(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023163821
(43)【公開日】2023-11-10
(54)【発明の名称】進行性核上性麻痺の診断マーカー
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/04 20060101AFI20231102BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20231102BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20231102BHJP
C07K 7/04 20060101ALN20231102BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20231102BHJP
【FI】
C12Q1/04
G01N33/68
G01N33/53 D
C07K7/04 ZNA
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022074987
(22)【出願日】2022-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】504150461
【氏名又は名称】国立大学法人鳥取大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】瀧川 洋史
(72)【発明者】
【氏名】花島 律子
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4H045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CB26
2G045DA36
4B063QA19
4B063QQ02
4B063QQ79
4B063QR48
4B063QR72
4H045AA11
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA17
4H045CA45
4H045DA86
4H045EA50
(57)【要約】
【課題】被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性を評価するためのデータを収集する方法を提供する。
【解決手段】被験者に由来する脳脊髄液試料において、アミロイド前駆タンパク質のエピトープKEGILQYCQEVYPELQを認識する抗体により結合され100 kDaの見かけ上分子量を有する第一の分子種の量を測定することを含み、第一の分子種の測定データが、被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性と正に相関するデータとして収集される方法が提供される。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性を評価するためのデータを収集する方法であって、前記被験者に由来する脳脊髄液試料において、アミロイド前駆タンパク質のエピトープKEGILQYCQEVYPELQを認識する抗体により結合され100 kDaの見かけ上分子量を有する第一の分子種の量を測定することを含み、前記第一の分子種の測定データが、前記被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性と正に相関するデータとして収集される、方法。
【請求項2】
前記被験者に由来する脳脊髄液試料において、前記抗体により結合され74 kDaの見かけ上分子量を有する第二の分子種の量を測定することをさらに含み、前記第二の分子種の測定データが、前記被験者が進行性核上性麻痺ではなくアルツハイマー病に罹患している可能性と正に相関するデータとして収集される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記抗体はモノクローナル抗体22C11である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性を評価するためのデータを収集する方法であって、前記被験者に由来する脳脊髄液試料において、エピトープKEGILQYCQEVYPELQを含み100 kDaの見かけ上分子量を有するアミロイド前駆タンパク質の第一の分子種の量を測定することを含み、前記第一の分子種の測定データが、前記被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性と正に相関するデータとして収集される、方法。
【請求項5】
前記被験者に由来する脳脊髄液試料において、前記エピトープを含み74 kDaの見かけ上分子量を有するアミロイド前駆タンパク質の第二の分子種の量を測定することをさらに含み、前記第二の分子種の測定データが、前記被験者が進行性核上性麻痺ではなくアルツハイマー病に罹患している可能性と正に相関するデータとして収集される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記第一および第二の分子種の量の測定は、分子種へのモノクローナル抗体22C11の結合量を測定することによって行われる、請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
