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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023163708
(43)【公開日】2023-11-10
(54)【発明の名称】間葉系幹細胞の単離方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0775 20100101AFI20231102BHJP
【FI】
C12N5/0775
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022074783
(22)【出願日】2022-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(71)【出願人】
【識別番号】000253019
【氏名又は名称】澁谷工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100156199
【弁理士】
【氏名又は名称】神崎 真
(72)【発明者】
【氏名】高見 太郎
(72)【発明者】
【氏名】藤澤 浩一
(72)【発明者】
【氏名】米田 健二
(72)【発明者】
【氏名】永井 寛之
(72)【発明者】
【氏名】三輪 晃敬
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065BC11
4B065BD14
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】 単離して回収される間葉系幹細胞の回収量を増加させるとともに、増殖能力および活性度の高い間葉系幹細胞を単離することを目的とする。
【解決手段】 ヒトから採取した採取液(骨髄液)から単核細胞を抽出する抽出作業と、抽出した単核細胞を培養容器に播種する播種作業と、培養容器の培地を交換しながら単核細胞を培養して当該単核細胞から間葉系幹細胞を単離する単離培養と、単離した間葉系幹細胞を培養容器から回収する回収作業とを行う間葉系幹細胞の単離方法に関する。
上記播種作業において、上記単核細胞を2.5×10~4.0×10cells/cmの範囲の播種密度で培養容器に播種を行う。
【選択図】 図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトから採取した採取液から単核細胞を抽出する抽出作業と、抽出した単核細胞を培養容器に播種する播種作業と、培養容器の培地を交換しながら単核細胞を培養して当該単核細胞から間葉系幹細胞を単離する単離培養と、単離した間葉系幹細胞を培養容器から回収する回収作業とを行う間葉系幹細胞の単離方法において、
上記播種作業において、上記単核細胞を2.5×10~4.0×10cells/cmの範囲の播種密度で培養容器に播種することを特徴とする間葉系幹細胞の単離方法。
【請求項2】
上記単離培養において、上記間葉系幹細胞が培養容器に接着して細胞数が10~10個からなるコロニーの形成が確認されたら、上記回収作業を行うことを特徴とする請求項1に記載の間葉系幹細胞の単離方法。
【請求項3】
上記回収作業では、剥離手段を用いて培養容器に接着している間葉系幹細胞を剥離して回収し、
上記剥離手段の作用の度合を設定することで、培養容器に接着している間葉系幹細胞のうち、設定された作用の度合に応じて剥離される間葉系幹細胞を回収することを特徴とする請求項2に記載の間葉系幹細胞の単離方法。
【請求項4】
上記播種密度で単核細胞を播種して単離した間葉系幹細胞が、2.5×10cells/cmより高い播種密度で単核細胞を播種して単離した間葉系幹細胞よりも、Ki67あるいはPCNAの発現性が高いことを特徴とする請求項1に記載の間葉系幹細胞の単離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は間葉系幹細胞の単離方法に関し、詳しくは、ヒトから採取した単核細胞から単離する間葉系幹細胞の回収量を増加させるとともに、増殖能力および活性度の高い間葉系幹細胞を単離することが可能な間葉系幹細胞の単離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
今日、再生医療の分野では間葉系幹細胞が治療に使用され、当該間葉系幹細胞を細胞製剤として患者に投与すると、患者の体内で有用な蛋白質であるサイトカイン等の分泌因子を分泌し、この分泌因子が周囲の細胞に働きかけて治療効果をもたらすことが知られている。
