(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023162620
(43)【公開日】2023-11-09
(54)【発明の名称】トリポード型等速自在継手
(51)【国際特許分類】
F16D 3/205 20060101AFI20231101BHJP
【FI】
F16D3/205 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022073074
(22)【出願日】2022-04-27
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(72)【発明者】
【氏名】河田 将太
(72)【発明者】
【氏名】梁 正武
(72)【発明者】
【氏名】藤原 秀人
(72)【発明者】
【氏名】牛尾 和也
(72)【発明者】
【氏名】竹下 翔
(72)【発明者】
【氏名】西川 翼
(57)【要約】
【課題】 ダブルローラタイプのトリポード型等速自在継手の低振動化を図る。
【解決手段】 継手が常用作動角をとり、かつインナリング12の軸線が脚軸32の軸線に対して傾いていない状態で、インナリング内周面12aと脚軸外周面の接触面積が最小となる曲率半径rと短軸長軸比b/aをそれぞれ基準値とした時に、短軸長軸比b/aを基準値に設定すると共に、曲率半径rを前記基準値よりも小さくする。また、トリポード部材3の芯部における炭素含有量を0.23~0.44%とし、トリポード部材3の各脚軸32の表面に浸炭焼入れによる硬化層を形成する。トリポード部材3に連結される軸8が捩り破断を起こす最小の静的捩りトルクの0.3倍をTsトルクとして、600HVを限界硬さとした硬化層16の有効硬化層深さを、Tsトルクを負荷した時のせん断応力深さ以上に設定する。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
円周方向の三カ所に継手軸方向に延びるトラック溝を備え、各トラック溝が継手円周方向に対向して配置された一対のローラ案内面を有する外側継手部材と、
半径方向に突出した三つの脚軸を備えたトリポード部材と、
前記各脚軸に装着されるローラと、
前記脚軸に外嵌され、前記ローラを回転自在に支持するインナリングとを有し、
前記ローラが前記ローラ案内面に沿って前記外側継手部材の軸方向に移動可能であり、
前記インナリングの内周面の母線が凸円弧状に形成され、前記脚軸の外周面は縦断面においてはストレート形状で、横断面においては継手軸線と直交する方向で前記インナリングの内周面と接触し、かつ継手軸線方向で前記脚軸の外周面と前記インナリングの内周面との間にすきまが形成され、前記脚軸の横断面が長軸半径をa、短軸半径をbとした楕円状をなすトリポード型等速自在継手において、
前記インナリング内周面の縦断面における前記円弧の曲率半径をr、短軸長軸比をb/aとし、
前記インナリングの軸線が脚軸の軸線に対して傾いていない状態で、前記インナリング内周面と脚軸外周面の接触面積が最小となる前記曲率半径rと前記短軸長軸比b/aをそれぞれ基準値とした時に、前記短軸長軸比b/aを前記基準値に設定すると共に、前記曲率半径rを前記基準値よりも小さくし、
前記トリポード部材の芯部における炭素含有量が0.23~0.44%であり、
前記トリポード部材の各脚軸の表面に浸炭焼入れによる硬化層が形成され、
前記トリポード部材に連結される軸が捩り破断を起こす最小の静的捩りトルクの0.3倍をTsトルクとして、600HVを限界硬さとした前記硬化層の有効硬化層深さが、前記Tsトルクを負荷した時のせん断応力深さ以上であることを特徴とするトリポード型等速自在継手。
【請求項2】
前記r値を1.4a以上、2.5a以下とした請求項1に記載のトリポード型等速自在継手。
【請求項3】
前記短軸長軸比b/aが0.8以上、0.9以下である請求項1に記載のトリポード型等速自在継手。
【請求項4】