被験者が進行性核上性麻痺に罹患していることまたは罹患している可能性が高いことを判定する方法であって、
(1)前記被験者に由来する脳脊髄液試料において、アミロイド前駆タンパク質のエピトープKEGILQYCQEVYPELQを認識する抗体により結合され100 kDaの見かけ上分子量を有する第一の分子種の量の測定値を取得すること、および
(2)前記第一の分子種の量の測定値を第一の基準値と比較すること
を含み、前記第一の分子種の量の測定値が前記第一の基準値より高い場合に、前記被験者が進行性核上性麻痺に罹患している、または罹患している可能性が高いと判定する、方法。
【請求項8】
被験者が進行性核上性麻痺に罹患していることまたは罹患している可能性が高いことを判定する方法であって、
(1)前記被験者に由来する脳脊髄液試料において、アミロイド前駆タンパク質のエピトープKEGILQYCQEVYPELQを認識する抗体により結合され100 kDaの見かけ上分子量を有する第一の分子種の量の測定値を取得すること、
(2)前記第一の分子種の量の測定値を第一の基準値と比較すること、
(3)前記被験者に由来する脳脊髄液試料において、前記抗体により結合され74 kDaの見かけ上分子量を有する第二の分子種の量の測定値を取得すること、
(4)前記第二の分子種の量の測定値を第二の基準値と比較すること、および
(5)前記第一の分子種の量の測定値が前記第一の基準値より高く、かつ、前記第二の分子種の量の測定値が前記第二の基準値以下である場合に、前記被験者が進行性核上性麻痺に罹患している、または罹患している可能性が高いと判定すること
を含む方法。
【請求項9】
前記(5)において、前記第二の分子種の量の測定値が前記第二の基準値より高い場合に、前記被験者が進行性核上性麻痺ではなくアルツハイマー病に罹患している、または罹患している可能性が高いと判定することを含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記抗体はモノクローナル抗体22C11である、請求項7~9のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、進行性核上性麻痺の診断に用いることができるバイオマーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
進行性核上性麻痺(PSP: progressive supranuclear palsy)は、大脳皮質基底核変性症(CBD: corticobasal degeneration)、多系統萎縮症(MSA: multiple system atrophy)、およびパーキンソン病(PD: Parkinson's disease)を含む「パーキンソン症候群(PS: Parkinson's syndrome)」のひとつである。
【0003】
PSPは原因不明の進行性の神経変性疾患であり、十分に有効な治療法が未だ見出されていない。病理学的には、異常リン酸化タウの脳内での凝集体形成がPSPの特徴であり、これが病態に関与することが推定されているものの、全貌の解明には至っていない。
【0004】
我が国における疫学的研究によれば、PSP有病率は10万人あたり約20人と見積もられている。一方、法医解剖例の解析では、60歳以上の剖検脳の4.6%にPSP病理が確認され、潜在的にPSP症例はより多く存在することが推測される。
【0005】
典型的なPSPは、易転倒性を伴う歩行障害、および垂直性眼球運動障害を特徴とする。しかしながら、PSPについては明確なバイオマーカーが知られておらず、臨床症状と画像所見等によって臨床診断がなされており、最終的には剖検脳の病理診断によって確定診断がなされている。
【0006】
臨床研究の発展により、典型的な臨床像を呈するRichardson’s症候群に加えて、PDに類似した振戦や筋強剛が目立つ亜型のほか、MSAのような小脳症状が前景になる亜型、言語障害・すくみ足が目立つ亜型、およびCBDに類似した臨床像を呈する亜型など、PSPには多彩な臨床像が存在し得ることが明らかになっている。このようにPSPは臨床症状が非常に多彩であり、特に病初期には他のPS疾患との鑑別および診断が困難であることが少なくなく、疾患の進行または治療効果を判定するにも、臨床徴候のスケールに拠って判定を行うしか手段がないのが現状である(非特許文献1~5)。このような診断の難しさが、治療薬・治療法の開発や治験の遂行を困難にしている一つの要因となっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Litvan et al., Neurology, 1996, 47(1):1-9.
【非特許文献2】Williams et al., Brain, 2005, 128:1247-1258
【非特許文献3】Williams et al., Movement Disorders, 2007, 22(15):2235-2241
【非特許文献4】Kanazawa et al., Mov. Disord., 2009, 24(9):1312-8.
