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特開2023-163398脂質及び色素の共生産能を有する緑藻
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023163398
(43)【公開日】2023-11-10
(54)【発明の名称】脂質及び色素の共生産能を有する緑藻
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/12 20060101AFI20231102BHJP
   C12P 7/6431 20220101ALI20231102BHJP
   C12P 7/6427 20220101ALI20231102BHJP
   A23L 33/12 20160101ALI20231102BHJP
   A23L 33/115 20160101ALI20231102BHJP
   A23L 5/46 20160101ALI20231102BHJP
   A23L 5/44 20160101ALI20231102BHJP
   C12P 5/00 20060101ALI20231102BHJP
   C12P 17/18 20060101ALI20231102BHJP
   C12P 7/6409 20220101ALI20231102BHJP
   A61K 31/409 20060101ALI20231102BHJP
   A61K 31/122 20060101ALI20231102BHJP
   A61K 31/20 20060101ALI20231102BHJP
   A61K 31/201 20060101ALI20231102BHJP
   A61K 31/202 20060101ALI20231102BHJP
   A61K 36/05 20060101ALI20231102BHJP
   A61P 39/06 20060101ALI20231102BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20231102BHJP
   A61K 8/9722 20170101ALI20231102BHJP
   A61K 8/67 20060101ALI20231102BHJP
   A61K 8/31 20060101ALI20231102BHJP
   A61K 8/36 20060101ALI20231102BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20231102BHJP
   A23K 10/30 20160101ALI20231102BHJP
   A61K 31/015 20060101ALI20231102BHJP
【FI】
C12N1/12 C ZNA
C12N1/12 A
C12P7/6431
C12P7/6427
C12N1/12 Z
A23L33/12
A23L33/115
A23L5/46
A23L5/44
C12P5/00
C12P17/18 B
C12P7/6409
A61K31/409
A61K31/122
A61K31/20
A61K31/201
A61K31/202
A61K36/05
A61P39/06
A61P29/00
A61K8/9722
A61K8/67
A61K8/31
A61K8/36
A61Q19/00
A23K10/30
A61K31/015
【審査請求】未請求
【請求項の数】28
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022074294
(22)【出願日】2022-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】504203572
【氏名又は名称】国立大学法人茨城大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】朝山 宗彦
【テーマコード(参考)】
2B150
4B018
4B064
4B065
4C083
4C086
4C088
4C206
【Fターム(参考)】
2B150AA01
2B150AB02
2B150DD47
4B018MA01
4B018MA04
4B018MD10
4B018MD13
4B018MD89
4B018ME02
4B018ME07
4B018ME14
4B064AB06
4B064AD87
4B064AD88
4B064AD89
4B064AE48
4B064AE54
4B064AE57
4B064CA08
4B064CC03
4B064CC04
4B064CC06
4B064CC12
4B064CC30
4B064CE02
4B064CE08
4B064CE10
4B064CE16
4B064DA01
4B064DA08
4B064DA10
4B064DA11
4B065AA83X
4B065AC09
4B065AC14
4B065AC16
4B065BA22
4B065BC03
4B065BC07
4B065BC08
4B065BC48
4B065BD01
4B065BD13
4B065BD16
4B065CA02
4B065CA03
4B065CA13
4B065CA18
4B065CA41
4B065CA43
4B065CA44
4B065CA50
4B065CA52
4C083AA021
4C083AA121
4C083AC011
4C083AC031
4C083AC241
4C083AC251
4C083AC851
4C083AD621
4C083CC03
4C086AA01
4C086CB04
4C086GA17
4C086HA28
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA52
4C086MA63
4C086NA14
4C086ZA89
4C086ZB11
4C086ZC37
4C088AA15
4C088BA18
4C088MA52
4C088MA63
4C088NA14
4C088ZA89
4C088ZB11
4C088ZC37
4C206AA01
4C206BA02
4C206CA08
4C206CB25
4C206DA03
4C206DA04
4C206DA05
4C206KA18
4C206MA01
4C206MA04
4C206MA72
4C206MA83
4C206NA14
4C206ZA89
4C206ZB11
4C206ZC37
(57)【要約】
【課題】脂質及び色素の生産に有用な微細藻類の提供。
【解決手段】コーラストレラ・エスピー(Coelastrella sp.)D3-1株(受託番号FERM P-22443)又は脂質及び色素の共蓄積能を有するその派生株である緑藻細胞、並びに、その緑藻細胞を用いた脂質及び/又は色素の製造方法、その緑藻細胞由来の脂溶性成分抽出物とその用途。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
受託番号FERM P-22443を有するコーラストレラ・エスピー(Coelastrella sp.)D3-1株、又は脂質及び色素の共蓄積能を有するその派生株である、緑藻細胞。
【請求項2】
請求項1に記載の緑藻細胞を、29℃以上で培地で培養することを含む、緑藻細胞の培養方法。
【請求項3】
請求項1に記載の緑藻細胞を、29℃以上で培地で培養し、細胞内に蓄積された脂質及び/又は色素を回収することを含む、脂質及び/又は色素の製造方法。
【請求項4】
前記脂質がパルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、及びリノレン酸からなる群から選択される少なくとも1つの脂肪酸を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記色素が、βカロテン、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンからなる群から選択される少なくとも1つのカロテノイドを含む、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記色素が、クロロフィルa及びクロロフィルbからなる群から選択される少なくとも1つのクロロフィルを含む、請求項3に記載の方法。
【請求項7】
前記培地が液体培地又は固形培地である、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項8】
前記培地がBG11培地、若しくは希釈BG11培地、又はそれらの栄養源欠乏培地である、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項9】
希釈BG11培地が、5倍希釈したBG11培地である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記緑藻細胞を30~50℃で培養する、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項11】
前記培養を、白色光の照射下、又は白色光と赤色光の照射下で行う、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項12】
前記緑藻細胞を、希釈BG11液体培地で、COガス供給下、かつ、白色光、又は白色光と赤色光の照射下で、少なくとも5日間攪拌しながら培養し、前記緑藻細胞を緑色相から赤色相に移行させる、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項13】
前記緑藻細胞を、BG11固形培地又は希釈BG11固形培地で、白色光と赤色光の照射下で少なくとも26日間培養し、前記緑藻細胞を緑色相から赤色相に移行させる、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項14】
請求項1に記載の緑藻細胞由来の、カロテノイド及び/又はクロロフィルを含む脂溶性成分抽出物。
【請求項15】
βカロテン、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンからなる群から選択される少なくとも1つのカロテノイドを含む、請求項14に記載の脂溶性成分抽出物。
【請求項16】
脂溶性色素組成比率で少なくとも10w/w%のエキネノン及び少なくとも30w/w%のカンタキサンチンを含む、請求項15に記載の脂溶性成分抽出物。
【請求項17】
パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、及びリノレン酸からなる群から選択される少なくとも1つの脂肪酸を含む脂質を含む、請求項14に記載の脂溶性成分抽出物。
【請求項18】
請求項1に記載の緑藻細胞、又は請求項14~17のいずれか1項に記載の脂溶性成分抽出物を含む、抗酸化剤又は抗炎症剤。
【請求項19】
請求項1に記載の緑藻細胞、又は請求項14~17のいずれか1項に記載の脂溶性成分抽出物を含む食品。
【請求項20】
請求項1に記載の緑藻細胞、又は請求項14~17のいずれか1項に記載の脂溶性成分抽出物を含む飼料。
【請求項21】
請求項1に記載の緑藻細胞、又は請求項14~17のいずれか1項に記載の脂溶性成分抽出物を含む化粧品。
【請求項22】
請求項1に記載の緑藻細胞、又は請求項14~17のいずれか1項に記載の脂溶性成分抽出物を含む医薬品。
【請求項23】
抗酸化効果又は抗炎症効果をもたらすための、請求項19に記載の食品。
【請求項24】
抗酸化効果又は抗炎症効果をもたらすための、請求項20に記載の飼料。
【請求項25】
抗酸化効果又は抗炎症効果をもたらすための、請求項21に記載の化粧品。
【請求項26】
抗酸化効果又は抗炎症効果をもたらすための、請求項22に記載の医薬品。
【請求項27】
請求項1に記載の緑藻細胞を、300ppm以上の濃度の次亜塩素酸又はその塩で処理することを含む、前記緑藻細胞を殺菌する方法。
【請求項28】
請求項20に記載の飼料を非ヒト動物に給餌することを含む、非ヒト動物の飼養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂質及び色素の共生産能を有する緑藻に関する。
【背景技術】
【0002】
微細藻類は、一般に、高い増殖力と光合成(炭酸ガス固定)能を有し、また安価な培地で培養可能であることから、モノづくり(バイオリファイナリー)に利用するのに適している。微細藻類の1種であり真核光合成微生物である緑藻を用いた有用物質生産として、これまでに、クロレラ、パラクロレラ、セデムスムス、イカダモ、又はクラミドモナス等を用いた主に中性脂肪(トリアシルグリセロール;TAG)又は菌体外多糖(EPS)の生産や、ヘマトコッカスを用いたカロテノイド(赤系色素)の1種であるアスタキサンチンの生産などが知られている(特許文献1~3)。一方で、例えば、本発明者らが見出した高い脂質生産能を有する緑藻パラクロレラ属BX1.5株(特許文献4)は、カロテノイドを高生産することはできない。
【0003】
赤系色素に属するβカロテノイド類は、βカロテン(朱色)→エキネノン(朱色)→カンタキサンチン(朱色)→アスタキサンチン(真紅)の合成経路で生産されることが知られている。βカロテノイド類は光合成微生物のみならず、パラコッカスやラビンチュラなど非光合成微生物でも生産されることから、非光合成微生物由来の赤色素合成遺伝子を植物、ラン藻、又は大腸菌へ導入した遺伝子組み換え体を作製してアスタキサンチン生産効率の向上を目指す試みもなされている(非特許文献1~3)。一方、緑藻コーラストレラ(Cloelastrella)も、脂質やカロテノイドを生産することが知られている(非特許文献4)が、その生産量は必ずしも十分ではなく、生産特性は株によって大きく異なる。またコーラストレラの培養温度は一般に15~25℃の低温であり、生産効率向上には適していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2015-42186号公報
【特許文献2】特開2016-111984号公報
【特許文献3】特開2017-158587号公報
【特許文献4】特開2019-17328号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Park SY et al., Metabolic Engineering (2018) 49, p.105-115
【非特許文献2】Hasunuma T et al., The Plant Journal (2008) 55, p.857-868
【非特許文献3】Hasunuma T et al., ACS Synthetic Biology (2019) 8, p.2701-2709
【非特許文献4】Abe K et al., Food Chemistry (2007) 100, p.656-661
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、脂質及び色素の生産に有用な微細藻類を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、脂質及び色素を生産し細胞内に蓄積できるコーラストレラ・エスピー(Coelastrella sp.)D3-1株の取得に成功し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] 受託番号FERM P-22443を有するコーラストレラ・エスピー(Coelastrella sp.)D3-1株、又は脂質及び色素の共蓄積能を有するその派生株である、緑藻細胞。
[2] 上記[1]に記載の緑藻細胞を、29℃以上で培地で培養することを含む、緑藻細胞の培養方法。
[3] 上記[1]に記載の緑藻細胞を、29℃以上で培地で培養し、細胞内に蓄積された脂質及び/又は色素を回収することを含む、脂質及び/又は色素の製造方法。
[4] 前記脂質がパルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、及びリノレン酸からなる群から選択される少なくとも1つの脂肪酸を含む、上記[3]に記載の方法。
[5] 前記色素が、βカロテン、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンからなる群から選択される少なくとも1つのカロテノイドを含む、上記[3]又は[4]に記載の方法。
[6] 前記色素が、クロロフィルa及びクロロフィルbからなる群から選択される少なくとも1つのクロロフィルを含む、上記[3]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7] 前記培地が液体培地又は固形培地である、上記[2]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8] 前記培地がBG11培地、若しくは希釈BG11培地、又はそれらの栄養源欠乏培地である、上記[2]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9] 希釈BG11培地が、5倍希釈したBG11培地である、上記[8]に記載の方法。