このような間葉系幹細胞は、患者から採取した骨髄液などの体液(採取液)から単核細胞を抽出して、当該単核細胞から分離(単離)することで得ることができる。
具体的には、患者から採取した採取液から単核細胞を抽出する抽出作業と、抽出した単核細胞を培養容器に播種する播種作業と、培養容器の培地を交換しながら単核細胞を培養して、単核細胞から間葉系幹細胞を単離する単離培養と、単離した間葉系幹細胞を培養容器から回収する回収作業とを行う単離方法が知られている(特許文献1)。
上記単離方法における単離培養では、単核細胞に含まれる間葉系幹細胞が培養容器の底面に接着して増殖する接着性細胞であるのに対し、白血球や赤血球、血小板などの血球細胞は、接着せずに培地内を浮遊した状態で増殖する性質を利用して、培養容器の培地を交換する度に培地ごと浮遊している血球細胞を除去することで間葉系幹細胞を単離するようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2021-3084号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、上記採取液から抽出された単核細胞には、間葉系幹細胞が0.01~0.001%の割合、換言すると単核細胞10,000~100,000個のうち間葉系幹細胞は1個しか存在しない。
すなわち、単核細胞が播種された培養容器の培地には大量の血球細胞が存在しており、大量の血球細胞が間葉系幹細胞の培養容器の底面への沈降を阻害してしまい、多くの間葉系幹細胞が接着できずに培地交換の際に血球細胞とともに除去されてしまう。
また、単離した間葉系幹細胞には、個々に増殖能力(分化・増殖・遊走能)の優劣が存在しており、単離して回収した間葉系幹細胞を培養する拡大培養において、間葉系幹細胞の増殖にばらつきが生じてしまう。
すなわち、単離した間葉系幹細胞には、患者の体内に存在していた状態で既に分裂を繰り返して老化が進んでしまった細胞が含まれており、老化により増殖能力の低下した細胞は拡大培養の培養期間を長引かせる要因となっていた。
また、このような増殖能力の劣った老化した間葉系幹細胞は、活性度が低下していることからサイトカイン等の分泌因子の分泌量も減少しているため、当該間葉系幹細胞を細胞製剤に用いたとしても、その効果が限定されてしまう恐れがあった。
このような問題に鑑み、本発明は、単離して回収される間葉系幹細胞の回収量を増加させるとともに、増殖能力および活性度の高い間葉系幹細胞を単離することが可能な間葉系幹細胞の単離方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
すなわち、請求項1の発明にかかる間葉系幹細胞の単離方法は、ヒトから採取した採取液から単核細胞を抽出する抽出作業と、抽出した単核細胞を培養容器に播種する播種作業と、培養容器の培地を交換しながら単核細胞を培養して当該単核細胞から間葉系幹細胞を単離する単離培養と、単離した間葉系幹細胞を培養容器から回収する回収作業とを行う間葉系幹細胞の単離方法において、
上記播種作業において、上記単核細胞を2.5×10~4.0×10cells/cmの範囲の播種密度で培養容器に播種することを特徴としている。
また、請求項2の発明にかかる間葉系幹細胞の単離方法は、上記単離培養において、上記間葉系幹細胞が培養容器に接着して細胞数が10~10個からなるコロニーの形成が確認されたら、上記回収作業を行うことを特徴としている。
さらに、請求項3の発明にかかる間葉系幹細胞の単離方法は、上記回収作業では、剥離手段を用いて培養容器に接着している間葉系幹細胞を剥離して回収し、上記剥離手段の作用の度合を設定することで、培養容器に接着している間葉系幹細胞のうち、設定された作用の度合に応じて剥離される間葉系幹細胞を回収することを特徴としている。
そして、請求項4の発明にかかる間葉系幹細胞の単離方法は、上記播種密度で単核細胞を播種して単離した間葉系幹細胞が、2.5×10cells/cmより高い播種密度で単核細胞を播種して単離した間葉系幹細胞よりも、Ki67あるいはPCNAの発現性が高いことを特徴としている。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、上記単離培養に伴う播種作業において、単核細胞を上記播種密度の範囲で培養容器に播種することによって、単離培養において間葉系幹細胞の回収量が増加し、さらに増殖能力および活性度の高い間葉系幹細胞を単離することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】単核細胞の播種密度が異なる培養容器のイメージ図
