(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023016374
(43)【公開日】2023-02-02
(54)【発明の名称】アルミニウム合金板
(51)【国際特許分類】
C22C 21/00 20060101AFI20230126BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20230126BHJP
C23C 22/12 20060101ALI20230126BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20230126BHJP
C22F 1/04 20060101ALN20230126BHJP
【FI】
C22C21/00 M
C22C21/00 L
C23C28/00 C
C23C22/12
C22F1/00 623
C22F1/00 613
C22F1/00 630A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 630H
C22F1/00 640A
C22F1/00 685Z
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 692A
C22F1/00 694B
C22F1/00 681
C22F1/00 694A
C22F1/04 L
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021120641
(22)【出願日】2021-07-21
(71)【出願人】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】籾井 隆宏
(72)【発明者】
【氏名】菊池 美穂子
(72)【発明者】
【氏名】村田 拓哉
【テーマコード(参考)】
4K026
4K044
【Fターム(参考)】
4K026AA09
4K026AA22
4K026BA04
4K026BA08
4K026BB06
4K026CA13
4K026CA18
4K026CA23
4K026DA03
4K044AA06
4K044AB02
4K044BA12
4K044BA17
4K044BB03
4K044BC04
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】塗膜や樹脂との密着性及び制振性に優れ、高い強度を有するアルミニウム合金板を提供する。
【解決手段】アルミニウム合金板1は、Fe:0.10質量%以上3.0質量%以下及びMn:0.10質量%以上3.0質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有する基材2と、基材2の少なくとも一方の面上に設けられた化成皮膜3と、を有している。アルミニウム合金板1は、100℃以上300℃以下の温度で0.5時間以上10時間以下加熱した後におけるヤング率が70GPa以上となり、0.2%耐力が100MPa以上となり、減衰自由振動における減衰率が1.5×10
-3以上となる特性を有している。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe:0.10質量%以上3.0質量%以下及びMn:0.10質量%以上3.0質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有する基材と、
前記基材の少なくとも一方の面上に設けられた化成皮膜と、を有し、
100℃以上300℃以下の温度で0.5時間以上10時間以下加熱した後におけるヤング率が70GPa以上となり、0.2%耐力が100MPa以上となり、減衰自由振動における減衰率が1.5×10-3以上となる特性を有している、アルミニウム合金板。
【請求項2】
前記基材は、さらに、Si:0.10質量%以上0.40質量%以下、Cu:0.005質量%以上0.100質量%以下、Cr:0.01質量%以上1.00質量%以下及びZn:0.01質量%以上0.50質量%以下からなる群より選択される1種または2種以上の元素を含有している、請求項1に記載のアルミニウム合金板。
【請求項3】
前記基材は、さらに、Ti、B及びVからなる群より選択される1種または2種以上の元素を含有しており、これらの元素の含有量の合計が0.005質量%以上0.500質量%以下である、請求項1または2に記載のアルミニウム合金板。
【請求項4】
前記基材は、さらに、Ni:0.10質量%以下を含有している、請求項1~3のいずれか1項に記載のアルミニウム合金板。