[10] 前記緑藻細胞を30~50℃で培養する、上記[2]~[9]のいずれかに記載の方法。
[11] 前記培養を、白色光の照射下、又は白色光と赤色光の照射下で行う、上記[2]~[10]のいずれかに記載の方法。
[12] 前記緑藻細胞を、希釈BG11液体培地で、COガス供給下、かつ、白色光、又は白色光と赤色光の照射下で、少なくとも5日間攪拌しながら培養し、前記緑藻細胞を緑色相から赤色相に移行させる、[2]~[11]のいずれかに記載の方法。
[13] 前記緑藻細胞を、BG11固形培地又は希釈BG11固形培地で、白色光と赤色光の照射下で少なくとも26日間培養し、前記緑藻細胞を緑色相から赤色相に移行させる、上記[2]~[11]のいずれかに記載の方法。
[14] 上記[1]に記載の緑藻細胞由来の、カロテノイド及び/又はクロロフィルを含む脂溶性成分抽出物。
[15] βカロテン、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンからなる群から選択される少なくとも1つのカロテノイドを含む、上記[14]に記載の脂溶性成分抽出物。
[16] 脂溶性色素組成比率で少なくとも10w/w%のエキネノン及び少なくとも30w/w%のカンタキサンチンを含む、上記[15]に記載の脂溶性成分抽出物。
[17] パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、及びリノレン酸からなる群から選択される少なくとも1つの脂肪酸を含む脂質を含む、上記[14]~[16]のいずれかに記載の脂溶性成分抽出物。
[18] 上記[1]に記載の緑藻細胞、又は上記[14]~[17]のいずれかに記載の脂溶性成分抽出物を含む、抗酸化剤又は抗炎症剤。
[19] 上記[1]に記載の緑藻細胞、又は上記[14]~[17]のいずれかに記載の脂溶性成分抽出物を含む食品。
[20] 上記[1]に記載の緑藻細胞、又は上記[14]~[17]のいずれかに記載の脂溶性成分抽出物を含む飼料。
[21] 上記[1]に記載の緑藻細胞、又は上記[14]~[17]のいずれかに記載の脂溶性成分抽出物を含む化粧品。
[22] 上記[1]に記載の緑藻細胞、又は上記[14]~[17]のいずれかに記載の脂溶性成分抽出物を含む医薬品。
[23] 抗酸化効果又は抗炎症効果をもたらすための、上記[19]に記載の食品。
[24] 抗酸化効果又は抗炎症効果をもたらすための、上記[20]に記載の飼料。
[25] 抗酸化効果又は抗炎症効果をもたらすための、上記[21]に記載の化粧品。
[26] 抗酸化効果又は抗炎症効果をもたらすための、上記[22]に記載の医薬品。
[27] 上記[1]に記載の緑藻細胞を、300ppm以上の濃度の次亜塩素酸又はその塩で処理することを含む、前記緑藻細胞を殺菌する方法。
[28] 上記[20]又は[24]に記載の飼料を非ヒト動物に給餌することを含む、非ヒト動物の飼養方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、D3-1株を用いて脂質及び色素を効率良く生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1はD3-1株の系統解析の結果を示す図である。D3-1株の18S rDNA領域を含む配列は図中のアクセッション番号LC702913の下でGenBankに登録されているが、当該アクセッション番号及びその登録配列は未公開である。
図2図2はD3-1株を含む緑藻単離株由来のFAMEs分析結果を示すグラフである。図2Aは、BG11-P液体培地で培養した各株の緑藻細胞由来の脂質の脂肪酸組成を示す。縦軸は、各株(横軸)由来のFAMEs総量を100%(1.0)としたときのFAMEs総量中の各FAMEs量の割合(w/w%)を表す。図2Aのグラフにおいて、ドット部はパルミチン酸メチルエステル、黒塗り部はステアリン酸メチルエステル、斜線網掛け部はオレイン酸メチルエステル、横線網掛け部はリノール酸メチルエステル、格子網掛け部はα-リノレン酸メチルエステルを表す。図2Bは、0.2BG11液体培地で培養した各緑藻細胞株(横軸)由来のFAMEs量を、乾燥菌体重量(DCW)に対するFAMEs総量の比率(w/w%)(縦軸)で表す。図2Cは、0.2BG11液体培地で培養した各緑藻細胞株(横軸)由来のFAMEs量を、培養液1リットル当たりのFAMEs総量(mg/L)で表す。
図3図3は培養時間の経過に伴うD3-1株培養液の外観(特に、色)の変化を示す写真である。A:本培養開始から3日後、6日後、9日後、15日後、21日後、及び27日後のフラスコ内の培養液。B:本培養開始前(0日)、本培養開始から3、6、9、12、15、18、21、24、及び27日後に分取して96穴プレートに移した培養液。
図4図4は本培養におけるD3-1株培養液中の細胞量(A)及びカロテノイド量(B)の指標となる吸光度OD730値及びOD465値の継時的変化を示すグラフである。
図5図5は、BIC条件(振とう培養、2% CO)下、白色光(100μmol光量子/m/s)連続照射(W100)下で培養したD3-1株の、本培養開始から5日後と48日後のフラスコ内の培養液の外観を示す写真である。A:BG11液体培地で48日培養後の培養液(表3のNo.9)、B:BG11液体培地で5日培養後の培養液(表3のNo.10)、C:0.2BG11液体培地で5日培養後の培養液(表3のNo.11)。
図6図6は、各培養条件にて寒天培地で培養したD3-1株の26日培養後の呈色状態を示す写真である。A:表3のNo.1、B:表3のNo.2、C:表3のNo.3、D:表3のNo.4、E:表3のNo.5、F:表3のNo.6、G:表3のNo.7、H:表3のNo.8。
図7図7はD3-1株由来の色素のTLC分析の結果を示す。A:D3-1株の朱色細胞由来の色素抽出物のTLC分析結果、B:D3-1株の朱色細胞及び緑色細胞由来の色素抽出物のTLC分析結果の比較、並びに主な色素化合物の構造と一般的な代謝経路及び関連する生合成遺伝子(crtW、crtZ)。
図8図8はD3-1株由来の脂質のTLC分析の結果を示す。
図9図9は4つの培養条件で培養したD3-1株を示す写真である。Rd1.0BGp4mの寒天培地上の増殖画像(A)と顕微鏡画像(B)、Gr1.0BGp2mの寒天培地上の増殖画像(C)と顕微鏡画像(D)、Rd0.2BGc7dの培養液の写真(E)と顕微鏡画像(F)、Gr1.0BGc7dの培養液の写真(G)と顕微鏡画像(H)。
図10図10はBG11培地又はCB培地で生育したD3-1株及びNIES-144株培養液のOD730値(細胞量を示す)の変化を示す。AはD3-1株培養液のOD730値の変化を示すグラフ、及びBG11培地で培養し赤系色素を蓄積したD3-1株の顕微鏡写真を示す。BはNIES-144株培養液のOD730値の変化を示すグラフ、及びCB培地で培養し赤系色素を蓄積したNIES-144株の顕微鏡写真を示す。
図11図11はD3-1株又はNIES-144株由来の色素抽出物についてABTS法で測定した抗酸化能(S%)を示すグラフである。
図12図12はD3-1株由来の色素抽出物の抗炎症能をNO生成量相対値を指標として示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明は、30℃以上でも生育可能なコーラストレラ・エスピー(Coelastrella sp.)D3-1株、並びにD3-1株の培養に基づく脂質及び色素の製造に関する。
【0013】
1)本発明の緑藻
本発明は、コーラストレラ・エスピー(Coelastrella sp.)D3-1株、又は脂質及び色素の共蓄積能を有するその派生株である、緑藻細胞に関する。コーラストレラ・エスピーD3-1株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(NITE-IPOD)(〒292-0818日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に2022年2月4日(受託日)付けで寄託されており、その受託番号はFERM P-22443である。本明細書において、コーラストレラ・エスピー(Coelastrella sp.)D3-1株は「D3-1株」と略記することがある。
【0014】
コーラストレラ・エスピーD3-1株の菌学的性質は次のとおりである。
(a)培養的性質
D3-1株は、静置培養又は培地を攪拌しながら行う液体培養により増殖(生育)・維持することができる。空気若しくはCOガス(炭酸ガス)(好ましくは約0.04~15%)を液体培地に吹き込みながら(通気)培養するか、又は、大気中若しくはCOガス(炭酸ガス)(好ましくは約0.04~15%)を充填した培養インキュベーター内で静置培養又は約30~100rpmの速度で振とう培養することが好ましい。D3-1株は、大気(空気)中で静置培養、又は攪拌しながら培養(振とう培養など)することで増殖(生育)・維持させることができるが、COガス供給下ではその増殖(生育)を促進することができる。D3-1株は、液体培地でも固形培地(寒天培地など)でも培養することができる。D3-1株は、典型的には、BG11培地(組成は後述)、希釈BG11培地又はそれらの改変培地(例えば、栄養源欠乏培地)で培養することができる。培地のpHはpH9~11が好ましいが、中性付近(pH6~8)であってもよい。
【0015】
D3-1株の典型的な培養温度は30℃であるが、より広い培養温度で生育・維持させることができる。
【0016】
D3-1株の培養には光を要しないが、蛍光白色光(白色蛍光灯の光)、LED白色光、LED赤色光などの光照射下で培養することにより、生育を促進し、また脂質・色素などの物質生産を促進することができる。培養時の明暗周期は不要である。
【0017】
(b)形態的・生理学的性質
D3-1株は、BG11液体培地で培養した場合には約3~12μmの直径を有する球形単細胞性の淡水性緑藻(真核光合成微生物)である。D3-1株細胞は、例えば大気(空気)中の静置培養では数ヶ月かけて、緑色(緑色相/グリーンステージ)から徐々に赤味を帯びて朱色(赤色相/レッドステージ)へと変化させることができる。D3-1株の細胞の緑色相から赤色相への変化は、D3-1株細胞が赤系色素(主としてカロテノイド)を生産し細胞内に蓄積することによって生じる。
【0018】
D3-1株は、緑色細胞(緑色相)も朱色細胞(赤色相)も、培養液を直接-80℃で保存することができる。
【0019】
(c)分類学的性質
18Sリボゾーム遺伝子(18SリボゾームRNAコード配列)の塩基配列に基づき、D3-1株はコーラストレラ・オアシスティフォルミス(Coelastrella oocystiformis)(GenBankアクセッション番号KM020088)及びコーラストレラ・コルコンティカ(Coelastrella corcontica)(GenBankアクセッション番号AB037082)に対して99.8%の配列相同性を示し、コーラストレラ属に分類される新種の株として同定された。
【0020】
(d)その他の特徴
D3-1株は、脂質と色素を高生産することができる。本発明では、D3-1株を、29℃以上、好ましくは30℃以上の温度で培養した場合でも、脂質と色素を生産し細胞内にその両方を同時に蓄積することができる。
【0021】
本発明は、上記のコーラストレラ・エスピーD3-1株に由来し、D3-1株と同様に脂質及び色素の共蓄積能を有する派生株である緑藻(緑藻細胞)にも関する。本発明において細胞株の「脂質及び色素の共蓄積能」とは、その細胞株が脂質と色素を細胞内に同時に蓄積することができることを意味する。本発明における「脂質及び色素の共蓄積能」は、例えば、乾燥菌体重量(DCW)1g当たりの脂質量(g)の比率が少なくとも20w/w%、かつ色素量(g)の比率が少なくとも20w/w%となる量で脂質及び色素の両方を細胞内に蓄積できる能力であり得る。本発明におけるD3-1株又はその上記派生株は、29℃以上、好ましくは30℃以上の培養温度で脂質及び色素の共蓄積能を有し得る。D3-1株又はその上記派生株が蓄積する色素は、具体的には、カロテノイド及び/又はクロロフィルを含む。D3-1株又はその上記派生株は、特に、脂質とカロテノイドの共蓄積能を有することを特徴とする。本発明におけるD3-1株の上記派生株は、コーラストレラ・エスピーD3-1株について上述した性質を有することが好ましい。
【0022】
D3-1株の派生株は、例えば、D3-1株の変異株であってよい。変異株としては、以下に限定しないが、例えば、自然突然変異体、遺伝子組換え体、突然変異誘発処理体、プラスミド導入等による形質転換体、倍数化体などが含まれる。
【0023】
また本発明の緑藻細胞(D3-1株又はその脂質及び色素の共蓄積能を有する派生株)は、環境ストレスに対する耐性を有する。本発明の緑藻細胞は、好ましくは、乾燥、UV(紫外線)、酸化(過酸化水素などの酸化剤)、中性~アルカリ処理(pH7~11)、凍結融解、40℃~50℃の加温などの環境ストレスに耐性を示し、生育することができる。
【0024】
2)本発明の緑藻細胞の培養と脂質及び色素生産
本発明では、本発明の緑藻細胞を、D3-1株に適した培養条件で、培養することができる。一実施形態では、本発明の緑藻細胞を、D3-1株の細胞増殖、脂質生産・蓄積、色素生産・蓄積、又は脂質と色素の両方の生産・蓄積に適した培養条件(例えば、後述の培養条件)で、培養することができる。したがって本発明は、本発明の緑藻細胞の培養方法にも関する。
【0025】
本発明の緑藻細胞は、当該細胞に好適な培養温度で培養することができ、とりわけ、29℃以上、例えば30℃以上の培養温度でも好適に増殖(生育)・維持することができる。本発明は、例えば、本発明の緑藻細胞を、29℃以上、好ましくは30℃以上、例えば29~50℃、30℃~50℃、29~45℃、29~42℃、29~40℃、30~45℃、30~42℃、30~40℃、29~35℃、又は30~33℃で培養することを含む、緑藻細胞の培養方法も提供する。但し29℃よりも低い温度で本発明の緑藻細胞を培養することも可能である。本発明の緑藻細胞の培養は、培地、好ましくは当該緑藻細胞の培養に適した培地を用いて行うことができる。
【0026】
本発明の緑藻細胞は、緑藻の一般的な培養温度よりも高い29℃以上、好ましくは30℃以上、例えば29~50℃、30℃~50℃、29~45℃、29~42℃、29~40℃、30~45℃、30~42℃、30~40℃、29~35℃、又は30~33℃、例えば30℃の培養温度で培養した場合でも、脂質と色素を高生産し、細胞内に脂質と色素を共蓄積することができる。
【0027】
本発明の緑藻細胞の培養(前培養及び/又は本培養)には、BG11培地(Blue Green培地)、希釈BG11培地、又はその改変培地(例えば、栄養源欠乏培地)を好適に使用することができる。但し本発明の緑藻細胞の培養に使用され得る培地はこれらに限定されるものではなく、例えばCB培地(C培地とも呼ばれる;実施例において後述)などの、緑藻細胞の培養に使用可能な他の培地であってもよい。本発明の緑藻細胞の培養に使用される培地は、液体培地であってもよいし、寒天培地などの固形培地であってもよい。
BG11液体培地の組成(配合量)を表1に示す。
【0028】
【表1】
【0029】
BG11寒天培地は、BG11液体培地100mLに寒天を適切な量(例えば、0.6w/v%、又は0.5~3w/v%)を添加して作製することができる。
【0030】
希釈BG11培地は、上記組成のBG11培地を水などの水性媒体で希釈した希釈培地である。希釈BG11培地は、BG11培地を、任意の希釈倍率で、例えば1.5倍~30倍、好ましくは2~10倍、より好ましくは3~7倍、さらに好ましくは4~6倍、特に好ましくは5倍に希釈した培地であってよい。5倍に希釈(0.2倍濃度)したBG11培地を、本発明に関して0.2BG11培地と称することがある。希釈BG11培地は、液体培地(希釈BG11液体培地)であってもよいし、寒天培地などの固形培地(希釈BG11寒天培地などの、希釈BG11固形培地)であってもよい。希釈BG11培地を用いることにより、色素、特にカロテノイドをはじめとする脂溶性色素の蓄積をより早めることができる。
【0031】
BG11培地又は希釈BG11培地の改変培地は、例えば、リン源欠乏培地、窒素源欠乏培地などの栄養源欠乏培地であり得る。BG11培地又は希釈BG11培地の栄養源欠乏培地は、BG11培地の組成に基づいて、当業者であれば容易に調製することができる。例えば、窒素源欠乏BG11液体培地は、硝酸態窒素(NaNO)を除外するか又はその配合量を低減(好ましくは、重量比で50%以下に低減)したBG11培地組成に基づいて培地を調製することにより作製することができる。例えば、リン源欠乏BG11液体培地は、リン酸水素二カリウム(KHPO)を除外するか又はその配合量を低減(好ましくは、重量比で50%以下に低減)したBG11培地組成に基づいて培地を調製することにより作製することができる。
【0032】
培地のpHはpH9~11が好ましいが、中性付近(pH6~8)でもよい。
【0033】
