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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023163969
(43)【公開日】2023-11-10
(54)【発明の名称】棒鋼及び浸炭焼入れ部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231102BHJP
   C22C 38/18 20060101ALI20231102BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20231102BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20231102BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20231102BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20231102BHJP
【FI】
C22C38/00 301Y
C22C38/18
C22C38/60
C21D1/06 A
C22C38/54
C21D8/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022075228
(22)【出願日】2022-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】和田 愛
(72)【発明者】
【氏名】祐谷 将人
(72)【発明者】
【氏名】堀本 雅之
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA03
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA09
4K032AA12
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA28
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA32
4K032AA34
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA39
4K032AA40
4K032BA02
4K032CA02
4K032CA03
4K032CD05
4K032CF02
4K032CF03
(57)【要約】
【課題】大型車を想定した大物ギヤを想定し、浸炭焼入れに供した場合に優れた低サイクル曲げ疲労強、高サイクル曲げ疲労強度、及び面疲労強度を有する棒鋼、並びに浸炭焼入れ部品を提供する。
【解決手段】化学組成が、質量%で、C:0.18~0.30%、Si:0.60~1.10%、Mn:0.70~1.10%、P:0.030%以下、S:0.007~0.030%、Cr:1.40~1.80%、Al:0.010~0.060%、N:0.003~0.018%、O:0.0020%以下、及びMo:0.10~0.50%を含有するとともに、下記(1)及び(2)を満たし、残部がFe及び不純物からなる棒鋼。(1)及び(2)の式中の元素記号は、各元素の質量%での含有量を示す。
76-28×Si+37×Mn+3×Cr≦90.0 ・・・(1)
1.0≦Al/N≦3.0 ・・・(2)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.18~0.30%、
Si:0.60~1.10%、
Mn:0.70~1.10%、
P :0.030%以下、
S :0.007~0.030%、
Cr:1.40~1.80%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.003~0.018%、
O :0.0020%以下、及び
Mo:0.10~0.50%
を含有するとともに、
下記(1)及び(2)を満たし、
残部がFe及び不純物からなる棒鋼。
76-28×Si+37×Mn+3×Cr≦90.0 ・・・(1)
1.0≦Al/N≦3.0 ・・・(2)
ただし、(1)及び(2)の式中の元素記号は、各元素の質量%での含有量を示す。
【請求項2】
化学組成が、質量%で、
C :0.18~0.30%、
Si:0.60~1.10%、
Mn:0.70~1.10%、
P :0.030%以下、
S :0.007~0.030%、
Cr:1.40~1.80%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.003~0.018%、
O :0.0020%以下、及び
Mo:0.10~0.50%
を含有し、さらに、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
W:0.50%以下、
V:0.50%以下、
Bi:0.50%以下、
Co:0.50%以下、
Nb:0.10%以下、
Ti:0.20%以下、
Ca:0.0015%以下
Pb:0.09%以下、
Sn:0.10%以下、及び
B :0.0070%以下
からなる群より選ばれる1種又は2種以上を含有するとともに、
下記(1)及び(2)を満たし、
残部がFe及び不純物からなる棒鋼。
76-28×Si+37×Mn+3×Cr≦90.0 ・・・(1)
1.0≦Al/N≦3.0 ・・・(2)
ただし、(1)及び(2)の式中の元素記号は、各元素の質量%での含有量を示す。
【請求項3】
浸炭層である硬化層と、前記硬化層よりも内部の芯部とを含み、
前記芯部の化学組成が、質量%で、
C :0.18~0.30%、
Si:0.60~1.10%、
Mn:0.70~1.10%、
P :0.030%以下、
S :0.007~0.030%、
Cr:1.40~1.80%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.003~0.020%、
O :0.0020%以下、及び
Mo:0.10~0.50%
を含有するとともに、
下記(1)及び(2)を満たし、
残部がFe及び不純物からなり、
表面から50μm深さまでの領域における平均のC濃度が0.65%以上であり、
表面から50μm深さにおける平均の表層硬さが600HV以上である浸炭焼入れ部品。
76-28×Si+37×Mn+3×Cr≦90.0 ・・・(1)
1.0≦Al/N≦3.0 ・・・(2)
ただし、(1)及び(2)の式中の元素記号は、各元素の質量%での含有量を示す。
【請求項4】
浸炭層である硬化層と、前記硬化層よりも内部の芯部とを含み、
前記芯部の化学組成が、質量%で、
C :0.18~0.30%、
Si:0.60~1.10%、
Mn:0.70~1.10%、
P :0.030%以下、
S :0.007~0.030%、
Cr:1.40~1.80%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.003~0.020%、
O :0.0020%以下、及び
Mo:0.10~0.50%
を含有し、さらに、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
W:0.50%以下、
V:0.50%以下、
Bi:0.50%以下、
Co:0.50%以下、
Nb:0.10%以下、
Ti:0.20%以下、
Ca:0.0015%以下
Pb:0.09%以下、
Sn:0.10%以下、及び
B :0.0070%以下
からなる群より選ばれる1種又は2種以上を含有するとともに、
下記(1)及び(2)を満たし、
残部がFe及び不純物からなり、
表面から50μm深さまでの領域における平均のC濃度が0.65%以上であり、
表面から50μm深さにおける平均の表層硬さが600HV以上である浸炭焼入れ部品。
76-28×Si+37×Mn+3×Cr≦90.0 ・・・(1)
1.0≦Al/N≦3.0 ・・・(2)
ただし、(1)及び(2)の式中の元素記号は、各元素の質量%での含有量を示す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、棒鋼及び浸炭焼入れ部品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の燃費向上の観点から、ギヤ部品などの機械構造用部品の小型化、軽量化の需要が高まっており、部品の強度の向上が求められている。特に、自動車の歯車部品に用いられるディファレンシャルギヤやトランスミッションギヤ等の部品では、車の急発進、急停止や路面の段差に乗り上げた際に衝撃的な負荷を受けることが多く、数十~数千回という非常に少ない繰返し数で破壊に至る、低サイクル曲げ疲労で破損することがある。したがって、これらの用途に用いられる部品には、低サイクル曲げ疲労破壊に対する強度の向上が求められる。
【0003】
上記の部品の多くは、鋼材を所定の形状に機械加工した後、浸炭焼き入れ処理を実施して製造される。この場合、使用される鋼材の多くは、JIS G 4053:2008に規定された機械構造用合金鋼鋼材であり、例えばSCr420やSCM420等の肌焼き鋼を用いることで、芯部の靭性を確保し、浸炭焼入れと180℃前後の低温焼戻しで表面をC:0.8%前後の焼戻しマルテンサイト組織とし、曲げ疲労強度や耐摩耗性を高めている。
【0004】
また、商用車や大型車では形状がさらに大きい大型ギヤ部品が使用される。ギヤ部品の大型化により、通常のギヤと比較して芯部硬さが低下し、表層の塑性ひずみを芯部で担保することが難しくなるため、大物ギヤを想定した肌焼き鋼では、さらなる焼入れ性の向上が求められる。
さらに、歯車では短い周期で歯面同士が摺動する。そのため、歯面では、ピッチングの抑制が求められる。つまり、自動車や建設車両等に用いられる歯車に代表される機械部品では、曲げ疲労強度だけでなく、面疲労強度(ピッチング特性)も求められる。浸炭焼入れは、機械部品の面疲労強度の向上に非常に有効である。
【0005】
低サイクル曲げ疲労強度及び面疲労強度を向上することを目的として、種々の歯車用鋼や歯車部品及びその製造方法が提案されている。
例えば、特許文献1では、Ti、Bを添加することで粒界強度を向上した低サイクル曲げ疲労強度に優れる浸炭部品の製造方法が提案されている。具体的には、化学成分が、質量%で、C:0.10~0.60%、Si:0.01~1.5%、Mn:0.3~2.0%、Cr:0.1~3.0%、Ti:0.02~0.2%、望ましくは0.05~0.2%、B:0.0002~0.005%、P:0.02%以下、S:0.001~0.15%、N:0.001~0.03%、Al:0.001~0.06%、O:0.005%以下を含有し、かつ、C、Si、Mn、Crの含有量が(0.04+0.35C)×(1.00+0.70Si)×(0.70+3.96Mn)×(1.00+2.16Cr)≧1.10からなる式(1)によって得られる焼入れ指数を満足し、残部が実質的にFeと不可避的不純物よりなる鋼を用いる。このような化学成分の鋼を、浸炭温度880℃~950℃、浸炭時間と拡散時間の合計が2~7時間からなる浸炭処理をした後に油焼入れし、さらに焼戻し処理として150℃~200℃で1~3時間保持した後に空冷して鋼材とする。そして、この鋼材からなる断面13mm×13mmの角棒の試験片に半径1.5mm、深さ3mmの切欠きを付与した後、切欠き側の支点間を80mmと、切欠きの反対側の支点間を20mmとする、低サイクルの繰り返し曲げ荷重をかける低サイクル4点曲げ疲労試験で、100サイクルで強度17kN以上かつ500サイクルで強度15kN以上の曲げ疲労強度を有する部品をこの鋼材から形成する。