【請求項5】
前記化成皮膜の付着量が2mg/m2以上である、請求項1~4のいずれか1項に記載のアルミニウム合金板。
【請求項6】
前記化成皮膜は、Zn、P、Zr及びTiからなる群より選択される1種または2種以上の元素を含有している、請求項1~5のいずれか1項に記載のアルミニウム合金板。
【請求項7】
前記化成皮膜は、2mg/m2以上のZrを含有している、請求項1~6のいずれか1項に記載のアルミニウム合金板。
【請求項8】
前記化成皮膜は、200mg/m2以上のZnを含有している、請求項1~7のいずれか1項に記載のアルミニウム合金板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金板に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車体には、従来、鉄鋼材が用いられている。車体には、防錆や意匠性の向上等を目的として塗装が施されている。しかし、近年の自動車の電動化の進展や更なる燃費向上の要求の高まりに対応するため、自動車の車体をさらに軽量化することが強く望まれている。そこで、自動車の車体に、鉄鋼材に替えてアルミニウム合金材が用いられるようになってきている。
【0003】
自動車に用いられるアルミニウム合金材としては、アルミニウム合金の中でも比較的強度の高いAl-Mg系合金(例えば、特許文献1)や、Al-Mg-Si系合金(例えば、特許文献2)からなる板材が多用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8-165538号公報
【特許文献2】特開平11-71623号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
自動車の走行中には、動力源から生じる振動や路面の凹凸による振動などの種々の振動が発生する。走行中の振動が車体等を介して車両の種々の部位に伝搬されると、振動に由来する問題が生じるおそれがある。そのため、車両に用いられるAl-Mg系合金やAl-Mg-Si系合金の制振性をさらに向上させることが望まれている。
【0006】
また、アルミニウム合金材をボディパネル等に用いる場合には、塗膜とアルミニウム合金材との密着性に優れていることが望ましい。塗膜との密着性を向上させる方法としては、例えば、アルミニウム合金材に化成処理を施し、アルミニウム合金材の表面に化成皮膜を設ける方法が考えられる。しかし、Al-Mg系合金やAl-Mg-Si系合金からなるアルミニウム合金材の制振性を向上させるために化学成分を変更すると、合金中に存在する金属間化合物の種類等が変化し、アルミニウム合金材の表面に均一に表面処理を施すことが難しくなる場合がある。
【0007】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、塗膜や樹脂との密着性及び制振性に優れ、高い強度を有するアルミニウム合金板を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、Fe(鉄):0.10質量%以上3.0質量%以下及びMn(マンガン):0.10質量%以上3.0質量%以下を含有し、残部がAl(アルミニウム)及び不可避的不純物からなる化学成分を有する基材と、
前記基材の少なくとも一方の面上に設けられた化成皮膜と、を有し、
100℃以上300℃以下の温度で0.5時間以上10時間以下加熱した後におけるヤング率が70GPa以上となり、0.2%耐力が100MPa以上となり、減衰自由振動における減衰率が1.5×10-3以上となる特性を有している、アルミニウム合金板にある。
【発明の効果】
【0009】
前記アルミニウム合金板は、前記特定の化学成分を有する基材と、前記基材の少なくとも一方の面上に設けられた化成皮膜と、を有している。前記アルミニウム合金板は、基材の化学成分を前記特定の範囲とすることにより、基材上に化成皮膜を均一に形成することができる。そして、前記アルミニウム合金板は、基材上に化成皮膜を設けることにより、塗膜や樹脂との密着性を向上させることができる。
【0010】
また、前記アルミニウム合金板は、少なくとも前記特定の化学成分を有していることにより、100℃以上300℃以下の温度で0.5時間以上10時間以下加熱した後におけるヤング率、0.2%耐力及び減衰自由振動の減衰率をそれぞれ前記特定の範囲とすることができる。かかる特性を有するアルミニウム合金板は、例えば塗膜の焼付等のための熱処理を行った後に、高い強度及び優れた制振性を発現させることができる。
