(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023163346
(43)【公開日】2023-11-10
(54)【発明の名称】帯電緩和装置及び放電回避方法
(51)【国際特許分類】
B64G 1/52 20060101AFI20231102BHJP
B64G 1/40 20060101ALI20231102BHJP
F03H 1/00 20060101ALI20231102BHJP
B64D 45/02 20060101ALI20231102BHJP
H05F 3/06 20060101ALI20231102BHJP
H05F 3/04 20060101ALI20231102BHJP
H01T 19/00 20060101ALI20231102BHJP
H05H 1/24 20060101ALI20231102BHJP
【FI】
B64G1/52
B64G1/40 500
F03H1/00 Z
B64D45/02
H05F3/06
H05F3/04 A
H01T19/00
H05H1/24
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022074195
(22)【出願日】2022-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100181124
【弁理士】
【氏名又は名称】沖田 壮男
(72)【発明者】
【氏名】奥村 哲平
(72)【発明者】
【氏名】張 科寅
(72)【発明者】
【氏名】大川 恭志
(72)【発明者】
【氏名】岡本 博之
【テーマコード(参考)】
2G084
5G067
【Fターム(参考)】
2G084AA22
2G084CC11
2G084CC25
2G084CC32
2G084DD01
2G084FF29
5G067AA70
5G067DA01
5G067DA18
5G067DA22
(57)【要約】
【課題】人工衛星に搭載された場合において専用の装置を必要とせず機器間の放電を防ぐ構造を提供する。
【解決手段】複数の物体間の電位差を低減する帯電緩和装置であって、プラズマPLを発生させる電気推進機100を含み、電気推進機100から発生するプラズマPLに、複数の物体を覆わせる。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の物体間の電位差を低減する帯電緩和装置であって、
プラズマを発生させる電気推進機を含み、
前記電気推進機から発生する前記プラズマに、前記複数の物体を覆わせる、
帯電緩和装置。
【請求項2】
前記電気推進機は、ホールスラスタであり、
前記ホールスラスタは、カソード電極と、キーパー電極と、アノード電極と、を備え、
前記ホールスラスタは、推力を発生させる推力発生モードと、前記プラズマによって前記複数の物体を覆う帯電緩和モードと、を切り替え可能であり、
前記推力発生モードでは、前記キーパー電極と前記カソード電極との間に電圧を印加して前記プラズマを着火させた後、前記アノード電極と前記カソード電極との間に電圧を印加しつつ前記カソード電極と前記キーパー電極との間への電圧の印加を停止した状態で、前記ホールスラスタから前記プラズマを発生させ、
前記帯電緩和モードでは、前記アノード電極と前記カソード電極との間に電圧を印加せずに前記キーパー電極と前記カソード電極との間に電圧を印加し続けた状態で、前記ホールスラスタから前記プラズマを発生させる、
請求項1に記載の帯電緩和装置。
【請求項3】
前記帯電緩和モードでは、前記複数の物体間の電位差に基づいて、前記ホールスラスタを制御する、
請求項2に記載の帯電緩和装置。
【請求項4】
前記帯電緩和モードでは、前記カソード電極と前記キーパー電極との間に電圧を印加しつつ、前記ホールスラスタに磁場を印加する、
請求項2又は3に記載の帯電緩和装置。
【請求項5】
前記推力発生モードにおける前記プラズマの着火時に前記ホールスラスタに作動ガスを供給する第1ガス供給部と、
前記推力発生モードにおける前記プラズマに基づく推力発生時に前記ホールスラスタに作動ガスを供給する第2ガス供給部と、を更に備え、
前記帯電緩和モードでは、前記第1ガス供給部から前記ホールスラスタに前記作動ガスを供給する、
請求項2又は3に記載の帯電緩和装置。
【請求項6】
前記帯電緩和モードでは、前記第1ガス供給部および前記第2ガス供給部の両方から並行して前記ホールスラスタに前記作動ガスを供給する、