本発明の緑藻細胞は、光照射下で培養することが好ましい。光の強度及び/又は波長などの光条件を調整することにより、物質生産能を調整することができる。光照射は、人工光源若しくは太陽光、又はそれらの組み合わせによるものであってよい。人工光源としては、限定するものではないが、例えば、発光ダイオード(LED)、蛍光灯、白熱電球、有機EL、半導体レーザー、高圧ナトリウムランプ、低圧ナトリウムランプ、メタルハライドランプ、キセノンランプ、ハロゲンランプ、水銀ランプなどが挙げられる。光強度(光量子束密度)は、1~1,000μmol光量子/m/s、好ましくは10~300μmol光量子/m/s、より好ましくは10~200μmol光量子/m/s、さらに好ましくは30~200μmol光量子/m/s、より強光条件では70~300μmol光量子/m/s、好ましい強光条件では100~300μmol光量子/m/s、例えば30~100μmol光量子/m/s、70~200μmol光量子/m/s、70~150μmol光量子/m/s、100~200μmol光量子/m/s、又は100μmol光量子/m/sであってよい。細胞培養液に2種類以上の光(例えば、白色光と赤色光)を照射、例えば、同時に照射(混合照射)する場合、光強度は、それらの照射光の合計で、1~1,000μmol光量子/m/s、好ましくは10~300μmol光量子/m/s、より好ましくは10~200μmol光量子/m/s、さらに好ましくは30~200μmol光量子/m/s、より強光条件では70~300μmol光量子/m/s、好ましい強光条件では100~300μmol光量子/m/s、例えば30~100μmol光量子/m/s、70~200μmol光量子/m/s、70~150μmol光量子/m/s、100~200μmol光量子/m/s、又は100μmol光量子/m/sであってよい。本発明では、光強度を強めることにより、色素産生を促進することができる。本発明の緑藻細胞は、光の連続照射(24時間照射)下で培養することが好ましい。
【0034】
本発明の緑藻細胞の培養は、白色光の照射下、又は白色光と赤色光の照射下で(すなわち、白色光、又は白色光と赤色光を照射しながら)行うことが好ましい。一実施形態では、白色光は、蛍光白色光、又はLED白色光であり得る。一実施形態では、白色光は、例えば、1~1,000μmol光量子/m/s、好ましくは10~300μmol光量子/m/s、より好ましくは10~200μmol光量子/m/s、さらに好ましくは30~200μmol光量子/m/s、より強光条件では70~300μmol光量子/m/s、好ましい強光条件では100~300μmol光量子/m/s、特に好ましくは70~200μmol光量子/m/s、例えば30~100μmol光量子/m/s、70~150μmol光量子/m/s、100~200μmol光量子/m/s、又は100μmol光量子/m/sであってよい。白色光と赤色光の照射(例えば、混合照射)を行う場合、赤色光は、波長域600~780nm(例えば、蛍光赤色光、又はLED赤色光)、好ましくは波長域645~680nm、例えば660nm付近にピーク波長を有する光であってよい。白色光と赤色光の照射は、白色光と赤色光を、同程度の光強度(光量子束密度)で、例えば、それぞれ、10~200μmol光量子/m/s、好ましくは30~200μmol光量子/m/s、より好ましくは30~100μmol光量子/m/s、特に好ましくは40~70μmol光量子/m/sで、例えば50μmol光量子/m/sで、好ましくは同時に、緑藻細胞に照射するものであってよい。白色光と赤色光の照射について、同程度の光強度(光量子束密度)とは、白色光の光強度:赤色光の光強度=1:1.2~1.2:1、好ましくは1:1.1~1.1:1、特に好ましくは1:1であることを意味する。合計で同じ光強度であっても、白色光のみの照射よりも、白色光と赤色光の照射(好ましくは、同時照射)の方が色素産生を促進することができる。
【0035】
本発明の緑藻細胞の培養は、静置培養によって又は攪拌しながら培養することによって行うことが好ましい。本発明に関して培養の際に行う「攪拌」は、物理的操作により、細胞を含む培地(通常は、液体培地)をかき混ぜることを意味する。攪拌しながらの培養の例としては、例えば、振とう培養、撹拌子を用いた撹拌培養、高圧空気を利用した曝気攪拌を伴う培養などが挙げられるが、これらに限定されない。振とう培養は、レシプロ式振とう培養、又は揺動式振とう培養であってよいが、それに限定されない。
【0036】
本発明の緑藻細胞の培養は、大気中(0.04% CO下)で行ってもよいが、COガス供給下で行ってもよい。本発明の緑藻細胞は、空気(0.04% CO)若しくはCOガス(0.04%超のCO濃度、例えば1%以上又は1.5%以上、好ましくは2%以上、かつ、好ましくは20%以下、より好ましくは2~10%、例えば、0.04%超~20%、0.04%超~15%、1.5~15%、1.5~10%、1.5~6%、2~6%、1.5~4%、又は2~4%、典型的には2%のCOガス)を液体培地に吹き込むなどして供給しながら培養してもよいし、又は、大気中若しくはCOガス(0.04%超のCO濃度、例えば1%以上又は1.5%以上、好ましくは2%以上、かつ、好ましくは20%以下、より好ましくは2~10%、例えば、0.04%超~20%、0.04%超~15%、1.5~15%、1.5~10%、1.5~6%、2~6%、1.5~4%、又は2~4%、典型的には2%のCOガス)充填下で静置培養又は攪拌しながら培養(振とう培養など;好ましくは30~100rpm、例えば30~50rpm、好ましくは40rpmの速度で行うことができる)してもよい。なおCO(二酸化炭素)ガスの濃度%は、本発明について、v/v%(すなわち、体積/体積%)を意味する。培養時にCOガスを供給するなどして高濃度CO下に菌体培地を置く(曝露する)ことにより、本発明の緑藻細胞の増殖(生育)を促進することができる。
【0037】
本発明の緑藻細胞の培養では脂質が生産され細胞内に蓄積される。本明細書で用いる場合、用語「脂質」は、遊離脂肪酸、及び脂肪酸とアルコールのエステルを包含する。脂肪酸とアルコールのエステルとしては、例えば、アシルグリセロール及びワックスエステルが挙げられる。アシルグリセロールは、脂肪酸とグリセロールがエステル結合した化合物を指し、1分子のグリセロールに3分子の脂肪酸がエステル結合した「トリアシルグリセロール」(TAG;中性脂肪)、1分子のグリセロールに2分子の脂肪酸がエステル結合した「ジアシルグリセロール」、及び1分子のグリセロールに1分子の脂肪酸がエステル結合した「モノアシルグリセロール」が挙げられる。本明細書において「ワックスエステル」とは、脂肪酸と脂肪アルコールがエステル結合した化合物を指す。本発明において、用語「脂肪酸」は、飽和脂肪酸及び不飽和脂肪酸を包含する。一実施形態では、本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質は、中性脂肪(TAG)、ワックスエステル(WE)、ジアシルグリセロール(DG)、及び遊離脂肪酸(FFA)からなる群から選択される少なくとも1つ、少なくとも2つ、少なくとも3つ、又は4つ全てを含み得る。一実施形態では、本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質は、脂質組成比率において、中性脂肪を最も高い組成比率で含むことが好ましい。一実施形態では、本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質は、脂質組成比率において、中性脂肪を最も高い組成比率で含み、ワックスエステルを中性脂肪よりも低い組成比率で含むことが好ましい。一実施形態では、本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質は、脂質組成比率において、中性脂肪を最も高い組成比率で含み、ワックスエステルを中性脂肪よりも低い組成比率で含み、さらに、ジアシルグリセロールをワックスエステルよりも低い組成比率で含むことが好ましい。一実施形態では、本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質は、脂質組成比率において、中性脂肪を最も高い組成比率で含み、ワックスエステルを中性脂肪よりも低い組成比率で含み、ジアシルグリセロールをワックスエステルよりも低い組成比率で含み、さらに、遊離脂肪酸をジアシルグリセロールよりも低い組成比率で含むことが好ましい。一実施形態では、本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質は、脂質組成比率で、少なくとも40w/w%、好ましくは、少なくとも50w/w%、より好ましくは、少なくとも70w/w%の中性脂肪を含み得るが、中性脂肪のその脂質組成比率は、好ましくは90w/w%以下、より好ましくは80w/w%以下、例えば70w/w%以下であってよく、例えば40~90w/w%、40~70w/w%、50~90w/w%、50~80w/w%、50~70w/w%、70~90w/w%、又は70~80w/w%であってもよい。一実施形態では、本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質は、脂質組成比率で、少なくとも50w/w%(好ましくは、少なくとも70w/w%、例えば50~80w/w%又は70~80w/w%)の中性脂肪、少なくとも12w/w%(好ましくは18w/w%以下、例えば12~30w/w%又は12~18w/w%)のワックスエステル、少なくとも7w/w%(好ましくは9w/w%以下、例えば7~11w/w%又は7~9w/w%)のジアシルグリセロール、及び少なくとも1w/w%(好ましくは3w/w%以下、例えば1~6w/w%)の遊離脂肪酸(FFA)を含み得る。本発明において「脂質」は、脂質組成物であってよい。
【0038】
本発明において、「脂質組成比率」とは、脂質総量中の各脂質化合物の比率(%)を意味する。脂質組成比率は、脂質総量の重量と各脂質化合物の重量に基づいてw/w%で表すことができる。あるいは、脂質組成比率(%)は、薄層クロマトグラフィー(TLC)で観察された脂質に相当するバンドの濃さをイメージングアナライザーにより画像解析した結果に基づいて数値化することもでき、それによって、重量測定値から算出されるw/w%値に近似した脂質組成比率(%)を得ることができる。
【0039】
本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質は、炭素数16の脂肪酸(飽和脂肪酸及び不飽和脂肪酸)と炭素数18の脂肪酸(飽和脂肪酸及び不飽和脂肪酸)からなる群から選択される少なくとも1つの脂肪酸を含み、好ましくは、炭素数16の飽和脂肪酸及び/又は不飽和脂肪酸と炭素数18の飽和脂肪酸及び/又は不飽和脂肪酸とを含む。本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質は、炭素数14、20、22又は24以上の脂肪酸(飽和脂肪酸又は不飽和脂肪酸)の少なくとも1つをさらに含んでもよい。本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質は、好ましくは、パルミチン酸(C16:0)、ステアリン酸(C18:0)、オレイン酸(C18:1)、リノール酸(C18:2)、及びリノレン酸(C18:3)からなる群から選択される少なくとも1つの脂肪酸を含む。本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質は、特に、パルミチン酸(C16:0)、ステアリン酸(C18:0)、オレイン酸(C18:1)、リノール酸(C18:2)、及びリノレン酸(C18:3)からなる群から選択される少なくとも2つ、少なくとも3つ、少なくとも4つ、又は5つ全ての脂肪酸を含むことが好ましい。そのような脂質は、別の脂肪酸、例えば、パルミトオレイン酸(C16:1)、C16:2脂肪酸、C16:3脂肪酸、ミリスチン酸(C14:0)、アラキジン酸(C20:0)、及び/又はアラキドン酸(C20:4)、エイコサペンタエン酸(C20:5)、ベヘン酸(C22:0)、ドコサヘキサエン酸(C22:6)などを、さらに含んでもよい。本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質は、上記の脂肪酸を、脂質化合物の構成要素、及び/又は遊離脂肪酸として含み得る。なお本明細書において、脂肪酸及び脂肪酸メチルエステル(fatty acid methyl esters、FAMEs)の表記において「Cx:y」とは、炭素原子数がx個で、二重結合数がy個であることを表す。
【0040】
好ましい実施形態では、本発明の緑藻細胞、例えばその朱色細胞又は緑色細胞により、生産され細胞内に蓄積される脂質は、炭素数16の脂肪酸及び炭素数18の脂肪酸、特に、パルミチン酸及びオレイン酸を高い脂肪酸組成比率で含む。本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質は、脂肪酸組成比率で少なくとも20w/w%(好ましくは少なくとも25w/w%、より好ましくは少なくとも28w/w%、例えば25~35w/w%)のパルミチン酸及び少なくとも28w/w%(好ましくは少なくとも33w/w%、より好ましくは少なくとも35w/w%、例えば33~43w/w%)のオレイン酸を含むことが好ましい。一実施形態では、本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質は、脂肪酸組成比率で少なくとも25w/w%のパルミチン酸及び少なくとも33w/w%のオレイン酸を含むことが好ましい。本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質は、脂肪酸組成比率でパルミチン酸とオレイン酸の合計で少なくとも48w/w%、好ましくは少なくとも58w/w%、例えば少なくとも63w/w%となる量のパルミチン酸及びオレイン酸を含むことが好ましい。本発明において、脂質の脂肪酸組成比率は、脂質に含まれる脂肪酸総量中の各脂肪酸の比率(%)を意味する。脂肪酸組成比率は、脂質中の全脂肪酸をメチルエステル化して得た脂肪酸メチルエステル(FAMEs)の組成比率で表すこともできる。脂肪酸組成比率は、脂肪酸総量(又はFAMEs総量)の重量と各脂肪酸(又は各脂肪酸メチルエステル)の重量に基づいてw/w%で表すことができる。あるいは、脂肪酸組成比率(%)は、イメージングアナライザーを用いた薄層クロマトグラフィー(TLC)画像のバンドの濃さの測定のような画像解析の結果に基づいて算出することもでき、それによって、重量測定値から算出されるw/w%値に近似した脂肪酸組成比率(%)を得ることができる。本発明の緑藻細胞由来の脂質、例えば、脂質抽出物は、パルミチン酸及びオレイン酸を、従来のコーラストレラ由来ものと比較して顕著に多い量で含み、特に食品や飼料での使用に適している。
【0041】
本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質の上記組成及び組成比率は、本発明の緑藻細胞由来の脂溶性成分抽出物においても同様である。
【0042】
本発明の緑藻細胞の培養では色素が生産され細胞内に蓄積される。植物や微生物が生産され細胞内に蓄積される色素は、脂溶性色素と水溶性色素に大別される。本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される色素は、主として脂溶性色素である。脂溶性色素は、クロロフィルとカロテノイドに大別される。カロテノイドはカロテノイド生合成経路により生成される黄色~赤色を呈する各種の赤系色素であり、C4056を基本骨格として有する。カロテノイドとしては、βカロテノイドと称される、βカロテン、エキネノン、及びカンタキサンチン、並びに、キサントフィル群の一つであるアスタキサンチンが挙げられるが、それらに限定されない。一方、クロロフィルの例としては、例えばクロロフィルa、及びクロロフィルbが挙げられるが、それらに限定されない。クロロフィルは、いずれもテトラピロール環を基本骨格としている。
【0043】
本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される色素は、クロロフィルを含む緑系色素及び/又はカロテノイドを含む赤系色素を含む。本発明の緑藻細胞(例えば、朱色細胞(赤色相)又は緑色細胞(緑色相))により生産され細胞内に蓄積される色素は、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンからなる群から選択される少なくとも1つ、少なくとも2つ、又は3つ全てのカロテノイドを含むものであってよい。本発明の緑藻細胞(例えば、朱色細胞(赤色相)又は緑色細胞(緑色相))により生産され細胞内に蓄積される色素は、βカロテン、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンからなる群から選択される少なくとも1つ、少なくとも2つ、少なくとも3つ、又は4つ全てのカロテノイドを含むものであってよく、さらに、そのカロテノイドはエキネノン及び/又はカンタキサンチンを少なくとも含むことが好ましい。本発明の緑藻細胞(例えば、朱色細胞(赤色相)又は緑色細胞(緑色相))により生産され細胞内に蓄積される色素は、βカロテン、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンからなる群から選択される少なくとも1つ、少なくとも2つ、少なくとも3つ、又は4つ全てのカロテノイド、例えば、エキネノン、カンタキサンチン及びアスタキサンチンを含み、それに加えて、クロロフィルa及び/又はクロロフィルbを含むものであってもよい。本発明において「色素」は、色素組成物であってよい。
