例えば約10mM)を含むこと場合がある。あるいは、RMは、GDF1などのその他のTGF-β活性化因子、および/またはWAY-316606、IQ1、QS11、SB-216763、BIO(6-ブロモインジルビン-3’-オキシム)または2-アミノ-4-[3,4-(メチレンジオキシ)ベンジル-アミノ]-6-(3-メトキシフェニル)ピリミジンのようなWNT経路活性化因子を含む場合がある。あるいは、RMは、WNT3aをさらに含むこと場合がある。例示的なRM培地の1つを表3に示す。
【0113】
RMは、約1:1の比のDMEMとF12、約1%~約5%(例えば約1.5%)のノックアウト血清代替品、MEM非必須アミノ酸(NEAA)、ピルビン酸ナトリウム、N-2サプリメント、B-27サプリメント、およびアスコルビン酸を含む場合がある。培地は、室温RMで毎日交換することができる。細胞は一般に、約8、9、10、11、12、13、14、15、16または17日間、例えば約10日間、RM中で培養されて分化RPE細胞を誘導する。
【0114】
RPE成熟培地
RPE細胞のさらなる分化のために、細胞を、RPE成熟培地(RPE-MM)中で培養することが好ましい。例示的なRPE-MM培地を表3に示す。RPE-成熟培地は、約100μg/mL~約300μg/mL(例えば約250μg/mL)のタウリン、約10μg/L~約30μg/L(例えば約20μg/L)のヒドロコルチゾンおよび約0.001μg/L~約0.1μg/L(例えば約0.013μg/L)のトリヨードチロニンを含む。さらに、RPE-MMは、MEMアルファ、N-2サプリメント、MEM非必須アミノ酸(NEAA)、およびピルビン酸ナトリウム、およびウシ胎仔血清(約0.5%~約10%、例えば約1%~約5%)を含む場合がある。培地は、室温のRPE-MMで1日おきに交換してもよい。一般的に細胞を、RPE-MM中で約5~約10日間、例えば約5日間培養する。その後、細胞解離酵素などで細胞を解離させ、再播種し、さらに培養期間を延長して、約5~約30日間(例えば約15~20日間)培養し、RPE細胞にさらに分化させることができる。さらなる態様では、RPE-MMはWNT経路阻害剤を含まない。RPE細胞は、この段階で凍結保存することができる。
【0115】
b.RPE細胞の成熟
次いで、RPE細胞をRPE-MM中で継続して培養し、細胞を成熟させることができる。いくつかの態様では、RPE細胞は、6ウェル、12ウェル、24ウェル、または10cmプレートなどのウェルで増殖させる。RPE細胞は、RPE培地中で約4~約10週間、例えば約6~8週間、例えば6、7または8週間維持することができる。RPE細胞の継続的な成熟のための例示的な方法では、トライプル(TRYPLE)(登録商標)のような細胞解離酵素で細胞を解離させ、スナップウェル(SNAPWELL)(商標)デザインなどの特殊で分解可能な足場アセンブリに再播種し、PD0325901のようなMEK阻害剤を含むRPE-MM中で約1~2週間、培養することができる。あるいは、RPE-MMは、MEK阻害剤の代わりにbFGF阻害剤を含む場合がある。分解性足場上でRPE細胞を培養するための方法は、PCT公開WO2014/121077に教示されており、その全体が参照により本明細書に組み込まれる。簡潔に述べると、この方法の主な構成用品は、コーニング(CORNING)(登録商標)コスター(COSTAR)(登録商標)スナップウェル(商標)プレート、バイオイナートOリング、および生分解性足場である。スナップウェル(商標)プレートは、生分解性足場のための構造およびプラットフォームを提供する。先端側および基底側を形成する微孔性膜は、足場の支持体を提供するだけでなく、細胞の分極層をそれぞれの側面から単離するために理想的である。膜を引き剥がすスナップウェル(登録商標)インサートの能力により、インサートの支持リングを足場用アンカーとして使用することが可能になる。得られた、分化していて、極性があり、コンフルエントな単層の機能性RPE細胞は、この段階で(例えば、異種成分不含有CS10培地を使って)凍結保存することができる。
【0116】
いくつかの態様において、成熟RPE細胞は、RPE成熟を促進する追加の化学物質または小分子と一緒にRPE-MM中で連続的に培養することによって、インタクトな(完全な)RPE組織として機能する機能性RPE細胞の単層に、さらに発達させることができる。例えば、これらの小分子としては、プロスタグランジンE2(PGE2)またはアフィディコリンなどの一次繊毛誘導物質がある。PGE2は、約25μM~約250μM、例えば約50μM~約100μMの濃度で培地に添加することができる。あるいは、RPE-MMは、カノニカルWNT経路阻害剤を含むことができる。例示的なカノニカルWNT経路阻害剤は、N-(6-メチル-2-ベンゾチアゾリル)-2-[(3,4,6,7-テトラヒドロ-4-オキソ-3-フェニルチエノ[3,2-d]ピリミジン-2-イル)チオ]-アセトアミド(IWP2)または4-(1,3,3a、4,7,7a-ヘキサヒドロ-1,3-ジオキソ-4,7-メタノ-2H-イソインドール-2-イル)-N-8-キノリニル-ベンズアミド(エンド-IWR1)である。細胞は、成熟し機能的なRPE細胞単層を得るために、追加の期間、例えばさらに約1週間~約5週間、例えば約2~4週間程度、この培地で培養することができる。従って、ここで開示している方法は、多能性細胞の単個細胞懸濁液から大規模で一貫して複製することができる、臨床用途のための成熟RPE細胞を提供するものである。
【0117】
c.RPE細胞の凍結保存
本明細書に開示された方法によって生成された網膜色素上皮細胞は、凍結保存することができる(例えば、参照することにより本明細書に組み込まれるPCT公開第2012/149484号A2参照)。細胞は基質の有無にかかわらず凍結保存することができる。いくつかの態様では、保存温度は、約-50℃~約-60℃、約-60℃~約-70℃、約-70℃~約-80℃、約-80℃約-90℃、約-90℃~約-100℃、およびそれらの重複範囲を含む。いくつかの態様において、低温は、凍結保存細胞の保存(例えば、維持)のために使用される。いくつかの態様では、液体窒素(または他の同様の液体冷却剤)を用いて細胞を保存する。さらなる態様では、細胞を約6時間より長く保存する。さらなる態様では、細胞は約72時間保存される。いくつかの態様において、細胞は、48時間~約1週間保存される。さらに他の態様では、細胞は、約1、2、3、4、5、6、7または8週間保存される。さらなる態様において、細胞は、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11または12ヶ月間保存される。細胞は、より長い時間保存することもできる。細胞は、別々にまたは本明細書中に開示される任意の基質のような基質上に凍結保存することができる。
【0118】
いくつかの態様では、追加して低温保護剤を使用することができる。例えば、細胞は、DM80、ヒトまたはウシ血清アルブミンなどの血清アルブミンなどの1つまたは複数の凍結保護物質を含む凍結保存溶液中で凍結保存することができる。特定の態様では、溶液は、約1%、約1.5%、約2%、約2.5%、約3%、約4%、約5%、約6%、約7%、約8%%、または約10%DMSOを含む。他の態様では、溶液は、約1%~約3%、約2%~約4%、約3%~約5%、約4%~約6%、約5%~約7%、約6%~~約8%、約7%~約9%、または約8%~約10%のジメチルスルホキシド(DMSO)またはアルブミンを含む。特定の態様では、溶液は2.5%DMSOを含む。別の特定の態様では、溶液は10%DMSOを含む。
