(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023162992
(43)【公開日】2023-11-09
(54)【発明の名称】人工血管及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
A61L 27/50 20060101AFI20231101BHJP
A61L 27/44 20060101ALI20231101BHJP
A61L 27/34 20060101ALI20231101BHJP
A61L 27/18 20060101ALI20231101BHJP
A61L 27/22 20060101ALI20231101BHJP
【FI】
A61L27/50 300
A61L27/44
A61L27/34
A61L27/18
A61L27/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】21
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022073752
(22)【出願日】2022-04-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 2021年10月31日に、第74回日本胸部外科学会定期学術集会講演予稿集にて発表。 〔刊行物等〕 2021年11月3日に、第74回日本胸部外科学会定期学術集会にて発表。
(71)【出願人】
【識別番号】000236920
【氏名又は名称】富山県
(71)【出願人】
【識別番号】505210115
【氏名又は名称】国立大学法人旭川医科大学
(71)【出願人】
【識別番号】522171338
【氏名又は名称】IAAZAJホールディングス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】522171349
【氏名又は名称】金丸 亮二
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉田 巧
(72)【発明者】
【氏名】紙谷 寛之
(72)【発明者】
【氏名】小山 恭平
(72)【発明者】
【氏名】若林 尚宏
(72)【発明者】
【氏名】成瀬 大輔
(72)【発明者】
【氏名】金丸 亮二
【テーマコード(参考)】
4C081
【Fターム(参考)】
4C081AB13
4C081BA03
4C081BA15
4C081BB01
4C081BB05
4C081CA052
4C081CA072
4C081CA082
4C081CA102
4C081CA161
4C081CA171
4C081CA182
4C081CA211
4C081CD012
4C081CD022
4C081CD33
4C081DA03
4C081DB07
4C081DC03
4C081EA01
4C081EA06
(57)【要約】
【課題】十分な抗血栓性を有し実用に耐え得る小口径の人工血管及びその製造方法をもたらす。
【解決手段】人工血管101は、ナノファイバからなる管状構造物100と、管状構造物100の少なくとも内周面を構成するナノファイバの表面に形成された親水性ポリマーのコーティングと、を備え、内径が1mm以上5mm以下である。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノファイバからなる管状構造物と、
前記管状構造物の少なくとも内周面を構成する前記ナノファイバの表面に形成された親水性ポリマーのコーティングと、を備え、
内径が1mm以上5mm以下である
ことを特徴とする人工血管。
【請求項2】
前記管状構造物に対する前記コーティングの割合は、2.5質量%以上10質量%以下である
ことを特徴とする請求項1に記載の人工血管。
【請求項3】
前記人工血管に蒸留水を通液させたときの、前記親水性ポリマーの流出量比は、25%以下である
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の人工血管。
【請求項4】
前記人工血管の内周面の水接触角は、120°以下である
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の人工血管。
【請求項5】
前記コーティングは、前記管状構造物の外周面を構成する前記ナノファイバの表面にも形成されている
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の人工血管。
【請求項6】
前記人工血管の外周面の水接触角は、120°以下である
ことを特徴とする請求項5に記載の人工血管。
【請求項7】
血小板吸着試験において、前記コーティングを有しない前記管状構造物へ付着した血小板顆粒の数に対する、該コーティングを有しない管状構造物へ付着した血小板顆粒の数から前記人工血管へ付着した血小板顆粒の数を引いた数の割合を百分率で表示した値で表される血小板吸着抑制率は、30%以上である
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の人工血管。
【請求項8】
内径2mm以上5mm以下の前記人工血管について圧縮試験により得られた圧縮回復性は、63%以上であり、
内径1mm以上2mm未満の前記人工血管について圧縮試験により得られた圧縮回復性は、41%以上である
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の人工血管。
【請求項9】
三点曲げ試験により測定された最大荷重は、0.0055N以上である
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の人工血管。
【請求項10】
前記人工血管の壁厚さは、0.2mm以上1.2mm以下である
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の人工血管。
【請求項11】
前記管状構造物は、複数の長尺のナノファイバリボンが積層されてなる積層構造を有しており、
前記管状構造物の内周面側には、前記ナノファイバリボンの幅方向の端部がらせん状に配置されている
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の人工血管。
【請求項12】
前記管状構造物は、複数のナノファイバ層が積層されてなる積層構造を有しており、
隣り合う2つの前記ナノファイバ層間に配置された縫合糸をさらに備えた
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の人工血管。
【請求項13】
前記親水性ポリマーは、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリアクリルアミド、ポリビニルピロリドン、デキストラン、カルボキシメチルセルロース及びポリエチレンオキシドからなる群から選択された少なくとも1種である
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の人工血管。
【請求項14】
前記ナノファイバの原料樹脂は、ポリカプロラクトン、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、、ポリ乳酸-グリコール酸、ポリウレタン、ポリヒドロキシ酪酸及び絹からなる群から選択された少なくとも1種である
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の人工血管。
【請求項15】
ナノファイバからなる管状構造物と、
前記管状構造物の少なくとも内周面を構成する前記ナノファイバの表面に形成された親水性ポリマーのコーティングと、を備えた人工血管の製造方法であって、
前記人工血管の内径は1mm以上5mm以下であり、
前記管状構造物を形成する管状構造物形成工程と、
前記管状構造物の内腔に親水性ポリマーを含む溶液を通液させて前記コーティングを形成するコーティング形成工程と、を備えた
ことを特徴とする人工血管の製造方法。
【請求項16】
前記管状構造物形成工程は、
電界紡糸法によりナノファイバシートを作製する第1工程と、
前記ナノファイバシートを切断して長尺のナノファイバリボンを作製する第2工程と、