請求項5に記載の帯電緩和装置。
【請求項7】
前記複数の物体のうちの1つは、前記電気推進機を搭載した人工衛星である、
請求項1から3のいずれか1項に記載の帯電緩和装置。
【請求項8】
複数の物体間の電位差による放電を回避する方法であって、
請求項1に記載の帯電緩和装置を用い、前記電気推進機から発生する前記プラズマに、前記複数の物体を覆わせる、
放電回避方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、帯電緩和装置及び放電回避方法に関する。
【背景技術】
【0002】
デブリの除去や軌道上サービス等の衛星ミッションにおいては、デブリと人工衛星、あるいは人工衛星同士のドッキング運用が行われる。このとき、ドッキングする人工衛星同士の間に電位差が生じることがある。この電位差によって人工衛星同士の間に放電が発生すると、人工衛星の機器に悪影響を及ぼす原因となる。
この対策として、プラズマを発生させる装置を国際宇宙ステーションに搭載して、ドッキング時に装置からプラズマを発生させることで放電を回避する技術が開示されている(例えば、非特許文献1)。
また、人工衛星におけるドッキング部にプラズマを発生させる機能を設け、人工衛星同士の接触部の周辺にプラズマを発生させることで放電の発生を防ぐ技術が開示されている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Hani Kamhawi, John T. Yim, Michael J. Patterson, and Penni J. Dalton, ’Operational Status of the International Space Station Plasma Contactor Hollow Cathode Assemblies July 2001 to May 2013’, [online], July 15, 2013, NTRS - NASA Technical Reports Server, [retrieved on 13 July 2021], <URL: https://ntrs.nasa.gov/citations/20140009580>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記従来の帯電緩和装置は、専用の装置を設けることにより構成される。人工衛星においては電力、質量等のリソース負荷を下げることが求められる。帯電緩和装置は、主にドッキング時のみに使用される装置であるところ、専用の帯電緩和装置を人工衛星に搭載することによって、電力消費及び質量が増加する課題がある。
【0006】
本発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、人工衛星に搭載された場合において専用の装置を必要とせず機器間の放電を防ぐ構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
<1>本発明の一態様に係る帯電緩和装置は、複数の物体間の電位差を低減する帯電緩和装置であって、プラズマを発生させる電気推進機を含み、前記電気推進機から発生する前記プラズマに、前記複数の物体を覆わせる。
【0008】
電気推進機から発生するプラズマが、複数の物体を覆う。つまり、電気推進機を、帯電緩和装置として用いる。これにより、この帯電緩和装置が人工衛星に搭載された場合において、専用の装置を別途備えることを不要とすることができる。よって、人工衛星における電力リソースを節約したり、質量の増加を回避したり、人工衛星における帯電対策設計を簡素化したりできる。
【0009】
<2>上記<1>に係る帯電緩和装置では、前記ホールスラスタは、カソード電極と、キーパー電極と、アノード電極と、を備え、前記ホールスラスタは、推力を発生させる推力発生モードと、前記プラズマによって前記複数の物体を覆う帯電緩和モードと、を切り替え可能であり、前記推力発生モードでは、前記キーパー電極と前記カソード電極との間に電圧を印加して前記プラズマを着火させた後、前記アノード電極と前記カソード電極との間に電圧を印加しつつ前記カソード電極と前記キーパー電極との間への電圧の印加を停止した状態で、前記ホールスラスタから前記プラズマを発生させ、前記帯電緩和モードでは、前記アノード電極と前記カソード電極との間に電圧を印加せずに前記キーパー電極と前記カソード電極との間に電圧を印加し続けた状態で、前記ホールスラスタから前記プラズマを発生させる構成を採用してもよい。
