(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023162492
(43)【公開日】2023-11-09
(54)【発明の名称】光検出器およびその使用方法
(51)【国際特許分類】
H01L 31/08 20060101AFI20231101BHJP
【FI】
H01L31/08 L
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022072830
(22)【出願日】2022-04-27
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 英樹
【テーマコード(参考)】
5F149
5F849
【Fターム(参考)】
5F149AA17
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(57)【要約】 (修正有)
【課題】大出力の光電変換電流が得られる量子井戸型の光検出器を提供する。
【解決手段】第1および第2主表面がバリア層で挟み込まれた量子井戸層を1層以上含む多重量子井戸構造体を有し、量子井戸層はドーピングされており、量子井戸層と垂直な方向にバイアス電圧を印加した時に光照射により生じる光電流の増分を量子井戸層の伝導帯において生じるサブバンド間遷移を利用して検出し、出力取り出し電極バリア層の最外面にコンタクト層を介して配置されており、光検出領域の多重量子井戸構造体への電流供給が量子井戸層の面内を通じて行われ光検出器とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1および第2主表面がバリア層で挟み込まれた量子井戸層を1層以上含む多重量子井戸構造体を有し、
前記量子井戸層はドーピングされており、
前記量子井戸層と垂直な方向にバイアス電圧を印加したときに、光照射により生じる光電流の増分を前記量子井戸層の伝導帯において生じるサブバンド間遷移を利用して検出し、
出力取り出し用の電極が、前記バリア層の最外面にコンタクト層を介して配置されており、
光検出領域の前記多重量子井戸構造体への電流供給が前記量子井戸層の面内を通じて行われる、光検出器。
【請求項2】
前記多重量子井戸構造体に接して、または前記多重量子井戸構造体の上方に、島状の金属パッチが形成されており、
前記金属パッチを含む領域を光検出領域とし、
前記光検出領域の前記金属パッチの直下の領域への電流供給が前記量子井戸層の面内を通じて行われる、請求項1記載の光検出器。
【請求項3】
導電体層上に量子機能層および取り出し用の電極が順に積層されており、
前記量子機能層は、1層以上の量子井戸層と、前記量子井戸層の第1および第2主表面を挟み込むバリア層を有し、
前記電極と、前記バリア層のうちで最近接するバリア層との間にはコンタクト層が形成されており、
光検出領域の前記量子機能層への電流供給が前記量子井戸層の面内を通じて行われる、光検出器。
【請求項4】
前記量子機能層に接して、または前記量子機能層の上方に、島状の金属パッチが形成されており、
前記金属パッチを含む領域を光検出領域とし、
前記光検出領域の前記金属パッチの直下の領域への電流供給が前記量子井戸層の面内を通じて行われる、請求項3記載の光検出器。
【請求項5】
前記電流供給が行われる量子井戸層は、前記量子井戸層のうちの最外層に配置されている量子井戸層である、請求項1から4の何れか一項に記載の光検出器。
【請求項6】
前記量子井戸層は、GaAs、AlAs、InAs、InP、AlSb、GaP、AlP、GaN、AlN、ZnSe、CdSe、MgSe、GaSb、InSb、InN、PbS、PbSe、ZnTe、CdTe、HgTe、SiおよびGeからなる群より選ばれる1あるいは2以上からなる混晶である、請求項1から5の何れか一項に記載の光検出器。
【請求項7】
前記バリア層は、GaAs、AlAs、InAs、InP、AlSb、GaP、AlP、GaN、AlN、ZnSe、CdSe、MgSe、GaSb、InSb、InN、PbS、PbSe、ZnTe、CdTe、HgTe、SiおよびGeからなる群より選ばれる1あるいは2以上からなる混晶である、請求項1から6の何れか一項に記載の光検出器。
【請求項8】
前記量子井戸層の層数は、1以上200以下である、請求項1から7の何れか一項に記載の光検出器。
【請求項9】
前記金属パッチは、マトリックス状に配列配置されている、請求項2または4に記載の光検出器。
【請求項10】
前記金属パッチは、アレー状に配列配置されている、請求項2または4に記載の光検出器。
【請求項11】
前記金属パッチの配列ピッチは、0.5μm以上200μm以下である、請求項9または10に記載の光検出器。
【請求項12】
前記コンタクト層は、GaAs、AlAs、InAs、InP、AlSb、GaP、AlP、GaN、AlN、ZnSe、CdSe、MgSe、GaSb、InSb、InN、PbS、PbSe、ZnTe、CdTe、HgTe、SiおよびGeからなる群より選ばれる1あるいは2以上からなる混晶である、請求項1から11の何れか一項に記載の光検出器。
【請求項13】
請求項1から12の何れか一項に記載の光検出器に対して、前記出力取り出し用の電極にバイアスを印加したときの出力電流に対して極小値を与えるバイアス値Vminを求め、前記バイアス値Vminより絶対値として大きな値のバイアスを、前記取り出し用の電極に印加して使用する、光検出器の使用方法。
【請求項14】
請求項13の光検出器の使用方法において、バイアスの符号が負である、光検出器の使用方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光検出器およびその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高感度、大出力の光検出器として量子井戸型光検出器が注目されており、例えば特許文献1、非特許文献1および2にその開示がある。
【0003】
特許文献1では、パッチアンテナと組み合わせた量子井戸型光検出器において、電極領域から光検出領域への電流供給が金属パッチを相互に連結する金属配線を通じて行われる量子井戸光検出器が開示されている。