前記ナノファイバリボンを所定の角度で芯棒に巻回し、該芯棒を除去することにより、前記管状構造物を形成する第3工程と、を備えた
ことを特徴とする請求項15に記載の人工血管の製造方法。
【請求項17】
前記第3工程は、
第1の前記ナノファイバリボンを前記所定の角度で前記芯棒の一方から他方に向かって該芯棒に巻回する工程Aと、
第2の前記ナノファイバリボンを前記所定の角度で前記芯棒の前記他方から前記一方に向かって前記第1のナノファイバリボンが巻回された該芯棒に巻回する工程Bと、を含み、
前記工程Aと前記工程Bとを繰り返すことにより、前記管状構造物を形成する工程である
ことを特徴とする請求項16に記載の人工血管の製造方法。
【請求項18】
前記第3工程は、前記ナノファイバリボンを前記芯棒に巻回する前に、電界紡糸法により該芯棒の表面にナノファイバシートを形成する工程を含む
ことを特徴とする請求項16又は請求項17に記載の人工血管の製造方法。
【請求項19】
前記ナノファイバリボンの厚さは、5μm以上100μm以下である
ことを特徴とする請求項16又は請求項17に記載の人工血管の製造方法。
【請求項20】
前記ナノファイバリボンの幅は、50mm以下であり、
前記ナノファイバリボンの長さは、30cm以上である
ことを特徴とする請求項16又は請求項17に記載の人工血管の製造方法。
【請求項21】
請求項15又は請求項16に記載の製造方法により製造された人工血管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、人工血管及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
虚血性心疾患や下肢閉塞性動脈硬化症などの動脈硬化性疾患において、重症例では冠動脈バイパス術や下肢動脈バイパス術などの外科的血行再建術が必要となる。この治療には、閉塞した血管をバイパスするために、直径5mm未満の代用血管が必要である。現在のところ、直径5mm未満の人工血管は短期開存すらしないため、治療には、患者本人から採取した自家血管グラフトが利用されている。しかし、自家血管グラフトの長さが足りない、または性状が治療に不適切な場合は治療そのものが行えないといった問題があり、実用に耐え得る在庫可能な小口径の人工血管の開発が望まれている。
【0003】
理想的な代用血管に期待されることは、患者の組織と一体化し自家血管の様にふるまう能力を持つことである。人工血管でこれを達成するためには、移植後に自家細胞が生着し組織様に再生する必要があり、血管を構成する血管内皮細胞や平滑筋細胞が生着する生体分解性ナノファイバが人工血管の材料として注目されている(非特許文献1~3)。
【0004】
生体分解性ナノファイバを人工血管の材料として利用した場合、抗血栓性を発揮する血管内皮細胞と平滑筋細胞の層(内膜)が再生すると、生体分解性ナノファイバの分解とともに、人工血管は最終的に完全な自家血管へと置き換わり、長期的な開存が期待できる。しかしながら、生体分解性ナノファイバは疎水性が高いため、血小板を吸着し血栓形成を引き起こしやすい。特に、人工血管が小口径になるほど血栓形成が起こりやすく、内膜が再生されるまでの短期開存が難しくなる。そのため、実用に耐え得る小口径の人工血管を得るためには、人工血管への抗血栓性の付与が必須である。
【0005】
人工血管に抗血栓性を付与するために、親水性ポリマーを人工血管の材料として用いる試みがなされている(特許文献1~3)。しかしながら、親水性ポリマーは、水と接触すると溶解するため、人工血管の材料としてそのまま用いることはできない。従って、特許文献1~3の技術では、疎水性ポリマーを素材とする人工血管に親水性ポリマーをグラフト重合する(特許文献1)、あらかじめ材料にブレンドしておく(特許文献2)、ハイドロゲル化して吸着させる(特許文献3)等により親水性ポリマーの溶出を防ぎつつ人工血管に親水性を付与する試みがなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭60-227763
【特許文献2】特開平11-226113
【特許文献3】特開平04-038960
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Biomaterials. 2012 33(1) 38-47
【非特許文献2】Pharmaceuticals (Basel). 2020 13(5) 101
【非特許文献3】Biomaterials. 1996 17(2) 115-124
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1~3に記載の技術は、製造工程の複雑化や製造コストの増加を招くという問題があり、研究開発例は多いものの未だ実用化には至っていない。
【0009】
そこで本開示では、十分な抗血栓性を有し実用に耐え得る小口径の人工血管及びその製造方法をもたらすことを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、ここに開示する人工血管の一態様は、ナノファイバからなる管状構造物と、前記管状構造物の少なくとも内周面を構成する前記ナノファイバの表面に形成された親水性ポリマーのコーティングと、を備え、内径が1mm以上5mm以下であることを特徴とする。
【0011】
前記管状構造物に対する前記コーティングの割合は、2.5質量%以上10質量%以下であることが好ましい。
【0012】
前記人工血管に蒸留水を通液させたときの、前記親水性ポリマーの流出量比は、25%以下であることが好ましい。
【0013】
前記人工血管の内周面の水接触角は、120°以下であることが好ましい。
【0014】
前記コーティングは、前記管状構造物の外周面を構成する前記ナノファイバの表面にも形成されていることが好ましい。
【0015】
前記人工血管の外周面の水接触角は、120°以下であることが好ましい。
【0016】
血小板吸着試験において、前記コーティングを有しない前記管状構造物へ付着した血小板顆粒の数に対する、該コーティングを有しない管状構造物へ付着した血小板顆粒の数から前記人工血管へ付着した血小板顆粒の数を引いた数の割合を百分率で表示した値で表される血小板吸着抑制率は、30%以上であることが好ましい。
【0017】
内径2mm以上5mm以下の前記人工血管について圧縮試験により得られた圧縮回復性は、63%以上であることが好ましい。
【0018】
内径1mm以上2mm未満の前記人工血管について圧縮試験により得られた圧縮回復性は、41%以上であることが好ましい。
【0019】
三点曲げ試験により測定された最大荷重は、0.0055N以上であることが好ましい。
【0020】
前記人工血管の壁厚さは、0.2mm以上1.2mm以下であることが好ましい。
【0021】
前記管状構造物は、複数の長尺のナノファイバリボンが積層されてなる積層構造を有しており、前記管状構造物の内周面側には、前記ナノファイバリボンの幅方向の端部がらせん状に配置されていることが好ましい。
【0022】
前記管状構造物は、複数のナノファイバ層が積層されてなる積層構造を有しており、隣り合う2つの前記ナノファイバ層間に配置された縫合糸をさらに備えていることが好ましい。
【0023】
前記親水性ポリマーは、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリアクリルアミド、ポリビニルピロリドン、デキストラン、カルボキシメチルセルロース及びポリエチレンオキシドからなる群から選択された少なくとも1種であることが好ましい。
【0024】
前記ナノファイバの原料樹脂は、ポリカプロラクトン、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、、ポリ乳酸-グリコール酸、ポリウレタン、ポリヒドロキシ酪酸及び絹からなる群から選択された少なくとも1種であることが好ましい。
【0025】
ここに開示する人工血管の製造方法の一態様は、ナノファイバからなる管状構造物と、前記管状構造物の少なくとも内周面を構成する前記ナノファイバの表面に形成された親水性ポリマーのコーティングと、を備えた人工血管の製造方法であって、前記人工血管の内径は1mm以上5mm以下であり、前記管状構造物を形成する管状構造物形成工程と、前記管状構造物の内腔に親水性ポリマーを含む溶液を通液させて前記コーティングを形成するコーティング形成工程と、を備えたことを特徴とする。