【0010】
帯電緩和モードでは、アノード電極とカソード電極との間に電圧を印加せずにキーパー電極とカソード電極との間に電圧を印加し続けた状態で、ホールスラスタからプラズマを発生させる。これにより、帯電緩和モードにおける電力を必要最小限にするとともに、推力の発生を抑えることができる。
【0011】
<3>上記<2>に係る帯電緩和装置では、前記帯電緩和モードでは、前記複数の物体間の電位差に基づいて、前記ホールスラスタを制御する構成を採用してもよい。
【0012】
帯電緩和モードでは、複数の物体間の電位差に基づいて、ホールスラスタを制御する。これにより、複数の物体間の電位差に基づいて、ホールスラスタからプラズマを適切に発生させることができる。
【0013】
<4>上記<2>又は<3>に係る帯電緩和装置では、前記帯電緩和モードでは、前記カソード電極と前記キーパー電極との間に電圧を印加しつつ、前記ホールスラスタに磁場を印加する構成を採用してもよい。
【0014】
帯電緩和モードでは、カソード電極とキーパー電極との間に電圧を印加しつつ、ホールスラスタに磁場を印加する。これにより、プラズマをより効率的に発生させることができる。
【0015】
<5>上記<2>から<4>のいずれか1項に係る帯電緩和装置では、前記推力発生モードにおける前記プラズマの着火時に前記ホールスラスタに作動ガスを供給する第1ガス供給部と、前記推力発生モードにおける前記プラズマに基づく推力発生時に前記ホールスラスタに作動ガスを供給する第2ガス供給部と、を更に備え、前記帯電緩和モードでは、前記第1ガス供給部から前記ホールスラスタに前記作動ガスを供給する構成を採用してもよい。
【0016】
帯電緩和モードでは、第1ガス供給部からホールスラスタに作動ガスを供給する。これにより、例えば、第1ガス供給管からの作動ガスの流量を増加させることで、カソード電極によって発生するプラズマの密度を向上させたり、電荷交換イオンの生成を促進したりすることができる。
【0017】
<6>上記<5>に係る帯電緩和装置では、前記帯電緩和モードでは、前記第1ガス供給部および前記第2ガス供給部の両方から並行して前記ホールスラスタに前記作動ガスを供給する構成を採用してもよい。
【0018】
帯電緩和モードでは、第1ガス供給部および第2ガス供給部の両方から並行してホールスラスタに作動ガスを供給する。これにより、プラズマをより効率的に発生させることができる。
【0019】
<7>上記<1>から<6>に係る帯電緩和装置では、前記複数の物体のうちの1つは、前記電気推進機を搭載した人工衛星である構成を採用してもよい。
【0020】
電気推進機が人工衛星に搭載されている。ここで、プラズマは熱拡散するので、人工衛星における電気推進機の搭載位置を考慮せず、電気推進機の向きや位置の制約が生じない。
【0021】
<8>本発明の一態様に係る放電回避方法は、複数の物体間の電位差による放電を回避する方法であって、上記<1>から<7>のいずれか1項に記載の帯電緩和装置を用い、前記電気推進機から発生する前記プラズマに、前記複数の物体を覆わせる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、人工衛星に搭載された場合において専用の装置を必要とせず機器間の放電を防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の一実施形態に係る帯電緩和装置が搭載された人工衛星を示す図である。
【
図2】
図1に示す帯電緩和装置を構成するホールスラスタの拡大図である。
【
図3】
図1に示す帯電緩和装置の制御ブロック図である。
【
図4】
図1に示す帯電緩和装置によって発生したプラズマが人工衛星及び対象物を覆っている状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、
図1から
図4を参照し、本発明の一実施形態に係る帯電緩和装置110を説明する。
図1に示すように、本実施形態に係る帯電緩和装置110は、例えば人工衛星Sに搭載される。
【0025】
(人工衛星)
