(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023163661
(43)【公開日】2023-11-10
(54)【発明の名称】テレフタル酸の回収方法
(51)【国際特許分類】
C08J 11/16 20060101AFI20231102BHJP
B01D 9/02 20060101ALI20231102BHJP
C07C 63/26 20060101ALI20231102BHJP
C07C 51/43 20060101ALI20231102BHJP
C07C 51/09 20060101ALI20231102BHJP
C07C 51/02 20060101ALI20231102BHJP
【FI】
C08J11/16
B01D9/02 601J
B01D9/02 602E
B01D9/02 604
B01D9/02 619Z
B01D9/02 625C
B01D9/02 625F
C07C63/26 A
C07C51/43
C07C51/09
C07C51/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022074707
(22)【出願日】2022-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】000253503
【氏名又は名称】キリンホールディングス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000004466
【氏名又は名称】三菱瓦斯化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099645
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 晃司
(72)【発明者】
【氏名】木下 悟
(72)【発明者】
【氏名】原田 秀一
(72)【発明者】
【氏名】王 蕾蕾
(72)【発明者】
【氏名】大石 實雄
【テーマコード(参考)】
4F401
4H006
【Fターム(参考)】
4F401AA22
4F401CA67
4F401CA75
4F401EA07
4F401EA27
4F401EA65
4F401FA01Y
4F401FA09Z
4F401FA20Z
4H006AA02
4H006AC91
4H006AD15
4H006BE04
4H006BE10
4H006BE60
4H006BJ50
4H006BS30
4H006BS70
(57)【要約】
【課題】必要十分な粒子径のテレフタル酸を簡素化された手順で回収することが可能なテレフタル酸の回収方法を提供する。
【解決手段】ポリエチレンテレフタレート樹脂の破砕物をアルカリ溶液中で解重合反応させる解重合反応工程S1、解重合反応S1で得られた処理液に酸解離定数2.9以上の酸を中和用の酸として添加し、あるいは常温下でリン酸を中和用の酸として添加することにより、処理液を中和晶析してテレフタル酸を析出させる中和晶析工程S4とを設ける。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエチレンテレフタレート樹脂の破砕物をアルカリ溶液中で解重合反応させる解重合反応工程と、
前記解重合反応で得られた処理液に酸解離定数2.9以上の酸を中和用の酸として添加して前記処理液を中和晶析することによりテレフタル酸を析出させる中和晶析工程と、
を含んだテレフタル酸の回収方法。
【請求項2】
前記中和用の酸として、下記の式1又は式2で表すことが可能で酸解離定数が2.9以上の酸を用いる請求項1に記載のテレフタル酸の回収方法。
{R1-COOH} …式1
[HOOC-R1-COOH] …式2
ただし、式1及び式2中、R1は水素原子、又は炭素数1以上の直鎖若しくは分岐したアルキル基、あるいは芳香族基である。
【請求項3】
前記中和晶析工程では、前記処理液を常温に保持する請求項2に記載のテレフタル酸の回収方法。
【請求項4】
