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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023164126
(43)【公開日】2023-11-10
(54)【発明の名称】排気設計支援方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 15/06 20060101AFI20231102BHJP
   F23J 99/00 20060101ALI20231102BHJP
   G01W 1/00 20060101ALI20231102BHJP
【FI】
G01N15/06 D
F23J99/00
G01W1/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022075474
(22)【出願日】2022-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100160299
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 卓
(72)【発明者】
【氏名】新井 舞子
【テーマコード(参考)】
3K070
【Fターム(参考)】
3K070DA72
(57)【要約】      (修正有)
【課題】建物の煙突から排出される排気ガスが当該建物や周辺環境に対して与える影響を予測し、より安全な排気計画の策定を支援可能である排気設計支援方法を提供する。
【解決手段】排気ガス拡散シミュレーションを行いS2、複数の外部風向に対して、建物外壁温度等を算出しS3、その値が相対的に大きい所定数の外部風向を抽出する。抽出された外部風向に対して、外部風速を所定の最小値及び所定の最大値に変更した上で、排気ガス拡散シミュレーションを行いS12、建物外壁温度及び排出後排気濃度を再算出しS13、その値が基準値以下であるか否かを判定しS14,S15、抽出された全外部風向が基準値以下となるまで、排気ガス拡散シミュレーションを繰り返して、煙突条件を確定する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の各ステップを含むことを特徴とする排気設計支援方法。
(1)対象建物の所在場所の地形条件と、
前記対象建物以外の他の構造物の配置条件と、
前記対象建物の建物形状と、前記対象建物に取り付ける煙突に関する煙突条件と、
外気温と、外部風速と、
前記煙突から排出される排気ガスの排気風速と、前記排気ガスの排気温度と、前記排気ガスの初期排気濃度と、に関する各データを所与の条件として、
予め定められている複数の外部風向に対して排気ガス拡散シミュレーションを行い、
前記各外部風向に対して、それぞれ前記対象建物の外壁面に沿った所定箇所における建物外壁温度及び前記排気ガスの排出後排気濃度を算出する第1ステップ。
(2)算出された前記建物外壁温度の最大値及び前記排出後排気濃度の最大値が所定の基準値以下であるか否かを判定し、
前記基準値を超える前記建物外壁温度及び前記排出後排気濃度がある場合には、前記第1ステップに戻り、前記煙突条件を変更して、前記排気ガス拡散シミュレーションを行い、
算出されたすべての前記建物外壁温度及び前記排出後排気濃度が前記基準値以下となる前記煙突条件を確定する第2ステップ。
(3)前記複数の外部風向の中から、算出された前記建物外壁温度の最大値が相対的に大きい所定数の前記外部風向を抽出する第3ステップ。
(4)前記外部風速を所定の最小値及び所定の最大値に変更するとともに、他の条件は同一条件として、前記第3ステップで抽出された前記各外部風向に対して、前記排気ガス拡散シミュレーションを行い、
前記建物外壁温度及び前記排出後排気濃度を再算出する第4ステップ。
(5)再算出されたすべての前記建物外壁温度及び前記排出後排気濃度が、前記基準値以下であるか否かを判定し、
前記基準値を超える前記建物外壁温度及び前記排出後排気濃度がある場合には、前記第1ステップに戻り、前記煙突条件を変更して、前記排気ガス拡散シミュレーションを行い、
