(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023163824
(43)【公開日】2023-11-10
(54)【発明の名称】防護シート、および防護服
(51)【国際特許分類】
B32B 5/24 20060101AFI20231102BHJP
A41D 31/24 20190101ALI20231102BHJP
A41D 13/00 20060101ALI20231102BHJP
【FI】
B32B5/24 101
A41D31/24 100
A41D13/00 112
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022074990
(22)【出願日】2022-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】000184687
【氏名又は名称】小松マテーレ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【弁理士】
【氏名又は名称】新居 広守
(74)【代理人】
【識別番号】100131417
【弁理士】
【氏名又は名称】道坂 伸一
(72)【発明者】
【氏名】浜口 裕香
(72)【発明者】
【氏名】平吹 諒
【テーマコード(参考)】
3B011
3B211
4F100
【Fターム(参考)】
3B011AB04
3B011AC05
3B211AB04
3B211AC05
4F100AK01B
4F100AK04C
4F100AK17C
4F100AK45B
4F100AK47A
4F100AK48C
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4F100JK16
4F100JK16B
(57)【要約】
【課題】耐突刺性と耐切創性を有し、かつ繰り返しの伸縮に耐えられる、特に衣服の素材として好適な防護シートを提供する。
【解決手段】高強力繊維からなる編物と多孔質樹脂膜とが積層された防護シートであって、多孔質樹脂膜を構成する樹脂のデュロメータ硬さ(タイプA)が12以上28以下であり、多孔質樹脂膜を構成する樹脂の50%モジュラスが3.5MPa以下であり、防護シートの多孔質樹脂膜側の表面とSUS304板との動摩擦係数が0.75以下である防護シートである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高強力繊維を含む編物と多孔質樹脂膜とが積層された防護シートであって、前記多孔質樹脂膜を構成する樹脂のデュロメータ硬さ(タイプA)が12以上28以下であり、前記樹脂の50%モジュラスが3.5MPa以下であり、前記防護シートの前記多孔質樹脂膜側の表面とSUS304板との動摩擦係数が0.75以下である防護シート。
【請求項2】
前記多孔質樹脂膜上に、さらに、シリコーン樹脂、フッ素樹脂、超高分子量ポリエチレン樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、および、MCナイロンの群から選ばれる少なくとも1つを含む表面処理樹脂膜が積層されている、請求項1に記載の防護シート。
【請求項3】
前記多孔質樹脂膜の厚みが200μm以上600μm以下である、請求項1または請求項2に記載の防護シート。
【請求項4】
前記多孔質樹脂膜上に、さらにポリウレタン樹脂を含む無孔質の耐摩耗性樹脂膜が積層されている、請求項1または請求項2に記載の防護シート
【請求項5】
前記多孔質樹脂膜に難燃剤が含まれている、請求項1または請求項2に記載の防護シート。
【請求項6】
請求項1または請求項2に記載の防護シートを、前記防護シートの前記編物側が人の体側となるよう配置しつつ、前記防護シートが少なくとも一部に用いられている防護服。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、針などによる突刺やカッターなどによる切創から身体を防護する防護シート、およびこの防護シートを用いた防護服に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、刃物、ガラス板、金属屑などの鋭利な材料を取り扱う作業を行う場合に、身体を突刺や切創から防護する保護具が用いられてきた。
【0003】