前記中和晶析工程では、前記中和用の酸として酢酸を用い、かつ前記処理液中のテレフタル酸塩に対して3倍当量の酢酸を2分以上の時間をかけて添加する請求項3に記載のテレフタル酸の回収方法。
【請求項5】
ポリエチレンテレフタレート樹脂の破砕物をアルカリ溶液中で解重合反応させる解重合反応工程と、
前記解重合反応で得られた処理液を常温に保持しつつ、前記処理液に対してリン酸を中和用の酸として添加して前記処理液を中和晶析することによりテレフタル酸を析出させる中和晶析工程と、
を含んだテレフタル酸の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエチレンテレフタレート(以下、PETと略称する。)製の容器等の回収物からテレフタル酸を回収するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
PETボトル等の回収物からテレフタル酸を回収する方法として、回収物の粉砕品をアルカリ存在下で解重合反応させてテレフタル酸塩を取得し、得られたテレフタル酸塩の水溶液に硫酸、塩酸等の強酸を添加して50~95°Cの加熱状態下で中和晶析反応を進行させることにより、テレフタル酸を析出させる方法が知られている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来のように、強酸を用い、かつ加熱状態下でテレフタル酸を析出させる場合には、粒子径が比較的小さい結晶が析出される傾向がある。そのため、中和晶析工程の後に、テレフタル酸の結晶を加熱溶融させて結晶を成長させる処理、例えばオートクレーブ処理を適用する必要がある。したがって、工程数の削減、ひいては設備規模やコストの削減を図る上で制約が生じる。
【0005】
そこで、本発明は、必要十分な粒子径のテレフタル酸を従来よりも簡素化された手順で回収することが可能なテレフタル酸の回収方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様に係るテレフタル酸の回収方法は、ポリエチレンテレフタレート樹脂の破砕物をアルカリ溶液中で解重合反応させる解重合反応工程と、前記解重合反応で得られた処理液に酸解離定数2.9以上の酸を中和用の酸として添加して前記処理液を中和晶析することによりテレフタル酸を析出させる中和晶析工程と、を含むものである。
【0007】
本発明の他の一態様に係るテレフタル酸の回収方法は、ポリエチレンテレフタレート樹脂の破砕物をアルカリ溶液中で解重合反応させる解重合反応工程と、前記解重合反応で得られた処理液を常温に保持しつつ、前記処理液に対してリン酸を中和用の酸として添加して前記処理液を中和晶析することによりテレフタル酸を析出させる中和晶析工程と、を含むものである。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の一形態に係る回収方法の工程群を示す図。
【
図2】テレフタル酸塩を含んだ溶液に酢酸を継続的に添加したときの酢酸のモル濃度と溶液のpHとの関係を調べた結果の一例を示す図。
【
図3】テレフタル酸塩を含んだ溶液に硫酸を継続して添加したときの硫酸のモル濃度と溶液のpHとの関係を調べた結果の一例を示す図。
【
図4】処理液中にて生じる反応の様子を模式的に示す図。
【
図5】中和晶析工程における条件を適宜に変化させつつテレフタル酸の回収を試みた試験の結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の一態様に係るテレフタル酸の回収方法を説明する。本形態の回収方法は、市場から回収されたPETボトル等の廃棄物の破砕物をアルカリの存在下で解重合反応させてテレフタル酸塩を取得し、得られたテレフタル酸塩を酸により中和晶析してテレフタル酸の結晶を取得するものである。いわゆるケミカルリサイクル法の一種として位置付けられる回収方法である。本形態の回収方法では、中和晶析の条件を適正化することにより、中和晶析にて必要十分な粒子径のテレフタル酸を析出させる。それにより、加熱溶融処理を適用して結晶を成長させる工程の省略を図っている。