【0119】
細胞は、例えば凍結保存中に約1℃/分の速度で冷却することができる。いくつかの態様では、凍結保存温度は約-80℃~約-180℃、または約-125℃~約-140℃である。いくつかの態様では、細胞を1℃/分の速度で4℃まで冷却してから凍結させる。凍結保存された細胞は、液体窒素の蒸気相に移して解凍し、使用することができる。いくつかの態様では、例えば、細胞が約-80℃に達したら、それらを液体窒素貯蔵領域に移す。凍結保存は、速度制御された冷凍庫を使用して行うこともできる。凍結保存された細胞は、例えば、約25℃~約40℃の温度で、典型的には約37℃の温度で解凍され得る。
【0120】
d.阻害剤
WNT経路阻害剤
WNTは、細胞間相互作用を調節する高度に保存された分泌シグナル伝達分子のファミリーであり、ショウジョウバエセグメントの極性遺伝子であるウィングレス(wingless)に関連している。ヒトのWNTファミリーの遺伝子は、38~43kDaのシステインに富んだ糖タンパク質をコードする。WNTタンパク質は、疎水性シグナル配列、保存されたアスパラギン結合オリゴ糖コンセンサス配列(例えば、Shimizuら、細胞の成長と分化(Cell Growth Differ)8:1349-1358(1997)を参照のこと)および22個の保存されたシステイン残基を有する。WNTタンパク質は、細胞質ベータカテニンの安定化を促進する能力のために、転写活性化因子として作用し、アポトーシスを阻害することができる。特定のWNTタンパク質の過剰発現は、ある種の癌に関連することが示されている。
【0121】
本明細書においてWNT阻害剤とは、基本的に、WNT阻害剤を意味する。したがって、WNT阻害剤は、Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt4、Wnt5A、Wnt6、Wnt7A、Wnt7B、Wnt8A、Wnt9A、Wnt10a、Wnt11およびWnt16を含むWNTファミリータンパク質メンバーの任意の阻害剤のことを言う。本方法の特定の態様では、分化培地中のWNT阻害剤に関する。当分野で知られている好適なWNT阻害剤の例としては、N-(2-アミノエチル)-5-クロロイソキノリン-8-スルホンアミド二塩酸塩(CKI-7)、N-(6-メチル-2-ベンゾチアゾリル)-2-[(3,4,6,7-テトラヒドロ-4-オキソ-3-フェニルチエノ[3,2-d]ピリミジン-2-イル)チオ]-アセトアミド(IWP2)、N-(6-メチル-2-ベンゾチアゾリル)-2-[(3,4,6,7-テトラヒドロ-3-(2-メトキシフェニル)-4-オキソチエノ[3,2-d]ピリミジン-2-イル)チオ]-アセトアミド(IWP4)、2-フェノキシ安息香酸-[(5-メチル-2-フラニル)メチレン]ヒドラジド(PNU74654)、2,4-ジアミノ-キナゾリン、ケルセチン、3,5,7,8-テトラヒドロ-2-[4-(トリフルオロメチル)フェニル]-4H-チオピラノ[4,3-d]ピリミジン-4-オン(XAV939),2,5-ジクロロ-N-(2-メチル-4-ニトロフェニル)ベンゼンスルホンアミド(FH535)、N-[4-[2-エチル-4-(3-メチルフェニル)-5-チアゾリル]-2-ピリジニル]ベンズアミド(TAK715)、ジクコフ(Dickkopf)関連タンパク質1(DKK1)、および分泌フィズルド(frizzled)関連タンパク質(SFRP1)が挙げられる。さらに、WNTの阻害剤は、WNTに対する抗体、WNTのドミナントネガティブ変異体、およびWNT siRNA、ならびにWNTの発現を抑制するアンチセンス核酸を含み得る。RNA媒介性干渉(RNAi)を用いてWNTを阻害することもできる。
【0122】
BMP経路阻害剤
骨形成タンパク質(BMP)は、トランスフォーミング成長因子ベータ(TGFβ)スーパーファミリーに属する多機能性成長因子である。BMPは、身体全体の構造を調整するのに重要な一群の形態形成シグナルを構成すると考えられている。BMPシグナルの重要な生理機能は、病理過程における調節不全なBMPシグナル伝達に関する多数の役割という形で顕れる。
【0123】
BMP経路阻害剤は、一般に、BMPシグナル伝達の阻害剤全般のことを言うか、またはBMP1、BMP2、BMP3、BMP4、BMP5、BMP6、BMP7、BMP8a、BMP8b、BMP10もしくはBMP15に特異的な阻害剤を含み得る。例示的なBMP阻害剤には、4-(6-(4-(ピペラジン-1-イル)フェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル)キノリン塩酸塩(LDN193189)、6-[4-[2-(1-ピペリジニル)エトキシ]フェニル]-3-(4-ピリジニル)-ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン二塩酸塩(ドルソモルフィン)、4-[6-(4-(1-メチルエトキシ)フェニル]ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル]-キノリン(DMH1)、4-[6-[4-[2-(4-モルホリニル)エトキシ]フェニル]ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル]キノリン(DMH-2)、および5-[6-(4-メトキシフェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル]キノリン(ML347)が挙げられる。
【0124】
TGFβ経路阻害剤
トランスフォーミング成長因子β(TGFβ)は、ほとんどの細胞において増殖、細胞分化および他の機能を制御する分泌タンパク質であり、免疫、癌、気管支喘息、肺線維症、心疾患、糖尿病、および多発性硬化症において機能する一種のサイトカインである。TGF-βは、TGF-β1、TGF-β2およびTGF-β3と呼ばれる少なくとも3つのイソ型で存在する。TGF-βファミリーは、インヒビン、アクチビン、抗ミュラー管ホルモン、骨形成タンパク質、デカペンタプレジックおよびVg-1を含むトランスフォーミング増殖因子ベータスーパーファミリーとして知られるタンパク質のスーパーファミリーの一部である。
【0125】
TGFβ経路阻害剤には一般に、TGFβシグナル伝達の任意の阻害剤が含まれ得る。例えば、TGFβ経路阻害剤は、4-[4-(1,3-ベンゾジオキソール-5-イル)-5-(2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-2-イル]ベンズアミド(SB431542)、6-[2-(1,1-ジメチルエチル)-5-(6-メチル-2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-4-イル]キノキサリン(SB525334)、2-(5-ベンゾ[1,3]ジオキソール-5-イル-2-tert-ブチル-3H-イミダゾール-4-イル)-6-メチルピリジン塩酸塩水和物(SB-505124)、4-(5-ベンゾール[1,3]ジオキソール-5-イル-4-ピリジン-2-イル-lH-イミダゾール-2-イル)-ベンズアミド水和物、4-[4-(1,3-ベンゾジオキソール-5-イル)-5-(2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-2-イル]-ベンズアミド水和物、左右決定因子(レフティ)、3-(6-メチル-2-ピリジニル)-N-フェニル-4-(4-キノリニル)-1H-ピラゾール-1-カルボチオアミド(A83-01)、4-[4-(2,3-ジヒドロ-1,4-ベンゾジオキシン-6-イル)-5-(2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-2-イル]ベンズアミド(D4476)、4-[4-[3-(2-ピリジニル)-1H-ピラゾール-4-イル]-2-ピリジニル]-N-(テトラヒドロ-2H-ピラン-4-イル)-ベンズアミド(GW788388)、4-[3-(2-ピリジニル))-1H-ピラゾール-4-イル]-キノリン(LY364847)、4-[2-フルオロ-5-[3-(6-メチル-2-ピリジニル)-1H-ピラゾール-4-イル]フェニル]-1H-ピラゾール-1-エタノール(R268712)または2-(3-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-ピラゾール-4-イル)-1,5-ナフチリジン(RepSox)がある。
