(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023163712
(43)【公開日】2023-11-10
(54)【発明の名称】タイヤの摩耗状態推定装置
(51)【国際特許分類】
B60C 19/00 20060101AFI20231102BHJP
B60C 11/24 20060101ALI20231102BHJP
G01M 17/02 20060101ALI20231102BHJP
【FI】
B60C19/00 Z
B60C19/00 H
B60C11/24 Z
G01M17/02
B60C19/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022074790
(22)【出願日】2022-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124039
【弁理士】
【氏名又は名称】立花 顕治
(74)【代理人】
【識別番号】100210251
【弁理士】
【氏名又は名称】大古場 ゆう子
(72)【発明者】
【氏名】前田 悠輔
【テーマコード(参考)】
3D131
【Fターム(参考)】
3D131BC21
3D131LA22
3D131LA34
(57)【要約】
【課題】多数のタイヤのデータを予め取得しなくてもタイヤの摩耗状態を推定可能な摩耗状態推定装置を提供する。
【解決手段】タイヤの摩耗状態推定装置は、回転速度取得部と、駆動力取得部と、スリップ比算出部と、係数算出部と、推定部とを備える。回転速度取得部は、車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得する。駆動力取得部は、前記車両の駆動力を順次取得する。スリップ比算出部は、前記順次取得されるタイヤの回転速度に基づいて、スリップ比を算出する。係数算出部は、前記スリップ比及び前記駆動力の複数のデータセットに基づいて、前記スリップ比と前記駆動力との関係を表す回帰係数を算出する。推定部は、予め特定された定数と、前記タイヤの基準時における前記回帰係数及び前記タイヤの摩耗状態と、前記算出される回帰係数とに基づいて、前記回帰係数の算出時における前記タイヤの摩耗状態を推定する。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得する回転速度取得部と、
前記車両の駆動力を順次取得する駆動力取得部と、
前記順次取得されるタイヤの回転速度に基づいて、スリップ比を算出するスリップ比算出部と、
前記スリップ比及び前記駆動力の複数のデータセットに基づいて、前記スリップ比と前記駆動力との関係を表す回帰係数を算出する係数算出部と、
予め特定された定数と、前記タイヤの基準時における前記回帰係数及び前記タイヤの摩耗状態と、前記算出される回帰係数とに基づいて、前記回帰係数の算出時における前記タイヤの摩耗状態を推定する推定部と
を備える、
タイヤの摩耗状態推定装置。
【請求項2】
前記定数は、前記タイヤのトレッド溝が消失したか、ほとんど消失した状態を仮定したときの前記回帰係数を表す、
請求項1に記載の摩耗状態推定装置。
【請求項3】
前記定数は、前記タイヤの種類によらない、
請求項1または2に記載の摩耗状態推定装置。
【請求項4】
前記基準時は、前記タイヤが前記車両に装着されたときまたは前記タイヤがローテーションされたときである、
請求項1または2に記載の摩耗状態推定装置。
【請求項5】
前記係数算出部は、フィルタリング後の前記スリップ比及び前記駆動力の複数のデータセットに基づいて、前記回帰係数を算出する、
請求項1または2に記載の摩耗状態推定装置。
【請求項6】
前記車両の外部の温度を取得する温度取得部と、
前記取得された温度に基づいて、前記回帰係数を補正する係数補正部と
をさらに備える、
請求項1または2に記載の摩耗状態推定装置。
【請求項7】
前記車両の旋回半径を取得する旋回半径取得部と、
前記旋回半径と前記スリップ比との関係を表す関係情報と、前記取得される旋回半径とに基づいて、前記スリップ比を補正するスリップ比補正部と
をさらに備える、
請求項1または2に記載の摩耗状態推定装置。
【請求項8】
前記関係情報は、前記スリップ比を前記旋回半径の逆数の二次関数で表す情報である、
請求項7に記載の摩耗状態推定装置。
【請求項9】
車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得することと、
前記車両の駆動力を順次取得することと、
前記順次取得されるタイヤの回転速度に基づいて、スリップ比を算出することと、
前記スリップ比及び前記駆動力の複数のデータセットに基づいて、前記スリップ比と前記駆動力との関係を表す回帰係数を算出することと、
予め特定された定数と、前記タイヤの基準時における前記回帰係数及び前記タイヤの摩耗状態と、前記算出される回帰係数とに基づいて、前記回帰係数の算出時における前記タイヤの摩耗状態を推定することと
を含む、
タイヤの摩耗状態推定方法。
【請求項10】
車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得することと、
前記車両の駆動力を順次取得することと、
前記順次取得されるタイヤの回転速度に基づいて、スリップ比を算出することと、
前記スリップ比及び前記駆動力の複数のデータセットに基づいて、前記スリップ比と前記駆動力との関係を表す回帰係数を算出することと、
予め特定された定数と、前記タイヤの基準時における前記回帰係数及び前記タイヤの摩耗状態と、前記算出される回帰係数とに基づいて、前記回帰係数の算出時における前記タイヤの摩耗状態を推定することと
をコンピュータに実行させる、
タイヤの摩耗状態推定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走行中の車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定する摩耗状態推定装置、推定方法及び推定プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、タイヤの回転速度の前後輪比と、車両加速度との関係式の傾きに基づいてタイヤの摩耗状態を検知する装置を開示する。特許文献1によれば、上記関係式の傾きは、スリップ率sが小さい範囲でのタイヤのμ-s特性曲線の傾きに対応する。μ-s特性曲線の傾きは、タイヤのトレッドゴムの剛性が高いほど大きくなり、その逆では小さくなるという性質を有するが、タイヤが摩耗すると、トレッドゴムの剛性が高くなり、μ-s特性曲線の傾きが大きくなる。特許文献1では、新品時または50%摩耗時のタイヤについて予め特定されたμ-s特性曲線の傾きあるいは前後輪比-加速度直線の傾きと、車両の走行中に算出される上記傾きとを比較することにより、タイヤの摩耗を判定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記の傾きが摩耗によりどの程度変化するかは、タイヤの種類によって異なる。このため、特許文献1に開示の装置において、摩耗をより精度よく判定するためには、タイヤの種類ごとに摩耗時における上記傾きのデータを取得し、摩耗と判定するための傾きの閾値を定める必要がある。しかし、これには膨大な量の実験が必要となるため、より簡易に摩耗状態を推定することができる技術が望まれている。