図1はその一形態に係る回収方法の工程群を示す。
図1の回収方法は、解重合反応工程S1と、第1及び第2の濾過・固液分離工程S2、S3と、中和晶析工程S4と、固液分離工程S5と、洗浄工程S6と、乾燥工程S7と、第1及び第2の蒸留工程S8、S9とを含む。
【0010】
解重合反応工程S1は、前処理されたPET樹脂の破砕物をアルカリ溶液中で解重合反応させる工程である。PET樹脂の前処理は、例えば、回収されたPETボトルの内容物の廃棄、ラベルやキャップの除去、洗浄、乾燥等の下処理を実施し、次いで、ボトルを解重合反応工程に適した形状、サイズに破砕するといった手順で行われてよい。前処理で得られたPET樹脂の破砕物が解重合反応の原材料として供される。解重合反応に用いるアルカリ溶液としては、一例として水酸化ナトリウムの水溶液が用いられる。解重合反応を促進するため、酵素が適宜に添加されてもよい。いずれにしても、解重合反応工程S1では、PET樹脂を解重合反応させてテレフタル酸を含んだ処理液を得られる限りにおいて、公知の解重合反応処理が適宜に実施されてよい。
【0011】
第1及び第2の濾過・固液分離工程S2及びS3は、解重合反応工程S1にて得られた処理液を中和晶析工程S4に適した状態へと整える工程である。例えば、第1の濾過・固液分離工程S2では、解重合反応後の処理液を濾過することにより、液中の色素、土砂、ゴミ類等の固形物が処理液から分離される。それにより、水、エチレングリコール(EG)、テレフタル酸(TPA)及び酵素を含んだ処理液が取得される。第2の濾過・固液分離工程S3では、第1の濾過・固液分離工程S2で得られた処理液に対してアルカリ溶液、一例として水酸化ナトリウムを加えて濾過することにより、酵素等の残留物を含むフロックが処理液から取り除かれる。
【0012】
中和晶析工程S4は、第2の濾過・固液分離工程S3で取得された処理液に酸を添加して処理液を中和し、それにより処理液中のテレフタル酸塩をテレフタル酸として析出させる工程である。中和晶析工程S4で用いる酸は、酸解離定数pKaがテレフタル酸の酸解離定数pKaと同程度又はそれよりも大きい酸、つまりテレフタル酸と同等か又はテレフタル酸よりも弱い酸が好適に用いられる。一例として、酢酸が中和用の酸として用いられる。酢酸の添加は、所定の流量で継続的に行われる。同工程S4で用いる酸の詳細は後に詳述する。
【0013】
固液分離工程S5では、中和晶析工程S4にて析出した固形物としてのテレフタル酸が、処理液から分離される。この段階での処理液は、水、エチレングリコール及び酢酸ナトリウムを含む。固液分離工程S5にて分離されたテレフタル酸は洗浄工程S6にて純水を用いて洗浄され、その後、乾燥工程S7にて乾燥処理される。それにより、テレフタル酸の結晶が取得される。一方、固液分離工程S5にて分離された処理液に関しては、一例として、第1の蒸留工程S8にて水分を取り出し、第2の蒸留工程S9にてエチレングリコールと酢酸ナトリウムとに分離することにより処理される。
【0014】
次に、中和晶析工程S4にて用いるべき酸について説明する。上述したように、同工程S4では、酸解離定数pKaがテレフタル酸の酸解離定数pKaと同程度又はそれよりも大きい酸、一例として酢酸が中和用の酸として用いられる。テレフタル酸の酸解離定数は、pKa1=3.5、pKa2=4.46であり、酢酸の酸解離定数はpKa=4.74である。したがって、テレフタル酸よりも酢酸の方が酸としては弱い。
【0015】
一般に、中和対象の酸と同程度又はそれよりも弱い酸を用いる場合には、中和が困難か、又は中和が可能であったとしても効率が悪く、そのような酸同士の組み合わせは工業的には採用し得ないと認識されている。しかし、発明者らの知見によれば、テレフタル酸と同程度、又はそれよりも弱い酸を用いてテレフタル酸を中和晶析することは可能である。その場合、テレフタル酸の結晶の析出速度やテレフタル酸の回収率も工業的には許容し得る範囲である。しかも、テレフタル酸と同程度又はそれよりも弱い酸を中和に用いた場合には、硫酸、塩酸等の強酸を用いる場合と比較して晶析が穏やかに進行し、結晶が十分に成長して粒子径が必要十分な程度まで増加する。