【0006】
また、特許文献2には、塑性変形抵抗能と粒界強度の向上を図ることによって、巨視的歪を伴う低サイクル疲労強度の優れた肌焼鋼が提案されている。具体的には、C:0.15~0.30%、Si:0.50%以下に制限し、Moを0.45超~1.0%まで添加した鋼が提案されている。
【0007】
特許文献3、4には、低サイクル衝撃疲労特性に優れた浸炭部品が提案されている。具体的には、浸炭部品の表層の靭性を高めるために、表層C濃度を0.50~0.70%Cに調整し、有効硬化層深さ(表層からの550HV位置)を0.30~0.60mmに浅くすることで、き裂の発生から破断に至るまでの過程を長寿命化した浸炭部品が提案されている。
【0008】
特許文献5、6では、面圧疲労強度と衝撃強度及び曲げ疲労強度に優れたはだ焼鋼が提案されている。具体的には、質量%で、C:0.10~0.35%、Si:0.40~1.50%、Mn:0.10~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.50~3.0%、Al:0.02~0.05%、N:0.01~0.03%を含有し、7Si+3Cr+Mn≧7.0を満足し、残部がFe及び不可避不純物からなり、ガス浸炭時の浸炭異常層深さが10μm以下であるはだ焼鋼などが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2011-208225号公報
【特許文献2】特開平10-259450号公報
【特許文献3】特開2017-218608号公報
【特許文献4】特開2018-199838号公報
【特許文献5】特開2009-068064号公報
【特許文献6】特開2009-068065号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述のように、低サイクル曲げ疲労強度の向上手法に関する提案がされている。
特許文献1では、低サイクル疲労強度に優れた部品を製造する製造方法が開示されているが、素材となる鋼材について、より優れた特性を示す成分範囲を探索する余地がある。
特許文献2に開示されている鋼では、鋼の焼入れ性を上げて粒界強度を向上させるためにMoを0.45%以上添加することを必須としており、合金コストの上昇が避けられない。また、より優れた特性を示す成分範囲を探索する余地がある。
特許文献3、4では、特に低サイクル衝撃疲労特性を向上させることを目的として、表面のC濃度が0.50~0.70%である浸炭部品が提案されているが、10回程度の低サイクル疲労強度と同時に、10回程度の高サイクル曲げ疲労強度や面疲労強度も両立する場合には、より高い表層C濃度が望まれる。
特許文献5、6では、Si、Cr、Mnが浸炭異常層深さに及ぼす影響を検討し、7Si+3Cr+Mn≧7.0を満足することで、ガス浸炭時の浸炭異常層深さが10μm以下である面圧強度と衝撃強度及び曲げ疲労強度に優れたはだ焼鋼が提案されている。しかし、衝撃強度を評価する試験はシャルピー衝撃試験を実施しており、低サイクル曲げ疲労強度を評価するには不十分である。また、本開示の発明者らが検討した結果、特許文献5、6に開示されているはだ焼鋼では、低サイクル曲げ疲労強度の向上代が不十分である。
【0011】
このように、特許文献1~6をはじめとする従来技術から見ても、大型車を想定した大物ギヤに供する低サイクル曲げ疲労強度と高サイクル曲げ疲労強度と面疲労強度を一段と高い水準で両立するための鋼材が望ましい。
【0012】
本開示の目的は、大型車を想定した大物ギヤを想定し、浸炭焼入れに供した場合に、優れた低サイクル曲げ疲労強、高サイクル曲げ疲労強度、及び面疲労強度を有する棒鋼、並びに、優れた低サイクル曲げ疲労強度、高サイクル曲げ疲労強度、及び面疲労強度を有する浸炭焼入れ部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本開示の要旨は以下の通りである。
<1> 化学組成が、質量%で、
C :0.18~0.30%、
Si:0.60~1.10%、
Mn:0.70~1.10%、
P :0.030%以下、
S :0.007~0.030%、
Cr:1.40~1.80%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.003~0.018%、
O :0.0020%以下、及び
Mo:0.10~0.50%
を含有するとともに、
下記(1)及び(2)を満たし、
残部がFe及び不純物からなる棒鋼。
76-28×Si+37×Mn+3×Cr≦90.0 ・・・(1)
1.0≦Al/N≦3.0 ・・・(2)
ただし、(1)及び(2)の式中の元素記号は、各元素の質量%での含有量を示す。
<2> 化学組成が、質量%で、
C :0.18~0.30%、
Si:0.60~1.10%、
Mn:0.70~1.10%、
P :0.030%以下、
S :0.007~0.030%、
Cr:1.40~1.80%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.003~0.018%、
O :0.0020%以下、及び
Mo:0.10~0.50%
を含有し、さらに、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
W:0.50%以下、
V:0.50%以下、
Bi:0.50%以下、
Co:0.50%以下、
Nb:0.10%以下、
Ti:0.20%以下、
Ca:0.0015%以下
Pb:0.09%以下、
Sn:0.10%以下、及び
B :0.0070%以下
からなる群より選ばれる1種又は2種以上を含有するとともに、
下記(1)及び(2)を満たし、
残部がFe及び不純物からなる棒鋼。
76-28×Si+37×Mn+3×Cr≦90.0 ・・・(1)
1.0≦Al/N≦3.0 ・・・(2)
ただし、(1)及び(2)の式中の元素記号は、各元素の質量%での含有量を示す。
<3> 浸炭層である硬化層と、前記硬化層よりも内部の芯部とを含み、
前記芯部の化学組成が、質量%で、
C :0.18~0.30%、
Si:0.60~1.10%、
Mn:0.70~1.10%、
P :0.030%以下、
S :0.007~0.030%、
Cr:1.40~1.80%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.003~0.018%、
O :0.0020%以下、及び
Mo:0.10~0.50%
を含有するとともに、
下記(1)及び(2)を満たし、
残部がFe及び不純物からなり、
表面から50μm深さまでの領域における平均のC濃度が0.65%以上であり、
表面から50μm深さにおける平均の表層硬さが600HV以上である浸炭焼入れ部品。
76-28×Si+37×Mn+3×Cr≦90.0 ・・・(1)
1.0≦Al/N≦3.0 ・・・(2)
ただし、(1)及び(2)の式中の元素記号は、各元素の質量%での含有量を示す。
<4> 浸炭層である硬化層と、前記硬化層よりも内部の芯部とを含み、
前記芯部の化学組成が、質量%で、
C :0.18~0.30%、
Si:0.60~1.10%、
Mn:0.70~1.10%、
P :0.030%以下、
S :0.007~0.030%、
Cr:1.40~1.80%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.003~0.018%、
O :0.0020%以下、及び
Mo:0.10~0.50%
を含有し、さらに、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
W:0.50%以下、
V:0.50%以下、
Bi:0.50%以下、
Co:0.50%以下、
Nb:0.10%以下、
Ti:0.20%以下、
Ca:0.0015%以下
Pb:0.09%以下、
Sn:0.10%以下、及び
B :0.0070%以下
からなる群より選ばれる1種又は2種以上を含有するとともに、
下記(1)及び(2)を満たし、
残部がFe及び不純物からなり、
表面から50μm深さまでの領域における平均のC濃度が0.65%以上であり、
表面から50μm深さにおける平均の表層硬さが600HV以上である浸炭焼入れ部品。
76-28×Si+37×Mn+3×Cr≦90.0 ・・・(1)
1.0≦Al/N≦3.0 ・・・(2)
ただし、(1)及び(2)の式中の元素記号は、各元素の質量%での含有量を示す。
【発明の効果】
【0014】
本開示によれば、大型車を想定した大物ギヤを想定し、浸炭焼入れに供した場合に、優れた低サイクル曲げ疲労強、高サイクル曲げ疲労強度、及び面疲労強度を有する棒鋼、並びに、優れた低サイクル曲げ疲労強度、高サイクル曲げ疲労強度、及び面疲労強度を有する浸炭焼入れ部品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】浸炭処理における、浸炭処理工程及び焼入れ工程でのヒートパターンの一例を示す図である。
図2】実施例で作製した大型低サイクル曲げ疲労試験片の(A)側面図及び(B)正面図である。
図3】実施例で作製した小野式回転曲げ疲労試験片の側面図である。
図4】実施例で作製した小ローラ試験片の側面図である。
図5】実施例で作製した大ローラ試験片の正面図である。
図6】実施例における二円筒転がり疲労試験の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本開示の一例である実施形態について説明する。
なお、本開示において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。ただし、「~」の前後に記載される数値に「超」又は「未満」が付されている場合の数値範囲は、これら数値を下限値又は上限値として含まない範囲を意味する。
また、本明細書中に段階的に記載されている数値範囲において、ある段階的な数値範囲の上限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値に置き換えてもよく、あるいは実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本明細書中に段階的に記載されている数値範囲において、ある段階的な数値範囲の下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の下限値に置き換えてもよく、あるいは、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