この種の防護具の一つとして、例えば、特許文献1には、高強力繊維である芳香族ポリアミド糸を外側とし、綿またはレーヨン等の吸湿性繊維糸を内側となるように編製した保護用作業手袋が開示されている。特許文献1に開示された保護用作業手袋は、芳香族ポリアミド糸を用いることにより軽量でかつ耐切創性を有しつつ、編物が有する外力に対して大きく変形できる融通性を利用することで、伸縮性も併せ持っている。
【0004】
また、特許文献2には、超高強力繊維からなる高密度織布と合成樹脂膜とが一体に形成されている防護布が開示されている。特許文献2に開示された防護布は、基布の伸度を抑えるようにして織製し、かつ合成樹脂膜が一体に形成されていることにより、衝撃エネルギーを吸収するとともに基布を完全防水状態としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】実願昭53-004528号(実開昭54-110325号)のマイクロフィルム
【特許文献2】実願昭54-066356号(実開昭55-166639号)のマイクロフィルム
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示された保護用作業手袋は、編目が比較的ルーズに変形できることを利用したものであるため、指の関節部分など大きく引っ張られる部分では編目が大きく開いてしまう。このため、特許文献1に開示された保護用作業手袋については、局所的に木材のトゲや金属の削りカス、針などを通してしまうので、局所的に耐突刺性が弱いという課題がある。
【0007】
一方、特許文献2に開示された防護布は、完全防水であることからもわかる通り、特許文献1の保護用作業手袋のような局所的に耐突刺性が弱いという課題は有していない。しかし、特許文献2に開示された防護布は、伸縮性を抑えて鈍創傷効果を減少させていることから、可撓性を有していても伸縮性は有していないため、特に衣服として用いた場合には関節の可動を阻害し、著しく着心地を低下させてしまうという課題がある。
【0008】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、耐突刺性と耐切創性を有し、かつ繰り返しの伸縮に耐えられる、特に衣服の素材として好適な防護シートおよび防護服を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、以下の本発明の一態様を完成するに至った。
【0010】
(1)本発明にかかる防護シートは、高強力繊維を含む編物と多孔質樹脂膜とが積層された防護シートであって、前記多孔質樹脂膜を構成する樹脂のデュロメータ硬さ(タイプA)が12以上28以下であり、前記樹脂の50%モジュラスが3.5MPa以下であり、前記防護シートの前記多孔質樹脂膜側の表面とSUS304板との動摩擦係数が0.75以下である防護シートである。
【0011】
(2)また、本発明にかかる防護シートは、前記多孔質樹脂膜上に、さらに、シリコーン樹脂、フッ素樹脂、超高分子量ポリエチレン樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、および、MCナイロンの群から選ばれる少なくとも1つを含む表面処理樹脂膜が積層されているとよい。
【0012】
(3)また、本発明にかかる防護シートは、前記多孔質樹脂膜の厚みが200μm以上600μm以下であるとよい。
【0013】
(4)また、本発明にかかる防護シートは、前記多孔質樹脂膜上に、さらにポリウレタン樹脂を含む無孔質の耐摩耗性樹脂膜が積層されているとよい。
【0014】
(5)また、本発明にかかる防護シートは、前記多孔質樹脂膜中に難燃剤が含まれているとよい。
【0015】
また、本発明は以下のものも含む。
【0016】
(6)本発明にかかる防護服は、前記(1)~(5)に記載された防護シートを、前記防護シートの前記編物側が人の体側となるよう配置しつつ、前記防護シートが少なくとも一部に用いられている防護服である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、耐突刺性と耐切創性を有し、かつ繰り返しの伸縮に耐えられる、特に衣服の素材として好適な防護シートおよび防護服等を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、いずれも本発明の一具体例を示すものである。また、本発明は、以下の態様のみに限定されるものではなく、本発明の精神と実施の範囲において多くの変形が可能である。