【0126】
MEK阻害剤
MEK阻害剤は、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼ酵素MEK1またはMEK2を阻害する化学物質または薬物であり、MAPK/ERK経路に影響を及ぼすために使用することができる。例えば、MEK阻害剤としては、N-[(2R)-2,3-ジヒドロキシプロポキシ]-3,4-ジフルオロ-2-[(2-フルオロ-4-ヨードフェニル)アミノ]-ベンズアミド(PD0325901)、N-[3-[3-シクロプロピル-5-(2-フルオロ-4-ヨードアニリノ)-6,8-ジメチル-2,4,7-トリオキソピリド[4,3-d]ピリミジン-1-イル]フェニル]アセトアミド(GSK1120212)、6-(4-ブロモ-2-フルオロアニリノ)-7-フルオロ-N-(2-ヒドロキシエトキシ)-3-メチルベンズイミダゾール-5-カルボキサミド(MEK162)、N-[3,4-ジフルオロ-2-(2-フルオロ-4-ヨードアニリノ)-6-メトキシフェニル]-1-(2,3-ジヒドロキシプロピル)シクロプロパン-1-スルホンアミド(RDEA119)および6-(4-ブロモ-2-クロロアニリノ)-7-フルオロ-N-(-2-ヒドロキシエトキシ)-3-メチルベンズイミダゾール-5-カルボキサミド(AZD6244)が挙げられる。
【0127】
bFGF阻害剤
塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF、FGF2またはFGF-βとしても知られる)は線維芽細胞増殖因子ファミリーのメンバーである。bFGFは、基底膜および血管の内皮細胞外マトリックスに存在する。さらにbFGFは、細胞が未分化状態のままである必要があるヒトESC培地の共通成分である。
【0128】
bFGF阻害剤は、一般に、bFGFの阻害剤を意味する。bFGF阻害剤には、例えば、N-[2-[[4-(ジエチルアミノ)ブチル]アミノ-6-(3,5-ジメトキシフェニル)ピリド[2,3-d]ピリミジン-7-イル]-N’-(1,1-ジメチルエチル)尿素(PD173074)、2-(2-アミノ-3-メトキシフェニル)-4H-1-ベンゾピラン-4-オン(PD98059)、1-tert-ブチル-3-[6-(2,6-ジクロロフェニル)-2-[[4-(ジエチルアミノ)ブチル]アミノ]ピリド[2,3-d]ピリミジン-7-イル]尿素(PD161570)、6-(2,6-ジクロロフェニル)-2-[[4-[2-(ジエチルアミノ)エトキシ]フェニル]アミノ]-8-メチル-ピリド[2,3-d]ピリミジン-7(8H)-オン二塩酸塩水和物(PD166285)、N-[2-アミノ-6-(3,5-ジメトキシフェニル)ピリド[2,3-d]ピリミジン-7-イル]-N’-(1,1-ジメチルエチル)-尿素(PD166866)およびMK-2206が含まれるが、これらには限定されない。
【0129】
IV.網膜色素上皮細胞の使用
特定の局面では、多くの重要な研究、開発、および商業目的のために使用することができるRPEまたはRPEに富んだ細胞集団を産生する方法を提供する。
【0130】
いくつかの局面では、本明細書中に開示される方法から、少なくとも約90%(例えば、少なくとももしくは約90%、約95%、約96%、約97%、約98%、約99%、約99.5%またはそこから導出される任意の範囲)のRPE細胞で構成される少なくとももしくは約106、107、108、5x108、109、1010(またはそこから導出される任意の範囲)の数の細胞集団が生じる。
【0131】
特定の局面では、本方法のための出発細胞は、少なくともまたは約104、105、106、107、108、109、1010、1011、1012、1013個の細胞またはそこから導出される任意の範囲の数の細胞の使用を含み得る。出発細胞集団は、少なくともまたは約10、101、102、103、104、105、106、107、108細胞/mlの密度、またはそこから導出される任意の範囲の密度で播種され得る。
【0132】
本明細書に開示された方法によって産生されたRPE細胞は、RPE細胞について当技術分野で現在知られている任意の方法および用途に使用することができる。例えば、RPE細胞上の化合物の薬理学的特性または毒物学的特性をアッセイすることを含む、化合物を評価する方法を提供することができる。RPE細胞に対する効果について化合物を評価する方法であって、a)本明細書で提供されるRPE細胞を化合物と接触させること;およびb)RPE細胞に対する化合物の効果をアッセイすることを含む方法も提供され得る。
【0133】
A.試験化合物のスクリーニング
RPE細胞を商業的に利用して、そのような細胞およびその多様な後代細胞の特性に影響を及ぼす因子(溶媒、低分子薬、ペプチド、オリゴヌクレオチドなど)または環境条件(培養条件または操作など)をスクリーニングすることができる。試験化合物は例えば、化合物、低分子、ポリペプチド、成長因子、サイトカイン、または他の生物学的薬剤であり得る。
【0134】
一態様では、方法には、RPE細胞を試験薬剤と接触させること、および試験薬剤が集団内のRPE細胞の活性または機能を調節するか否かを決定することが含まれる。いくつかの用途では、RPE細胞の増殖を調節するか、またはRPE細胞の分化を変化させる薬剤を同定するためにスクリーニングアッセイが使用される。スクリーニングアッセイは、インビトロでまたはインビボで行うことができる。眼用薬剤またはRPE薬剤をスクリーニングおよび同定するための方法には、ハイスループットスクリーニングに適したものが含まれる。例えば、治療分子として使用できる可能性のある分子を同定するために、RPE細胞を、培養皿、フラスコ、ローラーボトルまたはプレート(例えば、一枚のマルチウェルディッシュ、もしくは8、16、32、64、96、384および1536ウェルのマルチウエルプレートまたはディッシュ)上に、必要に応じて決められた位置に、配置または設置することができる。スクリーニングすることができるライブラリーには、例えば、低分子ライブラリー、siRNAライブラリー、およびアデノウイルストランスフェクションベクターライブラリーが含まれる。
【0135】
他のスクリーニング系の用途は、網膜組織の維持または修復に対する医薬化合物の効果について試験するものに関連する。このようなスクリーニングは、化合物が細胞に対して薬理学的効果を有するように設計されているかまたは他の所で効果を有するように設計されている化合物が、この組織型の細胞に対して意図しない副作用を有する可能性があるため、実施される場合がある。