また、各元素の含有量について、好ましい下限値と上限値が別々に記載されている場合、下限値と上限値を任意に組み合わせた数値範囲をその元素の好ましい含有量としてもよい。
「工程」との用語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
【0017】
以下、本開示に係る棒鋼及び浸炭焼入れ部品について説明する。なお、各成分元素の含有量の単位「%」は「質量%」を意味する。
【0018】
本開示の発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意検討を行った。すなわち、浸炭処理前の鋼の化学組成と、浸炭処理後の鋼、即ち浸炭焼入れ部品の浸炭表層に生成する浸炭異常組織を詳細に分析し、低サイクル曲げ疲労強度と不完全焼入れ組織や、粒界酸化深さ(内部酸化)及び表層酸化層(外部酸化)との関係を調査し、また、浸炭処理前の鋼の化学組成と、浸炭焼入れ部品の表層硬さ及び表面炭素濃度と芯部硬さの関係について検討し、以下の知見を得た。
【0019】
まず、本開示に係る発明者らは、浸炭処理を施したときに優れた低サイクル曲げ疲労強度が得られる鋼について検討を行った。このような鋼には、浸炭焼入れ部品の製造工程において、例えばガス浸炭処理もしくは真空浸炭処理が実施される。ガス浸炭処理及び真空浸炭処理では、鋼をAc3変態点温度以上に加熱するため、鋼の金属組織(ミクロ組織)はオーステナイトに変態する。そのため、ガス浸炭処理及び真空浸炭処理の開始前の組織の影響が、ガス浸炭処理及び真空浸炭処理の後には残らない。そこで、本開示に係る発明者らは、浸炭処理後の低サイクル曲げ疲労強度を高める手段を、浸炭処理前の鋼のミクロ組織の観点から検討するのではなく、浸炭処理を実施しても変更されることのない鋼の化学組成の観点から検討した。
【0020】
その結果、本開示に係る発明者らは、低サイクル曲げ疲労強度を向上させるためには、浸炭表層の粒界酸化深さを低減することが重要であること、さらに浸炭表層には粒界酸化以外に、多量の粒界S偏析が生じていること、多量の粒界S偏析を低減し、偏析深さを浅くすることで低サイクル曲げ疲労強度は向上することを見出した。
そこで、浸炭表層の粒界酸化深さと粒界S偏析深さを低減するため、Si量の適正範囲を調査した。その結果、鋼にSi量を0.60%以上添加した場合、浸炭異常層の深さは逆に低減されることを見出した。
【0021】
(A)本開示に係る発明者らは、Si量が0.60%以上の場合のMnやCrに着目し、それらの適正範囲を鋭意調査した。
その結果、以下のF1の値が90.0以下を満たす場合において、粒界酸化深さは低減され、かつ粒界S偏析深さも低減された結果、低サイクル曲げ疲労強度が向上することが分かったなお、F1式において、Si、Mn、Crは、各元素の含有量(質量%)を示す。
F1=76-28×Si+37×Mn+3×Cr
F1の値が90.0を超える場合、粒界酸化(内部酸化)深さもしくは粒界S偏析深さが低減されず、十分な低サイクル曲げ疲労強度が得られない。
【0022】
(B)また、本開示に係る発明者らは、当該範囲内において、さらにガス浸炭処理した場合に浸炭阻害が生じず、高サイクル曲げ疲労強度に優れる適正範囲を調査した。
そして、本開示に係る発明者らは、Si量を1.10%超もしくはCr量を1.80%超とすることで、ガス浸炭した際に、外部酸化層が浸炭部品全体に生成し、浸炭阻害が生じて表層の炭素濃度が低下し、高サイクル曲げ疲労強度が低下することを見出した。
【0023】
BやMoを積極的に添加せずとも浸炭した場合の低サイクル曲げ疲労強度、高サイクル曲げ疲労強度、面疲労強度のすべてに優れる鋼について化学組成の観点で検討した結果、本開示に係る発明者らは、化学組成が質量%で、C:0.18~0.30%、Si:0.60~1.10%、Mn:0.70~1.10%、P:0.030%以下、S:0.007~0.030%、Cr:1.40~1.80%、Al:0.010~0.060%、N:0.003~0.018%、O:0.0020%以下、及びMo:0.10~0.50%を含有し、任意選択的に、Cu:0.50%以下、Ni:0.50%以下、W:0.50%以下、V:0.50%以下、Bi:0.50%以下、Co:0.50%以下、Nb:0.10%以下、Ti:0.20%以下、Ca:0.0015%以下、Pb:0.09%以下、Sn:0.10%以下、及びB:0.0070%以下を含有し、SiとMnとCrの各含有量が、76-28×Si+37×Mn+3×Cr≦90.0の関係を満たし、残部がFe及び不純物である鋼であれば、浸炭処理を実施した後で優れた低サイクル曲げ疲労強度、優れた高サイクル曲げ疲労強度及び優れた面疲労強度が得られると考えた。
【0024】
しかしながら、化学組成における各元素の含有量が上述の範囲内である鋼であっても、粗粒化が生じ、十分低サイクル曲げ疲労強度が得られない場合があった。そこで、本開示に係る発明者らはさらに調査及び検討を進めた。その結果、本開示に係る発明者らは次の知見を得た。
【0025】
(C)化学組成中の各元素の含有量が上述の範囲内であっても、鋼中にAl介在物が過剰に存在していれば、Al介在物が割れの起点となり得る。また、鋼中のAl介在物は、浸炭処理後の浸炭焼入れ部品に残存する。そのため、鋼中にAl介在物が過剰に多く残存すれば、浸炭処理後の曲げ疲労強度が低下する場合がある。また、鋼中のAlは、析出物(AlN)として析出し得る。粗大なAlN(析出物)は、Al介在物と同様に、割れの起点となり得る。そのため、鋼中に粗大なAlN(析出物)が過剰に多く存在すれば、浸炭処理後の曲げ疲労強度が低下する場合がある。
【0026】
ここで、F2=Al/Nと定義する。「Al」は質量%でのAl含有量であり、「N」は質量%でのN含有量である。本開示に係る棒鋼の化学組成において、各元素の含有量が本開示の範囲内であることを前提として、F2の値が1.0未満であれば、AlN(析出物)の析出量が少なく、ピン止め粒子の不足により粗粒化が生じる。そのため、浸炭処理後の曲げ疲労強度が低下する。
一方、本開示に係る棒鋼の化学組成において、各元素の含有量が本開示の範囲内であることを前提として、F2の値が3.0を超えれば、Al含有量がN含有量よりも過剰となる。この場合、鋼中の粗大なAlN(析出物)が過剰に多く形成されるほか、過剰な量のAl介在物(酸化物系介在物)が生成する。そのため、この場合も、浸炭処理後の曲げ疲労強度が低下する。
【0027】
本開示に係る棒鋼の化学組成において、各元素の含有量が本開示の範囲内であることを前提として、F2の値が1.0~3.0であれば、つまり、以下に示す式(2)を満たせば、鋼中のAl介在物の生成を十分に抑制でき、かつ、粗大なAlN(析出物)の生成を十分に抑制できる。そのため、下記式(2)を満たすことを前提として、浸炭処理後に十分な曲げ疲労強度が得られる。
1.0≦Al/N≦3.0 ・・・(2)
【0028】
<棒鋼>
[化学組成]
上述の知見に基づいて得られた本開示に係る棒鋼の具体的構成について、以下に詳細に説明する。本開示に係る棒鋼の化学組成は、下記範囲内の元素を含有する。なお、本開示に係る棒鋼を浸炭処理した場合は、表層部におけるC含有量は芯部のC含有量よりも高くなるが、以下に説明するC以外の元素の含有量は棒鋼全体における含有量と同じである。
【0029】
C:0.18~0.30%
炭素(C)は、鋼の焼入れ性を高め、鋼の硬さを高める。そのため、Cは、浸炭処理後の曲げ疲労強度を高める。C含有量が0.18%未満であれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、C含有量が0.30%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、低サイクル曲げ疲労によって発生したき裂が伝番しやすく、破断し易くなる。したがって、C含有量は0.18~0.30%である。C含有量の好ましい下限は0.19%であり、さらに好ましくは0.20%である。C含有量の好ましい上限は0.29%であり、さらに好ましくは0.28%であり、さらに好ましくは0.27%である。
【0030】
Si:0.60%~1.10%
シリコン(Si)は、粒界酸化(内部酸化)を助長する元素であるが、F1≦90.0を満たす場合に、粒界酸化(内部酸化)深さを低減する。そのため、低サイクル曲げ疲労強度を高める。
Si含有量が0.60%未満であれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が1.10%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、ガス浸炭した際に浸炭阻害が生じ、表層の炭素濃度が不十分となり、疲労強度が低下する。したがって、Si含有量は0.60~1.10%である。Si含有量の好ましい下限は0.62%であり、さらに好ましくは0.65%であり、さらに好ましくは0.68%であり、さらに好ましくは0.70%である。Si含有量の好ましい上限は1.08%であり、さらに好ましくは1.06%であり、さらに好ましくは1.04%であり、さらに好ましくは1.02%である。
【0031】
Mn:0.70~1.10%
マンガン(Mn)は、鋼の焼入れ性を高め、鋼の硬さを高める。また、焼戻し軟化抵抗を向上させる。そのため、Mnは、浸炭処理後の曲げ疲労強度、面疲労強度を高める。Mn含有量が0.70%未満であれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が1.10%を超えれば、残留オーステナイトが多量に生成し、浸炭後の硬さが低下し疲労強度が十分得られない。したがって、Mn含有量は0.70~1.10%である。Mn含有量の好ましい下限は、0.72%であり、さらに好ましくは0.74%であり、さらに好ましくは0.76%であり、さらに好ましくは0.78%である。Mn含有量の好ましい上限は1.08%であり、さらに好ましくは1.06%であり、さらに好ましくは1.04%であり、さらに好ましくは1.02%であり、さらに好ましくは1.00%である。
【0032】
P:0.030%以下
リン(P)は不純物である。Pは、浸炭処理において、オーステナイト粒界に偏析して、浸炭処理後の曲げ疲労強度を低下する。P含有量が0.030%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、浸炭処理後の曲げ疲労強度が顕著に低下する。したがって、P含有量は0.030%以下である。P含有量の好ましい上限は0.029%であり、さらに好ましくは0.028%であり、さらに好ましくは0.025%である。P含有量はなるべく低い方が好ましく、例えば0%であってもよい。ただし、精錬コストを抑制するために、P含有量を0.001%以上、又は0.002%以上としてもよい。