【0019】
<防護シート>
本実施の形態にかかる防護シートは、高強力繊維を含む編物と多孔質樹脂膜とが積層された防護シートであって、前記多孔質樹脂膜を構成する樹脂のデュロメータ硬さ(タイプA)が12以上28以下であり、前記樹脂の50%モジュラスが3.5MPa以下であり、前記防護シートの前記多孔質樹脂膜側の表面とSUS304板との動摩擦係数が0.75以下である防護シートである。
【0020】
本実施の形態にかかる防護シートにおいて、編物に含まれる高強力繊維としては、全芳香族ポリアミド(アラミド)繊維、ポリイミド繊維、超高分子量ポリエチレン繊維、ポリアリレート繊維、ポリビニルアルコール繊維、ポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール(ポリベンゾアゾール)繊維、ポリフェニレンサルファイド繊維、炭素繊維、炭化ケイ素繊維、ガラス繊維、バサルト繊維、ボロン繊維などが挙げられる。中でも、引張強度が1GPa以上である繊維として、パラ系アラミド繊維、超高分子量ポリエチレン繊維、ポリアリレート繊維、ポリビニルアルコール繊維、ポリベンゾアゾール繊維、炭素繊維、炭化ケイ素繊維、ガラス繊維、バサルト繊維、ボロン繊維を用いることが好ましい。また、生産性や価格の観点から、高強力繊維として、パラ系アラミド繊維や超高分子量ポリエチレン繊維を用いることがより好ましい。
【0021】
また、防護シートにおける編物は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、綿や麻などの天然繊維、またはポリエステルやポリアミドなどの合成繊維と、混繊、混紡、交編したものであってもよい。
【0022】
編物の組織としては、経編および緯編のいずれであってもよい。経編としては、シングルデンビー編、シングルコード編、シングルアトラス編などが挙げられ、また、ダブル編みやこれらの変化組織であってもよい。緯編としては、平編、ゴム編、パール編、両面編などが挙げられ、また、これらの変化組織であってもよい。防護シートによって高い伸縮性を与えるとの観点から、編物は、緯編であることが好ましい。
【0023】
本実施の形態にかかる防護シートは、上記の編物に多孔質樹脂膜が積層されている。多孔質樹脂膜は、無数の微細な孔を有する多孔質状の樹脂膜である。多孔質樹脂膜は、無孔質樹脂膜よりも、繰り返しの伸縮を受けてもひび割れにくい。このため、編物に多孔質樹脂膜を積層することで、編物の編目を露出させず、高い耐突刺性を保持することができる。
【0024】
本実施の形態にかかる防護シートにおいて、多孔質樹脂膜を構成する樹脂のデュロメータ硬さ(タイプA)は、12以上28以下である。多孔質樹脂膜を構成する樹脂のデュロメータ硬さ(タイプA)が28以下であることにより、刃先から多孔質樹脂膜に加えられるエネルギーをうまく分散させることができるので、破壊の衝撃が集中して多孔質樹脂膜が鋭利に切断されてしまうことを抑制できる。これにより、耐切創性を発現させることができる。また、多孔質樹脂膜を構成する樹脂のデュロメータ硬さ(タイプA)が12以上であることにより、防護シートが衝撃を受けたときに、受けた衝撃によって多孔質樹脂膜を構成する樹脂の圧壊が起こりにくく、多孔質樹脂膜の膜形状を保たせる能力を確保できる。なお、多孔質樹脂膜を構成する樹脂のデュロメータ硬さ(タイプA)は、15以上25以下であることがより好ましい。
【0025】
また、多孔質樹脂膜を構成する樹脂の50%モジュラスは、3.5MPa以下である。多孔質樹脂膜を構成する樹脂の50%モジュラスが3.5MPa以下であることにより、積層された編物と多孔質樹脂膜との一体感が強まり、防護シートを繰り返して伸縮したとしても、多孔質樹脂膜がひび割れることを抑制できる。そのため、防護シートを用いた衣服を着用するなどして、防護シートに繰り返しの伸縮が与えられても、防護シートにおける編物の編目を露出させることなく高い耐突刺性を保持させることができる。しかも、これと同時に、防護シートを用いた衣服の着用時の違和感を大きく低減させる効果も発揮する。また、多孔質樹脂膜を構成する樹脂の50%モジュラスは、3.0MPa以下であることがより好ましい。なお、多孔質樹脂膜を構成する樹脂の50%モジュラスの下限は、多孔質樹脂膜を構成する樹脂のデュロメータ硬さ(タイプA)が12以上となれば、特に限定されるものではない。一例として、多孔質樹脂膜を構成する樹脂の50%モジュラスは、0.3MPa以上である。