非特許文献1では、電極領域から光検出領域への電流供給がバリア層外側の面内伝導層(コンタクト層)を通じて行われる量子井戸光検出器が開示されている。この場合、金属パッチを伝導ルートとして使う必要がない。このため、相互の配線を考慮することなく金属パッチを自由に配置でき、広帯域検出器など自由度の高い設計が可能という特徴がある。
非特許文献2では、さらに、量子井戸総数を1層から3層に増やすことにより、暗電流が低減し、高い検出能(SN比)が実現されることが開示されている。
【0004】
非特許文献1および2は、何れも電極領域から光検出領域への電流供給が、量子井戸層を通じた面内伝導ではなく、バリア層外側の面内伝導層(コンタクト層)を通じて行われるため、量子井戸面内伝導による電流増倍現象は発現しない。
【0005】
非特許文献1および2によれば、これらの文献に記載されている検出器の感度ピークは、平均電界37kV/cm(バイアス電圧0.70V,多重量子井戸電圧印加厚さ192nm)~43kV/cm(バイアス電圧0.45V,多重量子井戸電圧印加厚さ104nm)で生じ、得られる感度は外部量子効率で表して最大62%程度であった。これでも従来の量子井戸光検出器に比べるとプラズモン共振器の導入により大きな感度が実現できているが、必ずしも十分ではない。
【0006】
他の種類の半導体検出器においては、高電界印加時に発現するアバランシェ増倍効果を利用して外部量子効率100%を超える検出器が実用化されている。そして、それが単一光子計測などに応用されている状況と比較すると、量子井戸光検出器の感度は必ずしも満足なものではなく、さらなる感度の向上が嘱望されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】M.F.Hainey,Jr.,T.Mano,T.Kasaya,Y.Jimba,H.Miyazaki,T.Ochiai,H.Osato,K.Watanabe,Y.Sugimoto,T.Kawazu,Y.Arai,A.Shigetou,and H.T.Miyazaki,“Patchwork metasurface quantum well photodetectors with broadened photoresponse”,Opt.Express,Vol.29,No.1,pp.59-69(Jan.2021) https://doi.org/10.1364/OE.408515
【非特許文献2】M.F.Hainey,Jr.,T.Mano,T.Kasaya,Y.Jimba,H.Miyazaki,T.Ochiai,H.Osato,Y.Sugimoto,T.Kawazu,A.Shigetou,and H.T.Miyazaki,“Breaking the interband detectivity limit with metasurface multi-quantum-well infrared photodetectors” https://doi.org/10.1364/OE.444223
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、上記説明した量子井戸型の光検出器の感度の問題を解決して、大出力の光電変換電流が得られる量子井戸型光検出器およびその使用方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
課題を解決するための本発明の構成を下記に示す。
(構成1)
第1および第2主表面がバリア層で挟み込まれた量子井戸層を1層以上含む多重量子井戸構造体を有し、
前記量子井戸層はドーピングされており、
前記量子井戸層と垂直な方向にバイアス電圧を印加したときに、光照射により生じる光電流の増分を前記量子井戸層の伝導帯において生じるサブバンド間遷移を利用して検出し、
出力取り出し用の電極が、前記バリア層の最外面にコンタクト層を介して配置されており、
光検出領域の前記多重量子井戸構造体への電流供給が前記量子井戸層の面内を通じて行われる、光検出器。
(構成2)
前記多重量子井戸構造体に接して、または前記多重量子井戸構造体の上方に、島状の金属パッチが形成されており、
前記金属パッチを含む領域を光検出領域とし、
前記光検出領域の前記金属パッチの直下の領域への電流供給が前記量子井戸層の面内を通じて行われる、構成1記載の光検出器。
(構成3)
導電体層上に量子機能層および取り出し用の電極が順に積層されており、
前記量子機能層は、1層以上の量子井戸層と、前記量子井戸層の第1および第2主表面を挟み込むバリア層を有し、
前記電極と、前記バリア層のうちで最近接するバリア層との間にはコンタクト層が形成されており、
光検出領域の前記量子機能層への電流供給が前記量子井戸層の面内を通じて行われる、光検出器。
(構成4)
前記量子機能層に接して、または前記量子機能層の上方に、島状の金属パッチが形成されており、
前記金属パッチを含む領域を光検出領域とし、
前記光検出領域の前記金属パッチの直下の領域への電流供給が前記量子井戸層の面内を通じて行われる、構成3記載の光検出器。
(構成5)
前記電流供給が行われる量子井戸層は、前記量子井戸層のうちの最外層に配置されている量子井戸層である、構成1から4の何れか一項に記載の光検出器。
(構成6)
前記量子井戸層は、GaAs、AlAs、InAs、InP、AlSb、GaP、AlP、GaN、AlN、ZnSe、CdSe、MgSe、GaSb、InSb、InN、PbS、PbSe、ZnTe、CdTe、HgTe、SiおよびGeからなる群より選ばれる1あるいは2以上からなる混晶である、構成1から5の何れか一項に記載の光検出器。
(構成7)
前記バリア層は、GaAs、AlAs、InAs、InP、AlSb、GaP、AlP、GaN、AlN、ZnSe、CdSe、MgSe、GaSb、InSb、InN、PbS、PbSe、ZnTe、CdTe、HgTe、SiおよびGeからなる群より選ばれる1あるいは2以上からなる混晶である、構成1から6の何れか一項に記載の光検出器。
(構成8)
前記量子井戸層の層数は、1以上200以下である、構成1から7の何れか一項に記載の光検出器。
(構成9)
前記金属パッチは、マトリックス状に配列配置されている、構成2または4に記載の光検出器。
(構成10)
前記金属パッチは、アレー状に配列配置されている、構成2または4に記載の光検出器。