算出されたすべての前記建物外壁温度及び前記排出後排気濃度が、前記基準値以下となる前記煙突条件を確定する第5ステップ。
【請求項2】
前記第3ステップにおいて、
前記算出された前記建物外壁温度の最大値が相対的に大きい所定数の前記外部風向を抽出することに変えて、前記排出後排気濃度の最大値が相対的に大きい所定数の前記外部風向を抽出することを特徴とする、請求項1に記載の排気設計支援方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建物の排気設計支援方法に関し、特に、高層建物に近接する場所の低層部又は中層部(以下、「低中層部」という。)に設置された煙突から排出(排気)された排気ガスの排気設計支援に好適である排気設計支援方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地震などの災害時の事業継続計画(BCP)の観点から、高層建物に大型の非常用発電機が設置される事例が増えている。さらに、再開発等により高層建物が密集して建設されることも増えており、煙突が当該建物や周辺の高層建物に近接して設置される事例も多数存在している。また、周辺の環境を考慮して煙突や排気口の位置を検討した結果、高層建物の屋上付近まで煙突を延伸することが必ずしも合理的でない場合がある。このような場合には、煙突は低中層部に設置されることになり、当該煙突から排出される高温であり、かつ高濃度である窒素酸化物等の大気汚染物質を含む排気ガスが対象建物の壁面、屋上庭園の利用者及び周辺環境に及ぼす影響が懸念されている。
【0003】
屋上の高い位置で排気ガスを排出する場合には、周辺に遮蔽物がないことが多く、排気ガスの拡散方向が限定されることが少ないことから、真上に吹く形で雨除けの陣笠を付けた煙突が多くみられていた。
一方、高層建物に近接した場所や低中層部に煙突を設置する場合には、吹出口のすぐ近くに高層建物や隣接建物が存在することになる。そのため、隣接建物に近接する範囲、あるいは人が通る範囲において排気ガスの影響が及ばないようにする必要があるが、外部風向や風速によって排気ガスの拡散状況が複雑に変化するため、事前に十分な検討を行った上で排気設計を行うことが必要となる。
【0004】
ところで、従来の排気ガスの拡散検討手法として、対象建物及び対象建物周辺地域の模型を作成して風洞実験の実験結果を用いる方法、CFD(Computational Fluid Dynamics)による推定結果を用いる方法及び簡易予測モデルを用いる方法等が存在する。
【0005】
また、本発明に関連する技術分野に関する一例として、瞬間排出時をシミュレートする簡易予測モデルに基づいて、煙突から瞬間排出される第1排煙の第1地上濃度を計算するステップと、第1地上濃度が環境規制値以下となるように煙突の第1高さを決定するステップと、定常排出をシミュレートする定常排出モデルに基づいて、第1高さの煙突から定常排出される第2排煙の第2地上濃度を計算するステップと、第2地上濃度が環境規制値以下となるように煙突の第2高さを決定するステップとを具備する煙突高さ計算方法が存在している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2014-115844号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、従来の排気ガスの拡散検討手法は、広範囲にわたる排気ガスの拡散を予測する方法であり、建物に取り付けられる煙突から排出される排気ガスが、当該建物及び局所的な周辺環境に与える影響を予測する方法ではない。そのため、煙突の配置設計(煙突形状、設置箇所、排気ガスの排気方向等)(排気設計)を支援するための排気ガスの拡散検討手法の開発が求められていた。
【0008】
本発明は、上記各問題点を解決するためになされたものであり、簡易かつ正確に、建物の煙突から排出される排気ガスが当該建物や周辺環境に対して与える影響を予測し、より安全な排気計画の策定を支援することが可能となる排気設計支援方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために用いられる本発明は、以下の各ステップを含むことを特徴とする排気設計支援方法(以下、「本排気設計支援方法」という場合がある。)を提供するものである。