1000Nm以上のトルクが負荷される請求項1~3何れか1項に記載のトリポード型等速自在継手。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動力伝達に用いられるトリポード型等速自在継手に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の動力伝達系で使用されるドライブシャフトにおいては、中間軸のインボード側(車幅方向の中央側)に摺動式等速自在継手を結合し、アウトボード側(車幅方向の端部側)に固定式等速自在継手を結合する場合が多い。ここでいう摺動式等速自在継手は、二軸間の角度変位および軸方向相対移動の双方を許容するものであり、固定式等速自在継手は、二軸間での角度変位を許容するが、二軸間の軸方向相対移動は許容しないものである。
【0003】
摺動式等速自在継手としてトリポード型等速自在継手が公知である。このトリポード型等速自在継手としては、シングルローラタイプとダブルローラタイプとが存在する。シングルローラタイプは、外側継手部材のトラック溝に挿入されるローラを、トリポード部材の脚軸に複数の針状ころを介して回転可能に取り付けたものである。ダブルローラタイプは、外側継手部材のトラック溝に挿入されるローラと、トリポード部材の脚軸に外嵌して前記ローラを回転自在に支持するインナリングとを備えるものである。ダブルローラタイプは、ローラを脚軸に対して揺動させることが可能となるため、シングルローラタイプに比べ、誘起スラスト(継手内部での部品間の摩擦により誘起される軸力)とスライド抵抗をそれぞれ低減できるという利点を有する。下記の特許文献1にダブルローラタイプのトリポード型等速自在継手の一例が開示されている。
【0004】
特許文献1のダブルローラタイプのトリポード型等速自在継手では、脚軸の外周面が縦断面において脚軸の軸線と平行なストレート形状に形成され、横断面において、長軸を継手の軸線に直交させた断面楕円状に形成されている。インナリングの内周面は、母線が半径rの凸円弧で形成された円弧状凸断面を有する。継手の軸線と直交する方向で脚軸の外周面とインナリングの内周面を点に近い領域で接触させ、継手の軸線方向で脚軸の外周面とインナリングの内周面との間にすきまを形成することで、ローラ、インナリング、および針状ころからなるローラユニットを脚軸の軸線に対して揺動可能にしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1には、脚軸の楕円断面の長軸半径をa、短軸半径をbとした時の短軸長軸比b/aと、インナリング内周面の曲率半径rとを、b/a=0.759、曲率半径r=1.369aに設定することにより、継手が最大作動角をとってもリングが傾かず、脚軸とリングとの間の面圧を最小にすることができる旨が記載されている(段落0031)。
【0007】
しかしながら、特許文献1のように、接触面圧が最小となるようにr値および短軸長軸比b/aを定めたのでは、所定の作動角まではローラユニットが外側継手部材のローラ案内面に対して傾かず、誘起スラストやスライド抵抗を低く抑えられるものの、この所定の作動角を超えると、ローラユニットがローラ案内面に対して傾き、誘起スライドやスライド抵抗の増大を招く点が問題となる。
【0008】
特にトリポード型等速自在継手に負荷されるトルクが大きくなる場合や、トリポード型等速自在継手の長期使用時には、この問題がより一層顕著に表れることが明らかとなった。
【0009】
そこで、本発明は、ダブルローラタイプのトリポード型等速自在継手の低振動化を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以上の目的を達成するため、本発明に係るトリポード型等速自在継手は、円周方向の三カ所に継手軸方向に延びるトラック溝を備え、各トラック溝が継手円周方向に対向して配置された一対のローラ案内面を有する外側継手部材と、半径方向に突出した三つの脚軸を備えたトリポード部材と、前記各脚軸に装着されるローラと、前記脚軸に外嵌され、前記ローラを回転自在に支持するインナリングとを有する。