(構成11)
前記金属パッチの配列ピッチは、0.5μm以上200μm以下である、構成9または10に記載の光検出器。
(構成12)
前記コンタクト層は、GaAs、AlAs、InAs、InP、AlSb、GaP、AlP、GaN、AlN、ZnSe、CdSe、MgSe、GaSb、InSb、InN、PbS、PbSe、ZnTe、CdTe、HgTe、SiおよびGeからなる群より選ばれる1あるいは2以上からなる混晶である、構成1から11の何れか一項に記載の光検出器。
(構成13)
構成1から12の何れか一項に記載の光検出器に対して、前記出力取り出し用の電極にバイアスを印加したときの出力電流に対して極小値を与えるバイアス値Vminを求め、前記バイアス値Vminより絶対値として大きな値のバイアスを、前記取り出し用の電極に印加して使用する、光検出器の使用方法。
(構成14)
構成13の光検出器の使用方法において、バイアスの符号が負である、光検出器の使用方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、高感度、大出力の光電変換電流が得られる量子井戸型の光検出器およびその使用方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の量子井戸光検出器の要部断面構造を示す構造図である。
【
図2】厚いコンタクト層で全面が覆われた従来の量子井戸光検出器の構造図であり、(a)はブリュースター角入射、(b)は45°裏面入射、(c)は裏面照射で回折格子を利用したもの、(d)は端面入射、そして(e)はプラズモン共振器を用いたものの例を示す。ここで、各図とも、上段は平面視図、下段は断面図である。
【
図3】厚いコンタクト層で全面が覆われた従来の量子井戸光検出器の電子の流れを断面構造図を用いて示した説明図であり、(a)はプラズモン共振器を用いないもの、(b)はプラズモン共振器を用いたものである。
【
図4】光検出領域にはコンタクト層のない量子井戸光検出器の断面構造図であり、(a)はブリュースター角入射、(b)は45°裏面入射、(c)は裏面照射で回折格子を利用したもの、(d)は端面入射、そして(e)はプラズモン共振器を用いたものの例を示す。
【
図5】光検出領域のコンタクト層表面を完全に空乏化する深さまで除去した量子井戸光検出器の断面構造図であり、(a)はブリュースター角入射、(b)は45°裏面入射、(c)は裏面照射で回折格子を利用したもの、(d)は端面入射、そして(e)はプラズモン共振器を用いたものの例を示す。
【
図6】光が入射する側の面には前面にコンタクト層がなく、電極領域にて量子井戸層に直接電極を接続した量子井戸光検出器の断面構造図であり、(a)はブリュースター角入射、(b)は45°裏面入射、(c)は裏面照射で回折格子を利用したもの、(d)は端面入射、そして(e)はプラズモン共振器を用いたものの例を示す。
【
図7】量子井戸光検出器の断面構造図であり、(a)は厚いコンタクト層で前面が覆われた従来型比較例、(b)は光検出領域のコンタクト層表面を完全に空乏化する深さまで除去した本発明の実施例を示す。
【
図8】量子井戸光検出器の走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
【
図9】本発明の量子井戸光検出器の電子構造的特徴を、伝導帯のバンド構造と量子井戸の基底準位の波動関数によって示す説明図である。ここで、(a)は従来構造の場合で、(b)は本発明の場合である。
【
図10】量子井戸光検出器の暗電流のバイアス電圧依存性を示す特性図で、(a)は従来構造の場合で、(b)は本発明の場合である。
【
図11】量子井戸光検出器の感度スペクトルを示す特性図で、(a1)、(a2)は従来構造の場合で、(b1)および(b2)は本発明の場合である。
【
図12】量子井戸光検出器のピーク感度のバイアス電圧依存性を示す特性図で、(a)は従来構造の場合で、(b)は本発明の場合である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(実施の形態1)
以下本発明を実施するための形態について図面を参照しながら説明する。
なお、文中に出てくるA~Bは、Aを含んでBまで、すなわちA以上B以下を表す。
【0014】
<検出器の構造>
本発明の1つの形態としての量子井戸光検出器101は、
図1(a)に示すように、第1および第2主表面がバリア層13で挟み込まれた量子井戸層14を1層以上含む多重量子井戸構造体41を有し、量子井戸層14はドーピングされており、出力取り出し用の電極15が、バリア層13の最外面にコンタクト層12を介して配置されており、量子井戸層14と垂直な方向にバイアス電圧を印加したときに、光照射により生じる光電流の増分を量子井戸層14の伝導帯において生じるサブバンド間遷移を利用して検出し、光検出領域22の多重量子井戸構造体41への電流供給が量子井戸層14の面内を通じて行われることを特徴とする。
ここで、量子井戸光検出器101へのバイアスは、電極15と接地電極16を通じて印加する。多重量子井戸構造体41は、下層コンタクト層12dおよび導電性の半導体基板11aを介して接地電極16電気的に繋がっている。なお、導電性の半導体基板11aの代わりに金属などの導電層が形成された基板を用いてもよい。
【0015】
本発明の1つの形態としての量子井戸光検出器106は、
図1(b)に示すように、導電体層51上に量子機能層52および取り出し用の電極15が順に積層されており、量子機能層52は、1層以上の量子井戸層14と、量子井戸層14の第1および第2主表面を挟み込むバリア層13を有し、電極15と、バリア層13のうちで最近接する(最上層に位置する)バリア層13aとの間にはコンタクト層12が形成されており、光検出領域22の量子機能層52への電流供給が量子井戸層14の面内を通じて行われることを特徴とする。
ここで、量子機能層52は、下層コンタクト層12dを介して導電体層51とオーミック接触させることが好ましい。
【0016】
また、本発明の1つの形態としては、
図1(c)、(d)に示すように、島状の金属パッチ18が光検出領域22の量子機能層52または多重量子井戸構造体41上に形成されたプラズモン共振器型の量子井戸光検出器105、107としてもよい。プラズモン共振器を併用することにより、より一層感度と出力を向上させることが可能になる。