人工衛星Sは、本体Bと、ソーラーパネルPと、ロボットアームAと、ホールスラスタ100と、を備えている。ソーラーパネルP,ロボットアームA、ホールスラスタ100はそれぞれ、本体Bに設置されている。人工衛星Sは、例えば、ソーラーパネルPによって稼働する。ロボットアームAは、宇宙空間Gに浮遊する対象物Dを、人工衛星Sにドッキングするために用いられる。
【0026】
(ホールスラスタ)
ホールスラスタ100は、プラズマPLを噴射して人工衛星Sの推力を担う推力発生装置(電気推進機)として機能する。人工衛星Sは、この推力によって、宇宙空間Gを移動したり、姿勢を制御したりする。なお、ホールスラスタ100が推力を発生させるときに、ホールスラスタ100からプラズマPL(イオン)が噴射する方向を、噴射方向Jと呼ぶ。ホールスラスタ100は、プラズマPLの噴射時に生じる反作用によって推力を生じさせる。
【0027】
図2及び
図3に示すように、ホールスラスタ100は、スラスタヘッド10と、アノード電極31と、カソード電極20と、キーパー電極30と、第1電源40と、第2電源41と、電磁コイル70と、ヒータ71と、第1ガス供給管51と、第2ガス供給管52と、流量調整器60と、制御装置80と、を備える。
【0028】
スラスタヘッド10は、底部11と、外周部12と、中央部13と、を備えている。底部11は、スラスタヘッド10のうち、最も本体Bに近い部分である。外周部12および中央部13は、底部11から噴射方向Jに延びる。外周部12は、スラスタヘッド10の外周を構成する。外周部12は、筒状である。中央部13は、外周部12に対して、外周部12の径方向の内側に位置する。中央部13は、外周部12における前記径方向の中央に位置する。
【0029】
スラスタヘッド10には、噴射方向Jに開口する環状のチャンネル14(溝)が設けられている。チャンネル14は、前述した底部11、外周部12、中央部13によって形成される。前記プラズマPLは、チャンネル14から噴射方向Jに噴射される。
チャンネル14には、底部11から噴射方向J(スラスタヘッド10の軸方向)に向かう電場と、外周部12から中央部13(スラスタヘッド10の半径方向)に向かう磁場と、が発生する。これらの電磁場によって、チャンネル14内にホール電流が発生する。
【0030】
アノード電極31、カソード電極20およびキーパー電極30は、互いに電気的に絶縁されている。アノード電極31とカソード電極20との間には、第1電源40が接続される。カソード電極20とキーパー電極30との間には、第2電源41が接続される。その結果、アノード電極31とカソード電極20と間で放電可能であり、カソード電極20とキーパー電極30との間で放電可能である。
【0031】
なお第1電源40の最大電圧は、例えば、1kVであってもよい。第1電源40の正極はアノード電極31に接続される。第1電源40の負極はカソード電極20に接続される。
第2電源41の容量は、第1電源40よりも小さくてもよい。第2電源41の最大電圧は、例えば、300Vであってもよい。第2電源41の正極はキーパー電極30に接続される。第2電源41の負極はカソード電極20に接続される。
第1電源40や第2電源41には、例えば、ソーラーパネルPで発電された電力が供給される。
【0032】
アノード電極31は、スラスタヘッド10の底部11に配置されている。カソード電極20およびキーパー電極30は、互いに電気的に絶縁された状態で、スラスタヘッド10の中央部13に配置されている。
アノード電極31およびカソード電極20は、チャンネル14内の前記電場を発生させる。アノード電極31は、前記電場のアノードとなる。カソード電極20は、前記電場のカソードとなる。
【0033】
なおカソード電極20は、前記電場を発生させる役割に加え、チャンネル14から噴射するプラズマPLに電子を供給する役割も備えている。プラズマPLは、カソード電極20から電子が供給されることで電気的に中和される。カソード電極20は、これらの役割を達成可能な他の形態に適宜変更可能である。
【0034】
本実施形態に係るホールスラスタは、カソード電極20がスラスタヘッド10の中央部13に配置された、いわゆるセンターカソードホールスラスタである。しかしながら、カソード電極20がスラスタヘッド10の外部に位置する構成を採用することも可能である。ただし、
図2に示すようなセンターカソードホールスラスタでは、後述するように、カソード電極20に対して物理的に近くに位置するチャンネル14に作動ガスが供給されるため、低電力で密度が高いプラズマPLを発生させやすいという利点がある。
【0035】