【0033】
S:0.007%~0.030%
硫黄(S)は不純物である。SはMnと結合してMnSを形成して、鋼の被削性を高める。しかしながら、S含有量が0.030%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、硫化物が粗大化する。この場合、浸炭処理後の曲げ疲労強度が低下する。したがって、S含有量は0.030%以下である。S含有量の好ましい下限は0.007%である。S含有量の好ましい上限は0.029%であり、さらに好ましくは0.028%であり、さらに好ましくは0.027%であり、さらに好ましくは0.026%である。
【0034】
Cr:1.40~1.80%
クロム(Cr)は、外部酸化及び内部酸化の生成を促進する。そのため、Crが過剰に添加されると、浸炭阻害が生じ高サイクル曲げ疲労強度を低下させる。一方、Crは鋼の焼入れ性を高め、鋼の硬さを高める。そのため、Crは、浸炭処理後の低サイクル曲げ疲労強度を高める。即ちCrは、鋼の内部においては、硬さを向上させて低サイクル曲げ疲労強度を向上させる効果を有する半面、浸炭部においては、浸炭阻害を生じ高サイクル曲げ疲労強度を損なう効果を有する。このため、Cr含有量を所定範囲内としたうえで、上述した式(1)を満たすようにSi含有量とCr含有量との関係を所定範囲内とする必要がある。
【0035】
Cr含有量が1.40%未満であれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、ガス浸炭した場合に強度向上効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が1.80%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、浸炭阻害が生じる可能性がある。この場合、高サイクル曲げ疲労強度が低下する。したがって、Cr含有量は1.40~1.80%である。Cr含有量の好ましい下限は1.41%であり、さらに好ましくは1.43%であり、さらに好ましくは1.45%であり、さらに好ましくは1.47%である。Cr含有量の好ましい上限は1.79%であり、さらに好ましくは1.77%、1.75%、又は1.73%である。
【0036】
Al:0.010%~0.060%
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。しかしながら、Al含有量が0.060%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、粗大なAl介在物(酸化物系介在物)が生成する。粗大なAl介在物は、浸炭処理後の曲げ疲労強度を低下する。したがって、Al含有量は0.060%以下である。Al含有量の下限は0.010%であり、好ましくは0.011%であり、さらに好ましくは0.012%であり、さらに好ましくは0.013%である。Al含有量の好ましい上限は、0.58%であり、さらに好ましくは0.55%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.48%である。
【0037】
N:0.003~0.018%
窒素(N)はAlNに代表される窒化物を形成し、ピン止め粒子として働き、結晶粒の粗大化を抑制する。N含有量が少ないとピン止め粒子の析出量が少なく、結晶粒の粗大化により疲労強度が低下する。したがって、N含有量の下限は0.003%である。N含有量の好ましい下限は0.004%であり、さらに好ましくは0.005%である。N含有量が0.020%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、AlNに代表されるピン止め粒子が粗大化することで、結晶粒のピン止め効果が失われ、浸炭処理後の曲げ疲労強度を低下する。したがって、N含有量は0.018%以下である。N含有量の好ましい上限は0.017%であり、さらに好ましくは0.016%である。
【0038】
O:0.0020%以下
酸素(O)は、不純物として鋼に含有され、粒界に偏析して粒界脆化を起こしやすくするとともに、鋼中で、脆性破壊の原因となる硬い酸化物系介在物を形成しやすい元素である。粒界脆化や、脆性破壊を防止するため、Oは、0.0020%以下とする。Oの下限値は特に限定されず、例えば0%でもよい。一方、精錬コストの抑制のために、O含有量の下限値を0.0001%、又は0.0005%としてもよい。
【0039】
Mo:0.10~0.50%
モリブデン(Mo)は鋼の焼入れ性を高め、鋼の硬さを高める。また、焼戻し軟化抵抗を向上させる。そのため、Mnは、浸炭処理後の曲げ疲労強度、面疲労強度を高める。一方、Moは鋼の焼入れ性を高めるが、鋼材コストが増大する。したがって、Mo含有量は0.10~0.50%である。Mo含有量の好ましい下限は0.11%であり、さらに好ましくは0.12%である。Mo含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%である。
【0040】
残部:Fe及び不純物
本開示による棒鋼の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本開示に係る棒鋼に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0041】
[任意元素]
本開示に係る棒鋼はさらに、Feの一部に代えて、Cu、V、Ni、W、Bi、Co、Nb、Ti、Ca、Pb、Sn及びBからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。これらの元素は任意元素である。
【0042】
Cu:0~0.50%
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu含有量は0%であってもよい。一方、Cuが含有される場合、Cuは鋼の焼入れ性を高める作用を有するため、芯部硬さを高め、浸炭処理後の曲げ疲労強度を高めることができる。Cuが少しでも含有されればこの効果が得られる。一方、Cu含有量が0.50%を超えれば、鋼の熱間加工性が低下する。したがって、Cu含有量は0~0.50%である。上記効果を安定して得るためのCu含有量の好ましい下限は0.01%である。Cu含有量の好ましい上限は0.08%である。
【0043】
Ni:0~0.50%
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。Niが含有される場合、Niは、鋼の焼入れ性を高める作用を有するため、鋼の硬さを高めることができる。これにより、浸炭処理後の曲げ疲労強度特性を高めることができる。Niはさらに、浸炭層の靱性を高める作用も有する。Niが少しでも含有されれば、これらの効果が得られる。しかしながら、Ni含有量が0.50%を超えれば、残留オーステナイト量が増大して表層硬さが低下し、浸炭処理後の曲げ疲労強度が低下する。したがって、Ni含有量は0~0.50%である。上記効果を安定して得るためのNi含有量の好ましい下限は0.01%である。Ni含有量の好ましい上限は0.45%である。
【0044】
W:0~0.50%
タングステン(W)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、W含有量は0%であってもよい。Wが含有される場合、つまり、W含有量が0%超の場合、Wは鋼の焼入れ性を高めて、鋼の硬さを高める。その結果、浸炭処理後の曲げ疲労強度が高まる。Wが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、W含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、鋼の強度が過剰に高くなる。この場合、鋼の被削性が低下する。したがって、W含有量は0~0.50%であり、含有される場合、0.50%以下である。W含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.08%である。W含有量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0045】
V:0~0.50%
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、V含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、V含有量が0%超の場合、Vは析出物(炭化物、窒化物、炭窒化物等)を形成し、ピン止め効果により、浸炭処理時における鋼の結晶粒の粗大化を抑制する。その結果、浸炭処理後の曲げ疲労強度を高める。Vが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、V含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、鋼の硬さが過剰に高くなる。この場合、鋼の被削性が低下する。したがって、V含有量は0~0.50%であり、含有される場合、0.50%以下である。V含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。V含有量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0046】
Nb:0~0.10%
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Nb含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Nb含有量が0%超の場合、Nbは析出物(炭化物、炭窒化物等)を形成し、ピン止め効果により、浸炭処理時における鋼の結晶粒の粗大化を抑制する。その結果、浸炭処理後の曲げ疲労強度を高める。Nbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が0.030%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、Nb析出物が粗大化して、ピン止め効果が得られなくなる。したがって、Nb含有量は0~0.10%であり、含有される場合、0.10%以下である。Nb含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%である。Nb含有量の好ましい上限は0.08%であり、さらに好ましくは0.06%であり、さらに好ましくは0.05%である。
【0047】
Ti:0~0.20%