【0026】
好ましくは、前記管状構造物形成工程は、電界紡糸法によりナノファイバシートを作製する第1工程と、前記ナノファイバシートを切断して長尺のナノファイバリボンを作製する第2工程と、前記ナノファイバリボンを所定の角度で芯棒に巻回し、該芯棒を除去することにより、前記管状構造物を形成する第3工程と、を備えている。
【0027】
好ましくは、前記第3工程は、第1の前記ナノファイバリボンを前記所定の角度で前記芯棒の一方から他方に向かって該芯棒に巻回する工程Aと、第2の前記ナノファイバリボンを前記所定の角度で前記芯棒の前記他方から前記一方に向かって前記第1のナノファイバリボンが巻回された該芯棒に巻回する工程Bと、を含み、前記工程Aと前記工程Bとを繰り返すことにより、前記管状構造物を形成する工程である。
【0028】
前記第3工程は、前記ナノファイバリボンを前記芯棒に巻回する前に、電界紡糸法により該芯棒の表面にナノファイバシートを形成する工程を含むことが好ましい。
【0029】
前記ナノファイバリボンの厚さは、5μm以上100μm以下であることが好ましい。
【0030】
前記ナノファイバリボンの幅は、50mm以下であることが好ましい。
【0031】
前記ナノファイバリボンの長さは、30cm以上であることが好ましい。
【0032】
ここに開示する人工血管の一態様は、上記のいずれかの製造方法により製造された人工血管である。
【発明の効果】
【0033】
本開示によると、十分な抗血栓性を有し実用に耐え得る小口径の人工血管及びその製造方法をもたらすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図1】本開示に係る人工血管の管状構造物の例を示す図。
【
図2】
図1のA-A線における断面図とその変形例を示す図。
【
図3】
図1のB-B線における断面図とその変形例を示す図。
【
図4】本開示に係る人工血管の製造方法の一例を説明するためのフロー図。
【
図5】
図4の各工程の具体的な手順を説明するための図。
【
図6】実施例1~4の管状構造物のデジタルカメラ写真。
【
図9】比較例1及び実施例1の人工血管の内周面のSEM像。
【
図10】実施例1,2及び比較例1,3の人工血管についての圧縮試験の結果を示すグラフ。
【
図11】圧縮試験結果に基づいて、圧縮直進性、圧縮仕事量及び圧縮回復性を算出する方法を説明するための図。
【
図12】接触角測定試験1における製造例1,2のサンプル作製方法を説明するための図。
【
図13】接触角測定試験1における製造例1,2のサンプルの接触角測定時の写真。
【
図14】血小板吸着試験における実施例4及び比較例2のグラフトのSEM像。
【
図16】人工血管の移植実験1における実施例4のグラフトの径方向断面の組織免疫染色の蛍光顕微鏡写真。
【
図17】人工血管の移植実験2における実施例4のグラフトのデジタル顕微鏡写真及び光学顕微鏡写真。
【
図18】人工血管の移植実験2における実施例4のグラフトの組織免疫染色の蛍光顕微鏡写真。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本開示の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本開示、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものでは全くない。
【0036】
<人工血管>
本開示に係る人工血管は、管状構造物と、親水性ポリマーのコーティングと、を備える。
【0037】
[管状構造物]
管状構造物は、ナノファイバ(本明細書において、「NF」ともいう。)からなる。
【0038】
NFは、極細の平均繊維径を有し、広い比表面積を有することから、軽い、薄い、柔らかい、伸びる、透湿防水性等の特徴を備える。
【0039】
NFの平均繊維径は、特に限定されるものではなく、一般的な繊維径であってよいが、管状構造物の強度及び柔軟性を確保する観点から、例えば50nm以上1000nm以下とすることができる。なお、NFの平均繊維径は、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)観察により得られた任意のNF10本の繊維形状部分の繊維径の平均値から求めることができる。
【0040】
NF、すなわち管状構造物の製造方法は、特に限定されるものではなく、公知の方法を採用できる。具体的には例えば、NFの繊維径の均一性を向上させる観点から、電解紡糸法を用いて管状構造物を作製することができる。なお、溶融紡糸法を用いてもよい。
【0041】
NFは、不織布、織物、又は編物形態、及びこれらの組み合わせであってもよく、好ましくは不織布である。
【0042】
NFの原料樹脂は、NFの繊維形状を形成する母材としての役割を有する。NFの原料樹脂としては、特に限定されるものではなく、人工血管に使用される公知の材料を適宜使用できる。原料樹脂は、生体適合性材料、生体分解性材料、生体由来材料等であり、具体的には例えば、ポリカプロラクトン(PCL)、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリヒドロキシ酪酸、ポリプロピレンフマレート、ポリプロピレンカーボネート、ポリフッ化ビニリデン、ポリウレタン、ナイロン、ポリアクリロニトリル、ポリエステル、ポリビニルアルコール、ポリ(エチレンビニルアルコール)コポリマー、ポリスチレン、ポリビニルカーボネート、ポリアミド、ポリアニリン、ポリエチレンオキサイド、ポリ塩化ビニリデン、ポリエーテルスルホン及びこれらのコポリマー、絹、ウール、アガロース、アルギネート、セルロース、酸化セルロース、コラーゲン、ゼラチン、アルブミン、アラスチン、ケラチン、キチン、キトサン、エラスチン、寒天等である。人工血管の生体分解性、強度及び柔軟性を確保する観点から、原料樹脂として好ましいのは、ポリカプロラクトン(PCL)、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリ乳酸-グリコール酸、ポリウレタン、ポリヒドロキシ酪酸及び絹からなる群から選択された少なくとも1種である。
【0043】
原料樹脂の重量平均分子量Mwは、10000以上500000以下、より好ましくは30000以上200000以下である。重量平均分子量Mwが10000未満では、NFの強度が不足する虞があり、5000000超では、NFの柔軟性が低下する虞がある。
【0044】
NFは、必要に応じて原料樹脂以外の添加物を含有してもよい。添加物としては特に限定されず、人工血管に用いられる公知の添加物を採用できる。また、NFの製造を促進させる観点から、後述するように塩を添加してもよい。これらの添加物は、単独又は2種以上の組み合わせで使用することが可能である。
【0045】
図1~
図3に、本開示に係る管状構造物100の一例を模式的に示す。
【0046】
図2(a)及び
図3(a)に示すように、管状構造物100は、例えば複数のナノファイバ層110が積層されてなる積層構造を有しており、内側には内腔120を有する。なお、本例では簡略化して3層のナノファイバ層110を図示しているが、層数は特に限定されるものではなく、例えば2~1000層、好ましくは10~800層とすることができる。
【0047】
本例では、各ナノファイバ層110は、長尺のナノファイバリボンからなる。後述するように、ナノファイバリボンが所定の角度で巻回されて各ナノファイバ層110を構成している。
図2(a)及び
図3(a)に示すように、ナノファイバリボンの巻回方向は、最内層及び最外層のナノファイバ層110と、内側層のナノファイバ層110とでは逆方向になっていることが好ましい。
【0048】
図3(a)中符号110Cで示すように、管状構造物100の内周面112には、ナノファイバリボンの幅方向の端部、すなわち長さ方向に延びる端部がらせん状に配置されている。詳細は後述するが、最内層のナノファイバリボンを重複させながら所定の角度で巻回した結果このような配置となる。
【0049】
図2(b)及び
図3(b)は、
図2(a)及び