電磁コイル70は、チャンネル14内の前記磁場を発生させる。電磁コイル70は、例えば、スラスタヘッド10に配置される。電磁コイル70は、スラスタヘッド10の中央部13に配置されている。
ヒータ71は、カソード電極20(熱電子放出材)を加熱する。
【0036】
第1ガス供給管51および第2ガス供給管52は、プラズマPLとなる作動ガスをスラスタヘッド10に供給する。第1ガス供給管51および第2ガス供給管52には、例えば、作動ガスが収容された不図示のガスタンクが接続される。作動ガスには、例えば、キセノンガスが適用される。第1ガス供給管51は、ホールスラスタ100起動時に、プラズマPLを着火するために用いられる。第2ガス供給管52は、ホールスラスタ100起動後、プラズマPLによって推力を発生させるために用いられる。
【0037】
第1ガス供給管51は、カソード電極20とキーパー電極30との放電時における電子が供給されるように、スラスタヘッド10に作動ガスを供給する。
第2ガス供給管52は、カソード電極20とアノード電極31との放電時における電子が供給されるように、スラスタヘッド10に作動ガスを供給する。第2ガス供給管52は、底部11からチャンネル14内に噴射方向Jに向けて作動ガスを供給する。
なお、アノード電極31や、カソード電極20、キーパー電極30、第1ガス供給管51、第2ガス供給管52の配置や形状は、例えば、各電極31、20、30や供給管51、52の相対的な関係に応じて適宜、設定することが可能である。
【0038】
第1ガス供給管51及び第2ガス供給管52には、流量調整器60が設けられている。流量調整器60は、第1ガス供給管51や第2ガス供給管52における作動ガスの流量を制御する。流量調整器60は、例えば、電磁弁などを含む。
制御装置80は、上記各構成を制御する。制御装置80としては、例えば、コンピューターなどが挙げられる。制御装置80は、例えば、第1電源40、第2電源41、電磁コイル70、ヒータ71、流量調整器60をそれぞれ制御する。制御装置80は、例えば、ソーラーパネルPからの給電によって動作する。制御装置80は、人工衛星S全体の制御装置と兼用であってもよい。
【0039】
(ホールスラスタの通常動作(推力発生モード))
ホールスラスタ100は、人工衛星Sに推力を生じさせる際、例えば、以下の<1>~<4>のように動作する。これらの各手順は、例えば、前記制御装置によって実施される。なお、以下の手順は一例であり、この手順に限られない。これらの各手順は、制御装置80によって制御される。
【0040】
<1>まず本実施形態では、ヒータ71がカソード電極20(熱電子放出材)を加熱する。カソード電極20の目標温度は、例えば、1000℃~1600℃程度である。カソード電極20の目標温度は、例えば、熱電子や放射温度計などにより測定することができる。なおヒータ71の加熱はなくてもよく、その場合、ヒータ71が無くてもよい。ここで、例えば、プラズマPLの常温着火が実現可能であれば、ヒータ71の加熱が省略可能である。常温着火は、例えば、カソード電極20の形状を工夫したり、カソード電極20とキーパー電極30との間に高電圧を印加したりすることにより、実現可能である。
【0041】
<2>カソード電極20が目標温度まで昇温した後、下記(a)~(d)が実施される。
(a)第1ガス供給管51がスラスタヘッド10に作動ガスを供給する。
(b)第2電源41がキーパー電極30とカソード電極20との間に電圧を印加する。その結果、キーパー電極30とカソード電極20との間で放電が生じる。
(c)第2ガス供給管52がスラスタヘッド10に作動ガスを供給する。
(d)電磁コイル70が起動される。その結果、チャンネル14内に磁場が発生する。
【0042】
なお、これらの(a)~(d)の実施順序は適宜変更可能である。(a)~(d)は、例えば、順次、即座に(例えば、ミリ秒単位で)実施される。
上記(a)および(b)が実施されことで、第1ガス供給管51からの作動ガスが、キーパー電極30とカソード電極20との間の放電で着火され、プラズマPLが発生する。
【0043】
<3>上記(a)~(d)が実施された後、即座に(例えば、ミリ秒単位で)、第1電源40が、アノード電極31とカソード電極20との間に電圧を印加する。その結果、アノード電極31とカソード電極20との間で放電が生じ、チャンネル14内に電場が発生する。ここで、上記(d)を実施していることで、チャンネル14内に磁場が生じており、これらの磁場および電場によって、チャンネル14内にホール電流が発生する。