【0026】
デュロメータ硬さが12以上28以下で50%モジュラスが3.5MPa以下を実現できる樹脂としては、例えば、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、および各種ゴムなどが挙げられる。また、これらの樹脂に対して、適宜架橋や加硫処理、または可塑剤の添加などを行うことで、デュロメータ硬さおよび50%モジュラスの物性値を前記範囲内に調整してもよい。多孔質樹脂膜を構成する樹脂としては、耐擦過性の観点からポリウレタン樹脂が好ましく、耐熱性や耐光性、耐加水分解性の観点から特にポリカーボネート系ポリウレタン樹脂がより好ましい。
【0027】
また、防護シートにおける多孔質樹脂膜中には、着色剤、撥水剤、撥油剤、抗菌剤、紫外線遮蔽剤、難燃剤などの機能剤が含まれていてもよい。アラミド繊維などの紫外線により劣化しやすい高強力繊維を含む編物を用いる場合、多孔質樹脂膜は、酸化チタンや酸化亜鉛などのような紫外線反射剤や、オキシベンゾンやベンゾトリアゾールなどのような紫外線吸収剤を含んでいるとよい。また、火気や有機溶剤を用いる工場などの火災の危険性がある職場で用いる場合、多孔質樹脂膜は、ビス(ペンタブロモフェニル)エタンなどのハロゲン系難燃剤、トリス(ジクロロプロピル)ホスフェートなどのリン系難燃剤、三酸化アンチモンや水酸化アルミニウムなどの金属酸化物や金属水酸化物などの難燃剤を含んでいるとよい。
【0028】
多孔質樹脂膜の具体的な作製方法としては、例えば、フィラーを含む樹脂膜を製膜した後に樹脂膜を延伸して多孔質樹脂膜を作製する延伸法、樹脂膜を製膜した後に針やレーザーで穴をあけることで多孔質樹脂膜を作製する穿孔法、ミキサーで泡立てた樹脂を製膜することで多孔質樹脂膜を作製する機械発泡法、二液混合や加熱などでガスを発生させながら製膜することで多孔質樹脂膜を作製する化学発泡法、溶剤希釈した樹脂を塗工後に大量の貧溶媒中に浸漬して樹脂を凝固させるとともに希釈溶剤を抽出することで多孔質樹脂膜を作製する湿式凝固法などが挙げられる。ただし、延伸法を用いた場合には、樹脂膜の延伸方向に平行な方向と垂直な方向とでモジュラスに異方性が生じやすいため、延伸法以外の方法で多孔質樹脂膜を作製することが好ましい。
【0029】
多孔質樹脂膜の厚みは、200μm以上600μm以下であるとよい。多孔質樹脂膜の厚みが200μm以上の防護シートであれば、耐突刺性や耐切創性を十分に確保できる。一方、多孔質樹脂膜の厚みが600μm以下の防護シートであれば、軽量で、関節の稼働を阻害しにくく、着用感に優れた防護服を得ることができる。
【0030】
多孔質樹脂膜を編物に積層する方法としては、例えば、独立して製膜した多孔質樹脂膜を熱溶融や適宜の接着剤を介して貼り合わせるラミネート法、または、熱溶融や溶剤希釈などで流動する樹脂を直接編物上に塗工して多孔質樹脂膜を製膜するコーティング法などが挙げられる。
【0031】
本実施の形態にかかる防護シートは、前記防護シートの多孔質樹脂膜側の表面とSUS304板との動摩擦係数が0.75以下である。本実施の形態にかかる防護シートは、編物側が人の体側で、多孔質樹脂膜側が外側(人の体側とは反対側)になるように配置されて使用されるが、防護シートにおける多孔質樹脂膜側の表面と、一般的な刃物の素材として用いられるSUS304板との動摩擦係数が0.75以下であることにより、刃物が多孔質樹脂膜側の表面に対して滑りやすくなる。また、刃物を防護シートから滑らせることによって、刃物から防護シートに加えられる力を逃がすことができるとともに、応力が一点に集中することを防ぐことができ、防護シートが断ち切られにくくなる。上記の動摩擦係数は、0.70以下であることがより好ましい。
【0032】
なお、防護シートが多孔質樹脂膜および編物のみで構成されている場合、防護シートの多孔質樹脂膜側の表面は、多孔質樹脂膜の外面となる。また、多孔質樹脂膜の編物側とは反対側の面に他の樹脂膜等が形成されている場合、防護シートの多孔質樹脂膜側の表面は、他の樹脂膜の外面となる。
【0033】