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ti含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Ti含有量が0%超の場合、Tiは析出物(炭化物、窒化物、炭窒化物等)を形成し、ピン止め効果により、浸炭処理時における鋼の結晶粒の粗大化を抑制する。その結果、浸炭処理後の曲げ疲労強度を高める。Tiが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ti含有量が0.20%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、Ti析出物が粗大化して、ピン止め効果が得られなくなる。したがって、Ti含有量は0~0.20%であり、含有される場合、0.20%以下である。Ti含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。Ti含有量の好ましい上限は0.18%であり、さらに好ましくは0.16%であり、さらに好ましくは0.14%であり、さらに好ましくは0.12%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0048】
Co:0~0.50%
コバルト(Co)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Co含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Co含有量が0%超の場合、Coは鋼の焼入れ性を高めて、鋼の硬さを高める。その結果、浸炭処理後の曲げ疲労強度が高まる。Coが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Co含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、鋼の強度が過剰に高くなる。この場合、鋼の被削性が低下する。したがって、Co含有量は0~0.50%であり、含有される場合、0.50%以下である。Co含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.08%である。Co含有量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0049】
Bi:0~0.50%
Pb:0~0.09%
ビスマス(Bi)、鉛(Pb)はいずれも任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Bi含有量、Pb含有量は、一方又は両方が0%であってもよい。一方、Bi、Pbは鋼の被削性を高める。具体的には、Bi及びPbは切削時に溶解又は脆化して、鋼の被削性を高める。これらの元素の1種以上が鋼に含有されれば、上記効果が得られる。一方、これらの元素が過剰に含有されれば、鋼の鍛造性及び被削性が低下する。したがって、Bi含有量は0.50%以下であり、Pb含有量は0.09%以下である。好ましいBi含有量の下限は0.01%である。好ましいPb含有量の下限は0.01%である。
【0050】
Ca:0~0.0015%
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ca含有量は0%であってもよい。これらの元素は介在物の形態を制御して鋼の被削性を高める。これらの元素の1種以上が少しでも含有されれば。上記効果が得られる。一方、Caが過剰に含有されれば、Caの酸化物が過剰に生成される。これらの酸化物は曲げ疲労及び面疲労の起点となる。そのため、曲げ疲労強度及び面疲労強度が低下する。したがって、Ca含有量は0.0015%以下である。好ましいCa含有量の下限は0.0001%である。
【0051】
Sn:0~0.10%
スズ(Sn)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Sn含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Sn含有量が0%超である場合、Snは、被削性を高める。Snが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Sn含有量が0.10%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、熱間鍛造割れを発生させる。したがって、Sn含有量は0~0.10%であり、含有される場合、0.10%以下、つまり、0超~0.10%である。上記効果をさらに有効に得るためのSn含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。Sn含有量の好ましい上限は0.09%であり、さらに好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.07%であり、さらに好ましくは0.06%である。
【0052】
B:0~0.0070%
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、B含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、B含有量が0%超の場合、Bは鋼の焼入れ性を高めて、鋼の硬さを高める。その結果、浸炭処理後の曲げ疲労強度が高まる。Bが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、B含有量が0.0070%を超えれば、これらの効果は飽和する。したがって、B含有量は0~0.0070%であり、含有される場合、0.0070%以下である。B含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0003%である。B含有量の好ましい上限は0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%である。
【0053】
なお、不純物として鋼中に混入しうる元素として、例えば、Te、Sb、REM、Zr、Mgが挙げられる。これらの元素を含む場合であっても、その含有量が、それぞれ、Te:0.100%以下、Sb:0.002%以下、及びREM:0.010%以下、Zr:0.002%以下、Mg:0.002%以下であれば、問題ない。
【0054】
[式(1)及び(2)]
本開示に係る棒鋼の化学組成は、各元素の含有量が上述の範囲内であることを前提として、さらに、式(1)及び式(2)を満たす。
76-28×Si+37×Mn+3×Cr≦90.0 ・・・(1)
1.0≦Al/N≦3.0 ・・・(2)
式(1)は、前述したF1の値に対応する式である。Si、Mn、Crの各含有量が式(1)の関係をAlとNiの各含有量が式(2)の関係をそれぞれ満たすことで、浸炭処理後に十分な曲げ疲労強度が得られる。
浸炭処理後の曲げ疲労強度の観点から、Si、Mn、Crの各含有量は、下記(1A)の関係を満たすことが好ましく、(1B)の関係を満たすことがより好ましい。
76-28×Si+37×Mn+3×Cr≦88.0 ・・・(1A)
76-28×Si+37×Mn+3×Cr≦85.0 ・・・(1B)
また、浸炭処理後の曲げ疲労強度の観点から、Al、Nの各含有量は、下記(2A)の関係を満たすことが好ましく、(2B)の関係を満たすことがより好ましい。
1.2≦Al/N≦2.8 ・・・(2A)
1.5≦Al/N≦2.5 ・・・(2B)
【0055】
[金属組織]
本開示に係る棒鋼の金属組織(ミクロ組織)は特に限定されない。本開示に係る棒鋼の課題は、浸炭処理後に高い曲げ疲労強度及び高い面疲労強度を得ることである。そして、浸炭処理工程においては、鋼をAc3変態点温度以上に加熱するため、鋼のミクロ組織がリセットされる。そのため、浸炭処理前の棒鋼のミクロ組織は、浸炭処理後の機械特性にほとんど影響しないと考えられる。そのため、本開示に係る棒鋼のミクロ組織は特に限定されない。
例えば、本開示に係る棒鋼が機械部品である場合は、機械部品の強度を高めるために、ミクロ組織が硬質な組織から構成されることが好ましい。なお、本開示に係る棒鋼は、化学組成中の各元素の含有量が上述の範囲であって、さらに、式(1)及び式(2)を満たすため、本開示に係る棒鋼を素材として浸炭処理を実施して浸炭焼入れ部品を製造した場合、浸炭焼入れ部品において、高い低サイクル曲げ疲労強度、高い高サイクル曲げ疲労強度及び高い面疲労強度が得られる。
【0056】
[形状、大きさ]
本開示に係る棒鋼の形状及び大きさは特に限定されず、その用途に応じて適宜選択することができる。なお、棒鋼の長さ、断面形状は特に限定されないが、例えば丸棒及び角棒等である。丸棒の直径は例えば15~120mmである。角棒の断面形状は、例えば50mm~85mm角である。また、本開示に係る棒鋼は直線状の棒鋼に限定されず、一例として巻き取られた形態の棒鋼であるバーインコイルも含む。
【0057】
さらに、本開示に係る棒鋼は、種々の表面処理を適用してもよい。例えば、本開示に係る棒鋼を、浸炭窒化焼入れ用とし、これに浸炭窒化処理を適用してもよい。浸炭窒化処理は真空浸炭窒化処理でも、ガス浸炭窒化処理としてもよい。
本開示に係る棒鋼に、めっき、化成処理、及び塗装などを適用してもよい。
このような表面処理がされた棒鋼も、その芯部の化学成分が上述の要件を満たす限り、本開示に係る棒鋼に該当する。例えば後述する浸炭焼入れ部品は、その芯部の化学成分が本開示に係る棒鋼と同一であるので、本開示に係る棒鋼の一例であるとみなされる。
【0058】
[用途]
本開示に係る棒鋼の用途は特に限定されないが、本開示に係る棒鋼は、浸炭処理を施して製造される浸炭焼入れ部品の素材として好適である。特に、自動車や建設車両等の機械製品に利用される歯車、特にディファレンシャル歯車に代表される、低サイクル曲げ疲労強度と高サイクル曲げ疲労強度と面疲労強度を求められる浸炭焼入れ部品の素材として好適である。
【0059】
[硬さ]
本開示に係る棒鋼の硬さは特に限定されない。本開示に係る棒鋼が機械部品である場合は、鋼の硬さが高いほど、機械部品の強度が向上するので好ましい。
【0060】
<棒鋼の製造方法>
本開示に係る棒鋼の製造方法は特に限定されない。本開示に係る棒鋼は、従来の棒鋼には見られない特有の化学成分(化学組成)を有するが、この化学成分を得るための方法は特に限定されない。公知の精錬方法を、本開示における化学成分の制御方法として用いることができる。
本開示に係る棒鋼を製造する場合、化学成分が所定範囲内とされたスラブに、任意の熱間加工を行えばよい。熱間加工によって得られた棒鋼に、球状化処理などの熱処理を行ってもよい。
【0061】
[素材準備工程]
素材準備工程では、本開示に係る棒鋼の素材を準備する。具体的には、化学組成中の各元素の含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(1)及び式(2)を満たす溶鋼を製造する。精錬方法は特に限定されず、公知の方法を用いればよい。例えば、公知の方法で製造された溶銑に対して、転炉での精錬、即ち一次精錬を実施する。転炉から出鋼した溶鋼に対して、公知の二次精錬を実施する。二次精錬において成分調整を実施して、各元素の含有量が本開示の範囲内であり、かつ、式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有する溶鋼を製造する。