図3(a)に示す管状構造物100の変形例の一つを示している。
【0050】
本変形例の管状構造物100は、最内層に、ナノファイバシートからなるナノファイバ層111が配置されている。詳細は後述するが、ナノファイバシートはリボン状ではない。一枚物のナノファイバシートが芯棒に直接形成又は巻回された後、その外側にナノファイバリボンが巻回される。
【0051】
図3(b)に示すように、管状構造物100の内周面112には、ナノファイバシートからなるナノファイバ層111が配置されている。なお、ナノファイバ層111は薄いため、電子顕微鏡等で観察すると、ナノファイバ層111の外側(
図3(b)では紙面の奥側)に配置されたナノファイバリボンの幅方向の端部がらせん状に配置されているのが透けて見える。
【0052】
このように、本明細書において、「前記管状構造物の内周面側には、前記ナノファイバリボンの幅方向の端部がらせん状に配置されている」とは、
図3(a)に示すように、管状構造物100の内周面112にナノファイバリボンの幅方向の端部がらせん状に配置されている場合、及び、
図3(b)に示すように、電子顕微鏡等で管状構造物100の内周面112を観察したときに、らせん状に配置されたナノファイバリボンの幅方向の端部が観察できる場合をいう。
【0053】
図2(c)及び
図3(c)は、
図2(b)及び
図3(b)に示す管状構造物100のさらなる変形例の一つを示している。
【0054】
図2(c)及び
図3(c)に示すように、本変形例では、隣り合う2つのナノファイバ層110間に配置された補強材としての縫合糸130をさらに備えている。縫合糸130を備えることにより、人工血管の強度が向上する。
【0055】
ナノファイバ層110の厚さは、人工血管の強度及び柔軟性を確保する観点から、好ましくは5μm以上100μm以下、より好ましくは5μm以上50μm以下、より好ましくは7μm以上50μm以下、さらに好ましくは10μm以上35μm以下、特に好ましくは10μm以上20μm以下である。
【0056】
ナノファイバ層111の厚さは、人工血管の内周面の平滑性を確保しつつ人工血管の強度及び柔軟性を確保する観点から、好ましくは5μm以上50μm以下、より好ましくは10μm以上40μm以下、特に好ましくは15μm以上25μm以下である。
【0057】
[親水性ポリマーのコーティング]
親水性ポリマーのコーティングは、管状構造物100の少なくとも内周面112を構成するNFの表面に形成されている。
【0058】
なお、コーティングは、管状構造物100の外周面114を構成するNFの表面にも形成されていることが好ましい。
【0059】
親水性ポリマーによるコーティングを備えることにより、人工血管に抗血栓性が付与され、開存率が向上する。
【0060】
また、原料樹脂の種類や分子量により得られるNFの剛性は変化するため、人工血管としての用途を考慮すると、原料樹脂によっては管状構造物の剛性が不足する場合がある。親水性ポリマーのコーティングを備えることにより、管状構造物に、人工血管としての用途に適した剛性が付与される。また、当該コーティングが形成されていることにより、人工血管のハンドリング性(吻合性、縫合性、耐ほつれ性)及び耐キンク性が改善される。
【0061】
親水性ポリマーは、限定する意図ではないが、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリアクリルアミド、ポリビニルピロリドン、デキストラン、カルボキシメチルセルロース及びポリエチレンオキシドからなる群から選択された少なくとも1種であることが好ましい。
【0062】
管状構造物100に対するコーティングの割合は、好ましくは2.5質量%以上10質量%以下であり、より好ましくは3質量%以上8質量%以下、特に好ましくは4質量%以上7質量%以下である。
【0063】
[人工血管のサイズ]
上述のコーティングはNFの表面に薄く形成されているため、本明細書では、人工血管のサイズは、管状構造物のサイズと同一として扱う。
【0064】
本開示に係る人工血管の内径は、1mm以上5mm以下、好ましくは1mm以上4.5mm以下、より好ましくは1mm以上4mm以下である。
【0065】
本開示に係る人工血管の外径は、限定する意図ではないが、例えば1.2mm以上6.2mm以下、好ましくは1.3mm以上6.0mm以下、より好ましくは1.4mm以上5.8mm以下である。
【0066】
人工血管の壁厚さは、限定する意図ではないが、例えば0.2mm以上1.2mm以下、好ましくは0.3mm以上1.0mm以下、より好ましくは0.4mm以上0.8mm以下である。
【0067】
[圧縮回復性]
内径2mm以上5mm以下、好ましくは内径2mm以上4mm以下の人工血管について、後述する圧縮試験により得られた圧縮回復性は、好ましくは63%以上、より好ましくは63%以上95%以下、さらに好ましくは70%以上93%以下、特に好ましくは80%以上90%以下である。
【0068】
また、内径1mm以上2mm未満の人工血管について当該圧縮試験により得られた圧縮回復性は、好ましくは41%以上、より好ましくは50%以上95%以下、さらに好ましくは55%以上93%以下、特に好ましくは60%以上90%以下である。
【0069】
本構成によれば、人工血管は、優れた形態保持率を有し、優れた耐キンク性を備えることができる。
【0070】
[曲げ剛性]
後述する三点曲げ試験により測定された最大荷重は、人工血管の優れた耐キンク性を確保する観点から、好ましくは0.0055N以上、より好ましくは0.006N以上0.05N以下、特に好ましくは0.007N以上0.02N以下である。
【0071】
[親水性ポリマーの保持性能]
人工血管における親水性ポリマーの保持性能を示す指標として、人工血管に蒸留水を通液させたときの、親水性ポリマーの流出量比が挙げられる。親水性ポリマーの流出量比とは、蒸留水の通液前の人工血管における親水性ポリマーの付着量に対する、蒸留水の通液後に人工血管から流出した親水性ポリマーの流出量の比を百分率で表示した値である。この値が小さいほど、人工血管の親水性ポリマーの保持性能は高い。
【0072】
本開示に係る人工血管における、後述する親水性ポリマー流出量の評価試験により算出された親水性ポリマーの流出量比は、好ましくは25%以下であり、より好ましくは20%以下であり、特に好ましくは19.5%以下である。
【0073】
流出量比が上限値を超えると、人工血管の開存率が低下する。本開示に係る人工血管では、親水性ポリマーの保持性能が高いから、優れた抗血栓性を長期に亘り保持することができ、開存率を向上できる。
【0074】
[水接触角]
後述する接触角測定試験1により測定された、ナノファイバシート(コーティング有り)のNF面の水接触角は、好ましくは130°以下、より好ましくは100°以下、さらに好ましくは50°以下、特に好ましくは30°以下である。
【0075】
後述する接触角測定試験2により測定された、人工血管の内周面の水接触角は、好ましくは120°以下であり、より好ましくは100°以下、特に好ましくは30°以下である。人工血管の内周面に液滴を滴下後、液滴が吸収され、水接触角を測定することが困難な場合は、液滴の滴下から液滴を吸収するまでの時間が、好ましくは5秒未満、より好ましくは3秒以下、特に好ましくは1秒以下である。
【0076】
後述する接触角測定試験2により測定された、人工血管の外周面の水接触角は、好ましくは120°以下であり、より好ましくは100°以下、特に好ましくは30°以下である。人工血管の外周面に液滴を滴下後、液滴が吸収され、水接触角を測定することが困難な場合は、液滴の滴下から液滴を吸収するまでの時間が、好ましくは15秒以下、より好ましくは5秒以上12秒以下、特に好ましくは5秒以上10秒以下である。
【0077】
人工血管の内周面の親水性は、外周面の親水性よりも高いことが好ましい。
【0078】
言い換えると、人工血管の内周面の水接触角は、外周面の水接触角よりも小さいことが好ましい。
【0079】
また、接触角試験において、人工血管の内周面及び外周面に液滴を滴下したときに、液滴が吸収される場合は、内周面における液滴の吸収に要する時間は、外周面における液滴の吸収に要する時間よりも短いことが好ましい。
【0080】
[血小板吸着抑制率]