【0044】
上記(c)を実施していることで第2ガス供給管52からチャンネル14内に供給されている作動ガスは、チャンネル14内に生じるホール電流や、上記(a)、(b)を経て生じたプラズマPLにより電離が促進される。作動ガスから電離された電子はホール電流としてチャンネル14内を流れる。作動ガスから電子が電離したイオン(例えば、キセノンイオン)は、チャンネル14内を噴射方向Jに移動し、かつ、このイオンに、カソード電極20から電子が供給される。その結果、チャンネル14内からプラズマPLが噴射方向Jに噴射され、推力が生じる。
【0045】
<4>その後、即座に(例えば、ミリ秒単位で)第2電源41によるキーパー電極30とカソード電極20との間の電圧の印加が停止される。これにより、ホールスラスタ100が、定常推力発生状態となる。
なお以上のように、キーパー電極30は、通常はカソード電極20への通電を開始するためのイグナイタとしてのみ用いられ、定常作動時は用いない。キーパー電極30は、ホールスラスタ100の起動時において最初にプラズマPLを生成する時の100~1000ミリ秒程度のみ通電される。すなわち、上記(d)の際に第2電源41が起動した後、推力が発生して第2電源41が停止するまで(上記<d>まで)の時間は、100~1000ミリ秒程度である。
【0046】
また上記ホールスラスタ100では、キーパー電極30を利用して生成されたプラズマPLがアノード電極31の周囲にある状態で、アノード電極31への通電が開始し、キーパー電極30への通電が停止することで、ホールスラスタ100の動作が、推力を生じうる量及び速度のプラズマPLの生成(主放電)に切り替わる。具体的には、第1電源40によるアノード電極31への通電が開始された状態で、第1電源40によるアノード電極31への電圧を高くしたり、電磁コイル70によって磁場を印加したりすることで、プラズマPLが高速で放出されて推力が得られる。このようにして、ホールスラスタ100が人工衛星Sの推力装置として(推力発生モードとして)作動する。
【0047】
(ホールスラスタの帯電緩和装置としての利用(帯電緩和モード))
図1に示すように、宇宙空間Gにおいては、対象物Dと宇宙空間Gとの間における対象物電位Vdや、人工衛星Sと宇宙空間Gとの間における衛星電位Vsが存在する。対象物電位Vdと衛星電位Vsとが異なる場合、対象物電位Vdと衛星電位Vsとの間に電位差Vaが生じる。対象物Dと人工衛星Sとのドッキング時に、前記電位差Vaによって、対象物Dと人工衛星S(ロボットアームA)との間に放電が発生することがある。
【0048】
本実施形態では、ホールスラスタ100が、この放電を回避するための帯電緩和装置110としても機能する。本実施形態に係るホールスラスタ100は、通常時には、推力発生装置として利用され、人工衛星Sと対象物Dとのドッキング時には、帯電緩和装置として利用される。本実施形態では、ホールスラスタ100が、推力発生装置と、帯電緩和装置110と、を兼ねている。ホールスラスタ100は、推力発生モードと、帯電緩和モードと、が切り替え可能である。
【0049】
なお対象物Dは、例えば、軌道上サービスの対象となる他の人工衛星Sや、ロケットデブリ等が挙げられる。これらの対象物Dと人工衛星Sとがドッキングする場所として特に考えられる場所は、例えば、極軌道のオーロラオーバル内や静止軌道、中間軌道である。これらの場所は、宇宙空間Gにおいて特に高エネルギーの電子が存在する領域である。ホールスラスタ100は、上述の現場において特に、帯電緩和装置110として好適に用いられる。
【0050】
図3に示すように、帯電緩和装置110は、ホールスラスタ100と、制御装置80と、衛星電位センサPSと、を備えている。衛星電位センサPSは、人工衛星Sと宇宙空間Gとの間における電位を測定する。衛星電位センサPSの測定結果は、制御装置80に送られる。制御装置80は、衛星電位センサPSの測定結果に基づいて、人工衛星Sと対象物Dとの電位差Vaを推定可能である。制御装置80は、衛星電位センサPSの測定結果に基づいて、ホールスラスタ100の運転を制御する。
【0051】
(放電回避方法)
本実施形態では、放電を回避するため、
図4に示すように、ホールスラスタ100によって発生したプラズマPLの拡散(熱拡散)によって、人工衛星SのロボットアームAが対象物Dとドッキングする部位が覆われるようにする。これにより、人工衛星S及び対象物Dの帯電が緩和され、人工衛星Sと対象物Dの間の放電が回避される。