【0011】
このトリポード型等速自在継手では、前記ローラが前記ローラ案内面に沿って前記外側継手部材の軸方向に移動可能である。また、前記インナリングの内周面の母線が凸円弧状に形成され、前記脚軸の外周面は縦断面においてはストレート形状で、横断面においては継手軸線と直交する方向で前記インナリングの内周面と接触する。さらに、継手軸線方向で前記脚軸の外周面と前記インナリングの内周面との間にすきまが形成される。前記脚軸の横断面は長軸半径をa、短軸半径をbとした楕円状をなす。
【0012】
このトリポード型等速自在継手では、前記インナリング内周面の縦断面における前記円弧の曲率半径をr、短軸長軸比をb/aとし、前記インナリングの軸線が脚軸の軸線に対して傾いていない状態で、前記インナリング内周面と脚軸外周面の接触面積が最小となる前記曲率半径rと前記短軸長軸比b/aをそれぞれ基準値とした時に、前記短軸長軸比b/aを前記基準値に設定すると共に、前記曲率半径rを前記基準値よりも小さくしている。
【0013】
また、このトリポード型等速自在継手では、前記トリポード部材の芯部における炭素含有量が0.23~0.44%であり、前記トリポード部材の各脚軸の表面に浸炭焼入れによる硬化層が形成され、前記トリポード部材に連結される軸が捩り破断を起こす最小の静的捩りトルクの0.3倍をTsトルクとして、600HVを限界硬さとした前記硬化層の有効硬化層深さが、前記Tsトルクを負荷した時のせん断応力深さ以上とされている。
【0014】
以上に述べたトリポード型等速自在継手であれば、継手の長期使用後も、低振動領域を高作動角まで拡大することができ、振動特性の経時劣化を回避することができる。
【0015】
前記r値を1.4a以上、2.5a以下にするのが好ましい。
【0016】
また、前記短軸長軸比b/aを0.8以上、0.9以下にするのが好ましい。
【0017】
以上に述べたトリポード型等速自在継手は、特に1000Nm以上のトルクが負荷されるような条件に適合する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、ダブルローラタイプのトリポード型等速自在継手の低振動化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】ダブルローラタイプのトリポード型等速自在継手を示す継手軸方向の断面図である。
【
図4】
図1のトリポード型等速自在継手が作動角をとった状態を表す断面図である。
【
図5】トリポード部材に形成した硬化層を示す断面図である。
【
図6】脚軸とインナリングとの接触部に形成される接触楕円を概念的に示す側面図である。
【
図7】脚軸とインナリングとの接触部に形成される接触楕円の変化を概念的に示す側面図である。
【
図8】誘起スラストの実験結果を示すグラフである。
【
図9】接触楕円の面圧分布と深さ方向のせん断応力の変化を説明する図である。
【
図11】実施例品の硬度分布異を示すグラフである。
【
図12】比較例と実施例について、耐久試験後の誘起スラストの測定結果を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明に係るトリポード型等速自在継手の実施形態を
図1~
図12に基づいて説明する。
【0021】
図1~
図4に示す本実施形態のトリポード型等速自在継手1はダブルローラタイプである。なお、
図1は、ダブルローラタイプのトリポード型等速自在継手の軸方向の断面図であり、
図2は
図1のK-K線で矢視した断面図である。
図3は、
図1のL-L線における断面図であり、
図4は、作動角をとった時のトリポード型等速自在継手を示す軸方向の断面図である。なお、以下の説明において、継手軸方向は、作動角を0°の状態とした時のトリポード型等速自在継手の軸方向を意味する。
【0022】
図1および