図2】単核細胞の播種密度が異なる単離培養によって単離した間葉系幹細胞の細胞数についての実験結果を示すグラフ
図3】単核細胞の播種密度が異なる間葉系幹細胞の拡大培養時の写真
図4】単核細胞の播種密度が異なる間葉系幹細胞の拡大培養後の細胞増殖マーカーの相対発現量についての実験結果を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明にかかる間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem /Stromal Cell:MSC)の単離方法について説明する。
上記間葉系幹細胞は、細胞移植療法における細胞製剤として使用が試みられており、細胞製剤として使用すると、間葉系幹細胞が患者の体内でサイトカイン等の分泌因子を分泌すると考えられている。
上記間葉系幹細胞は様々な組織から採取することが可能であり、例えば臍帯、胎盤、脂肪、歯髄から採取することが可能であるが、本実施例では患者から採取した採取液として骨髄液を使用している。
【0009】
以下、本実施例にかかる間葉系幹細胞の単離方法の手順を説明すると、患者から採取した骨髄液から単核細胞を抽出する抽出作業(A)、抽出した単核細胞を培養容器に播種する播種作業(B)、培養容器の培地を交換しながら単核細胞を培養して、単核細胞から間葉系幹細胞を単離する単離培養(C)、単離した間葉系幹細胞を培養容器から回収する回収作業(D)によって構成されている。
また、本発明の単離方法により単離して回収した間葉系幹細胞を、培養容器に播種して培養する拡大培養(E)を実行してもよく、この場合、本発明は間葉系幹細胞の培養方法の発明となる。
なお、このような間葉系幹細胞の単離方法自体は、大まかな点で従来公知の方法と同様となっており、以下に説明する本発明にかかる作業以外の作業については詳細な説明を省略するものとする。
【0010】
上記抽出作業(A)は、患者から骨髄液を採取する作業と、採取した骨髄液にHES(赤血球沈降剤)やリンパ球分離溶液を加え、密度勾配や比重によって単核細胞を分離する作業とから構成される。
このようにして得られた単核細胞には、間葉系幹細胞の他に、白血球や赤血球、血小板などの浮遊性の血球細胞が含まれている。
【0011】
上記播種作業(B)は、上記抽出作業(A)で抽出した単核細胞を培養容器に播種する作業となっており、使用する培養容器としては、接着性細胞である間葉系幹細胞の培養に好適なコーティングが予め施された培養容器を用いる。
また播種作業(B)において使用する培地については、間葉系幹細胞の接着性を促すために、ウシ由来の血清を含有した培地を使用することができる。
そして本実施例の播種作業(B)は、培養容器に単核細胞を播種する際、2.5×10~4.0×10cells/cmの範囲の播種密度で播種することを特徴としている。
ここで単核細胞の播種密度は、以下の式にて算出することができる。
単核細胞の播種密度(cells/cm)=単核細胞の懸濁液濃度(cells/ml)×懸濁液の添加量(ml)/培養容器の底面積(cm
【0012】
図1は、単核細胞を異なる播種密度で播種した状態を、公知の培養容器を用いて示したイメージとなっている。図中(a)は従来の播種密度で播種したイメージを、(b)は(a)の播種密度より低密度で、かつ本発明の播種密度よりは高密度で播種したイメージを、(c)~(e)は本発明にかかる播種密度で播種したイメージを、(f)は本発明の播種密度よりも低密度で播種したイメージをそれぞれ示している。
なお図1では、患者から採取した50mlの骨髄液から4.0×10個の単核細胞が抽出されることを想定して、抽出した全ての単核細胞を使用して単核細胞の懸濁液を作成し、使用する培養容器の底面(培養面)の面積(培養面積)に対して目標の播種密度となるよう、必要量の懸濁液を予め培養容器に収容した培地に添加することにより播種するものとしている。
なお、患者から採取した骨髄液50mlに含まれる単核細胞の数は、実際は患者によって2.0×10~8.0×10個の範囲でばらつきがあることが知られており、これに応じて播種可能な培養容器の数は変動する。
【0013】
従来の播種作業においては、培養容器1つあたりの播種密度が1.25×10cells/cmとなるように単核細胞を播種していた。
この場合は、図1(a)に示すように、培養容器として直径90mmサイズのディッシュ(培養面積58cm)5枚に播種することになる。
【0014】
次に、図1(c)~(e)は本発明にかかる播種作業(B)での実施例を示しており、本発明では従来よりも単核細胞の播種密度を低くして播種することから、従来の培養容器よりも播種面積の大きな培養容器を用いたイメージを示している。