【0052】
なお、放電を回避可能とするためには、ロボットアームAが対象物Dとドッキングする部位及びその周辺におけるプラズマPLの密度が、1011/m3以上であることが好ましい。人工衛星SのロボットアームAが最大限展開し、ロボットアームAの先端と対象物Dとの最短距離が0.01mである状態において、ロボットアームA及び対象物Dの全体を含む領域のプラズマPLの密度が、上述の密度となればより確実に放電回避が可能である。また、人工衛星Sと対象物Dとのドッキングには、最大1.5時間程度必要とする。このため、上記時間だけプラズマPLの密度を保つ必要がある。
【0053】
帯電緩和を目的としたプラズマPLの生成を、上述の<1>~<4>に示すようなホールスラスタ100の通常作動(推力発生モード)により行っても、生成したプラズマPLが人工衛星Sの周囲に留まらず、プラズマPLによる帯電緩和ができない。このため、本実施形態においては、帯電緩和を目的としたプラズマPLの生成は、主にキーパー電極30とカソード電極20との間の通電によって行う。
【0054】
つまり、本実施形態においては、キーパー電極30とカソード電極20との間の通電を、キーパー電極30をイグナイタとしてのみ用いる場合よりも長く行う(帯電緩和モード)。すると、アノード電極31とカソード電極20との間の通電によってプラズマPLを生成した場合と比較して、プラズマPLの射出速度が低く(低速プラズマ)推力を発生しない上、消費電力も小さい(例えば、1/10以下程度)。
【0055】
帯電緩和モードでは、推力発生モードとして示した手順<1>~<4>のうち、上記<1>が同様に実施され、カソード電極20が昇温される。ただし、この<1>は必須ではない。また、<1>において、目標とするカソード電極20の温度が、通常動作時と異なっていてもよい。
【0056】
また上記<2>のうち、(a)、(b)が実施され、第1ガス供給管51がスラスタヘッド10に作動ガスを供給し、かつ、第2電源41がキーパー電極30とカソード電極20との間に電圧を印加する。その結果、プラズマPLが発生する。
なおこのとき、(c)および(d)の両方、または、一方のみを更に実施してもよい。この場合、第2ガス供給管52がチャンネル14内に作動ガスを供給したり、チャンネル14内に磁場が発生したりすることで、プラズマPLの発生が更に促進される。
【0057】
ただし、上記通常動作時と異なり、上記<3>、<4>は実施しない。すなわち、アノード電極31とカソード電極20との間への電圧の印加や、キーパー電極30とカソード電極20との間への電圧の印加の停止は、実施しない。
このように、推力を必要としない帯電緩和用途(帯電緩和モード)においては、キーパー電極30とカソード電極20との間へ通電することで、推力が生じないプラズマPL、言い換えると、帯電緩和に特化したプラズマPLが、少ない消費電力によって効率的に生成される。
【0058】
キーパー電極30とカソード電極20との間への通電に加えて、加速電圧の制御(例えば、キーパー電極30とカソード電極20へ印加する電圧の制御や、アノード電極31とカソード電極20へ印加する電圧の制御)により、プラズマPLが高速で放出されない。これにより、プラズマPLがホールスラスタ100の周辺に留まるようにしつつ、効率的にプラズマPLを生成する。
なおこのとき、上記(b)のようなカソード電極20の作動(キーパー電極30とカソード電極20のとの間の通電)に加えて、上記(d)のような磁場印加が追加されると、カソード電極20によって生成されるプラズマPLが整流される。その結果、推力は実質的に発生しないものの、プラズマPLが、ホールスラスタ100の直近だけでなく遠方まで拡散しやすくなることが期待される。
【0059】
帯電緩和モードでは、第1ガス供給管51からより多くの作動ガスを噴射することによって、より多くのプラズマPLを生成することができる。そのため、本実施形態における第1ガス供給管51は、単にプラズマPLを着火するために用いられる場合の流量よりも多く作動ガスを流せる仕様にしてもよい。
【0060】