図2に示すように、このトリポード型等速自在継手1は、外側継手部材2と、内側継手部材としてのトリポード部材3と、トルク伝達部材としてのローラユニット4とで主要部が構成されている。外側継手部材2は、一端が開口したカップ状をなし、内周面に継手軸方向に延びる3本の直線状トラック溝5が継手円周方向で等間隔に形成される。各トラック溝5には、外側継手部材2の継手円周方向に対向して配置され、それぞれ継手軸方向に延びるローラ案内面6が形成されている。外側継手部材2の内部には、トリポード部材3とローラユニット4が収容されている。
【0023】
トリポード部材3は、中心孔30を有する胴部31(トラニオン胴部)と、胴部31の外周面の継手円周方向の三等分位置から半径方向に突出する3本の脚軸32(トラニオンジャーナル)とを一体に有する。トリポード部材3は、トラニオン胴部31の中心孔30に形成された雌スプライン34に、軸としてのシャフト8に形成された雄スプライン81を嵌合させることで、シャフト8とトルク伝達可能に結合される。シャフト8に設けた肩部にトリポード部材3の継手軸方向一方側の端面を係合させ、シャフト8の先端に装着した止め輪10をトリポード部材3の継手軸方向他方側の端面と係合させることで、トリポード部材3がシャフト8に対して継手軸方向に固定される。
【0024】
ローラユニット4は、脚軸32の軸線を中心とした円環状のローラであるアウタリング11と、このアウタリング11の内径側に配置されて脚軸32に外嵌された円環状のインナリング12と、アウタリング11とインナリング12との間に介在された多数の針状ころ13とで主要部が構成されている。ローラユニット4は、外側継手部材2のトラック溝5に収容されている。アウタリング11、インナリング12、および針状ころ13からなるローラユニット4は、ワッシャ14、15により分離しない構造となっている。
【0025】
この実施形態において、アウタリング11の外周面11a(
図2参照)は、脚軸32の軸線上に曲率中心を有する円弧を母線とする凸曲面である。アウタリング11の外周面11aは、ローラ案内面6とアンギュラコンタクトしている。
【0026】
針状ころ13は、アウタリング11の円筒状内周面を外側軌道面とし、インナリング12の円筒状外周面を内側軌道面として、これらの外側軌道面と内側軌道面の間に転動自在に配置される。
【0027】
トリポード部材3の各脚軸32の外周面は、脚軸32の軸線を含む任意の方向の断面(縦断面)において脚軸32の軸方向でストレート形状をなす。また、
図3に示すように、脚軸32の外周面は、脚軸32の軸線に直交する断面(横断面)において楕円形状(概ね楕円形状である場合も含む)をなす。脚軸32の外周面は、継手軸方向と直交する方向、すなわち長軸aの方向でインナリング12の内周面12aと接触する。継手軸方向、すなわち短軸bの方向では、脚軸32の外周面とインナリング12の内周面12aとの間に隙間mが形成されている。
【0028】
インナリング12の内周面12aは、インナリング12の軸線を含む任意の断面において凸円弧状をなす。このことと、脚軸32の横断面形状が上述のように楕円形状であり、脚軸32とインナリング12の間に所定の隙間mを設けてあることから、インナリング12は、脚軸32に対して揺動可能となる。上述のとおりインナリング12とアウタリング11が針状ころ13を介して相対回転自在にアセンブリとされているため、アウタリング11はインナリング12と一体となって脚軸32に対して揺動可能である。つまり、脚軸32の軸線を含む平面内で、脚軸32の軸線に対してアウタリング11およびインナリング12の軸線は傾くことができる(
図4参照)。
【0029】
図4に示すように、トリポード型等速自在継手1が作動角をとって回転すると、外側継手部材2の軸線に対してトリポード部材3の軸線は傾斜するが、ローラユニット4が揺動可能であるため、アウタリング11とローラ案内面6とが斜交した状態になることを回避することができる。これにより、アウタリング11がローラ案内面6に対して水平に転動するので、誘起スラストやスライド抵抗の低減を図ることができ、トリポード型等速自在継手1の低振動化を実現することができる。