【0005】
本開示は、多数のタイヤのデータを予め取得しなくてもタイヤの摩耗状態を推定可能な摩耗状態推定装置、推定方法、及び推定システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の第1観点に係るタイヤの摩耗状態推定装置は、回転速度取得部と、駆動力取得部と、スリップ比算出部と、係数算出部と、推定部とを備える。回転速度取得部は、車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得する。駆動力取得部は、前記車両の駆動力を順次取得する。スリップ比算出部は、前記順次取得されるタイヤの回転速度に基づいて、スリップ比を算出する。係数算出部は、前記スリップ比及び前記駆動力の複数のデータセットに基づいて、前記スリップ比と前記駆動力との関係を表す回帰係数を算出する。推定部は、予め特定された定数と、前記タイヤの基準時における前記回帰係数及び前記タイヤの摩耗状態と、前記算出される回帰係数とに基づいて、前記回帰係数の算出時における前記タイヤの摩耗状態を推定する。
【0007】
本開示の第2観点に係る判定装置は、第1観点に係る摩耗状態推定装置であって、前記定数は、前記タイヤのトレッド溝が消失したか、ほとんど消失した状態を仮定したときの前記回帰係数を表す。
【0008】
本開示の第3観点に係る摩耗状態推定装置は、第1観点または第2観点に係る摩耗状態推定装置であって、前記定数は、前記タイヤの種類によらない。
【0009】
本開示の第4観点に係る摩耗状態推定装置は、第1観点から第3観点のいずれかに係る摩耗状態推定装置であって、前記基準時は、前記タイヤが前記車両に装着されたときまたは前記タイヤがローテーションされたときである。
【0010】
本開示の第5観点に係る摩耗状態推定装置は、第1観点から第4観点のいずれかに係る摩耗状態推定装置であって、前記係数算出部は、フィルタリング後の前記スリップ比及び前記駆動力の複数のデータセットに基づいて、前記回帰係数を算出する。
【0011】
本開示の第6観点に係る摩耗状態推定装置は、第1観点から第5観点のいずれかに係る摩耗状態推定装置であって、前記車両の外部の温度を取得する温度取得部と、前記取得された温度に基づいて、前記回帰係数を補正する係数補正部とをさらに備える。
【0012】
本開示の第7観点に係る摩耗状態推定装置は、第1観点から第6観点のいずれかに係る摩耗状態推定装置であって、前記車両の旋回半径を取得する旋回半径取得部と、前記旋回半径と前記スリップ比との関係を表す関係情報と、前記取得される旋回半径とに基づいて、前記スリップ比を補正するスリップ比補正部とをさらに備える。
【0013】
本開示の第8観点に係る摩耗状態推定装置は、第7観点に係る摩耗状態推定装置であって、前記関係情報は、前記スリップ比を前記旋回半径の逆数の二次関数で表す情報である。
【0014】
本開示の第9観点に係る摩耗状態推定方法は、以下のことを含む。また、本開示の第10観点に係る摩耗状態推定プログラムは、以下のことをコンピュータに実行させる。
・車両に装着されたタイヤの回転速度を順次取得すること
・前記車両の駆動力を順次取得すること
・前記順次取得されるタイヤの回転速度に基づいて、スリップ比を算出すること
・前記スリップ比及び前記駆動力の複数のデータセットに基づいて、前記スリップ比と前記駆動力との関係を表す回帰係数を算出すること
・予め特定された定数と、前記タイヤの基準時における前記回帰係数及び前記タイヤの摩耗状態と、前記算出される回帰係数とに基づいて、前記回帰係数の算出時における前記タイヤの摩耗状態を推定すること
【発明の効果】
【0015】
本開示によれば、タイヤの種類ごとに多数のデータを予め取得することなく、車両に装着されたタイヤの摩耗状態を推定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】一実施形態に係る摩耗状態推定装置としての制御ユニットが車両に搭載された様子を示す模式図。
【
図2】一実施形態に係る制御ユニットの電気的構成を示すブロック図。
【
図5】摩耗状態推定の原理を裏付ける実験のグラフ。
【
図7】摩耗状態推定処理の流れを示すフローチャート。
【
図8】摩耗状態推定処理の流れを示すフローチャート(
図7の続き)。
【
図9】摩耗状態推定処理の流れを示すフローチャート(
図7の続き)。
【
図10A】実施例による残り溝深さの推定精度を示すグラフ。
【
図10B】実施例による残り溝深さの推定精度を示すグラフ。
【
図10C】実施例による残り溝深さの推定精度を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しつつ、本発明の幾つかの実施形態に係る摩耗状態推定装置、方法及びプログラムについて説明する。
【0018】
<1.概要>
図1は、本実施形態に係る摩耗状態推定装置としての制御ユニット2が車両1に搭載された様子を示す模式図である。制御ユニット2は、車両1の走行中に取得されるセンシングデータに基づいて、車両1に装着されるタイヤ、特に駆動力が加わるタイヤの摩耗状態を推定する。なお、制御ユニット2は、必ずしも車両1に搭載されている必要はなく、後述する制御ユニット2の機能の少なくとも一部は、車両1の外部の1または複数のコンピュータにより実現されてもよい。
【0019】
[車両]
本実施形態に係る車両1は、四輪車両であり、左前輪FL、右前輪FR、左後輪RL及び右後輪RRを備えている。車輪FL,FR,RL,RRには、それぞれ、タイヤTFL,TFR,TRL,TRRが装着されている。車両1は、フロントエンジン・フロントドライブ車(FF車)であり、前輪タイヤTFL,TFRが駆動輪タイヤであり、後輪タイヤTRL,TRRが従動輪タイヤである。従って、本実施形態に係る制御ユニット2は、前輪タイヤTFL,TFRの摩耗状態をそれぞれ推定する。
【0020】
[車輪速センサ]