多孔質樹脂膜の外面の動摩擦係数を低下させる具体的な方法としては、多孔質樹脂膜を構成する樹脂にシリコーン変性やフッ素変性された樹脂を用いたり、多孔質樹脂膜を構成する樹脂中にワックスやオイルなどの潤滑剤を添加したりするなどの方法が挙げられるが、多孔質樹脂膜は表面に微細な凹凸が生成しやすく、その凹凸が原因で動摩擦係数を低下させづらい特徴がある。そのため、多孔質樹脂膜上には、他の樹脂膜として、シリコーン樹脂、フッ素樹脂、超高分子量ポリエチレン樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、および、MCナイロンの群から選ばれる少なくとも1つを含む表面処理樹脂膜が積層されているとよい。これにより、表面処理樹脂膜を構成する樹脂の特徴による自己潤滑性の高さと、表面処理樹脂膜の表面の平滑性の高さとから、動摩擦係数を低下させやすくなる。
【0034】
なお、本実施の形態において、シリコーン樹脂やフッ素樹脂は、ポリアルキルシロキサンなどのシリコーン樹脂や、ポリフッ化オレフィンなどのフッ素樹脂そのものだけに限らず、分子鎖の一部をシリコーン変性やフッ素変性した樹脂も含まれる。ただし、多孔質樹脂膜上に表面処理樹脂膜を積層する場合には、多孔質樹脂膜と表面処理樹脂膜との密着性を高めて剥離が発生しないようにするとの観点から、多孔質樹脂膜を構成する樹脂としてシリコーン樹脂やフッ素樹脂を用いないことが好ましい。
【0035】
表面処理樹脂膜を多孔質樹脂膜上に積層する方法としては、多孔質樹脂膜を編物上に積層する前記方法と同様にして積層することができる。
【0036】
なお、本実施の形態にかかる防護シートは、高強力繊維を含む編物と、少なくとも1つの多孔質樹脂膜とが積層されていればよい。したがって、編物には、複数の多孔質樹脂膜が積層されていてもよい。また、多孔質樹脂膜上に表面処理樹脂膜を積層する場合には、表面処理樹脂膜が最外層に配置されていればよく、例えば、多孔質樹脂膜と表面処理樹脂膜との間に別の樹脂膜が積層されていてもよい。
【0037】
特に、多孔質樹脂膜は比較的摩耗に対して弱い傾向にあるため、動摩擦係数を十分下げられる場合においては、多孔質樹脂膜上に、さらに耐摩耗性樹脂膜が積層されているとよい。また、多孔質樹脂膜上に表面処理樹脂膜を積層することで、表面処理樹脂膜の自己潤滑性により、耐摩耗性を向上させる効果も発現させることができる。ただし、自己潤滑性が高い樹脂は、他の物質との密着性が低い傾向にあるため、ジャケットの肘などのように力が集中してかかる箇所には、表面処理樹脂膜が剥離して多孔質樹脂膜が露出してしまうおそれがある。そのため、表面処理樹脂膜を積層する場合においても、別の耐摩耗性樹脂膜を多孔質樹脂膜上(表面処理樹脂膜との間)に積層することがより好ましい。
【0038】
耐摩耗性樹脂膜を構成する樹脂としては、耐摩耗性と伸縮性が高く、他の樹脂膜との密着性も高いポリウレタン樹脂が好適に用いられ、特に、密着性の観点から、シリコーン変性やフッ素変性されていないポリウレタン樹脂を用いることがより好ましい。また、耐摩耗性を向上させるとの観点から、耐摩耗性樹脂膜は、無孔質であることが好ましい。
【0039】
<防護服>
本実施の形態にかかる防護服は、前記で得られた防護シートを、編物側が人の体側となるよう配置しつつ、防護シートが少なくとも一部に用いられているものである。
【0040】
このような防護服は、エプロンやベストのように身頃を防護する防護服として用いてもよいが、本実施の形態にかかる防護シートは、耐突刺性と耐切創性を有し、かつ繰り返しの伸縮に耐えられるシートであるため、防護シートを用いた防護服としては、肩や肘、膝などの関節部分も防護するジャケットやズボンなどであってもよい。
【0041】
(実施例)
以下、本実施の形態にかかる防護シートおよび防護服について、実施例および比較例を挙げて詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。なお、本発明の目的を逸脱しない範囲で変更を施すことは、全て本発明の技術的範囲に含まれる。また、以下の例における各種性能の測定、試験および評価は次の方法で行った。
【0042】
<樹脂のデュロメータ硬さ>
樹脂のデュロメータ硬さは、JIS K6253-3(2012)に準拠して、タイプAまたはタイプDのデュロメータを使用して測定した。場所を変えて5点測定し、その平均値をデュロメータ硬さとした。
【0043】
<樹脂の50%モジュラス>