【0030】
また、既に述べたように、脚軸32の横断面が楕円状で、インナリング12の内周面12aの縦断面が円弧状凸断面であることから、
図3に示すように、トルク負荷側での脚軸32の外周面とインナリング12の内周面12aとは、長軸a上の領域Xで点接触もしくは点接触に近い狭い面積で接触する。よって、ローラユニット4を傾かせようとする力が小さくなり、アウタリング11の姿勢の安定性が向上する。
【0031】
以上に述べたトリポード部材3は、鋼材料から、鍛造加工(冷間鍛造加工)→機械加工(旋削)⇒スプライン34のブローチ加工→熱処理→脚軸32の外周面の研削加工、という主要工程を経て製作される。脚軸32の外周面は、研削工程に代えて焼入れ鋼切削で仕上げることもできる。また、冷間鍛造前には、球状化焼き鈍し工程およびボンデ処理工程を追加することができる。炭素量の低い材料を使用する等の事情により、冷間鍛造時の打鍛性に問題がなければ、球状化焼き鈍し工程を省略することができる。熱処理としては、浸炭焼入れ焼戻しが行われる。
【0032】
図5は、トリポード部材3に対する熱処理によって形成された硬化層16を示す断面図である。硬化層16は浸炭層を焼入れにより硬化させることで形成される。脚軸32の外周面、胴部31の外周面、および雌スプライン34の表面を含むトリポード部材3の全表面に硬化層16が形成される。完成品としてのトリポード部材3は、脚軸32の外周面が研削(もしくは焼入れ鋼切削)で仕上げられるため、脚軸32の外周面の硬化層16の深さは、他の領域に比べて研削等による取り代分だけ浅い。なお、この取り代は、通常、0.1mm程度で小さいため、
図5では硬化層16の厚さを全表面で均一に描いている。
【0033】
以上に述べたダブルローラタイプのトリポード型等速自在継手では、
図3に示すように、トルク負荷側で脚軸32の外周面とインナリング12の内周面12aとが領域Xで点接触し、もしくは点に近い形で接触する。この際、接触点Xでは接触楕円が形成される。接触楕円の面積と形状は、継手の誘起スラストやスライド抵抗に深く関与することが知られている。
【0034】
接触楕円の形状は、脚軸32の楕円断面の短軸長軸比b/aと、インナリング12の内周面の縦断面における円弧状凸Rの曲率半径rで規定することができる。この関係について、以下の事実がこれまでに判明している。
【0035】
(A)ダブルローラタイプのトリポード型等速自在継手が作動角θをとりつつトルクを伝達する際、
図6に示す脚軸32とインナリング12との接触楕円Mは、継手1回転中に、
図7に示すように、(1)→(2)→(3)→(2)→(1)のように変化する。作動角θが小さいと接触楕円Mは円形に近くなるため、インナリング12を傾けようとするモーメントも小さくなる。一方、作動角θが大きくなると、接触楕円は円周方向に横長となり、インナリングを傾けようとするモーメントが大きくなる。
【0036】
(B)インナリング12の軸線が脚軸32の軸線に対して傾いていない状態において、インナリング12の内周面12aと脚軸32の外周面との接触面積が最小になる接触楕円の形状は円形である。この状態から、インナリング12が脚軸32に対して傾くと、接触楕円の形状は横長の楕円形状に変化する。
【0037】
(C)インナリング12の内周面12aと脚軸32の外周面との接触部Xにおける接触楕
円の長軸長さは、インナリング12が脚軸32に対して傾いていない時に一番短くなり、脚軸32に対するインナリング12の傾きが大きくなるほど長くなる。そのため、インナリング内周面12aの曲率半径rおよび短軸長軸比b/aが一定の値であっても、インナリング12と脚軸32の傾きの程度によって接触面積の大きさは変化する。具体的には、インナリング12が脚軸32に対して傾いていない時(作動角=0°)に接触面積は最も小さくなり、インナリング12の脚軸32に対する傾きが大きくなる(作動角>0°)ほど接触面積が大きくなる。