【0017】
本発明の1つの形態のプラズモン共振器を用いた量子井戸光検出器105は、金属層17上に量子機能層52および取り出し用の電極15が順に積層されており、量子機能層52は、1層以上の量子井戸層14と、量子井戸層14の第1および第2主表面を挟み込むバリア層13を有し、電極15とバリア層13のうちで最近接するバリア層13との間にはコンタクト層12が形成されており、かつ島状の金属パッチ18が光検出領域22の量子機能層52上に形成された構造を有し、光検出領域22の金属パッチ18の直下の量子機能層52への電流供給が量子井戸層14の面内を通じて行われることを特徴とする。
【0018】
量子機能層52の下側には接地電極16が電気的に接続されている金属層17が配置され、量子機能層52が金属パッチ18と金属層17に挟まれた構成になっている。ここで、金属層17はそれ自体で基板を構成する金属基板であってもよいし、十分な剛性を有する基板11b上に形成された金属層17でもよい。
金属層17の材料としては、誘電率の実部が負の値をもつ導電体であれば特に制限はないが誘電率の虚部が小さいものが好ましく金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、アルミニウム(Al)、白金(Pt)、タングステン(W)およびモリブデン(Mo)を好んで用いることができる。また、必ずしも金属に限らずITO、AZOおよびGZOなどの透明導電体を用いることもできる。
量子機能層52は金属層17とオーミック接触していることが光検出器の高感度化、大出力化に好ましいため、量子機能層52と金属層17との間には下層コンタクト層12dを配置しておくことが好ましい。
なお、量子機能層52の厚さは、プラズモン共鳴を起こす膜厚に設定しておくことが好ましい。具体的な範囲の目安としては、金属パッチ18と金属層17との間の厚さ、すなわち量子機能層52と下層コンタクト層12dを合わせた厚さが、入射光の波長λに対する量子機能層52と下層コンタクト層12dの平均屈折率をnとしたとき、0を超えてλ/(2n)未満であり、より具体的には、マックスウェルの方程式に基づいて目的の波長の入射光に対してプラズモン共鳴を十分に起こす厚さに設定することが好ましい。
【0019】
本発明の他の形態のプラズモン共振器を用いた量子井戸光検出器107は、第1および第2主表面がバリア層13で挟み込まれた量子井戸層14を1層以上含む多重量子井戸構造体41を有し、量子井戸層14はドーピングされており、出力取り出し用の電極15が、バリア層13の最外面にコンタクト層12を介して配置されており、かつ島状の金属パッチ18が光検出領域22の多重量子井戸構造体41上に形成された構造を有し、量子井戸層14と垂直な方向にバイアス電圧を印加したときに、光照射により生じる光電流の増分を量子井戸層14の伝導帯において生じるサブバンド間遷移を利用して検出し、光検出領域22の金属パッチ18の直下の多重量子井戸構造体41への電流供給が量子井戸層14の面内を通じて行われることを特徴とする。ここで、多重量子井戸構造体41は誘電率の実部が負の値をもつ導電体からなる基板11d上に下層コンタクト層12dを介して配置される。
【0020】
金属パッチ18の材料としては、誘電率の実部が負の値をもつ導電体であれば特に制限はないが誘電率の虚部が小さいものが好ましく、例えば金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、アルミニウム(Al)、白金(Pt)、タングステン(W)およびモリブデン(Mo)を好んで用いることができる。また、必ずしも金属に限らずITO、AZOおよびGZOなどの透明導電体を用いることもできる。
また、金属パッチ18の配置としては、入射した光を最大限にプラズモン共鳴に利用して感度や出力を向上させるため、アレー状配置(線状配列、一次元配列)やマトリックス状配置(格子状配列、二次元配列)が好ましい。
金属パッチ18のパターンピッチPおよびパターン幅Lは、マックスウェルの方程式に基づいて目的の波長の入射光に対してプラズモン共鳴を十分に起こすサイズに設定することが好ましく、パターンピッチPとしては、0.5μm以上200μm以下を挙げることができる。例えば、波長7.0μmの光を検出するためにはパターン幅Lを0.99μm、ピッチPを2.5μmとすることが好ましい。
金属パッチ18の高さはプラズモン共鳴を十分に起こす程度には厚く、遮光を起こさない程度に薄くすることが好ましく、例えば30nm以上300nm以下とすることができる。
【0021】
量子井戸層14としては、GaAs、AlAs、InAs、InP、AlSb、GaP、AlP、GaN、AlN、ZnSe、CdSe、MgSe、GaSb、InSb、InN、PbS、PbSe、ZnTe、CdTe、HgTe、SiおよびGeからなる群より選ばれる1あるいは2以上からなる混晶を挙げることができる。この中でも、GaAs、InAsおよびInGaAsは、バンドギャップが低く、対になるバリア層を得やすいことから特に好んで用いられる。
また、量子井戸層14は、十分な導電性をもって電流をその面内に供給できるようにするため、高濃度にドーピングされていることが好ましい。ドーパントとしては、Si、S、Sn、Ge、Te,Be,CおよびZnを挙げることができ、ドーピング濃度としては、1×1017cm-3以上1×1019cm-3以下、好ましくは5×1017cm-3以上5×1018cm-3以下、より一層好ましくは1×1018cm-3以上3×1018cm-3以下を挙げることができる。
【0022】
電流供給が行われる量子井戸層としては、量子井戸層14のうち最外層に配置されている量子井戸層、すなわち出力取り出し用の電極15に最も近い最上層の量子井戸層が好ましい。最外層に配置されている量子井戸層14にこの電流供給が行われると、その量子井戸層14をはじめ、それより下層に配置されている量子井戸層14全部が高い効率をもって電流増幅を行うことが可能になって、高感度、大出力の光検出器を提供することが可能になる。
【0023】