【0016】
図2及び
図3を参照して、上記の現象が生じる原因の一考察を説明する。
図2は、テレフタル酸の溶液に酢酸を継続的に添加した場合における溶液中の酢酸のモル濃度と溶液のpHとの関係を調べた結果を示す。また、
図3は、酢酸に代えて硫酸を用いた点を除いて
図2と同一条件でテレフタル酸の溶液を中和した場合の硫酸の添加量と溶液のpHとの関係を調べた結果を示す。
図2及び
図3のいずれの例も常温にて実施した。なお、常温は、広義には、JIS Z 8703にて20°C±15°Cと規定され、試験目的に応じて20°C、23°C又は25°Cを標準温度として用い得ることが示されている。ここでは溶液を24°C±2°C(反応熱による温度上昇分を含まない。)の範囲に保持して試験を実施した。
【0017】
図2において予備検討1はモル濃度4mol/Lの酢酸を添加した例を、予備検討2、3は酢酸原液を添加した例をそれぞれ示している。
図2に示すように、酢酸を用いて中和した場合には、酢酸の添加を開始して暫くの間は溶液がpH13~14程度のアルカリ域にとどまり、添加の継続に伴って溶液がpH6前後の酸性域へと転じる。その後は、酢酸の添加を続けても溶液のpHが4を下回らない範囲で緩やかに変化する。これにより、溶液が酢酸ー酢酸ナトリウムの緩衝液となることが確認できる。
図2の例で析出したテレフタル酸の平均粒子径は52~127μm、回収率は98.8%であった。一方、硫酸を用いた
図3の例では、添加を開始してしばらくの間は溶液がpH6前後の弱酸域にとどまるものの、添加が進むと溶液がpH2付近の強酸域へと急激に変化する。その変化に伴って、テレフタル酸の析出が速やかに進行する。
図3の例で析出したテレフタル酸の平均粒子径は2μm程度、回収率は99.0%であった。
【0018】
図2及び
図3の結果を踏まえると、
図1の中和晶析工程S4にて粒子径が比較的大きいテレフタル酸が得られる原因としては、次のような考察が可能である。酢酸によって中和する場合には、酸性域において溶液が酢酸ー酢酸ナトリウムの緩衝液となる。その状態で酢酸の添加を続けると、酢酸から僅かに解離した水素イオンが溶液中のテレフタル酸イオンと結合してテレフタル酸が生成される。テレフタル酸は飽和溶解度が小さいため、溶解しきれなかったテレフタル酸が析出する。その析出に伴って溶液中の化学平衡がずれ、水素イオンの解離、テレフタル酸の生成、その析出が再び生じる。そのような反応が繰り返されることにより、テレフタル酸が徐々にかつ継続的に生成される。このような反応の様子を
図4に模式的に示す。酢酸の滴下時には、溶液の緩衝作用で水素イオンの過剰な発生が抑えられる。したがって、テレフタル酸の結晶核が大量かつ急速に生成されることがない。そのため、結晶が緩やかに成長して粒子径が大きい結晶が得られる。
【0019】
上記の考察によれば、中和晶析工程S4にて用いるべき酸は、必ずしも酢酸には限定されない。解重合反応で得られた溶液に緩衝作用を生じさせて水素イオンの過剰な発生を抑え、それにより、テレフタル酸の結晶核を緩やかに成長させ得るものであれば、中和晶析工程S4で添加すべき酸として利用可能であると推察される。
【0020】
図1の中和晶析工程S4における条件を適宜に変化させつつテレフタル酸の回収を試みた試験の結果を
図5に示す。中和に用いた酸は、条件1~10が酢酸、条件11がギ酸、条件12がリン酸、条件13がクエン酸である。なお、
図5中の「常温」は、
図2及び
図3の例と同様に24°C±2°Cの範囲とした。
【0021】
条件1は、硫酸を用いて中和した場合との差を明らかにするために標準的な条件で中和晶析を実施した例である。条件1における処理液(