人工血管における抗血栓性を示す指標として、後述する血小板吸着試験の結果から算出された血小板吸着抑制率が挙げられる。血小板吸着抑制率は、後述する血小板吸着試験において、コーティングを有しない管状構造物に対して、人工血管(コーティングを有する管状構造物)では、吸着される血小板顆粒の数がどれくらい抑制されるかを示す指標である。血小板吸着抑制率Xは、具体的には例えば、後述する血小板吸着試験において、コーティングを有しない管状構造物へ付着した血小板顆粒の数N1に対する、コーティングを有しない管状構造物へ付着した血小板顆粒の数N1から人工血管(コーティングを有する管状構造物)へ付着した血小板顆粒の数N2を引いた数の割合を百分率で表示した値(X=[(N1-N2)/N1]×100)とすることができる。この値が大きいほど、人工血管の抗血栓性は高い。
【0081】
本開示に係る人工血管の血小板吸着抑制率は、人工血管の優れた抗血栓性を確保する観点から、好ましくは30%以上、より好ましくは40%以上、さらに好ましくは50%以上、特に好ましくは54%以上である。
【0082】
[開存率]
後述する人工血管の移植実験1において、ヘパリンコーティングを施した人工血管をラット腹部稼働大動脈へ移植後2週間経過後の人工血管の開存率は、好ましくは84%以上、より好ましくは87%以上、特に好ましくは90%以上である。また、当該移植実験1において、移植後8週間経過後の人工血管の開存率は、好ましくは76%以上、より好ましくは80%以上、特に好ましくは83%以上である。
【0083】
後述する人工血管の移植実験2において、ヘパリンコーティングを施していない人工血管をラット腹部稼働大動脈へ移植後8週間経過後の人工血管の開存率は、好ましくは80%以上、より好ましくは83%以上である。
【0084】
上記開存率を有することにより、本開示に係る人工血管は、体内に移植したときに、実際に人工血管として機能することができ、十分に実用に耐え得るといえる。
【0085】
<人工血管の製造方法>
以下、本開示に係る人工血管を製造する方法の一例を説明する。なお、本開示に係る人工血管の製造方法は、以下に限定されるものではない。
【0086】
人工血管の製造方法は、具体的には例えば、
図4に示すように、管状構造物形成工程S1と、コーティング形成工程S2と、を備える。
【0087】
[管状構造物形成工程]
管状構造物形成工程S1は、ナノファイバからなる管状構造物を形成する工程である。管状構造物を形成する方法は、上述のごとく、特に限定されるものではないが、例えば電界紡糸法を用いることができる。例えば、芯棒に直接電界紡糸して管状構造物を形成してもよい。
【0088】
人工血管の耐キンク性を向上させる観点から、より好ましい方法では、管状構造物形成工程S1は、例えば、ナノファイバシート作製工程S11(第1工程)と、ナノファイバリボン作製工程S12(第2工程)と、巻回工程S13(第3工程)と、を備える。
【0089】
-ナノファイバシート作製工程-
図5(a)に示すように、ナノファイバシート作製工程S11では、電界紡糸法によりナノファイバシート111Aを作製する。ナノファイバシート111Aの形状は特に限定されないが、好ましくは矩形状である。
【0090】
まず、ナノファイバシート111Aの原料樹脂を溶媒に溶解させて樹脂溶液51を調製する。樹脂溶液51の調製は、例えば、容器に原料樹脂を秤量し、溶媒、添加物を加え、撹拌機等の公知の撹拌手段(図示せず。)により撹拌して、溶媒中に樹脂、添加物を溶解・分散させることにより行う。撹拌に際し、同時に加熱や超音波等を印加してもよい。
【0091】
溶媒は、上記樹脂を溶解させ、樹脂溶液51の粘度を調整するとともに、紡糸時に蒸発し繊維形状の形成を促進させるものである。溶媒としては、具体的には例えば、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、トルエン、ベンゾトリフルオリド、10-カンファースルホン酸、イソプロピルアルコール(IPA)、ヘキサフルオロイソプロピルアルコール(HFIP)、メチルエチルケトン(MEK)、アセトン、テトラヒドロフラン(THF)、ジエチルエーテル、ジクロロメタン、クロロホルム、エタノール、ギ酸、塩酸、トリフルオロ酢酸、酢酸エチル、水等が挙げられる。これらの溶媒は、1種でもよいし、2種以上を用いてもよい。なお、これらの溶媒は紡糸時に蒸発するため、ナノファイバシート111Aには含有されない。
【0092】
樹脂溶液51に含まれる添加物としては、樹脂の溶解性・分散性の向上、微細な繊維形状の均一形成促進の観点から、例えば塩化ナトリウム、酢酸ナトリウム、塩化リチウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム等の塩等が添加され得る。
【0093】
樹脂溶液51中における樹脂の濃度は、均一且つ微細な繊維形状のナノファイバシート111Aを得る観点から、好ましくは5質量%以上50質量%以下、より好ましくは7質量%以上40質量%以下、特に好ましくは10質量%以上30質量%以下である。また、上記塩を添加する場合には、塩の濃度は、均一且つ微細な繊維形状のナノファイバシート111Aを得る観点から、好ましくは2質量%以下、より好ましくは1質量%以下、特に好ましくは0.5質量%以下である。また、塩以外の添加物の濃度は、添加物の種類にもよるが、目的に応じて、例えば0.5質量%以上3質量%以下とすることができる。
【0094】
次に、樹脂溶液51を、電解紡糸法を用いて紡糸し、ナノファイバシート111Aを得る。
【0095】
電解紡糸法による紡糸は、例えば、
図5(a)に示すエレクトロスピニング装置を用いて行うことができる。具体的には例えば、シリンジ33の先端から樹脂溶液51を噴射させて、例えば回転式ドラム式のコレクタ35の表面上に樹脂溶液51を吹付けることで行われる。なお、電解紡糸法による紡糸の方法は、
図5(a)の方法に限定されるものではなく、適宜公知の方法を採用できる。
【0096】
図5(a)に示すように、シリンジ33及びコレクタ35には、高圧電源装置34が接続されており、両者間には所定の高電圧が印加される。なお、シリンジ33の樹脂溶液51は、室温程度、例えば15℃~30℃とすることができる。
【0097】
高圧電源装置34による印加電圧は、微小径の均一な繊維形状のナノファイバを得る観点から、例えば5kV以上80kV以下、好ましくは10kV以上50kV以下とすることができる。
【0098】
シリンジ33の先端からコレクタ35までの距離は、微小径の均一な繊維形状のナノファイバを得る観点から、例えば50mm以上200mm以下とすることができる。
【0099】
このようにして得られたナノファイバシート111A(及び次工程で製造するナノファイバリボン110A)の厚さは、好ましくは5μm以上100μm以下、より好ましくは5μm以上50μm以下、より好ましくは7μm以上50μm以下、さらに好ましくは10μm以上35μm以下、特に好ましくは10μm以上20μm以下である。
【0100】
-ナノファイバリボン作製工程-
図5(b)に示すように、ナノファイバリボン作製工程S12では、上記のようにして得られたナノファイバシート111Aを切断して長尺のナノファイバリボン110Aを作製する。
【0101】
図5(b)では、ハサミを用いて切断する例を図示しているが、ナノファイバシート111Aの切断方法としては、特に限定されるものではなく、裁断機等の他の公知手段を用いてもよい。
【0102】
なお、ナノファイバリボン110Aの幅及び長さは一定に揃っていることが好ましい。具体的には例えば、ナノファイバリボン110Aの幅は、好ましくは50mm以下、好ましくは5mm以上40mm以下、より好ましくは10mm以上35mm以下である。
【0103】
また、ナノファイバリボン110Aの長さは、好ましくは30cm以上、より好ましくは30cm以上100cm以下、特に好ましくは40cm以上80cm以下である。
【0104】
-巻回工程-
巻回工程S13では、
図5(c)に示すように、ナノファイバリボン110A、好ましくは複数のナノファイバリボン110Aを所定の角度iで芯棒150に巻回する。そして、最終的に、芯棒150を除去することにより、管状構造物100を形成する。
【0105】