量子井戸層14の層数としては、層数が多いほど感度が向上するが、層数が増えるほど光照射場所から離れている量子井戸層14(例えば真上から光照射される場合の最下層の量子井戸層14)に届く光量が減って感度および出力向上効果が飽和してくることと、製造工程数が増えてコストアップにつながることから、1以上200以下が好ましい。廉価版の光検出器の場合は、量子井戸層14の層数として1以上3以下が好ましく、高感度、高出力版の検出器の場合は、量子井戸層14の層数として1以上10以下が好ましい。
【0024】
バリア層13としては、GaAs、AlAs、InAs、InP、AlSb、GaP、AlP、GaN、AlN、ZnSe、CdSe、MgSe、GaSb、InSb、InN、PbS、PbSe、ZnTe、CdTe、HgTe、SiおよびGeからなる群より選ばれる1あるいは2以上からなる混晶を挙げることができる。この中でも、AlGaAs、GaSb、AlSbおよびInAlAsは、バンドギャップが高く、対になる量子井戸層を得やすいことから特に好んで用いられる。
【0025】
コンタクト層12および12dとしては、GaAs、AlAs、InAs、InP、AlSb、GaP、AlP、GaN、AlN、ZnSe、CdSe、MgSe、GaSb、InSb、InN、PbS、PbSe、ZnTe、CdTe、HgTe、SiおよびGeからなる群より選ばれる1あるいは2以上からなる混晶を挙げることができる。この中でも、GaAs、InAsおよびInGaAsは、バンドギャップが低く、組み合わせる量子井戸層やバリア層を得やすいことから特に好んで用いられる。
【0026】
詳細は動作の特徴と効果のところで述べるが、上記構造により、高バイアス電圧印加による電子増倍効果が特別なアバランシェ層を設けることなく起こり、高感度、大出力の光検出器を提供することが可能になる。
【0027】
<動作の特徴と効果>
本発明の検出器の動作の特徴と効果を説明するにあたって、まず最初に、従来型の量子井戸光検出器の構造とその問題点について説明する。
【0028】
<<従来型量子井戸光検出器>>
図2は、従来型のバリア層13で挟み込まれた量子井戸層14を1層以上(図は3層)含む多重量子井戸構造の量子井戸光検出器201~205を示す。この構造の光導電型量子井戸光検出器では、ドーピングにより自由電子を含む量子井戸の伝導帯において生じるサブバンド間遷移を利用して、量子井戸層と垂直な方向にバイアス電圧を印加したときに光照射により生じる光電流の増分を検出する。バリア層13、量子井戸層14の材質としては、例えばそれぞれAlGaAs、GaAsがある。
【0029】
最外周バリア層13のさらに外側には、コンタクト層12、12dと呼ばれる高伝導層が両側にあり、最表面のコンタクト層12には、電極15がパターニングされ、そこに配線が接続される。そして、それ以外の電極15に覆われていない領域が光検出領域となる。一方、下層のコンタクト層12dは、一般に、導電性半導体基板11aとそのまま連結しており、基板に配置されたもう一方の電極である接地電極16に接続される。
【0030】
コンタクト層12、12dは、例えばGaAsに1×10
18cm
-3またはそれ以上の高濃度のドーピングを施し、高密度な自由電子により、面内に高い伝導性をもたせたものである。
コンタクト層12、12dを通じて最表面にバイアス電圧を印加した状態で光21が照射されると、サブバンド間遷移により、量子井戸中で電子が励起される。バイアス電圧の電界により、光電流は、バリア層13および量子井戸層14に垂直に流れる。電流の保存から、流れた分の電子がコンタクト層12から供給され、全バリア層13および全量子井戸層14を通じて、同じ大きさの電流が面に垂直に流れる。この電流の流れを、
図3(a)に示す。
図3(a)は、従来型の量子井戸光検出器201において、光検出領域22に光21がブリュースター角で入射したときの電子の流れ31を図示したものである。電極領域23に配置された電極15から供給される電流はコンタクト層12を均一に拡がってバリア層13および量子井戸層14に垂直に流れる。
光非照射時にも、バイアス電圧のために有限の電流(暗電流)が流れており、暗電流との電流差として、光の強度に対応した信号を得ることができる。
【0031】
但し、サブバンド間遷移には、量子井戸層14に垂直な光電場が必須であるため、量子井戸光検出器は(量子井戸層に平行な電場しか含まない)垂直入射光には感度がない。ブリュースター角入射(
図2(a))、45°研磨した裏面からの入射(
図2(b))、回折格子による回折(
図2(c))、導波路構造への端面入射(
図2(d))などの特殊な入射形態が必要である。ここで、回折格子型の量子井戸光検出器203は、基板(導電性半導体基板)11aから垂直に光を入射し、検出器最上層(
図2の場合は最上部の厚膜回折格子形成コンタクト層12c)に半導体中での光波長よりも大きな周期の光を回折させる凹凸構造を作り、反射回折光の垂直電場成分を利用して感度を創出するのが一般的である。
【0032】
図2(e)には、最近研究されるようになったプラズモン共振器を用いた量子井戸光検出器205を示す。この構造の光検出器205は、コンタクト層12、12dのさらに外側を金属層17と金属パッチ18とで挟み込む。金属の材質としては、例えば金(Au)を挙げることができる。金属層17と多重量子井戸層14と金属パッチアンテナ18が金属/誘電体/金属プラズモン共振器を形成しており、共鳴する波長の光が垂直入射すると、量子井戸層14に垂直な大きな電場が形成され、感度は高いものとなる。この詳細は非特許文献1、2に開示されている。また、材質や製造工程は特許文献1に詳しい記載がある。周期構造物を用いる点で
図2(c)の回折格子型の量子井戸光検出器203と似ているが、こちら(プラズモン共振器型)は周期が半導体中での光の波長と同程度かそれ以下と小さく、また、金属パッチ18と金属層17がペアとなって、上下から多重量子井戸構造を挟み込んでいる点が異なる。ここでこの金属とは、誘電率の実部が負の値をもつ導電体ならばよい。また、必ずしも金属に限るものではなく、ITO、AZOおよびGZOなどの透明導電体でも構わない。
量子井戸光検出器205の場合の電流の流れを、