車両1のタイヤTFL,TFR,TRL,TRR(より正確には、車輪FL,FR,RL,RR)には、各々、車輪速センサ6が取り付けられており、車輪速センサ6は、自身の取り付けられた車輪に装着されたタイヤの回転速度(すなわち、車輪速)V1~V4を検出する。V1~V4は、それぞれ、タイヤTFL,TFR,TRL,TRRの回転速度である。車輪速センサ6としては、走行中の車輪FL,FR,RL,RRの車輪速を検出できるものであれば、どのようなものでも用いることができる。例えば、電磁ピックアップの出力信号から車輪速を測定するタイプのセンサを用いることもできるし、ダイナモのように回転を利用して発電を行い、このときの電圧から車輪速を測定するタイプのセンサを用いることもできる。車輪速センサ6の取り付け位置も、特に限定されず、車輪速の検出が可能である限り、センサの種類に応じて、適宜、選択することができる。車輪速センサ6は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。車輪速センサ6で検出された回転速度V1~V4の情報は、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0021】
[トルクセンサ]
車両1には、車両1のホイールトルクWTを検出するトルクセンサ7が取り付けられている。トルクセンサ7としては、車両1のホイールトルクWTを検出できる限り、その構造も取り付け位置も特に限定されない。トルクセンサ7は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。トルクセンサ7で検出されたホイールトルクWTの情報は、回転速度V1~V4の情報と同様、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0022】
[横方向加速度センサ]
また、車両1には、車両1に加わる横方向加速度γを検出する横方向加速度センサ4が取り付けられている。横方向加速度γとは、車両1の旋回時に、旋回外側に向かって車両1に作用する遠心加速度である。横方向加速度センサ4としては、横方向加速度γを検出できる限り、その構造も取り付け位置も特に限定されない。横方向加速度センサ4は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。横方向加速度センサ4で検出された横方向加速度γの情報は、回転速度V1~V4及びホイールトルクWTの情報と同様、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0023】
[ヨーレートセンサ]
また、車両1には、車両1のヨーレートωを検出するヨーレートセンサ8が取り付けられている。ヨーレートωとは、車両1の旋回時の鉛直軸周りの回転角速度である。ヨーレートセンサ8としては、例えば、コリオリ力を利用してヨーレートを検出するタイプのセンサを用いることができるが、ヨーレートωを検出できる限り、その構造も取り付け位置も特に限定されない。ヨーレートセンサ8は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。ヨーレートセンサ8で検出されたヨーレートωの情報は、回転速度V1~V4、ホイールトルクWT及び横方向加速度γの情報と同様、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0024】
[温度センサ]
また、車両1には、車両1の外部の温度を検出する温度センサ9が取り付けられている。温度センサ9としては、車両1の外部の温度を検出できる限り、どのようなものでも用いることができ、例えば、サーミスタを使用するもの、半導体を使用するもの、熱電対を使用するもの等を用いることができる。温度センサ9の取り付け位置は特に限定されないが、車両1のエンジンや排気の熱等による影響を受けにくい場所であることが好ましい。温度センサ9は、制御ユニット2に通信線5を介して接続されている。温度センサ9で検出された外部温度tの情報は、回転速度V1~V4、ホイールトルクWT、横方向加速度γ及びヨーレートωの情報と同様、リアルタイムに制御ユニット2に送信される。
【0025】
[表示器]
車両1には、制御ユニット2と接続される表示器3が備えられる。表示器3は、ユーザ(主として、ドライバー)に警報を含む各種情報を出力することができ、例えば、液晶表示素子、液晶モニター、プラズマディスプレイ、有機ELディスプレイ等、任意の態様で実現することができる。表示器3の取り付け位置は、適宜選択することができるが、例えば、インストルメントパネル上等、ドライバーに分かりやすい位置に設けることが好ましい。制御ユニット2がカーナビゲーションシステムに接続される場合には、カーナビゲーション用のモニターを表示器3として使用することも可能である。表示器3としてモニターが使用される場合、警報はモニター上に表示されるアイコンや文字情報とすることができる。
【0026】
[入力部]
車両1には、制御ユニット2と接続される入力部16(
図2参照)がさらに備えられる。入力部16は、特に限定されないが、例えばボタン、キーボード、タッチパネルディスプレイ等の態様で実現され、ユーザからの入力を受け付ける。入力部16がタッチパネルディスプレイとして構成される場合は、表示器3が入力部16を兼ねていてもよい。本実施形態の入力部16は、タイヤの基準時における情報の入力や、初期化の指示を主として受け付ける。これらの処理については、後述する。
【0027】
<2.制御ユニット>
図2は、制御ユニット2の電気的構成を示すブロック図である。制御ユニット2は、本実施形態では車両1に搭載されるコンピュータであり、
図2に示されるとおり、I/Oインターフェース11、CPU12、ROM13、RAM14、及び不揮発性で書き換え可能な記憶装置15を備えている。I/Oインターフェース11は、車輪速センサ6、トルクセンサ7、横方向加速度センサ4、ヨーレートセンサ8、温度センサ9、表示器3及び入力部16等の外部装置との通信を行うための通信装置である。ROM13には、車両1の各部の動作を制御するためのプログラム10が格納されている。CPU12は、ROM13からプログラム10を読み出して実行することにより、仮想的に回転速度取得部21、駆動力取得部22、横方向加速度取得部23、旋回半径取得部24、温度取得部25、スリップ比算出部26、関係特定部27、スリップ比補正部28、係数算出部29、係数補正部30、推定部31及び警報出力部32として動作する。各部21~32の動作の詳細は、後述する。記憶装置15は、ハードディスクやフラッシュメモリ等で構成される。なお、プログラム10の少なくとも一部は、ROM13ではなく、記憶装置15に格納されてもよい。RAM14及び記憶装置15は、CPU12の演算に適宜使用される。