本実施形態において、スラスタヘッド10への作動ガスの供給は、ホールスラスタ100の構成部品である第1ガス供給管51又は第2ガス供給管52からされている。より多くのプラズマPLを生成、拡散するために、これに加えて、他のガス供給管や、ホールスラスタ100とは別系統のケミカルスラスタから作動ガスをスラスタヘッド10に供給してもよい。例えば、2台以上のホールスラスタ100が人工衛星Sに搭載されている場合であって、1台のホールスラスタ100が、作動ガスを供給する系統以外の系統で故障したとき、故障しているホールスラスタ100から作動ガスのみを噴射させ、故障していないホールスラスタ100におけるプラズマPLの生成、拡散を促進させてもよい。
【0061】
以上説明したように、本実施形態に係る帯電緩和装置110によれば、ホールスラスタ100から発生するプラズマPLが、複数の物体(対象物D、人工衛星S)を覆う。つまり、電気推進機として用いられるホールスラスタ100を、帯電緩和装置110として用いる。これにより、この帯電緩和装置110が人工衛星Sに搭載された場合において、専用の装置を別途備えることを不要とすることができる。よって、人工衛星Sにおける電力リソースを節約したり、質量の増加を回避したり、人工衛星Sにおける帯電対策設計を簡素化したりできる。
【0062】
帯電緩和モードでは、アノード電極31とカソード電極20との間に電圧を印加せずにキーパー電極30とカソード電極20との間に電圧を印加し続けた状態で、ホールスラスタ100からプラズマPLを発生させる。これにより、帯電緩和モードにおける電力を必要最小限にするとともに、推力の発生を抑えることができる。
【0063】
帯電緩和モードでは、複数の物体間の電位差(衛星電位センサPSの測定結果)に基づいて、ホールスラスタ100を制御する。これにより、複数の物体間の電位差に基づいて、ホールスラスタ100からプラズマPLを適切に発生させることができる。
【0064】
帯電緩和モードでは、カソード電極20とキーパー電極30との間に電圧を印加しつつ、ホールスラスタ100に磁場を電磁コイル70によって印加する。これにより、プラズマPLをより効率的に発生させることができる。
【0065】
帯電緩和モードでは、第1ガス供給管51からホールスラスタ100に作動ガスを供給する。これにより、例えば、第1ガス供給管51からの作動ガスの流量を増加させることで、カソード電極20によって発生するプラズマPLの密度を向上させたり、電荷交換イオンの生成を促進したりすることができる。
【0066】
帯電緩和モードでは、第1ガス供給管51および第2ガス供給管52の両方から並行してホールスラスタ100に作動ガスを供給する。これにより、プラズマPLをより効率的に発生させることができる。
【0067】
ホールスラスタ100が人工衛星Sに搭載されている。ここで、プラズマPLは熱拡散するので、人工衛星Sにおけるホールスラスタ100の搭載位置を考慮せず、ホールスラスタ100の向きや位置の制約が生じない。
【0068】
なお、本発明の技術的範囲は前記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
例えば、ホールスラスタ100を用いて物体間の電位差Vaによる放電を回避する方法は、地上において用いてもよい。例えば、半導体製造工程に適用してもよい。また、SEM(走査電子顕微鏡)等、電子線やイオンビームを使った分析機器内部における帯電緩和に適用してもよい。
帯電緩和モードにおいて、電磁コイル70による磁場の印加や、第2ガス供給管52からの作動ガスの供給はなくてもよく、帯電緩和モードにおけるホールスラスタ100の消費電力を必要最小限としてもよい。
本実施形態に係る帯電緩和装置110はホールスラスタ100を含むとした。これに限らず、帯電緩和装置110は、ホールスラスタ100に限らずイオンエンジンをはじめとする他の電気推進装置を用いても良い。
また、スラスタヘッド10から噴射されるプラズマPLを中和させる構造として、例えば、電界放出型電子源や熱電子源などを採用してもよい。
【0069】
その他、本発明の趣旨に逸脱しない範囲で、前記実施形態における構成要素を周知の構成要素に置き換えることは適宜可能であり、また、前記した変形例を適宜組み合わせてもよい。
【符号の説明】
【0070】
20 カソード電極
30 キーパー電極
31 アノード電極
40 第1電源
41 第2電源
51 第1ガス供給管(第1ガス供給部)
52 第2ガス供給管(第2ガス供給部)
100 ホールスラスタ(電気推進機)
110 帯電緩和装置
D 対象物(物体)
PL プラズマ
S 人工衛星(物体)
Va 電位差