【0062】
上述の精錬方法により製造された溶鋼を、公知の鋳造法により鋳造して、素材を製造する。例えば、造塊法により、溶鋼からインゴットを製造してもよい。また、連続鋳造法により、溶鋼からブルームを製造してもよい。以上の方法により、素材(インゴット又はブルーム)を製造する。
【0063】
[熱間加工工程]
熱間加工工程では、素材準備工程にて準備された素材(インゴット又はブルーム)に対して、熱間加工を実施して、本開示の棒鋼を製造する。熱間加工方法は、熱間鍛造でもよいし、熱間圧延でもよい。以下の説明では、熱間加工が熱間圧延である場合について説明する。この場合、熱間加工工程は、例えば、分塊圧延工程と、仕上げ圧延工程とを含む。
【0064】
[分塊圧延工程]
分塊圧延工程では、素材を熱間圧延してビレットを製造する。具体的には、分塊圧延工程では、分塊圧延機により素材に対して熱間圧延(分塊圧延)を実施して、ビレットを製造する。分塊圧延機の下流に連続圧延機が配置されている場合、分塊圧延後のビレットに対してさらに、連続圧延機を用いて熱間圧延を実施して、さらにサイズの小さいビレットを製造してもよい。分塊圧延工程での加熱温度は1000~1300℃である。
【0065】
[仕上げ圧延工程]
仕上げ圧延工程では、分塊圧延工程で製造されたビレットに対して、連続圧延機を用いて熱間圧延を実施して、棒鋼を製造する。仕上げ圧延工程での加熱温度は900~1250℃である。熱間圧延後の棒鋼を常温まで冷却する。冷却方法は特に限定されないが、例えば、放冷である。
【0066】
上述の製造方法の一例では、素材準備工程を実施した後、熱間加工工程を実施している。しかしながら、本開示の棒鋼の製造方法では、素材準備工程を実施した後、熱間加工工程を実施しなくてもよい。つまり、本開示に係る棒鋼を得るための鋼材は、鋳造材(インゴット又はブルーム、ビレット)であってもよい。また、本開示に係る棒鋼を製造する場合、熱間加工工程として、熱間圧延工程に代えて、熱間鍛造工程を実施してもよい。さらに、熱間加工工程として、熱間圧延工程と、熱間圧延工程後に熱間鍛造工程とを実施してもよい。
【0067】
[球状化熱処理工程]
上記仕上圧延工程後の棒鋼に対して、さらに、球状化熱処理工程を実施して、本開示に係る棒鋼としてもよい。
球状化熱処理は、公知の方法でよい。球状化熱処理は例えば、次の方法で実施する。 上記仕上圧延工程後の鋼材を、Ac1点(加熱時、オーステナイトが生成し始める温度)直下、又は、直上の温度(例えば、Ac1点+50℃以内)に加熱して所定時間保持した後、徐冷する。又は、上記仕上圧延工程後の鋼材を、Ac1点直上の温度まで加熱し、Ar1点直下の温度(冷却時、オーステナイトがフェライト又はフェライト、セメンタイトへの変態を完了する温度)まで冷却する処理を数回繰返し実施してもよい。又は、上記仕上圧延工程後の鋼材に対して、一度、焼入れを実施して、その後、600~700℃の温度範囲で、3~100時間の焼戻しを行ってもよい。なお、球状化熱処理の方法は、上記のような、公知の焼鈍又は球状化熱処理方法を適用すればよく、特に限定されるものではない。
以上の製造工程により、本開示に係る棒鋼を製造することができる。
【0068】
<浸炭焼入れ部品>
次に、本開示に係る浸炭焼入れ部品について具体的に説明する。本開示に係る浸炭焼入れ部品は、上述の本開示に係る棒鋼を素材として、これに浸炭処理(浸炭処理又は浸炭窒化処理)を施して製造されるものである。浸炭焼入れ部品は、例えば、自動車及び建設車両等に用いられる機械部品であり、例えば、歯車である。
【0069】
本開示に係る浸炭焼入れ部品は、硬化層と、硬化層よりも内部の芯部とを備える。硬化層は、浸炭処理によりCが棒鋼の表面に侵入及び拡散して硬化した層である。具体的には、棒鋼に浸炭処理を実施した場合、硬化層は浸炭層に相当し、棒鋼に浸炭窒化処理を実施した場合、硬化層は浸炭窒化層に相当する。なお、本開示において、浸炭窒化層は浸炭層に含まれる。
芯部は、硬化層よりも内部の部分であって、浸炭によるCの侵入及び拡散の影響がない領域である。一般的な浸炭処理、または浸炭窒化処理によると、硬化層は浅い場合でも100μm以上となる一方、深い場合でも2.0mm以下となる。すなわち、本開示に係る浸炭焼入れ部品において、表面下10.0mmの位置(および、それより深い位置)は芯部に属し、表面下50μmの位置は硬化層に属する。
【0070】
[芯部]
本開示に係る浸炭焼入れ部品の芯部の化学組成は、上述の本開示に係る棒鋼の化学組成と同じである。具体的には、本開示に係る浸炭焼入れ部品の芯部の化学組成は質量%で、C:0.18~0.30%、Si:0.60~1.10%、Mn:0.70~1.10%、P:0.030%以下、S:0.007~0.030%、Cr:1.40~1.80%、Al:0.010~0.060%、N:0.003~0.018%以下、O:0.0020%以下、及びMo:0.10~0.50%を含有し、任意選択的に、Cu:0.50%以下、Ni:0.50%以下、W:0.50%以下、V:0.50%以下、Bi:0.50%以下、Co:0.50%以下、Nb:0.10%以下、Ti:0.20%以下、Ca:0.0015%以下、Pb:0.09%以下、Sn:0.10%以下、及びB:0.0070%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなり、下記式(1)及び式(2)を満たす。
76-28×Si+37×Mn+3×Cr≦90.0・・・(1)
1.0≦Al/N≦3.0 ・・・(2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。なお、本開示に係る浸炭焼入れ部品の化学成分に関し、各元素の含有量の好ましい上下限値、並びにF1及びF2の好ましい上下限値は、上述した本開示に係る棒鋼の化学成分に準じる。
【0071】
[硬化層]
硬化層の構成は次のとおりである。
(1)浸炭焼入れ部品の表面から50μm深さまでの領域の、平均のC濃度が質量%で0.65%以上である。
(2)浸炭焼入れ部品の表面から50μm深さの位置における硬さが600HV以上である。
以下、各構成について説明する。以下、表面から50μm深さまでの領域を「表層領域」、表面から50μm深さの位置における硬さを単に「表層硬さ」と称する場合がある。
【0072】
[表層領域の平均C濃度]
浸炭焼入れ部品の表面から50μm深さまでの領域(表層領域)は、硬化層に含まれる。表層領域での平均C濃度は質量%で0.65%以上である。浸炭焼入れ部品の表層領域の平均C濃度は、芯部のC濃度よりも高い。表層領域でのC濃度が質量%で0.65%以上であれば、硬化層の硬さが十分に硬い。そのため、浸炭焼入れ部品において、十分な曲げ疲労強度が得られる。
【0073】
表層領域での平均のC濃度の好ましい下限は0.67%であり、さらに好ましくは0.70%であり、さらに好ましくは0.75%である。表層領域での平均のC濃度の上限は特に限定されないが、残留γの増大による表層硬さ低減の観点から、好ましくは例えば、1.30%であり、さらに好ましくは1.20%であり、さらに好ましくは1.10%である。
【0074】
[表層領域のC濃度の測定方法]
表層領域での平均のC濃度は、EPMAを用いて測定することができる。浸炭焼入れ部品を、その表面に垂直に(棒状であれば長手方向に対して垂直に)切断する。次に切断面を研磨する。そして、表面から深さ50μmまでの領域に、深さ方向に沿って連続的に電子線を照射することにより、C濃度を連続的に測定する。即ち、表層領域を、C濃度に関して、深さ方向に沿って線分析する。線分析における測定間隔は、5μmとし、測定点は10点とする。これにより得られた10の測定点におけるC濃度の平均値を、表面から50μm深さまでの領域の平均C濃度とする。
【0075】
[表層領域における平均硬さ]
浸炭焼入れ部品の表面から50μm深さの位置は、硬化層に含まれる。表面から50μm深さの位置の硬さ(表層硬さ)は600HV以上とする。これにより、浸炭焼入れ部品の曲げ疲労強度と面疲労強度を確保することができる。
平均表層硬さは、650HV以上であることが好ましく、680HV以上、あるいは700HV以上であることがより好ましい。
【0076】
[平均表層硬さの測定方法]
表層硬さは、次の方法で測定される。浸炭焼入れ部品を、その表面に垂直に(棒状であれば長手方向に対して垂直に)切断する。次に切断面を研磨する。そして、表面から深さ50μmの位置における切断面の硬さを、ビッカース硬度計を用いて、測定荷重を300gfとし、JIS Z 2244:2009に準拠して測定する。硬さのばらつきを考慮して、50μm深さの3つの測定点の硬さを測定し、これらの平均値を算出する。硬さの平均値を、表面から50μm深さの位置での硬さとみなす。
【0077】
以上の構成を有する浸炭焼入れ部品は、芯部の化学組成中の各元素の含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(1)及び式(2)を満たす。さらに、浸炭焼入れ部品の表面から50μm深さまでの領域(表層領域)でのC濃度が0.65%以上であり、浸炭焼入れ部品の表面から50μm深さ位置での表層硬さは600HV以上である。そのため、本開示に係る浸炭焼入れ部品は、高い低サイクル曲げ疲労強度及び高い高サイクル曲げ疲労強度を有する。なお、本開示に係る浸炭焼入れ部品の成分系において、浸炭焼入れ後の表層硬さが600HVを下回った場合、表層に不完全焼入れ組織が生じる、または炭素の侵入が十分でないなど浸炭処理が不完全になったことを示しており、浸炭焼入れ部品として十分な特性を発揮できないことを意味する。
【0078】
<浸炭焼入れ部品の製造方法>
本開示に係る浸炭焼入れ部品の製造方法の一例を説明する。以下に説明する浸炭焼入れ部品の製造方法は、本開示に係る浸炭焼入れ部品を製造する方法の好ましい一例であり、本開示に係る浸炭焼入れ部品は、他の製造方法により製造されてもよい。
【0079】
浸炭焼入れ部品の製造方法は、例えば、熱間加工工程又は冷間加工工程と、切削加工工程と、熱処理工程とを備える。熱間加工工程及び冷間加工工程のうち、いずれか一方が行われてもよいし、両方が行われてもよい。
【0080】
[熱間加工工程]及び/又は[冷間加工工程]
熱間加工工程が実施される場合、本開示に係る棒鋼に対して熱間加工を実施する。熱間加工は例えば、公知の熱間鍛造である。熱間加工後の鋼は放冷(空冷)される。冷間加工工程が実施される場合、本開示に係る棒鋼にそのまま冷間加工を加えてもよく、もしくは棒鋼に対して公知の球状化焼鈍または焼なまし処理(IA処理)あるいは両方を実施した後、冷間加工を実施してもよい。冷間加工の条件は特に制限されない。また、熱間加工もしくは冷間加工を実施した後に、焼準処理を実施してもよい。
【0081】
[切削加工工程]