図1の工程S3で得られた処理液である。)中のテレフタル酸塩の濃度(TPA-2Na塩濃度)は6.5重量%、添加する酢酸の濃度は17.5mol/L、酸添加量は7.2倍当量、処理液の温度は常温、酢酸の添加時間は2分、保持時間は10分にそれぞれ設定した。なお、酸添加量は、処理液中に含まれている水酸化ナトリウムの中和に要する酸添加量を除いた値である。添加時間は、表中に示した酸添加量の全量を添加するに要した時間であり、酸添加量/添加時間が単位時間当たりの添加量(添加速度)となる。保持時間は、全量の酸が添加された後、その状態を保持した時間である。条件1にて得られたテレフタル酸の平均粒子径は52μm、回収率は100.4%であった。硫酸を用いて中和した場合の平均粒子径が2μmであることと比較すれば、平均粒子径が顕著に増加していることが確認できる。
【0022】
条件2は、温度の影響を確認するために条件1に対して処理液の温度を80°Cに変更した例である。温度以外は条件1と同じである。条件2ではテレフタル酸の平均粒子径が110μm、回収率は97.5%であった。その結果から、処理液の加温により粒子径のさらなる増加が期待できることが判る。
【0023】
条件3は、条件1に対して添加時間を60分に変更して酸の添加速度を小さく設定し、その余は条件1と同一とした例であり、条件4は、条件2に対して添加時間を60分に変更して酸の添加速度を小さく設定し、その余は条件2と同一とした例である。いずれの例でも、条件1、2と比して平均粒子径がさらに増加する結果が得られている。酸の添加速度を小さくすれば、酸の過飽和が生じにくくなり、結晶がより緩やかに成長することが影響していると推察される。さらに、条件5は、条件3に対してテレフタル酸塩の濃度、及び酢酸濃度を低下させ、その余は条件3と同一とした例であり、条件6は条件4に対してテレフタル酸塩の濃度、及び酢酸濃度を低下させ、その余は条件4と同一とした例である。条件5では条件3に比して平均粒子径が増加している一方、条件6では条件4に比して平均粒子径が減少する結果が得られている。それらの結果からみて、常温下では過飽和を抑えることにより平均粒子径のさらなる増加が期待できる一方、加熱条件下では、平均粒子径のさらなる増加が必ずしも見込めない場合があることが示唆されている。いずれにしても、テレフタル酸塩の濃度に応じて中和用の酸の濃度、及び酸添加量を適切に選択すれば、硫酸を用いる場合に比して平均粒子径が明らかに増加することが理解できる。
【0024】
条件7は、条件1に対して酸添加量を3倍当量に、添加時間を60分にそれぞれ変更し、その余は条件1と同一とした例である。さらに、条件8は、条件7に対して添加時間を60分に、保持時間を720分(12時間)にそれぞれ変更した例、条件9は条件7に対して処理液の温度を80°Cに変更した例、条件10は条件7に対して酸添加量を2倍当量に変更した例である。これらの例を比較すると、条件7は、平均粒子径が56μmで、硫酸を用いた場合に比して顕著に粒子径を増加させることが可能であり、回収率も96.4%で必要にして十分であり、処理液も常温で足りる点からみて、条件1~10の中で比較的好ましい条件と評価できる。ただし、実用上は酸の添加時間がなるべく短いことが好ましく、この観点からは条件7とほぼ同等の平均粒子径が得られ、かつ酸の添加時間が2分という短時間で足りる条件1が最も良好と評価されてよい。もっとも、酸添加時間の60分が許容範囲であれば条件7が好適な条件として選択されてもよく、さらに条件3又は条件5の選択もあり得る。平均粒子径を優先するならば、条件2、条件4、条件5、又は条件9の選択もあり得る。ただし、条件2、条件4及び条件9は処理液の加温が必要である。条件8は平均粒子径の点では条件7よりも有利であるが、添加時間が顕著に長くなる。また、条件9、10は回収率の点で条件1~条件8に比して不利である。
【0025】
中和に用いる酸を変更した条件11~13については、酢酸を用いた場合よりも平均粒子径が小さいものの、硫酸を用いて得られる平均粒子径2μmとの比較では、いずれの条件でも十分な増加が見られている。酸の添加時間及びテレフタル酸の回収率は条件1等と同等であり、かつ処理液が常温でよい点も条件1等と同じである。一方、条件11で用いたギ酸の酸解離定数はpKa=3.54、条件12で用いたリン酸の酸解離定数はpKa1=1.83、pKa2=6.43、pKa3=11.46、条件13で用いたクエン酸の酸解離定数はpKa1=2.90、pKa2=4.35、pKa3=5.69である。テレフタル酸の酸解離定数が一価の場合でpKa1=3.54であり、従来方法にて中和に用いられていた硫酸の酸解離定数がpKa=1.96であることを考慮すれば、酸解離定数が2.9以上の酸を中和晶析に用いれば、晶析を穏やかに進行させて結晶を十分に成長させ、それにより粒子径を十分に増加させ得ると解される。そのような酸は、