(1)対象建物の所在場所の地形条件と、上記対象建物以外の他の構造物の配置条件と、上記対象建物の建物形状と、上記対象建物に取り付ける煙突に関する煙突条件と、外気温と、外部風速と、上記煙突から排出される排気ガスの排気風速と、上記排気ガスの排気温度と、上記排気ガスの初期排気濃度と、に関する各データを所与の条件として、予め定められている複数の外部風向に対して排気ガス拡散シミュレーションを行い、上記各外部風向に対して、それぞれ上記対象建物の外壁面に沿った所定箇所における建物外壁温度及び上記対象建物の外壁面に沿った所定箇所における上記排気ガスの排出後排気濃度を算出する第1ステップ。
(2)算出された上記建物外壁温度の最大値及び上記排出後排気濃度の最大値(以下、算出された建物外壁温度及び排出後排気濃度を「算出外壁温度及び算出排気濃度」という場合がある。)が所定の基準値以下であるか否かを判定し、上記基準値を超える上記建物外壁温度及び上記排出後排気濃度がある場合には、上記第1ステップに戻り、上記煙突条件を変更して、上記排気ガス拡散シミュレーションを行い、算出されたすべての上記建物外壁温度及び上記排出後排気濃度が上記基準値以下となる上記煙突条件を確定する第2ステップ。
(3)上記複数の外部風向の中から、算出された上記建物外壁温度の最大値が相対的に大きい所定数の上記外部風向を抽出する第3ステップ。
(4)上記外部風速を所定の最小値及び所定の最大値に変更するとともに、他の条件は同一条件として、上記第3ステップで抽出された上記各外部風向に対して、上記排気ガス拡散シミュレーションを行い、上記建物外壁温度及び上記排出後排気濃度を再算出する第4ステップ。
(5)再算出されたすべての上記建物外壁温度及び上記排出後排気濃度が、上記基準値以下であるか否かを判定し、上記基準値を超える上記建物外壁温度及び上記排出後排気濃度がある場合には、上記第1ステップに戻り、上記煙突条件を変更して、上記排気ガス拡散シミュレーションを行い、算出されたすべての上記建物外壁温度及び上記排出後排気濃度が、上記基準値以下となる上記煙突条件を確定する第5ステップ。
【0010】
また、本排気設計支援方法の上記第3ステップにおいて、上記算出された上記建物外壁温度の最大値が相対的に大きい所定数の外部風向を抽出することに変えて、上記排出後排気濃度の最大値が相対的に大きい所定数の外部風向を抽出するものであってもよい。
【0011】
まず、上記用語の定義は下記のとおりである。
「対象建物」とは、煙突を備える構造物をいう。
「煙突条件」とは、対象建物に取り付ける煙突を特定するための各種データであり、例えば、煙突の取付位置、煙突寸法、煙突形状、排気ガスの排気される方向(排気方向)、附帯設備の有無及びその詳細構造等のデータである。
「外部風速」とは、屋外における風速をいう。
【0012】
地形条件には、位置データ、地形データ等の地理空間データの他、地表面での風速決定の要因となる地表面粗度区分データ等も含まれる。
なお、地表面粗度区分データは、地表面での風速低下の度合いを算出する際に地表面の状況を示すデータであり、地表面の状況(地表面粗度区分)を複数段階で示している。例えば、海面(粗度区分1)、低層市街地(粗度区分2)、中低層市街地(粗度区分3)、中層市街地(粗度区分4)、高層市街地(粗度区分5)等となっている。
【0013】
「排気ガスの排気風速」、「排気ガスの初期排気温度」及び「排気ガスの初期排気濃度」とは、それぞれ、煙突の排気口から排出される時点における排気ガスの風速、排気温度及び排気濃度をいう。
「建物外壁温度」とは、対象建物の外壁における所定箇所の温度をいう。
「排気ガスの排出後排気濃度」とは、排気口から排出された排気ガスの所定箇所における濃度をいう。
【0014】
また、対象とする排気ガスには制限はなく、二酸化炭素、一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物、硫黄酸化物及び粒子状物質等に適用可能であるが、特に高温の気体に好適に適用可能である。