【0028】
<3.摩耗状態推定の原理>
制御ユニット2は、以下で説明する原理に基づいて、タイヤTFL,TFRの摩耗状態としてタイヤTFL,TFRの残り溝深さを推定する。制御ユニット2は、車両のスリップ比Sと車両1の駆動力Fとの回帰曲線を表す回帰係数に基づいてタイヤの摩耗状態を推定する。スリップ比Sは、(駆動輪の速度-車体速度)/車体速度として算出され、本実施形態では車体速度として従動輪の速度が用いられる。すなわち、スリップ比Sは、各車輪の回転速度V1~V4に基づいて、以下の式(1)に従って算出される。また、SとFとの回帰曲線は、本実施形態では以下の式(2)で表される回帰直線であり、回帰係数は、傾きf1及び切片f2となる。
S={(V1+V2)-(V3+V4)}/(V3+V4) (1)
S=f1F+f2 (2)
【0029】
また、路面の状態が一定であるとき、スリップ比Sと駆動力Fとの間には、
図3のグラフに示すような関係が成り立つことが知られている。車両1が通常走行する環境下では、スリップ比Sは概ね0~Scの範囲を遷移する。
図3から分かるように、スリップ比Sが0~Scである領域では、スリップ比Sと駆動力Fとの間に近似的な線形関係が成り立つといってよく、この近似的な線形関係に支配的な因子の1つとして、以下の式(3)で表されるドライビングスティフネスが知られている。ただし、wはタイヤの接地幅、k
xはタイヤのトレッドゴムのブロックBLの単位面積当たりのせん断剛性、lはタイヤの接地長である。ブロックBLは、直方体であると仮定する。
C=wk
xl
2/2 (3)
【0030】
図4は、路面上のタイヤのブロックBLを片持ち梁として考えたモデル図である。せん断力QがブロックBLに働くときのブロックBLの変形量をδ、ブロックBLの高さをL、ブロックBLの断面積をA、ブロックBLのせん断弾性係数をG、ブロックBLの断面形状係数をκとすると、単位面積当たりのせん断剛性k
xは、以下の式で表される。
k
x=Q/δ=(GA)/(κL)
【0031】
ここで、タイヤの新品時のブロックBLの高さをLN、摩耗時のブロックBLの高さをLWとし、A、Gは新品時と摩耗時とで一定であると仮定する。タイヤの新品時のkxをkxN、タイヤの摩耗時のkxをkxWとすると、kxWは以下の式(4)で表される。
kxW=(GA)/(κLW) =(GA)/(κLN)×LN/LW
=kxN×LN/LW (4)
【0032】
式(3)から、駆動力Fに対するスリップ比Sの傾きf1は、ブロックBLの単位面積当たりのせん断剛性kxが高いほど小さくなると考えられる。そこで、傾きf1が単位面積当たりのせん断剛性kxに反比例すると仮定する。タイヤの新品時にf1Nであった傾きが、タイヤの摩耗時にf1に変化したとすると、式(4)より、以下のことが成り立つ。
(f1N-f1)∝1/kxN-1/kxW=(1/kxN)×(LN-LW)/LN
【0033】
ここで、(LN-LW)を、ブロックBLが新品時から摩耗によりすり減った量と考えて摩耗量Wに置き換えると、以下の式が成り立つ。
(f1N-f1)∝W/(kxN×LN)
【0034】
この式は、摩耗量Wが傾きf1の変化に比例することを意味する。つまり、傾きf1N及び傾きf1の算出時に路面の条件が同等であるという前提が成り立つ場合、新品時の傾きf1Nに対する傾きf1の変化量から、摩耗量Wを推定することができる。なお、摩耗量Wは、新品時のタイヤの溝の深さと傾きf1の算出時におけるタイヤの残り溝深さDとの差に相当するので、傾きf1と残り溝深さDとの関係は直線に回帰させることができる。
【0035】
図5は、このことを裏付ける実験結果のグラフである。
図5のグラフは、横軸が残り溝深さD(mm)、縦軸が傾きf1を表す。このグラフは、実際の車両に装着された5種類のタイヤTa~Teについて取得されたDとf1との多数のデータセットをプロットし、それぞれについて以下の式(5)で表される回帰直線を算出したものである。タイヤTa~Teは、サイズ違い及びトレッドパターン違いを含む。残り溝深さDは、タイヤTa~Teのトレッド部分を所定量削ることによって変化させた。グラフから分かるように、残り溝深さDと傾きf1との関係は、傾きをa
4、切片をb
4とする回帰直線により表すことができた。従って、タイヤが新品であるときの傾きf1
Nと、D-f1回帰直線の傾きa
4(以下、これを「摩耗感度」とも称する)とが特定できれば、推定時の傾きf1に基づいて残り溝深さDを推定することが可能である。
f1=a
4D+b
4 (5)
【0036】
ところが、グラフから分かるように、上記摩耗感度a4はタイヤの種類によって異なる。このため、傾きf1N及び傾きf1に基づいて残り溝深さDを推定しようとすると、タイヤの種類ごとに摩耗感度a4を特定する必要がある。しかし、タイヤの種類は用途に応じて無数に存在するため、これらについて網羅的に摩耗感度a4を特定することは容易ではない。
【0037】
発明者は、この点についてさらに検討を重ねた結果、D=0mmであると仮定したとき、つまり、タイヤのトレッド溝が消失したか、ほとんど消失した状態を仮定したときの傾きf1が、タイヤの種類によらず概ね0.02付近に収束することを見出した(
図5丸枠内)。すなわち、D-f1回帰直線の切片b
4は、タイヤの種類によらない定数パラメータとみなすことができる。これにより、切片b
4が1つ特定できれば、切片b
4と、基準時におけるタイヤの残り溝深さD1と傾きf1のデータとに基づいて、そのタイヤに固有の摩耗感度a
4をまず特定することができる。その後は、摩耗感度a
4及び制御ユニット2において算出される傾きf1に基づいて、傾きf1の算出時におけるタイヤの残り溝深さDを推定することが可能となる。
【0038】
上記基準時とは、タイヤの残り溝深さDと傾きf1とが取得可能な任意のタイミングであり、例えばタイヤが初めて車両1へ装着されたとき、あるいはタイヤがローテーションされたとき等であってよい。車両1への装着時にタイヤが新品である場合は、溝深さのスペック値を基準時の残り溝深さD1とすることができる。また、タイヤが新品でない場合は、タイヤを車両1に装着するタイミングで残り溝深さDを特定してもよい。残り溝深さDは実測により特定されてもよく、実測方法はデプスゲージによる方法や、レーザーを用いた計測器による方法等、特に限定されない。また例えば、タイヤの溝を撮影した画像に基づく残り溝深さの推定値を残り溝深さDとしてもよい。
【0039】
以上の知見に基づき、制御ユニット2では、実験またはシミュレーションにより予め特定されたパラメータb4が記憶される。そして、制御ユニット2では、摩耗状態を推定しようとするタイヤの基準時における(D1,f1)のデータと、以下の式(6)とに基づいて、当該タイヤの摩耗感度a4が算出される。