【0044】
本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される色素は、脂溶性色素組成比率において、カロテノイドの中で、カンタキサンチンを最も高い組成比率で含むことが好ましい。一実施形態では、本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される色素は、脂溶性色素組成比率において、カロテノイドの中で、カンタキサンチンを最も高い組成比率で含み、エキネノンをカンタキサンチンよりも低い組成比率で含むことが好ましい。一実施形態では、本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される色素は、脂溶性色素組成比率において、カロテノイドの中で、カンタキサンチンを最も高い組成比率で含み、エキネノンをカンタキサンチンよりも低い組成比率で含み、さらに、アスタキサンチンをエキネノンよりも低い組成比率で含むことが好ましい。一実施形態では、本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される色素は、脂溶性色素組成比率において、カロテノイドの中で、カンタキサンチンを最も高い組成比率で含み、エキネノンをカンタキサンチンよりも低い組成比率で含み、アスタキサンチンをエキネノンよりも低い組成比率で含み、さらに、βカロテンをアスタキサンチンよりも低い組成比率で含むことが好ましい。本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される色素は、脂溶性色素組成比率において、クロロフィルaをクロロフィルbよりも高い組成比率で含むことが好ましい。
【0045】
本発明の緑藻細胞の、特に朱色細胞(赤色相)により生産され細胞内に蓄積される色素は、カロテノイドを含み、好ましくは、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンからなる群から選択される少なくとも1つ、少なくとも2つ、又は3つ全てのカロテノイドを含み、特に好ましくは、エキネノン、又はエキネノンとカンタキサンチンとを含み、場合により、さらにβカロテンを含んでもよい。本発明の緑藻細胞の、特に朱色細胞(赤色相)により生産され細胞内に蓄積される色素は、βカロテン、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンからなる群から選択される少なくとも1つ、少なくとも2つ、少なくとも3つ、又は4つ全てのカロテノイドを含んでもよい。本発明の緑藻細胞、特にその朱色細胞(赤色相)により生産され細胞内に蓄積される色素(特に、脂溶性色素)は、カンタキサンチンとエキネノンを主成分とすることが好ましい。本発明において「カンタキサンチンとエキネノンを主成分とする」とは、本発明の緑藻細胞内に蓄積した色素(特に、脂溶性色素)の中でカンタキサンチンとエキネノンがそれぞれ占める割合(組成比率)が構成色素の中で第1位又は第2位に位置づけられることを意味する。なおカンタキサンチンの組成比率が第1位でエキネノンの組成比率が第2位であってもよいし、その逆であってもよいし、両者が同比率で第1位であってもよいが、カンタキサンチンの組成比率が第1位であることが特に好ましい。
【0046】
一実施形態では、本発明の緑藻細胞、特にその朱色細胞(赤色相)により生産され細胞内に蓄積される色素(特に、脂溶性色素)は、脂溶性色素組成比率で、少なくとも10w/w%(好ましくは、少なくとも12w/w%又は少なくとも30w/w%、例えば10~43w/w%)のエキネノン、及び少なくとも30w/w%(好ましくは、少なくとも40w/w%又は少なくとも45w/w%、例えば30~57w/w%)のカンタキサンチンを含み得る。一実施形態では、本発明の緑藻細胞、特にその朱色細胞(赤色相)により生産され細胞内に蓄積される色素(特に、脂溶性色素)は、脂溶性色素組成比率で、少なくとも30w/w%(好ましくは、例えば30~43w/w%)のエキネノン、及び少なくとも45w/w%(好ましくは、例えば45~57w/w%)のカンタキサンチンを含み得る。一実施形態では、本発明の緑藻細胞、特にその朱色細胞(赤色相)により生産され細胞内に蓄積される色素(特に、脂溶性色素)は、脂溶性色素組成比率で、少なくとも35w/w%のエキネノン、及び少なくとも50w/w%のカンタキサンチンを含んでもよい。好ましい実施形態では、本発明の緑藻細胞、特にその朱色細胞(赤色相)により生産され細胞内に蓄積される色素(特に、脂溶性色素)は、脂溶性色素組成比率でエキネノンとカンタキサンチンの合計で少なくとも40w/w%、好ましくは少なくとも50w/w%又は少なくとも52w/w%、より好ましくは少なくとも70w/w%又は少なくとも75w/w%、さらに好ましくは少なくとも80w/w%又は少なくとも85w/w%、例えば少なくとも90w/w%となる量のエキネノンとカンタキサンチンを含むことができる。
【0047】
本発明の緑藻細胞、特にその朱色細胞(赤色相)により生産され細胞内に蓄積される色素(特に、脂溶性色素)は、上記の脂溶性色素組成比率のエキネノン及びカンタキサンチン、例えば、脂溶性色素組成比率で、少なくとも10w/w%(好ましくは、少なくとも12w/w%又は少なくとも30w/w%)のエキネノン、及び少なくとも30w/w%(好ましくは、少なくとも40w/w%又は少なくとも45w/w%)のカンタキサンチンを含んでもよく、場合により、それに加えて脂溶性色素組成比率で少なくとも3w/w%(好ましくは、少なくとも10w/w%又は少なくとも5w/w%)のアスタキサンチンを含んでもよい。
【0048】
一実施形態では、本発明の緑藻細胞、特にその朱色細胞(赤色相)により生産され細胞内に蓄積される色素(特に、脂溶性色素)は、脂溶性色素組成比率で、少なくとも55w/w%、好ましくは少なくとも65w/w%、より好ましくは少なくとも70w/w%又は少なくとも75w/w%、さらに好ましくは少なくとも80w/w%又は少なくとも90w/w%のカロテノイド(カロテノイド総量)を含んでもよい。
【0049】
本発明の緑藻細胞、特にその朱色細胞(赤色相)により生産され細胞内に蓄積される色素(特に、脂溶性色素)は、カロテノイドに加えて、クロロフィル、例えばクロロフィルa及び/又はクロロフィルbを含んでもよい。その場合、本発明の緑藻細胞、特にその朱色細胞(赤色相)により生産され細胞内に蓄積される色素(特に、脂溶性色素)は、脂溶性色素組成比率で、30w/w%未満、好ましくは10w/w%未満、より好ましくは5w/w%未満、さらに好ましくは3w/w%未満、特に好ましくは1w/w%未満又は0.5w/w%未満のクロロフィル(クロロフィル総量)を含み得る。一実施形態では、そのようなクロロフィル量は、脂溶性色素組成比率で、例えば0.01w/w%以上であってよく、0.01w/w%以上であり30w/w%未満であってよい。
【0050】
本発明の緑藻細胞、特にその朱色細胞(赤色相)によるカロテノイド蓄積量(カロテノイド生産量)は、乾燥菌体重量(DCW)に対し、少なくとも20w/w%、好ましくは少なくとも30w/w%、より好ましくは少なくとも35w/w%のカロテノイド(カロテノイド総量)であることが好ましい。
【0051】
本発明の緑藻細胞の朱色細胞(赤色相)により生産され細胞内に蓄積される色素(特に、脂溶性色素)は、カロテノイドとクロロフィル以外の赤系色素及び/又は緑系色素などの色素をさらに含んでもよい。
【0052】
一方、本発明の緑藻細胞の緑色細胞(緑色相)により生産され細胞内に蓄積される色素(特に、脂溶性色素)は、クロロフィルを含み、好ましくは、クロロフィルa及び/又はクロロフィルb、例えば、クロロフィルa、又は、クロロフィルa及びクロロフィルbを含む。本発明の緑藻細胞の緑色細胞(緑色相)により生産され細胞内に蓄積される色素(特に、脂溶性色素)は、クロロフィルに加えて、カロテノイド(例えば、βカロテン、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンからなる群から選択される少なくとも1つ、少なくとも2つ、少なくとも3つ、又は4つ全てのカロテノイドを含む)を含んでもよい。本発明の緑藻細胞の緑色細胞(緑色相)により生産され細胞内に蓄積される色素(特に、脂溶性色素)は、クロロフィルa及び/又はクロロフィルbを含むクロロフィルを主成分とする。本発明において「クロロフィルを主成分とする」とは、本発明の緑藻細胞内に蓄積した色素(特に、脂溶性色素)の中でクロロフィルが占める割合(クロロフィルa及びクロロフィルbの少なくとも一方のクロロフィルの組成比率)が、カロテノイドが占める割合(βカロテン、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンなどのそれぞれの組成比率)や他の色素(もし存在する場合)が占める割合(他の色素の組成比率)と比較して高いことを意味する。一実施形態では、本発明の緑藻細胞、特にその緑色細胞(緑色相)により生産され細胞内に蓄積される色素(特に、脂溶性色素)は、脂溶性色素組成比率で、少なくとも40w/w%、好ましくは少なくとも50w/w%、より好ましくは少なくとも52w/w%のクロロフィル(クロロフィル総量)を含んでもよい。一実施形態では、本発明の緑藻細胞、特にその緑色細胞(緑色相)により生産され細胞内に蓄積される色素(特に、脂溶性色素)は、脂溶性色素組成比率で、少なくとも40w/w%(好ましくは少なくとも50w/w%)のクロロフィル(クロロフィル総量)、及び30w/w%未満(好ましくは20w/w%未満)のカロテノイド(カロテノイド総量)を含んでもよい。
【0053】
本発明において、「脂溶性色素組成比率」とは、脂溶性色素総量中の各脂溶性色素の比率(%)を意味する。脂溶性色素組成比率は、脂溶性色素総量の重量と各脂溶性色素の重量に基づいてw/w%で表すことができる。あるいは、脂溶性色素組成比率(%)は、薄層クロマトグラフィー(TLC)上の脂溶性色素に相当するバンドの濃さをイメージングアナライザーを用いて画像解析した結果に基づいて数値化することもでき、それによって、重量測定値から算出されるw/w%値に近似した脂溶性色素組成比率(%)を得ることができる。
【0054】
本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される色素の上記組成及び組成比率は、本発明の緑藻細胞由来の脂溶性成分抽出物においても同様である。
【0055】
なお本発明に関して、w/w%は重量/重量%を意味し、w/v%は重量/体積%を意味する。
【0056】
一実施形態では、本発明の緑藻細胞を、BIC条件(Basal Induction Condition;基本誘導条件)下、又はSCC条件(Standard Cultivation Condition;標準培養条件)下で培養することができる。BIC条件下では、本発明の緑藻細胞を、液体培地で、光照射しながら、高濃度CO下(例えば、1.5~20% CO下、好ましくは1.5~6% CO下、より好ましくは2~4% CO下、典型的には2% CO下)で攪拌しながら培養することにより、本培養を実施する。SCC条件下では、本発明の緑藻細胞を、固形培地又は液体培地で、光照射しながら、大気中(0.04% CO下)又は高濃度CO下(例えば、1.5~20% CO下、より好ましくは2~4% CO下、典型的には2% CO下)で静置培養することにより、本培養を実施する。
【0057】
本発明の好ましい一実施形態では、本発明の緑藻細胞を、希釈BG11液体培地で、COガス供給下(例えば、1.5~20% CO下、典型的には2% CO下)、白色光を照射、又は白色光と赤色光を照射(好ましくは、同時照射)しながら少なくとも5日間、攪拌しながら培養することにより、緑藻細胞をより短期間で、緑色相から赤色相に移行させることができる。ここで、希釈BG11液体培地は、好ましくは2~10倍、より好ましくは3~7倍、さらに好ましくは4~6倍、特に好ましくは5倍に希釈したBG11液体培地(0.2BG11液体培地)であってよい。COガスは、1.5%以上、好ましくは2%以上、かつ、好ましくは20%以下、より好ましくは2~10%、例えば1.5~10%、1.5~6%、2~6%、1.5~4%、又は2~4%、典型的には2%のCO濃度で供給すればよい。培養は、振とう培養などの、攪拌しながらの培養で行うことが好ましく、好ましくは30~100rpm、好ましくは30~50rpm、例えば40rpmの速度で振とう培養することができる。培養は29℃以上の培養温度で特に好適に行うことができ、好ましくは30℃以上、例えば29~50℃、より好ましくは30~50℃、さらに好ましくは30~45℃、特に好ましくは30~42℃、典型的には30℃で行うことができる。白色光は、より強光条件下、好ましくは70~300μmol光量子/m/s、より好ましくは70~200μmol光量子/m/s、さらに好ましくは70~150μmol光量子/m/s、例えば100μmol光量子/m/sで照射することができるが、それに限定されない。白色光と赤色光の照射には、LED白色光とLED赤色光を用いることが好ましい。白色光と赤色光をそれぞれ、好ましくは30~100μmol光量子/m/s、より好ましくは40~70μmol光量子/m/s、例えば50μmol光量子/m/sで照射(好ましくは混合照射)することができるが、それに限定されない。培養期間は、少なくとも5日間、例えば、6日間、7日間、8日間、9日間、10日間、又は11日間以上(例えば、5日間~1年間又はそれ以上、5日間~200日間、5日間~120日間、5日間~90日間、5日間~50日間、又は5日間~30日間)であってよく、5日間~10日間、又は6日間~15日間であってもよい。本発明の緑藻細胞を高濃度CO下(好ましくは、1.5%以上又は2%以上のCOガス供給下)、希釈BG11液体培地(栄養源低減下)で白色光、又は白色光と赤色光を照射しつつ、攪拌しながら培養することにより、当該細胞の緑色相から赤色相への移行時期を顕著に早めることができ、本発明の緑藻細胞を培養開始から短期間(例えば、5日間、6日間、7日間、8日間、9日間、又は10日間)のうちに朱色細胞に変化させ、カロテノイドと脂質を高生産させて細胞内にそれらを蓄積させることができる。このような培養方法により本発明の緑藻細胞内に蓄積する色素は、好ましくは、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンを含み、より好ましくは、βカロテン、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンを含み、場合により、さらにクロロフィル(クロロフィルa及び/又はクロロフィルb、例えば、クロロフィルa)を含む。好ましい一実施形態では、このような培養方法により本発明の緑藻細胞内に蓄積する色素は、脂溶性色素組成比率で、少なくとも10w/w%(好ましくは、少なくとも12w/w%)のエキネノン、及び少なくとも30w/w%(好ましくは、少なくとも40w/w%)のカンタキサンチンを含み得るが、場合により、さらに少なくとも3w/w%(好ましくは、少なくとも10w/w%)のアスタキサンチンを含み得る。
【0058】