図1(c)には、培養容器として細胞培養用のフラスコ(培養面積225cm)を使用することを示しており、(d)、(e)には、大型の培養容器として内部に複数段の培養面(培養面積636cm)を上下に形成した培養チャンバを使用することを示している。
このうち(d)は5段式の培養チャンバ(培養面積3,180cm)を、(e)は上記5段式の培養チャンバと10段式の培養チャンバ(培養面積6,360cm)とを組み合わせた例を示している。
なお、上記培養チャンバには培養面が一段のものがあり、(d)、(e)については、当該1段式の培養チャンバ(培養面積636cm)を複数使用するようにしてもよい。
【0015】
そして、本発明では単核細胞の播種密度の範囲を2.5×10~4.0×10cells/cmとしており、図1(c)は播種密度を2.5×10cells/cmとしたイメージを示し、この場合は7個のフラスコ(全体の培養面積1575cm)に播種することになる。
また、図1(d)は播種密度を1.2×10cells/cmとしたイメージを示し、この場合は1台の5段式培養チャンバに播種することになる。なお、この場合は上記1段式培養チャンバ5台(全体の培養面積3,180cm)に播種することでもよい。
さらに、図1(e)は播種密度を4.0×10cells/cmとしたイメージを示し、この場合は1台の5段式培養チャンバと1台の10段式培養チャンバ(全体の培養面積9,540cm)に播種することになる。なお、この場合は、上記1段式培養チャンバを適宜使用して、合計で15段分の培養面積(全体の培養面積3,180cm)に播種することでもよい。
【0016】
以上のように、従来のように播種密度が1.25×10個/cmの場合は直径90mmサイズ(培養面積58cm)の培養容器に播種することになるが、本発明の場合は、細胞培養用のフラスコ(培養面積225cm)か、1段分もしくは5段式または10段式の培養チャンバ(1段分の培養面積636cm)を使用して、培養面積の面積比で直径90mmサイズの培養容器の培養面(培養面積58cm)に対して、約4倍ないし約11倍の培養面に単核細胞を播種することになる。
このような本発明における播種密度の範囲であれば、培地内の単核細胞の密集度が大きく低下して、血球細胞による間葉系幹細胞の沈降の阻害は低減され、底面に接着する間葉系幹細胞が増加して回収量を増加させることができる。
【0017】
そして、図1(b)、(f)は本発明に対する比較例として、図1(b)は本発明より高密度な播種密度を6.3×10個/cmとしたイメージを示し、培養容器として直径150mmサイズのディッシュ(培養面積155cm)4枚に播種することになる。
また、図1(f)は、本発明より低密度な播種密度を1.5×10cells/cmとしたイメージを示し、4台の10段式培養チャンバ(全体の培養面積25440cm)に播種することになる。
この図1(f)は、単核細胞を最低限の播種密度で播種した場合のイメージを示しており、すなわち、骨髄液から単離された単核球細胞には、間葉系幹細胞が0.01~0.001%の割合、換言すると単核球細胞10,000個~100,000個のうち間葉系幹細胞が1個しか存在しないことから、最低限の播種密度として上記密度を想定した。
【0018】
次に上記単離培養(C)は、培養容器の培地を交換しながら、上記播種作業(B)において培養容器に播種した単核細胞を培養し、培地を交換することに伴って単核細胞に含まれる血球細胞を除去して、間葉系幹細胞を単離するものとなっている。
まず上記播種作業(B)において、単核細胞が上述した播種密度の範囲で播種した培養容器を、内部が37℃で5%炭酸ガス濃度に維持されたインキュベータに収容して単核細胞の培養を行う。
このように培養容器をインキュベータに収容して所定期間にわたって静置させることで、培地内を浮遊する間葉系幹細胞が沈降して培養容器の底面に接着する。
本発明のように単核細胞の播種密度の範囲を2.5×10~4.0×10cells/cmとして低密度化することで、培地内に浮遊する血球細胞の密度が低下し、血球細胞により間葉系幹細胞の沈降が阻害されることが防止されている。
そして、所定の培養期間が経過したら培養容器をインキュベータから取り出して培地交換を行う。これにより培地内に浮遊している血球細胞が、培地とともに培養容器から除去される。本発明の場合は、血球細胞による間葉系幹細胞の沈降の阻害が防止されているため、沈降できずに培地内を浮遊して除去される間葉系幹細胞は減少している。
【0019】