【0136】
B.治療および移植
他の態様ではまた、網膜変性または重大な損傷など、それを必要とする任意の状態における眼組織の維持および修復を強化するためのRPE細胞の使用を提供することができる。
【0137】
治療剤投与のための細胞組成物の適合性を決定するために、細胞を最初に適切な動物モデルで試験することができる。一局面では、RPE細胞は、生存し、インビボでその表現型を維持するそれらの能力について評価される。細胞組成物は、免疫不全動物(例えば、ヌードマウス、または化学的または放射線照射によって免疫不全にされた動物)に投与される。組織をある期間の成長させた後に回収し、多能性幹細胞由来細胞が依然として存在するかどうかについて評価する。
【0138】
RPE細胞組成物の適合性を試験するには、多くの動物種が利用可能である。例えば、ロイヤルカレッジオブサージオン(Royal College of SurgeoN’s、RCS)ラットは、網膜ジストロフィーのモデルとしてよく知られている(Lundら、2006)。さらに、RPE細胞の適合性および生存率は、NOGマウスのような免疫不全動物のマトリゲルへの移植(例えば、皮下または網膜下)によって決定することができる(カネムラら、2014)。
【0139】
本明細書に記載のヒトRPE細胞、またはこれらの細胞を含む医薬組成物は、それを必要とする患者の状態を治療するための薬剤の製造に使用することができる。RPE細胞は、予め凍結保存しておくことができる。特定の局面では、開示されたRPE細胞はiPSC由来であり、したがって、眼疾患を有する患者に「個別化医療(personalized medicine)」を提供するために使用することができる。いくつかの態様では、患者から得た体細胞を、疾患を引き起こす突然変異を修正するために遺伝子操作し、RPEに分化させ、RPE組織を形成するように操作することができる。このRPE組織を用いて、同じ患者の内因性の変性RPEを置換することができる。あるいは、健康なドナーまたはHLAホモ接合体「スーパードナー」から生成されたiPSCを使用することもできる。RPE細胞にインビトロで、色素上皮由来因子(PEDF)、トランスフォーミング増殖因子(TGF)ベータ、および/またはレチノイン酸などの特定の因子を処理して、インビボの抗炎症および免疫抑制環境を生じさせることができる。
【0140】
様々な眼の状態は、本明細書に開示される方法を用いて得られたRPE細胞を導入することによって治療または予防され得る。このような状態には、網膜疾患または、一般的に、網膜機能不全または分解、網膜傷害、および/または網膜色素上皮の喪失に関連する障害が含まれる。治療できる状態には、シュタルガルト黄斑ジストロフィー、色素性網膜炎、黄斑変性症(加齢性黄斑変性症など)、緑内障および糖尿病性網膜症などの網膜の変性疾患が含まれるが、これらには限定されない。その他状態には、リーバー先天性黒内障、遺伝性または後天性の黄斑変性症、ベスト病、網膜剥離、脳回転状萎縮症、全脈絡膜萎縮、パターンジストロフィー(pattern dystrophy)、RPEのその他のジストロフィー、および、光線、レーザー、炎症性、感染性、放射線性、新血管性または外傷性の損傷うちのいずれか1つによって引き起こされる損傷によるRPEおよび網膜損傷が挙げられる。特定の態様では、RPE細胞を含む組成物の有効量を、それを必要とする対象に投与することを含む、網膜変性によって特徴付けられる状態を治療または予防するための方法を提供する。このような方法は、これらの状態のうちの1つ以上を有する対象を選択すること、およびその状態を治療する、および/または症状を改善するのに十分な治療有効量のRPE細胞を投与することを含む場合がある。RPE細胞は様々な形態で移植することができる。例えば、RPE細胞を、細胞懸濁液の形態で標的部位に導入することができる。あるいは、生体分解性ポリマーのようなマトリックス、細胞外マトリックスもしくは基材上に単層として接着させること、または前記を組み合わせてもよい。RPE細胞はまた、光受容体などの他の網膜細胞と一緒に移植(同時移植)することもできる。いくつかの態様では、RPE細胞は、治療される対象由来のiPSCから産生され、したがって、自己由来である。他の態様において、RPE細胞は、MHC適合ドナーから産生される。
【0141】
いくつかの態様において、RPE細胞は、再生医療を受けるのに適した対象に対する自己RPE移植片のために使用することができる。RPE細胞は、光受容体などの他の網膜細胞と組み合わせて移植することができる。開示する方法によって産生されたRPE細胞は、当技術分野でよく知られている様々な技術によって移植することができる。例えば、RPE移植を行う方法は、それぞれの全体が参照により本明細書に組み込まれる米国特許第5,962,027号および米国特許第6,045,791号に記載されている。一態様によれば、移植は、膵臓硝子体切除術を行い、続いて網膜下領域に小さな網膜開口部を介して、または直接注入によって細胞を送達することによって行われる。RPE細胞は、細胞懸濁液の形態で標的部位に導入され、細胞外マトリックスのようなマトリックス上に付着され得るか、または生分解性ポリマーなどの基材上に提供され得る。RPE細胞はまた、光受容体を有する網膜細胞のような他の細胞と共に移植(同時移植)することもできる。従って、本明細書で開示する方法によって得られたRPE細胞を含む組成物が提供される。いくつかの態様では、これらRPE細胞は、プロモーターに作動可能に連結されたチロシナーゼエンハンサーおよびマーカーをコードする核酸を含む。他の態様では、RPE細胞は、第2のマーカーをコードする核酸に作動可能に連結された第2の構成的プロモーターも含む。
【0142】
本明細書に開示された方法によって製造されたRPE細胞の医薬組成物。これらの組成物は、少なくとも約1×103個のRPE細胞、約1×104個のRPE細胞、約1×105個のRPE細胞、約1×106個のRPE細胞、約1×107個のRPE細胞、約1×108個のRPE細胞、または1×109個のRPE細胞を含んでいる可能性がある。特定の態様において、組成物は、本明細書に開示される方法によって産生される分化RPE細胞を含有する、実質的に精製された(非RPE細胞に関して)調製物である。ポリマー担体などの足場(scaffold)、および/または細胞外マトリックス、および本明細書中に開示される方法によって産生される有効量のRPE細胞を含む組成物も提供される。例えば、細胞は単層の細胞として提供される。マトリックス材料は、一般的に生理学的に許容され、生体内での使用に適したものである。例えば、生理学的に許容される材料には、小腸粘膜下組織(SIS)、架橋または非架橋アルギン酸、親水性コロイド、発泡体、コラーゲンゲル、コラーゲンスポンジ、ポリグリコール酸(PGA)メッシュ、フリースおよび生体接着剤などの吸収性および/または非吸収性の固体マトリックス材料が挙げられる。
【0143】
好適なポリマー担体にはまた、合成溶液または天然ポリマー、ならびにポリマー溶液から形成された多孔質メッシュまたはスポンジがある。マトリックスは、例えば、ポリマーメッシュまたはスポンジ、または高分子ヒドロゲルである。使用することができる天然ポリマーには、コラーゲン、アルブミン、およびフィブリンなどのタンパク質;ならびにアルギン酸やヒアルロン酸ポリマーなどの多糖類が挙げられる。合成ポリマーには、生分解性ポリマーと非生分解性ポリマーの両方が含まれる。生分解性ポリマーには、例えば、ポリ乳酸(PLA)、ポリグリコール酸(PGA)およびポリ乳酸-グリコール酸(PGLA)、ポリオルトエステル、ポリ無水物、ポリホスファゼンおよびそれらの組み合わせなどのヒドロキシ酸のポリマーが含まれる。非生分解性ポリマーとしては、ポリアクリレート、ポリメタクリレート、エチレンビニルアセテート、およびポリビニルアルコールが挙げられる。