【非特許文献5】Golbe and Ohman-Strickland, Brain, 2007, 130:1552-1565
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そのため、被験者がPSPに罹患している可能性を評価あるいは判定するための新たな診断手段の確立が強く求められている。特に、PSPの存在と相関するバイオマーカーが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、PSP患者に特徴的なバイオマーカーを探索する研究のなかで、患者脳脊髄液中でPSPに特異的な変化を示す物質として特定形態のアミロイド前駆タンパク質(amyloid precursor protein;「APP」と略される)を同定するに至った。これら特定形態のAPPのレベルは、PSP患者由来脳脊髄液試料とPD患者や健常者等の非PSP個体に由来する脳脊髄液試料との間、またはPSP患者由来脳脊髄液試料とアルツハイマー病(AD:Alzheimer's disease)患者由来脳脊髄液試料との間で有意な違いを示し得ることが見出された。
【0010】
本開示は少なくとも以下の実施形態を含む。
[1]
被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性を評価するためのデータを収集する方法であって、前記被験者に由来する脳脊髄液試料において、アミロイド前駆タンパク質のエピトープKEGILQYCQEVYPELQを認識する抗体により結合され100 kDaの見かけ上分子量を有する第一の分子種の量を測定することを含み、前記第一の分子種の測定データが、前記被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性と正に相関するデータとして収集される、方法。
[2]
前記被験者に由来する脳脊髄液試料において、前記抗体により結合され74 kDaの見かけ上分子量を有する第二の分子種の量を測定することをさらに含み、前記第二の分子種の測定データが、前記被験者が進行性核上性麻痺ではなくアルツハイマー病に罹患している可能性と正に相関するデータとして収集される、[1]に記載の方法。
[3]
前記抗体はモノクローナル抗体22C11である、[1]または[2]に記載の方法。
[4]
被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性を評価するためのデータを収集する方法であって、前記被験者に由来する脳脊髄液試料において、エピトープKEGILQYCQEVYPELQを含み100 kDaの見かけ上分子量を有するアミロイド前駆タンパク質の第一の分子種の量を測定することを含み、前記第一の分子種の測定データが、前記被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性と正に相関するデータとして収集される、方法。
[5]
前記被験者に由来する脳脊髄液試料において、前記エピトープを含み74 kDaの見かけ上分子量を有するアミロイド前駆タンパク質の第二の分子種の量を測定することをさらに含み、前記第二の分子種の測定データが、前記被験者が進行性核上性麻痺ではなくアルツハイマー病に罹患している可能性と正に相関するデータとして収集される、[4]に記載の方法。
[6]
前記第一および第二の分子種の量の測定は、分子種へのモノクローナル抗体22C11の結合量を測定することによって行われる、[4]または[5]に記載の方法。
[7]
被験者が進行性核上性麻痺に罹患していることまたは罹患している可能性が高いことを判定する方法であって、
(1)前記被験者に由来する脳脊髄液試料において、アミロイド前駆タンパク質のエピトープKEGILQYCQEVYPELQを認識する抗体により結合され100 kDaの見かけ上分子量を有する第一の分子種の量の測定値を取得すること、および
(2)前記第一の分子種の量の測定値を第一の基準値と比較すること
を含み、前記第一の分子種の量の測定値が前記第一の基準値より高い場合に、前記被験者が進行性核上性麻痺に罹患している、または罹患している可能性が高いと判定する、方法。
[8]
被験者が進行性核上性麻痺に罹患していることまたは罹患している可能性が高いことを判定する方法であって、
(1)前記被験者に由来する脳脊髄液試料において、アミロイド前駆タンパク質のエピトープKEGILQYCQEVYPELQを認識する抗体により結合され100 kDaの見かけ上分子量を有する第一の分子種の量の測定値を取得すること、
(2)前記第一の分子種の量の測定値を第一の基準値と比較すること、