樹脂膜を均一な厚みで製膜した後、幅25mm×長さ200mmのサイズに切り出したものを試験片として用いた。試験片の操作は、JIS L1096(2010)A法(ストリップ法)に準じて行い、つかみ間隔:100mm、引張速度:150mm/minで試験片を引張り、50%伸長時の引張強さを読み取った。さらに、得られた引張強さを試験片の厚みで割ることにより、Pa単位に換算した。なお、試験片となる樹脂膜として、延伸法により作製した多孔質樹脂膜を用いる場合には、樹脂膜の延伸方向に平行な方向と垂直な方向とのそれぞれについて測定した。
【0044】
<樹脂膜の観察および厚み>
走査型電子顕微鏡(SEMEDX Type H形:(株)日立サイエンスシステムズ)を用い、防護シートの断面を50倍~200倍にて観察し、樹脂膜の断面を観察するとともに、樹脂膜の任意の5カ所の厚みを測定し、その平均値を樹脂膜の厚みとした。
【0045】
<樹脂膜側とSUS304板との動摩擦係数>
まず平滑なSUS304板を水平な台の上に置いた。その上に幅60mm×長さ140mmに切り出した試験片を、樹脂膜側の表面がSUS304板と対向するように配置し、さらに前記試験片上に幅60mm×長さ120mm、質量1000gの金属製ブロックを重ね、試験片の短辺をクリップで把持した。試験片を把持したクリップをバネばかりで水平方向に引っ張り、試験片が一定速度で動いている状態でのバネばかりの荷重を読み取った。このような試験を5回繰り返し、読み取った荷重(単位:g重)の平均値を1000で除した値を樹脂膜側の表面とSUS304板との動摩擦係数とした。
【0046】
<耐切創性>
幅30cm×長さ42cmに切り出した試験片を、樹脂膜側を上にして水平な台の上に置いた。同一の成人男性を試験者とし、左手で試験片を押さえながら右手で樹脂膜をカッターナイフで切りつける作業を10回行った。試験片に付いた傷跡を軽く開くようにして確認し、生地が視認できる傷の本数を計数した。
【0047】
<耐伸縮性>
幅10cm×長さ20cmに切り出した試験片を、チャック間距離10cmとなるように把持し、チャック間距離5cm(初期配置から-50%)の屈曲とチャック間距離15cm(初期配置から+50%)の伸長を1セットとし、1Hzの速度で1万回の伸縮を与えた後、樹脂膜に付いたシワの状態を軽く開くようにして観察した。観察の結果、生地が樹脂膜のひび割れから視認できないものを合格、生地が視認できるものを不合格とした。なお、延伸法により製膜した多孔質樹脂膜を用いる場合においては、樹脂膜の延伸方向に平行な方向に伸縮させた場合と、垂直な方向に伸縮させた場合とのそれぞれについて測定した。
【0048】
<耐摩耗性>
JIS L1096 磨耗強さ C法(テーバ形法)に準じて試験を行い、樹脂膜に穴が開くまでの回数(100回ごとに樹脂膜面に穴あきが発生したかを確認し、穴あきが確認された直前の回数)を測定した。なお、試験に使用した磨耗輪はNo.CS-17、荷重4.90Nとした。
【0049】
<着用時の快適性>
各サンプルから、編物側が人の体側となるように配置して作製したジャケットを試着し、着用時の快適性を以下の3段階で評価した。
【0050】
◎:関節の可動に関して違和感がほぼない。
【0051】
○:関節の可動に関して違和感がそれほどない。
【0052】
×:樹脂膜が裂ける、もしくは関節の可動に関して違和感がある。
【0053】
<防炎性>
消防法施行規則に記載の45°メッケルバーナー法に準じて防炎性を評価した。接炎面は樹脂膜面、加熱時間は2分とし、残炎時間、残じん時間、炭化面積を測定した。
【0054】
(実施例1)
まず、パラ系アラミド繊維(東レ・デュポン株式会社製ケブラー(登録商標)、引張強度:3.2GPa)を平編して編物を得た。
【0055】
次いで、シリコーン変性されたポリカーボネート系ポリウレタン樹脂(MS-PCPUと略する)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)で希釈した樹脂溶液を作製した。この樹脂溶液を前記編物上にスリットコーターを用いて塗布し、直後に大量の水中に浸漬して樹脂を凝固させて樹脂膜を製膜するとともに樹脂膜中からDMFを抽出することで、編物に多孔質樹脂膜が積層された防護シートを得た。得られた防護シートの多孔質樹脂膜の断面を観察すると、DMFが水と置換する際に形成された孔が多数確認された。また、得られた防護シートの各種評価結果を表1に示す。
【0056】
(実施例2)
シリコーン変性されていないポリカーボネート系ポリウレタン樹脂(PCPUと略する)を用いた以外は、実施例1と同様の方法でパラ系アラミド繊維からなる編物上に多孔質樹脂膜を積層した。