所定の角度iは、管状構造物100の軸方向とナノファイバリボン110Aの長さ方向との間の角度であり、0°超90°未満の角度である。所定の角度iは、限定する意図ではないが、例えば10°以上80°以下、好ましくは20°以上75°以下、より好ましくは50°以上70°以下とすることができる。
【0106】
ナノファイバリボン110Aは、既に巻回された部分と重複させながら巻回することが好ましい。具体的には例えば、ナノファイバリボン110Aを芯棒150に巻回したときに、ナノファイバリボン110Aの幅方向の一端部110B(端部)が外部から視認可能であり、他端部110C(端部)がナノファイバリボン110Aで隠れるように巻回することが好ましい。これにより人工血管の十分な柔軟性及び強度を確保できる。
【0107】
また、巻回工程S13では、複数のナノファイバリボン110Aを芯棒150に交互に逆方向に巻回していくことが望ましい。
【0108】
具体的には例えば、まず工程Aで、第1のナノファイバリボン110Aを所定の角度iで芯棒150の一方から他方に向かって芯棒150に巻回する。その後、工程Bで、第2のナノファイバリボン110Aを所定の角度iで芯棒150の他方から一方に向かって第1のナノファイバリボン110Aが巻回された芯棒150に巻回する。そして、上述の工程Aと工程Bとを繰り返すことにより、管状構造物100を形成する。
【0109】
これにより、
図2(a)及び
図3(a)に示す管状構造物100が形成される。
【0110】
このように、長尺のナノファイバリボン110Aを芯棒150に巻きつけて管状構造物100を作製することにより、芯棒150に直接電界紡糸してナノファイバを積層させる場合と比べて、容易に管状構造物100に厚みを持たせることができる。そうして、管状構造物100の製造時間を短縮できる。また、ナノファイバはその極細の繊維径に由来した膨大な比表面積を持つが、そのナノファイバリボンを重ねて巻きつけることで、その膨大な比表面積に由来した強力なファンデルワールス力が得られる。このことにより、接着剤を用いずとも、管状構造物100の筒状態を維持できる。
【0111】
このように形成された管状構造物100は、強度に優れるとともに、柔軟性にも優れ、人工血管の基材として好適である。
【0112】
なお、例えば
図2(b)及び
図3(b)に示す管状構造物100を形成するには、ナノファイバリボン110Aを芯棒150に巻回する前に、
図5(a)のコレクタ35として芯棒150をセットし、該芯棒150に直接ナノファイバ層111を電界紡糸により形成すればよい。
【0113】
また、ナノファイバリボン110Aを芯棒150に巻回する前に、ナノファイバシート製造工程S1で製造したナノファイバシート111Aを該芯棒150に巻回してもよい。このとき巻回するナノファイバシート111Aは、1枚であっても複数枚であってもよいが、人工血管の柔軟性を確保する観点から、1枚であることが望ましい。
【0114】
図2(c)及び
図3(c)に示す管状構造物100を形成するには、芯棒150にナノファイバリボン110Aを所定枚数巻回後に、縫合糸130を巻き付け、さらにナノファイバリボン110Aを所定枚数巻回していけばよい。また、ナノファイバリボン110Aの巻回前に芯棒150に縫合糸130を巻回してもよい。なお、必要に応じて、複数の縫合糸130を、交差させながら芯棒150に巻き付けてもよい。
【0115】
例えば、ナノファイバを芯棒に直接電界紡糸して管状構造物100を形成する方法では、ナノファイバの積層速度によっては、人工血管用途に適した壁厚さとなるまで積層するには長時間を要す場合がある。また、単にナノファイバシートを筒状に成形、積層して管状構造物を作製する方法では、形状を維持するために、ナノファイバシートの重複部分に接着剤等の適用が必要となる。そうすると、人工血管の製造工程が煩雑化するとともに、人工血管を移植対象の血管と吻合する際に、接着部が剥がれてしまうことがある。
【0116】
上述のように、長尺のナノファイバリボン110Aを巻回して管状構造物100を形成する方法によれば、容易に管状構造物に厚みを持たせることができ、製造時間を短縮化できる。また、NFはその極細の繊維径に由来した膨大な比表面積を持つが、ナノファイバリボン110Aを重ねて巻きつけることで、その膨大な比表面積に由来した強力なファンデルワールス力が得られる。このことにより、接着剤を用いずとも、形状を維持することができる。さらに、本方法によれば、人工血管に適度な弾力性を付与でき、耐キンク性を向上させることができる。
【0117】
[コーティング形成工程]
コーティング形成工程S2では、
図5(d)に示すように、管状構造物100の内腔120に親水性ポリマーを含む溶液を通液させて、親水性ポリマーのコーティングを形成する。
【0118】
詳細には、管状構造物100の内腔120に親水性ポリマーを含む溶液を通液させると、溶液は、管状構造物100の壁に浸透する。そうして、管状構造物100のナノファイバの表面が親水性ポリマーでコーティングされる。
【0119】
親水性ポリマーの溶液は、親水性ポリマーと、溶媒と、よりなる。溶媒は、親水性ポリマーの溶解性が確保できれば特に限定されるものではなく、例えば水、水とアルコール等の水溶性有機溶媒との混合溶媒、好ましくは水とエタノールとの混合溶媒である。混合溶媒を用いることにより、管状構造物の壁への溶液の浸透性が向上する。詳細には、NFは微細な繊維間に多数の空隙を有するが、その空隙には、水は通過しないが、空気は透過するほど極めて微細な空隙が多く含まれる。水に比べて表面張力が低い水溶性有機溶剤は、その極めて微細な空隙を通過することができる。従って、混合溶媒を用いると、親水性ポリマーの溶液は毛細管現象によりNFの極めて微細な空隙に浸入し、人工血管の内周面側のみならず、外周面側まで浸透する。そうして、管状構造物の全体に渡って、NFの繊維表面のみを親水性ポリマーによりコーティングすることができる。
【0120】
混合溶媒を用いる場合、混合溶媒中に含まれる水溶性有機溶媒の含有量は、例えば1質量%以上50質量%以下、好ましくは10質量%以上40質量%以下である。また、溶液に含まれる親水性ポリマーの濃度は、通液の容易性、十分なコーティング量を確保する観点から、例えば0.1質量%以上15質量%以下、好ましくは0.5質量%以上10質量%以下、より好ましくは1質量%以上5質量%以下である。
【0121】
親水性ポリマー溶液を通液後、管状構造物100を、例えば温度10~40℃、湿度20~60%の環境下において0.5時間以上、好ましくは1時間以上300時間以下静置することにより乾燥させて、人工血管101を得る。
【0122】
管状構造物100の内腔120に親水性ポリマー溶液を通液させる本方法によれば、単純な処理で、NFの繊維表面のみに薄くコーティングを形成できるから、製造工程が簡素化されるとともに、人工血管の素材として有利なNFの空隙の親水性ポリマーへの埋没を抑制できる。また、本方法によりコーティングを形成すると、人工血管使用時の親水性ポリマーの溶出が効果的に抑制され、抗血栓性及び開存性により優れた人工血管が得られる。
【実施例0123】
次に、具体的に実施した実施例について説明する。
【0124】
<人工血管の作製>
表1に示す実施例及び比較例の人工血管を、以下の手順で作製した。
【0125】
【0126】
[実施例1]
溶媒としてのDMF、THF、MEK(質量比で3:6:1)中に、ポリカプロラクトン(PCL、シグマアルドリッチ社製、average Mn 80000)を、樹脂溶液中の樹脂濃度が10質量%となるように添加し、撹拌して溶解させた。この樹脂溶液を、エレクトロスピニング装置(自社製作、
図5(a))を用い、印加電圧20kV、シリンジ先端-コレクタ間距離200mm、20~25℃の条件でコレクタ上に紡糸し、厚さ25μm~30μmのナノファイバシート(NFシート)を形成した。
【0127】
次に、NFシートを幅20mm、長さ40cmの短冊状に切断して長尺のナノファイバリボン(NFリボン)を得た。
【0128】
外径3mmの芯棒にNFリボンを軸方向に対する角度60°で芯棒の一方から他方に向かって巻回した。このとき、NFリボンの他端部が隠れるようにNFリボンを重複させながら巻回した。さらにその上に、別のNFリボンを他方から一方に向かって、角度60°でNFリボンの一端部が隠れるようにNFリボンを重複させながら巻回した。このようにNFリボンを交互に逆方向に繰り返し巻回することによりNFリボンを積層させた。その後、芯棒を除去して管状構造物を得た。