図5に示した酢酸、ギ酸及びクエン酸に限定されず、酸解離定数が2.9以上であれば適宜に使用することができる。例えば、下記の式1又は式2で表すことが可能で、かつ酸解離定数が2.9以上の有機カルボン酸、具体的にはプロピオン酸、フマル酸、アクリル酸、酪酸、吉草酸、ラウリン酸、パルミチン酸、コハク酸、アジピン酸、安息香酸、アセチル酢酸、o-アニス酸、m-アニス酸、p-アニス酸、イソカプロン酸、イソ吉草酸、イソクエン酸、イソフタル酸、イソ酪酸、カプロン酸、グリコール酸、グルタル酸、クロトン酸、trans-ケイ皮酸、シクロヘキサンカルボン酸、シクロヘンキサン-1,1-ジカルボン酸、トリメチル酢酸、乳酸、2-ヒドロキシー2-メチルプロピオン酸、2-ヒドロキシ酪酸、3-ヒドロキシ酪酸、4-ヒドロキシ酪酸、フェニル酢酸、フェニルプロピオン酸、マンデル酸、メチルアクリル酸、リンゴ酸、レブリン酸、尿酸、バルビツール酸を例に挙げることができるが、これらの例に限定されるものではない。
【0026】
{R1-COOH} …式1
[HOOC-R1-COOH] …式2
ただし、式1及び式2中、R1は水素原子、又は炭素数1以上の直鎖若しくは分岐したアルキル基、あるいは芳香族基である。
【0027】
条件12で中和に用いたリン酸は、硫酸と同等の酸解離定数であって、テレフタル酸に比して明確に強い酸である。しかしながら、リン酸は三価の酸であり、一価の酸解離定数pKa1こそ硫酸のそれと同等であるが、二価及び三価の酸解離定数pKa2、pKa3は、テレフタル酸の一価の酸解離定数pKa1=3.5はもとより、二価の酸解離定数pKa2=4.46と比較しても顕著に大きい。条件12では処理液の温度を常温に設定していることも相まって、添加開始後における中和晶析反応の急速な進行が抑制され、テレフタル酸の結晶核が比較的緩やかに成長するものと推察される。したがって、常温下でリン酸を用いて中和晶析を実施する方法によっても、本発明の目的は達成可能である。
【0028】
なお、
図5における「常温」は、上記の通り24°C±2°Cに設定したが、その温度域にて、硫酸を用いる従来例に比して平均粒子径が顕著に増加していることに鑑みれば、「常温」の範囲はより広い範囲を含んでよいと推察される。最も広義には、上記のJIS規格で定められた常温の範囲(20°C±15°C)が想定し得るが、好ましくは25°Cを中心として±10°Cの温度範囲を「常温」の範囲として設定してよい。25°C±10°Cの範囲は、本形態に係る処理設備が設置される環境の温度として常用され得る範囲であって、処理液を加熱あるいは冷却してその温度を調整する操作を要しないと想定される温度域である。そのような温度域にて処理を行えば、平均粒子径を増加させつつエネルギー消費を抑えることが可能である。また、リン酸を用いる場合にも、処理液を80°Cといった明確な高温域に加熱する場合と比較して、中和晶析反応の進行を確実に緩和することが可能である。
【0029】
各条件で回収したテレフタル酸の平均粒子径はレーザー回折式粒度分布測定の結果より体積基準の中央値として求めた。測定装置としてマルバーン社製のレーザー回折光散乱式粒度分布測定器「LMS-2000e」を使用した。測定においては分散媒として水を使用し、超音波照射を適宜使用しテレフタル酸粉末が十分に分散する条件で行った。測定範囲は0.02~2000μmとした。
【0030】