【0011】
以上のように、前記の態様によれば、塗膜や樹脂との密着性及び制振性に優れ、高い強度を有するアルミニウム合金板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、実施例におけるアルミニウム合金板の要部を示す断面図である。
【
図2】
図2は、実施例における減衰率の測定装置を模式的に示した説明図である。
【
図3】
図3は、実施例における減衰率の算出方法を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(アルミニウム合金板)
前記アルミニウム合金板は、基材と、基材の片面上または両面上に設けられた化成皮膜とを有している。
【0014】
[基材]
まず、前記アルミニウム合金板の基材の化学成分及びその限定理由について説明する。
【0015】
・Fe(鉄):0.10質量%以上3.0質量%以下
基材は、必須成分として、0.10質量%以上3.0質量%以下のFeを含有している。Feは、主に、Al母相中にAl-Fe系金属間化合物等の第二相粒子として存在している。Al母相中のAl-Fe系金属間化合物は、アルミニウム合金板の制振性を向上させるとともに、分散強化によりアルミニウム合金板の強度を向上させる作用を有している。また、Feの残部は、Al母相中に固溶した固溶元素として存在しており、アルミニウム合金板の強度を向上させる作用を有している。
【0016】
Al-Fe系金属間化合物等の第二相粒子によってアルミニウム合金板の制振性が向上するメカニズムとしては、例えば、以下のようなメカニズムが考えられる。すなわち、外部からアルミニウム合金板に振動が加わると、Al母相と第二相粒子との界面において粘性流動が生じる。この粘性流動によって振動エネルギーが吸収される結果、振動が早期に減衰すると考えられる。
【0017】
基材中のFeの含有量を0.10質量%以上とすることにより、アルミニウム合金板の強度及び制振性を向上させることができる。アルミニウム合金板の制振性をより向上させるとともに強度を高める観点からは、基材中のFeの含有量は、0.40質量%以上であることが好ましく、1.0質量%以上であることがより好ましい。基材中のFeの含有量が0.10質量%未満の場合には、基材中に形成されるAl-Fe系金属間化合物等の第二相粒子の数が不足し、アルミニウム合金板の強度及び制振性の低下を招くおそれがある。
【0018】
また、基材中のFeの含有量を3.0質量%以下、好ましくは2.0質量%以下、より好ましくは1.7質量%以下とすることにより、基材上に均一な化成皮膜を容易に形成することができる。その結果、アルミニウム合金板と塗膜や樹脂との密着性を向上させることができる。基材中のFeの含有量が過度に多くなると、基材中に粗大なAl-Fe系金属間化合物が形成されやすくなる。基材中に粗大なAl-Fe系金属間化合物が存在すると、化成皮膜を形成する際に粗大なAl-Fe系金属間化合物の周辺の反応が促進されやすくなり、基材上に化成皮膜を均一に形成することが難しくなるおそれがある。
【0019】
・Mn(マンガン):0.10質量%以上3.0質量%以下
基材は、必須成分として、0.10質量%以上3.0質量%以下のMnを含有している。Mnは、主に、Al母相中にAl-Mn系金属間化合物等の第二相粒子として存在している。Al母相中のAl-Mn系金属間化合物は、Al-Fe系金属間化合物と同様に、アルミニウム合金板の強度及び制振性を向上させる作用を有している。また、Mnは、Feとともに基材中にAl-Fe-Mn系金属間化合物を形成することができる。Al-Fe-Mn系金属間化合物は、Al母相との電位差が小さいため、化成皮膜を形成する際の局部電池反応を抑制する作用を有している。化成皮膜を形成する際の局部電池反応を抑制することにより、基材上に均一な化成皮膜を容易に形成することができる。
【0020】
基材中のMnの含有量を0.10質量%以上、好ましくは0.20質量%以上、より好ましくは0.40質量%以上とすることにより、アルミニウム合金板の強度及び制振性を向上させるとともに、基材上に均一な化成皮膜を容易に形成することができる。基材中のMnの含有量が0.10質量%未満の場合には、基材中に形成されるAl-Mn系金属間化合物等の第二相粒子の数が不足し、アルミニウム合金板の強度及び制振性の低下を招くおそれがある。
【0021】