a4=(f1-b4)/D1 (6)
【0040】
これにより、タイヤに固有のD-f1回帰直線を特定できたことになる。これ以降は、車両1の走行中に取得された傾きf1と、回帰係数a4及びb4とに基づいて、タイヤの残り溝深さDを推定することが可能となる。以上の原理によれば、車両1にタイヤを装着するタイミングで残り溝深さD1を取得するだけで、容易に摩耗状態を推定することができる。また、装着されるタイヤが新品でなく、新品時の残り溝深さDと傾きf1とが取得不可能である場合も同様に残り溝深さDを推定することが可能となる。さらに、この原理によれば、タイヤそれぞれについて摩耗状態を推定することができる。すなわち、基準時におけるタイヤの残り溝深さD1がそれぞれ異なっている場合でも、問題なく摩耗状態を推定することができる。
【0041】
<4.傾きの温度補正>
ところで、ドライビングスティフネスCに含まれる単位面積当たりのせん断剛性kxは、周辺温度による影響を受けることが分かっている。より具体的には、単位面積当たりのせん断剛性kxは、温度が高い程小さくなり、温度が低い程大きくなる。従って、タイヤが走行する路面の状態及びタイヤの摩耗状態が同一である場合であっても、温度が高くなると傾きf1が大きくなり、温度が低くなると傾きf1が小さくなることが予想される。
【0042】
図6は、実験により傾きf1の温度依存性を確認した結果を表すグラフである。
図6のグラフは、新品のサマータイヤ、スタッドレスタイヤ、オールシーズンタイヤをそれぞれ車両に装着して取得した外部温度tと傾きf1とのデータセットをプロットしたものであり、横軸が温度t(℃)、縦軸が傾きf1を表す。各データセットは、同一の路面条件下で取得されたものである。
図6の結果により、いずれのタイヤにおいても、傾きf1は温度tが高いほど大きくなり、温度tが低いほど小さくなる傾向にあることが分かる。
【0043】
そこで、本実施形態では以下の式(7)に従って傾きf1の温度補正が行われる。ただし、t1は基準温度(℃)、係数a3は傾きf1が温度tに依存する程度を表す指標である。係数a3は、基準温度t1が定まっていれば、車両1の走行中に取得される温度t及び傾きf1の多数のデータセットに対して回帰分析を行うことにより特定することができる。あるいは、係数a3は、タイヤの種類によらないパラメータとして、実験及びシミュレーション等により予め定められてもよい。また、基準温度t1を特に定めない場合でも、温度t及び傾きf1の多数のデータセットに対して回帰分析を行い、回帰直線を特定することで傾きf1の温度による影響をキャンセルすることは可能である。
f1=f1-a3×(t-t1) (7)
【0044】
<5.摩耗状態推定処理>
以下、
図7~9を参照しつつ、制御ユニット2によって実行される摩耗状態推定処理について説明する。この推定処理は、例えば車両1の電気系統に電源が投入されている間に繰り返し実行されてもよいし、車両1が所定の距離を走行するごとに実行されてもよいし、所定の時間周期で実行されてもよい。なお、タイヤの摩耗状態を推定するための上記パラメータb
4は予め特定され、制御ユニット2の記憶装置15またはROM13に保存されているものとする。
【0045】
[残り溝深さ取得工程]
上述したとおり、本実施形態では駆動輪タイヤであるタイヤTFL及びTFRのそれぞれについて摩耗状態が推定される。この準備として、タイヤが車両1のFL輪に装着されるときのタイヤTFLの残り溝深さDが取得され、ユーザにより入力部16を介して制御ユニット2に入力される。制御ユニット2は、タイヤTFLの残り溝深さDの入力を受け付けると、これをタイヤTFLの基準時における残り溝深さD1として記憶装置15に保存する。残り溝深さDは、例えばタイヤのトレッドの主溝の深さを実測することにより取得される。また、例えばタイヤが新品であるときは、タイヤの溝深さの製造値を残り溝深さDとすることができる。基準時の残り溝深さD1が一度記憶装置15に保存された後は、当該タイヤの交換やローテーションが行われるまで、同様の準備を行う必要はない。
【0046】
タイヤの交換やローテーションを行う場合、ユーザは、以前に保存した残り溝深さD1をリセットし、新しくFL輪に装着されるタイヤについて同様の準備を行い、新しい残り溝深さD1を上書き保存することができる。この処理を「初期化」と称する。以上はタイヤTFLを例に説明したが、タイヤTFRについても同様である。なお、残り溝深さD1は、摩耗状態を推定しようとするタイヤそれぞれについて取得され、記憶装置15に保存される。その後、車両1が走行を開始すると以下の処理がスタートする。
【0047】
[データ取得工程]
ステップS1では、回転速度取得部21が、走行中のタイヤTFL,TFR,TRL,TRRの回転速度V1~V4を取得する。回転速度取得部21は、所定のサンプリング周期における車輪速センサ6からの出力信号を受信し、これを回転速度V1~V4に換算する。
【0048】
ステップS2では、駆動力取得部22が、車両1のホイールトルクWTを取得する。駆動力取得部22は、所定のサンプリング周期におけるトルクセンサ7からの出力信号を受信し、これをホイールトルクWTに換算する。
【0049】
ステップS3では、横方向加速度取得部23が、車両1に加わる横方向加速度γを取得する。横方向加速度取得部23は、所定のサンプリング周期における横方向加速度センサ4からの出力信号を受信し、これを横方向加速度γに換算する。
【0050】
ステップS4では、旋回半径取得部24が、車両1のヨーレートωを取得する。旋回半径取得部24は、所定のサンプリング周期におけるヨーレートセンサ8からの出力信号を受信し、これをヨーレートωに換算する。旋回半径取得部24は、車体速度をヨーレートωで除することにより、車両1の旋回半径Rを取得する。車体速度は、従動輪の速度で近似することができるため、例えば本実施形態では、R=(V3+V4)/2ωとして算出することもできる。
【0051】
ステップS5では、温度取得部25が、車両1の外部の温度tを取得する。温度取得部25は、所定のサンプリング周期における温度センサ9からの出力信号を受信し、これを温度tに換算する。
【0052】
連続して実行されるステップS1~S5において取得される回転速度V1~V4、ホイールトルクWT、横方向加速度γ、ヨーレートω、旋回半径R、及び温度tは、同時刻または概ね同時刻に取得されたデータセットとして取り扱われ、RAM14または記憶装置15に保存される。
【0053】