(3)前記被験者に由来する脳脊髄液試料において、前記抗体により結合され74 kDaの見かけ上分子量を有する第二の分子種の量の測定値を取得すること、
(4)前記第二の分子種の量の測定値を第二の基準値と比較すること、および
(5)前記第一の分子種の量の測定値が前記第一の基準値より高く、かつ、前記第二の分子種の量の測定値が前記第二の基準値以下である場合に、前記被験者が進行性核上性麻痺に罹患している、または罹患している可能性が高いと判定すること
を含む方法。
[9]
前記(5)において、前記第二の分子種の量の測定値が前記第二の基準値より高い場合に、前記被験者が進行性核上性麻痺ではなくアルツハイマー病に罹患している、または罹患している可能性が高いと判定することを含む、[8]に記載の方法。
[10]
前記抗体はモノクローナル抗体22C11である、[7]~[9]のいずれか一項に記載の方法。
【0011】
本開示の実施形態により、PSPの診断のために有用となる生化学的なデータを患者由来試料から収集することが可能になった。本開示の実施形態によるバイオマーカーは、PSPの診断において既存の手段に代わってまたはそれに加えて有用となる新しい手段となり、疾患の進行または治療効果についての評価または判定のための客観的な指標を提供することで、PSPの診断および治療の向上に寄与し得る。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、脳脊髄液試料のショットガンプロテオミクスにおいて、アミロイド前駆タンパク質由来のペプチドの全体的な検出量がPSP群ではPD群およびCTL群と比べて低下していたことを示すグラフである。各棒グラフが各個体に対応し、棒グラフの高さはアミロイド前駆タンパク質由来ペプチドの検出数を示す。
【
図2】
図2は、モノクローナル抗体22C11を使用した脳脊髄液試料のウェスタンブロットの例を示す。左側に既知分子量マーカーの泳動位置が示されている。
【
図3】
図3は、異なる患者の脳脊髄液試料において、抗アミロイド前駆タンパク質抗体22C11により結合され100 kDaの見かけ上分子量を有する分子種の量を測定した結果を示す。
【
図4】
図4は、異なる患者の脳脊髄液試料において、抗アミロイド前駆タンパク質抗体22C11により結合され74 kDaの見かけ上分子量を有する分子種の量を測定した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本開示は、被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性を評価するためのデータを収集する方法を提供する。いくつかの実施形態において、該方法は、被験者に由来する脳脊髄液試料において、アミロイド前駆タンパク質のエピトープKEGILQYCQEVYPELQ(配列番号1)を認識する抗体により結合され100 kDaの見かけ上分子量を有する第一の分子種の量を測定することを含む。
【0014】
本開示における被験者はヒトである。脳脊髄液試料の採取の仕方は当業者によく知られている。典型的には、腰椎穿刺法により脳脊髄液が採取される。
【0015】
ヒトにおけるアミロイド前駆タンパク質の主要なmRNA配列の一例がNCBI(米国National Center for Biotechnology Information)のEntrezデータベースにおいて参照番号NM_000484.2のもとに提供されており、本願において配列番号2として提供される。そのmRNAによってコードされる全長ポリペプチドのアミノ酸配列は配列番号3として提供される。上記エピトープ(配列番号1)は、配列番号3の第66~第81残基に相当する。
【0016】
アミロイド前駆タンパク質の遺伝子は、異なるmRNAスプライシングならびに翻訳後の修飾(リン酸化およびグリコシル化を含む)および複雑なタンパク質分解性プロセシングを経ることが知られており、分子量および機能が異なる多数のポリペプチドを生じることができる。そのようにして生じる短い(約40アミノ酸;分子量約4.5 kDa)ポリペプチドの一つであるアミロイドβは、アルツハイマー病患者の脳において凝集し蓄積してアミロイド斑を形成することがよく知られており、その病気の原因となっていると考えられている。アミロイド前駆タンパク質の名称中の「前駆」という語は、そのアミロイド斑の前駆体であることを表す。しかしながら本開示において「アミロイド前駆タンパク質」「アミロイド前駆タンパク質の分子種」等の用語は、前駆体であるか成熟産物または最終産物であるかを問わず、また、全長ポリペプチドであるか切断物または分解物であるかを問わず、アミロイド前駆タンパク質遺伝子の翻訳産物に由来するすべてのポリペプチドを包含する。なお、アミロイドβは、配列番号3のおよそ第672~713残基に位置し、配列番号1のエピトープは含有しない。