また、基材中のMnの含有量を3.0質量%以下、好ましくは2.0質量%以下、より好ましくは1.0質量%以下とすることにより、基材上に化成皮膜を均一に形成することができる。その結果、アルミニウム合金板と塗膜や樹脂との密着性を向上させることができる。基材中のMnの含有量が過度に多くなると、基材中に粗大なAl-Mn系金属間化合物が形成されやすくなる。粗大なAl-Mn系金属間化合物は、Al-Fe系金属間化合物と同様に、化成皮膜を形成する際の反応を促進する作用を有している。そのため、この場合には、基材上に化成皮膜を均一に形成することが難しくなるおそれがある。
【0022】
基材は、必須成分としてのFe及びMnに加えて、更に、Si(シリコン)、Cu(銅)、Cr(クロム)、Zn(亜鉛)、Ti(チタン)、B(ホウ素)、V(バナジウム)及びNi(ニッケル)からなる群より選択される1種または2種以上の元素を任意成分として含有していてもよい。
【0023】
・Si:0.10質量%以上0.40質量%以下
基材は、任意成分として、0.10質量%以上0.40質量%以下のSiを含有していてもよい。Siは、基材中にSi粒子等の第二相粒子を形成し、Al-Fe系金属間化合物等と同様にアルミニウム合金板の強度及び制振性を向上させる作用を有している。また、Siは、Mnとともに基材中にAl-Si-Mn系金属間化合物を形成することができる。Al-Si-Mn系金属間化合物は、Al母相との電位差が小さいため、化成皮膜を形成する際の局部電池反応を抑制する作用を有している。化成皮膜を形成する際の局部電池反応を抑制することにより、基材上に均一な化成皮膜を容易に形成することができる。
【0024】
基材中のSiの含有量を0.10質量%以上0.40質量%以下、より好ましくは0.15質量%以上0.30質量%以下とすることにより、アルミニウム合金板の強度及び制振性をより向上させるとともに、基材上に化成皮膜をより均一に形成することができる。
【0025】
・Cu:0.005質量%以上0.100質量%以下
基材は、任意成分として、0.005質量%以上0.100質量%以下のCuを含有していてもよい。Cuは、基材中にAl-Cu系金属間化合物等の第二相粒子を形成し、Al-Fe系金属間化合物等と同様にアルミニウム合金板の強度及び制振性を向上させる作用を有している。しかし、Al-Cu系金属間化合物は、制振性を向上させる一方で、熱処理によってAl母相の粒界に析出し、粒界腐食の原因となることがある。基材中のCuの含有量を0.005質量%以上0.100質量%以下、より好ましくは0.010質量%以上0.070質量%以下とすることにより、粒界腐食の発生を抑制しつつ、アルミニウム合金板の強度及び制振性をより向上させることができる。
【0026】
・Cr:0.01質量%以上1.00質量%以下
基材は、任意成分として、0.01質量%以上1.00質量%以下のCrを含有していてもよい。Crは、基材中にAl-Cr系金属間化合物等の第二相粒子を形成し、Al-Fe系金属間化合物等と同様にアルミニウム合金板の強度及び制振性を向上させる作用を有している。
【0027】
一方、基材中のCrの含有量が過度に多くなると、基材中に粗大なAl-Cr系金属間化合物が形成されやすくなる。粗大なAl-Cr系金属間化合物は化成皮膜を形成する際の反応を促進する作用を有しているため、基材中に粗大なAl-Cr系金属間化合物が過度に多く存在すると、基材上に化成皮膜を均一に形成することが難しくなるおそれがある。基材中のCrの含有量を0.01質量%以上1.00質量%以下、より好ましくは0.10質量%以上0.50質量%以下とすることにより、アルミニウム合金板の強度及び制振性をより向上させるとともに、基材中への粗大なAl-Cr系金属間化合物の形成を抑制し、基材上に化成皮膜をより均一に形成することができる。
【0028】
・Zn:0.01質量%以上0.50質量%以下
基材は、任意成分として、0.01質量%以上0.50質量%以下のZnを含有していてもよい。Znの一部は他の合金元素とともにAl母相中に第二相粒子を形成し、アルミニウム合金板の強度及び制振性をより向上させる作用を有している。また、Znの残部はAl母相中に固溶して基材の電位を卑化させることにより、化成皮膜を形成する際の反応性を向上させる作用を有している。しかし、Znの含有量が過度に多くなると、基材が腐食しやすくなるおそれがある。基材中のZnの含有量を0.01質量%以上0.50質量%以下、より好ましくは0.10質量%以上0.40質量%以下とすることにより、アルミニウム合金板の強度及び制振性をより向上させるとともに、基材の電位を適度に卑化させ、化成皮膜の形成をより促進することができる。
【0029】
・Ti、B及びV:合計0.005質量%以上0.500質量%以下