ステップS6では、係数算出部29が、ステップS1~S5で取得されたデータが有効か否かの判断を行う。この判断は、例えばホイールトルクWT及び旋回半径Rのデータに絶対値が所定の閾値を超えるような異常値がないか、車両1のブレーキ中のデータではないか、また低速走行中のデータではないかについて行われる。異常値、ブレーキ中のデータ及び低速走行中のデータは、後の傾きf1の算出の精度に影響を及ぼし、ひいては摩耗状態推定の精度を低下させかねない。このため、このようなデータが存在する場合(NOの場合)にステップS22が実行され、係数算出部29がステップS1~S5で取得されたデータをリジェクト(棄却)する。その後、再びステップS1~S5が実行され、新たなデータが順次取得される。一方、ステップS6でデータが有効であると判断される(YESの場合)と、これらのデータはRAM14または記憶装置15に保存される。
【0054】
[スリップ比・駆動力算出工程]
次のステップS7では、駆動力取得部22が、ステップS2で換算されたホイールトルクWTから、車両1の駆動力Fを順次算出する。駆動力Fは、例えばホイールトルクWTをタイヤTFL,TFR,TRL,TRRの半径で除することにより算出することができる。
【0055】
次のステップS8では、スリップ比算出部26が、順次取得される回転速度V1~V4に基づいて、上記の式(1)に従いスリップ比Sを順次算出する。
【0056】
ステップS9では、係数算出部29が、有効なデータに基づく駆動力F及びスリップ比Sのデータセットが、所定数N以上RAM14または記憶装置15に保存されたかを判断する。Nは、上記式(2)で表される回帰を有効に行うためのデータセット数であり、適宜決定することができる。(F,S)のデータセットがN以上保存されていると判断される場合(YES)、次にステップS10が実行される、一方、(F,S)のデータセットがN個に満たないと判断される場合(NO)、さらにステップS1~S9が実行される。
【0057】
ステップS10では、係数算出部29が、ステップS7で算出された駆動力F及びステップS8で算出されたスリップ比Sのデータセットに対し、測定誤差を除去するためのフィルタリングを行う。このフィルタリングには、ノイズを除去してスムージング化を行うための公知の手法を使用することができる。
【0058】
ステップS11では、スリップ比補正部28が、スリップ比Sを補正するための関係情報が既に特定されているか否かを判断する。より具体的には、関係情報とは、スリップ比Sから旋回中の車体の左右の軌道差により生じる影響をキャンセルするための第1関係情報と、旋回中の車体の左右の荷重移動の影響により生じる影響をキャンセルするための第2関係情報とを含む。第1関係情報とは、スリップ比Sを旋回半径Rの逆数の二次関数で表す以下の式(8)中の係数a1、b1及びc1である。また、第2関係情報とは、横方向加速度γと駆動力Fとスリップ比Sとの関係を表す下の式(9)中の係数a2、b2、c2及びf2である。
S=a1(1/R)2+b1(1/R)+c1 (8)
S=f1F+f2=(a2γ2+b2γ+c2)F+f2 (9)
【0059】
なお、上記第1関係情報及び第2関係情報に基づくスリップ比Sの補正については、本出願人による先行出願である特開2021-109540号公報及び特開2021-109542号公報等に開示されているため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0060】
ステップS11で、既に関係情報が特定され、係数a
1、b
1及びc
1ならびにa
2、b
2、c
2及びf2がRAM14または記憶装置15に保存されていると判断される場合(YES)、次に
図8のステップS12が実行される。一方、いまだ関係情報が特定されていないと判断される場合(NO)、
図9の関係情報特定工程(ステップS30~S31)が実行される。これにより関係情報が特定されると、再びステップS1~S11が実行され、その後ステップS12が実行される。
【0061】
[関係情報特定工程]
以下では、
図7のステップS11から続く関係情報特定工程(ステップS30~ステップS31)について説明する。関係情報特定工程では、上記ステップS12で旋回半径Rの影響がキャンセルされたスリップ比Sを算出するための第1関係情報及び上記ステップS13で横方向加速度の影響がキャンセルされたスリップ比Sを算出するための第2関係情報が特定される。
【0062】
図9のステップS30では、関係特定部27が、上記式(8)中の係数a
1、b
1及びc
1を特定する。係数a
1、b
1及びc
1は、ステップS4で算出された旋回半径Rと、ステップS10でフィルタリングされたスリップ比Sとの多数のデータセットに基づいて、例えば最小二乗法等の方法により算出することができる。また、関係特定部27は、上記式(8)中の係数b
1を0とみなし、係数a
1及びc
1のみを特定してもよい。関係特定部27は、特定された係数a
1、b
1及びc
1を、第1関係情報としてRAM14または記憶装置15に保存する。
【0063】
続くステップS31では、関係特定部27が、上記式(9)中の係数a2、b2、c2及びf2を特定する。係数a2、b2、c2及びf2は、ステップS3で換算された横方向加速度γと、ステップS10でフィルタリングされたスリップ比S及び駆動力Fとの多数のデータセットに基づいて、例えば最小二乗法等の方法により算出することができる。関係特定部27は、特定されたa2、b2、c2及びf2を、第2関係情報としてRAM14または記憶装置15に保存する。
【0064】
ステップS30及びS31が終了すると、再びステップS1~S11が実行される。以上の関係情報特定工程により、一度関係情報が特定されると、以降はステップS11に続いてステップS12が実行される。
【0065】
[スリップ比補正工程]
ステップS12では、スリップ比補正部28が、ステップS8で算出されたスリップ比Sを、ステップS4で取得されたRと、既に特定された第1関係情報とに基づいてそれぞれ補正する。スリップ比補正部28は、下式に従って、スリップ比Sから、補正時の旋回半径Rの逆数を二乗した値に係数a1を乗じた値を減算することにより、スリップ比Sを補正する。
S=S-a1(1/R)2
なお、下式によって、スリップ比Sから、補正時の旋回半径Rの逆数に係数b1を乗じた値をさらに減算することにより、スリップ比Sを補正してもよい。
S=S-a1(1/R)2-b1(1/R)
【0066】
以上の補正式によれば、実質的に(1/R)=0のときに、すなわち、直進時に換算したスリップ比Sを算出することができ、スリップ比Sから左旋回及び右旋回による軌道差の影響がキャンセルされる。
【0067】