【0017】
本開示において、「見かけ上分子量」とは、還元・変性条件でのゲル電気泳動において複数の既知分子量マーカーと泳動距離あるいは泳動速度を比較することにより相対的に決定される分子量を意味する。ゲル電気泳動は例えばポリアクリルアミドゲル電気泳動であり、最も典型的にはSDS-PAGEである。見かけ上分子量は、厳密に原子組成から決まる絶対的な分子量と同じであるとは限らない。本開示において「分子種」という用語は、異なる見かけ上分子量で試料中に蓄積している異なるポリペプチド分子(翻訳後修飾を含み得る)を特定するために用いられる。「第一の」「第二の」等の用語は、異なる対象物(例えばアミロイド前駆タンパク質の異なる分子種)を区別して指すための便宜上の用語に過ぎず、何らかの順序(例えばサイズや配列上の位置の順序)を意味するものではない。様々な分子種は、全長の(すなわち切断または分解されていない)アミロイド前駆タンパク質およびその様々な断片を含む。特定の見かけ上分子量を有し、かつ、特定の抗体に結合するまたは特定のエピトープを有する分子種を検出および定量することができる方法としては、当業者に知られるようにウェスタンブロット法が挙げられるが、必ずしもこれに限定されない。例えば、電気泳動後のゲルを各見かけ上分子量の位置ごとに断片化して、断片に含まれるポリペプチドを必要に応じて溶出して分析すれば、ウェスタンブロットは迂回され得る。
【0018】
上記のように、アミロイド前駆タンパク質遺伝子から生成され得るポリペプチド産物の群は複雑で多様であるが、脳脊髄液試料では、上記エピトープKEGILQYCQEVYPELQを認識する抗体により結合される数個の分子種が再現性をもって検出されるため、当業者は本開示に従って、アミロイド前駆タンパク質のエピトープKEGILQYCQEVYPELQを認識する抗体により結合され100 kDaの見かけ上分子量を有する第一の分子種を明確に認識することができる。例えば、本開示で特定されるところの「100 kDaの見かけ上分子量」を有する第一の分子種は、SDS-PAGE等のゲル電気泳動において106 kDaの分子量マーカーよりは速く泳動し76 kDaの分子量マーカーよりは遅く泳動する分子種として認識され得る。本開示で特定されるところの「74 kDaの見かけ上分子量」を有する第二の分子種も同様に明確に認識され、これは例えば76 kDaの分子量マーカーよりわずかに速く泳動し60 kDaよりは大きな見かけ上分子量を有する分子種である。
【0019】
抗体がエピトープを「認識する」とは、当業者に通常理解されるように、特異的結合分子たる抗体の特異的結合対象がそのエピトープであることを意味する。エピトープKEGILQYCQEVYPELQを認識しこれに特異的に結合する抗体の好適な一例はモノクローナル抗体22C11である(例えばJ. Biol. Chem., 1995, 270(9):4205-4208参照)。モノクローナル抗体22C11はMerck(Millipore)社等から市販されている。しかしながら、本開示の実施形態で使用できる抗体は22C11に限定されない。例えばJ. Biol. Chem., 2002, 277(23):20979-20990に記載されているように、当業者は、KEGILQYCQEVYPELQというエピトープ(抗原)を認識しこれに特異的に結合する抗体をクローン22C11とは独立に作製することができる。
【0020】
分子種の量の測定、あるいは分子種の定量は、その分子種の存在量を相対的または絶対的に測定することで実行され得る。分子種の存在量の測定の詳細は、当業者が通常の知識に基づいて適宜決定することができる。例えば、ウェスタンブロット上で、エピトープKEGILQYCQEVYPELQを認識する抗体により結合され100 kDaの見かけ上分子量を有する第一の分子種の検出量を、参照分子の検出量に対する相対値として求めることにより定量化あるいは測定を行うことができる。参照分子は典型的には、ハウスキーピング遺伝子と当業者に呼ばれる、発現量が実質的に一定であると考えられる遺伝子の産物であり、例えばβアクチンのポリペプチドであり得る。アミロイド前駆タンパク質の分子種の量と、参照分子の量は、同一のウェスタンブロット上で測定することも可能であるし(例えば抗体の検出標識を変えることによって)、別々のウェスタンブロット上で測定することも可能である(例えば等量の脳脊髄液試料を別々のSDS-PAGEで電気泳動することによって)。
【0021】