【0015】
また、排気ガス拡散シミュレーション(排出された排気ガスの拡散シミュレーション)とは、コンピュータシミュレーションを用いて流体に関する流れ方程式を解き、排気ガスの流れ及び温度の分布状況等の可視化を行う解析手法であり、上記公知のCFD(数値流体力学)のコンピュータプログラムを用いて実行することができる。
【0016】
排気ガス拡散シミュレーションを行うための所与の条件(前提条件)は、対象建物の所在場所の地形データ、各種気象データ、環境基準、設計基準等を考慮した上で適切な値を設定することができる。
また、外部風向は、屋外における風向であり、予め定められている所定数の風向(8方位、16方位、32方位等)とすることができる(当然に、その数は、第3ステップで抽出される風向数より大きく設定されている)。外部風向は、細分化されていることが好ましいが、数値解析の複雑化等を考慮し、16方位程度とすることが好適である。
【0017】
また、外部風速の最大値は、対象建物の所在場所における実測値を参考として、一定の発現確率を考慮して設定することができる
また、屋外では完全な無風状態がほとんどないこと等を考慮し、外部風速の最小値は静穏状態(0.1m/s~0.5m/s)を想定して設定することが考えられる。
【0018】
また、建物外壁温度及び排出後排気濃度の基準値は、設計上、対象建物に悪影響を及ぼす可能性があるとされる危険性を判断するための閾値であり、対象建物の特性、使用材料、環境基準等、種々の要因を考慮して適切に定めることができる。例えば、建物外壁温度の基準値(基準温度)は、対象建物の使用建材の性能及び耐久性等に悪影響を及ぼすことがない値として設定することができる。また、排出後排気濃度の基準値(基準濃度)は、排気ガスの種類に応じた環境基準値等として設定することができる。
【0019】
また、第3ステップでは、算出外壁温度の最大値又は算出排気濃度の最大値(両方でも良い)が、相対的に大きい所定数の外部風向を抽出する処理を行っている。本第3テップでは、排気ガス拡散シミュレーションを効率的に行うために、詳細検討を要する外部風向(以下、「要詳細検討風向」という。)を抽出することを目的としており、算出結果を検討して、予め定められている所定数の外部風向を抽出することになる。
なお、これまでの知見から、他の外部風向と比較した場合において、算出外壁温度の最大値が大きくなる外部風向と算出排気濃度の最大値が大きくなる外部風向とは一致することが多いことがわかっている。そのため、通常は、いずれか一方の指標を検討すれば足りることが多い。
【0020】
本排気設計支援方法では、まず、平均的な外部風速に対して、それぞれ対象建物の外壁面に沿った所定箇所における建物外壁温度及び排気ガスの排出後排気濃度を算出し、算出外壁温度の最大値及び算出排気濃度の最大値が、所定の基準値を超えている外部風向がないようにすることにより、基本的な安全性を満たす煙突の基本条件の設計を行う。
そして、算出外壁温度の最大値又は算出排気濃度の最大値が相対的に大きい所定数の外部風向である要詳細検討風向を抽出して、当該要詳細検討風向のみに関し、外部風速の値を変更して排気ガス拡散シミュレーションを行い、建物外壁温度及び排出後排気濃度を再算出して、基準値を超えているか否かを判定することとしている。
【0021】
本排気設計支援方法は、上記方法を採用することにより、確率的に出現頻度が高い平均風向に基づく排気ガス拡散シミュレーションを行い、煙突条件の最低限の安全性を確認した上で要詳細検討風向を抽出し、さらに、排気ガスの流れに特異な影響を及ぼす風速時(強風時及び静穏時)を想定して詳細な検討を行うことにより、種々の状況下における安全性の確認を行うことで、排気ガス拡散シミュレーションの回数を減少させ、合理的な排気設計を行うことができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、簡易かつ正確に、建物の煙突から排出される排気ガスが当該建物や周辺環境に対して与える影響を予測し、より安全な排気計画の策定を支援することが可能である排気設計支援方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の排気設計支援方法を示すフロー図である。