基材は、任意成分として、Ti、B及びVからなる群より選択される1種または2種以上の元素を含有していてもよい。これらの元素は、前記アルミニウム合金板の製造過程において鋳塊の結晶粒を微細化する作用を有している。Ti、B及びVの含有量の合計を前記特定の範囲とすることにより、鋳塊の結晶粒を微細化するとともに、基材中に形成される第二相粒子の大きさのばらつきを低減することができる。その結果、アルミニウム合金板の制振性のばらつきを低減することができる。また、第二相粒子の大きさのばらつきが小さくなることにより、化成皮膜を形成する際の反応性のばらつきを低減し、基材上に化成皮膜をより均一に形成することができる。これらの作用効果をより高める観点からは、Ti、B及びVの含有量の合計は、0.20質量%以下であることがより好ましい。
【0030】
・Ni:0.10質量%以下
前記基材は、任意成分として、0.10質量%以下のNiを含有していてもよい。Niは、基材中にAl-Ni系金属間化合物等の第二相粒子を形成し、Al-Fe系金属間化合物等と同様にアルミニウム合金板の強度及び制振性を向上させる作用を有している。しかし、Al-Ni系金属間化合物は、制振性を向上させる一方で、腐食性物質に曝された際にカソードサイトとなり、腐食を促進させるおそれがある。また、Al-Ni系金属間化合物は、化成皮膜を形成する際に反応を促進する作用を有しているため、基材の表面に存在するAl-Ni系金属間化合物の数が多くなると、基材上に化成皮膜を均一に形成することが難しくなるおそれがある。
【0031】
基材中のNiの含有量を0.10質量%以下、より好ましくは0.05質量%以下とすることにより、腐食の発生を抑制しつつ、アルミニウム合金板の強度及び制振性をより向上させることができる。また、この場合には、基材上に均一な化成皮膜をより容易に形成することができる。
【0032】
・その他の元素
基材には、前述した元素の他に、製造過程において不可避的に混入する不可避的不純物が含まれる。不可避的不純物として含まれる元素には、例えば、Zr(ジルコニウム)、Pb(鉛)、Ga(ガリウム)及びSn(スズ)などがある。不可避的不純物としての各元素の含有量は、個々の元素について0.1質量%以下であり、かつ、不可避的不純物の含有量の合計が0.2質量%以下である。
【0033】
[化成皮膜]
前記基材上には、化成皮膜が設けられている。前記アルミニウム合金板は、基材の化学成分を前記特定の範囲とすることにより、基材中にAl-Fe系金属間化合物等の第二相粒子を形成することができる。そして、これらの第二相粒子により、加熱後のアルミニウム合金板の強度及び制振性を向上させることができる。また、前記アルミニウム合金板において基材中に形成される第二相粒子は、化成処理におけるアルミニウムの溶解反応及びカソード反応の妨げになりにくい。それ故、基材の化学成分を前記特定の範囲とすることにより、基材上に化成皮膜を均一に形成するとともに、第二相粒子によって加熱後のアルミニウム合金板の強度及び制振性を向上させることができる。
【0034】
基材上に化成皮膜を設けることにより、基材の酸化を抑制することができる。また、化成皮膜は表面に微細な凹凸を有しているため、アンカー効果により塗膜や樹脂との密着性を向上させることができる。塗膜や樹脂との密着性を向上させる効果をより高める観点からは、化成皮膜の付着量は、2mg/m2以上であることが好ましく、4mg/m2以上であることがより好ましく、5mg/m2以上であることがさらに好ましい。一方、化成皮膜の付着量が過度に多くなると、化成皮膜の凝集破壊が生じやすくなり、塗膜や樹脂との密着性の低下を招くおそれがある。さらに、この場合には、化成処理に要する時間が長くなり、生産性の低下を招くおそれもある。これらの問題をより確実に回避する観点からは、化成皮膜の付着量は3000mg/m2以下であることが好ましい。
【0035】
化成皮膜としては、例えば、リン酸亜鉛処理によって形成されるリン酸亜鉛皮膜や、リン酸ジルコニウム処理によって形成されるリン酸ジルコニウム皮膜、酸化ジルコニウム処理によって形成される酸化ジルコニウム皮膜、リン酸チタン処理によって形成されるリン酸チタン皮膜、Tiの酸化物及びTiの水酸化物のうち少なくとも一方と、Zrの酸化物及びZrの水酸化物のうち少なくとも一方とを含むTi-Zr系皮膜等の種々の皮膜が挙げられる。
【0036】