従来は、どのような種類の生体試料中のどのような具体的分子の量を測定すれば、進行性核上性麻痺の診断のために有用となるかが知られておらず、臨床症状、画像所見、および剖検脳の病理診断に大きく依存するしかなかった。従って本開示の実施形態は、被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性を評価するためのデータを収集する方法を新たに提供するものである。より具体的には、上述した第一の分子種がバイオマーカーとなり、その測定データあるいは定量データが、被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性と正に相関するデータとして収集される。
【0022】
「進行性核上性麻痺に罹患している可能性と正に相関する」ということは、対象となっているバイオマーカーの量値(レベル)が、進行性核上性麻痺に罹患した個体群では非罹患個体群と比べて有意に高くなることを意味する。従って、進行性核上性麻痺と正の相関を示すバイオマーカーのレベルが高ければ高いほど、その個体は進行性核上性麻痺に罹患している可能性がより高いと評価できる。
【0023】
いくつかの実施形態において上記の方法は、同じ被験者に由来する脳脊髄液試料において、上記抗体により結合され74 kDaの見かけ上分子量を有する第二の分子種の量を測定することをさらに含む。この第二の分子種は、第一の分子種と同じエピトープを含んでいるが、異なるmRNAスプライシングおよび/または翻訳後修飾および/またはタンパク質分解によって第一の分子種とは異なる見かけ上分子量を持つようになったアミロイド前駆タンパク質の分子種であると考えられる。この第二の分子種の測定データあるいは定量データは、被験者が進行性核上性麻痺ではなくアルツハイマー病に罹患している可能性と正に相関するデータとして収集される。つまり、このバイオマーカーのレベルが高ければ高いほど、その個体は進行性核上性麻痺ではなくアルツハイマー病に罹患している可能性がより高いと評価できる。第一の分子種および第二の分子種という2つのバイオマーカーを組み合わせることにより、被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性を評価するための、より信頼性の高いデータを収集することができる。
【0024】
KEGILQYCQEVYPELQ(配列番号1)のエピトープはアミロイド前駆タンパク質に固有のエピトープである。アミロイド前駆タンパク質のエピトープKEGILQYCQEVYPELQを認識する抗体により結合される分子種は、当該エピトープを含むアミロイド前駆タンパク質の分子種(例えば断片)と換言することができる。従って別の側面において本開示は、被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性を評価するためのデータを収集する方法であって、被験者に由来する脳脊髄液試料において、エピトープKEGILQYCQEVYPELQを含み100 kDaの見かけ上分子量を有するアミロイド前駆タンパク質の第一の分子種の量を測定することを含み、この第一の分子種の測定データが、被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性と正に相関するデータとして収集される、方法を提供する。
【0025】
この実施形態は、同じ被験者に由来する脳脊髄液試料において、上記エピトープを含み74 kDaの見かけ上分子量を有するアミロイド前駆タンパク質の第二の分子種の量を測定することをさらに含み得る。この第二の分子種の測定データは、被験者が進行性核上性麻痺ではなくアルツハイマー病に罹患している可能性と正に相関するデータとして収集される。
【0026】
上記エピトープを含むアミロイド前駆タンパク質の分子種の定量は、例えばモノクローナル抗体22C11など、このエピトープを認識する抗体の、対象分子種への結合量を測定することによって行うことができる。典型的にはこの測定はウェスタンブロット上で行われる。
【0027】
別の側面において本開示は、被験者が進行性核上性麻痺に罹患していることまたは罹患している可能性が高いことを判定する方法であって、以下のことを含む方法を提供する。
(1)被験者に由来する脳脊髄液試料において、アミロイド前駆タンパク質のエピトープKEGILQYCQEVYPELQを認識する抗体により結合され100 kDaの見かけ上分子量を有する第一の分子種の量の測定値を取得すること、
(2)上記第一の分子種の量の測定値を第一の基準値と比較すること、
(3)上記被験者に由来する脳脊髄液試料において、上記抗体により結合され74 kDaの見かけ上分子量を有する第二の分子種の量の測定値を取得すること、
(4)上記第二の分子種の量の測定値を第二の基準値と比較すること、および