図3(b)に示す。プラズモン共振器24を用いた従来型の量子井戸光検出器205において、光検出領域に光21が垂直入射した時の電子の流れ31を図示したものである。電極15から供給される電流はコンタクト層12を均一に拡がってバリア層13および量子井戸層14に垂直に流れる。
【0033】
<<本発明の量子井戸光検出器>>
次に、本発明(実施の形態1)の量子井戸光検出器の構造の特徴と、その構造からくる量子井戸面内伝導電流増倍現象について説明する。
【0034】
図4(a)~(d)は、本発明の量子井戸光検出器101~104の典型的な構造のバリエーションを示す。(a)はブリュースター角入射型、(b)は45°裏面照射型、(c)は回折格子型そして(d)は端面照射型である。
従来型の量子井戸光検出器201~204との違いは、前述のように、光検出領域部分にコンタクト層12をもたないことである。また、本発明の量子井戸光検出器101~104は、必ずしも本発明の量子井戸光検出器に限るものではないが、量子井戸層14が1×10
18cm
-3以上3×10
18cm
-3以下というような高い濃度でドーピングされ、導電性の高い量子井戸層14になっていることである。
電極領域は従来構造と同じであるが、図中の電流の流れ31に示されるように、バイアス電圧の印加により、暗電流がバリア層13および量子井戸層14を垂直に流れることができる。量子井戸層14は、光検出領域と電極領域を連結しているが、前述のように量子井戸層14は高い導電性をもつので、それぞれの量子井戸層14は、光検出領域から電極領域までを通じて同じ電位に維持される。
【0035】
本発明の構造の場合、サブバンド間遷移により量子井戸の電子が励起される波長域の光が量子井戸光検出器101~104の光照射領域に入射すると、励起された電子はバリア層13を垂直に超えて、次の量子井戸層14へと伝導していく。その光電子を補給するため、量子井戸層14に面内に沿って電子が供給される。従来型との差は、量子井戸層14が従来型におけるコンタクト層12の代わりをしていることである。
【0036】
この量子井戸の面内伝導が生じる伝導形態では、電流増倍現象が起こる。そして、そのことによって、本発明の量子井戸光検出器101~104は高感度、大出力な検出器になる。
【0037】
基本的には、従来型と同様のバイアス電圧では、従来型と同様の感度(低電界感度)である。さらにバイアス電圧を増大していくと一度感度は小さくなる。しかしながら、最上層バリア層13が負の極性になるように平均電界が75kV/cmを超えるほどのバイアス電圧を印加した場合には、再び感度が増大し、低電界感度を超える大きな感度となる。この電流増倍の起源はアバランシェ効果によるものと考えている。
なお、この場合も、サブバンド間遷移のためにブリュースター角入射、45°裏面入射、回折格子、端面導波路入射が必要なのは、
図2(a)~(d)に示される従来構造と同じである。
【0038】
同じ現象は、プラズモン共振器を設けた垂直入射検出器105の場合にも起こる。
図4(e)にその様子を示す。この場合、上のバリア層13上に直接金パッチアンテナ18が配置されている。
同じく電流増倍現象が起こる異なる形態を
図5および
図6に示す。
【0039】
図5は、光検出領域のコンタクト層の表面を彫り込んで、光検出部薄膜化コンタクト層12aまたは薄膜回折格子形成コンタクト層12bとして、コンタクト層を薄く残したものである。コンタクト層は厚さが一定値よりも薄くなると、表面が空乏化し、伝導性を失う。そのため残ったコンタクト層は面内に電流を供給する機能を失い、
図4に示した量子井戸光検出器101~104の状態と事実上同じ状況となる。プラズモン共振器を配置した場合(
図5(e)に示した量子井戸光検出器115)も同様である。
【0040】
図6は、上面側の光検出領域のコンタクト層をすべて除去し、さらに、電極15が形成されている電極領域では、電極15が最上層バリア層を介さずに最上層の量子井戸層14と直接接続された場合である。量子井戸露出面の空乏化への対策により、電気特性的には、
図4に示した場合と事実上同じ構成になる。プラズモン共振器を配置した場合(
図6(e)に示した量子井戸光検出器125)も同じである。
図4~6で示した量子井戸光検出器101~105,111~115,121~125の伝導形態では、量子井戸面内伝導による電流増倍現象が高電界印加時に利用できる。この増倍現象は、
図2に示したような従来型の量子井戸面内伝導に依存しない伝導形態では起こらない。
【0041】
その結果、詳細は実施例のところで示すが、外側に面内伝導層(コンタクト層)を有しない最も外側のバリア層の方向を負の極性として、平均電界75kV/cm以上の高電界を印加したときに、それを用いない場合に比べて5倍以上の高い光電流が得られることが実証されている。
【0042】
光検出層の他にアバランシェ増倍層を設けることにより高電界領域における高感度動作を実現するアバランシェ検出器は、赤外域でも数個レベルの少数フォトンの検出に利用されてきた。
本発明の量子井戸光検出器101~105,111~115,121~125は、特別なアバランシェ層を設けることなく、むしろコンタクト層を省略する簡単な構造により、アバランシェ型同様の高感度を再現性よく実現できる効果を有する。プラズモン共振器と組み合わせた垂直入射型量子井戸光検出器125は、特に有効である。
【実施例0043】
(実施例1)
実施例1では、上記構造の検出器を試作し、その特性を評価した。当然ながら、本発明はこのような特定の形式に限定されるものではなく、本発明の技術的範囲は特許請求の範囲により規定されるものである。
【0044】
<試料の構造>
実施例として、
図7に示す、量子井戸光検出器116、比較例として量子井戸光検出器205を作製して両者の特性を比較した。
ここで、実施例と比較例の構造上の差は、最上層のコンタクト層のみにある。実施例では、最上層のコンタクト層が、光検出領域の金属パッチ18以外の部分が薄膜化された光検出部薄膜化コンタクト層12eになっているのに対し、比較例では、一様で厚いコンタクト層12になっている。このことにより、実施例の最上層のコンタクト層12eは、比較例とは異なりその面内に電流を供給する機能が失われている。
【0045】