【0144】
可鍛性のイオン的にまたは共有結合的に架橋されたヒドロゲルを形成することができるポリマーを使用することができる。ヒドロゲルは、共有結合、イオン結合または水素結合を介して有機ポリマー(天然または合成)が架橋されて水分子を捕捉してゲルを形成する三次元開格子構造を形成するときに形成される物質である。ヒドロゲルを形成するために使用することができる材料の例には、イオン性に架橋されたアルギン酸、ポリホスファジン、およびポリアクリレートなどの多糖類、またはプルロニックス(PLURON1CS)(登録商標)もしくはテトロニクス(TETRON1CS)(登録商標)などのブロックコポリマー、温度またはHのそれぞれによって架橋されるポリエチレンオキシド-ポリプロピレンブロックコポリマーがある。他の材料としては、フィブリンなどのタンパク質、ポリビニルピロリドン、ヒアルロン酸およびコラーゲンなどのポリマーが挙げられる。
【0145】
医薬組成物は、網膜組織の疾患または異常を改善するためのRPE細胞機能の再構成のような、所望の目的のために、取り扱い説明書と共に、必要に応じて適切な容器に包装することができる。いくつかの態様では、開示された方法によって産生されたRPE細胞を、RPEを形成するように操作し、それを必要とする対象の変性RPEを置換するために使用することができる。
【0146】
C.商業用、治療用および研究目的のための流通
いくつかの態様では試薬システムが提供され、この試薬システムは、製造、分配または使用中にいつでも存在するRPEに富んだ細胞集団を含む細胞のセットまたは組み合わせを含む。細胞セットは、本明細書に記載の細胞集団と、未分化多能性幹細胞または他の分化した細胞型との任意の組み合わせを含み、これらは同じゲノムを有していることも多い。各細胞型は、まとめてまたはそれぞれ別々の容器中に、ビジネス関係を共有する同じ組織または異なる組織の制御下で、同じ施設内でまたは異なる場所で、同じ時刻または異なる時刻に、包装することができる。
【0147】
医薬組成物は、必要に応じて、所望の目的(例えば、眼組織の疾患または損傷を改善するためのRPE細胞機能の再構成など)に関する取り扱い説明書と共に適切な容器に包装することができる。
【0148】
V.キット
いくつかの態様では、例えば、RPE細胞を産生するための1つまたは複数の培地および成分を含む可能性のあるキットが提供される。試薬システムは、必要に応じて、水性媒体または凍結乾燥形態のいずれかで包装してもよい。キットの容器手段は、一般に、少なくとも1つのバイアル、試験管、フラスコ、ボトル、シリンジまたは他の容器手段を含み、その中に構成要素を配置、好ましくは適切に分注する。キット中に2つ以上の構成要素が含まれる場合、キットは一般に第2、第3または他の追加の容器を含み、その中に追加の構成要素を別々に配置することができる。また、バイアルには、成分を様々に組み合わせて入れてもよい。キットの成分は、乾燥粉末として提供することもできる。試薬および/または成分が乾燥粉末として提供される場合、粉末は、適切な溶媒の添加によって再構成され得る。溶媒は、別の容器手段に提供されてもよいことが想定される。キットはまた、典型的には、商業的な販売のために、キット成分を厳重に梱包するための手段も含む。そのような容器は、所望のバイアルが保持される注入またはブロー成形プラスチック容器を含み得る。キットには、印刷形式またはデジタル形式などの電子形式の取り扱い説明書も含まれている場合がある。
【実施例0149】
VI.実施例
以下の実施例は、本発明の好ましい態様を実証するために含まれる。当業者には、以下の実施例に開示される技術が本発明の実施において良好に機能するように発明者によって発見された技術を表し、従って、その実施のための好ましい様式を構成すると考えることができると理解される。しかし、当業者であれば、本開示に照らして、本発明の精神および範囲から逸脱することなく、開示された特定の態様において多くの変更がなされ得、同様のまたは類似の結果が得られることを認識できる。
【0150】
実施例1-出発多能性幹細胞集団の調製
RPE細胞の出発集団は、ES細胞およびiPSCのような多能性幹細胞に由来し得る。例示的な方法では、RPE細胞は、参照することにより本明細書に組み入れられる、米国特許第8,546,140号、同第8,741,648号、同第8,691,574号、公開米国特許出願第20090246875号、公開米国特許第8,278,104号、同第9,005,967号、米国特許第8,058,065号、同第8,129,187号、国際公開第2007/069666号A1、米国特許第8,183,038号および同第8,268,620号などの当該分野で公知の方法によって体細胞からリプログラミングされたヒトiPSCに由来したものである。例えば、多能性幹細胞を、核プログラミング因子であるOct4、Sox2、c-MycおよびKlf4を用いて、体細胞から産生した。別の例示的な方法では、核プログラミング因子Oct4、Sox2、Nanog、Lin28、L-MycおよびSV40ラージT抗原を用いて、体細胞から多能性幹細胞を産生した。
【0151】
iPSCを、ビトロネクチンでコーティングしたプレートに入れたエッセンシャル8(登録商標)(E8TM)培地のような完全に定義された培地中で、マウスまたはヒトフィーダー層なしで増殖させた。ビトロネクチンをカルシウムまたはマグネシウムを含まないDPBSで200倍に希釈し、培養プレートをこのビトロネクチンでコーティングし、室温で約1時間インキュベートした。不健全なおよび/または分化した細胞を予防するために、iPSCを、それらがコンフルエントに達する前で、それ以上増殖することが許されない時点で分割した(図1A)。
【0152】
RPE細胞を誘導するために、iPSCを単個細胞の懸濁液として解離させて、凝集体または胚様体を除去した。単個細胞懸濁液を得るために、細胞をDPBSで洗浄し、トライプル(TRYPLE)(登録商標)などの細胞解離酵素中、37℃で約10分間インキュベートした。次いで、細胞を、血清学的ピペットを用いたピペッティングにより分離させ、細胞懸濁液をコニカルチューブに集めた。穏やかにピペッティングすることでは細胞が分離しなかった場合、培養物をより長く、例えば2~3分間インキュベートした。全ての細胞を回収するために、培養容器を室温E8(商標)培地で洗浄し、次いで培地を、細胞懸濁液を含むチューブに入れた。さらに、単個細胞に解離させた後のPSC細胞の生存率が、細胞が培養容器に付着しなくても、高くなるように、ブレビスタチン(例えば、2.5μM)をE8(登録商標)培地に加えた。細胞を回収するために、それらを400xgで約5分間遠心分離し、上清を吸引し、細胞を適切な容量のE8(商標)培地に再懸濁した。
【0153】
単個細胞にしたiPSCからRPE細胞を効率的に分化させるために、単個細胞iPSCの入力密度をビセル(VICELL)(商標)のような自動細胞カウンターで正確に計数し、室温のE8(商標)で約1×105細胞/mLの細胞懸濁液になるように希釈した。iPSCの単個細胞懸濁液が既知の細胞密度で得られたら、細胞をビトロネクチンで被覆した6ウェルプレートのような適切な培養容器に播種した。細胞をウェル当たり約200,000細胞の細胞密度で播種し、37℃の加湿インキュベーターに入れた。約18~24時間後、培地を吸引し、新鮮なE8(商標)培地を培養物に添加した。プレートに適切な状態で接着させるために、細胞を播種後約2日間、E8(商標)培地で培養した。