(5)第一の分子種の量の測定値が第一の基準値より高く、かつ、第二の分子種の量の測定値が第二の基準値以下である場合に、被験者が進行性核上性麻痺に罹患している、または罹患している可能性が高いと判定すること。
【0028】
段階(2)は段階(1)の後に行われ、段階(4)は段階(3)の後に行われ、段階(5)は段階(2)および(4)の後に行われることが論理的な必然である。しかしながら本方法において、例えば段階(1)と段階(3)のどちらを先に行うかは任意であり、これらを同時に行ってもよい。同様に、段階(2)と段階(4)のどちらを先に行うかは任意であり、これらを同時に行ってもよい。
【0029】
この実施形態においても、モノクローナル抗体22C11を好適に使用することができるが、上記で説明したように、使用できる抗体はモノクローナル抗体22C11に必ずしも限定されない。
【0030】
第一および第二の基準値は、当業者が事前に決定しておくことができる。当業者に理解されるように、第一および第二の基準値は、例えば、臨床的または確定的な診断により進行性核上性麻痺にもアルツハイマー病にも罹患していないと決定された、または進行性核上性麻痺もしくはアルツハイマー病に罹患していると決定された、複数の個体の脳脊髄液試料における第一および第二の分子種の測定値に基づくものであり得る。一例では、第一の基準値は、進行性核上性麻痺もアルツハイマー病も有しない複数の個体の脳脊髄液試料における第一の分子種の測定値の平均の2倍以上である値から選択される値であり得る。別の例では、第一の基準値は、進行性核上性麻痺を有する複数の個体の脳脊髄液試料における第一の分子種の測定値の60~80パーセンタイル値の範囲内から選択される値であり得る。一例では、第二の基準値は、進行性核上性麻痺もアルツハイマー病も有しない複数の個体の脳脊髄液試料における第二の分子種の測定値の平均の2倍以上である値から選択される値であり得る。別の例では、アルツハイマー病を有する複数の個体の脳脊髄液試料における第二の分子種の測定値の60~80パーセンタイル値の範囲内から選択される値であり得る。
【0031】
しかしながら、一般にバイオマーカーの閾値レベルは、個々の試験の目的に応じて(例えば、広く患者候補群を選出する初期スクリーニングの目的であるか、あるいは個々の患者を詳細に診断する目的であるか、等に応じて)緩くしたり厳格にしたりし得るものであり、本開示における基準値も、個々のアプリケーションに応じて当業者が通常の技量に基づいて事前に決めることができ、かつ、適宜変動させ得ることが理解されるべきである。
【0032】
ある実施形態では、本方法は、段階(5)において、第二の分子種の量の測定値が第二の基準値より高い場合に、被験者が進行性核上性麻痺ではなくアルツハイマー病に罹患している、または罹患している可能性が高いと判定することを含む。
【0033】
アルツハイマー病はパーキンソン症候群には属さない別種類の疾患であるため、臨床的に進行性核上性麻痺が疑われる場面において(例えば被験者が歩行障害および/または垂直性眼球運動障害を示している場合において)進行性核上性麻痺とアルツハイマー病とを鑑別することの必要性または優先度は相対的に低いと判断される場合もあり得る。したがって別の実施形態では、上記段階(3)(4)は省略され、(2)の後の段階では、第一の分子種の量の測定値が第一の基準値より高い場合に、被験者が進行性核上性麻痺に罹患している、または罹患している可能性が高いと判定され得る。
【0034】
被験者が進行性核上性麻痺に罹患している、または罹患している可能性が高いと判定されない場合には、被験者が進行性核上性麻痺に罹患していない、または進行性核上性麻痺に罹患している可能性が低い(もしくは罹患していない可能性が高い)と判定され得る。同様に、被験者がアルツハイマー病に罹患している、または罹患している可能性が高いと判定されない場合には、被験者がアルツハイマー病に罹患していない、または罹患している可能性が低いと判定され得る。
【実施例0035】
以下、実施例を示して具体的な実施形態を詳しく説明するが、これらは例示であって、本開示の発明はこれらの例に限定されない。
【0036】
探索的な研究において、4例のPSP患者、4例のパーキンソン病(PD)患者、および4人の健常者対照(CTL)からそれぞれ採取された脳脊髄液試料を、表面増強レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(SELDI-TOF MS:surface-enhanced laser desorption/ionization time-of-flight mass spectrometry)法により同一条件下で分析した。PSP患者は、非特許文献1~4に記載された基準に基づいて診断された患者である。そのうち2例は病理診断までなされた。PD患者はPostuma et al., Mov. Disord., 2015, 30(12):1591-601に記載された基準に基づいて診断された患者である。