【0129】
次に、得られた管状構造物の内腔に、ポリビニルアルコール溶液(PVA溶液)6mLを通液させた。PVA溶液は、市販のPVA水溶液(カネヨ石鹸社製、カネヨノール)、蒸留水及びエタノールを、質量比で1:1:1の割合で混合することにより調製した。なお、測定したところ、市販のPVA水溶液中に含まれるPVA濃度は5質量%であった。
【0130】
その後、管状構造物を、温度20℃、湿度40%環境下に24時間以上静置し、表1に示す仕様の人工血管を得た。
【0131】
[実施例2]
以下の手順で縫合糸を巻回した以外は、実施例1と同様に人工血管を作製した。
【0132】
管状構造物の壁厚さが約0.15mmとなるまでNFリボンを積層させた後、縫合糸(ジョンソン・エンド・ジョンソン社製、バイクリル、PCL製、径約0.4mm)を一方側から他方側に軸方向に対する角度60°で巻回後、他方側から一方側に角度60°で巻回した。その後、管状構造物の最終壁厚さが約1mmとなるまでNFリボンを積層させた。
【0133】
[実施例3]
外径2mmの芯棒を使用して表1に示す仕様の人工血管を得た以外は、実施例1と同様に人工血管を作製した。
【0134】
[実施例4]
外径1mmの芯棒を使用して表1に示す仕様の人工血管を得た以外は、実施例1と同様に人工血管を作製した。
【0135】
[実施例5]
図5(a)の装置において、コレクタを芯棒に代えて、芯棒に直接紡糸して管状構造物を得た以外は、実施例1と同様に人工血管を作製した。
【0136】
[比較例1]
管状構造物へのPVA溶液の通液を行わなかった以外は、実施例1と同様に人工血管を作製した。
【0137】
[比較例2]
管状構造物へのPVA溶液の通液を行わなかった以外は、実施例4と同様に人工血管を作製した。
【0138】
[比較例3]
管状構造物へのPVA溶液の通液を行わなかった以外は、実施例5と同様に人工血管を作製した。
【0139】
[比較例4]
樹脂溶液51を自動塗工装置(AFA-Standard:Cotec株式会社、ワイヤレスバーコーター30H)を用いて製膜したPCLフィルムを筒状に芯棒に巻回して管状構造物を得た以外は、実施例1と同様に人工血管を作製した。
【0140】
<評価試験>
[デジタルカメラによる外観の観察]
図6(a)は、実施例1、3、4の管状構造物のデジタルカメラ写真である。近傍に載置した定規の目盛りから、概ね所望の内径を有する管状構造物が得られていることが判る。
【0141】
また、
図6(b)は、実施例2の管状構造物のデジタルカメラ写真である。外観から、巻回された縫合糸の形状が見て取れる。
【0142】
[走査型電子顕微鏡(SEM)観察]
実施例4の人工血管のSEM像を
図7に示す。
【0143】
図7(a)、(c)、(d)は、径方向断面のそれぞれ40倍、250倍、600倍のSEM像である。また、
図7(b)は、軸方向断面の30倍のSEM像である。
【0144】
図7(a)、(c)、(d)から、人工血管は、厚さ約50~100μmの約5つの層からなる積層構造のように見えるが、各々の層自体が数枚~数十枚のNFリボンが積層されてなる(すなわち、全体として数十~数百のNFリボンが積層されてなる)。径方向において隣接するNFリボン同士が密着しているため、このような断面構造が得られたものと考えられる。
【0145】
上述のごとく、NFリボンを巻回して作製した管状構造物の内周面には、NFリボンの幅方向の端部、すなわち長さ方向に延びる端部がらせん状に配置されている。
図7(b)では、そのらせん状に配置された端部の一部が見えている。
【0146】
なお、
図7(b)に示すように、管状構造物の外側の層が波打っている、すなわち管状構造物の外側がやや蛇腹状になっているが、これは管状構造物から芯棒を引き抜く際にかかる負荷によるものと考えられる。
【0147】
実施例2の人工血管のSEM像を
図8に示す。
図8(a)、(b)は、径方向断面のそれぞれ20倍、75倍のSEM像である。
【0148】
図8に示すように、NFリボンの層間に縫合糸が配置されている。
【0149】
図9(a)、(b)は、それぞれ比較例1及び実施例1の人工血管の内周面のSEM像である。両者を比較すると、PVAコーティング有りの実施例1の人工血管においても、PVAコーティング無しの比較例1の人工血管に見られるナノファイバ間の空隙がPVAに埋没していないことが判る。すなわち、PVAは、ナノファイバの繊維表面をコーティングしており、ナノファイバ層の通気性、通液性は、PVAコーティング作業の前後で保持されていると考えられる。
【0150】
[圧縮試験]
以下の試験条件により、人工血管の圧縮試験を行った。
【0151】
試験装置:カトーテック製 KES-F3-A
SENS:2
加圧領域:2cm
2
圧縮速度:0.002cm/s
最大負荷:50gf/cm
2
結果を表2、
図10、表3に示す。なお、表2及び
図10は、実施例1,2及び比較例1,3の内径3mmの人工血管についての試験結果を示している。表3は、実施例4及び比較例2の内径1mmの人工血管についての試験結果を示している。
【0152】
【0153】
【0154】
表2及び表3のLC、WC及びRCは、それぞれ圧縮直進性、圧縮仕事量及び圧縮回復性を示す。これらの値は、
図10のグラフに基づいて算出した値である。WC[gf*cm/cm
2]は、
図11に示す領域a及び領域bの面積の和で表される値であり、値が大きいほど圧縮されやすいことを示す。LCは、WCの値を
図11の三角形ABCの面積で除して得られる値であり、値が1に近づくほど圧縮されにくいことを示す。RC[%]は、圧縮回復仕事量WC’(
図11に示す領域bの面積)及びWCを用いて下記式(1)により求められる値であり、値が100%に近づくほど回復性があることを示す。
【0155】
RC=(WC’/WC)×100 ・・・(1)
表2及び表3の結果から、比較例の人工血管(PVAコーティング無し)に比べて、実施例の人工血管(PVAコーティング有り)では、RCが大きい。このことは、管状構造物にPVAコーティングを施すことにより、形態保持率が向上し、耐キンク性が向上することを示している。
【0156】
[三点曲げ試験]
実施例1,2,5及び比較例1,3の人工血管(内径3mm)について、三点曲げ試験を行った。試験条件を以下に示す。
【0157】
試験装置:インストロン製 電機機械式万能材料試験機5567
速度:5mm/分
支持スパン:40mm
測定強度が一定となった又は減少したところで試験を停止し、測定中の最大荷重を評価した。試験結果を表4に示す。
【0158】
【0159】
比較例1、実施例1,2の人工血管は、NFリボンを芯棒に巻回して作製した人工血管である。PVAコーティング無しの比較例1の人工血管における最大荷重に比べて、PVAコーティング有りの実施例1,2の人工血管における最大荷重は、2倍以上大きくなることが判った。
【0160】
比較例3、実施例5の人工血管は、芯棒に直接紡糸して作製した人工血管である。PVAコーティング無しの比較例3の人工血管における最大荷重に比べて、PVAコーティング有りの実施例5の人工血管における最大荷重は、約1.8倍大きくなることが判った。
【0161】
このように、PVAコーティングを施すことにより、人工血管の最大荷重は大きくなり、耐キンク性が向上することが判った。
【0162】
[親水性ポリマー流出量の評価試験]
実施例1及び比較例4の人工血管の内腔に、蒸留水20mLを流速1.5mL/分で通液し、PVA流出量を比較した。試験結果を表5に示す。
【0163】
【0164】
但し、表5中、管状構造物の質量は、PVAコーティングを施す前の管状構造物の質量である。また、人工血管の質量は、管状構造物にPVAコーティングを施し、上述のごとく温度20℃、湿度40%環境下に24時間以上静置して得られた人口血管について測定した値である。人工血管の質量と管状構造物の質量との差分をPVA付着量とした。さらに、蒸留水通液後の人工血管の質量は、蒸留水通液後の人工血管を温度20℃、湿度40%環境下に24時間以上静置した後に測定した。
【0165】
PVA流出量を下記式(2)により、算出した。
【0166】
PVA流出量
=PVA付着量-(蒸留水通液後の人工血管の質量-管状構造物の質量)・・・(2)