本発明の別の好ましい一実施形態では、本発明の緑藻細胞を、固形培地、好ましくはBG11固形培地又は希釈BG11固形培地で、白色光と赤色光を照射(好ましくは同時照射)しながら少なくとも26日間培養することにより、緑藻細胞を固形培地での培養としてはかなり短期間で、緑色相から赤色相に移行させることができる。ここで、固形培地は、寒天培地であってよいが、それに限定されない。希釈BG11固形培地は、好ましくは2~10倍、より好ましくは3~7倍、さらに好ましくは4~6倍、特に好ましくは5倍に希釈したBG11液体培地(0.2BG11液体培地)を固形化した培地(例えば寒天培地)であってよい。希釈BG11固形培地よりもBG11固形培地を使用する方が、細胞量(バイオマス量)の増加には有利である。白色光と赤色光の照射には、LED白色光とLED赤色光を用いることが好ましい。白色光と赤色光はそれぞれ、好ましくは30~100μmol光量子/m/s、より好ましくは40~70μmol光量子/m/s、例えば50μmol光量子/m/sで照射(好ましくは混合照射)することができるが、それに限定されない。培養は、大気中(0.04% CO下)で行ってもよいが、COガス供給下(例えば、1.5~20% CO下、典型的には2% CO下)で行ってもよい。COガスは、以下に限定されないが、0.04%超、例えば1%以上又は1.5%以上、好ましくは2%以上、かつ、好ましくは20%以下、より好ましくは2~10%、例えば、0.04%超~20%、0.04%超~15%、1.5~15%、1.5~10%、1.5~6%、2~6%、1.5~4%、又は2~4%、典型的には2%のCO濃度で供給すればよい。培養は好ましくは静置培養である。培養は29℃以上の培養温度で特に好適に行うことができ、好ましくは30℃以上、例えば29~50℃、より好ましくは30~50℃、さらに好ましくは30~45℃、特に好ましくは30~42℃、典型的には30℃で行うことができる。培養期間は、少なくとも26日間、例えば、26日間、27日間、28日間、29日間、30日間、又は31日間以上(例えば、26日間~50日間、26日間~90日間、26日間~120日間、26日間~200日間、26日間~1年間又はそれ以上)であってよく、好ましい例として26日間~50日間であってもよい。本発明の緑藻細胞を、BG11固形培地又は希釈BG11固形培地などの固形培地で、白色光と赤色光を照射しながら培養することにより、一般に物質生産に時間を要する固形培地においても、当該細胞の緑色相から赤色相への移行時期を顕著に早めることができ、本発明の緑藻細胞を培養開始から短期間で朱色細胞に変化させ、カロテノイドと脂質を高生産させて細胞内にそれらを蓄積させることができる。このような培養方法により本発明の緑藻細胞内に蓄積する色素は、好ましくは、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンを含み、より好ましくは、βカロテン、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンを含み、場合により、さらにクロロフィル(クロロフィルa及び/又はクロロフィルb、例えば、クロロフィルa)を含む。好ましい一実施形態では、このような培養方法により本発明の緑藻細胞内に蓄積する色素は、脂溶性色素組成比率で、少なくとも30w/w%(好ましくは、少なくとも35w/w%)のエキネノン、及び少なくとも40w/w%(好ましくは、少なくとも45w/w%)のカンタキサンチンを含み得るが、場合により、さらに少なくとも3w/w%(好ましくは、少なくとも5w/w%)のアスタキサンチンを含み得る。
【0059】
本発明では、本発明の緑藻細胞の上記のような培養方法を用いて、脂質や色素を製造することができる。本発明は、本発明の緑藻細胞を培養し、好ましくは、29℃以上で培養し、細胞内に蓄積された脂質及び/又は色素を回収することを含む、脂質及び/又は色素の製造方法にも関する。本発明は、本発明の緑藻細胞を培養し、細胞内に蓄積された脂質を回収することを含む、脂質の製造方法にも関する。本発明は、本発明の緑藻細胞を培養し、細胞内に蓄積された色素を回収することを含む、色素の製造方法にも関する。さらに本発明は、本発明の緑藻細胞を培養し、細胞内に蓄積された脂質及び色素の両方を回収することを含む、脂質及び色素の製造方法にも関する。本発明の緑藻細胞の培養条件や培養方法は上述のとおりである。
【0060】
本発明の方法において本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積された脂質は、当技術分野で公知の任意の脂質回収方法によって回収することができる。例えば、本発明の緑藻細胞又はその細胞破砕物に有機溶媒を加え、脂質を抽出し、さらにHPLC(高速液体クロマトグラフィー)等を行い、脂質抽出物を分離することにより、脂質を回収することができる。抽出には、例えば、ジエチルエーテル、エタノール、メタノール、クロロホルム、ギ酸、酢酸エチル、ヘキサン、ブタノール、又はそれらのいずれかの混合物等の有機溶媒を使用することができる。回収した脂質は、常法によりさらに精製してもよい。
【0061】
本発明の方法において細胞内に生産され蓄積された色素は、当技術分野で公知の任意の色素化合物の回収方法によって回収することができる。好ましい実施形態では、本発明の緑藻細胞内に生産され蓄積された脂溶性色素は、当技術分野で公知の任意の脂溶性色素の回収方法によって回収することができる。例えば、本発明の緑藻細胞又はその細胞破砕物に有機溶媒を加え、脂溶性色素を抽出し、さらに遠心分離(例えば、8,000gで10分)やHPLC等を行い、脂溶性色素抽出物を分離することにより、色素(脂溶性色素)を回収することができる。抽出には、例えば、ジエチルエーテル、エタノール、メタノール、クロロホルム、ギ酸、酢酸エチル、ヘキサン、ブタノール、又はそれらのいずれかの混合物等の有機溶媒を使用することができる。回収した色素は、常法によりさらに精製してもよい。
【0062】
本発明の脂質及び/又は色素の製造方法によれば、本発明の緑藻細胞(例えばその朱色細胞又は緑色細胞)により生産され細胞内に蓄積される脂質として上述された脂質、及び/又は、本発明の緑藻細胞(例えばその朱色細胞又は緑色細胞)により生産され細胞内に蓄積される色素として上述された色素を取得することができる。
【0063】
本発明の方法では、好ましくは、パルミチン酸(C16:0)、ステアリン酸(C18:0)、オレイン酸(C18:1)、リノール酸(C18:2)、及びリノレン酸(C18:3)からなる群から選択される少なくとも1つの脂肪酸を(脂質化合物の構成要素及び/又は遊離脂肪酸として)含む脂質(例えば、脂質抽出物)を取得することができる。一実施形態では、本発明の方法により、脂肪酸組成比率で少なくとも25w/w%のパルミチン酸及び少なくとも33w/w%のオレイン酸を含む脂質(例えば、脂質抽出物)を取得することができる。本発明の方法で得られる脂質、例えば、脂質抽出物は、食品原料、例えば代替肉の原料として有用である。本発明の方法で得られる脂質の組成や特性などは、本段落の記載のみに限定されず、本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質について上述したとおりである。
【0064】
本発明の方法では、カロテノイド、好ましくは、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンからなる群から選択される少なくとも1つ、少なくとも2つ、又は3つ全てのカロテノイド(例えば、エキネノン及び/又はカンタキサンチン)を含む色素を取得することができる。一実施形態では、本発明の方法により、βカロテン、エキネノン、カンタキサンチン、及びアスタキサンチンからなる群から選択される少なくとも1つ、少なくとも2つ、少なくとも3つ、又は4つ全てのカロテノイド(例えば、エキネノン及び/又はカンタキサンチンを少なくとも含むことが好ましい)を含む色素を取得することができる。一実施形態では、本発明の方法により、脂溶性色素組成比率で少なくとも10w/w%(好ましくは、少なくとも12w/w%又は少なくとも30w/w%)のエキネノン、少なくとも30w/w%(好ましくは、少なくとも40w/w%又は少なくとも45w/w%)のカンタキサンチン、及び少なくとも3w/w%(好ましくは、少なくとも10w/w%又は少なくとも5w/w%)のアスタキサンチンを含む色素を取得することができる。本発明の方法では、さらにクロロフィル(例えば、クロロフィルa及び/又はクロロフィルb)を含む色素を取得することができる。本発明の方法で得られる色素(例えば、脂溶性色素)の組成や特性などは、本段落の記載のみに限定されず、本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される色素について上述したとおりである。
【0065】
また、本発明の方法において細胞内に生産され蓄積された脂質及び色素は、当技術分野で公知の任意の脂溶性成分抽出方法によって、脂溶性成分抽出物として取得することができる。例えば、本発明の緑藻細胞又はその細胞破砕物に有機溶媒を加え、脂溶性成分を抽出し、脂溶性画分を分離することにより、脂質及び色素を含む脂溶性成分抽出物を取得することができる。抽出には、例えば、ジエチルエーテル、エタノール、メタノール、クロロホルム、ギ酸、酢酸エチル、ヘキサン、ブタノール、又はそれらのいずれかの混合物等の有機溶媒を使用することができる。取得した脂溶性成分抽出物は、常法によりさらに精製してもよい。本発明の緑藻細胞から得られるそのような脂溶性成分抽出物(本発明の緑藻細胞由来の脂溶性成分抽出物)は、色素としてカロテノイド及び/又はクロロフィルを含む。本発明の方法で得られる脂溶性成分抽出物に含まれる脂質及び色素(例えば、脂溶性色素)の組成や特性などは、本発明の緑藻細胞により生産され細胞内に蓄積される脂質又は色素について上述したとおりである。
【0066】
3)脂溶性成分抽出物とその用途
本発明は、上記のようにして取得可能な、本発明の緑藻細胞(例えばその朱色細胞及び/又は緑色細胞)由来の脂溶性成分抽出物にも関する。本発明の脂溶性成分抽出物は、脂質及び色素(脂溶性色素)を含む。本発明の脂溶性成分抽出物はカロテノイド及び/又はクロロフィルを含む色素を含むことが好ましい。また、本発明の脂溶性成分抽出物は、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、及びリノレン酸からなる群から選択される少なくとも1つの脂肪酸を含む脂質を含むことが好ましい。
【0067】
一実施形態では、本発明の脂溶性成分抽出物は、脂溶性色素として、エキネノンとカンタキサンチンを主成分とするものであり得る。そのような脂溶性成分抽出物は、好ましくは、本発明の緑藻細胞の朱色細胞(赤色相)に由来するものであり得る。別の実施形態では、本発明の脂溶性成分抽出物は、脂溶性色素として、クロロフィルを主成分とするものであり得る。そのような脂溶性成分抽出物は、好ましくは、本発明の緑藻細胞の緑色細胞(緑色相)に由来するものであり得る。
【0068】
一実施形態では、本発明の脂溶性成分抽出物(特に、朱色細胞由来)は、脂溶性色素組成比率で、エキネノンとカンタキサンチンの合計で少なくとも40w/w%、好ましくは少なくとも50w/w%又は52w/w%、より好ましくは少なくとも70w/w%又は少なくとも75w/w%、さらに好ましくは少なくとも80w/w%又は少なくとも85w/w%、例えば少なくとも90w/w%となる量のエキネノンとカンタキサンチンを含むものであり得る。一実施形態では、本発明の脂溶性成分抽出物は、脂溶性色素組成比率で、少なくとも10w/w%(好ましくは、少なくとも12w/w%又は少なくとも30w/w%)のエキネノン、及び少なくとも30w/w%(好ましくは、少なくとも40w/w%又は少なくとも45w/w%)のカンタキサンチンを含み、場合により、それに加えて脂溶性色素組成比率で少なくとも3w/w%(好ましくは、少なくとも10w/w%又は少なくとも5w/w%)のアスタキサンチンを含み得る。特に好ましい一実施形態では、本発明の脂溶性成分抽出物は、少なくとも30w/w%のエキネノン、少なくとも45w/w%のカンタキサンチン、及び少なくとも3w/w%のアスタキサンチンを含むものであり得る。また、本発明の脂溶性成分抽出物は、脂溶性色素組成比率で、少なくとも55w/w%、好ましくは少なくとも65w/w%、より好ましくは少なくとも70w/w%又は少なくとも75w/w%、さらに好ましくは少なくとも80w/w%又は少なくとも90w/w%のカロテノイド(カロテノイド総量)を含むものであり得る。
【0069】
別の実施形態では、本発明の脂溶性成分抽出物(特に、緑色細胞由来)は、脂溶性色素組成比率で、少なくとも40w/w%、好ましくは少なくとも50w/w%、より好ましくは少なくとも52w/w%のクロロフィル(クロロフィル総量)を含むものであり得る。一実施形態では、本発明の脂溶性成分抽出物は、脂溶性色素組成比率で、少なくとも40w/w%(好ましくは少なくとも50w/w%)のクロロフィル(クロロフィル総量)、及び30w/w%未満(好ましくは20w/w%未満)のカロテノイド(カロテノイド総量)を含んでもよい。
【0070】
一実施形態では、本発明の脂溶性成分抽出物は、脂肪酸組成比率で少なくとも20w/w%(好ましくは、少なくとも25w/w%)のパルミチン酸及び少なくとも28w/w%(好ましくは、少なくとも33w/w%)のオレイン酸を含む脂質を含むものであり得る。一実施形態では、本発明の脂溶性成分抽出物は、脂肪酸組成比率でパルミチン酸とオレイン酸の合計で少なくとも48w/w%(好ましくは少なくとも58w/w%)となる量のパルミチン酸及びオレイン酸を含むものであり得る。
【0071】
本発明の脂溶性成分抽出物は、本発明の緑藻細胞の朱色細胞又は緑色細胞のいずれに由来するものであっても高い抗酸化能と高い抗炎症能を有する。したがって本発明は、本発明の脂溶性成分抽出物、又はその脂溶性成分抽出物が由来する本発明の緑藻細胞を(有効成分として)含む、抗酸化剤又は抗炎症剤も提供する。本発明の抗酸化剤又は抗炎症剤は組成物であり得る。一実施形態では、本発明の抗酸化剤又は抗炎症剤は、抗酸化効果又は抗炎症効果を試料、細胞又は組織などにもたらすための試薬であってもよい。別の実施形態では、本発明の抗酸化剤又は抗炎症剤は、抗酸化作用又は抗炎症作用を組成物に付与するために用いる添加剤であってもよく、その添加剤は食品、飼料、化粧品、又は医薬品などに添加(配合)することができる。
【0072】
本発明はまた、本発明の緑藻細胞、又は本発明の脂溶性成分抽出物(あるいは本発明の抗酸化剤又は抗炎症剤)を含む、食品、飼料、化粧品、及び医薬品も提供する。ここで用いる本発明の緑藻細胞は、朱色細胞又は緑色細胞のいずれであってもよいが、脂質及び色素を細胞内に蓄積しており、特に、色素としてカロテノイド及び/又はクロロフィルを細胞内に蓄積しているものである。本発明の緑藻細胞、又は本発明の脂溶性成分抽出物(あるいは本発明の抗酸化剤又は抗炎症剤)を含む、食品、飼料、化粧品、及び医薬品は、抗酸化効果又は抗炎症効果をもたらすための(抗酸化用又は抗炎症用の)食品、飼料、化粧品、及び医薬品であってもよい。さらに本発明は、本発明の緑藻細胞、又は本発明の脂溶性成分抽出物(あるいは本発明の抗酸化剤又は抗炎症剤)を用いて、食品、飼料、化粧品、及び医薬品を製造することを含む、食品、飼料、化粧品、及び医薬品の製造方法も提供する。
【0073】
本発明の緑藻細胞、又は本発明の脂溶性成分抽出物(あるいは本発明の抗酸化剤又は抗炎症剤)の、食品、飼料、化粧品、及び医薬品などの組成物への添加(配合)量は、カロテノイドなどの脂溶性色素の一般的な添加量に従えばよい。そのような添加量は、本発明の緑藻細胞、又は本発明の脂溶性成分抽出物(あるいは本発明の抗酸化剤又は抗炎症剤)に含まれる脂質の量をさらに考慮して決定してもよい。本発明の食品、飼料、化粧品、及び医薬品に本発明の緑藻細胞、又は本発明の脂溶性成分抽出物(あるいは本発明の抗酸化剤又は抗炎症剤)を配合することにより、抗酸化作用及び抗炎症作用を食品、飼料、化粧品、及び医薬品に付与することができる。
【0074】
本発明の食品の例として、例えば、アイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイス、シャーべット、及び氷菓等の冷菓類、牛乳、乳飲料、乳酸菌飲料、果汁入り清涼飲料、炭酸飲料、果汁飲料、菜汁飲料、茶飲料、スポーツ飲料、ビタミン補給飲料、栄養補給バランス飲料、ゼリー飲料及び粉末飲料等の飲料類、プリン、及び果汁入りプリン等のプリン類、ゼリー、ババロア、及びヨーグルト等のデザート類、チューインガム等のガム類、マーブルチョコレート等のチョコレート類、キャラメル、ヌガー、グミキャンディー、マシュマロ等を含むソフトキャンディーやタフィ等のキャラメル類、ソフトビスケット、ハードビスケット、ソフトクッキー等の焼き菓子類、乳化タイプドレッシング、セパレートドレッシング、及びノンオイルドレッシング等のドレッシング類、ケチャップ、たれ、及びソース等のソース類、ストロべリージャム、ブルーべリージャム、マーマレード、リンゴジャム、及びプレザーブ等のジャム類、シロップ漬のチェリー、アンズ、リンゴ、及びイチゴ等の加工用果実、ハム、及びソーセージ等の畜肉加工品、魚肉ハム、魚肉ソーセージ、魚肉すり身、蒲鉾、竹輪、はんぺん、及び薩摩揚げ等の水産練り製品、うどん、冷麦、そうめん、そば、中華そば、スパゲッティ、マカロニ、ビーフン、及び春雨等の麺類、食パン、菓子パン、及び惣菜パン等のパン類、コーヒークリーム、生クリーム、カスタードクリーム、ホイップクリーム、及びサワークリーム等のクリーム類、コンソメスープ、ポタージュスープ、クリームスープ、中華スープ、味噌汁、シチュー、及びカレー等のスープ類などの加工食品を挙げることができる。
【0075】
食品はまた、特定保健用食品、機能性表示食品、栄養機能食品、サプリメントなどを含む機能性食品であってもよい。機能性食品はまた、コーデックス(FAO/WHO合同食品規格委員会)の食品規格に基づく健康強調表示(Health claim)が適用される健康食品などの健康食品全般を包含する。機能性食品は、錠剤、顆粒剤、散剤、丸剤、カプセル剤などの固形製剤、液剤、懸濁剤、シロップ剤などの液体製剤、又はジェル剤やペースト剤などであってもよいし、通常の食品の形状(例えば、飲料、菓子など)であってもよい。食品は、食品組成物であってもよい。
【0076】
飼料は、固形、半固形、液状などの任意の形状であってよい。飼料は任意の非ヒト動物への給餌のためのものであってよい。飼料は、飼料組成物であってもよい。