【0037】
SELDI-TOF MSによるショットガンプロテオミクスにおいて、PSP患者に特異的な検出量の変化を示すタンパク質の一つとして、アミロイド前駆タンパク質が同定された。すなわち、アミロイド前駆タンパク質のペプチドの検出量が、PD群およびCTL群と比べてPSP群では低下する全体的傾向が観察された(
図1)。
【0038】
そこで、アミロイド前駆タンパク質またはその分子種が、PSPのバイオマーカーとなる可能性を調べるべく、検証研究を行った。本実施例において、下記表に示す個体から採取された脳脊髄液を使用した。PSP、PD、CTLは上述した通りである。CBSは大脳皮質基底核症候群の患者、ADはアルツハイマー病の患者である。アルツハイマー病はパーキンソン症候群に属す疾患ではないが、アルツハイマー病においてアミロイド前駆タンパク質の分子種が主要な役割を果たすという確立された知見に鑑みて本研究にはAD群も含めた。
【0039】
【0040】
脳脊髄液を、標準的な方法による10% SDS-PAGEで電気泳動し、Merck社から購入したモノクローナル抗体22C11(カタログ番号MAB348-100UL)を使用してウェスタンブロット分析を行った。クローン22C11は、NCBIのEntrezデータベース参照番号NM_000484.2に示されたアミロイド前駆タンパク質配列の第66~第81アミノ酸に相当するエピトープKEGILQYCQEVYPELQを認識する抗体である。ECL Primeウェスタンブロッティング検出試薬(Amersham社)を使用して、抗体結合分子種の検出および定量を行った。
図2に例示するような、再現性のあるいくつかのバンド(分子種)が検出された。以下、本実施例において「分子種」とは、脳脊髄液のウェスタンブロット上で22C11抗体により特異的に結合されたアミロイド前駆タンパク質の分子種を表す。
【0041】
アミロイド前駆タンパク質分子種の検出量すなわちバンド強度を、同じ脳脊髄液試料におけるβアクチン(actin)の検出量に対する相対量として正規化することにより、個々の分子種を定量した。バンド強度の測定はImage-Jソフトウェアを使用して行った。PSPをreferenceとして年齢性別を補正した重回帰分析を行い、危険率5%未満を有意とした。
【0042】
PSP患者ではアミロイド前駆タンパク質由来のペプチドの検出量が全体的に低くなるというショットガンプロテオミクス結果(
図1)を考慮すると逆説的であるが、100 kDaの見かけ上分子量を有する分子種の量は、CTL群と比べて、およびPD群と比べて、PSP群において統計学的に有意に上昇していることが見出された(
図3)。なお
図3および
図4では、各点が一個体を表し、βアクチンに対する相対量として測定された分子種の量を示している。グラフに添えられた「ひげ」は各群における標準偏差を、「ひげ」の中点は平均値を示している。100 kDaのほかに、110 kDa、74 kDa、60 kDa、54 kDa、28kDa、24 kDa、20kDa、および12kDaの見かけ上分子量を有する分子種についても同様に定量を行ったが(データは図示していない)、PSP群がCTL群またはPD群と比べて統計学的に有意な変化を示したのは100 kDaの分子種だけであった。
【0043】
一方、74 kDaの見かけ上分子量を有する分子種の量は、AD群において特異的に上昇することが観察され、これは、CTL群と実質的に同レベルであったPSP群と比べて統計学的な有意差を有していた(
図4)。100 kDaの見かけ上分子量を有する分子種の量が突出して上昇していた個体がAD群の中にも複数見られたが(
図3)、これら複数のAD個体は、74 kDaの見かけ上分子量を有する分子種の量が上昇していた複数のAD個体(
図4)と重なっていた。
【0044】
これらの結果は、脳脊髄液中の、アミロイド前駆タンパク質のエピトープKEGILQYCQEVYPELQを認識する抗体により結合され100 kDaの見かけ上分子量を有する分子種が、進行性核上性麻痺の診断用マーカーとして有用となり得、脳脊髄液中のこの分子種の測定データを、被験者が進行性核上性麻痺に罹患している可能性と正に相関するデータとして収集し得ることを例証している。一方、74 kDaの見かけ上分子量を有する分子種は、PSP群では上昇せずにAD群で特異的に上昇し得るため、被験者が進行性核上性麻痺ではなくアルツハイマー病に罹患している可能性と正に相関するデータとして収集され得る。