【0038】
以上の知見に基づき、これまでのダブルローラタイプのトリポード型等速自在継手では、インナリング12の軸線が脚軸32の軸線の軸線に対して傾いていない状態(作動角0°の状態)で、インナリングの内周面と脚軸の外周面との間の接触面積が最小となるように(この時、接触楕円は円形となる)、曲率半径rと短軸長軸比b/aを設定している。
【0039】
しかしながら、このように接触面積を最小にする曲率半径rと短軸長軸比b/aでは、所定の作動角まではローラアセンブリ4が外側継手部材2のローラ案内面6に対して傾斜しないため、誘起スラストやスライド抵抗を低く抑えることができるが、この所定の作動角を越えると接触楕円の干渉によってローラアセンブリ4がローラ案内面6に対して傾きだし、誘起スラストやスライド抵抗の増大を招く。
【0040】
これに対し、本実施形態では、インナリングの軸線が脚軸32の軸線に対して傾いていない状態で、インナリング12の内周面12aと脚軸32の外周面との接触面積が最小となる曲率半径rと短軸長軸比b/aをそれぞれ基準値とした時に、短軸長軸比b/aとして基準値を採用すると共に、曲率半径rを基準値よりも小さくしている。
【0041】
このように短軸長軸比b/aを基準値としつつ、曲率半径rを基準値よりも小さくすることにより、接触面積最小となる曲率半径rおよび短軸長軸比b/aを採用する場合に比べ、接触楕円の長径および短径の長さが小さくなると共に(差動角θ>0)、接触楕円角度βが小さくなる。そのため、インナリング12を傾けようとするモーメントが小さくなり、誘起スラストを抑制することができる。
【0042】
なお、曲率半径rは1.4a~2.5aの範囲が好ましい。また、短軸長軸比b/aは0.8~0.9の範囲が好ましい。
【0043】
図8は、作動角を変えた時の誘起スラスト3次成分の実験結果を示すものである。誘起スラスト成分の許容上限を20Nとすると、
図9に示すように、トリポード型等速自在継手の低振動領域を高角度側に拡大できることが理解できる。なお、
図8中の「従来例」は、曲率半径rおよび短軸長軸比b/aの双方を各基準値としたものを意味する。また、「実施例」は、短軸長軸比b/aを基準値としつつ曲率半径rを基準値よりも小さく設定したものを意味する。
【0044】
一方、かかる構成を採用しても、トリポード型等速自在継手を長期使用すれば、接触部Xで脚軸32の耐久性が低下し、そのために振動特性が経時的に劣化することが明らかとなった。特にトリポード型等速自在継手に高トルク(1000Nm以上)が頻繁に負荷される条件下で使用される場合には、この傾向が顕著なものとなる。
【0045】
この問題に対処するため、本実施形態では、脚軸32の耐久性を向上させるため、高硬度の硬化層を深く形成すべきとの着想に至った。そして、この着想の下、トリポード部材3の素材として、従来使用していた鋼材よりも、鋼材中の炭素量を増やし、併せて、硬化層の有効硬化層深さをトリポード型等速自在継手に負荷されるトルクに応じた深さに設定することにした。以下、それぞれについて説明する。
【0046】
(1)炭素量の増大
従来のトリポード部材3は、肌焼鋼の一種であるクロム・モリブデン鋼を素材として使用する場合が多い。本実施形態では、炭素量が0.23%よりも多い鋼材(好ましくは炭素量が0.24%以上、さらに好ましくは0.32%以上の鋼材)を素材として使用する(炭素量を表す「%」は「質量%」を意味する)。但し、炭素量が多すぎると、トリポード部材を鍛造する際の成形性が低下するため、炭素量は0.44%以下の鋼材を使用する。この条件に該当する肌焼鋼として、例えばJIS G4053に規定のクロム・モリブデン鋼SCM435、もしくはSCM440を挙げることができる。また、鋼材として、焼入れ性が保証された、JIS G4052に規定の所謂H鋼(SCM435H、SCM440H)を使用するのが好ましい。ちなみに、JIS G4052によれば、SCM435Hの炭素量は0.32%~0.39%、SCM440の炭素量は0.37%~0.44%である。