【0077】
化粧品は、乳液、化粧水、美容パック、化粧下地、日焼け止めなどの基礎化粧品、ファンデーション、チーク、マスカラ、口紅などのメイクアップ化粧品などであってよいが、これらに限定されない。化粧品は、抗酸化作用又は抗炎症作用に基づき、例えば、アンチエイジング用、抗しわ・たるみ用、抗シミ・そばかす用、抗炎症用(日焼けケア用など)、又は敏感肌用等の化粧品であってもよい。化粧品は、化粧品組成物(化粧料)であってもよい。
【0078】
医薬品は、錠剤、顆粒剤、散剤、丸剤、カプセル剤などの固形製剤、ジェル剤、又は液剤、懸濁剤、シロップ剤などの液体製剤等の任意の剤形のものであってよい。医薬品は経口用であっても非経口用であってもよい。医薬品は、医薬組成物であってもよい。
【0079】
本発明の食品、飼料、化粧品、及び医薬品は、さらに、食品、飼料、化粧品、及び医薬品においてそれぞれ許容される添加剤を含んでもよい。本発明の抗酸化剤又は抗炎症剤もまた、許容される添加剤を含んでもよい。添加剤としては、例えば担体、結合剤、賦形剤、滑沢剤、崩壊剤、湿潤剤、安定剤、緩衝剤、矯味剤、保存剤、着色剤などが挙げられるが、これらに限定されない。本発明の食品、飼料、化粧品、及び医薬品は、他の成分や材料をさらに含んでもよい。
【0080】
本発明の食品、飼料、化粧品、及び医薬品などに、本発明の緑藻細胞、又は本発明の脂溶性成分抽出物(あるいは本発明の抗酸化剤又は抗炎症剤)を配合することにより、高い抗酸化効果及び/又は抗炎症効果、並びに抗酸化効果又は抗炎症効果から誘導される他の効果(例えば、アンチエイジング効果、保存性向上効果等)などが得られる。
【0081】
本発明の緑藻細胞若しくは本発明の脂溶性成分抽出物(あるいは本発明の抗酸化剤又は抗炎症剤)、又はそれを含む食品、飼料、化粧品、若しくは医薬品は、対象において抗酸化効果又は抗炎症効果をもたらすために使用することもできる。本発明は、本発明の緑藻細胞若しくは本発明の脂溶性成分抽出物(あるいは本発明の抗酸化剤)、又はそれを含む食品、飼料、化粧品、若しくは医薬品を、対象に投与することを含む、酸化ストレスを低減又は予防する方法を提供する。本発明はまた、本発明の緑藻細胞若しくは本発明の脂溶性成分抽出物(あるいは本発明の抗炎症剤)、又はそれを含む食品、飼料、化粧品、若しくは医薬品を、対象に投与することを含む、炎症を抑制又は予防する方法を提供する。本発明において「投与」とは、食品又は飼料に対して用いられる「摂取」、化粧品に対して用いられる「適用」、及び医薬に対して用いられる「投与」をいずれも包含する。
【0082】
本発明の緑藻細胞若しくは本発明の脂溶性成分抽出物(あるいは本発明の抗酸化剤又は抗炎症剤)、又はそれを含む食品、飼料、化粧品、若しくは医薬品の投与量は、投与する対象の年齢及び体重、投与経路、投与回数等に基づいて適宜設定することができる。
【0083】
本発明の緑藻細胞若しくは本発明の脂溶性成分抽出物(あるいは本発明の抗酸化剤)、又はそれを含む食品、飼料、化粧品、若しくは医薬品を投与する対象は、任意の動物であってよく、特に、ヒト又は非ヒト動物であってよく、例えば、ヒト、ゴリラ、チンパンジー等の霊長類、イヌ、ネコ、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ラクダ、ロバ、ウマ、ウシ、ブタ、イノシシ、ヒツジ、ヤギ等の家畜動物やペットを始めとする哺乳動物、ニワトリ、ウズラ、カモ、アヒル、ハト、インコ、オウム、ジュウシマツ、フラミンゴなどの鳥類、コイ、キンギョ、メダカ、アロワナ、グッピー、サケ、マス、マグロ、ハタ、サバ、ブリ、ハマチ、タイ等の魚類、エビ、カニなどの甲殻類などであってよい。上記対象は、酸化ストレスを生じる疾患又は酸化ストレスによって引き起こされる疾患に罹患しているか、罹患している疑いがあるか、又は罹患しやすい遺伝的又は環境的素因を有する対象であることが好ましい。あるいは、上記対象は、強い炎症反応を生じる疾患又は強い炎症反応によって引き起こされる疾患に罹患しているか、罹患している疑いがあるか、又は罹患しやすい遺伝的又は環境的素因を有する対象であることが好ましい。上記対象は、それらの両方の対象に該当する対象であってもよい。あるいは、上記対象は、酸化ストレス及び/又は炎症の発生を予防することが望まれる対象であってよい。上記対象は、抗酸化効果及び/又は抗炎症効果による身体状態(健康状態)の改善が望まれる対象であってもよい。しかしながら対象はこれらに限定されるものではない。
【0084】
本発明はまた、本発明の緑藻細胞、又は本発明の上記飼料を非ヒト動物に給餌することを含む、非ヒト動物の飼養方法も提供する。非ヒト動物への給餌は、常法に従って行うことができる。本発明の非ヒト動物の飼養方法は、非ヒト動物において抗酸化効果又は抗炎症効果をもたらすことができ、非ヒト動物の健康状態の改善に寄与することから、アニマルウェルフェア、疾患の予防、あるいは動物個体、卵、食肉等の生産効率向上などの面で有効である。さらに、本発明の非ヒト動物の飼養方法は、本発明の緑藻細胞により生産・蓄積された色素(カロテノイド及び/又はクロロフィル)及び/又は脂質を動物個体、卵、食肉等に蓄積させる目的で実施してもよい。例えば、本発明の緑藻細胞の朱色細胞(赤色相)、又はその細胞由来の脂溶性成分抽出物(あるいは本発明の抗酸化剤又は抗炎症剤)を含む飼料は、赤系色素であるカロテノイドを高含量で含むことから、動物個体、卵、食肉等に赤味を付与する目的(例えば、魚類の色揚げ用)で非ヒト動物に給餌され得る。このような本発明の飼養方法は、上述したような任意の非ヒト動物を飼養対象とするものであってよいが、例えば食肉用では、ウシ、ブタ、イノシシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ウサギ等の哺乳動物、ニワトリ、ウズラ、カモ、アヒル、ハト等の鳥類、サケ、マス、マグロ、ハタ、サバ、ブリ、ハマチ、タイ等の魚類、エビ(ロブスター、イセエビ、クルマエビなど)、カニ(タラバガニ、ズワイガニ等)等の甲殻類などが飼養対象として特に好ましく、また鑑賞用では、イヌ、ネコ、ウサギ、ハムスター等の哺乳動物、インコ、オウム、ジュウシマツ、フラミンゴ等の鳥類、コイ、キンギョ、メダカ、アロワナ、グッピー等の魚類などが飼養対象として特に好ましい。
【0085】
4)本発明の緑藻細胞の殺菌方法
本発明の緑藻細胞は、後述の実施例に記載のとおり、300ppm以上の濃度の次亜塩素酸に感受性を示し、生育できなかった。したがって300ppm以上の濃度の次亜塩素酸で本発明の緑藻細胞を処理すれば、本発明の緑藻細胞を殺菌することができる。
【0086】
本発明は、本発明の緑藻細胞を、300ppm以上、例えば300~3000ppmの濃度の次亜塩素酸又はその塩で処理することを含む、本発明の緑藻細胞を殺菌する方法も提供する。次亜塩素酸の塩としては、例えば、次亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸カルシウムなどの、アルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩が挙げられるが、これらに限定されない。
【実施例0087】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0088】
[実施例1]
(微細藻類の単離)
日本国神奈川県の鎌倉・湘南地方の水域から採集した試料液を培養し、そこから混釈重層法(pour-plating method)によりBG11寒天培地上で緑藻(微細藻類)19株を単離した。得られた19株をD3-1~D3-7株、E3-1~E3-5株、及びF3-1~F3-7株と命名した。そのうちの1つであるD3-1株は、増殖期に相当する緑色相(グリーンステージ)では直径約3~7μm程度の緑色の球形単細胞として観察された。
【0089】
(D3-1株の種同定)
D3-1株から抽出した全DNAを鋳型とし、18S特異的共通プライマー(93Fプライマー: 5’-ctgcgaatggctcattaaawcag-3’(wはa又はtを示す)(配列番号1)及びITS2-rプライマー: 5’-tcctccgcttattgatatgc-3’(配列番号2))を使用して、ゲノムDNA上の18Sリボゾーム遺伝子とその下流周辺領域(ITS1(internal transcribed spacer 1; 内部転写スペーサー1)、5.8Sリボゾーム遺伝子及びITS2(internal transcribed spacer 2; 内部転写スペーサー2))を含む18S rDNA-ITS1-5.8S rDNA-ITS2領域を核酸増幅し、得られた増幅断片をクローニングベクターpGEM-Tにクローニングして組換えプラスミドpGEM18Sを作製した。常法により増幅断片の3,258bpの塩基配列を決定した(配列番号3)。得られた塩基配列を用いて18S rDNA領域についてBLAST(The Basic Local Alignment Search Tool)及びClustalW解析を行った。18S rDNA領域においてD3-1株と高い配列相同性を示したコーラストレラ属4株を含む緑藻8株で構築された系統樹を図1に示す。コーラストレラ・オオシスティフォルミス(Coelastrella oocystiformis)(GenBankアクセッション番号KM020088)及びコーラストレラ・コルコンティカ(Coelastrella corcontica)(GenBankアクセッション番号AB037082)はD3-1株に対し18S rDNA領域(2,524bp)において99.8%の配列相同性を示した。コーラストレラ・テヌイテカ(Coelastrella tenuitheca)(GenBankアクセッション番号MH176108)及びコーラストレラ・エスピー(Coelastrella sp.)YACCYB208株(GenBankアクセッション番号MH636663)はD3-1株に対して18S rDNA領域において高い配列相同性を示したが、D3-1株の18S rDNA領域が約2.5kbであるのに対して約1.7kbという大幅に短い長さの18S rDNA領域を有しており、D3-1株と比較して18S rDNA遺伝子における基本的な構造の違いが認められた。この系統解析の結果から、D3-1株は、緑藻植物門(Chlorophyta phylum)クロレラ綱(Chlorophyceae)ヨコワミドロ目(Sphaeropleales)イカダモ科(Scenedesmaceae)コーラストレラ属(Coelastrella)に分類される新種の株であることが明らかとなり、コーラストレラ・エスピー(Coelastrella sp.)D3-1株と称された。
【0090】
コーラストレラ・エスピーD3-1株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(NITE-IPOD)(〒292-0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に2022年2月4日(受託日)付けで寄託された(受託番号FERM P-22443)。
【0091】
[実施例2]
(脂肪酸組成及び脂質生産能の分析)
実施例1で得られた緑藻19株の前培養液5mLを、50mLのリン源欠乏BG11液体培地(KHPOを含まないBG11培地;BG11-P液体培地)に添加後、白色光(30μmol光量子/m/s[30μE/m/s])を連続照射しながら静置条件で30℃、大気中(0.04% CO下)で14日間培養した(SCC条件での培養; 細胞培養液濁度OD730=およそ0.5程度となった)。培養した細胞を回収し、乾燥し、細胞から全脂質を抽出した。抽出した脂質を常法によりメチルエステル化して脂肪酸メチルエステル(FAME)とし、ガスクロマトグラフィー(GC)での水素炎イオン化検出器(FID)分析に供した。FID分析では、脂肪酸メチルエステルを炭素数及び不飽和度(二重結合の数)に従って分離・定量し、さらに、脂質抽出物の脂肪酸組成をFAMEs総量中の各FAME量の比率(w/w%)で表すことができる。
【0092】
結果を図2Aに示す。リン源欠乏BG11液体培地を用いた培養条件で、細胞内の脂肪酸の組成について、パルミチン酸(C16:0)とオレイン酸(C18:1)が合計量で60w/w%以上の比率(FAMEs量ベース)を占めることが明らかとなった。また細胞内の脂肪酸の組成について、炭素数18の不飽和脂肪酸(C18:1、C18:2、C18:3)の比率(FAMEs量ベース)が60~70%程度と高いことも示された。炭素数18の不飽和脂肪酸の組成比率が高いことは、当該脂質が、燃料よりも食用油として適していることを示す。
【0093】
次いで、パルミチン酸(C16:0)とオレイン酸(C18:1)のFAMEsの合計量が特に高い6株を、BG11培地中で前培養した後、50mLの0.2BG11液体培地(水で5倍に希釈したBG11培地)に添加し、白色光(LED;100μmol光量子/m/s)を連続照射しながら、40rpmのレシプロ(往復)式振とう条件で30℃、3% COガス供給下で6日間培養した(BIC条件での培養)。培養した細胞を回収し、乾燥し、細胞から全脂質を抽出した。抽出した脂質を常法によりメチルエステル化して脂肪酸メチルエステル(FAMEs)とし、ガスクロマトグラフィー(GC)での水素炎イオン化検出器(FID)分析(GC/FID分析)に供した。
【0094】
結果を図2B及びCに示す。全FAMEs量の比較により、6株の中でもD3-1株が特に高い脂質生産能を有することが示された。図2Bは、0.2BG11液体培地で培養した各緑藻細胞株由来のFAMEs量を、培養液の乾燥菌体重量(DCW)に対する全FAMEs量の比率(w/w%)で表す。図2Cは、0.2BG11液体培地で培養した各緑藻細胞株由来のFAMEs量を、培養液1リットル当たりの全FAMEs量(mg/L)で表す。この培養条件(6日間培養)で得られたD3-1株のFAMEs生産量は、44.4w/w%[FAMEs/DCW](図2B)、821mg・FAMEs/L(図2C)であった。
【0095】
さらに、BG11培地中で前培養したD3-1株(5mL)を、50mLの0.2BG11液体培地に添加し、白色光(LED;100μmol光量子/m/s)を連続照射しながら、40rpmのレシプロ式振とう条件で30℃、2% COガス供給下で5日間培養した。培養した細胞を回収し、乾燥し、細胞から全脂質を抽出し、メチルエステル化して、得られたFAMEsのGC/FID分析を行った。その結果を表2に示す。
【0096】
【表2】
【0097】
リン源欠乏ではない0.2BG11液体培地を用いた場合でも、パルミチン酸(C16:0)とオレイン酸(C18:1)のFAMEs組成比率は高かった。0.2BG11液体培地を用いたこの培養条件(5日間培養)では、培養液の乾燥菌体重量(DCW)に対する全FAMEs量の比率が約20w/w%、培養液1リットル当たりの全FAMEs量が約350mgと算出された。
【0098】
このように、異なる培養条件でも、D3-1株による、脂質、特にパルミチン酸(C16:0)及びオレイン酸(C18:1)、そして炭素数18の不飽和脂肪酸(C18:1、C18:2、C18:3)の高い生産量が示された。
【0099】
[実施例3]
(色素生産のための培養条件の検討)
実施例2において、D3-1株を0.2BG11液体培地でわずか5日間培養しただけで、培養液が緑色から赤色(より具体的には、朱色)に変化し、赤色相(レッドステージ)に移行することが観察された。これは、D3-1株が赤系色素を生産し、細胞内に蓄積することによるものと考えられた。そこで色素生産に適したD3-1株の培養条件の検討を行った。
【0100】
D3-1株を、BIC条件(Basal Induction Condition;基本誘導条件)又はSCC条件(Standard Cultivation Condition;標準培養条件)下で、0.2BG11液体培地又はBG11液体培地を用いて培養した。
【0101】
具体的には、BIC条件下では、100mL容のエルレンマイヤーフラスコ内に50mLのBG11液体培地を入れ、そこに1/100容のD3-1株培養液を添加し、大気中(0.04% CO下)でD3-1株を25日間静置培養して前培養液(OD770=およそ1.2)を取得し、その前培養液の5mLを300mL容のエルレンマイヤーフラスコ内に新しく用意した45mLの0.2BG11液体培地又はBG11液体培地に添加した後、インキュベーター(CF-415;トミー精工製)中、白色光(LED;100μmol光量子/m/s)を連続照射しながら2% COガス供給下(2% CO/W100)、30℃で27日間、40rpmのレシプロ式振とう条件で培養(本培養)した。
【0102】
SCC条件下では、BIC条件下と同様にして調製したD3-1株の前培養液の5mLを、100mL容のエルレンマイヤーフラスコ内に新しく用意した45mLの0.2BG11液体培地又はBG11液体培地に添加した後、大気中(0.04% CO下)で白色と赤色の混合LEDを使用して白色光及び赤色光(660nm)をそれぞれ50μmol光量子/m/sで連続照射しながら(0.04% CO/W50R50)、又は大気中(0.04% CO下)で白色光(LED;100μmol光量子/m/s)を連続照射しながら(0.04% CO/W100)、30℃で27日間にわたり静置培養(本培養)した。