切削加工工程では、熱間加工及び/又は冷間加工工程後の鋼に対して、切削加工を実施して、所定形状の中間品を製造する。切削加工を実施することにより、熱間加工工程及び/又は冷間加工工程だけでは実現が困難な精密形状を、浸炭焼入れ部品に付与することができる。
【0082】
[熱処理工程]
切削加工工程後の中間品に対して、浸炭熱処理を実施する。ここで、「浸炭熱処理」は、公知の浸炭処理工程と、公知の焼入れ工程、公知の焼戻し工程とを含む。また、浸炭熱処理はガス浸炭熱処理でも真空浸炭熱処理でもよい。ガス浸炭処理及び真空浸炭処理工程において、公知の条件を適宜調整して、浸炭焼入れ部品の硬化層のC濃度及びミクロ組織を調整することは、当業者に公知の技術事項である。以下、図1を参照しながら、公知の浸炭処理工程、焼入れ工程、及び焼戻し工程について説明する。
【0083】
[ガス浸炭処理工程]
ガス浸炭処理工程は、ガス浸炭工程と、焼入れ(急冷)工程とを含む。以下、ガス浸炭工程、焼入れ工程について説明する。
【0084】
(ガス浸炭工程)
図1は、ガス浸炭工程S10及び焼入れ工程S20でのヒートパターンの一例を示す図である。図1の縦軸はガス浸炭処理時における処理温度(℃)であり、横軸は時間(分)である。図1に示されるように、ガス浸炭工程S10は、加熱工程S0と、ガス浸炭工程S1と、拡散工程S2とを含む。
【0085】
加熱工程S0では、炉内に装入された中間品を浸炭温度Tcまで加熱する。加熱工程S0での浸炭温度Tcは、例えば900~1100℃である。
【0086】
ガス浸炭工程S1では、所定のカーボンポテンシャルCP1の雰囲気中において、上記浸炭温度Tcで中間品を所定時間(保持時間t1)保持して、ガス浸炭処理を実施する。ガス浸炭工程S1におけるカーボンポテンシャルCP1は、例えば0.6~1.3%であり、浸炭温度Tcでの保持時間t1は、例えば60分以上である。
【0087】
拡散工程S2では、所定のカーボンポテンシャルCP2の雰囲気中において、浸炭温度Tcで所定時間(保持時間t2)保持する。ここで、拡散工程S2でのカーボンポテンシャルCP2は例えば0.6~1.3%であり、浸炭温度Tcでの保持時間t2は、例えば30分以上である。
【0088】
(焼入れ工程)
ガス浸炭工程S10後の中間品に対して焼入れ工程S20を実施する。焼入れ工程S20では、所定のカーボンポテンシャルCP3の雰囲気中において、ガス浸炭工程S10後の中間品をAr3点以上の焼入れ温度Tsで保持(S3)後、中間品を急冷して焼入れする。ここで、焼入れ工程S20でのカーボンポテンシャルCP3は例えば0.6~1.3%であり、焼入れ温度Tsでの保持時間t3は特に限定されないが、例えば、15~60分である。焼入れ温度Tsは、浸炭温度Tcよりも低い方が好ましい。焼入れ処理における冷却方法は、油冷又は水冷である。具体的には、冷却媒体である油又は水を入れた冷却浴に、焼入れ温度に保持された中間品を浸漬して急冷する。
【0089】
[焼戻し工程]
真空浸炭処理、又はガス浸炭処理における焼入れ工程が完了した後の中間品に対して、公知の焼戻し工程を実施する。焼戻し温度及び保持時間は限定されず、浸炭焼入れ部品の用途に応じた機械特性が得られるように適宜選択することができる。
【0090】
[その他の工程]
本開示に係る浸炭焼入れ部品の製造方法はさらに、ショットピーニング工程及び仕上げ研削加工工程を含んでもよい。これらの工程は任意の工程である。あるいは、ガス浸炭工程S1または拡散工程S2と並行し、あるいは拡散工程S2に後続して、炉内に窒素を含有するガスを導入することによって窒化処理を行う窒化処理工程がなされていてもよい。
【0091】
[ショットピーニング工程]
ショットピーニング工程は任意の工程であり、実施しなくてもよい。実施する場合、ショットピーニング工程では、熱処理工程後の中間品に対して、ショットピーニング処理を実施する。ショットピーニング処理を実施することにより、浸炭焼入れ部品の硬化層中の残留オーステナイトが加工誘起変態してマルテンサイトとなる。その結果、硬化層中の残留オーステナイト体積率が低下する。
【0092】
[仕上げ研削加工工程]
仕上げ研削加工工程は任意の工程であり、実施しなくてもよい。実施する場合、仕上げ研削加工では、熱処理工程後又はショットピーニング工程後の中間品に対して、仕上げ切削加工を実施して、表面性状を整える。
【0093】
以上の製造工程により、本開示に係る浸炭焼入れ部品を製造することができる。なお、上述の製造方法は、本開示に係る浸炭焼入れ部品を製造するための製造方法の一例である。したがって、上述の製造方法以外の他の方法により、本開示に係る浸炭焼入れ部品を製造してもよい。つまり、本開示に係る浸炭焼入れ部品を得ることができる限り、浸炭焼入れ部品の製造方法は特に限定されない。
【実施例0094】
次に、本開示の実施例について説明するが、実施例での条件は、本開示の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本開示は、この一条件例に限定されるものではない。本開示は、本開示の要旨を逸脱せず、本開示の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0095】
<棒鋼(試験片)の製造>
表1に示す化学成分の溶鋼を用いて、造塊法によりインゴットを製造した。インゴットの長さ方向に垂直な断面は180mm×180mmの矩形であった。製造したインゴットを常温まで放冷した。
【0096】
【表1】
【0097】
表1において、化学成分(※1)の残部はFe及び不純物を示す。下線は本開示の範囲外であることを示す。
表1中の空白部分は、対応する元素の含有量が検出限界未満であったことを意味する。つまり、空白部分は、対応する元素含有量の最小桁において、検出限界未満であったことを意味する。例えば、表1中のCu含有量の場合、最小桁は小数第2位である。したがって、試験番号1のCu含有量は、小数第2位までの桁数において、検出されなかった(有効数字が小数第2位までの含有量において、0%であった)ことを意味する。
【0098】
インゴットを1250℃で2時間加熱した。加熱後のインゴットに対して熱間加工(熱間鍛伸)を実施して、直径40mm、長さ1000mmの鋼(棒鋼)を製造した。熱間加工後の棒鋼を常温まで放冷した。放冷後の鋼に対して、焼準処理を実施した。焼準処理での処理温度は925℃とし、処理温度での保持時間は90分であった。
以上の工程により、各試験番号の鋼(棒鋼)を製造した。
なお、試験番号17の鋼材は、JIS G 4805:2019に規定されたSCM420に相当する化学組成を有し、試験番号17の鋼材を浸炭した試験片を「基準試験片」とした。
【0099】
<評価試験>
[浸炭焼入れ部品試験片の評価試験]
(低サイクル曲げ疲労試験)
浸炭焼入れ部品の低サイクル疲労強度を、次の方法で評価した。
各試験番号の鋼材に対して機械加工(切削加工)を実施して、図2に示す形状を有する大型の低サイクル曲げ疲労試験片(片持ち梁疲労試験片)を作製した。図2の試験片の形状は、実歯車の歯元R部を模擬した。図2中の数字は、寸法(単位はmm)を示す。「R=2」はR部の曲率半径が2mmであることを示す。試験片の厚さは20mmである。低サイクル曲げ疲労試験片は各試験番号で複数本用意した。
【0100】
試験片に対して、ガス浸炭処理工程(浸炭焼入れ及び焼戻し)を実施した。ガス浸炭処理工程として、以下3パターンを設定し、各試験片の成分に応じてそのうち一つを選択した。
1パターン目:具体的には、カーボンポテンシャルCPが1.1%の雰囲気中において、試験片を950℃で120分保持した。その後、カーボンポテンシャルCPが1.0%の雰囲気中において、試験片を950℃で40分保持した。その後、870℃まで降温し、カーボンポテンシャル0.8%の雰囲気中において、870℃で30分保持した。保持時間経過後、60℃の油を用いて油冷した。焼入れ工程後、焼戻し工程を実施した。焼戻し工程では、温度を180℃とし、保持時間を120分とした。
2パターン目:具体的には、カーボンポテンシャルCPが1.1%の雰囲気中において、試験片を950℃で120分保持した。その後、カーボンポテンシャルCPが1.0%の雰囲気中において、試験片を950℃で40分保持した。その後、870℃まで降温し、カーボンポテンシャル0.9%の雰囲気中において、870℃で30分保持した。保持時間経過後、60℃の油を用いて油冷した。焼入れ工程後、焼戻し工程を実施した。焼戻し工程では、温度を180℃とし、保持時間を120分とした。
3パターン目:具体的には、カーボンポテンシャルCPが1.1%の雰囲気中において、試験片を950℃で120分保持した。その後、カーボンポテンシャルCPが1.0%の雰囲気中において、試験片を950℃で40分保持した。その後、870℃まで降温し、カーボンポテンシャル1.0%の雰囲気中において、870℃で30分保持した。保持時間経過後、60℃の油を用いて油冷した。焼入れ工程後、焼戻し工程を実施した。焼戻し工程では、温度を180℃とし、保持時間を120分とした。
【0101】
浸炭を実施したのち、仕上げ加工等は行わずに低サイクル曲げ疲労試験に供した。
低サイクル曲げ疲労試験は、軸力型疲労試験機を用いて、低サイクル疲労試験を実施した。片持ち梁疲労試験片は、具体的には、図2に示すように40×28(20)×420mmであり、端部から220mm位置にR2.0のノッチを有する。また、力点は端部から20mm位置である。
片持ち梁疲労試験片の中心軸は、熱間鍛造部品の中心軸と同軸であった。上記の片持ち梁疲労試験片を用いて、常温、大気雰囲気中にて、表2に示す疲労試験を実施した。片振り荷重制御で試験を行い、破断回数を測定した。荷重を変化させて5回の測定を行い、その破断回数および荷重をプロットしたラインから、破断回数が100回となる荷重(100回破断強度)を特定した。
【0102】
【表2】
【0103】
本実施例においては、歯車部品への適用を想定し、JIS G 4053:2016のSCM420規格を満たす鋼を用いて、一般的な製造工程、つまり「焼きならし→試験片加工→ガス浸炭炉による共析浸炭→低温焼戻し」の工程によって作製した片持ち梁疲労試験片における100回破断強度を基準(試験番号17)とし、表3における「低サイクル曲げ(100回強度)」の欄において、対象試験番号の疲労限がこれを20%以上上回った場合を目標達成(〇印)とし、20%未満を目標未達(×印)とした。
【0104】
(高サイクル曲げ疲労試験)
浸炭焼入れ部品の高サイクル曲げ疲労強度を、次の方法で評価した。
各試験番号の鋼材に対して機械加工(切削加工)を実施して、回転曲げ疲労試験片の粗試験片を製造した。粗試験片に対して、上述の浸炭処理を実施した。
【0105】
浸炭処理後の粗試験片の表面に対して切削加工を実施して、図3に示す寸法の回転曲げ疲労試験片を作製した。図3中の数値は、寸法(mm)を意味する。なお、回転曲げ疲労試験片の長さ方向中央位置に形成された切り欠き部には、表面性状を整える切削加工は実施しなかった。以上の製造工程により、回転曲げ疲労試験片を作製した。
【0106】