図2】本発明の排気設計支援方法における排気ガス拡散シミュレーションの対象領域の一例を示す斜視図である。
図3】本発明の排気設計支援方法の排気ガス拡散シミュレーションの結果を可視化した際のイメージを示す説明図である。
図4】設計変更後における対象建物に取り付ける煙突の側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照しつつ、本排気設計支援方法の実施形態の一例について詳細に説明する。なお、本排気設計支援方法を特定する構成要素に関しては、具体的に図面に基づいて説明する場合にのみ符号を付すものとするとともに、同一構成要素には同一符号を付し、重複する説明を省略する。また、下記説明に示すデータは説明の便宜上の値であり、その値に限定等されるものではない。
【0025】
[本排気設計支援方法]
本排気設計支援方法は、以下の第1ステップ~第5ステップを含んでいる。以下、図1等を参照に説明する。
【0026】
(1)第1ステップ
第1ステップでは、対象建物10の所在場所の地形条件と、当該対象建物10以外の他の構造物の配置条件と、当該対象建物10の建物形状と、当該対象建物10に取り付ける煙突20に関する煙突条件と、外気温と、外部風速と煙突から排出される排気ガスの排気風速、排気温度及び初期排気濃度等に関する各データを所与の条件として、複数の外部風向に対して排気ガス拡散シミュレーションを行い、各外部風向に対して、それぞれ対象建物10の外壁面に沿った所定箇所における建物外壁温度及び排気ガスの排出後排気濃度(建物外壁近傍の排出後排気濃度)を算出する処理を行う。
【0027】
まず、排気ガス拡散シミュレーションの説明をする前に、計算に使用するための3Dモデル(3次元モデル)を作成する(S1)。
具体的には、対象建物10の所在場所の周囲の所定範囲の地形上に対象建物10を含めた建物(多数のため符号を付さない)を配置して、対象領域Rの状態を再現し、当該対象領域Rを所定数に分割した計算格子(メッシュ)を生成することにより3Dモデルを作成する(対象建物10の所在場所の地形条件と隣接する建物の配置条件と、対象建物10の建物形状のデータを所与とした3Dモデルを作成する)(図2)。
【0028】
対象建物10のデータに関しては、煙突条件(煙突位置、煙突形状、排気方向、煙突附帯設備の有無及びその詳細構造)を含めて設計段階における構造等のデータを用いる。
本実施形態では、高層建物への影響が懸念される場合の事例を想定し、対象建物10の高さを150mとして、煙突20を低層階12に設置するケースを検討した。なお、低層階12の高さは20mとし、高層階11と比較して低層階12の床面積が大きい階段状の形状とした。
【0029】
対象建物10の内部には、高温の排気ガス(NOを想定)を排出する非常用発電機(図示せず)が設置されている。非常用発電機は、段部となっている低層階12の最上面部から突出する円筒状の煙突20と接続されている。煙突20の排気口20aには陣笠(図示せず)が設けられており、排気口20aから排気ガスが上方向に排出されるようになっている。
なお、排気条件は、非常用発電機の性能に応じた排気ガスの排気風速、排気温度及び初期排気濃度を設定する。
【0030】
外気温及び外部風速を定めるにあたり、気温が高い場合には、排気ガスの排気温度が多少下がりにくいことから、通常は、夏季を想定し、対象建物10の所在場所の各種気象データを基準として、適切な値を設定することができる。
【0031】
例えば、外気条件のデータとして、外気温は夏季の過去数年間の気温データを用い、累積頻度約97.5%を基準として算出した値を、外部風速は夏季の平均風速を、それぞれ想定することができる。但し、市街地の場合には、建物の存在により、地表面に近づくにつれて風速が遅くなるという特性を考慮して、当該特性に合致した風速の鉛直分布を仮定した値とする必要があり、地表面粗度区分は、中層市街地(粗度区分4)とする。
【0032】