【0103】
各培養条件において培養液を継続的に観察した。図3Aは、本培養開始から3日後、6日後、9日後、15日後、21日後、及び27日後のフラスコ内の培養液の外観を示す。本培養開始から3日後の時点ではいずれの培養条件でも緑色であった培養液は、時間が経つにつれて赤色(より具体的には、朱色)に変化した。例えばBIC条件下では、0.2BG11培地で6日後、BG11培地で15日後には明確に朱色を呈していた。またSCC条件下、かつW50R50の光照射下では、0.2BG11培地で15日後、BG11培地で21日後には濃い朱色を呈していた。SCC条件下、かつW100の光照射下でも、0.2BG11培地で15日後~21日後、BG11培地で21日後~27日後には明確に朱色を呈していた。
【0104】
さらに、本培養開始から3、6、9、12、15、18、21、24、及び27日後(3日に1回)に各培養液から試料を分取し、-30℃で保管した。培養終了後、取得した各試料を200μLずつ96穴プレートの各ウェルへ移し、波長730nmでの光学密度(OD730)及び波長465nmでの光学密度(OD465)を分光光度計で測定した。図3Bは、本培養開始当日(0日)、本培養開始から3、6、9、12、15、18、21、24、及び27日後の培養液から分取して96穴プレートの各ウェルへ移した試料の外観を示す。いずれの培養液においても時間の経過とともに赤味が増し、緑色からより鮮やかな朱色へと色が大きく変化した。培地以外の培養条件が同一である培養液間で比較すると、BG11培地よりも0.2BG11培地を用いた場合の方が早期に赤味が増加したことが示された。0.2BG11培地を使用することによる栄養源の減少ストレスが、D3-1株における早期の赤系色素の蓄積を促進したと考えられる。
【0105】
図4Aのグラフは細胞量(本発明では細胞増殖量又はバイオマス生産量とも称される)の指標となるOD730の継時的変化を、図4Bのグラフは赤系色素であるカロテノイドの量(カロテノイド生産量)の指標となるOD465の継時的変化を示す。図3、及び図4Bに示されるように、培養時間の経過に伴って培養液が緑色から朱色に変化するとともに、カロテノイド量が増加したことから、D3-1株が産生・蓄積した赤系色素がカロテノイドであることが確認された。
【0106】
本実施例の結果から、細胞増殖量やカロテノイド生産量をより増加させる上では、0.04% CO下の培養よりも2% CO下の培養の方がより効果的であることが示された。
【0107】
また、0.2BG11培地よりもBG11培地を用いた場合の方が全体的な細胞増殖量やカロテノイド生産量は増加した。一方で、例えば、本培養開始から9日後の液体培養液の色(図3)を各培養条件で比較すると、BG11培地よりも0.2BG11培地を使用した場合の方が赤味が濃く、BIC条件下及びSCC条件下の両方でBG11培地では緑色に近かったのに対し、0.2BG11培地ではかなり赤味を帯びていたことから、カロテノイドの蓄積比率の増加は、BG11培地よりも0.2BG11培地を用いた場合の方がより早期に起こることが示された。
【0108】
このように、特に、0.2BG11液体培地を用いた2% CO下の培養条件では、コスト面と生産量のバランスが取れた効率の良いカロテノイド生産が可能であった。
【0109】
[実施例4]
(異なる培養条件での色素生産)
D3-1株を、0.2BG11液体培地又はBG11液体培地において、実施例3に記載のBIC条件に従い、白色光(LED;100μmol光量子/m/s)を連続照射しながら2% COガス供給下、30℃で48日間、40rpmのレシプロ式振とう条件で培養した。
【0110】
その結果、細胞は朱色に変化し、その後48日後まで継続して、培養液中で赤系色素の十分な蓄積が観察された。図5は、本培養開始から5日後と48日後のフラスコ内の培養液の外観を示す。0.2BG11液体培地を用いた培養では、本培養開始時に緑色であった培養液は、本培養開始から4日後には色に変化が生じ、5日後にはすでに朱色に変化していた。BG11液体培地を用いた培養では、本培養開始時に緑色であった培養液は、5日後にはほぼ緑色であったが、12日後には朱色に変化し、48日後には濃い朱色を呈していた。
【0111】
わずか5日間の培養で培養液の色が変化するレベルまでカロテノイド色素を蓄積できる微細藻類はこれまで報告されていない。D3-1株は培養初期から長期間にわたって高いカロテノイド生産能を発揮できることが示された。
【0112】
一方、BG11液体培地で培養したD3-1株を、寒天培地上で、実施例3に記載のSCC条件に従って培養した。より具体的には、BG11液体培地で得た緑色培養液又は朱色培養液から採取したD3-1株を、BG11寒天培地又は0.2BG11寒天培地のプレート左半分に塗り広げ、それを大気中(0.04% CO下)で、白色光及び赤色光(混合LED;それぞれ50μmol光量子/m/s)を連続照射しながら(0.04% CO/W50R50)、又は白色光(LED;100μmol光量子/m/s)を連続照射しながら(0.04% CO/W100)、30℃で静置培養した。
【0113】
その結果を表3に示す。表3には上記の液体培地での培養結果も併せて示した。図6には、各培養条件にて寒天培地で培養したD3-1株の培養開始から26日後の呈色状態を示す。
【0114】
【表3】
【0115】
緑色培養液又は朱色培養液のいずれのD3-1株(すなわち、緑色細胞又は朱色細胞)を寒天培地に播種した場合でも、白色光と赤色光を混合照射した場合は、培養開始から25日後までに細胞は赤味を帯び始め、26日後~90日後の細胞は継続的に朱色を呈した。白色蛍光灯(30μmol光量子/m/s)を用いた光照射を行った場合には、寒天培地上での培養においてD3-1株が緑色から濃い朱色にまで変化するのに通常は90日程度を要するが、上記培養条件ではより早期に朱色に変化し、特に白色光と赤色光の照射を行った場合には、驚くべきことに、寒天培地でも培養開始から26日後にはD3-1株は朱色に変化した。寒天培地のような固体培養において、白色光と赤色光の混合照射は、赤系色素の生産促進に特に効果的であることが示された。一方、白色光のみ(W100)を照射した場合は、緑色培養液又は朱色培養液のいずれのD3-1株を寒天培地に播種した場合でも、培養開始から26日後の細胞は緑色を呈した。
【0116】
なお、白色光と赤色光を混合照射する培養条件(W50R50)では、寒天培地に播種したD3-1株の朱色細胞は、いったん緑色に変化したものの、26日間という短期間のうちに、再度、朱色に変化した。白色光を照射する培養条件(W100)では、寒天培地に播種したD3-1株の朱色細胞は、26日後には緑色に変化していたが、その後、培養開始から30日後には細胞は再度、赤色を帯び始め、徐々に朱色に変化した。液体培養したD3-1株の朱色細胞を寒天培地で培養しても朱色細胞を生育させることができることが示された。
【0117】
表3に示すように、D3-1株を寒天培地で培養して得られる朱色細胞の量(細胞増殖量又はバイオマス生産量)は、0.2BG11培地よりもBG11培地を用いた場合の方が多かった。
【0118】
[実施例5]
(D3-1株由来の色素のTLC分析)
BG11寒天培地上で、白色蛍光灯を用いて蛍光白色光(30μmol光量子/m/s)を連続照射しながら大気中(0.04% CO下)、SCC条件で3ヶ月間(90日間)培養して朱色に変化したD3-1株細胞を回収し、それに溶媒(ジエチルエーテル:クロロホルム:メタノール=1:2:1液)400μLとガラスビーズ(小サイズ直径φ0.1mm、大サイズ直径φ1mmの2種類のビーズを混合)を加えてボルテックスミキサーを用いて細胞破砕を実施した。得られた細胞破砕液を遠心分離(8,000gで10分)にかけて上清(脂溶性画分)を回収し、この抽出工程を4回繰り返して1.6mLの抽出液を得た。この抽出液(色素を含む脂溶性成分抽出物;以下の実施例では「色素抽出物」とも称する)をロータリーエバポレーターを用いて乾固させた後、ジエチルエーテルに溶解し、それを被験試料として薄層クロマトグラフィー(TLC)用シリカゲルの起点(Ori)に4μLずつスポットした。標準物質として、カロテノイドに属するβカロテン(βCar;CAS RN 7235-40-7;株式会社和光(日本))、エキネノン(Ec;CAS RN 432-68-8;DHI institute/株式会社和光)、カンタキサンチン(Cx;CAS RN 514-78-3;CaroteNature/株式会社和光)、及びアスタキサンチン(Ax;CAS RN 472-61-7;DHI institute/株式会社和光)も起点(Ori)にスポットした。シリカゲル上の試料を石油エーテル:アセトン=4:1の展開溶媒を用いて分画し、TLC分析を行った。分画後のTLCゲル上のバンドのシグナル強度はイメージングアナライザー(BIO-1Dシステム;Vilber Lourmat Co. Ltd.(フランス))を用いて解析し、脂溶性色素総量中の各色素量の比率(脂溶性色素組成比率%)を算出した。
【0119】
得られたTLC画像を図7Aに示す。図7中、展開溶媒の先端位置を「Top」として示した。TLC画像の左側に、Rf値(=[Oriからバンド(色素)までの距離]/[OriからTopまでの距離])を示した。TLC画像の各レーンの上には標準物質の略名、又は被験試料が由来する株名(D3-1株)を示した。
【0120】
TLCゲル(図7A)上のバンドのシグナル強度に基づく解析の結果、D3-1株の朱色細胞由来の脂溶性成分抽出物(色素抽出物)は、脂溶性色素として、βカロテン(0.1%)、エキネノン(38.1%)、カンタキサンチン(52.5%)、アスタキサンチン(6.0%)、クロロフィルa(Chla;0.1%)及びその他の色素(クロロフィルbなど;3.2%)を含んでいた。D3-1株が産生する赤系色素の主成分はエキネノンとカンタキサンチン(脂溶性色素総量中、合計で約90%)であった。
【0121】
次いで、D3-1株の朱色細胞と緑色細胞のそれぞれに由来する色素抽出物を分析・比較した。実施例3のBIC条件下の培養と同様にして調製したD3-1株の前培養液の5mLを、45mLのBG11液体培地に添加した後、大気中(0.04% CO下)で、白色蛍光灯を用いて蛍光白色光(30μmol光量子/m/s)を連続照射しながら、30℃で30日間又は90日間にわたって静置培養し(SCC条件)、30日間の培養で緑色細胞を、90日間の培養で朱色細胞を得た。
【0122】
得られた細胞を回収し、上記と同じ方法によって抽出を行い、抽出液(色素抽出物)を得た。この抽出液(色素抽出物)をロータリーエバポレーターを用いて乾固させた後、ジエチルエーテルに溶解し、それを被験試料として薄層クロマトグラフィー(TLC)用シリカゲルの起点(Ori)に20μLずつスポットした。標準物質として、βカロテンも起点(Ori)にスポットした。シリカゲル上の試料を、石油エーテル:アセトン=4:1の展開溶媒を用いて分画し、TLC分析を行った。分画後のTLCゲル上のバンドのシグナル強度はイメージングアナライザー(BIO-1Dシステム;Vilber Lourmat Co. Ltd.(フランス))を用いて解析し、脂溶性色素総量中の各色素量の比率(脂溶性色素組成比率%)を算出した。
【0123】
得られたTLC画像を図7Bに示す。TLCゲル(図7B)上のバンドのシグナル強度に基づく解析の結果、D3-1株の朱色細胞由来の色素抽出物は、脂溶性色素として、βカロテン(2.48%)、エキネノン(39.2%)、カンタキサンチン(50.0%)、アスタキサンチン(8.24%)、及びクロロフィルa(0.1%未満)を含んでいた。TLC分析で得られた、朱色細胞由来の色素抽出物におけるこの脂溶性色素組成比率は、図7Aに示した結果と同程度であった。また、D3-1株の朱色細胞における乾燥菌体重量(DCW)中のカロテノイド量の比率は37.8w/w%であった。このカロテノイド生産量は、従来知られている緑藻細胞のカロテノイド生産量と比較してもトップクラスの高いレベルである。
【0124】
一方、D3-1株の緑色細胞由来の色素抽出物は、脂溶性色素として、βカロテン(2.30%)、エキネノン(4.81%)、カンタキサンチン(7.51%)、アスタキサンチン(3.87%)、クロロフィルa(33.2%)、クロロフィルb(Chlb;20.4%)、及びその他の緑系色素(27.91%)を含み、カロテノイドに属する化合物の比率の合計が18.49%であったのに対し、クロロフィルaとクロロフィルbの比率の合計は53.6%でありカロテノイドを大きく上回った。D3-1株の緑色細胞由来の色素抽出物は、D3-1株の朱色細胞由来の色素抽出物とは色素組成が大きく異なっていた。
【0125】
さらに、実施例3のBIC条件下の培養と同様にして調製したD3-1株の前培養液の5mLを、45mLのBG11液体培地に添加した後、白色光(LED;100μmol光量子/m/s)を連続照射しながら、2% COガス供給下、30℃で6日間、40rpmのレシプロ式振とう条件(BIC条件)で培養し、朱色細胞を得た。得られた細胞を回収し、上記と同じ方法によって抽出を行い、抽出液(色素抽出物)を得た。この抽出液(色素抽出物)を上記と同じ方法によって解析し、脂溶性色素総量中の各色素量の比率(脂溶性色素組成比率%)を算出した。BIC条件下で6日間培養したD3-1株由来の色素抽出物は、脂溶性色素として、βカロテン(9.17%)、エキネノン(14.5%)、カンタキサンチン(40.3%)、アスタキサンチン(14.2%)、クロロフィルa(13%)、及びクロロフィルb(8.83%)を含んでいた。脂溶性色素総量中のカロテノイド量の比率は約78.2%であった。D3-1株のこの朱色細胞における乾燥菌体重量(DCW)中のカロテノイド量の比率は38.5w/w%であった。
【0126】
D3-1株の朱色細胞におけるエキネノン及びカンタキサンチンの上記のような高比率な生産は特筆に値し、それがD3-1株のカロテノイド生産の大きな特徴であることが示された。
【0127】
図7BのTLC画像の右には、βカロテンから、crtW遺伝子産物やcrtZ遺伝子産物の作用を経てアスタキサンチンが生成される一般的な代謝経路を示した。
【0128】
緑色細胞と朱色細胞における乾燥菌体重量(DCW)当たりのカロテノイド量に基づいて算出すると、乾燥菌体重量(DCW)中のカロテノイド量の比率が12~15w/w%程度になるまでカロテノイドが蓄積したときが、概ね、目視で細胞が赤く色づき始める(赤味を帯びる)時期に相当すると考えられた。
【0129】
[実施例6]
(D3-1株由来の脂質のTLC分析)
実施例5で得た、SCC条件下で液体培養したD3-1株の朱色細胞と緑色細胞のそれぞれに由来する色素抽出物を、実施例5と同様に、乾固させた後でジエチルエーテルに溶解し、それを被験試料として薄層クロマトグラフィー(TLC)用シリカゲルの起点(Ori)に10μLずつスポットした。シリカゲル上の試料を、ヘキサン:ジエチルエーテル:酢酸=80:20:1の展開溶媒を用いて分画し、5%リンモリブデン酸溶液(エタノール中)で染色し、TLC分析を行った。分画後のTLCゲル上のバンドのシグナル強度はイメージングアナライザー(BIO-1Dシステム; Vilber Lourmat Co. Ltd.(フランス))を用いて解析し、脂質総量中の各脂質量の比率(脂質組成比率%)を算出した。
【0130】
得られたTLC画像を図8に示す。図8中、展開溶媒の先端位置を「Top」として示した。TLC画像の左側に、Rf値(=[Oriからバンドまでの距離]/[OriからTopまでの距離])を示した。TLC画像の右側に、検出された主な脂質の構造式を示した。
【0131】
図8に示されるように、D3-1株の朱色細胞由来の脂質の主要成分は、中性脂肪(TAG;トリアシルグリセロール)であることが示された。さらに、D3-1株は、中性脂肪に加えて、量が多い順に、ワックスエステル(WE)、ジアシルグリセロール(DG)、及び遊離脂肪酸(FFA)も生産していることが明らかになった。ここで朱色細胞由来の色素抽出物についてシグナル強度に基づいて算出された脂質組成比率%は、TAGが59.2%、WEが24.7%、DGが10.2%、FFAが5.9%であった。
【0132】
同様に、実施例5で得た、BIC条件下で6日間培養して得られたD3-1株の朱色細胞由来の色素抽出物を、上記と同様にして脂質のTLC分析にかけた。この色素抽出物も、中性脂肪(TAG)、ワックスエステル(WE)、ジアシルグリセロール(DG)、及び遊離脂肪酸(FFA)を含んでおり、脂質の主要成分は中性脂肪であった。その色素抽出物についてシグナル強度に基づいて算出された脂質組成比率%は、TAGが75.6%、WEが14.4%、DGが7.96%、FFAが2.04%であった。
【0133】
以上の実施例におけるD3-1株の脂質及び色素生産に関する実験の概略と生産結果の例を表4に示した。
【0134】
【表4】
【0135】
[実施例7]
(D3-1株の環境ストレス耐性)
本実施例ではD3-1株の環境ストレス耐性能について試験した。
4つの培養条件で培養したD3-1株細胞を用意し、それぞれ、Rd1.0BGp4m、Gr1.0BGp2m、Rd0.2BGc7d、Gr1.0BGc7dと名付けた(図9)。