【0057】
次いで、多孔質樹脂膜上に、グラビアコーターを用いてフッ素樹脂のコーティング液をグラビアコーターで塗工および乾燥して多孔質樹脂膜上に表面処理樹脂膜を積層することで防護シートを得た。得られた防護シートの各種評価結果を表1に示す。
【0058】
(比較例1)
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)粉末中にシリカフィラーを分散させた粉体を円筒形の金型に充填して焼成することで、円筒状のPTFE成形体を得た。次いで、前記PTFE成形体をスカイビングすることによりPTFE製のフィルムを得た。さらに、前記PTFE製のフィルムを一軸延伸し、その後フィラーを洗浄することによって、多孔質のPTFE膜を製膜した。得られたPTFE膜の断面を観察すると、フィラーを起因とする孔が多数確認された。
【0059】
次いで、多孔質のPTFE膜にグラビアコーターで接着剤を塗布し、塗布した接着剤を介して実施例1で使用したパラ系アラミド繊維からなる編物と多孔質のPTFE膜とをラミネートすることで、パラ系アラミド繊維からなる編物上にPTFE膜からなる多孔質樹脂膜が積層された防護シートを得た。得られた防護シートの各種評価結果を表1に示す。なお、50%モジュラスおよび耐伸縮性については、樹脂膜の延伸方向に平行な方向と垂直な方向とのそれぞれについて評価結果を示している。
【0060】
(比較例2)
実施例1で用いたMS-PCPUを、ダイコーターを用いて冷却ドラム上に溶融押し出しして無孔質のフィルムを得た。
【0061】
次いで、無孔質のフィルムを用いて比較例1に記載の方法と同様にして、パラ系アラミド繊維からなる編物上に多孔質樹脂膜が積層された防護シートを得た。得られた防護シートの各種評価結果を表1に示す。
【0062】
(比較例3~比較例6、実施例3~実施例5)
多孔質樹脂膜を構成する樹脂種または樹脂の特性や、多孔質樹脂膜の厚み、表面処理樹脂膜を構成する樹脂種を変えた以外は、実施例1または実施例2と同様の方法で、各種防護シートを得た。得られた防護シートの各種評価結果を表1に示す。なお、比較例3の多孔質樹脂膜を構成する樹脂として用いたポリカーボネート系ポリウレタン樹脂は、他の例で用いたポリカーボネート系とは別の種類であるため、表1には「PCPU2」と記載した。また、比較例4において多孔質樹脂膜を構成する樹脂として用いたポリエーテル系ポリウレタン樹脂、および比較例5において多孔質樹脂膜を構成する樹脂として用いたポリエステル系ポリウレタン樹脂は、表1にそれぞれ「EtPU」、「EsPU」と表記した。
【0063】
(実施例6)
前記PCPUを用いた以外は、実施例1と同様の方法で、パラ系アラミド繊維からなる編物上に多孔質樹脂膜が積層された防護シートを得た。
【0064】
別途、前記PCPUとは異なるポリカーボネート系ポリウレタン樹脂を溶剤希釈し、離型紙上にキャスティングしてポリウレタン製の無孔質のフィルムを得た。
【0065】
次いで、前記ポリウレタン製の無孔質のフィルムにグラビアコーターで接着剤を塗布し、塗布した接着剤を介して多孔質樹脂膜上に無孔質のフィルムをラミネートすることで、多孔質樹脂膜上に耐摩耗性樹脂膜を積層された防護シートを得た。得られた防護シートの各種評価結果を表1に示す。
【0066】
(実施例7)
実施例2で用いた樹脂溶液中に、さらにトリス(ジクロロプロピル)ホスフェートと水酸化アルミニウムとを添加した以外は、実施例2と同様の方法で防護シートを得た。得られた防護シートの各種評価結果を表1に示す。
【0067】
さらに、得られた防護シートの防炎性能を評価すると、残炎時間3秒、残じん時間13秒、炭化面積21cm2と、優れた防炎性能を有していた。
【0068】
【0069】
表1から、編物上に積層された樹脂膜が多孔質樹脂膜であり、かつ多孔質樹脂膜を構成する樹脂の50%モジュラスが3.5MPa以下の防護シートは、繰り返しの伸縮を受けてもひび割れが抑制され、衣服として着用して繰り返しの伸縮を与えられても、編目を露出させず高い耐突刺性を保持できることがわかる。同時に、防護シートを衣服として用いた場合の着用時の違和感を大きく低減できていることがわかる。
【0070】
また、表1から、デュロメータ硬さ(タイプA)が12以上28以下であり、かつ前記防護シートの樹脂膜側の表面とSUS304板との動摩擦係数が0.75以下であることにより、高い耐切創性を有していることがわかる。