【0154】
実施例2-iPSCのRPE細胞への分化
適切な細胞密度で播種した単個細胞iPSCを実施例1のように約2日間培養したら、RPE細胞を誘導するための様々な分化培地で培養した。3日目に、E8(商標)培地を吸引し、室温の網膜誘導培地(RIM)(例えば、表3)を加えた。簡単に説明すると、RIMは、約1:1の比のDMEMおよびF12、ノックアウト血清代替品、MEM非必須アミノ酸(NEAA)、ピルビン酸ナトリウム、N-2サプリメント、B-27サプリメントおよびアスコルビン酸を含むものである。さらに、RIMには、WNT経路阻害剤、BMP経路阻害剤、TGFβ経路阻害剤およびインスリン成長因子1(IGF1)を含めた。毎日培地を吸引し、新鮮なRIMを細胞に添加した。細胞を約2~4日間RIM中で培養した。
【0155】
次いで、細胞を網膜分化培地(RDM)中で約7~14日間培養した。簡単に説明すると、RDM(表2)は、約1:1の比のDMEMおよびF12、ノックアウト血清代替品、MEM NEAA、ピルビン酸ナトリウム、N-2サプリメント、B-27サプリメントおよびアスコルビン酸を含むものとした。さらに、RDMには、WNT経路阻害剤(例えばCKI-7)、BMP経路阻害剤(例えばLDN193189)、TGFβ経路阻害剤(例えばSB431542)およびMEK阻害剤(例えばPD325901)を含めた。Wnt経路阻害剤、BMP経路阻害剤およびTGFβ経路阻害剤の濃度は、RDMでは、RIMよりも10倍高かった。毎日培地を吸引し、室温RDMを細胞に加え、分化した網膜細胞を産生した。
【0156】
RPE細胞を誘導するために、細胞を次に網膜培地(RM)中で7~10日間培養した。RMは、約1:1の比のDMEMおよびF12、ノックアウト血清代替品、MEM NEAA、ピルビン酸ナトリウム、N-2サプリメント、B-27サプリメントおよびアスコルビン酸を含むものとした。さらにRMには、ニコチンアミドおよびアクチビンAを含めた。培地を室温RMで毎日交換してRPE細胞を得た。
【0157】
RPE細胞の成熟のために、細胞をRPE成熟培地(RPE-MM)中で5~10日間培養した。RPE-MM(表2)は、MEMアルファ、ウシ胎児血清、N-2サプリメント、MEM NEAAおよびピルビン酸ナトリウムを含むものとした。さらに、RPE-MMには、タウリン、ヒドロコルチゾンおよび3,3’、5-トリヨード-L-チロニンを含めた(図1C)。培地を室温のRPE-MMで1日おきに交換した。次いで細胞を細胞解離酵素中で解離させ、ビトロネクチンでコーティングしたプレートに再び播種した。誘導されたPRE細胞はこの段階で、異種成分不含有CS10培地に入れて凍結保存することができる。RPEの成熟を継続するために、播種した細胞はさらに約15日間培養する。
【0158】
実施例3-RPE細胞の成熟
実施例2で産生したRPE細胞を継続して成熟させるために、トライプル(商標)のような細胞解離酵素で細胞を解離させ、MEK阻害剤、例えばPD325901を添加したRPE-MM中で1~2週間、特殊なスナップウェル(SNAPWELL)(商標)デザインの分解性足場アセンブリに再播種した。これにより、異種成分不含有CS10培地を使ってこの段階で凍結保存することができる、分化し、極性化し、コンフルエントな機能性RPE細胞の単層が得られた(図1D)。
【0159】
成熟RPE細胞は、PGE2またはアフィディコリンなどの初代繊毛誘導物質のような低分子を添加したRPE-MM中で継続して培養することによって、インタクトなRPE組織として機能する機能的RPE細胞の単層にさらに発達した。理論に束縛されるものではないが、これらの一次繊毛誘導物質は、カノニカルWNT経路を抑制し、細胞内で細胞周期からの離脱を誘発し、RPE単層において頂端-基底分極を誘導する。あるいは、RPE成熟を促進するためにRPE細胞において細胞周期からの離脱を誘導するIWP2およびエンド-IWR1などのカノニカルWNT経路阻害剤によってRPE成熟を誘導することができる。成熟し機能的なRPE細胞単層を得るために、細胞をこの培地でさらに2~3週間培養した。したがって、現在開示の方法は、臨床用途のために大規模に一貫して複製することができる多能性細胞由来の成熟RPE細胞を提供するものである。
【0160】
実施例4-RPE細胞の凍結保存
実施例2の分化したRPE細胞を凍結保存するために、培地を吸引し、細胞をダルベッコリン酸緩衝食塩水(DPBS)で2回洗浄した。次いで、細胞を細胞解離酵素と共にインキュベートし、細胞懸濁液をピペットでコニカルチューブに移した。細胞を遠心分離し、上清を吸引し、細胞を室温のRPE-MMに再懸濁した。次いで、細胞懸濁液をステリフリップ(STERIFLIP)(登録商標)細胞ストレーナーで濾過し、細胞を計数した。その後、細胞を遠心分離し、冷やしておいたクライオストア(CryoStor)(登録商標)CS10に、適切な密度(例えば、1×107細胞/mL)で再懸濁した。細胞懸濁液を予め標識しておいたクライオバイアルに分配し、冷凍容器に入れ、-80℃の冷凍庫に12~24時間移した。次いでバイアルを液体窒素に移して貯蔵した。
【0161】
実施例5-混入非RPE細胞のMACS枯渇およびCD24、CD56および/またはCD90枯渇によるRPE出発細胞集団の濃縮
実施例2または3で得られたRPE細胞の集団は、残存する汚染性非RPE細胞ならびに未成熟RPE細胞(まとめて「汚染細胞」と呼ぶ)を含む場合があり、その両方を分離および除去して成熟RPEに富んだ細胞集団を得ることができる。混入細胞は、例えば、磁気活性化細胞選別(MACS(登録商標))、蛍光活性化細胞選別(FACS)、または単細胞選別などの様々な方法論によって培養物から除去することができる。それらの表面抗原によって種々の細胞集団を分離することができることが当該分野で知られているMACS(登録商標)方法論を用いて、より成熟した目的のRPE細胞から、汚染細胞を分離した。
【0162】
RPE細胞の出発集団に混入している汚染細胞は、目的の成熟RPE細胞から汚染細胞を分離するために使用することができる特異的細胞表面マーカーを有する。例えば、CD24、CD56、および/またはCD90は、多能性幹細胞および他の神経細胞型(但し、これらに限定されない)上で発現される細胞表面抗原である。CD24は、多能性幹細胞、いくつかのBリンパ球および分化する神経芽細胞の表面に発現する糖タンパク質である。CD56または神経細胞接着分子(NCAM)は、ニューロンおよびナチュラルキラー細胞の表面に発現する糖タンパク質である。CD90またはThy-1は、様々な幹細胞ならびにニューロンの表面に発現するマーカーである。CD24、CD56および/またはCD90の発現は、幹細胞が、RPE細胞を含む多くの成熟細胞型に分化する過程で失われる。したがって、CD24、CD56および/またはCD90に対して陽性の細胞を除去することで、残留汚染細胞を枯渇させることができる。
【0163】