アルミニウム合金板と塗膜や樹脂との密着性をより向上させる観点からは、化成皮膜は、Zn(亜鉛)、P(リン)、Zr(ジルコニウム)及びTi(チタン)からなる群より選択される1種または2種以上の元素を含有していることが好ましい。同様の観点から、化成皮膜がZrを含有している場合、Zrの含有量は2mg/m2以上であることが好ましく、5mg/m2以上であることがより好ましい。一方、化成皮膜中のZrの含有量が過度に多くなると、化成皮膜の凝集破壊が生じやすくなり、塗膜や樹脂との密着性の低下を招くおそれがある。さらに、この場合には、化成処理に要する時間が長くなり、生産性の低下を招くおそれもある。これらの問題をより確実に回避する観点からは、化成皮膜中のZrの含有量は50mg/m2以下であることが好ましい。
【0037】
また、化成皮膜がZnを含有している場合、アルミニウム合金板と塗膜や樹脂との密着性をより向上させる観点からは、Znの含有量は200mg/m2以上であることが好ましく、250mg/m2以上であることがより好ましい。一方、化成皮膜中のZnの含有量が過度に多くなると、化成皮膜の凝集破壊が生じやすくなり、塗膜や樹脂との密着性の低下を招くおそれがある。さらに、この場合には、化成処理に要する時間が長くなり、生産性の低下を招くおそれもある。これらの問題をより確実に回避する観点からは、化成皮膜中のZnの含有量は3000mg/m2以下であることが好ましい。
【0038】
[アルミニウム合金板の物性]
前記アルミニウム合金板は、100℃以上300℃以下の温度で0.5時間以上10時間以下加熱した後におけるヤング率が70GPa以上となり、0.2%耐力が100MPa以上となり、減衰自由振動における減衰率が1.5×10-3以上となる特性を有している。ヤング率及び減衰自由振動における減衰率の高いアルミニウム合金板は、外部から加わった振動を効率よく減衰させることができる。また、0.2%耐力の高いアルミニウム合金板は、自動車の車体等の最終製品の剛性を向上させることができる他、成形加工時の割れやしわの発生を抑制することもできる。
【0039】
それ故、前記特定の条件で加熱した後のヤング率、0.2%耐力及び減衰自由振動の減衰率がそれぞれ前記特定の範囲内であるアルミニウム合金板は、例えば塗装に行う焼付などの熱処理の後に、高い強度及び優れた制振性を発現させることができる。このような特性を有するアルミニウム合金板は、特に、自動車の車体に好適である。
【0040】
アルミニウム合金板の制振性をさらに向上させる観点からは、前記アルミニウム合金板は、100℃以上300℃以下の温度で0.5時間以上10時間以下加熱した後における減衰自由振動の減衰率が2.0×10-3以上であることがより好ましい。なお、減衰自由振動の減衰率の具体的な測定方法は、実施例において詳説する。
【0041】
[用途]
前記アルミニウム合金板は、前述したように、基材の化学成分を前記特定の範囲内にするとともに、基材上に化成皮膜を設けることにより、塗膜や樹脂との密着性を向上させることができる。また、前記アルミニウム合金板は、加熱後において高い強度及び優れた制振性を有している。それ故、前記アルミニウム合金板は、例えば自動車のボディパネル材などの、塗装焼付後に高い強度及び優れた制振性が求められる用途に好適である。
【0042】
塗装焼付等の際に前記アルミニウム合金板を加熱する場合には、加熱温度を300℃以下とし、加熱時間を10時間以下とすることが好ましい。アルミニウム合金板の加熱温度が過度に高い場合、及び、加熱時間が過度に長い場合には、前記アルミニウム合金板の強度の低下を招くおそれがある。
【0043】
(アルミニウム合金板の製造方法)
前記アルミニウム合金板を作製するに当たっては、前記特定の化学成分を有するアルミニウム合金からなる基材に冷間圧延を行って所望の厚みとした後、基材に化成処理を施して化成皮膜を形成すればよい。
【0044】
基材の作製方法は特に限定されることはない。例えば、基材は、DC鋳造により前記特定の化学成分を有する鋳塊を作製した後、必要に応じて鋳塊を加熱して均質化処理を行い、次いで熱間圧延を行うことにより作製されていてもよい。
【0045】
DC鋳造における鋳造後の鋳塊の冷却速度は、0.1℃/秒以上1000℃/秒以下の範囲であることが好ましい。均質化処理を行う場合には、鋳塊を500℃以上650℃以下の温度で0.5時間以上保持すればよい。
【0046】
均質化処理を行わずに鋳塊に熱間圧延を行う場合、鋳塊の温度が300℃以上550℃以下の範囲内である間に圧延を開始することが好ましい。また、均質化処理を行った後に鋳塊に熱間圧延を行う場合、鋳塊の温度が300℃以上380℃未満の範囲内である間に圧延を開始することが好ましい。いずれの場合においても、熱間圧延完了時の基材の温度は、100℃以上380℃未満であればよい。