【0047】
なお、上記炭素量(0.23%以上、0.44%以下)を満たす肌焼鋼であれば、他の種類の鋼材、例えばJIS G4053に規定のクロム鋼(SCr435、SCr440等)を使用することもできる。クロム鋼についても、上記と同様にSCr435H、SCr440H等のH鋼を使用するのが好ましい。ちなみにSCr435Hの炭素量は0.32%~0.39%、SCr440Hの炭素量は0.37%~0.44%である。
【0048】
なお、トリポード部材3の表面では、浸炭焼入れにより炭素量が素材に含まれていた炭素量よりも増大するが、トリポード部材3の芯部では、浸炭焼入れ後もトリポード部材3の素材の炭素量(0.23%以上、0.44%以下)が維持される。
【0049】
(2)有効硬化層深さの設定
また、本実施形態では、トリポード部材3の表面に形成された硬化層16の有効硬化層深さH(限界硬さ600HV)を、トリポード型等速自在継手1にTsトルクを負荷した時の最大せん断応力深さZ以上としている(H≧Z)。
【0050】
ここでいう「Tsトルク」は、トリポード部材3に連結されるシャフト8が捩り破断を起こす最小の静的捩りトルクの0.3倍の値である。トリポード型等速自在継手1にTsトルクが負荷されると、インナリング12の内周面12aとの間で負荷側の接触部X(
図3参照)を構成する脚軸7の外周面に接触楕円が生じる。この時、
図9に示すように、接触楕円の中心が最大面圧Pmaxとなる。この接触楕円の中心上で脚軸直下方向(脚軸32の内径方向)において最大のせん断応力τ
maxを発生する深さが「最大せん断応力深さZ」である。
【0051】
なお、有効硬化層深さは鋼材の表面から限界硬さの位置までの距離を意味する。JIS G0557によれば、有効硬化層の限界硬さは550HVであるが、「表面から硬化層の3倍の距離の位置の硬さがビッカース硬さ450HVを超える場合は 当事者間の協定で550HVを超える限界硬さを用いてもよい」とも規定されている。本実施形態において、後述のようにトリポード部材3の内部硬さ(焼入れされていない領域の硬さ)は513HV以上であるので、上記の例外を受けて、本実施形態では、有効硬化層深さの限界硬さを600HVに規定している。なお、硬化層16の硬さを硬くするほど脚軸7の耐久性の面で好ましいため、有効硬化層深さの限界硬さを653HV、もしくはそれ以上に規定するのが好ましい。
【0052】
浸炭焼入れ焼戻し後の内部硬さを高めることにより、有効硬化層深さを深くすることができる。内部硬さを513HV以上にすることで、上記のように最大せん断応力深さ以上の有効硬化層深さ(限界硬さ600HV)を得ることが可能となる。
【0053】
なお、脚軸に対する相手部品(本実施形態ではインナリング12)の転動による摩耗を抑制するため、脚軸7の表面硬さは653HV以上にするのが好ましい。
【0054】
図10および
図11は、脚軸表面からの深さを横軸にとった時の硬度分布を示す図である。なお、硬度は脚軸32の外周面のうち、インナリング12の内周面12aとの接触部Xで測定している。両図のうち、
図10は低炭素量鋼(炭素量0.17%相当材)を使用した従来品の硬度分布であり、
図11は高炭素量鋼材(炭素量0.34%相当材)を使用した実施例品の硬度分布である。600HVを限界硬さとした時の有効硬化層深さは、
図10では「A」で表され、
図11では「B」で表される。このように炭素量が異なることで、同じ処理条件で浸炭焼入れ焼き戻しを行っても、有効硬化層深さに差が生じることが明らかになった(A<B)。具体的には、炭素量が多い炭素量0.34%相当材を使用した場合で有効硬化層深さが、2倍(2.0A)となり、炭素量がさらに多い炭素量0.41%相当材を使用した場合で有効硬化層深さが2.5倍(2.5A)になることが確認された。