ステップS13では、スリップ比補正部28が、ステップS3で取得された横方向加速度γと、ステップS7で算出された駆動力Fと、既に特定された第2関係情報とに基づいて、ステップS12で補正されたスリップ比Sをさらに補正する。スリップ比補正部28は、下式に従って、補正時の横方向加速度γを二乗した値に係数a2を乗じた値と、補正時の横方向加速度γに係数b2を乗じた値と、c2との和を算出し、当該和と補正時の駆動力Fとの積を算出し、当該積をステップS12で取得されたスリップ比Sから減算することにより、スリップ比Sをさらに補正する。
S=S-f1F=S-(a2γ2+b2γ+c2)F
【0068】
なお、b2も概ね0となるため、下式に従ってスリップ比Sを補正してもよい。
S=S-(a2γ2+c2)F
【0069】
以上の補正式によれば、直進時に換算したスリップ比Sを算出することができ、スリップ比Sから左旋回及び右旋回による左右方向の荷重移動の影響がキャンセルされる。
【0070】
[傾き算出工程]
ステップS14では、係数算出部29が、ステップS12及び13で補正されたスリップ比Sと、ステップS7で算出された駆動力Fの複数のデータセットに基づいて、スリップ比Sと駆動力Fとの線形関係を表す回帰係数である傾きf1を算出する。回帰係数f1は、例えば、最小二乗法等の方法で算出することができる。このとき、回帰係数f1は、スリップ比S及び駆動力Fの多数のデータセットに基づいて、逐次的に算出されてもよいし、バッチ処理により算出されてもよい。本実施形態では、好ましい例として逐次最小二乗法が用いられる。
【0071】
[傾き補正工程]
ステップS15では、係数補正部30が、ステップS5で取得された温度tと、上記式(7)とに基づいて、ステップS14で算出された傾きf1を補正する。これにより、ステップS14で算出された傾きf1から温度tによる影響がキャンセルされ、基準温度t1の条件下で取得された傾きf1に換算される。
【0072】
[路面判定工程]
ステップS16では、係数補正部30が、ステップS15で補正された傾きf1が、ドライ路面(乾いたアスファルト)を走行中に取得されたデータに基づくものか否かを判断する。判断方法は特に限定されず、公知の路面状態判定方法を採用することができる。あるいは、ステップS15で補正された複数の傾きf1の分散を算出し、分散が所定値よりも大きい場合にドライ路面でないと判断し、分散が所定値以下となる場合にドライ路面であると判断することもできる。ドライ路面でない道路では、ドライ路面である場合と比較して、傾きf1の分散が顕著に大きくなるからである。傾きf1の分散は、例えば一定期間の間にステップS15で算出された傾きf1の複数のデータ、あるいはステップS15で算出された所定数の傾きf1のデータをRAM14または記憶装置15に保存しておくことにより、算出することができる。ステップS16で、傾きf1がドライ路面を走行中のデータに基づいて算出されていないと判断されるとき(NO)、
図7のステップS22が実行される。すなわち、係数補正部30がこれまでのデータをリジェクトし、再びステップS1~S16が実行される。一方、傾きf1がドライ路面を走行中のデータに基づいて算出されたと判断されるとき(YES)、ステップS17が実行される。
【0073】
[基準時データ判定工程]
ステップS17では、推定部31が、摩耗状態を推定しようとするタイヤについて、摩耗感度a4が既に特定され、記憶装置15に保存されているか否かを判断する。上記摩耗感度a4が既に保存されていると判断される場合(YES)、直近のステップS16でリジェクトされなかった傾きf1に対し、次のステップS19が実行される。
【0074】
一方、上記摩耗感度a4が保存されていないと判断される場合(NO)、ステップS18が実行される。ステップS18では、推定部31が、直近のステップS16でリジェクトされなかった傾きf1が基準時の傾きf1であると判断する。そして、記憶装置15からタイヤTFL及びTFRのそれぞれの残り溝深さD1と、パラメータb4とを記憶装置15から読み出して、上記式(6)に従って摩耗感度a4を算出する。推定部31は、ここで算出した摩耗感度a4を記憶装置15に保存する。その後、ステップS1~S17がさらに実行される。なお、ステップS18において該当する傾きf1が複数ある場合(例えば、傾きf1が逐次的に算出される場合)は、例えばこれらの平均値または加重平均値を基準時の傾きf1としてもよいし、最新の傾きf1を基準時の傾きf1としてもよい。
【0075】
[摩耗状態推定工程]
ステップS19では、推定部31が、ステップS16でリジェクトされなかった傾きf1に基づいて、現在(傾きf1の算出時)のタイヤの残り溝深さDを推定する。残り溝深さDは、以下の式(10)に従って算出される。なお、ステップS19において該当する傾きf1が複数ある場合は、例えばこれらの平均値または加重平均値を式(10)のf1に代入してもよく、最新の傾きf1を式(10)のf1に代入してもよい。また、複数の傾きf1を式(10)に代入して算出された複数の残り溝深さDの平均値、加重平均値、最大値または最小値を、推定された残り溝深さDとしてもよい。
D=(f1-b4)/a4
【0076】
ステップS20では、推定部31が、ステップS19で推定された残り溝深さDが、摩耗状態であると判断する閾値以上であるか否かを判断する。この閾値は、ユーザにタイヤの交換またはローテーションを促すための閾値として予め定め、記憶装置15またはROM13に保存しておくことができる。全てのタイヤについてステップS19で推定された残り溝深さDが閾値以上であると判断される(YES)場合、一連の摩耗推定処理は終了する。この後、再度ステップS1~S9が実行されてもよい。一方、ステップS19で推定された残り溝深さDが閾値未満であると判断されるタイヤが1つでも存在する場合(NO)、次のステップS21が実行される。
【0077】
ステップS21では、警報出力部32が摩耗したタイヤが存在する旨を通知する警報を生成し、これを表示器3を介して出力する。例えば、警報出力部32は、ドライバーに向けて摩耗したタイヤがあり、交換やローテーションが必要である旨の警報を表示器3上に表示させる。警報は、例えば推定された残り溝深さDに応じて、交換またはローテーションのいずれかを促す内容としてもよい。また、警報は、例えば摩耗状態であると推定されるタイヤを特定した態様で生成され、出力されてもよい。これに加えてまたは代えて、警報は、車両1に搭載されるスピーカー等を介して、音声の態様で出力されてもよい。
【0078】
これに加え、警報出力部32は、どのタイヤが摩耗状態であるかの情報を、制御ユニット2上で実行されている各種制御のプロセスに受け渡してもよい。ここでいう制御の例としては、車両の走行時のブレーキ制御や車間距離の制御等が挙げられる。以上で一連の摩耗推定処理は終了する。