【0047】
また、CC鋳造により作製した前記特定の化学成分を有する板材を基材として使用することもできる。CC鋳造における鋳造後の基材の冷却速度は、0.1℃/秒以上1000℃/秒以下の範囲であることが好ましい。
【0048】
このようにして得られた基材に冷間圧延を行うことにより、基材の厚みを所望の厚みまで減少させる。冷間圧延後の基材の厚みは、例えば、1.0mm以上2.0mm以下の範囲内から適宜設定すればよい。また、冷間圧延における総圧延率、つまり、冷間圧延前の基材の厚みに対する冷間圧延による基材の厚みの減少量の割合は、10%以上95%以下であることが好ましい。
【0049】
また、基材に冷間圧延を行う際に、必要に応じて、基材を加熱して焼鈍することもできる。焼鈍は、冷間圧延を行う前に行ってもよいし、冷間圧延の途中に行ってもよい。また、冷間圧延を行う前及び冷間圧延の途中の両方の時点で焼鈍を行ってもよい。焼鈍を行うに当たっては、バッチ式焼鈍炉を用いてもよいし、連続式焼鈍炉を用いてもよい。例えば、バッチ式焼鈍炉を用いて焼鈍を行う場合には、基材を200℃以上380℃未満の温度に0.1時間以上10時間以下保持することが好ましい。
【0050】
冷間圧延が完了した基材に化成処理を施すことにより、基材上に化成皮膜を形成し、前記アルミニウム合金板を得ることができる。化成処理において、基材と化成処理液とを接触させると、基材表面におけるアルミニウムの溶解反応と、これに対応するカソード反応とが並行して進行する。そして、これらの反応に伴って化成処理液のpHが上昇することにより、基材上に化成皮膜が形成される。
【0051】
化成処理は、冷間圧延が完了してから、塗装が行われるまでの間であれば、いつ行ってもよい。例えば、コイル状に巻き取られた状態の基材を、コイルから引き出しつつ化成処理液と接触させることにより化成処理が行われてもよい。また、所望の大きさに切断された基材や、成形加工後の基材を化成処理液と接触させることにより化成処理が行われてもよい。化成処理に用いられる化成処理液は、所望する化成皮膜や、基材と化成処理液との反応性、基材の表面形状などに応じて決定すればよい。また、化成処理における処理時間は、所望する化成皮膜の付着量に応じて適宜設定すればよい。
【実施例0052】
前記アルミニウム合金板の実施例を、
図1~
図3を参照しつつ説明する。
図1に示すように、本例のアルミニウム合金板1は、Fe:0.10質量%以上3.0質量%以下及びMn:0.10質量%以上3.0質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有する基材2と、基材2の少なくとも一方の面上に設けられた化成皮膜3と、を有している。また、表1に示すように、本例のアルミニウム合金板1は、100℃以上300℃以下の温度で0.5時間以上10時間以下加熱した後におけるヤング率が70GPa以上となり、0.2%耐力が100MPa以上となり、減衰自由振動における減衰率が1.5×10
-3以上となる特性を有している。
【0053】
本例のアルミニウム合金板1を作製するに当たっては、まず、DC鋳造により表1に示す化学成分を有する鋳塊を作製する。なお、表1における記号「Bal.」は、当該元素が残部であることを示し、記号「-」は、当該元素が含まれていないことを示す。鋳塊の表面を面削して表面偏析層を除去した後、鋳塊を520℃の温度に1時間保持して均質化処理を行う。その後、鋳塊の温度が460℃である状態で熱間圧延を開始し、厚み3.0mmの基材2を作製する。なお、熱間圧延完了時の基材2の温度は280℃とする。次いで、基材2に冷間圧延を行うことにより、基材2の厚みを1.0mmとする。
【0054】
このようにして得られる基材2を、温度45℃の5質量%硫酸水溶液に浸漬し、基材2の表面に形成された自然酸化皮膜を除去する。硫酸水溶液から取り出した基材2を水洗した後、6フッ化ジルコニウム酸を含む水溶液に浸漬することにより、化成処理を行う。これにより、基材2上にZrを含むジルコニウム系化成皮膜3を形成し、表1に示す試験材S1を得ることができる。
【0055】
なお、表1に示す試験材R1~試験材R3は、試験材S1との比較のための試験材である。試験材R1は、基材の化学成分が表1に示すように変更されている以外は、試験材S1と同様の構成を有している。また、試験材R2及び試験材R3は、基材の化学成分が表1に示すように変更されているとともに、化成皮膜がZnを含む亜鉛系化成皮膜である以外は、試験材S1と同様の構成を有している。