分離技術を実施するためには、RPE細胞の出発集団を、実施される選別(例えば、MACS)のために単個細胞懸濁液に解離させることが望ましい。既に凍結保存されている細胞であれば、細胞を解凍し、再播種する必要がある。接着培養に含まれる細胞から単個細胞懸濁液を得るために、細胞を洗浄し(例えば、DPBS)、細胞解離酵素を添加した(例えばトライプル(登録商標))。細胞を37℃で約5分間インキュベートした後、容器を静かに軽くたたいてニューロンクラスターを剥がした。細胞をDPBSで2回洗浄し、細胞解離酵素を加えた(例えばトライプル(登録商標))。細胞を37℃で約30分間インキュベートした後、細胞懸濁液をRPE-MM播種(Plating)培地に集め、400xgで5分間遠心分離した。細胞ペレットをRPE-MM播種培地に再懸濁し、細胞懸濁液を細胞ストレーナー(例えば、20μMのスリットスリップ細胞ストレーナー)で濾過して、残りの細胞クラスターを解離させた。生存細胞について細胞懸濁液を計数し(例えば、ビセル計数器を用いて)、細胞濃度を見た。計数した細胞懸濁液は、選別またはフローサイトメトリー純度アッセイに使用できる単個細胞懸濁液を提供するものとなった。
【0164】
RPE細胞の出発集団から汚染細胞を除去するために、MACSを使用して、CD24陽性細胞、CD56陽性細胞、および/またはCD90陽性細胞を枯渇させた。RPE細胞の出発集団由来の細胞を単個細胞懸濁液に解離させた後、細胞をMACS緩衝液に、例えば1×107細胞/mLで再懸濁させた。MACS緩衝液の例を表3に示す。次に、細胞を抗CD24抗体、抗CD56抗体および/または抗CD90抗体(それぞれ1:500に希釈)で染色し、4℃で20分間インキュベートし、抗体を細胞上の抗原に結合させた。使用する抗体は、二次抗体に結合する標識(例えば、FITC)で標識しておく必要がある。インキュベートした後、20mLのMACS緩衝液を添加し、細胞を400xgで5分間遠心分離した。細胞ペレットを20mLのMACS緩衝液中に再懸濁し、激しく混合し、400×gで5分間遠心分離して、未結合抗体を除去した。細胞ペレットをMACS緩衝液に(例えば、1.11×108細胞/mLで)再懸濁し、希釈した(1:10)二次抗体(例えば、抗FITC)でコーティングしたマイクロビーズを加え、細胞を4℃で20分間インキュベートした。インキュベートした後、細胞をMACS緩衝液で洗浄して未結合のマイクロビーズを除去し、1.25×108個以下の細胞を500μLのMACS緩衝液に再懸濁した。細胞懸濁液を強磁場に置いたLDカラムに移すと、マイクロビーズに付着したCD24、CD56、および/またはCD90抗原を発現している細胞はカラムに残った。LDカラムをMACS緩衝液で2回洗浄した。CD24、CD56および/またはCD90抗原を発現していない非標識細胞を溶出して集めた。さらなる特徴解析および培養のために、採取した非標識細胞懸濁液を遠心分離し(400xgで5分間)、RPE-MM播種培地で再播種し、細胞懸濁液の一定量をフローサイトメトリー純度アッセイに使用した。このようにして、MACS細胞の選別により、CD24、CD56および/またはCD90に対して陽性の細胞を枯渇させたRPEに富んだ細胞集団が得られた。この方法の使用は、実施例2に詳述された方法から生じる出発集団には限定されず、他の方法(例えば、これらに限定されるものではないが、米国特許出願第12/523,444号および同第14/405,730号に記載の方法)によって産生されたRPE細胞集団から汚染細胞を除去するためにも利用され得る。
【表1】
RPE-マーカーに対して陽性である細胞の予備選別の割合は、実施例2のRPE細胞の出発集団に含まれるRPE-マーカー陽性細胞の割合を示す。CD24陽性細胞とCD56陽性細胞の両方を枯渇させると、CD24陽性細胞のみを枯渇させるよりもRPE細胞がより濃縮される。CD24陽性細胞、CD56陽性細胞およびCD90陽性細胞の全てを枯渇させると、細胞集団中のRPE細胞の純度は99%を超えた。
【0165】
実施例6-RPE濃縮細胞集団の特徴解析のためのフローサイトメトリー純度アッセイ
MACS選別を実施する前後に、BEST1、CRALBP、TYRP1、PMEL17、MAP2、NES、およびMITFを含む関連マーカーのパネルによるRPE細胞の特性決定(例えば、予備選別(pre-sorting)および事後選別(post-sorting))を行った。フローサイトメトリー純度アッセイを実施して、MACSを利用してCD24陽性細胞、CD56陽性細胞、および/またはCD90陽性細胞を除去する前後の各マーカーについて陽性の細胞のパーセンテージの測定値(表1)を得た(図2および3)。
【0166】
フローサイトメトリー純度アッセイを実施して、本開示の選別方法によって得られたRPE細胞のパーセンテージを決定した。MACSアッセイから採取した細胞懸濁液の一定分量(1試料あたり5mLのFACSチューブ中2×106細胞)を400×gで3分間遠心分離した。細胞ペレットを1mLの染色液(例えば、リブデッド(Live-Dead)赤色染色液)に再懸濁し、暗所、室温で15分間インキュベートした。インキュベートした後、2mLの洗浄緩衝液を加え、細胞を400×gで3分間遠心分離して、結合していない染色液を除去した。細胞ペレットを固定緩衝液に再懸濁し、暗所、室温で15分間インキュベートした。インキュベートした後、2mLの洗浄緩衝液を加え、細胞を400×gで3分間遠心分離し、上清を捨てた。細胞ペレットを2mLの洗浄緩衝液に再懸濁して1×106細胞/mLの懸濁液とし、200μLの細胞懸濁液をFACSチューブに移した。各チューブに2mLのパーム(perm)緩衝液を添加し、細胞を400×gで3分間遠心分離した。RPE特異的マーカーの一次抗体をパーム緩衝液で希釈し、希釈した抗体溶液100μLを各チューブに加えた。暗所、4℃で一晩インキュベートした後、細胞を2mLのパーム緩衝液で2回洗浄した。二次抗体溶液を各チューブに入れ、細胞を暗所、室温で1~2時間インキュベートした。インキュベートした後、細胞をパーム緩衝液で2回洗浄し、遠心分離し(400xgで3分間)、フローサイトメトリー分析用に100μLの洗浄緩衝液に再懸濁した。参照することにより本明細書に組み込まれる米国特許第8,682,810号およびヘルツェンベルグら、2006などに記載されている当業者に公知の方法によってフローサイトメトリー分析を実施し、試験したマーカーのそれぞれについて、陽性細胞のパーセンテージを得た(表1)。フローサイトメトリー純度アッセイから、CD24、CD56および/またはCD90陽性汚染細胞を枯渇させるMACS選別によって、BEST1マーカーによって決定される出発細胞集団でのパーセンテージ(78.6%)と比較して、RPE細胞に富んだ集団(95~99%)が得られたことが示された。
【0167】
実施例7-RPE細胞を分化させるための別の方法
実施例2および3に記載された方法に関して、iPSC播種後2日目から開始する分化プロセスの終了までの間(MACS後の培養を含む)の特定の時間枠内で、培地中に1μMの濃度のPD0325901を含めることにより、結果として生じるRPE集団の成熟度およびRPE集団の純度(混入細胞の減少を意味する)が向上する可能性がある。本明細書に記載のRPEプロセスで、RDMおよびRPE-MM(約42~50日目)に1μMのPD0325901を含めると、RPE集団の純度および成熟度の両方が改善されることが分かっている。
【0168】
実施例8-RPE細胞を分化させるための別の方法
実施例2および3に記載された方法に関して、RPE-MMおよびRPE-MMプレート培地中のウシ胎仔血清のパーセンテージを5%から0.5~1%に減少させると、RPE集団の純度(混入した汚染細胞の減少を意味する)および結果として生じるRPE集団の成熟度が向上する可能性がある。
【0169】
実施例9-成熟RPE細胞の機能性