基本となる多重量子井戸の構造は、実施例も比較例も同一であり、AlxGa1-xAs、x=0.30、厚さ50nmのドープしていないバリア層13と、GaAs、3×1018cm-3のSiドーピング、厚さ4nmの量子井戸層14を3周期繰り返したものである。ただし、AlxGa1-xAsバリア層13は、最外バリア層以外は厚さ40nmとした。
【0046】
実施例では、最外バリア層の外には、厚さ48nmのGaAsコンタクト層12eを配置した。薄いコンタクト層にて電極とのトンネリングオーミック接合を実現するため、下記Siドープ密度構成としている。バリア層13に近い側は3×1018cm-3、最表面側は、厚さ28nmに渡って5×1018cm-3の高ドープがなされており、さらに、4nmおきに3×1012cm-2のデルタドープ層が7層挿入されている。多重量子井戸構造の総厚さは288nmで、この内、電界が印加されるのは、両側のコンタクト層12および12eを除いた厚さ192nmの領域である。
【0047】
<試料作製方法>
実施例の量子井戸光検出器116は、最上面のコンタクト層12eをその光検出領域の露出面を浅くする掘り込みエッチングを行うこと以外は、比較例の量子井戸光検出器205と同様にして作製した。ここで、この多重量子井戸構造は、分子線エピタキシー(MBE)装置(COMPACT21T、RIBER社製)を用いて作製した。
【0048】
最初に、第1のGaAs(100)基板を準備し、その表面の酸化膜を580℃の加熱により除去した後、MBE装置を用いて表面平坦化のためのGaAsバッファー層を300nmの厚さで成長させた。
しかる後、Al組成90%のAlGaAs犠牲層を900nm、Al組成55%のAlGaAs犠牲層を100nmの厚さで形成した。このときの形成温度は580℃である。
この後、
図7(a)の多重量子井戸構造を形成したが、このときには
図7(a)の構造の上下を反転した順序で形成した。最上層コンタクト層、最上層バリア層、最上層量子井戸層、・・・という順序で、最後が最下層コンタクト層で積層形成した。
【0049】
最上層コンタクト層(12や12e)として、GaとAsを含む計7層の膜を形成した。最上層コンタクト層(12や12e)は、4nm厚さのSiドープGaAs(Si:5×10
18cm
-3)を計7層積層した合計28nm厚さのSiドープGaAsであり、各層を形成する度にSiを3×10
12cm
-2で計7回デルタドープした。この層以降の形成温度は530℃である。その後、厚さが15nmでSiの体積含有率が3×10
18cm
-3のGaAs、厚さが5nmのアンドープのGaAsを形成した。犠牲層の後、ここまでの厚さ48nmの部分が
図7(a)の最上層コンタクト層12に対応する。
【0050】
その後、デバイスの中心的な役割を果たす量子井戸構造を形成するため、厚さが50nmのAl0.3Ga0.7Asバリア層13、厚さが4nmでSiの体積含有率が3×1018cm-3のGaAs量子井戸層14(最後の0.85nmだけはアンドープ)、厚さ40nmのAl0.3Ga0.7Asバリア層13、厚さ4nmのGaAs量子井戸層14(Si:3×1018cm-3、最後の0.85nmだけはアンドープ)、厚さ40nmのAl0.3Ga0.7Asバリア層13、厚さ4nmのGaAs量子井戸層14(Si:3×1018cm-3、最後の0.85nmだけはアンドープ)、厚さ50nmのAl0.3Ga0.7Asバリア層13を形成した。
【0051】
しかる後、
図7(a)および(b)の最下層コンタクト層12dとして、厚さが15nmでSiの体積含有率が3×10
18cm
-3のGaAsを形成した後、4nm厚さのSiドープGaAs(Si:5×10
18cm
-3)を計7層積層し、その各層を形成する直前にSiを3×10
12cm
-2で計7回デルタドープした。これをウエハ接合技術により、最下層コンタクト層12dをAu基板と接合した。そのために、まず量子井戸構造の最上面に位置する最下層コンタクト層上に、Au基板として、厚さ3nmのTiと厚さ150nmのAuをスパッタリングにより形成した。
【0052】
また、最終的な半導体基板11bとなる第2のGaAs(100)基板に厚さ10nmのTi、厚さ500nmのAuからなる金属層をスパッタリングにより形成しておいた。量子井戸を形成した基板の上下を反転させて、2つのAu表面を接触させ、荷重5MPaを印加しつつ、窒素ガス雰囲気下で250℃で60分間加熱した。これにより、2枚のGaAs基板はAuを介して一体化した。この一体化によりAuおよびTiからなる金属層17が形成される。
【0053】
続いて、第1のGaAs基板を100μm程度を残して、機械的に研磨し、第1のGaAs基板の残りのGaAs部分およびバッファー層を濃度1g/mlのクエン酸水溶液と過酸化水素水を10:1で混合した溶液により38℃にて選択的に除去し、AlGaAs犠牲層を露出させた。最後にAlGaAs犠牲層をフッ酸水溶液により選択的に除去した。こうして、最上層コンタクト層が最表面に出た多重量子井戸構造をAu基板の上に載せた状態を作った。
【0054】
金属パッチ18は、電子線リソグラフィと、リフトオフ法およびドライエッチング法により作製した。電子線レジストを塗布し、電子線により100μm角(これが光検出領域となる)のエリア内にパターンを描画した後、現像により、金属パッチの形状になるように最上層コンタクト層を露出させた。その上に、金属パッチ層として、厚さ3nmのTi、厚さ150nmのAuを形成した。レジストを溶解することにより(リフトオフ法)、所定のパターンをもった金属パッチ18を形成した。
また、別途、フォトリソグラフィ法にて、最上層コンタクト層上に電極パッド15を形成し、そこを電極領域とした。
【0055】
しかる後、実施例の量子井戸光検出器116の場合は、金属パッチ18および電極パッド15をエッチングマスクとして最上層のコンタクト層を35nmエッチングして、光検出部薄膜化コンタクト層12eを形成した。このエッチングには反応性ドライエッチング装置(RIE-200NL、SAMCO社製)を用い、エッチングガスとしてはCHF3とO2の混合ガスを使用した。
この結果、金属パッチ18および電極パッド15直下の最上層コンタクト層はエッチングされず、当初の厚さ48nmのまま残るものの、コンタクト層露出部の残膜厚は13nmになって、その部分が空乏化して伝導性を失った。このようにして、コンタクト層12eを、面内に電流を供給する機能を失ったものにした。