その後は、定期的に培養容器をインキュベータから取り出して、培養容器の底面に接着した間葉系幹細胞の培養状態を観察しながら、所定の間隔で培地交換を繰り返し、所定の細胞数に増殖したことが確認されるまで培養を継続する。
これにより、培地交換に伴って血球細胞のほぼ全てが培養容器から除去されて、当初播種した単核細胞としては培養容器の底面に接着している間葉系幹細胞だけが残る。
培養容器の底面に接着した間葉系幹細胞は、分裂を繰り返してコロニーを形成して増殖することで単核細胞から単離する。また、培養容器の底面に接着した間葉系幹細胞は、一つの細胞が分裂を繰り返して増殖してコロニーを形成する。
なお、このような単離培養(C)における培地交換の際には、培養した間葉系幹細胞を細胞製剤として患者に投与することを考慮して、上記播種作業(B)の際に使用したウシ血清のような動物由来の血清を含んだ培地に代えて、血清を含まない無血清培地を使用するようにしてもよい。
【0020】
図2は、単核細胞の播種密度が異なる単離培養によって単離した間葉系幹細胞の細胞数についての実験結果を示すグラフを示し、図2において、縦軸は単離した間葉系幹細胞の細胞数を示し、横軸は単核細胞の播種密度を示している。
ここで、横軸については、図1(a)~(f)による各培養容器に播種した各播種密度に対応させており、従来として(a)1.25×10個/cmを、高密度として(b)6.3×10個/cmを、本発明として(c)2.5×10cells/cm、(d)1.2×10cells/cm、(e)4.0×10cells/cmを、低密度として(f)1.5×10cells/cmを設定している。また、図2に示す黒点は各播種密度で培養を行った2つのサンプルの細胞数を示しており、横線はその平均値を示している。
実験は上記実施例における抽出作業(A)~単離培養(C)をスケールダウンして行ったもので、単核細胞の播種細胞数を上記実施例よりも少ない2.3×10個(誤差範囲±10%)に揃えて、それぞれ実施例よりはサイズの小さな培養容器を用いて行った。 実験にはヒト由来の骨髄液を用い、播種作業として骨髄液から抽出した単核細胞を、比較対象を含む上記(a)~(e)の各播種密度で培養容器に播種した。
また単離培養では、播種作業後の各培養容器に対し、それぞれ72時間インキュベータに静置した後に1回目の培地交換を行い、その後48時間の時間を空けて2回目、3回目の培地交換を行った。
なお、播種作業ではウシ由来の血清を含有した培地を使用して細胞の接着性を高め、単離培養における2回目からの培地交換で血清を含まない無血清培地に切り換えた。
そして3回目の培地交換の後、各培養容器を48時間インキュベータに収容し、その後、培養容器内の間葉系幹細胞を剥離して、細胞数を血球計算盤を用いてカウントした。
【0021】
図2の結果から理解できるように、本発明に対応する単核細胞の播種密度を2.5×10~4.0×10cells/cmとした(c)~(e)では、従来の(a)や高密度の(b)、低密度の(f)に比べ、単離培養によって単離した間葉系幹細胞の細胞数が多いことが理解できる。
上記図2に示す結果について考察すると、本発明の(c)~(e)は、従来の(a)、高密度の(b)よりも単核細胞の播種密度を低くしたことにより、単核細胞を培養容器に播種した後、間葉系幹細胞が血球細胞に妨げられずに培養容器の底面まで沈降し、速やかに培養容器の底面に接着して増殖できたものと推察される。
これに対し、従来のように単核細胞の播種密度が高いと、間葉系幹細胞が培養容器の底面に向けて沈降する際に、培地に浮遊する血球細胞によって妨げられてしまい、培養容器の底面に接着できないまま培地内に浮遊してしまうことから、培地交換の際に他の血球細胞とともに除去されて細胞数が減少することが推察できる。
その他の要因として、間葉系幹細胞が培養容器の底面(培養面)に接着した状態において、本発明のように単核細胞の播種密度が低い場合は、間葉系幹細胞は培養容器の底面に疎らに位置して接着することとなる。
細胞は隣接する細胞同士が互いに増殖促進因子を分泌して、これが互いに作用することにより増殖する性質があるが、老化の進んだ細胞は、疎らな状態では隣接する細胞がなく、増殖促進因子が不足するため増殖が困難となる。
これに対して、若く増殖能力が高い細胞であれば、増殖促進因子の作用がなくても活発に増殖することができるため、疎らであっても若く増殖能力の高い細胞ほど早く増殖して全体に占める割合が大きくなる。
逆に、細胞同士が密な状態にあると、増殖能力が高い細胞であっても物理的に増殖が抑制される。
以上のことから、本発明のように単核細胞の播種密度を低くしたことにより、若く増殖能力の高い細胞が順調に増殖して、老化の進んだ細胞よりも早いスピードで細胞数を増やし、培養容器内において増殖能力の高い細胞の割合が高くなって細胞数が増加して回収量が増加するものと推察できる。