以上に説明したように、本形態の回収方法によれば、中和晶析工程S4にて従来よりも粒子径が顕著に大きくなるようにテレフタル酸を析出させることができる。したがって、中和晶析工程S4の後、例えば固液分離工程S5の後段にて、オートクレーブ処理等の加熱溶融処理を適用してテレフタル酸の結晶をさらに成長させるといった工程を省略することが可能である。よって、必要十分な粒子径のテレフタル酸を従来よりも簡素化された手順で回収することができる。また、硫酸のような強酸を中和用の酸に用いる場合には、設備内の酸と触れる箇所にガラスライニングを施すといった腐食対策を講じる必要がある。これに対して、酢酸等の比較的弱い酸を用いれば、その必要性を解消又は低減することが可能であり、それに伴って設備コストの低減も図ることができる。
【0031】
なお、上記形態における各工程S1~S9の組み合わせ、及びそれらの詳細は一例である。中和晶析工程S4にて、テレフタル酸と同等又はそれよりも弱い酸を中和に用いるか、又は常温下でリン酸を中和に用いる限りにおいて、工程群は適宜に変形又は変更されてよい。例えば、第1及び第2の濾過・固液分離工程S2及びS3は、解重合反応工程S1で取得される処理液の状態に応じて適宜に変更されてよい。中和晶析工程S4の後段の各工程S5~S9に関しても、析出したテレフタル酸を分離して取得し、かつ残された処理液を適切に処理できる限りにおいて適宜に変更されてよい。
【0032】
上述した実施の形態及び試験例から導き出される本発明の各種の態様を以下に記載する。なお、以下の説明では、本発明の各態様の理解を容易にするために添付図面に図示された対応する構成要素を括弧書きにて付記するが、それにより本発明が図示の形態に限定されるものではない。
【0033】
本発明の一態様に係るテレフタル酸の回収方法は、ポリエチレンテレフタレート樹脂の破砕物をアルカリ溶液中で解重合反応させる解重合反応工程(S1)と、前記解重合反応で得られた処理液に酸解離定数2.9以上の酸を中和用の酸として添加して前記処理液を中和晶析することによりテレフタル酸を析出させる中和晶析工程(S4)と、を含むものである。
【0034】
上記態様によれば、酸解離定数2.9以上の酸を用いて中和晶析すれば、処理液が緩衝液化し、テレフタル酸の結晶が緩やかに成長して粒子径が大きい結晶が得られる。したがって、中和晶析工程の後段でオートクレーブ処理等の加熱溶融処理を用いて結晶をさらに成長させる必要性を解消又は軽減することができる。それにより、従来よりも簡素化された手順でテレフタル酸を回収することができる。
【0035】
上記態様においては、前記中和用の酸として、上述した式1又は式2にて表現することが可能で酸解離定数2.9以上の酸を用いてもよい。それらの酸を用いることにより、上記態様の作用効果を確実に発揮させることができる。
【0036】
前記中和晶析工程では、前記処理液を常温に保持してもよい。その場合は、中和晶析工程における処理液の加温が不要となり、テレフタル酸の回収に必要なエネルギーの消費を抑え、かつ設備の簡素化、それに伴う設備コストの低減を図ることが可能である。
【0037】
前記中和晶析工程にて処理液を常温に保持する場合には、前記中和用の酸として酢酸を用い、かつ前記処理液中のテレフタル酸塩に対して3倍当量の酢酸を2分以上の時間をかけて添加してもよい。これによれば、常温下でも粒子径が大きいテレフタル酸の結晶を確実に取得することができる。
【0038】
本発明の他の一態様に係るテレフタル酸の回収方法は、ポリエチレンテレフタレート樹脂の破砕物をアルカリ溶液中で解重合反応させる解重合反応工程(S1)と、前記解重合反応で得られた処理液を常温に保持しつつ、前記処理液に対してリン酸を中和用の酸として添加して前記処理液を中和晶析することによりテレフタル酸を析出させる中和晶析工程(S4)と、を含むものである。
【0039】
上記態様によっても、処理液を緩衝液化し、テレフタル酸の結晶を緩やかに成長させて粒子径が大きい結晶を取得することが可能である。中和晶析工程の後段でオートクレーブ処理等の加熱溶融処理を用いて結晶をさらに成長させる必要性を解消又は軽減し、それにより、従来よりも簡素化された手順でテレフタル酸を回収することができる。
【符号の説明】
【0040】
S1 解重合反応工程
S4 中和晶析工程