【0079】
<6.変形例>
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、種々の変更が可能である。例えば、以下の変更が可能である。また、以下の変形例の要旨は、適宜組み合わせることができる。
【0080】
(1)上記実施形態に係る摩耗状態推定処理は、後輪駆動車にも適用することができるし、四輪駆動車にも適用することもできる。さらに、同機能は、四輪車両に限られず、三輪車両または六輪車両などにも適宜、適用することができる。
【0081】
(2)車両1の横方向加速度γの取得方法は、上記実施形態で説明されたものに限定されない。例えば、ヨーレートセンサ8からのヨーレートω及び回転速度V1~V4の情報からも、横方向加速度γを取得することができる。また、スリップ比Sの算出等で使用される車体速度の算出方法は、従動輪タイヤの回転速度に基づいて算出する方法に限定されない。例えば、車体加速度αの積分により算出する方法、GPS(global positioning system)等の衛星測位システムの位置測位信号に基づいて算出する方法等により車体速度が算出されてもよい。車体加速度αは、例えば車両1に加速度センサを取り付け、その出力信号を換算することにより取得することができる。
【0082】
(3)駆動力Fの取得方法は、上記実施形態で説明されたものに限定されない。例えば加速度センサの信号から車体加速度αを取得し、これに車両1の質量を乗じることにより駆動力Fを取得してもよい。また、駆動力Fは、車両1のエンジンの制御装置から取得されるエンジントルク及びエンジンの回転数から導出することもできるし、タイヤの回転速度V1~V4から導出することもできる。
【0083】
(4)スリップ比Sの補正及び傾きf1の温度補正の少なくとも一方は、省略されてもよい。すなわち、ステップS11、S12、S13、S15、S30及びS31のいずれかまたは全てが省略されてもよい。従って、上記実施形態の関係情報は、第1関係情報及び第2関係情報のいずれか一方のみを指す場合がある。また、上記実施形態では、関係情報は、車両の走行の度に特定されたが、関係情報を予め導出しておき、スリップ比Sの補正時にこれを参照するようにしてもよい。
【0084】
(5)また、スリップ比Sは、上記実施形態のように、左輪と右輪との間で回転速度を平均化するのではなく、以下のように、左輪の回転速度V1及びV3のみ、または右輪の回転速度V2及びV4のみに基づき、算出することもできる。なお、下式は、上記実施形態と同様に、前輪駆動車であることを前提としている。
S=(V1-V3)/V3
S=(V2-V4)/V4
【0085】
(6)また、横方向加速度γに応じてスリップ比Sを補正する方法として、上記実施形態の方法に加えてまたはこれに代えて、同出願人が既に提案した、特開2021-109540号公報に記載の方法が用いられてもよい。
【0086】
(7)パラメータb4及び係数a3の少なくとも1つ、及び基準時の溝深さD1は、制御ユニット2ではなく、制御ユニット2と通信可能に接続されるコンピュータの記憶装置に保存され、必要に応じて制御ユニット2により読み出されてもよい。すなわち、これらのデータは制御ユニット2に保存されていなくてもよく、制御ユニット2は、ネットワーク通信を介してこれらのデータにアクセスするように構成されてもよい。この場合、ユーザは基準時の溝深さD1を制御ユニット2に入力する必要がない。
【0087】
(8)上記実施形態の制御ユニット2は、摩耗感度a4を特定していないと判断した場合に摩耗感度a4を算出したが、これに加えてまたは代えて、制御ユニット2は、ユーザから初期化の指示を受け付けた場合に、摩耗感度a4を算出するように構成されてもよい。
【0088】
(9)上記実施形態の制御ユニット2は、車両1に搭載されていたが、制御ユニット2は、車両1の外部の1または複数のコンピュータを含んで構成されてもよい。外部の1または複数のコンピュータは、車両1に搭載される制御装置や、車輪速センサ6、トルクセンサ7、ヨーレートセンサ8、及び温度センサ9のうち少なくとも1つと通信可能であってもよく、各部21~32の少なくとも一部の機能を実現するように構成されてもよい。すなわち、上記実施形態のステップS1~S22、ならびにステップS30及びS31の少なくとも一部は、車両1の外部の1または複数のコンピュータにより実行されてもよい。従って、残り溝深さD1及びパラメータb4等は、車両1の外部のコンピュータに保存されてもよい。さらに、入力部16及び表示器3は、車両1に備え付けられるものに限られず、例えば上述した外部の1または複数のコンピュータが備えるものであってもよい。
【実施例0089】
以下、上記実施形態に係る摩耗状態推定装置の実施例について説明する。以下で説明する例はあくまで実施例の1つであり、本開示は以下の例に限定されない。
<実験>
FF車である車両のFL輪及びFR輪に装着されたタイヤの摩耗状態を推定し、実際に計測した残り溝深さとの比較を行った。実験は12種類のタイヤについて行い、12種類のタイヤはサマータイヤ、スタッドレスタイヤ、オールシーズンタイヤの全てと、サイズ違いのタイヤとを含んでいた。12種類のタイヤについて、新品状態のもの、トレッドが2mm削られた2mm摩耗状態のもの、及びトレッドが4mm削られた4mm摩耗状態のものがそれぞれ2つ用意され、FL輪及びFR輪に装着された。すなわち、タイヤの基準時が新品時、2mm摩耗時及び4mm摩耗時である状況を再現した。基準時の状態は、FL輪及びFR輪タイヤで共通とした。
【0090】
車両を実際に走行させ、上記実施形態に係る摩耗状態推定方法により、タイヤが各基準時から徐々に摩耗したときのタイヤの残り溝深さを推定した。なお、この実験では、旋回半径Rとスリップ比Sとの関係に基づくスリップ比Sの補正と、外部温度tと傾きf1との関係に基づく傾きf1の補正とを行った。残り溝深さの実測は、デプスゲージにより行った。
【0091】
<結果>
溝深さの推定値と実測値とを比較するグラフを
図10A~10Cに示す。
図10Aは、タイヤの基準時が新品時であったときの残り溝深さの実測値(mm)を横軸、推定値(mm)を縦軸とした実験結果のグラフである。
図10Bは、タイヤの基準時が2mm摩耗時であったときの残り溝深さの実測値(mm)を横軸、推定値(mm)を縦軸とした実験結果のグラフである。
図10Cは、タイヤの基準時が4mm摩耗時であったときの残り溝深さの実測値(mm)を横軸、推定値(mm)を縦軸とした実験結果のグラフである。
図10A~10Cのグラフから分かるように、タイヤが基準時においてどのような摩耗状態であっても、-2mm~+2mmの範囲で残り溝深さが推定できていることが確認された。