【0022】
また、図2においては、本発明の(d)1.2×10cells/cmをピークに、(e)4.0×10cells/cmや低密度の(f)1.5×10cells/cmについては、徐々に単離する細胞数が減少していることが見て取れる。
これはピークの1.2×10cells/cmでは、接着した間葉系幹細胞の中でもやや老化の進んだ細胞も増殖できる程度の密集性が保たれており、若干老化の進んだ細胞を含めて間葉系幹細胞の細胞数としては多目に表れているものと考えられる。
これに対して、より単核細胞の播種密度が低下した場合には、間葉系幹細胞の接着率は高まるものの、密集性はさらに低下するため、増殖能力を発揮できる間葉系幹細胞が限られることが要因と考えられる。
なお、低密度の(f)のように播種密度が低すぎる場合は、図1(f)に示すように10段式大型培養容器が複数必要となり、培養容器が大型化して作業の煩雑さが増すものの回収量は減少することから、間葉系幹細胞の単離方法としては生産性が低下するものであり、さらには複数のインキュベータや大型のインキュベータが必要となることから、これらを鑑みて本発明における単核細胞の播種密度の範囲から除外している。
以上のことから、本発明では、上記(e)4.0×10cells/cmを単核細胞の播種密度の下限としている。
【0023】
次に上記回収作業(D)では、上記単離培養(C)において単離させた間葉系幹細胞を、剥離手段を用いて培養容器から剥離させて回収する作業を行う。
上記回収作業(D)を行うタイミングとしては、上記単離培養(C)の間に培養容器内の底面に接着した間葉系幹細胞の状態を定期的に観察して、細胞数が10~10個からなるコロニーの形成が確認された時点を基準に、回収作業(D)を開始することとした。
なお、上記コロニーを構成する間葉系幹細胞の計数方法としては、従来公知の方法を採用することが可能であり、例えば位相差顕微鏡において培養容器を観察して、間葉系幹細胞のコロニーの大きさと密度から判断することができる。
具体的には、位相差顕微鏡による観察範囲に2mm四方の範囲を設定し、当該範囲内に間葉系幹細胞が70%以上占めていた場合には、当該コロニーが10~10個の間葉系幹細胞によって構成されていると判断することができる。
【0024】
回収作業(D)を行うタイミングとして、細胞数が10~10個からなるコロニーの形成が確認された時点を基準とする理由は、以下の通りである。
上記単離培養(C)では、培養容器において間葉系幹細胞が分裂を繰り返すことでコロニーを形成して増殖してゆくが、当該コロニーにおける間葉系幹細胞の密度が増すと、細胞が凝集化して細胞凝集塊が形成され、増殖速度が鈍化して回収量が低下する。
このような状況は細胞数が10~10個のコロニーが確認された時点では発生しないが、その後も増殖が進行することから、この時点で回収するのが良いが、実際には作業のための準備が必要であることを鑑み、細胞数が10~10個のコロニーが確認された時点から、遅くとも72時間後までに望ましくは48時間後までには回収するのが良い。
一方では、増殖能力の高い細胞ほど早くコロニーを形成するが、老化の進んだ細胞も徐々に分裂して数を増やすため、老化の進んだ細胞を含んで回収する可能性が高まることから、遅くとも72時間後までに望ましくは48時間後までには回収するのが良い。
【0025】
そして回収作業(D)では、培養容器から全ての培地を取り除く作業と、培養容器の内部を平衡緩衝液(PBS)で洗浄する作業と、培養容器に接着した間葉系幹細胞を剥離させる作業と、剥離した間葉系幹細胞を回収容器に移し替える作業とを行う。
培養容器の底面に接着している間葉系幹細胞を剥離するには、培養容器に剥離剤を添加し、培養容器内でピペッティングを行って剥離させる。
具体的には、剥離剤を培養容器に添加し、インキュベータ内で室温を37℃にして所定時間維持した後、培養容器内でピペッティングを数回行って、培養容器の底面に接着していた間葉系幹細胞を剥離させる。
【0026】
上記回収作業(D)による回収で必要量の間葉系幹細胞が得られる場合は、回収作業(D)において間葉系幹細胞を単離する作業を終了してもよい。
これに対して、さらに大量の間葉系幹細胞が必要な場合は、引き続き拡大培養(E)を実施して回収作業(D)で回収した間葉系幹細胞を継代により増加させることができる。
上記拡大培養(E)では、上記回収作業(D)によって回収した間葉系幹細胞を培養容器に播種して培養するようになっている。