【0055】
図11に示す結果から、実施例品では、表面から内部にかけての硬さの低下を抑えることができ、内部においても目標特性である513HVの硬さを維持することができる。従って、硬化層16の有効硬化層深さHを、トリポード型等速自在継手1にTsトルクを負荷した時の最大せん断応力深さZ以上に設定することが可能となる。これにより、トルク負荷側で脚軸7の外周面とインナリング12の内周面12aとが点に近い領域で接触するダブルローラタイプのトリポード型等速自在継手において、脚軸の耐久性を向上させることが可能となる。従って、ローラユニット4の動きが阻害される事態を抑制し、振動特性の経時劣化を防止することが可能となる。
【0056】
その一方で、炭素量を0.44%以下に規制しているので、トリポード部材3の鍛造成形性が極端に悪化することはなく、トリポード部材3の鍛造コストの高騰を防止することができる。
【0057】
加えて、本実施形態のようにTsトルクの概念に基づいて最大せん断応力深さを定めるようにしたことで、実際の使用条件に適合した形で有効硬化層深さを定めることができる。従って、トリポード型等速自在継手のサイズを問わず、上記の作用効果を安定的に得ることが可能となる。
【0058】
図12に、二種類の比較例A、Bと実施例について、耐久試験後に誘起スラスト3次成分を測定した結果を示す。比較例Aは、曲率半径rおよび短軸長軸比b/aを、作動角0°の時の接触部Xでの接触面積が最小となるような値(基準値)に設定したものであり、比較例Bおよび実施例は、短軸長軸比b/aを基準値としつつ曲率半径rを基準値よりも小さく設定したものである。比較例A、Bではトリポード部材3の素材(浸炭焼入れ前)の炭素含有量を0.17%とし、実施例では、リポード部材3の素材(浸炭焼入れ前)の炭素含有量を036%としている。また、実施例では、トリポード部材3に連結される軸が捩り破断を起こす最小の静的捩りトルクの0.3倍をTsトルクとして、600HVを限界硬さとした硬化層16の有効硬化層深さが、Tsトルクを負荷した時のせん断応力深さ以上とされている。なお、表中の「低振動領域」は、誘起スラスト3次成分が50N以下となる作動角の領域を意味する。これはトリポード型等速自在継手に1000Nmのトルクが負荷される場合を想定したものである。
【0059】
なお、耐久試験は、比較例A、B、及び実施例の各継手について、作動角10°、トルク1500Nm、回転数600rpm、運転時間40hの条件下で行っている。
【0060】
以上の試験結果から、比較例Aの低振動領域は低作動角領域に留まるのに対し、比較例Bおよび実施例では低振動領域が高作動角領域まで拡大することが確認された(
図12の下から2段目)。また、比較例Bでは、耐久試験後の低振動領域が低作動角(作動角0~11°)に留まるが、実施例では、耐久試験後の低振動領域が高作動角(作動角0~13°)まで拡大することが明らかとなった(
図12の最下段)。従って、本実施形態に係るトリポード型等速自在継手であれば、長期間の使用後も低振動領域を高作動角まで拡大することができ、振動特性の経時劣化を回避できることが明らかとなった。
【0061】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、上述の実施形態に限らず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更を加え得ることは勿論である。例えば、本発明に係るトリポード型等速自在継手は、車両のフロント用ドライブシャフトのみならず、リア用ドライブシャフトにも使用することができる。
【符号の説明】
【0062】
1 トリポード型等速自在継手
2 外側継手部材
3 トリポード部材
4 ローラユニット
5 トラック溝
6 ローラ案内面
8 軸(シャフト)
11 ローラ(アウタリング)
12 インナリング
13 針状ころ
16 硬化層
30 中心孔
31 胴部
32 脚軸
34 雌スプライン