そして、PVA流出量比[%]を下記式(3)により算出した。
【0167】
PVA流出量比=PVA流出量/PVA付着量×100 ・・・(3)
表5に示すように、初期のPVA付着量に対するPVA流出量は、実施例1のサンプル1~3がいずれも19.1%以下であったのに対し、比較例4のサンプル4~6はいずれも25.4%以上であり、フィルム製の管状構造物と比較して、ナノファイバ製の管状構造物のPVA保持性能の高さが示された。
【0168】
[接触角測定試験1]
-製造例1-
図12(a)に示すように、直径20mmの芯棒200に、テフロン(登録商標)シートを巻き、その上から、離型紙付のPCL製ナノファイバシート(NFシート)201を芯棒200の長手方向に対して直角に且つNF面が内側となるように5周巻き付けた。なお、NFシート201の厚さは約35μm、幅は約6cmであった。
【0169】
次に、芯棒200とテフロンシートを取り除き、円筒状のNFシート202を得た。
【0170】
そして、
図12(b)に示すように、円筒状のシート202の内腔に、アトマイザ203を用いて実施例1の人工血管作製時に使用したPVA溶液を噴霧し、円筒状のシート202の内層(NF面)をPVAコーティングした。
【0171】
室温で自然乾燥させた後、
図12(c)の破線で示すように、コーティングした円筒状のシート202を切開した。切開したシートにおもりを置いて湾曲を除去した後、6cm×6cm角に裁断してサンプルとし、そのNF面をθ/2法接触角試験に供した。接触角の測定には、接触角測定装置(協和界面科学(株):CA-X)を用いた。
【0172】
-製造例2-
PVAコーティングを施さなかった以外は製造例1と同様にサンプルを作成し、そのNF面をθ/2法接触角試験に供した。
【0173】
-結果-
製造例1,2の各々5サンプルについて接触角を測定した。結果を表6及び
図13に示す。なお、
図13は、サンプル1の接触角測定時の写真である。
【0174】
【0175】
表6及び
図13に示すように、NFシートにPVAコーティングを施すことにより、NF面の親水性(濡れ性)が向上することが判った。
【0176】
[接触角測定試験2]
比較例1及び実施例1の人工血管を軸方向に半分に裁断した後、錘を載せて湾曲を取り除いた。比較例1及び実施例1の人工血管の内周面及び外周面のそれぞれ5か所ずつについて、接触角測定装置(協和界面科学(株):CA-X)を用いてθ/2法により接触角を測定した。結果を表7に示す。
【0177】
【0178】
但し、表7中、「n.d. 1」は、液滴が人工血管の表面に接触後1秒以内に液滴が人工血管にすべて吸収され、測定不可であったことを示す。また、「n.d. 2」は、液滴が人工血管の表面に接触後5~10秒以内に液滴が人工血管にすべて吸収され、測定不可であったことを示す。
【0179】
表7に示すように、比較例1の人工血管に比べて、実施例1の人工血管では親水性(濡れ性)が向上することが判った。また、実施例1の人工血管の内周面と外周面とを比較すると、内周面の方が外周面よりも液滴の吸収速度が速く、親水性(濡れ性)が高いことが判った。これは、実施例1の人工血管では、内周面側のナノファイバの方が外周面側のナノファイバよりもPVAの付着量が多いためと考えられる。
【0180】
[血小板吸着試験]
実施例4及び比較例2の人工血管(内径1mm)を切断して長さ1cm程度のグラフトを準備した。グラフトの内腔に、健常人から採取した濃縮ヒト血小板2mlを3回通液させた。その後、リン酸緩衝液10mlでグラフトをフラッシュし、吸着されていない血小板を洗い流した。グラフトをグルタールアルデヒド固定し、その内周面をSEMで観察した。倍率5000倍で当該内周面のSEM像を撮影し、一視野(440μm
2)あたりに吸着されている血小板顆粒の数をカウントし、100μm
2あたりの数に換算した。実験は、独立したグラフト5つについて1回ずつ計5回行った。結果を表8、
図14及び
図15に示す。
【0181】
【0182】
図14は、実施例4及び比較例2のグラフトのSEM像を示している。
図14に示すように、比較例2のグラフトに比べて、実施例4のグラフトでは、付着した血小板顆粒の数が明らかに少ないことが判る。
【0183】
表8及び
図15に示すように、5回の実験で得られた血小板顆粒の数の平均値に基づいて、下記式(4)で表される血小板吸着抑制率を算出すると54%となった。
【0184】
血小板吸着抑制率
=[(比較例2の平均値)-(実施例4の平均値)]/(比較例2の平均値)×100
・・・(4)
すなわち、PVAコーティングを施した実施例4のグラフトでは、PVAコーティングを施していない比較例2のグラフトに比べて、人工血管に吸着される血小板顆粒の数が54%低減され、抗血栓性が向上することが判った。
【0185】
[人工血管の移植実験1(ヘパリンコーティング有り)]
実施例4及び比較例2の人工血管(内径1mm)について、実際に人工血管として機能するかどうか、ラット腹部稼働大動脈へ移植し検討を行った。
【0186】
移植に先立って、実施例4及び比較例2の人工血管について長さ約1cmのグラフトを準備し、アルカリ加水分解により親水化後、ヘパリンを共有結合によって固定化した。具体的には、グラフトを2M水酸化ナトリウム水溶液に30分間さらして加水分解し、蒸留水で洗浄した。その後、グラフトを表9に示す組成のヘパリン溶液に室温で一晩浸漬した。グラフトを蒸留水で洗浄し、過剰なヘパリンを除去した。
【0187】
【0188】
上記手順でヘパリンコーティングを施したグラフトをラットの腹部稼働大動脈へ移植した。移植ラット数は、実施例4及び比較例2のグラフトそれぞれについて、24匹ずつであった。移植後2週間と8週間で、吻合部末梢の動脈を半切し、血流の有無によりグラフト開存を評価した。結果を表10に示す。
【0189】
【0190】
また、自家血管様の再生は、血管内皮細胞マーカーであるCD31と平滑筋マーカーであるalpha-smooth muscle(αSM)を、免疫蛍光染色し、評価した。実施例4のグラフトの径方向断面の組織の蛍光顕微鏡写真を
図16に示す。
【0191】
表10に示すように、2週間後および8週間後の開存率は、比較例2に比べて実施例4で向上することが判った。また、
図16に示すように、実施例4のグラフトの内腔には、血管の内膜様の再生が認められた。これらの結果より、PVAコーティングを施した実施例4の人工血管(内径1mm)は、ヘパリンコーティングを施した場合、実際に人工血管として機能することが示された。
【0192】
[人工血管の移植実験2(ヘパリンコーティング無し)]
実施例4の人工血管(内径1mm)について、長さ約1cmのグラフトを準備し、ヘパリンコーティングを行わず、ラット腹部稼働大動脈へ移植し検討を行った。移植後8週間で、吻合部末梢の動脈を半切し、血流の有無によりグラフト開存を評価した。移植後8週間経過時点のグラフトの外観及び径方向断面のデジタル顕微鏡写真をそれぞれ
図17(a)、(b)に示す。
【0193】
12匹のラットに対して評価を行ったところ、移植後8週の開存率は83.3%(10/12匹)であり、移植実験1のヘパリンコーティングを施した場合と同程度の結果が得られた。採取した移植片は、すべての開存例で滑らかな質感を示し、内腔に血栓は認められなかった。
【0194】
次に、移植片の再細胞化を評価するためにヘマトキシリン・エオジン染色を実施した。グラフトの軸方向断面及び径方向断面の光学顕微鏡写真をそれぞれ
図17(c)、(d)に示す。
図17(c)、(d)に示すように、細胞の生着は、内腔、外周面、および移植編内部で観察され、細胞層は内腔側に形成された。
【0195】
自家血管様の再生は、血管内皮細胞マーカーであるCD31と平滑筋マーカーであるαSMを、免疫蛍光染色し評価した。グラフトの径方向断面の組織の蛍光顕微鏡写真を
図18に示す。
【0196】
その結果、CD31(+)/αSM(+)細胞層は、移植片のすべての近位、中間、および遠位領域で観察され、新生内膜が再生され、移植片の端から端までほぼ完全に覆われていることが示された。
【0197】
これらの結果から、PVAコーティングを施した実施例4の人工血管(内径1mm)は、ヘパリンコーティングを施さなくても、実際に人工血管として機能することが示された。