まず、上記回収作業(D)で回収した間葉系幹細胞から作成した細胞懸濁液を遠心分離し、細胞懸濁液を間葉系幹細胞と上清とに分離する。続いて遠心分離された間葉系幹細胞に対して所定量の培地を加えて、ペレット状となった間葉系幹細胞を崩して細胞懸濁液を再度作成する。
続いて、細胞懸濁液中における間葉系幹細胞の数をカウントし、間葉系幹細胞の播種密度が所定の密度、例えば、間葉系幹細胞の一般的な播種密度である5×10cells/cmとなるように、培養容器に間葉系幹細胞を播種する。
このように播種を行った培養容器をインキュベータに収容し、従来公知の培養方法と同様の手順を用いて複数回の培地交換および必要に応じて継代を行って、必要な量の間葉系幹細胞が得られるまで増殖させる。
【0027】
図3は、図2に示す実験で単離した間葉系幹細胞を回収して拡大培養を行った際の、培養時の各培養容器内の間葉系幹細胞を撮影した写真となっている。
なお、図3(a)~(e)の写真は、それぞれ図2の横軸に示した(a)~(e)の単核細胞の播種密度と対応している。
図3において、(a)は図2(a)の従来、(b)は図2(b)の高密度に対応し、それぞれ間葉系幹細胞の平均的な大きさは50~60μmとなっている。
これに対し、(c)~(e)は図2(c)~(e)の本発明に対応し、それぞれ間葉系幹細胞の平均的な大きさは30~40μmであった。
なお、図2(f)に対応する低密度については省略しているが、本発明に対応する図3(c)~(e)における間葉系幹細胞と同様、平均的な大きさは30~40μmであった。
これら図3の写真からは、単核細胞の播種密度が2.5×10cells/cm以下であれば、単離された間葉系幹細胞は小さく紡錘形のものが多くなることが分かる。
【0028】
すなわち、図3の結果から考察すると、(a)、(b)で撮影された大きな間葉系幹細胞は、老化して形が崩れた増殖能力が劣化した間葉系幹細胞であり、その後の拡大培養で使用しても間葉系幹細胞の増殖能力が低く回収量の増加が見込めず、また、活性度も低いため患者に細胞製剤として投与した際には、薬としての効果は低下するものと考えられる。
これに対し、(c)~(e)で撮影された比較的小さい間葉系幹細胞は、立体的な紡錘形を維持しており、若く活性度の高い増殖能力に優れた間葉系幹細胞であり、その後の拡大培養で使用した場合にも増殖能力が高く回収量を増加させ、また活性度も高いことから患者に細胞製剤として投与すれば、高い効果が得られるものである。
特に、図3(b)については、図2においては高密度の(b)6.3×10cells/cmとして、単離後の回収量では(c)2.5×10cells/cmや(e)4.0×10cells/cmの低い方のサンプルと同レベルであるが、図3(b)の写真に示されるように、老化して形が崩れた間葉系幹細胞が多いことから、増殖能力および活性度は低いものとして、本発明の播種密度の範囲からは除外している。
以上のことから、本発明では、上記(c)2.5×10cells/cmを単核細胞の播種密度の上限としている。
【0029】
図4は細胞増殖マーカーの相対発現量についての実験結果を示すグラフであり、図2に示す実験で単離した間葉系幹細胞を拡大培養した後の細胞増殖マーカーの相対発現量を示し、(A)はKi67、(B)はPCNA(Proliferating Cell Nuclear Antigen)に関する。これらはいずれも細胞分裂を促進する蛋白質で、相対発現量が高いほど増殖能力および活性度が高いと考えられている。
図4の(A)Ki67、(B)PCNAとも、単核細胞が(d)1.2×10cells/cmの播種密度で播種して単離した間葉系幹細胞の方が、これより高い播種密度である(a)1.25×10cells/cmで単離した間葉系幹細胞よりも相対発現量が高いことが分かる。
このことから、本発明による播種密度で単核細胞を播種して単離した間葉系幹細胞は、これよりも高い播種密度で単核細胞を播種して単離した間葉系幹細胞よりも、Ki67あるいはPCNAの発現性が高い傾向にあることが推測される。なお、実験はSAGE解析による遺伝子発現の評価による。
【0030】
以上述べたように、本実施例の間葉系幹細胞の単離方法によれば、播種作業(B)において、単核細胞の播種密度を従来の1.25×10cells/cmよりも低い2.5×10~4.0×10cells/cmの範囲とすることで、図2のグラフに示す実験結果から明らかなように、単離培養(C)においては従来よりも多くの間葉系幹細胞を得ることができる。
また、図3の写真に示したように、単離培養(C)において、従来の単離方法で単離された間葉系幹細胞よりも小さく、紡錘形を維持した間葉系幹細胞を選択的に得ることができるため、品質にばらつきがなく、その後の拡大培養(E)においても安定的かつ効率的に増殖能力および活性度の高い間葉系幹細胞を回収することが可能となる。