【0056】
本例のアルミニウム合金板1の加熱後のヤング率、0.2%耐力及び減衰自由振動の減衰率の測定方法は以下の通りである。
【0057】
・ヤング率及び減衰率
各試験材を表2に示す保持温度および保持時間で加熱して熱処理を行った後、試験材から、圧延方向と長手方向とが並行になるようにして縦80mm、横8mmの短冊状試験片を採取する。この試験片を自由共振式内部摩擦測定装置(日本テクノプラス株式会社製「JE-RT」)に取り付け、減衰法によりヤング率及び減衰率の測定を行う。本例において使用した測定装置4は、
図2に示すように、駆動電極41と、駆動電極41に対面した振幅センサ42とを有している。駆動電極41と振幅センサ42との間に試験片Sを水平に配置し、振動の節となる位置において細線43により試験片Sを固定する。この状態で駆動電極41に交流電流を流して試験片Sにクーロン力を作用させることにより、試験片Sを振動させることができる。そして、振幅センサ42を用いて試験片Sの振幅を測定することにより、振動の波形を得ることができる。
【0058】
本例では、駆動電極41に交流電流を流して試験片Sを強制的に振動させた後、交流電流を止め、試験片Sを復元力により自由に振動させる。試験片Sの振動は、
図3に示す波形のように、周期Tで周期的に振動しながら振幅が指数関数的に減衰する、いわゆる減衰自由振動となる。なお、減衰自由振動においては、大気による抵抗や、試験片内部の転位や粒界等に由来する内部摩擦等によって振動エネルギーの損失が生じるために振幅が指数関数的に減少すると考えられている。
【0059】
減衰率δの値の算出方法は以下の通りである、まず、減衰自由振動の波形から、n周期目(但し、nは正の整数)及びn+m周期目(但し、mは2以上の整数)を任意に選択し、n周期目の振幅anの値と、n+m周期目の振幅an+mの値を取得する。減衰率δは、k周期目の振幅akと、その次の周期の振幅ak+1との比の値の自然対数ln(ak/ak+1)であるから、振幅anと、振幅an+mとの比の自然対数ln(an/an+m)は、下式のように展開することができる。
ln(an/an+m)=ln{(an/an+1)×(an+1/an+2)×・・・×(an+m-1/an+m)}=mδ
【0060】
従って、減衰率δの値は、n周期目の振幅anの値と、n+m周期目の振幅an+mの値を用いて下式のように表すことができる。
δ=(1/m)・ln(an/an+m)
【0061】
表2に、各試験材における加熱後のヤング率及び減衰自由振動の減衰率を示す。なお、試験材S2、試験材S3、試験材R2及び試験材R3については、減衰率を算出していないため、減衰率欄に記号「-」を記載した。
【0062】
・0.2%耐力
各試験材を表2に示す保持温度および保持時間で加熱して熱処理を行った後、試験材から、圧延方向と長手方向とが並行になるようにしてJIS5号試験片を採取する。この試験片を用い、JIS Z2241:2011に準拠した方法により引張試験を行う。そして、引張試験により得られた荷重-変位曲線に基づき、各試験材の0.2%耐力を算出する。表2に、各試験材の加熱後の0.2%耐力を示す。
【0063】
【0064】
【0065】
表1に示すように、試験材S1は、前記特定の化学成分を有する基材2と、基材2上に設けられた化成皮膜3と、を有しているため、塗膜や樹脂との密着性に優れている。また、試験材S1は、表2に示す温度及び時間で熱処理を行った後に、ヤング率、0.2%耐力及び減衰自由振動の減衰率がそれぞれ前記特定の範囲内となる特性を有している。かかる特性を有するアルミニウム合金板は、例えば、塗装焼付等の加熱を行った後に高い強度及び優れた制振性を発揮させることができるため、自動車の車体用として好適である。
【0066】
試験材R1は、基材中のFeの含有量及びMnの含有量が前記特定の範囲よりも少ないため、基材中にAl-Fe系金属間化合物やAl-Mn系金属間化合物等の第二相粒子が形成されにくい。そのため、試験材R1は、加熱後のヤング率及び減衰率が低く、試験材S1に比べて制振性に劣る。
【0067】
試験材R2及び試験材R3は、基材中のFeの含有量及びMnの含有量が前記特定の範囲よりも少ない上、熱処理時の温度が高すぎるため、試験材S1よりも強度が低くなる。
【0068】
以上、本発明に係るアルミニウム合金板の具体的な構成の例を説明したが、本発明に係るアルミニウム合金板の具体的な構成は、実施例の構成に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜構成を変更することができる。