PGE2での処理から産生された成熟RPE細胞を分析するために、RPE単層の免疫染色を行い、iPSC-RPE細胞のZO1染色と透過電子顕微鏡観察により、タイトジャンクションの六角形構造(図4A~4C)を確認した(図4D)。この染色から、PGE2で処理したRPE細胞では、ベータカテニンが減少し、RPE65が増加することが示された。また、IWP2+エンド-IWR1またはIWP2で処理することによっても、ベータカテニンの減少(図5A)およびRPE65の増加がもたらされる(図5C)。IWP2+エンド-IWR1の組み合わせは、IWP2単独またはエンド-IWR1単独と比較してより有効であることが見出された。したがって、PGE2、IWP2、またはIWP2+エンド-IWR1で処理することにより、成熟RPE細胞が産生される。
【0170】
本発明の方法によって生成されたRPE細胞のバリア機能を測定するために、経上皮電位(TEP)により、細胞間の流れを制御するエネルギー駆動型イオンポンプによって生成された単層全体にわたるイオン勾配を測定し、経上皮電気抵抗(TER)によって、主にタイトジャンクション構造の微細構造を介して傍細胞間空間を介して物質の抵抗を測定する(図7A)。
【0171】
また、IWP2またはエンド-IWR1で処理された成熟RPE細胞の機能解析も行った。PGE2またはIWP2+エンド-IWR1で処理したRPE細胞と未処理RPE細胞のTEPおよびTER測定値の比較から、処理した成熟RPE細胞では機能性が向上していることが示された(図7C~7E)。
【0172】
次に、RPE-MM+PGE2培地中のPGE2濃度を50μMから100μMに増加させることにより、RPE集団の純度(すなわち、汚染細胞の減少)および結果として生じるRPE集団の成熟度の両方が向上するか否かを試験した。50μMおよび100μMのPGE2処理培養物の成熟度および機能性を決定するために、経上皮電気抵抗(TER)に関するバリア機能を測定して(図7F)、実施例9で説明するのと同様に、傍細胞間空間を通る物質の抵抗を比較した。RPE-MM+PGE2培地でiPSC由来RPE培養物を50μMまたは100μMで処理した後に得られる純粋なRPE細胞のパーセンテージを測定するために、実施例6で説明したのと同様に、RPE特異的マーカーについてフローサイトメトリー純度アッセイを行った(図7G)。結果から、より高い濃度の一次繊毛誘導因子PGE2により、iPSC由来RPE分化の過程におけるRPE集団の純度および成熟度の両方が促進されることが示された。
【0173】
実施例10-RPE分化法の再現性
RPE分化プロセスの再現性を試験するために、3つのiPSC系統からRPE細胞に分化させる過程を、複数のオペレーターによって行った(図6A)。得られたRPE細胞の平均純度は、RPEマーカーであるレチナールアルデヒド結合タンパク質1(Craplbp)をフローサイトメトリーで測定することで解析した(表2)。RPE分化プロセスは、出発細胞集団が異なっていても、また、オペレーターが異なっていても、再現性が高いことが判明した。さらに、3D1、AMD1B、BEST1L、BEST3A、BEST8A、AMDドナー3DおよびHLA細胞系A(図6B)を含む異なる出発細胞株からのRPE分化によっても再現性を確認した。HLA細胞系A(21525.102)は、HLA-A*01およびHLA-B*08をホモ接合したドナーから産生され、米国人口の11.38%にとって有益な一致性を提供するiPSC系統である。さらに、米国人口の7.63%にとって有益な一致性を提供し得るHLA-A*03およびHLA-B*07のホモ接合体であるHLA細胞系C(21526.101)由来のiPSC系統から、このプロセスを用いてRPEを産生することも成功している。前述したHLA-AおよびHLA-Bがホモ接合であるHLA細胞系A(21525.102)およびHLA細胞系C(21526.101)は、セルラーダイナミクスインターナショナル社(Cellular Dynamics International Inc)の所有物である。さらに、13のドナー由来にするにする28のiPSC細胞系から、109回RPEを分化させ、その精製前および精製後のCralbp陽性細胞の割合を測定することにより、再現性をさらに確認した(図6C~D)。RPE分化後のCralbp陽性細胞の割合は様々であったが、MACS精製は一貫して95%以上の純度をもたらし、ほとんどの場合100%純度に近い結果をもたらした。したがって、RPE分化の本方法は、ドナーの遺伝子型が多用であっても、また、異なるオペレーターによって実施される場合であっても、より一貫性と再現性のある結果を提供するという点で、胚様体からRPE細胞を産生するいかなる方法よりも明らかに有用である。
【表2】
【0174】
実施例11-材料および方法
実施例1~10で使用した材料を表3に示す。
【表3】
【0175】
フローサイトメトリーの洗浄緩衝液は、20mLのFBSを1000mLのDPBS(すなわち、カルシウムおよびマグネシウムを含まない)に添加することによって調製した。緩衝液はフィルター滅菌し、4℃で最長4週間保存することができる。
【0176】
フローサイトメトリーのパームバッファーは、20mLのFBSを1000mLのDPBS(すなわち、カルシウムおよびマグネシウムを含まない)に添加することによって調製した。1グラムのサポニンを添加し、よく混合した。緩衝液はフィルター滅菌し、4℃で最長4週間保存することができる。
【0177】
フローサイトメトリーのライブデッド赤色染色液は、DPBS(すなわちカルシウムおよびマグネシウムを含まない)でライブデッド染色液を1000倍に希釈することによって調製した。アッセイされる1×106個の細胞につき1mLの染色液を調製した。染色液は使用前に新しく調製した。
【0178】
フローサイトメトリーの固定バッファーは、1mLの36.5%ホルムアルデヒドを8.1mLのDPBS(すなわち、カルシウムおよびマグネシウムを含まない)に添加することによって調製した。アッセイされる1×106個の細胞につき1mLの染色液を調製した。バッファーは使用前に新しく調製した。
【0179】
本明細書に開示され特許請求される方法の全ては、本開示に照らして過度の実験をすることなく準備・実行され得る。本発明の組成物および方法は、好ましい態様という観点から記載されているが、当業者には、本発明の概念、精神および範囲から逸脱することなく、これらの方法および工程または記載された方法の工程の順序に変更を適用することができることは明らかであろう。より具体的には、化学的にも生理学的にも関連する特定の薬剤を、本明細書に記載の薬剤と置き換えて、同じまたは類似の結果を達成することができることは明らかであろう。当業者に明らかなこのような類似の置換および変更はすべて、添付の特許請求の範囲によって定義される本発明の精神、範囲および概念の範囲内であるとみなされる。
参考文献
以下の参考文献は、本明細書に記載されたものに補足的な例示的な手順または他の詳細を提供する範囲で、参照することにより本明細書に具体的に組み込まれる。
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図1A
図1B
図1C
図1D
図2A
図2B
図3A-1】
図3A-2】
図3B-1】
図3B-2】
図3C-1】
図3C-2】
図4A
図4B
図4C
図4D
図5A
図5B
図5C
図5D
図6A
図6B
図6C-1】
図6C-2】
図6D
図7A
図7B
図7C
図7D
図7E
図7F
図7G
【外国語明細書】