つまり、従来の単離方法を用いても、拡大培養(E)において継代を繰り返せば最終的には必要数量の間葉系幹細胞を得ることはできるが、本発明の単離方法を用いれば、従来よりも少ない継代の回数で必要数量の間葉系幹細胞を回収することができるため、作業時間の短縮につながり、効率的に間葉系幹細胞を得ることができる。
しかも、継代の回数が少ないほど細胞分裂の回数は少なくなり、図3の(c)~(e)において確認されたような、活性度の高い間葉系幹細胞が得られるため、得られた間葉系幹細胞から効果の高い細胞製剤を製造することが可能となる。
【0031】
次に、上記回収作業(D)に関する第2実施例について説明する。特に本実施例では、接着した間葉系幹細胞の剥離手段の作用の度合を設定することにより、培養容器に接着している間葉系幹細胞のうち、設定された作用の度合に応じて容易に剥離される間葉系幹細胞だけを回収するようにしている。
上記剥離手段によって容易に剥離される間葉系幹細胞とは、図3(c)~(e)に示すような、小さく立体的な紡錘形を有する比較的若い細胞であって、このような細胞は培養容器との接着面積が狭いことから、剥離手段によって剥離させやすいものとなっている。
これに対し、老化が進んで増殖能力が低下した間葉系幹細胞は、図3(a)、(b)に示すような、形状が崩れて大きく広がった細胞であって、このような細胞は培養容器への接着面積が広がることで、(c)~(e)の紡錘形の細胞よりも剥離しにくくなっている。
そこで本実施例では、上記剥離手段の作用の度合を、紡錘形を維持する細胞が剥離する程度に設定することにより、培養容器に接着している間葉系幹細胞のうち、作用の度合に応じて剥離される間葉系幹細胞だけを回収するようになっている。
【0032】
上記培養容器から間葉系幹細胞を剥離させる剥離手段としては、剥離剤の使用が知られており、剥離手段を作用させる度合としては、添加する剥離剤の濃度や時間を、紡錘形を維持している細胞は剥がれるが、形が崩れて接着面積が大きくなった細胞は剥がれない程度に設定する。
また剥離手段として、上記剥離剤と併用して、ピペッティングによって培養容器中に液流を生じさせることで、間葉系幹細胞に剥離剤を浸透させるとともに、液流による圧力によって間葉系幹細胞を剥離させることもできる。
この場合も、剥離手段を作用させる度合としては、紡錘形を維持している細胞は剥がれ、形が崩れた細胞は剥がれないような液流の圧力や回数に設定することができる。
さらにその他の剥離手段として、上記培養容器に対して、振動や超音波、衝撃を作用させる物理的な手段や、所要の周波数の光を照射する手段も用いることが可能であり、これらについても、紡錘形を維持している細胞は剥がれ、形が崩れた細胞は剥がれないような、剥離手段の作用の度合を設定することができ、これら様々な剥離手段において作用の度合を設定することで、若く増殖能力が高い間葉系幹細胞を選択的に剥離させることができる。
【0033】
本実施例における回収作業(D)の具体的な方法としては、例えば、剥離剤を培養容器に添加し、インキュベータ内で室温を37℃にして5分間維持した後、培養容器内でピペッティングを数回行う。
これにより、紡錘形を維持している間葉系幹細胞は、容易に培養容器から剥離する。なおこの場合に、上記5分間の維持時間を7分以上に設定すると、老化して形の崩れた間葉系幹細胞を含んだ全ての間葉系幹細胞が剥離してしまう。
したがってこの場合は、剥離剤の維持時間の設定が剥離手段の作用の度合を設定することに該当する。
その他の方法としては、剥離剤を培養容器に添加し、インキュベータ内で室温を25℃に設定して7分間維持した後、ピペッティングを数回行う。
このように環境温度を異ならせることにより、剥離剤がゆっくり反応するようになり、紡錘形の間葉系幹細胞を剥離させることができる。
なお温度を37℃として7分間以上経過すると、形の崩れた細胞を含めて全ての間葉系幹細胞が剥離してしまう。
したがってこの場合は、環境温度の設定が剥離手段の作用の度合を設定することに該当する。
なお、その他にも、剥離剤の使用量や、ピペッティングに追加して振動や超音波、衝撃および光などを作用させるとともに、これら剥離手段の使用時間や強度からなる作用の度合を、紡錘形の細胞が剥離し、形の崩れた細胞は剥離しない程度に設定することで、増殖能力の高い間葉系幹細胞を選択的に培養容器から剥離して回収することができる。
また、このような回収作業の方法は、拡大培養(E)における回収作業においても適用することができる。

図1
図2
図3
図4