回転曲げ疲労試験片を用いて、JIS Z 2274:1978に規定の「金属材料の回転曲げ疲れ試験方法」に準拠した回転曲げ疲労試験を実施した。試験は常温、大気雰囲気中で実施し、回転数を3000rpmとした。応力負荷繰り返し回数が10サイクル後において破断しなかった最大応力を、曲げ疲労強度(MPa)とした。
得られた曲げ疲労強度が、試験番号17のSCM420規格を満たす鋼を浸炭した(基準試験片)曲げ疲労限度を、評価基準値とした。疲労限度が基準鋼の1.20倍以上であった場合、曲げ疲労強度に優れると判断し、表3中の「高サイクル曲げ(10回強度)」欄で〇印とした。一方、得られた曲げ疲労強度が、基準鋼である試験番号17の曲げ疲労強度の1.20倍未満であれば、曲げ疲労強度が低いと判断し、表3中の「高サイクル曲げ(10回強度)」欄で×印とした。
【0107】
(ローラーピッチング試験(面疲労強度評価試験))
浸炭焼入れ部品の面疲労強度を次の方法で評価した。
【0108】
・二円筒転がり疲労試験に用いる小ローラ試験片の製造
図4に本実施例で作製した小ローラ試験片の側面図を示す。図4中の数字は、寸法(単位はmm)を示す。図4中の「φ」は直径を意味する。図4中の逆三角形の記号は、JIS B 0601:1982の解説表1に記載されている表面粗さを示す「仕上げ記号」を意味する。仕上げ記号に付した「G」は、JIS B 0122:1978に規定の研削を示す加工方法の略号を意味する。小ローラ試験片は、面疲労強度を測定するための試験片である。小ローラ試験片は各試験番号で複数本用意した。
【0109】
各試験番号の鋼材に対して機械加工(切削加工)を実施して、ローラーピッチング試験の粗試験片(小ローラー試験片の粗試験片)を製造した。粗試験片の中央部の円筒部は図4に示す直径26mmの円筒部に仕上げた。このとき、JIS B 0601:2001に準拠した、算術平均粗さRaが0.6~0.8μmとなり、最大高さRzが2.0~4.0μmとなるように、直径26mmの円筒部の表面を仕上げた。
上述の粗試験片に対して、上述の浸炭処理を実施した。浸炭熱処理後、粗試験片のつかみ部の円筒部に対して研削加工を実施して、図4に示す直径24mmのつかみ部に仕上げた。
【0110】
・二円筒転がり疲労試験に用いる大ローラ試験片の製造
面疲労強度を測定するための二円筒転がり疲労試験に用いる大ローラ試験片を次の方法で製造した。JIS G 4805:2008に規定のSUJ2に相当する化学組成を有する、直径140mmの円柱素材から、図5に示す形状を有する大ローラ試験片の粗試験片を切り出した。図5中の数値は、寸法(単位はmm)を示す。また、図5中の逆三角形の記号は、JIS B 0601:1982の解説表1に記載されている表面粗さを示す「仕上げ記号」を意味する。仕上げ記号に付した「G」は、JIS B 0122:1978に規定の研削を示す加工方法の略号を意味する。
切り出した粗試験片に対して、浸炭焼入れを実施した。焼入れ温度は870℃とし、焼入れ温度での保持時間は90分とした。保持時間経過後、60℃の油で急冷した。焼入れ後の粗試験片の外周面に対して切削加工を実施して仕上げた。算術平均粗さRaが0.6~0.8μmとなり、最大高さRzが2.0~4.0μmとなるように、外周面を仕上げた。以上の製造工程により、大ローラ試験片を作製した。
【0111】
・面疲労強度測定試験(二円筒転がり疲労試験)
小ローラ試験片及び大ローラ試験片を用いた二円筒転がり疲労試験を実施して、面疲労強度を次のとおり求めた。試験機として、株式会社ニッコークリエート製のRP201を用いた。図6に示すとおり、小ローラ試験片10の直径26mmの円筒部と、大ローラ試験片20の外周面中央位置(直径130mmの外周部分)とを接触させながら転動させた。接触時の面圧はヘルツ面圧で1800~3500MPaとした。小ローラ試験片10の回転数を1500rpmとした。小ローラ試験片10の周速は123m/分とし、大ローラ試験片10の周速は172m/分とした。試験中、小ローラ試験片と大ローラ試験片との接触部分に潤滑油を供給した。潤滑油はオートマチック用オイルとし、油温を100℃、油量を1.0L/分とした。試験での打切繰り返し回数は、一般的な鋼の疲労限度を示す2.0×10回とした。
小ローラ試験片においてピッチングが発生せずに2.0×10回に達した最大面圧(MPa)を、小ローラ試験片の疲労限度とした。ピッチング発生の検出は、試験機に備え付けられた振動計によって行った。振動発生後に、小ローラ試験片と大ローラ試験片の両方の回転を停止させ、ピッチング発生と回転数を確認した。
本実施例においては、歯車部品への適用を想定し、試験番号17のSCM420規格を満たす鋼を浸炭した(基準試験片)小ローラ試験片の疲労限度を評価基準値とした。疲労限度が基準鋼の1.20倍以上であった場合、面疲労強度に優れると判断し、表3中の「面疲労」欄で〇印とした。一方、疲労限度が基準鋼の1.20倍未満であった場合、面疲労強度が低いと判断し、表3中の「面疲労」欄で×印とした。
【0112】
[浸炭焼入れ部品試験片の硬化層のC濃度測定試験]
各試験番号の浸炭焼入れ部品(低サイクル曲げ疲労試験片)を長さ方向に直交する方向に切断し、切断面をミクロマウントで埋込、研磨し、切断面を測定面とする試験片を採取した。そして、浸炭焼入れ部品の表面から50μm深さまでの領域におけるC濃度を、電子線マイクロアナライザーを用いて線分析した。線分析における測定間隔は、5μmとし、測定点は10点とした。これにより得られた10の測定点におけるC濃度の平均値を、表面から50μm深さまでの領域の平均C濃度(表層炭素濃度)として、表3に記載した。
【0113】
[硬化層および芯部の硬さ測定]
硬化層の硬さは、次の方法で測定される。各試験番号の浸炭焼入れ部品(低サイクル曲げ疲労試験片)を長さ方向に直交する方向に切断し、切断面を測定面とする試験片を採取した。そして、浸炭焼入れ部品の表面から50μm深さ位置における切断面の硬さを、ビッカース硬度計を用いて、測定荷重を300gfとし、JIS Z 2244:2009に準拠して測定した。硬さのばらつきを考慮して、50μm深さの3つの測定点の硬さを測定し、これらの平均値を算出した。硬さの平均値を、表面から50μm深さの位置での硬さ(表層硬さ)として、表3に記載した。芯部硬さ(10mm位置の硬さ)についても同様に、表面から10mm深さ位置での3つの測定点の硬さを測定し、これらの平均値を算出し、表3に記載した。
【0114】
<評価結果>
試験結果を表3に示す。
【0115】
【表3】
【0116】
表1に示されるように、試験番号1~16の鋼の化学組成中の各元素の含有量は本開示の範囲内にあり、さらに、F1及びF2が式(1)及び式(2)を満たした。
【0117】
また、試験番号1~16の鋼を浸炭処理して製造した浸炭焼入れ部品では、外部酸化層が表層全体を覆わず、また粒界酸化(内部酸化)深さ、粒界S偏析深さも低減され、浸炭焼入れ部品の表面から50μm深さまでの領域におけるC濃度が質量%で0.65%以上であり、浸炭焼入れ部品の表面から50μm深さの表層硬さは600HV以上であった。その結果、これら浸炭焼入れ部品においては優れた疲労強度を示した。
【0118】
試験番号17は、従来品と同等の鋼であり、本開示における試験における基準材として採用したものである。試験番号17では、Si含有量が低く、Cr含有量が低かった。そのため、F1の値が式(1)の上限を下回り、粒界酸化(内部酸化)深さが低減されなかった。試験番号17のガス浸炭材の疲労強度を基準値とした場合、上述の試験番号1~16の全てのガス浸炭焼入れ部品は、試験番号17よりも優れた疲労強度を示した。
【0119】
試験番号18では、鋼の化学組成中の各元素含有量は適切であったものの、F1が式(1)の上限を超えた。その結果、低サイクル曲げ疲労強度、高サイクル曲げ疲労強度、及び面疲労強度がいずれも不足した。
試験番号19では、鋼の化学組成中の各元素含有量は適切であったものの、F2が式(2)の上限を超えた。その結果、試験番号19は、低サイクル疲労強度、高サイクル曲げ疲労強度、及び面疲労強度がいずれも不足した。
試験番号20では、鋼のC量が高すぎた。その結果、低サイクル曲げ疲労試験時にき裂発生と同時に破断し、低サイクル曲げ疲労強度が不足した。
試験番号21では、鋼のCr量が低かった。その結果、試験番号21は、焼入れ性が不足し、ガス浸炭した際に低サイクル曲げ疲労強度が不足した。
試験番号22では、鋼のCr量が高すぎた。その結果、試験番号22は、外部酸化層が試験片全体に生じ、浸炭阻害が生じ、表層炭素濃度が低く、表層硬さが不足し、高サイクル曲げ疲労強及び面疲労強度が不足した。
試験番号23では、鋼のSi量が低すぎ、F1が式(1)の上限を超えた。その結果、試験番号23は、粒界酸化(内部酸化)深さが低減されず、低サイクル曲げ疲労強度、高サイクル曲げ疲労強度、及び面疲労強度がいずれも不足した。
試験番号24では、鋼のSi量が高すぎた。その結果、試験番号24は、ガス浸炭した際に外部酸化層が試験片全体に生じ、浸炭阻害が生じ、表層炭素濃度が低く、表層硬さが不足し、高サイクル曲げ疲労強度及び面疲労強度が不足した。
試験番号25では、鋼のMn量が低すぎた。その結果、試験番号25は、焼入れ性が不足し、ガス浸炭した際に低サイクル曲げ疲労強度、高サイクル曲げ疲労強度、及び面疲労強度がいずれも不足した。
試験番号26では、鋼のMn量が高すぎ、F1が式(1)の上限を超えた。その結果、試験番号26は、残留オーステナイト多量により、表層硬さが低下し、高サイクル曲げ疲労強度及び面疲労強度が不足した。
試験番号27では、鋼のP量が高すぎた。その結果、試験番号27は、低サイクル曲げ疲労強度、高サイクル曲げ疲労強度、及び面疲労強度がいずれも不足した。
試験番号28では、鋼のS量が高すぎた。その結果、試験番号28は、硫化物の粗大化のため、低サイクル曲げ疲労強度、高サイクル曲げ疲労強度、及び面疲労強度がいずれも不足した。
試験番号29では、鋼のN含有量が高すぎた。その結果、試験番号29は、介在物の粗大化により低サイクル曲げ疲労強度、高サイクル曲げ疲労強度、及び面疲労強度がいずれも不足した。
試験番号30では、鋼のMo含有量が低すぎた。その結果、試験番号30は、焼入れ性が不足し、ガス浸炭した際に低サイクル曲げ疲労強度が不足した。なお、試験番号30の試料において、表面からの深さ5mm位置の硬さを測定したところ、412HVであった。
【産業上の利用可能性】
【0120】
前述したように、大型車を想定した大物ギヤを想定し、低サイクル曲げ疲労強度、高サイクル曲げ疲労強度、及び面疲労強度に優れた本開示の浸炭鋼部品を用いれば、大型自動車用のディファレンシャルギヤやトランスミッションギヤなどの歯車を大幅に小型化、軽量化することができ、その結果、自動車の燃費を高め、かつ、CO排出量を削減することが可能となる。よって、本開示の効果は極めて顕著であり、本開示は、産業上の利用可能性が大きいものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6