上記各条件の内容を示す所与の各データ等を例示すると表1のとおりである。
なお、第1ステップで排気ガス拡散シミュレーションを行う複数の外部風向は、標準的な16風向として定める。
【0033】
【表1】
【0034】
そして、上記作成された3Dモデルを使用し、外気条件(外気温、外部風速)と、排気ガス条件(煙突20の排気口20aから排出される排気ガスの排気風速と、排気ガスの排気温度と、煙突20の排気口20aにおける排気ガスの初期排気濃度)の各データを所与の条件として、排気ガス拡散シミュレーションを行う(S2)。排気ガス拡散シミュレーションでは、対象領域Rの各計算格子においてコンピュータによる反復計算を行い、対象建物10の算出外壁温度T及び算出排気濃度Gを算出する処理を行う(S3)(なお、図3中の添字1~3は、各測定箇所の値であることを示す)。
【0035】
(2)第2ステップ
第2ステップでは、算出外壁温度Tの最大値及び算出排気濃度Gの最大値が所定の基準値以下であるか否かを判定する。そして、上記基準値を超える算出外壁温度T及び算出排気濃度Gが存在する場合には、第1ステップに戻り、上記煙突条件を変更して、上記排気ガス拡散シミュレーションを行い、すべての算出外壁温度T及び算出排気濃度Gが上記基準値以下となる上記煙突条件を確定する処理を行う。
【0036】
なお、算出外壁温度T及び算出排気濃度Gの基準値である基準温度及び基準濃度は、設計上、対象建物10に悪影響を及ぼす可能性があるとされる危険性を判断するための閾値である。基準温度及び基準濃度は、対象建物10の特性、使用材料、環境基準値等の種々の要因を考慮して、所与の値として適切に定めることができる。例えば、算出外壁温度Tの基準温度は、対象建物10の使用建材の性能及び耐久性等に悪影響を及ぼすことがない値(例えば、ガラスのシール材の溶融温度である80℃~100℃程度)として設定することができる。また、算出排気濃度Gの基準濃度は、NOの環境基準値を参照するとともに、実現可能性を考慮して所望の値を設定することができる。
【0037】
上記処理に関し、具体的には、複数の外部風向に関して、一方向の外部風向ごとに算出された算出外壁温度Tの最大値が基準温度以下であるか否かを判断し(S4)、当該条件を満たしていない場合には、第1ステップに戻り、上記煙突条件を変更して(S5)、排気ガス拡散シミュレーションを行い(S2)、上記の処理を繰り返す。当該条件を満たしている場合には、さらに、算出排気濃度Gの最大値が基準濃度以下であるか否かを判断し(S6)、当該条件を満たしていない場合には、第1ステップに戻り、上記煙突条件を変更して(S5)、排気ガス拡散シミュレーションを行い(S2)、上記までの処理を繰り返す(算出外壁温度Tの比較と、算出排気濃度Gの比較を行う処理の前後は問わない)。
そして、対象とした外部風向が上記条件を満たす場合には、外部風向を変更し(S7,S8)、排気ガス拡散シミュレーションを行い(S2)、上記と同様の処理を行うことにより、すべての外部風向が上記条件を満たすことを確認する。
【0038】
(3)第3ステップ
第3ステップでは、すべての算出外壁温度Tの最大値又は算出排気濃度Gの最大値が上記基準値以下である場合において、上記各ステップで検討した全外部風向の中から、算出外壁温度Tの最大値又は算出排気濃度Gの最大値が、相対的に大きい要詳細検討風向を抽出する処理を行う(本実施形態では、算出外壁温度Tのみを評価指標とする)(S9)。
【0039】
要詳細検討風向は、排気ガスが対象建物10等に影響を及ぼす危険性が高い外部風向である。要詳細検討風向は、排気ガス拡散シミュレーションの結果に基づき、検討すべき外部風向数を決定するものであり、数値解析の複雑化等を考慮し、3風向~5風向程度を選択することが望ましい。
【0040】
(4)第4ステップ及び第5ステップ
第4テップでは、外部風速を所定の最小値及び所定の最大値に変更するとともに、他の条件は同一条件として、第3ステップで抽出された各要詳細検討風向に対して、第1ステップと同様の排気ガス拡散シミュレーションを行い、建物外壁温度及び排気ガスの排出後排気濃度を再算出する処理を行う(以下、再算出された建物外壁温度及び排出後排気濃度を「再算出外壁温度及び再算出排気濃度」という場合がある。)。