なお、比較例の場合は、このエッチング工程を省き、最上層のコンタクト層12の厚さは露出部でも48nmとした。したがって、比較例の場合は、コンタクト層12はその面内に電流を供給する機能がある。
【0056】
最後に、第2のGaAs基板上の検出器領域や電極領域を含む必要箇所を劈開により切り出し、8ピンセラミックパッケージ上に導電性エポキシによりマウントし、電極をパッケージのピンとAu線にてAgペーストボンディングした。
【0057】
比較例の量子井戸光検出器205では、光検出領域には、1辺の長さL=0.93μm、厚さ100nmの正方形Auパッチが、周期P=2.5μmにて正方格子状に配列されている。その様子の走査電子顕微鏡写真を
図8(a)に示す。
【0058】
実施例の量子井戸光検出器116では、光検出領域には、
図8(b1)、(b2)に示すように、1辺の長さL=0.99μm,厚さ100nmの正方形Auパッチが周期P=2.5μmにて正方格子状に配列されている。
【0059】
実施例の量子井戸光検出器116と比較例の量子井戸光検出器205との違いは、上述のように、実施例では、金属パッチ18形成後のドライエッチングにより、光検出領域の金属パッチ18以外の部分のGaAs層を深さ35nmだけ除去したことにある。金属パッチ18直下の最上層コンタクト層はエッチングされず、当初の厚さ48nmのまま残っている。電極領域も
図7(a)に示された量子井戸光検出器205とまったく同じである。実際の走査電子顕微鏡写真を
図8(b1)、(b2)に示す。
【0060】
<特性評価>
バイアス無印加時における伝導帯バンド構造計算結果の実施例と比較例との比較を
図9に示す。
図9(a)は比較例の量子井戸光検出器205の構造に対するバンド構造である。量子井戸光検出器116の構造も電極領域は量子井戸光検出器205と同一で、光検出領域の金属パッチ18以外の深さ35nmの除去部分は量子井戸光検出器116のバンド構造となる。GaAs層の35nmのドライエッチングとは、最上層コンタクト層の表面28nmの高ドープ領域をすべて除去したことを意味する。
【0061】
その結果、
図9(b)では、わずかに残ったコンタクト層の電子エネルギーは上昇し(図中○で示す)、フェルミエネルギー(0V)から大きく乖離している。このことは、露出したコンタクト層領域は、空乏化し、もはや面内伝導層としては機能しないことを意味する。これは
図7(b)の状況を実現したことになる。このとき、電極領域から光検出領域までは量子井戸を通じての面内伝導で電子を供給することになるので、
図9(b)では量子井戸面内伝導による電流増倍現象が実現する状況が整っている。
なお、量子井戸光検出器101に該当するコンタクト層を完全に除去した場合のバンド図も
図9(b)とほぼ同一になる。つまり、
図7(b)に示す量子井戸光検出器116のように最表面が空乏化するのに十分なだけコンタクト層の表面部を除去すれば、完全にコンタクト層を除去した場合と大きな違いはないことを意味する。
【0062】
図10では、実施例と比較例の暗電流特性を比較している。ここで、測定時の温度は78Kである。
基本的な暗電流特性はほぼ等価で、量子井戸層はコンタクト層と同等の伝導性をもつことを示している。
【0063】
実施例と比較例の各検出器の感度スペクトルを
図11に、ピーク感度のバイアス電圧依存性を
図12に示す。ここも測定時の温度は78Kである。
低バイアス電圧領域(絶対値が1.5V以下)では、実施例と比較例は比較的近い特性を示している。何れも最大感度は±0.7V程度で2A/W程度である。バイアスの正負による顕著な差もない。波長のずれはパッチサイズLの違いによるもので本質的ではない。また、高バイアス電圧領域でも、極性が正の場合には、バイアス電圧が高くなると、感度は一方的に減少する同じような特性を示す。
【0064】
一方、負の方向にバイアス電圧が高くなると実施例と比較例との間には大きな差が生じる。
比較例である量子井戸光検出器205の場合、負にバイアス電圧が高くなると感度は単調に減少する。しかし、コンタクト層表面を深さ35nmだけ除去した光検出部薄膜化コンタクト層12eを有する
図7(b)に示された実施例の場合、感度は一度低下するが、バイアス電圧-1.5V(電界75kV/cm)を境に急激に増大し、-2.7Vでは17.8A/Wに達する。この感度は、低バイアス領域の感度の8倍以上であり、外部量子効率で言うと308%に相当する。なお、光検出器における感度(A/W)と外部量子効率の間には、外部量子効率=1.24×感度/波長の関係がある(波長の単位:μm)。さらにバイアス電圧を負の方向に高くすると、感度は再び低下する。
この高電界領域で現れる高感度現象こそ、量子井戸光検出器において、量子井戸面内伝導時に特有に現れる電流増倍現象である。
【0065】
この電気特性は、本発明の量子井戸光検出器に共通のものであって、出力取り出し用の電極にバイアスを印加したときの出力電流に対して極小値を与えるバイアス値Vminを求め、バイアス値Vminより絶対値として大きな値のバイアスを、取り出し用の電極に印加して使用すると、この検出器は、大出力で高い感度をもつものになる。
なお、出力取り出し用の電極に印加するバイアスの上限値は、バイアスを上げすぎると感度が再び低下するので、感度の極大値を与えるバイアス値Vmaxとすることが好ましい。上記実施例を例にとると、このときのVmaxは-2.7Vである。
【0066】
このような高電界印加による電流増倍現象としてはアバランシェ増倍現象が知られており、従来のシリコンなどの光検出器では単一光子計測などに広く用いられている。但し、その場合には、光検出層の他にアバランシェ層を設けるなど、注意深く設計した、独特で複雑な構造を実現する必要があった。
しかし、本手法では、特別なアバランシェ層を設けることなく、コンタクト層をわずかに除去する、あるいは省略する、という、むしろ簡単な構造により、同様の高感度検出器を再現性よく実現できる点に特徴がある。
本発明により、大出力の光電変換電流が得られる量子井戸型の光検出器が提供される。大出力の光検出器は、民生用、産業用および軍事用のセンサーやカメラなど多岐に渡る用途がある。
したがって、本発明は、社会的に大きなインパクトを有し、産業に与える影響も大きいと考える。