【0136】
Rd1.0BGp4m(図9A、B)は、D3-1株をBG11寒天培地上で、白色蛍光灯を用いて蛍光白色光(30mol光量子/m/s)を連続照射しながら、大気中(0.04% CO下)で、30℃で4ヶ月間静置培養して得た朱色細胞である。
【0137】
Gr1.0BGp2m(図9C、D)は、D3-1株をBG11寒天培地上で白色蛍光灯を用いて蛍光白色光(30mol光量子/m/s)を連続照射しながら、大気中(0.04% CO下)で、30℃で2ヶ月間静置培養して得た緑色細胞である。
【0138】
Rd0.2BGc7d(図9E、F)は、D3-1株を0.2BG11液体培地で、100mol光量子/m/sの白色LED光の連続照射及び2% COガス供給下、40rpmのレシプロ式振とう条件で攪拌しながら、30℃で7日間培養して得た朱色細胞である。
【0139】
Gr1.0BGc7d(図9G、H)は、D3-1株をBG11液体培地で、100mol光量子/m/sの白色LED光の連続照射及び2% COガス供給下、40rpmのレシプロ式振とう条件で攪拌しながら、30℃で7日間培養して得た緑色細胞である。
【0140】
図9に示す写真では、D3-1株の朱色細胞内に赤系色素の蓄積が認められた。
【0141】
得られたRd1.0BGp4m、Gr1.0BGp2m、Rd0.2BGc7d、Gr1.0BGc7dを、以下の環境ストレスに曝露した。
【0142】
1:(熱乾燥)42℃で3時間にわたり熱乾燥
2:(UV)5分間の紫外線(UV)照射
3:(酸化)10ppmの過酸化水素(H)で添加して10分間処理
4:(アルカリ処理)0.5N水酸化ナトリウム(NaOH)を添加してpH11とし、10分間
5:(NaClO)300ppm~3000ppmの次亜塩素酸ナトリウム(NaClO;漂白剤)で4分間処理した後、BG11液体培地で細胞を洗浄
6:(凍結融解)-80℃で3時間にわたり凍結し、次いで氷上で融解
7:(40℃)40℃のインキュベーターで5分間
8:(50℃)50℃のインキュベーターで5分間
【0143】
上記のように環境ストレス処理した細胞は、回収し、100μLのBG11液体培地に加えて分散させた後、5μLを新しいBG11寒天培地上にスポットした。なお凍結融解処理した細胞は、そのまま、BG11寒天培地に播いた。寒天培地上の細胞を、大気中(0.04% CO下)で、蛍光白色光(30μmol光量子/m/s)を連続照射しながら、30℃で15日間にわたって静置培養し、継時的に細胞の生育を観察した。
【0144】
その結果、熱乾燥処理では、Rd1.0BGp4m、Gr1.0BGp2m、Rd0.2BGc7d、及びGr1.0BGc7dのいずれの細胞も十分な生育を示したが、液体培地よりも寒天培地の方がより良い生育が見られた。UV処理ではRd1.0BGp4m、Gr1.0BGp2m、Rd0.2BGc7d、及びGr1.0BGc7dのいずれの細胞も良く生育した。酸化剤Hによる酸化処理でも、Rd1.0BGp4m、Gr1.0BGp2m、Rd0.2BGc7d、及びGr1.0BGc7dのいずれの細胞も良く生育した。さらに、アルカリ処理でも、Rd1.0BGp4m、Gr1.0BGp2m、Rd0.2BGc7d、及びGr1.0BGc7dのいずれの細胞も良く生育した。
【0145】
一方、NaClO処理ではRd1.0BGp4m、Gr1.0BGp2m、Rd0.2BGc7d、及びGr1.0BGc7dのいずれの細胞もうまく生育しなかった。D3-1株はNaClOに対して感受性を有することが示された。この結果は、例えば屋外培養完了後の培養槽を消毒する際などに、D3-1株の殺菌用にNaClOが有効であることを示している。
【0146】
凍結融解処理後、Rd1.0BGp4m、Gr1.0BGp2m、Rd0.2BGc7d、及びGr1.0BGc7dのいずれの細胞も生育できた。D3-1株の朱色細胞及び緑色細胞を-80℃で凍結保存できることが示された。
【0147】
40℃での処理、50℃での処理では、Rd1.0BGp4m、Gr1.0BGp2m、Rd0.2BGc7d、及びGr1.0BGc7dのいずれの細胞も良く生育した。D3-1株の朱色細胞及び緑色細胞は40℃や50℃という比較的高い温度でも死滅することなく生育できるこの株の特徴が示された。
【0148】
[実施例8]
(D3-1株及びNIES-144株の細胞増殖と色素蓄積)
BG11培地及びCB培地における、D3-1株の細胞増殖及び色素蓄積を、抗酸化作用が知られているアスタキサンチンを産生することが知られているヘマトコッカス・エスピー(Haematococcus sp.)NIES-144株と比較して試験した。ヘマトコッカス・エスピー NIES-144株は、国立環境研究所微生物系統保存施設(Microbial Culture Collection at the National Institute for Environmental Studies(NIESコレクション)、茨城県つくば市、日本)から株番号NIES-144に基づいて入手することができる。
【0149】
D3-1株及びNIES-144株のそれぞれの前培養液2mLを、BG11液体培地又はCB液体培地50mLに接種し、これを50mL容のエルレンマイヤーフラスコ内で、大気中(0.04% CO下)、白色蛍光灯を用いて蛍光白色光(30μmol光量子/m/s)を連続照射しながら、30℃で126日間(4ヶ月間)にわたり静置培養(本培養)した(SCC条件)。各培養液の濁度OD730(バイオマス量に相当)値を継時的に測定した。
【0150】
BG11液体培地の組成は前述のとおりである。CB液体培地の組成を表5に示す。
【0151】
【表5】
【0152】
図10に、各培養液のOD730値の継時的変化を示す。図10A中の写真はBG11培地で培養し細胞内に赤系色素を蓄積したD3-1株の顕微鏡写真、図10B中の写真はCB培地で培養し細胞内に赤系色素を蓄積したNIES-144株の顕微鏡写真である。
【0153】
D3-1株はいずれの培地でも十分な増殖を示したが、上記の培養期間全体にわたってBG11培地の方がCB培地よりも高いOD730値(菌体培養液濁度)を示した(図10A)。D3-1株は、BG11培地では培養開始から33日後、CB培地では培養開始から50日後には、やや赤味を帯び、緑色から朱色へと変化し始めたことが目視で観察された。BG11培地で培養したD3-1株では96日後~126日後には良好な色づきが認められ、細胞は鮮やかな朱色を呈した。
【0154】
一方、NIES-144株は、培養開始から22日後までは、BG11培地よりもCB培地を使用した場合の方が、高いOD730値(菌体培養液濁度)を示した(図10B)。22日後以降は、NIES-144株のOD730値(菌体培養液濁度)は、逆にCB培地よりもBG11培地を使用した場合の方が高くなり、その後はその傾向が126日後まで続いた(図10B)。BG11培地で培養したNIES-144は、培養開始から50日後にはやや赤味を帯び、緑色から色が変化し始めた。CB培地で培養したNIES-144株は、培養開始から22日後を過ぎた頃から細胞が徐々に赤味を帯びた緑色となって色づき始め、培養開始から33日後までには明瞭な色変化を生じ、50日後以降は赤色を呈したが、その赤色はD3-1株が呈した朱色とは異なり真紅に近い色(真紅細胞)であった。
【0155】
以上の結果に基づき、次の実験ではBG11培地で培養したD3-1株と、CB培地で培養したNIES-144株を使用することとした。
【0156】
[実施例9]
(D3-1株由来の色素抽出物の抗酸化能)
実施例8におけるD3-1株とNIES-144株の比較試験で用いたのと同じSCC培養条件で、D3-1株をBG11液体培地で30日間又は90日間、NIES-144株をCB液体培地で90日間培養することにより、それぞれ、D3-1株の緑色細胞及び朱色細胞、並びにNIES-144株の真紅細胞の培養液を取得した。
【0157】
D3-1株の緑色細胞及び朱色細胞、並びにNIES-144株の真紅細胞の培養液から、実施例5と同様のガラスビーズ破砕法により、ジエチルエーテル:クロロホルム:メタノール=1:2:1液を溶媒として用いて細胞を破砕し、脂溶性画分を抽出し、得られた抽出液を色素抽出物とした。
【0158】
この抽出液(色素抽出物)をロータリーエバポレーターを用いて乾固させた後、エタノール(99.5%)に溶解して原液エキス試料とし、「D3-1_緑色エキス」(D3-1株の緑色細胞由来;30日間培養後)、「D3-1_朱色エキス」(D3-1株の朱色細胞由来;90日間培養後)、及び「NIES-144_真紅エキス」(NIES-144株の真紅細胞由来;90日間培養後)と名付けた。
【0159】
D3-1_緑色エキス(21μg/μL)、D3-1_朱色エキス(53μg/μL)、及びNIES-144_真紅エキス(18μg/μL)、並びに抗酸化作用が知られているフコキサンチン(Fx;10μg/μL; 市販品)及びβカロテン(βCar;1μg/μL;市販品)を原液とし、これらにエタノールを添加してそれぞれ5倍、25倍に希釈した後、調製当日(0日)、及び遮光して-30℃で7日間保管した後(7日)に、ABTS法で抗酸化能を測定した。
【0160】
ABTS法とは、ABTS(2,2’-アジノ-ビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸)二アンモニウム)と過硫酸カリウムを混合することで発生するABTSラジカルが415nmと734nmに最大吸収波長を持つことを利用した抗酸化能(抗酸化活性)の測定法である。ABTS法では、抗酸化能を持つ物質の添加により、ABTSラジカルに電子が与えられ、それによるABTSラジカルの減少を吸光度の減少としてとらえ、間接的に抗酸化能を求める。この方法は、脂溶性・水溶性のいずれの物質の抗酸化能も測定することができるため、近年、食品の抗酸化能の測定にも多く用いられている。ABTS法による抗酸化能の測定は、具体的には、以下のとおり行った。まず、3.6mg/mL ABTS水溶液と0.66mg/mL 過硫酸カリウム水溶液を20mLずつ混合し、10℃の暗闇条件で18時間静置後、99.5% エタノールでOD734=0.75±0.05になるように希釈し、これをABTSワーキング液とした。上記の3種類のエキス試料並びに陽性対照であるFx及びβCar試料について、99.5% エタノールで、それぞれ試料濃度が、×1、×1/5(×0.2)、×1/25(×0.04)となるよう三段階希釈を行った。これらの試料を100μLずつ、1.5mL容エッペンチューブに分注し、さらに900μLのABTSワーキング液を加え、全容1,000μLを室温・暗闇条件で5分間静置して反応させた。その後、エッペンチューブから200μL取り、96穴プレートに打ち込み、OD734で吸光度を測定した。算出された吸光度を以下の式に代入し、S%値を算出した。
【0161】
S%=([Acontrol - Atest] / Acontrol)×100
【0162】
この式において、「Acontrol」は陰性対照であるABTSワーキング液200μLの吸光度、「Atest」は試料100μLとABTSワーキング液900μLの混合液から採取した200μLの吸光度の測定値である。測定は3連で行い、平均値を求めた。S%値は、酸化されずに残っているABTS量を、酸化されていない初期ABTSの量(抗酸化能の最大値)[S=100%]に対する相対値で表したものであり、各試料の抗酸化能を示す。
【0163】
結果を図11に示す。図11では、グラフ縦軸の値が大きいほど抗酸化能が高いことを示す。試料濃度に依存したS%値が得られたことは、各試料が濃度に依存した抗酸化能を示したことを意味し、そのS%値が各試料の抗酸化能の指標として有効であることを示す。
【0164】
図11に示されるように、D3-1_朱色エキスは、フコキサンチン(Fx)、βカロテン(βCar)、及びNIES-144_真紅エキスと比較して、より高い抗酸化能を示した。D3-1_緑色エキスは、D3-1_朱色エキスと比較してもさらに高い抗酸化能を示した。またD3-1株由来の色素抽出物は、いずれも、-30℃で7日間保存した場合でも高い抗酸化能を維持していた。D3-1株由来の色素抽出物は、緑色細胞と朱色細胞のいずれに由来するものであっても高い抗酸化能を有することが示された。
【0165】
[実施例10]
(D3-1株由来の色素抽出物の抗炎症能)
実施例9で取得した色素抽出物(色素エキス)の抗炎症能をグリース法によって測定した。
【0166】
マクロファージは、刺激が与えられて活性化すると、代表的な炎症メディエーターの1つである一酸化窒素(NO)を発生する。グリース法では、マクロファージにより産生されたNOが酸化され、水と反応して亜硝酸や硝酸になり、この発生した亜硝酸とグリース試薬に含まれるスルファニルアミドが反応してジアゾニウム塩となり、N-1-ナフチルエチレンジアミン二塩酸塩(NED)とのカップリングが起きることで、540~550nmに最大吸収波長をもつアゾ色素が発生する。このアゾ色素の量を540~550nmでの吸光度を測定することにより算出し、それをマクロファージのNO産生量の指標値とし、そのNO産生量に基づいて間接的に抗炎症能を評価できる。NOの発生が過剰であると、炎症の悪化や発がんなどの原因となり、人体に悪影響をもたらすとされ、そのため、特に産生量の多いマクロファージのNO産生量の制御が炎症の制御に有効であると考えられている。
【0167】
具体的には、まず、実施例9で取得した色素抽出物を、ジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解し、その後、添加後のDMSO濃度が0.1%以下になるよう、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で希釈を行った。この希釈後のD3-1_朱色エキス(17.5μg/μL)及びD3-1_緑色エキス(6.50μg/μL)を原液(x1.0)とし、さらに濃度が1/5(x0.2)、1/25(x0.04)となるようPBSで三段階希釈した。この希釈液10μLを、96穴プレートに予め分注しておいたリポポリサッカライド(LPS,最終濃度50ng/mL)を含むマウスマクロファージ由来細胞株RAW264培養液100μL(1.0×10細胞/ウェル;理化学研究所バイオリソース研究センター細胞バンク(RIKEN BRC Cell Bank))へ添加した。得られた反応液を37℃のインキュベーター内(5% COガス供給下)で12時間静置した。その後、反応液50μLに50μLのスルファニルアミドを添加してから8分間静置し、続いてN-1-ナフチルエチレンジアミン二塩酸塩(NED)液を50μL追加し、さらに8分間静置して反応させた。この反応液について540nmでの吸光度を測定することによりアゾ色素の量を決定し、それをNO生産量の指標値とした。50%阻害濃度(IC50)は、3回の独立した試験によって算出した。
【0168】
その結果を図12に示す。図12では、各処理区のNO生成量を、色素抽出物を添加せずにLPSとDMSOを添加した陽性対照(LPSによる炎症誘導区)におけるNO生成量を100%とした場合の相対値で表している。RAW264株をはじめとするマクロファージ系細胞は、LPS(リポ多糖)等の刺激により活性化されると一酸化窒素(NO)などの炎症性メディエーターを産生し、それにより炎症反応が誘発される。被験物質存在下での、LPSで刺激したRAW264株からのNO生成量の低減(NO生成の抑制)は、その被験物質が抗炎症能を有することを示す。なお図12では、グラフ縦軸の値が小さいほど抗炎症能が高いことを示す。
【0169】
図12に示されるように、D3-1_朱色エキス及びD3-1_緑色エキス添加区ではいずれも陽性対照と比較してNO生成が顕著に抑制され、さらに、そのNO生成抑制レベルは色素抽出物の添加濃度に依存していたことから、D3-1_朱色エキス及びD3-1_緑色エキスはいずれも高い抗炎症能を有することが示された。添加濃度を考慮すると、D3-1_緑色エキスが示した抗炎症能は、D3-1_朱色エキスと比較しても約7倍高かった。
【産業上の利用可能性】
【0170】
本発明のD3-1株及びその培養方法は、脂肪酸として例えばパルミチン酸(C16:0)やオレイン酸(C18:1)を高比率で含む脂質(油脂)、及びエキネノンやカンタキサンチンなどのカロテノイド色素を短期間で効率良く生産するために有利に利用することができる。本発明のD3-1株は屋内又は屋外大規模培養にも好適である。本発明のD3-1株由来の機能性藻素材は機能性の食品、飼料、化粧品、医薬品等の製造に利用できる。
【配列表フリーテキスト】
【0171】
配列番号1:93Fプライマー
配列番号2:ITS2-rプライマー
配列番号3:18S rDNA-ITS1-5.8S rDNA-ITS2領域
図1
図2
図3
図4
図5
図6
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図9
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図11
図12
【配列表】
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