【0041】
そして、第5ステップでは、すべての再算出外壁温度及び再算出排気濃度が、上記基準値を超えているか否かを判断する。そして、上記基準値を超える再算出外壁温度及び再算出排気濃度が存在する場合には、第1ステップに戻り、上記煙突条件を変更して、排気ガス拡散シミュレーションを行い、算出されたすべての再算出外壁温度及び再算出排気濃度が、上記基準値以下となる煙突条件を最終確定し、検討を終了する処理を行う。
【0042】
なお、外部風速の最大値は、対象建物10の所在場所における実測値を参考として、一定の発現確率を考慮して設定することができる。例えば、過去5年間の風速の累積頻度約99.5%等を基準として、東京管区気象台における風速データを基に、8m/sとする。また、外部風速の最小値は、静穏状態を想定して、0.1m/sとする。
【0043】
具体的には、複数の要詳細検討風向に関して、外部風速を最大値に変更した上で(S10,S11)、排気ガス拡散シミュレーションを行い(S12)、一方向の要詳細検討風向ごとに外壁温度及び排気濃度を再算出する(S13)。
そして、再算出外壁温度の最大値が基準温度以下であるか否かを判断し(S14)、当該条件を満たしていない場合には、上記煙突条件を変更して(S5)、排気ガス拡散シミュレーションを行い(S2)、上記までの処理を繰り返す。当該条件を満たしている場合には、再算出排気濃度の最大値が基準濃度以下であるか否かを判断し(S15)、当該条件を満たしていない場合には、第1ステップに戻り、上記煙突条件を変更して(S5)、排気ガス拡散シミュレーションを行い(S2)、上記までの処理を繰り返す処理を行う。
【0044】
そして、上記条件を満たした場合には、外部風速を最小値に変更した上で(S16)、排気ガス拡散シミュレーションを行い(S17)、算出外壁温度及び算出排気濃度を再算出する(S18)。
そして、再算出外壁温度の最大値が基準温度以下であるか否かを判断し(S19)、当該条件を満たしていない場合には、上記煙突条件を変更して(S5)、排気ガス拡散シミュレーションを行い(S2)、上記までの処理を繰り返す。当該条件を満たしている場合には、再算出排気濃度の最大値が基準濃度以下であるか否かを判断し(S20)、当該条件を満たしていない場合には、第1ステップに戻り、上記煙突条件を変更して(S5)、排気ガス拡散シミュレーションを行い(S2)、上記までの処理を繰り返す処理を行う(再算出外壁温度の比較と、再算出排気濃度の比較を行う処理の前後は問わない)。
【0045】
そして、対象とした要詳細検討風向が上記条件を満たした場合には、要詳細検討風向を変更し(S21,S22)、すべての要詳細検討風向が上記条件を満たすことを確認する。
【0046】
上記処理において、煙突条件を変更する場合には、設計条件の大幅な変更はあまり望ましくないため、変更の影響が少ない煙突形状、排気方向及び煙突位置の変更等の順で、その条件を検討することが望ましい。
【0047】
具体的には、再算出外壁温度等の値を詳細に検討し、煙突20の排気口20aの位置及び排気方向を考慮し、可能な限り対象建物10への影響が少なくなるように、煙突形状及び排気方向を変更する。
その際、例えば、初期に設定した排気口20aが上向きの排気方向である煙突から、対象建物10の壁面から離間する方向に排気口20a’を有する倒立したL字形状の煙突20’(図4)に変更する等の対応を検討することになる。
【0048】
[本排気設計支援方法の作用効果]
上記のとおり、排気ガスの拡散は、種々の要因の組み合わせに応じて複雑に変化することになる。特に重要な要因は、外部風向及び外部風速であるが、建物が密集して立ち並ぶ都市部などでは建物群によって非常に複雑な流れ場が形成される。そのため、煙突の排気口付近では、外部風向が変化してしまう場合があり、その予測は非常に難しい。
【0049】
しかし、本排気設計支援方法によれば、外部風向、外部風速、排気ガスの排気方向及び排気風速等の主要要因の組み合わせにより、対象建物10の細部及び周辺環境における排気ガスの拡散状況に関して、排気ガス拡散シミュレーションの結果から把握し、複雑に変化する排気ガスの排出後温度及び排出後排気濃度等を容易かつ正確に予測することが可能となる。
【0050】
また、例えば、強風時には、排気ガスが対象建物10の外壁面に強く押し付けられ拡散が行われにくい現象が認められることがある。さらに、静穏時には、排気ガスが対象建物10の外壁面に沿って上層階に至るまで、当該外壁面に沿うような流れ場を形成する現象が認められることがある。このように、平均的な風速時には、排気ガスの対象建物10への影響が一定程度安全であると判断される場合であっても、強風時及び静穏時の場合には、排気ガスの流れに特異な影響を及ぼすため、対象建物10に対する安全性が必ずしも担保されていない可能性が生じうる。
【0051】
一方、平均的な風速時において、算出壁面温度T等が基準値を大きく下回っている場合には、強風時及び静穏時にも一定確率で安全性が担保されることが、これまでの知見から明らかになっている。
【0052】
そのため、本排気設計支援方法は、まず、確率的に出現頻度が高い平均風向に基づく排気ガス拡散シミュレーションを行い、煙突条件の最低限の安全性を確認した上で要詳細検討風向を抽出し、さらに、排気ガスの流れに特異な影響を及ぼす強風時及び静穏時を想定して詳細な検討を行う。このように、種々の状況下における安全性の確認を行うことで、排気ガス拡散シミュレーションの回数を減少させ、合理的な排気設計を行うことができる。
【0053】
また、本実施形態のように、非常用発電機等の煙突20が高層建物に近接した低中層部に設置される場合には、排気口20aの近くに対象建物10の外壁面、人が立ち入ることが可能なバルコニー、屋上庭園の歩行通路又は近隣建物等が存在している可能性が考えられる。
本排気設計支援方法によれば、上記場合を想定して排気ガスが対象建物10の細部及び周辺環境に及ぼす影響を検討することができることから、対象建物10等への影響を最小限にするための最適な煙突配置及び煙突形状を決定するなど、安全な排気計画に反映することが可能となる。
【0054】
特に、本排気設計支援方法によれば、従来の検討手法が対象としていた,室外機及びコージェネレーションシステム等から排出される中低温(50℃~200℃程度)の排気ガスではなく、浮力の影響に起因して大気中での拡散性状が大きく異なる非常用発電機等から排出される高温(500℃~700℃程度)の排気ガスの排気計画の策定に利用することができる。
このような場合において、高温の排気ガスの拡散挙動に関し、同等の浮力を持つ超低密度(高浮力)のガスで再現した後に、風洞実験の実験値と比較して解析精度を検証することにより、さらに精度を高めることができる。
【0055】
また、本排気設計支援方法を応用することにより、ある特定の外部風向及び外部風速の場合において、適切な方向に排気ガスの排出風向を変化させるような煙突の排気口の装置の開発に応用することが可能となる。
【0056】
以上、本発明について、好適な実施形態についての一例を説明したが、本発明は当該実施形態に限られず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で各要素に関して、適宜設計変更が可能である。
【0057】
上記のとおり、本排気設計支援方法は、第1ステップから第5ステップを備えているが、当該各ステップは、必要最小限の構成要素を例示したものであり、本排気設計支援方法の作用効果を阻害しない限り、必要となる他のステップを付加するものであってもよい。
【0058】
また、本排気設計支援方法は、少なくとも、建物外壁温度及び排気ガスの排出後排気濃度を、煙突条件を確定する際の評価指標としている。しかし、対象建物によっては、人体への影響が懸念される空間(バルコニー、屋上庭園等)における温度及び排出後排気濃度の最大値を評価指標として適用(併用)することも可能である。
【符号の説明】
【0059】
R 対象領域
T 算出外壁温度(算出された建物外壁温度)
G 算出排気濃度(算出された排出後排気濃度)
10 対象建物
11 高層階
12 低層階
20,20’ 煙突
20a 排気口

図1
図2
図3
図4